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2020-05-22

自粛が続いて欲しい

経済的死ぬ人多いかあんまり大きな声じゃ言えないけど、自粛が始まってすごく快適になった。

独身ひとり暮らしからリモートワークでQOLが上がった。

電車も道も空いてるし、街に酔っ払いが歩いていない、夜は静か。

これが自粛前に戻ると思うとすごく憂鬱だ。

2020-05-19

anond:20200519175513

こないだ夜中に道路酔っ払い男女グループが濃厚接触ちゃおうぜーとか騒いでたし

しろ今なら性欲が強い精鋭陣に出会える

2020-05-15

医者聖人君子である必要はないが

特定警戒都道府県指定が解かれた当日の小さな地方都市での出来事

縮小営業を再開した小さな居酒屋に飯を食いに行った。

カウンターに一人陣取るが、背後の座敷席には10名近い20代ぐらいの男女の集団

すぐ近くにある地域の中核病院若い医師達だろう。(看護師も多分いる)

病院からかなり近いし、価格リーズナブルな店なので、このような集団がいるのは普段なら珍しいことではない。

ただ、コロナ患者が多く出ている地域ではなく、その病院自体コロナ患者現在入院していないらしいと噂は聞いていても、こんな時にこんな集団で飲みに来るんだなというような違和感は持った。

「○○科の○○先生が~」とか大声で話していて、医者、少なくとも病院関係者であることは間違いない。

客はもう1組いたが、こちらも顔見知りの病院関係者のようで、集団客の周りに対する遠慮はほとんど無いように感じた。

時折学生ノリのようなコールもかかったりして、盛り上がりはさらに最高潮

こちらも酒が入っている、ただの飲み客。

居酒屋なのだし、ある程度賑やかなのは許容範囲、というかむしろ良いことだと思う。

ただ、間仕切りも無い狭い店。

さすがに他の客への配慮がなさすぎる(作業着姿のオッサン一人客の私は、彼らにとっては眼中にも入ってなかったのかもしれない)なと思っていたところ、さすがに店の人が声をかけた。

「一応今日特定警戒は解けたけど、営業あんまり遅くまでできないし、本格的な営業は来週からと思ってるから、もうちょっと押さえてね。」

少し論点はずれてるが、もう店も閉めるし、他のお客さんもいるしもう少し静かにねというニュアンスを込めつつ、あまり飛沫も飛ばさないでねみたいな事も言っていた。

それに対しての一人の医者の答え

大丈夫医者コロナからいから」

酔っ払いの言ったことだし、もちろん本気で言っているなんて微塵も思わないが、あぁ本当に他人に見られているという認識がないんだな、ということはよくわかった。

その後、22時を過ぎた頃、その集団は一部を残して2軒目へと移動していった。

現在コロナに関わっているもいないも関係なく、医療従事者の責任ストレスは大変なものだと思う。

人間だもの、酒を飲んで、仲間と大いに話してストレスを発散するのは全然構わない、むしろ良い。

ただ、どんな場所であろうと、どんな状況であろうと、他人に見られているということは意識しないとなと思った。もちろん、医師医療従事者に限らずだが。

自戒を込めて。

こんな夜更に争っているバカどもがいるのか

お前ら近所の酔っ払いかよ

2020-05-13

今日10人?!

ほんとか??今日だけで近所は4回の救急車サイレン。この数は、多いほうだともう。

飲み屋酔っ払いが無いなら尚更不自然

自殺者?別の病気

今日10人?!

ほんとか??今日だけで近所は4回の救急車サイレン。この数は、多いほうだともう。

飲み屋酔っ払いが無いなら尚更不自然

自殺者?別の病気

しろコロナ恩恵を受けたこ

リモートワークで通勤しなくなってQOLが向上


引きこもっても後ろめたくなくなった(むしろ褒められる)


ウーバーや置き配など新しい試みが拡大して便利になった


街が昼も夜も静かになった


酔っ払いが消え、街からゲロが消えた


宗教のお誘いやNHKの集金人が来なくなった


あとなんかある?

2020-04-25

新規感染者2週間前からたいして増えとらんな

こりゃかなり抑え込んだのかな

まあ、ファクトなんかより誰をぶっ叩けるかのほうが重要なんだろうけど

弱い球団でも負けて怒りをぶちまける為に見てる酔っ払いオヤジみたいなもんかお前らは

2020-04-10

anond:20200409230530

コーチングって知ってるかあ?

教えるってのは、自分が知ってる事を言えば良いってほど簡単じゃねーぞ。

きちんとした教えるための技術があるんだ。

叱る時も、モチベーションを下げない為の「叱る技術」ってモンがあるの。

そういう教え方も知らねーやつに新人指導させるのって、酔っ払い無免許運転みたいなもんなの。

教員免許が何のためにあると思ってんだ。

教える側が楽だから、なんてクソみたいな理由新人潰されちゃたまんねーんだよ。

新人給料払ってんのは、会社なの。お前じゃなくて。

雑な仕事してんじゃねーよ。

2020-04-02

anond:20200402174509

消防署近くに住んでるんだが、未だに救急車が夜になるとよく出動してる。

コロナかもしれないけれど、たぶん酔っぱらい

2回救急車に運ばれて2回とも、自分以外は全員酔っ払いで担ぎ込まれてた。

2020-03-19

anond:20200319132427

人の感じ方は人それぞれだろうけど、

飲み屋でよく分からんおっさんが怒鳴り散らしているのを見て何が楽しいんだろうなって思ってしまう。

絡んでる人もおっさんに近付く酔っ払いしか見えないんだよな…当の本人は至ってしらふなんだろうけど。

2020-03-13

過去のつらい思い出の話をする。

おはようございますこんにちは。こんばんは。

わたし最近になってやっと意識を獲得した人型の動物です。

などとおかし自己紹介になってしまったのには理由がありまして。

というのも、わたし人生を振り返った時、そのうちの半分は「自らがおかれた環境下で生きることにいっぱいいっぱいだった動物」だったというのを最近になって自覚したタイプの生き物だったからです。

この気付きから過去記憶フラッシュバックが止まらなくなり日常生活が滞ってしまった為、こうして書き出すことにしました。ネットの海に流して供養することが目的記事になります

友人や知り合いに吐き出せるような話ではないし、読んでいて気分が良くなるものでは決してないのと、あくまで「わたし」の為のごくごく個人的文章であることを理解された上で読み進めてください。

また、精神的なネグレクトを受けたと感じた側からお気持ちなどがあるので、そこら辺を見て落ち込みそう/気分を害しそうな人は見ない方がいいと思います

書こうとしたはいもののどこから話せばいいのかな……そうだ、きっかけですね!

これを思い返すことになったきっかけは兄を相手家族の話をしたことだと思います

わたしは兄と二人兄弟で、小さなころから同じ家で過ごしました。兄もわたし所謂オタク趣味にしていて、いつも何かしら共通話題があり、この日もひょんなことから幼いころに感じていた家族についての話になりました。

この書き方だとあまりそういう風には見えないと思うのですが、兄とわたしが話すとき父についてのシリアスな会話はタブーのようなものでした(少なくともわたしはそう感じていました)。なのでこのときわたしは、もう2人で擦り合わせをする機会はこの先訪れないかもしれないと思い、勇気を出してシリアスな話を切り出しました。

真っ暗な井戸の底のほうまで下ろしたと重い桶を、慎重に引き上げていくような心地でした。

家族構成するメンバー祖母、父、母、兄、わたしの5人。祖父もいましたがわたしが幼いころに亡くなった為、「わたし家族」と聞いてまず頭に浮かぶのはこの面子です。

兄と話していて思い出したのは毎晩の食卓のこと。始まりはいつも概ね穏やかな食事でしたが、時間が進むにつれわたしの緊張感は高まりました。

それはなぜか?

答えは「父と祖母の怒鳴りあいがいつ始まるかわからいから」です。

間に母が入り両者を宥めるところまでが1セットの物騒なコミュニケーションは、晩ご飯時間中にどんなきっかけで始まるか、どのくらい続くか、何回起きるかなどわからない尽くしのハリケーンみたいな現象でした。

簡単喜怒哀楽にうっすらとした自我ふりかけただけの「小さなわたし」にとって、父と祖母が行う激しい親子のコミュニケーションは「こわいこと」として分類されたんだと思います。それがほぼ毎日続くうち「一日の終わりに起こるうんざりすること」にもなったのは自然な流れだったんじゃないかな。繰り返し体験するうちにその特殊コミュニケーションに巻き込まれるのも、火種になるのも嫌で、食卓の上で誰かに会話を振られても可もなく不可もない答えを返していたし、誰かの琴線にふれてしまわないよう、割とつねに気を張っていました。

自分食事が終わるとすぐに「ごちそうさま」と言って食器を下げて、兄と一緒に別の部屋へ退散しました。まあ古い家だったので別の部屋へ逃げても怒鳴り声が聞こえてくるわけですけれども。

なぜにこにこと笑っている父や祖母が、一瞬で鬼の形相になってしまうのか。

「それはそういったコミュニケーションの形なんだよ。二人はちゃんと仲が良いか大丈夫心配いらないよ。」

などとハグしてもらったり、教えてもらうきっかけもないまま体験する毎夜の嵐は、わたしの心を大変疲れさせたのではないでしょうか。(ないでしょうかってなんだよって自分でも思うんですが……そのころにあったであろう学校行事や友人とのこまかい記憶などがうすぼんやりしか残っていない為「ないでしょうか」としか言いようがない……)

また怒鳴りあいコミュニケーション祖母と父の間だけではなく、父と母の間でも行われていました。父母の特殊コミュニケーションの日程は決まって土曜日祝日開催。つまり顔を合わせて長く話すようなことがあると、口論としてヒートアップしていったわけです。

小学校から帰ったら夜ご飯と共に家族口論。土日祝日は両親の口論ランダム勃発、のちに夜ご飯タイフーン上陸

以後、このうんざりするようなタイムスケジュールわたし高校卒業してから少しするまで延々、ずっと毎日、十数年続いていきます

たここまで読んでうっすらとお気づきの方もいるかと思いますが、これはコミュニケーション値が大変低い家族の中でなるべくしてなり、起こるべくして起きた地獄しかない日々の思い出を吐き出す記事でもあります。この先も気をつけてください。

そうなんですこの家族、全員が全員ともコミュニケーション数値がおそろしいほど低かった。

ここでいうコミュニケーション値が低いというのは「人との関わり方が上手くない」ということで、人に頼る方法での問題解決能力が著しく低いことを指します。

別の言い方をすると「感情を消化させることが不得意」であったり「困ったことは大体自分一人で解決しようとすること」にあたるのですが。なんとこの家族祖母、父、母の3人が3人とも「本当に困った時は家族相談せず自分一人で決断するタイプ人間」だったのです。

少なくとも小さい子供の前で困ったときに「困ったな~」と息抜きにでも呟くような人間がいませんでした。口下手なので子供の前でふざけることとか本当になーんにもしないの。かっこいい大人背中を見て育てってか?え?口から言語を扱ってから言え!バーカバーカ!

失礼、話が逸れました。

それで、そんな大人の姿を見て育った「わたし」という子供はどうなったのか?

家庭内で困ったことがあっても家族相談してはいけないんだ」とすっかり思い込んでしまいました。

するとどうでしょう自分が困ったときにどうしたらいいのかわからなくなり、解決の糸口がガチでわからず、何かあると問題には触れず解決を先送りにし、心に不安わだかまりを抱えたまま癒し時間に任せて過ごしていくことばかりを覚えていったのでした。

おしまい

……いやもちろんおしまいなんてことはなく、「わたし」の人生はそこで終わらず続いていったので、普通に人との接し方がよくわからない人型の喋る動物が大きくなっていっただけなんですが。(なんですかこれ、言葉にするとめちゃくちゃ怖いな……)

途中でなんとかならなかったのか?という問いには「残念ながら……」という回答しか差し上げられないんです。本当に。残念ながら。

そもそもなぜなんとかならなかったのか。

それは「わたし自我形成される期間中、親への信頼なくなったこと」が多分大きく関係しています

わたしの両親は共働きで、週休2日の週5勤務。母は帰宅したら少し休憩をしてご飯作りを始め、父は帰ってきたら風呂に入ってご飯の前の晩酌をする。まさにひと昔の夫婦って感じでした。

これだけ書いたら「なんだ、普通家族じゃん」って感じなんですが。ここに「夫婦はどちらも自分一人の時間がないとしんじゃうタイプ人間で、作業趣味息抜きも一人で没頭したいタイプ」、「なお2人は仕事クタクタ疲れたコミュ障」という特性が加わると、どうなると思いますか?

結果をお伝えすると、2人の隙を見ては今日の出来事や楽しかたこと、悩み事などを話そうとしていた幼いわたしが、見えないシールドにはじき返されて転ぶばかりになりました。あと癇癪持ち酔っ払い相手(酔った時に話したことは覚えていないタイプ)にする真剣な悩み相談ほど、面倒で参考にならないものはないですよね…。(遠い目)

また、このインターバルにも思える時間を逃すともうだめです。チャンスはありません。最初の方に書いた、いつ雷が落ちるかな?ドキドキ☆晩ご飯タイム()になってしまう為、まともにお話しできるような時間おしまいです。解散

そして「何よりもただただ話を聞いてほしかったわたし」はこのころの経験から、そういった方面での親への信頼をじわじわと減らしていきました。もともとの内向的性格と、両親からいつ発せられるかわからない大きな声への苦手意識ゆえに、その不満を爆発させるような機会もなかった為だと思われます。我が子からのそういった信頼値がマイナスに傾いているなんて事実、両親は知らずに生きていることでしょう。わたしも今更そのころのことを知らせて、改めて地獄を見る気はまったく以てありません。

ちなみに、わたしは小さなころから「手のかからない」と評されてきたタイプなのですが、実情は「親への信頼度の低さゆえに何も話さなくなった子供」になります

忘れられない話なのでついでにここに書きますが、高校性のころ三者面談で割と信頼していた担任

おたくのお子さんのように子供を育てるにはどうしたらいいですか?」

と父を持ち上げたとき

「いやあ、放っておいただけですよ。」

と照れ臭そうに答えた映像がいまだ焼き付いて離れないんですね。「心の底からやめたほうがいい。」と思ったけど、そのときにはもう心の開き方がよくわからない動物になっていたので(あと不意打ちのショックで)、そのことを担任には伝えられなかったことが心残りでならないです。

(他にも、親がわたし子供のころの「手がかからなかったエピソード」を良き思い出のように話すのを聞く機会があると、心が荒れ狂って獣のようなかたちになってしまうんだよなあ。いつか本物の虎にならないよう注意します。)

あとこの記事を書くきっかけとして兄との対話がありましたが、兄曰く

高校大学くらいまでの記憶がとんとない。」

ということだったので擦り合わせのようなものはかないませんでした。ちょっと残念でしたね。



閑話休題

こんな環境の下でグレる気力もなくしたわたしが、体だけはすくすくと立派に育ち、高校生くらいになった時の話でしょうか。

父が仕事で体調を崩し、自宅で過ごすことが多くなっていたころです。

いつものように休日を家で過ごしていた両親とわたしが昼食を食べていたときわたしにとって衝撃的な事件が起きました。

ふいにしゃっくりを出てしまった母、それを見た父が

「母のしゃっくりは相変わらずかわいいな。」

と言ったのです。

…………h、?は?

ハァ????????????????????????????????(フォントサイズ最大)(太字)(赤色)

と、そのときは思わず内心ではバチクソにブチ切れる若者になってしまいました。その後「えへへ…(照れ)///」みたいな態度を返した母に対してもです。

突然のことに(非常に残念ながら)体は驚き固まり動かず。突然見せつけられるリアル夫婦の惚気(十数年間生きていて初めての!)とのにテンションの差でしにそうになりながら、息をするのがやっとだったわたしは、心の底から思いました。

お前ら仲悪いのんちゃうかい、と。(太字)(赤色)

その後わたしの遅めでささやか反抗期挨拶や会話を振られてもちゃんと返さない(面倒な人間相手にぶつかり合うのが面倒になっている為こうなりました)」が発動されることとなりました。

また、今思い返してみればという話ではありますが。

わたしの両親は「限りなくマイペース自分のペースが保てないとストレスを溜め爆発する」、「一人の時間がないとしんでしまタイプ」、「作業趣味息抜きも一人で没頭したい人間」、「疲れるとコミュニケーションの余裕がなくなる(もともとのコミュニケーション許容量が多くない)」という属性のほか、

「親である前に恋人

という隠れ属性を持っていたわけですね!すごい!

もっと早くに知らせてほしかったな~~~~~~~~~~泣きそう!!!!!!!!!!!!!(もう泣いてる)

幼い子供の前で十数年!ガチシリアス雰囲気で怒鳴りあい時に片方と見ていた子供不安で泣くようなギスギスした特殊コミュニケーションが?!痴話喧嘩だったなんてことあるか?!?!?!?!?!?!!!知るか~~~~~~~~い!!!!!!!も~帰らせていただきますわ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!(実家が住む家)(秒で顔合わす)

ハァ……ハァ……

すみません、取り乱しました。

冒頭に書いた通りですが、最近になってやっと比較ちゃん人間としての心が正しく揺れ動くようになったので、これが「怒り」であり「悲しみ」だというのを”理解”して”発露”してしまいましたね。フフッ ウッカリウッカリ☆(棒読み)

そんなこんなでややダウナー気味の反抗期を迎え、両親との溝を更に深めたわたしですが、更なる問題が発生します。

私が大学に入ってすぐのころ、父が亡くなりました。

大病の末の結果なので、家族として心の準備はできていたと思っていたのですが、それでも誰かがいなくなるのは悲しいですね。

などと心から人間味のある言葉が出てくればよかったのですが、そんなことはなく。ただただ日々感じていたひとつ大きなプレッシャーから解放された自分の心を、不思議な目で眺めるわたしがいるだけの生活になりました。

特に大きく日常が変わることはなく、このまま過ごしていくと思っていました。しかしそのときわたしは気づいてしまった。

「あれ?もしかしてこの先もずっと生きなくちゃいけないのか……????」

そう、そこでわたしは「自分人生真剣に向き合うということをおろそかにしていた」ことに気づいてしまいました。

「家でプレッシャーを放ち続ける父母祖母のご機嫌を伺いその日その日を生きること(解放されるのは外出時と寝る時)」に人生の大半を費やしてきたわたしはどうも「自立する」、「新しいことに挑戦する」、「ペットを飼いたいと交渉する」など、両親との長めの話し合いが発生する場を悉く避けて通ってきたようです。本当に、ここまでまったくの無自覚でした。

まあ気づいたところで急に何かに目覚めるわけでもなく、まずもって気力がないので出来るわけでもありませんでしたが。「このままじゃいけない気がする」という漠然とした焦りから映画漫画アニメなどの創作物に対し、心新たに触れるようになりました。(もともと漫画アニメなどは好きで小さいころから見ていたんですが、日常からの逃避先がそこだった為か、内容を覚えていたりいなかったりするんですよね……記憶がない状態で楽しむアニメ漫画、めちゃくちゃ面白いよ!ヤッタネ☆)

その後なんやかんやで就職できて、何年か社会人経験し、先輩や同僚にもまれたり気の合うゆかいオタク友達との出会いがあったお陰で、やっと「人語を話すけど意思の疎通がはかれない人型の動物から「たどたどしいがやろうと思えばなんとか意志の疎通がはかれる人型の動物」にクラスチェンジできました。

こんなクソ重いありがとうを直接伝えることは憚られるので、ここで叫ぶことをお許しください。

特にかいオタク野郎のみんな~~有難うな~~~!!!これからも仲良くしてくれるよう頑張るよ~~~~!!!!!

相変わらず親に似てコミュニケーション容量が低いままではあるけど、それも含めてなんとかやってます。(しかしここまで来るのがあまりに長かったので、これまでに大変なご迷惑をお掛けした人のことを思うと、ただただ申し訳ない気持ちでいっぱいです。本当にすみません。もうこんな(わたしを始めとした)人間未満みたいなもの出会わないようにと祈っております。日々が穏やかで良いものでありますように。)

自分では上記にある辺りの激しめの感情はとっくに昇華されたものだと思っていたのですが、疲れて余裕がないときバラエティなどを見て笑っている母をみると無性に苛立ち、シリアスに泣き出したくなってしまときがありますちょっと危険だなぁと思っています一種ボーダーラインだと思ってそういう時は寝て回復に努めるのですけれども。

この文章を書きながら全然昇華されてなくて自分でも笑ってしまいましたし、いつか本当に追い詰められた時に有事引き起こししまうようなぼんやりとした予感がありますお金が貯まったらちゃんと離れて暮らそうと思います。お互いの為にもね。

また未だに「健康精神状態運営された家族という団体」への憧れは強くあるようで。

誰かが手掛けた創作物キャラクターが心通わせる表現にふれると、あまりに眩しく尊く感じ涙を流したり、TLで健全コミュニケーションが成立し、信頼関係が成り立ったご家族アカウントを見かけると「本当に実在し(ていてくれ)たんだ」と感動してしまます。なんか、アレだ……太陽の光に当たってぼんやりと、あたたかく眩しいなと感じるような瞬間に似ています存在していてくれて本当に有難うございますわたし勝手に救われています

繰り返しますがこの文章は、それなりに情緒が育ちその当時の感情言語化、過去の振り返りおよび分析ができるようになってきた「わたし」が、その気づきとともに過去自分感情に圧し潰され、溢れだす記憶に涙が止まらなくなり、座り込んでしまった「わたし」のための個人主観記事です。

今何かに苦しんでる「あなた」を追い詰めるためのものではないので、もしもここまで読んでちょっと苦しくなっちゃった人は、とりあえず体をあたたかくしてゆっくり休んでほしい。休んで。寝て忘れてね。どうぞお大事に。

ときどき思い出に苦しめられつつ、寝ずに一気にこれを打ったので、ところどころぐちゃぐちゃな文章になっていると思うのですが、ここまでお付き合いいただき本当に有難うございました!

こんなところまで読んでくれたあなたにも、ちょっと良いことがあるといいですね。

それでは。

2020-03-08

anond:20200308201438

居酒屋酔っ払い喧嘩だなー。

マスター!生ちゅうもう一杯!

あと、このブラックブラック言ってる兄ちゃんにも一杯やってくれ。

2020-02-20

増田

増田の中で酔っ払いに絡まれ女性を助けてお礼を言われた

2020-02-18

anond:20200218233606

受け答えが酔っ払いじゃない感じだったんだよ。

前のめりに倒れた姿勢のまま、動けないって感じの変な状態だった。

2020-02-07

ダイナミック立ちション男を思い出した

立ちション話題だったから思い出した。

久しぶりに行こうと思った駅は、駅のロータリー?中心のところに大きな木があるのね。

夜に行ったんだけど、大きな木の前で立ちションしてる男が居たの。

見たわけじゃなくて、異常な水の音がしたからさ。

「ジョボボボボボボボボ!」って。水をどこかに注いでんのかと思った。

びっくりしてロータリー横断歩道を早足に歩いて渡りきると、

タクシークラクション鳴らしたのね。

パッと見たら、タクシーに向かって立ちション男が

チンチン丸出しで、チンチンを風車のようにぶん回しながら両手上げてジャンプしながら向かってきてさ。

さすがに怖くて逃げだしちゃった。

たぶんね、酔っ払いだったんだと思う。おしっこの量はんぱなかったし。

木に水あげすぎでしょ!! ってレベルの音だったから。

2020-02-03

戦ったことがない

子供の頃多少は取っ組み合いもしたし、人を叩いたことも叩かれたこともあるけど、「殴り合ってどっちかが倒れたら終わり」みたいなガチ喧嘩したことがない せいぜいが体育でやった剣道試合

殴ったことがあるのは肩までで、腹とか顔に関しては本気で殴ったことも殴られたこともない

ゲームやってるとけっこう戦いの日々に身を置いたりすることになるんだけど現実ではちゃんとした戦いを一度もやったことがないというのはちょっと恥ずかしい気がする

ただ実際現代日本戦闘経験を積む機会があるのかというのは怪しいところ 酔っ払い喧嘩だって相手が倒れるまでやるわけじゃなかろうし

喧嘩絶対したくないけどほんの少し憧れがある

2020-01-23

親が酒を飲んで暴れているか

行きたくない飲み会に連れていかれているか

お酒を嫌う原因はだいたいこの2種しかない

体質で飲みニケーションできない奴は酔っ払いを冷静な目で眺めながら無駄時間を日々過ごしていることだろう

高い酒から安い酒まで飲んだ

ワインビール日本酒は味と値段が比例しない

どの価格帯でも当たりとはずれが均等にある

こんなことすら分かっていないのなら酒エアプ勢に決まっている

問題は酒を嫌うキチガイ増田祟り神になっていることだ

どうすればあの阿呆は冷静になるのだろうか

2020-01-18

僕らの寮に住んでいた猫のはなし

その灰色の猫は夏ごろから僕らの寮に住んでいた。

エアコンもない居室のドアは、いつも開けっ放しだし、24時間誰かが起きていて誰かが起きていたか

気が向いた部屋に入っては、ベッドで寝たり、餌を貰ったり、酔っ払いに絡まれたりしていた。

ぼくの周囲の友達からはタロウちゃんと呼ばれていたが、いろんな部屋に出入りしていたので沢山の名前を持っていたようだ。

ロウちゃんは、弁当が入ったコンビニ袋を開ける音を聞きつけると

コンクリート廊下をカチャカチャと爪を鳴らしながら走ってきて、分け前をねだってきた。

授業をさぼって寝ていると、ベッドに入ってくるのだが多分ノミを背負っていたから、その後で体が痒くなったりした。

その秋にタロウちゃん友達の先輩のベッドで子供を3匹産み落とし、僕らは彼が実は彼女だったことを知った。

冬になる頃、子供はいつの間にか1匹になっていたが、僕らもタロウちゃん特に気にせず

いつもの様に暮らしていた。

冬休みが終わって2日目の朝、その街はいきなり何も無くなってしまった。

みんなで周りの家を掘りに行って、何人かを助けたり、助けられなかった人を中学校まで運んだりした。

くたびれて部屋に帰って寝た次の朝、廊下にタロウちゃんは1人でポツンといた。

いつも連れていた子供はいなかった。

僕はタロウちゃんに声をかけたけど、タロウちゃんは怒ったように向こうに走って行ってしまった。

僕はその次の日に実家避難し寮に戻ってきたのはしばらく経ったあとで

ロウちゃんを見たのはそれが最後だった。

あれから25年もたったとはあんまり思えない。

記憶が薄れるとかそんなのは嘘だ。



追記

たくさんのコメントありがとうございます

当時の記録などあわせて読んで頂けると幸いです。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jime/47/2/47_148/_pdf/-char/ja

2020-01-17

anond:20200117114606

そらそうよ

他人同士の喧嘩なんて関わっても良い事なんて何もない

お前だって駅で酔っ払い同士が喧嘩してても関わろうとはしないだろ

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