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はてなキーワード: 偉人とは

2018-02-20

パソコン背景性格診断

スマホの背景には対応していないので注意

初期設定

頼りがいのある人。みずから頑迷さに気づけるかどうかが鍵。

シンプルな背景

まあまあふつうな人。もっと主張していいし、はっちゃけてもいい。自分が思っているほど他人自分のことを考えていないと知るべし。

写真風景

ごくごく一般的な人。多少ズレていても一般性の軸がしっかりとしているのでブレない。

写真家族・友人知人)

真面目な働き者。物事を深く考えることができないので騙されないように常に注意したほうがいい。

写真有名人

良くも悪くもミーハー馬鹿にされがちだけれど、ミーハーを貫き通せば大丈夫

写真偉人

そんな人いる?

写真(人工物)

堅実な人。ややマニアックなので人を困惑させることもしばしば。

写真(空、宇宙、海中、砂漠など)

夢見がちな人。人生に迷っているので、ちっぽけなプライドは捨てて、だれかに占い師でもいいから)相談すべし。

写真動物

みんなの潤滑油あるいは緩衝材。あまりモテないけれど、そういう星の下に生まれただけなので気に病む必要はない。

イラスト人物動物がメイン)

ナルシスト。美形だとキマっているけれど、そうじゃなかったら悲惨。鏡とよく相談すること。

イラスト風景・人工物がメイン)

自分他人とはひと味違うと思い込んでいるけれど、そんなことはない。写真風景写真(人工物)の項を参照。

イラストディズニーなどのキャラクター系)

優秀でもないし頭もよくないけれど、周囲とうまく合わせていける人。仕事もそつなくこなすのに、なぜか馬鹿にされがち。こういう人を馬鹿するのは品性がない証拠

やたらと幻想的なイラスト

自分他人とはひと味違うと思い込んでいるけれど、そんなことはない。写真(空、宇宙、海中、砂漠など)の項を参照。

フィクション作品写真イラスト

これをクールだと思っている人は中途半端ミーハー、とくに注目されることな人生を終える。クールだと思わない人はキモオタ、良くも悪くも印象的。

パッと見でなにかよくわからない写真イラスト

自分を完全に見失っている。バランス感覚が大きく欠如している。もう人に相談かいレベルじゃないんで、強く生きろ!

二次大戦以前の芸術作品

自分クレバークール人間だと思い込んでいる勘違いクソ野郎。周囲からはつまらない・意味不明気持ち悪い人間だと思われていて、最悪の場合セクハラをはたらいているけれど、当の本人はまったく気づかないどころか周囲を小馬鹿にしている。みずからの偏った知識しかも古臭く、やたらと権威主義的で、そのくせ穴だらけのガバガバ雑学知識)を誇っており、二十一世紀いまを生きる人間(とくに創作をしてる人)をなんの考えもなしに嘲笑する品性のなさに気づけない。自分はこの世の真理にすこしは近づけているはずだ!という無様な妄想をふくらましているけれど、じっさいは常識知らずで頭の能力が低いだけ。これらのことをちょっとでも指摘すると逆ギレ説教がはじまる。その内容は、私のような高らかな知識(笑)豊富経験(笑)を身につければ無知なお前にもわかるようになるよ的な内容、知るかボケナス。ほんとうに救えない。どうしようもない。手遅れ。恥知らず。もう手の施しようがないんで、このまま愚かな一生を過ごせばいいよ。

現代アート

ダメ人間

anond:20180220095451

偉人の恋文とか晒されてるの見るとゾッとするんだけど

これも可哀想だな

2018-02-12

落書きするためだけの偉人写真集ほしい

偉人じゃなくても有名絵画とかそういうのが入った落書きするためだけの本がほしい。

子どもかに受けそう。

2018-02-09

実在した人物を題材にしたゲーム

戦国武将とか偉人は、かなり前に生きていた人だからまぁ…うん…わからなくもない。子孫の方達からしたら良くはないだろうけどね。

文豪写真も残ってるしその人の趣味とか生活とかがある程度残ってるからゲームかになるのすっごい違和感

っていうとても自分勝手意見

その作品好きな人達を否定するつもりはないです。

2018-02-08

彼氏ができたか推しオタクやめた

彼氏ができたか推しオタクを辞めました。



とかTwitterでは口が裂けても言えない。

言った瞬間、喪をこじらせた人生の先輩方から彼氏ができたくらいで嫌いになるのかよ」、はたまた「リア充はいいね〜私なんか〇年…」なんていう有難いお言葉を頂くことになるだろう。

彼氏ができたか推しが嫌いになったわけではないんだ。

ジャンルが切り替わったという表現が一番正しいのだろう。

私は昔から、一つのものに徹底的にハマるオタクだった。

好きなものの、すべてを知っていないと(すくなくとも知った気になっていないと)それが好きです!と言えないオタクだった。

日本偉人にハマった日には日本史からがっつりやり直し、歴史資料を漁って時代検証を元に二次創作するとか。

アプリゲームなら何としてでもいくら課金してでも推しを揃えるとか。

若かりし頃クラスメイト片思いした時は、24時間365日クラスメイトのことで頭が一杯だった。(それも1ヵ月で終わったけど笑)


とにかく、好きなものには100%人間なんだ。

いつも100%からエネルギーが尽きればそこで終わるし飽きて捨てる。

私が燃え尽きるのが先か、燃料投下が終わるのが先か、くらいの話だ。

熱しやすくはないが、めちゃくちゃ冷めやすい。

冷めたジャンルさようなら、を繰り返してきた。


そんな私に、彼氏という旬ジャンルができてしまった。

ウン10年生きてきて、初めての新鮮フレッシュ彼氏というニュージャンルである

しかもその彼氏は、据え置きゲームアニメドラマという広い趣味を持っていた。

オタクの私はまんまと布教にハマり、私の旬ジャンルはそちらに流れていった。

オタクから人と楽しめる趣味めっちゃ好きだし、据え置きゲームはクソみたいなマウントなんか気にしなくていい。

しかもなんと課金もいらない。

私は余った金を自分課金し始めた。


推しのグッズ収集1回分の値段で、デパートの強そうな化粧品をたくさん買えるのがめちゃくちゃ楽しい

だって、その全てが自分容姿になって目に見える形で結果になるのだから

デパートで1万いくらする化粧品を見て、私はこれの何倍を毎月推しに貢いでたと思うと目眩がした。




私は推しを推す以上に楽しいことを見つけてしまった。

でも別に推しを嫌いになったわけではないのだ。(今でも推し新規絵見たりするし…)


そろそろ新鮮フレッシュさに欠けてきた彼氏があとどのくらい旬ジャンルとして君臨し続けるのかは分からないが、それでも推しオタクには戻らないだろうなあと思う。

別れたら別れたで、化粧品コレクターになるかダイエットに目覚めるかエステに通い始めるかみたいな方向に行く気がする。


お金も熱意も、たぶん限りのある資源なんだろう。

一度にあちこち100%の熱意をぶつけることは不可能なのだ

最近彼氏化粧品というように、上手く熱意を配分できるようになりつつはあるが、熱意の方向が変わってきてしまっている。

そんなわけで、彼氏ができたか推しオタクを辞めました。

周りの友達彼氏オタクを上手く両立させてる人ばかりなので、私みたいな人、他にもいて欲しいなあってめっちゃ思う。

2018-01-30

anond:20180130170930

アニメキャラ

ゲームキャラ

俳優とかアイドル

映画過激キャラジョーカーとかマッドマックスとか)

・目をでかくした自撮り

アイコンの端に日の丸

・猫(増殖しすぎ)

・美しい風景とか花(裏がありそうでなんか怖い)

歴史上の偉人マニアック過ぎてなんか怖い)

こういったアイコンは正直アホに思えるけど、そうなると世の中のアイコンは、ほとんど全部当てはまりそうな気がする

anond:20180130170607

前にここで同じこと聞いたときはジェネレーターで作るとか歴史上の偉人画像とか返ってきたけど

正直それらも微妙だなって思ってしまった

anond:20180130085512

は?怒ってないけど?

少なくとも俺は頭の悪さを嘲笑してるだけで全く怒ってないよ

たぶん「女だけの街」構想を見た殆どのまともな連中も同じだと思うけど。(※個人の感想です

ところできみはSFとか読んだり見たりしたことある?

SFで描かれた世界を実現しようと躍起になって、マジで社会を発展させる礎になった偉人っていっぱいいるんだよね。

俺も理系だし、そういう突飛かもしれないことを、でも社会の発展や人類幸せのために追い求めて、ついには実際に作っちゃう論理を打ち立てちゃうとこはロマンあるんだよね。

まあ君らが主張してるのはロマンではなくて現状の差別からの脱却という後ろ向きな理由ではあるんだけど、いずれにせよ社会をよくするための提言なんだろ?体裁としては。

社会をよくするための提言がこうも受け入れられないのはなぜか?…

キーは「社会への貢献」と「論理的整合性」だと思うよ。なにやっても叩いてくる連中は置いといて、それがあれば袋叩きってことにはまあならない。

SFって荒唐無稽な設定でもそれに説得力を持たせる理屈があるわけ。なにせScience Fictionだからね。

で…「女だけの街」構想に説得力を持たせる理屈ありますか?それで誰がどう幸せになるんですか?考えられる問題点は?そもそも実現させるやる気ありますか?

疑問しかない。

ほかの人も感情で叩いてる人以外は同じ疑問を持ってると思うよ。君はそれにこたえられるの?やる気あるなら俺はファンディング出資します。

つかあれか。

SF文脈で「荒唐無稽に見えるが、実現する可能性をふまえて考案された世界」として捉えるから認識ズレてんのかな。

こちらは、おうそアイデアはわかった、ならそれを実現するためにはどうすればいいか?という方向の思考しかしないわけだ。

そのために問題点を洗い出してブラッシュアップしようとする。それを攻撃だと受け取ってしまタイプなら、あまりにも未来がないので、怒るというより呆れるだけだな。

最初から実現可能性を度外視してるなら…エロゲーハーレムみたいなもんか?まぁそれだとエロゲーが叩かれてる程度には叩かれるんじゃね?それはそれで妥当

2018-01-25

みんなの図書館の思い出が散見されるので私も書いてみる。

子供の頃は家に絵本がたくさんあって(と言っても今思えばカラーボックス1つ分くらいか)、繰り返し繰り返し読んだ。

特に好きだったのははらぺこあおむし。今銀座はらぺこあおむしカフェがあるらしいね。行きたい。

それと通っていたピアノ教室にも貸出可の本棚があって、そこからも借りて読んでいた。「眠れないの?ちいくまくん」(だっけな……)という絵本お気に入りで、今も内容をよく覚えている。このピアノ教室には10年以上通ったのだけど、ここでもたくさん本を借りて楽しかった。特に作曲家の生涯を紹介するタイプのやつは左から順番に全部借りたりしていた。

小学校の時ももりもり読んだ。こまっしゃくれた子だったので、何かとよく出てくるゾロリシリーズ、あれはなんとなく興味がなくて、図書館では偉人マンガシリーズ子供向け小説をたくさん読んだ。

同級生の間では「ミッケ」が流行っていて、私も休み時間に借りてきた子の机を囲んで探したものだ。ミッケって今もあるのかな?あとあやとりの本とハムスター研究レポート怪談レストラン流行ってたなあ……。「ブラックジャック」や「君の手がささやいている」「ドカベン」など、マンガちょっとあって、その辺も人気があったような。

私は自分図書カード(借りた本を書いていく表)を2枚にすることが目標だった。確か1枚で100冊くらいかけたはず。なんだかんだ「マンガ古典」とか、マンガをいっぱい読んでいた気がします。

それとは別に、市の図書館自転車で15分くらいの距離にあったので、毎週通うレベルで行って借りていた。中学年の頃は「ふたごの魔法使いシリーズなどフォア文庫シリーズにドはまりしていたのと、学校で借りた「レベル21」をきっかけにさとうまきこさんの小説がすごく好きで片っ端から読んだ。レベル21に関しては多分10回くらい借りて繰り返し読んだ。

学校ではすぐ読んですぐ返せるマンガ系、市の図書館では1週間かけられる小説を借りるという自分ルールがあったような。

司書先生は覚えていないが、元増田みたいなルールはなかった気がする。性を考える~みたいなシリーズもあって、「エッチな本がある」と生徒の間でも話題になってみんなで囲んだりしたけど、「騒がしくしないの~」としか言われなかった。


中学生の頃が一番読書狂いだったかも。1年生の時はキノの旅が好きだったのと、小さくて持ち運びやす文庫に惹かれて図書室にある文庫本、気になったものを順番に借りていった。

それから友達の影響で乙一にはまっていたのもこのころだ。学校図書館と市の図書館をうまく利用して、片っ端から気に入った小説家の本を読んでいった。江國香織も好きな作家のひとりだったな。嶽本野ばらとか、もうその年ごろドンピシャ好きなものも読んだりした。乙一短編集で読書感想文を書いて学年優秀作品に選ばれた思い出がある。

中学校結構ラノベが置いてあった。西尾維新時雨沢恵一しか眼中になかったので他は覚えていないけど、ジャンプコミックスノベライズとかも置いてあった。代わりにマンガほとんどなかった。基本的には新着図書から選んで借りる日々だった。

市の図書館の方では、市内の他館や県立図書館の本を予約して借りられるシステムがあったので、それも駆使して気になる本はとにかく借りた。借りるだけ借りて読まなかった本もあった。小学生だったか中学生だったか中村うさぎ小説を借りて性描写のエグさにびびりながらも「大人な本を読んでいる私!」と悦に浸っていたような。本当に生意気なガキだった。今では「残虐描写の宝庫」と言われるグリム童話初版とか、「本当は怖いグリム童話」とか、そういうのもたくさん読んだし、村上春樹ジャズ評みたいなのも読んだ。

描写残酷描写はこの時にすっかり慣れてしまった、小学校高学年くらいから読んでいたし、特別何も思わなかった。

借りるだけじゃなく、文庫本ならたまに自分で買ったりもしていたけれど、やっぱりお小遣いが限られる中学生高校生にとって本屋はありがたかった。ハードカバーの本なんてなかなか買えなかったもの。それに本屋にない古い本も読める。最新の本も読める。

高校受験ギリギリまでしゃばけシリーズにドはまりして読み続けて、司書先生に「入試大丈夫?」って心配されたけど、「でも新刊でちゃったし」って返したら「そうよね。気になるもんね」と言われた。

こんな感じで本ばかり読んでいたので、家族には「また本ばっかり読んで!」と怒られたりした。大体の家庭って子供が熱心に本読んでたら褒めない??あまりにも私が本を読みすぎるので、一度怒った父親に市の図書館で借りた本を取り上げられて、返却期限過ぎても返してもらえず困ったことがある。


高校生になると市の図書館にはあまり行かなくなった。というのも高校図書館は一度に5冊まで借りられる上、読みたい本が大量にあったからだ。

その頃は桜庭一樹バチスタシリーズが好きだったので、図書館にあるものは全部読んだ。それからその頃話題になった本は、時間が許す限り読んだ。当時所属していた部活の部室が図書館のすぐ上にあって、部活に行く前に図書館を必ず覗いていた。2年生の時などは担任図書館担当だったため、あれこれ本について話した。

その先生とは別に図書司書先生がいた。しょっちゅう図書館に行くので顔を覚えられていて、ある時すでに借りられていた本の予約をしたいと申し出るとすごくフランクに接してくれた。ついでにこの本の続編が最近出たけど入れる予定はあるか、と尋ねたところ「生徒からリクエストって言えば大体買えるのよ!欲しいものはじゃんじゃん言って!入れるから!」と言われた。そうなんだ!と思ってそれからは読みたい本があるたび司書先生の所へ行った。「先生~あのシリーズ読みたいの~」「オッケー。入ったら担任先生に伝えとくね」こんな感じ。

それとちはやふるが全巻置いてあって、受験勉強の合間に読んだ。千早かるたへの情熱を見ては勇気づけられた。調べもの図書館に行くことはなかったけれど、娯楽のための読書としては本当に高校図書館は最高だった。


大学図書館では、研究のための書籍資料を探すために足繁く通った。ただ、小説など娯楽のための読書生協で買うことの方が多かった。アルバイトを始めて、ハードカバーも買えるようになったからだ。

大学図書館はこれまでの図書館と違った魅力があった。研究のための、その分野の専門書がたくさんあった。それこそアルバイトで稼いだお小遣いでは揃えきれない大型本や古い専門書は本当に楽しかった。


これを書こうと思ったきっかけは、まあ繋がないけどとある図書司書さんのエントリで。

自分図書館体験を振り返ると、本当に恵まれていたな、と思う。親に読みすぎと言われた以外、読みたい本を読めないという思いをしたことがない。もちろん図書館に置いていなくて……ということはあったけれど、大体の場合、他館から取り寄せするとか購入してもらうとか、そういう手段でどうにか手元に呼び寄せた。好きなものを好きなだけたくさん読めた。

そう思うと今の図書館とか教育現場ってどうにも窮屈なのかもしれないな、と思う。

親友小学校教諭になってすごく苦労しているけれど、学校図書館も同じように大変なんだな、と思った。中学生の頃に図書館にあった本を見るに、恐らく同年代だと思う。高校図書司書先生のおかげで図書司書に憧れた時期もあったので、憧れを貫いてその職に就かれたことは本当に尊敬するし、その上で様々なギャップ人間関係軋轢で悩まれていること、とても共感する。(私も司書ではないけれど、憧れの職についたものギャップに耐えかねて数か月で辞めてしまったので……)

ただその司書という職が、子供たちに読書体験の楽しさを伝えてくれること、その後死ぬまで残る財産を築き上げる手助けをしてくれること、身に染みて感じているので、どうか身体を壊さないように、がんばってほしいな、と思います。とても無責任応援申し訳ないのだけれども。

オリジナリティよりも引用するセンスの方が評価される時代

スカパラCD“盗作疑惑”騒動に - 日刊サイゾー

作曲ができるる人よりもDJの方が評価されることがあるように、漫画オリジナルを考える

よりも、偉大な漫画家をそのまま利用するか、アレンジを加えた方が下手なオリジナルより

も良い作品が生まれることもあるのだろう。

上の炎上イラスト著作権問題があるから炎上したけど、著作権問題クリアした

転生したらヤムチャだった件』のような作品もある。

現在人気のFGOキャラクター偉人英雄が元になっていて、ビジュアルアレンジがしてあ

るけれど、キャラクターバックグラウンド名前そのままである。

現在放送中のアニメポプテピピックも沢山の引用からできあがっている。

ハイカルチャーと同様にサブカルチャーにおいてもちゃんとした古典誕生し、消費者

それを認めるようになってきたのかもしれない。

2018-01-19

anond:20180119002004

偉人発達障害ばかりだよ、

歴史に名を残した犯罪者もね。

適当老人ホームに入ってみよう

殆どの老人が、健常者だった過去を持っている筈だ。

動くなら今だぞ!

2018-01-16

擬人化法律禁止した方がいい

理由は3つある

1つ 同じような作品が多すぎて人類想像力が下がる

2つ 擬人化されることを嫌って偉人になれたのにならない人間が出てくる可能性がある

3つ 日本人と言えばHENTAIと思われてしま

新たな文章練習法について

 文章サボり過ぎている。頑張ろう。

 文章トレーニングのための新機軸練習方法を思いついた。まだ思いつきの域を出ていないとは思うが、それはどんなものかと言えば思いついた単語を片っ端から書くというものである。あるいは頭文字共通している単語を書きまくるというものである赤ちゃんあんこアンダンテアスキー、とかみたいにね。つまりそうやって適当単語を書きまくっている内に――つまり無秩序単語を書きまくっている内に――秩序のある文章を書きたいという純粋欲求が生まれてくることを狙った文章練習法なのである。訳分からんことを敢えて書きまくっていると勝手に訳の分かることを人間は書きたくなるのではないかと俺は思っているのである。どこかの作家が言っていたが「誰にでもできることから始めることで、より高度な行為可能になる」ということなのだ。思いついた単語を書き並べることは(殆ど)誰にだってできることである。だから、まずは誰にでもできることを行うのが肝要なのだ。俺はそう思う。


 例えば、今ここまで文章を書いたところで俺のモチベーションは随分と下がってきているのだけど、あんことかアンダンテとか有馬記念とかみたいな単語を並べることは当然できる。だからモチベーションアップを図ることができるのだ。多分。知らんけど。


 ここまで書いたところで更にモチベーションが低下してきた。それでもまだ例の文章練習法に頼る必要は無さそうである。このままとりあえず書き続けてみよう。それで、モチベーションが底をついたところで実際に例の文章練習法を試してみるのが良いかもしれない。とは言え一応文章を書き続けることが(今のところ)できているので、そう、今のところその文章練習法に頼る必要は無い。やったぜ。


 そろそろモチベーションが再び尽きかけてきた。いや、まだだ。まだ何とかなりそうだ。独り言のように何とかなりそう何とかなりそうと呟ける内はまだ何とかなるのだ。しかしそろそろ難しくなって来た感がある。というのもさっきから同じことの繰り返ししか書けていないかである。「そろそろモチベーションが尽きかけてきた」→「何とかなる何とかなる」的な。しかし先程の論法に従って言い換えてみれば次のようになるのかもしれない。「同じことを繰り返し書くことは誰にでもできる。だから、そうやって誰にでもできることをやっている内に、再びモチベーションが生まれてくる」と。そういうことなのかもしれない。書くことに迷ったらあんことかアンダンテとかアルゼンチンとかそういうことを書かずに、今まで書いたことを書写していくのがいいのかもしれない。その方が文章推敲にも役立ちそうな気がする。今にして思えば。


 例えば、今からこの直前の段落を俺は複写しようと思う。「そろそろモチベーションが再び尽きかけてきた。いや、まだだ。まだ何とかなりそうだ。しかしそろそろ難しくなって来た感がある。というのもさっきから同じことの繰り返ししか書けていないかである。」

 やはり同じことの繰り返しとは言え、何かを書いている分には脳の方でも「こいつ何か書いてんな」と反応している感がある。つまり、脳は割と鈍感なのかもしれない。同じことの繰り返しであれ複写であれ何であれ、ともかく何かを書いていれば「こいつ何か書いてんな」と脳は認識し、結果的に「何かを書く練習」になるのかもしれない。つまり文章技術一般を鍛えるための練習になるのかもしれない。人間の脳なんて基本的に騙し騙されなのだ適当文章を何度も何度も複写していれば、まるで新たな文章を五千文字書いているかのように脳は錯覚してくれるのだ。多分。知らんけど。実際知らんけど。そもそも練習になっとるのかどうか知らんけど。結局は脳の判断云々よりも人間が如何に新しいものを書こうとするかに文章価値根本存在しているのだとすれば、今俺が「脳は結構鈍感で勘違いする」とか言ってる傍からオリジナル文章を書きまくっているその意味もはっきりしてくるのかもしれない。しれない。よく分からないけど、多分そうなのかもしれない。

 というか今これだけ色々と文章を書けているのはひょっとしたら昼間に飲んだコーヒーに含まれカフェイン効能なのかもしれない。それだけのことなのかもしれない。しれない。よく分からない。でもそうかもしれない。何か結局同じことを繰り返し繰り返し書いてるだけにはなっていやしませんかね自分

 あいうえおあんこアンダンテ、秋、憧れ、有馬記念阿久津主税八段(将棋棋士)。


 以上の文章文字数は千八百文字程度である。こんなに書いたのに、普段目標としている千文字文章を二つ分弱書き終えた程度の文字数しか稼げていないことに愕然としている。やはり繰り返すしか無いのかもしれない。あるいはあ行の単語やか行の単語を並べていくしかないのかもしれない。


 ところで自分が何故このような文章練習法を思いついたかと言えば、それは安眠法の記事を読んだからなのだ。その安眠法は「連想式安眠法」と言って、先程述べていたような頭文字限定した単語を幾つも幾つも思い浮かぶ限りで頭の中で唱えていくという安眠法なのだが、これが中々人の脳の中にあるざわめきを抑える効果を持っているようで、つまりは実際安眠に役立つのである。で、俺もその安眠法のファンになってしまったのだが、しかし何度も何度も頭文字共通する単語を頭の中で唱え続けていると、今度は秩序だった文章を頭の中で唱えたい欲求が生まれてきたのである。この文章練習法は以上の体験を元に考案されている。どうだろう。結構この文章練習法良くないだろうか。実際相当文字数を稼げていると思うのだけど、でもやっぱりこれも昼間飲んだコーヒー純粋作用しているだけなのかもしれない。だってそんな簡単文章を大量に生産できるわけがないと思うのだ。今まで俺は文章をたくさん生み出すことが中々できないから焦ったり悩んだりしていたわけであって、それがこんな簡単方法によって改善するとしたらおかしいではないか、と心の一方では思っているのである。だから、どちらかと言えば自分自身の考案した練習法が功を奏したのではなく、昼間飲んだカフェイン所為と言ってしまう方が安心するのである。変な話だけど。

 基本的に俺という人間人生において空回りばかりをしており、自分の考案した方法が功を奏したことなど数える程も存在していないのだ。あるいは一つとして存在していないのだ、実数分からんけど俺本人の印象としては一つも存在していないと言いたいくらなのだ。だから、実際物事が功を奏したとはどうしても思いにくい、そう、「自分の手柄とは思いにくい症候群」が現れているのである。難儀なもんですね全く。ところでキーボードを叩き過ぎて段々指先が痛くなってきた。キーボードを叩くという実にヤワ運動が指先の神経を破壊したりするものなのかどうか俺には分からない。もしそんな事実存在するのであれば全国の小説家廃業しなければならなくなってしまう。だって彼らは日常的に三千文字とか四千文字文章を書きまくっているわけだから、つまりもしそんなペンだことかと同じキーボードだこ的な職業病存在するのだとすれば全国の作家及びキーボード日常的に使用する全ての職種の人々は皆等しく指先の神経破損症候群的な持病を抱えることになってしまうのであり、しかし世の中で生きていてもそんな持病の存在について耳にすることは殆ど無いことから、あるいはそんな持病は存在しないんじゃないかと思ったりもする。とは言え、俺のキーボードタイプする力は常人よりもやや強いのかもしれない。若干指先がひりひりし、指の第二関節が少しばかり痛む程度には俺のタイプチカラは強いのかもしれない。そもそも俺は小指を使わずタイピングを行う自己流の要矯正タイピング法に慣れ親しみすぎており、つまり他の人々よりも指の負担がやや多くなっている可能性があるのである。小指が本来受け取るはずであった負担を四本の指に分配してしまっている可能性があるのである。そう考えると俺だけがこの指先神経破損症候群的な症状に罹患してしまうとしても強ち想像力の枠外とは言いにくいのではなかろうか。


 こんなところでようやく文字数が三千文字を超えていった。とは言えまだ三千文字しか書いていないのかという感覚存在している。あるいは俺の考えた文章練習法のお陰ではなくカフェイン所為なのではないかという疑惑も依然として根強く存在し続けている。

 しかし今ふと思ったのだけれど、やはり効果的な練習法の条件の一つには、人間心理的ハードル技術的なハードルを落とすことが含まれるのかもしれない。あるいは技術的なハードル心理的ハードルを下げることを含む必要があるのかもしれない。だって幾ら効果的な練習法が存在したところで、それが技術ハードルおよび心理的ハードルをゴインゴインと引き上げてしまったら元の木阿弥で誰も挑戦しなくなってしまうことになるではないか。俺今正しいことを言ってる感覚がある。そう、「誰にでもできることから始めよう」作戦は実に正しいのである。例えば、カメラに習熟したいならシャッターを押しまくれば良い。シャッターを押すだけなら大概の人間にはできるからだ。バカチョンカメラとも言うではないか。誰でもちょんと押しさえすればカメラは大抵風景を切り取ってくれるものである。多分。もっと専門的でテクニカルな要素を持ったカメラ撮影があるのかもしれないけれど。

 ホラ見ろそんな注釈自分で付け始めることないのに自分からハードル高くしにいってんじゃねーかと思う。「もっと専門的でテクニカルな要素を持ったカメラ撮影があるのかもしれない」とか言い出しちゃうタイプ人間なのだ俺は。つまり自分心理的技術的なハードルをゴインゴインと上げてしまタイプ人間なのだ。俺は。そう考えるとやはり誰にでもできることをやることは、全くもって善なる練習法なのではないだろうか。だって俺がこういう性格しちゃってるもんだから、尚更その「バカチョンカメラ」式練習法が輝かしいものに感じられるのだ。つまり自分が書いた文章最初から書写したりとか、あるいは頭文字が「あ」で始まる単語を書きまくるとか、そういう「誰でもできること」がやっぱり大切なんではなかろうか。そんな気がどんどんとしてきた。ホラ、だって文章が目茶苦茶量産体制に入ってるのは、さっき自分心理的技術ハードルを落としたからではなかろうか? そう考える傍から「いやいやカフェイン所為でしょそれ」的な思念が浮かんできてしまうのだが、これは良くないことなのかもしれない。しれない。分からない。小麦粉か何かだ。古いねこのネタ。正直昔このネタ聞いてもあんまり面白いとは思わなかった。恐らくこのネタ楽しいと思うにはそれまでラーメンズが演じてきた演目に対する知識必要になるのではなかろうか。なかろうか。俺、さっきから「なかろうか」とか「かもしれない」的なことを書きまくってるけど、それは俺の中にある自分が書くものに対する不安の念の現れなのかもしれない。現れなのではなかろうか。しれない。かもしれない。分からない。小麦粉か何かだ。


 ようやく四千五百文字を超えた。というか文章を書き始めてからこの辺りで既に四十分近くの時間が経過している。あっという間だ。今俺はライティングハイ的な状態になっているのだ。それがカフェイン所為なのか、あるいは俺の編み出した練習法により心理的技術的なハードルが下がった所為なのかは分からないが(その真偽は恐らく明日以降カフェイン摂取しない自分が自ずから証明してくれるであろう)、いや分からんね。そもそも自分が何を書こうとしてるのか分からんから必然的に「分からん」とか「知らない」とか「小麦粉か何かだ」的な記述が増えてきてしまうのです。


 ところでアレですよ、最近「なろう小説」というもの流行ってますよね。流行ってるんです。ええ。流行ってますとも。多分。知らんけど。

 この「なろう小説」の特徴としては、大体物語の冒頭で主人公が死んで転生するところから始まる。そして転生後の世界主人公稀有な才能を持った偉人として君臨することになる。そういう筋書きが殆どなのだ。この呼称はどのように生まれたかと言えば(アノニマスダイアリーに生息する御仁達には説明不要かもしれないが)この小説ジャンルは「小説家になろう」という小説系の投稿サイトで幅を利かせたジャンルなので、「なろう系小説」とか「なろう小説」といった呼称をされているのだ。説明すればするほど醜悪まりない作法によって書かれた小説ジャンルだと思うが、中には面白い作品もあって、個人的には「異世界料理道」なるタイトル作品推しておきたい。これはもう既に商業デビューを果たした作品であり、商業デビューするだけのことはあって世界観の組み立てやストーリーテリングが非常に上手い小説なのだ。二百話近くあるエピソードの半分以上を読んでしまったくらいだ。

 で、俺が言いたいのはそういう稀有面白さを持った小説に対する賛辞ではなくて、その「なろう系小説」を書いている人間文章生産能力に対する賛辞なのだ。俺はプロになる為には一日最低三千文字から四千文字文章生産する能力を持たなければならないと思っているが、いわゆる「なろう系」の小説を書く人間の中には一日に一万文字とか二万文字を平気で書き上げる人間ゴロゴロしていると言うのだから驚きである。一日二万文字と言えば、速筆で知られたか西尾維新氏が、それくらいの文章生産能力の持ち主だったかもしれない。しかし俺だってカフェインブースト心理的技術ハードルを下げる効果的な練習法さえあればそれぐらいの量の文章を書くことなんてお茶の子さいさいだぜと言いたくなってくる。実際そろそろ五千文字突破して六千文字に迫るか追い抜くかをしているところだと思うが、あ、そろそろキツくなってきたかもしれない。いやしかし「キツい」キツいと繰り返している内はまだ大丈夫だと先程言ったばかりである。これもまた繰り返している。繰り返し。繰り返し、リピートリピート。繰り返すことが人間心理的ハードル技術的なハードルを下げ、人間効果的な文章トレーニング提供することになるのだ。多分。でも一応今日はこの辺にしておこう。

2018-01-02

FGOが嫌いな理由

歴史上の偉人たちの名前記号化している。

キリがないし、実在した人たちの人間性を軽んじかねない。

知名度が既に高いから利用してるんだろうけど、

現実存在した人物名前を金儲けに特化したキャラデザインにホイホイ使用しないでほしい。

2017-12-28

anond:20171228141754

ことわざって

偉人名言引用すら出来ない&知らないアホが

なんとかして権威付けの為に捻りだす最後の砦感ある

2017-12-23

まだうまく言えないのだけど、WIRED休刊に寄せる編集長自作自演インタビューについて、やはりどうしても我慢ならないというか、こういう口ぶりがジャーナリズムとか言論世界をここ30年間停滞させ、オーディエンスうんざりさせてきたとしか思えず、2017年も末になりまだこんな口調を読まされるなんてとモヤモヤしている。

機能するということは時代遅れであるということ」とインタビュー中にあるが、本人は雑誌という旧来の言論メディアを重視してた人。だからいきなり紙面だけなくなる訳で。

まり随分前から自分自身時代遅れになっていたのでは?それに気づいてないのによくこんな長い捨て台詞を吐いて自分未来志向!とか言外にも思ってられるよなあ。

ここは80年代か?と。溢れるホモソーシャリズム感やポストモダン感に吐きそう。

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結局こういう社会学ぽい未来の話は最後はいつも「マクルーハンのいい言葉いくつ知ってるかな大会」みたいになる。それが本当嫌だ。

毎回飽きもせずこの現象マクルーハンのアレだよね、あの現象マクルーハンのアレだよねに集約されて終わるし、その言葉知ってる人たちしか巻き込めないというか、結局狭い小部屋のやりとりでしかないというのが伝わるというか。

一度でいいか偉人言葉を引き合いに出さずに話終わらせてみてほしい。自分言葉で話してないし、自分の癇癪で定期購読していた読者をいきなり切るみたいになってるのもわけわからない。わかりやすい話し口だと思うしその方が仕事にしやすい(何故なら前にも誰かが考えたことあるから。本当の本当に考え方が新しかったらそもそも旧来メディアでは予算がつかない。)考え方だから口調が古臭いのは仕方ないと思うけど、こういう人って仁義の薄さだけはいまふうなんだよな…。執筆陣にちゃんと仁義切ってるの?大丈夫

あと編集長としてキャリア区切りにこの文章が残っていくのって、アリなんですかね?

(↑いま「アリだ、むしろカッコイイ」って思えちゃうセンスのない人達支配している社会だってわかってて言ったけど…)

そう思うと、結局毎回、言葉オタクおもちゃにしてるのが腹立ってる。これは活字ではない。言葉が死んでるよ。

.

でもいま恐る恐るネットでの反応を調べたら、ネットではこういう言い方に「キモっ!」て言ってる人も多くてほんとホッとした。

そのことが、まさにこの文中にあるように「読者を侮ってはいけない」ということを皮肉にも証明してると思う。その微妙差異マクルーハンソクラテスカントスティーブ・ジョブズ孔子様の言葉なんかでは捉え切れない。でもそれでいいんだ。

いつも未来に驚かされていたい:『WIRED日本版プリント刊行休止に関するお知らせ|WIRED.jp

https://wired.jp/2017/12/22/oshirase/

2017-12-19

生涯童貞だった偉人だっているんだぜ。

松下村塾吉田松陰などは、生涯童貞だった。

童貞ネタにするの、ホントやめてあげて欲しい。

  

童貞ってそんなに駄目なことなのかな

自分観測範囲しか性的な話まで突っ込んでできる友人関係からすごく狭い範囲だけど

童貞からだめ」みたいな発言聞いた事ない

というか、そもそもセックスについての駄目出しで「ゴムつけてくれない」以外の文句も聞いたことない

ゴムつけてくれないのが圧倒的に酷いせいで、それ意外の事は皆気にしないのかもしれないけど

唯一あるのが、「ボクサー彼氏が長年の減量のせいであそこが余りにも小さい」という特異な例。それもむしろ、過度な減量について心配していた。(てか今思うと、栄養不足かなんかで、そもそもちゃんと勃起できてなかったのかもしれない、怖)

逆だけど、「処女だって言ったら面倒臭いってガッカリされた」って話もある

女性慣れしてなさすぎて挙動が変ってのはわかるけど、それって童貞と必ずしも結びつくわけじゃないでしょ

童貞じゃなくなった、ってだけで異性との距離の取り方がわかるとも思えない

別に童貞卒業する」という行為で、何らかの自信の無さを埋め合わせるというやり方を否定するわけじゃないけど

童貞しろ処女しろ、言われてる程ネガティブ要素でもなければ、言われてる程の価値もないんじゃないの

すごく手軽に、経験した人/してない人で分断できる都合のいい言葉から、やたらめったら適当に取り上げられているだけ

女性が先輩女性に「化粧くらいして当たり前」「この位のセクハラだって耐えてきた」って、後輩女性を縛り上げるように

男性が先達男性に「お前は童貞から駄目なんだ」って雑に切り捨ててバカにされてきた、連綿と続く呪いに思える

「あの偉人童貞だった」とかそういう事言うのもやめたらいいのに

2017-12-16

anond:20171216170315

とある偉人遠征前に、妻に風呂に入らないで待っとけ言ったんだっけ。

フェロモンたまんねーって。

2017-12-14

anond:20171214155925

まぁそんな事言わないで。

人生どんなステキな人や好きな趣味を見つけられるか、判らないじゃない?

理想目標になるような、目上の人はいないのですか?親御さんとか、有名人とか、偉人とか。

2017-12-02

偉人自伝を薦めたり、すごい経営者記事URL業務チャットに貼る上司には二通りいる

・「純粋面白かった」という意味で貼る上司

・「偉いやつがこうやってるんだからお前もこうしろ」という上司

2017-12-01

偉人娼婦として召喚して娼館で働かせるソシャゲってなんでないの?

おかしいでしょ。

ほぼ99割方それと同じことをやっているのになんで最後の一歩を踏み出さないんだろうか。

というか娼館経営ゲームって最近少なくね?

アリスソフトは早く新作作ってよ。

英雄って名前でこのゲーム作ろうぜ。

ソシャゲじゃなくてもいいから早くしろ大阪ハニワ

人間の不完全さに嘆く

いかマッチョ歴史上の偉人たちも隆盛を極めた後は没落していく

それが組織だとしてもだ

アメリカが弱体化してきたように

GoogleアマゾンYoutubeアップルもいつか没落していく

世界支配構造の頂点であるロスチャイルド家でさえ内部抗争が起き始めている

 

俺は誰を参考にすればいいのか

真に尊敬に値する人間とは組織とは一体どこにあるのか

 

ここで知能指数が人並みに低ければ病気となり宗教に逃げることができた

だが宗教が答えのようで単にサイコ商法なだけなのは承知している

あの秘密結社と言われたイルミナティがどんな恐ろしいことをしているのかと思ってたら

自分金持ち集団のための宗教を作って仲良しこよししてる同人サークルしかなかった

いやービックリした

要するに死の恐怖から逃れようとすると宗教でラリるしかなかったり

物欲に満たされすぎてきた虚無感をアイデンティティの杖にするしか答えがないってことだ

エリートでさえ

貴族でさえ

 

話がそれた

俺の求め尊敬する超人はまだこの世に誕生していない

俺を救うために早くこの世に現れてくれ

俺を徹底的に否定し見下し有無を言わさない完全さを見せてくれ

くだらない重箱を突かせないでくれ

俺の想像を圧倒してくれ

いつかそんな超人存在が目の前に現れて俺を指さして言う

「お前は間違っている」

膝をつく俺は何も言えずに黙るしかなく

夢を見るのはそればかり

2017-11-30

明治昭和初期に活躍した欧米への渡来経験がある人の履歴みてると、

なろう小説でよくある10代のうちに活躍しすぎ話がフィクションに見えない。

母校つながりで話せば、高橋是清の渡米経験は、中学生とき

その頃、俺は...俺は....

本好きの下剋上」とか大好きだけど、話を読む傍で一年を1.5倍くらいにして

なんとなく脳内変換で5歳くらい勝手に歳を後ろにずらして

それでもしっくりこない早熟さに違和感を覚えることもあった。

それはやっぱり小学校中学校高校大学入学年と年齢とリンクした思春期学習曲線を

無意識のうちに描いているからで、その枷を外せば個人差はもの凄いんだろう。

歴史が全てを語っている。

明治と今を比べれば、生きるために必要なこと以外にかけられる時間は今の方が遥かに大きいはずなのに

その時間の割り振りは、歴史上の偉人達ほど、自分のは徹底したものではない。

いつになっても焦燥感反省も絶えることはないし、悔しさばかりが募る。

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