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2017-07-27

一昨日近所で火事があって結局家は全焼してしまったが延焼はせずその家の家族は外出とか仕事中とかでみんな無事だった。

こういうとき「命が助かってよかったですね」なんていう輩がいるけどそれ軽々しく聞こえる。家がなくなってしまったんだぞ。家財道具も一切合切な。

もう30年は前だけど小学校の時にクラスメイトの家が火事になったときのことを思い出すわ。

家は全焼して、隣の家も少し焼けて隣の家にある車も駄目になった。

結局放火の疑いだったらしいけど、その子のお父さん自殺してしまった。

犯人がつかまったかどうかも忘れたが。まさかお父さんが放火したのかな、なんて思うけど、違うよね・・・

ただ、それでもその子はちびまるこの永沢みたいな根暗にはならなかったので(つか女子だったし)、まぁよかったのかなw

2017-07-22

大学3年生今期取れた単位は0クズは生まれながらにクズなのか(追)

もう一人ではどうしようもない吐き出させて下さい。


現在大学3年生。今期の取得単位が0になる事がほぼ決まってる

変わりたくて、努力してきたけど変われなかった。もう俺はだめかもしれない。

3年生の途中から学校に行けなくなった。

勉強に対するモチベーションも、周りの自分よりも優秀なクラスメイトに付いていく努力

2年も続かなかった。


長くなるし特定されたくないから詳細は省くけど、高校中退している。

今の大学は、2か月の引き籠り生活の後、クズ自分を変えようと

自己啓発本を読み漁り、ネット大海をさまよい、猛勉強の末何とか合格した大学だった。

合格を報告した際の、母の「自分に似なくて良かった(母は自分大卒じゃない事を気にしていた)、自慢の息子だ」と

涙ぐみながらの言葉が忘れられない。

一流大学学歴を得て、俺は変われたという自信と社会への繋がりを取り戻せるはずだった。


大学での学生生活は、想像以上に上手くいかなかった。

青春を捧げて合格した俺と違って、周りは部活の片手間や俺の半分の努力合格してしまうような

優秀な奴ら、俺とはポテンシャルが違った。すぐに落ちこぼれた。

3年生になっても弾性係数の関係式も答えられず教授にやる気がないのなら大学を辞めて働いた方がいいとまで言われた

友達もできない。人と仲良くなりたいのに自分から壁を作ってしま

人に嫌われるのが怖い。人にどう思われているか気になってしかたない。

人が怖くてしかたない。言葉は時にナイフよりも俺を傷つける。


大学で頑張る理由が見つからなくなった。俺は環境を変えても、この先ずっと独りなんだと思うと

生きる理由も分からなくなった。

目が覚めると夕方で、自己嫌悪と失意の中で自分をなじって朝まで眠れない日が続いた。

結局、高校の頃から何一つ変わってなんかなくて俺はクズのままだった。

留年すると奨学金授業料免除もなくなる。女手一つで俺を育ててくれている母にただただ申し訳ない。

俺が死ぬと母を死ぬほど悲しませてしまうだろうし、それは20年間ダメ息子を育ててたくれた報いとしてはあんまりだと思ったから死にたくはない。

父と兄にどんどん似てきている気がする。

2人とも人付き合いが得意なタイプじゃなくて、孤独陰鬱とした性格だった。

家族について詳細はこれまた特定が怖いから省く。


これから俺は母にこの件について話して、母を悲しませて、そして許して貰えるだろう。

後1年、頑張って卒業しなさいと言ってくれるだろう

人生夏休みって言われる大学でもこれで、耳タコで聞いてきた厳しい社会人として生きていく自信がない。

とんだ甘えた野郎だと自分でも分かる。嫌いな人間トップ2は高校時代の俺と、そして今の俺だ。

もう早く楽になれたらと思ってしまう、もう大学は辞めるしかないのだろうか?


こんな愚痴2chでは死ねって言われるだろうし、知恵袋では罵倒されて終わりだろうと思い

理系や、同じような性格とか経験をした人生の先輩が多そうなはてなでなら色んなアドバイスや、叱って貰えるのではと期待してダラダラと駄文を書いてしまいました。

最初はとんでもない長文になってしまったので、読んで貰えなそうだと思ってかなり省きました。

(追記)

トラバに返信しようかなと思ったら、想像10倍近いコメントがあってたまげました。

トラバコメントも全部読みました。こんなうじうじした増田に優しいお言葉を沢山、ありがとうございます。厳しい意見もお叱りもご尤もだなと思えるものばかりですし、

URL大学相談に乗ってくれるサービスの紹介もありがとうございます勇気を出して行ってみようかな。

自分と同じような経験をした方の話も、留年を乗り越えた先輩の経験談も励みになります

休学して学費を貯めてから復学するという選択肢は思いつきませんでした。(休学中は学費からないんですね)

こんな精神状態になる事は、1年生の頃から何回もあって、その度になんとか乗り越えてきたんですけど、

今回は、もう立ち直れないんじゃないかってくらい落ち込んでしまって、ヤケクソになって書きました。

まだ何も解決していませんが、昨日よりは随分マシな気分です。

インターネットでこんなに有意義意見を沢山聞けるとは思いませんでした、こんなに親切にしてくれて本当にありがとう

何とか幸せになりたいものですね。

2017-07-17

私はあの子のことがどうでもよかった

ときどきだけど、何かを書きたくなる。

でもそういう時に限ってなにを書きたいのか見つからない。

でも、いじめられてた人のエントリがあったので、私もいじめに関することを書きたいと思う。

私は中学時代、「いい子」だった。だから先生たちから色々な頼まれごとをした。その中に、不登校の子電話で励ます、というものがあった。

どうもその子学校いじめられていて、それで不登校になってしまったらしい。

私はクラスメイトたちのことには興味がなかったので、いじめの内容も全然からない。少なくとも私は参加してない。しかし、その子のことも全くと言っていいほど知らない。

けれども、先生に言われた通りにその子電話で励ました。どんなことを言ったのかは覚えていない。

ただ、覚えているのはその年のお正月、その子から年賀状が届いたことだ。そんなものが届くとは思っていなかったからびっくりして、それだけは覚えてる。

そして、その年賀状に返信しなかったことも。

もう名前も覚えていないその子が今どうしているのかは全く知らない。そもそも登校できるようになったかどうかも覚えていない。

の子のことがどうでもよかったから。

だけど、今思えば残酷なことをした、と思う。

先生に言われただけなんていう理由で、人に手を差し伸べるなんていう責任のあることをホイホイするんじゃなかった。

本当に、それだけは後悔している。

2017-07-16

昔、私をいじめから救ってくれたヒーローがいた

思うところがあって、お礼の手紙を書いてみたいと思う。

すごく長くなったけど、どうしても全部吐き出したかった。


子供の頃、ヒーローに会ったことがある。

毎日小学校いじめられていた私の狭い世界を、一瞬で壊してくれたその人は、有名なスポーツ選手だった。


いじめが始まったのは、小学校中学年。たぶん、三年生の後半だったと思う。

いじめの内容は、スタンダードものだった。

バイキン呼ばわりして、私や持ち物を避ける。

机の上に筆箱を出しっぱなしにしていると、休み時間に奪われて、それで菌のつけ合いがはじまる。

遠足の時の写真教室に張り出されると、私の顔だけポスカで塗りつぶされる。

風呂に入ろうが何しようが、臭いだの汚いだの言われる毎日だったけど、途中からエイズとか言われるようになった。

その時期、ニュースエイズが取り上げられるようになったから、男子面白がって言いはじめて、クラス中に広がった。

みんなが口を揃えて言うには。私はどうしようもないブスで、そのうえ吐き気がするほど汚くて、誰も友達になりたいと思えない、世界一気持ち悪い女ということだった。


学級会的なこともあったけど、ほとんど意味がなかった。

から、三年生から六年生までずっといじめられていた。


きっかけはよく思い出せない。

から身体が小さくて、いまで言ういじられキャラみたいな感じだったのが、ゆっくりいじめに変化していった感じだった。

それまでは、体が小さいくせに運動が得意で、女子より男子と遊ぶことが多かった。

から、男女とか言われることも多かった。

もしかして、それも一因かもしれない。

いじめられて一番辛かったのは、休み時間に誰も遊んでくれなくなること。

集団で遊ぶことが好きだったから、ドッチボールに入れてもらえなくなって本当に辛かった。


そんなある日、学校のみんなが夢中になるブームがやってきた。

三十代の人は、記憶があると思う。

Jリーグブームだ。

Jリーグが始まってから休み時間サッカーをする人が増えた。

いつもそれを指を加えて見ていたけれど、兄弟友達に誘われて、地域サッカーチームに参加することになった。

チームには、もちろん毎日いじめてくるクラス男子もいた。

でも先輩にあたる前述の友達や、コーチ達の前ではいじめられることがなく、普通にサッカーができた。

心にはモヤモヤするものがあったけど、一緒に遊べるうれしさがそれを上回っていた。


学校はいじめられて。

その鬱憤を晴らすように、土日の練習に参加した。

でも、あんまり上手くなかった。走るのは得意でもボールコントロールが下手だった。

試合はいつも補欠。

まともに出たことはないけど、一回だけ偶然にシュートを決めたことがあった。

あれは本当に気持ちよかった。


そうやって、子供なりにストレスコントロールしていたけど、気持ちは徐々に苦しくなっていった。

もうダメだ。学校行くのをやめたい。そんな風に思っていた。

この時期、うちの親は転校を考えていたようだ。

ちょうど子供自殺が、全国的に騒がれはじめた頃合いでもあった。

まかり間違っても我が子に死なれたくない。学校行きたくないと言い出したら、しばらく休ませるか隣の学区に転校させよう。

そう考えて、情報を集めているところだったらしい。



そんな一番辛い時。

冗談抜きで死にたいと思っていた時に、私はヒーローに会った。

あの時のことは、生涯忘れることはないと思う。


参加していたサッカーチームが、とあるイベントに参加することになった。

首都圏にあるサッカーチームが集まって試合をするというイベントで、なんとそこに人気のJリーガーが来るということだった。

移動のバスでは、みんなでワクワクソワソワしていた。

事前にカズが来ないと知らされたけど、超有名な選手10人くらい来ると聞いたので、テンションは下がらなかった。

移動中に諸注意が伝達されて、真っ先にサインをねだることは禁止された。

ブーブー言いながら、なんやかんやとイベント試合をこなして、ようやく選手とふれあえる時間がきた。


コーチ達に、さあ行っておいでと言われた時には、すでにすごい人だかりができていた。

憧れの選手達がいるのに、とてもではないけど全員と話ができそうにない。

サインどころか、握手してもらうのも難しそうだった。

どうしようか……と立ち竦んでいた時、緑のユニフォームが目に入った。

読売ヴェルディユニフォームだ。

当時、一番好きだったチームのとある選手が目の前にいた。

衝動的に人だかりに入っていって、夢中になってユニフォームを目指した。

きっと握手は難しい。

でもせめて、あのユニフォームにさわってみたいと思ったんだ。

他のチームの子をかきわけて、やっとのことでそのユニフォームを握った。

その時、頭に大きな手がやってきて、グイと顔を上げさせられた。


「あ、やっぱり女の子か」


目指していた選手は、私の顔を見てそう言った。

首都圏のチームには、ちらほらと女の子が混じっていたけど、まだまだ数が少なかった。

からしかったんだと思う。

最初ショートカットにして日焼けで真っ黒になっていたのに、よくわかったなと驚いた。

次に、ものすごく緊張した。

だって私は、みんなが言うには世界で一番気持ち悪い女だ。

どんなに洗っても、臭いと避けられるバイキンなのだ

あっちに行けと言われたらどうしよう。

そんな風に考えて、一瞬で泣きそうになった。

しかしたら、ユニフォームが汚れたと怒られるかもしれない。

さわろうと思わなければよかった。

イベントに来なければよかった。

急に怖くなって、逃げようとした。

でも頭はガッチリつかまれてるし、前後左右は人だらけで移動なんかできそうになかった。


緊張で固まっていると、その選手は私を見て笑ってくれた。

逆光だったから、笑った時に見えた真っ白な歯が、なにより印象に残っている。


「がんばってね」


その選手は、ひとこと励まして頭をなでてくれた。

たったそれだけだったけど、私の狭い世界を壊すにはそれだけで十分だった。


嫌がられなかった。

臭いと言われなかった。

気持ち悪いと避けられることもなかったし、それどころか笑ってくれた。

周りがみんな敵という状態だったから、好意的に受け入れてもらうという体験が新鮮で、心の底からうれしかった。

しかもその相手は、あの読売ヴェルディの超有名な選手だったのだ。


冗談抜きで、世界が壊れた。

もちろん良い意味でだ。

私は別に汚くも気持ち悪くもない、普通の一人の子供なんだ。

あの笑顔と励ましは、ちゃんとそれを教えてくれた。


この日からいじめられても大丈夫になった。

もちろん辛い時もあったけど、根っこの部分が補強されたから挫けることはなかった。

どんなに汚いと言われても「でもあの選手は、そんな風に思っていない」と思えた。

クラスメイトの言う「みんな」が、本当の意味での「みんな」じゃない。

その証拠に、あの人は私をなでてくれたじゃないか

からいまの悪口適当発言だ。

私はバイキンなんかじゃない。普通の子供なんだ。そう考えられるようになった。


自信が回復したためか、この時期から奇妙な変化も起きた。

学校はいじめられるけど、放課後になれば遊んでくれる友達ができたんだ。

しかも、何人も。

その人達は口を揃えて「学校では○○さんが怖いから一緒に遊べない」「クラスでは△△君が見てるから、話ができない」と言った。

本当に自分を嫌っているのは、クラスでたった二人。

他の人達は、その怖い二人の顔色をうかがっていただけだったらしい。


学校では相変わらずだったけど、放課後になれば楽しい日々がやってきた。

その二人は遠い団地に住んでいて、放課後に私が住んでいる団地に来ることはなかったから、存分に遊ぶことができた。

小学校卒業すれば、あの二人に会わなくなる。

それだけを頼りに、毎日学校に行っていた。


想像はあたっていて、小学校卒業して中学校に入ったら、徐々にいじめは止んでいった。

しばらくはいじめを続行しようとする人もいたけど、中学卒業するまでに気がつけば全部終わっていた。

高校に入って、家の近くのコンビニバイトを始めると、あの時のクラスメイトがお客としてやってくることがあった。

みんな店員が私だと知ると、一瞬気まずそうな顔をする。

でも私はがんばって、できるだけ普通にしかけた。

そうしたら、みんな照れくさそうに話に応じてくれた。

買い物が終わって出ていく時に、「あの時はごめんな」と謝る人もいたし、それには触れずに「バイトがんばってね」と言う人もいた。


いじめというのは、本当に狭い世界の話だった。

どういう理屈かしらないけど、あの狭くて小さな世界は人を狂わせる。

でも一度外に出てしまえば、みんな普通に戻る。

私は、あの選手に会えたことで外に出ることができた。

本当に幸運なことだったと思う。

なにしろ日本代表として活躍して、それこそ日本中サポーターがいた選手に、ほんの数秒のこととはいサポーターになってもらえたんだ。

そんな経験はめったにないことだと思う。


あれから色々なことがあったけど、胸にはいつも「がんばってね」という言葉があった。

社会に出て、結婚して、子供を生んで。

いま、人並みの幸せというものを噛み締めながら、あの人に会えてよかった、自殺なんかしなくてよかったと思っている。


昨日の夜、旦那子供が遊んでいるのを見ていて、ふとお礼がしたいなと思った。

私の人生を救ってくれたあの選手に、ありがとうを伝えたいと思いついた。

いまさら気恥ずかしくて、とてもメールなんか送れないけど。ここに書くことで、いつか偶然にでも目に入ってくれればうれしい。




私のヒーローであるあなたへ


何万人もの子供応援されてきたあなたは、私を覚えていないと思いますが、私はあの日のことを絶対に忘れません。

あれから、やっぱりサッカーは上達しなかったけど、いまも家族Jリーグ応援しています

旦那出会い、影響されてとあるチームのサポーターとなり、時々スタジアムに足を運んでいます

あんなにヴェルディっ子だった私が「緑は大っ嫌い♪」と歌う日が来るとは思いもしなかったのですが、いまもサッカーは大好きです。


あの時は、本当にありがとうございました

おかげさまで、とても幸せ毎日を過ごせています

あなたは、きっとこれからサッカー人生を歩んで行かれることでしょう。

そんなあなたを、遠い場所からではありますが、これからもずっと応援し続けていきたいと思っています



あの時、いじめられっ子小学生だった、あなたサポーターより。

ラモス瑠偉選手へ、感謝を込めて。


2017-07-10

役割を果たすことと人間であること

私は中学校教師をしている。勤務時間人間関係など大いに不満はあるが、生徒達は可愛いし、彼らに道を教え未来を作っていく、この仕事に誇りを持っている。

ただ一つ、どうしても納得出来ないことがある。

人間である前に役割を果たすことを求められることだ。

例えば、結婚前の恋人と街を歩いてはいけない、という不文律のようなものがある。

私の住んでいる街は田舎で、繁華街は県に一つしかない。土日になると生徒も父兄もその繁華街に集まる。

なので恋人と街を歩いていると生徒達に見られる確率が高く、そしてそれは風紀に悪影響らしいのだ。

言っていることは分からないでもない。私自身、中学生のころ思春期特有の潔癖さを持っていて、恋人がいるというクラスメイトをなんとなく不潔だと感じていた。

私と同じような生徒がいた場合、その生徒が私に対する反発を持ち、それが風紀の悪化に繋がることもあるだろう。

それに身近に男女関係にある大人がいると、生徒たちもそういったことをしてみたくなるということもわかる。

しかし、私は教師である前に人間なのだ

恋人と明るい街を手を繋いで歩きたい。行ってみたいところに行ってみたい人と行きたい。

それが人間として悪いことだとは思えない。けれど教師として生徒達に悪影響を与えることをしたくない。

他にも体調が悪くても休めないとか、辛い時でも生徒の前でそれを見せてはいけないとか、色々あるけれど、それはどの仕事でも同じだろう。

教師特有のこういった問題について他の仕事をしている人たちの意見を聞いてみたい。

私はこの問題に答えを持っていない。

http://ruriko.hatenablog.com/entry/2017/07/09/224525

程なく「教育的によろしくないクラスメイト」や「教育的によろしくないガールフレンド」に直面し、クレームをあげることになるんだろう。そして嫌がる息子さんに対して、例の台詞を吐くことになるんだろうな、「あなたの為にやってるのよ」と。息子さんはそこで「ノーはイエスではない」の意味を本当に理解する事になる。めでたしめでたし

2017-06-20

おhぢhfgそい;ぼw;g

いつもの風景

いつもの…違う…

将太がおらへん。

将太だけが、おらへん…

これが現実なんやって思ったら

また涙が出そうになってもうた。

教室に入った。

みんな一斉に、うちを見た。

空気が重くなるのが分かった。

その時やった…

好きです好きです

から~♪

うちの好きな長渕剛の『巡恋歌』セイッ!

クラスメイトみんなが歌ってくれた。

うちも泣きながら歌った。

愛していますよと Ah

ハッ セイヤー

甘い言葉の裏には~♪

オラッショ! セイッ!

一人暮らしの寂しさがあった

そうや…将太が助けてくれたんやもん。

将太、 うち…幸せやで

長渕「セイ!」(ジャカジャカジャカジャカ)ギターひく

2017-06-15

https://anond.hatelabo.jp/20170615065219

お前が教室を出る前の押し問答を拒否って職員室に向かったんだから当然だろ

自分から対話拒否っといてその後、相手から拒否られて何被害者ぶってんだ

ちゃんとコミュニケーションを捨てた自由享受しろ

そこに気付かないからお前はまだお前なんだ

教室出る前にクラスメイトに納得させてればこの話はおしまいなんだよ

2017-06-13

応援上映の文化

私は応援上映というものが嫌いだ。

一生やるつもりはない。

私は普段アニメでもドラマでも映画でも一人で(部屋で)見てキャーキャー言うタイプ

石原さとみが映ったら「さとみーッ」と言うタイプ

から応援上映のシステム自体はというかその発想はおかしくないし普通だと思う。

とにかく嫌なのは応援上映での発声パターン化したり大喜利化したりすること。

私は、その作品を私なりに見て私なりにキャーキャーしたいのであって、他人のキャーを押し付けられたくないのだ。

学校先生の、私にとってクソ面白くない話にクラスメイトがお愛想で笑っているのを聞いてもさらに興ざめするだけ。

私が面白くない時には面白いアクションはしたくない。

とは言え、今までの普通の上映でもプッと吹き出す程度のことはあっただろうし、それが心からのプッなら別にいい。

最悪なのが、ここでこういうコールを入れて笑いを取ってやろうみたいな面白くない人である

私は実際見てないから詳しく知らないけど、そういう仕切りたがる人みたいなのツイッター話題になったよね。

いや、お前のステージを見に来てるわけじゃねーよ。と。

それこそ、オタクコール問題がどうこうなってるらしいが、結局、何をしに来たの?っていう話だと思う。

私の中では、やっぱり映画は黙って見たい。

実際、いつもポップコーン買って食べながら見てるけど、あれだけ「見る」ことだけ、ただインプットするだけに集中できる時間はないと思う。

私が映画自体そんなにホイホイ見られる環境にないからかもしれないけど、ただ「見る」だけ、その時間お金払ってるんだから、その映画だけを見たい。

結局、別に応援上映自体はどうぞご勝手に、なんだけど、応援上映こそが真で愛で正義普通に見るのは人生損してる!みたいなのが嫌。

それでなんか応援上映?が流行ってるみたいだから普通に上映するのは減らすか?みたいな時代になったらもっと嫌。

応援上映好きじゃない人間もいるよという表明として。

2017-06-08

中線踏み知らない人なんて本当にいるの?

ラジオで中線踏み(ちゅうせんふみ)の話題が出たんだけど、本当に皆んな知らないの?

小学生の昼休み遊びの定番じゃん。おにごっこ、ドッジボール、中線踏みでしょ。

中線まで走って「うぇ〜い!!」「はよ来いよ〜!!」やってたでしょ。だいたい足が速い子が特攻して捕まるのがデフォなんだけど。

小学生の時にクラスメイトと中線踏みやった記憶あるし、確かに存在する遊びのはずなんだけど。。。

もしかして違う世界線の記憶なのか?だって中線踏み知らない奴いないやろ。昼休みに何してたと言うのだ。

2017-06-06

少女漫画って脇役を簡略に描く傾向があるの?

ちはやふる」を読んだときに脇役の同じ部活の子だったかクラスの子だったかがかなり簡略な絵柄で描写されていて、「主人公たちにとっては、あるいはこの世界にとっては、こいつはその程度の存在なのか」と大変冷え冷えとした気持ちになったことがある。いままた別の有名な少女漫画を読んだらクラスメイトが同様に描写されていて、同様の気持ち体験した。

少年漫画青年漫画ではあまり意識したことはないのだけど、少女漫画では中心のキャラとその他の描写密度差異が大きくなる傾向があるのだろうか。それとも少年漫画などでも同程度のことが行われているけど、僕が少女漫画的省略の文法に不慣れなためにより大きな差異見出ししまっているのだろうか。

2017-05-28

まる子のクラスメイト、クソ多すぎ問題

この年になって久しぶりに見たけど、完全にクラスでそっと距離を置かれるような子達ばっかりだな・・・

このクラスで気が狂わないまる子とたまちゃん、すごいとしか言えねぇ。

2017-05-27

http://anond.hatelabo.jp/20170527011529

解読してみた。

 

1、1年次:世界史A 2-3年次:日本史B

2、1年次:日本史A 2-3年次:世界史B

 

のどちらかを入学時点で選択する仕組みで、目先の興味に引っ張られて入学後すぐに世界史を受講できる1を選んでしまった。

クラスの中には理系コースを選んだ人もいるから分母はクラス全員よりは小さいけれど、それにしても文系コースを選んだクラスメイトの中で1コースを選んだ人間がたったの2人しかいないのは、1コースが少数派であることの証である

この周囲の傾向を見る限り、他の高校でも文系志望者の大部分は、日本史ではなく世界史でB科目を選ぶのが主流だと考えられる。

そうだとすれば、世界史でB科目を選ばなかった自分はおそらく大学に行っても世界史では周囲についていけないに違いない。

 

あってますか?

2017-05-24

明日中間テスト

中間テスト明日から始まる。

高校生になってから勉強部活もせっせこ頑張ってきた。

クラスメイトは「勉強だりぃ」とかほざいているが、ぼくはもうちっと意識を持つべきだと思っている。義務教育ではない高等学校は贅沢品なのだ。と誰かが言っていた。

主体性のある人間になりたい。と言うことが主体性がないのかもしれない。

英単語漢字確認をしてさっさと寝よう。

2017-05-19

http://anond.hatelabo.jp/20170519081429

リアルタイムで見ていた世代だが、当時からまったく同じことを思っていた。

なので、あなたのその気持ちはわかると、一旦同意した上で。

さて、それから10年後くらいにエンタの神様とかレッドカーペットとか、

一大ネタ番組ブームがあったのだが、

増田はそれには間に合った世代だろうか?

自分はそれらもすさまじくつまらないと思っていた)

「そっちは面白かったよ」というのなら、

増田は笑いのセンスがどうこうとかではなくて、

リアルタイムの熱気みたいのを差し引いて評価してる可能性がある。

熱気とはたとえば、コンテンツ自体はつまんねーと思いながらも、翌日学校でそれを肴に話す楽しさのことだ。

ボキャブラはつまらなかったが、クラスメイトとの話のとっかかりにはなった。

これは娯楽やネットのない時代ある時代の話ではなく、昔スマホがあったとしても、同じようにLINEツイッターを使って、友達番組悪口を言い合っていたであろう。

現に今も、どうしようもないテレビ番組の内容が、ちょくちょくトレンド入りしている。

増田の下の世代の今の子供たちもたぶん、

エンタあたりのネタ番組Youtubeを見て

「はあ?こんなの当時面白がっている人いたの?」

と同じように不思議がっていると予想する。

だって、今はもう消えてしまった知らない人が、

その週限りの消費ネタをやってるのをみたところで、

からどうしたって思うだけだからね。

そしてそのまた未来の子供達はヒカキンはじめしゃちょー動画を見て(以下

2017-05-18

思い出せない

女の子をすぐ憶えてしまうんだが、実を言うと思春期マジで好きだったの女の子名前が思い出せない。

最初小学生の時に出会って、仲良くなったのに転校してしまった女の子しか高校3年の時に再会した。おまけに、相手の方も憶えていてくれた。

もう一人は、中学生の時のクラスメイト

どーなってんのかな、マジで

2017-05-13

極端な人間になってしまった。もう無理

甘えだと言われてしまうのはわかってる。現実から逃げてるのもわかってる。でももう生きていける気がしない。普通になれない。ボロボロで恥ずかしい。

中学とき、真面目すぎるあまり周りにドン引きされた。でもそれしか自分アイデンティティが無かったのでその努力評価して貰うために必要以上に頑張っては色んな意味ボロボロになるということを繰り返していた。体育祭ダンスで異常に張り切ったり合唱オーバーに歌ったりしていた。笑われてもなぜか手を抜くことなくやり通した。

高校では私を見かけるたびにみんなが笑っていた。クラスメイトはいつもニヤニヤしながら馬鹿にしたように私に話しかけてきた。高校では目立たないようにしていようと思っていたのに目立ってしまっていたようだった。中学からの癖もあっただろうし、世間知らずだったので女子高生にしては変な振る舞いをしていたと思う。さすがに辛かったので散々普通になろうと容姿やら挙動発言に気をつかっていたが最後まで普通の人とは見てもらえなかった。ストレスがかかりすぎて逆に感情がなくなっていた。

大学に入ってから人間関係で散々トラブった。私が我慢できないことが原因であることが多かった。まだ挙動おかしいのか後輩に笑われたりもした。何にも馴染めなかった。

他人に認めてもらえなかったか自己否定感と承認欲求が入りまじっていてどうしようもない。自分を守るために怯えたり自己顕示したりと極端なことしかできなくて結局何にも得られない。

人を信用できない。人が怖い。だから気に入られるように謙虚無難に接しようとするが、素の自分を認めてもらいたいという欲求が勝って嫌われてしまったりする。私はおかし人間だ、普通にならなきゃという気持ちと、どれだけ努力しても普通になんてなれなかったと投げやりになりありのまま認めてもらいたいという気持ちのせめぎ合いだ。

どうしたら認めてもらえるのか。病的なほどに人の顔色を伺って自分を抑えて周りに適応しようとしたけれど駄目だった私は、逸脱することでさらに認められることから遠ざかっていく。中学時代に逆戻りだ。あの頃は普通でいることに関心がなかったけれど今はもう普通に生きて認められたいという気持ちが大きいから前よりもっと苦しい。このままただでさえ異常な承認欲求肥大していけばもっともっと私はどうしようもなくなるだろう。私はどうすればいい。

2017-05-08

ずっと好きな人

初恋の人が未だに好きで忘れられない。10年前、小学校6年生になるときに私が引っ越しをして転校するまで、家が隣で小さいこからよく遊んでもらっていた幼馴染。

まれときから友達、みたいな感じ。幼稚園も「その子と一緒がいい」と言って同じ幼稚園に行った。年中のころ、よく私のクラスに様子を見に来てくれていた。

年長のころは隣のクラスだったので遠足お菓子を隣のクラスにまとめて渡しに行くときは私が手を挙げてよく行った。

小学校入学して、1年生の時になぜか噂が立って隣のクラスから「〇〇のことが好きなの??」って休み時間によく聞きに来る人がいたけれど、なんて答えていいかからずに「好きでも嫌いでもない、普通」って答えていたな。そのあとも転校するまでちょくちょくいろいろ言われてた。今となっては微笑ましい。福祉の講習みたいなのでやった車いすバスケの時に「増田好きな人は…!」と同級生男子マイクで言われそうになったり、「〇〇が増田のこと好きって言っていたよ」とかとか。

その時は好きでもなかったし、意識もしていなかったんだけれどな。


5年生の宿泊学習の時にナイトツアーみたいなので迷子になって(w)探してくれたのが今も記憶に残っている。

私は低学年のときに父を亡くしてからものすごく太ってしまったこともあってブッサイクなのによくそんなに優しくしてくれたなと今も思う。


で、その子のことを好きになったのは自分が転校してその子たちと離れたとき。いつしかの子のことを考えるようになった。

私が転校して、転校先でいじめられてよく前の学校クラスメイトの夢を見るようになった。夢の中にその子はよく出てきていた。目が覚めて、夢のことを思い出すと不思議と会いたくなった。そんなわけで徐々に好きになっていった。

ちなみに今も前のクラスメイトの夢を見るけれど、メインはその子ばかりになっているので無意識にその子意識が向いているんだと思う。


私は中2から精神科に通って、中3になって不登校になって、先生らに見捨てられて卒業して適当通信制高校入学して慣れたころに急にパソコンメールメールが来たときすごいテンションが上がったな。

お互いにこの春、高校卒業してそれぞれの進路に進んでいるはず。その子に久しぶりに会いたいなと思っているけれど、メールするわけにもいかないし、なんだかもどかしい気分。


つい最近、その子の19歳の誕生日だったから思い出して書いてみた。

会いたいなーチャンスあったら付き合いたいなー私も青春したいなー


これから先、好きな人ができたとしても、その子以上にいい異性は見つからいかも。

(未だにその子との相性占いをしてしまうw)


うそう、2月に7年ぶりに同級生の子と会ったんだけれど、「〇〇が好きかもしれない」という話をした。

その同級生の子には話してもいいと思ったから。照れくさかったけれどなんかすっきりした。

みんな知らない間にいろいろなことがあったことを聞いた。

自分中高生は楽しくなくて苦労したけれど、前の学校同級生みんなにはどういう進路であれ幸せになってほしいと思う。


あーなんか最後ずれた。

魔性についての考察

 理由あって「魔性女性」に興味がある。

 魔性とは一体何なのか、何故、彼女たちは魔性を宿すに至ったのか、どうすれば魔に魅入られず無難にやり過ごすことが出来るのか、知りたい。

 まず、どうして魔性女性に大きな関心を抱くようになったかの経緯について説明させて頂く。

 もう十年以上前の話だ。

 大学には入ったものの、雰囲気が全く合わず精神的に追い詰められていた。医療系の大学だったが、勉強する内容の重要性について頭では理解出来ていても、全く興味を持てなかった。授業も半強制的に入部させられた部活動ストレスしかなかった。

 家庭の状況も、詳しいことは省くが、あまり良くはなく、どこにも安らげる場所がなかった。独り暮らしでも出来ていればよかったのだろうが、地元大学ということもあって、親の意向により却下された。

 経済的問題ではなく、単に束縛したかったのだと思う。ちなみに増田男性なので、娘を心配する親心とかそういうものではない。

 そんなこんなで、入学してから数年は、内面を押し殺して級友たちに愛想を振りまきながら(閉鎖的な環境だったので、浮いてはならないという意識があった)、何とかかんとかやっていたが、ある時、留年した。

 留年したことによる自尊心の損耗と、牢獄から抜け出る時期が遅れることへの絶望を覚えたのと同時に、大学からしばらく離れられるという安堵があったことは否めない。一年間の休養を経て大学に戻ったが、当たり前だが一つ下の学年と合流しての再出発だった。そこでPさんと言う女性出会った。

 Pさんは清楚な美人で、社交性もあり、学年の中でも慕われていた。成績も優秀な上、運動神経にも優れ、所属する部活動大会では毎年優勝候補に挙がるほどだった。力のある教授運営する研究室にも出入りしており、要するにパーフェクトに近い人だった

 そんなPさんがどういうわけか私によくしてくれた。彼女の交友範囲はとても広かったが、特に学士留年生のグループと仲良くしていて、その関係もあったのだろうが、傷心だった当時の私にとっては有難いことだった。

 有難いと思っているだけで済ませられればよかった。

 お察しの通り、彼女に恋をした。入学してから一瞬たりとて心の休まる時がなかった私にとって、彼女笑顔天使のそれに思えた。彼女はよく、誰にも見えない角度でわざわざ上目遣いになって、輝かんばかりの笑顔をこちらに向けてきた。

 この他にも色々あったが、当時の私が非常に純粋であったことを差し引いても、Pさんのこちらに対する態度は異性への好意を示すもの解釈して問題なかったように思う。あの状況下で彼女の内心を疑う者はまずいないだろう(個人主観ではあるが)。

 ほどなくして私は彼女告白をした。彼女の反応はすげないもので、私はとても焦った。何故? あれほど好意を向けてくれていたのに、どうして? 焦りから、青臭い感情を凝縮した内容のメールを送ってしまった。この一通のメールだけで、この後は一切電話をかけることもしなかったが、本当によかったと思っている。

 あっさりと流したが、この時は本当にしんどかった。全身の血液がドス黒く濁り、冷たく沸騰しているような感覚が続いていた。そんな時、あるクラスメイトの男と話す機会があった。仮にYとする。

 始めは野郎二人で食事をしながら世間話をしていたのだが、慰めてもらいたい気持ちがあったのだろう、ついPさんとのことを話してしまった。そうしたらYの血の気がみるみると引いていった。

「だからの子はそういう子なんだよ!!!

 まだ心の整理が出来ていなかった私は、どうして彼女はこちらに好意もないのにあんな態度をとったのか気になって仕方がなかった。むしろまだ好意を持ってくれているものとどこかで信じていた(よくある話だが)。だからYにも意見を求めた。そうしたらこの反応。何かがおかしいと思った。問い詰めた。確実にSは何かを知っている。何を?

 私が引きそうになかったため、Yは遂に折れた。絶対に誰にも言うなよ、俺から聞いたってことも秘密だぞ、と念を押してからYは言った。

 「宗教だよ」

 今度はこちらの血の気が引く番だった。混乱する私に対してYは自分携帯電話の画面を見せてきた。そこにはPさんからメールがあった。

 「セミナーに一緒にいきませんか? 料金は私の紹介で、特別料金の〇〇〇円です」

 という内容が女の子らしいテンションで書いてあった。何のことはない、Pさんの正体は美人局だったのだ。そして私は獲物に過ぎなかった。かつてのSと同じく。Pさんがセミナー勧誘を切り出す前に私が舞い上がって告白をしたため、その後の展開は違ったが。

 後にSから引き出した断片的な情報を基に彼女ブログ特定した。目を剥いた。子供の頃UFOを見た、宇宙エネルギーを感じている、アセンション、などなど彼女が本物であることを認めざるを得ない内容がこれでもかと綴られていた。

 彼女は様々な種類のカルトを次から次へと渡り歩いているようだったが、当時、彼女が入れ込んでいたのは代替医療詐欺をメインとするカルトだった。彼女は、医療大学学生という肩書を利用して、明らかに効果がないと思われる高額な代替医療商品宣伝ブログ上で行っていた。彼女自身モニターとなっていた。

 本当に恐ろしかった。あの天使のような笑顔も、何もかもが嘘だったことが。そしてその嘘に踊らされていた私自身の滑稽なまでの無防備さが。

 恐怖とともに、怒りと恥ずかしさ、情けなさが爆発的に湧き上がって全身がねじ切れそうになった。吐きそうだった。

 ここで私は最大の失態を犯す。傷ついたプライドの代償行為。弄ばれたという被害者意識の炸裂。どこまでもみっともなく、どこまでも愚かな行動。

 「前回のメールの内容は冗談だった。ところであなたのことは全て分かっているよ」

 といった内容のメールをPさんに送ってしまった。勿論、前回のメールの内容が冗談なわけはなかったし、本気だった。何を今更としか言いようがない。見苦しいこと極まりない。

 そして「あなたのことは全て分かっているよ」。これは示威行為だ。Pさんは自身の裏の顔を隠すべきものとして認識していた。事実、事が広く知れ渡ったら大きな問題となっただろう。まだ学生とは言え、医療者の端くれが代替医療詐欺に手を貸していたのだ。ブラックジョークでは済まされない。

 私はPさんのアキレス腱を握っていた。そのことをあえてPさんに伝えることで、Pさんと同等以上の立場に戻ろうとしていた。惨めな男としか言いようがない。

 さて、この行動がどんな結果を生んだか。

 死ぬほど後悔することになった。

 想像してみてほしい。私は留年生、つまり成績不良の劣等生だ。対してPさんは先述したようにどの角度から見ても完璧優等生だった。学年内のどのグループとも交流があり、誰からも信頼されていた。教授から好感度も高い。留年生で、味方がほとんど大学内にいない私が彼女に立ち向かうことは、自殺行為しかなかった。

 おそらくPさんはそこまで計算した上で、獲物を選定していたのだと思う。もし私を型に嵌めることができず、暴れ出したとしよう。周囲はこの状況をどう見るか? 身の程を知らない勘違い劣等生が学年のマドンナに振られてトチ狂っているとしか思わないだろう。

 そうした保険をかけた上でPさんは私に近づき、魅了してきたのだ。気づいた時は、後の祭りだった。

 私は学年内において孤立することになった。いや、孤立で済めばよかった。表立っては誰も口にしなかったが、私の学年内における扱いは完全に狂ったストーカーのそれだった。

 告白を断られた時に送ったメールは既に広く出回っていた。Pさんが「勘違いされて変なメールが来た」と、多方面に流したからだ。このことはYが教えてくれた。だが、Yこそが最悪の敵だった。彼の立場にたって考えてみてほしい。

 誰が私にPさんの正体を知らせた? 内通者は当然Pさんにとって敵となる。そうなることをYは恐れたのだ。Pさんと敵対して、この学年で、この大学で生きていけるわけがない。だからこそ、Yは誰よりも激しく私を攻撃してきた。Pさんに睨まれないために。彼自身が生き延びていくために。

 私は全てを理解した。これ以上、足掻けば足掻くほど状況は悪くなってゆく。あの時点で私に出来たのは、ただひたすら身を縮めて、ひっそりと残りの学生生活をこなしていくことだけだった。復讐手段がなかったわけではない。インターネット掲示板彼女ブログを貼り付けて拡散すれば、彼女とて無傷では済まなかったろう。

 だがそれをして何になる? 私に対する大学内での風当たりはさらに強くなるだろう。裏では散々なことを言われていても、表向きは何もないことになっていた。私が何もしなければ、向こうも直接的には何もしない。そういう冷戦状態で安定していた。

 その時期、何度か私の携帯電話に非通知の電話がかかってきたくらいで、特に何事もなかった。だから私はそれ以降、影になろうと必死努力した。

 こうした経緯で私は魔性女性というものについて、大きな興味を抱くことになったのだった。

 少し長くなってしまったので、一旦、ここで区切らせて頂く。私自身の魔性についての考察は次回に持ち越したい。ところで、もしよかったらこれを読んだ方の中で、魔性女性について思うところがあれば、是非、コメント欄に書いてほしい。ブコメでもいい。魔性女性について、自分の考えを整理するための参考にさせて欲しい。よろしくお願いします。

2017-05-03

ファミリーにゲーノージンがいると、おうちの事情が筒抜けで大変だね

オヤ離婚したとか、一言も言わなくても近所の人もクラスメイトも、みんなに知られちゃう

今は昔ほど離婚タブー感ないから、それほどでもないのかな?

でも、言ってもいない人に知られるのはイヤじゃないかな。

私が子供の頃はまだそんなによくあることじゃなかったから、同じ状況だったらホントすごくイヤだったろうな。

親が別れたことはすごくよかったから、離婚はすごく肯定するんだけど。

(家から争い事がなくなったからね。すごーくほっとして、ホントしかった)

友達離婚を迷ってると相談されたときは、

「別れた方がいいよ!」

しか言わなかったから、我ながら相談相手としてどうなのかと思ったけど。

だってさー、「子供の為には親が揃ってた方がいいのかな?」って言われても、

私は片親育ちみたいなもんだし、そんなのわからいからね。

自分としてはケンカばっかしてる親ならいない方がよっぽどいいよ!としか言えないしね。

振り返ってみると、父と暮らしたのは正味5年くらいで意外と短かったと言えなくもない。

しかったこともあったはずなんだけど、イヤなことの記憶に残るパワー、マジでハンパない

母に離婚相談されたときは一も二もなく賛成した。

独裁者みたいな父がいなければ、うちの中がもっとずっと静かで平和であることは間違いない事実だったからだ。

今もあのとき母が離婚決断してくれたことには、賛辞を贈りたいし、素晴らしい決断だったと思う。

死んだ人を悪く言うなと言うけれど、父のことを何か語れといわれたら、悪口雑言尽きることがない。

本当に!!

両親が別れてくれてよかった!!!!!

そんなわけで、離婚には大賛成なのですが、自分の口で伝えたわけでもない相手がそれを知っているということは別問題なのです。

ゲーノージンファミリーは大変だな…

しかし人は誰でも与えられた環境の中でどうにかこうにかやっていくしかないのだな…

2017-04-27

死ね発達障害児

もうすぐ5歳になる発達障害児がいる。

毎日毎日、家でも外でも保育園でも、問題を起こさない日は無い。

排除したい。

我が子だからこそ、排除したい。

周りに迷惑をかけるだけの存在の我が子。

発達障害児人権なんて無い。

善悪理解できておらず、欲しか頭の中にはない生き物だから

自分中心にしか行動できない生き物だから

注意しても忘れるから

脳が恐ろしく機能していないんだよ。

我が子が死んだら、まず保育園担任が喜ぶだろうな。

次に、我が子のクラスメイト保護者が喜ぶ。

定型の子は、毎日園であった出来事自分から細かく報告できるから、「今日も◯ちゃんは嫌な事してたよ!」と両親に言ってるんだろうな。

我が子の被害にあってる子なんかは、「また◯ちゃんにやられた」って泣きながら言ってるんだろうな。

発達障害の我が子は、今日あった出来事なんて、こっちが聞かない限り言わない。

詳細も言えない。

綺麗事じゃない。

世間発達障害児の親のブログなんてさ、「発達障害だけど我が子が一番可愛い!」とか、そういう内容ばかりなんだよな。

私は、発達障害の我が子に消えてほしいよ。

2017-04-21

干支占い流行らない理由

干支12種類ある

星座12種類、血液型は4種類に人を分けて占う

年代別の性格の違いは月別より大きいし、12種類に分けるのだから星座血液型より的を射た占いが出来るように思うが干支占い流行らない

何故か考えてみた

1.学校同級生が全て同じ干支なので盛り上がらない、クラスメイトあいつと自分が似たような運命性格な訳がないと気がついてしま

2.干支は人に言ってしまったら正確な年齢がばれてしまう、いい歳になってきたら気軽に人に言えるものではない

3.有害である占い信者がディスられ担当干支子供を生むのを控えるようになり少子化に繋がる

実際日本人が今より迷信深く干支信者が多かった頃は

丙午は火災の多い災いの年だとか丙午の女は夫を食い殺すと言われていて、丙午に生むのを避ける為に皆が避妊中絶していたので出生率

丙午の1966年出生数は136097人出生率は1.58

前年の1965年の出生数は182370人出生率は2.14

1967年出生数193565人出生率は2.23

このように丙午だけドンと下がっている

自分の知る丙午の女達は実際気が強く夫を食ってる人が多いのであながち迷信ではないかもしれないが、丙午に産み控えるのがバカバカしいという親を持ち、周囲から気の強い丙午の女だと言われ育ちバブル世代なのも大きい気がする

まぁ今もこの年に生んだら確実にB型の子供が生まれますと言われたら産まない血液型信者とか普通に居そうだし干支占いが広がったら少子化に繋がり害しかない

考えてみたら流行らなくて正解すぎた

2017-04-16

人狼ゲーム ビーストside

リアルでの「人狼ゲーム」に巻き込まれ最初村人サイドとして狼を殺して生き残った主人公が、今度は狼サイドとして村人役の人間を殺す側に回る、という作品

ぶっちゃけ人狼ゲームにこういう「個人的関係」や「主人公性格」という要素を入れるとゲーム性が薄れるのでつまらなくなると思っている。「純粋ゲームとしてやるから面白いもの」に、無理やり人間性やら人命の大切さみたいな話を入れても、プラスにならないどころか無粋な感じになる。実際「主人公=村人サイド」だった前作は主人公性格に難点があったことも合わせて微妙な出来だった。

しかし、前作「村人サイド」側の話において、主人公自分が生きるためにクラスメイト犠牲にするという決断を行った。このことで主人公内面において変化が生じ「前の戦いで」犠牲にした人をムダにしないためにも自分意思で人を殺そうという状態になっている。そして、今作では主人公と他の人間との関わりは弱いため、ゲーム的要素が前作よりは強くなっている。

……と思ってたんだけど3巻で「人狼ゲーム」としてみたらやっちゃいけないことをやってるのでどうしても評価できない。その不測の事態から切り返しが悪いとは言わないがフェアではない。フェアじゃないやり方で主人公側が勝つとか、物語として最悪。自分で程度の低い作品って認めてるようなもんじゃん。

ラストシーンも、この作品は結局何がヤリたかったのだ、という根本的な問題ダメ人狼ゲームをヤリたかったのだとしたら人狼ゲームとしては途中から破綻したし、主人公人格簡単豹変しすぎてそれを物語として全く回収できてない。読んで損した感強い。

成金の子供が、ヤンチャが多い地域公立学校に通うと

育ちがいいわけじゃないし、親が成金なだけだけど、実家は近所の中では金持ちの部類だった。

長女だから構ってもらったし、モノには苦労しなかった。自分は、よく言えばのほほんとした人、悪く言えば世間知らずのボーッとした人間だ。

通ってた公立の小中学校の学区に大きい市営の団地があって、同級生の半分はそこの子だった。片親率は高いし、同級生父親職業は聴いちゃいけないって暗黙のルールもあった。いい奴もいるけど、少しヤンチャすぎるのもいた。そこでは金持ちは悪であった。でかい家に住んでるだけで恥ずかしかった。あまり目立ちたくなかったけど、いじめられた。

そんな学区に一軒家たてる親も親だし(親も出身は県外なので仕方はないが)、大学の附属とか私立にワザと通わせないのは世間知らずだ。というかガチ虐待の部類。

高校は、その土地富裕層が多いとこに建てられた学校だった。公立だけど、地方なので富裕層の子供とかが多かった。自分と似た環境人間が多かったから、友達も多くて楽しかった。中学ヤンチャな人たちの話をすると本当にビックリされた。学区に団地があるのと、一軒家とかマンションが多いのとでは環境が違いすぎる。

家を建てて子供を育てようとするならば、建てる場所地域柄は大事。ワザと公立に通わせても、他のクラスメイトとの差で義務教育の9年間悩まされて、その記憶をその後の10年くらい悩まされた人間もいることを知っておくべき。

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