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2022-05-18

過保護水着は良くないと思うぞ

https://togetter.com/li/1888551

最新のスクール水着をみて絶句した…

オレの学生時代だった頃もう既に、露出を避けようと丈が長くなる傾向になっていた。

いつかは止まるだろうと思っていたが、まさかここまで身体ラインを隠したがるとは。

コメント欄によると、



ラッシュガードって、プールサイドで腕を怪我した事あったか? いや無い。ガードする必要はないはずだ。日焼け防止なら日焼け止めクリームを塗ればいい。脚も顔も保護できる。

なぜ、長袖にこだわるのか。その本音はやっぱり恥ずかしいからでしょう。

注意深く考えてほしい。ロリコンからと言って無遠慮に視線を投げかける訳じゃないし、クラスメイトの体毛イジリもぽっちゃりしている男子へのいじめも、スク水過保護化する事では、

一切解決してない。

最近の人気記事を思い出してくれ。“社会の歪み” 問題を提起した良記事だ。

ヘアドネーションという罪。「いいこと」がもたらす社会の歪みについて | ランドリーボックス

ヘアドネーション善意で行われているのに疑いはないが、そこには多数派が少数派に圧力を掛けて、多数派に合わせるコストを薄毛の人たちに負わせてる側面がある。

オレが近ごろ主張してる、「女子ニュースキャスターVTuber にすればいい、っていう考えは大間違い」にも通底する。男性ニュースキャスターに比べて女性ニュースキャスターは、美人だとか、スタイルがどうとか言う邪悪基準ジャッジされてしまいがちだ。でも、「だから VTuber雇用して完ぺきな見た目を与えれば、VTuber の人気にもあやかれるしwin-winだ。」…という考えは短絡的にすぎる。

逃げ場を与えて満足するのは、社会の歪みを助長する。

恥ずかしさの問題から目を背けて、ただ隠すのを当然とするだけでは、事態はより悪化するだろう。

なぜ、恥ずかしい? 人々は時代が進むにつれ昔より恥ずかしく感じるようになってないか? 恥ずかしさは一体、どこからくるんだ?

anond:20220518122359

30代半ばだがハピマテオリコン3位に入ったことも知らんぞ。n=1だが。

マガジン連載だから流石にねぎマは知ってるが。

そもそもインターネット自体ヲタクがやるもの」ぐらいの空気感だったのに、アニヲタ界隈の祭りなんて知るわけないだろ。

当時は子供だったから何も感じなかったが、クラスメイト全員が先生に恋をするハーレムとか、普通に気持ち悪いよな。その先生子供とはいえ

今はゴリゴリアニヲタから差別感情とかは別にないが、内容からしたら、そりゃあ、無くなって欲しいとか言われるわ。

2022-05-13

将来のために頑張りたくない

それなりに真面目に生きてきた、と思う

融通が効かない性格と言えるかもしれない

小中高と「将来のために、将来楽に暮らせるように、今努力しよう」と頑張ってきた

だけど、志望した学部には入れなかった

理由は単純、私には能力が足りなかった

それでも、堅実に生きていこうと大学に進学した

大学にはさまざまな人がいた

みんなすごく楽しそうに生きていた

そんな人たちと関わっていくうちに、私はふと気づいてしまった

「将来のために将来のためにって、いつまで努力しなきゃならないの?」って

やりたいことも遊びたい気持ちも抑えて努力してきたけど、結局夢は破れてしまったし

「将来のために」といって今を犠牲にすることに、どれだけの価値があるのか、私には分からなくなってしまった

極め付けはクラスメイトの死だった

私が大学に入ってしばらくした後、高校クラスメイトが亡くなった

私よりも真面目で能力があって、周りからの人望がある可愛い女の子だった

彼女は、すごく理不尽逆恨みで殺された

なんかそれで、どうでも良くなってしまった

明日生きてる確証もないのに

報われる確証なんてないのに

今やりたいことを我慢してまで「将来のために」と頑張ることが出来なくなった

社会人になった今は、ほどほどに生きてる

無理のない範囲で、ほどほどに

多分、子供の頃の私が見たら、めちゃくちゃ怒ると思う

「こんなのになるために頑張ってるんじゃない!」って

まあでも、それでも良いか最近思えてきた

やりたい趣味をやって、会いたい人に会って、今を生きることができているか

2022-05-12

anond:20220512144601

クラスメイトのKに自分の持ち物真似されてそういうのやめてよって言ったら

え~犯罪じゃないし変なこと言わないでよ!って言い返されて

マネッコするからクラスから嫌われてるのに、せんせ~~~○○ちゃん達が私のことハブるんです~~

って学校中に言いつけて、全然クラス内のことしらない大人たちがよってたかって

Kをはぶるなんていじめだ!ってまねっこされた女の子を殴ってる図式だけど

これをわからないなら本当に社会性無いと思う

2022-04-30

親友との別れ、再会、その後、

幼少の頃、俺には親友がいた。


そいつ出会ったのは30年以上前幼稚園の年長の時だ。俺たちはすぐに仲良くなった。

未熟児早生まれだった俺は人一倍体が小さく、何をするにも周りに遅れを取っていた。いじめられることも多かった。

そいつはそんな俺にいつも付き合ってくれた。何をするにも二人一緒だった。


幼稚園卒業し、俺たちは同じ小学校に進学した。

一緒に行った入学式。校門で一緒に写真を取り、ドキドキして列に並び、名簿を見た。

俺たちは同じクラスだった。


学校では毎日一緒に校庭を走り回った。

放課後は補助輪の取れたばかりの自転車を漕いで、お互いの家を行き来した。

家に遊びに行く前には必ず電話をした。

当時は携帯電話も無かった時代だ。きっと電話の前で待っていたのだろう。

電話をかけるといつもすぐにそいつが出た。


「今から行っていい?」「いいよ、早く来てね!」


そいつの家は商社の社宅だった。

社宅の庭で、よくボール投げをした。縄跳びをした。鬼ごっこをした。かくれんぼをした。

休みの日、ドラゴンボール映画に行った。二人で特典のジャンボカードダスを片手に、20円のカードダスを回した。

「キラ」を見せあい、自慢し合った。


ある時、そいつの家でファミコンドラクエ2をやった。

まだ小学校2年生になったかならないかの頃だ。どうすればいいかからなくて困っていた時、なんとなく俺が言った一言


「その緑のやつ話しかけたら仲間になるんじゃない?」


知っていたわけじゃない。ただの偶然だ。

でもその緑のやつ、クッキーという名のサマルトリアの王子は本当に仲間になった。


「すげー!」「なんでわかったの?!」


俺は仲間になったこと、役に立てたことが嬉しくて泣いてしまった。



2年生の夏を過ぎた頃、残念そうな顔をした親から告げられた。

そいつが転校するということを。行き先は海外だということを。帰ってくるのは6年後だということを。

俺は泣いた。嫌だと喚いた。7歳の子供にとって、6年は永遠に近い時間に感じられた。


冬になり、最後の思い出作りに、お台場船の科学館に行った。

しかった。俺とそいつは手をつないで館内を回った。もうすぐ会えなくなるなんて信じられなかった。

船の舵の前で、2人で一緒に写真を取った。それは宝物になった。


3月、ついに別れの日が訪れた。俺は成田空港まで見送りに行った。


バイバイ」「手紙書いてね」「6年後絶対会おうね」「約束だよ」


窓の外、そいつを乗せた飛行機はすぐに見えなくなった。



5年生の頃だ。

俺には障害のある伯母がいる。障害は軽度ではあるが、少し言葉不自由だ。

クラスメイトが、その伯母の口真似をしだした。

俺は子供ながらに、これは絶対に許してはいけないことだ。人として怒らなければいけないことだ、そう思った。

そして口真似をされたら、瞬間湯沸かし器のように怒り、殴りかかった。


当時の俺は学年で一番体が小さく、力も弱かった。

殴りかかられても怖くもなんともなかったのだろう。皆面白がって伯母の口真似をするようになった。

その度に俺は泣き、顔を真っ赤にしてそれを言ってきたやつらを追いかけた。


辛かった。親や教師には言えなかった。泣いて帰って来ても、「チビと言われた」と嘘をついた。

その時自分を庇い、寄り添ってくれる友人や大人は一人もいなかった。


俺は思った。そいつが、親友がいればこんな辛い思いはしなかったはずだ。

泣いている俺に寄り添ってくれたはずだ。皆に止めろと言ってくれたはずだ。

だって俺たちは親友なのだから


そいつから手紙が届いた。手紙にはシールが同封されていた。

俺はそのシールを、自分にとって一番大切なものだったスーファミ本体に貼った。

シールにはにっこり笑ったイラストと、「ゆっくり育っていくんだよ」と文字プリントされていた。

なんて返事をしたかは覚えていない。



時は過ぎ、中学2年生になった。

ついにそいつが帰ってきた。同じ学区内。同じ中学校だ。

その頃はもう周りも悪いことだと気づいていたのだろう、伯母の口真似をされることはなくなっていたが、

未だ、からかい対象になることも少なくは無かった。

俺はそいつと早く会いたかった親友と再会すればきっと人生はまた楽しくなる、そう思っていた。


始業式の日、ドキドキしながら学校に向かいクラス分けの名簿を見た。

そいつと同じクラスだった。

始業式が終わり、教室に戻った。そいつはそこにいた。

教師からの紹介が終わり、下校の時刻になった。俺はそいつのところに行った。


「久しぶり!!」「久しぶり!!!」「やっと会えた!!!!」


俺たちは手を取りあって再会を喜んだ。

だが、俺のそいつに関する思い出は、その場面が最後だ。



俺は、帰国した後のそいつの家がどこにあったのかを知らない。

どんな音楽を聴いていたのかを知らない、どの野球チームが好きだったのかを知らない。

休日服装を知らない。どこの高校に進学したのかも知らない。

そいつが誰と仲が良かったのかも知らない。いや、どうしても思い出せないんだ。


そいつは昔とは変わっていた。カッコつけたがりで、多少勉強ができることを鼻にかけ、

スクールカースト上位グループに絡みたがる、いわゆるキョロ充になっていた。

いや、それは俺の負け惜しみかもしれない。実際にそいつリア充だったのかもしれない。


そいつ部活も同じテニス部に入った。俺がいるから入ったと、初めにそう聞いたような気がする。

俺は部活に熱心では無かったが、それでも何回も一緒に練習しているはずだ。

他校に試合に行っているはずだ。一緒に合宿に行っているはずだ。

でも俺にそいつと話した記憶は、笑いあった記憶は、共に時間を過ごした記憶は、一つも残っていない。


何故そうなってしまったのか。拒絶したのはどちらだったのか。恐らく、お互いに失望していたのだろう。

俺は当時、歩み寄らなかったのはそいつだと思っていた。自分気持ちは変わっていないと思っていた。

でも本当は拒絶したのは俺だったのかもしれない。変わってしまったのは俺だったのかもしれない。

いけ好かないやつになってしまった、そう思うことで、自分プライドを守っていたのかもしれない。


俺の部屋の、シールの貼られたスーファミが置いてあった場所は、その頃にはもうプレステに代わっていた。



先日の話だ。登録しただけで何も書いていないFacebookに気まぐれにログインした。

そいつ名前を見つけた。そいつも何も書いていなかった。

友達申請ボタンは押さなかった。



俺はそいつ小学生時代を共に過ごしたかった。

ドラクエVをやって、隠し部屋のヘンリーを見つけて、「あいつ仲間になるんじゃない?」って言い合って、

そして人生で一番辛かったときに、そばにいてほしかった。

そうして育んだ絆の上にこそ、「それ以降」が続いてほしかった。



今でもドラクエで誰かが仲間になった時の音楽聴くと、少し涙が出そうになる。


「あの緑のやつ、話しかけたら仲間になるんじゃない?」「すげー!」「なんでわかったの?!」


俺には幼少の頃、親友がいたんだ。


2022-04-28

anond:20220428145456

クラスメイトとの手紙のやりとりで

字が汚いと仲間はずれにされる厳しい社会に生きてるんだ

2022-04-27

エロくある v.s. エロくみる

自分からエロくあるのと、他人勝手エロく見て消費するのと。

ふたつの違いが本気で解らん。

本人が望んでエロく見せている・あるいは見せていないファッションがあって。

周りに、エロ目線で見ている・またはエロ目線で見ていない人がいる。

でも、服の上に「エロくしてます」ってラベルが貼ってあるわけじゃない。

「私はエロく見せてます」って明言してるわけでもない。

現代日本価値観では、「セクシーな格好ですね?」と聞くこともできない。

中学校卒業アルバムに、クラスメイトデフォルメした絵を描いた。

デフォルメなので、目は強調してある。鼻は省略した。当然、胸も写真とは違う表現になっている。

かに、「これ、エロ過ぎるんじゃないの?」と言われた。

果たしてエロく見せたのは絵師の俺なのか。

それとも読者の彼女勝手エロく見たのか。

どうやって判別すればいいんだろう?

ここに、ある女性がいる。

今日は「私はいま、エロくある」と主張する。

次の日に、まったく同じ格好で、「私はいまは、エロくない」と主張する。

・・・彼女エロくあったり無かったりしているのだろうか?

もし、どう「思う」かでエロさが変化するならば、主体的エロさは、服飾メーカーが手出しできない概念だ。着る服の調整では、主体的エロさはなんら変化しない。本人の心の問題となる。

「思う」ことでエロさが変わらないとするならば、エロさは客観的な見た目に依存する、という事になる。ほとんど何を着てもエロくない人が存在し、逆に何を着てもエロい人が存在しうる。

anond:20220427212429

学校書道の授業とか、クラスメイトとか、同僚とかで字が綺麗な人をみてきたけど、みんな一様に豪胆で思い切りの良い性質(書字以外の行動や言動は雑にみえるくらいの)だったやで(o´・ω・`o)

2022-04-26

原因不明うつ病になった

幼い頃の記憶を思い出すと、結構頑張ってた思い出が出てくる。

荒れた地元から抜けだしたくて、中学受験のための勉強に明け暮れた小学生時代。(受験半年前に父がリストラあい経済的な余裕がなくなり公立中へ進むことになる。

それをきっかけに家庭は崩壊、母は父に「毎日ハローワークに行け」などと言い、母方の祖母は「死んで償え」と父を執拗に責めた。もう既に亡くなっていた父方の祖母遺影を蹴っ飛ばし、何度も父の前で踏んづけて見せた。その後父は母方の祖母のお望み通り、自殺した。)

吹奏楽部に入り、夏休みコンクール前には朝から晩まで練習、それでも力及ばず銀賞(吹奏楽コンクールにおける銀賞は全然上手くないことを意味する)だった中学時代

部活引退猛勉強をして偏差値60くらいの第一志望の高校合格。両親共偏差値40くらいの学校に通っていたので個人的には上出来だと思っている。

自分の要領の悪さを自覚した高校時代

ギリギリ合格したこともあり、結構頑張って勉強しても全然平均点に届かない。

部活には入らず、バンド活動にのめり込んだ。

学校に行って、放課後バンド練習、夜は塾に通った。

部活に力を入れている学校だったので、頻繁にクラスメイト全国大会のために授業を休んでいた。

自分自分なりに頑張っているつもりだったが、「全国大会出場」という大きな功績を残せないことが悔しかった。

大学受験センター試験で大失敗したので大幅に受験校を変更することになってしまったが、受験した学校は全部受かった。

公務員になってほしいという母の希望から法学部に決めた。

父が亡くなったとき保険金で、無事大学に進学できることになった。

もちろん授業はちゃんと出ながらだけど、高校時代の悔しさを晴らすべくサークル活動に打ち込んだ。

音楽系のサークルに入り、全国大会に出場した。

サークル引退後はスナックアルバイトをして100万くらい稼いで、自動車学校費用と、学生特例で猶予してもらっていた年金の支払いに充てた。

就職活動完璧だった。

結局、公務員志望だったが民間に切り替えた。

半年くらいはスケジュールほとんど空きがないくらい、インターン説明会面接の予定を入れた。

大手ばかり10から内定が出て、その中でもいちばん人気の企業に入ることにした。

社会人生活が始まった。

シンプルに何で私ここ入れたんだろうと思った。

圧倒的に顔採用だし、学歴フィルターもあったし、同期のほとんどは体育会系サークル出身だった。

顔も学歴自分が明らかに最下位だし、運動経験もない。

同期から軽くいじめられた。

研修が終われば関わりがなくなるしと思って泣きながら会社に行った。

1か月の研修はなんとか乗り越えた。

地獄は本配属が始まってからだった。

初日の朝から指導係に「お前は人の顔色を伺っている」という理由で泣くまで詰められ、「泣くなら帰れ」と言われた。

指導から、一切の仕事を教えてもらえず、一日中罵倒される日々が続いた。

化粧をしないで会社に行った日があった。

疲れすぎて化粧をする気力がなかった。

家を出るときに、母に「化粧できないほど辛いってアピール(笑)」と言われた。

会社ではマナーがなってないと支社長直々に叱責を受けた。

辞めたかった。

30代になったら年収1000万になるらしかったけどそんなのどうでもよくなるぐらい辞めたかった。

全身が原因不明の痺れで常にビリビリしていた。

指導から毎日一切仕事のことを教えてもらえず、「お前って本当に日本語が通じないよな!」と言われた日、会社廊下で声を上げて泣いてしまった。

翌日、支社長に辞めたいです、辞めますと伝えた。

入社からたった3か月目のことだった。

人生終わったね」

会社を辞めることになりました、と母に伝えたらそう言われた。そうだと思った。特に反論はしなかった。

ハローワーク仕事を探した。

ハローワーク相談員に「絶対ADHDだと思う、じゃなきゃこんな無能なの説明つかないよ」と言われたので、精神科に行き、発達障害検査を受けた。

結果は、平均よりIQは少し高いので知的障害可能性はありません、「言語理解」「知覚推理」「ワーキングメモリー」「処理速度」も平均的でばらつきはありません、得意なことと不得意なことにやや差がありますが、発達障害とはいえないとのことだった。

次の就職先はすぐ決まった。

デザイン事務所でのデザイナー(未経験)として採用された。他県での仕事だったのでここで初めての一人暮らしが始まった。

デザイン使用するAdobeソフトの使い方を必死で覚えた。

業界残業死ぬほど多く、指導から性的な内容の気持ち悪い手紙をもらい、社長から「雇って失敗したな」と直接言われた。

でも仕事の内容は誰かに聞けば教えてもらえたし、やりがいがあって楽しかった。

疲れて帰ってきた日は何も食べる気になれず、あばらが完全に浮き出るまで痩せた。

そういうのもあったのか、2年目のひどく暑い夏の出勤途中、倒れた。

実家に帰ってきて休職した。

人事から「戻っても腫れ物扱いだよ」と言われていたし、復職してちゃん健康的な生活が送れる気がしなかったので、3か月休職して辞めた。

次の職場簡単に見つかった。

実家から通える距離で、また別業種である

人間関係は良好、定時で帰れる、仕事内容も楽しかった。

なのに、働き始めて2か月でうつ病になって休職した。

全く、本当に全く原因が分からない。

休職直前、誰からも何も言われてないのに涙が止まらなくなったり、背中がすごく痛くなったりした。

やっと落ち着いて働けそうなところを見つけたのに、休職してしまった。休職期限が来月に迫っているが、全く回復の見込みが無いため、退職予定である

今日実家でぐったりしている。

疲れが永遠に取れない。

頑張れなくなってしまった。

2022-04-25

anond:20220425220022

自分学生の時その状態だった

クラスメイトだけでなく後輩やはては教員にまでいじめられる毎日

こいつらと縁を切るということだけを励みに生きてきた感じ

正直俺の場合はそこで人生観狂って人を信じられなくなった

世の中の見方もかなり歪んだと思うし今変えるのに苦労してる

からできることならその職場とは早く縁を切って、一緒に働きたいと思える人がたくさんいる環境に移ったほうがいい

大変だと思うけど…

anond:20220425185020

歴史にもしはないとはいうが、もしそのとき増田があったらその存在が耳に入ることあったと思う?俺には増田についてクラスメイトが話す情景を想像できない。ここで話してる話題小学生の関心と合わなさすぎだろうから

2022-04-23

まともな友達

さっきクラブから帰ってきた。正直今付き合いのある人達がかなりめちゃめちゃでしんどい

私の周りにはいわゆるまともな友達が少なく、何かしら訳ありな人がとても多い。自分が変だから変な人が寄ってくるのではと何年も悩んでいるが、これを見つけてくれた貴方には私の今までの友達歴を読んで頂いて、私がおかしいのか相手おかしいのか判断して頂きたい。

ケース①

高校入学直後、仲良くなったクラスメイトA。メンタルが弱く怒られて声が一切出なくなるなどの症状があった。最初は何人かで遊んでいたが、二人で遊ぶ約束をした当日に遅刻。家が駅から近かったため迎えにいくものの、「今歯磨きしてる」などのラインが来て腹が立ち、途中で帰った。彼女Twitterによると別れた直後別の子と遊んでいたことがわかった。その後彼女高校をすぐに辞めた。

ケース②

高校時代日韓交流イベントで知り合った女子高生M。最初は他の人と一緒にグループで遊んでいたが、ある日「英会話ができる」とインターナショナルチャーチに誘われた。行ってみたものの、「神様神様」と異様な雰囲気で長時間拘束され、なんとか理由をつけて途中で帰った。その後何度か誘われたが「自分には合わなかった」と正直に答えるとそこから連絡が途絶えた。

ケース③

高校時代クラスメイトH。初めて会った時に一目惚れし、告白するが振られた。それでもしばらく思いを寄せ続けていたが、ある日突然性的関係を迫られ、何度か関係を持つも(最後まではしてない)数ヶ月後にHは彼女を作っていた。関係を持っていた期間に「お前は俺の性欲の捌け口になりたいのか」などの暴言を吐かれた。

ケース④

台湾日本ハーフL。最初は順調に仲良くしていたものの、彼女ADHD強迫性障害があることを告白される。その辺りから強迫性障害の症状がひどくなり、夜中まで話を聞いたりしたが依存が酷くなるばかりで、途中で距離を取る。そこからさら電話ライン毎日のようにくるようになり、最終的にブロックせざるを得なくなった。

ケース⑤

高校日本教師I。Iの日本史の授業はとても面白く、教師を辞めた後も自らゼミを開くようになる。私は人伝でそのゼミ存在を知り、通うようになるがそこで陰謀論的なもの添加物はがんになる、砂糖は毒など)を聞かされる。さらに私は伝統芸能をIのもとで習うようになるが、そこで身体を触られる、卑猥言葉などのセクハラを受ける。その後伝統芸能はやめたがその数ヶ月後に会った際「ハグしたい」などと言われたので家元に報告。Iは破門され、後に謝罪LINEがきたがその1ヶ月後に「このことは誰にも言わないでほしい」というメッセージが届いた。

ケース⑥

ベトナム人女性N。専門学校時代に知り合う。イベント運営委員会所属していた。時々昼食を一緒に取ったり雑談したりするものの、ある日突然「タメ口が馴れ馴れしい、話しかけないでほしい」と言われる。そこから話すことはなくなり、その後彼女専門学校卒業したがどうなったか不明

ケース⑦(今回のケース)

ベトナム人女性T。明るく気さくな性格で、私が専門学校入学してすぐ知り合った。何度か遊びに行くようになるが、1ヶ月ほど前からTはバークラブに他の友人と通うようになる。私も誘われ行ってみたが、それまでに「何時に何処に集まる」などの連絡がまともに行き届かなかったため、ずいぶん混乱した。ようやく会えたTは一緒に来ていた彼氏に夢中で、Tの友人達の中には突然キスしだす人もいた。Tは自身の連絡不足を詫びる様子もなかったため、それに嫌気がさして途中で抜けた。現在Tから大丈夫?」というLINEがきているが、保留中。

このように友人と呼べた人々とはこのような結末を辿ってきたが、やはり私が何処かおかしいからこのような結果になっているのだろうか。ぜひコメントなどで意見を頂けるとありがたい。

2022-04-21

anond:20220421233432

痴漢にあって嫌な思いをしても、その根にある意味がわからないと正しく拒絶できないって話

中学生の時、クラスメイトが歩いて登校中に不審者の男に白い液体をかけられたんだよ

その話を担任先生クラスに向けてして、気をつけるようになんて言うわけ

でもそのときの私達は「毒?火傷とかしてない?わけわからいねいね!」と言うだけだった

今思えばそれがどういう意味を持つかはわかる

真相を知らなくても恐ろしい出来事だけど、真相を知ると意味を持った恐怖と忌避感に転ずる、そういう感じ

2022-04-17

小さい頃から太っていて男の子によく間違われていた。普段からパーカージーンズ男子とよくケンカをしたし外で遊んだりもしていたから仕方ない事だった。休みの日スカートはいてみた。かわいい格好に慣れておらず、なんか小っ恥ずかしいけど嬉しかった。そんな日に限ってクラスメイトに会ってしまう。腹を抱えて笑われて、二度とこんなもんはくもんかと思った、そんな小学3年生の記憶。よくある話でよく聞く話である

それ以降ずっと男っぽい服装にして髪も短くしていた。男みたいだと思われる方が楽だった。制服はみんな着るからどこか安心していた。自分意思で着るものじゃないから笑われる事はない、と。

20代になってもどこか抵抗感があった。化粧も髪を伸ばす事も恋愛も。やってみたいと思う気持ちはあるけどそんな事をしたら笑われるのではという気持ちの方が強かった。

当時の記憶自分でも気づかないようなところにいて、たまに顔を出してきた。その度に私は無意識のうちに当時の私に戻っていた。

転勤を伴う仕事につき、いつの間にか30代になった。普通に化粧をして髪を伸ばしスカートもはく。歳をとっていい意味で鈍くなってきたのかもしれない。いろんな環境で過ごすうちに少しずつ少しずつ「気にする事はない」という感覚が馴染んでいた。その結果たまに出てくるソレの存在に気づいた。彼女全然気にしてない顔をしてたけど、心の中でしっかり傷ついた様子だった。そっかそうだったか、と彼女背中をさすった。なんだか少し安心した。

2022-04-11

なぜ京都アニメーションを爆発させてはならないのか

さよなら絵梨』の感想ネタバレがある。











このマンガは爆発オチネタにして遊んでいる作品だ。

病院を爆発させるシーンが展開上の鍵となっている。

このシーンは2回登場するが、どちらも作中現実ではなく、主人公が撮っている映画の中の出来事として描かれる。

爆発オチというもの荒唐無稽であり馬鹿馬鹿しい。

そこまでのストーリーの展開にどれだけ没入していても、オチが爆発だったら読者・観客の感情移入はそこで切断されてしまう。

からさまにされた虚構性に触れて、あっけに取られ、現実に引き戻される。

だが、本作が『ルックバック』の次回作であるということ、そしておそらく前作の反響を踏まえて描かれた中編であるということを踏まえて、

爆発する病院のことをもう一度考えてみると、どうしても別の連想が働いてしまう。

爆発した京都アニメーション第1スタジオのことだ。

この連想は私の不謹慎なのか? あるいは作者が行っている意図的不謹慎なのだろうか。

そう考え出すと最初は爽やかな心地で読んでいた爆発オチも不気味なものに変わる。

だが本作で描かれているのは、創作によって創作者がいか現実と関わり、現実に介入し、現実を改変するかという試みであり、

その意味ではおそらく『ルックバック』の続編でもある。

まったくおんなじことをやっている作品だと言ってもいい。

それならば、おそらくこの類似性意図的な匂わせなのではないか


悲憤慷慨すべきひとつ現実がある。

それは母親の死であり、またその母親が美しく死んで行くに値しない虐待者だったということであり、

あるいは絵梨の死であるのだが、

こうしたまったく如何ともし難い、動かしようのない現実の中に抛たれたとき、何の施しようがあるのだろうか?

主人公は、1度目の試みでは悲劇現実しか技術的には拙く描き、酷評される。

だが、母親をただ美しく死なせていって、自分父親だけを欺くことには成功している。

2度目は創作力を高めて情感たっぷりに描き、全校生徒を泣かせるが、自分ひとり見えないところでVサインを出している。

3度目はまったく現実から離れているのかもしれない。

そもそもここで登場する年老い主人公が本物なのかどうかもわからない。

父親老い主人公を演じさせ、クラスメイトに絵梨を演じさせて、体のいい後日談でっち上げているのかもしれない。

ただ、とにかくこの人が楽しそうだなということはわかる。

そうして病院を爆発させて、虚構の裂け目を露わにさせる。

でも、そこで開示されているのがもし、虚構ではなく現実の方だったとしたら?

それはおぞましいことではないのか?

なすすべもない現実を選り出して取り上げるとき私たちは悲嘆に暮れた顔をしていなくてはいけないのだろうか。

苦しみに満ちた出来事過去から掘り返し、ほら、と人に見せ、苦しみを苦しみ直すことは悪なのか?

しかもそれを涼しい顔をして平然とやってのけるというのは、輪をかけてひどい邪悪だろうか?

あるいは、なぜ(マンガで)京都アニメーションを爆発させてはならないのか。

実際のところこの作者は、それを白昼堂々と行って、しかも全校生徒を泣かせることができるマンガ家なのではないか

そうして誰にも見えないところでVサインを掲げている。

こうした態度は邪悪かもしれない。

しかし、そのようなアイロニカルな態度は、

どうにもならない現実不条理への、唯一の対抗手段ではないのか?

いや、もちろんマンガ京都アニメーションを爆発させてはならない理由は山のようにある。

それはもう死ぬほど言葉を尽くして語られてきたことだ。

から、改めて虚心坦懐に本作を読めば、爆発オチを見てこういう連想を働かせるのはそうとう牽強付会だったような気もするし、

不謹慎の誹りを受けるのは藤本タツキではなく完全に私の方だろう。


https://shonenjumpplus.com/episode/3269754496858728104

2022-04-07

弱者男性だけど、 #キモくて何が悪い

ずっと昔、鼻かんだティッシュポケットに突っ込んでた時代に、クラスメイトが言ってきた。

インターネットをやるようになってからは、「あんた誰だよw」って奴が突然割り込んできて、キモいって言ってくる事態によく遭遇した。振り返ると実にあちこちで、キモいキモいと言われてきたもんだ。

はてな匿名ダイアリーでも、キモいの是非は何度か話題になっている。

■「キモイ」男の隣の席に座りたくない女が涙を流す

やっぱり全国の学校である現象なんだ。

https://anond.hatelabo.jp/20210321094643

これへのエアリプ

他人キモイっていうのはよくないよねやめようね」で終わる話だと思うんだけど、グチグチグチグチ抵抗してる連中ってなんなんだろう?

※今までのことはもういい、で、これから先もキモイ積極的に使っていきたい所存なの?

https://web.archive.org/web/20210512200718/https://anond.hatelabo.jp/20210511212805


俺は記憶にある限り一度も、他人に向かってキモいと言ったことがない。意味がわからいからだ。

キモいのは自分状態なのに、相手キモい、って使い方をされる。まるで相手属性みたいに。

プログラマーの俺にとっては、属性がどのクラス所属してるのかが曖昧なのはまりが悪く感じられるので、このワードはしっくりこない。

でもそんな風に思考の流れを解説すると、たとえば絶賛の並ぶ Youtubeコメント欄他人感想に対して、そのワードはしっくりこないですね、とか言うと、即座に「キモい」と書かれることになる。出る杭は、お気持ち表明される。

学校で習ったのか? 何か文句を言われたら「キモい」って返しなさい、って教えられたのか?

それとも友だち同士で使ってたのか? 友だちに恵まれてこなかった俺には、そのあたりはよく解らん。

キモい暴言って意見を見たけど、そんなモラルの高い見識は、おそらくマイノリティだと思う。広く一般ネットユーザーキモいカジュアルに使う。使わんヤツは使わんが、使うヤツは使う。

キモい」に「悪い」のニュアンスを含めてる奴もいるにはいるけど、そういうのにも効果的なライフハック最近発明した。実は、キモいって言われたら

「お大事に」

って返すのが特効薬です。このカードを切られたら相手は、具体的に何が悪いのか? を説明しなくてはならなくなる。返答があったら後は普通に議論をすればいい。たいてい相手は無根拠から、ほどなく心折れることになる。なお、何も言われてないのにこちから、お大事に、って言うのは相手病気とみなす行為なので、加害になるので注意。インターネットぶつかりおじさんと呼ばれてしまうぜ?

少なくとも "お大事に反撃" をするようになってからは、「キモい」に合理的根拠があったケースは一例もなかった。悪いことは何もないのだから、胸を張って生きてこうな。

2022-04-06

イジメって言うほど問題か?


自分性格クソだからもはや害虫駆除レベルのノリの作業クラスいじめられたのをいつまでもネット逆恨みしてる増田のような奴がいるところで書くのもなんだが

いじめをできるほどの子供は

子供なのにいじめ方法を考える企画力

いじめ企画を周知して運用するマネジメント

親や先生にバレないように対処するフォロー

多くのクラスメイトをいじめというエンターテイメントイベントに参加させて楽しませる運営力があるんだから

しろ優秀な人材として褒め称えるべきじゃね?

いじめられるような愚鈍な奴なんかこの先生きててもマトモに稼げないだろうし

学校生活でそういう洗礼を浴びせて気付かせた方がいいんじゃない

自分ターゲットにならずに立ち回っていじめに参加する程度の社会性を身につけられるだろうし

これから社会において戦う気も歯向かう気もない腑抜けのガキなんぞ

奪い合う世界猛禽類の餌に成り果てるのがオチなんだから

その辺の社会サバイバル技術勉強するのも重要だと思うし

社会強者たるいじめっ子は稼げる人材なんだから尊重すべきじゃねえの?

2022-04-05

anond:20220405113617

名匠 新谷かおる 『ぶっとびCPU』で、主人公クラスメイト女生徒DOS/Vパソコン電脳空間!で実体化するときタコトで自分のことを「しまだ」って言ってたのをおもいだした

エリア88先生はそんなポップなマンガも書いてたのね

その後ちょびッツに引き継がれていく

anond:20220405113226

名匠 新谷かおる 『ぶっとびCPU』で、主人公クラスメイト女生徒DOS/Vパソコン電脳空間!で実体化するときタコトで自分のことを「しまだ」って言ってたのをおもいだした

伽耶子とかい理不尽オブ理不尽

1.学生時代クラスメイトストーキングする

2.別の男と結婚した後も元クラスメイト好き好き日記をつける

3.それを夫に見つかって殺害される

4.殺害されたことを恨み夫との子供をあの世に連れ去る

5.自分殺害した夫を殺害する

6.夫との子供を心配して家に来た元クラスメイト(現子供教師)を呪い殺す

7.その後、生前暮らしていた家に居座り家に入った人間を次々殺害

8.呪いの影響で流産した女の胎内に勝手に入り込み生まれ直す

9.生んでくれた母親殺害する

 

3と5以外全部理不尽

だって原因は未練がましい自分が悪いわけだし

 

基本的虐待して殺されただけのひ弱な女だったはずなのに

一作目の段階でなぜか下顎を引きちぎるとかいパワープレイに出るの草生えちゃう

それは怪力モンスター仕事なのよ

 

メインヴィジュアルになってる俊雄だけど

肌が青いのと猫の声真似をするのと急に足をつかんだりする以外は無害な男の子だったのが

年を経るにつれて人間の首をびょーんってしたり物理的にパワーアップしていくのめっちゃ面白い

2022-04-04

anond:20220404193907

元増田じゃないんだけど、この話について当の本人たちの表現よりブクマで「挙式だけなら誰でもできるんだからおかしいことはない、一人でも友達同士とでもできるんだし」って言ってるブクマカの方が気になっちゃったよ。

そりゃそうなんだけど、現状同性同士については「挙式しかできない」わけじゃん。シスヘテロ法的拘束力のある婚姻というか、入籍に加えて他の選択肢として楽しみや決意や他の動機からの挙式を当然に選択できる自由がある状態

婚姻入籍ができなくて区切りとしての「挙式しかできない」不自由状態とは全然イコールじゃなくて、そのうえでそれ言うのか…と思って「入籍」の話でない方がすげえ残酷だなと思っちゃったよ。

(その人たちがその意見のまま普段なにか同性婚賛成についてアクションをしてるなら別に文句はないんだけどさ…。でも実際はただ話を聞きたくないだけの人がすごく多い気がしない?)


一応パートナーシップ制度のある市区町村養子縁組はあるわけだけど、これって結局は「法が同性婚を認めない」上でとれる対症療法のような抜け道のような方法にすぎないわけで、

生来権利と言われるとちょっと違うし、婚姻ができるならこちらを選ばない人がきっと多いよね。(事実婚については話がブレちゃうんで措くけど)

というか異性で、恋愛的、あるいは親愛的了解のある二人がなにか関係を結ぼうとして、婚姻を選べる状態の上でさらにこういう方法一般的にとられていない以上、

やっぱり両者には権利の上での格差があると思うんだよね…婚姻ができない状態において法的、金銭的な不利益を被っている現在がある以上、誰でも「挙式」はできるでしょ、それなら問題ないと思うよ!と言われても、

当事者としてはやっぱりひっかかるものがあるのはあると思うんだよね…。立っているライン全然違っているんだから、なんかそこについてはもう少し耳を傾けてもいいし、

変わってない現在とそれに対する彼らの行動が現在進行形である以上は今回あがったような声自体別に不当でないし「性的少数者としてなにかを解決しようとしてる態度とは思えない!」みたいに

大上段から複数で言われるほどおかし意見でもないなって思うんだよね。言い方は強かったかもしれないけど、あの写真を出した側の考えなさと商業主義姿勢に比べて

個人的には今回のような表現をやめろとは言わないけど、世間的に嘘をついていい日っていう了解のある日にあれを出すことについてデリカシーがないというのは全然否定はできないとこだと思ったし、

 それに対する批判だって同じように表現自由で守られていいと思ったよ)それ以上に予断や思い込みのあるものとも思えないし、

未だに同性婚が法的にできないことを知らない人もいる、それを気にしなくていい人の多い社会構造の中の現状を生きてる人間にとって

あい発言をすることにおいて「逡巡がない」と受け取られるのもそりゃあ違うだろって感じたよ(これはこう言っているブクマカの人がいたので)、

そもそもこういう何か言えば猛烈な反応の返ってくる状況をずっと見ていてカミングアウトできてない人だっていっぱいいるのだろうし、マジョリティ側が持ってる発言することの気楽さのある世界とはかなり違う世界を生きてると思う。

我々が特に気にすることなブクマで見られるような発言をしているとき、もうすでに黙って何度も何度もそれに耐えて頷いているかもしれない当事者はいっぱいいて、隣の席の同僚とかクラスメイトとか家族だってそうかもしれないわけでしょ。

そのことについてちょっと考えてもいいし、元ツイート主のああい意見を見て、じゃあこの先どうしたらいいかなって両方で歩み寄っていけないものかなって思った。別にそんなに損することなくない?

我々に話を聞いてもらいたいならそういう態度をとるんじゃないよっていうのも、「理想の〇〇」(この間橋下さんが理想戦争被害当事者規定して燃えてたね)をやすやす規定できる側の考え方に見えるし、

現状特に何かを変える必要にない側にいる人間から言えることだなって思ったよ。今性的多数派の側にいることそれ自体で被る法的な不利益自分にはないし、

他のいろんなもの対象にしたコンテンツ表現を楽しめる状態に水を差されることの方が自分たちが持ってる権利を持ってない人がいる社会が変わらないことより重いなって思うのも結構傲慢だなって感じるし、

よっぽど他の人間表現自由どころか得られていない権利自由侵害しといてそれはないよ…と思う感情自体否定されなくていいんじゃないのかなって思ったよ。

何か言いたい人の話をもうちょっとばっさり切り落とさずに聞いたってそんなに損なことある?って思ってしまった。とにかく多数派多数派論理でそうでない他者規定しすぎている反省はあってもいいのではないかな…って少し感じた。

一連の紛糾を見ていて、そもそも戦い続けてもまだ同性婚法制化できてないくら全然強い力を持ってない側にいる人たちの批判表現自由規制する側=権力としてとらえてるところから変だし、

とにかくもうちょっと「なんでそんな風に思ったんだろう?」って聞いたっていいじゃんってなった、「お前の態度が気に入らない」「論理破綻している(こっちもたいてい破綻しているのに向こうにばかり完璧を求めるのヘンだよな)」で切り捨てるんじゃなくて。

社会を動かす力も現状の社会構造を温存するのもどっちに対する力もむしろ多数派の方にこそあるんだから、それでとっとと同性婚成立させて好きなような冗談好きに言いあえる世の中になるのが一番いいよ。

2022-04-02

anond:20220402004740

イジメの内容が幼稚すぎてリアリティに欠ける。

いじめをしていたのがクラスメイトで、上司部長役割先生で、小学校出来事しか思えない。

それに設定がブレている。

なんで家族と同居しているのに誰も電話に出ないのか?

しか部長にキレ散らかした家族って誰だよ?

父親を亡くしたってことは母親だろうけど、だったらなぜ母親と書かないのか?

はいったん創作から離れて、実体験を日記コラムという形式で書いて、論理的文章を書く力を磨くべきだと思う。

2022-04-01

明日ちゃんセーラー服感想

OP曲と映像が好き。最終話まで一度もスキップしなかったのはもちろん、作業中にサブモニタで延々ループ再生するぐらいに。第一印象は「AKBっぽい」。「いやむしろ乃木坂とか欅坂とかか? 1曲も聞いたことないけど」と思いつつ作曲家検索すると実際に乃木坂46をメインにAKBループ楽曲提供してる人だった。ワイの耳も捨てたもんじゃいね

つーかそもそもオーダーが「AKBっぽく」だったのかもしれない。原作は未読で分からんが、少なくともアニメ秋元康世界観に片足をつっこんでる感じがある。象徴なのはOPで70秒ごろに流れる、3組の女の子たちが目をつぶりながら体育館ステージに座ってるシーン。OP流れる映像は、基本的に蝋梅学園での日常を切り取った物と言えるが、あそこだけはその見方が成立しない。日常の中で、16人もの少女が、素足の制服姿で、目をつぶりながら身を寄せ合い、体育館ステージに座る、というシチュエーション自然と起こることはありえないからだ。平たく言えばあれはフェチズムであり、少女制服教室へ信仰である

本作を見た人であれば少女制服に対するフェチズムが詰まった作品という評価異論はないだろう。少女の脚を接写するアニメといえば『けいおん!』を思い出すが、あれはフェチズムからやや遠い。アニメけいおん!』における手や脚の描写は、感情キャラクター同士の距離感場の空気表現であり、我々は、手の微妙な動き、スカートから伸びた脚の並びなどからそれらを読み取ることを要求される。それは『けいおん!』が、というより監督山田尚子の癖と言って良い。『リズと青い鳥』でより直截的に用いられたことは記憶に新しい。

一方の『明日ちゃん~』はフェチズムのそれだ。かきあげた髪束からこぼれる何本かの細い髪、制服用のハイソックス穿く時の布擦れ、口元から髪を払う時に撓む唇の柔らかさ。それらに読み取るべき意味はなく、ただそうあるように受け取ればいい。

ストーリーに目を移せば、コミュ強の小路クラスメイトたちを次々と篭絡していく無双モノといった趣がある。優れた容姿や持ち前の行動力は元より、相手に興味を持って積極的に話しかけるスタンス小路を圧倒的コミュ強にしている。

まだ何も知らない同士なのに

どうしてなの もう君のことが好き

クラスメイトじゃなく 友達になりたい

君に思っていたの 密かにずっと

OP『はじまりのセツナ』の歌詞だが、これは特定の誰かではなくクラスメイト全員に対する小路スタンスを示している。OP小路クラスメイトの誰かの手を引いて駆け出すシーンがあるけど、相手が映っていない点が実に示唆的だ。いろんなクラスメイトと談笑するカットが並ぶのも小路コミュ表現ひとつだろう。

小路は同学年の生徒がひとりもいない小学校時代を送ったからか、教室という社会常識からやや乖離しており、周りがブレザーの中でひとりだけセーラー服を着ていくという浮きっぷりから先行きを心配させたが、蓋をあければコミュ無双というプリミティブな気持ちよさがあった。その結実が最終話の後夜祭であることは言うまでもないだろう。

CGDCT(かわいい女の子たちがかわいいことをする作品を指す海外スラング日本で言う日常系に近い)の系譜に違いはないけど、部活というインナーサークル舞台の中心になる日常部活モノからはやや距離を置く。氷室冴子作品マリみてのような少女小説の趣もあるが、キャラクター間のヒエラルキー排除されている点では逆に日常系に近い。そして全体を貫くフェチズムを勘案すれば男性向けファンタジーとしての少女小説、という辺りに行き着くのではないか

この作品ファンタジー志向しているのは小路の家がメルヘンに出てきそうなレンガ造りをしているところからもうかがえる。母親セーラー服を仕立てるレベル洋裁が出来、車はしっかり2台あって、しかしレンガ造りの家から雨漏りがする、というのはリアリティラインの設定に興味がないからだと思われる。生徒が1人しかおらず廃校が決定している小学校と同じ地域に生徒150人規模の女学園があり、かつバスで行ける範囲ショッピングモールがあるという設定からも同様の指摘ができる。しかしそんなことはどうでもいいのだ。『明日ちゃんセーラー服』は「16人もの少女が、素足の制服姿で、目をつぶりながら身を寄せ合い、体育館ステージに座る」光景へのときめきを満たしてくれる作品なのだから

あと自分のために泣いてくれる他人がいるのって救われるなって心底思った。そういうのをスルッと出してくる、シーン強度への意識がこの作品の魅力だとも思う。

いじめられた側が悪いを認める

陰キャコミュ障ぼっち空気読めないから人と話せないし人見知りだし初対面の人だらけの場所にいけば吐く、今はそれが当たり前

幼少期はそんなことは無かった、むしろ積極的に人と関わろうとしていた

だけどそれは奇行だった

奇行が多いから、子供の頃は友達ができなかった

友達が欲しかたか積極的に関わりに行った

かまって欲しくてなんでもやった、それが原因でクラスメイトを傷つけてよく先生に怒られた

当時の気持ちは今でも覚えてる「だってみんな無視するんだもん、自分は悪くない」ってその度に言ってた

小学校から中学に上がる時、同じようなことが起こりいじめにあった

初めはクラス、気がつけば学年まるごと。2年生に上がる頃には1~3年生全てからいじめにあった

上履きがないのは当たり前、みんな口を揃えて言う「アイツ頭おかしいんだよ」「気持ち悪い」、教科書がないのも当たり前

掃除時間になれば私の机だけ端に寄せられゴミが積まれている

ゴキブリが出れば机に入れられ、手荷物理科の授業で使われた生卵まみれになっていた日もあった

耐えかねて授業を抜け出した時もあった

ある日先生が探しに来て泣いてる私に言った「ふざけるなよ」と

振り返れば奇行者がいじめられるのは当たり前で、輪を乱していたのは私だったのだから周りからすれば空気の読めない猿がいるのが悪いのである

つまるところ、お前の頭がおかしくて奇行を取った結果いじめられるのは当然被害者面をするなということである

である私は馴染むために猿らしく周りの人の真似をした、

そうすれば「普通」になれると思った、同じになれば虐められないと思った

仲のいい人はいじり合いという冗談を言うらしい、真似をしよう

猿には知識がない、真似をしたらどうなるかが分からなかった

その振る舞いをした相手が泣き出した

訳が分からなかった、みんなこうしてたよ?と本当に理解が出来なかった

先生に呼ばれ「お前が悪い」と言われた

どうしてあの人たちと同じことをしたのに私は怒られたのか、あの人達は怒られないのに

怒られない人たちと同じことをしたのに、訳が分からなかった

高校にあがっても、私は同じことを繰り返してしまった

どう交流すれば仲良くなれるのか正解が分からないまま、見よう見まねで周りの真似をして友達を作りたかった、とにかく寂しかった

高校にもなれば、周りも大人な考えになりいじめ無視するだけという範囲に納まった

無視される日々は静かだった

トラブルが何も起きない、平穏だった

そこでやっと気がついた、これが正解なのかと、人と関わらないのが1番いいのだと理解した

大人になり仕事につき、必要以外は関わらないを徹底したお陰か奇行の頻度は社会的には目立たくなった

しばらくすると、大人しい静かで過ごしやすい人という印象が周りにつき仲良くなる同僚もできた

仲良くなった人ができた、相手が嫌がらないように慎重に慎重に話した

気がつくと、自主性がない、気を使いすぎ、自分の考えがない、他人任せと言われ嫌われていき職場での無視が始まった

正解が分からない

数年経って、発達障害がわかり「ああ、私は頭が本当におかしいんだ」と理解した

どうしていじめられなきゃいけないんだと、ずっと思っていた

頑張って普通の人と、皆と一緒になりたい!とずっと思っていた願いは叶うものでは無いのである

だって頭がおかしいか

はいじめられて当然なのだ

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