「センシティブ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: センシティブとは

2017-07-11

オタクフェミニストは誰と戦っているのか。

 このところ永劫回帰のようにエロ表現における争いが繰り返され、オタクフェミニストラグナロク永遠につづくかのようにおもえる。


 これだけやりあっていれば普通はたしょうなりとも相互理解というものが生まれものであるけれども、それはリアルな論戦の話なのであって、不特定多数不特定多数に対してやたらめっぽうに機関銃を撃ちまくるインターネット塹壕戦ではただ人が死ぬだけであり、平和条約は結ばれず、ただ人が死ぬだけであり、憎しみは連鎖し、ただ人が死ぬだけである


 わたしたちは第一次世界大戦を生きている。

 毎日がソンムの戦いだ。



 オタクフェミニストそもそも互いに互いを認識しているのだろうか?

 フェミニストが「えっちなのは子どもによくない」と言い、オタク宮崎勤池田小のやつとエドゲインを足してニで割ったような怪物として罵る。

 オタクは「表現規制をするな」と言い、フェミニスト権力によって表現の自由を、人間尊厳を奪うヒトラーの再来として恐懼する。


 彼らにはそれぞれ「何」が見えているのだろうか。

 彼らがそれぞれ想像する「敵」とは誰なのだろうか。


 オタクにはトラウマがある。

 悪書追放運動である

 1950年代PTAが中心となって展開されたマンガに対するバッシング運動だ。

 暴力的表現子どもの情操に悪そうな表現はこどもに見せるべきでない、というスローガンのもとに当時芽吹きつつあった劇画手塚治虫などを中心として爛熟しつつあったマンガ文化に打撃を与えた。

 これによってオタクたちはDNAレベルで、「(残酷だったり過激だったりする)マンガを『わるいもの』として非難するのは保守派ファシストのおばさんたち」という了解が植え付けられたのだ。


 なぜ戦争を二十年で忘れることのできた民族が六十年前の、教科書にも載っていない出来事記憶しているのかといえば、それは語り部が優秀だったからだ。

 悪書追放やり玉にあがった漫画家たちはのちに大御所となって「漫画文化立役者」として官民両方から賞賛される身分を獲得しても、悲惨迫害を忘れなかった。

 彼らはそのとき体験エッセイ漫画にしたり、ことあるごとにマンガネタに織り込んだ。

 そういうものを読んだ後進の世代は「今は平和マンガ享受できている国なのに、過去にはこんな悲惨なできごとがあったんだ!」とショックを受け、苦難の記憶継承し、そのうち漫画家となった人々は「マンガ表現を悪と呼ぶわからずやな大人」たちを戯画化して描き続けた。先人たちを見舞った悲劇を繰り返してはならない。そう彼らは叫び続けた。

 悪書追放運動記憶継承は、歴史上のあらゆるトラウマ継承運動のなかでも最も成功した部類に入る。それはオタクが長らく被差別民だった(と少なくとも自分たちでは認識していた)せいもあるだろう。

 そういうわけで、マンガ守護者たちの末裔たちは今でも各所に見ることができる。ちょっと前にもあったよね。ほら、『マンホール』描いた人の……なんだっけ、なんとか都市ってやつ。


 さて、戦争から七十年も経てば、各国家における仮想敵も大きく変わるものだ。アメリカWWIIでは影の薄かった中東を主戦場とするようになって久しいし、そのアメリカとかつて世界を二分したソ連は国ごと崩壊してしまった。

 だがオタクたちはずっと敵は「既存道徳にしばりつけられた保守的道徳的なガミガミおばさん」のままだと思い込んでいる。自分たちの敵はヒトラーである叫び続けている。



 フェミニストたちを一言でくくるのは難しい。

 「反表現規制」の旗のもとに団結しているオタクたちに比べて、そもそも男性男性社会のもの憎悪してやまないミサンドリストからオタクとの対話を求める層までほとんど分裂状態様相を呈していて、

 そうなったときクローズアップされがちなのはラディカルな発言だ。


 しかオタク側が言い募るように彼女たちは「こどもたちを歪ませる」表現を憎んでいるのではない。

 「こどもたちを傷つける」表現をこそ問題だと言っている。

 教育ではなく、トラウマの話だ。


 フェミニストたちにもトラウマがある。

 日本にかぎった話でもないかもしれないが、マスメディアサブカルチャーにおける性的エロという意味限定されない)表現や言説は男性中心的な傾向が強い。

 ふた昔前はテレビ女性おっぱいエロティック晒すなんてのはゴールデンタイムにすらみかけられたし、

 そこまで過激ものでなくとも、女性に対するセクハラめいた言動が「ジョーク」として受容される環境があった。

 それはジャンプなどの漫画メディアにあっても同様で、男性読者からは「問題ない」描写ジョークとしてスルーされる描写であっても、そこに女性に対する男性的な欲望、ひいては暴力を読み取る多感な少女は数多い。

 そういうものがある種の社会に対する不信となって根強く彼女たちの底に残る。


 男は言う。いや、あの程度の表現で傷つくのはあまりにか弱すぎるだろう。自意識が過剰すぎるのでは? たんなる一過性メンヘラでは?


 少女たちはテレビマンガを消費するには、あまりにもセンシティブすぎるのだろうか?


 一面にはそれもあるかもしれない。しかし、傷つきやすすぎることとの何が問題なのか?

 刃のついた表現現実存在し、それで傷つけられる肌が現実にある。

 問題とはむしろそこだ。

 何も知らない無垢な肌が刃に触れたときに血が出るのだとして、たしかに近づいてきたのは肌のほうかもしれないが、刃の危険性も知らないものにあらかじめ避けておけばと非難するほうもどうかしている、根本的に事故を防ぐためには刃のほうを鈍らせておけばいいのでは? 自動車会社などはそうやって事故を軽減しようとつとめているだろう?

 私たちは次の世代を「正しく」育てようとは思わない、ただ、不慮の事故から守りたいだけだ。


 傷つきたくないこと。傷つきたくないこと。

 こうしてアイデンティティポリティクス生まれる。

 彼女たちの目的は次の世代トラウマを残さないこと。

 そういう意味では、オタク表現規制運動歴史を語りつぐことと少し似ている。


 そして、オタク同様、「敵」を認識しそこねている。


 フェミニスト場合はあまりに内部で混乱しすぎていて、個別問題の何が問題であるのか、その問題をどう解決していくべきなのかで定義統一がはかれていないことだ。

 これは攻める側の弱さでもある。

 守る方は現状を維持しさえすればよく、つまりは「表現規制反対」に各員の意志を集約させればよい。

 だが、フェミニスト側は具体的に個別問題のどこをどういった理由でどう修正していけばよいのかまでを提示しなければならず、これに関する意見を調整出来ない場合もっとも極端な意見ーーすなわちオタクたちが最も恐れる「全面的表現規制」が対立を煽る人々によってショーアップされてしまう。



 そうなってしまえば、あとは殺し合うだけだ。



 彼らはお互いに敵を「保守派」として捉えている。

 オタクの眼に映るフェミニストは「道徳を重んじて表現を認めないファシストガミガミおばさん」

 フェミニストの眼に映るオタクは「男性社会の無思慮な暴力肯定しつづけるレイピストクソ野郎


 オタクはただ表現進歩性を守りたかっただけなのに。

 フェミニストはただ表現進歩を与えたかっただけなのに。


 ここでは、もはや誰が敵か味方かもわからない。

 もしかしたら、敵も味方もいないのかもしれない。

 自分以外のすべてを虐殺しつづける戦場

 それがインターネットであり、インターネット表現規制論争だ。

2017-07-09

男の側からしても今の状況はおかしいと思う

ちょっと街を歩けば萌えイラストが目につくし

なんか、全てのコンテンツジェンダーによって分断されてると思う

 

例えば今のスターウォーズディズニーなんかは女でも男でも楽しめるし

洋ドラも「男/女さんに見てもらいたいです!」という明確なターゲティングはしてない

からごく自然ニュートラル表現が当たり前だし

日本コンテンツみたいに「男/女むけだから、こういうお決まりを入れよう」

という意識も少ない(といっても娯楽作品としてのお決まりは入ってる シンデレラ曲線、暴力セックス音楽とか)

 

日本コンテンツブロックバスター存在ジャンプ

率先してああいったニッチ描写をし、それを「面白い」と捉えてるのはいかがなものか 

男だからと言って、年中萌えキャラ発情したいわけじゃないし

事あるごとにラッキースケベがあっても「舐めてるのか?」という気になる

 

国際的にもジェンダーは相当センシティブ問題になっているのに

集英社利益の為に日本の名声が損なわれていいのだろうか?

4chやSNS日本イメージを問われれば

HENTAIという不名誉文字からは逃れられないだろう

ヘンタイ趣味を楽しんでいる、意識の低い層(むしろマジョリティ過ぎてむしろこっちの方が意識高く思える)には喜ばれるが、

まともに生きている現地の日系人や、外国人と接する職の人間

日本人に余計なイメージが付くのははた迷惑だろう(ただでさえ黄色人種差別されやすいのに)

外人と接する日本人アニメ監督AV監督だけじゃない

会計士弁護士学者のような威厳を必要とする職もあるのだ

 

そして、エゴイズムを主張をするのに、性的イメージを付加する必要があるのだろうか?

確かに日本人エゴを主張するのが苦手だ

社会で抑圧されているからこそ、コンテンツでまき散らしたいという欲はあるだろう

だが、「俺は表現の自由を信奉している」と率直に言えばよいもの

「んほおおおお! 表現の自由きもちいいいのおお❤」なんて言う必要があるのか?

日本人プライドベクトルを間違えてると思う

2017-07-05

立命館pixiv論文問題はもう著作権法を持ち出して全ツッパでいい

オタク研究者の端くれとしてほんと辟易してたんだけど,これ,やっぱ、一部のオタクが馬鹿すぎて害悪だなあという結論にしかならんわ.

作者さんたちがひどくショックを受けたのはわかる.仮に著作権法理解してたとしてもあれは不意打ちだもんな,そりゃ身構えるよな,と思う.

でもそれは,「晒された」わけでもないのに過剰反応して騒いでた一部のオタク免罪符にはならんわ.

男女問わず,わかってるオタクはちゃんとわかってた.まあ,引用は自由だから法的な問題はないよね,っていう正論を言ってた人は大勢いた.あるいは,正しい知識を提供されて冷静になった人もたくさんいた.でも,オタクの中には,著作権法をろくずっぽ理解せず二次創作をしてる・楽しんでる連中が一定数いることが白日の下に曝されてしまった.

素人だから詳しくなくても仕方ない,って擁護もたくさん見かけた.まあ,これが安保法制とか大店法とか銃砲刀剣類所持等取締法とかの話ならそうかもしれないし,八百屋おっちゃんや惣菜売り場のおばちゃんが著作権法に詳しくないのは別に問題じゃない.もしくは,著作権法でもすっごいマニアックな箇所の話なら,まだわかる.

でも,ふだんから二次創作を楽しんでる人たちが,著作権法イロハのイを知らなかったのは,やっぱりありえないと思う.

しかもそれで,じゃあお前らがやってる二次創作はどうなの? って言われたら,親告罪だから黙認されてればオッケーだの規約で認められてるだの二次創作にも著作権は発生するだのスラスラよどみなく喋るわけじゃん.なんだよわかってんじゃねーか.その通りだよ現状の著作権法の枠組みではお前らの言ってることは正しいよ.じゃあ同じように現在著作権法で認められてる無断引用も受け入れろよ,って話になると何故か怒り出すんだよな.馬鹿じゃねーの,って思うわ.

(念のために言うと,私は二次創作に関してはパロディ合法化する規定を導入するなどして完全にホワイトにすべきだという立場赤松先生たちが勝ち取った運用上の妥協では生ぬるく,絶対二次創作摘発されないよう著作権法に書いておくべきだと思っている)

論文っていう他人の著作物を,著作権法も知らないくせに違法だ違法だと吊し上げたり,引用を規制すべきだとか噴き上がるの,ふつう表現規制なんだけど,表現規制反対だの言ってる人たちがこんなアホな理屈にコロッと騙されてるのほんと衝撃だったわ.お前ら何のために闘ってたんだ?

で,自分らは「無断引用」してるなんて露とも思わず,件の論文解説記事の内容を引っ張ってきてあーだこーだと議論してたりする.なんだよ,無断で引用してもいいってちゃんと知ってんじゃん.じゃあ遠慮なく無断で引用していいよな?

私は,この問題が起きた当初は,やっぱりオタク界隈のマナーみたいなのを尊重すべきだよな……と思っていた.「私の作品を研究に使うな」というのは,法的には禁止できないけどお願いする分には自由だと思うし,研究者側もそれを尊重したほうがいいと思ったからだ.

でも,オタク界隈の「マナー」なるものが,著作権法も知らずに組み立てられた裁判では敗北必至の俺ルールだとわかった今となっては,そんな必要はないと思う.

なんで法律をろくずっぽ知らずに勝手に決めた俺ルールを尊重してさしあげる義理があるの?

そっちの方がよっぽどオタクを馬鹿にしてない?

ていうか,支部二次創作やってた者としては,自分の書いた小説は世界中に公開したつもりでいたし,「これを書いたのはおれなんだ! もっと読んでくれ!」って思っていたから,pixivランキング上位に載っている小説を「公開されていない」と主張する連中の方が信じられんわ.

なんなの? 創作なめてんの?

挙げ句の果てには「でも法的には村上春樹といっしょだからなぁ……」という主張に対して「商業小説と一緒にするな!」なんて言い出すトントンチキもいる始末.

はぁ? 二次創作を馬鹿にしてるのか?

確かにジャンクも多いけど,本当に面白い二次創作小説は十分に商業小説と渡り合えるだけの力を持ってる.なんでよりにもよってオタクが,二次創作を貶めるようなことを言い出すんだ?

オタク二次創作は書店に並んでる純文学とは違うんだ同列に扱うべきじゃないとか,なんだよオタク差別かよ.同等に,対等に扱えと求めていくべきでは? 流通とかの面で一般書と同列に扱われないのは仕方ない面もあるけれど,せめて批評や研究には同等に開かれているべきでは? 我々はアパルトヘイトではなく同権を求めるべきでは?

文化が萎縮する?

公的に発表したもんを合法的に引用されて萎縮するような文化なら萎縮すりゃいいんだよ.

批判に耐えられないっつってクジラックス先生が筆を折ったらどう思う? LOが自主廃刊したらどう思う? 最終的には逃げるのかよヘタレだな,って思うだろ? それと一緒だよ.法規制で萎縮することには表現の自由観点から反対すべきだけど,表現の自由というフィールドに出ていくことに耐えられないっていう文化にはそもそも土俵に上がる資格がねえんだよ.pixivコミケなんぞに色気を出さずおとなしく仲間内で回し読みしてやがれ.そうすりゃ引用なんてされないだろうよ.

研究してくれなんて頼んでない? 誰もお前に公開してくれなんて頼んでねーよ.公開した=引用も研究も批評感想もどうぞご自由に,って意味なんだよ.

結論としては,オタク品位を落とす一部の馬鹿のことなんて,研究者諸兄は無視してよろしい.どんどん公表されたオタクの創作を無断で引用して自由に研究してくれ.それは著作権法で,研究者に限らず全ての創作者に保証された権利なんだから.頭の弱い繊細チンピラビビって自分権利を手放すこたぁない.なにせ相手は,プライベートな日記でも何でもない,小説なんだから.万人に読まれることを自ら欲しているんだから.

(作者? 公開された時点で作者なんざとっくに死んでんだよ)

オタク側も,気に食わん研究をされたら,著作権法で認められた引用を武器にして表現の自由というフィールドで殴り合えばいい.研究者論文を好き勝手に無断で引用して,興味深い発表ありがとうございました私はこの分野は門外漢なのですがお前の研究はここがなってねえんだよ研究なめんなよ,と手斧を投げればいい.その指摘が正しければ研究者は納得するだろうし,間違っていれば改めはしないだろう.それだけの話.

表現の自由ってそういうことでしょ? もっと自由にやろうぜ.

追記

enemyoffreedom ずいぶん遅刻した上に雑な駆けつけ擁護だ。研究倫理とかセンシティブビッグデータの取り扱いとか難所が多い分野なので院の1年が手を出すべき領域でなかったというだけ。まぁ本人というより指導教官のポカ

すまんな.問題発生直後はもうちょっとオタク寄りの立場で色々書いてたんだけど,未だに馬鹿な理屈でゴネてる連中が一定数いるのを見て考えが変わったんや.

この期に及んで大学はだんまりなのか責任をどう思ってるみたいなこと言ってる奴もいるんだよ? もうね,アホかと.馬鹿かと.未だに,著作権法をめぐる裁判の中で確立された「公表」とは何ぞやという法的認識を「研究者の内輪の認識」だと思っている奴がいるんだぜ? ちょっと調べりゃすぐわかることなのに.ダンス教室の生徒は「公衆」で300人に配られた卒業文集は「公表」っていう判例があるのに,pixiv公表にならないわけねーだろと.いや個々の判例なんて知らないのは仕方ないけど騒がれてからだいぶ経つのにその辺をちっとも調べずに騒いでるのありえなくないです? そんな馬鹿はもう著作権法で殴ってわからせるしかない.

研究倫理? 作者の意志で公開された小説の研究に際して何の問題があるっていうの? 夏目漱石全集を片っ端から調査するのとどう違うの? 村上春樹作品からセックス場面だけを抽出することになんか倫理的問題があるの? ONE PIECE全巻を分析することの何が悪いの? 私たち文化はそれらの作品と何か違うところがあるの? 同じでしょ? 等しく,文学あるいは漫画として尊重されるべき存在でしょ? 私たち文化は主流派文化と伍していくことのできる存在だし,主流派文化と対等であるべき存在だし,実際に著作権法はなんの区別もしていない.なんでそこで線を引こうとするの?

そういう態度の方がよっぽどオタク権利向上に反しているので,受け入れられない.

あ,研究の質はまた別ね.そこは容赦なく表現の自由というフィールドでブッ叩かれるべき.最初からそういう話ならなんも言わなかったよ.下手な論文が酷評されるのは下手な小説が貶されるのと同じだからね.でも下手な論文を発表する自由まで奪われるべきじゃないし(だって,私の書いた下手なSSを発表しても,中身はともかく「発表したことそのもの」に対する文句なんて誰も言ってこなかったし,それが当たり前でしょう? だったら論文もそうあるべきだよ.少なくとも,医学社会学文化人類学みたいな分野とは違って,完全にブッキッシュな研究である場合には),そこを同胞であるはずのオタク制限しようとするなら私は表現の自由を掲げて闘うよっていうだけの話.

bronson69 大筋同意なんだけれど、「範囲限定して公開された情報」と「無限定に公開された情報」の取扱いが同じでいいのだろうか、ってのは引き続き気になっている。

件の論文で扱われていたのは,住所氏名電話番号病歴逮捕政治思想とかの「個人情報」ではなく「著作物」だということを考えれば,同じでいいと思う.前者は,たとえば電話帳や連絡網記載されていたのを無制限にバラ撒くべきじゃないけど,後者はまた別だよね.だってそれは「他人に読んでほしくて公開する」ものなのだから.

そもそも,「メールアドレス登録してR-18表示設定にしないと読めないpixivR-18小説」って,「本屋お金を払ってシュリンクを破らないと読めないジャンプ漫画」「Amazonプライム会員にならないと見れない映画」「日本ではまだ翻訳されていないのでイギリスから取り寄せないと読めないハリー・ポッター最新刊」「レンタルビデオ店に足を運んで黒いのれんをくぐらないと借りられないエロビデオ」「空襲で焼けてしまって全国で数えるほどしか残っていない戦前の作家作品」とかと比べて,そんなに公開範囲限定されてるか? って思うけど.pixivの小説デイリーランキング上位って普通に閲覧者が万の単位でいるわけで,普通に世界にバラ撒いてるのと同じじゃね?(ちな,件の論文が発表された学会の会員は5000人.人文系マニアックな専門書だと,初版発行部数3桁はざら.「ぞうさつ」ってどこの国の言葉?)

asterpleo 異性愛ものとBLの内部ルールの違いや現在の周りからの扱いとかもろもろ絡んでるんですけどね。あと研究に使うならもうちょい無作為に、研究対象増やさないと。/そしてツッパという言葉を初めて聞いた。

女性が性的な創作をするときに向けられる好奇の目とかウェブ上の腐女子叩きとかは明らかに女性差別の一環なので,男オタクもそれとはちゃんと向き合うべきだと思うけれども,そもそも同じ公表された著作物なんだからルールの違いもクソもないよね,って話.私は女性が伸び伸びと性的な要素も含む創作をできる社会を望むけれど,堂々とやる以上は自由に引用され批評され得るっていう言論の自由大原則の前では男も女も関係ないと思うので.

ていうか女性創作者に嫌がらせする人がいたとして,それは嫌がらせする人が悪いんであって引用した人が悪いのではないと思うんですが.ネット上での嫌がらせに対する法的措置を厳しくしようみたいな話なら私は賛同しますよ.

「全ツッパ」はもともとは麻雀用語なので,麻雀に縁がないとわかりづらかったかも.原義はこちらです>http://www2.odn.ne.jp/~cbm15900/html/k8-2.html

TakamoriTarou 解析の為の複製は引用ではなく、私的範囲でもなく、情報解析の為の複製にもあたらないので微妙とか、公開の範囲は実はネットのID認証等を加味した裁判例ないとか、著作権方面でも言い切れるような話じゃないけども

まだその論点で粘るの? 勘弁してくれない? 47条の7ちゃんと読んだ? ていうかそれを言うなら,元論文は人手で分類したってちゃんと書いてるよね? 分析にあたって複製したなんてどこにも書いてなくない? 「pixivを見ながら手で数えました」って言われたらどうすんの? まさかそれも違法だとでもいうつもり?

公開の範囲? じゃあHulu会員限定で公開されてる商業映画ドラマ公表されてないのかよ!

こういう無理筋批判がいつまで経ってもなくならないなら,やっぱり全ツッパしかないわ.馬鹿には原理原則論で対抗するほかないよね,っていう主張を補強してくれてありがとさん.話の通じない人たちの独自ルールなんて鼻で笑って粛々と法律に則って引用し研究し批評感想を言ったりするべき.

Re-birth 著作権の話では内って流れになってたのに今更なにいってんの。同人側の当事者側がヒートしてたのは確かに無理筋擁護しにくいけどだからって叩いてたら焦土やで

合法的な引用をされて焦土になる文化って何なの? 何でそんな脆弱文化に遠慮して著作権法で認められた自由制限しなくちゃいけないの?

それに,私たち文化もっと強いはずだと,一人のオタクとしては信じてるけどね.

newwaytodie 村の奇祭を調べる時に村人に嫌われる真似してどーするって話じゃないの?

奇祭の一部始終をニコ動にアップしておきながら「うp主に嫌われたらどうする?」と言われても,その,なんだ,困る.見られて困る祭りならワールドワイドウェブにアップしないほうがいいよね.

追記

「それを言っちゃったら解決策が見当たらない」という趣旨の意見があるけど,解決してるじゃん.「誰にでも好きに二次創作を書く自由があり,それを公表する自由がある」「誰にでも公表された著作物を好きに引用して批評・研究・絶讃・オススメ・酷評する自由がある」「気に食わない引用をされたら誰にでも言論という武器を駆使してバトる自由がある」「自由疲れた作品を引っ込めてもいい.誰も止めない」ってこの上なくシンプル解決じゃない? 余計な俺ルールを付け足そうとするからややこしくなるんでしょ.

私は風通しの良い世界が好きだし,オタク界隈がそうなってほしいと思ってるよ.

追記

wdnsdy 風通しの良い世界が好きと言うが、むしろあの事件後の方が逆に風通しが悪くなったという印象

換気扇をちょびっと回したら嫌気性生物が急に死滅しはじめただけやで.風通しはどう考えても良くなってるでしょ.なお最初から窓は開け放してあった模様.窓開けっぱの部屋に住み着く嫌気性生物さんサイドにも問題がある.

追記

研究対象に逃げられてもいいのか?」って言う人もいるけど,ちゃんとpixivランキング見てるのかしら.ふっつーにBL二次エロうpられまくってますが.一部の人が非公開にしても別の人が公開で書き続けてるじゃん.全員が隠れようとしているわけじゃなく,気にしてない人もいるってことでしょ.

あと,文学研究者だとか人類学者ならそりゃ研究対象に逃げられたら困るだろうけど,今回みたいな「文章フィルタリング技術の研究」って,特定のサンプルに逃げられてなんか困ることあるの? 別のサンプル使えばよくね?

逃げられて困るという研究者配慮すればいい.無断でじゃんじゃん引用していい,と言っているのであって,配慮してはいけない,とは言っていない.ただ他人に配慮すべきと強要することはできないよねって話.それはお前の都合だろっていう.

追記

とりあえず低能エスノセントリズムという概念勉強しようぜ

日本国の国法たる著作権法によって,あらゆる創作者に保証された引用の自由が,なんで自文化中心主義になるの?

「BL二次創作商業とは違う!」だの言ってる方がよっぽど自文化特殊だって幻想に染まってない? 私から見ればそれは普遍的な創作の一部で,特殊ものでもおかしものでもないと思うんだけど,これってエスノセントリズム

いや著作権法に従わず独立するっていうんならその意気やよしだけど,だったら著作権法で認められた権利も捨て去ってもらわないとねぇ.自分たちウェブ上の記事や論文を引用してあれこれ言うことをしない,二次創作同人誌を違法アップロードされても文句を言わない,作者騙りされても口を出さない,っていうなら,なるほどこれは著作権法とは無縁に生きていく意志のある共同体なんだな,と思うしそこまでの覚悟があるなら尊重してやるかという気にもなるけれど,現実は違うっしょ? 他人には著作権法保証された権利を認めたくないのに自分たち権利を行使したいってのは通らんよ.

2017-06-09

http://anond.hatelabo.jp/20170609122533

パロディメタ批判されても

された側が過剰反応するようなことはないけど

ホモネタスラングの量産や淫夢云々で文化圏形成されてるせいで

ホント対処のしようがない感じ

 

まともに批判しようものならなんたら民から晒しあげくらうし

同性愛というセンシティブ問題ゆえ話がこじれるのなんの

2017-05-27

pixivBL引用炎上の件:腐女子に別方向で頑張ってほしい

長くなったから要約

今回の件をうけて、腐女子の側は一方的被害者とか、弱者という立場を維持するのだけでなく、

自分たちの慣習を、腐女子コミュニティの外の人たちにもわかるような形で

運用可能なところまで頑張ってもっていってほしい。

 

また、腐女子だけでなく、コミュニティ独自ローカルルール抱えてるオタコミュニティの人々は

今回の件は、他山の石となるんじゃなかろうか

今回の事件の推移

めんどいから省略)

今回の事件に対する主要な4つの立場


私の立場

・まず、主張自体への支持について述べるなら、私自身の立場はこの中で選ぶのならBが近い。しかしBそのものではない。AとCについても一定妥当性のある主張だと思う。

・Dの主張にはいろいろ誤解がある。著作権の枠組みで主張をするのであれば「無許可転載」は確かに問題だが、著作権上、正当な「引用」は許可を求める必要はないし、求めるべきでもない。また親告罪云々という話も「転載」と「引用」の違いが把握できていないものと思われる。

なぜ炎上してるのかとか

炎上が続いている仕組みは次のようなものだ。

 著作権法基準(A)の人が、ローカルな慣習(C)のありようを把握していなければ、両者の対立はどこまでいっても平行線である。この人達にずっと不満がたまり続けるので、互いの正当性を主張し続けて炎上は終わらない。また、基準Dのような勘違いを含んだことを言うひとも大量発生していて、これを基準Aの世界にいるひとからすれば「バカじゃねーの」という感じになるし、そう発言してしまう。基準Bの世界にいるひとも人によっては「それはちょっと、落ち着いて整理しましょうか」とたしなめる。なので、またしても火がよく燃える。これが今回の炎上基本的メカニズムだと思う。

 炎上は「誰かが決定的に間違っている」から続くのではなく、「ある立場の人からみると、別の立場の人のやっていることが極めて無作法に見える」ということによって起こり、その行為が「別の立場から見たときには実は何の問題もない」場合に、火が消えるタイミングというのは失われてしまう。

基準Bの態度を採用することは、全体的に見通しがよく相対的中庸温度感のある態度だということになるだろうし、この立場を表明している人は、おおむね良識的に火消しをしているという感じだと思う。

基準Bは、基準Aないし基準Cのみで完結して争っている人々の立場より、バランスのとれたものであろうとしているのは確かだろう。しかし、私は別の基準Eが必要だと思う立場である

基準E:慣習を取り扱える形で、双方向に整備を

 基準Eは、明文化されていない慣習を、きちんと取扱可能にすべきだという方法である。明文化するなりプログラム的に制御するという方法だ。以下に、なぜそのような立場採用するべきかを述べる。

 法がどうであれ、運用の水準で、実質的慣習法を作り上げるということはいくらでもできるということはよくある。そして、ローカルな場にいる人たちは、その場の慣習があたか普遍的適用可能な「常識であるかのような主張をはじめることが多い。だが、そうローカルな商慣習や、コミュニティ内の慣習は多くの場合炎上の温床となってしまう。今回の件だけでなく慣習と法の間での齟齬が「炎上」を生んだことは数多くあった。

 「様々な慣習に対して、可能であるのならば配慮すべきである」という主張は正しいと思う。可能であるのならば配慮するに越したことはない。

 しかし「様々な慣習に対して、常に配慮すべきである」という主張は、どうか。わたしは難しいのではないか、と思う。単純にそれは人間にとって不可能なことを要請しているように思うからだ。

 たとえば今回、火の手があがったのは、801界隈だったわけだけれども、オタク界隈どころかゲーマー界隈に限っても「同人ゲーマー界隈」「格闘ゲーマー界隈」「シューター界隈」「MMO界隈」「東方界隈」「レトロゲーマー界隈」など、細かなコミュニティがそれぞれの慣習をもっていて、自分が属していない界隈での慣習がどうなっているかというのは正直なところ把握しきれない。「私はオタク界隈のほぼ全てのコミュニティの慣習について把握しています」と自信をもって言えるという個人はいないだろう。まあ、それでもオタクコミュニティ界隈のことであれば、長くオタクをやってる人なら「ああ、これだったら何とかさんに聞いとけば温度感わかるっしょ」という人脈による解決はできなくはない。

 ただ、それが、もっと遠い界隈のことになってくると、限界が出て来る。芸術コンテンツまわりでも、現代芸術とかならまだしも、古典芸能世界でのセンシティヴな話題とか言われても、細かなことはさっぱりわからない自信がある。手芸とかもわからないし、動物園のこともわからないし、外食産業のこともわからない。わからないことがいっぱいある。

 で、まったく知らない界隈に飛び込んで、そこで見つけたものをよかれと思って引用しようとしたら、当事者からいきなり激怒されるなどしたら、私はビビるめっちゃビビる。超うろたえる。

 そんで、まあ、たぶんゴメンナサイすると思うけど、なぜキレられたのか、理解が追いつかないだろう。正直、ぜんぜんわからんと思う。小心者なので、とりあえず反射的にゴメンナサイをするでしょう。

 こういう事故を起こさないようにするには、何が重要か。

 「よく知らないもの言及しない」というのが重要だという人もいる。まあ、特にやる気がないなら、あんまりセンシティブそうなものには言及しないほうがいいかもしれない。

 ただし「よく知らないものを知る」ということ自体は、世の中に多様な人々がいるということの相互理解をすすめる上では実は非常に重要なことでもある。たとえばLGBT人種問題というのは、言及の仕方についてしょっちゅう諍いが起こっているが、まったく言及されないよりも「善意に基づく無理解」のような言及は、議論をよびながらも、なされていったほうがいいだろう(まあ、場合によっては無視されたほうがマシということは少なからずあるにはあるだろうが)。

 私としては、「同じ文脈を共有しない人にも、慣習上、重要な点を共有できるようにする仕組みづくり」を行っていくしかないと思う。

 その仕組みづくりにはいくつかの段階があるだろう。

どのように慣習を可視化するか?

 とりあえず、次のようないくつかのステップ提示してみたい。

 以上。STEPと書いてあるが、コレ全部やれという話ではない。まあ全部やれたらすごいとは思う。

 もっとも、慣習によっては標準化が難しかったり、明文化しないことによってこそ意味をもっているような慣習などもあるだろう。そういうものを取り扱うのは確かに難しいが、すべての慣習が取扱い不可能ということもないだろう。

 明文化できる慣習は、明文化して、可能な限りで、コミュニティの外部にいる第三者にも把握可能な形にするというのは、決して無意味なことではないと思う。お互いの不幸な行き違いをなくす基本的方法だとも思う。

 もちろん行き違いをなくすという方法自体を、腐女子コミュニティがいままで模索してこなかったとは思わない。

 腐女子コミュニティ内部にいる人達同士ですら、行き違いはあったのだろうし、そのなかでの行き違いをなくすために、R-18タグは付けることで「ひっそりとやってます」ということを暗に伝えるという慣習が成立したのだろうと思う。その慣習の成立はとても重要なことだったと思う。

 少なくとも腐女子コミュニティの内部では、この慣習はかなり機能していたはずだ。

 そして、今回の事件はその慣習が、実は一般的著作権法の枠組みと整合的なわけではないということによって起こってしまった。コミュニティが大きくなれば大きくなるほど、考慮すべき文脈多様性は広がってくるのだから、近年の腐女子コミュニティの拡大とともに、こういった事件が何かしらの形で起こることはありえたことだろうとは思う。

双方向の「配慮」が可能状態いかに作り上げるか

 それにもう一点付け加えておけば、私は「【基準B】:法的問題はない。しかし、当事者たちにとってセンシティブなことへの配慮が足りなかったという点で、研究倫理上の問題はある。」という態度だけを強調することは、一見配慮をうたっているようでいて、そこまで素晴らしい態度というわけでもないと思う。

 基本的には、この論理だけを強調せざるを得ないシーンというのは「対話することが難しいほど弱っている人たち」とか「西洋文化基準でもって踏み込むべきでもない人たち」、「複雑すぎる背景をもっているので相手に明文化とかをそこまで期待すべきでもない人たち」に対する場合ではないだろうか。

 つまり言及をする側から一方的配慮である。鬱でほんとに今にも死にそうな人とかに対しては確かにそういう形でのコミュニケーションしかできないから、そういう場合は仕方がない。

 もちろん、言及をする側は可能な限り配慮すべきだ。しかし、だからといって、言及をする側だけに配慮要求するというのは、言及される側を馬鹿にした話ではないだろうか。配慮相互になされてよいと思うし、腐女子の方々は、一方的配慮されるだけの弱者とかではないと思う。

 多くの腐女子お姉さまがたは、尊敬すべき人々であると思っている。ぜひとも腐女子コミュニティの今後の拡大にあたって、より受け入れられやすコミュニティ形成をしていっていただければ幸いだと思う。

 

 また、今回はたまたま腐女子コミュニティ一般法との間の問題であったが、これは見えにくい慣習と一般法の間にズレがあるケースでは、似たような問題は何度も起こるタイプの話だとも思う。ローカルライセンスのようなものが増えすぎたら、それもそれで面倒だということもあるとは思うが、何もないよりは、だいぶよいだろうとは思う。

付記1:言論の自由引用について

「慣習は、法の前には下位の基準しかない」という話についても簡単に触れておきたい。

 基本的には法のほうが重要だとは私も思う。ただし、それは慣習と、法とのガチンコ対決回避できないという事態が訪れた場合、法が優先するということであって、ガチンコ対決回避可能場合や、慣習が公序良俗に反するというわけでもない場合は、別に回避してやってけばいいのではないか、と思っている。

 今回、腐女子コミュニティで「引用」に関わるルール特殊な形で扱われていたが、もし腐女子コミュニティにおける「引用ルールを、一般社会全体にまで拡大させようという動きにつながることがあるのならば、これは断固ととして反対する。

 「引用」の自由は、研究にとって重要という以上に、自由言論政治社会にとって重要ものだ。たとえば、それを政治的言論(たとえばヘイトスピーチ)をやっている人たちが「引用ルールの除外適用を求めてきたとしたら、それは素人文章だったとしても、まったく受け入れられない。「公開した俺の政治的発言引用しないでくれ」などありえない。それを引用して批判する自由を奪われれば、政治的なことについて公共の場議論することに多大な支障が出るだろう。

 今回の場合は(1)性的プライバシー問題であるということ(2)腐女子コミュニティの内部で、そのコミュニティに属する人々の合意において特殊な「オープンクローズ概念実効力をもった慣習である、という前提があって、はじめて「それは配慮しましょう」という話がありうるのであって、著作権における「引用」そのものを捻じ曲げるような話であってはならない。

 この著作権における「引用」を捻じ曲げていいかどうか、というの話はすべての人にとっての言論の自由の確保という意味で、致命的に重要ポイントである。これを安易に捻じ曲げるような権利主張は極めて危ういとも思う。

付記2:

 STEP3、STEP4とかはアクション担い手が限られるだろうとは思う。ただ、腐女子コミュニティもだいぶ拡大しているわけなので弁護士研究者経営者などの腐女子の方などが行動すれば決して不可能な話でもないのではなかろうか。

付記3:

 腐女子の人たちについて「二次創作やってる人たちはダブスタなんじゃねーの」問題。この件はダブスタとわかってて、恐縮しながらも、言うべきことは言おうという人と、なんもわかってない人が両方いると思う。

 後者の人たちについては、わかってくださいね、というしかないと思う。自分たちけが弱者被害者という立場でないことは理解してほしいとしか

#あと、二次創作でも「作者公認系」とかもあるので、全てがアウトというわけでもないだろうが、今回問題になったものがどっちだったかまでは調べていない。まあ、おそ松さんとかは、公式問題にしないタイプから公式との関係では、まあどうといった問題もないのだろう。

付記4:

http://anond.hatelabo.jp/20170527202448

このエントリ問題性質をよく示していると思う。

流通プラットフォームが変わるごとにちょっとずつ腐界隈の慣習と、

実態との関係性もちょっとずつ変質していっているという話だと思う。

流通プラットフォームはどんどんと変わっていくので、

その変化にあわせてぼんやりした慣習だと、運用に失敗しました、というのが今回の話なんだと思う。

オタ界隈は、かなり基盤技術の変化がはやいので、この変化に対応できるような基準が成立しないと、この手のことは何度も起こるのだろうなと思う。

2017-05-26

http://anond.hatelabo.jp/20170526105711

この手の話センシティブならなんで二次創作トラブルの温床まみれの厄介な方法)してそれを公表しようなどと考えるのかがいつもわからない点なんですよね

性欲と不特定多数に対する承認欲求がなぜか当然のように接続されている

2017-05-25

http://anond.hatelabo.jp/20170525195511

ランキング上位からBLを除外して選定とかでも

腫れ物扱い、なかったもの扱いとか散々に言われそう

なんせセンシティブから

http://anond.hatelabo.jp/20170525145352

ある意味、一昔前にあった「研究者異民族神聖儀式を見てもいいか問題現代版なのかも。

ほらあるじゃん余所者には見せられないと言われてる神聖儀式だけど、研究のためにどうしても見たい……! みたいな。

たぶん今の人類学では、外の人間が、異文化の人が大事にしてる儀式にズカズカ入っていっちゃ駄目ですよ、ということになってるんだと思う。

ただ厄介なのは、その異文化神聖儀式、昔は山奥とか孤島とかでやってたんだけど、今ワールドワイドウェブで全世界から見れるんだよね。

おたくとか腐女子とかの文化、本人たちにとってはすごい大事もので、外から踏み込んできてほしくないし、自分たち文化尊厳尊重してほしいと思ってるし、ついでに言うと昔偏見さらされてきたという過去もある。だからすごいセンシティブ存在、ああ見えても。

でもそれ、外からはよくわからないんですよね。

外部から見たら、そりゃウェブで公開されてる二次創作小説文芸誌に載ってる小説も同じに見えますよ。実際「自分で読まれたくて公開してる」作品もの。そういう意味では同じですよ。後者引用して分析してあれこれ論評していいものとされているんだから、そりゃ前者に対してもそうしていいと思いますよ。

後者への論評なり分析なりは、「トンチンカン批評言いやがって! くやしい! ころす!」みたいな反応を呼び起こすかもしれないけど、「学者がおれの小説分析するなんてゆるせん!」「身の危険を感じる!」みたいなことはあまりない。でも前者への批評はそう言われてしまう。これ、その文化全然知らない外部の人から見たら理不尽ことなんじゃないかな。でもやっぱり、調査対象から嫌悪・拒絶されるような分析は、やっちゃだめだよね。

研究者の扱える対象は増えているけれど、〈外からはそう見えないだけで実は地雷〉な研究対象も増えていて、そういう対象とどう向き合うか、というテーマなのかなあと思いました(こなみかん

追記

hachi09 でもその異民族にも普通アポイントとるもんでないの? 今回はそれすらないし知らぬ間に素材として調理されたことも踏まえておこなんじゃないのかな…

そりゃ異民族側がメアドさえあれば誰でも見られる場所で誰でも見られるように神聖儀式やってるんだからアポなしでも見ていいんじゃね? と思っちゃうのは仕方ないのでは。

2017-05-24

http://anond.hatelabo.jp/20170523234904

リチャード・ギア反中発言ハリウッド追放

https://www.cinematoday.jp/news/N0091201

本当に商売センシティブ政治的発言を続けるとこうなってしまうので、天井の高い低いみたいのや傾向が違うだけで、『欧米では…』みたいのは言うほど顕著では無いのかも知れない。

ちょっとどこで見かけたか忘れたけど、ハリウッドセレブじゃなくてミュージシャンだったかも知れないが。あるスター政治的意識の高い呼びかけみたいのに、その場にいた関係者やら何やらは「エラいエラいね!素晴らしいね!」みたいな調子だったのに、蓋を開けてみたら全然反響が無くて不満を漏らしていたみたいなのを読んだが。

それとは違うけど、反トランプの呼びかけをセレブたちはやっていたけど、実際トランプ選挙で勝っちゃったみたいのもあったし。どこでも、セレブ政治的意見とかに特別価値を見出されている訳じゃないという気がする。

2017-05-23

新たな二人称としての増田

ブコメを眺めてるとそこそこの頻度で匿名ダイアリー以外のブログの筆者を「増田」と呼ぶブコメを見かける

記事内容匿名ダイアリーに書かれてそうなセンシティブものだと増田呼びが増える気がするので単に増田に書かれた記事だと勘違いしたんだと思うが

しかしたら「はてなではブログを書く人のことを増田と呼ぶ文化がある」と勘違いしてる人もいるかもしれないと思うとちょっと面白い

まあ筆者とかブログ主とか(ハンドルネーム)さんとか書くよりなんか使いやすいもんな、増田

2017-03-19

「お前が盛り上がってる話題心底興味ないし、こんなつまらない話題で盛り上がってるお前は蟹」って意思表示をするボタンが欲しい

いちいち「よくわからないけど」みたいな断りを入れてこんなセンシティブ話題コメントをしている人はなんなのか。別にブックマーク義務じゃないんだし、よくわかんないなら黙っとけばいいだろ。知能が猿以下。

ばかかこいつ。

よくわかんないわけじゃなくてわかりたくないし関わりたくないしつまんねー話題ホッテントリにあげんなって気持ちだし、こういう「俺はこの話題をわかってます」というだけでなんか偉そうにしてるこういうゴミコメントする人には事故にあってあの世へいって欲しいという気持ち

なんでいちいちこんなゴミみたいな話題理解しなきゃいけねえんだよ。 

どっちもどっちだよ。

等しくどうでもいいという意味において。

つまんねえ話してるくせに自分が盛り上がってる話題がすごく大事価値があると思い込んでんじゃねえよ



誤字で弄ばれた。

2017-03-07

お局様は男からしても敵なんだよ…

http://anond.hatelabo.jp/20170307161122

俺も社会に出るまでは全然わかってなかった

おばさんも未婚女性も悪く思ったことなど無かったが

職場でおばさん、特にいわゆるハイミス女性人格障害率は高すぎる

ハリネズミ爆弾岩のようにセンシティブでそれを攻撃性に転化してくる

1人で周囲の空気を悪くしまくってて常に攻撃する相手を探しててしかもそれに周囲を同調させようとする

女子中学生いじめみたいなことを大人職場でやろうとしないで欲しい

今の俺は働くおばさんがまともな人格してるだけで滅茶苦茶好感持つようになった


蛇足だがハイミス人格が安定してる人はディープ趣味人スピリチュアルが多い

俺はスピリチュアル馬鹿にしなくなったよ

実際に人を救ってるじゃんていう

2017-02-02

http://anond.hatelabo.jp/20170202123417

アイデアとしてはむかしっからある。

病歴は個人情報の中でも最もセンシティブものから、そのあたりでけっこう二の足を踏むんじゃないかな。

2017-01-30

なんだか各所でPTA関連で騒がれてる。

http://anond.hatelabo.jp/20170127224355

http://nemurenai-same.hatenadiary.jp/entry/2017/01/29/215244

ぶっちゃけPTAって名前共通しているだけで学校毎に別組織なんだから、一括りにして話が出来るもんじゃないだろうって思うんだけど。

うちの子どもが通う学校PTAについて俺の雑感を書いてみる。

is

一応現職のPTA副会長

実態行事等の実働担当で、計画やら何やらの部分は他役員に丸投げ。

定例会なんかも時間に都合が付けば出るレベル

話が来た時点で「行事等の実働をお願いするので、話し合い等は来なくても構いません」と言われてるのでそれに甘えている形。

PTAの主な活動

あくまでうちの子どもが通う学校PTAの話、という前置きをしておく。

基本的活動を列挙するとこんな感じ。

特にモンスターペアレント」という言葉が広く知られるようになってから学校側に意見を言いづらく感じる人が多いらしく、結構な数の相談事が持ち込まれているようだ。

学校側に意見を挙げるだけでは解決の見込みが薄い問題についてはPTAから人員を割いて対応に当たるケースもある(センシティブなケースなので詳細は省く)。

PTA活動って仕事しながら出来るのか問題

で、これらのことを執行部の総数30名、各部役員を合わせて100名程度の役員でやっていく。

行事のことをやるだけなら仕事してる人でもどうにかやれる分量なんだけど、色んな雑務を合わせるとまず無理。

事実役員の半数以上は専業主婦の人(うちのPTAには専業主夫はいない)が頑張ってくれてなんとかなっている。

会議は平日夜や休日昼間に行うことが多いけど、学校意見したり校外活動時の立哨なんかは平日昼間に時間取れる人じゃないとやれないからね。

平日昼間に時間を取れない人は、その分休日に行われる行事等の仕事担当して負担分散していて、今のところ不満は表には出ていない模様。

全部を役員で賄うのは無理なので、PTA会員からボランティアを募る。

うちは1家庭あたり最大年2回のボランティアをお願いしてるけど、正直言って必要数に全然足りない人数しかまらない。

そら誰も面倒なことはやりたくないよな、って思うんだけど、運動会運営補助やら大掃除の実働要員程度はともかく、校外活動に関することは人が足りないと最悪中止になるので、子どもたちのためにと自治会なんかにお願いしてどうにか人数を揃えている。

うちの地域はクソ田舎から共働き世帯はそれほど多くないんだけど、それでも集まらないので共働き世帯が多い地域PTAもっと大変なんだろうなと思う。

お金問題

PTA会費は各PTAでバラバラだけど、うちの場合一世帯あたり年間1,500円の負担をお願いしている。

ただ、児童数の減少に伴い各種補助金を受けても賄いきれず、ここ10年ほどは赤字が続いている。

一応児童数が多かった時期から続く保留金があるのでそれを切り崩しながらやってる状況だけど、あと数年すれば保留金も底をつくという状況。

で、お金が足りないなら会費上げればいいじゃないかっていう案も当然出る訳だけど、会則を変えなきゃいけないので会則に従い全会員数の2/3以上の承認を受けなければならず、未だ会費を上げることが出来ずにいる。

じゃあ支出を抑えるために活動を改めるか?となると、会員から「それをやめるなんてとんでもない」みたいな意見がぶち上がって来るのでなかなか進まない。

ここ数年で幾ばくかの改善を行えたらしいけど、赤字である事実は変わっていないので若干延命出来たか?っていう程度。

一応寄付金も常時受け付けてるし、年数回行ってる総会での会計報告でも赤字であることの報告と寄付のお願いをしているけど、俺が把握している限りでは寄付は一度もない。

そんな財政状況だけど備品管理はちゃんとやらないといけない訳で、そこでベルマークが登場する。

各家庭に金銭負担をお願いすると不満が多く出るけど、ベルマークであれば金銭負担がないからかそこそこ集まるので、ベルマークの積立金で備品の補充を行ったりする。

ベルマーク運用も多分学校ごとに違うんだろうが、うちの学校ではPTAが完全に管理して、学校から相談があればPTAから寄付という形で学校側に贈られる(一定数の会員から承認がなければ行えないシステム)。

ベルマークなんて集めずに寄付したい?どうぞどうぞPTA役員としても現金で貰えるなら助かります。本当に寄付してくれるんならな!

強制加入とかクソ

うちも例に漏れず加入届はなく、加入する意志がなければ非加入届を出す必要がある。

ただこれについては入学前の説明会説明して、説明会不参加の家庭にも明記した資料学校から配付してもらい、一応任意加入の団体である体を整えようとしている。

任意加入の体をちゃんと取るなら加入届を提出する方式にしては?」という意見も毎年出ているようだが、じゃあその加入届を誰が処理すんの?個人情報管理は?ってなって誰もが沈黙している状況。

非加入者の児童名だけ管理しておいて、会員の住所や電話番号等は一切管理せず徹底して学校にお願いしてプリント配布や連絡網で伝えてもらうことで管理の手間を省くシステムで長く運用されているので、人手のことを考えたらまぁ仕方ないのかなと俺は諦めている。

PTAなくなったらどうなるのっと

多分何だかんだなくてもどうにかなるんじゃないかとは思う。

というのも、子ども健全育成を目的とした地域団体は他にもあるため、PTAがなくなっても多分それが似たような立ち位置に立つんだろうなと思ってる。

うちの地域で言えば俺もぱっと2,3団体思いつくし場所によってはもっとあるんじゃなないのかな。

逆にPTA以外にそういう団体がなかったとしても、きっとそのうち似たような団体が作られるんじゃないだろうか。

2017-01-18

半濁音の魔力

ペペロンポップポポンチュ緑川、ってキャラがいるんだけど面白い名前だよね。

オッパッピー、ってネタもあった気がするし、芸人は詳しくないけど半濁音を決めゼリフに組み込んでるの、意外とあるんじゃないかな?

つい最近ペンパイナッポーアッポーペンなんてまさにそれだしさ。

あすかりんのこぜにかせぎって番組でも荻野可鈴が「ポスカピンク」の語感がツボにハマってずっと言ってたし。

多分、箸が転んでもおかしい年頃だとより半濁音のおかしさにセンシティブに反応できたりするんだろう。

でもPPAP反響を見るに、どの年代でもある程度半濁音フレーズ面白さを感じられるのではと思うね。

ああ、箸が転んでもおかし世代とも少し違うのかも。

うんことかおなら下ネタが大好きな人種いるでしょ、どの国でも。

その音から来ているのかもしれない、半濁音の魔力は。

2016-12-29

http://anond.hatelabo.jp/20161229155017

 こちら女だけれど言わんとしていることはわかる。

 でも、そうやってお互いにいがみ合っている男女がどうしても目につくかもしれないけれど、健全に、つまり、お互いの性的欲望とか知りつつ仲良くやっている、そうしたカップル夫婦もまた多いと思うよ。

 そういう健全な人たちは性的欲望を表に出さないから気がつかないけれど。

 思うに、異性の性欲を攻撃する人こそ非18禁フィクションから抜け出せない人なんだと思うよ。非18禁フィクション世界では異性に対する性欲とかそういうの無視されるから2次元人物に対する性欲すら許せないのがその証左だと思う。実在している人物実在していない人物区別がついていないから、2次元人物に対する性欲すら許せない。

 なんつーか、そういうのは一度心許せる異性と寝れば解決する問題なんだと思うんだけど、性っていうセンシティブな所にトゲトゲ武装しちゃった人にはそういうのなかなか叶わないよねぇ。

 ぶっちゃけ男だろうと女だろうと非モテからそういう所にトゲトゲ武装してしまうんだと思うけど。

 人生モテなくても、一人のパートナーを見つけることだけできればいいのに、モテいからってそこすら諦めてしまう人はなんていうか残念だ。というか、モテても一人のパートナーを見つけることができなければ無意味だと思うし。

 なんかグダグダ書いたけど、結論として増田にはフェミとかまなざし村とかせんずり村とかジャップオスとか、そんなことを言い合っている人達から距離を取るのが一番オススメだよ。そういう言い合いを止めたいのだとすると、無理だからやめとけとしか言えない。

 異性の優しさを受け止める勇気のある人から抜け出せるゲームからさ。

2016-12-18

日ごろから皮を剥くと

パンツとすれて、センシティブさが失われいく。

まり挿入時に痛みを感じることはなくなる。

男が挿入しても苦痛に顔をゆがめない最大の理由はここだ。

2016-12-07

子育て記事を読んで引っかかること

子供のことは、リアルでもネットでもなかなか話しづらい。

他人センシティブ問題に首を突っ込みかねないリスクがあるし、子供自慢しているとか、上から目線価値観押し付けて来るとかいったように相手に捉えられる危険性もある。だから自分から子供のことはめったに話さないし、他人に聞かれたら、「子育てって大変ですね」と返すようにしている。

はてブでは「子育て地獄のように大変」とか「子供可愛いと思うのは本能ではない」とかい意見スターが集まりやすい。そういう意見共感する人が多いんだろう。

いいことだと思う。世の中には「子育てしかしていない専業主婦=三食昼寝付き」とか「子供を可愛がるのが女の本能」とか「子供を持って初めて一人前」とかい概念を持つ人がまだ大勢いて、割とリベラルタイプの多いはてなでは、そのカウンターとして、「子育て地獄のように大変」「子供を愛する気持ち本能ではない」というような、子育て世代リアル本音が人気を呼ぶのだろう。そういうなかなか声に出して言いにくかったり、わかってもらいにくかったりするけども、現実に即した価値観共感を集めるのは、いいことだと思う。


子供可愛い」と言うことが誰かを傷つける場合もある。だからなるべく他人子供の話をするべきじゃないと思っている。

ただ「子育て地獄のように大変」とか「子供を愛する気持ち本能じゃない」とか「今の社会子供を持つのは正解じゃない」とかい意見を目にするたびに、ちょっと心の中に引っかかりが生まれたりする。だから娘を持つ父親として正直な気持ちを書いてみる。

娘が両手を上げならがちょこちょこ走り回っている姿も、真剣な顔でおもちゃを触っている姿も、外へ遊びにいった時の周囲への好奇心旺盛な目線も、食べこぼしてぐちゃぐちゃの汚い食事姿も、考えられないような寝相の悪さも、プリッとした粘土みたいなうんこも、とにかくとにかく全部が可愛い。エヘヘって笑っている顔は自分の頭がおかしくなるんじゃないかと思ってしまうくらいに可愛い

娘が自分に甘えてきたり、抱きついてきたり、ほっぺにチューしてくれたりすると、自分が大した努力もしていないのに(もちろん嫁は妊娠出産という大した努力をしたが)こんなにも良い子が自分のところに来てくれたなんて、おかしい、何かの間違いなんじゃないかと未だに考えてしまう。こんなにも幸せなのは、何か落とし穴があるんじゃないか、とんでもない不幸がこれから起こるんじゃないか、全ては妄想ですでに自分は狂っているか終わっているんじゃないか不安を抱くくらい、娘が可愛い公園で娘と二人で遊んでいると、「今が人生ボーナスステージだな」と、思ったりする。

子育てというのは、子供にどういう大人になって欲しいのかと考える行為でもある。言い換えれば、自分が何十年か生きてきた上で、何を大切だと考えてきたのかを問い直す機会だ。子供にどういう人間に育って欲しいのか。優しい子になって欲しいのか。明るい性格になって欲しいのか。めげない根性ある子供になって欲しいのか。競争心のある人間になって欲しいのか。何が大切なのだろうか。何を優先して教えるべきだろう。それを身につけるためには何をするべきなのか。自分はどうやってそれを子供に伝えればいいのだろう。自分が教えられる意見価値観絶対に正しいとはまるで思えない。けど子供に教えなければいけない。何を指針にして生きるのか。子供を育てるためには、自分価値観を本当の優先順位をつけて問い直さなくてはいけない。

同時にそんな考えはおこがましいとも思う。

娘はまだ1歳だが、彼女は他の子とは明らかに違う個性を持っている。公園児童館に連れていくと0歳の時から子供はみんな全然違う。当たり前なんだけれども。自分の子を観察していると、おとなしくてマイペースなんじゃないかという気がする。中学生くらいになったらBLとか読むようなオタク女子になっているかもしれない。もしかしたら思春期だった頃の自分のように「親のことを殺してやりたい」と思ったりするかもしれない。もしそうだったらと思うと、なんだかニヤニヤして嬉しくなってしまう。娘に自分に似ているところがあるというだけで、嬉しくなってしまう。自分にとっての思春期ものすごく大切なものだったように、彼女にとってもその時期が人生の根幹をなすような大事な時期になるかもしれない。全然違うかもしれない。彼女には彼女にぴったりの生き方があって、それをきっと自分で考えて見つけていくはずだから、親が子に何かを教えられるなんて考えが間違っているかもしれない。自分にできるのは娘が勝手に育っていくのを見守って、時々手助けするだけのような気もする。

何が正解かは全くわからないけども、子供が産まれ経済的なこと、働き方、夫婦関係自分にとっての優先順位とか、とにかくありとあらゆることを考えたり、考え直したりしなくてはいけなかった。それは少なくとも自分にとっては、とても価値がある行為だった。僕にとって、娘は人生で一番の価値があるものだった。子育て地獄のように大変だというだけではない。というか子育て地獄のように大変なことは間違いないが、その何倍も素晴らしい瞬間があった。そんなことを毎日思っている。

2016-11-20

妻が家事をしない

増田:30歳。土日休み会社員

高校出てから10年以上一人暮らしなので、家事全般は一通りはできるつもり(片付け苦手だけど)。仕事の日は7時前に家を出て、帰りは20〜22時ぐらい。

妻:27歳。専門職で不定休。

結婚するまで実家を出たことがない上、お母さんが大変優しい、というか甘いのでほとんど家事をしたことがない。アルミホイルをチンして燃え上がらせたり、洗濯機の使い方を知らなかったりするタイプ仕事まりが遅く9〜10時頃に家を出て、帰りは20〜22時ぐらい。

地方都市在住、子供なし。少し前に結婚したので、嫁と一緒に住み始めて半年ほど経った。

上記の通りほとんど家事をしたことがない妻だったので、最初は知らないのも当然だし、少しずつ上達していけばいいかと思っていた。しかスキル知識以前の問題らしい。

料理について。

お互い仕事の日は各自ごはんを済ませ、どちらかが休みの日は、特に用事がなければ晩ごはんを作るというルールにしているが、妻の休みの日は友達ごはんを食べに行ったり、体調が悪かったり、

なんだかんだで月に2,3回ぐらいしか作ってもらっていない。

わたし全然用事がないのでほぼ毎週土日晩ごはんを作っている)

皿洗いについて。

皿洗いはごはんを作ってもらった側がするルールにしているが、仕事終わりで疲れているらしく、洗う前に寝てしまうことがしょっちゅうある(3回中2回ぐらい)。

朝はわたしの方が早いので、朝ごはんを食べるために洗わざる得ない。また体調が悪いこともしばしばなので、そのときわたしが洗う。

ルール違反ではあるので、あとでごめんなさいとちゃんと謝ってはくれる。なお違反に対するペナルティ特にない。

洗濯について。

休みの日には洗濯機を回してくれる。ただしその後畳んでくれるとは限らない。また仕事の日は、朝はギリギリまで寝てるし夜は上述の通り疲れているので基本的洗濯してくれない。着るものがなくなって困るのは両者とも同じなので、結局わたしが朝や仕事終わりに回すことになる。

なお余談だが、女の人のおしゃれ着は洗濯方法がややこしいものが多い。

掃除について。

休みの日に掃除機をかける程度。これはお互い様なので割愛



まとめると、

基本的に妻が仕事の日は何もしない。疲れている、体調が悪いと言われたらこっちもそれ以上何も言えない。人それぞれだし、男女の違いもあるだろう。

家事をしないことについて申し訳ないとは思っているらしい。ルールを破った場合は(時には泣きながら)謝られるし、わたしのやったことについてありがとうとも言ってくれる。

・当初は初めての同居で気合が入っていたようだが、日に日に実家にいた頃の暮らし(=親がすべてやってくれる)に戻りつつある。

 →わたしは君のお母さんではない、と叱ったこともあった。泣きながら謝られたが、1週間ほどで元に戻った。

わたし自身が甘やかしているのでは、と思うときもある。基本的に人を叱るのは苦手だ。また疲れている人に「俺だって疲れとるわ!!」という言い方はあまりしたくない。上にも書いたが何を苦しいと思うかは人それぞれで、そこに他者が線を引けるものではない。

・妻のことは好きである

しかしどこかで不公平だという思いが拭えない。


一緒に住む前は二人で家事を分担したら楽になるかな、と思っていたが

体感としては一人暮らしの頃よりも明らかに負担が増えている。

今日も晩ごはん作って一息ついたら言いようのない気持ちが湧いてきたので増田に書いた。


【追記】

想像以上にたくさんのブコメがついた。ありがとうございます

ブコメは全部読んでます。さすがに300以上つくとコメント玉石混交だなあ…などと思わなくもないが、共感してくれるコメント建設的な提案をしていただけるコメントなどもあって勉強になる。

以下、気になったコメントについて自分意見を書いていく。


家事物理で殴れ。食洗機買え。

物理で殴れ」の増田わたしも知っている。なので乾燥機つきの洗濯機は持ってる。食洗機もいいよね。冬のボーナスで買おうと思ってた。

ただなんというか、この件の本質家事スキルやめんどくささではない気がしている。妻の感じだと「家事の手間の大きさ」だけがやらない理由ではないと思うので、根本的な解決にはならない気がする(このあたり指摘してもらってるコメントもあったけど)。極端な話、結局いつも自分食洗機ボタンを押すようになってそれはそれでわたし微妙気持ちになるような。いやボタンぐらい押すけどさ…

ただ家事外注サービスは気になった。調べてみよう。


・いっそ分担をやめよう

自分のことは自分でさせる、という自立心を芽生えさせる良い案かもしれない。ただ基本的家事って1人分も2人分もやる手間はほとんど変わらんので、結局まとめてやった方がトータル効率考えたらいいよねえなどと思う。


・一緒にやればいいじゃん

しかにそうだなと一番納得した。一緒に洗濯物畳めばいいじゃんっつって。


・皿洗いごときで泣きながら謝るってお互いメンタルヤバい

書き方が悪かったなら申し訳ない。別に皿が洗えなかったから泣き出すわけではない。妻が家事が全くできない日が3,4日続いたりすると申し訳なさと不甲斐なさで泣けてくるらしい。メンタルうんぬんという以前に妻はかなりの泣き虫だ。付き合ってる頃からデートの別れ際に毎回寂しくて泣くタイプ


・奥さんの体調が心配心療内科などにも連れていったらどうか

これは非常にセンシティブな内容だと思っているのであまり明言しないでおく。何を苦しいと思うかは人それぞれだが、少なくとも妻が苦しいと感じるハードル自分より低いのではと思うことはよくある。


・で、美人なの?

美人に決まってんだろバーカ!!!!!

と色々書いたが、昨日増田に書き上げてから色々考えてたら気持ちずんずん塞がってきて寝込んでたんだけど、心配した妻が看病してくれたり、その間にちゃんと家事してくれたりした。結局はお互いの支え合いと現実的システム構築のバランスなのだろうというのがわたしなりの一つの結論です。

2016-11-14

http://anond.hatelabo.jp/20161114195820

自分の子どもに結構語ってる。

うちの子がなかなかトイレいけなかったりして、そのことに触れられるとセンシティブになってるようだから自分がちょうどその年齢だった話を色々。

どんな大人も、昔は子どもだったんだよね。

2016-10-18

性別スライダー

10年くらい前に聞いた大学でのジェンダー論の講義で、

性別グラデーションである」という内容が印象に残っている。

なるほど、そう言われれば、自分も「男」に全振りしているとは思えない。

ところで、現在何かアカウント作成したり自分個人情報入力する場面では、ほぼ必ず

男性 ◯女性

というラジオボタンである

しかHTML5になって、スライダーが新たな入力方法として登場した。

これを使えば、

男 --------◎-------- 女

と、自分範囲を決められる。

こちらの方が、まだ、直感的で自然な感じがする。


まあそもそも性別なんてあやふやセンシティブものが、今後、入力項目として適切とは思えないけど。

それなら「○無回答」が一つあればそれでいいか

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん