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はてなキーワード: 哲学とは

2018-01-19

anond:20180110194621

逆襲のシャア

 

いい歳こいた大人が、ツインテ美少女()中心に

ガンダムお約束キャットファイトポエムバトルのエセ哲学

日本人お得意の引き算が理解できない、デコトラのようなロボデザイン

〆にはJ-POOP

靴底についたガムを舐めるよりも味の無い作品

 

彼らはいつまでこの稚拙でくだらない作品構造にすがるのだろう

純粋エンタメとしての面白さも欠ける分、

毎度同じ展開の映画を作るスターウォーズにも劣る

2018-01-18

イギリス公開大学人生意味についての

分析哲学系のテキスト翻訳を読んだことがあるけど、

喜ばしい経験、たとえば美しい花を見ることが重要みたいなところが印象に残ってるな。

文字通りの意味じゃないと思ったけど。

意味の探求 人生論の哲学入門』だけど、かなり高くなってるな。

酒はより大きな苦しみをもたらすことも多いから手を出してない。

行為は強い思想信条により手を出していない。

風景に感動した経験記憶にない。

旅行自発的に行ったことはない。

幼児の頃に一回祖父母に親とともについていったのと修学旅行とかだけ。楽しい記憶はない。

自発的に行った映画パトレイバーの一作めとエヴァの二作めだけ。

ライブコンサート演劇等に自発的に行ったことはない。学校行事くらい。

漫画家サイン会に一度行ったことがある。歩いて行ける場所だった。

アニラジイベントに一回行ったことがある。一回乗り換えるくらいの距離

食事は主に空腹による苦しみを避けるという動機によるが、

結果的に喜びをもたらすこともある。

聴くと喜びを感じる声はある。声フェチだろうな。

姿を見ると喜びを感じやすい人がいる。特別に外見のよい人だろうな。

それらの趣味凡庸。多くの人がよいと言うものをよいと感じることが多いと思う。

気分がましなときだったからか、昔やったゲームBGMを聴いて喜びを感じて

音楽ってこんなに喜ばしいものだったかと驚いた記憶がある。

子供の頃は微妙な違いのある甲虫とか電車とか天体とかの図鑑

見ることに喜びを覚えていた。

子供の頃はスーパーマリオみたいなアクションゲームを楽しんでいた。

ディスクゼルダは楽しんだはずだが、スーファミゼルダ

一応できるんだけど、ほとんど楽しくなくて、自分でも驚いた。

最後漫画単行本くらいの量をまとめて読んだのは2010年12月だな。

ベルセルクそれ町は出てるのは買っているはずだが。

人生で一番よかったことというか持続的に熱中した経験は、

メガテン3かトラキア776をやったことだろうな。

ゲームはやったとしてもほぼ続編というか、

ドラクエメガテン、エムブレム、トゥルーラブストーリーの関連作で、

手を出した新しいシリーズはこの20年で片手で足りるな。

世界樹アルトネリコブレイブリーデフォルトミリアサ、チェンクロくらいか

ブレイブリーデフォルトはほぼ名前の変わったむかしのファイナルファンタジーだけど。

anond:20180118183654

こうですか?


王政貴族教会時代

暇だから勉強して、頭良い人があれこれ考え始める(哲学って感じ)

産業革命

ブルジョワジー革命

労働者階級の不満(もりもり)

WW1

ロシア革命

意味を超えて。感覚に生きるということ。

「生きる意味とは?」考えたことありますか?

まさに中2のときから、今に至るまで、30になるまでずっと僕はこの問いに囚われてきた。

日見テレビの話とか、馬鹿なことをした知り合いの話とか、下ネタとかそんな会話で埋め尽くされる社会が嫌で避けて生きてきた。

一方で、人に誇れるものも無く、孤独自分が、損しかしていない気がして、世の人はとうの昔にこの問いを乗り越えたに違いなくて、自分はなんて馬鹿なんだとずっと思っていた。

この問いの答えを出さなければ生きていける自信がなかったし、棚上げして60歳くらいにまた悩まされたりしたら辛そうだから、考えようと思った。

「生きる意味」について考えようと思ったら、意味という言葉は何なのか、言葉とは何なのか知る必要があると思って、小説哲学書を読んだ。

「生きる意味」を問うてしま自分を知る必要があると思って、心理学神経科学の本を読んだ。

暫定的だけど、腑に落ちる答えは得られた。

種としての生存確率をあげられるように生物進化してきた。外界や自分の状況を組み合わせてシュミレーションすることで、より良い意思決定ができるようになる。そのシュミレーションを行う上で、世界事象を表す概念必要だ。概念文字という記号が結びついて言語が生まれた。

意味、つまり世界説明する言語の中で最も根本的なモノ、を求めてしまうのはこのシュミレーションを行う機能暴走だ。あるのはただ世界だけで、それを粗く写し取った言語がある。言語があって世界があるわけではない。

僕は「生きる意味から開放されたと思った。

意味は無いけど世界はここにあるのだ。ぐるぐると回り続ける思考の中にいて世界を感じられないは不幸だ。美味しいワインを飲んでも、好きな女の子セックスしてても、とりとめのない考えに囚われて、その心地よさを味わえないのはどう考えたって損なのだ

昭和文豪達は不幸だ。自意識をこじらせた不幸な人間たちを書き続けて評価されるなんて悲しい話だ。

巨大なペニスになりたい。ただ感覚だけの世界を漂いたい。それは動物的で人間らしく無いように感じるが、思考することこそが人間らしいのか?人間は肉体を軽視しすぎてこなかったか機械学習のおかげで人間思考なんか大したものじゃないことがわかってきた。産業革命で肉体が過小評価されるようになったんじゃないか

あなた幸福ですか?美酒を、セックスを、この世界ありのまま感じることができていますか?

世界史おじさん、おばさん教えて

ヨーロッパとかロシアについてウィキペディアを読んでたんだけど、ざっくりこういう流れでいいのかな?(WW1くらいまで)



王政貴族教会時代

暇だから勉強して、頭良い人があれこれ考え始める(哲学って感じ)

産業革命

労働者階級の不満(もりもり)

ブルジョワジー革命

プロレタリアート革命

2018-01-14

anond:20180113114634

カトリーヌ・ドヌーヴ署名した記事翻訳の件】お返事を拝見しましたが、いろいろ問題点が残っているようです。目下時間的余裕を欠くためにぶっきら棒な指摘の仕方をすること、ご寛恕ください。テクストを読む際に、まして翻訳する際に当て推量はマズイですので、以下の諸点を改めてじっくり検討されるますように。(元記事: http://www.lemonde.fr/idees/article/2018/01/09/nous-defendons-une-liberte-d-importuner-indispensable-a-la-liberte-sexuelle_5239134_3232.html

la galanterieに関して:

 参照サイトhttps://fr.wikipedia.org/wiki/Galanterie は、la galanterieというきわめてフランス的なものを適切に説明しています。けれども、その内容の一面だけ取り上げて、「恋愛のお作法に乗っ取った男性からの誘惑の手順」というふうに「恋愛」や「誘惑」に直結させてしまうのは行き過ぎです。なぜなら、①そもそもフランス語圏日常社会生活で言われるla seductionの意味するところは、日本語の「誘惑」よりずっと広く、一般的である。②男性別に何らまったく誘惑の下心なく女性にドアを開けて差し上げる、席を譲る等のレディ・ファーストも、そこにごく淡い艶(つや)が伴っていれば立派なla galanterieである。③la galanterieをめぐって、それは男女同権原則を何ら妨げることなく男女関係文明的にする作法なのか、男性優位のパターナリズム表現なのか、という議論が頻繁に行われているという文脈フランスには存在する。

■agression machisteについて:

 前項の(3)からも分かるように、agression machisteは、(外見に反して男尊女卑を含意している)パターナリズム押し付けを指しており、問題テクスト賛同者たちによれば、la galantrieは agresssion machisteではない。ある種の「痴漢行為」はagression machisteの一つと言えますが、agression machisteすなわち「痴漢行為」ではありません。

■s'autonomiserに関して:

 「自立」と「自律」は区別する必要。autonomieは「自律」です。また、現状の日本語では、「自立する」とは言いますが、「自律する」とは言いません。

■une conception substantielle du bienについて:

 これの改訳例として私が「実体論的な善概念」としておいたのを「善の本質的概念」に直しておられますが、それでは意味を成しません。この言葉は、哲学的で少し難しいのですが、まず間違いなく、道徳律をたとえば「他者自由を妨げない」ことというように「否定的」な形式で考えるのでなく、「これがが善だ」というように実体論的に(あるいは、本質主義的にと言ってもいいでしょう)考える、そういう善概念を指しています。あとに出てくる哲学者のRuwen Ogienが世間道徳批判するときによく使う言葉でもあるようです。ですから、「実体論的概念」「本質主義概念」と、「本質的概念」はまったく異なります。ゆえにここは、せめて「本質主義的な善概念」とでも訳しておかないといけません。

■misogynieについて:

 これは「女性嫌い」「女性蔑視」であり、「女性差別」の元になり易い性向ですが、「女性差別」と混同するわけにいきません。

la liberte d'offencerについて:

 「この概念攻撃しようとするのは(神や国家指導者のような)『権力』『権威』とそれをアンタッチャブルものにする空気」と断定(推量?)するのは早合点です。テクストに、Le philosophe Rugen Ogien defendait une liberte d'offenser... と書いてあるのですから固定観念に囚われず、Ruwen Ogienの哲学思想念頭に置いて理解しないといけません。そうすると、「人の気分を害する自由」あたりがやはり適切なのです(「中指を立てる自由」は論外)。

la liberte de dire non a une proposition sexuelle ne va pas sans la liberte d'importuner :

 「『ウザがられる自由』が男たちの側にあると解釈するのは…」無理ではないですよ。それどころか、その自由相手(←ここでは男性)に認めるからこそ、女性の側がそれを「ノン!」と突き返す自由が生きるわけです。「ノン!」と拒否することがimportunerすること、ウザがられることではありません。なお、こういう間主観関係が成立するのが男女間に限らないことは言うまでもありません。

■Pour celles d'entre nous qui ont choisi d'avoir des enfants, nous estimons...:

 これを「子供を持つことを選んだ人々のために」とか、「私たちの中で子供を生むことを選んだ人達のために」と訳すのは、当該テクスト文脈の中では明らかに誤訳です。"Pour"はここでは、En ce qui concerne や quant aの意味なのです。著者(たち)は、私達のうちで子供を持つことを選んだ者についていえば、私達の考えはこれこれだ…、と述べているのです。

以上。

2018-01-12

なぜ日本お笑い界は哲学から逃れるのだろう?

もう手あかがつくほど報道されてるガキ使黒塗り報道だが

彼らの行ったコントの是非や、その笑いの本質に付いて批評しているのは、

もっぱらジャーナリストブロガーばかりだ

 

肝心の芸人たちは何一つ肯定否定もせず

ただ火の粉が降りかからないようにするか

いつもどおり先輩ヨイショしているだけ

ああも自らの業界俯瞰して分析しようとする人間

いない業界はそうそうないと思う

最近ウーマン村本も過激発言をしているが

実のところ社会問題について語るのみで、自らの業界についての論評はほとんどない

せいぜい一番組審査員ケチ付ける程度である

  

自動車産業なら、出羽守にせよ自国の車ホルホルにせよ

それなりに分析して経営者も口に出すのをためらわない

水素水が来る!とか電気自動車が来る!とかね

 

おなじく、ややこしい芸術界の範疇として、漫画アニメ業界を見ても

中国興隆ネットフリックスとのビジネス

漫画アニメ本質を探る論評も十分に出来る土壌がある

アニメーター労働問題など、自分たちにとって耳の痛い論評も聞く余裕がある

 

だがお笑いはまるで、

自ら分析することをタブー視しているかのようだ

先輩芸人の言うことが全てで

中堅、下っ端に発言権は無い

オリラジ田中が干された件も記憶に新しい

 

元来お笑い政治風刺の成分も含んでいたはずの

表現の自由を究極的に突き詰めた世界

ところが日本お笑い界の場合表現の自由とはあまりにかけ離れた丁稚奉公世界に成り下がってる

そこで「表現の自由を突き詰めた」と自称する黒塗り表現が出てくる

このいびつさは存分に自評する価値があると思うのだが・・・

2018-01-10

anond:20180110180833

俺が書いたことってほとんど大学哲学で習ったことの受け売りだよ。

お前が理解するか、納得するかはともかく文系学問とはむしろこういうもんだよ。

2018-01-08

2017年アニメ百合大賞

やっぱり、少女終末旅行ということで良いんじゃないでしょうか

 

はじめは百合味少なめだったんですが

作品テーマとして、ほとんどすべてを無くしていく中で、二人だけが残るんですよね

「二人が居れば世界はなくなっても大丈夫」的な極地レベル百合です

百合哲学です

どうもありがとうございました

 

百合といっても色々あります

肉欲的な百合もあれば、甘酸っぱい恋心揺れる百合親友を突き詰めた結果百合化するケース、互いのリスペクト百合っぽくなるもの、女を口説き落としまくる百合などなど

その中で、終末における関係性で、男女ものではある程度テンプレートになったパターン百合で見られたのは、2017年の大きい収穫だったのではないでしょうか

また、二人が同性であるからこそ、その先に希望ほとんどないという意味必然性が有り、「片方男でよくね?」に反論できる点も高ポイントだったと思います

 

2018年も素晴らしい百合に期待したいと思います

 

 

2017年アニメ百合大賞を考えようかと思いましたが、難しすぎたので辞めました

2018-01-06

香害とアロマ…そしてネコちゃん

今朝、こんな記事を目にした。

 

香り」が苦手ならアロマで取り入れて “引き算”で考える香り哲学

https://wotopi.jp/archives/66495

 

記事を読んで、いろいろと残念だった。

まず、香害についての知識が乏しかった。

現在ちまたで起きている香害は「柔軟剤等に含まれ有害物質による健康被害」。

単純に香りの濃さで起きているわけじゃない。

そして、被害者アレルギー喘息化学物質過敏症ならアロマでも起こりうるわけで。

最近の流れは「香害がだめなら自然派のアロマで!」なんだけど、

ロマ安全というわけじゃないから。

立派なアレルギーの素にもなりうるから。(アロマによるアレルギー発症データ複数ありました)

そもそも、アロマ効果ってどのくらい信憑性があるんだろう?

きちんとした医学データがあるの?(ほとんどデータが見つかりませんでした…私の探し方が悪いのかな?)

風邪に効く」「殺菌作用がある」とか、効能が書いてあるけど、

風邪に効くなら医薬品になるんじゃないの?

殺菌作用があるなら、そういうデータがあるんじゃないの?

たいてい書かれているのは「~と言われています」の伝聞の形。

こんなあやふやな物をホイホイと家に取り込んでいいのかと思う。

私も昔はアロマをかじってみたけど、学べば学ぶほど、いろいろ疑問が湧いてきて

結局離れてしまった。

「良い匂いを嗅いで気分が良くなる」程度の話なら、殺菌作用とか言わなきゃいいのにと思う。

あと、やるなら自室でだけやって欲しい。

病院医療施設で香らせるなんてことは決してしないで欲しい。

万人にとって良い香りというのはないし、体調悪い人にとっては

悪化する可能性が高いのだから

吐き気があるのに目のまでアロマスプレーなんか散布されたら地獄だよね。

 

そして、あまり着目されていないけど、

ペットを飼っている人はアロマはやめて下さい。

特にネコちゃん飼っている人は大切なネコちゃんの命削るようなもんです。

ネコ アロマ」で検索するとわかると思うけど、

下手すると死んじゃうから…。

同じ意味柔軟剤ネコちゃんにとっては大問題からね!

2018-01-05

自我なんて実体はなくて知覚の集まりにすぎないっていうヒューム哲学

わかった気がしたけど多分錯覚だろう

2018-01-04

anond:20180104132743

日本学問というのは今で言う「古文」を用いて積み上げられて来たものであり、元を正せば僧侶たちによって「漢文」で記されて来たものからです。

古文よって綴られているのは高校で学ぶような物語仏法説話だけでなく、医学薬学化学法学経済学民俗学哲学など多岐に渡ります

大学というのは「大学生」ではなく「研究者」を育てる為のものです。

分野にも寄りましょうが研究を行う為には過去の文献を調べる事は必須ですから古文漢文を学ぶのは非常に大切な事だと思います

単に、センター試験が難し過ぎる!という意見であるならば、個人的には大いに賛成です。

2017-12-31

ロゴスが先にあったみたいな素朴な哲学勘弁してけれ

福音派かい

2017-12-30

anond:20171230111228

ネターの反出生主義というのはきわめて哲学的な主張であって、その論証も彼の本を読めば、非常に論理的だということが分かるよ。適当なこと書いてその豊かな議論を無碍に扱わないでほしい。皆で哲学勉強しよう。ごちゃごちゃ言うのはそれからでも遅くない。

論理の穴

まれる子の幸福については「不確定」「産まれてない子には権利などない」と言いながら、

まれる子の苦痛については「確定」「誰も他者苦痛を与える権利はない」という。

裏返せば

まれる子の幸福については限界がないのだから「誰も子が幸福になることを奪う権利はない」し

まれる子の苦痛については「苦痛が耐えられないほどとは言えない」「そもそもまれていない子の権利考慮する必要がない」と言える。

ひっくり返せば真逆結論が出るようなガバガバ屁理屈で草。

確実な苦痛と不確実な幸福を天秤にかけるケースで、後者を優先する状況は容易に想定される。

これに異論があるなら、予防注射とか健康診断とかも全部拒否なんだな? 世間ではそう考えない人が明らかに多数なわけだが。

https://anond.hatelabo.jp/20171230111228

反出生主義のお歴々の主張は、もう少しクールもっと深い。生とは? 存在とは? 親とは? という哲学に基づくものだ。

anond:20171230111228

面白い考え方だとは思ったけど、それ以上に言葉遊びというか、哲学遊びな気もするな。

マイナスは確実にあるが、もしかしたらプラスもある」より「確実にマイナスはない」のほうが合理的と言うけれど、

誰もが「限られた時間」や「あり得た未来」という代償を支払い続けて生きている以上、マイナスのない行為など存在しない訳で、

代償を恐れることは即ち生きることを、何もしないことも含めた全ての事象を恐れるに等しい訳で、

・車には交通事故という、他者権利侵害するマイナスがあるから倫理的廃止した方が合理的

インターネットはそれによる犯罪の誘発という、他者権利侵害するマイナスがあるから倫理的廃止した方が合理的

もっと言えば、

現代人は限られた資源一方的使い捨て、将来や発展途上国の人が活用する余地権利侵害しているか科学技術自体廃止した方が合理的

・限られた食物を消費することは他の誰かが食べられた食物を、特に貧困地域の人の生存権を奪う事に繋がるから生命活動廃止した方が合理的

なんて論法根本的な部分は変わらないと思う。

これが「出生」というセンシティブ大事適用されてるから、物凄く鋭敏に聞こえはするのだけれど、

世界色即是空プラスマイナス存在せず、苦痛存在しない楽園では快楽認知定義存在することはできず、

人の認識が生み出す虚構世界に対し、絶対的普遍的価値を見出そうとするが故の苦悩と言うか、

ある種の『悲劇のヒロイン症候群』的な思考遊びでしかない気がする。

------

「出生による苦痛」を特別視して、且つその前提条件を割と当然のように語られる方が多い印象だったので追記。

これはもはや宗教的な話になってくるのだけれど、

何故、「生まれてくる前の世界が、苦痛認識存在しない“無”である」ことを当然のように前提にしているの?

例えば『六道輪廻』みたく、今より悪い世界から現世というより良い,より苦痛のない世界へ生まれ変われるという可能性は?

これは別に宗教論議をしたい訳ではなくて、現代科学では出生前も死後も“あること”も“ないこと”も分かっていない以上、

「出生前世界が無である」と信じるのは「出生前世界存在する」と信じることと根本的には同義でしょう。

もっとも、「子どもを産む以上、その責任覚悟を持とう」という“信仰”の話であるならば、個人的には良い教義だと思います

2017-12-29

62: 名無しのひみつ 2017/12/27(水) 08:40:27.87 ID:J+p84EDQ

「お前は見られている」が宗教

「見られていなくても」が道徳

「どう見ているか」が哲学

「見えているものは何か」が科学

「見えていたものは何だったか」が史学

「見えるようにする」のが数学

「見ることが出来たら」が文学

「見えている事にする」のが統計学

「見られると安定する」のが絶縁体と変態

2017-12-28

メルセデスベンツ

「最善か無か」

とか言っておいて開発哲学

「人はだれでもミスをする」

なんて冷徹か寛容かわからんじゃないの。

2017-12-27

文章が非常に読みづらかったのでhagex氏を見習って朱を入れてみた

いつも未来に驚かされていたい:『WIRED日本版プリント刊行休止に関するお知らせ

コンデナスト・ジャパンが発行する雑誌WIRED日本版は、2017年12月9日発行のVOL.30を最後に、刊行を休止いたします。読者の皆さま、定期購読者の皆さまへ、編集長若林から休刊と退任のご案内です。

──『WIRED日本版プリント版はどうなるのでしょうか?

少なくとも2018年3月発売号は刊行いたしません。その時点で定期購読も終了し、定期購読いただいている読者の皆さまにはは返金させていただきます。現時点では、プリント版の継続については白紙となっています

──なぜ休刊するのでしょうか。

ぼくが編集長を退任することになったからです。

──退任されるんですね!なぜ編集長の交代ではなく、休刊なのでしょうか?

会社判断です。

──編集長を退任する理由は?

ぼくが短気を起こしました。

──短気を起こして編集長を辞めるなんて……。

ぼくは子どものころから癇癪(かんしゃく)もちで、40歳を超えたあたりから、その沸点がどんどん低くなってきて。とはいっても、クオリティについて真剣に考えると怒らないわけにはいかない。相手が誰であれ。そうしたら、なぜか最近、やたらと「アンガーマネジメント」に関するメールが来るようになりました(笑)

──40歳を超えて短気というのも困りものですね。

この間「おっさんの話」というテーマウェブ記事に書いたんですが、あの半分は自分の話です(笑)

──いきなり休刊とは、急な話ですね。

外資会社ですから契約が切れる5営業日前に通達があって、休刊が決まりました。とはいえ、プリント版の一時休止と定期購読の停止については、なるべく早く読者の皆さんにアナウンスしなければならないので、急いでこの原稿を作ることになったんです。「最後おつとめ」ですね。

【一周した感じ】

──最終号はちょうど30号できりがいいように感じますね。

ぼくが編集長として携わったのは、30号のうち実質28号分ですね。結果としては良い区切りだったのかもしれません。最後特集は「アイデンティティ」で、自分の役目はおしまいです。特にこの2年くらいは、特集がそれぞれ単体として存在するというよりは、「一連の流れ」のようになっていて、どんどん深みにハマっている感じはありましたし、途中からは『WIRED』のテーマであるはずのテクノロジー話題ですらなくなってきていましたし(苦笑)。

──確かにアイデンティティ」という特集デッドエンドのような趣があります

そう設計したというよりは、どんぶらこと流れに乗っていたら流れ着いてしまったという感じなんですけどね。

──次号以降の特集ラインアップなどは既に決まっていたんですか?

もちろんやりたいことはいっぱいありました。次号は「発注」というテーマでやろうとしていましたし、その後は「ロボット」「物流」「ニュー・アナログ」というテーマプロットはしていました。あと、2017年に「アフリカ特集でやったようなことを、コーカサス地方に置き換えてやれないかな、と。

──突然「コーカサス」ですか?

他にはアルメニアジョージアアゼルバイジャンなどですね。テクノロジー面でも進んでいると聞きますし、地政学的にも面白いエリアから、取り上げたいと思っていました。

──雑誌としては売れ行きがよくなさそうな特集ですね(苦笑)。

そうですか? 定期購読も順調に増えてきていましたし、広告もうまく回り始めて、全体としてビジネスのものはかなり好調になっていたんです。

──新事業にも取り組んでいたように思います

2017年から本格的に始めた旅のプログラムWIRED Real World」というものがあるんですが、これは本当に面白いんですよ。参加してくれるお客さまも面白い。お客さま同士で新たなプロジェクトが生まれたり、参加してくれた方々からお仕事をいただくようになったり。かなりグルーヴ感がありました。それをちゃんと育て上げられずに終わるのは、残念といえば残念です。そういう面白い人たちと一緒にコーカサスに行ったらきっと面白くなると思っていたんですけどね。とはいコミュニティは残るので、継続してみんなでわいわいやれるといいなと思っています

──コンサルティングスクール運営していましたね。

はい。どの事業もお客さまは本当に面白い方ばかりでした。そういう方々のために、結構苦労してノウハウを積み重ねて、やっとビジネスとしても芽が出るところでしたね。毎年秋に実施していた「WIREDカンファレンス」も、年々企画の精度が上がっていて、自分で言うのもなんですが、2017年は驚くくらい面白い内容にできたんです。

──ただ、いわゆる「テックイノベーションからは外れている感じですよね。

周りから唐突に見えたかもしれませんね。そうはいっても、「注目のスタートアップ情報」などを最初から重点的に掲載してきたわけではありません。「死」「ことば」などの切り口は継続して存在していましたし。

──そうですね。

その上、ある時期からスタートアップわっしょい!」のような気分も収束し始めて、面白い話も大して出てこなくなってきていたと思いますシリコンバレートランプ米大統領就任以降、完全に逆風を受けてしまっているし、AI自律走行車などの話も、いよいよ実装の段階になってくると、完全に政治法律の話になってしまうので。

──それで飽きてしまったということでしょうか?

そうではなくて、時代が大きくまた変わろうとしているということだと思います。おそらく『WIRED』の発行元であるアメリカのコンデナストを見てみても、時代フロントラインにいるのは『Teen Vogue』なんですよね。LGBTQメディア『them.』がローンチされたり、『Vogue』が『VICE』と組んだり。それ以外でも、「アイデンティティ特集でも紹介した『Refinery29』のようなファッションカルチャーメディアが旧来のメディアエスタブリッシュメントを圧して、新しい言論空間になり始めているという、面白い状況にあります

──なるほど。

デジタルイノベーションデジタルメディアのダウンサイドが明らかになってきた中で、それを突破するために必要なのは、やっぱり新しいカルチャーをどう作っていくのか、という話じゃないかと。そういう意味でいうと、結局いま面白いのってインディーズブランドミュージシャンクリエイター同士のオーガニックなつながりみたいなことだったりするわけです。技術がどうこうという話だけではどこにも行かない、という感じが、もうここ3年くらいずっとありますね。

──AIだ、ロボットだ、ブロックチェーンだ、VRだって、だいぶ前から要件は出揃っていて、それではそこからどうするのか?という感じでしょうか。

そう思いませんか?

──何かが一周した感じはあります

2017年は、SXSWTwitterが「アプリ大賞」を取ってからちょうど10年目です。その間、いろいろな期待、それこそアラブの春や、日本でも東日本大震災を経て、デジタルテクノロジーによって民主化された「よりよい世界」が夢見られてきたわけですが、そう簡単世界は変わりません。むしろ、新しい困難が出てきてしまった。しかもそれは、テックでは解決できない困難だということも明らかになってきています。問い自体が、より複雑な人文的なものになってきているから、哲学アートファッション音楽文学などは、いまの時代本当に大事だと思うんです。

──『WIRED』では「テクノロジーだ」「未来だ」と取り上げていませんでしたか

でも、そう言ってきたのと同じ分、「テクノロジー」という言葉も「未来」という言葉も好きじゃないということも言ってきたつもりです。「未来」というコンセプト自体が、いか20世紀的なものか、ということについてもずいぶん語ってきました。

──それは冗談だと受け止められていたんじゃないでしょうか?

変な言い方になりますが、「未来」というもの捉え方を変えることでしか、新しい未来は見えてこない。それが、端的に言うと『WIRED』で考えようとしてきたことだったはずだったんです。

──お疲れ様でした。

映画ディープウェブ」を見て思うこと

ディープウェブとは

いま大流行中のビットコイン匿名化ツールTorを利用して運営されていたブラックマーケット(薬物売買などが行われる場所)「シルクロード」の運営者の逮捕劇を題材にした2015年公開の映画

感想

麻薬戦争をなくすため」とか「匿名意見を交換できる場」といったことをミッションとして挙げ、自由主義を掲げていた運営者「DPR」。

正直あまり賛同できない。そもそもぼくはあまり過剰な匿名には反対だ。(増田投稿しておいて言うのもなんだが)

ユーザ間、あるいはユーザサービス提供者間での匿名は非常に重要な要素だと思うが、ユーザと「国家司法警察」の間の匿名犯罪者しか喜ばないのではないだろうか。

言論の自由弾圧されていない限り、過度なプライバシー犯罪の温床になるだけだと思う。

悪いことをしてないなら何を見られても問題ない。

この哲学があれば "個人国家司法の間においては" プライバシーはあまり重要ではないだろう。

童貞であることの辛さ

から書くことは一童貞主観です。

先日からはてブtwitterなどで、童貞という単語をよく見かけますね。

…かくゆう僕も、アラサー童貞です。もはや童貞である自分自分で笑うこともできないぐらい深刻に考えてしまっているような心理状態です。

童貞いじり』の件で炎上されている方々について、たしかに僕も、彼らの書く内容にメンタル的大ダメージを受けることが多々ありました。

しかし、一人一人の情報発信を注意深く観察していると、皆さん、童貞を人として見下している(差別している)わけではなく、むしろ、『そんなこと気にすることでもないよ!』っていうエールを送ってくれているというのは頭では理解できます

ところが、自分感情がどうしても反発してしまうのです。

童貞状態しかない。

ソープにいけばすぐに誰でも卒業できる。

正論だと思います

しかし、今まで約30年間、童貞であり続けたことで、もはや自分セルフイメージ童貞という概念同化してしまっています童貞という単語が使われているだけで、特定個人に向けられた発信じゃなくてもすべて自分に向けられた言葉であるように受け取ってしまます

童貞いじり発信を見ると、自分バカにされているように感じて、ついつい感情的な反抗に打って出たくなります。(このことでSNS個人に対して感情的メッセージを送ったことはありませんが、心の中では『なんだよこいつクソ!』っていう反抗心が渦巻いて辛くなってしまます)

ソープにいけば…ってカンタンに言いますけどって話です。もちろん、ソープに行くお金ぐらいは、数ヶ月辛抱すれば貯められるでしょう。自分にとってネックとなっているのは経済的問題ではなく、むしろ心理的問題です。

コミュニケーションが苦手でソープに行くのが怖い。女の人とまともに5分以上話した経験もないのに、いきなり裸で触れ合うなんてと思ってしまう。

なぜか風俗的なもの自分が行くことへの罪悪感もある。きちんと恋愛をしてセックスたかった。

今までの人生童貞であり続けたことへのサンクコストのような心理的抵抗もある。童貞は早く捨てたい、っていうかめっちゃ死ぬほどセックスしてみたいけど、逆に童貞でい続けたい思いがある。安易ソープ童貞卒業してしまうことは、今までの自分童貞人生を、童貞哲学否定することになってしまう。

プライド問題ですね。

ここまでの文章を読まれて、童貞いじりマンたちは、客観的視点で僕のことを『変われない人間特有心理傾向』だとか、『そんな言い訳してるから童貞なんだよ』って分析をしてこられることでしょう。

ほんっとうに、その通りですね。

そして、そんな正論ばりばりの文章を読んで、自分はまた変われない童貞として感情的に傷つくに違いないでしょう。

今回の童貞いじり発信の件がハラスメントではないというつもりは一切ありませんが、個人的には8:2ぐらいの割合で、発信者より受け手問題のほうが大きいかなって考えてはいるんです。

言い方の問題はあれど、発信者動機自体に、純粋童貞への軽蔑が含まれていないように思うからです。むしろ自分童貞であることを恥じているのは、僕ら童貞自身ではないでしょうか。

もちろん、童貞童貞である自分をイヤになってしま理由は、周りの人からの心ないハラスメントが原因かもしれません。僕も、飲み会童貞コールされたり、強制的女の子デートに誘わされてテンパってるところを爆笑されたり、色々な目にあってきました。そういうのは完全ダメでしょうね。

性を抑圧している分、日常からエロ情報に敏感になってしまったり、自意識の高さとか女性経験の無さで変人じみたことをしてしまったり、そういう自分が嫌いです。そんなことで笑われたくもない。

ただ、SNS童貞について自身の思っていることを語るぐらいなら、僕はセーフかな…って感じです。

…とはいえ、これからも気軽な童貞いじり発信を読むと、メンタルをやられ続けると思いますが。

童貞が辛いのって、童貞であることに悩んでいるということを悟られた瞬間、ソープいけよ!とか行動しろよ!とか正論ばりばりの意見押し付けられることだと思います

一人一人の童貞の、主観的な、感情的な辛さが、いっさい理解してもらえることもなく、想像してもらえることもないからです。

そういう下りがあるたびに、『その通り、けど、それができないんだよ。』…と自分を責めて辛くなってしまう僕です。

もちろん、そんなことをSNSの発信なんかに求めている自分おかしいのですが。



クリスマスはVRでAVを見ていました。男女2対2で王様ゲームをしていましたね。それはそれで幸せでした。いやマジで

結論

いい男になりたい セックスしたい

でも愛と勇気と優しさがない

まとまりなくてすいません。

あくま個人的主観的な、一童貞の『感じ方』の話でした。

2017-12-26

私のオタク

最近聞かなくなってきた、ヤンキーマイルドヤンキー論。2014年くらいに一時期関連本がでて、斎藤環さんの言葉鵜呑みにしていた自分。我ながら滑稽。後出しじゃんけんっぽくてズルいんだが、この「ヤンキー論」ですらオタク達の一時の清涼剤に過ぎないんじゃなかろうかと、何処かでは思っていた。私も立派なオタクから言わせてほしいが、オタクはまず興味関心の占める範囲が、ヤンキーの人たちと比べて、狭い。物理的な意味視野が狭い。私の好奇心、私の興味関心、私の本棚、私のプレイリスト、私のベスト10など。あらゆる「私の」を所有しようとしている。私は例えば好きな作家のひとりの中島義道さんを、「私の先生」という意味付けを行っている。私だけの、というtagをつけて初めて安心して作品鑑賞に移れる。では自分中島さんの哲学領域であるカント哲学や、時間論が好きかと言われればそうではない。私は、私の先生というtag付けされた、特殊中島義道の語る「カント哲学」や「時間論」が好きなだけだ。もう一例上げると、町山智浩さんの映画評もそうだ。例えば私はターミネーターシリーズが好きだったが、町山さんの映画評を読んでから、私の好きな町山さんが好きなターミネーター、という特殊tagけがされたターミネーターが好きになってしまった。要するに、このtag付けという行為、私の所有であるという意味付け行為のものが、オタク的と呼ばれる要素なのではないだろうか。好奇心の向くものはすべて「私」という意味がなければならない。そんなmission自分に課して楽しんでいるのが、案外オタクの生態なのかもしれない。

2017-12-23

クレしんはそろそろアウトで、ワンピースは許されるんじゃないかなあというこの感じ

そういうのない?

 

クレしんって明らかにオカマをいじって笑いをとってるし、

しんちゃんって幼児の皮をかぶった強者男性なので、もっそい加虐感がある

 

一方のワンピースオカマネタで笑いを取ろうとはしてない

ここでいうオカマとはボンクレーことなんだけど、

ルフィも誰も、彼のことを笑ったりしないし、そういうコンテクストワンピースという漫画自体がつくらない

それどころかボンクレーオカマとして独自哲学を持っていて、それがかっこよく描写されている

見た目や言葉遣いオカマバーにいそうなオカマさらにいじったような感じなんだけど、それは笑いにつながってないし、

なんならどんな見た目、属性であってもあの漫画が描く世界から排除されないという逆の良さがボンクレーにはある気がするんだけど

そこまで言うと擁護になるんだろうか

 

ところで書きながら思い出したんだけど、ドラゴンボールにもオカマキャラがでてくる

レッドリボン軍ブルー将軍なんだけど、これはこれでうまく処理されてる気がする

ブルー将軍に追い詰められた一行は、ブルマ色仕掛けをし、難を逃れようとする

だけどブルー将軍は女に興味がないと言い、またオネエ言葉を使うため

それを見たクリリン(だったとおもう)が「げげ、オカマかよ」みたいなことを言う

ブルー将軍はそれに怒って、却ってピンチになるという流れ

 

まずブルー将軍のほうが立場が強い(暴力的意味)というのがひとつ

そしてブルー将軍がそういうラベリングに対し明確に怒ってNOを突きつけてるという点

このふたつによって特に問題にならない気がする

 

そろそろフィクション無罪という時代でもなく、どういう描かれ方をされているか

評価が分かれる、そんな気がする

 

https://anond.hatelabo.jp/20171221215709

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