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はてなキーワード: 集大成とは

2019-05-15

映画館マナーが悪いやつ

やっと休暇がとれてようやく見たい映画を見に行けた。今話題アメコミ映画

第一から見てたから楽しみだったんだけど、たまたま近くの席に座ってたカップルマナーが最悪で全力で楽しめなかった。


まずカバンからペットボトルを取り出した。

まあね、俺も確かに映画館の飲み物は高いと思うよ。二人とも学生っぽいからね。仕方ないね

と、自分に言い聞かせたが、今度はビニール袋をガサガサ音を立てながら駄菓子を出してきた。

……ポップコーンも高いからね。しょうがいね

もう嫌な予感しかなかった。ケータイの着信音も鳴ってるけど、上映したら電源落としてくれるだろうと楽観視した。

館内が暗くなり予告が始まる。ワクワクしながら予告を見てたら横で明るい光。

女はスマホを全力で見てた。スマホの画面、超明るい。

いやまだ予告だもん。これぐらいでカリカリしちゃいかんよ。社長が待ってる。キャップも待ってる。

俺は彼らの戦いがどうなるか楽しみにしながら仕事を終わらせ、なんとか休暇をもぎ取ったんだ。気持ちよく映画見たい。

そんなことを考えているうちに映画が始まった。カップルは小さな声でおしゃべりを始めた。

「これ誰?」

ホークアイだよ」

「ふーん」


お前、何しに来たんだ!!!!!!

デートしに映画館に来るのはいい。でも他にもっと選べただろ。なんでよりによって集大成になる映画知識のない人と見に来た!


もう最悪だよ……今後、エンドゲームの話をするたびにクソカップルのことを思い出すんだよ……

エンドロール中も席立って前を横切るし……だったら最初から端の席座れよ……なんで真ん中座るんだ……

2019-05-12

ITエンジニアの端くれとしてのぼやき

俺はアラフォー大学卒業からずっとITエンジニアの端くれとして働き続けてきた。

何度か転職経験している。

2000年代前半に、2ちゃんねるブラック企業としてスレが立ったような会社でも働いた。(その頃はまだ、ブラック企業という単語2ちゃんねる内だけのネットスラングだった。そしてその会社は、ここなんかで堂々と退職報告できるような知名度社会的地位もある会社ではない)

今の給料は年400ちょいなので、住んでいる場所がかなりの田舎であることを考えても、同年代の中ではかなり少ない方だと理解している。

そんなことはないだろうとも思って「年収偏差値」なるサイト確認してみたことがあったが、悲しいことに確かな裏付けがなされてしまった。

一方で楽観視している部分もある。

自分仕事ポータブルスキルによって成り立っているので、会社がなくなろうが潰れようがその時は他の場所を探せばなんとかなるし、このご時世、ITエンジニア人材は不足気味だから、(自分同業者内のランクづけを考えた場合)引く手あまたということはなくても、頑張ればなんらかの仕事にはありつけるだろうと思ってる。

もちろん、そのためには日々の業務の中で新しい技術の取得にも励まなければならない。この時代は流れが速い。古くなっても使える技術とそうでない技術がある。

今の職場は、増田界隈の人々には信じられないような色んな問題があるけど、偶然にも人間関係業務内容の面では俺基準ではかなり恵まれている。ありがたいことに今まで働いてきた会社での経験集大成とも言える内容で仕事ができている。

だが、収入について考えた時、世間一般基準機械的に俺の立ち位置を見ると、どうしても辛いものがある。いろんなところで年収とか金銭感覚話題が出てくると、いつも暗い気持ちになってしまう。実際に、何人かいる同年代の友人の中で実質的に一番収入が少ないのは俺だ。

こんな状況なので、自分会社を大きくして、会社のみんなと一緒に給料大幅アップできるようにがんばるしかないなと思ってる。

特にオチとかはない。

2019-05-09

ブラインドタッチ天才プログラマ典型的な特徴みたいになってからもう何十年も経つけど

anond:20190508232603

この例えって

天才詩人ものすごく早口でしゃべれる」

っていうのと同じぐらいとんちんかんだよ。

プログラマ天才扱いされる時の例って、複雑怪奇論理構造業務を誰もがわかるぐらいシンプルにしたり、難しいバグを見つけだしたり、処理時間をウン万分の1に短縮したりする時とかなんだけど、

なんでそれができるかって言うと、

基本をちゃん勉強しているからですよ。

地道な勉強業務経験による試行錯誤の積み上げの集大成が、天才プログラマ的な振る舞いとなって、ほんの一瞬だけ非プログラマの目に触れるって感じです。

で、その過程では、ブラインドタッチってあんまり関係なくて(早く打てるに越したことはないけど)、以外とソースコードコピペとかマウスポチポチみたいな作業が多いです。

2019-05-01

ヒーローもの子供向けだから見ないとか言ってるシネフィルおじさん

あれって誰に向けてのアピールなの?

MCU映画ユニバース化の潮流を作り、

その集大成であるエンドゲーム世界的な盛り上がりを見せ、

マーベルグッズがファッションアイテムとしても定着している現代において

その程度の認識の奴がなんで映画通気取れると思ってんの?

2019-04-30

今のずっちゃんが本当に無理

ずっちゃんに関する愚痴です。殴り書きです。ファンの方は見ないでください。

まず最初に謝ります。こう思ってしまう心が狭くて醜い自分を許してください。



プリパラオタクだけど今のずっちゃんが本当に無理すぎる。

ドレシが神アイドルになるための修行ツアー?は?いつまでプリパラにしがみついてるのみっともない

i☆Risはチャンに出てるキャストもいるのに今でも一人だけプリパラプリパラうるさいし、何より私メルスタ、そしてさらが好きなんだよ。わかちーにはもっとさらをやってもらいたいのにそれを奪わないでほしい。

そもそもゴッドアイドルって1つのゴールを迎えたのにまだドレシは神アイドル目指してるんで!まだまだドレシはやれることあるんだよ!っていうのがすごくムカつく。プリパラの中でも特にアイパラ推しなので。パパラ宿のアイドルにとって神アイドル匹敵する称号を手に入れておきながらなんでそんなことが言えるの?

らぁらを助けるための特別措置としてマイドリがゴッドアイドルになることだってありえたのに何とかドレシを神アイドルにしたい、ってスタッフの思いとかファンの思いもあってGet over Dress-codeの素晴らしいライブがやれてゴッドアイドルになれたんだろうに

それを蔑ろにしてるとは言わなくても軽く扱われてることがすっごくムカつく。アイパラのラストが本当にこれまでのプリパラ集大成みたいな感じで好きだから。ドレシは神アイドルを目指してるんで!って言われるたびにゴッドアイドルになったこと、ひいてはアイパラのラストプリパララストをなかったことにされたみたいですごく悲しいしムカつく。

今のずっちゃんはみんなの応援のおかげでゴッドアイドルになれましたありがとうとか絶対言わないんだろうな

申し訳ないけどずっちゃん自分の出番というか仕事がなくてそういうのを増やすためにドロシーとかプリパラにしがみついてるように見えるんだわ。そしてそのためにプリパラを利用しようとしてるように見えてしまう。それがマジでムカつく

ドロシーは何してもドロシーだから、で許されるけどあなたが何しても許されるとか思うなよ。

みゆたんがブログでそらみも新曲欲しいなーって控えめに言ったのに対してドレシを神アイドルに!ってうるさすぎる

ツアー総選挙1位になりたいんです!って朗読中にドロシーが土下座するのめっちゃ解釈違いだし何より山北シオンにも土下座させたの本当に無理だったし、事あるごとにドレシに投票を〜っていうのも本当に無理だった。

私の中ではドロシーだったら当然みんなはドレシに投票するよね〜?って煽るように言うタイプで票欲しさに土下座するタイプじゃないし、プリパラメインキャストとしてドロシーとしてはああ言いつつもみんな推しユニット投票していいんだからね!とか推しユニット投票してプリパラを盛り上げてね!ぐらい言って欲しかった

ノンシュガーが1位になったときもひみたすはのんおめでとうって祝ってあげたり他のキャストもそれぞれの順位を喜んでくれて投票ありがとうございますって言ってくれたのに一人だけ1位になれなかったことを悔しがって。さきさまもわかちーとの温度差が激しすぎて余計に目立つ

プリパラツアー千秋楽日、開演前に千秋楽関係者席で見るよー!ってツイートするのも???って感じだし千秋楽終わった後のツイートステージに立ったキャストへの労いではなく千秋楽に出たかったとかやっぱりプリパラステージにはi☆Risがいなきゃとかのツイートもしかして伊達ちゃん最後挨拶の時に客席から舞台に上がりたかったんじゃないか。そのためにわざわざ開演前にツイートしたんじゃないかって勘繰ってしまった。千秋楽の主役はステージ上に立ってるみんなだよあなたじゃないよ。

ひみたすやさきさまがプリパラ千秋楽、みんなお疲れ様でした!ってツイートしてるのマジで見習ってほしい

次のパラチャン合同ライブで今のずっちゃんが現行のチャンのことを考えずにドレシを神アイドルに!って言ってるところを見たくない。頼むからランガちゃんの、プリチャンの邪魔はしないでくれ。現行のプリティシリーズはプリチャンなのにプリパラアイドルが立てるのはファン応援とかプリティシリーズ10周年があるからそれを見据えて、だろうにプリパラはまだまだ現役です!みたいな顔でステージに立たないでほしい。

例えもしプリパラに続きがあるとしてもそれはパパラ宿が舞台のアイパラの続きであったりWITHやダンプリのスピンオフであったりガァルマゲやトリコロール外伝、パラ宿次世代アイドルノンシュガーであるべきでしょ。神アイドルやゴッドアイドルになったそらみドレシの続きが作られたらチャンどころじゃなく他のプリパラアイドルたち、特にアイパラ主人公ユニットのマイドリなんて立つ瀬がないよ。

続きを作るのであれば1つのゴールを迎えたユニットじゃなくてまだゴールを迎えてないユニットであるべきだと思う。それぞれのユニットがどんなゴールを迎えるのか見たいんだ。WITHに至ってはゴールどころかスタートだって見えてない。ちゃんと各ユニットとしてのスタート、そしてそのゴールを見届けたい。それなのにドレシはスタートからゴールまでがちゃんと用意されておいてまだ寄越せっていうの?それどころか今のずっちゃんだと絶対ドレシが神アイドルになってもさらに続きを〜とか言い出しそう。勘弁してくれ。

エヴァゴなんて最終話でやっとチームが組めたのに丸ちゃんツアーエヴァゴのメンバーとしてではなくソロでしゅうかとしてステージに立ってるんだぞ。最終話ユニットスタートしたしゅうかを前にしてどうしてまだ寄越せなんて言えるの?

今のずっちゃん、ドレシ、ドロシー、そして自分のことしか見えてないのが本当に無理。プリパラの他のユニットやプリチャンのことを考えて発言してるとは思えなさすぎる。

2017ウィンターライブ最後挨拶最初i☆Risだけだったプリパラがこんなに大きくなって…って泣いたり2018オータムやプリティライブでみんなの応援のおかげでゴッドアイドルになれたよありがとうー!って言ってくれたずっちゃんはどこに行ったんだろう。

もし仮にドレシが神アイドルになるまでをアニメでやるとしてもプリパラのことが好きだからちゃうし見たら見たでドレシ神アイドルおめでとう〜!って言っちゃうとは思う。でも今のずっちゃんにはやって欲しくない。そしてダンプスピンオフがあるとしたらレオナと一緒にドロシーもダンプリに行って双子の絆を見せつけてほしかったけど、今のずっちゃんが演じるならドロシーには絶対ダンプリに行ってほしくない。ダンプスピンオフライブがあったときにドレシ、ドロシーがメインみたいな顔でステージに立ってほしくなさすぎる

何より一つの区切りを迎えた作品いつまでもしがみついてるように見えるのが本当にみっともない。あなたのはもう、言えば叶うってレベルじゃないよ。いつまで過去に縋ってるんだろう。


こう思ってしまう心が狭くて嫉妬深くて醜い自分を許してください。こんな自分じゃみーんなともだちみーんなアイドルプリパラにふさわしくないね本当に

2019-04-28

アベンジャーズ END GAME は最高と最悪が同居してて辛い。

タイトルから察せる通り、以下はMCU作品群(特にエンドゲーム)の重大なネタバレを含むので、自己責任で読んでくれ。

まず始めに言っておくと、この記事通りすがり他人のクソデカ感情を吐き出すために書いたお気持ちブログであることを承知の上で読んでほしい。

暇でもなんでもいい、別に誰一人として読まれなくてもぜんぜん構わないけど、自分一人で抱えるには大きすぎる感情ジェットコースター体験した私が気持ちを整理するためのもので、読み終わった後に胸くそ悪くなったとか、そんなどうでも良いことで喚くなとかいう苦情は受け付けてない。

私が私のために書く私の気持ちを整理するお気持ちブログだ。ここまでで、なんだコイツと思ったヤツは悪いが帰ってほしい。












まず始めに言うと、このたび2019/04/26(日本公開)の「アベンジャーズ エンドゲーム」は最高の映画だった。

私は前作「インフィニティー・ウォー」を劇場で見てから「エンドゲーム」が公開されるこの日を、ずっと待ち遠しにしてきた。と同時に、死刑宣告を言い渡される日だと思ってきた。

そこについての詳しい話しは後ほどとして、弊推しキャプテン・アメリカだ。ここからは8割かれの話しになるので、それを念頭に置いて読んでほしい。


上映が始まり、私はすぐにこう思った。

最高だ。

キャプテン・アメリカカットはかなり多い方だと言って良いし、何よりその美しい顔面が際立つシーンが多くて終始動悸が止まらなかった。

登場初っぱなの髭を剃り終わったシーンなんかは大変興奮した。鏡越しに送られる目線にゾクゾクした。青い瞳が堪らなく美しかった。

過去に跳んだ先で、「アメリカの尻」と揶揄され腰からヒップラインがドアップになって私が失神しそうになったり、宿敵のフリをするために「Heil HYDRA」と言って見せたり(!)、タイミング悪く過去自分VS.現在自分の凄まじい戦闘を繰り広げたり。

最終決戦なんかムジョルニアを使って(持てたの!知ってた!!でも公式でやると思ってなかった!!)、盾とのコラボ技を披露して無双するシーンなんかもあって、私は終始死にそうだった。



公式で見られないだろうから二次創作に期待していたアレやソレがすべて公式で起こった。

何を言っているかからないだろうが私にも未だによくわからない。公式が最大手だった。

上映中、頭に過ぎるのは命日の二文字だけで、あまり怒濤の展開に呆然スクリーンを見守るしかなかった。

こんなにも美しくもたくましい推しの姿をこんな大画面で見てしまって良いんだろうか。私は明日死ぬんじゃないだろうか。

決戦が終わったとき、私は本当にそう思ってたし、うぉーがしびってあれこれの解消し切れてない部分も、これなら許せそうだと思った。

まりにも美しい終わりに涙すら出そうになった。













そう思ったこの瞬間の私をぶん殴ってやりたい。











私の地獄は、このおおよそ2時間半が終わり、あとはちょっとしたエピローグと、長い長いエンドロールだけだろうというタイミングで始まった。


彼は“キャプテン・アメリカ”の仕事として最後の後始末を受け持った。それはインフィニティー・ストーン過去へ戻す仕事だ。

なるほど、それは重要だな。

このときまだ、呑気にも私はそう思っていた。今すぐそこで見るのを辞めろ。


バナー博士が「五秒経ったら彼を時空から連れ戻す」と言った。

しかし、装置作動させても彼は戻ってこない。訝しんで、彼を見つけて。

彼は年老いて戻ってきていた。近くのベンチに座って。だから帰還に気付かなかった。

「もう自分人生を歩んでも良いんじゃないかと思った」彼がそういった。



目の前が真っ暗になった。




自分人生を歩むこと自体が悪いことではない。それは私が何処かで迎える彼のハッピーエンドだと思っていたから。

しかし、そうじゃない。そうじゃないんだ。

自分人生を歩む”と言っていいのは、戻ってきて、この先の未来を生きての話しではないのか?


なんで?

どうして?


まりの動揺に震えが止まらない。


彼が過去をやり直して戻ったと言うことは、“キャプテン・アメリカ”として行った任務を、石を返した時点で完遂したと自己判断放棄して、過去改竄して戻ってきたということだ。

MCUが何処までマルチバース採用していて、タイムトラベルによる世界分岐パラレルワールドを取り扱っているのかはわからない。

あの正規世界線の歴史が変わったわけではないのかも知れない。

それでも、だ。


吐き気すらも覚えた。

散々、タイムトラベル過去を変えるコトは禁忌であるという下地を本作で作った上での、コレ。


キャプテン・アメリカというキャラクター馬鹿にされているのかと思った。

頑固で考え方が古いかも知れないが、高潔なる精神の持ち主ではなかったのか。

自分幸せになるために歴史を書き換えるような、そんな軽率人間であったのか?


彼の信念は何処に行ってしまったんだろう? 呆然としてしまった。


私の知識はまだまだ浅い方だ。アメコミという沼はあまりに深すぎて年浅い私にはまだまだ知らないことの方が多いだろう。

それでも、複数媒体から感じ取った「キャプテン・アメリカ」の信念と、今回の彼の行動はあまりにかけ離れていたと思う。


彼は、犠牲を尊んで、彼らのためにも前を向いて歩くタイプ人間ではなかったのか?


キャラクター根本が死んだと思った。

今までのMCUでの彼の扱いは、キャラ解釈の違いで殺されるかと思ったシーンが幾度もあった。(それもすべてエンドゲーム監督作品だ)

それもコレも今日で終わりだと思った。そのはずだった。「シビル・ウォー」からずっと抱えてきたモヤモヤ解放されると思っていた。

まさか最後最後で私が彼を好きになった信念そのものをたたき折られるとは思ってなかった。



この事実認識した途端に、私は堪らなくトニー・スタークに嫉妬した。

怒りを感じたと言っても良い。但しこちらは、制作陣に対して、だが。



かにトニーの最後は、ハッピーエンドではなかったかもしれない。

それでも、彼は誰にも害のない形で己の幸せ享受した上で、自己の“ヒーローである信念”を貫き通して死んだのだ。

誰にも疑いようのない唯一無二の英雄となったのだ。




それに比べて、彼は、スティーブは?

制作陣の都合で言いように改変を繰り返されて、彼のズタズタになった信念を、きっとこの最後で修復してくれるんだと思った。

そうじゃなかった。作品を丸く収めるために良いように使われただけだった。何一つ変わらないどころか、より最悪の形で悪化した。

彼だけではない、ソーだって、前三作で作られてきた彼をすべて壊して何事もなかったように進んだ。

スティーブよりは違和感は少なかったかも知れないが、何故このタイミングで、と言う気持ちが拭えなかった。


ツイッターでは英雄一般人となって自己幸せを歩んだ作品だとか、脱マッチョイズムだとか言われてたけど。


からなんだ?


それって既存キャラクターの基盤をぶち壊しにしてまで展開してイイモノなのか? しなければいけないものなのか?

仮にやるとしてもこの集大成とも言える全員揃う映画でやるべきコトではないんじゃないだろうか。

今までの下地嘲笑っているようなものじゃないか

本当に、今も怒りで視界が赤くなる。



この映画は巨大なトニー・スターク賛美のための墓場となったのだ。


彼だけが己の正義を貫き通した。そして死んだ。

トニー・スタークを恨むモノは誰もいない。

これほどまでにキャラクター理解され、制作陣に愛されていた。

本当に本当に妬みで爆発しそうなほどだった。







それなのにトニー派の連中はスティーブを薄情者だといって責める。

スティーブの劇中での言動推しの私でもフォロー仕切れないところがある(だからといって全面的にトニーを擁護も全く出来ないが)。

からそれ自体は、特に訂正しようとか思わない。どんな思惑に巻き込まれて信念がたたき折られたとしても、それは“現実”(そと)のはなしであって、“MCU世界”(なか)には関係ないはなしだから

それはまるっと彼の罪なのだ

それでも。









心底羨ましいよ。

脳の神経がすり切れそうなほど羨ましい。






推しは美しいまま死んで、尚且つ責める相手がいるんだから


苛々モヤモヤしても作中に怒りをぶつけられる相手いるから。

自分の中でもさぞ納得がしやすかっただろう。


なんで、彼ら彼女らはこんなにも恵まれていて、私はこんなにも苦しんでいるんだろう。


私は作中に責めることの出来る人間などいない。あえて言うならキャプテン・アメリカ本人だが、自分推しを悪意的に見るほど苦痛ことなどない。

悪人悪人である所以を好きになったというなら、また話しは違うだろうが、生憎私が好きになったのはヒーローの彼なのだ

多少の欠点の他に、悪意的に捉えられるところなど、少ないはずなんだ、本来なら。

彼はヒーローだった、はずなのだ。はずなのに。








ヒーローとは、なんなのだろう。


「エンドゲーム」を見てから、一晩経った今でもずっと脳内をこの言葉が占めている。

私に過去に戻る力があるなら今からでも「ウィンター・ソルジャー」の撮影まで戻ってあの監督を始末してしまいたい。

いっそのことBIG3全員殺してほしかった。





彼の、キャプテン・アメリカのこのエンディングは、「エンドゲーム」で一区切り(実際は次作スパイダーマン区切りだが)着くMCUという作品群を丸く収め、また次のフェーズ4に繋げるためには必要で、全体的に見れば“正解”であり、納得のいくモノだったのかも知れない。他人様の感想を読んでいて、そういう気持ちに全く為らないという訳ではない。

でも、理解が出来たからといって、納得が出来るからといって、許容できる訳ではないのだ。


だって彼は、すべての人を置き去りにして、己の幸せに走ったあの男は、もはやヒーローではないのだから

それは、私の好きになった彼ではないのだ。

信念を貫くことを辞めた人間は、大体にしてこう言われる。

「昔とは別人だ」

MCU世界では彼にそうなる資格があると思っている人間が多かった。だからこそ中の世界では受け入れられたんだろうが、確かに人は変わってしまっているのだ。

別人なのだ







私はそれが受け入れられない。


ヒーローを辞めた彼には、もうムジョルニアを持つ資格はないだろう。

からこその二代目、なのかもしれないが。











今一度言うが、私の推しキャプテン・アメリカだ。

そもそもMARVEL作品を見始めた切っ掛けとして、彼の単独シリーズ第一作「キャプテン・アメリカ ザ・ファースト アベンジャー」を見て、彼に一目惚れたからだ。

そんな私の推しの彼を演じるクリスエバンスは「エンドゲーム」を最後MCUから卒業すると宣言していた。冒頭でこの日が死刑宣告の日だと言ったのは、そういう理由だ。

もう二度と推しを見ることは出来ないのだから、私は死ぬんだと思っていた。

だけど、違った。死んだのは私ではなかった。



死んだのはキャプテン・アメリカの信念だ。

巨大なトニー・スタークの墓場の奥深く下に虐げられ、無残にもうち捨てられた彼の正義が崩れ去った日となってしまったのだ。



キャプテン・アメリカの信念はすでに散々あのクソ監督兄弟に改変されまくって、ボロボロで、もう雀の涙ほどだったけど。

それでもわたしはかれらしいさいごをのぞんでいた。




一生消えないだろう傷を負った。

それなのに周りには「エンドゲーム」を賞賛する声しか聞こえてこない。

世間が信念を捨てた彼を受け入れてしまたことが苦しい。

私にとっては、それこそが何よりの“彼が死んだ証明”だった。













私の推しの新作がもう来ることはない。

この先、カメオで出演するとしても、マルチバースの信念の折れてない彼でもない限りはそれは彼ではない。

この記事投稿することによって私はキャプテン・アメリカの、スティーブ・ロジャースの死した信念への手向けとする。


二代目には彼の崇高な精神が受け継がれ、折れることのないように祈るばかりである

2019-04-20

not for me

応援しているVtuberユニットが無事誰も抜けず1周年を迎えそうだ。

とても嬉しい。Vtuberは油断してもしなくてもすぐ死んでしまうので誰も抜けず1周年を迎えられのはとても凄いことだし、本当に良かったと思う。

状況を鑑みるに1年続いたことは奇跡だと思っているし、本当に1年でここまで行けるなんて夢見させてもらってありがとうという感謝気持ちしかない。

本当にありがとうございます関係者含め関わった方すべてに感謝していますし、次の1年も違う夢を見せて欲しいと思っています

で、1周年記念に東京で大きな箱でライブをするということが発表された。

とても嬉しかったと同時にああ、分かっちゃいたけど東京かーって気分と日曜日の夜に東京なんて最初から無理だなってさらっと流したんだけど、

朝起きてこれ関西で同じイベント土曜日の夜にやったとして行くか?本当に??って疑問に苛まれて考えていた。

で、一日考えた結果。多分行かないって結論に達した。

メモ程度にその理由を列挙する。完全に個人意見なので意見反論は受け付けない。


1.正直リアルライブ行くなんてめんどくさい

→まず人気イベントチケット争奪戦を勝ち抜かないといけない。

クッソめんどくさい。

なぜそんなめんどくさいことに僕の時間を割かないといけないのか分からない。

北海道フェリー争奪戦すらめんどくさいのにそれより倍率が高い争奪戦なんてめんどくさすぎる。



2.人がごったがえしている場所に金払って行きたくない

→人が多い所に金払って長時間いるなんて耐えられない。

疲れ果てて次の日動けなくなるのが分かっている。考えただけで吐きそうになる。

人間が嫌いなのに金と時間を浪費してそんな大規模で人がぎゅうぎゅうな場所に行くなんて嫌だ。


3.歌動画が一つもない状態なのに長時間歌メインのコンテンツを見て楽しめると思えない

→歌動画の一つもなく、普段聞いている音楽でもない音楽演者が好きって気持ちだけで長時間聞く気になって心底楽しめると思えない。



4.そもそも僕が好きななのは各々が好きな事をやっている姿と仲良しの様子であって歌が聞きたいわけではない。

→日ごろから動画とかすごすごMV出してるアーティスト路線Vtuberなら音楽聞きたいし、

見たいけどそういう活動がなくて唯一アカペラで歌ってる活動しか知らない子の

リアルガチ歌唱特に現状興味ない。後、きっちり歌メインでやるなら仲良しで和気あいあいとした姿ではなくリハーサルきっちり入った姿だと思うのでそこもあまり興味が沸かない。


5.なんとなく苦手なコンテンツ臭がする

→あまりきじゃないラブライブとかアイマス臭がする。アニメのまんまのライブが見れるってあのコンテンツ正直嫌い。

アニメアニメで完結して欲しい。リアルイベントまで参加しないとファンじゃないとか言われるとはいそうですか。じゃあ、どうでもいいですってなる。

後、アニメ関係声優さんが出るイベント興味ない。


6.そもそも値段が高すぎる。

→他の1周年のVtuberさんと比べてあまりにも値段が高すぎると感じる。もちろん箱の大きさ、人気度それらすべて合わせての価格であることは分かるが、

このイベント行くのやめたらほかの子2回行けるよなーとか

好きなスポーツチケット〇回分かとか

九州へのフェリー往復で買えるなーとか計算してしまうと割高感を感じてしまう。

7.周りの温度差がひどそう

→もしそれで参加したら周りのファン人達との温度感に耐えられなさそうな気がした。

個人的にいろいろ戯言考えたけど本質は多分これ。

正直毎日常にコメントもしくはtwitterで実況している人ばっかりの中にいれられると考えたら温度差で死にそう。

マジで無理。VRで人が見えないなら耐えれるというか気にならないけど、リアルにそんな人生ささげてそうな人達の中に入れられるなんて精神が持たない。

僕も一般人に比べれば遥かに詳しいと自負してるが、見てない配信かなりあるし、ながら作業で見てるから詳細覚えてないのとかも多い。

そもそも僕はライブ配信動画劣化だと内心思っている。

塩ふって焼いただけの肉より手間暇かけた料理の方が上だというのは当たり前だと思っているし、

新年から始まった番組見てもよりその思いを確かにした。

でも、この考え方そのものVtuber界隈ではマイナーっぽい。とにかく生至上主義蔓延している。

別に僕もそれを否定する気もないし、それはそれで素晴らしいと思う。

けど、その考えの人とは分かり合えないとも思っている。

僕は生配信ファンサービスだと思っているし、月二回もやってくれたら十分すぎるというスタンスだったりする。

と、いうことを考えている僕がライブ配信信仰者の方々が多数派を占めるイベントに参加して同じノリで楽しめるだろうか?

仮定の話だからそうとう変な妄想入っているのは認める。きっと現実はそんなことないと思う。

でも、仮定からこそ頭のリソースをこれ以上しょうもないことに取られたくない。

こんなどうでもいいこと考えてる時間があるならこの前公式で出してくれた夢の集大成をもう一回見る時間に充てたい。



やっぱり僕は画面外で本人に認知されない部外者応援するっていうのが性に合ってると実感した。

イベントはもちろん成功して欲しい。本人たちは頑張って欲しいし、参加される方は楽しんできて欲しい。

でも、僕は後でイベントの様子の動画がもし見せてもらえるならそれで充分だ。

not for me

応援しているVtuberユニットが無事誰も抜けず1周年を迎えそうだ。

とても嬉しい。Vtuberは油断してもしなくてもすぐ死んでしまうので誰も抜けず1周年を迎えられのはとても凄いことだし、本当に良かったと思う。

状況を鑑みるに1年続いたことは奇跡だと思っているし、本当に1年でここまで行けるなんて夢見させてもらってありがとうという感謝気持ちしかない。

本当にありがとうございます関係者含め関わった方すべてに感謝していますし、次の1年も違う夢を見せて欲しいと思っています

で、1周年記念に東京で大きな箱でライブをするということが発表された。

とても嬉しかったと同時にああ、分かっちゃいたけど東京かーって気分と日曜日の夜に東京なんて最初から無理だなってさらっと流したんだけど、

朝起きてこれ関西で同じイベント土曜日の夜にやったとして行くか?本当に??って疑問に苛まれて考えていた。

で、一日考えた結果。多分行かないって結論に達した。

メモ程度にその理由を列挙する。完全に個人意見なので意見反論は受け付けない。


1.正直リアルライブ行くなんてめんどくさい

→まず人気イベントチケット争奪戦を勝ち抜かないといけない。

クッソめんどくさい。

なぜそんなめんどくさいことに僕の時間を割かないといけないのか分からない。

北海道フェリー争奪戦すらめんどくさいのにそれより倍率が高い争奪戦なんてめんどくさすぎる。



2.人がごったがえしている場所に金払って行きたくない

→人が多い所に金払って長時間いるなんて耐えられない。

疲れ果てて次の日動けなくなるのが分かっている。考えただけで吐きそうになる。

人間が嫌いなのに金と時間を浪費してそんな大規模で人がぎゅうぎゅうな場所に行くなんて嫌だ。


3.歌動画が一つもない状態なのに長時間歌メインのコンテンツを見て楽しめると思えない

→歌動画の一つもなく、普段聞いている音楽でもない音楽演者が好きって気持ちだけで長時間聞く気になって心底楽しめると思えない。



4.そもそも僕が好きななのは各々が好きな事をやっている姿と仲良しの様子であって歌が聞きたいわけではない。

→日ごろから動画とかすごすごMV出してるアーティスト路線Vtuberなら音楽聞きたいし、

見たいけどそういう活動がなくて唯一アカペラで歌ってる活動しか知らない子の

リアルガチ歌唱特に現状興味ない。後、きっちり歌メインでやるなら仲良しで和気あいあいとした姿ではなくリハーサルきっちり入った姿だと思うのでそこもあまり興味が沸かない。


5.なんとなく苦手なコンテンツ臭がする

→あまりきじゃないラブライブとかアイマス臭がする。アニメのまんまのライブが見れるってあのコンテンツ正直嫌い。

アニメアニメで完結して欲しい。リアルイベントまで参加しないとファンじゃないとか言われるとはいそうですか。じゃあ、どうでもいいですってなる。

後、アニメ関係声優さんが出るイベント興味ない。


6.そもそも値段が高すぎる。

→他の1周年のVtuberさんと比べてあまりにも値段が高すぎると感じる。もちろん箱の大きさ、人気度それらすべて合わせての価格であることは分かるが、

このイベント行くのやめたらほかの子2回行けるよなーとか

好きなスポーツチケット〇回分かとか

九州へのフェリー往復で買えるなーとか計算してしまうと割高感を感じてしまう。

7.周りの温度差がひどそう

→もしそれで参加したら周りのファン人達との温度感に耐えられなさそうな気がした。

個人的にいろいろ戯言考えたけど本質は多分これ。

正直毎日常にコメントもしくはtwitterで実況している人ばっかりの中にいれられると考えたら温度差で死にそう。

マジで無理。VRで人が見えないなら耐えれるというか気にならないけど、リアルにそんな人生ささげてそうな人達の中に入れられるなんて精神が持たない。

僕も一般人に比べれば遥かに詳しいと自負してるが、見てない配信かなりあるし、ながら作業で見てるから詳細覚えてないのとかも多い。

そもそも僕はライブ配信動画劣化だと内心思っている。

塩ふって焼いただけの肉より手間暇かけた料理の方が上だというのは当たり前だと思っているし、

新年から始まった番組見てもよりその思いを確かにした。

でも、この考え方そのものVtuber界隈ではマイナーっぽい。とにかく生至上主義蔓延している。

別に僕もそれを否定する気もないし、それはそれで素晴らしいと思う。

けど、その考えの人とは分かり合えないとも思っている。

僕は生配信ファンサービスだと思っているし、月二回もやってくれたら十分すぎるというスタンスだったりする。

と、いうことを考えている僕がライブ配信信仰者の方々が多数派を占めるイベントに参加して同じノリで楽しめるだろうか?

仮定の話だからそうとう変な妄想入っているのは認める。きっと現実はそんなことないと思う。

でも、仮定からこそ頭のリソースをこれ以上しょうもないことに取られたくない。

こんなどうでもいいこと考えてる時間があるならこの前公式で出してくれた夢の集大成をもう一回見る時間に充てたい。



やっぱり僕は画面外で本人に認知されない部外者応援するっていうのが性に合ってると実感した。

イベントはもちろん成功して欲しい。本人たちは頑張って欲しいし、参加される方は楽しんできて欲しい。

でも、僕は後でイベントの様子の動画がもし見せてもらえるならそれで充分だ。

2019-04-09

ドラゴンが火を吐きはじめたのっていつごろなの?

ギリシャ神話のテューポー

今日ギリシア神話として知られる神々と英雄たちの物語の始まりは、およそ紀元前15世紀頃に遡ると考えられている。物語は、その草創期においては、口承形式でうたわれ伝えられてきた。紀元前9世紀または8世紀頃に属すると考えられるホメーロスの二大叙事詩イーリアス』と『オデュッセイア』は、この口承形式神話の頂点に位置する傑作とされる。

巨体は星々と頭が摩するほどで、その腕は伸ばせば世界東西の涯にも達した。腿から上は人間と同じだが、腿から下は巨大な毒蛇がとぐろを巻いた形をしているという。底知れぬ力を持ち、その脚は決して疲れることがない。肩からは百の蛇の頭が生え、火のように輝く目を持ち、炎を吐いた。

半人半蛇だけど「炎を吐く邪悪な蛇」のイメージにはなっているかも。

ギリシャ神話怪物はだいたいテューポーの子孫だし。

ギリシャ神話ラードーン

ラードーン(古希: Λάδων, Lādōn)は、ギリシア神話に登場する、林檎園の黄金林檎を守っていた、100の頭を持つ茶色ドラゴン

(中略)

から炎を吐き、一説では顎の関節が尾にある為、体全体が口のようになっており、百の首を持つといわれている。

と、Wikipediaには書かれているが、ラードーンが火を吐くかどうかは定かでない。

何が出典なんだろ?

旧約聖書レヴィアタン

ヨブ記』(ヨブき、ヘブライ語:סֵפֶר אִיּוֹב)は、『旧約聖書』に収められている書物で、ユダヤ教では「諸書」の範疇の三番目に数えられている。ユダヤ教伝統では同書を執筆したのはモーセであったとされているが、実際の作者は不詳。高等批評に立つ者は、紀元前5世紀から紀元前3世紀ごろにパレスチナで成立した文献と見る。

ヨブ記』によれば、レヴィアタンはその巨大さゆえ海を泳ぐときには波が逆巻くほどで、口から炎を、鼻から煙を吹く。

(中略)

その姿は、伝統的には巨大な魚やクジラやワニなどの水陸両生の爬虫類で描かれるが、後世には海蛇や(それに近い形での)竜などといった形でも描かれている。

サラマンダー

プリニウス著作で唯一現存しているのが、自然芸術についての百科全書的な37巻の大著博物誌である自然界の歴史網羅する史上初の刊行物であった。

(中略)

最初10巻は77年に発表され、残りは彼の死後おそらく小プリニウスによって公刊された。

プリニウスの『博物誌10巻には、サラマンドラは斑点を持つ小さなトカゲで、雨が降ると現れるが晴れると姿を消し、体が冷たく火に遭うと溶けると記録されているが、これはサンショウウオに関する記述と考えられている。

また、『博物誌11巻にはピュラリスというキプロスの炉の炎の中でしか生きられない動物が登場しており、精霊サラマンダーこちらに近い。上記の通り、炎を操る特徴からファイアードレイクと同一視され、ドラゴンとして扱われることもある。

「ベーオウルフ」のドラゴン

『ベーオウルフ』が成立した時期は、作品内部にも外部の言及としても成立の時期を特定する記述存在しないため、必ずしも明らかではないが、8世紀から9世紀にかけての間に成ったと考えられている[3]。

第一部でベーオウルフは巨人ドラゴンとも言われている)グレンデルとその母親と戦い、第二部では炎を吐く竜と死闘をかわす。 なお、インパクトが強くかつ謎の多いグレンデルとその親に関しては言及されることが多いが、炎を吐く竜に関してのものは少ない傾向にある。だが、同時にいわゆる「ドラゴン約束事」(財宝を蓄え守っている、翼を持って空を飛ぶ、火を吐くなど)をほぼそろえている珍しいドラゴンでもある。

スラヴ神話のズメイ

スラヴ民族文字を持たなかったため、伝えられた神話民族独自に記録した資料存在しない。スラヴ神話存在した事を記す資料として、9世紀から12世紀の間に行われたキリスト教改宗弾圧の際の「キリスト教」の立場から記された断片的な異教信仰を示す内容の記述が残るのみであるスラヴ神話地方により様々なバリエーションがあったことが近年の研究により明らかになっている。

ズメイ・ゴルイニチ(「山の息子の竜」の意)の場合、3つ首以上、多ければ12体幹を持つと表現され、火や毒を噴くなど、歴然とした一般の「竜」のイメージで描かれる。

アングロサクソン年代記ファイアードレイク

アングロサクソン年代記』はアングロサクソン史を古英語で綴った年代記集大成である編纂9世紀後半のアルフレッド大王の治世に、恐らくはウェセックスにおいて行われた。

火の竜」を意味する名前の通り、炎をまとい、口からも炎を吐く。空を飛び、それが現れる時は辺り一面、昼のように照らされる。曇天の空に不思議な光が走る時はファイアードレイクが飛んでいるのだとされた。

隕石という説があるらしい。

獅子騎士イヴァン」のドラゴン

イヴァンまたは獅子騎士』(イヴァンまたはししのきし、Yvain, le Chevalier au Lion)は、1170年から1181年頃にかけてクレティアン・ド・トロワにより著作された散文騎士物語であり、アーサー王伝説主題にした5作品ひとつである

イヴァンは旅の途中で火を吐く大蛇獅子が戦っているところに出くわす。イヴァンは問答のすえ獅子に加勢し、大蛇を倒した。これに恩義を感じた獅子は、イヴァンと行動を共にするようになり、イヴァン獅子を連れた騎士とだけしか名乗らなくなる。

黄金伝説」のドラゴン

黄金伝説』(おうごんでんせつ、羅: Legenda aurea または Legenda sanctorum、レゲンダ・アウレア)は、ヤコブス・デ・ウォラギネ1230頃 – 98)によるキリスト教聖人伝集。1267年頃に完成した。

その時代エチオピアの町では一人の魔術師権力を持っていた。彼は常に恐ろしい二匹のドラゴンを連れていて、自分にはむかう者にけしかけていた。あまり大きなドラゴンではなかったが、口や鼻から火や燃える硫黄を噴出し、人や家を焼きつくしたので誰も魔術師に反抗できなかった。その噂を聞いたマタイ魔術師の元を訪れた。魔術師マタイドラゴンをけしかけたが、マタイが十字を切るとドラゴンは地面に倒れて眠り込んでしまう。

同じく「黄金伝説」に書かれている、有名な聖ゲオルギウスが退治したドラゴンは、毒を吐くが火は吐かない。

マルタが退治したタラスクは、「燃える糞を撒き散らす」と言われているけど、これ英語版では確認できなくない?

タラスクは、レヴィアタンボナコンの子なのだが、ボナコンの特徴である燃える糞」が、日本語訳されるとき混同されたのでは。

といったところから考えると、5世紀くらいまでは「火を吐くドラゴン概念は薄かったが、

8〜9世紀から伝承として語られはじめて、1012世紀頃にはすっかり定着していたという感じだろうか。

なぜ火を吐くようになったのか?

候補1:サラマンダーとの混同

サラマンダーは、火をより大きく燃え上がらせる能力があり、火山溶岩の中に住んでいるという伝承もある。

ズメイや、ヤコブドラゴンは、吐く息から硫黄臭いがするといい、火山連想させる。

候補2:雷や隕石などの自然現象に由来

ドラゴンには「地を這うドラゴン」と「空を飛ぶドラゴン」の二種類のイメージがあるが、

蛇や蜥蜴からは空を飛ぶイメージしづらいことを考えると、隕石から連想には説得力がある。

候補3:「身体が灼けるような猛毒から「火」に転じた

古典的ドラゴンはやはり「蛇」「毒」のイメージであり、

そこから火を吐くように変わっていったことを考えると、これも自然解釈に思われる。

うーん、わかんね。

anond:20190408143752

追記

というか最初、つまりギルガメシュ叙事詩(フンババ)の時点で『その口は火で、その息は死』と形容されてる。強力な怪物が火や死を吐くのは有史以前からの常識で、「最初から吐いてたが記録に残ってなかっただけ」では - cider_kondoのコメント / はてなブックマーク

フンババの咆哮は洪水であり、彼の口は火を意味し、吐息はまさに死である」というのは単なる比喩なのでは。

まあ比喩として記述されたものが、後に「そのもの」として受け取られるのは、この手の伝説ではよくあることだけれども。

仮にフンババが火を吐くとしてもそれだけで「もともと怪物は火を吐くのが常識」というのは飛躍ではないかと思う。

2019-03-31

僕がケムリクサを評価できない理由

こんなタイトルを付けているが最初に言っておくと自分ケムリクサアンチというわけでも、たつき監督アンチというわけでもない。しか特筆して好きというわけでもなく、ただ毎クール放送される様々なアニメを見ることが趣味の一介の視聴者である

また、制作側の予算スタッフの人数、制作期間等は視聴する側にとっては一切考慮するべき事柄ではなく擁護する要素にはなり得ないので最終的に出てきた作品の完成度のみについて語ろうと思う。

さて、1話から毎週視聴して先日最終話を迎えた本作についてツイッターをはじめ様々なところで絶賛されていることはご存知の通りだろう。

世界観構成、設定を小出しにする脚本ボーイミーツガールを軸にしたドラマの描き方。主観ではあるがアニメ脚本としては充分に面白い作品の部類に入るものだったと思う。

問題映像だ。

言い方は悪いがはっきり言って“ショボい”。この一言に尽きる。

キャラデザの頭身や絵柄については好みの問題であるからここはあえて言及しないでおく。

しかしそれを差し引いてもキャラクターの表情や動きが硬く声優の演技とまるで合わない。

戦闘シーンに迫力がない為にやたらと間延びしているように感じる。

主にこの2点が特に問題だ。

最終話の終盤でりんが泣いている場面などは感動的なシーンであるはずなのに、表情も演出も単調でその後の「好きだ」の一言が出るまでに冷めてしまたことは否定できない。

更に言えば今期だけでもクオリティの高いCGアニメ複数あることが余計に映像の質の低さを際立たせてしまっていて始末が悪い。

他のアニメに触れていないというので追記しておこう。ケムリクサを絶賛する人の中で果たしてこれらのアニメを全て視聴している人がどれだけいるのかは僕の与り知らぬことではあるが、例えば今期で比較対象としてアクションシーンを含むCGアニメ作品を挙げるならばrevisions、荒野のコトブキ飛行隊がある。revisionsはメカアクション、コトブキ飛行隊は空戦を描くことへの変態じみたこだわりを感じる。言うまでもなく両作品とも話の内容もしっかりとしている上に映像作品としてとても見応えのある仕上がりとなっている。

上記2作くらいの映像ならばきっと僕もいちいちこのようなエントリーを書くことはなかっただろう。

他にも、バンドリ2期もCG作画手書き作画の頃よりも安定感がありとても見やすくなった印象だ。またけもフレ2もたつき監督時代より映像面ではブラッシュアップされていることは確かだろう。

(Dimensionハイスクールバーチャルさんはアニメといっていいのか微妙なところなのでここでは置いておこうと思う)

またCG作画にこだわらなければ今期ダントツトップ作画、画面の力強さはやはりモブサイコだろう。本作は原作こそ絵は上手くはないがアニメでは細かな日常仕草から派手なアクションまでとにかく動く。劇場作品並みの動きを毎週叩きつけてくる。話はギャグに寄った回が多いものの圧倒的な作画で画面に食いついて目が離せなくなるほどだ。これこそアニメ醍醐味である

他にも約束のネバーランドどろろ、私に天使が舞い降りた!、盾の勇者の成り上がりかぐや様は告らせたい、前期から続く風が強く吹いている転生したらスライムだった件ブギーポップは笑わないSAOアリシゼーションの4作も内容、作画共に僕の中では評価が高い。特筆して作画が良いわけではないが面白い作品なら今期だけで他にも沢山ある。

ここでファンの方であれば先に僕が述べたように「話は面白い」と考えるだろう。

先ほど言った通り、特筆して作画がいいというわけではないが話が面白い作品ならば他にも沢山あるのだ。例を挙げなかった中の大半は作画は悪くないものばかりである

それほどまでに今のアニメというのは「作画がいいのが当たり前」になりつつあるように感じる。

からこそ映像面でのマイナスは悪目立ちしてしまうのだ。

では、今までアニメを見てきて作画が良くないということを理由に高く評価できない作品に一度たりとも出会たことはないのだろうか。もしかするとそういう方も居るかもしれないが、アニメに触れてきた大半の人には心当たりがあるのではなかろうか。

例えばアニメ化が決定した大好きな漫画小説ゲームがあったとする。そしてケムリクサの映像クオリティアニメ化されたとする。

人それぞれではあるだろうが少なくとも僕だったらがっかりする。それはもう尋常じゃないほどにがっかりする。実際にそのようなアニメ化を経て「クソアニメw」などと言われて涙を飲んだこともある。

オリジナル作品の利点はメディアミックスでない分、原作ファン広告としての話題性等の期待というもの存在しない点だろう。だが裏を返せばアニメというメディアを選んだ以上は映像作品としていかに魅力的であるかは非常に重要な要素だと僕は考えている。

要するに「話だけで良い」のなら「アニメである必要はない」ということだ。

ドラマCDでも小説でも良い。漫画ならば絵の上手さはかなり重視される。アニメも同じである

世に言う名作の中でも作画が悪かったらここまで評価されていないだろうという作品は両手では数え切れないほどあるのではなかろうか。

勿論話がつまらないのは論外なのだが、話が死ぬほどつまらなくともキャラクターの表情や迫力のあるアクションシーン等作画が良い為に何となく面白く感じてしま作品もあるほどに、映像アニメの顔と言える。

この作品を絶賛するということは、僕にとってはすなわちアニメの顔たる映像を「どうでもいい」と言い切ることに他ならない。

無論、作画だけで評価するわけではない。脚本演出声優の演技も、それらを含めた作品に関わる全てが必要な要素である

あらゆる作品に多くの人が関わり、より良いものを作ろうと様々な研鑽を積んでいる以上、それらの努力集大成を一つでも「どうでもいい」などと切り捨てるようなことは口が裂けても言えないし言いたくもないと思っている。

からこそ、ケムリクサは手放しで称賛することができないのだ。

こんなことは自分の中に留めておいてわざわざ人に言うまでもないことだということは重々承知している。だがあえてこうして書いたのはケムリクサを評価しない人間=アンチといったような言論を見かけ、とてもではないが自分の感じたことをそのまま言えたものではなかったからだ。

僕と同様の感想を抱いてる人はツイッター等でも時折見かけている。まとめではひどい叩かれようで過激コメントが大量についていた。

これはケムリクサだけに言えることではないのだが、もしも周囲の風潮に合わせてなんとなく賞賛している人がいるのであれば素直に感じたままを自分の中に持っていればいいと思う。作品評価できないからといってアンチというわけではないし、作品に対して抱く感想は人それぞれなのだから他人に口出しされるものでもなければ合わせるものでもない。

人が増えればそれだけ様々な感想が出るのは自然なことであるから、同時に他人意見全否定アンチ認定するような過激人間も湧いてきてしまうのは致し方ない事態ではあるが度し難いものがあるというのは否定できない。

からこそこうして僕は僕だけの感性視点を持ってケムリクサについての感想を述べた次第だ。

繰り返し言うがケムリクサの話の構成等は面白かったし、これはケムリクサアンチでもなければたつき監督アンチというわけでもないただアニメが好きなだけの一介の視聴者個人的感想である

2019-03-22

anond:20190322153010

教科主任は1年交代のまわりもちなんで、なれてないからうっかり窓口経由じゃない相談も受けてしまったという状態らしい。

味方というほどではないけど人間らしい対応はしてくれたよ。

 

学生相談室は学校パンフユニバーサル社会の実現とか障害者も学べるとか掲げてても

窓口は事務職兼任無責任者だった。

一応うつがひどくなったとき障害者手帳とれちゃったんだけど(早く返上したいよ)、

入学時に問診で障害あると書いたために、親と貞子面談したのと同一人物と、以前に入学面談をしてた。

そこで手帳コピーまでとられたのに、「個人情報法が優先だから法律曲解)」

どの講義教官にも1年間まったく根回ししてないことがわかった。

 

入学面談たか義務は済んだ。

とりま友達つくれっていっといた(うつ病状のためとてもできませんと即座に抗議したことは都合よく忘れている)。

フォローアップ?なにそれわたし仕事ではない

うつでも取りやす単位選択アドバイス??

努力すればどの授業でも全部とれますよ、あ、冬学期の履修申請の時期はわたしたち夏休みですし

万が一聞かれても細かい講義内容まで把握してませんし

要望があれば要望された先生電話で問い合わせますけど履修申請しめきりまでに間に合うことは保証できませんワラ」ってことらしい。

親は何度もくっそキレてた。

 

で、その集大成こちらがいざ冬学期の単位で行き詰まってこまったとき

相談先探したら「うちが窓口だ、貞子になってでも窓口こい(意訳)」だったわけだ。

衝撃だったよね。全く何も仕事理解もしてないんだ?

って本当にびっくりした。親つれてってよかった。

 

追記 うつでも取りやす単位にひっかかられそうだ。楽な単位という意味ではない。

講義内容を理解する頭脳はあるんだが、ある種の表現が全く受け付けなくなった。

加害表現みたいなやつでたとえば「講義を●回休んだら●●する!」みたいなよくある脅迫なかに、たまに含まれている。

普通の人なら大丈夫だし、もちろん実際にやるつもりがない冗談らしいけど、

自分はどうしてもそれを聞くとパニック障害みたいになる。

(実際にそういう行為をうけた経験があるとかではない)

必修講義選択したあとでこれをやられてしまうと、窓口経由でも教科主任経由でもいいのだが

「二度と講義中にそのワードを言わない」ことを保証してもらえないかぎり、自分は二度とその講義に出られない。

そういう意味では授業中にいきなり美女の手足切断画像をみせられトラウマになって退学してしまった美大学生との共通点は感じる。

http://ameni1952.hatenadiary.com/entry/20190301/1551434430

2019-03-20

anond:20190319145739

欲に名前をつけてそれだと確信してる人もいるようだけどその欲は何なのだという話だよね

男性のそのおおよそ生き物にあるまじき方向性の欲は進化武器なのだろうね

蛇が毒を持つように鹿が角を持つように虎が牙を持つように

混ぜたら死ぬものを混ぜて探したり登れば死ぬところに挑んだり努力を怠り衰退する道具を考案したり

さらに基礎的な欲求も一緒にいれば安寧や平穏から遠ざかる相手を好んだり

商品価値とまで認められうる美貌よりも醜悪な外見に性的欲求を抱いたり

進化というより侵食や波及というような蔓延りへの執着と探求の成果こそが

人類史集大成でありその歪んでいると自覚でき有るべきでないと理解できる

抑え難き欲求はそこにも活路が潜んでいるかもしれないという飽くなき探究心という

狂気の一つの結果なのかもしれないね

ただ明日も生きていたいという核が坂を転がり遂には自身をも押し潰す巨体となって

原初希望をも踏み潰すような

神様がかけた箍を外し解放した埒をパンドラと称した文化もあったけど

結果今に至ってもそれを理解しようと試みることはとても少ないね

明らかにうそこに道はないのになおその肉は欲するのだねえ

2019-03-05

アルバムタイトルバンド名をそのまま使う意図

この前ラジオからフェアグラウンドアトラクションの「パーフェクト」という曲が流れてきてちょっと良いなと思ったんだ

そんで今日中古CD屋さんに寄ったらば丁度それが収録されたアルバムが売ってたんで買ったわけ

そのアルバムタイトルバンド名前と同じ「フェアグラウンドアトラクション」だった

バンド名をタイトルに使えるのは1回きりしかないのだから結構勇気の要ることでしょ

集大成的な雰囲気がある

何枚目なのかとネットで調べたらこれがこのバンドにとって最初最後アルバムなのだそうだ

曲は楽しんだけどタイトルに関してはなんとも投げやりな姿勢だと思った

バンド名をアルバムタイトルにした例って他にはないか自分の棚をざっと見たらばサニーデイ・サービスにもあった

でもサニーデイはこのアルバム発表のあとも活動していたわけで、けっして投げやりにつけたわけではないんだろう

バンド名を使う姿勢にも色々だなと思った

2019-03-02

anond:20190228203242

いちいち合わせる必要ないし、数字降るとかださい

何番目かなんて知る必要ないし

FFよりはテイルズのほうが名前が好きだわ


まあスペシャルがこれまでの集大成のもののわりにぱっとしないというのはわかる

海外アルティメットくらいにすごそうな感じは欲しかった


困るのは番号降ってるタイトルなのに日本海外で番号がずれてるやつだな

日本の2が海外の3だったり


2019-02-22

もっこり半兵衛3巻

しみじみ面白い

徳弘正也集大成作品

「黄門さま」も非常にいい作品だったがさらに洗練されている。

静謐なお江戸八百八町描写が本当にいい。

平成最後を飾るにふさわしい作品

https://honto.jp/ebook/pd_29514606.html?cid=is_ebpd_srslineup_01

2019-02-11

明石順平と上念司経済についてバトっている。明石といえばトンデモ集大成のような人間で、上念の勝利は火を見るより明らかだが、驚くべきははてブでは明石側に賛同する声が多いことだろう。

はてブと言えばニセ科学やニセ医学と戦うリテラシーの高いコミュニティという印象を持っていたが、どうやらそれはただの勘違いだったようだ。

2019-02-09

anond:20190209093025

召喚魔法とか魔術の呪文かにあこがれてラノベ読みすぎて脳を痛めているのかもしれませんが

言葉文字符号です

それが連なって理解という動作脳内情報形成された状態です

そこまでは物理関係ないです

形成された情報にしたがって物理法則物理運動形成されて実行効果になります

言葉で結果がでる という極限まで情報を絞った構造を逆転的に解析すると

おっしゃっているとおりですが

結果は言葉文字といった符号理解者が仲介せずとも自然現象無限に発生しています

人間の手を加えたい局面においてのみできる範囲だけで干渉する方法

符号化して情報化しているだけです

飛んでくる石をよける方法を長々と説明したり解析したり命令したりせずとも

動物ほとんどはそれをよけようとしま

そしてよけることができます

それは 飛んでくる石を避けよ と呪文を唱えたり 空間をゆがめる力を

言葉文字によって発動せずとも 自然となるものです

言葉文字が人の行動を形成しているものでもなく

人の行動の集大成が それを参照するために文字言葉にしているだけです

道徳常識マナーがあれば法律などなくともそこに記載されていることの

ほとんどを成しえるというところから

その重要性が情報媒体の在り方ではないということがわかるでしょう

2019-02-08

ニコ動不振記事ブコメ読んだけど

正直youtubeと比べた時に何をニコ動に求めているのかわからない。

俺のスタンス

・そんなに画質悪くない

・どうせお前ら4kとか見ないしフルHDで十分じゃね?

・30分以上の動画見る奴いるの?映画見るくらい疲れるぞ

っていう感じ

・画質が悪い

ニコ動最近調整されて1080p(フルHD)まで行けるようになった。再エンコードされても1080pまでは保証されるように

2160p(4k)じゃないと嫌っていう気持ちはわかるけど、4k見られる環境持ってるユーザーどれくらいいる?

ゲーム実況でも1080pあればゲーム中の文字も読めるし十分じゃない?

ならニコ動でもいいよね?

動画の長さが30分で切られるのが苦痛

ゲーム実況RTA動画1本で完結したいというのを見たことあるけど、そんなに長い動画見る?

アニメでさえCM挟んで30分とかなのに1時間とか2時間のぶっ続け動画とかそんな見ないでしょ

動画編集上の都合でも30分くらいで区切れた方がやりやすいし

あと長いと単純に疲れるよね。映画1本見るくらいだもの

個人的には長い動画で数分に1回広告挟まるのがストレスなんだが、みんなスルーして耐えられるのかな

ニコ動なら最初広告くらいだしそこまでうざくはないと思ってる

・再エンコードされるのが嫌

youtubeも再エンコードかかるけど。投稿直後は360pしかできてないしね

大半のユーザースマホで見るからそんな高解像度高画質の設定できても無駄だよね

・重い

まだまだ重いのは否めない。

ただほんの一瞬この動画だけなんか読み込み遅いわってくらい。月に1、2回発生するかしないか

youtubeはそんなに重くならないのはすごいよね

ネトウヨ

ブコメにもあったけど、youtubeにもニコ動にもあるし……とはいえyoutubeスルーされがちでニコ動のは見られやすいような気はする

netflix

そもそも性質が違うサービスから比べられないよね。

ただ自社の金使ってできたコンテンツが「バーチャルさんは見ている」なのは正直もっと考えて欲しい

シークバー

最近プレミアム会員じゃなくてもできるみたいですよ(小声)

プレミアム入ってるので知らんけど

そもそもプレミアム会員の扱い

見るだけだと優遇されてる施策微妙すぎるの多いよね

前は

プレミアム会員なら生放送の続きが見られる!

とか

ゲームアイテムプレゼント

とかあったからそういう方面もう一度やってくれないか

・その他

他に何か気になることあれば拾いたい

---------------------------

追記

コンテンツがない

netflixとの比較だと思うが、素人投稿コンテンツハリウッド映画くらべたらまぁそうだよな

ニコ動で見るのないなら他行けばいいっていうのはわかる

biim式と淫夢

面白いと思うけどね。biim式見やすい。

淫夢はたまに見るけどもう少し内輪にならないかなとは思ってる

ログイン

去年の今頃くらいかログインしなくても見られるようになったけど、

そもそも外部のページに埋め込まれ動画は、ログインなしでも視聴できてた事知らない?

投げ銭

ニコ広告のことね

あれは動画かに対して払ってる金でユーザーに払ってるわけじゃないからな。

恩恵ランキングに載りやすいかどうかくらいだ。

今調べたら、ニコ生に対して払った広告クリエイター奨励プログラムスコアとしてうけとれるようだ

・超会議

正直赤字だし赤字ならやるなよとは言いたいけど、そういったニコニコ集大成としての場ができたことは良いと思ってる。

オフパコは超会議がなかろうとやってるだろうし知らん

派生歌い手と踊り手の超パーティーゲーム専門の闘会議ができたのは、そういった方面支援するという現れがあっていいと思う

ただ技術者焼きそば焼かせたり赤字になるのはどうにかしろ

2019-01-22

人生仕切り直したい

24男子大学院生修論もほぼ書けてもうすぐ卒業内定もある。学歴初任給だけ見れば相当いい方だと思う。けれど、大学6年間ですっかり心をやられてしまって、とてもじゃないが働ける気がしない。寝ても覚めても不愉快趣味もろくに楽しめない生活を送ってる。自分語りして整理すれば仕切り直せるかなと思って書くことにした。

高校までは田舎優等生やってた。学校の成績はいつも1位で、生徒会長やったりもして、不満はほとんどなかった。地頭はなくて数学の難しい問題は苦手だったけど、勉強はやっただけ成果が出たから、つらいと思ったことはほとんどなかった。今思うとどうしてあんなに勉強やれてたのか分からないし、「勉強しない」っていう選択肢を知らなかっただけなんだろうな。親や先生が褒めてくれるのが気持ちよくて望まれるがままに勉強してた。大学入試も難なくクリアして、いわゆる難関大学情報系に進んだ。情報系を選んだのは、ブログ運営で少し触ったプログラミングがなんとなく面白そうだったから。当時はニュースビッグデータがもてはやされていて職に困ることもなさそうだった。

大学1年目、高校の延長で真面目に勉強してたら自然と上のほうにいた。だけど、自分の周りでは、小学生からプログラミングやってて課題で褒められるやつとか、やたらレポートの内容が濃くて授業中に取り上げられるやつとか、無難試験問題が解けるだけじゃない化け物がより目立っててかなり焦った。当時はまだギラギラしてたから、すぐにプログラミング入門書とか買って自分勉強した。幸い自学する力はあったから、大学から始めた人の中では頭ふたつ分くらい抜きん出たと思う。Twitter自分勉強した内容とか発信してかなりイキってた。ただ、自分プログラミング勉強していくのは結構しんどくて、月に何日かとにかく不快で何も手につかない日があった。自分はなんて頭が悪いんだろうとか、どうしてプログラミングを楽しめないんだろうとか、そういうことをぐるぐる考えてた。

大学2年目、先輩に誘われて一緒に小さなプロジェクトをやることになった。プロジェクト過程で、プログラミング能力の低さとTwitterでイキてったのをめちゃめちゃに叩かれて人格がかなり矯正された。不健康気味だったメンタルが更に脆くなって自信とか自尊心がなくなったけど、プログラミング能力はすごく伸びたし、なによりあのままTwitter井の中の蛙やってたらと思うとゾッとするし、トータルでは感謝してる。とはいえ、そのプロジェクトやってる間は大変だった。深夜にやってた萌えアニメを録画して起きてる間ずっとリピート再生したりしてた。今なら絶対に続けられないけど、当時は「つらいことをやめる」っていう選択肢を知らなかった。

大学3年目、自信を失ったなりに必死勉強した。優秀な人の真似をしてみたり、流行りの技術に手をつけてみたり、自分の興味は二の次でひたすら迷走した。見かねた先輩に「君、意志ある?」と言われたのは今でも鮮明に覚えてる。意志はなかった。それでも、とにかく自信を取り戻したくて、別に面白くもないことを無理やり勉強し続けた。もちろん、当時は面白いと思い込んで勉強していたわけだけど。

大学4年目、研究室に配属され快進撃が始まる。たぶん人生で一番賢い時期だったと思う。きっかけはゼミの輪読。準備のために全部の定理証明したり順序立てて説明する練習をしていたら一気に賢くなった。学校先生がしきりに言っていた「論理的思考」がどういうことなのか分かって、頭の使い方が変わった。自分が急速に成長するのがわかって、すごく嬉しくて、それまでやっていたプログラミングを全部捨てて研究にのめり込んだ。指導教員聡明な優しい方で、目の付けどころが良いと褒めてくれて更に研究が進んだ。今になって振り返ると、別に研究対象が面白かったわけではなかったと思う。一般に上手くできることは面白いし、人に褒められたら気持ち良い。ただそれだけのことだったけど、寸暇を惜しんで研究をした。眠りにつく直前まで研究のことを考えて、良いアイデアを思いついたら飛び起きてメモした。

年が明けて1月卒論は早々に完成させた。同期が卒論執筆でひいひい言ってるのを横目に、ひとりヨーロッパに飛び、トップカンファレンスポスター発表コンペで2位をもらった。賞金の300ドルiPad Pro を買う足しにした。日本に戻ると、すぐに国際学会に出すための論文を書き始めた。1か月ちょっと毎日10時間くらい研究室にこもって論文を書き続けた。2月末には30ページの英語フルペーパーが出来上がって、それがトップカンファレンスに一発で通った。割と流行りの分野だったし、近い内容の論文が同時にアクセプトされたりしていて、巡り合わせが良かったのだと思う。それでも十分に異常な成果だったし、このあたりでもう博士課程に進むことになるんだろうなと考えていた。

大学院1年目、アクセプトされた論文の諸手続きや発表準備をしながら次の研究テーマを探した。博士号をもらうには更に2本国学会論文を通す必要があって、1本目の論文技術的にも精神的にも指導教員依存していた自覚があったから、次のテーマ自分の力で見出したかった。指導教員からもしばらく迷走しなさいと言われた。たぶんここが分岐点で、ここで手厚い指導をお願いしていたら何か変わっていたかもしれない。当時の自分は、博士号取得に向けたアドバンテージを得たのを良いことに、時間たっぷり使って自力研究テーマを探そうと思った。手始めにここ30年くらいの関連研究を根こそぎリストアップしてひたすら読んだ。研究テーマを見つける最短経路ではなかったけど、一人前の研究者になるには歴史を知る必要があると思った。たぶんこれが大学生活最大のミスで、大して面白いとも思ってないくせに、何十ページもある論文をいくつもいくつも読み続けた。少しずつ、論文を読むのに飽きて、研究テーマをまとめる期限がせまって、メンタルがやられていった。

翌年2月下宿クローゼットに大きな穴が空いた。もう1文字論文を読みたくない、研究テーマもろくにまとまらない、どうしたら良いんだって頭を抱えて家にこもってるところに、知り合いかしょうもない説教めいたメッセージが届いて目の前が真っ白になった。机を目一杯殴って立ち上がって、自分が座ってたゴツいオフィスチェアーをクローゼットめがけてぶん投げた。木が割れるすごい音がして、クローゼットに人の顔くらいの穴が空いた。そうするしか自分を守る方法は無かったと思うけど、引越しのことを思うと気が重い。そこまで追い詰められても、まだ教員相談しなかった。初期の成果が異次元すぎて、それに見合う研究者にならなければいけないと思っていた。

大学院2年目の5月自力学振申請書を書き上げた。めぼしい研究から無理やり話を広げてそれらしい展望でっち上げた。内心、その研究面白いとも有力な結果に結び付くとも思っていなかったけど、とにかく研究の段階を前に進めないと精神がもたなかった。指導教員コメントをもらいながら、5000字くらいある申請書を10回書き直した。申請書を書いた後は、修士論文の影もちらついていたから、申請書に書いてある内容に沿って研究を進めることにした。もともと愛着情熱もないテーマなのに、行き詰まって、読みたくもない論文を読み込んで、理論改善して、というのを繰り返す日々が続いた。折れた足で無理やり走っているような気がした。足の骨を折ったことはないけれど。

8月、ようやく研究が形になってきて指導教員ミーティングをした。それまでも月に1、2回は簡単ミーティングはしていたけど、理論も含めてしっかりと方針説明するのは初めてだった。自分メモを前に映して30分話して、色々と質問された後、この方針は厳しいねというような話が始まった。先行研究の流れを十分に汲んでおらず眉唾モノとのことで、一番近い先行研究改善する方針提案してもらった。教員からすれば僕の研究はいわば初稿、それを足がかりにして研究を広げれば良いと思って話をするのは当然だけど、僕からすると1年半の集大成が30分で水の泡になったわけで、たぶん致命傷だったと思う。事態の原因が自分研究の進め方にあったことは理解していたし、現実問題として修士論文を書かなければいけないので、そこから2週間くらいは騙し騙し提案してもらった研究を続けた。

8月末のある朝、起きたら研究をやめていた。あの朝の感覚説明するのはすごく難しいのだけど、とにかく、自分の中の何かが壊れて研究をやめていた。研究をしたくてもできないなんてレベルの話ではなくて、きれいさっぱり研究をやめていた。研究をしなくてもなんとも思わないし、すごく不思議感覚だった。そこから10月まで毎日ゲームをした。あんなに遊んだのは人生で初めてだった。途中、指導教員に「もう研究できません」といったメールを書いたところ、とても優しく対応してくださった。返信の言葉は適切でとても暖かく、もう数ヶ月早く同じ言葉を聞いていればさぞ励みになっただろうと思いながらゲームをした。成果にも指導教員にも恵まれていたし、とても貴重な機会を棒に振ったなと思った。

10月、指導教員ミーティングをした。1ヶ月半ゲームをして療養したので、もしかしたら研究ができるかもしれない、という淡い期待を持って臨んだ。8月わずかな進捗とその後の顛末を報告して、全く新しい研究テーマでやってみましょうということになった。参考文献を教えてもらって読み始めたが、アブストを半分過ぎたあたりで胃腸ギリギリ痛んで吐きそうになった。指導教員に「もう無理です、すみません」と泣きついて1本目の成果で修士論文を書くことを許してもらった。その後、就活をして内定をもらった。大学での成果を振り回して精一杯の虚勢をはったので、さぞ優秀な学生に見えたと思う。会社内定と同じくらいの時期に、学振内定通知も届いた。申請書に書いた展望はまるっと没になっているが、一体どんな素質を見出されたのだろう。

そうして今に至る。研究ではそれぐらいの挫折はよくあることだよ、とも言われたけど、それを乗り越えられるほどの情熱や興味はなかった。というか、乗り越えて平気な顔で研究を続ける人の方が狂ってると思う。努力は夢中に勝てないというやつ。何か夢中になれるもの出会いたいと思うけど、何かに夢中になりたいって言いながら年を取るんだと思う。何をやったとしても、上達するにはどこかで自分に負荷をかけて頑張らないといけない。そこで夢中でいるための気力を大学の6年間で全部使い果たしてしまった感じがする。つらいことや興味のないことを頑張りすぎた。

社会に出て働くわけだし、流石に関連技術勉強しなければと思うのだけど、ひたすらつまらない。以前の自分なら、会社評価されそうな技術を喜んで勉強したと思うのだけど、そういうギラギラした熱意は失われてしまった。たぶん研究に全部持っていかれた。どの分野もどの技術もつまらない。物事の細部や深い意味に立ち入りたいという欲求が一切湧いてこない。自分知的好奇心の乏しい人間であることを痛感する。この状態で働き始めて、仕事を続けられる気がしない。毎日少しずつ自分が衰えていくのが分かってとても怖い。何か努力をしなければと思うけど、何をしてもつまらなくて30分ともたない。何も努力していないから、手放しで遊ぶこともできない。人生どん詰まり状態。早く仕切り直したい。

2019-01-20

ぼくがMリーグを観なくなった理由

昨年10月に開幕した日本初のプロ麻雀リーグMリーグ」。

現在は予選も終盤となりより一層盛り上がっていくことであろうこのMリーグですが、僕は開幕時から視聴してパブリックビューイングという実際に試合会場近くまで足を運んで応援するというイベントにも参加してきました。それだけこのMリーグを楽しんでいたし、これからの発展にとても期待しています

しかし、今の僕はほとんどMリーグを観ることが無くなってしまいました。

別に興味が無くなったわけではない。単純に疲れてしまったのだ。今回はこの理由について書かせてもらおうと思います。そしてもし「麻雀は好きだけど分かる」という声があればお聞かせください。

そもそもこんな話をするお前は何者だというところをお話します。僕は別にプロ雀士でもなければアマチュア強豪というわけでもなく、むしろ一般的に見ても雀力が高いとはいえないようなただの麻雀好きな男です。

麻雀を始めたきっかけはゲーセン麻雀格闘倶楽部、麻雀を観るようになったきっかけはAbema TVという、およそ平均的なイマドキの麻雀ファンだと思ってます

そんな僕に衝撃をもたらしたのは、Mリーグ開幕の吉報です。

名前の通りJリーグなどのナショナルリーグ化を目指す試みであり、今までは複数あるプロ団体主催する独自リーグプロリーグとして認識されていた麻雀界に対して、スポンサードによる年俸制という革新をもたらしたのです。(そのため、前述した日本初のプロリーグには語弊がある)これはよりいっそう麻雀を楽しめる!!そう思っていた僕のところに思わぬ訃報が届けられたのはMリーグ開幕後すぐの11月末のことでした。


「RTDリーグの終了」です。




RTDリーグ終了の衝撃とMリーグとの差異

RTDリーグとは先に述べた各プロ団体主催するリーグ戦ではなく、かといって最強位のような超短期戦でもなく、招待選手たちが1年という長期間渡り繰り広げるリーグ戦で、AbemaTV麻雀チャンネルオリジナル企画であり看板番組でした。この番組たまたま視聴したことが、僕が麻雀を観るきっかけとなり、ひいては観る雀が習慣化されるきっかけとなりました。

この番組2016年からまり2018年の3シーズン目は入れ替え基準不明確だったものを降格制度を導入して明確化し、「勝ちたいけど負けるのはもっと嫌だ」という選手たちの葛藤を間近に見ながらよりドラマのある展開となり(個人的には藤田社長の不参戦や、やや冗長にすぎるインタビューなど不満な点もありましたが)、10月に行われた決勝戦の結果小林剛プロの優勝で幕を閉じました。

また来年もこの熱い戦いを観ることができる、そう信じていた視聴者もきっと多かったと思いますしか番組最後に流れたアナウンスは、無情にもRTDリーグ終了のお知らせでした。

そして、その理由Mリーグにありました。

Mリーグ放送母体ほぼほぼRTDリーグと同じで、Mリーグに出場する選手の大半はRTDリーグ選手と被っています。そのため並行して行うことは難しいという判断だと思われます

当初はもちろんこの訃報を悲しく思いましたが、その分Mリーグ応援しようと思いました。しかし、このシコりは次第に大きくなっていきます。RTDリーグMリーグは大きく違っているのです。


観る雀は、疲れる

僕がMリーグを観なくなった1番の理由、それは「週4回という放送スケジュールを追いきれなくなった」に尽きます

Mリーグは月曜、火曜、木曜、金曜の午後7時からそれぞれ半荘2回を行います毎日およそ3時間強で、RTDリーグの単純に2倍の時間です。(RTDリーグは月曜、木曜の午後9時から半荘2回)

そして麻雀真剣に観るのは、とても疲れます

選手思考に思いを馳せながら観るのは観る雀の醍醐味であると僕は考えています。そして視線は常に牌姿にいくため、常に集中する必要があります

もちろん流し見をする人もいるかもしれませんが、麻雀は盛り上がりの場面が明確ではなく、いつその瞬間がきてもおかしくないのです。実況が盛り上がってきてから観ても、それまでの牌の動きや選手思考に追いつかず、「ただ良い手が入っていたから勝った」だけのものになってしまます

そのため僕はRTDリーグを観るときはコンディションを整え眠い時は後からビデオで観るというのが常でした。それでもRTDリーグは週2回、追いつくことは難しいことではありません。

しかMリーグはその倍の週4回。僕は1月20日現在12月上旬試合のところで停まっています

それでも追いつかなくちゃと当初は睡眠時間を削って観たり、食事をとりながなら観るなど、それまでしていなかった「ながら見」をしてでも追いつこうとしました。

そうなると今度は現在ランキング違和感を覚えてくるのです。あれ、Abemasいつのまにこんな下に?とか。それは「ながら見」を行ったが故に、試合の結果が頭に入っていなかったのです。

そして、それは次第に試合内容にまで及び、ビデオ再生して見終わったものが実は既に一回観終わっているものだった、というのもザラにあります。これではとても麻雀を観ている、とはとても思えなくなってしまいました。


Mリーグは、長い

もう一つ決して小さくない理由として、試合以外の要素が多すぎるという点が挙げられます

戦前選手紹介や毎回代わり映えのない対戦前インタビュー(そもそも選手に毎回インタビューの内容を面白く話せという方が無理がある)、そして長すぎるヒーローインタビュー(これについても松本圭世さんはものすごく麻雀勉強してるし自分の色を出しながらインタビューして選手個性を引き出そうと並々ならぬ努力をしていますが)などなど、RTD2018を観ていてやたらとインタビューが増えたことの集大成として実に1回あたり30分近く対局以外の時間があります

もちろん対局だけ映す今までの各プロ団体主催リーグとの差別化を図り、よりドラマティックにエンタメ化をはかる上では必要なのかもしれないが些か長すぎるのではないかと…。


結びに

僕は今も麻雀は大好きですし、先日の麻雀チャンネルの新春特番など面白企画をこれからAbemaTV様には続けてほしいので僕はこれからプレミアム会員でい続けます

しかMリーグに対して真剣に追うことは現在体制下では自分生活リズム範疇での視聴を大きく超えているため、今後もないでしょう。結果だけみてもチームの点数だけなのでイマイチどのプロがどう勝ったなど分かりにくいところはありますが見るくらいはするでしょうがビデオでの後追いを時間ができたときにちまちましていくことと思います。このタイミング記事を書いたのはなんとなくですが、Mリーグの盛り上がりに水を差したいわけではありません。来期以降のスケジュールを考えるうえでこういった意見もあるということを垂れ流したかった、ただそれだけです。

2019-01-07

anond:20190107193344

金管が音圧で他の楽器の響きを吹き飛ばすみたいな演奏とか、フルートドビュッシーだのシベリウスだのでソロ吹いてるときだけ悦に入ってるってのが、まさにあるあるなんだよなあ。

あるいは古楽に走ってトラヴェルソ更にはリコーダーに目覚めるとかね。

でもさ、結局クラシック音楽現代まで残る結果を残した張本人ベートーヴェンなわけだ。

そんでベートーヴェンは、ハイドンモーツァルトが築き発展させた古典派の集大成をやった人。

古典派(Classicism)はラテン語のclassicus由来の単語=古代ギリシャローマ芸術を正統的で模範的ものと捉えるという考え方に基づいていて、要は最高のコンセプトってことでしょ。

まり古典派がクラシック音楽正統派の中の正統派ってことじゃん。

てか絶対音楽とか言われるくらいだし、原点として絶対蔑ろにできないわけで、軽視する神経が理解できない。

バロックヴァイオリン弾く人だってモダン楽器古典派の楽曲の1つも弾けなきゃダメという話もあって、やっぱり古典派の存在感ヤバい

そして、そういう古典派に比べたら、様々な語法やイズムが乱立し始める近現代は、古典落語に対する漫才とか大道芸とか手品みたいな、要は色物演芸ってことにならない?

そこはジャズロックと決定的に違うと思うんだが。

2018-12-24

anond:20181222112717

これから地元でショーとトークイベントってことは、俳優が参加するファイナルライブツアーかな?

元増田が何に参加するのかわからないけど、個人的意見書いとくね。ちなみにイベントに来る大人の大半は女性だよ。

※※あくま個人的意見感想です※※

●●一般的ヒーローショー●●

1.概要

スーパーとか遊園地とかでやる、いわゆる普通に想像されるヒーローショー。多くの場合無料公演

2.内容

・変身後のみ。俳優は登場しない。

オリジナル脚本なのでキャラぶれしてることもあるが、公演によっては主人公がメインではなく、好きなキャラが深掘りされることがある

スーツアクターイベント会社が用意するので、アクションや演技、声当てはそこまでレベルが高くない

・公演後に握手会をすることが多い

3.観客

・完全に子供向けなので、大人の肩身は正直狭いが、スルースキルを身につければ参加自体問題ない

・もちろん子供邪魔にならないところで見るべき

写真OK場合が多い(公演によって異なる)

●●屋内有料ヒーローショー(通常公演)●●

1.概要

Gロッソアドベンチャーホールなどで行なっている、スーツアクターによる有料のヒーローショー

2.内容

・有料なのでクオリティ保証されている

アクターや声当てはプロが務める。ワイヤーアクションSEもきちんと存在し、脚本もそこまでぶれない

・公演後に有料握手会を行う

・何公演も行うため、チケットは取りやす

・会場により撮影は可、不可が分かれる。可の場合は一眼ガチ勢もいる。不可でも握手会撮影会は写真OK

3.観客

・通常の公演は半分以上が親子連れ。ただし大人ソロ参加も多くいる。ちなみに大人だけの参加は多くが女性。きちんとした座席もあり(Gロッソ座席指定)、チケット代を払っているため、気負うことなく参加できる

●●屋内有料ヒーローショー(特別公演)●●

1.概要

Gロッソで秋〜冬の特定期間にだけ行われる、テレビシリーズ俳優が出演するヒーローショー。通称素顔の戦士

2.内容

・通常のヒーローショーの脚本の一部に俳優が登場する。日に何公演もある

・何公演も行うため、握手会はなし。当然写真撮影ダメ

3.観客

・半分親子連れ、半分大人最後の方の公演になると、大人の参加の方が多くなる。大人の大半は女性だが、今シリーズハロオタがいるためか男性の参加も多い

シリーズの人気度にもよるが、初日や楽日のチケットは取りづらい。人気シリーズはそれ以外も取りづらくなる。今年は非常に取りづらい

ペンラやうちわなどは禁止あくまヒーローショーなので、キャラではなく俳優に対する声がけは推奨されない

●●テレ朝夏祭り●●

1.概要

俳優が参加するトークなどのテレ朝で行う夏のイベントライダーシリーズと交代で俳優ステージに立つ

2.内容

・短いヒーローショーに、俳優によるトークがある。日によってステージに立つ俳優が異なる。平日にも行うため、推しスケジュール次第では地獄

整理券存在し、無料で参加もできるが、有料パスを買うといい番号がもらえる

写真撮影ダメ

3.観客

・親子連れ半分、大人半分。大人比率ほとんど女性女性の中には俳優オタも多い

キッズゾーンがあり、大人はその周りから見るため、かえって気負うことなく見やす

●●英雄祭●●

1.概要

・毎年年明けに行われる仮面ライダー戦隊シリーズお祭り

2.内容

・前半がヒーローショー、後半がトークライブという、色々詰まったお祭り的な内容

・参加は有料。座席指定されている

最近はTTFCやその他サービス配信もしている。後日DVDとなる

写真撮影はもちろんだめ

・物販が毎年クソ

3.観客

体感的には親子連れが4割、大人が6割。女性男性比率は半々くらい

・後半のトークパート子供が飽きてることが多い。ライブパートは昔の曲も多く歌うため、知らない曲には乗れないという人は事前学習必須うちわは確かダメ

ペンラは必須

●●ファイナルライブツアー●●

1.概要

戦隊シリーズの放映後に俳優が全国を回り、トークライブなどを行う有料のツアー

2.内容

・前半がヒーローショー、後半がトークライブキャラソンを出しているシリーズ俳優が歌うこともある

戦隊シリーズ集大成的なイベントのため、見届けたい人は参加を推奨。DVDにもなる

・参加は有料。座席指定されている

地方で行うため、チケット比較的取りやすい。ただ今年はハロオタもいるため、正直読めない

写真撮影はもちろんだめ

3.観客

シリーズの人気具合にもよるが、静岡など最初地方は半分強は親子連れ。最終地方大人けが多い。大人の男女比率女性が高め。ソロ参加も多い。

ライブもあるためペンラ推奨。今年の公演の詳細は出てないが、個人的にはやはり作品のショーなので、うちわは持ってこない方がいい

こんな感じです。

上にも書いたけど、あくま個人的意見なので参考程度にしてください。

無料イベント以外は大抵座席指定なので、子供を押しのける、といったことはないので安心してください主催側も、昔の曲をやったりなど大きいお友達の参加を想定して企画してます

ただ、あくま作品イベントなので、俳優名前を叫んだり、うちわや布を持っていくのはどうなのかなと個人的には思ってます子供にはその俳優ヒーローなので。

女性ソロ参加、普通に多いので気負うことなく参加してね。

2018-11-08

anond:20181108130105

デカルト科学検証以前は実は宗教周りが知の集大成だった。

神学にも深くで科学発見をした奴は初期科学はいく人もいる。ニュートンとかガリレオとか

2018-10-17

感情移入させる事で金を稼いでるって自覚が薄いスポーツ選手

最近話題パラリンピックポスターだけどさ、あれって結局の所はスポーツ選手人生にやたらと感情移入しまくる風潮の成れの果てんじゃないかな?

スーパープレーにすげーすげーと驚くだけで良かったのにいつの間にか、『ベーブルースホームラン打ったら手術をするよ』みたいな事をメディア視聴者が繰り返しまくって何かあったら『勇気をもらった』になっちゃうからこんなに話が拗れるんじゃないかね。

もし皆がスポーツに対してもっとドライだったなら「せやな。まあ頑張れよ」で終わったんじゃないの。

まあでも、もしもそうなら今ほどスポーツ観戦って分野が盛り上がってなかった可能性は大いにあるよね。

スポーツの観戦において、勇気を貰いたいかルールはよく分からないけど試合を見に行きましったてにわかファンがどれだけいるんだろうか。

ファンになった人の何割が最初はそういった形で入ってきたんだろう。

そういう人たちが払った入場料とか寄付とかでスポーツ業界の何割が支えられているんだろう。

そして、パラリンピックなんてまさにその「勇気をもらいたい」の集大成じゃない?

運動会で脚の遅い子が頑張って走るのを応援するような気持ちの延長線上にある感情を多くの人がぶつけてると思うよ。

そうじゃない人もいるだろうけどそれはきっと少数派だね。

だってテレビキャスターが口にするフレーズを見てご覧よ。

大部分の人は可愛そうな人たちが頑張って体を動かす姿に感動したくて応援しているのが分かるよ。

少なくともメディアはそういう方向に誘導しているし、「障害があるからじゃなくて純粋に凄いんですよ」と口にするときでさえも「障害があるのに障害を抜きにしたプレーが出来るなんて凄い」が見え隠れしてる。

そしてその中には「あの人も(障害があるのに)頑張っているんだから自分も頑張らなきゃ」がタップリと含まれているんだよね。

そうして「私も頑張ろうって気持ちを貰いました」の応援が降り注ぐがゆえに大きな大会を開いてもらったりサポートを受けている立場にいるのに、「アレはあくまで私の個人的感想」って言うのはなんか酷くない?

じゃあ今まで「障害があるけど頑張る人たち」に対して「苦手な事があるけど頑張って生きる自分たち」を重ねたからこそ応援していた人たちはどうなるの?

今更、まるごと切り捨てるの?

それって流石にちょっと酷じゃない?

そこまでやるなら思いっきヒールに徹する覚悟必要だと思うんだけど、どうもその自覚が無さそうなのがモヤモヤって来るな。

自分が今いる場所の足元に、一体どれだけの感情移入が埋まっているのかに対してあまりにも無自覚だと思う。

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