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2019-04-21

anond:20190421204318 anond:20190421204318 anond:20190421205952

ご参考までに

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190420-00010003-huffpost-soci

要約すると逮捕されてない私人に「容疑者」はつけない。また、一般的には氏名の公表もしない。今回、氏名を公表したのは有名人業界の)だからってこともある。逆に皆さんが言う「上級市民」だから氏名公表されたという被害を受けてるって面もある。後、逮捕されてないのは加害者入院してるから退院したら、逮捕、もしくは在宅起訴になるだろう。

おまけ

https://kantaiki0219.com/%E9%A3%AF%E5%A1%9A%E5%B9%B8%E4%B8%89%E3%81%8C%E9%80%AE%E6%8D%95%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%84%E6%9C%AC%E5%BD%93%E3%81%AE%E7%90%86%E7%94%B1%E3%81%8C%E5%88%A4%E6%98%8E%EF%BC%81%E5%85%A5%E9%99%A2

2019-04-20

入院して感じた家庭環境の危うさ

少し面倒な病気入院治療をしたんだけど、その時にハッキリと感じた我が家の危ういところを記録がてら書きたいと思う。

まずは母の行動。

手術の関係で喉から大量に出血したのに、翌日お見舞いとしてフルーツの盛り合わせを持ってきた。病院食すら食べきるのが難しいのに、食べ物差し入れをした人は初めてだと看護師さんが半ば呆れながら笑っていた。退院前日に残したフルーツを持ち帰るよう頼んだ時の不機嫌な顔が頭から離れない。

次に父の行動。

退院の送り迎えをしてくれたことは感謝している。しかし、とにかく無関心。まだ傷口が塞がりきっていない中で終始速足で移動。付いていくだけで一苦労だった。周囲からはお忙しい人ですね、なんて言われたけど仕事引退しているし家では寝ている。当然、病状については一言の会話もない。

最後兄弟の行動。

たびたびお見舞いに顔を出してくれたが、必ず甥を連れてくる。騒がしくなると同室の人に悪いので、安静が必要だったがロビーまで移動して話をした。なぜかロビーで甥が脱いだ靴を履かせたり、こぼした水を拭いたりするのは自分役割だった。

小さい頃に多少ネグレクト虐待はあったが、親が離婚しているわけではないし、死ぬほど暴力を振るわれたわけでもないので気にはしていなかった。

だけど、なんだろう。この感じ。家族が皆、世間様に文句を言われないように役割だけを果たしている感じ。いや、そういう環境で育った自分にも、充分にそのような素養はあるのだろう。

親戚もお見舞いにきてくれたが、父母と距離を置いている人が多い。

病気の他にも、今後のことについて色々と考えていく必要があるかもしれない。

2019-04-08

中高年ひきこもり

友達がこれなんだよ。

7年前に勤めていた会社廃業になってそれからずっと無職実家母親年金を頼りに暮らしている。

どうしたら力になれるのか、ずっと考えてる。誰かわかるなら教えて欲しい。

失業してから半年ぐらしは職安行ったり面接に行ったりしてたみたいだけどすぐにそれも無くなった。

会うたびに「ちょっとゆっくりしちゃったけどそろそろ本気で仕事探そうかと思うんだ」と言う。

でもしない。

高齢母親の面倒を見なきゃと言うのが最大の言い訳だけど、でも寝たきりでも病気でもないじゃん。

出かけたりもほとんどしない。家とスーパーを往復するだけ。

で、「最近ちょっと出不精で」と言う。

派遣にでも登録してみたら、と言うと「そうだよね。登録してみようかな」と言うけどしない。

在宅の仕事とかもあるよ、と言うと「そうそう、そういうのいいなと思ってたんだ」と言うけどしない。

次に会うと結局何も変わっていなくてまた同じ会話を繰り返すだけ。

この前たまたまた見かけた求人を「これいいんじゃない、応募して見たら」と思い切って勧めてみたら、「もうそう言うの止めてくれよ!どうせ何にもしないんだから」とブチ切れられた。

じゃあどうしたらいいんだよ。

いつも言ってる変な言い訳まさか本気で信じてるわけじゃないよな。

自分でも本当はわかってるんだろう。

働かないために言い訳を作ってるだけだって

よく親の年金暮らしてた子供が親が死んで行き詰まって...みたいなニュースが出ると「周りに手を差し伸べてくれる人はいなかったんですかね」とかコメンテーターしたり顔で言うけどさ。

じゃあこいつをどうやって助ければいいんだよ。

誰か教えてくれ。

追記

朝起きたらバズっててビックリした。中高年引きこもりなんて誰も興味無いと思ってたので。

色々参考になりました。

とりあえずたまに気晴らしになるように連れ出して、会っても仕事の話はしないようにしようと思う。

自分には仕事紹介するほどの甲斐性は無いし、出来るのはそれくらいなんだな。

あと、変な言い訳ヘラヘラ笑いながら言うからイライラしてたけど、レス読んでて本当は俺が思ってる以上に精神的に追い詰められてるのかなと思った。

別に働かないのが悪い事とは思わないし、高等遊民上等だけど、「そろそろ貯金が底をつく」とか言われるとどうしていいかからなくなる。

あ、でもたかられたこととかはないです。念のため。

俺は持病持ちで、一時期入退院を繰り返してたんだけど、その時よく見舞いに来てくれたのがこの友達なんだよ。

退屈だろうからって20巻くらいある漫画を持ってきてくれた。

でも一巻だけ抜けてて、後で聞いたら俺と同じ病気のヤツが死んじゃう話が出てたかだって

それを思い出すたび、友達のために何か出来る事は無いのかなと思うし、出来れば幸せになって欲しいと思う。

見下してるとか言ってるヤツ、糞ニートだと決めつけて見下してるのはお前らの方だろ。

友達はいいヤツなんだよ。

2019-04-05

三年以上精神科入院してて先週退院した23歳だけど人生詰んでる

高校2年のときに体調を崩し始めて、体の不調がだんだん精神的な不調に変わり始め、

最初の三ヶ月の精神入院をはじまりとして

退院→2ヶ月おきに再入院、を繰り返してた

ちょうど三年前、ガチ自殺未遂やらかして、それから一週間前までずーっと入院

しかも途中で突然幻聴がはじまり、病名が気分変調症から統合失調症に変わった

色々な薬を試したり、カウンセリングを受けたり、精神コントロールできるように色々努力して試行錯誤して、やっと一週間前に退院した

気がつけば23歳(今年で24)になっていた

3つ年下の妹は大学の三年生になっていて、勉強したりバイトしたりしてる

高校時代の友人も大学卒業就職し、順調に人生の歩みを進めている

それに比べて自分は、高卒認定こそ取ったもの学歴上は中卒 就労経験もほぼ無し(たまにラ×サーズなどで在宅ライター仕事をしたり、絵が得意なのでソシャゲなどのイラストレーター仕事はしてる)

今回は入院期間が長かったこともあり、主治医デイケアを勧められ、週に3回通っている

退院して一週間、今の所は遅刻休みもなく通えていて、デイケアが無い日にも映画を見に行ったり活動的に過ごせてた

でも三年間も入院していて免疫力が低下していたのか、昨日起きたら風邪をひいてしまっていた

風邪はいつか治るけど、デイケア通いに支障が出たり、そのせいで生活リズムが崩れてまた再入院、ということになったらどうしよう

私もう24なんだよ

普通ならみんな働いてる年なんだよ

なのに私は1銭も稼がず(退院したてなので在宅ワークも禁じられてる)親の脛かじって生活してる

職歴なしってほんと流石にやばいよね、高校だってバイトしてるのに

また再入院したらどうしよう、とか、大学行きたいけど受かっても毎日ちゃんと通えるか、とか、こんな経歴で雇ってくれる会社なんてあるのか、とか

病気についてみんなに知って偏見をなくしてもらいたくて

今までの経過や生活手帳を取得したことなどをFacebookに書いたら

5人の子ブロックされた 聞いたところによると手帳もらうほどの糖質患者は付き合うに値しないらしい

病院でも「働いた事ないの?!」って何回驚かれたことか

仕方ないじゃん あなた発症も遅かったかバイトくらいはできてたのかもしれないけど

こっちバイト禁止高校の途中で発症したんだから

でもそんな言い訳就活では通用しないんだろうな

また再入院したくないよ ちゃんとみんなと同じように大学いって就職たかったよ 

生きていくのが怖いよ

でも風邪のんだら熱下がったし 明後日デイケアの日だから頑張ろう

2019-04-04

入院患者を罵りたい

精神科入院患者を罵りたい。

お前ら、病気治す気ある?退院出来たとして(というか3ヶ月でポイーされるわけだが)生活していける?院内で仲良しこよしごっこをするのは大変結構だけど、ちゃん自分と向き合って、課題見つけて、解決に向けて努力しないと意味ないよ?どうせお前らは環境や周囲の人間のせいにして、また舞い戻ってくるんだろうけどな!スマホ没収され、馴れ合うしか暇を潰す方法が無いんだろう、かわいそうに。

以上、同じく入院患者KKO(かっこよくてかねもちのおにいさん)からメッセージでした笑。届けメッセージ!って、あいつら通信機器持ってないからなー笑。

うーん、、やっぱり俺もビョーキだわ。

2019-04-03

anond:20190403134837

今時は受け取らない病院が多いけど受け取る所もまだあるんだね

現金じゃまずかろうと菓子折用意→それも固辞される

→ただでさえ量が多い退院時の荷物に「持って帰らなければならない菓子折」が加わる

ってなケースは何度か見た

2019-04-01

anond:20190401225413

元増田ですが、様々な症状の人が入り混じっています。文中に書いたように、痴呆から統失まで。3ヶ月以内に退院が基本ですが「常連さん」や長期の方もいらっしゃるようです。

そういう方々は、確かに制限も強くかけられていて、通信機器はもちろん、外出もNGなので、刺激が欲しいというのもあるかもしれませんね。

比較コミュニケーションは取れる程度の疾患のようですし、なおさらもどかしい気持ちを抱えているのかもしれません。

あと、私の中には「俺はお前らとは違う、そこまでひどくない」といった差別意識があるのでしょう、悲しいかな。

anond:20190401222621

そんなことしてるからなかなか退院できないんだよな、中に「ともだち」ができちゃって、元の世界に戻りたくなくなるやつ。退院後連絡取り合えばいいじゃんって思うんだけど、なんか違うみたいね毎日顔を合わせて、長い時間一緒にいられる、退院したらそんなこと出来なくなっちゃうからね。

入院患者が話しかけてくる

入院患者が話しかけてくるのがウザい。それも1人じゃないなぜか複数人に話しかけられる。

ウザイです」「話しかけないでください」などハッキリと言ってしまえば済む話なのだが、そういう言い回しは苦手だ。

「あぁ…へぇ…」「すみませんトイレに…」などと曖昧な態度を示す私が悪いのかもしれない。

入院生活、寂しく心細くなるのかもしれない。

誰か話し相手、あわよくば、友達が欲しいのかもしれない。

…ううううううううううううううううっっっっぜぇぇぇっっっっーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!?

知らんがな、お前の寂しさ、知らんがな。

お前は家族でも友人でも知人でもないし、今後病院を出てから関わることは一切ないし、というか、ぜーったい関わりたくないし、そっちの一時的感情他人を巻き込んでるんじゃねえよ!!

お前、ここ、なんだと思ってる?精神科だぞ?

メンヘラ(一口メンヘラと言っても鬱、統合失調症発達障害、はたまた認知症などベースとなる疾患は多岐にわたるが)同士が傷舐めあって仲良しこよし(*´v`)フフフノフ♪

なーんてやれるなら、さっさと退院して社会復帰しておしまい!!

俺はまだ自分のことでいっぱいいっぱいだし、お前らが親しげに話しかけてきても対応する余裕はない(大前提として、元気だとしても対応したくはない)。

あ、ちなみに、俺も入院患者っす!

同族嫌悪ってやつですかねぇ、しろくまさーん!

2019-03-21

風疹感染

都内30代男。風疹認定受けて、ようやく回復警鐘を兼ねて記録を残す。冗談抜きで死にかけた。

結論

妊婦の為とかもあるが、まずは自分の為に予防接種行ったほうがいいぞ…単身者孤独死リアルに目の前に来る。

特に花粉症持ちは。

---

3/13:熱っぽくて、関節が痛む。花粉症酷いな…と午後半休取って帰る。地獄の始まり

3/14:熱下がった気がして、無理して会社行くも、駅までの自転車意識を失って公園の車止めに突っ込む

夕方くらいに目が覚めると「知らない天井d…あああ!痛い!肩?手?痛い?!なんなの??」鎖骨骨折左手打撲、メガネ紛失、左頬に十字傷。

3/15:退院。まだ痛い!病院出た瞬間にクシャミ!頭も痛い!あれ?背中かゆい!?目も痒い!もうなんなの?!八王子一帯燃やしに行こうかしら??

タクシーに頼り帰宅し、何とかしてパジャマに着替えるも、背中痒い??骨折怖い!スマホ写真撮るとサラミみたいな模様がが。アレ、、これは。

画像検索すると「風疹」と…マヂカヨ。

爪でかくといつもとは違う感覚。これアカンやつや…しかし手が止まらない、かろうじて無事だった右手を持ってこうとすると鎖骨に激痛。痛い!でも痒い!

ほぼ寝れずと思いきや、花粉症薬が睡眠薬となりパタリ。

3/16:起きたらシーツに血が。無意識で?あちこちに引っ掻き傷が。もう、お嫁に行けない。

かかりつけ医電話して、素人判断風疹ぽい事を告げる。昼休みにお客居なくなったら連絡スッから来いと。区の受診票があればタダだよと。

調べてみると、、

・紙

港区保健所まで取りに来い

・後日色々判定して郵送

はい。無理。

諦めて家を出る。いつもなら徒歩5分の距離だが…服痒い!

腰とか下半身ピリピリする?!尻ポケットに手を突っ込んで掻いてる。こんなん通報されたら終わりや?!

ダメだ足りない。今なら誰も居ないし今ならワンチャン…と鼻水と涙で濡れた瞳のオッサンベルト外しかけるも、右手一本では外せず断念。おのれ八王子

検査結果は数日かかると言われるも、会社サボってるアレになるかなーて下心で依頼。

飛ぶ。

3/19:食欲ない…この3日備蓄ポカリ非常食ゼリーしか食べてない…

痒みは消えたが、トイレに行くと熱による立ち眩みが。間に合わずちょっと出る。

シャワーも入ってないから、花粉流せないし、別の意味で痒い。痛みはロキソニンで誤魔化せてるが、いつまでコレ?回復の見込みが全く立たないし、ずっと寝てるのも飽きてきて6時間ユーチューブ見てたりして、生きる意味はあるのか?風疹ウイルスと共に焼却処分した方がいいのか?と思い始める。

あっエヴァアフレコ開始だって、もうちょい死ねないな…と、ギリ生きてる感。

お腹は鳴ってるけど、動いてないから意外と平気なのと、家に火を放つ気力も無い。

でも、このまま行くと餓死出来そうな気もする。

と言う事で独り身諸君、マヂ辛いぞ、これ。今すぐ回避する為に注射方法調べたほうが良いぞ。リアル孤独死ありえる病だ、これ。

2019-03-06

追記あり婚活疲れたのでオカマ結婚したい

別に同性愛者ってわけじゃないけど、

婚活してしててそんなに条件絞ってるわけじゃないのに、介護して子育てしてセックスできるママ探してる人とマッチングばかりしてうんざりしてる。

全部ワンオペでって。

別に高望みもしてない地味なアラフォーなんだけど、ここまで言われるもんかな?おまえの面倒見るくらいなら、同じ大型なら犬の方が癒されるのでましですって思うので、一生独身だろうなって思ってるけど。

もう、結婚したいと思うのが女性オカマになってきた。まだ同姓婚ができないので、アラフォーのおばさんと結婚してもいいオカマのおじさんいませんかね。

オカマのおじさんにも選ぶ権利があるのは知ってますよ。でも、本当に疲れたんだ。

面白いテレビを見たときとか、ご飯がうまく行ったときとか、そういうときに何気ない会話をする人が欲しいんだ。


追記

こんな内容なのにそこそこのレスをいただいてありがとうございます

勢いで書いたので、言葉足らずだった。

ほかの方のレスにも書いてあった通りのことがまさにって感じなんだけど、

こっちは婚活相手の両親と相手介護も含めて面倒見る覚悟はあるので、

私の方も一緒に支えあう覚悟をしてほしいって気持ちです。

でも、探してみるとそういう人片方に負担を強いる癖に

自分は一ミリ金銭的にも肉体的にも精神的にも負担したくないっていう人ばかりで

疲弊してしまってます。それでいて敬ってほしいっていう感じで。

まともな人に会う前に心が折れる

追記その2】

こんな愚痴の吐き出しに様々な意見を下さりありがとうございます

そして、オカマという表現安易に使ってしまってすみません

お叱りごもっともです、大変申し訳ございません。

しんどいからといっていきなり傷つける言葉を使ったにもかかわらず、

お断りやお叱りの言葉でも優しく感じることができました。

こんな私にまでお気遣いありがとうございます

否定されたとしても優しくされたかったんだと思って少し泣きました。

オカマゲイの方やトランス女性の方と思っていたわけではなく、

そして、男性よりもと妥協したわけでもないです。

男と結婚するよりゲイとしたいとかトランス女性としたいとか

男性側に妥協してやるんだありがたく思えという態度で接せられるくらいなら、こっちだってむちゃくちゃ条件をしぼってやるぞ!!女性物理的・精神的にも加害しない女性的な部分があり女性嫌悪感を持っていない、人間だと思ってくれる、性的役割女性求めない男性というドラマ漫画にいそうなタイプオカマ像が理想だぞ!どうだ、いないだろ!

無理ゲーだろ!というやけくそからでした。

決して、ゲイの方ならチャンスありそうとかは思っていないです。

オカマという発言についてもゲイでない、トランスでもない、ファッションの一環とか、女装が好きとか、ゲイだけど結婚という契約世間的にしたいけどとか、断定した意味だとそれしかなくなるので広義の意味合いを持たせたつもりでした。

タイトルにするには長すぎたし、勢いで書いたのでうまく説明できなかったのと、どうせ反響ないと思っていたので省いた部分でした。もう少し説明するべきだった思います

気づいてくれた方もいましたが、大多数の方をむやみに傷つけてすみませんでした。

いくつか指摘の通りなんですが、私は元々ぼんやり男性的な部分嫌いなところがあり、婚活悪化したと思っています

アラフォーメリットのある婚活は無理だよってご意見理解しています。でも、ここまでか・・・と思ってしまったんですよね。

元々アラサーから婚活を始めいて、最近までお付き合いをする男性もいました。

ただ、スタイルも背格好もよく似た年下の女性に乗り換えられたことがあって。

よく理想男性はいないのだから、育てるんだよって言われても

育てた末に年下の人に持って行かれるのかとか

今はアラフォーとはいえ、少し前までアラサーだったので

仕事をして毎日風呂はい男性くらいなら婚活の場にいるだろうと思って婚活再開したら、

顔も洗ってない歯も磨いてない仕事してないお風呂入ってないみたいな男性ばかりで

さすがに育てるにしても新人バイト仕事教えるのも大変なのに

大人赤ちゃん育てる体力無いな・・・婚活やめたいな・・・と思ってしまいました。

結婚はゴールでは無いことについて

どうしても結婚したいというわけではなくて、でもパートナーはほしいと思っていました。

同性なのもダメではなく、同性と同居って楽しいだろうなと思いますもっと年齢を重ねた時に同性同士で暮らすのもいいと思いました。

ただ、同性だと相手か私に何かあったとき何もしてあげられないんですよね

遺産がどうかとかじゃなく、病院の入退院手続とか葬儀手続とか、

ずっと一緒にいたのに配偶者じゃないか

血縁者の許可がないと何にもしてあげられないし、何も残せないんですよね。

そういう一緒にいたい人がいた時に、

一番強いカードとして婚姻てしておきたいと思いました。

でも、これってそういう友達とか仲間とかパートナーがいた上の結果ですね。

よくよくなんで結婚したいのか改めて考えたらこれなので、

特に今、そういう相手もいないですし、これからも出来ないと思いますので、

一人で終末を迎える準備を続けたいと思います

婚活を休んで趣味をみつけては等について

ありがとうございます大丈夫です。

友人も多いですし、趣味も充実しているので毎日楽しくすごしています

TwitterSNSで繋がって楽しくすることも多いです。

なので十分楽しく過ごせています難易度の高いことに挑戦したりと楽しいです。

でも少しルーチンワーク的になっていたのかもしれません。

ちょっと新しいこと、新しいアプローチなど考えてみます

今はまだ同性同士で婚姻は認められないですし、

同性婚が認められる世の中になっても、

契約婚ともちょっと違う同性の友達婚が許されるのはまだ先だろうな思います

もっと息をしやすい世の中になるといいですよね。

というのは流石に話がずれ過ぎですね。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

2019-03-04

ラリったはなし

むかしむかし、クスリでラリってやばくなったことがある。

といっても違法な薬ではなく、向精神薬ゾロフトという薬を個人輸入で大量に購入し、

酒を飲みながらミンティアのようにモグモグと食べたのであった。

適量はもう忘れた。食後に1錠とかだったのかな。

それを50錠だか60錠だかを、夜中に3時間くらいかけてモグモグ

そうすると段々と視界が歪んできて、チラチラと黒い影が見えるように。

飛蚊症みたいな感じ、目の前に虫がブンブン飛んでいるような。

そのうち体を起こしていられなくなってベッドに寝転ぶと、白い天井に何十匹もの虫がいるように見えて、

気持ち悪くてしょうがなくなり、目を瞑って眠れるよう尽力した。

だんだんと体が痛くなってきた。

最初筋肉痛のような感じ、しかし段々と体が硬直して動かなくなり、

肘や膝が曲がらなくなった。

そして喉が腫れた感じがして、息が苦しくなってきた。

ここで、

「あ、もしかして死にかけている?」

と感じた。

でもまあ、死にたくて薬を飲んでいたところもあるから、それはそれでいいか…と思ったけど、

身体は生きようとしていて、なんだか不思議だなあ、と思った。

とにかく痛くて苦しくてこれをどうにかしたくなってきて(死にたいのに)、

後日なんとか病院まで辿りつき。

見た目がメンヘラくさくなかったこともあって、

医者さんは「血液検査しますね~」と明るいノリ。

血を抜かれて、ぼーっと天井を眺めた。もう虫はいない。

検査の結果は明日ますので、午後に来院なさってくださいね

優しい看護師さんの声に少し癒されながらうまく動かない足を使って家に帰った。

食欲はないのでまたすぐに寝た。

薬は飲みたくて飲みたくて仕方なかったけれど、

なんとなく今飲んだら本当に死ぬんじゃないかって恐怖が優ってしまい(死にたいのに)、

飲まずに一晩を過ごした。

翌日、朝9時に病院から着信。

薬がないと眠れない体になっていた私はほとんど眠らずに一晩を過ごしていた。

午後から病院に行くのも億劫だったが、何事かと電話に出てみる。

そうすると、

「なるべく早急の対応必要となる結果が出てしまいました。午前中にご来院ください」

とのことだった。

マジか…と思いながらまたうまく動かない足をほぼほぼ引きずりながら病院に。

他に待っていた患者さんがいる中で、私はVIP待遇かのように最初に診察室に通されてしまった。

クレアチンキナーゼの量が異常値です。このままだと腎不全になります。大きな病院入院してください」

どうやら本当に結果がやばかったらしい。

クレアチンキナーゼというのは、筋肉に含まれていて、それが壊れた時に血中に出てしまうらしく、

それが平均値の300倍。

このまま放っておくとクレアチンキナーゼが腎臓に詰まって腎臓が壊れるので、

とにかくいっぱい水分を摂って血中濃度をなるべく下げて体外に尿で排出するしかない、と。

そして私が一歩歩くごとに筋肉はまた破壊され、クレアチンキナーゼが血中に流れ出てしまう。

そのため、絶対安静が必要。そのために入院してもらう、と。

大学病院へのタクシー移動を余儀なくされ、そこでも再度血液検査

結果は変わらず入院手続きをして病室へと連れて行ってもらう。

ぱっと見は大変健康そうな私であったが、車いすに乗せられ運ばされ、病室へ。

本当は尿道カテーテル必要だったが、若干20代前半の私を憐れんでか、トイレの近い病室にしてもらえた。

その日何リットル水を飲み、何度トイレにいったか、それを毎日記録し、担当看護師さんに伝えなければならない。

そして若さゆえに2週間は入院必要だと言われていたところを3日で退院することができた。

毎日水を大量に飲み、大量のおしっこをし、眠れないのでネットフリックス映画を観て。

自分中途半端死にたい欲でたくさんの人にご迷惑をかけてしまい、

結局死にきれず入院までして体を治そうとしていること、

本当に情けなくて落ち込んでしまメソメソ病室で泣く。

退院後、なんとなくだけど自分の中に「生きよう」とする気持ちがあることに気づいてしまったのか、

結局ODをすることはなくなった。

適量、ちゃんと処方された薬だけを飲んでよく寝るようにした。

そうすると精神的に健康になり、薬って適量だとちゃんと効くんだな!?(当たり前)と気づいたのだった。

とくにオチはないけど、そういうことがあったことを書きたかった。

いまわたし死にたいと思いながらもなんとなくまだ生きています

anond:20190304011119

半年入院していて退院後にしたときすごく茶色いドロドロした液体が出てきた、臭いも強烈だった

やっぱり定期的に出していたほうが健康的かと

2019-03-01

口下手の鬱屈

これから書くのは愚痴だ。呪詛かもしれない。

腹の中にどろどろしたものが渦巻いているので少し吐き出したい。

私は口下手なので文字でね。

そもそも口下手なせいで、弁舌の立つ人に言いくるめられた(ように感じている)せいもある。

とりあえず自分でも何がしたいのか、どうあってほしいのかよくわからない。

私は早くに母を亡くした。といっても成人してからであるが。母は突然逝った。祖父母を残して。

祖父母が元気だった頃はまだ良かった。

そのうち祖父が入退院を繰り返すようになる。

からすれば単なる義理の父でしかないのだが、それでも病院の送り迎えなど甲斐甲斐しく世話をしていた。

祖父母にとって近くにいる親戚となると、うちになるのだ。

まあ近くと言っても片道1時間くらいかかるんだが。

亡くなった母には姉はいるのだが県外に住んでおり、病院の送り迎えなど頻繁に帰ることはできない。

自身も持病を抱えており、祖父母介護を一人でやるには負担が大きく、私も送り迎えを手伝うなどしていた。

病院の送迎、お見舞い、といったもの介護と言っていいのかはわからないが、少なくとも私は結構負担を強いられていると感じていた。

そんな祖父も亡くなり、あとは祖母が一人残された。

祖母は足が悪く、家の中でも杖をつかなければ歩くことができない。

そんな状態なので家の掃除などできるはずがなかった。

そんな祖母の家はゴミ屋敷と化していた。

いたるところにゴキブリの卵が産み付けられていた。

台所などゴキブリの天下である

祖母の家は、私にとっても思い出の場所であるはずだ。

しかしそんな思い出はゴキブリの卵で汚されてしまった。

一気に掃除をするしかない。

私はあの空間にいることが生理的に耐えられない。

しかしそんな私にはゴミしか認識できないものでも、祖母にとっては思い出の品である

これを捨ててもいいかとお伺いを立てれば、捨てないで、とっておいてと言われる。

また、自分で食べ切れもしないのに食べ物を次々と買ってくる。

足が悪いので頻繁に買い物に行けない。

から買いだめするのは分からなくもない。

しかそもそも賞味期限無頓着なのだ

そんなに買っても食べきれないし腐ってしまうと諭したこともあったが、買い物を邪魔されたのを拗ねるような反応をされた。

別に祖母が腐ったものを食べるのは祖母勝手である

しかしその結果、台所ゴキブリの天下になっている。

ちゃん生ゴミの処理をしてくれるのならいいが、そもそも掃除のできない人なのだ

布巾をかぶせて食卓の上に放置したままのこともあった。

冷蔵庫の使い方がぐちゃぐちゃなのも手に負えない。

何度も改善を具申したが伝わらない。

そもそも祖母は耳が遠いので、ちゃんと伝わっているのかがわからない。

「わかった」といっても脳内でまったく別のことに変換しているようなので、伝わってるが直す気がないのか、そもそもまったく別のことを言われていると思っているのかもしれない。

父は一人でなんとかがんばろうとしているが、そんな父が疲弊していく姿を見ることが私には辛い。

祖母の長女である母の姉も、最近では月に一度戻ってきて片付けを手伝ってくれる。

こっちもいろいろ限界なので、父ではなく私から電話をして話をした。

私は口下手なのでまったく言いたいことが伝わらなかったが、あの人がどういうことを思っているのかというのはわかった。

・・・ように思う。

曰く、「そもそも父が祖父母の面倒を見る、母ともそういう話をしていたということで面倒を見ているのだと思っていた。

しかし、祖母身の回りが不衛生な状態で、世話なんか全然できていないじゃないか」ということで毎月帰って掃除をすることにしたらしい。

正直なところ、ろくに帰らず法的に介護義務のない父に任せっきりでその言いぐさはなんだと今になって業腹である

ちなみに私は口下手なので、電話で話しているときにうまくそういうことを切り替えせていたらよかったのにというのも業腹である

おばは弁舌が立つのでね・・・ずっと前から口ばっかの人だと思って私は嫌いな人種カテゴライズしていた。

まあうまいこと言い返せなかったのでモヤモヤしていたのを書き出してみたらスッキリするかなと思って書き出した。

多少はモヤが取れた気がする。

父が疲弊していくところをこれ以上傍観できないというのが私の気持ちなのだろう。

では私が矢面に立って祖母介護ができるかと言ったら、無理だ。

血の繋がりもない赤の他人しかないのに、それをやっている父には尊敬の念はない。

馬鹿だなぁとしか思わないが、とはいえ疲弊していく姿を見るのはしのびない。

そんな父をしのびないと思えるのが、私に残った唯一の人間性なのかなぁとも思う。

正直祖母はさっさと死んでしまえばいいと、半ば本気で思っているフシがあり、我ながら人としてズレているなと思う。

この鬱屈は、祖母の家がゴミ屋敷したことによって噴出したが、10数年来の、母が亡くなり祖父介護をしていた頃から徐々に溜まったものである

おばにはこれは伝えなかった。

まあ電話口でそこまで頭が回らなかったかであるが。

私の口が立つのであれば、母がなくなったときから父に任せず、肉親である私が矢面に立っていれば結果は違ったのだろうか。

こんなに呪詛を撒き散らすようなことはなかったのだろうか。

2019-02-28

猫伝染性腹膜炎

飼い猫で一番最初に来た兄妹のうち妹のほうが猫伝染性腹膜炎になってしまった

1月半ばからずっと具合が悪かったが、当初は鉄欠乏性貧血と言われていた。

鉄剤や補液をしてなんとか先週の末までやっていたが、とうとうご飯を食べなくなったので、病院につれていくと、猫伝染性腹膜炎だと言うことがわかった。

今日退院したばかりのときははっきり鳴いていたし、フラフラもしていなかったが、夕方辺りから急に具合が悪くなっているように感じる

はっきり鳴けないし、水もあまり飲めない

動くときもふらついてしまっているし、呼吸も荒い

今まではジャンプで行けたようなところにも、今では連れて行ってあげなければ行くことができない。

ゆっくり死んでいくこの子に対してどこまですべきなのか、こちらのエゴで苦しいこの子を苦しいまま長生きさせてもいいのか、最終的には苦しまずに逝ってくれればいいと思うが、こちらの処置でそれも難しくなってしまうのでは?と色々迷ってしま

八歳までは生きてほしかったが、7歳11ヶ月で死んでしまうであろうこの子可哀想で仕方がない。

獣医さんには元野良だし猫伝染性腹膜炎は防ぎようが無いから仕方がない、と言うようなことを言ってもらえたが、本当にそうなのだろうか。

の子はうちに来て本当に幸せだったのかがすごく気になる。

家でなければもっといい生活ができたかもしれない。

なにより治ることなく弱っていくこの子を見るのが本当に辛い。

事情で一緒に寝てあげられないのも辛い

朝起きて、まだこの子が生きていられるかもわからない。

日生きていられるのか。

看取るのはつらすぎる。

2019-02-15

骨髄バンク感想追記あり

30代男。

数年前に骨髄バンク経由で実際に骨髄を提供した。

移植成功し,患者さんから

回復して家に戻れた。ほんとうにありがとう

との心のこもった手紙をもらった。

それ自体は満足しているが,骨髄バンクの仕組みに不満が残っている。

結論もっとドナー大事にしてくれ


金銭面のサポートが薄すぎる

事前の健康診断リスク説明は充分すぎるほど行ってくれる。

手続き途中で気が変われば,患者さん側が移植を受け入れるための前処置(大量の抗がん剤を投与しつつ放射線を当てて白血球自体を全滅させる。当然そこでドナーから移植が中断すると死ぬ。)の前までであれば,いつでも中断できる。


しかし,金銭面が不満すぎる。

自宅から病院までの交通費は出る。

ところが,骨髄バンクのコーディネーターさんは極めて細かくこの経費を確認してくる。

「自宅の〇〇バス停から△△病院前まで640円ですね」とか。

タクシー希望ですがバスしか出せませんでして」とか。

そういうのを移動のたびに訊かれるし,こっちは用事があって別経路で行くことになっても最短経路以外では申告できない雰囲気

コーディネータは気を使って嫌な雰囲気にならないようにしてるんだが,

人命がかかってる大変なイベント10単位まで細かに精算しなきゃいけない制度というのは,どうなんだろうか。

あと,全日程を通じて合計5000円だけもらえる。支度金だって

自分は遠隔地での移植だったので電車費用は別途もらえたけど,

旅行のためのこまごまとした道具類を用意して,帰りは荷物宅急便で送ったら5000円じゃ足りなかった。

自腹だよ。

移植前に美味いもん食うとかも,当然自己負担



あ,医療保険自治体によってはドナーへの給付金があるけども,俺の保険自治体もそんな制度は無かった。

これはドナー登録の時点で周知しておくべきだ。

移植要請があってから保険加入は,たぶんできない。


休業補償が無い

おれは朝起きてダルかったら電話一本で有給取れるぐらいユルい職場

骨髄提供のためなら当然に休みがもらえる。


でもこれ,俺の職場からこそ出来るんだぞ。

普通民間企業だったら有給自体めちゃくちゃ取りにくいだろ。

自営業だったら自分が動けなけりゃ即詰むレベルだろ。

事前手続きで3回程度は病院に行って半日つぶして,

移植数日前から体調万全にして絶対風邪をひかないようにして,

注射10回ぐらいはうたれて,全身麻酔で手術して,

24時間ぐらいは点滴つないでて,翌々日には病院を追い出されて,

それから数週間は腰が痛い状態が続くんだぜ。

肉体労働の人だったら,仕事できない期間も生じるだろうよ。


それでも1円の支援もないんだぜ。例外なく。

白血球の相性って数十万人に1名のレベルですよードナー登録してくださいねーって言ってるけど,

おまえそれゼロ円でやれって言われたら,数十万の1どころか数百万分の1になるじゃんよ。

助かる人だってからないだろうよ。

ぜひ提供したいという人でも,カネという現実問題を突き付けられた時には,躊躇するだろうよ。

医者製薬会社報酬あり,ドナーは無しってどうなんだ


骨髄移植にかかわる医者製薬会社報酬を得ているよ。

そりゃ当たり前だし正当だ。

なのに,なんで肝心の骨髄を提供するドナーが無報酬で,

ともすれば足が出るような制度になってるんだ。

法外な報酬をよこせと言ってるんじゃないぞ。

交通費とか旅費程度を気にせず,手術前後に美味いもの食って,

なおかつ仕事の面でマイナスにならない程度の補償なり報酬が欲しいんだよ。

これ当たり前の感覚じゃないか

多くのドナーは人命救助という崇高な役割を果たせた満足感と,

患者さんが極めて厳しい環境にあることを想って,報酬なんか二の次だと考えているはずだ。

それはそれで素晴らしいよ。言葉にならないぐらい偉大な行為だと俺は思ってるよ。

でもさ,補償制度をしっかり構築していれば,あと数千人,数万人救えたんじゃないの?

1991年骨髄バンク設立以来,いったい何人のドナー金銭理由提供を断念した?

病院関係者が意外に冷淡だった

いろんな体験ブログを見てると,ドナーは偉いということで病院関係者からチヤホヤされることが多い模様。

でも,俺の場合はそうではなかったな。

退院するとき,「それじゃ出ますね」とナースステーションに声をかけたんだけど,

「あ,おつかれさま」の一言だけ。出てきて見送るとか,無し。

なんかもっと劇的なやつを想像してたんだけど,違ったな。

馬鹿みたいだけど,涙が出そうになるぐらい寂しかった。

手術後で腰が痛い状態で,荷物を抱えてヨチヨチと駅まで歩いたよ。

圧倒的に気の毒な患者さんたちを相手にしてる医者看護師から見たら,ドナーなんて健康のものなんだから丁重に扱う存在ではなかったんだろうな。

でも俺はまた提供する


骨髄提供は一生に2回までと骨髄バンクで決まっているとのこと。

なのであと1回は提供できる。

不満はたくさんあるが,結局,俺が我慢すればどこかの誰かが命を救われる可能性があるのだ。

から提供はする。

ただし言うことは言うぞ。

【201902172340追記

意外に反応が多くて驚きました。

ただ,これで提供を保留する方もいらっしゃるかと思うと心配です。

報酬制度は将来的に改善余地がある長期的な課題だとは思いますが,とりあえずはぜひ提供していただきたいと思っています

↓にて移植前後の細かい流れをアップしていく予定です。

https://porque2nd.hatenablog.com/

2019-02-12

anond:20190212091931

子育てを手伝ってくれる嫁実家からアクセスは?

どんだけ頼る気満々だよ。退院後数週しか来ないわ

子供の声が響くが防音は大丈夫か。

気にするべきだが、ぶっちゃけどんなに防音でも気にする馬鹿は気にする。木造じゃなきゃOKレベル

子供が夜中に熱を出した時の緊急小児科病院は近いか

こういう心配性が無駄に来るんだよ。夜中に熱出しても落ち着いて様子見だし心配ならとりあえず電話相談で聞くわ

大概は翌日病院で良いし、その辺の見分けも電話で教えてくれる。病院が近いかはむしろ親が育たない

保育園は近いか

学校は近いか

重要だね。保育園は入れたら、学校治安PTA次第だが

大型駅近くで、夜うるさくないか

駅の喧騒よりネオンと車通りが重要。夜でもトラックバンバン走るんじゃ意味ないし、ちょうど良い位置24時間コンビニ看板あっても駄目だし、駅近くかどうかは無意味

嫁は中古物件か。

処女厨

2019-02-09

退院

長いようで短かった院生生活も終わりを告げようとしている. 昨日論文を提出した.

この大学のことはあまり知らないままだった.学部の時通っていた大学院試に失敗し,地元大学の院を選んだからだ.研究生になる道もあったはずだが,まともに研究成果を出していなかったため,教授に断られた.

入学当初はサークルでもやろうかと思ったりもしたが,高校時代の愛すべき悪友たちと別荘を借り始めた(駅から徒歩8分の1LDK)おかげで手持ちが怪しくなり,紹介された居酒屋で働き始め,四苦八苦している内に2年経った.

指示を聞き直しても同じことを繰り返すコックと,アルバイトが辞めるほどパワハラを繰り返す社員早口で指示する割に聞き返すと怒り出す店長とまともな人間のほうが少ない場所だったが,白血病を既往歴として持つ快活な元高校球児や巨乳ギャルなどと仲良くなれた側面もある.

だがそういう生活を送っている内,やはり何度やっても過ちを繰り返すうちにまともな人との付き合い方に自信を失った.少しずつ自分の内側の感情を司る何かが,固くなりつつあるのを感じる.

この先もまともな大人にはなれそうもない.

2019-02-08

anond:20190207004137

児童相談所 拉致 静岡市」などと検索すれば、当事者(親)が発信する記事を閲覧することができる。Twitter実名発信すら行っている。

彼らの主張と、裁判所認定事実とを対比しながら読めば、恐ろしさが伝わってくると思われる。

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損害賠償請求事件

東京地方裁判所平成21年(ワ)第25349号

平成25年8月29日民事第44部判決

口頭弁論終結日 平成25年4月25日

       判   決

(第1,第2 省略)

第3 争点に対する判断

1 認定事実

 前提事実に加え,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)本件小学校入学前後の経緯

ア 原告Q1は,原告Q2及びQ9との同居を始めた平成19年2月頃,Q9が時間を守らないこと,嘘をつくことを矯正させる必要があると考えて,原告Q2との間でQ9へのしつけの方法について話合い,その結果として,原告らは,Q9が小学校入学した同年4月頃から,Q9が上記の点について原告らの口頭での指導を守らなかった場合には体罰を与えることとした。

 原告らの体罰は,当初は頭を軽く叩く程度であり,その後顔を平手打ちするようになり,同年6月頃からは,Q9に木製の子ども用バットを持ってこさせて,臀部をバットで叩くことなどがあった。

(甲4,75,原告Q1本人)

イ(ア)Q9の所属するクラス担任であるQ12教諭は,平成19年4月頃,Q9の顔に痣があったこから,その痣について聞いたところ,Q9は,タンスの角にぶつけたと述べた。Q12教諭は,その後,Q9の顔の別の位置に痣があることを発見した。

 Q12教諭は,同年5月下旬頃,Q9が忘れ物をして登校してきたため,どうしたら忘れ物をしないようにできるか尋ねたところ,Q9は泣き出して,自分学校の支度をしていることのほか,原告Q1は殴るので恐いこと,原告Q2はQ9を守ってくれなくなり,原告Q1と一緒に怒ってばかりいるが,以前はそうではなかったことなどを述べた。そこで,Q12教諭は,Q9に対し,先生はいつも君の味方であり,先生が守ってあげるなどと述べた。

 原告らは,同月31日,本件小学校担任教諭保護者との間での連絡帳に,Q9から先生が守ってあげるという発言があったと聞いたが,その発言真意確認を求める旨の記載をした。

(イ)本件小学校のQ13教頭は,同年6月5日,原告ら宅を訪れ,原告らと面談した。その際,Q13教頭は,虐待の疑いがある場合についても適切な対応をとる必要がある旨述べ,原告らは,今までQ9はしつけを行われずに育ってきており,Q9を良くするのは今しかないこと,しつけの方針として,悪いことをしたら殴ること,虐待を疑っていることは理解していることなどを述べ,Q12教諭上記(ア)の発言について,Q12教諭からの直接の謝罪要求した。これを受け,Q13教頭は,一旦本件小学校に戻り,Q12教諭と共に再度原告ら宅を訪れ,Q12教諭上記(ア)の発言について,誤解を招く発言であったとして謝罪した。

 Q9は,同日以降,Q12教諭に対し,先生が来てくれてから殴られなくなったと述べた。

(ウ)Q9は,同年6月29日,右大腿部,右肩に赤色の跡があり,Q12教諭が,Q9がプールに入る際にその跡について聞いたところ,Q9は,原告Q2から叩かれたと述べた。

 また,Q9は,同年7月2日,右目の下部に痣があり,Q12教諭からその痣について聞かれたところ,原告Q2に殴られたと述べたが,Q13教頭からその痣について聞かれた際には,Q9は転んで怪我をしたと述べた。そこで,同日,Q13教頭原告ら宅に架電したところ,原告Q2は,Q9が2日続けて許せない嘘をついたこから原告Q2が殴った,私も人間から感情的になると述べた。

 原告Q1は,同月3日,本件小学校架電し,Q13教頭に対し,原告らは冷静にQ9をしかっていること,同じ状況であれば原告Q1であっても殴っているはずであり,原告Q2も同じ方針であることなどを述べた。これに対し,Q13教頭は,殴らないで育てることをまず考えるべきであるなどと述べた。

(エ)Q12教諭は,同月4日,原告から,本件小学校教育方針等についての意見記載された手紙が送付されたため,同日午後3時頃,原告ら宅を訪問した。その際,原告ら及びQ12教諭居間にいて会話をしていたところ,原告Q2は,一旦居間を離れてQ9の部屋に行き,Q9を叩き,居間に戻ってきた際に,「今私,Q9のこと,叩きましたから,守って下さい。叩きました。嘘ついたから。」などと述べた。

 その後,本件小学校のQ14校長教務主任及び生徒指導主任原告ら宅を訪れ,原告Q1から学校で行う教育と家庭で行う教育区別をしたガイドラインを示してほしいという要望があったため,Q14校長ガイドラインを示す旨述べて,同日午後8時30分頃にQ14校長らは原告ら宅を離れた。

(甲11,17,18,乙ろ2の12,乙ろ15,証人Q13)

(2)本件一時保護に関する経緯

ア Q14校長は,同月6日,静岡市教育委員会に対し,前記(1)イの経緯を報告した。静岡市教育委員会は,同月10日,静岡市α区の要保護児童対策地域協議会児童福祉法25条の2参照)の定例実務者会議において,Q9を要保護児童として提示し,Q13教頭が前記(1)イの経緯をまとめた報告書(乙ろ2の12の1ないし6丁)を提出した。上記会議に出席した静岡市児童相談所の所員は,同日,本件小学校に対し,Q9は保護を要する児童であるため,今後Q9に痣等があった場合には児童相談所に通告するように指示した。

イ Q9は,同月13日の登校の際,左顎及び左目下部に痣があり,Q14校長がその痣について聞いたところ,Q9は,嘘をついたことを原告Q1に怒られて殴られたと述べた。そこで,同日「Q14校長は,静岡市児童相談所架電してQ9について通告した。また,同日のプールの授業の際,Q9の大腿部及び背中に痣があることが確認された。

 静岡市児童相談所は,同日,上記通告を受け,子ども虐待対応の手引き(平成19年1月23日付け雇児総発第0123003号厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課長通知。乙ろ2の10)及び静岡県中央児童相談所作成家族支援ガイドブック(乙ろ2の11)に基づき,上記アの会議に参加していた所員等による緊急受理会議を開催し,Q9に行うべき支援及び援助の内容を判断するための虐待処遇アセスメント指標(乙ろ2の6)で判定をしたところ,虐待の程度は,5段階の上から2番目(打撲,広範囲の軽外傷等)であり,調査格付は,生命を脅かす(又は高い可能性がある。)状態として,直ちに立入調査を行うこととなる「R-1」と判定された。また,静岡市児童相談所のQ15主任主事ケースワーカー)等の所員3名が,本件小学校に立入調査をして,Q9の顔から足にかけて痣があることを確認し,Q9に聞き取りをしたところ,Q9は,原告からは,Q9が時間を守らないという理由毎日殴られること,原告Q2の方が多く殴ること,原告Q1からおもちゃバットでいろいろなところを殴られ,原告Q1から殴られた際に血が出たことがあることなどを述べた。静岡市児童相談所は,上記立入調査をした所員からの報告を受け,上記虐待処遇アセスメント指標及び所員の合議に基づき判定をしたところ,Q9の支援・援助格付は,直ちに一時保護必要となる「AA」と判定された。

 静岡市児童相談所長は,Q9に痣があり,Q9も原告から殴られていることを認めたこと,本件小学校から家庭訪問をした後も原告から虐待継続していることが確認できたことに基づき,Q9を一時保護し(本件一時保護),その後に原告ら宅に架電し,原告らに対して本件一時保護したことを告げた。

 Q9は,同日,静岡市静岡病院のQ16医師の診断を受けたが,同医師作成診断書には,「全身に打撲によると思われる皮下出血を認める」として,〔1〕両下眼瞼,〔2〕左顎部,〔3〕右肩甲骨上,〔4〕左大腿背側,〔5〕右下腿膝下部前面及び〔6〕両殿部について,「いずれも鈍器,または靴による打撲跡と考えられる」,「上記外傷について全治一週間と診断する」との記載がある。

 静岡市児童相談所は,同日,静岡県中央児童相談所の一時保護施設にQ9の一時保護委託した。

(甲11,乙ろ2の4ないし6・12,乙ろ15,16,乙は3の1・2,証人Q17,証人Q13)

(3)本件一時保護開始後の経緯

ア 原告らと静岡市児童相談所は,本件一時保護が開始された平成19年7月13日以降,電話等でやり取りをしたが,次のとおり,原告らは,Q9に対する体罰虐待ではなく,親である原告らの意思無視して本件一時保護継続することは不当であるとの意見を繰り返し述べた。

 原告Q1は,同月20日,静岡市児童相談所のQ15主任主事との電話で,虐待はしていない旨述べ,暴行肯定されると考えているかとの質問に対して「ええ,肯定されますよ。当たり前じゃないですか」「一時的感情だとかそんなことで虐待を繰り返してきているわけじゃないんだ」,「責任ある体罰っていうのだってあるんだ」などと述べ,静岡市児童相談所のQ18統括主幹との電話で,同月27日,「Q9をおたくらに任せますけど,やつが20歳ぐらいになったときにまともな,私らが考えているような大人になってなかったら,抹殺しますんで。おたくらも含めてよ。」,同月30日,「子どもがこう,おれらの考えてたとおりに教育できなくなったときに,おまえらどういう責任とる。とらなかったときは,おまえ,リンチしてもいいか」,同年8月1日,「根本からお前らの育て方とか教育論が間違ってるのに,何で間違ってる奴らと俺らが話し合わなきゃいけないんだよ。」などと述べた。また,原告Q2は,同年7月23日,Q18統括主幹との電話で,「私達は少なくとも体罰体罰だって考えてるんですね。私の思う虐待と言うのは自分憂さ晴らしですね。」,「体罰っていうのは暴力とは違う」などと述べた。

 静岡市児童相談所のQ19主任主事心理士)及びQ15主任主事は,同月20日から同年8月31日まで,一時保護施設を訪れてQ9と面談,行動観察,心理テスト等を行った。Q9は,同月8日以降の面接で,原告らと会いたくなく,施設から帰りたくない旨訴えた。Q19主任主事は,Q9について,同年9月20日開催の静岡市健康福祉審議会児童福祉専門分科会児童処遇審査部会に「現段階では,本児の家庭に対する拒否感が強く,両親と距離を置き,守られた環境下で,本児の話に耳を傾け,個別には母性的で受容的な対応が望まれる。」,「これまでの養育環境により本児の情緒面での成長が阻害されてきた結果が示されており,今後,両親の養育態度に改善が望めないようであれば,家庭との分離はやむを得ず,児童養護施設への入所が適当であると考える。」との心理診断の結果を提出した。同部会では,Q9の入所措置承認を求める申立てを行うことに異議は出なかった。

 静岡市児童相談所のQ20所長は,上記原告らの発言心理診断の結果及び上記部会の結果を踏まえ,原告らによる暴力継続される可能性が高く,Q9も帰宅拒否していることから児童養護施設への入所が適当であるとして,同年9月25日,入所措置承認を求める申立て(本件申立て)をした。

(甲11,14,乙ろ7の1ないし7)

イ 原告らは,同年9月28日,静岡市児童相談所を訪れ,Q20所長,Q17参事平成20年4月1日に静岡市児童相談所長となった。以下「Q17」という。)等の所員と面談した。この面談の際,Q20所長らは,本件一時保護の経緯や,Q9については児童虐待防止法2条1号所定の暴行が行われたもの判断していると説明したが,原告らは,「体罰虐待はこれ別物ですから」,「しつけの段階で,あざができるほどたたかなきゃいけなかった」などと述べてQ9の返還を求め,静岡市児童相談所はこれに応じなかった。

(甲9,10,乙ろ7の10)

ウ Q20所長ら及び原告Q1は,本件承認審判及び本件勧告がされた後である平成19年12月21日,静岡市児童相談所面談した。原告Q1は,本件承認審判の「二度と虐待に該当するような体罰をさせない」という文言から虐待に及ばない体罰については容認されたもの解釈している,体罰主体にしない努力はするが,目的によっては必要なこともあるなどと述べたのに対し,Q20所長は,しつけ自体否定するわけではないが,体罰を伴うしつけは子ども心理的な影響があり好ましくない,本件勧告を受けて,静岡市児童相談所から原告らに対する指導方法について年明けに提案する旨述べた。また,原告Q1が,原告らがQ9の通学している安西小学校に面会等を申入れることは問題となるか確認したのに対し,Q20所長は,今の状態だと問題となる旨述べた。

 静岡市児童相談所は,平成20年1月頃,上記提案として,Q9と原告らの家族統合に向けた「ご両親への支援プログラム」(以下「支援プログラム」という。)を作成した。支援プログラムでは,〔1〕目標は,「Q9君が安心して生活できるような家庭づくり。」であり,〔2〕方法として,原告らが静岡市児童相談所を訪れ、概ね1か月に1回2時間程度を目安に面接実施し,面接以外にも課題の提出をお願いすることがあること,〔3〕2月から3月頃にQ9の気持ち確認し,写真ビデオレターなどを通した親子交流を始めること,〔4〕Q9が原告らに会いたいという気持ち確認し,5月から6月に児童相談所内で原告らとQ9との面会を実施し,6月から7月初旬に親子での外出を実施すること,〔5〕面会・外出時の親子の様子,Q9からの外泊希望確認し,児童相談所所員による家庭訪問実施した後,7月初めに家庭への外泊を開始すること,〔6〕外泊が繰り返される中で,良好な親子関係が認められ,引取り後の支援のあり方について共通理解が得られれば,家庭引取りとなることが記載されている。

 Q20所長ら及び原告Q1は,同年1月11日,静岡市児童相談所面談した。静岡市児童相談所のQ21心理士支援プログラムについて説明するなどしたところ,原告Q1は,支援プログラムは本件勧告無視したものである原告らは体罰をしているのであって虐待暴力ではない,一時保護自体間違っている,おれは日常生活の中で普通にやっていく中で必要であれば絶対体罰は使う,まずはQ9を帰してもらいたいなどと述べた。そこで,Q20所長は,再度提案をする旨述べた。 

 Q20所長ら及び原告Q1は,同月24日,静岡市児童相談所面談した。Q17が,本件勧告に基づいてQ9を帰宅させるためには,虐待に該当するような体罰はしないことが条件になる旨述べたところ,原告Q1は,裁判所原告らが虐待をしていないと認めており,Q9をすぐに返してもらった上で静岡市児童相談所による指導を受けるというのが原告らとして譲歩案の全てである静岡市児童相談所原告らの意見を聞かずに一方的な主張をしているなどと述べた。

(甲9,10,乙ろ5の2,乙ろ7の11・12)

エ Q9は,平成19年12月31日,静岡ホームで転倒して頭を打ち,CT検査をしたが,脳に異常は認められず,頭部挫傷と診断された。

 静岡市児童相談所は,原告らに対し,上記転倒事故を通知せず,原告らは,平成20年3月7日に静岡市個人情報保護条例に基づき開示を受けた文書により,上記転倒事故の発生を認識した。

(乙ろ1)

オ 原告Q2は,同年2月1日,静岡市児童相談所に対し,Q9の毎日の詳しい言動や様子を報告しない理由等の回答を求める質問状を送付した。また,原告らは,同月8日,静岡市児童相談所を訪れ,本件抗告棄却決定に対して特別抗告申し立てた旨伝えるとともに,親権行使するとして,Q9の毎日の一時保護施設及び小学校での言動を報告することを求めた。さらに,原告Q1は,一時保護期間の7か月でQ9の身長が2.4センチメートル体重が1キログラムしか増えていないという理由で,Q9への精神安定剤等の投与を疑

2019-02-01

病みダイエットしようとしたら勢い余ってODした話

病みダイエット【やみ-だいえっと】(名)

利尿剤や下剤などの薬物服用、過食嘔吐などを含めた不健康ダイエット方法のこと。通称病みダイ

※この記録は無理なダイエットお勧めするものではありません。むしろ、心身ともに破壊されます絶対にやめましょう※

私は幼い頃から食べることが好きだった。朝も夕飯も机に一汁五菜は軽くないと拗ねる父親と、料理大好きでそんな父のリクエストにも軽く応えてしまえる調理師免許持ちな専業主婦母親の元で育った。ちなみに、お昼は幼稚園高校と全て私学に通ったせいで給食というものに縁がなく、15年毎日母親手作り弁当をぶら下げていた。

想像に難くないと思うが、育ったのは年齢だけではなく横幅も順調に大きくなった。なんと小学校6年の頃は160cm 75kg、高校卒業する頃には165cm 120kgと、小さい頃から大きくなるまで痩せていた期間がまるでないエリートデブの道を歩み続けた。

高校卒業後は医療系の大学へ進学し、日々講義試験、実習に追われる中で次第に「このまま社会人になってもあまりにもデブすぎて患者さんに説得力ないよなぁ……」などと思い始めた頃に、1年を通した病院実習が始まった。その実習では、比較的学年の中でも声の大きい男子を含めた3人と一緒になった。

声が大きいだけで真面目というわけではなく、講義サボるし実習も出来る限り出ない。課題は出来る学生のものを借りて写す。テニサーの女好きで、まあ、いわゆるクソみたいなパリピ存在のやつだった。

あー、多分実習の課題は全部私が見せるんだろうし、代返もさせられそうだし面倒だなと思っていたところ、実際その通りの展開となった。「どうせ君真面目だから全部見ていくでしょ?俺早く帰りたいから早めに抜けるわ。悪いけど、学生1人いれば先生の班への印象もいいもんで最後まで残っておいて」などというお願いは日常茶飯事で辟易していたが、文句を言って関係が悪くなるのも嫌で黙って従っていた。

そんな折に彼が別グループ男子学生たちに向かって、休憩室で「いやまじアイツと一緒とかないわwwwこう、もっと可愛い女の子と一緒に実習できるの期待してたのにあのデブスと一緒なのはマジ最悪www」とこれ見よがしに言っているのを聞いてしまった。

実際彼としては本心なのだろうし、普段なら受け流せた発言だったはずだ。エリートデブとして培われたデブやブスといった単語に対する免疫力を舐めないでほしい。ただ、その時は課題のことや出席のことなど散々肩代わりしてやっていた頃だったため、「(お前散々人に迷惑かけといてその言い草はなんなんだよ)」とそっち方面イラついてしまった。

そして、このままではあまりにも自分デブ過ぎて医療関係者としての説得力にかけるという自覚もあったために、ダイエットを決意した。

実習は忙しく、生活自体が気をつけないといとも簡単破綻する。食事制限するにはもってこいだった。まずは食事イベント(上の先生が奢ってくれる、友達ご飯に行くなど)以外では極力摂らなくなった。

しばらくすると、何かを食べようとしても食べることへの罪悪感から物が胃に収まらなくなった。友人たちと食事をして帰宅するとそのまま猛烈な吐き気に襲われて、トイレで全部吐いてしまう。食べることは好きだけど、そのままでは太ってしまう。味を感じられればあとは吐けば良い。そういった思考に陥り、ここから過食嘔吐生活が始まった。

ご飯はそこそこ食べるのだが、しばらくすると吐いてしまう。そして吐いたことによってスッキリする。体重計に可能な日は朝夜寝る前と乗り、前回より10gでも増えていると耐えられなくなった。市販の下剤を飲んだり、長風呂で汗をかい数字だけは減らす日々。最終的にはあんなに好きだった食べることさえも苦痛となり、ほぼ絶食状態へ。

ただ、流石に缶コーヒーを週で2本しか飲まなかった時は、病院へ行く電車に乗ろうとして意識ブラックアウトしてしまった。電車ホームの間に落ちた私を助けてくれたOLさん、サラリーマンのお兄さんには感謝しかない。

そして体重の推移を事細かに記載し続け、2年で50kgほどの減量に成功した。max125kgはあった体重が、75kgまで減った。

途中、1ヶ月で20kgほど体重を落とした際は体重減少性無月経や低体温に悩まされたりもしたが、体重を落とす速度を緩やかにした結果改善した。一時食事が食べられなくなってしまった身体は、母親献身的な支えによって今まで通りに食事が取れるまでに回復した。

今考えると人外かというレベルの三桁デブ卒業した私は、その後は一応デブ人間として生きることができた。なにより、デブ御用達の大きいサイズ専門店ではなく、その辺の普通のお店で服が買えるようになったことが一番嬉しかった。

大学卒業し、リバウンドもなく2年間は社会人として仕事を続けた。3年目になり、異動した先の職場はかなり激務だった。食生活も乱れまくり、気がついたら体重は10kgほど増え、85kgほどになっていた。流石にこのままではやばいと思い、再度生活見直しを始めた。なるべく体を壊さずに、ジム通いや食事内容の変更をするように心がけた。その後、通っていたジムの周辺で連れ去り殺人事件が起きたこからジムだけはやめてしまったのだが。

そんな折に職場の同僚が、長らく付き合っていた彼女遠距離の末に別れたという話を聞いた。何やらとても美しく優秀な女性だったようで、彼としては結婚も考えていた相手との破局に未練タラタラだった様子であった。

「君も早く彼氏作ったら?」

「いやー、私デブだしブスだし無理かな。今は仕事も忙しいから、そのうちね」

私も親からここ数年結婚に関しては強く言われ始めていたが、自分容姿一般男性ウケしないことは誰よりも重々承知していた。だからこそ、まずは自分の見た目をなんとかしてからでないと、恋愛結婚を考えるなど分不相応だという気持ちが強かった。男性からしたら、こんな見た目の女に好かれても迷惑しか思えない。

別に同僚はただの同僚であり、入職から今までなぜか常に私に対しては上から目線が強かった男だった。そんな彼からの面倒な詮索に関しても、適当にあしらって話を終わらせて帰ろうと思った。しか自分元カノ容姿性格その他ひたすら褒め続けるのを聞くのにも疲れた適当自分卑下して話の腰を折り、さっさと撤収に限る。しかし、それがなぜか彼の変なスイッチを入れてしまったようだった。

「どうせ自分の見た目がダメから、とかいうんでしょ?正直言ってそれはそう。太ってる女が好きな男はまずいないから。俺も細い子が好きだしね。男はね、女が男の顔しか見てないのとおんなじで身体が良ければ顔とか性格は割とどうでもいいんだよ。」

「はぁ……?」

突然何を言いだすんだこいつ、と思ったが彼の勢いは止まらない。

「君はまず痩せること。痩せればモテるよ。胸もデカいし、綺麗になると思う。だから明日から君はご飯食べちゃダメファスティング!!筋トレ!!!わかる?ファスティング筋トレからね!!」

「」

「あと男を見つける努力が足りない!!ちゃん婚活とかしてる?あ、みんなで出かけた帰りとかよく飲み屋街でナンパされてるの見けど、あーいうのに着いていけば良いじゃん!簡単に男できるし、新しい世界が広がるよ」

「いや、そういう明らかに一杯飲んだらこのあとホテルへ的なのは……」

実はこの1年前くらいに、知らない男に夜道で車に無理やり乗せられかけたことがある。そのとき抵抗して逃げ切ったが、今でもあの時のこのまま車に入れられたらどこかで知らない男に犯されていたかも、下手したら殺されていたかもと言った恐怖が色濃く、それを伝えた上であまりそう言った話題は、とお願いした。通っていたジム付近での殺人女性が連れ去りの果てに殺されたというものだったため、余計に怖かったのである

「んー、俺の彼女もよく声かけられてて大変だったけど、そんな雰囲気なかったよ」

「それはすごく美人さんだから、手軽に犯せそう!みたいな軽いタイプが選ぶ相手じゃなかったんだよ。意外とそういうところは相手選ばれてるよ」

「ふーん。まあ、君の場合身体から始まる関係もありじゃない?まずは行動あるのみ!今度はそういうのにも着いて行ってみなきゃ!世界を広げよう!!」

愕然とした。こんなに気軽に性犯罪に巻き込まれるかもしれないような提案をされたこと、そうでもしなければ男なんかできないと言われたことがショックだった。

かに私はデブだし、ブスだけど私にも人を選ぶ権利出会いを選ぶ権利はあるはずなのに。ほぼ同じ内容のことを、その日の夜に別の同期と3人で出かけた時にも言われた。別の同期がトイレに立つと、私に言いたいことをぶつけてくるという状態であった。

それ以来精神的に参ってしまい、同期がいる前では満足に食事をとることが出来なくなった。それでも腹は減るため、職場我慢した分家ではありえないほど食べてしまう。そうすると罪悪感で吐く。過食嘔吐が再発した。マロリーワイス症候群のようになり、血を吐いたりもした。

この時、別の同期は3人で卓を囲んでいた時もその時の飲み会での私への態度が酷かったことに、ひっそりと気付いていたらしい。

あいつには後から言い過ぎだぞって言っておいた」

「気を遣わせてごめんね、ありがとう

「でもあいつなんて言ったと思う?『あのくらい言っても良いくらいの関係は築いてるから大丈夫』とか言ってんだぞ?クズか?」

親しき仲にも礼儀あり、とはよく言ったものである過食嘔吐に苛まれながら、さら職場で彼と会うことが苦痛になった。なんと、それ以来私にあれだけ断食しろと言っておきながら

パン余ったんだけど、食う?」

飲み会やるんだけど、来てよ」

と、職場で声を掛けてくるのだ。パンなどは断ったが、もしかしたら飲み会などは誘いに乗るしかなくて物を食べている私を内心馬鹿にしているのかもしれない。お腹が空いてごめんなさい、ご飯を食べてしまってごめんなさい。後で全部ちゃんと吐いて綺麗にします。

エスカレートした被害妄想は止まらなくなり、仕事に行きたくなくて、消えない食欲の罪悪感から彼の顔も見たくなくてしょうがなくなった。でもデスクは隣だし、仕事も被っている。どうしても無理だ。昼休みを隣のデスクで過ごすことも苦痛で、女子ロッカー椅子腰掛けて過ごすようになった。

何らかの方法で胃を悪くしてご飯が食べられなくなれば彼は許してくれるのではないか。ふと、そんな考えが頭をよぎった。

これは名案かもしれない。

簡単に胃をやるとすれば、数年前にダイエットしていた時に一番効いたのは、アイスコーヒーの1Lパックを1日で2本弱飲み干した時だった。なるほどカフェインは胃酸の分泌を亢進させる働きがあるから、胃は傷めつけられそうだ。ついでに利尿効果もある。ちょうどいい。

カフェインについて調べると、そういえばエナジードリンクと錠剤の併用が原因らしいという死亡事件が一時期話題になっていたことを思い出した。カフェイン人間個体差はあるものの、ある程度摂取可能だが、その他の哺乳類にとっては猛毒である。また、人間にとっても中毒域と致死量の幅が狭い。嗜好品としてのコーヒー程度ならば問題ないが、錠剤の多量摂取は気軽にやると急性カフェイン中毒を引き起こすし、下手をすれば死んでしまう。

ならば、中毒域に入らない程度でカフェインを飲んでいい感じに胃を悪くしてやろうと思い立ち、ドラッグストアカフェイン剤を購入した。

家に帰って1回2錠1日2回までと書いてあった箱を開けると、茶色い錠剤が20錠出てきた。とりあえず2錠飲んでみたが、何の変化もない。

時計を見ると17時半。明日から仕事であることをまた思い出し、次第に同僚に会いたくない気持ちと恐怖と嫌悪感がむくむくと頭をもたげだ。いっそ身体が壊れればしばらく休職できるかもしれない。頭の中でカフェイン中毒量と致死量計算した。体重換算で一箱飲んだら中毒量は超えるが、致死量全然超えない。まだ両親も健在で、死ぬわけにはいかない。全部飲んでも死なないなら、いっそ全部飲んで身体さえ壊れてしまえばいいのでは。仕事休みたい。

気付いた時には20錠分の空のPTPシートを手にしている自分が、床に座り込んでいた。

タイミングよく実家母親から電話が来た。何を言ったのかは朦朧としていたためにあまり覚えていないが、同期が嫌で仕事に行きたくなさすぎて薬を飲みすぎてしまたことは伝えた気がする。

4時間半ほど経ち、動悸と頭痛、冷や汗と吐き気に苛まれているところに焦った母親が高速を飛ばしてやってきた。ベッドに横たわる私と、ゴミ箱の中の薬の空き箱やシートを確認すると、

「そんなくだらない男のためにこんなことしないで。死のうとするならママも一緒に連れて行って」

と泣き崩れてしまった。

大丈夫致死量は飲んでないか気持ち悪くて胃が悪くなるだけで、そのうち薬が抜けたらよくなるから……この量じゃ絶対死なないから。計算たから……」

その後のこともおぼろげなのだが、職場への救急搬送は意地でもされたくなかったため、一晩母親の付き添いで明かした。朝、立って歩くこともやや覚束ない状態となった私は上司電話をしたが、ODのことは踏ん切りがつかずに伝えられなかった。

気持ち悪くてずっと吐いてます今日仕事は出られそうにありません……」

腸炎か?ノロ流行ってるからなぁ。君、一人暮らしだろう?飯も食えない、水も飲めないだともう入院したほうがいいんじゃないか?受診手続きを整えるから

そう言って電話は切れた。上司はどうやら感染腸炎を疑っているようだった。母親病院で補液をして早く血中濃度を薄めるように、という。まず、上司や先輩たちは私が精神的に不安定だったことを知らない。ODを疑われる要素は職場には絶対にない。もし、血液検査異常などで疑ってかかられたとしても、抗不安薬抗うつ薬などと違って、カフェイン中毒はそれを念頭に置かないとバレる可能性は低いだろう。

そしてそのまま感染腸炎疑いとして入院となった。血液検査異常も少なく、ODはまるで疑われなかった。母親自分自身の通院があるため、入院手続きだけして実家とんぼ返りした。部屋を出る際、再度泣きながら

「もうこんなことしないでね。もし死にたくなったら一緒だからね」

と言われたことを覚えている。

気持ち悪さに苛まれている間、何よりも強く思ったのは少しくらい太っていてもいいから、本来なら美味しくご飯が食べられる身体大事にしたほうがいいということだ。

あれだけ好きだったお粥も、お魚の煮付けも、サラダも、まるで喉を通らない。無理に食べても全て数分後には吐き出している。制吐剤を打ってもらわないと夜は眠れないほど胃が辛い。切り取って水洗いしたいほどに苦しく、ベッドの上でひたすらのたうち回っていた。睡眠不足でうとうとすると悪夢が見える。同期が笑いながら私を蔑んでくる。はっとして起きると、気持ち悪さで苦しい。夜通しその繰り返しだった。

しかし、致死量までは飲んでいないのも本当で、制吐剤と補液で徐々に改善傾向にある。食事お粥半量程度なら口にできるようになった。それでも頭痛と心窩部不快感は残っているのだが。

こんな苦しい思いをするのなら、そして親に多大な心労をかけるならこんなことしないほうがマシだったと思う。

でも、食事が取れるようになってくると、再度食事をすることへの罪悪感が生まれてくるようになって来ているのも事実である。あまりにも辛かったこからODは2度としないが、もしかしたら退院できてもまたしばらくは過食嘔吐や拒食からは抜けられなくなるかもしれない気はしている。

ダイエットを考えている方々には、こんな自分身体を痛めつけるようなことはやめるべきと伝えたい。適度な食事制限と、運動が遠回りに見えても何よりの近道だ。むしろ少し太ってたって、美味しいものを美味しく食べられることは、こんな風に身体ボロボロにするよりは幸せかもしれない。

ダイエットしている人や、太っている人が周りにいる人は、その何気ない一言相手の心を大きく傷つける可能性があることを今一度考えて過ごしてほしい。私は思いとどまれたが、私も両親という枷がなければ勢い余って致死量まで飲んで死んでいたかもしれない。

自戒を込めて、記録に残そうと思った。

まだベッドから降りて動き回るのはつらいが、そろそろ退院と自宅療養が見えてきた。今は身体が辛くて精神も持たないため、今後の仕事での身の振り方や、今回の件に関しての相談をどうするかについては身体が良くなったら考えることにする。

2019-01-30

弱冠20代で倒れた話

私は小さい頃から運動が大嫌いだった。

球技も、走ることも、何もかも嫌いだった。

最初運動を嫌だと思ったのは幼稚園の時。

鬼ごっこをしていたのだが私は足が遅いからすぐ捕まる。

そして足が遅いから他の人に追いつけず、いつまでも私が鬼のままでゲームにならない。

小1の頃に測った50m走のタイム10秒強だった。

そしてそのタイムは高3になっても全く変わらなかった。

運動神経で学内カーストが決まるとはその通りで、高校生の時はいじめにあった。

陰口を叩かれたり物を捨てられたり移動教室を教えられなかったり。

殴る蹴るはされなかったので周りも誰も気づいてなかったと思う。

兄弟がすでに不登校だったので私まで親に心配させるわけにいかないと、毎日歯を食いしばって学校に行っていた。

高1の時の体育祭で、もうこの匿名ダイアリーにすら書きたくないくらい辛いことがあった。

具体的には書かないが競技で失敗して周りから大笑いされた。

次の年から私は体育祭に行けなくなった。

高2、高3の体育祭の日の朝に両親に手をついて休み懇願するのが本当に辛かった。

お笑い番組年末運動神経が悪い芸人を集めて検証するというのがあるが、本人の気持ちは知らないが私は別にそれはいいのではないかと思う。

だってそこに出てる人は笑われてお金をもらっているから。

全国放送の人気番組からここで爪痕を残せたら大きいだろう。

でも現実は、テレビじゃない世界は笑われてもお金はもらえない。

ただただ辛く悲しい気持ちが残るだけだ。

冬になると体育でマラソンがあった。

学校周りを5周、だいたい5km前後

よりにもよって学校の周りは傾斜になっていた。

全く走れない。

まともに走ってたら普通の人の3倍は時間がかかる。

ところで私は「走ってたらあったかくなるよ」という概念理解できない。

走ってても向かい風が冷たくて足がかじかむだけでなにをどう逆立ちしたら暖かくなるのか理解できない。今でもだ。

悪いことなのは重々分かっていたが、私は走るのをサボり見張りの先生がいない茂みの中でやり過ごすようになった。

そしていじめっ子がそれを先生に告げ口した。家に電話がかかってきた。

サボるのは悪いことだしいじめられてるからこうなるのは大体予想していた。

そして次から体育の先生にも不当に扱われるようになった。

人が見てる前で前に呼ばれたり自分だけラケットを回されなかったり、わざと平均台から落ちるような指導もされた。

あの女教師の私を睨む顔が今でも忘れられない。

それでもなんとか学校に行き、卒業した。

体育の成績は10段階中2だった。

1だと単位不可なのでまだ有情かと思えるのが悲しい。

そして大学に入り、体育はなくなった。

一応必修には含まれていたが座学も可のことで私はそちらを取り、無事単位も取得。

大学の立地も良く最寄駅から徒歩3分のところにあるため、私はその3分以外全く運動しなくなった。

清々しかった。嬉しかった。

大学人間関係リセットされ、もう運動神経を馬鹿にされることもない。

運動しなくていいってこんなに幸せことなんだと思った。

周りの「不健康なんじゃない?運動したら?」という助言なんて耳にも入らなかった。

21歳で倒れた。

よくわからないが自律神経がおかしくなっていたらしい。

高校時代いじめられてた私は学校ではスマホけが友達だった(持ち込み可だったのだ。気を紛らわす意味で本当に助かった)。

スマホばかり見て、自信がなく猫背で、食生活を気にせず(太らない体質なので好きなのを食べてた)、全く運動しない。そりゃまあ倒れるわな。

毎日吐いて息をするのも苦しかった。

私の周りにいる人はみんな私のことを心配して「大丈夫?」などと声をかけてくれた。

ここで私は悪魔方程式に気づいてしまったのだ。

できない運動をしんどくなりながらも頑張ってしたら笑われる。馬鹿にされる。

運動をせず不健康になったら周りは心配してくれる。

なんてことだ。こんなことな運動せず不健康になった方がずっといいじゃないか

回復してくると「運動した方がいいよ」と言ってくる人がいるが、やっぱり私の耳には入らなかった。

吐いて吐いて息もできない苦しみなんていじめられた時に比べたら屁でもないと感じてしまったのだ。

ちなみに退院した後父とジョギングに行ったが50代の父に全く追いつけなかった。

そして私は今日に至るまでやっぱり1度も体を動かすことをしていない。





私が倒れた時の医療費だってみなさんの払ってる健康保険から使われたり、職場迷惑がかかったり、家族心配させたりと私が運動しないことでどれだけ周りの人々が迷惑を被るかは重々承知しています

でも私は、もう何もできません。

先生にもいじめられたかジムに行ったり人に教えを乞うことが怖い、でも1人では何もできない。

臆病な不甲斐ない人間で本当にごめんなさいという懺悔書き込みです。

ふと運動であった嫌なことを思い出してグダグダ書いてました。校正してないです。読みにくくてすいません。

2019-01-24

毒親の話を読んで

毒親の話を読んで似た人がいて吐き出したくなって誰にも言えないからここに書く。

父親が妹を自分の顔に似ていると赤ん坊の頃から毛嫌いした。年子の長女の私の事は猫可愛がりし私の赤ん坊の頃はほとんど父親がかまっていたと聞いた。

物心つくと母は父親に甘える私に、お父さんは嫌いと言いなさい、じゃないとあんたの事嫌いになるよと言った。私は父親より母のことが好きだったので泣いてすがった。妹は構われずいつのまにか立っていたとのちに母は言った。

私は母の言う通り、あんたなんて嫌いと言いお父さんと呼ばなくなった。

父親は妹を泣かせて遊んだ。妹はこの世の終わりのような声で泣いた。泣き叫ぶ事を妹は中学生までやめることができなかった。母はそれを疎ましがって疎まれるのが怖くて私は声をあげて泣くことはなかった。

父親が妹をいじめて母と険悪になると私に母は産むんじゃなかったと言った。そう言われるのが怖くて私が父親に抗議する立場となった。そうすると母は父親の機嫌を損ねなくてすむから

父親が妹を意味もなく小突いたり、私だけを甘やかそうとすることを口汚く罵りながら、して欲しいことがある時は甘えてコントロールすることが私の役割だった。いくら私が、お前なんか嫌い、きちがい、と言っても父親は私にだけ甘かった。

妹の泣き叫ぶ声を私も疎ましく感じていた。母に父親とあのこさえいなければと言われ真に受けていた。ある日泣く妹を母は玄関から閉め出した。私は母を、もういいでしょ、と説得してからでないと鍵をあけることができなかった。私はくずだった。

小学低学年になり、すかしっぺをくらわすふりをするという遊びが流行った。まだ嫌いと言いつつ自分にやさしい父親甘ったれ感情が残っていた私は嫌がらせもこめてその遊びをとった。父親はニヤニヤと、してはいけない事だ、お母さんに嫌われるよ、と言った。母に嫌われることが何より嫌だった私は、ごめんなさいもうしません内緒にしてくださいと父親に謝った。父親内緒にして欲しがったら乳首をなめてと言って私はした。

中学年になると妹はストレス学校問題をおこすようになった。家のお金や私の物を盗み、怒るとお姉ちゃんがと泣き叫ぶ。住宅密集地だったため丸聞こえで近所の人に挨拶をすると無視されるようになった。

大人に指図して生きているのがわかるのか私は先生に好かれない子供だった。授業中に睨むなと叱られ母に相談すると、あんたは大人馬鹿にしていると言われた。

父方の祖父母にも生意気で可愛くないと言われいると母から聞いた。母方の祖母あんたがなつかないか引っ越したと言われた。妹も私も味方の大人はいなかった。

中学生になると妹は荒れ似た家庭の友達の家に入り浸るようになった。親の寝室にはアダルビデオの山があった。私はかまってくる男子学生拉致されて犯されるビデオを貸した。父親発情した男子馬鹿にしていた。その男子に好意をよせ胸を触らせてあげる女子などがいたが私が媚びないからそんな態度だと犯かすぞと言われた。ああ男はそうできるのかと肌身に感じた。

そんな中母が入院することになった。あまり帰ってこない妹と風呂場やトイレを間違えたふりしてあけようとしたり股関を見せてくる父親と過ごすことにノイローゼになった。

私は気が狂っていたんだと思うがお風呂の湯船に浸かり麺棒を股に刺した。自分自分を守った気がした。食欲もなく母が退院すると私が病院につれていか栄養失調だと怒られた。

卒業間近に父に愛人ができ、借金でも虐待でも別れなかった母は離婚を決意した。

その頃にはもう妹は我慢限界父親に反抗し物を壊し私や母に殴りかかるようになっていた。当然だ。母の兄が妹をなだめようと受け止めなんてできやしないのに近づき、妹が暴れると妹を罵った。母にその日の夜、あの子はいらないだろうと児相に預けるように言われたが断ったよと伝えられた。

小学生の時の帰り道けんかをして妹を泣かせてしまった。それを見た知らないおばさんが私を嫌な子だと非難すると、お姉ちゃんいじめるなとこんな姉妹関係なのに怒ってくれるやさしい子なのを知らないくせに助ける気なんかないくせに妹を馬鹿にした。今でもあの親戚たちが死んだら笑うくらいには憎い。

大人になり母親も兄と差別され搾取された子供だったと知った。

妹は社交的で可愛く人好きのする人間になった。でもいまだに心に爆弾を抱えているし、私に対して愛憎の入り交じった感情をもっているのがわかる。

私は妹が好きだ。お姉ちゃんは好きだと言ってくれる妹に罪悪感が消えることはないと思う。

2019-01-22

追記したよ  人は悩む、人は学ぶ、でもダウン症はみんな堕しているから私も。※1

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190120-00010000-yomidr-sctch

この記事についてるトップブコメ

地獄への道を善意で敷き詰めるナチが集っており、酷く嫌悪感を覚えたため当事者として筆を取りました。

先に結論だけ書くとダウン症理由中絶しなければならない世間を産んでいるのは

「一生支援できない人は、他人のこの種の決断に口出ししないでほしい。」

などとのたまう人達、君らだよ

おわり

さて、この問題当事者として言わせてもらうが「障害者は殺せ!」と声高に叫ぶ人の方がまだマシです。

今の時代はこの手の手合いはなぐり返しやすい、そりゃ理想を言えば0人になってほしいけどさ、そういう人いなくならないでしょ。

無視するなり、黙らせるなり、距離を置くなり、説得するなりできる。

しろね、最高に悪辣なのって、私は理解者ですよ、といった顔で障害者の淘汰に加担してる偽善者

つの時代もお前らが一番数多くの人間を不幸に陥れてる

あのなあ、一生支援できる人なんていねえよバーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーカ

もう本当にバカすぎる、バカ選手権があったら、優勝候補だよ、それは寿命のある個人でやることではなく、寿命のない国や行政法人しかできない事だよ。

そして国や自治体法人でやるためには、数が必要なんだよ、障害者の数が。

それなのに、障害を抱えているから〜、そんな理由で堕してりゃそりゃ障害児減るわ、あったりまえじゃん、理解者の顔で親を追い詰めてるのは、そこのスターつけてるお前らだよ

おまえら障害児を減らし、

国の支援を先細らせ、

障害児の親の数を減らし

情報を先細らせ

病院くらいしかケアできる施設がなくなり

そうして障害児を授かった親が将来に悲観して、堕胎を選びやすくなる、障害児への淘汰圧を産んでいるのは、偽善者の皮を被ったおまえらだよ。

一応確認だけど「誰もが安心して子供を産み育てられる環境があるべき」

とおもっていないってこと?それなら仕方ない、きちんと悪意で地獄への道を舗装していたなら、

おまえら善意を信じすぎた私の勘違いだ、謝罪する

けど、もし違うなら「誰もが安心して子供を産み育てられる環境があるべき」

と思っているなら、一応言っといてやる、健常児を安心して産み育てられる環境ってのは

いわんや障害児をや で考えなきゃ本当に一握りの特殊な人しか子供産めなくなるだけだぞ

( いわんや〜 がわからないひとは 親鸞聖人検索してね)

そんな世界へ加速させる言説はお控えなすってお控えなすって、私はおまえら善意地獄行きたくない

さて、ついでなのでダウン症児を持つ先達として、役に立つ情報もついでに書いておきます

ダウン症に限らず障害のある子を産んだら速攻でコープ共済の告知不要コースに入りましょう、入院予定が無ければ入れます

ほけんの窓口的なところを数件回って調べてみましたが、コープ共済以外で障害児が0歳から入れる医療保険はありません。

うちの子は年に3、4回入院するので現時点でも100万円くらい帰ってきてます

子供医療費無料ですが、子供は付き添い入院必要になるため、どちらかが仕事を休む事になり、大抵の場合収入が減ります

あと無料と言いつつ、なんだかんだで数万とかとられます(期間によりますが)子供の付き添い入院は親の収入保障保険なんて使えないので入院指示がでるまえに、なる早で入りましょう。

すでに入院指示が出ている人も、退院一定期間たてば入れますので検討にはずっといれておいてください、障害児は5歳までコープ以外の保険無いです。

ちないに付き添いといってもやることはありません

しょせん点滴のチューブ首に絡まって死なないように見てるだけのお仕事なのでたんぽぽ置くより簡単です

次に訪問介護をしてもらえないか主治医相談しましょううちの子は0歳からきてもらってますが週に数時間でも時間が開くのは助かります緊急時お金積めば日中みてもらえます、身内の葬式とかあると非常に助かります

ちなみにうちがお世話になっているところは赤ちゃん介護我が家だけなので誰が行くか取り合いだそうです。赤ちゃん可愛いからね、そりゃそうだ。

次に療育手帳を早めに取る計画を立てましょう港区話題児童相談所で取ります

おまえらー、ここメモしとけー、療育手帳とかとるとこなんだぞー

度合いによって療育手帳は、将来二十歳前の福祉年金になります。二十歳前障年金は、子供自身年金保険を「一度も納めたことない」のに降りる給付なので普通の老齢年金より要件が厳しくなっており海外居住すると出なくなったりします、まあそこは20歳以降なのでおいおい調べよう

まずは市役所にいって療育手帳はどこで申請すればよいですかー?と聞きましょう、多分最寄りの児相電話してねとか言われます

児相ごにょごにょ言ってきたら嘘でもいいので保育園に早く入れたくてーなどと言えば、何歳くらいから来ていいか教えてくれます手帳あると保育園も点数アップするよ)

他の障害は知りませんがダウン症だったうちの子を診てもらっている病院では、3歳まで取らないスケジュールで当初は説明されました

が、別に病院市役所連携しているわけでは無いので、さっさと市役所いきましょう。うちは満一歳で速攻予約して取りました

療育手帳を取ると、特別児童扶養手当がでます、なお、手帳なしでも特児は申請可能ですが、あった方が出やすいので取れるならさっさと取るべきです。

なんと月に3万〜5万。子供手当てとは別にます。おっと収入が800万超えると出なくなるので、自営業の人はちゃんと調整しましょう

振込先は、親名義の口座なので、メイン口座とは別の口座に振込ませて貯めておきましょう、振込手数料自治体もちです。毎年一月になったらお年玉という事で、たまってる分を子供の口座へ移動してから子供NISAへ入れましょう。特児は20歳までずっと出るので全部投資に回せばうちらが欲しかった不労所得子供以下略

閑話休題

療育では子供の成長度合いもちゃん定量化して教えてくれます。この定量化がすごく良い。この成長率をベース保育園では、現在3歳なのに1歳児クラスで見てもらってます

ダウン症児の話をしますがダウン症は成長が遅いです。生まれる前は知能発達だけが遅くて、体は成長していくから

力はあるのに心の成長が遅くて他害とかこまるんだろなーなんて思っていましたが、全然違いました、なんと体の発達も遅いです。といってもうちの子ダウン症用の成長曲線すら割り込むくらいなのでダウン症の中でも悪い方だけどね、三歳の現在で一歳半程度の成長率。

身体的には少し歩く程度、身長体重も一歳半程度、言葉ママ、パパ、マンマバイバイあとはダーダーとかぱっぱっぱっぱぱーみたいな破裂音やほぼ喃語みたいなものしか言えず、やっぱり一歳半程度。

ちなみに、歯が生えるのも遅くて一歳なっても生えませんでした。一歳半年でやっと1本という状態、歯くらいふつうに生えてくるんだろうと思っていたので、以外でしたね。

お金に関しては正直かからないどころか増える一方で、むしろ悩みは教育に関して

の子は両方とも大学附属の私立に入れたのでしばらく悩まないで済むのが救い(地方都市受験倍率も低く、習い事都内より安いか教育的に楽です)

ダウン症末っ子は成長段階が遅いだけで順次進んでいるから成長段階にあわせた学年で学べれば何も悩むことはないし

本来的には健常児であれ障害児であれ発達障害児であれ子供の成長にあわせて学年は選んであげるべきなんですけどそんな柔軟性は行政にありません

まあそりゃそうだ、はてな村進歩的を気取った人たちが

男と女 、老人と若者、健常児と障害

単純化した二元論しか見れていないもんね物事には濃淡があるのにさ

こんな文章最後まで読んでくれたはてな村のみんなには、くっだらない二元論世間に加担していないか、今一度自己を振り返って見てもらえれば幸いですよ

そして、腐敗臭漂う二元論は、今年度に置き去りにして新しい元号をお迎えしてもらえればなーと思うわけです。






質問は歓迎しますが、特定に繋がる内容は無視しますのがご容赦を

前述の記事のような状況なので、県×年齢だけでも一桁に絞られ、市内x年齢だけで一人に絞れてしまうので、あしからず

Q タイトル何?

A タイトルコピーメカさんで作成しました (http://www.copymecha.com)

Q 出生前診断したの?

A しました、何かしらの障害があった場合情報を集めて準備するためです

>生存者バイアスじゃねえか

という言及をもらったのですが、消されてしまったのでこちらに、追記

生存者バイアスっていうなら、子供がいること自体がもう生存者バイアスだよね

でも、なぜ健常児なら、まだなんとか育てられると思える人がいるか

元々私が嫌悪を抱いたブコメでも言われてたが

支援する気のない人は文句を言うな

みたいなこと書いてあったよね

健常児にはね、情報があるから判断することができる、コントロールすることができると思えるからじゃないかな?と私は思っている

足りない足りないとは思ってるけど、どんな支援があり、どんな保険があり、どんな教育を選べるか

情報は向こうからプッシュ通知でくるくらい、情報はある。

なぜ健常児には情報が取捨選択できるほどあり、障害児にはないか

結局数だよ、国の支援も、法人から支援も、NPOから支援もすべて、支援されるべき人の数がポイント

例えばね、うちではダウン症などの知的な子への早期教育としての歴史を持つモンテッソーリを受けさせたかたから、近所調べたけど健常児でうまってるわけだ。

そこで、親である私達がモンテッソーリ教師になればいいんでね?と思い、先生になるためのスクール通うことも検討したんだよね

でも嫁さんから、親が教師だとどうしても子供にとっても難しいとの懸念が示され、それならば先生になりたい人を集めて、団体作れば?まで検討はしたんだ

けど残念なことにビジネスするにはパイが足りない

から断念した。多少のサイズがあれば、助成金もだせるって市役所と話し合いまでしたんだけどね。

人は集団生活する社会性の生き物でさ、社会形成できる数がいないと、支援すらろくに行き渡せることができないんだよね

そう思わない?

からはてな記法よくわかんないんだけど、Markdownでいう > ってどーやんの?

障害児が減ったら障害児へのケアが先細るって、増えてる高齢者ケアは先細ってるんだけど。。。

箱も施設急ピッチで増やしてるよ

ただこれも実はわかりきってる問題があって

最盛期がわかっていて、その後減ることが明確にわかってるからだよ

今の数に合わせて箱作っても維持できない

モンテッソーリ教育ってめっちゃ金かかるって聞いてるんだけど、検討できるぐらい増田のとこ稼いでるのか気になる。

モンテッソーリ取り入れてる保育園が市内にあってそこ入れたかったんだよね、次の10月から消費税増税無料化される予定なので、私のお金はあまり関係がないよん

id:hark-k

こちらこそ、コメントくれてありがとう

2019-01-14

anond:20190114232552

死ぬことはないけど日常生活に支障をきたす持病を子供の頃から抱えてる

大変だな。

とはいえ死ぬことはないっていうのは余命宣告とかはされないって事で

ちょっとした無理ですぐ倒れて、ある程度成長するまでは何度も入退院をくり返してきた

やっぱ大変だな。

成長して入院の回数は減ったけど

それは無理をしないようにする術を覚えただけで病気改善したわけでもなく

いまだに少し無理すると倒れてしま

すげえ大変じゃん。

先日、年末年始の無理が祟ったのか随分久々に入院をした

マジか。

殊更に特別な無理をしたわけではない

そうなのか

医者が季節柄もあるだろうといっていた

ずっと見てくれている主治医家族自分自身

自分のことをどこかで そういう生き物 と認識していて

から仕方ないとどこかにある

そんな体で当然きちんとした仕事にはつけず、生活制限も多い

仕事制限つくとやっぱキツイよな

自分自分を「普通人間じゃない」って定義ちゃうのは辛いな。

という言い訳自分にしている自分死ぬほど嫌いだ

同じような状況でも頑張ってる人は五万といて

そういう人は自分みたいに病気言い訳にしやしない

もっと楽な状況の人も全然多いだろ

言い訳もある程度するんじゃないか

それに苦しみは本人だけのもので、他者比較するものではないと思うぞ。

自分を好きになりたい

だけどどうしても好きになれない

好き嫌い感情からコントロールはできないよな。

こんなこと絶対に言いたくないし、あまりにも失礼で考えなしで自己中心的発言になるけど

失礼とか考えなしとか、自分を貶めなくていいと思う。

吐いた言葉自分を縛る。

それでもいっそ余命のある病気だったら幾分良かったのにと思ってしま

それか、出来ることならそういう生き物じゃなくて、人間になりたかったなあ

自分人間に見えないかもしれないけど、俺にはお前が人間に見えるぞ。

まあ常々思うけど、「自尊心」がなくては人間人間らしく生きていけないな。

「僕はここにいていい」とか「帰る場所がある」とか「必要とされている」とかな。

最強なのは根拠もないのに自尊できるパーソナリティだな。

根拠のある自尊心根拠の部分が崩れたら詰むからな。

まあなんか、あるんじゃないか?意外と。世界は狭いようで広いしな。

死ぬことはないけど日常生活に支障をきたす持病を子供の頃から抱えてる

とはいえ死ぬことはないっていうのは余命宣告とかはされないって事で

ちょっとした無理ですぐ倒れて、ある程度成長するまでは何度も入退院をくり返してきた

成長して入院の回数は減ったけど

それは無理をしないようにする術を覚えただけで病気改善したわけでもなく

いまだに少し無理すると倒れてしま

先日、年末年始の無理が祟ったのか随分久々に入院をした

殊更に特別な無理をしたわけではない

医者が季節柄もあるだろうといっていた

ずっと見てくれている主治医家族自分自身

自分のことをどこかで そういう生き物 と認識していて

から仕方ないとどこかにある

そんな体で当然きちんとした仕事にはつけず、生活制限も多い


という言い訳自分にしている自分死ぬほど嫌いだ

同じような状況でも頑張ってる人は五万といて

そういう人は自分みたいに病気言い訳にしやしない

自分を好きになりたい

だけどどうしても好きになれない

こんなこと絶対に言いたくないし、あまりにも失礼で考えなしで自己中心的発言になるけど

それでもいっそ余命のある病気だったら幾分良かったのにと思ってしま

それか、出来ることならそういう生き物じゃなくて、人間になりたかったなあ

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