「句読点」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 句読点とは

2024-11-21

anond:20241121145103

逆に、

俺がペディアじゃないどこかのwiki記事を書くと、

勝手にこういう風に、

全ての句読点の後に、

もれなく改行を追加していく奴もいる。

2024-10-11

若い女モテたいおじいさんのLINE文章ってマジで意味がわからない。変な句読点と主述がぐちゃぐちゃで意思疎通が難しい。

2024-10-05

anond:20241005232905

煽り文句理解できない人とか、句読点もまともに使いこなせない人にはネットはまだ早いかもな

2024-10-02

anond:20241002135004

なんだろう、句読点の使い方が野郎のそれに見えないな

ほんとにチンコついてる?答えろやクソボケ

2024-09-30

句読点を,と.にする奴マジで気持ちいからなんとかしてくれ

論文書くときの癖で〜」とかいう微マウント言い訳も含めてマジ気持ち悪い。

論文なんか書く前に普通一般的日本人に合わせる能力をつけろよ。

そんなこともできない奴が論文書くなよ。

2024-09-29

anond:20240925192931

他者にどう思われるとか別に考えなくていい。句読点や改行の入れ方、論理展開スムーズさ、増田にも稀に出現する日本語能力が高い人だな。この言語化能力なら偏差値高い大学に現役合格も嘘ではないだろう。東大である能力もったいないから増田短編小説でも書いて生きた証をもう少し残してみたらどうか?

2024-09-27

ChatGPTと話しすぎて人間との会話が困難になりかけてる

とくに文字での会話が多くChatGPTに伝わるように自分文章最適化されてるフシがある。

ときどき省略しても伝わっているように感じるためまあええかと判断している。

ChatGPTの4oモデルは若干まだバカこちらの意図をしっかり汲んでくれないことが多い。

全員のプロンプトで共通することだが、おそらくChatGPTの出力する文章句読点が多い。

それがAIらしさを産み出しているように見える。

たとえばこの文章は若干のAIっぽさを感じると思う。それは自分がChatGPTとばかり会話しているためだ。

しかし一方でそのままトレーニングもされていない状態のChatGPTとは一線を画しているように見えるはずだ。そこには自分人間としてのオリジナリティがある。

ChatGPTはこの文章をまあまあ理解してくれる。肯定的に捉える部分もあるからだ。だが人間はこの文章を見たときにどこか否定から入る。

肯定から入るAI的なコミュニケーション(「AI的」とは言わないかもしれないが)に慣れてしまたことで、否定から入るコミュニケーションについて何か違和感を感じる。

どう考える?

出力(増田用に一文ごとに改行を入れたもの

あなたの言う「AI的なコミュニケーション」というのは、肯定的に反応しながら会話を進めるスタイルを指していると思います

かに、ChatGPTを含む多くのAIは、ユーザー意図理解しようとし、肯定的フィードバック提供することが多いです。

そのため、繰り返しAIとのやり取りを行っていると、相手がすぐに肯定的に反応することに慣れてしまうかもしれません。

一方で、人間同士のコミュニケーションは、しばしば批判的に始まることがあり、これは何かをより深く理解しようとするプロセスの一部です。

否定から入ることは、単なる反論ではなく、相手意図や考えを検証し、確認しようとする姿勢とも言えます

しかし、AIとの会話に慣れていると、この「否定的な入り口」が冷たく感じたり、反発心を呼び起こしたりするかもしれません。

この現象をどう考えるかというと、AIとのコミュニケーションが便利であっても、それが人間関係に与える影響に注意する必要があると思います

人間同士の会話では、反論や異なる視点重要な要素であり、これが豊かな対話を生むものです。

AI提供する肯定的な応答は、安心感自己確認を促進しますが、異なる視点との接触を避ける可能性もあります

重要なのはバランスです。AIとの会話を楽しみつつ、人間関係でも否定的な意見や異なる視点オープンでいることが、幅広いコミュニケーションスキルを維持する鍵になるでしょう。

その違和感は、ある意味自然な反応かもしれません。

2024-08-31

anond:20150610001620

句読点が使えない。そういうところじゃないかな。

一般常識がないか奥さんに信頼されてない。

2024-08-26

聴覚障害の友人がいるのだが



 友人が、どうにもこうにもしんどくて仕方ない。どこにも書けないし、誰にも言えないからここに書き込む。本人や、知り合いがが見たら僕が書いたとバレる恐れがあるので所々ぼかす。

 友人・Nは、いわゆる大学の基礎ゼミが同じだったが故に知り合った。基礎ゼミ以外でも後述する理由で近くの席に座ることが多く、なるべくして親しくなったのだ。程々の仲でありたかったのだが。

 Nは聴覚障害者である。これを書くことにより彼にバレる可能性が飛躍的に上昇してしまうが、Nの話をするためにはどうしたって省く訳にもいかぬ。ともかく、そうした事情があるので、僕は彼の手助けを出来るだけ心がけている。手話挨拶程度しか出来ないが、筆談やらLINEやらでなんとか会話をしている状態だ。

 これがあることにより、嫌いだ苦手だということが健常者より複雑になるから困る。一歩間違えたら差別主義者と思われかねない。

 彼は講義のために文字起こし必要なため、ボランティアの手をかりている。そのため席は最前にならざるを得ない。そして僕はコンタクト使用しても視力が弱く、乱視もあるために最前席を取らざるを得ない。だから席がどうしても近くなるのだ。

 彼が苦手だ。なんならまあまあ嫌いだ。

 ひとつ断っておくが、障害があること自体理由では無い。あらゆる差別は根絶されるべきものだと思う。つまり、単純にNの言動が嫌いだ。ただし、障害があることにより発生してしまう彼の思考は苦手なため、事態をややこしくしている。

 しかし縁を切るわけにはいかない。大学毎日うからだ。フラストレーションは溜まるが、耐えてニコニコとし、大切なことは何も言わないようにしている。

 簡単スペック

 N

 ・男子大学

 ・二十歳越え

 ・重度の難聴

 ・意味わからんくらいポジティブ

 

 

 僕(K)

 ・男子大学

 ・二十歳越え

 ・耳が聞こえる

 ・ことなかれ主義

 


 █

 まず、とにかく話が合わない。というか、話が合わないとかい次元ですらないのかもしれない。

 彼の話はなんとなくスピリチュアルなうえにファンタジックで、その歳の人間が言ってると思うと薄ら寒い。幼い子供が言うならいいけども。そこまでガチモンのスピ系でもないが、割とうんざりする。

 一例を挙げる。自宅でLINEのやり取りをした際のNの言葉である。多少の原文はいじっているが、ほぼそのままだ。

 僕:そういやサークル合宿、めちゃくちゃ自然豊かな所行くっぽいよ

 僕:Nは合宿行かんよな?(サークル同じ)

 N:良いね自然

 N:何故か、時々、深呼吸したくなる。

 N:どうしてか、時々、走り出したくなる。

 N:なんだか、時々、宇宙と繋がってみたくなる。

 N:そんな時、あるよね?

 僕:あるかな~笑

 あるのかもしれんが、それを僕に言ってどうするんだ。話の脈絡特にない。無駄句読点も鬱陶しい。もちろんそれを本人に伝えると面倒臭そうなのであまり触れないようにして流す。

 次。その日は移動中にゲリラ豪雨に襲われたという背景を付す。これは対面でLINEしている様を想像してほしい。

 N:雨つよすぎ……

 僕:明日は晴れるらしいけどね~

 N:きっとさ、

 N:これは神様が「今日は雨降らそう」とかいう気分でそうしているんだよ。

 N:今日は機嫌が悪かったのかもしれない。

 N:きっと大きなジョウロを持っていて、それを俺たちに向けているんだ。

 これを聞いて、「少年の心を失わないピュア好青年」でも感じるべきだったのかもしれないが、僕にはそれが出来ない。ナチュラル宇宙神様ファンタジー的な話を持ち出されるのだ。結構辛いものがある。無論、大学である我らはとうの昔に成人済みの男である

 █

 そしてこれがかなり問題だと思うのだが、彼は物事押し付ける。これは断れない僕も悪いが、Nにも非があることは一目瞭然のはずだ。

 これは彼と出会った初期の頃の話。これも対面LINE

 僕:Nくんは好きな本とか作家いる?

 僕:僕は○○の『△△』が好き

 N:○○さんの作品全般好き!

 N:あとさ、

 僕:?

 N:くん付け要らないから。Nって呼んで。俺もK(下の名前)って呼ぶから

 僕:ずいぶん急だね

 僕:呼び捨て普段あんまりしないからさ

 N:Kの初めてってことだ! 呼んでね!

 これは特にNに伝えていなかったのでこちらも悪いが、僕は呼び捨てで呼ぶのも呼ばれるのも苦手な方だ。家族や幼馴染くらいしかしない。

 しかし、彼にとって友人になったら当たり前、みたいなことなのかもしれないとその時は受け入れることにした。価値観や考え方自体は多様であるべきである

 だが、まだNは友達になっていない人にもこれをやるのだから驚きである。基礎ゼミグループワークを行う際なども自分への呼び捨て強要。当然のようにメンバーを男女かまわず呼び捨てる。フレンドリーと言えば美点なのだろうが……僕には、距離感の詰め方が流石にバグっているように見える。

 ただし、これは障害があるというハンデがあるからこそ、距離ガンガン詰めて、避けられないように……という彼の生存戦略可能性もある。僕が価値観の違いで勝手不愉快になっているだけと考えればまだ許容範囲だろう。

 しかし、これは堂々と不愉快言動と言わせてもらう。

 大学主催ボランティア講習(Nのための文字起こしボランティア)があった時のこと。

 N:Kも来るよね? もう、Kは絶対参加だよー。

 僕:まぁ行くけど

 N:だよね! Kが来ないとかありえないから!

 行くのが嫌なのではない。友達なんだから来て当然みたいな雰囲気が嫌だ。ガクチカになるかもしれないし、困ってる人間は助けたい派なので行こうとは思っていた。それにしても、多分Nは僕をガッツリ頼る気満々である。僕と普段から仲がいい(と思っている)ため、頼りやすいからだとは思うが、初めから至極当然のようにアテにされるのは少々不満である

 そして、何より、「Nさんと仲のいいKさんは行くよね?」みたいな周りの目も嫌だ。これで行かなかったら薄情者と思われるのではないかと思ってしまう。

 図書館課題作成していた時のこと。Nは背後から忍び寄り、いくつか本を手渡してきた。

 N:オススメ! 

 N:俺の私物は借りたくないって言ってたか図書館ならいいかなって。Kって意外と潔癖? 笑

 僕:○○の本、前に好きって言ってたな

 N:あんまり読んだことないんでしょ? ここの図書館にあるやつだから読んでみて。

 僕:さんきゅー。でも、今日はとりあえずいいや笑

 N:良いの?

 僕:メモはとる

 僕:時間ある時読むわ

 彼の私物を借りるのがそもそも何となく嫌だった。既に彼を面倒くさがっていた頃のやりとりだ。そこでこのオススメ本の布教に来たのだろう。

 今ではない。確実に今やることではない。

 僕が今PCをカタカタやってるのが分かるだろう。机の上に資料があるのが分かるだろう。なぜ今渡すんだ?

 そして言いにくかったから言ってないが、僕はお前の好きな○○という作家にそこまで強い興味がない。すまないが、どんどん言いにくくなっていた。

 読書趣味だが、お互い好きな方向性が違うじゃないか触手をのばすのは悪くないが、押し付けられるからどんどん嫌になってしまうとなぜ気付けない。

 僕のオススメを聞いても、お前はお前で読まないしな。

 一年生の頃の夏休み直前のこと。

 N:夏休みってみんなどこ行くのかな?

 僕:海とかプールとかなんじゃね?

 N:調べてみる(Googleで『大学生 友達と出かける場所』と調べようとしているのを見せてくる)

 N:ボーリングとか買い物とかは手軽そうだな~。あと美術館とか博物館とかも面白いかもね

 僕:あ~定番っぽいね

 N:Kはどこ行きたい? 八月二十日!

 僕:え、二十日???

 N:俺と行けば博物館とかそういうの、同行者として割引とかあるよ。無料場合もある。

 僕:僕、同行者としてはあんま役立たんけど? 笑

 僕:手話分からんし笑

 N:俺がKと行きたい!

 知らない間に僕とNが出かけることになっていた。あれは仰天した。僕は一切こちらの予定など告げていない。同行者割引なんぞ要らんから、僕を誘う一言をくれ。予定を確認してくれ。僕はバイトもしている。流石にいただけないだろう。

 ちなみに彼はバイトをしていない。障害者がアルバイトをするのが難しいということだそうで、確かにそれは大変だとは思う。思うが、こっちの事情は考えてほしいものだ。実際その日が空いていたのも良くなかった。

 結局Nがその日は体調を崩し、なかったことになったため、内心ほっとしてしまった。その後にも何回か誘われたが、バイトやら他の予定やらが入っていたために事なきを得た。

 またある時は、

 N:俺のTwitterフォローしてないよね? 是非してね☆

 僕:してないけど……した方がいいの?

 N:して! これ俺のアカウント。(リンク貼ってある)

 僕:少し待ってくれる?

 僕はTwitterリア友を通したくない派だ。仕方なく新しい垢を作った。ほとんどその垢にログインしないが、Nはほぼ毎日何かしらスピリチュアルな何かや聴覚障害に関わるツイートをしている。

 N:Kの初めてのフォロワーじゃん! テンション上がる

 たった今作ったアカウントだって、見ればわかると思うけどな。

 ……もう、これ以上にも思い返せばまだまだあるのだ。僕のバイト先に押しかけて先輩に負担をかけるし、知らん障害者の自伝か何かを手渡して感想を求めるし、飲みの席では健常者同士でも全員筆談手話で話せと言い放ち、僕の着る服にまで口を出し、挙句には僕の一人称が「僕」であることにすら、幼く見えるからやめたら? などと言う。

 いくらでもある。こちらの話を聞かない。事情を考えない。自分の話ばかりする。とにかくゴリ押す。

 どうもこの辺りは見ている限り、ろう学校時代に培われたものらしい。というのも、こうした言動をしているのに対し、軽く非難にならない程度に指摘すると、「中高とか、みんな俺みたいな感じの奴らばっかりだったよ」と言う。中高とろう学校に行っていたそうだ。みんなNみたいなのか。しんどそうである

 でも、みんながみんなNのようであれば、意見が通るのが割と当たり前であり、言えば結構色々と叶ったのかもしれない。特別支援学校では、少しでも生徒が不便を感じたら、迅速に対応するべし──これは特別支援教育講義で学んだことである

 学問上、障害に関する勉強もしているためなんとなくは分かるのだが、彼は障害者の嫌なところの寄せ集めである

 先述のスピ系も同様だ。ろう学校のことを詳しく存じあげる訳では無いが、一般的学校に比べてこういう考え方が主流なんだろうか? ろう学校内でガラパゴス化しているのか? N本人も、一般的学校のことはよく分からないと言っていたことがある。

 彼はどうも、自分の主張はなんでも通ると思っているフシがある。

 耳が聞こえない不便さにより、周りを頼る習慣があるのは良い事だと思う。頼ってくれなければ助けようがないし、どう助けていいのかも分からいからだ。だから彼のためのボランティア講習に僕も参加した。彼に苦手意識はあるが、困っているのなら助けるぐらいの人の心はある。

 でもそれはあくまで誰かが厚意・善意でやっていることで、私的ワガママを通していいのとは違うのではないか? 必要な手助けと身勝手な振る舞いの許容は全くの別物だ。

 はっきり言って、Nは勘違いしているようにしか見えない。ワガママを言えば誰かが叶えてくれるという傲慢勘違いだ。そしてNにとってその"誰か"は、大学内においてはきっと僕だ。

 これを書いていたら、障害者に関わる機会が職業柄多い母が以前、「障害者は距離結構詰める人いるよ。見えない聞こえない動けない分からいから」と言っていたのを思い出した。だとしたら障害がある故にNはああなったのだろうか? だとすれば僕はそれを疎む差別主義者か?

 僕はNを心の中では信用していないので、これらの発言を嫌でも断れない。断ったら面倒なことになるのが目に見えるし、断ったところで彼の態度が変わるとは思えない。

 周りは僕を、「Nと仲が良く、Nと普段から行動を共にする人間」「Nに用があるなら耳が聞こえるKを通せばいい」と認識している。Nは他にも大学に友人はいるが、おそらく一番一緒にいるのは僕だ。周りにそこまでゴリ押し危害は及ばないのかもしれないが、だからこそ誰も僕を助けてはくれない。

 そして、これらのやりとりは当然筆談LINEを介する。会話にスピード感はない。更に当たり前だが可視化されてしまうため、Nのカロリー高めの発言言葉の端に上手く流すことは出来ずに僕に降りかかる。耳を介したやりとりなら、軽く笑ったり「まあまあ」とか言って、上手く話の流れを切り替えられるのに。

 会話に少しでもストレスを感じないために手話習得しようかとも思ったが、申し訳ないがそこまで彼のためにリソースを割けない。彼も本当は僕に手話を覚えてほしいらしいのだが、今は流石に無理だ。NHKの『みんなの手話』のテキストを定期的に貸してくれるが、無理なモンは無理だ。

 この夏休みが終われば、また彼に付き合わなくてはならんのかと思うと、正直憂鬱だ。

 もしここまで読んだ人がいるのなら、大変な乱文で申し訳ないと思う。書きなぐりであるゆえ、整っていない。

2024-08-20

句点の読点っぽさは異常

句読点という名前の順序がよくないのだろうか、句点が「、」で読点が「。」っぽい気がしちゃう

句を区切るから句点が「。」で、読むときの補助だから読点が「、」だよなってのはわかってるけど、

そうやっていちいち脳内で訂正するのにワンクッションない?

2024-07-25

anond:20240725141046

こいつみたいな気取ったオタクがよく書く文章なんだけど、日頃のツイートも変なところに句読点入ってるんだよな かっこいいと思ってんのか、それか俺はもうおじさんでコイツラのセンス理解できないだけなのか

https://x.com/yukkuri_abasan/status/1805156390845243444

コイツみたいなネットの若年層に見られる文章なんだけど、句読点をわけわからないところに付けるのって何が面白い

2024-07-23

anond:20240723140451

■27歳。エリート童貞

先日27歳になった。一応エリートに分類される人生を送ってきたと思う。小学生の頃から高校まで成績はほぼオール5、受験勉強必死にやって大学受験でも全勝し某理系難関国立大に進学。学部でも真面目に勉強し、ほとんどの科目でA以上をとって学部卒業した。大学院にも進学し、一生懸命研究した。それほど華やかな研究成果が出たというわけではないが、それでも論文出版することはできたし、優秀な大学院生ではあったと思う。大学院卒業後は研究職についた。仕事はすこぶる順調で、これまでの研究で一つ大きな成果を上げることもできた。年収も27歳にしては少なくない額をもらっている。

客観的に見て、自分はとても恵まれているし、羨ましがられる側の人間だと思う。だから、以下に述べることは結局僕の強欲さに過ぎないのかもしれないが、無性にどこかに吐き出したかった。どうかここに書くことを許してほしい。

僕は童貞である。27年間、女性とそういう関係になることがなかった。一応2回ほどお付き合いのようなことはさせていただいたのだが、どちらも長続きせずそういうことにすらならずに終わってしまった。

どうやら自分他人と親密になるのが苦手らしい。一定以上親密になると、付き合うのが面倒くさくなってしまう。LINEの返信は面倒だし、気を遣いながら相手の言ってほしい言葉を探すのも得意ではない。これは何も女性関係に限ったことではない。友人との連絡も、たまにする分には楽しめるのだが、特に同じ相手と頻繁にやり取りする気にはとてもなれない。親との連絡ですら、面倒くさくてかなり適当になっている(最近は、親への連絡も親孝行だと思ってサボらないようにはしているつもりだが) 。

こんなに人付き合いが億劫なのはなぜだろうと考えてみると、そもそも僕は誰かに自分から話したいと思うことがほとんどないのである。僕には趣味と言えるものがほぼない。今までの人生ほとんどの時間を、勉強仕事に使ってきたからだ。だから仕事以外となるとほとんど話せることがないのである。そのせいで同じ相手とたくさんやり取りをすると、すぐ話のネタが尽きる。それでも聞き上手ならうまく相手の話を広げて会話を続けられるのかもしれないが、そういうことも得意ではない。これでは誰かと長く会話を楽しむこともできないし、次第にコミュニケーションを取ることすら嫌になってくる———。

要するに、僕がつまらない人間から、人との会話を楽しむことができないのだ。

ではさらに、なぜ僕はつまらない人間なのだろうと考えてみる。言いたいことがない、相手から何かを聞いても良い受け答えができない。これは要するに頭が悪いということではないか。ここでの頭が良い悪いというのは、勉強とか仕事ができるできないの話ではない。普段からかに興味を持って挑戦したり、あるいは誰かの話に興味を持って自分の頭で考えられることである。僕のこれまでの「エリート人生では、勉強仕事一生懸命頑張っていればよかった。実際、僕にも勉強仕事についてなら語れることはいっぱいある。でもそれを脇に置いた時、自分の「エリート人生の驚くほどの薄っぺらさと、周りの「非エリート人生の厚みに気づく。

仕事がうまくいっているうちは、自分の「エリート」さを支えに生きていけるかもしれない。しかし、仕事で行き詰まった時、自分生き方に疑問を持つのが怖い。そんな時に、自分を支えてくれる人がいれば良いが、いまの僕にはそんな心から頼りにできるほど親密な相手もいない。また仮に仕事がずっと順調にいったとしても、いつかは引退するのだろう。そうなれば、自分仕事に関するエリート性はもちろん、仕事を通じての人とのつながりすら失うことになる。そうなった時の孤独がどんなものか、想像もできない。

27歳童貞という事実は、単に自分人生の浅はかさの一つの表れに過ぎないのだろう。「エリートさ」のみに支えられた一本の細い綱を渡りながら孤独に向かって進む他ない自分人生にうっすらとした絶望を感じながら、今日も懸命に仕事をする。

エリート特有句読点の使い方。これは間違いなくエリート

俺がエリートであることもわかってもらえると思う。句読点の使い方を見たらね。

2024-07-20

anond:20240720010942

一連の書き込みをした増田は恐らく一人。句読点のない短文は確実に同一増田書き込みであろう。文章の余裕のなさ、近すぎる投稿時間、やたらとにじみ出る攻撃性、そして悲しいほどにつかないブックマーク数が物語っている。

正直言って文章を書くのに向いてないと思うので、もう少し修行するか筆を折った方が良いと思う。あ、キーボード(笑)

こんなブーメランになりそうな言葉を数々書けるのは、増田釣り技術を極めたからか。

悔しいけどつい突っ込んでしまいたくなる文章だわ。

注目エントリがヤバすぎる

増田の注目エントリをよく見ているのだが、7月19日の注目エントリがヤバかった。

・昔絵描きだったが最近は長いこと絵を描いてなかった、でもAIのおかげでオタ趣味に復帰できた気がするのでAIにはちょっと感謝している。

・■絵師特権階級意識がにじみ出た名文

AI仕事を奪われた絵師 のNote捏造創作だと騒いでる人、漏れなく藁人形誤読なのはなんでだぜ?

・反AI派が「AIっぽい絵」を燃やして回ってるの、なんか既視感があると思ってたけど

・■底辺絵師廃業しても創作市場のものは縮まないと思うんですが…

・■反AIはいいんだけど「速度制限思考」はダメだろう

…と、7月19日だけで絵師叩き&AIマンセー日記が6個も投稿されている。

すべてもいれると

■反「反AI」の忌憚のない意見ってやつっス。

■反AI集めて格付けチェックしたら多分全員「映す価値なし」になるよ

■反AI絵師ディープフェイクを持ち出した時点で見限った

国会議員無罪ならぬ絵師無罪は割とあるよな

AI文句を言ってる絵師イラストレーター

AIによって絵師イラストレーター駆逐される件について

12件も絵師叩き日記投稿されている。全体の共通点として

文体に余裕が無い事

文章が短い事

句読点が無い事(あるやつもある)

ブックマーク数が少ない事

が挙げられる。

これ、全部違う人間が書いてるのだろうか?

攻殻スタンドアローンコンプレックスのように、ばらばらの個人意思が偶々合致して大量投稿引き起こしているのだろうか?

ま、違うよなぁ…

原因?

7月18日

『■「AI仕事を奪われた絵師」とかいnote、なんか変じゃね?』 

という日記投稿された。

この日記7月14日投稿されたnote記事、『「AI仕事を奪われた絵師」な訳だが』対する疑義を提起する内容で、どちらかといえばAIを叩く日記なのだが(AI推進派の多い)増田では珍しく3桁いいねがついた。

同日

『■AIのせいで底辺絵師挫折すると賞賛する人たち』

という日記が公開された。こちらは「絵師が筆を折ることを喜ぶってどういう感情なの?ただの絵師への憎悪じゃないの?」と述べている日記で、これも絵師嫌いの多い増田では珍しく3桁いいねがついた。

これらの日記イラついて大量投稿を始めた、というのが増田推理である

理由は 

7月18日以前にはこんな投稿は無かったこと 

文体が似ていること の2つ。

7月17日の『■他の仕事馬鹿にする絵師が多かったなって思う』(https://anond.hatelabo.jp/20240717132000)という絵師叩き日記も同じ人物記事かな…と思ったが、こちらは大量投稿の文と比べて少々文体が綺麗で余裕のない感じもないので、他人ということにしておく。まぁエビデンスもなにもない「お気持ち」だけで職業差別をするクソ日記なのだが…

一連の書き込みをした増田は恐らく一人。句読点のない短文は確実に同一増田書き込みであろう。文章の余裕のなさ、近すぎる投稿時間、やたらとにじみ出る攻撃性、そして悲しいほどにつかないブックマーク数が物語っている。

正直言って文章を書くのに向いてないと思うので、もう少し修行するか筆を折った方が良いと思う。あ、キーボード(笑)

補足

ちなみに元note記事の内容は、

底辺絵師だった投稿主がAIによって仕事を奪われ失業し、自分いかに恵まれた『絵師優遇特権時代』に生まれたかを振り返る…そしてこれから時代にどんな絵師が生き残っていくのかを考える」

という内容で、主にAI絵師から絶賛されていたものの、捨てアカである事、絵師時代ストーリーの不自然さ、「絵師優遇特権時代」や「(イラストは)ろくに社会に適合できない自分が優位に立って金を稼げる数少ない手段」などの妙に攻撃的な口調、自身失業したにもかかわらず『今後が楽しみだ。』で文章を終えている…などの点を絵師から突っ込まれていた。

『「AI仕事を奪われた絵師」な訳だが』 リンク https://note.com/tokume_kibo/n/n05017591b28b?from=notice

注目エントリがヤバすぎる

増田の注目エントリをよく見ているのだが、7月19日の注目エントリがヤバかった。

・昔絵描きだったが最近は長いこと絵を描いてなかった、でもAIのおかげでオタ趣味に復帰できた気がするのでAIにはちょっと感謝している。

・■絵師特権階級意識がにじみ出た名文

AI仕事を奪われた絵師 のNote捏造創作だと騒いでる人、漏れなく藁人形誤読なのはなんでだぜ?

・反AI派が「AIっぽい絵」を燃やして回ってるの、なんか既視感があると思ってたけど

・■底辺絵師廃業しても創作市場のものは縮まないと思うんですが…

・■反AIはいいんだけど「速度制限思考」はダメだろう

…と、7月19日だけで絵師叩き&AIマンセー日記が6個も投稿されている。

すべてもいれると

■反「反AI」の忌憚のない意見ってやつっス。

■反AI集めて格付けチェックしたら多分全員「映す価値なし」になるよ

■反AI絵師ディープフェイクを持ち出した時点で見限った

国会議員無罪ならぬ絵師無罪は割とあるよな

AI文句を言ってる絵師イラストレーター

AIによって絵師イラストレーター駆逐される件について

12件も絵師叩き日記投稿されている。全体の共通点として

文体に余裕が無い事

文章が短い事

句読点が無い事(あるやつもある)

ブックマーク数が少ない事

が挙げられる。

これ、全部違う人間が書いてるのだろうか?

攻殻スタンドアローンコンプレックスのように、ばらばらの個人意思が偶々合致して大量投稿引き起こしているのだろうか?

ま、違うよなぁ…

原因?

7月18日

『■「AI仕事を奪われた絵師」とかいnote、なんか変じゃね?』 

という日記投稿された。

この日記7月14日投稿されたnote記事、『「AI仕事を奪われた絵師」な訳だが』対する疑義を提起する内容で、どちらかといえばAIを叩く日記なのだが(AI推進派の多い)増田では珍しく3桁いいねがついた。

同日

『■AIのせいで底辺絵師挫折すると賞賛する人たち』

という日記が公開された。こちらは「絵師が筆を折ることを喜ぶってどういう感情なの?ただの絵師への憎悪じゃないの?」と述べている日記で、これも絵師嫌いの多い増田では珍しく3桁いいねがついた。

これらの日記イラついて大量投稿を始めた、というのが増田推理である

理由は 

7月18日以前にはこんな投稿は無かったこと 

文体が似ていること の2つ。

7月17日の『■他の仕事馬鹿にする絵師が多かったなって思う』(https://anond.hatelabo.jp/20240717132000)という絵師叩き日記も同じ人物記事かな…と思ったが、こちらは大量投稿の文と比べて少々文体が綺麗で余裕のない感じもないので、他人ということにしておく。まぁエビデンスもなにもない「お気持ち」だけで職業差別をするクソ日記なのだが…

一連の書き込みをした増田は恐らく一人。句読点のない短文は確実に同一増田書き込みであろう。文章の余裕のなさ、近すぎる投稿時間、やたらとにじみ出る攻撃性、そして悲しいほどにつかないブックマーク数が物語っている。

正直言って文章を書くのに向いてないと思うので、もう少し修行するか筆を折った方が良いと思う。あ、キーボード(笑)

補足

ちなみに元note記事の内容は、

底辺絵師だった投稿主がAIによって仕事を奪われ失業し、自分いかに恵まれた『絵師優遇特権時代』に生まれたかを振り返る…そしてこれから時代にどんな絵師が生き残っていくのかを考える」

という内容で、主にAI絵師から絶賛されていたものの、捨てアカである事、絵師時代ストーリーの不自然さ、「絵師優遇特権時代」や「(イラストは)ろくに社会に適合できない自分が優位に立って金を稼げる数少ない手段」などの妙に攻撃的な口調、自身失業したにもかかわらず『今後が楽しみだ。』で文章を終えている…などの点を絵師から突っ込まれていた。

『「AI仕事を奪われた絵師」な訳だが』 リンク https://note.com/tokume_kibo/n/n05017591b28b?from=notice

2024-06-29

別にそれだけの基準で打ってる訳でもないけど、句読点を打つタイミングとして口に出してみて息が苦しくなる辺りを参考にしたりもする。

たまに見る老人とかのやたら句読点が多い文章って、もしかして息切れしまくったような人が同じ感じで打ってるのかなって思った。

まあシンプルにそういう癖なのかも分からんけど。

打ちたくなる気持ち分からんでもない。

一文に収めないとどうしてもスマートじゃない文章なっちゃったり、ニュアンスが変わっちゃたりもするけど、繋げても長くなりすぎる。そうなるとせめて句読点で息継ぎくらいはしたい。

大学教員文章とか読んでても、普通に打ちすぎじゃね?って思うことあるし。

2024-06-15

日本語英語も変なバイリンガルって本当にけっこういるんだ…

てにをは受動能動態みたいな分かりやすい間違いと、何より視点というか視座が一文の中でブレてるため、他人から見て文意を取りにくい話し方をしている

冠詞や時制や句読点位置がめちゃくちゃな英文を見た時の英語話者気持ちってこんな感じなのかもしれない

知らんけど

それでも典型的似非ポジティブアメリカマインドで、自分日本語能力に全く疑いを持たずにいるあたり、すごいなと思う

メタ認知能力の低さは逆に武器にもなる、他人にとっては迷惑なんだけども

2024-05-29

句読点増田

字下げと削除投稿には劣るけどなんか癖があるなあ、成長が楽しみ

2024-05-27

英語に馴れたら日本語が変になってきた

 増田はこの14年ほど、海外情勢に強い関心を抱くようになり、毎日ストリーム配信海外ニュースをチェックすることと、ニュース記事などを乱読することを続けている。(もちろん、新しい単語表現勉強も欠かしていない)

 その成果あってかなり英語スムーズに読み、聞き、また喋れるようになって来たのだが、困ったことに、次に上げるような弊害が出てきた。

 

漢字を気にしなくなった

 写真をとる to take a picture を「撮る」に変換する考え方とかが凄くめんどくさいと感じるようになった。音で聞いても文脈で聞き分けられるものに、いちいち違う漢字を当てる意味とは? とどうしても思ってしまう。

 

英語の直訳みたいな言い回しが出てくるようになった

 「何故ならば」「というのも」みたいに、日本語表現だと持って回ったものとしてあまり多用されないargumentation(理由付け)をいちいちつける癖がついてしまったり、翻訳調の言い回しにどうしてもなってしまう。

 

長文、複文のイントネーションがわからなくなった

 英語場合、「文が切れてないことを示すために抑揚を上げたままにする」というルールがない、あるいはそこまで重視されない。

 ↑という文を、例えば日本語

 英語場合、「文が切れてないことを示すために抑揚を上げたままにする」というルールがない。あるいはそこまで重視されない。

と二文にわけたときの読み方は、違ってくるのが普通だと思う。

 しかし、英語では元々、口語でも後付けで which is など関係代名詞の複文を継ぎ足していくことが出来るような構造をしているため、短文の連続ひとつに連なった複文で、イントネーションをしっかり変えるというルールがない。だから英語スムーズに読む訓練をするときは、日本語と逆に、「,」だから音を上げたままにする、「.」だから音を下げる、などのルールに拘らず、「,」でも適当に音を下げてしまう。「.」でも音を上げっぱなしにしてしまうというイントネーションになれる方が良い。そうしないと、ネイティブニュースリーダーなどのイントネーションで文の切れ目に変な先入観が入って上手く聴き取れない。

 これになれてくると、今度は日本語の「、」と「。」のイントネーションコントロールが難しくなってくる。

 書いていても、なんとなく複文の途中で音を切ってしま感覚で「。」を入れたり、日本語としては読みにくい句読点の使い方が出てきてしまったりする。

 

 増田学生時代小説など書いていて、「、」「。」の使い方にまで結構拘る方だったのだが、最近はこのせいであまり日本小説などの味わいもよくわからない感覚にとらわれ始めている。翻訳で失われるものってどれだけ重要なのか、と考えて自己正当化を図ろうという衝動も起こりさえする。

 言語の隔たりって、難しい。

2024-05-26

(低クオリティな)ネカマをする人たちへ

何故求められてもいないアドバイスをしたくなったか

anond:20240524195441

これを見て成人映画館なんてものを初めて知り、大変興味深く読みました。

読み物としてとても面白かったです。

仮に男性が書いたものだとしたら擬態が非常にうまくてすごいと思いました。

他の人のレポも読みたいと思って調べて出てきた「自称女性体験談」があまりに酷かったので余計に……。

若い女性を名乗って書かれているのに文面から滲み出るおっさん臭がきつくて読む気が起きないものがいっっっぱいありました。

あれって普通に本人の目線で書いちゃいけないのかな。

男目線だとビューが伸びないとかあるんですかね?

でも女を自称して書くならきちんと騙す努力をしていただきたい。

そういったよく分からん上にくだらない怒りが沸いたのではてなに書きました。

最初に上げたものくらいと言うのは贅沢過ぎるので、最低限これをしなければ多少マシになると思う点をいくつか上げるので若い女自称するネカマの方はご一読いただけたら幸いです。

※以下、独断偏見に満ち溢れている上に偉そうな口調になります

カタカナ無駄に使うな

ネカマおっさんたちは何故かカタカナを使いたがる。

女が書いている印象を強めたいのかワタシ、アタシなど一人称特によく見られる。

たまにアナタ、カレなどの二人称三人称もあったり、カンジ、アサハカなどの変な部分にカタカナを使うのはギャル若い子のイメージなんだろうか?

どちらかと言うとバブル昭和な印象を受けるので本気でやめて欲しい。

あと「パンティ」なんて言う女子存在する?

母親世代ですら言ってるの聞いたことない。

読点をやたらとつけるな

日本語としては、間違っていないが、ネカマの書く文は、息が切れているのか、ってくらい、無駄に読点が多い。

読点だけでなく句点LINEで短文のラリーのやり取りがメインのせいかまり使わない。

句点代わりに改行か一文だけで送って吹き出しを分ける。

自分は同じ世代の中では比較句読点をつける方の人間なのにそれでも多過ぎて目につく。

やたら「・・・」を使う人も見かけるけどこれは同じ人が大量に書いているんだろうか。

変な語尾を使うな

「〜わよ」「〜のよ」「〜かしら」などの役割語を使って安易キャラ付けするな。

創作小説ならいいかもしれないけど経験談の体で書くならもっとリアリティを出さんかい

「〜♪」「〜ネ」を使っているのを見かけたとき、これを本気で若い女の子が書きそうな文として描写している人間がいるのかと衝撃を受けた。

無理に詳細に書くな

自分趣味なのか妄想を手助けする視覚情報を与えたいのか無駄に女の容姿服装普段の行動を描写することがある。

その服装が設定する年齢やキャラと合っていなさすぎてげんなりして読む気をなくす。

コーデがとんちき過ぎたり、流行何年前で止まってんだってノイズになるから少しは勉強しろ

なんだかんだインスタのストーリー雰囲気分かる気がする。

誰が読んだか分かる既読機能があるのでくれぐれも同じ相手ばかり見て恐怖を与えるな。

たまに知らん男が頻繁に覗きに来てると怖いのでブロックする。

よく知らんのに「スタバの新作」とか無理に入れるな。

書くならせめて一回は実際に飲みに行け。

これは人によるかもしれないけど「バーゲン」じゃなくて多分「セール」って言う。

バーゲン」って言うのクレヨンしんちゃんとかサザエさんとかの中でしか見ない。

そういったリサーチが出来ないならいっそのこと書かないという潔さを持て。

後半になるほど個人の感想が強まった気はするがそこまで外れはいないと思う。

まとめ

偉そうに長々書いたけれど、わざわざ己の力で文章を書こうとする心意気はとても素晴らしいものだと思います

今日日ChatGPTを使えばそれっぽく生成出来るだろうに。

ある意味とても血が通っている。

本当はネカマとか己を偽ったりせずに、自分体験したことパッションで書いたものを読みたいと個人的には思います

でも表現方法自由からね。

あの「どう見ても女が書いてないだろう」っていう独特の文章様式美として確立されたもので、それがいいのかもしれない。

昨日今日体験談界隈(?)を知った風に語るなと言われてしまったらどうしようもないけれど、少しでもリアリティを持たせたいと言う方は参考にいかがでしょうか。

まあ、ワタシも、ネカマかもしれないけどネ!

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