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はてなキーワード: 大学時代とは

2018-01-19

anond:20180119123024

勉強したいだけなら大学に入ればいい。

ふつう入学してもいいし学校によったら聴講生みたいな、働きながらでも学べる手段はいくらでもある

でも、大学生になりたいとか青春を取り戻す!とかいう心意気なら迷惑から大学に入らず自分勉強しろ

自分語りウザーだけど自分大学時代同級生大学生になりたかったおっさんがいて年の差もあるし話も合わなければ年上だからって横柄な態度もクソだし避けられても空気読めないし、かなりうざがられていたし嫌われていた。2回生か3回生か忘れたけど途中で見かけなくなった。

いずれにせよ同級生はみな年下ということを忘れちゃいかん。絡みにくいと思われる覚悟はしなきゃならん。

仲良くやれる人はいるだろうけどそんな人ばかりではないからね。

2018-01-18

めちゃくちゃなホワイト企業に入ってしまって困っている

なにも考えずに大手企業に入った。ここがめちゃくちゃなホワイト企業だ。

前日に上司一言いえば自宅作業OKオフィスに出勤していてもフレックスなので日が落ちる前に帰っても何も言われない。

技術職と営業職が完全に分かれていて、技術職には数値目標ほぼほぼない。無理なスケジュールも組まれない。

社内はもっと労働時間を短くしよう、多様な働き方を認めよう、給与を上げようという機運が高まっている。

大学時代の同期と話すとまったく話しが合わない。まだまだ残業が多い会社がたいはんなんだなと感じる。

人間関係に悩み、将来に不安を感じ、お金のやりくりの心配をしている彼ら。

それに対して労働時間が短い、給与が高い、安定している、という自分はなんという高等遊民になってしまったのだろうかと後ろめたい気持ちになる。

ぼくと彼らを分かつものは、たまたま入る会社が違っていた、というだけだ。

惜しくも正社員になれなかった派遣社員フリーター諸君と話すと同じ国に住んでいるのだろうかと感じることがある。

やっていることにも大差がなく、会社が違うというだけでここまで生活に差が出ていいのだろうか?

今日は気分が乗らないな」と夕方になる前に帰り、街をぶらぶらして映画を見ている自分は、このままでいいのだろうかと感じている。

2018-01-15

女性としての自信がない

みんな、自分性別をどうやって受け入れているんだろう。

私の性自認女性だし、恋愛対象男性だ。

だけど、いつも自信を持って「女性です!」といえない。


ずーっとその理由を考えていたのだけど、

社会的女性像を追う自信がないからだと最近気がついた。


身長170cmの25歳。

ちなみに某大学工学部卒業してエンジニアとして働いている。

このスペックだけで女性の中でニッチ存在であることは間違いない。


から女性らしい服装をすることにすごく抵抗があった。

振袖を着るのにすごく抵抗があり、成人式は参加しなかった。

かわいいとは思うけど、自分が着るのは何か違うと思っていた。

会社には文句言われない程度に女性っぽい服装を着て通勤している、コスプレだと思ってる。


高校生の時から工事現場おっちゃんに猛烈な憧れがあって

大人になったら私もああいおっちゃんになるんだ!!」

とひとり鼻息荒く意気込んでいた。

工事現場おっちゃんは電車に乗っているサラリーマンより

毎日楽しく仕事をしているように見えた。

工学部に進学したのも必然だった。

大学時代にした工場バイトがもう最高に楽しかった。

作業服を着れるだけで幸せだし、電動ドライバ自分身長くらいの金属板に

部品を取り付けるのもすごい楽しかった。

やればやるほどコツを掴んで効率よく仕事できるようになっていった。


色々悩んだけど、エンジニアとして就職することに決めた。 

社会人になって仕事にも慣れ、

キャリアプランゆっくり考えてみよう、と思ったとき

私の20年後工事現場で働くおっちゃんになっていた。

あれ、性別変わっとるやん。

もう一度冷静に考えてみた。やっぱりおっちゃんになっている。

あれ、私って性別どっちだったっけ?


結局そのもやもやが消えなくて、

今年の4月から作業服で働く仕事転職することにした。

おっちゃんに近づく方向にキャリアを変更してしまった。


私が女性らしさを押し殺すことになったのは

人に迷惑をかけてはいけないと考えて生きてきたうえ、

身長170cmかつ体がとてつもなく丈夫(親に感謝)で

人に頼らなくても実際なんとかなることが多かったからだと思っている。

それに、群れるのが苦手でひとりでふらふらするのが好きだ。


あと、祖母がおらず、

母親もかなり男性的な思考回路の持ち主だったため、

成人までの生活環境に女性らしい女性がいなかったことも影響していると思う。


でも、これから年を取れば取るほど、

社会的女性としての役割を求められる機会が増えるのは間違いない。

仕事では社会人として女性らしさを求められる場面も増えてくるだろう。

プライベートでは「結婚まだ?」という親戚プレッシャーも迫ってくるだろう。


結婚して、子育てして、仕事も両立しちゃって、

みたいな生活が全く想像できない。


そんな私にも、彼氏ができた。

彼氏ができれば自分女性だと認められるようになるかなあなんて

思ったけど、そういうわけでもなかった。

やっぱり20年後おっちゃんになってるんだ。

ごめん、彼氏。私、20年後おっちゃんになるんや。


もちろん、彼氏のことはすごく好きだし一緒にいてすごく心地よい。

だけど、女性として好きでいてくれている人にこんなことは相談できない。


20年後おっちゃんじゃない自分想像できるようになるには

何が足りないのだろうか。 

またしばらく考察が続きそうだ。

2018-01-14

ブスだけど私も男性に産まれたかった

anond:20180113163358

私は元増田の言うところの性交不可能な女だ。

とうとう、ほとんど恋愛たことがないまま、29歳になってしまった。

ここで、私も思うこととしては、男性に生まれたかった、ということである男性であれば、私は勉強仕事やその他いろいろの努力によって、人並み程度には幸せになれたかもしれないからだ。

自分がブスだと気づいたのは小学校二年生の頃だ。子供だけで参加するキャンプで初対面の女の子たちから、どうしてブタみたいな鼻をしてるの?どうしていつも目が開いてないの?とからかわれた。

それでも一縷の望みを持って、ピチレモン記事を参考にまつ毛をカールさせたり、眉毛を抜いたりしてみた。しか小学校高学年の頃、親戚の集まりでの祖父一言希望は打ち砕かれた。

「(従姉妹の)◯◯ちゃんは美人だし、◯◯ちゃんは愛嬌があるのに、どうしてお前だけ不美人なんだろうなあ」

私の従姉もとりわけ美人ではないが、私と比べればマシ、というか全てのパーツが悪いわけではない。父と母のそれぞれ悪いところだけを受け継いだのが私の顔だ。

私のような容姿人間調子に乗ってはダメだと思った。元来目立ちたがりだったが授業でも手をあげず、誰もやりたがらない係につくようになった。

それでも中学に入ると、周りが私を放ってはくれなくなった。男子による、学年ブスランキングの始まりである。毎回一位の私は、近づくと菌がつくと男子いじめられ、女子からは見えないものたして扱われていた。それは容姿のせいだけでなかった。

毎回二位の田中さん(仮)はクラスの一軍に入っていたからだ。田中さんは頭の回転が早く、どんなブスいじりに対しても軽妙な切り返しで笑いに変えることができた。私はそれができず、ブスと言われても曖昧に笑うことしかできなかった。

(そういえば今思い出したが、女子で唯一積極的に私をいじめていたのは田中さんだった。同じブスとして括られたくなかったのかもしれない)

しかしそれでも中学時代勉強だけはそれなりにできた。自分を軽んじている相手に勝てる唯一の手段だったし、母親からは「親は先に死ぬから勉強して手に職をつけなさい」と言われてきた。(今思えば、私の結婚をはなから諦めていたのだろう)

おかげで高校は、偏差値の高い女子校入学できた。高校時代は楽しかった。クラスでも目立たないオタクコミュニティに入れてもらえた。それほど二次元への情熱があったわけではないが、当時流行っていたテニプリおお振りテーマに誰かと盛り上がれることが楽しかった。

調子に乗って東京大学に進んだのが間違いだった。サークルに入ろうと新歓コンパに申し込んだが、連絡は一件も来ない。クラスでも私以外は垢抜けた人しかおらず次第に孤立した。せめておしゃれを頑張ろうと思った。キャンキャンに載っていた一重でも可愛く見えるメイクを試した。えびちゃんと同じ服を着て同じ髪型にした。「勘違い」と嘲笑されただけだった。

一人暮らしだった私は毎日学校に通っていながら、誰とも話さない日が続いた。一人でご飯を食べているのを見られたくなくて、昼食は抜くようになった。半年もせずに学校で私は意識を失って倒れた。気の遠くなるような精密検査の結果、鬱と診断された。母親実家に連れ戻され、大学を休学したものの結局中退した。

数年間の静養の間、親は私を責めなかった。でも学費無駄にさせたこと、60歳近くになって世話を焼かせてしまっていることの償いとしてせめて働こうと思った。十数件のアルバイトに応募し、ファミレスキッチン採用された。キッチン男性中心の職場だ。同僚は客の容姿に点数をつけたり、キャバクラの話で盛り上がっていた。大学時代と違って、面と向かって容姿の悪さを指摘された。何も言い返せずヘラヘラと笑っていると、彼らからしかけられることはなくなった。

「私のことも他の人と同じに扱ってください」とは言えなかった。

その代わりに、ブスな女芸人の出ている番組をすべて録画して、ブスいじりへの返しを学んだ。自虐ネタパターンも覚えた。

私は職場面白い奴と言われるようになった。もっと暗い女だと思っていたと。個人的飲み会には呼ばれなくても、職場全体の飲み会には呼んでもらえるようになった。

クリスマス年末年始仕事に入れる私は店長にもありがたがられた。

やっと人間になれた。そう安堵していた。そんなある年の暮れ、中学時代同級生が店を訪れた。私と同じように容姿に恵まれず、クラスの3軍だった勉強のできる男子だ。妻らしき女性と、赤ん坊と一緒だった。

母に聞くと、彼は上場企業就職して結婚子供が産まれたので一緒に帰省しているのだという。

私は恋愛経験のないアルバイトのまま20代を終えようとしている。

それでいいと思っていた。昔より全然人間扱いされてるし、人生で今が一番幸せだと思っていた。でも何でこんなに諦めなくてはいけないんだろう、って、気づいてしまった。

せめて男性に生まれていれば違ったのかな?

2018-01-11

東京オリンピックという壮大な茶番劇 追記あり

当方すでに人生の半分くらいを米国暮らしてるおっさん増田です。

なぜこのような前置きをするかというと、この国のオリンピックへの冷遇ぶりはかなり特出してて、俺がこれから書く話もそういったバイアスがあるよってのを念頭に置いてほしいからです。なにせこの国じゃ自国スポーツイベントスーパーボールワールドシリーズNBAファイナルなどなど)が至高で、他国国際大会とか知らねって考えだし、オリンピックに至っては「午前中や深夜の放送じゃ視聴率とれない」という理由地上波では生放送なし&夜のゴールデンタイムに録画済みの編集版を放送ってのがデフォの国なんで。

最近もやもやしてるのはね、ここ数年ほど親戚やら大学時代の友人やら仕事先で知り合った人とか日本から様々なゲストが来て話す機会があったんですけどね、特に東京圏の人ってのもあるんでしょうが、みんな口々に「2020年の東京オリンピック」の話題を持ち出すんですよ。なんか初めて参加した飲み会話題に困ってとりあえず血液型を聞くくらいのノリで。やれ国立競技場を作り直すとか、インフラ作り直すとか、警官タクシー運転手がみんな英語勉強で大変とか。

もちろん話を聞いている場では俺やほかのアメ人も黙って会話にのっているんですが、みんななんで日本オリンピックあんな前段階からお祭り騒ぎになってるのかぴんとこないんですよ。だって長くてもたった2,3か月のイベントじゃない?とりあえず他のアメ人に「hey Masuda、東京オリンピックって何がそんなにすごいんだ?」って聞かれても「日本では国際大会が人気で、特にオリンピックスーパーボールNBAファイナルが合体したくらい人気あるよ」っていうと「へーーー」って反応くるんですが、後々その東京オリンピック関連で5兆円以上つぎ込んでるって聞くとみんな絶句するんですよね。いや俺も毎回絶句してるんだけどね。

スポーツ施設に巨額投資が動くってのは理解できるんですよ。実はロサンゼルスに数十年ぶりにアメフトチームが戻ってくる!(札束で他の都市のチームを引っこ抜いた)ってことでそのチームの本拠地周辺では最新スタジアム建設やら、駐車場インフラの新設、近隣のショッピングモール住宅地再開発とかで巨額の金が動いているんですが、でもこっちはこれから数十年にわたって活躍してくれるからちゃんと元取れるじゃないですか。でもオリンピックってたかが数か月でしょ?オリンピックやったからって劇的に観光客が増えた国なんて聞いたことないし。

んで東京オリンピックについてはよーわからんところでは大金が動いてるみたいですが、肝心のバリアフリーとかが全然進んでない。実は俺の妻と2歳児&5歳児の4人家族で昨年末東京観光してきたんですけどね、さすがに大江戸線みたいなローカル線には期待してなかったけど、山手線まわりだったらもうバリアフリー整ってるかなーと淡い期待でいったんですがところがどっこい!山手線まわりでもエレベーターがどこにあるかわからん&大量にある階段エスカレーターも皆無で毎回動き回る子供連れて&ベビーカー抱えて移動だけで死ぬかと思った。。。なんだよオリンピックにむけてバリアフリーにするんじゃなかったのかよ??(ひょっとして今年か来年中に大型改装する予定でもあるの?)多分エレベーターとか探せばあったんだろうけど10年ぶりくらいに来たから駅もデカすぎて探せねーよ。

あと相変わらずuberlyftも使えない。これ日本から来た人に愚痴っても「東京タクシーすぐ捕まるから」とか「白タクとか不安」とか言われたんだけど、世界のどの都市いっても携帯一つでタクシー呼べて料金支払いも携帯アプリで済ませられるuberになれると、子供つれてタクシーまりそうな駐留エリア探すだけでも苦痛なんだわ。おまけに日本語話せない連中とかだと運転手の片言英語ききながら目的説明せにゃならんのでしょ。ありゃメンドイ。日本の人って政府とか大企業にはしきりに「規制緩和」とか訴えるくせに、民タクや民泊みたいに自分らの生活に直結する自由化には「安全安心」を盾に頑なに反対するよね。うーん、そのメンタリティから行政規制緩和も進まないんじゃん?だって現場にいる人からしたら民タクや民泊自由化と一緒じゃん。

俺が一番もやもやしてる点ってさ、おそらく日本の多くの人も「東京オリンピックフィーバー」の茶番感やら虚無感になんとなく気づいてるんだけど、いまさらそんなこと言っても水を差すだけって批判されるから馬鹿馬鹿しいと思いながらも一緒に祭りにのってる感がありありと伝わってくるんだよね。政治家なんて「東京オリンピックがありますから」とか意味不明理屈でたった数か月のイベント用に重要法案バンバン通してるしさ。

なんか普段なら反対者がでて通らない法案とか巨大予算のビックプロジェクトをみんな「東京オリンピックがありますからそれまでに終えましょう」という虚無感たっぷり大義名分つかってガンガン押し切ってるんだよね。茶番だってわかっている連中も、これがあるから一緒にのってるんだろうね。

思い返せば日本人って白虎隊やら戊辰戦争やら神風特攻隊やら、ずっと続く強者よりも一瞬だけ輝いて散っていく敗者に共感する気質があるから東京オリンピックもその一瞬の花火を楽しむためにみんな盛り上がってるのかな?って最近思うようになってきた。でも一瞬の花火にしては使う額がすごすぎるよね。

この東京オリンピックがあまりに巨額イベントに膨らんじゃったから次回のオリンピック会場に立候補する都市が激減して、24年と28年なんてかろうじて挙手したロサンゼルスパリに速攻で決まった流れとかアホすぎる。東京なんて裏金さんざんばらまいてようやく獲得したのに。。。


追記

冒頭でさんざん「俺の書き込み在米歴ながくてかなりバイアスかかってるからねー」って念を押しておいたのにそこ無視して「おまえが言うな」的なレスがあってはてな村は相変わらずやなぁと微笑ましかったぜ!

オリンピック話題ふってくるのってただのおもてなしトークでしょ?

それは自覚してるw ただとりあえず思いつくおもてなしトーク(てかもてなしてるのはこっちのほうなんだがw)が全員五輪ネタだったから、やっぱファンアンチともに日本ではでかいイベントなんだなぁって。

米国バリアフリーを語るな。サンフランシスコニューヨークもっとひどいじゃねーか

正論だけどあの辺の都市は上の政治家から下の底辺までオリンピック誘致しようなんて思ってないからべつにいいんじゃね?笑 おれも子供小さいうちにニューヨーク観光なんてする気おきないもの子供がいくとこじゃないっしょ。

そもそもオリンピック商業主義に走ったのは84年のロス五輪からじゃねーか

商業主義に走った初期はちゃんと黒字だったか国際的スポーツ興行として割り切っても合格でしょ。問題は近年は国のメンツ(笑)やら巨額の費用負担予算けが右肩上がりで大赤字確定のクソイベントじゃん。だから24年と28年の開催地候補ローマブダペストとか大半の都市が「金かかりすぎるからやめるわ」って次々辞退して、最後に残ったロサンゼルスパリ自動決定したっていうお寒い状況じゃないっすか。

そもそもスポーツイベント全般茶番

違うよ。スポーツ興行としてちゃんと黒字でペイできたら合格オリンピック次世代借金だけ残すクソイベントから茶番

偉そうにDisってるけど次のオリンピックロサンゼルスじゃんw

いやーおれも勢いに任せてキーボードを滑らせたら我ながらそのオチに苦笑したけど、でもさすがに米国の一都市で行われる大会のためにわけわからん連邦法をどさくさ紛れに通すなんてことはないでしょ。。。(あ、でも今の大統領はそれ以前の問題が!

高学歴の世界

はいわゆる低学歴の世界で生まれて、いまは高学歴の世界に身を置く者ですが、昨日、人生で初めて親の学歴職業を聞かれました。

高学歴の世界では親の学歴職業って大事なんだと感じ、

いたく感動しました。

大学時代、私が死ぬ気で入学たここに、滑り止めで来たって人がいました。

大学院で、「なんで学部はそんなとこなの?もっと上に行けたんじゃないの?」という人がいます

私は答えられなくて困っていました。確かに、なんでだろうね?って自分でも思っていましたから。

でも、今は分かってきました。

たぶん、私は低学歴の世界で生まれて、大学に進学することなんて当たり前じゃなくて、私の大学でも十分高学歴だと思っていました。上には上がいるなんて、分かってませんでした。知識としては知っていても、そこには行けない(物理)と思っていました。だから第一志望にすらしませんでした。

前に答えられなかったのは、私も何年かは高学歴の世界に身を置いて、それが分からなくなっていたからだと思います

大学院は、大学時代よりも高純度な高学歴の世界です。

大学時代には、私のように低学歴の世界から来た人がいました。

思えば、そういう人たちがやっぱり仲のいい人だったんだなと思います

4月大学院入学してから、有り難いことに私と仲良くしてくださる人はたくさんいます

でも、なんとなく違和感があって、なんとなく心を許せていない感じがしていました。

これはやっぱり、彼らが高学歴の世界人間で、私が低学歴の世界人間からだといまは思いますいくら今の立場が同じでも、そこまでに至る経緯は全く違っていますからコンプレックスを持ちます家族旅行なんてしたことのない私と、年に1度は絶対家族海外旅行に行くような彼らと、価値観が似通っているはずがありません。

私のような人間低学歴の世界から高学歴の世界に行くことができたのは、ネットがあったことと、親がたまたま低学歴高収入放任主義だったということのおかげで、運が大きいです。

未だ低学歴の世界から高学歴の世界移住するのは、不可能とは言わないまでもほぼ不可能であると感じます

他の方が書かれているように、時々高学歴の世界人間イライラします。

高学歴人間は、自分の運のよさを知りません。努力だけではどうにもならないことがあるのを知りません。

でもこのイライラは、私のコンプレックスからくるもので、私は一生このモヤモヤとしたコンプレックスを背負って行きていくのだろうな、と思います

2018-01-09

続けないとスキルは身につかないんだけど

増田にこんなしょうもないネタ投稿して大丈夫なのか知らんけど、以前とある専門職新卒で就いて、2年で辞めたのね。1年以上経過して、専門職で身につけた知識を使おうと思って、作業してみたら、面白いほどできない。大学時代含め、5年くらいは何だったんだろうと愕然とした。続ける事って大切なのね。本当身にしみたわ。

2018-01-06

「ブス」の呪い

母方のおばあちゃんから、母の話を聞いた。頭がとてもよくて、とても足がはやくて、部活試合では毎回表彰され、学校内で様々な賞に選ばれるとか、とにかく表彰されまくっていたらしい。母からよく大学時代とかの話を聞くんだけど、とにかく成功体験っていうか、そういうのが多い。そういう思い出ばかりを覚えてるだけなのかな?って思ったけど、その思い出を聞くだけでも私とは多分歩んでる人生正反対だし、友達だったら仲良くなってねえな、と思った。私は私のままに振舞って受け入れられた経験はあまりないし、親からもそれはおかしいと言われ続けてる(もう慣れた)けど、私を認めてくれる場所はもうないのかもしれないと思った。母は母のままに振舞って、周りから評価を得てきて、父は父のままに振舞って評価を得てきていて、すごく羨ましいなって思った。きっとブスだからって理由で塩をかけられたり、足が大根みたいに太いってバカにされたり、したことないんだろうな、羨ましいなって思った。

呪われたことないんだろうな。

私は高校生のころ、聞こえるすべての笑い声が友達わたしの並んだ足を比べて、私の足の太さを笑ってる声に聞こえていて、後ろでヒソヒソ話す声は私の足が太いことを笑ってるんだ、と思っていて、そんな声が聞こえた時は、辛くて、トイレに籠ってこっそり泣いていた。それが本当だったのか、私の幻聴だったのか今となってはわからないけど、これが私の呪いで、今どんなに痩せていたとしても、私は一生この呪いから解放されないと思う。

母の前で、私ブスだな、辛いな、って言ったことがある。母は「こんなにかわいく産んであげたのに」って怒ってたと思う。私だって私のことこんなにブスだって思いたくなかった。ずっとかわいくありたかった。でも私の周りの環境はそれを許さなかったし私に「ブス」だっていう正当な評価を下してきた。私だってブスになりたくなかった。環境が私をブスにしたんだよ。わかる?お母さんは、ブスだって言われた経験がないから、そんな風に思えるのかもしれないけど、まわりから評価自分価値っていうのは決まって、自分自身自分自身価値をしっかり認めることは難しいことだと思う。私はブスって評価されたからブスになっただけ。よかったね、歯並びがよくて、よかったね、顔がかわいくて、髪の毛が直毛で、身長が高くて、よかったね、よかったね、よかったね

呪いはこれからもずっと解けないのかなぁ

2018-01-05

大学時代にちゃんと勉強してた人って多いんだな

立派だなー

友達がいないなあ

遊ぶ相手はいるけど誘うのは自分から

それも大学時代サークルの友人だけでコミュニティが広がらない

仕事出会う人とも仕事以上の付き合いになることはなく

そりゃ出会いもないし彼女もできないよな~と思う

友達ってどうやって作るんだっけなあ

2018-01-04

anond:20180104195735

同級生の夫、だから異性愛じゃない?

あれ?まちがってる?

追記

なるほど。

大学時代同性愛だとすれば、略奪だと意味取れるね。

更にいうと、結婚相手マッチョ男性が同性と付き合っていた可能性も。

anond:20180104190336

普通に大手企業に入って3年ほど働いたところで大学時代からつきあっていた同級生の夫と結婚した。

略奪ですか?

子供の頭が悪かったらどうすればいいのかわからない

私は見た目は十人並みの20代既婚女だけど、頭は昔からよかった。

匿名から正直に書くが勉強ができたのはもちろん、「お勉強ができるだけで地頭が悪い」と揶揄されるタイプでもない。仕事でも普通に評価されている。

多くの園児を見てきた幼稚園園長から「この子の頭はすごい」と言われたと母親が言っていた。

記憶力がとてもよかった。何気なく夕飯時のニュースで見たたくさんの固有名詞をずっと覚えていた。

頭がスポンジのように何でも吸い取ってくれて学ぶことが楽しかった。

誰かがこれから何を言おうとしてるか読むことができた。(別にその場で言わないけど)

私にできないことはなかった。

公立小に通っていたが地元公立中が荒れ果てていたのもあり受験して国立中学に行った。

高校公立トップ校で大学は現役で東大に入って卒業した。センター試験は850点を超えていた。

上位校は話の合う友達ばかりで楽しかった。親から勉強しなさいと言われたことはなかった。

普通に大手企業に入って3年ほど働いたところで大学時代からつきあっていた同級生の夫と結婚した。

夫は昔から私より数段頭がよかったし、マッチョ。顔は普通

それは別にいい。自分より頭の悪い夫は嫌だし。

先日妊娠が判明した。

絶対に今!と思って妊活してたわけじゃないから待望のというわけではないけど人並みにうれしかった。

ふと家族に「普通に遺伝すればいいけど、もし地頭が悪い子が生まれたらどうする?」と言われて考えたこともない話にはたと止まってしまった。

勉強なんて机の前に座ってそこにあるものを読んで手を動かせば誰にでもできると思ってた。

もちろん全国の学生を見れば上から下までいるんだけど、それは単に机の前にいる時間と同じ時間を使うにしても多少効率が違うだけだと思っていた。

要領の良さに個人差があるのはわかっているけど、たいした差はないと思っていた。

スポーツ芸術は恵まれた体格や生まれ持った才能がないと花開かないと思っているけど、少なくとも勉強は誰だってやればできるものじゃないの?と思ってしまう。

スポーツ芸術はたまの授業以外は強制的にはやらされないし順位付けもそこまで厳しくない。苦手な子も受け入れられてる。

でも勉強は週5~6日強制的にさせられるし、順位が悪ければ親や先生に注意される。

それは勉強はやればできるもので、生まれ持った差がつきにくいからだと思う。

勉強ができない人はできないんじゃなくて、もっと自分の好きなことを優先してやらなかったからできないのではないの?

(注:それが悪いという話ではありません。限られた時間や体力をどこに振るか自分選択した結果という話です。別にみんながテストでいい点取らなくても好きなことしていいと思います。)

私はお腹の子勉強が嫌いでスポーツ芸術とかを頑張るなら多分受け入れられる。

成績が悪くても記憶力が悪くても「だってやってないんだから当然じゃん、好きなことを頑張ればいい」と思える。

果たしての子勉強以外に打ち込めるものがなく、それでも子供義務として勉強はしなければならず、それが頑張っても頑張ってもできないタイプの子だったら、私や夫はこの子のことを理解してあげられるんだろうか。

2018-01-01

全然関係ないけど

大学時代初めてバイトした時に男子トイレの清掃も性別関係なくやるって聞いてちょっと嫌だったな

清掃するときにドアをノックして中に人が入ってるか確認するんだけど中に人が入ってるのに開けちゃうこともあって本当に毎回嫌な意味でドキドキしてた(もちろん相手男性も嫌な気分だっただろうけど)

2017-12-31

ゲスの極みなオレは20歳の子に恋をして

今日2017年最後の日。

はじめてますだに投稿するけど、なんだか吐き出したくて仕方ない。

文才がないことだけははじめに伝えておく。

3年前に同じ会社婚約者がいた。

お付き合いして2年だったけど、残り1年は中身ある付き合いとは言い切れない。

おれは今まで亭主関白なところがあって、自分の考えを押し付けるところがあり相手聞く耳もつことがなかった。

これじゃまずいと思って、次付き合う人は「相手を立てて、その人を尊重しよう」って思い意識を変えた。

それが元婚約者だ。

はじめの1年はとにかく楽しかった。お互いケンカもなく、笑い合いながら楽しんだ。

1年たった後、元婚約者異変が起きた。会社内で元婚約者批判する投書が上司に知れ渡り状況が一変した。

おれは彼女を支えるべく、ずっと励ましをして彼女の言いたいことを常に優先してきた。

しかしそれがダメだった。

結果として彼女精神病み、おれ自身うつ病になって、結婚どころじゃなかった。

会社カウンセラーからは「お互いの心が正常に戻った時に話し合って前に進めたらいい」と助言を受け、オレはそれに従った。

半年が経ち、元婚約者からは「好きな人ができた」と告げられた。

おれはどうしようもない絶望感に襲われて、今までおれはなにをしてきたのか訳が分からなくなった。

婚約をしていたので、裁判を起こした。

これが2年かかった。長いのか短いのか分からないけど、オレにはどうしようもない怒りと悲しみに襲われていた。

最終的には和解という形にはなったが、実質勝訴みたいなものだ。

すべてを終えたおれは心が軽くなり、久々に1人の時間満喫するようになった。

婚約者と過ごした2年+裁判で2年、失われた時間を埋めるかのようにとにかく動きまくった。

特に関係がひどい。

はじめは大学時代元カノ

の子はとにかく恋愛体質が強く、自分を好きになってくれる人を好きになるタイプ

おれはその子とは身体関係も含めて、相性は良かった。

しかし重い。

相手のことを思いすぎて、オレの時間など気にせずLINEしまくってくる。

オレは元婚約者との関係は異質なものと観ていたので、自分時間大事にしたいし、相手相手自分大事にしてほしかった。

分かりやすく言えば、「趣味彼氏」みたいな子だ。

これじゃ未来を描くことはできないと思い、オレから別れを告げた。

今その元カノは別の男性できちゃった婚をしたと風のウワサで聞いた。

次は同じ会社の別の女と身体関係をもった。

その人はバツイチだったので、特に後腐れもないと思っていたが、一回身体関係もつと面倒なことになった。

焦っているのかどうか分からないが、とにかくオレへのアピールがすごすぎる。

その気がないことが伝わるまでかなりの時間を要したが、今では普通に接している。

ただハッキリ言えるのは同じ会社の人と恋愛または関係を持つのはコレっきりにしようと決めた。

2016年の春

会社新卒女の子入社してきた。高卒の18歳。その子藤田ニコルみたいなので「ニコるん」とする。

若い子はまるっきり興味はなかったんだけど、ニコるんは余り積極的自分から話すことはなく、こちから声をかけていくうちに気になり始めた。

あぁ〜おじさんがキャバクラにのめり込む心理が分かったような気がする。

おれの話を屈託のない笑顔で応えてくれるんだよ。そう自分肯定されている錯覚に陥る感覚

15歳も離れている子を気になり始めるって、自分でも信じられなかった。

の子に恋をするってのはある意味で面倒だし、ましてや同じ会社

じゃあ同じ恋をするなら、年が近くて別の世界に属している人がいいんじゃね?って思い、出会い系を使うことにした。

出会い系はいわゆるペアーズやomiaiなどのアプリを利用した。

プロフ作成とかメッセージのやりとりは正直面倒だったが、きちんと出会えた。

はじめは3つ下のバツイチ。同じ読書趣味で盛り上がってとても楽しかった。

けど2回目のデートとき日帰り旅行南紀白浜に行ったんだけど、どうも相手は楽しくなかったみたい。

相手曰く「コミュニケーションがちゃんと成り立っていない」「わたしには時間がないのでここで切りたい」

そう言われて落ち込んだ自分がいた。

とても虚しい気持ちになり、ついニコるんにLINEをした。ただ話し相手になってほしくて呼んだに過ぎない。

ニコるんは何事もなくオレに接してくれて、会社の話や趣味の話などをして少しずつ気持ちが少し落ち着いてきた。

同時に出会い系出会った女のことも話し、なんとか笑い話になった。

その時、ニコるんはオレのことを恋愛対象として観てるかはわからん

本人は15歳離れても全然OKだとさ。それ聞くと意識はせざるを得ないけど、社交辞令として受け取った。

オレから観るニコるはいつも妹中心に考えていて、男は二の次という印象。

なので、ニコるんの心にオレは入ることないだろうなって思った。

最初出会い系を使って2ヶ月後、別の女性出会い系で知り合った。

その人は5つ下の29歳。秀才タイプで真面目系。

性格的に面白いんだけど、酒飲みだった。

最初デートカフェで楽しくおしゃべりしていたけど、2回目からはぐいぐいビールを飲む。

おれはお酒は好きだけど、付き合いぐらいしか飲まない。

その点は気にしないようにして、いつしか身体関係もつようになった。

けど、相性は微妙だった。何よりも口臭がきつい。

明らかに酒の匂いがして、興奮しない。

女として見れないと思い、連絡は減らすようにフェードアウト

2016年はこんな感じの女関係

結婚意識した上での恋愛をしていたつもりなんだけど、相性が合わないと結婚生活は上手く送れない。

そんな信念で恋愛をしていた。

2017年

気持ちを新たに切り替えて、ある小料理屋を通うようになった。

そこの女将は29歳でとても若い

料理も上手で話も上手。何よりも禁煙なのが良かった。

この店を通うようになってから、他の常連客とも仲良くなりとても楽しいひとときを過ごすようになった。

ちなみにその女将は既婚者で、恋をするとか全く考えていない。

ただシンプル自分に癒やされる空間で美味しいお酒食事をすることを堪能した。

料理屋に通い始めて3ヶ月後

同時期に女性3人と付き合い始めた。

こうやって聞くと3股なんだけど、ただオレは相手の話を聞いて頷いて女性を立てていたにすぎない。

1人目

高校時代元カノ同級生バツイチ子持ち。

そいつとは高校の時に色々あったけど、年を取った今、大人の会話ができている。

経験値というのだろうか、話が意外にも合う。共通趣味とはないけど、腐れ縁的なところもあるな。

流れにのってヤッてしまった部分はあるけど、まあ大人関係だ。それ以上もそれ以下もない。

シンプルに言えば、セフレみたいなんだけど時々飲みに行く間柄である

2人目

会社の元同僚。2つ上で既婚者子なし。

最初趣味友という関係意識も何もしなかったんだけど、9月になぜか二人っきりで旅行行くことになった。

ただ野球観戦をするだけのためにすべて相手ホテルの手配や飛行機の予約を任せていたんだけど、部屋は別室と思っていたら同室。

これって明らかに誘ってるパターン

どう考えても不倫になるので、自分の中では「ダメ」だと思いつつも好奇心旺盛が強く、流れでヤッてしまった。

ヤッたのはこの旅行最初最後

旅行自体は楽しかったんだけど、終わった後の罪悪感なものを感じてとても気持ちが複雑になっていた。

3人目

大学同級生。未婚。

ずっと友人関係が続いていて、恋愛はおろか身体関係もない。

事の始めは相手恋愛相談から始まったんだけど、結局ダメになった。

なぜか話しの流れで「私達付き合わない?」と言われ正直戸惑った。

おれは結婚を前提に恋愛するつもりでいたんだけど、付き合っていくうちに気持ちが変わるかもしれないと思い、

一応付き合い始めた。

しかし、4ヶ月経ったのに身体関係がなく、ただいつもどおりの友人関係

オレが考える恋愛とは全く違う。

3人同時進行は、オレの中で初めての経験自分でもモテてることに意外に思えた。

この流れは後にも先にもないだろうと思い、死ぬまでにはしてみたいことだったので前向きに捉えるようにした。

もちろん3人にはオレが3股であることは伝えていない。

しかしだ。この関係12月に入ってから終わろうとしている。

まず1人目。

こいつについては、まあ来年関係は続くだろうけど結婚はまずないだろう。

何よりもオレ中心ではなく自分中心で生きたいというスタンスなので、コレ以上も何もない。

気心知れているけど、恋愛対象としてないオレがいる。

2人目

お互い不倫という負い目があるからなのか、あれ以来音沙汰なし。

先のことを考えたら、お互いのためにも会わない方がいいかもしれない。

3人目

つい2週間前、ヤッた。

相手大学以来久々だったとのこと、

雰囲気はとても良くて、何かとラブラブでとても良い心地。

1回目はゴム付きでやったんだけど、ホテルの中のゴムは1個しか無いので、2回戦は不可。

しか相手が誘ってきたので、生でやった。もちろん合意の上で。

つい気持ちよくなってつい相手の中に出したんだけど、ここで事件が起こる。

「なんで中に出したのよ!!!!!」

めちゃスゴイ剣幕で怒りが込み上がっている様子の中、オレは出した直後なので果てている。

何が起きたのか訳がわからない。

生でやったことは合意の上、なのに中で出すのはご法度

外で出してほしかったみたいだけど、生でヤッた時点でいつできてもおかしくないんだ。

確率上、中のほうが高いのは言うまでもないけど、ラブラブムードが一気に吹き飛んだ。

4ヶ月間楽しくデートもして友人関係のままだったけど、この日に初めてヤッて気持ちよかったのに。

たった1回のセックスでおれはこの瞬間、「この女と切りたい」という気持ちになった。

しばらくしてお互い落ち着いて、少し話す機会を設けたところ

相手から「しばらく距離を起きたい」と言われる。

言われなくてもオレもそのつもりだった。

アフターピルを飲んで、次の生理が来たのは昨日のこと。

相手からは「やっぱり別れる」と告げられて、おれは安堵した。

この状態で付き合ってもオレも相手幸せにはなれないだろう。

こんな感じで3人の女のとの関係が終わった。

ここでおれのゲスなところを伝えておく。

ニコるである

11月たまたまニコるんと出張へ行くことになり、急接近し始めた。

出張帰りにデザートを買ったり、一緒に食事にいくようになった。

恋愛として対象に観ていたかどうかと言われたら、難しいけど恋しているんだろう。

新卒入社してそろそろ2年経とうとしている20歳女の子

そう彼女は二十歳になっていた。

成人している年齢なので気軽にお酒を誘えるようになった。

なんでこんなオッサンについてくるのか疑問だったけど、気分は悪くない。

けど妹のことになれば、おれのことはどうでも良くなる。

そんな子だ。

おれは3人の女との関係を持ちつつも、ニコるんのことは片隅にあった。

それは会社の先輩としてなのか男としてなのか分からない。

いや男としてなんだろうな。

先週、おれはニコるんにあるお願いをした。

「来週の土日、引越し先のために車を使いたいから買い物に付き合ってほしい」

ニコるんは笑顔で「いいですよ〜!車はアルファードがいいですか?!」

こんな風に快諾してくれてオレは嬉しい気持ちになった。

そして昨日、待ちに待った約束の日。

ニコるから「すいません!妹がインフルエンザにかかったみたいで」

おれは「いいよ〜気にするな。また明日あるしな。妹さんお大事に〜」

かなりガッカリしたけど、気にしないようにした。

けど尾を引いた。やっぱ妹優先なんだろうな。

今朝、改めて妹の様子を確認と同時にニコるんにLINEした。

「妹の体調はどない?無理なら無理で大丈夫からな〜」

しかし、夕方になっても返信はこない。

未読のままだ。

何かあっただろうと思いつつも、きっと妹のことを優先しているんだな。

もう虚しい気持ちしか残らなくなった。

しょせん35のオッサン相手しんどいんだろうな。

不相応に同年代の方がいいんだろうか。

それ以前に、相手を選り好みするオレはゲスだ。

そんな心構えだからこそ、まともな恋愛ができない。

何にでもはっちゃけすぎた。

こんな2017年最後を迎えるっていい結末だ。

いい思いも悪い思いもして人間らしいストーリーを堪能してる。

そう思うようにしとこう。

こうやって、ますだを書いてる最中ニコるからやっと連絡きた。

「いつもお世話になっていますニコるんの妹です。姉が昨夜緊急入院して今も目が覚めておりません。こうやって予定を合わせられなくて申し分ないです」

まさかの妹からまさか入院

事実なのかどうか訳がわからなくなった。

虚しさ以前、ニコるんに踊らされてるような錯覚に陥る。

そもそもニコるんの携帯指紋認証がついてるiPhone8だ。

妹が勝手に使ってるって邪推してしまう。予定の埋め合わせができなくてこうやって嘘のストーリーを作ってるんかな?

あれこれ考えてしまうけど、どうでも良くなってきた。

冷静に考えてたかが15下の小娘だ。子どもに踊らされてるオレがアホなだけと思っとこう。

ニコるんの妹への返信は、そのまま額面どおりに受け取ってフォローしておこう。

そして極力かかわらないでいこう。

そのほうがいいな。

2017-12-30

彼氏と付き合って1年たった

今までモテたことがない

女子時代大学時代

さなければ可愛いねと言われ続け彼氏ができたことがなかった

綺麗じゃないのよ性格HU HU

飾りじゃないのよ彼氏HO HO

お喋りだけならいいけど、ちょっとウケ狙い走りすぎるのHO HO

うーん替え歌下手だなぁ

こんな替え歌でも笑ってくれる彼氏ありがとう!正直見た目だけで付き合ってって言われたのかと思ってて3日持たないだろうなと思ってたけど、私のこと面白いくて一緒にいて楽しいっていつも言ってくれてありがとー!

もっとずっと笑っててほしいな!

2017-12-28

もう童貞じゃない

24歳で童貞を捨てられて思ったのは、こんなもんかだった。

と書き出したが、書いていて嘘だと気づいてそこまで書いたものを消した。

かに大したことないや、だったが、それ以上に次いつ出来るんだろうと思っていた。

10代はむっつり性欲モンスターだった。当時は珍しいインターネットを駆使し、エロ画像を集めていた。どんな若い女の人には少なからず性欲を抱いたし、それを隠すのに必死だった。すごいコミュ障だった。

洋楽ばかり聴き、邦楽ガガガSPを愛聴し、ゆずや19なんてナンボのもんじゃいと思っていた(なぜかゴイステにはハマらなかった)

周りは童貞ばかりだと思っていた。だから下ネタを平気な顔をして、女子なんて関わらないようにしていた。

高校卒業して浪人した頃、周りがほとんど童貞じゃない事を知った。ショックだった。

残った童貞適当なところで風俗で捨てていた。

そんな状況で大学に入って、2浪コンプレックスから周りとはあんまり関わらず、童貞くさい連中と仲良くしていた。

大学時代童貞を捨てられなかった。

異性に対しては変わらずコミュ障だったし、なにより金がないことがコンプレックスだった(デートで金を使う事が凄い嫌だったのだ)。

そして、風俗に行く勇気もなかった。

風俗に行ける奴はまだ勇気がある。嬢に笑われたらどうしよう、ぼったくられたらどうしようなんとなく不安。そんなことでウジウジと自分は前に進めなかった。

大学卒業して、東京に出て行くとき、全てがうまくいき、仲の良い先輩が記念にと童貞をもらっていただいた。

刷り込み効果で、もうその先輩が好きでたまらなくなった(遠距離ですぐにダメになったが)

しばらくすると東京彼女も出来た。サルのように彼女を求めた。気づくと女性に話しかけるのも全然苦じゃなくなっていった。

童貞自分の中で美化されたのもこれくらいからだ。伊集院光みうらじゅん共感するようになった。童貞「くさい」ものが好きになった。童貞っぽい話を聞くとわかるーとか共感していた。

極め付けは「モテキ」に共感しまくっていた。これは童貞モヤモヤしていた自分だと。

から自分童貞気持ちを持ち続けていると思っていた。

時代は過ぎ、結婚して、30を超えたあたりからすっかり元気がなくなってしまい、性欲も落ちてしまった。でも、童貞マインドはまだ持っていると思っていた。

しかし、今回の騒動童貞イジリはハラスメントだという言葉にまったくピンとこなかった。

かに童貞時代リアルでイジられたら本気で嫌だが、ネットでの言説である。あっちの世界の奴が何か言ってるとヒガミを拗らせるか、そっ閉じで終わっていたと思う。

しかし、この記事を見て気づいた。あ、俺はもう童貞じゃないんだと。

ボクがこれをRTした理由はあちゅう氏のセクハラ問題童貞いじりは別と考えます」|吉田豪・連載第五回

http://tablo.jp/serialization/news002670.html

ボクが漫画家花沢健吾先生インタビューしたとき童貞を引きずりつづけている花沢先生はこんなことを言っていたわけですよ。

「だから僕は正直言うと、みうらじゅんさんとか伊集院(光)さんの『童貞を笑い飛ばそう』的な、ああいうのはダメなんですよ。

ホント童貞はそれすら......たぶんモテる童貞モテない童貞の違いというか......。

僕の場合、本当に先行き不安童貞だったし、どこに言っても童貞じゃないかって思われるっていう、ゴールが見えない童貞にとっては、あれはホントに『ふざけるな!』なんですよ」

ホントバカにしてんのかと思って。何を思い出にしてるんだっていうような」

ノスタルジックに浸ってちょっとしんみりしちゃって、モテる側でクスクス笑うぐたいの感じなんでしょうけど、ホント現場人間もっと......」

「この苦しみをわかってほしいんですけど、そんなもの向こうは興味ないんですよね......」

あぁ、そういえば、そうだった。女の子に対して童貞告白すると、「すごーい。むしろ大切な事だよ。結婚するまでそのままでいてね!」という反応が返ってきて、すごい傷ついたんだ。

はいつまで童貞なんだろうと思っていた。もう24だぞ。30まであと6年だぞと焦っていた。

世の中にコンプレックスを感じまくっていたし、後輩は、イケてないアイツは、童貞くさいアイツが童貞じゃなかったらどうしようと思っていた。

いつも心にどこかで童貞を抱えていた。隠そうとし、童貞を捨てられる日を願っていた。

そうだ、そんないいもんじゃなかったんだ。自分にかけられた呪いだった。

童貞は捨てたときに、こんなもんかと感じるが、それまでに必要勇気だったりを童貞じゃない俺たちはすっかり忘れている。ブサイクで、コミュ障で、ケチ自分が凄く嫌だったんだ。変わった趣味を持つ事で目を逸らそうとしていたけども、やっぱり童貞は嫌だったんだ。

人間、いつかは子供の心を忘れる。子供の心を忘れないって言われる奴はいるが、それはまやかしだ。その頃に感じたことを同じように感じられるわけがない。

人はそれを成長と呼ぶんだ。

2017-12-24

物理法則のちがう異世界の思い出

遠い昔、若いころ、小説家になろうと思った。

なぜなら、ちょうどそのころ、高校時代から引きずっていた恋が終わって、カネが欲しかたからだ。まとまったカネと名声があれば、失った恋が戻るか、戻らなくてもちょっとは癒されると思った。

ちょうどファンタジー小説文学賞ができたところで、じゃあこれに応募して大賞をとってやろうと思った。

はいっても、書きたいことはただひとつしかない。失った恋のことだ。

から主人公はふられたばかりの若い男で、それが思いがけず別れた恋人と同じ屋根の下で暮らす、という設定にした。

主な登場人物は5人。2人はもう書いた。残る1人は弁護士かなんかをやってる中年男で、その年齢の離れた嫁さんが主人公同級生。そして、この弁護士大学時代同級生元カノリケジョ大学に残って理論物理学やってる研究者。この研究者研究室ボス博士が、「世界に穴をあける」方法発見する。サイクロトロンかなんかで加速した素粒子をなんかにぶっつけると、この世界と並行して存在するいくつものパラレルワールドのどれかひとつとつながる穴ができる、というわけだ。

で、これはすぐに最終兵器転用できる。その危険性を察知した彼女は、それを世の中に知らせようとするが、最初研究守秘義務がうんたら、そのうちにこれを国防に利用しようとする政府機関の手によって追われるようになり、ついには生命を狙われるようになる。

そして頼ったのが、弁護士である元カレだ。彼が法律の力で対抗しようと準備するのを知った闇の組織は、ボス博士研究を利用して、この弁護士の家ごと二人をパラレルワールドにふっ飛ばししまおうとする。その家にいる嫁さん、そしてたまたま遊びに来ていた同級生も巻き込まれる。そして最後の瞬間、この嫁さんと電話をしていた主人公電話回線越しに巻き込まれて、5人が家ごと奇妙なパラレルワールドに飛ばされる。

その世界は、重力が鉛直方向じゃなく水平方向に働く世界で、つまりは地面が垂直の崖。どこまでも続くこの崖にできた小さなテラスに家ごと引っ越しする。そこでなんとも奇妙な日常生活が始まるわけだけれど、その平穏日常を脅かすようにこっちの世界から刺客が送り込まれ…。

とまあ、プロットだけ並べたらそこそこのラノベぐらいにはなりそうな気もするが、なんせ下手くそだった。ちなみに、この「どこまでも続く崖」の世界にしたのは、当時まだマイナースポーツだったフリークライミングに興味があったからで、山場で主人公決死フリークライミングをする場面を入れたかたから。そういう意味でも何十年たって感慨が深いものがあるわ。ともかくも、予選すらかすりもしない、惨めな駄作だったなあ。

当時、まだあんまり普及していなかったワープロで書いたんだけど、なにせメディア1Dフロッピーディスク(これが後に2D2DD、2HDと進化していく)だったもんで、データを救出できなかった。だから、もう復元はできない。復元しても、あんまりにも下手くそで、顔を赤らめずに読めないだろうなと思うけどね。なんか思い出したんで、書いた。

2017-12-23

痴漢セクハラかぁ

今までどんなのあったかな。。

 

小学4年のころ、団地で知らない大学生くらいの人に、

から下まで触られたのは辛かった…怖くて声も出せなかった。

多分二回有ったと思う。

 

あと、ピアノ教室の帰りに商店街を歩いていたら、

突然車から食べかけのリンゴみたいのを頭におかれたことがあった…

(これは痴漢じゃないか

 

中学生ときは冬の18時くらいにピアノ教室の帰りに自転車で帰ってたら、

両脇を大人スクータで挟まれてこれもかなりの恐怖。

 

高校生から電車にのりはじめて、お尻触られるは半年に1回くらいかな。

一度集団男性陣に電車内でかこまれて、髪を触られて当時一番の恐怖だったか

あと、通学の朝、すれ違ったおっさんUターンしてきて後ろから触ってきたのもかなり恐怖。

しばらくその道は通れなかったな。

 

大学生になってもお尻触られるのはなくならなくて、

一度ひどい触られ方をしてからは、その電車にのりたくなくて、

1限はそれ以来時間通りにいくことはなくなった。一応単位はとれたけど

 

あと、大学時代は昼間の電車のすいている時間でも普通に痴漢があった。

一度は昼間から酔っ払いからまれて、若人に助けられた。

二度目はTシャツの首回りをやたら見てくる男の子がいて、

おばちゃんに席を移動しなっと促されてことなきを得た…

 

社会人になってからもしばらくはお尻は触られてた…

あと、電車以外での痴漢が増えた。

お店で突然後ろをとられてお尻触られたり…本当一瞬の出来事過ぎで声が出ない

歩いてたらものすごいスピードで通り過ぎていく人がお尻触ってきたり…

後は、駅で酔っ払い声かけられるくらいかな?

 

セクハラは、人事権のある人から告られて、どうしようもなくなったこと。

あと、同僚から性的要求をされたこと。

何のつもりなのだろうか?

 

女でいるだけでこんな嫌な思いするのって何かの罰ゲーム

女ってだけでこんな罰ゲームうけなきゃいけないの?

男の罰ゲームって何?

2017-12-22

長年連れ添ったノートパソコンとの別れがツラい【追記しました】

バカみたいと思われるかもしれないけど、凄くツラい。

2012年大学入学するということで両親に買ってもらったRAM4GB、プロセッサCorei5-2430MのVAIO。確かeシリーズなんて名前がついていた気がする。

大学入学を期に上京して、友達ができなかった俺はいつもパソコンを通じてネット世界に入り浸ってて、たくさんの元気をノートパソコンを通じてもらってきた。

大学3年になって単位取得が進んで楽になってきてからは、相棒を通じてライター副業もするようになった。

想像以上に辛辣世界文字単価0.1円なんかで受注していた時は生活費の足しなっているのかどうかも怪しかったけど、低学歴だったしスキルを身に着けたほうがいいと思って頑張ってた。

そんなこんなで毎日苦しいとかなんでこんなことやってるんだろうと思いながら、キーボードを叩いていたらいつの間にか、せいぜい月20前後だけど稼げるようになってて、そのまま大卒フリーライターになった。

卒業してからプロなんて臭い言葉使いたくないけど、本気で自覚を持って1年と半年、辛かったこと楽しかたことを沢山相棒と分かち合ってきた。

正直2017年になってからブルースクリーンを1回出したし、動作もかなり重くなってきていて限界を感じていたけど、お金もなかったし相棒と一緒に頑張ってきた。

きっとまだまだ相棒は戦えると思っていそうだけど、動画編集を今俺は学ぼうと思っていて、そのためにはもっとハイスペのPCじゃないとまともにできないんだよ。

ずっと動作がカクつくたびに「クソPC!」とか怒鳴ってて、こんな思いするとは想像もしてなかったんだけど、DELLの直販でNEW XPS タワーっての買おうと思って個人情報入力してたら、あれなんか胸が苦しいって。

大学時代もそうだし今もネットで微かに人とつながってたりはするけど本質的にはひとりで、それなのに今まで生きてこれたのとか、頑張れてこれたのってこいつのおかげなんじゃないかって。

授業から帰ってきて狭いワンルーム毎日相棒を開いてニコニコ動画MADとかpixiv漫画とか色んなもの見て、時には腹抱えたり、時には切ない気持ちになったりして楽しんでさ。生きるために必要な金を稼がせてくれたりもして、そんな思い出が一気にぶり返して。

親戚のばあちゃんが亡くなったとき(人はいつか死ぬんだからしょうがないよ)とか思ってて、一粒の涙も流さなかったのに、(新しいPC買ったらコイツ使わなくなるんだよな)と思ったらスゴイ悲しくなって涙出てきてさ、葬式でわんわん泣いてる奴らの気持ちなんか一生わからないと思ってたのに、こんな場面で失うことへの悲しさを理解することになるなんて思いもしなかったよ。

たかが5年と半年の付き合いだけど、本当に人生の中でつらい時期を一緒に過ごしてきたから別れが苦しい。出来ることならまだ一緒に戦っていきたいけど、これからやっていこうと思っていることに相棒対応できない。

別に増田に書いて何かが変わるわけじゃないんだけど、吐き出さないと苦しいし悲しくてしょうがいから書いた。

追記:

色々なアイデアとか体験談とか見まして、なんか落ち着きました。サブ機として使うのもありだし、もし動かなくなったとしても思い出の品として大事に保管しておくという選択肢もあるんだなと気づかせてもらいまして、悲しさがだいぶ緩和されました。感謝するのも変な気がしますが、みなさんコメントしてくれてありがとうございます

2017-12-18

馬鹿自分演出

昔の自分がやっていて今の自分がやらなくなってしまたこと、それは、人に嫌われないために馬鹿自分演出することだった。

学生時代、とくに高校生の頃までは、仲間はずれにされるのが怖くて、自分の暗くてきつくて目ざとくて人を見下すような性格の悪さを、少しの馬鹿っぽい言動や鈍感を装ってカモフラージュしていた。

勉強が好きで得意だったので、それがかえって偉そうだったり鼻に付く感じになりそうなのが嫌だったのもある。

私が馬鹿なことをやって、友達と一緒に笑うというよりは、笑われているような感じだったと思う。

ただ、そうしていると、仲間はずれにされることはなかった。

皮肉なことに、自分を偽っていたこの時期にできた友達は今は友達として一人も残っていないのだけれど。

そんなだから大学生になってからは、自分を偽るのはやめた。もとの理屈っぽくて冷笑的な性格を隠さなくなった。

もちろんそんな私とは合わない人もいたし嫌われたこともあったけど、この時にできた気の合う友達とは長く付き合いをさせてもらっている。

だけど最近社会人になって、どうにも合わない性格の人にもたくさん出会ってやりづらさを感じるなかで、以前のような、嫌われないための馬鹿っぽさの演出必要に思えてきた。

また逆戻りなのかと思う。

やっぱり気をつけていないと、すぐに自分の周囲を見下す態度は察知されてしまうんだろう。

昔はよかったなんて言うのはダサいけど、やっぱり大学時代は生きやす環境だったんだなと思う。

2017-12-17

うんちを漏らした日

行きつけの店で会話と食事を楽しんだのち、友人たちと別れひとり乗り込んだ横須賀線にて違和感が生じた。


毎週土曜の習慣であるアニメ鑑賞を終え、日で染まったオレンジを隙間から覗かせる轟々とした雲の下を歩き、私は最寄駅に着いた。これから友人たちに会いに行くのだ。

数ヶ月に一度、大学時代の友人と定期的に会っている。場所は友人が昨年見つけた居酒屋。彼らと集まるときは必ずそこだった。

駅に着いた私は改札前の人だかりの隙間に小さなホワイトボードがあることを認めた。

鶴見川崎間でトラブル発生。復旧は17:00頃を予定。」

イヤホンを外すと、京急線にて振替輸送が行われていると駅員の案内が聞こえた。

現在時刻は16:56。ホワイトボードの復旧予定時刻が17:30に書き換えられるのを見届けた私は京急線ホームへ向かった。


私と同じように流れてきた人たちにもみくちゃにされながら、京急線品川まで到着した。ここから横須賀線に乗り換え、30分ほどで目的である

しかし、発車した横須賀線はほどなくして止まった。アナウンスを聞くと、今度は人身事故の影響で遅延が発生しているらしい。東京駅から折り返し運転電車もあるため、身動きが取れない状態となっているとのこと。

ついていないな、などと思いながら待つこと15分、ようやく動き始めた電車新橋についた。

先の理由から電車新橋にも留まるであろうことは想像していたので、私は電車を降りて汐留口に向かった。


私はタクシーを引き留め、目的地を告げた。現在時刻は18:27。待ち合わせの時間はすでに過ぎていた。予期せぬ出費は痛手ではあったが、いつまで待つのかわからない状況で人ごみに押しつぶされているのは耐え難いものだった。

鉄の棺桶と化した電車内で、目的地まではタクシー20分¥2,400程度と調べておいた。タクシーに乗り20分。イルミネーションで彩られた道のりはまだ続いていた。結局かかった時間は35分ほどで、つくづくついていないな、と思いながら調べた金額さらに¥1,000ほどを支払った。


すでに出来上がっていた友人たちに合流し、他愛ない話で代えがたい時間を過ごした。

横須賀線のシートに座したとき下腹部違和感が生じた。

出そうだ。

そのときは耐えうる痛みに感じた。過去何十回と耐えてきた痛み。今回も大丈夫だろう。

念のためと思い新橋で降車し、ホームからエスカレーターを昇りきり、青と赤の人型を見つけた次の瞬間にそれは起きた。

そのときの私はいたって冷静であった。今は個室に入りさえすればいい。それだけだった。

長い廊下を歩き、たどり着いた。

個室は空いていた。人もいなかった。ズボンと下着を脱ぎ、中を検めた。

うんちを漏らしていた。

うんちを漏らしたのは初めてだった。

自分がうんちを漏らしたと理解したのも初めてだった。

私は下着に留まるそれを流し、ケツを拭いた紙を流し、ズボンに付着したそれを拭きとった紙を流した。

私は冷静であった。

異臭を放つ下着も流したかったが、紙で何重にも何重にも巻き、懐にしまい込んだ。

私は冷静であった。

手を洗いトイレを出て丁寧に包装した小包をゴミ箱にぶち込んだ。

私は冷静であった。


私は京浜東北線に乗っていた。ダイヤは復旧していたが、いつも以上の人がいた。やはりトラブルの影響は免れないようだった。

私はこのときになって初めて、自分がうんちを漏らしたことに対し恐怖を感じた。

もし異臭が残っていたら。もし誰かが気づいてしまったら。もしもう一度うんちを漏らしてしまったら。

ズボンの染みはコートの丈が隠してくれているが、ふとした拍子に他人の肩が当たったり目が合ってしまったときにひどく狼狽した。

しかし、私がうんちを漏らしたことを知る人はこの電車内に誰もおらず、また、私がうんちを漏らしたことを知る由もないのだと思うと、愉快でもあった。

忘年会を心行くまで楽しんだ大学生たちも、休日のこの時間帰宅する年配のサラリーマンも、これから夜の街に消えていくであろう男女も、誰も知らないである


私は誰もいない暗い部屋に帰宅した。暖房をつけっぱなしにしていたようだが、うんちを漏らした私を温かく迎えてくれるのはありがたかった。

シャワーを浴び入念に体を洗っていくが、どれだけ洗っても落ちなかった。

何度も水で流し、洗い、跡が残っていないことを確認しても、落ちなかった。

それは、汚れが"穢れ"となった瞬間だった。

私の体は、もはや私の体ではなくなってしまっていた。


今日はついていない一日だったなと思いながら、私はうんちの染みがついたズボンゴミ箱に捨てた。

2017-12-12

高校大学時代に好きになった人はぜんぜん夢に出てこないのに

小中一緒だったクラスメート女の子はなぜか2ヶ月に1回くらい夢に出てくる

ふしぎだなあ

2017-12-11

anond:20171210190440

他の増田を見ると、元増田も私も親に大学進学を喜んで送り出してもらっただけでも良かったのかなと思う。

ただ、最近大学時代同級生20年くらいぶりに会う機会があって、お互いのバックグラウンドを話したりして、やっぱり都会のちゃんとしたご家庭のご息女と、田舎の中卒の親に育てられたガキとの感覚は違うのだなと散々気づかされた。

そういう家庭に育っていればもう少し良い大学に入れたのかも、大企業に勤められたかも、と思いつつ、いや、逆に浪人して就職氷河期ど真ん中に突入して引きこもりまっしぐらだったのかも、と色々考えてしまった。

私もいっぱいつまづいてるけど、ある時点に遡ることが出来たとしても、今以上の人生を生きられる自信はない。

就職氷河期世代

自分1980年まれ就職氷河期世代だ。

就職活動は大変だったけど、なんとか就職はできた。

しかし、入った場所デスマーチだし、出るはずのボーナスが突然でなかったりと

兎に角酷いところだった。


結局、そこでは2年働いたけど、残っていたら大変なことになっていたと思う。


そこでの体験はとても苦々しいものだったけど、今思えば悪くない経験だった。

なにより、この経験会社は何もしてくれないし

自分のことを守れるのは自分だけということを身を持ってに知ることができたからだ。


自分にとって幸運だったのは、大学時代からインターネットを使っていて

いろんな情報アクセスできたことだった。

折しも金融ビッグバンで、ネット証券FX会社が出来て個人にも取引が解禁されつつあった。

自分会社以外から収入を得ることの重要性について転職したあたりから感じ初めていたので

この話を見たとき速攻飛びついた。


もちろん最初は損をした(笑)

スプレッドも広かったし、手数料も高く株式投資なんて

就職したての安月給の小僧がどうこうできるものではなかったのだ。

そして、自分FXに辿り着いた。


世間では博打などと言われているけど、

24時間眠らない公正な市場だ。

さら現在ビットコインのように流動性心配する必要もない。


その後は、いろいろな紆余曲折があったけど、10万で始めた口座は

追加金額も含めてだけど8桁を超えた。

万人にお勧めできる方法ではないけど、逆転を狙うなら投資するしかない。


就職氷河期世代正社員に無事なれた人もかなり不遇な目にあってる気がする。

昇進しても仕事が増えるだけで、給料があまり上がらないことに不満を感じている。

それだったら、副業したほうがいいよねという感じで大抵の人は株式FXをやっていると思う。


2000年代情報格差が凄い年代だった。

就職氷河期世代は、雇用冷遇され、さら情報格差でも大きく差がついた。

おそらくこれらの理由から就職氷河期世代が団結することはたぶん無理だと思う。

願わくば、早く投資重要性に気が付いて少額でもいいのでチャレンジしてくれることを祈るばかりだ。

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