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はてなキーワード: 大学時代とは

2018-11-15

anond:20181115231245

ありがとう

薄々気づいていたんだよな

おれは経済の話をしたい、それって大学時代の友人と話している方が前に進むんだ

ここではイデオロギー支配されて何にも有益な話にならない

さようなら

2018-11-13

地方に生まれるだけで負け

マジで首都圏に生まれた人との文化資本が違いすぎてつらい。

男尊女卑が残ってるから女子がうまく働くノウハウも身につけられなかったし、ビンボーだから首都圏私立大学にも行けなかったし、そもそも地元国立マンセーで行く意味を知ってる人もいなかったから要領マジで悪い。

地元国立就職うんこすぎ。ろくなOBおらんし。

そんなこんなでなんとか就職決めたけど、

今度は結婚育児問題がすぐに直面。

まだ仕事にもなれてないっちゅーねん。

しかも専業マンセーな中で育ったか時短ワーママ生理的嫌悪してるけど、地方出身だと時短ワーママにならないと子供なんて持てない。

地元の男はバカブサイクでも男であるだけで無駄に偉そうだし、女もちやほやする。

ただ、上京後、婚活してもすでに良さそうな男は大学時代彼女が予約済み。

夫婦正社員時短で周りに迷惑かけながらのうのうと生きててさぞかし楽しそうですね。勝ち組羨ましいぞちくしょーー。

資格だって学歴だって会社評価だってこっちの方が上なんですが、なんか残り物を常に押し付けられてる気分。情報化社会に残り物に福なんてない。

それなりに努力してきたはずなのに、東京に生まれただけでここまで差がつくなんて、生まれ土地を恨むしかない。

夜、ふと無性に肉まんが食べたくなったのでコンビニに買いに行ったら無かった、というのはよくある事なのだろうか?

私のバイトしている店では、廃棄を出したくないので、夕方は6~7時くらいに用意した肉まんを売り切ったら、補充しないで中華まん什器の電源をオフにしてしまう。

だけど、最近担当SV若い人に代わった途端にそれじゃダメもっと売らないと!と圧力かけられるようになったらしい。SVの見に来る夜だけは中華まんホットスナック什器の中がやたら充実している。

私は大学時代に時々、夜に無性に肉まんを食べたくなってコンビニに買いに行こうと思った覚えがあるのだけど、思ったとこまでは覚えているのだが実際買いに行ったかどうかと買えたかどうかという、肝心な事はさっぱり覚えていないのだが、世の中の人はこう、夜に小腹が空いて無性に肉まんが食べたくなって購いにコンビニに出掛ける、という事はないのだろうか?

うちの店ではだいぶ前から夜は中華まんを置いてない店としてお客様達には認識されているらしく、夜8時に「中華まんもう終わっちゃったんですかぁ?」と言われる事はあまりないのだけど、入店したと思ったらすぐ回れ右して帰るお客様がしばしばいるので、気になっている。

ホットスナックは揚げる数が5個単位と決まっているので、御客の少ない夜には作れないけど、中華まんは1個からでも補充する事が出来るので、9時頃までは一つ二つ残しとけばいいじゃんと私個人は思っている。

しか相棒は、「昼勤の奴等がちゃん在庫管理しないから」と言って半端な数中華まんを出すのを嫌い、一袋出せないなら終わりでいいと言うのである

SVが言うには、今のうちの店のホットスナック中華まんの売上はピークの半分しかないのだそうだ。

ピークの頃というと、店がまだ開店して数年かそこらだ。まだ作れば売れるだろうという、先を見通す力がなく勢いで経営されていた時期の頃の話だと思う。そんな頃と今を較べるのはどうかと思う。

だが、今の店は廃棄をおそれるあまりに品物を置かなさすぎなのではないかという気もする。私だって客としてこの店に入ったら、「ここもうすぐつぶれるんじゃないかな?」と思うだろう。

さて、今夜もバイトだ、がんばろう。

2018-11-10

鬱病患者生活が俺より充実してて草

うつ病の友人をSNSフォローしてるんだが、鬱で何もできない自分が悲しいオヨヨ……と言ってるんで大変だなあと思ってたら俺よりめちゃくちゃ充実してて草

週末には家族で小旅行大学時代友達と遊ぶ、映画に行く、ジムに行く、ペットサロンに連れて行く、自炊で美味しい味噌汁おひたし作る……など。

平日は鬱に理解のあるやさしい職場の人に励まされたり、上司に頻繁におごってもらったりしながらできる事を積み重ねて復職頑張ってる感じ。

正直羨ましい。てかうつ病患者より生活灰色の健常者の俺っていちゃいなんなんだろうな……

2018-11-09

2002年卒 新卒就職失敗した俺の年表

2000年夏】 就活開始 合同説明会業界研究などなんとなく嫌で参加せず

2001年】 2社+教職に応募するも、もともと無理筋であえなく全敗。数名のモラトリアム組と一緒に社会人になっていく友人を祝う。

2002年春】 大学卒業実家ぐらしのフリーター生活スタートバイト先は大学時代から続けていた飲食店フリーターのくせに4月から2ヶ月ほど東南アジアバックパッカー

2002年秋】 就職。 東京資本ブラック営業職。月収25万程度、ボーナスなし

2003年秋】 一人暮らし開始。月収25万円と変わらず、ボーナスなし、家賃6万程度(県下最大の繁華街直ぐ側だったため、毎日飲み歩き貯金ゼロ二日酔い仕事に行き職場トイレ嘔吐すること月に何度も)

2004年春】 最初職場退職。単純に仕事が楽しくなかった。残業もせず営業成績はノルマギリギリアウト、給料はしっかりもらってたので風当たりも強かった。

移行失業保険3ヶ月分で食いつなぐ、というか飲みつなぐ。

2004年初秋】 失業保険切れて家賃払えなくなったので肉体労働バイトを始める。日給8000円。と同時に就職活動を始める。時代ライブドア・ショック前夜、時代ITだなとWEBマーケティングWEB制作系の本を図書館で借りて読み漁る日々。ホントは半分以上小説借りて読んでた。

2004年初冬】 地場零細IT企業就職。月収19万円程度、ボーナスなし。職種地場工務店廻りのルート営業

2005年初頭】 東京営業所開設に伴い転勤(もともと東京勤務条件で就職家賃は半額補助だったけどまたたくまに困窮する

2005年秋】 勤め先破綻、自費で地元に戻る。当然すっからかん実家に逃げ込む。幸運にもWEBマーケティング担当として勤め先の顧客であった食品流通企業就職月収20万程度、ボーナス年間3ヶ月程度移行心を入れ替えて勉強しつつ学びつつ、ちょうど地域ブランディングブート相まって2008年ころまで県下の業界ではちょっとした有名人に。ただし昇進もせず給与もあまり上がらない。

2006年春】 再び実家を出て同棲開始

2010年春】俺を招いてくれた社長勇退。反りが合わなかった重役が社長に。広告予算を掌握していた俺がじゃまになりあからさまに社内の風当たりが強くなる。恩義もあったが転職を考え始める 同棲解消、独り身に

2010年秋】地元広告代理店に転職。前職でコネクションが作れており、仕事評価も広がっていたので苦労しなかった。月収30万円、ボーナス2.5ヶ月程度。色んな会社ブランド開発、広告運用担当する楽しい日々。

2015年春頃】クライアントに対して某グローバル営業支援システムの導入をコンサルする新設部署責任者に 。 年収550万円ボーナス込。 結婚

2016年春】 住宅購入(3500万円 うち2500万円35年ローン)

2018年春】 38歳 クライアント企業転職地場中堅流通業。経営企画責任者 年収700万円査定ボーナス 第1子誕生幸せ

2018-11-07

村上くんのために保存しておいてあげる

大学時代マテリアル系を専攻していた。

その中でも結構有名というか、研究内容を言ったら特定される分野なので詳細は省く。

GPAバトルを制し新進気鋭の研究室に入った俺を待ち受けていたのは、今考えても普通に訴訟もんだろというレベルブラックな「現場」であった。

同業者の方はご存知と思うが、マテリアルというのは日本がかなり強い分野であり企業の注目度も高く、

なおかつ実用度が非常に高いため「金の成る木」としてバイオと並んで世界との競争が激しい分野でもある(らしい)

比較する先が世界なので、当然世界レベル努力と実績を要求されることは入って知った。

20時間ぶっ続けでサンプル作った実験結果を当日のゼミで発表すると「もうちょっと綺麗に資料作れないの?」とか平気で言ってくる准教授

真面目で頑張り屋なのにインパクトファクターを稼げずドクターを6年続けて鬱になった先輩。

めっちゃ上から目線日本国の公的手続きの手助けを求めてくる外人ポスドク

当たり前だがすべての研究無償ボランティアであり、どころか金払って受ける教育なのだが、

求められるのは仕事としてのクオリティ。遊びでやってんじゃないんだよ!

頑張って書いた論文ファーストオーサーはもちろん…教授「俺だよ」

いろいろなことに嫌気がさした俺はアカデミックの道を早々に諦め就活を頑張ることにした。

教授からは「好きでやってる研究だろう。好きなことにすら不真面目な君が社会に出てやっていける訳がない(意訳:研究室で奴隷続けろ)」と全力で人格否定を受けつつ、

少子化の影響もあってか、まあまあ有名といえる程度の大手企業にどうにか滑り込むことができた。

会社に入るとまず待っていたのは教育に次ぐ教育だった。

今時小学生でもわかるだろというようなレベル情報処理の授業、

中学生国語でやるだろというようなレベルビジネス作文の授業、

理系なら全員知ってるだろという感じの電気の授業、

あらゆる授業を仕事として受けることになる。もちろんおちんぎんが発生する。

すべての課題を秒速でクリアし、定時より手前で帰る日々がしばらく続く。

まり簡単なので研修よりは同期とのレクリエーション目的なのだろうと勝手忖度していた。

遊びながら金がもらえるとかいう夢のような環境である

ある程度の教育を終えると晴れて部署配属となる。部署SE部隊

情報出身ではない俺だったが、趣味プログラミングはかじっていたし興味もあった。

入ってすぐの仕事はあるシステム(社員が使っている自作ツール)の改修だった。

新卒簡単仕事を与えつつ、プログラミングスキルを伸ばしつつ、自分たち仕事効率化できる、という上手い采配である

プログラミングはかじっていたとはいものの、ゲームを作ろうとして挫折したり、あとはHelloWorldレベルくらいで、

まともに運用したのは精々MATLABのような特殊ものだけ。所謂プログラミング言語で利用者がいるソフトを触るのは初体験だった。

詰まっては調べを繰り返しながらも趣味の延長のような感じで楽しく取り組むことができ、上司の引いた工程3分の1で完了した。

ここで上司から10年に1人の逸材」の評価を賜る。

俺は平静を装いつつも内心歓喜した。

なにせ不真面目学生である俺は教授から目出しをくらったこしかなかったのだ。久々に得られた自己肯定感である

これはいけると判断したのか、同じく社内ツール改修の仕事をいくつか振られる。

片付けていくうち、俺のPCスキルが先輩社員と比べても高い部類にいることに気付く。

自作ツールを社内LANで動かすとファイヤーウォールに引っかかったりなどするが、先輩社員がそれを対処できないのだ。

どうやらそういう感じで動かなくなり、放置されていた部分を俺が解決しているらしい。

だがWindowsFWの設定なんてNasneアニメを撮りためたりFPS海外鯖に接続するようなヒキニートにとっては半ば常識である

陽キャパリピっぽい先輩が知らなくても無理はないが、SE部隊で長年社会人やっておいてわからないことには軽く失望する。

プログラミング派遣仕事とは言っても使役する側に知識がないのではやはり困ると思う。

ちょうどその時、働き方改革かい名目で各職場独自でやっていたシステム統合し、

営業所独自に動いていた勤休登録システムが全社的に統一されることになった。

新しいシステムUIモダンで、前のよりぶっちゃけ使いやすくすぐに慣れた。

だが先輩は勝手がわからないらしく、俺が先輩に質問する回数が減るのと同時に、先輩が俺に質問する回数が増えた。

働き方改革の魔手は勤休にとどまらず、いろいろな社内システム統合されてゆく。

頼られる頻度は増し、頼ってくる相手も先輩だけではなくなってきた。どこから噂を聞いたのか他部署の人から質問の内線が来るのである

上司に聞けや。知っとると思うがワイ新卒やぞ?と思いながら(つーか言いながら)回答する。

まあ新しいものには若い方が強いみたいな感覚理解できるが同期に聞けよ←残念同期からも同じ内容の質問が飛んでくる‥現実です‥これが現実‥!

このあたりで自己肯定感よりぶっちゃけ不信感を感じることが多くなってくる。

かに中学生以降は家族でも学校でもパソコンに強いニキではあったが、

まさか面接選抜されたひとだけで構成されている筈の会社パソコンに強いニキをやるとは思わなかったのだ。

まあそんな人が一人もいないはずがないので、多分、本当に詳しい人はうちではなく客先に居て、かつ忙しいということだろうと思うが。

さすがに面倒に感じていたある時、PukiWiki社員編集して公開できる神システムを見つける。

当然というべきか、数年前に何某が色々編集していた痕跡だけを残し、現在廃墟と化していた。が、サービスは生きていた。

ゲーム攻略を頑張って書き込んでいた時代を思い出しつつ、新しい社内システムの利用法を懇切丁寧に解説するWikiを作る。

これが大受けし営業所内でも一躍有名人に。

上司からは「その辺の社員100人より貴重」「絶対やめないでくれ」的な評価を賜る。

社内ツールの使い方記述しただけで褒められる異常事態に少しずつ価値観麻痺してくる。

ここらで満を持して炎上プロジェクトに投入される。

炎上の原因は、代々伝わる秘伝のソースと化したソースだった。

仕様書がないのはもちろん、そもそも社内環境ビルドできない、なんと.NETではないVBである

当たり前のように1ファイル50kstepを超えるソースがずらずら並ぶ様は威圧感すら感じさせた。

そんなのが現役で動いていたんだお客様セキュリティとは

上司を含めて誰もソケット通信が分からない中、元々チャットツールを作ろうとして失敗した経験のある俺は、

先輩が3人×3時間=9工数かけて解決しなかったあるバグをちょいとググっただけで10分で解決

まあぶっちゃけますエンディアン系のバグである

というようになんかやたらと活躍し、どうにかプロジェクトが終わるころには上司評価天元突破した。

地味に詳しい人は他にもいる(外にいて忙しい)ということもわかり推測は当たっている様だった。

会社に入って以降「君は社会ではやっていけない」と言った教授言葉信憑性は下がる一方である

なにせ主観的にはヒキオタがヒキオタっぽいことをやっているだけで褒められるのだ。

募る違和感の中、経団連会長室にメールが導入されたニュースと、そのコメントを見て気付いた。

俺は異世界転生したのだと。

そう、俺の就職先は、パソコン強いニキが崇め奉られる異世界だったのだ。

異世界なので何やっても訳の分からない褒め方をされる。

自席で堂々とYouTubeを見てたときには流石に上司に苦言を呈されたのだが

ゼネラリストには情報収集も必要」と言い訳すると「おお…」「さすが村上君だ…」となって許された。(マジ)

ちなみにマーケット調査名目業務YouTuberを見ることを冗談のつもりで提案したら、真面目に検討された。(マジ)

他の人にはありえないが俺だけ許されるところに落ち着くのではないだろうか。

うける。

anond:20181107032904

正直言って危機感はある。

世界と戦うを標榜していただけあって確かに研究室のレベルは高かったと思う。非情報系でもプログラミングはできて当たり前だったし。

この会社は(最近一定以上大きければどこもそうじゃないかと思うが)半官半民みたいなもんなので、皆どことなのんびりと仕事をしているように見える。

その結果、当然ながら競争力が落ちる。落ちはするが、会社組織は存続し続ける。

そして存続し続ける会社の中には「異世界」が広がっているのである

他の会社もそうだと思うが、各地で頑張ってる派遣プログラマーの方がよほど技術力が高い状態

大丈夫日本大丈夫か弊社。

まあでも転生した側としては居心地いいのでこの異世界に骨を埋めるのも悪くないと思っている。

新卒で入った会社異世界な件

大学時代マテリアル系を専攻していた。

その中でも結構有名というか、研究内容を言ったら特定される分野なので詳細は省く。

GPAバトルを制し新進気鋭の研究室に入った俺を待ち受けていたのは、今考えても普通に訴訟もんだろというレベルブラックな「現場」であった。

同業者の方はご存知と思うが、マテリアルというのは日本がかなり強い分野であり企業の注目度も高く、

なおかつ実用度が非常に高いため「金の成る木」としてバイオと並んで世界との競争が激しい分野でもある(らしい)

比較する先が世界なので、当然世界レベル努力と実績を要求されることは入って知った。

20時間ぶっ続けでサンプル作った実験結果を当日のゼミで発表すると「もうちょっと綺麗に資料作れないの?」とか平気で言ってくる准教授

真面目で頑張り屋なのにインパクトファクターを稼げずドクターを6年続けて鬱になった先輩。

めっちゃ上から目線日本国の公的手続きの手助けを求めてくる外人ポスドク

当たり前だがすべての研究無償ボランティアであり、どころか金払って受ける教育なのだが、

求められるのは仕事としてのクオリティ。遊びでやってんじゃないんだよ!

頑張って書いた論文ファーストオーサーはもちろん…教授「俺だよ」

いろいろなことに嫌気がさした俺はアカデミックの道を早々に諦め就活を頑張ることにした。

教授からは「好きでやってる研究だろう。好きなことにすら不真面目な君が社会に出てやっていける訳がない(意訳:研究室で奴隷続けろ)」と全力で人格否定を受けつつ、

少子化の影響もあってか、まあまあ有名といえる程度の大手企業にどうにか滑り込むことができた。

会社に入るとまず待っていたのは教育に次ぐ教育だった。

今時小学生でもわかるだろというようなレベル情報処理の授業、

中学生国語でやるだろというようなレベルビジネス作文の授業、

理系なら全員知ってるだろという感じの電気の授業、

あらゆる授業を仕事として受けることになる。もちろんおちんぎんが発生する。

すべての課題を秒速でクリアし、定時より手前で帰る日々がしばらく続く。

まり簡単なので研修よりは同期とのレクリエーション目的なのだろうと勝手忖度していた。

遊びながら金がもらえるとかいう夢のような環境である

ある程度の教育を終えると晴れて部署配属となる。部署SE部隊

情報出身ではない俺だったが、趣味プログラミングはかじっていたし興味もあった。

入ってすぐの仕事はあるシステム社員が使っている自作ツール)の改修だった。

新卒簡単仕事を与えつつ、プログラミングスキルを伸ばしつつ、自分たち仕事効率化できる、という上手い采配である

プログラミングはかじっていたとはいものの、ゲームを作ろうとして挫折したり、あとはHelloWorldレベルくらいで、

まともに運用したのは精々MATLABのような特殊ものだけ。所謂プログラミング言語で利用者がいるソフトを触るのは初体験だった。

詰まっては調べを繰り返しながらも趣味の延長のような感じで楽しく取り組むことができ、上司の引いた工程3分の1で完了した。

ここで上司から10年に1人の逸材」の評価を賜る。

俺は平静を装いつつも内心歓喜した。

なにせ不真面目学生である俺は教授から目出しをくらったこしかなかったのだ。久々に得られた自己肯定感である

これはいけると判断したのか、同じく社内ツール改修の仕事をいくつか振られる。

片付けていくうち、俺のPCスキルが先輩社員と比べても高い部類にいることに気付く。

自作ツールを社内LANで動かすとファイヤーウォールに引っかかったりなどするが、先輩社員がそれを対処できないのだ。

どうやらそういう感じで動かなくなり、放置されていた部分を俺が解決しているらしい。

だがWindowsFWの設定なんてNasneアニメを撮りためたりFPS海外鯖に接続するようなヒキニートにとっては半ば常識である

陽キャパリピっぽい先輩が知らなくても無理はないが、SE部隊で長年社会人やっておいてわからないことには軽く失望する。

プログラミング派遣仕事とは言っても使役する側に知識がないのではやはり困ると思う。

ちょうどその時、働き方改革かい名目で各職場独自でやっていたシステム統合し、

営業所独自に動いていた勤休登録システムが全社的に統一されることになった。

新しいシステムUIモダンで、前のよりぶっちゃけ使いやすくすぐに慣れた。

だが先輩は勝手がわからないらしく、俺が先輩に質問する回数が減るのと同時に、先輩が俺に質問する回数が増えた。

働き方改革の魔手は勤休にとどまらず、いろいろな社内システム統合されてゆく。

頼られる頻度は増し、頼ってくる相手も先輩だけではなくなってきた。どこから噂を聞いたのか他部署の人から質問の内線が来るのである

上司に聞けや。知っとると思うがワイ新卒やぞ?と思いながら(つーか言いながら)回答する。

まあ新しいものには若い方が強いみたいな感覚理解できるが同期に聞けよ←残念同期からも同じ内容の質問が飛んでくる‥現実です‥これが現実‥!

このあたりで自己肯定感よりぶっちゃけ不信感を感じることが多くなってくる。

かに中学生以降は家族でも学校でもパソコンに強いニキではあったが、

まさか面接選抜されたひとだけで構成されている筈の会社パソコンに強いニキをやるとは思わなかったのだ。

まあそんな人が一人もいないはずがないので、多分、本当に詳しい人はうちではなく客先に居て、かつ忙しいということだろうと思うが。


さすがに面倒に感じていたある時、PukiWiki社員編集して公開できる神システムを見つける。

当然というべきか、数年前に何某が色々編集していた痕跡だけを残し、現在廃墟と化していた。が、サービスは生きていた。

ゲーム攻略を頑張って書き込んでいた時代を思い出しつつ、新しい社内システムの利用法を懇切丁寧に解説するWikiを作る。

これが大受けし営業所内でも一躍有名人に。

上司からは「その辺の社員100人より貴重」「絶対やめないでくれ」的な評価を賜る。

社内ツールの使い方記述しただけで褒められる異常事態に少しずつ価値観麻痺してくる。

ここらで満を持して炎上プロジェクトに投入される。

炎上の原因は、代々伝わる秘伝のソースと化したソースだった。

仕様書がないのはもちろん、そもそも社内環境ビルドできない、なんと.NETではないVBである

当たり前のように1ファイル50kstepを超えるソースがずらずら並ぶ様は威圧感すら感じさせた。

そんなのが現役で動いていたんだお客様セキュリティとは

上司を含めて誰もソケット通信が分からない中、元々チャットツールを作ろうとして失敗した経験のある俺は、

先輩が3人×3時間=9工数かけて解決しなかったあるバグをちょいとググっただけで10分で解決

まあぶっちゃけますエンディアン系のバグである

というようになんかやたらと活躍し、どうにかプロジェクトが終わるころには上司評価天元突破した。

地味に詳しい人は他にもいる(外にいて忙しい)ということもわかり推測は当たっている様だった。

会社に入って以降「君は社会ではやっていけない」と言った教授言葉信憑性は下がる一方である

なにせ主観的にはヒキオタがヒキオタっぽいことをやっているだけで褒められるのだ。

募る違和感の中、経団連会長室にメールが導入されたニュースと、そのコメントを見て気付いた。

俺は異世界転生したのだと。

そう、俺の就職先は、パソコン強いニキが崇め奉られる異世界だったのだ。

異世界なので何やっても訳の分からない褒め方をされる。

自席で堂々とYouTubeを見てたときには流石に上司に苦言を呈されたのだが

ゼネラリストには情報収集も必要」と言い訳すると「おお…」「さすが村上君だ…」となって許された。(マジ)

ちなみにマーケット調査名目業務YouTuberを見ることを冗談のつもりで提案したら、真面目に検討された。(マジ)

他の人にはありえないが俺だけ許されるところに落ち着くのではないだろうか。

うける。

正直言って危機感はある。

世界と戦うを標榜していただけあって確かに研究室のレベルは高かったと思う。非情報系でもプログラミングはできて当たり前だったし。

この会社は(最近一定以上大きければどこもそうじゃないかと思うが)半官半民みたいなもんなので、皆どことなのんびりと仕事をしているように見える。

その結果、当然ながら競争力が落ちる。落ちはするが、会社組織は存続し続ける。

そして存続し続ける会社の中には「異世界」が広がっているのである

他の会社もそうだと思うが、各地で頑張ってる派遣プログラマーの方がよほど技術力が高い状態

大丈夫日本大丈夫か弊社。

まあでも転生した側としては居心地いいのでこの異世界に骨を埋めるのも悪くないと思っている。

2018-11-05

新卒銀行に入行したけど仕事まらない。

 大学時代研究室で朝から晩まで研究をしていた。そりゃ、大変だったさ毎日アルバイトする時間もなくてお金もない、遊ぶ時間もない。それでも一つの目標に向かって自分で考えて実行する実験(仕事)は楽しかった。それに比べて今の仕事銀行。くっそつまらん。

 マニュアル通りの作業を求められる。営業成績にプラスになることでも自社マニュアル通りの手順を踏まなかったら夕礼で皆の前で公開処刑。住所一文字でも間違えたら訂正してもらって訂正印をもらう。高額の引き出しだと本人確認くそみたいな投信販売。なんだこれ、ペッパー君でもできるんじゃないかこの仕事。お局のばばあはうるさいし。学生時代の方がもっと難しい事をして楽しかったわ。

 銀行員の中にはPC使えないアホがたくさんいて新卒の俺がexcelを教えたり、未だに通帳で財産管理してる奴もいて絶望した。日本キャッシュレス化が進まないは銀行員のせいだと思う。通帳とかいらないだろ、ネット管理しとけ。

 

 

2018-10-27

同じ時期に未経験から中途採用された三十路女ばかりの弊社事務アシスタント

お互い不出来なところもあるし、フォローしあってやってきたけど、一人とんでもない人がいてフォロー限界

データ入力を頼まれて分担したら、チェック用の数式の参照範囲が変わっていて検算が合わないのに、それを出来上がったと上司に送る。最後相互チェックしてからまとめて送りましょうね、って事前に決めてたのになんでそういうことしちゃうの?

水曜締め切りの仕事に火曜午後まで取りかからずにいて、結局締め切りの時間になってから出来そうにないから締め切り伸ばしてくれってもうそれ何度目?その後始末、他のメンバー残業してるのに何も言わずに定時で帰るのはなんでなの?

そもそも仕事終わりそうにない状況なのに上司捕まえて一時間近く自分大学時代の話を延々と続けているのは一体どういう理屈なの???

マジでなんなの???

課長部長も「彼女なんか世界観が独特だよね」とお茶を濁すだけで別に注意も指導もしないのは怠慢すぎるわ

本人に、締め切り直前で出来ないと言われても困るから半日前までに進捗教えて欲しいって頼んだら、半日前になってから「これから着手します〜」って…

それ本当に終わるの?他の人の倍以上の時間かけて完璧もの出してこない人が今から着手?終わらないんじゃないの???と思うから、今からなら手伝いますよって伝えても、「私が頼まれ仕事なので私が最後までやります!」っていうけどさ、それ最後結局課長から他のスタッフ宛に「確認お願いね」って回ってくるんだけど?最後までできてないじゃん???

これ誰から何て伝えたら改善するわけ???

スタッフ同士ではもう彼女に対してドン引き通り越して触らぬ神に祟りなし状態なんだけど???

脳に障害でもあるわけ??

なんで会社もそんな人雇っちゃう???

日がな一日黙って座っててくれたら相当されだけでも平和なのに、手が空いたからって話しかけられても、頼める仕事用意するのに余計な手間がかかるんだよ!!!!!

彼女がいることで良かったことなんて、他スタッフ同士の連携高まったり、前職経験をお互い生かして効率的仕事する雰囲気が出来たらしたくらいだし、それだってもう「彼女がいなければもっと効率的なのに」っていう雰囲気が滲み出てるんだよ!!!!!

俺は障害者が大嫌いだ

タイトルの通り、俺は障害者が大嫌いだ。嫌いになったきっかけが2つある。

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1. 小学生時代

一学年10人程度の小さな小学校に通っていたが、一学年上に言語能力問題を持った障害者(A)がいた。

周りの奴らが優しい奴ばかりだったから、特に障害を持っているからといって見下したり貶したりしていなかった、そう接するのが正しいんだなと思って俺も雰囲気でそうしていた。

小4のある日、Aと話していて急に大声で怒鳴られ、体格の良かったAに突き飛ばされた。正直詳しく何があったかは覚えてないが、いきなり顔つきが豹変して怒鳴りだしたときの顔は覚えている。

そこから先生や親と話し合いになったが、なんとなく「まぁAはちょっと普通の子とは違うからしょうがないよね、増田も許してあげてね」的な結論になった。Aは心のこもってない「ごめんね」を言い、先生も親もも解散ですかねみたいな雰囲気だった。

俺は「あんなに怖かったのに許してあげてねで済ませてほしくない」みたいなことだったと思う。そのときの「ハァ何言ってんだコイツ」みたいな先生の顔を見て、小学生だった俺は「何やっても周りは障害者の味方すんだな」と思った。

2. 大学時代

今の話だ。地元田舎から都会に出て大学院生をやっている。都会といっても中心部から電車で30分も行けば住宅街の広がる街になる。割と夢だったひとり暮らし満喫しているが、最近同じアパートに住む斜め向かいの1人の住人(B)に悩まされている。

そいつは40〜50代くらいのおっさんでら俺が引っ越してきた4年前には既に居たと思う。たまにすれ違うことがあっても帽子を目深に被って明らかに目を合わせないようにされていた。

ここ1年くらいだろうか、夜に家で作業をしているときに、外から怒号が聞こえてきた。言い合いをしているという感じではなく、誰か1人吠えてる感じだ。なんか気味が悪いなと思っていた。

そこから気にしだしたせいもあるだろうが、怒号聞こえる回数が増えた。ドアは開けなかったが夜中3時にゲームをしてる時、昼過ぎ作業をしてるときちょっと早く目が覚めた朝6時、夜10時過ぎに宅飲みをしてる時など、時間を問わず5〜15分くらい怒号が悪いな聞こえるのだ。それがひどいときには1日1回は聞こえるようになっていた。

ある時恐る恐る外に出てどこから聞こえるか確認したところ、Bが住んでいる部屋の中からだった。大家さんにどうにかできないか相談したが、「張り紙を貼ったり何度も注意はしてるんだけどねぇ、あの人ちょっとかんしゃく持ってるっぽいしねぇ」とぼかされる。

今年の夏、やけに大きい音で聞こえてくるなと思ったときがあり、Bの部屋を見てみると、ドアを開けて怒鳴っていた。本当にブチ切れそうになった俺は警察を呼んで注意してもらうことにした。10分ほどで警察が来て、注意をしたあと(その注意の仕方もヒドかったが)周りの住民への聞き込みだろうか、俺の部屋へ来たので少し話した。「ずっとうるさいんでなんとか対処できませゆか、退去させるとか」と言ったが「いやぁたぶん彼、障害持ってるっぽいからねぇ、また声が大きいとかあったら教えてよ」とこちらもはぐらかしてくる様子。(そんなん言うたら毎日来てもらうことになるけどええんかと言いたかった)

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俺は障害者ってのはある程度好き勝手振る舞って周りに迷惑をかけても許されるもんだと思っている。だから障害者が嫌いだ。

サンプル数2で語るな」と言われると思う。もちろん全ての障害を持った人がこうだとは思っていない。しか人生2十数年そんなに障害を持った人と接することはないし、パラ五輪目指して頑張る人など人間的によくできた人ってのは一部だと思うし所詮テレビの中だけの存在だと思っている。もし次何かの機会で障害を持った人と会うときは少なからず悪いイメージを持って接すると思う。

頼むから次に会う障害者には迷惑をかけられたくない。

2018-10-26

デリヘル嬢と客との間に、恋愛は成立し得るのか?

客と付き合うとか、ないわー

デリヘル嬢の先輩と雑談していると、何かのきっかけで、客との交際の話になった。

先輩は、そんな言い方で、客との交際を強く否定していた。

その後、いつのまにか、先輩は、お店に顔を見せなくなった。

給料のことでオーナーと衝突したとか、男性従業員と付き合い始めて辞めさせられたとか、色んな噂が流れたが、真相は分からないままだった。

願わくば、何が真相だろうと、幸運ラック)に満ちた人生を送ってほしい。

私がそのお客さんに初めて会ったのは、先輩がいなくなった頃のことだった。

ヒゲがよく似合う、爽やかで優しい顔。

デリヘルを利用するのは初めてらしく、とても緊張していた。

今にも顔から火が出そうで、こっちまでドキドキしてしまう。

多くの他のお客さんと同じく、私よりは年上だったけど、不安でぎこちない様子は、どこか可愛くもあった。

いつも以上に気を使って、サービスをした。

これは、オーナー受け売りだけど、デリヘル嬢の仕事は、将棋に似ている。

攻めるべき時があれば、受けに徹するべき時もある。

同じ相手だとしても、ただひとつとして同じ対局はない。

結果も大切だが、そこに至るプロセス相手へのリスペクト重要である

私は、将棋に疎いので、オーナーの話はよく分からないけど、そんな感じだ。

そのお客さんとは、良い「対局」ができたと思う。

お客さんは、比較的早く、たっした。

どうやら、バックを気に入ってもらえたらしい。

お客さんは、それ以来、定期的に私を呼んでくれるようになった。

モノ扱いされることも多いけれど、そのお客さんは、そんなことは絶対しなかった。

いつだって、私のことを褒めてくれて、私の話をじっくりと聞いてくれる。

聞き上手なので、ついつい色んな話をしてしまう。

普段なら、絶対しないような話だ。

さらず、地道に、自営業の店を自転車操業で切り盛りしていたお母さんのこと。

つやめいた近所のお姉さんに憧れて、目を輝かせていた幼い頃のこと。

手っ取り早く、いじめや当てこすりを避けようと、クラスメイト距離を置きがちだった中高時代

リア充友達の、下半身事情が派手なのに憧れ、空回りしていた大学時代

キドキしながらお店に体験入店して、いつのまにか擦れてしまった、近頃のこと。

お客さんの話も、たくさん聞いた。

営業職のタマゴだった頃からベテランになるまでの話。

今ハマってるというヤクザゲームの話。

そして、コイの話。

いつしか、私は、そのお客さんに会うのが楽しみになっていった。

プライベートでも連絡を取りたかったけれど、連絡先の交換はお店のルール違反だ。

私は、呼んでもらえるのをただ待つことしかできなかった。

首を長くして待ってるのが私の方なのは、なんだか普通とは正反対で、不思議な気がした。

そんな日常がずっと続けば良かったのだが、そうもいかなかった。

あるトラブルで、私は、お店を辞めることになったのだ。

例のお客さんに会うのはこれが最後になるだろうという日。

お店を辞めることを、お客さんに伝えた。

みるみる悲しそうな顔になっていった。

そんな顔を見たのは初めてだった。

その瞳が潤んでいるのを見ていると、私まで悲しくなってしまう。

これまでの色々な思い出が、頭をよぎった。

このお客さんと、もう二度と会えないなんて……。

前日までは、覚悟を決めていたはずなのに、顔を見ると、心が揺らいだ。

私は、つい、こう言ってしまった。

連絡先、交換しようよ、と。

勢いで、食事にも誘ってしまう。

ありがとう、と言いながら泣きじゃくるお客さんを見て、胸が締め付けられるような感じがした。

デリヘル嬢と客との間に、恋愛は成立し得るか?

それが、女性同士の場合はどうか?

デリヘル嬢が、「飛車竜王」に勤める自動車で、客がドラゴン場合はどうか?

私はまだ、この問いに対して、答えることができない。

私はまだ、彼女に対するこの感情に、名前を付けられていないのだから

人に興味がない

バイトしている時、増田さん人に興味がないでしょと言われた。

大学時代所属ゼミ教授に人に興味を持ちなさいと言われた。

初対面の人と会話が続かないのはコミュ障ではなくその人に興味を持たないからだと言われた。



から祖母がもうすぐ死ぬと連絡があった。最後に関わったのは小学1年の時でそれから20年経っている。認知症も入っているらしいしもはや赤の他人である。何も感想がなかったので返信していない。たくさんメールが来ているが読む気もない。



たぶん私という人間に何かしら欠陥があるのだろう。

2018-10-23

文章を書くこと

社会人の中にはマジで文章の読み書きが不得意な人(ふつう意味が通じるメールのやりとりができないレベルの)もいるけど、そういうんじゃなく報告書とか契約絡みの難解な文章とかも難なく読めるし作れるのに「文章書けない」って言う人がいるのが不思議だったんだけど、これって「考えてることや聞いたことを自分なりに表現するなんて恥ずかしいことはできない」って意味なんだな、と、ライターっぽい仕事をするようになって実感してる。

逆に言えば(自分程度の)「ライター」なんて、自分の書く文章に関して「恥を捨てられる」だけの人種だってことなんだなと思う。

大学時代演劇サークルに入ってて、そのことも人からよく「自分には(恥ずかしくて)絶対できない」と言われたけど、あれに似た感じ。

まあ、恥を捨てられるというのもひとつの力だと信じることにするよ。

あとこの文章は完全に思いつくままの殴り書きなんで大目に見てほしい

2018-10-21

ビ・ハイ騒動考察

私はT式コーチングというものが本物かどうかを入念に調べながら実践し、それに関わるコーチング理論にも徹底的に手を出し、当然一月万冊にも辿り着いた。

彼らが主催するセミナーのようなものにも時々顔を出していたので、ビ・ハイアの従業員も知っていた。

私自身はコーチとしての資格などは持ってはいないが、T式コーチング理論はそれ自体は決して悪いものではない。

私は100%盲信している訳でもないが、本来の使い方をすれば素晴らしい効果を発揮するものであると感じている。

しかし、S社長(以下S)の解説するコーチング理論を精査したところ、T式のものとは少し違い、独自解釈理論で展開されている。

だがそれ自体コーチング理論からすれば大きな勘違いという程でもなく、本人すらも気づいていないかもしれないが、根源がT式とは違うコーチングをやってるなーといった感じだ。

実際、いまいち腑に落ちなかった部分をSの解説理解できた事もあり、彼にネット経由で直接感謝を述べたのだが、私の予想とは違うリアクションが返ってきた。

それは異様なまでの自画自賛である

これを機に、その内容とは裏腹に、私は彼に対し人格的な違和感を抱く事になった。

私の見解では、Sはめちゃくちゃ外ヅラは良いのたが、その本性は超自己中心的人間

自分天才だと思い込んでいる人物であり、普段から発言は嘘と本当の事を混ぜ込んであるので、非常に巧妙にまるで全てが本当の事だと思わせる話術もある。

更に、上手いことをやれば何をやっても許されると思っている。

知識人コーチ連中も含め、恐らく周りのほぼ全ての人間が彼を信用し、凄く良い人だと思っていた事だろう。

よって知識人と言えども、今回の事態を受け入れられず、混乱したまま擁護に回ってしまったのではないか

その点、コーチのU氏のスタンスはとても冷静で、元々今回の騒動の主要な人間関係を知っていた私は、彼の主張によりほぼ全容を理解できた。

この度の大下氏の主張は、恐らく社内でのSは彼の言う通りの人物なのだろう。

コーチング知識があるにも関わらず、事実それとはかけ離れた非人道的なSの振る舞いは、決して許されるものではない。

相互監視などはストックホルム症候群を応用した手法にすら思えるし、他にも読書で学んだ洗脳手法従業員に多用していたのだろう。

また、報道はされていないが、Sと大下氏は大学時代から20年来の友人でもあるはずなのにこのような仕打ちとは、Sの非道さが際立つ。

そして、ただでさえ怪し気な雰囲気が付き纏うコーチング業界にとっては、これは大変な痛手であり、大きな誤解も生まれる。

もちろん世の中にはコーチングと謳ってはいるが、インチキ紛いの連中も実際にいる。

たが、Sのやっていた事は当然それ以下で、彼が勝手に師と仰ぐT氏にとっても大きな迷惑である

事実独自理論を称えていたのでT式とも呼べないのだが、彼の巧妙さの真骨頂はそこではない。

本物のT式のコーチ交流を持っていた事にある。

Sにとっては権威付けのようなものだろう。

その並外れた営業スキル(外ヅラの良さ)で彼らに近づき、友人としてすっかり信用させていた。

私はそのコーチの方々とも会った事があるが、人間的に信頼もできる方達だと感じた。

私が唯一違和感を覚えたのは、やはりSだけだ。

また、T氏の一番弟子と言われるAコーチが、ビ・ハイアへコーポレートコーチングを行っていたという。

しかし、その最中従業員自殺が起きた。

残念ながら防ぐ事はできなかったが、これを機にA氏は流石にSの本性を見抜き、離れたのではないかと推察する。

しかしたらそれに加え、Sがコーポレートコーチング契約に反した行動なども露見したのかもしれない。

A氏のコーチングを受けていたにも関わらず従業員自殺するなど、その通りに実践していればどう考えても起き得ない状況だからである

今回の件で、A氏以外のSに関わったコーチ公式認定コーチから排除された問題は、T氏からすれば謹慎のようなものではないかと思う。

勿論除名は謹慎と比べるまでもなく重い処分ではあるが、やはりT氏としては動かない訳にもいかないだろうと、同情の余地もある。

とは言え、私は関わったコーチにも非があったとは思えない。

やはりSがずば抜けて良い人を演じるのが上手いのだと思う。

表向きには良い人、裏の顔は冷酷、もしかしたら本物のサイコパスなのかもしれない。

それを見抜けなかったコーチ知識人ある意味被害者でもあるが、それに反し彼らの社会的影響責任は大きい。

ただ、その現実を受け入れられず擁護に回っているとしたら、そこには同情の余地はない。

今回の騒動は、本来民事裁判などではなく刑事事件となるべきだと私は感じるのだが、その行く末を見届けたい。

それとともに、他のコーチング理論ならいざ知らず、少なくとも利他的である事を取り入れているはずのT式のコーチングには罪がない事も加えて主張したい。

2018-10-20

anond:20181020212128

ヤラレちゃんには僕もお世話になったのだけど、上回生と違って自分は同い年でなんだかんだ仲も良かったから、僕しか知らないんじゃないか、と思われることも聞かせてもらった。

それは、家族のこととか。そこそこいいとこのお嬢様なのは確かなのだけど、兄弟障害者がいて、親から余計に期待を被せられたとか。

家に居たくなくて近くの大学受験では手を抜いたとか。

やっぱり根っからの寂しがり屋なのかな、と思うことはあったけど、まあ大学時代なんて色々悩みがあって当然だし、やっぱり単にだらしなかっただけかもしれない。

ああ、それ多分誰にもでも話してるよ

そして半分ぐらいの男は(これ、俺にしか話してないな…)と思う感じだろ

2018-10-19

適応障害休職になった男のリハビリ日記1

前段の話

大手SIerの半研究開発職/半SEみたいなポジション仕事していた者です。

一応昨年度の新卒で入ってますが、業界は初めてではなく大学時代も細々ベンチャーで開発職したり、フリーSEしてました。

今の会社入社すると同時に結婚して、今は妻と2人暮らしです。

ただ妻はいわゆるボーダーで、パニック障害持ちでうつ病と少々厄介でした。

そんな感じの背景のある人間です。

本題

ある日、酷い頭痛発熱、全身の極端な倦怠感、強い動悸に襲われました。数日経っても改善せず病院に行きましたが病理的な原因は不明です(やや数字には出ていたのですがそもそも数日間食欲もなく水分もろくに取っていなかったので…)。

その後もあれよあれよと言う間に色々な検査を受けて最後精神科で掲題の診断に。

実は精神的な問題には心当たりがありません。会社も決してブラックではなく、もちろん妻のことは大変でしたがそれでもなんとか。強いて言えば妻は働ける状態ではなかったので、お金の面がじわじわ不安になってきた程度です。

それでも、事実として身体に症状が現れ、夜は眠れず、朝起きれば意味もなく(良い歳して)泣いて…。

あと自殺念慮というやつが私には今ひとつ分かっていなかったのですが分かったかもしれません。死にたいと思っているつもりはないのですが、自分電車に飛び込む映像、首を吊る映像ベランダから飛び降り映像…こういったものが繰り返し頭をよぎる(あるいは脳内再生していた)状態でした。

うつ病の妻を持っていたので、この手のことには詳しいつもりでいたのです。しかし、自分のこととなると意外と分からないものなのでしょうか。

自分も今でこそ、そんな風に客観的に書ける余裕がありますがその当日は「休職だけは勘弁だ」とか「死んでもいつも通りの生活する」などと騒いでいたそうで…(笑)

夕方比較調子が良いのと、セパゾンを飲んでるのが効いているのかなぁ…今は落ち着いて書けますね。

ごめんなさい、結論がまだでした。

休職1ヶ月を申し渡されました。

これが本題です。

休職1ヶ月のリアルは、主治医曰く

3割が復帰、3割がさらに延長、3割が今の仕事生活からドロップアウトといった感じらしいです。

私は復帰の3割に入れることを願い、行動しようと思います

適応障害と診断され、1ヶ月の休職になった会社員が本当に1ヶ月で復活するアーカイブとなれば良いかもしれない。あるいは、その難しさに挫折して違う道や、時間をかけた戦いに戦術変更するアーカイブとなっても良いかもしれない。

いずれにせよ、予想外の病に抗う匿名ブロガー不定期な日記をここに残していくことにします。

そして、最後自身方針を是非はともかく残すことにします。

薬物的な方針
行動とかの方針

薬物的方針主治医とも色々相談した上で…眠れないときアルコールで寝てしまうよりは…ということに。

SSRISNRIは相性問題も難しいですし、急性期の抑うつには難しいので一旦は無しで合意しました。

行動の方針はもう実行してますが…これは次の日記で。

具体的には会いたい人で、その上で会ってくれるという人には積極的に会って行くことにしました。あと大学時代研究室に少し、お世話になって勉強も。

今回の日記はそういった前置きの話で置いておきましょうか。

から本当の本当に日記になると思います

ちなみに次の日記には、大学時代お世話になった全然畑違いの先生に会いに行く話だと思います

今回のはここまで。

元彼と寄りを戻したい

近所の犬が朝っぱらから煩くて、小一時間鳴き続けて睡眠妨害。その対抗策として、昔のCD大音量でかける事にした。取り出したのは二枚の自作CD歌詞も全部元彼印刷したものだ。几帳面な字がタイトルに踊っている。曲順の書かれた紙を裏返せば、「OPEN」の記載がある。

まさか、と思った。一枚だと思われたその紙、よく見ると開けるようになっていて、中にメッセージが書き込めるようになっている。大学時代遠距離恋愛をしていた私達はこうやって音楽を共有する事で寂しさを紛らわせていた。恐る恐るOPENと書かれたその紙を開いた。

誕生日おめでとう。遠距離恋愛で寂しい思いをさせているかな。ごめんね。大好きだよ」

見覚えのある達筆で。考えないようにしたけど涙が溢れてしまった。自作歌詞カードは、水分に弱い。あの頃の思い出が簡単に滲んでしまう。私達は、彼の母親の死をきっかけに別れたのだ。元々自分恋愛感情はない相手だった。その筈なのに、トラック最後に収録された「今、会いに行きます」の挿入歌だとか、今では陳腐と切り捨ててしまいそうなラブソングが詰まっていて。

どうしてこのCDを選んでしまったのだろうと後悔した。開けるべきじゃなかった。もう結婚しているのに。

月も朝になれば太陽に照らされて見えなくなってしまう。「月が綺麗でしたよ」と言いたい相手が側にいない。

2018-10-18

anond:20181018201317

大学時代大学数学高校数学が別物だと感じたな。

1回生ε-δ論法が出たときに「俺の知ってる数学じゃない」と思った。

2018-10-17

電子辞書って廃れていくのかな

私が学生のころはまだスマフォが普及していなかったので、電子辞書はかなりのお役立ちツールだった。

私の電子辞書国語辞典英和辞典のみならず、古典歴史物理数学等の辞典も入っていたので重宝していたし、大学時代第二外国語の授業では欠かせなかった。

でも今ってネットいくらでも転がってるし、オフラインで使えるアプリもたくさんあるからまり使う子供はいないのかな。

私自身、電子辞書はもう親にあげてしまったのでネット検索オンリー

https://anond.hatelabo.jp/20181017105049

うーん。大学慶應なのでいいとこ出たとは言えるけど、エリートではないよ。大学時代も落ちこぼれだったし、就活でもここしかからなかったし、今も同じところで10年働いて役職も何もついてないわけだし。

あーこれで苗字変えてくれってやっぱおこがましいかなー。でも長女だし名前思い入れあるし、仕事続けるつもりだから変更したくないのよー。

はーあ。

https://anond.hatelabo.jp/20181017104336

いや、だから子どもが欲しいんだってば。

ぶっちゃけ未婚で子どもつんでもいいっちゃいいんだけど、責任持って協力してくれる男友達かいないし。っていうか友達がいない。高校大学時代の友人は見事に全員疎遠。

本物の天才と凡人でしかない私

ここから先に書くのは凡人から見た天才の話であり、天才を妬む凡人の醜い嫉妬けが書き連ねてあるだけなんです。だから気分を悪くする人は見ないでください。

知り合いに本当の天才がいて、本物の天才で、私はそれを見てるだけの凡人でしかなかったという話です。

もう誰にも聞かせることなんてできなくて一生涯胸にしまっていようと思うほどに汚くて醜い嫉妬の話。

ただ、私にとって原点とも言える大切なもので、記事に残したいと思ったから書かせてもらいます

軽くフェイクあり。

文体特に考えずに乱雑なままなので、見にくいとは思います

それでもお付き合いいただければ幸いです。

携帯から書いてるので字下げとか無しのがばがばです。よみづれーな!と思ったら読むのをやめて、他の面白いものを読んでください。

天才を妬み、嫉むだけの凡人の記録です。

大学時代の知り合いに天才がいた。

私も文字を書く人間なのだが、その人間文字を書く人だった。当時所属していたサークル文字を書く人間というのは珍しく、私と彼女意気投合。仲良くなった。

不思議雰囲気少女だった。

人懐っこいような、それでいて人付き合いに慣れていないような女の子だった。私は、彼女が大好きになった。

彼女も私を好きでいてくれているんだと思う。

彼女の口癖は、「私は天才から」というものだった。正直な話、自他共に認める天才というやつだった。

なんというか、世間一般想像する天才、という感じの子で、それ以外は何をしてもドジなところがあったりするのに、文章を書くことにおいて彼女の右に出るものはいなかった。

小説家になりたいとあの子は言っていた。私も小説家になりたくて諦めた人間だったからこそ、彼女のことを応援したいと思っていた。

私という凡人から見る彼女という天才はまさしく神様だった。

神様天使という存在によほど近かったし、私は彼女のことを神格化していたのだと思う。

それが間違いだった。

そもそもの話なのだが、私はあまり両親に歓迎されていない。

世間一般では虐待されているのだと思う。割とそれに気づくのが遅くて、その状況を甘んじて受け入れてはいるのだが。

常日頃から、呼吸するだけで呼吸がうるさいと言われ、醜い、臭いなんていうのは勿論、何をしても「お前には何もできない」「お前がやることは全て無駄だ」「言われたことだけやればいい」と言われ続けてきた。

唯一まともに出来ると自負していたのが小説を書くことだけだったのだ。

私は、両親への憎悪を込めて、幸せになりたい一心で書いていた。

認めてくれない周囲への憎悪や、どうしようもない「絵を描くことが出来ない」というコンプレックス(私は本当に絵を描くのが苦手で、当時二次創作活動していた私にとってそれは酷いコンプレックスになっていた)、そんなものを筆に乗せて私は一心不乱に憎悪文章を書いていた。

そんな私のことを認めてくれたのは天才彼女と、その周囲の文字を読むことが好きな人間だった。

今思えばその時が一番幸せだったのかもしれない。

私はそのコミュニティの中で、尊敬する彼女に認められ、彼女の周囲の人間にも認められ、初めて文章を書くという行為肯定された。

私は確かにそのときしかった。

天才彼女と会話することも、何もかもが楽しくて仕方なかった。

小説の話をすることも好きだったし、前向きに小説家を、もう一度目指してみようと思えたこともあって、色々なことを頑張っていた。

そんなある日、サークル主の交代の時期がやってきました。

ほとんど上下関係はないサークルだったのだが、一応、代表者みたいなのが存在していたので、そういうのの交代の時期だったんです。

サークル活動自体には私は熱心ではありませんでした。なんとなく所属して、なんとなく戯れるのが好きだったし、代表者なんて役回りも似合わないので私は普通に過ごしていました。

それでも、その日、ふと。

共通の知り合いから、天才彼女サークル代表者になるという話を聞いた。

私は、喜んだんです。

彼女はそういうのは苦手だと思うけど、それでも彼女に相応しいと思ったし、そういうことを頑張れる子だと思ってた。

から、そのまま彼女のところに言って。でも、私は私が彼女親友だと思ってたから、別の人から聞いたのがちょっとしかったんです。ちょっとじゃない。すごく悔しかった。すごく悔しかった!

からわざと、「次の代表者って誰になるんだろうね」って聞いて見たんです。ただの出来心だった。彼女が教えてくれると信じ込んでた。

嘘をつくのが、すごく下手な可愛い人は、「えっ!?し、知らない。全然教えられてないから〜!」って答えたんですよ。

そんなことあるわけないんだ。だって、私が聞いた「共通の知り合い」というのは、現在サークル代表者だった人なんだから

私は彼から、「次は天才彼女代表者になる。もう了承も取ったんだよ」という話を聞いたんです。

私の大好きな人が私に嘘をついたとき、感じたのは大きな絶望と圧倒的な失望しかなかった。

そこで気付いた、初めて知ったことがあった。それは、"天才彼女人間しかなかった。下手な嘘をつく、哀れな人間だ"という当たり前の事実だ。

それ以来私は、彼女接触することがなくなりました。本当に現金な話なんだけど、そうする必要を全く感じなくなったからだ。

私にとって天才のあの子が、凡人のあの子になった瞬間だった。

当時私は親から圧力に耐えられなくなっていた。就職の話や卒論別に入りたくもなかった大学押し付けられた学部での勉強に飽き飽きして、両親のいうことは全て「私たちが楽をするために働け」というものだと気付いてしまたからだ。

夜中に両親の寝室に包丁を持って入って、真冬最中眠る両親の枕元で正座して三時間過ごしたとき限界が来てることを知った。

まだ話が出来る父親に全てを正直に話した。その頃の私は完全に精神を病んでおり、外に出れば永遠と私を詰る声が聞こえるなんて状況だった。

大学を休学し、私はしばらくの間、彼女からも何からも離れた。

私にとって彼女天才だったのだ。

だが、その当時の彼女は全く芽が出ていなかった。

天才彼女は、家庭にも恵まれていたように見える。小説を書くことを認められていて、私と違い自信に満ちていた。

きっと、両親にも愛されていたのだと思う。

そんな彼女でも小説家の芽が出なくて、だからこんなに認められていない私が芽が出るわけがないと安堵していた。

大学を休学して1年が経った頃、風の噂で、天才彼女小説家としてデビューしたことを知った。大きな出版社だった。私でも知ってるような場所だ。

そのとき、全てががらがらと音をたてて崩れていく感じを味わったのだ。

まれ彼女は、その才能を十全に発揮し、そして、天才であることを世に知らしめた。

完全に私は折れてしまった。

私は彼女ほど恵まれていてもデビューできない"小説家"というものを、狭き門だと思っていたのだ。だから、何にも祝福されぬ私は通れなくて当然だと。

どこかで夢に向かって愚直に進む彼女を嘲る気持ちもあったのだと思う。

妬み、嫉み、嘲笑。そんな彼女に向けていた感情は全てがぽっきりと折れて、後に残ったのはどうしようもなく渦巻く嫉妬だけだった。

その嫉妬原動力にして、私は何度も物を書いた。

小説ではないものになったが、それでもそれは、世の中で一定評価されたのだと思う。

私は、出版された彼女小説を読むことはなかった。

憎悪に満ちた筆を止めることはなく、嫉妬怨恨の詰まった筆を進め、世界を愚弄して、そしてハッピーエンドを踏みにじることで精一杯になっていた。

そうでもしなければ。

私は、筆を折ってしまうと思った。私の見下した彼女が、天才彼女が、私を否定すると思って読めなかったのだ。

大学は、もうやめてしまっていた。価値がなかったからだ。私にとって、"彼女"という存在を無くした場所は、本当にひたすらに何の意味もなかった。

そんなある日、共通の知り合いから連絡が来た。

彼女の本が出版されてから1,2年経った頃合いだったと思う。

久しぶりに飲まないか、という連絡だった。天才彼女もいるという話で、私は当時の憎悪彼女を殺してしまわないか心配になったが、それよりも彼女がどうなったかが気になって仕方なくて会うことにしたのだ。

当日、待ち合わせ場所で待つ私に彼女が声をかけた。抱きついて来た。久しぶりだと笑った。

彼女は、何も変わっていなかった。

何もかも昔と同じで、ああ、と心の霧が晴れた気分だった。

あの時嘘をついたのは何か理由があったのかもしれない、と思えたのだ。天才であることを世に知らしめた彼女は、それでも変わらずに私という凡才に声をかけて、笑ってくれた。

そんな彼女が愛しかった。

彼女は、少しだけ、記憶にあるよりも疲れた顔をしていた。

から私は彼女が好きになったのだと思い出した。嘘をついたかもしれないが、彼女は、私という凡才を、愛してくれていたのだ。

しかった。そんな彼女が、大好きだった。私を見下さな彼女が好きで好きで仕方なかったのだ。

から私は、あの子の本を読む決意を固めた。読まないと、失礼だと思ったのだ。

天才である彼女が書いたものから、私は読みたかった。本当はずっと読みたかったんだと思って、何件も何件も本屋を駆け回った。しかし、田舎なせいか何件回っても無くて、読みたくて気が狂いそうになったときやっと見つけた。

冗談じゃ無く、手が震えた。

その本を手に取り私は、一気に読み終えた。そして、涙した。

登場人物の瑞々しい感情

豊かな状況描写

独特な心理表現

飽きさせない展開。

そして、ハッピーエンド

本当に、天才所業だった。嘘じゃない。この本を読むために私はこの世に生まれて来たのだと錯覚するほどに良い本だった。彼女に長文の感想をしたため、私は本当に、本当に、幸せな気分になったのだ。

今までの自分の恨みが全て浄化されるような気がした。私は、許されてもいい、と思った。

その小説の中で、天才彼女は、創作をすることの喜びを語っていた。創作をするときに悲しんではいけないと語っていた。

それは胸に響き、今までの怨恨原材料として書いて来た私に、幸せ気持ちで書いていいと許しをくれた気分になった。

早速私は、筆を取って。

そこで、絶望した。

先ほどまで許しだったものは明確な否定として私に牙を剥いたのだ。

私は、怨恨絶望嫉妬と、そんな汚い感情原材料にしてしか物を書けない人間だった。天才彼女のように、幸せで美しく綺麗な気持ちものを描くことなど出来なかった。

汚い感情原材料にして描くという、私に唯一ゆるされたことを、私に無邪気で無垢笑顔を向けた彼女が一番に紙面で否定したのだ。私の大好きだった文章否定したのだ。

ただの思い込みだとわかっている。

彼女はそんな気分で書いたのではないと知っている。それでも私は、それに気づいてしまった。

凡人と天才の間にある圧倒的なものに気付き、狂うほどに嫉妬した。

私にないものを持っている彼女があまりにもどうしようもなく遠い存在であるとそこで初めて認識したのだ。

今でも彼女の本は手元にある。

枕元において、ページがへろへろになるまで読み返した。

どんなになっても読み返した。何度も同じシーンで泣いてしまう。

それでも私は、勝手彼女を許すことが出来なかった。勝手彼女に対して憎悪の念を抱いた。

こんな素晴らしいものを世に生み出した人間を憎むことしかできないのだ。こんなに、素晴らしいのに。

私はその素晴らしさと尊さを正しく理解している。それでも尚、私は許すことが出来ない。

天才彼女を、心底憎悪している。

私という凡人を踏みにじった天才に対して、圧倒的な憎悪を振りかざしている。

私はこれからも、そういった憎悪嫉妬と、そんな汚い感情を持ってハッピーエンドを踏みにじって行くのだろう。それは、天才彼女に私が出来る唯一の復讐なのだ

かにわかるものでも、理解されるものでもないとわかっている。

彼女が悪いわけではないことも理解している。だからこそ、私は彼女に対しては今でもにこにこと、本当に彼女が大好きだと言い続けられる。これは本心だ。本心から私は彼女を愛している。

それでも私は、彼女無意識に踏みにじった私のために復讐を続ける。彼女という天才憎悪し続けるし、嫉妬しない日はないのだろう。

天才彼女ハッピーエンドを、素晴らしく描き続けるのであれば、私はそのハッピーエンドを何度も何度も何度でも踏みにじりたい。

わかりきっているのだ。

天才彼女が、何も思わないことなど知っている。そして、これを残す意味は、どこかで私のこの歪みきった感情に気付いて、認めて、謝ってほしいということなのだということにも。

私は彼女に認められたいだけなのだ

それでも、もし万が一これが彼女の目に入ったとしても、私は知らないふりをし続けるのだと思う。

凡才の私などを天才彼女が視界に入れてはいけないのだから

長々と読んでいただいたが、これらは全て私の妄想だ。私の大学時代に"天才彼女"というもの存在しない。存在しない。

からこそ、私は素面でこれを書けているのだから

よく書けてると思ったら、どこかで笑ってあげてください。一瞬でも本当のことだと思って騙されたのだとしたら、失笑してください。

私という凡人に騙されたのだと、少しだけ腹を抱えて笑ってくれたら幸いです。

私は今でも、憎悪に満ちたペンを握っているけど、きっとそれを架空の誰かのせいにしたくて、これを書いたのだと思います。だから全てフィクションなんです。本当だよ。

2018-10-16

今夜もネットストーキング

大学時代好意を持っていた人の名前検索してみた。

一件ヒットした。とある武術師匠だった。

写真を見て、最初は別人だと思った。わりとふっくらした人で、大学時代面影ほとんどない。

多分同姓同名の別人だろう。

しかし生年は私の一つ上。親しい間柄ではなかったので

浪人していたかどうかは知らないが、したとしたら年齢は合う。

でもなぁ、顔が似てるっちゃ似てるけど、それほどでもないしなぁ。やっぱり別人だろう。

そう思ったけど、フェイスブック検索してみた。

その武術師匠のページが見つかった。

学歴には高校名前しか書いておらず、友達も非公開。

記事を遡り、家族旅行写真を見てみた。

昔の面影を感じる写真があった。

やっぱりあの人だ。

確証はないけど、多分あの人だろう。

あの人はその世界で確固たる地位を築き、国内外弟子たちから先生」と慕われ、

妻子もいる。

それに比べて私は……ハァ。

大学ってなんなんだろう

公立理系にはなんとなく来た.ぼんやり興味のある分野に来たつもりだったが,自分コード書いてる方が楽しいんだなぁと気づいたのがB4卒論を書いているときだった

  

M1になった今,情報系ではなかったことを後悔しているけど,とりあえずプログラミング勉強してはいる.

成果物が手元の端末に置けるっていいなって思ってモバイルエンジニア特にiOSエンジニアを志望するつもりだ.

  

で,就活大学で打ち込んだことはなんですか,とよく聞かれるらしいがそれを答えるためだけに大学に行っていたのだろうか,果たして俺は打ち込んだことに何を言えばいいんだろう 

研究はまあ楽しいわけではないけどそれなりに興味があって来た 

でも大学研究して得たものはうちの研究室では就職に直接繋がらない.

画像処理やってたか画像処理系,機械学習研究やってたか機械学習を使う,そんな職に就けるようなわかりやす研究ではない. 

文系出身ITエンジニア就職したという記事もいくつも見た

大学勉強は往往にして職にはほぼ関わらないというのは,自分には,わかるようでよくわからない

  

研究たかたから来たけど途中で職にしたいことは別だと気づいた,でも大学院まで来てしまっているし辞める踏ん切りも金もない.こんな中途半端気持ちで何を言えというのだろう.

アプリを書くのは楽しいけどおそらく周りの大学時代の空き時間はみんなコード書くのに費やしました〜という人間には全く足元にも及ばないだろう,そんな微妙自分採用する企業はあるのか

著名なアプリエンジニアの方々の中にも自分と同じ分野出身の方がいて,就職路線普通に用意されているんだな,とは感じるが…


読みづらくてごめんね 就職が怖くてすごい不安なんだ 周りからは焦り過ぎって言われたけどどうしてそんな楽観できるかわからないんだ

院進学は間違いだったのかなぁ,学部選択の時点で間違いだったのかなぁ 

高校時代の皆さんは自分就職する職種会社,具体的にイメージできていましたか

2018-10-14

27歳男性だけど人生詰んだ

スペック

 

仕事ができない

スペックの欄に書いた通りうつ病を患っている。そのため仕事ができない。

原子力関係シンクタンクで働いていたところ、ある日ストレスの多さから突然自殺未遂をし、以降休職している。

しかし先日、精神障害があるのでこれ以上雇えませんという宣告を勤務先から受けた。

ハローワークに行って障害者枠で仕事を探そうとしたが、「主治医から仕事ができる』と言われないと仕事探しは出来ない」と門前払いされた。

大学非常勤講師にでもなるかと思ってJrec-INを見てみても、能力的な面や専攻的な面、そもそも業績を上げていない(零細学会で一回発表しただけ)より、自分が出来そうな講師職はなかった。

理系研究職ならまだあるだろうが、文系で「若者の『地元意識』を数理統計的アプローチから明らかにする」という謎研究修士課程でしていた身としては、研究を生かせる職があるとは思えない。

SPSS(重回帰分析・二項ロジスティック解析)とかEXCEL太閤KH CODERなら何とか使えるが、それらが使えても何の足しにもならない。

プログラミング数学高校時代文系クラスだったため数ⅢCは受けていない)、英語が出来ないため、プログラマーとして働くこともできない。

実家に帰って仕事を探すにしても、実家熊本の山奥である。一件だけ工場ライン工があったが、体力がないので長続きはしないだろう。土木作業員警備員も同様の理由から候補から外れる。

普通免許も持っていないため、できる仕事も限られてくる。外回り営業職はまず無理だろう。

そもそもコミュニケーション能力が皆無だと医者から言われたため、高度なコミュニケーション感情労働を要する仕事コンビニファミレス居酒屋店員営業職)も向かないだろう。

結果できる仕事ほとんどないことになる。フリーターすら無理であるバイトすらできないなら詰みである

 

お金がない

仕事ができないので、細々と傷病手当金生活している。

しか家賃(6万7000円)を払うのもやっとで、生活できるとは思えない。

親に金を無心するにしても、実家お金ほとんどないとのことなので、お金無心することは出来ない。

社会保障の緊縮化が叫ばれる中、生活保護受給するのも難しいだろう。

貯金も尽きそうになる中、お金がないのは致命的である東京の自宅を引き払って実家に戻るにした場合、恐らく二度と東京には戻れず、実家軟禁され続けることだろう。

その場合仕事もないし一生ニートになるしかないが、その場合貧乏実家さら迷惑をかけてしまうことになる。

宝くじ一等当たれば話は別だが、そうでないなら人生詰みである

 

友達がいない

コミュニケーション能力がないためコンビニバイトすら務まらないということは先述したが、コミュニケーション能力の欠如は友達がいないという形でも顕在化する。

友達がいなければ自身が抱える孤独とかを吐き出せる相手もいないということになる。また、友達がいないことは社会から孤立していることを表している。

社会から孤立している人が人的資源を使って今の窮状から脱することは出来ない。詰みである

大学時代オタクコンテンツ消費者インサイトを探るための参与観察の一環として漫画研究会に所属していた。そこで友人関係を築いておけばよかったと後悔することしきりである

からは入れる漫画研究会的なところはなさそうだし。

 

楽しみがない

うつ病をり患しているという事情も勘案せねばならないが、それを差し引いても日々の生活の楽しみがまるでない。

戦隊モノ仮面ライダーウルトラマン、一部の深夜アニメ日常系)が好きだったのだが、最近そういうのを見ても面白さとかを感じることはなくなった。ゲームも同様である

成城石井に行くために秋葉原に行くことが結構あるのだが、そこでアニメ漫画ラノベゲームを楽しんでいる人を見ると嫉妬で頭がおかしくなりそうになる。

そのほかに楽しみがあればいいのだが、それもない。大学学部生の頃までは鉄道模型とかトンネル巡りとかしていたのだが、お金がないせいでそういった趣味ももはや手を出せない。

楽しみがなく生ける屍になっている。楽しみがなければ生きる希望もない。生きる希望がないことは人生詰みである

 

自殺すらできない

自殺すれば楽になるとは思っている。他人迷惑をかけ続けている以上、けじめとして自殺しなければならない思っている。しか自殺すらできない状況である

先日も神奈川県ダム自殺未遂をして警察保護され、父親が迎えに来たが、熊本から神奈川まで往復数万円かかった。そういった経済的支出が出来るほどの余裕は実家にはない。

今度自殺未遂したら一生実家に軟禁するぞと両親から言われた。実家軟禁されれば仕事することも、金を稼ぐことも、鉄道模型トンネル巡りもできなくなる。

実家通信回線は貧弱なので、アニメ特撮インターネットで見ることもできない。

まり、今度自殺未遂をしたら仕事お金友達も楽しみもすべて親により永遠に奪われることになる。それだけは何としても避けたい。

年末スピリタスを一気飲みして自殺しようかと考えていたが、それもかなわぬ夢となりそうだ。

家族や周辺の人々に不幸をまき散らしている自分がいてよい道理などない。詰んでいる人生から離脱することすらできない。これを地獄と言わずに何と言おうか。

 

結局人生詰んでいる

これから先どうすればいいかからない。

実家に戻ったら二度と東京には戻れないし、働けるような職もない。つまり一生ニートでいることが確定である。何としてもそれは避けたい。

からと言って東京にい続けるにしてもランニングコストがかかりすぎて、お金を費消することになる。お金が無くなれば生活できなくなり詰みである

自殺するような真似をすれば実家に一生軟禁確定である。だからと言って無駄に生をむさぼっていても詰んだ状況から脱出する術は一向に見いだせない。

結局自分人生は詰んでしまったのだ。自殺できないので、来世に期待すらできない。

クソみたいな人生なので皆さん嗤ってください。

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