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はてなキーワード: 神社とは

2021-05-11

今のお願いごとはなんですか

神社に行くたび祈ることが年々とっ散らかってるのに気づいちゃう

昔は高校合格しますように!とか彼氏欲しい〜とか就職活動がうまくいきますように……とか割と祈ることは絞れた

今は仕事ができるようになりたい………いやいやそれより第二新卒のうちに転職した方がいいのか………とか痩せたい健康……いやそれより好きなものいっぱい食べたい…………とか結婚しなきゃ………でも今はまだちょっと…………そもそも今の彼氏と別れて婚活すべきかどうなのかでもなあ…………とかお金欲しいとか引っ越したいなーとか交通安全とか猫飼いたいとか旅行に行きたいとか煩悩無限に湧いてきてしま

まあそういうのを自分で決めてお願い事は一つに絞ってそれに向かって努力しなさいってことなんだろうね神頼みって

2021-05-08

anond:20210205122107

神社キャッシュレス導入したら

犬の鳴き声しか聞こえてこなくなって

有り難みが消えそう

2021-05-07

anond:20210507162728

だって神社寺だとなんかおかしいし寺神社でもおかしいじゃん

神社仏閣ならすごい安定感がある

神社仏閣って纏め方雑過ぎない?

モスク教会みたいなもんじゃ

2021-05-06

anond:20210504195928

まあアイヌで「ゴールデンカムイ」を毎回持ち出されるのと同じ感覚だと思うんだが、元増田は「中央アジア遊牧民族文化…」関係の人なんかな?

まあヒットマンガに自分守備範囲が晒される側になった場合に 「またか…」 となるか 「そーなんですよ!」 ってなるかは分かれるし、聖地巡礼関係でもうまくいかないパターンは「またか…」派が多いケースだろう。

乙嫁語り」がものすごく下品マンガとかなら同情するが、あのマンガはよく描けていて面白いと思うし「そーなんですよ!」派で生きたほうが楽だと思うのだが、大変だな。

神社仏閣で「刀剣乱舞」が増えたときも、歓迎派のほうが楽そうだったからな人生

観光客なんて、どこの国の誰にとっても迷惑に決まってまス!それでも受け入れるのは稼ぐためです」ってはっきり言った観光アドバイザーの言が好き。

2021-05-05

anond:20210505140103

田舎のほうにいくと、水害や凶作などの災害が続くと人柱を埋める風習があって、

それを祀った神社や森がぽつぽつとあるんよ。

犠牲になった人の慰霊・鎮魂をしないと祟られるって話しが残ってることがおおく、

たぶん、それ系の場所だと思う。

町の風習のような

小さい町だが、マップアプリでも地図上でも

町のど真ん中に大きな雑木林がある。

から見ないとわからないが正方形になっているらしい。

周りには紙垂が付いた高い石塀で囲まれており、一箇所だけ出入りできる、普段は鍵がかかっている門がある。

その周りに建っている家はどういう理由かは分からないが、玄関が必ず雑木林の方を向くように建っている。


中は鬱蒼としていてその雑木林中心部に祠がある。

周りが見えないように石塀で囲まれていることや、昼間でも晴れていても中は薄暗く、あまりいい雰囲気はしないので町民もある時を除いては入ることがない。


普段雑木林に入るとしたら街中に唯一ある神社神主さんか、その場所面白がって肝試しにくる他からやって来た人だ。



肝試しをするにはスリルが足りないのか、深夜に来る人が多い。

私はその雑木林の近くに住んでいるが、たまに男女の悲鳴が聞こえる。


住み始めてちょうど30日経った頃に町長さんに呼ばれ、雑木林の清掃に呼ばれた。



実はこれが、町民が唯一その雑木林に入る時なのだが、それが奇妙だった。




集まったのは全員男性

清掃なのに全身白色の服、靴、靴下を身につける。

雑木林に入る前は神主さんに祝詞を唱えてもらい、乾いた米粒が10粒程度入った袋を渡される。

そして全員が塩水を口に含んだ状態で一斉に入り、雑木林の清掃をする。

家に帰るまで絶対に出さないように神主さんに念を押された。


塩水を口に含んだ状態でずっといるのは初めはキツかったが、コツを掴んだら慣れてしまった。

神主さんも一緒に入り、祠に向かってぶつぶつと何かを唱えていた。

時々、近くでガサガサと音がしてびっくりしたが、誰も気にしていなかったからそれに倣った。



町民のほとんどがそれに参加しているらしく、清掃自体はすぐに終わった。


落ち葉掃除や、肝試しをした人たちの携帯や貴重品、衣類などが落ちているのでそれを拾って届けられそうなものを町内の交番に届けるくらいだった。

落とし物にしてはかなりの量があったと思う。


清掃していると思ったよりも広い雑木林に驚いていたが、みんながテキパキと掃除をするから私もそれにつづいた。


清掃が終わると雑木林の門に集まり神主さんが来たら米が入った袋を渡して出た。

米が初めに比べて変色していたのが気になった。

気疲れや清掃で疲れてヘトヘトになりながらも

家に帰って塩水を吐き出し、無事に終わった気がした。


これが毎月、決まった日に行われるらしい。

仕事などで出られない人は無理に出なくてもいいらしいが、入る人は20人以上と決まっているようで、最低限その人数は揃えなければいけないとのことだった。


初めての体験で奇妙なことばかりだったか

仲良くなった近所の夫婦に話を聞こうと思ったが、

この話を振ると、2人とも無表情になってすわったような目で「やめとけ」と言われる。

突然、無表情になって恐ろしいか理由は聞けず何も分からない。

次の清掃は5月17日にあるそうだ。

2021-05-02

毒親と戦って勝った夢を見た。

私の母は毒親だ。

毒親の凄い所は、たとえ直接の関わりを絶ったとしても、延々と子供脳内に巣食い呪いを撒き散らす所だ。

逃げるように家を出て、一人暮らしで自活を始めてからも、私は毎日のように母に罵倒暴力を受ける夢を見た。

一人暮らしを始めてからの数年に渡って、夜は悲鳴を上げながら飛び起き、朝は金縛りにあって幻聴で母の足音罵声を聞いた。

起きている時も私の行動や思考の一つ一つを、脳内で母の声が馬鹿にして否定し、少しでも自分を褒めたり認めたりするとすかさずその十倍罵声を浴びせた。

そんな私が、夢の中とはいえまれて初めて毒親に「勝った」と思えたので興奮のままに記録しておける場所を探し、アカウントを取得してここに辿り着いている。

母は私の容姿性格をいつもケチョンケチョンに貶すだけではなく、よく暴力を振るった。

私を物で殴る時、母は次々と殴る物の材質を変えて私の反応を見る。一番痛がった物を、次からずっと使うためだ。必死でどれも痛くないフリをしようとするが、幼い子供だ、結局我慢できずに泣き叫んでしまう。脆い物なら、物の方が壊れる。

壊れにくさと痛さから、母が常習的に私を殴る武器プラスチックハンガーになった。

あれは痛い。服の上から殴るのではなく、脱がせて素肌を殴るのだ。

私は夢の中で実家に住んでおり、1泊2日で京都神社仏閣巡りに行こうとしていた。

元々、全てが行き詰まった時に、突然思い立って一人で京都まで行き、7つの神社仏閣を巡って願掛け旅行(?)を決行した経験がある。

今回もそれだ。私の人生は切羽詰まっていた。新幹線の予約を取り、白装束でご利益のある神社を訪れる計画を立てた。

親に行き先を告げずに外泊などしたことがない。親が来客を相手している間に「ちょっと出かけてくる」と装って全身白に着替え、家を出ようとした。

白のワンピースはあるが、白のキャミソールが見つからない。とりあえず下着に直接ワンピースを着てみるが、透けてしまいこれはダメだと着替えようとしたその時。

親がキレた。

「何その格好、みっともない!!!早く濃い色のキャミソールを着なさい!!!

願掛けのため全身白装束にこだわっていたので、拒否した。白のキャミソールを家で探すか買ってくるつもりだったが、親は一度キレると人の話を聞かない。

「これでいいでしょ!!!これを着なさい!!!早く!!!

言い争いになりヒートアップした親はプラスチックハンガーを手に襲ってきた。怒鳴り合いながら広い家の中を逃げ回り、数時間の攻防を経てなんとか家を出る。原因がどんなくだらないことでも、毒親にとっては自分服従するかしないかが大切なので、こちらが全面降伏姿勢を取るまで延々と戦いは続く。

新幹線の予約時間を過ぎてしまっていた。結局行き先を聞き出した親が車で京都まで着いてきた。

あんたが一人で京都なんて行けるわけがないのよ。仕方ないから私が送ってあげるから感謝しなさい」

「お母さんのせいで遅れたんだから新幹線お金返してよ!」

おそらくいつもなら私が形だけ反省感謝をして丸く収まり、二人で旅行という名の親の行きたい所に付き添いが始まる展開だ。

だが今回の私は徹底して反発した。

京都に着いてからは強引に別行動を取り目的の参拝を終え、帰りの新幹線で親に見つかった。

私が一向に私が悪かったと認めないので、まだキャミソールのことで喧嘩しており、新幹線の中で怒鳴り合い泣き叫ぶ修羅場になった。

「お母さんのやってることはおかしい!どうして下着の色まで決められなきゃいけないの?」

「親だからに決まってるでしょ!親の言うことは聞きなさい!」

「それなら私もお母さんの下着の色勝手に決めるね。自分がされたら嫌でしょ?」

「親に向かってその態度は何だ!」

「親子以前に私は人間だよ!人に向かってその態度は何だ!」

殴るぞ!」

「じゃあ私もお母さんが逆らったらハンガーで殴るね!」

「親を殴るとは何事だ!」

「だから、それ以前に私は人間だ!人に対して暴力を振るうとは何事だ!」

この返しを思いついたのは現実でも夢でも初めてだった。私はいつも親の屁理屈というか、屁理屈ですらない恫喝丸めまれしまっていた。

延々とこの堂々巡りを続けた。家に帰れば殴られるのが分かっていたが、私は引かなかった。

「お母さんに勝手下着の色を決められて不愉快な思いをしたので、それをやめて謝らないなら私もお母さんの下着の色を強制する。嫌がったらハンガーで殴る」

私はひたすらこの条件を主張し続けた。親がハンガーを振り上げる。私も咄嗟にもう1つのハンガーを掴み親を殴った。

物で殴り返したのは初めてだ。

毒親悪夢を見ている時いつも、親に言い返そうとすると何故か声が出なくなる。そしてどうしようもなく涙腺が緩む。涙ばかりが流れ、かすかに囁くような声しか出せなくなる。それをまた馬鹿にされる。そして諦めるか、必死に叫ぼうとしながら目が覚めるかのどちらかだった。

今回の私は諦めず目も覚めなかった。ほとんど息しか出なくなった声帯で懲りずに同じことを主張し続けた。

大人の体になりハンガーを手にしている私を、親は本気で殴ってこなかった。結局脅しでしかないのだ。知っていた。誤魔化すように軽くぺしぺしと叩かれた。構わず私は殴った。これも何故か力の入らないフニャフニャの腕で、それでも出来る限りの本気で親を殴った。

あんたの格好があまりにもみっともないから。あんなブラが透けた格好して恥ずかしい!馬鹿じゃないの?あんたのためを思って言ったんだよ」

言い訳をし始めたが、そもそも私は白のキャミソールを探していたので透けたまま外に出る気などなかったこともスカスカの声で説明した。

そもそも、部屋で一瞬みっともない格好になったから何?そういうミスをずっと引きずって馬鹿にするのはただの意地悪だと思うけど」

「何度も言うけどあんたが親とか以前に私は人だ。人に対してその扱いはおかしいだろ。他人同士なら法で裁かれる案件だけど?それをすぐにやめないなら、私はあなたに同じことを要求し逆らえば同じ罰を与えます自分がされたらどれだけ屈辱的か分かるでしょ?今私に下着決められるのをそれだけ拒否するくせに、私に同じことをしたんだよね?」

初めて親が折れた。親は謝らなかったが、すったもんだの末、私が適当指定した下着を諦めて渋々身につけた。

そして目が覚めた。

いつも毒親悪夢を見ていた時と同じように、全身汗びっしょりで喉はカラカラに乾いていたが、今までにない爽快感があった。

私は人間だ。だから人権がある。

こんな単純な反論を今まで数十年間思いつかなかったなんて。

夢で親に勝っただけで、現実は何一つ変わっていない。現実の親はまた、都合のいい時だけ連絡してきて、私に対して支配的に振る舞うんだろう。

だけどその時の抵抗の仕方を夢に教えてもらった気がする。

京都神様ありがとう

遠藤周作小説を読んで思ったことだが

私はこの世界を作りこの世界の法を敷いている創造主のことを信仰していないのだなと気づいた。創造主はただの創造をした人であり、それだけの特に担ぎ上げるような、何か頼りになる人間ではないのだ。

私がこのようなことを言うのは、私が中学生の時に負ったトラウマである。私は時の巡り合わせで治安の悪い学校で嫌な思いをし続けた。それで自分はそこで真面目な生徒としてやって来た(まあ怖い先生がいたのもあるが)けども「悪魔」は私の心をすり減らした。そして一時自傷行為に走った。

学校卒業した後もトラウマは残り、他人への不信感なども残った。そしてそのトラウマ逆撫でするような理不尽なことも少なからずあった。そして、それに対し現実を受け止めろといった人もいた。

私はその度に法を敷いた想像主を憎んだ。想像主は最初から私の運命を予定されて、辛く惨めに恥をさらして生きることを天下世界公約したのだと。私はその創造主を殺したいと思ったし、その殺意自分合理主義快楽主義に走らせた。創造主すなわち神は石ころのようなレゾンデートルと同じく本当に絶命しろと呪った。

しか不思議と私は神社にお参りすることは続けたし宗教否定しなかった。単なる世俗行事とか、精神行為として考えてたのだろうが、不思議とそれが私の創造主殺しと矛盾すると考えなかったのだ。

とはいえ結局これが私の心のなかで完結している、人に説明できない事象としてあり続けるのも違和感はあった。そしてその違和感に答え違和感を解消したのは遠藤周作の本であった。自分の心の中の「妄想」を語ってくれて名誉回復をしてくれた気分であった。「海と毒薬」「沈黙」では信者信仰上の苦悩や矛盾唾棄する世界の法やそれに対するキリストの愛を語った。「イエス証人」では、卑怯世界の法を変えられずとも、広く深い満ち溢れる愛を振りまいてきたキリストの姿を描いた。そして、「深い河」では何者をも包摂する存在残酷な法理の世界にもあることを示してくれた。

私はそれらを読んで、私が創造主を憎んでからも、心の縁としていたもの=神の正体を知り安心した。

今はコロナ禍という創造主がずけずけとでしゃばり図々しく存在を示すことが出来て下品な笑いを上げている時である。私にとってはさもありなんと思うが、私は自分を支えるものを知っているし信じている。それは私を今日まで勇気づけてくれたものである。私はそれを神と呼び、自分が生きたいと望むときに神は現れる。

2021-05-01

「和」とか「武士道」とか

そういうのって基本的に寺神社周辺にしか残ってないよね

2021-04-30

買い物しようと街まで出掛けたら、

狭い路地ホーンテッドマンションみたいな建物があって、あれ何これこんなボロけた集合住宅なんかここにあったっけ? って思ったら、数日前に起こった火事現場だった。出入口のところにロープが張られていて、お年寄りがぞろぞろ集まっていた。

その向かいの家の門扉のところにも同じロープが張られるところだったのだけど、そこも別の日に火事が起きたらしい。偶然なのか放火か何かなのかは、まだわかっていないっぽい。

火事の原因も気になるところだけど、貼られているロープがKeep Outって書いてある警戒色ストライプのやつではなく、なんか夏祭りの時期に神社敷地内に貼られるような白っぽい細い縄なのも、かなり気になる。人避けというよりは、呪術的な何かのような……。

靖国神社って小さいんだな

他の神社に比べたら敷地が小さくて笑ってしまった。

また調べたら歴史伝統もない。

コスプレじいちゃんハウスかよ。

なんで一等の顔しているんだ? 

2021-04-29

npmは悪なのか?

近所の神社道を散歩していたら突然聴き覚えのある声が聞こえてきた。

どうやら近くでrebuild.fmの収録をしているらしい。

内容はゲスト最近会社を辞めたこと、本を出版したことイギリスマクドナルドが「npmは悪なのか?」というアンケートを取った話題だった。

ふと前を見ると巨大な電光掲示板があり、まさにその「npmは悪なのか?」の広告が映し出されていた。

巨大なボード3分割されて「Risk」「N/A」「Look good」と書かれており、そこにメモが貼られていて、そのメモの数で投票する仕組みのようだった。

「お、これじゃん」と思った瞬間にハッピーセット広告に切り替わり、そこで夢から覚めた。

しかしどうしてもアンケートの結果が気になったので、夢の内容を忘れないうちに「npm 悪 マクドナルド」で検索してみたが、残念ながら何も出てこなかった。

これがゴールデンウィーク初日

2021-04-26

神社

近所にわりと立派な神社があるのを発見したので、何回か参拝したのだけど、毎回なぜかエロい気持ちになる。

なんかさぁ、神社って昔男女のそういうスポットだったっていうけど、なんなのかな、神社には何かあるよ。うん。

2021-04-25

最近わりとよく生きてる意味ねーなと思うけど当然人に言えるわけがないのでここに書いておく

田舎を出て都内就職し、働き始めて十数年。

デブスなので結婚なぞできないだろうから最初から諦めてて婚活などもせず、いろいろある趣味を邁進していた。

趣味は、舞台見たり、野球サッカーバスケ見に行ったり、美術館博物館行ったり、旅行行ったり、ライブ行ったり、酒飲んだり、本読んだり、同人活動したりって感じでやることがいっぱいあって、楽しいことするために生きてるな〜って思ってた。

ところが一転。新型コロナウイルスの影響で、まともに前と変わらず続けられるのは本読むことくらいで、後は少なからず影響を受けるものばかりだった。

舞台ライブは中止の嵐で、去年春先〜夏あたり行く予定だったチケット14枚がただの紙切れと化した。(無論払い戻しはあったけどそういう問題ではない)秋口〜冬にはぽつぽつ行けるようになってきたけど、ライブで声出せなかったりするし、今また舞台ライブが中止になった。

美術館博物館も休館を余儀なくされ、上野パスユーザー自分は悲しみに暮れた。休館明けてからは予約して1人で何回か行ったしやっぱり楽しかったけど、友達と観に行って終わった後にアレが良かったとかこれが面白かったとか飲みながら語り合うみたいなことはできないし、このGW鳥獣戯画展行くつもりだったけどまた休館だし。

Jリーグなど各種スポーツも中止期間ののち無観客開催かつ配信で、この状況になる前から普通に配信観れるからそれは変わらないんだけど、現地観戦の空気感やスタグルを楽しみにしてる部分もあったので、オンライン観戦のみとなるとやっぱり悲しかった。客入れられるようになって何回かは行った。自分積極的に声出す方ではなくひっそり見たい派だから平気ではと思ってたけど、自分がひっそり見るのはともかく、全体が静まりかえってると謎の緊張感があって、あとやっぱすごいプレーかに声出せないのが辛かった。はやくチャント歌える日が戻ってきてほしい。

旅行は毎年友達と行くのと1人で行くのと合わせて年5回は行ってるけど、去年は1人で1回行っただけだった。一人旅好きだけど、一人旅なら気軽にホイホイ出かけてもいいのかっていうとそういうもんでもないし。友達となんか言わずもがな

同人活動は、普通に創作すること自体はできるしやってるけど、ちゃんと書こうとしたときは照準をイベントに合わせて締切設けて…という形になるので、イベント開催できない状況だとなかなか難しかった。普通に書くのは楽しいんだけど、ちゃんと完結まで書ききろうみたいなモチベにはイベントパワーが必要

友達と酒飲むのも当然できるわけもない。リモート飲み会は何度もやってて、なんなら遠方の友達ともできるからこれはこれでいいなと思う部分もあるけど、リアルに会って話すのとリモートで喋るのだとなんとなく空気感は違うし、お店のいろんな酒や食べ物ちょっとずつ飲み食べするのは自宅ではどうしたって無理だし。刺身の気分だから和食の店で日本酒飲んだあと、ワイン美味しいとこでなんかすごいチーズ食べるみたいなのは、もちろん全部自宅に揃えたらできるけど一人暮らし冷蔵庫限界とかあるので。

 

そんな感じで、全く楽しめないわけじゃないけどスケールダウンしてしまっていて、もともとの楽しみを取り戻すことができない状態にある。

そんな中でも、自分は幸いにも新型コロナウイルスによって仕事がなくなることなく、かつ元々リモートワークを導入して進めていた会社だったので大した混乱もなく、フルリモート仕事を続けることができている。ありがたいことにお給料も順調に増えていて仕事はそこそこ忙しい。

しかし、仕事は変わらずできているからこそ、自分はなんのために働いているんだ…?という気持ちがどんどん湧いてきて、かつそれを突き詰めていけばいくほど、なんで生きているんだろう、という気持ちになっている。

楽しいことはできないのに仕事だけしてるのはなんで?

舞台ライブスポーツも、オンライン配信あるのが増えたけど、リアル空気感を味わって、そのあと友達とアレよかったよね〜!!って酒飲みたいけどできない。

普通になんの気兼ねもなく旅に出て、神社とか見て、宿で温泉入って酒飲んでダラダラしたいけどできない。

同じものが好きなオタクたちと作った本交換したり、買い物行って薄い本いっぱい買ったり、稀に買いにきてくれた人が感想言ってくれたり差し入れ用意してくださってたりして、なんならちょっと泣きそうになったりすることもなくなった。

一生一人で生きる予定の30代のデブスは、それでも日々を面白おかしく生きてたんはずなんだけど、果たして今はなんのために生きているんだ?

一年経ってこの状況の中、数年で良くなって何もかも元どおりになるとは正直思えない。この状況が続く世の中で、世間様にプラスになるようなことは特にできず、子供を産むこともなく、ただ消費するだけの人間しかない己は生きててどうすんだ??

ただ自分のためだけに生きていた穀潰しが改めて己はただの穀潰しだなと自覚しただけなんだけど。

親は私よりはるかお金も持ってるし、実家田舎だとそこそこの家っぽい(祖父葬儀議員市長知事が来たことで初めて知った)し、万が一何か起きたとて心配ない。実家にはきょうだいがいるし、多分結婚もするだろうからなんの心配もいらん。

元々生きることに意味なんてないけど、楽しみ拾うために生きてたのに楽しみなくなっちゃったから生きる必要ないよな。

せめて迷惑かけずに死にたい心配もさせたくないので匂わせみたいなこともしたくない。しれっといなくなりたい。

まーとりあえず部屋解約したり仕事辞めたり、携帯ネット回線電気やガスの解約して、たいして入ってないけど通帳と印鑑くらいは実家に送る?そんくらいやれば大丈夫そうな気はする。

2021-04-24

今日は色んな所でおしっこしました。

まずは夢の中。

いつも夢の中では尿意があっても出ないんだけど、今日はバシャバシャ出た。

トイレに入ってちゃんと間に合ったはずなのに、気づいたらしゃがんで制御できない放尿に戸惑っていた。

夢でよかったし、現実では出てなくて一安心

その後、起きて家のトイレでした。いつも通り。

出掛けてデパートで少量出した。デパートトイレは広くて綺麗で良い。

最後神社厄払いに行ったので、待ってる間に待合室の横のトイレでした。

ドアがおもしろい形状だった。

以上。

2021-04-23

anond:20210422180208

これな

電話1本で自宅まで駆けつけて目的地の神社まで送り届けるのが当然の仕事なのにあの程度で出来てますけど?みたいな態度をとるのはマジで噴飯ものだわ

車椅子利用者富士山頂上浅間大社奥宮に行けないのは移動の自由侵害か?

富士山の頂上には富士山頂上浅間大社奥宮という神社があり、夏頃には富士山登山客が多く参拝している。しかし現状ここに車椅子の人が参拝をするのは限りなく不可能に近い。さて五体満足の人であれば行くことができるこの神社車椅子の人が行けないのは移動の自由制限にあたるのだろうか?

結論から言えばこれは制限にはあたらないと思う。なぜならそもそも車椅子の人でも登れるように富士山登山道を改造することは現状の技術力では不可能からだ。技術的に不可能なことはどれだけ倫理的問題があろうと改善仕様がない。

では全ての無人駅車椅子設備をつけるべきだろうか?これも不可能だ。ごく一部の秘境駅以外は駅に車椅子用の設備を備えることは技術的には可能だ。しか財政的にこれは不可能だ。国の施設であるなら車椅子用の設備必要だが、JR私企業にすぎず改善するべきであってもある程度限界がある。無人駅というのは人を置くほどではない小さなである証拠であり、わざわざ車椅子用の設備を置く必要などない。国鉄からJR民営化した時、地方路線廃止され地方が切り捨てられるのと同様に障害者も切り捨てられる運命になっていた。今はまだJRは頑張って設備を整えたり、地方路線を残したりしているが今後利用客が減れば、確実にここら辺は削られることになる。

結局のところ、移動の自由というのは確かに存在するが技術的、財政的に全ての人が全ての場所に行けるようにすることは不可能だ。将来的に無くすようにしていければ最善だが、現状不可能ものいくら言っても意味が無い。

2021-04-21

anond:20210421192621

もっとくわしく?しるか。どこへ行くんだ?神社。聞くべきは俺じゃないが、あわててもしょうがない。1週間みそぎ。ルージュゆっくりゆっくり想いの力をためていけ。あんまりひとにいうなよ。迷信かいわれちゃうからよ。そうじゃない。想いの力を貯める。あとは、神社行くだろ。ときが来りゃァわかるだろ。あわてんなよ。医学医者がやってくれるから大丈夫だ。あとは想いの力。

anond:20210421191718

あのよ、念の為言うけど何個もバクバクくうなよ太るぞ。1個かそこらでいいんだからな。まぁ食いたきゃ止めねーけどよ。白赤そんだけだからよ。想いの力。で、神社で祈ってくる。それだけでも思いの力ってUPするからよ。大事だぜ、でぶることが目的ジャネーから、食いすぎるなよ。おまじないってのを忘れるな。

anond:20210421191718

俺を信じるか?

1週間まいにち1個は、カロリーメイトの白を食え。そしたら、すこし体調が変わる。

そしたら、神社で祈れ、そうだな、シャネルルージュちょっと禊をしてから、厚めに引いて、祈ってこい。デパートで、いいやつが売ってる。事情を話せば初めてでも特別に分けてくれると思う。

不安ならカロリーメイトをくって禊をしてから神社でかるくいのってからシャネルに言ってこい。そしたら、いいルージュを選んでくれる。

それで、神社でがっつりいのってこい。祈りは、大事だ。思いのちからってあるからよ。朱だぞ。色は大事カロリーメイトの白、みそぎ、シャネルの赤い新品のルージュキーワードチャント揃えて心の問題だけでもまず解決しとけ。

2021-04-19

占いは信じないが「神様」を信じている。だから、日々の占いを好んで読む

占い手法はどれも胡散臭いと思う。

それでも私は日々の占いを好んで読む。

こう述べると相手は必ずその矛盾らしきを指摘してくるが、私の中では何も矛盾していない。

なぜなら、私は世界を統べる「神様」という存在を信じ、胡散臭い占いにも、その「神様」の意図が示されていると思うからだ。

さらに言うなら、「神様」には、世界自分の思う方向へ向ける何らかの意図があり、

学習付けとして、その意図に沿う人間には何らかの利益がもたらされると思っているのだ。

まり占い手法自体は信じないが、占いの結果に「神様」が好ましい意図を含ませていると信じているので、好んで読むというわけだ。

なお、世界を統べる「神様」を信じるということは、特定宗教を信じることとは全く異なる。

どちらかというと、重力だとかの自然法則存在を信じるのに近い。

なんでこの世界はこんな上手く回っているんだろう!と思うから科学者自然法則としてその仕組みを数式化するように、

私はそれを統べる「神様」の存在仮定し、それを信じているというわけだ。

から既存宗教施設である寺や神社教会にはめったに行かないし、宗教儀式にも特に関心はない。

ただ、宗教儀式ではなく宗教的結果、例えば、おみくじ神託なんかは好きだ。

それらはどうやって導かれたか不明瞭で、内容も抽象的でバーナム効果だとか馬鹿にされがちだが、

それでも、示されるのは「AまたはBまたはC」みたいな優柔不断さではなく、きっちりとした唯一の解だ。

そもそも社会には仕組みがわからないものはたくさんあるだろう。

から不明瞭さや抽象性は、おみくじ神託などを批判する要素にはならない。

しかし、再度繰り返すことにはなるが、私はそのおみくじ神託をもたらす宗教自体を全く信じていない。

ただ、世界にはその全てを統べる「神様」が居て、その存在おみくじ神託なりに

その好ましい意図を含ませていると信じているから、それを好んで読むというだけだ。

そういえば、「神様」の存在を信じる理由は述べたが、その「神様」が意図を持ち、意図に沿う人間優遇すると信じる理由を述べていなかった。

それは、「神様」がそういうゲームを行っていると思うからだ。

すなわち、「神様」は自身存在をあらわにせずに、占いだとか天気だとか偶発的なもの操作することで

自身意図にじませながら、自身の思う世界を作るというシミュレーションゲームを楽しんでるんだと思うのだ。

だって宗教の説く神様っておかしくないですか?

人間をある高みに導くために、この世界に降りて宗教言論を説いて人間馬鹿にされ、迫害された上で、

この世界から去った後も、たった一人でこの世界メンテナンスし続けるなんて、そんな慈善活動を誰が好んで行うというんだろう?

それだったら、「神様」はシミュレーションゲームとしてこの世界を楽しんでいるのだ、という理屈の方がまだ納得できる。

から、これまで述べてきた「神様」という存在も、わかりやすいからこの表現を使ってみただけで、

宗教が説くような、人間を高みに導く存在というよりは、モルモット操作する実験者というのが私のイメージに近い。

なんなら、「神様」という言い方が気にくわなければ、「実験者」とでも言い換えてもらってもいい。

そうすれば、占い意味も改めてわかってもらえるだろう。

占いは、シミュレーターであるこの世界に、実験者が隠れた意図を示すためのコマンドひとつというわけだ。

それなら、実験者としては、その意図合致すれば、この世界存在がそれを学習するために好ましい動機付けをするはずだ。

から胡散臭いだろう占いを私は信じる。

占いの結果としてではなく、ゲームコマンド、つまり実験者の意図として信じるのだ。

私達にはその結果が偶発的に見えるからこそ、占いには実験者の意図を潜ませる余地があると私は信じているのだ。

最後一言

神様」が自らの存在をあらわにしないのは、ゲームとしての楽しみを保つためだ。

神様」が自らの存在を明らかにして、自分とこの世界関係を述べれば、この世界人間は確実にそれに従うだろう。

しかし、それではもはやチートモードであり、ゲームとしての難しさは消え、興を削ぐ。

から、「神様」は自分存在を消しながらこの世界を何らかの方向に向けるという、回りくどいゲームを続けているのだ。

そういや、興を削ぐと述べたが、本当に「神様」がゲームとしての面白みを感じなくなったら、この世界はどうなるのだろう。

そんな不安を感じながらも、今日占いを読み続ける。

追記

本論とは全く関係ないけれども、思わず吹き出ししまった占いでの一文が知りたいなぁ。

2021-04-18

キラキラしている田舎はもうない

北朝鮮みたいなやたら礼儀正しい小学生集団と、

地味な服を着たベトナム人実習生自転車集団が、家の前を通って行った。

遠くで草刈り機の音が聞こえる。

休日恒例だった若者バイクツーリングの音が聞こえなくなって久しい。

改造車を走らせる大学生はもういない。

老人は折り畳み椅子に座って庭で草むしりをしている。

コロナ禍がなくても4月お祭りはすでになく、神社の餅まきに人が集まることもない。

一時期ブームだった移住者自治会挨拶することもない。

ここは誰も戻ってこないし、若手で住んでいるのは自分のような結婚できない負け組ばかりだ。

2021-04-17

JR乗車拒否問題、「スロープがあっても階段を使いたい」は正義

まだまだ話題が続く伊是名夏子さんの「JR乗車拒否問題

色々考えていて、やっぱりこの件は

階段スロープが併設されているところで「階段を登りたいから手を貸せ」と言った

という案件だと思うのです。

若干今更感はありますが、思うところを書きました。

1.今回の件は「普通日常生活で遭遇した不便」ではない

私もバリアフリーのものに反対しているわけではありません。

例えばスーパーの出入り口から段差をなくすとか、日々の生活に密着した施策はどんどん推進していった方がいいと思います

ただ、「一応お客さんの出入りもできるようになっている」程度の裏口にまでそれを要求するのは正当なのか?とは思ってしまうわけです。

翻って今回の件ですが、SNSメディア等で色々議論はあるものの、個人的に腑に落ちないのは「なぜ熱海駅ではだめだったのか」ということです。

駅員に「熱海駅まででもいいですか?」と聞かれて断ったということは分かっていますが、その前段階、旅行計画を立てている時に、伊是名さんは「熱海駅ではなく来宮駅を選んだ」はずなのです。

旅行計画する時、特に目的地がある場合は、普通そこのホームページを見たり周辺の観光案内を調べたりしますよね。

目的地までのルートを調べない人はいないと思います

伊是名さんも当然調べたと思います

調べるのはとても簡単で、来宮神社ホームページにもありますし、来宮神社を紹介する観光サイト個人ブログを見てもいいと思います

そしてそのほとんどに来宮駅熱海駅からアクセスが書いてあるので、調べていて熱海駅からルートに触れなかったとは考えられないのです。

まり伊是名さんは「熱海駅ではなく来宮駅を選んだ」ということです。

もし熱海駅からルートを知らなかったのであれば、来宮神社から来宮駅だと思ったということなんでしょうか。

それは幕張メッセに行くのに調べないで幕張駅を使うような愚行なので、初めて行く場所でそんなことはしないと思います

(初めだったのかは分かりませんが、そうでなかったら余計問題なのでおいておきます。)

来宮神社まで、来宮駅からは400m、熱海駅からは1.6kmです。

ではなぜ、伊是名さんは熱海駅ではなく来宮駅を選んだのでしょうか。

単純に近いから。

かにそれはメリットです。

ただ、伊是名さんにとっては単純な距離よりも重要な要素がありますよね。

そう、電動車椅子での移動のしやすさです。

この点で来宮駅熱海駅の差は調べるまでもありません。

熱海駅は市の名前が付いているくらいですから利用客も多く、バリアフリー設備も充実しています

駅の利用は問題ないでしょうし、車椅子でも利用可能バスタクシーの手配もしやすいはずです。

一方で来宮駅は、少なくとも伊是名さんにとっては「調べても分からなかった」レベルです。

普通に考えて、この時点で熱海駅を選びませんか?

そして、熱海駅から来宮神社に行くことを考えたら、熱海駅から交通手段を調べますよね?

そうすれば今回のトラブルは起こらなかったんです。

(万一熱海駅が大きな駅だと知らなかったとしても、来宮駅を調べて熱海駅を調べないのは理屈に合いません。)

そのため、今回の件は「避けられたトラブル」と言うよりも、「ドラブルの起こりそうな方を選んだ」という印象が拭えないわけです。

意図的トラブルを起こすのは、誰がやっても問題行動です。

2.健常者でも熱海駅からの方が便利なのでは?

ところで、来宮駅来宮神社は徒歩5分程度と言われていますが、実は難所があります

来宮駅の駅舎は線路南側にあり、来宮神社北側にあるんですね。

そのため最短ルートを通るには来宮暗渠という短いトンネルを通るのですが、そこの歩道が細く、ガードレールもあるため車椅子では通れないのではないかというほど狭いのです。

伊是名さんはブログ特に触れていませんでしたが、果たして歩道を通れたのでしょうか、それとも車に待ってもらって車道を通ったのでしょうか…。

最短ルートを通らない場合は、1.5kmほどアップダウンが激しく歩道が狭い道を歩くことになります

時速2kmで45分かかるわけですから結構負担になるはずです。

伊是名さんは旅行先の条件として「移動距離が少ない」をあげていましたが、これは少ない範囲なのでしょうか。

来宮駅来宮神社間のルートは知っていれば迷う道理がないのですが、トンネルにある小さい看板を見逃して通り過ぎてしまうと熱海駅に行ってしまます(途中でおかしいと気付くかもしれませんが)。

一方、熱海駅からだとバスタクシー神社の目の前まで連れて行ってくれます

数百円でも節約したいとか、迷うのも旅の醍醐味だという人であればともかく、そうでなければ健常者でも熱海駅から行った方が間違いがありません。

安全ルートがあるのなら、そっちの方がよくないですか?

健常者であればスマホ地図を見ながら行けばいい、というのもあるんですが、車椅子利用者は「道はあるけど通れない」という事態に出くわした経験が少なからずあると思うんですよね。

電車なら駅員に相談すればいいですが、旅先の道路でそうなった場合リスク考慮するものではないのかなと思います

障がい者が気にせず外出できるのが理想だ」というのはその通りですが、現実リスク無視するのは違うと思うのです。

また真偽不明ですが、伊是名さんは来宮駅で降りた後、西にある熱海梅園に行ってから来宮神社に行ったと説明している人を見ました。

こちらの説であれば来宮暗渠を通っていないのは理解できるんですが、するとなおのこと、熱海駅から行かなかったのが不思議なんですよね。

来宮駅から熱海梅園は約600m。

しか来宮神社までの迂回ルートと同じ悪路です。

対して熱海駅からバスタクシーを使うと、熱海梅園の目の前まで連れて行ってくれます

車椅子での移動を減らしたいのであればバスタクシーを使うのが合理的です。

そもそも、最短ルートで直接来宮神社に行かないのであれば最寄り駅というメリットがなくなるため、来宮駅で降りる必要がないんですよね。

そこまでして熱海梅園まで歩きたかったのでしょうか?

3.「何を言ったのか」と「誰が言ったのか」の問題

紛糾しているのは、結局これだと思います

伊是名さんの言いたいことは「バリアフリーもっと浸透させてほしい」で、それ自体は正当だと思います

ただ、どう考えてもやり方はまずかった。

旅の計画段階で「合理的」な判断をしていれば起こらなかった問題なんですから、そこをフックにしてしまうと主張そのもの疑問視されてしまます

から、今起こっている事は「誰が言おうが正しいことは正しいのだ」と「言ってることは正しいがお前が言うな」の戦いなんですよね。

熱海市市議会では駅のエレベーター設置の議論が何年も続いており、その結果4つある無人駅のうち2つにエレベーターが設置されたそうですが、今回の論争、本当に必要でしたか

4.まとめ

要するに、熱海駅からバスを使えば来宮神社前ないし熱海梅園前まで行けるという「スロープ」があり、それは見えていたんです。

しかバリアフリー対応状況が分からない来宮駅という「階段」を伊是名さんは望んだ。

それがバリアフリー推進のためにあえてやったことなら、私は「言ってることは正しいがお前が言うな」と言います

もし素で準備不足の旅行だったのなら、社会常識を身に付けて下さいと言います

社会課題を世に問う目的であれは問題行動も有りだという考え方の先にあるのは、アメリカのBLM運動で起こった商店打ちこわしと略奪ですよ。

さすがにそんなものを認めるわけにはいきません。

スロープを作るために階段が狭くなるとか、遠回りになるとか、サービス料金が高くなるとか、そういったことは我慢しますよ。

からスロープがある時はスロープを使ってほしいな、と思うわけです。

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