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はてなキーワード: 教員とは

2018-12-12

小学校全部オンラインにしたらええやん。

いじめ不登校学力差も一気に解決すんで

教員も精鋭100人ぐらいで済むし

体育他は個々でやればええやろ

校舎に欠陥があろうが修繕もクーラーもいらんし

登下校中の事故事件もなくなる

いっぺん終わった授業も何回も見れるから勉強の遅れもなくなるし

採点も一瞬で済む

受験もなくなるから全員ええ教育格安で得られて学力底上げ

こんなん後進国が思いついて実行したら導入をもたついてる日本速攻で負けるやろ

2018-12-11

anond:20181211140907

そういう製品事情入試の公正さをかなぐり捨てても守るべきものなのか?

同じような例を医学部で持ってくると、女医がすぐ辞めてしまうから、当直は体力仕事からって話か

そういう現場主義みたいな事情を言われたところで、能力の有無を判断すべき場に当人努力でどうしようもない属性を持ち込まれて納得できるか?

納得できないからこそ、これだけ怨嗟の声が上がってるんだろ

大学教員公募でも、ジェンダーでも何でもない分野で指導力研究力が問われるにも関わらず、女性限定公募なんて書かれてどれだけの男性PD不利益を被っているか

研究能力学習能力学術機関ともあろう者がどこまで愚弄すれば気がすむんだって話だよ

2018-12-10

教員ブラックさはかわいそうだが運輸の過労死や中休勤務は自己責任

子ども人生が関わるので職業威信スコアの高いホワイトカラー教員は救うべきだが奴隷運輸業はいくら過労死を出そうが無視しても良い。

なぁにもうすぐ自動運転になりますよそれまでに死ぬ人はやむ得ない犠牲です、というわけなのである

2018-12-08

史学科のゼミとか卒論とかって何やってるの

数学科事情、すごく興味深く読んだ。

「数学の修得には時間がかかる」ことの概説 - Unhappy Go Lucky!

ただ、文系学部の「研究」や「卒業論文」の位置づけとかについて、過大評価していただいているような気がしなくもない。日本語とは縁遠い言語を話す地域を専門とする史学科卒の人間として、「ゼミ」や「卒論」の位置づけについて語ってみたい。

ゼミで何をやっているか

いやこれは本当に分野によるのだが、「研究」というよりも「勉強」をやっているところが多い。歴史学というのはまず史料に何が書かれているかを正確に読み解く必要があるのだが、その読み方を徹底的に叩き込まれる。場合によっては修士課程でもこれが続く。もしくは、研究文献の読み方を叩き込まれる。そもそも2・3年前まで高校生だった連中である文系研究書をどのように読むべきかよくわかっていない人も多いし、英語の本を通読なんてしたことないですという人がほとんどだろう。レベルの高い大学なら外国語文献の購読をし(何語なのかは研究分野や参加者による)、あまりレベルの高くない大学なら日本語の本・論文の読み方をゼミで躾けられる。

(「史料」ってのは要するに「昔の人が書き残したこと」。王様勅令だったりお役所行政文書だったりインテリの書いた思想書だったり過激派の撒いたアジビラだったり新聞記事だったり、色々である公文書館に行って実物を見てくる場合もあれば、別の学者がまとめて印刷出版してくれたものを参照する場合もある)

何で学部の段階からゼミに分かれるか、というと、「歴史学とは何か」「史料批判とは何か」みたいな概念方法レベルの話や、「いやしくも歴史学を学ぶ者として最低限踏まえておくべき各地域・各時代の基礎知識」みたいなのを除けば、分野ごとに身につけるべきスキル全然違うので。江戸時代歴史なら江戸時代古文書明治期の歴史なら明治期の文書中国史なら漢文イギリス史なら当然英語古文書……を読まないといけない。イギリスについて研究したい学生日本古文書の読み解き方を勉強しても時間無駄だろう。逆もまた然り。

ぶっちゃけ、「卒業論文」に大したオリジナリティはない

慌てて言えば分野による。

社会調査とかする分野で、自分なりにアンケート調査してみた、とかそういう論文なら、どれだけ拙かろうがオリジナリティはあるだろう。あるいは歴史学でも、オリジナル史料を発掘することが可能な分野ならオリジナリティは出る。

ただやっぱり、学部4年の段階で大層な「オリジナリティ」は出てこない。そもそも外国史の場合史料の読解すら教員の手助けを得てようやく、という人が多い。歴史学では一次史料が重視されるが、私の分野では卒業論文で一次史料を使った時点で優秀な学生の部類に入るだろうなと思う。二次文献、つまり他の研究書や論文をまとめて長いレポート(うちの大学では3万2,000字が下限だったかな)を書けたらOK、という運用をしている大学も多いのではないか。まとめるのにもオリジナリティは出るしね、という苦しい理屈だしそんなの査読つき学会誌に「論文」として発表できるレベルではないが、学会誌に「論文」として出せるレベルのもの要求していると4年では足りないわけで、多くの史学科の学生修士論文で初めて学会誌投稿できるレベルのもの要求されることになる。

何度も言うようにこれは分野による。地味に重要なのが、「その言語大学第二外国語として開講されているか、あるいは教養科目で講義が受けられるか」という点。朝鮮史ドイツ史やフランス史場合韓国語ドイツ語やフランス語文系学部ならたいていは必修の第二外国語として教えられていることが多いので、卒論でも韓国語ドイツフランス語論文は読めて当然だよなあ? というハードモードになることもある。中国史なら「高校から漢文やってるんだしゼミでも読んでるんだから卒論でもちゃん漢文史料は読めるよね? 現代中国語論文も読んでね」ということになるだろう。英語? そんなの読めて当然でしょ? 第二外国語ではなくとも、たとえばトルコ語アラビア語なら多少気の利いた大学なら教養科目とかで開講されているから、イスラーム史やりたいなら学部1年のうちから履修しといてね、という話になると思う。逆に、マイナー外国語必要な分野だと、せめて英語の本くらいは読んどいてね、くらいにまでハードルは下がる。アイスランド史を勉強したいです! と言われても、日本アイスランド語の授業がある大学がいったいいくつあるのか……という話になるわけで。まあ東大の某ゼミではゲエズ語購読とかやってたらしいですけどね。雲の上の世界すぎてまったく想像もつかない。

なので、大学に入った段階で既にどの分野に進むのかなんとはなしの道筋がついていないと厳しい。第二外国語韓国語選択して、やっぱり私ドイツ史がやりたい! というのは不可能ではないが難しい。第二外国語選びの段階である程度進路が決まってしまう、というのが史学科の特徴だ(まあ、英文学科とかは、学科選びの段階で専門地域が決まってしまうわけだが……)。イスラーム史やるなら第二外国語フランス語にしないとね。そんなのついこないだまで高校生だった連中にわかるか! もちろんこれは大学による。西洋史に進学した者にはドイツ語とフランス語双方の習得義務付ける大学もあるそうである。これならヨーロッパのたいていの地域対応できるね! 史学語学と言われる所以だ。

あとは西洋以外の地域だと、「史料に書かれている言語」と「論文に使われている言語」が違うことが結構あって、何でかといえば近代以降に西洋諸国植民地支配されていたりすると「オランダ人研究者がオランダ語で書いたインドネシア史についての先行研究」みたいなのがたくさんあるので。つまりいくらインドネシア語やアラビア語が堪能でもそれだけでは片手落ちで、オランダ語フランス語ができないと先行研究が読めないので勉強せざるを得ない(付け加えるなら、植民地支配されてたということは、お役所では宗主国言語が使われていたり宗主国のお役所植民地統治担当する部局があったりしたわけで、それらの史料は当然宗主国言語で書かれている)。さら前近代史だと、「昔使われていた言語」と「現在使われている言語」が異なっていることが多く、典型的には古文とかラテン語とかである現代日本語論文はスラスラ読めても古典日本語チンプンカンプンという人も多かろう。前近代西洋征服王朝なんかだと大変で、現地語+支配階級言語植民地支配してたヨーロッパ言語、をやらなければいけなかったりする(アラビア語オスマン語+フランス語、みたいな感じ)。いやー、西洋現代史はヌルゲーの領域っすわ……その国の言語ができれば用足りるからなぁ。現地に行けばネイティブスピーカーいるか勉強簡単だし(アッカド語みたいなネイティブがいない言語習得してる人ほんと尊敬する)。もちろんここで少数民族とか国際関係史とかに興味を持ってしまうと語学沼に引きずり込まれるわけだが。イギリス史なら英語だけでいいだろうと思っていたらうっかりウェールズに興味を持ってしまウェールズ語を勉強することになりました、とか、ドイツ語だけで通そうと思っていたら枢軸国外交に興味を持ってしまったせいでイタリア語も読んでます、みたいな。とはいえこれらは院に進学してからの話(あるいは院への進学を希望する学部生の話)だ。院に進学しない学生卒論レベルなら日本語英語or中国語でじゅうぶん、という運用大学ほとんどだと思う。

ヨーロッパ植民地についてしか述べていないのは、日本植民地場合宗主国言語習得する困難はほぼ存在しないからであって、日本植民地支配をしていなかったと言いたいわけではないので念の為。もちろんこれは日本語母語話者である学生の話で、韓国台湾学生あるいはそれらの国から留学生植民地時代自国史を勉強しようと思ったら日本語を読まなければいけないわけであり、なんというか申し訳ない)

でもまあ、卒論書くのは大事ですよ。たとえそれがレポートに毛の生えたレベルのものであっても、院に行かない学生にとっては専門家指導されしっかりと文献を読み込んだ上でこんな長文を書かされる機会はこの先の人生でなかなかないし、それを経験するというのが大学に行く意味だと思う。院に行く学生にとってはもっと長い修論博論書くんだから当然このくらい書けなきゃ話にならんわけで。

院に進んだら何やるの

留学します。

これも分野によるのだけれど、たいていどっかに留学する。中国史なら中国台湾フランス史ならフランス、みたいに。留学先で大学ゼミに参加したり史料を集めたり現地の専門家指導を受けたり、あるいは分野によっては語学勉強をしたりする。もちろん複数国に留学してもいいし、研究対象国以外に留学することもありえる。アフリカ史を研究するためにポルトガル留学した人がいたり(イエズス会士が書いたものを読みたかったらしい)。で、帰国してから博論を書く(たまに留学先でそのままPh.D獲っちゃう人もいる)。

上述のような事情があるので、歴史学を専攻している人はたいてい4年以上博士課程に在籍する。ちゃんとした大学で3年で博士号獲るのは一部のバケモノだけです。たまにいるんだよそういうバケモノが。日本史なら楽勝かというとそういうわけではなく普通に4年以上かかってることが多い。留学期間とかもあるので、博士課程の先輩に学年を聞いても即答できないことが多いから気をつけよう。29歳でドクター? 夢物語かな? まあ本当に文系大学院なんて資産の子供か養ってくれる配偶者持ちか自殺志願者以外は来ない方がいいです。男性歴史学者が書いた研究書のあとがき奥さんへの謝辞が書いてある場合、もちろん本当に純粋感謝の念であることも多かろうがけっこうな確率で一時期ヒモ生活を送っていたことへの感謝だったりする。奥さん実家でチクチクとイヤミを言われた経験を聞かせてくれた教授もいらっしゃる。これ有名大学の教授様になれたから笑って話せるだけで、なれなかったら悲惨だよな……。まあでも、研究者の不遇っぷりは文理問わないか

2018-12-07

中学の時の頭が逝った教員

最近実家に帰った時に自分が通っていた中学の前を通った時に思い出して、イライラがぶり返してきたので、書きます

私は運動がめっぽうできない人間で、100m走や3000mの持久走などの走る系の競技は必ず学年でビリ。持久走大会は全校生徒全員で走るのだが、それでもビリになるかならないかレベル

中学1年の時の体育教員は定年直前のおじいちゃんで、「頑張ることに意味がある。記録なんか気にしなくていい」と言ってくれていたのですが、新年度になりその先生が定年し、新しい体育教員が来ました。その教員脳筋の頭が逝っている教員でした。

私の通っていた中学は某球技が全国でトップ10に入るほど強豪で、日本代表が出るほどでした。新しく来た教員は、この中学卒業し、その後も某球技が強い高校に行った後、体育系の大学に行って某競技研究をして、教員免許を取って来た教員で、某球技部活顧問として呼ばれたような教員でした。(教育委員会のお偉いさんが送り込んだらしい)

見た目は一般的20台後半みたいな感じで(実際20台後半)、おかしい人だとは思わなかったのですが、体育の初回授業で豹変しました。新年度最初の体育の授業は体力測定なのですが、その結果を見た後、生徒ごとへの接し方の態度があからさまに変わりました。

運動が出来る生徒(クラスの上位5~6人くらい)には友達のような態度で接し、運動が全くと言ってできない私と数人にはいじめと捉えられるような態度になりました。体育の授業終了前の10分程度で器具の片付けをしなければならないのですが、それをいつも私達数人に命令をするような形でやらされました。その間、私達以外の生徒は先に解散させられ、その教員もそそくさと職員室に帰ってしまます最初のうちは他の教員心配してくれましたが、1ヶ月もすると誰も気にしなくなりました(というより体育教員になにか言われたと思われる)。

そのうち、運動が出来る出来ないの序列で生徒に上下関係をつけ始めました。私達、運動が出来ない生徒は運動が出来る生徒に対し、敬語で話すことを強制させられました。体育の授業中だけだと思っていましたが、廊下などでも注意をされるようになり、ひどい時(学年で一番運動能力が高い生徒と話していた)には指導室で怒鳴られたりすることもありました。

この状況はおかしいと、運動が出来ず私と同じ扱いをされている生徒と相談し、担任教頭相談をしたのですが、全くとり合ってもらえず、口を揃えて「校長には黙ってろ」と言われました。

この頃、ちょうど定期考査の時期だったのですが、体育教員に「お前らは実技の点数が無いに等しい。筆記テストでそれなりの点数を取らないと、通知票を1にするぞ」と脅されました。

さすがにこれはおかしいと思い、友人の親(役所勤め)のつてで市の教育委員会に訴えを出したのですが、揉み消されたか子供の言うことなんかを聴く必要はないという判断だったのかで、なにもアクションは起こりませんでした。

結局、これ以上何も出来ずに、親に相談するのも当時、嫌だったので、我慢するしか無いと決意を決めて、2年間 卒業まで持ちこたえるしか無かったですが、今考えてみれば、新聞に投書するなどの方法もあったのかなぁと思う次第です。

2018-12-06

https://anond.hatelabo.jp/20181204191656

ちょっと話はズレるけど、授業で英語を話しやすいのはどっちのクラスか。

A. ネイティブアクセントが笑われるクラス

B. ジャパニーズアクセントが笑われるクラス

いやどっちも笑うなよ、という話ではあるが、どちらかというとAではないだろうか。日本人ならジャパニーズアクセントは(話したくなくても)話せるし、むしろ発音が苦手な人はその方が話しやすい。まあそれでいいから、とにかく英語を話すようにしよう!ジャパニーズアクセントも悪くないよ!というのは、今の学校英語教育方向性でもある。

話を戻すと、「英語の授業で発音が良いとネタにされる風潮」は確かによくない。よくないが、そう意見した同じ口であなたジャパニーズアクセントを笑っていないだろうか?

この話で一番問題なのはちゃん英語を話したい生徒がその絶好の機会であるはずの授業中に話せないという点だ。これはよくない。しかし、英語を話せないことの、何がよくないんだろうか?

C. 発音が上達しないこと

D. 英語を「話す」能力が身に付かないこと

増田ブコメ問題にしていたように見受けられたのはCの方だが、平均的な日本人にとってより深刻な問題なのは、明らかにDだ。つまり英語の授業で発音が「良い」かどうかを気にしすぎる視線が、そもそも弊害なのだ。私には基本的増田ブコメには同意する気持ちがある一方で、それぞれの意見に見え隠れするネイティブアクセント信仰のようなものには、やはり引っかかるものを感じる。そこじゃないんだよ、と思う。

もちろん、英語を話すことと発音は切り離せない。わかる。ネイティブ発音ができればネイティブが話す英語リスニングも上達するし、あとスペルも覚えやすくなる。わかる。しかし、インドシンガポールフィリピン英語を考えれば、日本人英語を話すために必要なのは「良い発音」ではないことも明白だろう。英語を「話す」能力を身に付けるために、発音を強調しすぎるのは、本末転倒だ。

ちなみに私は高校英語を教えているが、生徒の発音ネイティブアクセントにするのは非常に難しいと思う。それに比べて、生徒に(ジャパニーズアクセントでも)英語を話させることは、まだ可能だ。「この授業は英語を話す授業です」ということにして、ちゃんステップを用意すれば(大変だけど)、生徒は英語を話す。少なくともそういう授業を受けている生徒の間では、「良い発音」がネタになっている様子はない。もしかすると、「誰もが英語を喋らざるを得ない時間」が少ない授業では、「良い発音」はネタにされているのかも知れない。授業中に生徒が英語を話す必要がない場合例外的アクセント英語は「おもしろい」のかも知れない。

ただ難しいのは、誰もが英語を話す状況だと、例外的アクセントが「おもしろ」くはなくても、「わかりにくい」場合がある。つまり、「良い発音」が「わかりにくい」と、やっぱり生徒はジャパニーズアクセントになる。コミュニケーション上の要請というやつだし、アジア諸国英語ネイティブアクセントでない理由に相当する何かだろう。かくいう私自身も、職場ジャパニーズアクセントの同僚と英語で話すときは、英語発音カタカナ語に近づけることがよくある。恥ずかしさとか、下手に出る的な心情がそうさせる。逆に相手ネイティブアクセントだとリミッターを外して喋るが、こういうリミッターは、コミュニケーションの内容をも規定する。英語の力量に差がある生徒同士で喋るときなど、彼らは極めてシンプル英語を話している。

まあそういうわけで、私は、日本人が本当に英語を話せるようになるためには、こうした傾向はある程度はしょうがないと思っている。それよりも大切なことがあると思ってやっている。

蛇足を続けると、(矛盾するようだが)私はネイティブアクセント練習は、英語英語圏で使いたいなら、必須と言っていいほど大切だと思う。だから学校ちゃんと教えた方がいいという多くのブコメの指摘には頷く一方で、実感として発音指導は難しいんだよなあとも思う。

まず何より、発音には、スポーツや歌、楽器練習に似ているところがあって、生徒の適性によって教育効果ものすごく差が出る。私は音声学とかが好きで自分でもアメリカ南西部アクセント意識して練習したりもしていたので、教員になりたての頃は生徒にその手法を叩き込んでやろうとフォニックスとか口の形のトレーニングとかをよくやっていた。が、一斉指導ではなかなかどうして生徒の発音はよくならない。もちろん自分指導力不足によるところが大きいのだが、そうして躍起になっていつも発音フォーカスしてやっていると、それこそ生徒に英語を話させることが疎かになってしまって、いつの間にか「正しい英語」を押し付けるような授業になってしまっていた……と今になると思う。

おそらく、「発音が良いとネタにされる」ことに嫌悪感を抱く気持ちは、「正しい英語」を追求する「正しさ」を否定された気持ちに近いのだと思うが、日本人英語に「正しい英語」など、そもそもない。極論だとは思うが、私はむしろ日本人が喋る英語は、日本人にとってはすべて「正しい」のだと考えている。(ただし、英語圏にはそれぞれに「正しい英語」がある。その人の望む場所における「正しさ」はあると考えた方がよい。)

話が散逸してしまった。まあ言いたいこととしては、少数の事例を除いて、日本人英語は、今までもこれからも、多かれ少なかれ、良くも悪くも、ジャパニーズアクセントなのだうから、それを前提として英語を話せるようになることの方が大切だ、というようなことです。

日本人は、発音がよくならないから終わっているのではなくて、英語を話したいのに話せないことの方が終わっていると思うんで、それをなんとかしていこうと思っています

anond:20181206095947

性犯罪者なんかどこにでもいるけど、教員だと報道されやすいだけ

こういう人って、あの手のがごく稀にしかいない特殊人種だと思ってるんだろうな

anond:20181206095947

ロリコンが凄まじい執念で長期的な計画を立て、大学に行って、教員免許を取得し、小中学校教員を目指す、というのは昔から指摘されてることだよ。人間の性欲ってすごいよな。性的正常者に置き換えてみれば分かるだろ、ダイナマイトバディの若い女特定の業種にしかいないとしたら、明確な執念を持ってそこを目指す奴なんてゴロゴロ出てくるはず。

教員って結構確率犯罪者でぇへん?

ロリ好きとかも多そうだし

2018-12-05

anond:20181205150117

正直、病人医者の激務に甘えすぎだと思う

保護者教員の激務に甘えすぎだと思うし

2018-12-02

グッバイ・KOSEN(高専ディストピア

Fラン高専さよなら

短かったけど、楽しかったよ

高専教員は尖った人では難しい

もっとしかったなら、もっと鈍感だったなら

このディストピアに居続けることができたはずなのに

2018-12-01

私の「#先生死ぬかも」

twitterで「#先生死ぬかも」というタグ流行っているので以前、私の勤務していた地方私立高校のことを書こう

20年くらい前なのだ就職して寮に入るように言われた、寮とは職員の寮ではなく生徒の寮である

その高校での教員の一日はまず、寮で6:30にワンフロア15人位の点呼を取る、その生徒たちと一緒に草刈り掃除をする

7:30に生徒と同じ食堂給食を摂り、校舎に向かう(寮は校舎の隣りにある)、授業をして、部活をする、これは他の学校と同じだ、ただ高校なのだが生徒と一緒の食堂給食を摂らねばならない

その後18:00に3度めの給食食堂で摂り、その後はだいたい学校に戻り仕事をするのだが、週に1,2度19:00から寮の生徒と何らかの行事会議(寮にも学校と同じように委員会がある)をやる

そして場合によってはその後校舎に戻り仕事をする 

最後に9:30ころ最終点呼を取り10:00に消灯させる

このような生活なので学校の外に出ることがほとんどなかった。行くのはコンビニだけであるしかし、夜にまちがってコンビニで生徒と会おうものなら最悪で夜間に無断外出ということでその処理が始まり収集がつかなくなる

もちろん男子高校生が夜の10時ころ近所のコンビニにいきトラブルになることなほとんどないのだが、みつけたらそうなるので、近所のコンビニには行かないようにしていた。近くにパチンコ屋とゲームセンターがあってそこに生徒がいると通報が入り、夜、見回りの仕事が増えたこともあった

部活動は希望が通ればいいのだがだいたい通らず、運動部になったので日曜は練習試合である、(ちなみに私学なので土曜日は授業があった)

よかったのは平日に授業がない日がありその日は学校に行かなくてもよいというルールが有り、少なくとも午前中(午後は残務処理や部活のためだいたい学校に行った)は寮の部屋で寝ていてもよかった、この半日があったから死ななかったのかもしれない

このようなシステムでは本当に死ぬと思い担任になる前に15年ほど前、勤続3年でその学校をやめてしまった(最もその年で寮は出ることになっていたのだが、結婚したら夫婦でまた数年間入らなければいけないという法律無視した内規があった)

流石に現在はこのような運営はしていないはずだが、ここ数年で現役の教員が3人死んでしまったと学校の関連サイトに載っていた

直接の原因はわからないのだろうが、まちがいなく法律無視した学校システムが関与したのだろう

私立学校は給特法の対象でないことを最近知ったので3年間分の残業請求をしたいところだが15年もたっているので無理のようだ

2018-11-30

修学旅行中の高校副校長泥酔し女湯に侵入

https://www.sanspo.com/geino/news/20181130/tro18113016270007-n1.html

 同校によると、副校長泥酔して記憶が全くない。女湯をのぞこうとは思っていない」と話している。辞表を提出し、学校側は処分検討している。

 副校長は11月23日午後6時ごろから京都市左京区旅館食事中、同僚の教員らとビールを飲んだ後、ハーフボトルワイン2本と日本酒の4合瓶の大半を1人で飲んだ。仮眠後の同9時45分ごろ、泥酔したまま旅館の女湯に侵入し、洗い場で放尿。当時、脱衣所で部屋着姿の女子生徒3人が片付けをしていた。

 シャレになってませんな。お酒ってこわい。

2018-11-28

anond:20181128120256

学生運動以降の管理教育推進が進んだ結果

事務本体教員は雇われてるだけになって

事務員が学生教育しようなんてそりゃ思うわけないんだからどうしようもないな

2018-11-27

大学食堂限定定食を頼んだ女の子が居たんだけど

食堂の方が「ごめんね。定食売り切れやけど、どうする?」って言った。

当然のように「あー、じゃあ返金お願いします。」って堂々と要求してて引いた。

食堂の方は「はーい、ごめんねー、またお願いねー。」ってニコニコしてたけど

見てていたたまれなくなった。

多分だけどその子教育学部の人。

教育学部心理学科と教育学科があるからどちらか分からないけど

教育学科だったら教員になるんだよね…

たった450円で返金欲求する卑しい人を間近で見てびっくりした。

返金なんてご飯に異物が入ってたとか、食中毒起こしたとか、

失礼なことされた時しかしないでしょ。

鬱積した気持ちがある日突然晴れた話

嬉しすぎて酒を飲んで、支離滅裂文章となっているため、真意が伝わるかは不明だが、今思っていることを書き留める。

去年の今頃だろうか、環境に対する不満や人間関係自分の周りの環境の変化などが相まって、気分が塞ぎ込んだ。

まさか自分鬱病になるなんてない、と思っていたが、どうやらその症状は、かねてから聞いていた鬱病という症状に近いような気がした。

そんなこんなで心療内科複数回通院し、カウンセリングを受けたところ、案の定鬱病に近い症状が出ていることが発覚した。

医師は直接鬱病という診断は起こさなかったものの、医師に「私は鬱病なのではないか」と問いかけをしたところ、「正直、それに近い症状は出ている」と言われた。

そこから学校を休んで、今年の4月に、とりあえず学校に行く気持ちになったので、年度初めに大学院には復帰した。

しかしどうもやる気が出ない。

昔取り組んでいた研究テーマについても、まったくもって継続して取り組もうという気持ちがもてず、丁度修士論文執筆しなければならない年であったこともあり、研究テーマを変える決断をした。

そんなわけで研究テーマを変えて、指導教官も変えて、心機一転やってやるぞ、という気持ちを抱いていたのだが、どうも進まなかった。

そのまま修士論文執筆時期を迎え、流石にそろそろ進捗やべえなあと思いながらも、依然としてやる気が出ない。自分が休んでいる間に成果を出していた同期が自分より上のステージに進んでいたし、周りも成果が出始めている時期だった。

かくいう自分は休んでいる間に進捗が生まれるわけでもなく、成果も生まれていない。

指導教官からは、「気にせず、一からやっていこう」と優しい助言をもらったが、自分の中では同じスタートラインに立っていた仲間がすでに別のステージに居ることが耐えきれず、「自分だってそうなれたかもしれない」という思いを抱いていると、どうも何かに取り組むという気持ちを抱くことが出来なかった。

そんなこんなで、表向きには復帰をしたものの、鬱々とした気持ちを抱いたまま過ごしていたのだが、今日ある日、ひょんな契機をきっかけにやる気が湧いた。

それが直接的に何だったのかを言及することは控えるが、その姿を見て、自分もやってやろうと思えるようになった。

そのとき、何が悪かった、何が自分の心に影響していたのかということも、若干ながら気づくことが出来た気がする。

具体的には「同じトピックについて議論できる仲間が(教員を含め)存在すること」が欠けていた。

それは自分説明能力の低さだったり、キャンパス研究室の環境といったところにも由来するかもしれないが、自分の中で、自分のことを理解してくれる人などいないという思いが鬱積して、たまりにたまりこんでしまった結果だったのかもしれない。

そういう意味では研究室を変えたことや、研究室を変えても人とのつながりを維持していたことはプラスに働いたのかもしれない。

とかく、この経験から私が言えることは

の2つは大事ことなのかなと。

2018-11-25

では、運輸業過労死が最多なのをみんな知っていますか?

教員残業代がつかないことを保護者は知らないだって

それはあなたの子どもが学校に通うから、そう思うのですよね。

あなた身の回りのあらゆるモノは運輸業者が運んでくるのですが、過労死を大げさには言わないですよね。

それはあなたが直接関わらないことに対してはどうでも良いと思っているから。

子どもを持っていない運輸業の人も、教員残業代ことなんかどうでも良いと思っていますよ。

公立教師給与は見合ってない

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/byline/ryouchida/20181125-00105367/

で「教員給与保護者の平均給与の約2倍」と言われていた上に結構スターを貰っていて驚いたので書いている。

父が公立小学校教師をしていた。今は定年退職済みであるが、最後副校長教頭)にまでなった。

その際に自分一人暮らしをすることになり保証人として年収記載してもらったのだが、ワープア自分からしたら結構な額をもらっていた。

けれど父の労働時間などを考えるとあまり多いとは言えない額だ。

平日は勤務先が然程遠いわけではないのに夜10時に過ぎに帰ってくることが普通で、家族食卓を囲むことは滅多になかった。

土日も日直だったり地域スポーツクラブ指導に行ったりしていてほぼ家にいなかった。

たまに家にいると昼まで寝てゴロゴロとしていたけれど、それも仕方がないものであるし、父が家にいるだけで外出しなくとも嬉しかった。

近年職場男性が「子供卒業式入学式から」とおやすみをもらう機会に何度か遭遇している。

時代は変わったな、と思う反面、我が家では絶対に無理なことでもある。

まりは「普通保護者給与よりも高いかもしれないが同じ時間だけ働いた人と比較すると貰っていない方である」という結論である

公立教師給与は見合ってない

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/byline/ryouchida/20181125-00105367/

で「教員給与保護者の平均給与の約2倍」と言われていた上に結構スターを貰っていて驚いたので書いている。

父が公立小学校教師をしていた。今は定年退職済みであるが、最後副校長教頭)にまでなった。

その際に自分一人暮らしをすることになり保証人として年収記載してもらったのだが、ワープア自分からしたら結構な額をもらっていた。

けれど父の労働時間などを考えるとあまり多いとは言えない額だ。

平日は勤務先が然程遠いわけではないのに夜10時に過ぎに帰ってくることが普通で、家族食卓を囲むことは滅多になかった。

土日も日直だったり地域スポーツクラブ指導に行ったりしていてほぼ家にいなかった。

たまに家にいると昼まで寝てゴロゴロとしていたけれど、それも仕方がないものであるし、父が家にいるだけで外出しなくとも嬉しかった。

近年職場男性が「子供卒業式入学式から」とおやすみをもらう機会に何度か遭遇している。

時代は変わったな、と思う反面、我が家では絶対に無理なことでもある。

まりは「普通保護者給与よりも高いかもしれないが同じ時間だけ働いた人と比較すると貰っていない方である」という結論である

anond:20181125113905

大体な。

それは先生にもよるというのは有る。

くだらん制約とか、わからない子供をどやしつけるような教師のもとでは普通のこどもでも一部こぼれ落ちる。こぼれ落ちかけたところでどう復旧させるか。その一つが留年

最終手段だとは思うが、でも選択肢の一つとしては存在させないとならない。あまりにクソなことをしてる教員フィルターにもなろう。

anond:20181125114814

あのさ、誰だって躓くもんなんだが、起き上がり方を教えてやれば立ち直ることも有る。特に数学なんか計算過程を見れば、何に躓いてるかわかる。

その責任すら取らないのが小学校教員子供をどやしつけて自分仕事を増やさない。

わからん子供質問に行ったらどやしつける教師ってそれだけで首にするべきだと思うな。お前の仕事はなんだよ?

ま、雑用が多くて子供勉強が見れないのは仕方ないし、予算問題だとは思うが、きちんとフェーズフェーズで教え込む責任のあるやつが教え込まないとならない。

anond:20181125112248

いじめからの逃げ方も処世術の一つだし、その前に教員がきちんと監視するものでしょう。

弱いやつに漬け込もうとするのは世の中の常。

全部は網羅できないにしても、見つけたいじめについては両方指導しないとならない。

あと、留年してきたやつのほうが体力強いのだから一方的弱者とはいえんがね。

2018-11-24

劇団た組。第17回目公演『貴方なら生き残れるわ』を観た

高校教員をしてる。管理職でない限り、全員が何かしらの部活動を受け持たないといけない。私は男子バレーボール部だ。

バレーボールは体育の授業くらいでしか触ったことがない。指導は、別に専門の先生がしてくださってる。だから私は見てるだけ。

でも、楽しい

弱小だけど、みんな一生懸命で、中には練習サボる子もいるけど、みんなバレーが大好きで……。

6時半に練習が終わっても、そのまま体育館に残ってボールを触っているから、私はそれをぼんやり眺めて、7時半になったら、まだ物足りなさそうな部員たちを追い出して、体育館を施錠するのが日課になっている。

自分のよく知らないものでも、誰かが夢中になって頑張っているところを見るのはとても楽しい

と同時に、不思議でもある。

どうしてこんなに一生懸命になれるんだろう。

どうしてこんなに、こんなに…。


11月24日(土)

劇団た組。第17回目公演 『貴方なら生き残れるわ』

作・演出加藤拓也/音楽演奏谷川正憲(UNCHAIN

を観た。

好きな俳優さんのTwitterから、この公演のことを知って、劇団HPであらすじを読んだ瞬間、絶対に観に行こうと決めた。

――――――――――――

<あらすじ>

松坂は母校の体育館にやってきます

そのコートで、失った熱量を懐かしんでいると先生に会ってしまます

先生は言います。元気か。

松坂は言います。まあまあです。

そして松坂シュートを打ってみなと促されます

促された松坂シュートを打ちます。打って、それから、謝ります

バスケット辞めてごめんなさい。

松坂バスケットを何も言わずに辞めたのです。

誰も知らないまま、辞めたのです。

ただ、バスケットを辞めたのです。

たかだかバスケットを辞めたのです。

――――――――――――

何がそこまで私を惹き付けたのかわからない。

でも、心臓素手で鷲掴みにされたような衝撃があった。

から、観に行った。

客席に入って、まず目に入ったのは中央バスケットゴール。そして床に描かれたバスケットコートライン

フラット舞台の両脇には階段があって、まるで体育館ギャラリーみたいだな、と思った。

下手側の階段の踊り場にはギターを抱えた人がいた。「間もなく開演です」のアナウンスのバックで、静かにギターを弾き始める。音が重なって、重なって、そして静かに反響しながら消えた瞬間。

松坂が母校の体育館にやって来た。

自分の呼吸が邪魔に思えるほどの静寂と緊張感。

そしてそれを少しずつ切り裂くように、そこにある、松坂の肉体。

先生がやって来て、松坂シュートを打つように促される。高校時代が蘇る。

部活前の男子部員空気が、本当にリアルで驚いた。シューズの紐を結びながら、他愛ない話をするあの感じが、私が普段目の当たりにしているものと同じ温度でそこにあった。

物語が進むに連れて、少しずついろいろなことがわかってくる。

ずば抜けて上手いのはキャプテンの吉住だけ。彼は素行が悪くてバスケが強い学校には行けなかったから、この学校で一からバスケ部を作った。ちょっとやんちゃで、先生に口答えすることもあるけど、それは結局のところ本人が甘えたなんだと思う。

他の部員高校からバスケを始めたか、少しかじった程度。

主人公松坂は、もともと野球部だったが、部員と折り合いが悪くて部活を辞めた。バスケ部に入ったのは、クラスメイトに「楽だし、初心者でも大丈夫」と言われたから。

部員個性が見えてくるに従って、私は自分部活の生徒の顔が重なるような気がしてならなかった。一人一人は全然違うのに、「ああ、いるよな」「ああ、あるよな」が積み重なって、まるで自分の話のように思えてくる。

中でも胸に来たのは、顧問の沖先生が授業準備が忙しくて部活に来れなくなるシーンだ。代わりに来た外部コーチに、吉住は激しく反発する。

「俺らのバスケ知らないやつに練習メニュー指図されたくねえ!」「お前、顧問じゃねえのかよ!何で来ねえんだよ!授業が増えたとか知るかよ!部活時間部活に来いよ!俺の言うこと聞けば勝てるって言ったよな?じゃあ命令しに来いよ!」

私も、授業準備や他の生徒の対応部活になかなか行けない日がある。やっと体育館に行くと、もう終了の挨拶…なんてことも、何度もある。

生徒は部活に休まず来てるのに、顧問部活に来ない…なんて、不満に思っても仕方ないよな、と思うけど、授業準備も部活動指導も、教員にとっては両方とも「仕事」だ。私自身はかなり部活が好きな方で、沖先生もかなり部活が好きな方で、でも部活よりも優先しなきゃいけないことがある状況は、すごくよくわかる。

でも、それは部員には「わかってくれ」と言ってもわかるもんじゃないよな、というのも、すごくよくわかる。

コーチが来て、彼らの練習風景はがらりと変わる。活気が出る。それまでだらだら惰性でやっていた練習が、意味付けされて、みんなが「勝つために」練習をやり始める。

新入生が入ってきて、二年生になった松坂たちは少しずつ「自分武器」を身につけていて、チームは確実に強くなったことが肌で感じられる。

そして迎えたIH予選。

負けたら、三年生の吉住と當座は引退だ。

IH予選1回戦は、勝った。でも、ミスが多くて先生に叱られる。

そして當座が、「辞める」と言い出す。

大学受験マジでヤバいからバスケ大学推薦がもらえる吉住と違って、俺はバスケ頑張っても何にもならないから、勉強しないとマジでヤバいから

當座は序盤から勉強部活の両立に悩んでいるような描写が繰り返されていた。だからいつかはこうなる予感があった。でも、それは今なのか。三年生の、IH予選で、1回戦は弱い相手ギリギリ勝って、2回戦は相手も強いからこうはいかないかもしれないけど、でもとにかく負けたらそれで引退の、三年生の、今なのか。

そんな當座に、吉住は噛みつく。「何でだよ!」と詰め寄る。

そして溢れる當座の本音。「俺がいなくても、俺より上手い後輩がいるか大丈夫だよ。俺が試合に出るよりも、後輩が出た方がいいよ」

「下手でもお前出ろ!俺のパス受けろ!」吉住の激昂。二人きりの三年生。吉住と當座と、顧問の沖先生の三人だけでやって来た一年間。少しずつ後輩も育って、やっと勝てるようになった三年生の、IH予選。

でも、頑張ってどうなるんだろう。将来どうするんだろう。部活を頑張った、その先は?

私も、自分高校時代勉強理由部活を辞めようとしていた同級生必死で引き留めたことがある。結局、彼女は三年生の夏まで部活を続け、一緒に引退したけれど、今でもあのときの私は正しかったのかとたまに思い出す。もしかしたら、あそこで私が引き留めずに彼女部活を辞めて勉強だけに打ち込んでいたとしたら、彼女もっと上の大学に行けたかもしれないと、考える。まあ、最終的に決断したのは彼女自身なのだから、そこに私がとやかく言うことに何の意味もないのだけれど、私は最後まで彼女部活ができて、とても楽しかったのだけれど……。

教員になってからも、勉強と両立できないか部活を辞めようかと悩んでいるという相談を受けたことは何度もある。そのたびに、私は止めてきた。それが正しいかはわからないけど。

今でも、必死練習する部員たちを見ながら考えることがある。バレーを頑張ったからといって、進路の保証があるわけでもない。この時間を、補習やアルバイトに費やす方が有意義な生徒もいるかもしれない。でも、この経験はきっと、いつかどこかで、何かの役に立つんじゃないか…。

「これが将来にどう活きていくか」なんて、考え出したらキリがない。とくに教員仕事なんて、どんな指導をしたとしても、本当にそれが生徒にとって良かったかわかるのは、5年後が10年後か、何年先になるかわからないし、もしかしたら一生わからないままかもしれない。

それでも、今一番良いと思えることをやるしかない。

IH予選2回戦。

格上の相手に、チームは苦戦する。でも、全く勝てない相手ではない。今、自分たちにできる、最高のプレーを。

残り時間あと6分。点差はわずか。負けたら、ここで終了。勝ったら、もう少しだけバスケができる。

私はここでも、自分部活を彼らに重ねていた。

今年のIH予選。地区大会は勝ち抜いたけど、県大会は1回戦から格上の学校相手で、良いプレーはしたけど、負けてしまった。

バレーボール制限時間はない。先に25点取った方が勝ちだ。じわじわと、相手の点数が25点に近づいていく。

「ああ、このまま、このまま終わってしまうのか。もっと見ていたかった……もっと見ていたい……いや、まだ終わってない、希望はある……うちがここから○点取れば…………」

そんなことを考えながら祈るように試合を見ていたことを思い出した。

そのときの、バレーコートの中の選手気持ちはわからない。でも、今、目の前の、バスケットコートの中の選手気持ちは、客席まで伝わってくる。きっと、同じだ。彼らも、彼らも。そう思うと涙が出た。


舞台上の試合のシーンでは、本当にバスケ試合が行われていた。

もちろん、ある程度の段取りはあるだろうが、シュートが決まるかは打ってみないとわからないところは、試合と同じだ。シュートが決まればこう、外れたらこう、みたいなパターンはあるのだろうが、それも、試合と同じだ。

何のスポーツでもチームで行う競技すべてに言えることだろうが、上手いチームは「いるべき時に、いるべきところに、いるべき人が、いる」と感じる。

それは、演劇も同じだと思う。


舞台は、何が起こるかわからないライブ感が魅力だ。

でも、人生は何が起こるかわからいから、こわい。

何をやるのが良くて、自分は何がやりたくて、それがどう自分のこの先に繋がっていくかは誰にもわからない。

何かをやるにしても、何かをやめるにしても、自分が「良かった」と言えなきゃいけない。

いろいろなものが重なって、なんだかもうわけがからなくなって、最後の方はほとんど泣いていた。

泣きすぎて拍手ができなくて、それだけが心残りなくらい、泣いていた。

かに感想を伝えたいけど、あいにく私は友達が少ない。

からいつも感想Twitterで呟いたりするのだけれど、今回はあまりにも自分プライベート事象リンクしすぎてしまたから、匿名ブログに託すことにする。

観に行って良かった。

ありがとうございました。お疲れ様でした。

2018-11-23

anond:20181123165444

教師だけど、自分踏み台にして乗り越えてくれと思ってる

中高生ぐらいだと盲目的に教員を信じる奴がまだいるけど

自分物事を考えるようにならないと将来的に成功しないしね

から教師を信じるな」って言ってた

個別学習は塾にでも任せればいいと思うよ

時間的成約がある以上ボリュームゾーンに合わせるのは仕方ない

公立学校だとそれすらしない教員もいるけど

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