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はてなキーワード: 心理的とは

2017-06-28

転職活動をしている

いま転職活動をしているのだけど、活動している中で良い会社もあれば、ひどい会社もあるので、一旦整理したくて書いてみた。

業種・業界によっても変わるだろうけど、書いた人はIT業界で勤務する非エンジニア職です。

ちなみに人事ではないので、人事がこれらを意図的にしているのかどうかは分からんです。

ひどかった会社

応募者からすると「えっ?」となるし、この時点でやる気がなくなる。

応募してから早くても1日、普通は数日あるのに「なんで見てないの?何する時間だと思ってんの?」という気持ちになるし、会社レベル担当者レベルも自ずと分かってしまうし、何より応募者に対して失礼極まりない行為だと思うのでやめて欲しい。

ベンチャーとか少数精鋭の会社で、仕切りを立てた会議室会議スペースがないのなら仕方が無いし、社内の雰囲気も分かるので逆に良い点もあるとは思う。

ただし会議室があるのに「場所がないので、オープンスペースでお願いします」とか採用を何だと思ってるんだろうという気持ちしかない。

オープンスペース転職目的過去に勤めた会社など、それらを喋らせるのってちょっと無いなと思ってしまう。

こちらが聞こえる=こちらの話す内容は相手にも聞こえている、ということになる。

仕切りがあっても壁が薄いせいなのか、天井付近に仕切りのない空間があるからなのか、いずれにしても商談内容が聞こえるのもマズイだろうし、応募者にとっても良い気持ちではないことはたしか

転職活動をしている中で「面談正式に応募する前のお互いのフィット感や職務事業確認、応募者がOKであれば正式に応募して選考を進める」という認識でいたし、実際に「まずは面談を〜」と提案された場合はそのような流れだった。

ステップ数は増えるけど、お互いにざっくばらんに話ができて、面接での会話のネタにもなるし、会社の印象も分かるのでとても良いと思ってる。

  • 検討していないことが透けて見える

面接が終わって1時間も経たずに「社内で慎重に検討した結果…」とか応募メールを送って数分で「慎重に協議をした結果…」ということをやっている会社もあった。

特に後者求人媒体で深夜にWEBから応募したのだけど、その時間帯で数分に慎重に協議できる環境って何なんだよと恐ろしくなった。

きっと媒体側で学歴経験社数などでフィルタリングして除外しているだけなんだろうけど、応募者にとっては印象悪くなるだけなのでやめた方が良いと思う。

求人媒体から応募する際、返信がお祈りテンプレート(本当に文面が一緒だった)だと応募者に悪い印象しか与えませんのでやめましょう。

良かった会社
  • 面談面接前にある程度応募者の経歴や職歴を見ている

面接時に「簡単に経歴をお話ください」というのはもちろんあるけど、経歴を説明する前に「〜をしていたんですね、どうでしたか?」とか一言あると、応募者に対してちゃんと経歴見てるんだなという印象を与えるので、これはオススメです。

応募者側も気分が良くなるので、話が弾む展開になりやすい。

密室であるが故の心理的安心感は大きいし、声が漏れない密室からこそ聞いてみたいことや質問をし易くなるので、会議室など用意が出来る場合は用意した方がいい。

面談に進む=その後に応募すればほぼほぼ面接へ進む、という状況ではあると思うけれど、面談はざっくばらんに色々な話ができる場でもあるので、あまり堅くなりすぎない雰囲気相互理解を進めて、面接でもう少し踏み込んだ話をするための土台作りができた方が良い。

実際のところあんまりないけど、結果連絡にテンプレートを使わないだけでも、ずいぶん印象が変わる。

テンプレートを使わないといっても、単純にNG理由をやんわりと書くだけでも応募者側にとっては傷は浅くなる。

ただしダイレクトに書きすぎると、逆に印象が悪くなってしまうので注意が必要

実際にNGだった理由企業側の勝手思い込みであったり、事実と違っている場合もあった。(特に訂正しなかったけど)

ちょっと気遣いで印象がガラッと変わるし、IT業界なんて広いようで狭い世界なので、オフライン口コミ面接の評判も人知れず伝わってしまう。

落とした候補者転職希望先の面接相手になることもあるだろうし、面接担当するのは人事だけではないので気をつけていきたいものですね。

整理しようとしたきっかけは、先日とある企業の"面談"を受けたところ、面談の翌日に"面接結果のご連絡"という体でお祈りメールが来た。

最初から面接とも聞いてなかったし、そもそも面接一般社員仕事している席のすぐ近くでやるのかという点もあるし、(選考進める意思ゼロだけど)なんだかなぁという気持ちになったので書いた次第です。

2017-06-27

夫が息子を叩く

6歳の息子が「パパに叩かれるのがいや」と涙ぐみながら訴えてきました。

私が見ていないときに、言うことを聞かなかったりして何度か叩かれたそうです。

夫は普段は子煩悩でおとなしいけれど、プライドが高く
ちょっとしたきっかけでかっとなりやすタイプ。

息子はしばらく前から幼稚園友達の影響で言動生意気になってきました。
感情コントロールが苦手で興奮しやすかったり、相手の反応おかまいなしに
不快言動を繰り返すことがあります。
ちなみに3歳の時にアスペルガーと診断済み。

私もそんな息子に手を焼いていらいらしてしまうことが少なくないし、
思い切り叩きたい衝動かられたことも何度もあります。
だから夫の気持ちが全く理解できないわけではありません。

だけど、そこは踏みとどまってきました。
幼い頃2年間療育にまで通わせて、少しずつ積み上げてきたもの台無しに
なってしまう気がしたからです。

息子は叩かれたことに傷つき、悔しさと夫への不信感でいっぱいになっていました。
「大人子供に「お友達を叩いてはだめ」というのにどうしてパパは叩くのか」
と言うのです。
叱られた内容はさておき、大人理不尽さがどうしても許せないようでした。

そこで私は息子に、

 ・パパは○○(息子)にわかってほしいという強い気持ちがあったんだと思うよ。
  それを上手に表せなくてつい叩いてしまったんじゃないかな。
 ・だけど、大人からって叩くのはよくないよね。それはパパに伝えておくよ。

と伝えました。そして夫に

 ・叩くことがしつけだと考えているのなら効果があるどころか
  逆効果になっているから今すぐにやめてほしい。
 ・叩いたことは、感情的暴力に過ぎないと自覚してほしい。

とメールしました。口頭だと口下手な私では考えが整理できないし、
お互いに感情的になってけんかになってしまうからです。

夫からは「今後気をつける」とだけ返信がありました。

息子は物事をあまり引きずるタイプではないので、すぐにいつも通り
明るく元気になり、夫とも良い関係に戻ったように見えました。
それが半月ほど前。


ところが、一昨日、夫はまた息子を叩いてしまったようです。
それも私が見ていないところでだったので、息子の訴えで知りました。

夫は息子を叩く心理的ハードルがすっかり下がってしまっているように感じます。
毎回私の見ていないところで手をあげるということは、多少の罪悪感が
あるんだろうか…。

夫に「とにかく叩くことはしつけにはならないからやめてほしい」と言うと
「わかったから!!」と大声でどなり、その後は一切会話できなくなりました。
メールにも返信がありません。

叩くといっても、身体にあとが残るほど強く叩いているわけではないし、
昔なら「しつけ」で済んだ話。おおごとにする必要はないのかもしれません。
だけど子供が叩かれる姿も、夫が叩いている姿も、想像するだけで胸が痛くなるし
こんなことが続くのは耐えられないです。

けれど、夫のプライドを傷つけず、息子がこれ以上叩かれずに済む方法が
見つかりません。


※これまでの経緯と自分の考えを整理したくて初めてここに書いています

2017-06-25

なぜくつ下は縮むのか

知る限り全てのくつ下は乾燥機に入れると縮む。

縮んだところで伸びて履けるので問題はないが、心理的に良くない。

乾燥機の普及していない日本からだめなのかと、アメリカブランドlow heat in dryerと書いてあるものを買ったがこれも縮んでしまった。

大きいサイズを買って縮むことを前提にするしかないのか?くつ下の素材なんて知らないが化繊だからだめなのか?

2000円までのくるぶし丈ではない頑丈でシンプルな、かつできれば機能性の高い乾燥機(強)で縮まないくつ下を求めているのだが、店員製品タグ乾燥機は使えない一点張り

何が何でも乾燥機を使うことは譲れないのでくつ下メーカー企業努力をしてほしい。

そして同じ悩みを持っていたがこのくつ下なら、というメーカー出会った人がもしいればぜひ教えて欲しい。

そしていつか同じ悩みを持つ同士のために、各メーカーのくつ下を乾燥機に入れて何%縮んだかを記録するブログを作りたい。

2017-06-23

日本ミステリ略史

日本ミステリ史をまとめようとしている人を見たので自分でもやってみようと思った。

箇条書きでも大体分かるだろう。あと本格中心なのは許してくれ。

探偵小説輸入の開始

http://fuboku.o.oo7.jp/e_text/nihonbungakukouza_19270530.html

神田孝平訳「楊牙児奇獄」1877

黒岩涙香翻案『法庭の美人』1888

須藤南翠『殺人犯』1888(『無惨』に先立つ創作) "まづ未成品で、単に先駆的なものしか見られない"(柳田泉


黒岩涙香『無惨』1889 "日本探偵小説嚆矢とは此無惨を云うなり"

・"日本最初創作探偵小説" (乱歩)

・「探偵叢話」連載開始(都新聞) 1893 ……探偵実話の流行

ドイル「唇の曲がった男」翻訳 1894

映画「ジゴマ」公開 1911


雑誌新青年』創刊 1920 "第一の山"(乱歩

・当初は翻訳を重視

横溝正史(1921)、水谷準(1922)、甲賀三郎(1924)、小酒井不木(1925)、大下宇陀児(1925)、夢野久作(1926)など登場

乱歩二銭銅貨」1923 "これが日本人創作だろうか。日本にもこんな作家がいるであろうか"(森下雨村

http://www.aozora.gr.jp/cards/001826/files/57173_58183.html


戦前探偵小説最盛期 "第二の山"(乱歩)"第一の波"(笠井

浜尾四郎殺人鬼』 1931

大阪圭吉デビュー 1932

・『ぷろふいる』創刊 1933

木々高太郎デビュー 1934

小栗虫太郎黒死館殺人事件』1934

夢野久作ドグラ・マグラ』 1935

・蒼井雄『船富家の惨劇』 1935

横溝正史真珠郎』1936

久生十蘭魔都』1937

◇「本格探偵小説

http://d.hatena.ne.jp/mystery_YM/20081205/1228485253

甲賀三郎「印象に残る作家作品」1925 が初出 http://kohga-world.com/insyouninokorusakukasakuhin.htm

小酒井不木当選作所管」1926 (「本格」「変格」使用

・当時の「探偵小説」という語の広さ……「本来の」探偵小説detective storyとそれ以外を区別

・"理知的作品"と"恐怖的作品"、"健全派"と"不健全派" 1926(平林初之輔

探偵小説芸術論争 1934-36(甲賀木々

・本格・変格論争 1931(甲賀、大下)


戦時下の中断

乱歩 少年探偵団(二十面相)シリーズ中断 1938

乱歩芋虫発禁 1939

・"探偵小説全滅ス"(乱歩) 1941


戦後ミステリ復興 "第三の山"(乱歩)"第二の波"(笠井

・横溝『本陣殺人事件』1946

・横溝『蝶々殺人事件』1947

・横溝『獄門島』1948

安吾不連続殺人事件』1948

高木刺青殺人事件』1948

雑誌宝石』創刊 1946

・『宝石第一公募 1946(香山滋飛鳥高山田風太郎島田一男

大坪砂男天狗」 1948

・『宝石』第四回公募 1949(鮎川哲也土屋隆夫日影丈吉

中井英夫虚無への供物』1964(構想1955-)

◇「探偵小説」→「推理小説

当用漢字表制定 1946.11

日本探偵作家クラブ設立 1947

講談社「書下し探偵小説全集」1955-1956

・清張『点と線』1958 (表紙に「推理小説https://www.amazon.co.jp/dp/B000JAVVEU

講談社「書下ろし長編推理小説シリーズ」1959-1960?

日本推理作家協会成立 1963

参考…

甲賀三郎『音と幻想』1942 http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007753808-00

雄鶏社推理小説叢書」1946.7-

安吾推理小説について」1947

安吾探偵小説を截る」1948

安吾探偵小説とは」1948

安吾推理小説論」1950


松本清張点と線』1958

・「社会派推理小説」、清張ブーム

心理的要素・動機の重視、小説としての充実重視

・"探偵小説を「お化屋敷」の掛小屋からリアリズムの外に出したかった"(清張)

◇「本格冬の時代」?

・謎解きの興味の強い作品は絶えていない……『本格ミステリ・フラッシュバック

・清張は謎解きを排斥していない。「新本格推理小説全集」1963 "ネオ・本格"

・「現実離れ」の作品が世に出にくかった……らしい https://togetter.com/li/300116

風俗を描いただけの謎解きの要素の薄い作品が氾濫していた……らしい?

"社会派ということで、風俗小説推理小説かわからないようなものが多い。推理小説的な意味で言えば水増しだよ"(清張)

複数対立軸? http://d.hatena.ne.jp/noririn414/20070314

リアリズム――非リアリズム

・「おじさん」――「稚気」

・都会・洗練――土着

海外ミステリ――国内ミステリ

サブジャンル・隣接ジャンル

歴史ミステリハードボイルドエスピオナージュ、「冒険小説」、伝奇小説SF、……

・ここ掘ると全体が何倍かに膨れ上がるから触らないよ


◆「新本格」以前の非・サラリーマンリアリズム系譜 "2.5波"(笠井

桃源社「大ロマンの復活」1968- (国枝史郎小栗虫太郎海野十三久生十蘭香山滋……etc

・『八つ墓村』(漫画)1968-

中井英夫虚無への供物文庫入り 1974

・『犬神家の一族』(角川映画)1976

雑誌幻影城』1975-1979(泡坂妻夫連城三紀彦栗本薫竹本健治……etc)"探偵小説復権"

笠井潔バイバイエンジェル』1979

島田荘司占星術殺人事件』1981

江戸川乱歩賞青春ミステリ……小峰元アルキメデスは手を汚さない』1973、梶龍雄『透明な季節』1977、栗本薫ぼくらの時代』1978、小森健太郎『ローウェル城の密室』(最終候補)1982、東野圭吾放課後』1985


◆「新本格ミステリ」 "第三の波"(笠井

綾辻行人十角館の殺人』1987.9

・「新本格」の公称は『水車館の殺人から……講談社文三によるブランディングの側面

◇「新本格」に顕著な要素(佳多山大地)……

・〈青春ミステリであること

・本格推理形式の先鋭化・前衛化が著しいこと

古典的天才探偵復権

大学ミス研のコネクションを軸とした作家の発掘

講談社――島田荘司――宇山日出臣――京大など

東京創元社――鮎川哲也――戸川安宣――早稲田立教など

公募による「新本格作家の発掘

鮎川哲也と13の謎 13番目の椅子 1989

鮎川哲也賞 1990-

・『競作 五十円玉二十枚の謎』1993

・『本格推理』1993-2008

・創元推理短篇賞 1994-

メフィスト賞 1996-(『姑獲鳥の夏』1994)

2017-06-21

https://anond.hatelabo.jp/20170620235535

僕も高校時代言葉流行ったのもあるけどKYってめちゃくちゃ言われて増田さんのような状態だったからすごく気持ちわかるよ

でも大学に行ったらあんまりそんなこと言われなくなって目から鱗だったことある

僕が言うには、増田さん自身本質は何も変わることはない。文章から真面目さがにじみ出ててきっといい人なんだろうなと思ったよ。増田さんがフラッシュバックを起こさないためには、もちろんお医者さんを頼りにしつつ、思うまま発言しても大丈夫だった成功体験の母数の数増しが大事なんじゃないかなと思う。注意される数は1回でも、10回の発言のうち1回と、10000回の発言のうちの1回じゃ、重みやインパクト違ってくるからさ。

生存バイアスになってしまうけれど、参考までに自分のしたこと

環境を変えた(田舎高校→都会の大学

職場コミュ力が高い年上の女性ばかりで、KYでも別に怒られることがなかったので心理的安全性の中で仕事できた

お酒が好きだったので飲み会によく顔を出した。注意されたとしてもお酒の場だし…とかみんな覚えてないし…とか免罪符が多く気にしなくなった あと夜の世界の人は僕みたいなKYの人をたしなめるのがめちゃくちゃうまい

自分集団での立ち位置の設定ミスがあった(昔はバンバン回す司会者みたいな人になりたかった)ので訂正した。もうKY部分は治らないのでいじられるようにシフトチェンジした。何かしらKYだと注意されてもえへへへとふざけられるようになった。

こんなことをしていたら、以前だったらマジのトーンの注意ばかりで夜中布団の中で思い出しては奇声をあげるレベルだったのが、ま、しょうがいかと流せるようになった。あと以前だったら注意されてたレベル発言が許されるようになり、「あ、自分大丈夫じゃん」と思えるようになってきた

例に挙げてくれた女性lineの件だけど、もし自分がいつも一緒にいるような人たちのグループライン増田さんみたいな返しがあっても「真面目か!」とかレスがついてゲラゲラ笑って終わってたと思うけどなあ。あとそういう自虐発言した女性もたしなめられてたと思う(返事しづらいこと言うなよ〜とか)

僕はとにかく高校時代生きづらかったので、なんとか生きやす方法模索してここまできた。ハタからみたらヘラヘラして情けない大人に映るかもしれないけど、高校の頃のあの常に人の顔色を伺って、自分発言が正解か不正解かビクビクしていたころよりかははるかに生きやすいよ。

増田さんが心理的安心した毎日を送れるよう願っています

生きる意味他人に求めるんじゃねぇよ

https://anond.hatelabo.jp/20170619172721

そんなもの他人とか神様とかに求めるから崩壊する。生きる意味なんか自分で決めればよろしい。むしろ自分で決めろ。好きに生きろ。ラーメン100杯食うために生まれてきた』とかでいい。他人承認だって全く必要ないのだからバカバカしくたって構わない。口に出さなければいい。『ヒーローになって全人類感謝されること』だと信じたっていい。

そもそも後半の話にしても他人価値観に踊らされ過ぎだと思う。

その薄っぺらさは自分物事を考えて生きてるわけじゃないから感じるものだ。『誰かが良いと言ったから、自分思考は停止させて、言われた通りにやっている』行動ばかりだからだ。だから薄っぺらく感じる。

誰かが言った・やったというのは、自分自分の行動の責任を負わなくていい(ような気になる、責任転嫁できる)のでとても気が楽な選択だ。「みんなやってるじゃん」という言い訳一般層どころか知識人?らしき政治家にまでにまかり通っていて、心理的抵抗も果てしなく薄い。(脱線するけど個人的にその責任転嫁言い訳されたらぐうの音も出なくなるまで徹底的に言葉で殴って自覚させて責任取らせる派)

その代わり、自分自身が認められる感覚が薄くなる。認められたところで、それは『誰かが良しとしたものを倣った薄っぺらい外面』であって、自分自身ではないからだ。

外面の正しさと自分自身の正しさと乖離が出ると、どんどん外面の自分自分でないような気がしてくる(事実自分ではない)。その差が目を反らせない程に大きくなると、自分の虚無に向き合わないといけなくなる。まさに今の増田みたいに。

解決方法自体簡単だ。

自分ものを考えろ。外面なんかより自分の思う正しさを優先しろ自分知識経験で、本当にその意見を受け入れるのか、受け入れないのか、自分責任持って選択しろ。そうしてお前自身の考え方を積み上げろ。おれのこの言葉の羅列すら、聞くか聞かないかはお前が決めろ。聞かなくたっていい。それはお前の自由だ。法も人権も侵してないから、罰もない。そしてブコメブコメ、お前はお前だ。他人評価に怯えるな。お前が選べ。黙ってればどっち選んだって叩かれやしない。お前の選択に何の責任も負わないやつの意見強制されることなんかない。おれに強制される必要だってない。

みんなとか誰かとか他人とか、どっかのマスゴミが作った価値観とかじゃなくて、お前自身価値観生きろ。

そうやって判断を重ねていくと、当然否定されたり、叱られたり、選択が悪手だったことを思い知ったりする。そうした時のダメージ自分自身で負わなきゃいけないから、責任転嫁した時の非じゃなく辛い。でもそんなの、自分ものを考えて判断してるやつには当たり前のことだ。そういう風に生きてる人は山ほどいて、つまり辛くても死ぬほどではない今後も生きていけるようなダメージだ。人は間違える生き物なんだから、間違えていい。死ぬほど取り返しのつかないダメージを負うことなんか滅多にない。頭使ってれば尚更。ダメージを負ったって、少し時間おいて落ち着いたら、次は同じようなダメージは負わないように反省する、学ぶ、考える、予防する。そうやって経験を重ねていけばいい。そうして『中身』を作る。自覚できるくらいに中身をしっかり積み重ねられれば、薄っぺらの外面野郎じゃなくなれる。

自分がよしと判断して取った行動を人に褒められれば認められた実感を得られるようになるし、素直に笑えるようにもなる。

生きる意味他人に求めるな。

他人価値観で生きるな。

増田自分自身の好きに生きられるよう、世界の片隅から祈っている。

2017-06-14

女はかわいいエロいし守りたいしママになって欲しいのに

当の女がそれを否定されるのは悲しいばかりだ

男は心理的に欠陥を抱えているからそこを埋めて欲しいのになんで蹴飛ばすの

あと僕20~60までいけます

2017-06-08

勝負確率に落とし込む

二人でババ抜きをするとき相手が5枚のカードを持っていて、かつババを持っている状況。

からさまに1枚をピヨーンとはみ出した感じで5枚を提示して来たときあなたはどれを抜くだろうか?

ぴよーんとはみ出した1枚をとってババだった場合相手に「バーカ」と言われて心理的ダメージを負う。

ぴよーんとはみ出した1枚はひっかけだとして残りの4枚から1枚を引いたらババだった場合、これまた相手に「バーカ」と言われて心理的ダメージを負う。

まり、読み合いをするという行為では、してやったり、ざまあみろという心理的ダメージを負いやすいのが人間だ。

そこでできる限り自分意思を介さずに淡々ランダムネスに委ねるという戦略がある。どちらにしろ5枚のうち1枚がババなのだから、ぴよーんと飛び出していようがいまいが、確率は1/5だ。

そこでたとえば時計の秒針をみて5で割った余りの数を右からとる、という全く読み合いをしないで選択する戦略選択すると、ババを取ろうが取るまいが心理的ダメージは0となる。

なぜならランダムネスに委ねているだけなので、こちらも相手を出し抜こうとして選んでいるわけではないし、ババに当たってもそりゃ1/5で当たるよね、としか思わなくなるからである

たぶんこの戦略で2人でババ抜きをやり続ければ、癖がないので最終的には勝率は0.5に近づくだろう。

ゲームでこんなことをしても楽しくないが、結局金融市場というのはそういうことをやっているのだ。

2017-06-07

女性専用車両に乗らない女性心理を教えて

純粋に疑問なので教えてください

どんな心理的抵抗やこだわりがあるんでしょうか

どのように正当化して女性専用車両以外に乗っているんでしょうか

http://anond.hatelabo.jp/20170606174324

差別することに、そんなに心理的抵抗を覚える必要はないよ。

積極的差別していこう!

2017-06-04

晩婚化・少子化の今の世に思うこと

今のガキどもは結婚損得勘定で考えてるから

からカネがかかって大変だとか、

労力が凄まじいとか、

コスト」の話ばっかりしだす

子育て損得勘定意味で割に合うわけがねーーーーーーーーーーーーーだろ

自分の持っているもの子供につぎ込むのが子育てなんだから

DNAを遺すことに「経済的な意義」を見出す資本主義亡者が増えたか少子化になってんだろ

子供を遺すことで、幸せ経験というサービス対価を得たい

介護という保障を得たい

世間的なステータスという心理的アクセサリーを身につけたい

そんなんばっかやん

得するか損するか、という指標に基づいた合理主義を取るなら子育てなんてムダが多いだろう

死んだ後は無に帰るとかそういう発想ならなおさらだ

人間という非合理的で、何のために生き、何のために死ぬのか分からない存在を、

どのように考えるのかという哲学的な問いを一切脇において、

自らの欲望をただひたすら追い求めて充足することだけが人生だと思ってる人間が増えたからこんな世の中になっている

保守的な考えが今否定されているからな

確かに保守的な考えはいろいろと問題はあった

だが今の世の中、とりわけはてなの中では、

保守的もの自体が全てよくないものだと否定してしまって、

その中でも多少は拾う価値のあるもの

または改良することによって価値を取り戻すものというのもある

人間情緒的な繋がりや、自己犠牲利他主義自助努力、…

でも世の中がそうした保守的もの憎悪するようであれば、

利己主義的で損得勘定ばかりを考える人間が増えてしまっても致し方ないのかもしれない


何のために生きているのかすら分からなくなっている人間が増えすぎた

保守の敗北なのかもしれないな

http://anond.hatelabo.jp/20170604012351

心理的安全性サイコロジカル・セーフティ)」って、心理学用語みたいだけど、ググってみたら企業・人事・経営ビジネス関係サイトばかり出てくるな。

自己啓発本とかでこの用語を覚えたのかな。

痴漢司法問題なのは自明のこととしても、一朝一夕に正されるわけじゃない。
明日にでも起こる痴漢痴漢冤罪にどう対応すればいいかという話も同時に必要である

 

痴漢行為を疑われて警察に取り囲まれても安易に従わず「正統な職務執行なのか」を問いただす方法が紹介されていたが、「痴漢されると怖くて声も出せない」のと同じで、警察に囲まれ毅然対応が出来る人は限られるだろう。

また知識武装が冤罪偽装に使われるという話は当然ありうることで、両手でつり革を持ったまま股間を当ててくる痴漢の話があったが、これも「つり革を持って痴漢していないことを示す」善良な一般市民の工夫を、姑息にも痴漢が利用している。こういう輩が増えると「両手でつり革を持つ」ことが冤罪証明にならなくなるわけで、こういう姑息痴漢にはもっと怒りを向けるべきだと思うのだが……残念なことに痴漢冤罪問題で「勘違い女」や「嘘をつく女」を怒りの矛先としている男性一定数いる。

はい示談目的痴漢冤罪でっちあげる女性存在もあり、実際に事件として明るみになったこともある。もっともこの事件は女に痴漢を仕立てるように指示した男の存在がいて、男の敵は男という案件でもあったのだが。まあ、痴漢痴漢冤罪問題において悪いのは犯罪者であり、男か女かという議論になった時点で非建設的ではあるのだが。

 

痴漢冤罪が大きな問題になるほど得をするのが痴漢でもある。したがって現状何の対策もとられないまま痴漢冤罪認識けが広がることは、痴漢を減らすことからも遠ざかる。こうした連鎖危惧して「痴漢女性にとって深刻な問題」と声を強くすると、「じゃあ冤罪をかけられた人はどうなってもいいのか」と反発を受けることがあり、解決どころか水掛け論に陥ってしまう。

同様の話で、女性側が「痴漢の方が深刻」と結果的対立を煽ることになる言葉を使うケースもあるし、そもそも「男の敵は女」と思っているような男性に「痴漢女性にとって深刻な問題」といっても煩いノイズしか聞こえていないのだろう。

両手でつり革をもって冤罪偽装する痴漢もいれば、数人で謀って痴漢をするケースもあり目撃者信頼度も必ずしも完全ではない。別の乗客に間違うように仕向ける痴漢いるかもしれない。女性側も示談目的かもしれないし、バックが当たったことを勘違いしたのかもしれない。痴漢騒ぎがあった時に、痴漢なのか冤罪なのかは当事者しかからないが、その頼りとなる証言第三者からすれば互いに疑わしいところは最後まで残る。

こういった状況でほくそ笑むのは痴漢示談金目当ての犯罪者だろう。
犯罪者が本当に困るような方法対策をしていくべきだと思う。

 

ちなみに度々話題になる監視カメラだが、東京メトロ都営地下鉄2018年度以降に3,800両の全車両内に防犯カメラを設置する予定でいるそうだ。JR東日本埼京線で一部導入しており、東急では2020年をめざして設置予定だという。

監視カメラがどれだけ効果があるかは分からないが、埼京線の導入車両では減ったという報告もあり、実際にカメラ現場検証に役立つというようりも、痴漢をしようとする人の心理的な抑止効果にはつながるのではないだろうか。

しかしそれも10年ほどを設置期間と見ているようで気の長い話ではある。

また、都合が悪い証拠警察改ざんした事件などもゼロではなく、正当な職務執行事実を認めるリスクを避けて捜査不正を行う可能性も否定できないし、冤罪偽装しながら痴漢を行った場合に別の人が痴漢扱いされるケースも考えられ、監視カメラ痴漢痴漢冤罪を減らすことができても、全てを解決するツールとはならないだろう。

監視カメラ設置をした上で、鉄道会社乗客数の上限規制をすることも効果があるかもしれない。無理にでも行った場合、渋々フレックスタイム制を取り入れる会社も増えるかもしれないが、サービス早朝出勤させられる労働者も増える可能性もあり、未知数である

 

根本解決ができない以上、混雑する朝7時から9時半まで男女完全別車両にするほうが早いのではないか。これなら比較コストもかからないし、何よりも痴漢示談目的でっちあげ犯を困らせることができる。

他国から見れば過剰対応かもしれないが、もうすでに犠牲者も出てる上に、痴漢男女間の不信やヘイト根深くなる一方の現状よりはマシなのではないかと思う。

大学に入って二年。なんだかとってもつらい。

 二年前、大学に入ったばかりのころが懐かしい。入学したとき田舎とは違うなにもかもに驚いた。人の数が多くて、夜中までそこらじゅう明かりがついていて、ネットで話題になった店には電車一本でいける。当時の僕は起業漠然とした憧れを抱いていて、渋谷でよく分からんなりに勉強会とかMeetupに参加した。大学講義が終わった後は、高校の頃から疑問に思っていたことや、講義で納得いかないところを教授にぶつけて議論をして、好奇心の赴くまま、成長を求めて邁進していた。大学には思ったよりまじめな人がいなくて、みんなどうやって楽に単位と点数を得るのかとか、家系ラーメンTwitterの話ばかりしていてびっくりしたけど、そういう人々とも楽しくやっていた。なんだかやけにキラキラとしていて、これが大学生活というものかと思った。一方で都会と田舎格差を感じていたので、絶対ここでチャンスをつかんでやる、勉強するぞと意気込んでいた。

 そしたら、キャパオーバーして小さいころかかった病気が再発してしまった。

 ずいぶん昔に何年かかけて完治したのでもう大丈夫だと思って油断していた。きっと原因は、不規則生活とひどい食生活のせいと思う。当時は前のめり過ぎて寝てなかった。それでも、案外治療がうまくいって秋ごろからまた大学に通えそうなレベル回復した。

 秋から大学に戻ったとき、周りの景色全然違っていたのを覚えている。なんだか周りの大学生自分より数段先を行っているような、もう自分が取り戻せないくらいの、どうがんばっても追いつけない差を感じた。それは、僕が夏学期のテストに出られず、追試期間も治療に専念していて、単位の差ができていたからかもしれないし、固まってきたクラスグループになじめなかったせいかもしれない。久々に会った知り合いにどう声をかけたらいいかもわからなくて、だんだんキャンパスで人ごみにまぎれて歩くのが息苦しくなって、講義に出るだけで精一杯になって、思考だんだん余裕を失っていった。ホームで帰りの電車を待つ間、なんだかどうしようもなく逃げたい気持ちになった。そして、ついに大学に行けなくなった。

 何か月も家にこもっていた。たまに夜中に目が覚めて無性に外に出たくなるので、そのときはチャンスと思ってコンビニに行って食料と水を確保した。親からの連絡も全部無視して、同級生高校友達からLINESNSも全部無視して、とにかく一人で、ずっと寝ていた。ほんとうにつらいとき自分は誰もいない薄暗がりの中でしか動けなくなってしまうんだなと思った。とにかく、意識があるときは常に死にたいと思っていて、その気持ちが強いほど空がやけにきれいに見えて、とにかく夕焼けが美しくて、雨粒がきれいで、あぁほんとうに世界がきれいだ、僕は死ぬのか、みたいなことをずっと考えていた。

 翌年の四月になって、もう一度通おうと思った。時間自分回復させてくれたのもあったし、もう一度チャレンジしてみようと思っていた。でも、大学事務書類を提出しにいったとき、少しきつい対応をされて、ぎりぎりのいっぱいいっぱいで大学にたどり着いた僕は、もうそこで、また、つぶれてしまった。

 それから二か月後、去年6月に、精神科を受けた。一か月ほど前に、外へ体を慣らそうと思って電車に乗ったところで強烈な吐き気を感じて倒れて病院に運ばれたが、精密検査をしてもらってもなにも異常がなく、精神科を勧められたからだ。そこで症状を話して薬をもらったが、どうも先生性格が合わず精神科に行くこと自体苦痛になってしまい、薬を飲んでないけど飲んでると嘘をつくようになり、それから3か月ほどたって、精神科に通うのをやめた。もちろん大学にも通えず、一週間に一度外に出られるレベルの低空飛行を維持していた。親は精神科とか精神病気にあまりいい反応を示さない感じだったので、自分のつらさとか、不安が話せなかった。高校とき友達だんだんそれぞれの忙しさに巻き込まれていくのを見て、自分不安を上乗せしちゃうのはよくないなって思って、なんだか頼れなかった。結局、それは自分がただ人に甘えることができないだけなんだってことは、後から気づくんだけど。

 今年の一月になって、僕は自分の体調・精神管理する方法を思いついた。それは、日々考えたことと体調をすべて記録して、その記録からよくないときはどうしたらよくなるか、どのくらいの期間でよくなるのか、自分はなんの音楽テンションが上がるのか、なんの食べ物テンションが上がるのか、そしてそれらはどのくらい持続するのか、かなり細かく症状別に対策をたてる、というものプログラミングちょっと勉強したおかげで、これらの記録を入力して分析やすい形にする、調べやすくするといった工夫ができるようになったのが大きかった。まぁなんというか、今まではまったパターンはきっちり学習して調べ上げて次来たら潰しましょうということで、言ってみれば当たり前なんだけど今までそれができてなかった。

 これが案外うまくいって、洗濯や茶碗洗いをためずにできるようになり、毎日外に出ても気分が悪くなったり体がだるくなったりすることもなくなり、電車に乗っても吐き気はせず、春休み大学キャンパスを歩いても、それほどつらく感じなくなっていった。

 そして今年四月、僕は三度目の1年生になり、自分なりの体調・精神管理方法を投入して講義に通い始めた。途中から大学医療機関と心療相談所も利用して、薬と対話によるものを並行して取り入れている。躁鬱混合判断され、確かに今までのを見ると春ごろに無限にやる気が湧く躁が来て、夏から秋にかけて鬱に転落というパターンが多い。躁のときブレーキをかける、鬱のときは下がりすぎないように薬を投入する。精神科先生となんだか気が合って心理的安全性を築けて、この人に任せよう、と思えた。心療相談所でははじめ性格が合わなかったが、去年精神科先生とうまくいかず失敗した経験から、まず心理的安全性を築くことだけを目標に話を続けていたら最近しづつ話せるようになってきた。ここではカウンセリングを受けながら、認知行動療法を学んでいる。

 そして4月は出席率が90パーセントを超えた。これはほんとにうれしかった。がんばればなんとかなる、今までもほんとにつらかった、大学に行かずゴミみたいな生活してるくせに気持ちはぜんっぜん晴れなくてとにかく苦しさでいっぱいだったけど、ここを回していけば光が見える、と思った。

 そして今、5月中頃から精神的にどうしてもつらくなってしまって、また大学に通えなくなってしまった。今回の鬱はとにかくズドンと来て、一気に外に出られなくなって、しかも一週間あまりごはんが喉を通らなかった。それからしづ回復して、今は普通にご飯が食べられるようになった。ようやく先日先生からももらえて、少しづつ安定してきている。僕が積み上げてきた体調精神管理方法も、さすがに一気になにもできなくなるレベルに突き落とされることは想定しておらず無力だった。でも、これでまたひとつ学習したので、次は負けない。来週、講義に一回でも行けたら自分の勝ち、と思っている。また一からだけど、積み上げよう。

 親からお金もらって、環境も与えられて、自分の望む大学自分学力で入って、一般的に見て自分はきっと幸せなんだろうな、と思う。特に、親にはほんとうに申し訳ない気持ちでいっぱいである。その申し訳なさと、そろそろ自分反抗期が終わってきたのと、愚痴を吐き出すのは精神的によいことだ、という気づきから最近週に一回田舎にいる親とSkypeをしている。ぬいぐるみウェブカメラにぐいぐい押しつけて「あー俺は同級生SNS就活関連の意識高い系発言してるのとか、遊びに行ったとかの楽しそうな写真とか見てほんとうらやましいんだチクショウ、あと彼女ほしい」などととりとめもない話をする僕に「なんか自分のかっこ悪いところも話してくれるようになって嬉しい」と返してくれる親はほんとうに優しくて、高校のころは言えなかった感謝ストレートに言えるようになって、そこは少しだけ成長したのかもしれない。親って案外話してみるもんなんだなと思う。

 でも、こんな夜はときどきつらくなる。自分は死にたくないけど、衝動的に思考が狭まり死にたくなることはよくある。それがより強くなるとやっぱり周りの景色がきれいに見えるようになる。少し恐怖を感じる。自分思考が当てにならないことに悲しくなる。そもそも今の悲しみも躁鬱の波によるものなのかも、と思う。よく分からない。ほんとうによく分からない曖昧ものの中で生きていて、これから自分がどこへ行きたいかもよく分からず、その行き場所を探そうにも体力がない。優先順位はよく分かっている。精神回復させ、生活を回し、運動を投入し、筋トレに入って自分に少し自信がついたところで、自分の好きなことを片っ端から試して、好きなことと向いていることを探す。それが分かっていても、そこに至るまでの膨大な試行錯誤を予感してしまう。なんだかこんな夜はとってもつらくって仕方なくて、とりとめもなく書き込んでみたくなった。もし読んでくれる人がいたなら嬉しいな。ありがとう

2017-06-02

副流煙への嫌悪感後天的学習してるのではないだろうか

人生喫煙者だったことはないが子供の頃から父の副流煙は吸ってた

体に悪い!って母は父に怒って追い払ってたのでそう言われるとそうなのかなと思ったが

煙草の煙の匂い自体には何も感じたことがなかった

高校ぐらいになって友達と附属大学学食へ行く時に

「あそこ行くと煙草匂いがついて臭いんだよなー」と言うはなしを聞いて

世の中にはそんな概念もあるのか!と驚いたほどだ


それで時は流れ更に20年後

今では副流煙歩き煙草も遭遇するとイラッと怒りを覚えるようになった

だが思い返せば、子供の頃には間違いなくなにも感じてなかった

同じものについて昔はなんにも感じてなかったのに、

今遭遇すると何か権利侵害されたような気分になり、相手がすごく甘えた奴のように思えて腹が立つの

なんか煙の匂い臭いと思うようになった


体への害の問題はともかく

この心理的な変化(怒りの発生)は後天的に身に付けてしまったもの

元は怒ってなかったものに怒るようになり、憎まないですんでたものを憎むようになった

生理的な反応まで変化して、堪えられないものが出来た


副流煙が体に悪いなら避けましょう、という理性の判断まではよいはずだが

この嫌悪や拒絶や憎しみは必要のなかったもの

煙草の煙に何も感じない子だった自分大人になる過程で煙への憎しみを身に着けた

これってたとえば、子供人種差別的な認識を注入するのと同じ仮定を経たと思う


世の中にはこうやって

理性によるシンプル回避から逸脱して

嫌悪憎悪刷り込みになっている価値観と言うのがかなりあるような気がする

2017-06-01

しかしたら僕はラッキーだったのかもしれない

Twitterで、高校時代同級生悪戯で怪我をし、重い障害を負ってしまったバスケットボール選手の手記がリツイートされてきた。

彼の怪我の原因となった「悪戯」は、着席しようとした彼の後ろから椅子を引いて転ばせるという、小学校低学年以下がよくやるやつだ。

僕は、高校生にもなってそんな事をする奴がいるということに驚いた。普通、そういうのは小さい時に誰かにやったりやられたりする経験を通して、やってはならないものと学ぶものではないのか?

僕も幼稚園の頃、隣の席のA子ちゃんによくやられてはべそをかいていたものだ。あれをやられて転ぶと勿論とても痛いし、皆に指差しで笑われるので恥ずかしい。

執拗椅子引きをするA子ちゃんに僕は腹が立ったので、一度仕返しにやり返した事があった。そしたら、あまりにも上手く行きすぎて、A子ちゃんは派手に転倒、大きな音を立てて尻餅をつき、号泣した。

こんなはずでは……、と、僕は思った。

思い返せば、あの頃の僕は椅子引きをやられ慣れしてしまっており、転ぶのが上手になっていたみたいで、もーなんだよぉー!と言ってすぐに立ち直れたので、A子ちゃんも転んだらそうするだろうと無意識に期待していたのだろう。

だがそうはならなかった。

幸いにも、小さな子供の尻餅だから、A子ちゃんは怪我をしないで済んだ。けれどもA子ちゃんは、痛みにも仲の良い同級生に欺かれる事にも慣れていなかったので、その心理的な傷は甚大だったろうと思われる。

以来僕達はパタッと椅子引き"遊び"をやめた。

あれをやっていたのは僕達だけではなかったけれども皆パタッとやめたのは、あの件でA子ちゃんが大泣きしていたのと僕が先生からめちゃめちゃ怒られたのを見たからだろう。

僕は加害から、A子ちゃんは被害からあんな事はしてはならないのだという事を学んだ。

椅子引きは、怪我をするからいけない。そして友達を騙し辱しめる行為からいけない。

僕の経験幼稚園の頃の話で、お互いまだ体重の軽く、ぷくぷくとして柔軟な身体幼児だったお陰で大怪我をせずに済んだから、ただ泣いたり叱責されたりで済んだ。

これが大人大人に近い子供の体格の人がやられたら大変な大怪我をするか、下手すると死ぬ

大人の転倒はとても怖いものなのだ

それを僕が学んだのは、小学校中学年位の頃、理科の授業中だった。

季節外れな事甚だしい話なんだけど、晩秋から冬の始めのこと。

近く、全校生徒で市営のスケートリンクに赴きスケート教室を受ける事になっていたんだけど、ある生徒が理科担当をしていた先生に、「先生スケート教室行かないんですか?」と聞いた。

先生担任クラスを持っていない人(何か役職のついている偉い先生だったのだ)なので、そういう学外活動の日は学校でお留守番なのが普通だったんだけれども、先生は、もし同行しなければならないとしても、

「ぼくはこの歳になってまでスケートなんかしたくないですよ、だって、転ぶから。」

と言った。

それで教室爆笑の渦になったのだけれども、先生はおもむろに黒板に図を描き始めた。

まずは地平線の様なもの

次に、大きな棒人間と小さな棒人間を描いた。

それで説明して曰く、

「君達は小さいので、転んでリンクに大の字に転んでも、打つ面積はたったこれだけです。だがぼくは大人なので、コケればこんなに沢山の面積を打つのです。それはとても痛い。しか大人体重が重いですから、打った時の衝撃に自重が加わり大変な事になります。君達が擦り傷で済む様な事でも大人骨折したり打ち所が悪ければ死ぬのです。だから大人スケートなぞするもんではありません」

何かをしなくて良い理由というのを、その様に論理的説明された経験が僕にはそれまであまりなかったのもあったし、とても分かりやすかったので、この話は強く印象に残った。

そうか、大人が転ぶっていうのはとても危険な事なんだ!

と。

また、自分が平気と思う事でも他人は大きなダメージを受ける事もあるんだという事を、改めて学んだのだ。

A子ちゃんとの事や理科先生の話は、何気ない日常のひとコマだったけれども、その後の僕の運命を大きく変えたのかもしれない。僕は他人を怪我させないように気を配るようになったのだから

しかし、世の中僕みたいに幼少期に大事なことを教えてもらえる人ばかりではないのかもしれない。

そういうのを長じるまで完全にスルーして来てしまって、ちょっとしたムシャクシャや悪戯心で他人ちょっかいを出して大変な事故を起こしてしまうという事もあるのだろうか。

2017-05-30

http://anond.hatelabo.jp/20170530122639

こういう心理的空中戦は止めよう。疲れるだけだから

自分の(ある程度作っている)キャラに合わないみたいのもあるのかも知れないが、率直に「今度から自分が半分出すよ」or「交互に支払うようにしよう」って言えばいいじゃないの。違和感があるのにもやもやと内に溜め込まれるのが一番イヤ、個人的には。

大人になれていないみたいな疑問は、結局ムダだよ。「おっさん(おばさん)になったなぁ…」と感じることが増えても、多分その感覚は完全にはぬぐえないから。

ラブホテルの時は知らんが、そのうち「今日は泊まるだけ」って感じにもなるから大丈夫だと思うけどね。早めに予告してあげた方が親切だとは思うけど。

「男は生理の事あんまり知らない説」を逆利用しちゃえばいいと思うが。若いと拒絶された気がするから今日はそんな気分じゃない」って言うのは出来れば少なくして欲しいかもだけど。たまには伝えたっていいと思う。

2017-05-28

もうみんな興味がなくなっているか話題にも上がらないけど

エロ本自動販売機がなくなったり(当然規制されてだよ)、一方で未だにコンビニエロ本が売っていたり

理由は何かというと、対面販売じゃないとガキどもが心理的障害なくエロ本が買えるんだよね

今はエロは全部スマホだよね

対面販売じゃないし、そもそも画面の中にしかいからベッドの下に隠さなくていいし

そういう心理的障害がないから、フィルタリング物理障害を設けなきゃダメ

D社にいたときに、青少年ネット規制法ができるときで、これ会社潰されるぞと頑張ったんだ

これね http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H20/H20HO079.html

正確に言うと頑張らされたんだけどね

フィルタリングの話見ながら、なんか懐かしく思い出した

2017-05-27

ブコメのぞくときブコメもまたこちらをのぞいているのだ

http://anond.hatelabo.jp/20170527075354

ブコメ大衆本質をよく表していると思う(母集団は偏っている)。

感情論に流される人が大勢いたり、心理的バイアス奴隷だったり、たまに理性的な人がいたり、ポジショントークしてたり、

暴動が止まらないこともあれば、理性が優勢になることもある。しかし理性とて正しいとは限らない。

すべての意見が相対化される。ブコメを見たお前も影響を受ける。大衆の一員であることから逃れられない。

http://anond.hatelabo.jp/20170526223943

前途有望な若者に、少しでも足しになればと思い自分体験を書かせて頂く。


おれもやりたい仕事が見つからなくて苦労した。

増田と違って勉強すら出来なかったのでそこそこのレベル大学に入たものの、やりたい事が見つから就職活動もたいして出来ず、卒業しても就職が決まらなかった。

当時は先の人生に悩み辛かった。

1年遅れで、知り合いのつてで趣味でやっていた事を活かしてDTP関係仕事に就いた。

仕事はあまり苦では無かったが、やりがいは無く、その仕事の才能があるとは思えなかった。

数年働いてから、知り合いのつてでDTP営業転職した。とても大きな会社だったので魅力を感じたからだ。

新しい仕事は激務だったし、内容も苦痛だった。

そしてなにより、全く自分に向いていない(才能が足りない)事がはっきり分かった。

転職をする他無かった。

しかし、転職の際に売りに出来る程の技術は何も無かった。

今思えば、そこそこのDTP技術就職先は見つかったかもしれないが、当時は今より就職難だったし、転職出来る希望を感じる事が出来なかった。

再び先の人生に悩み苦しんだ。

当時29歳。

追い詰められた。

若く無い、技術は無い、目標も無い。

自分は物作りが好きだったし、得意だった。

DTP営業トップを取れる気はしなかったが、物作りならいけそうな気がしたし、進路変更をするなら今しかないと思った。

最近個人で物作りをして販売する環境が整っているしメディアにも取り上げられて一般に広まってきているが、当時はそこまででは無かったので心理的ハードルは高かった。

しかし、仕事継続転職は無理だと思ったので、逃げる様な心境で専門学校へ行く事にした。

貯金が足りないので、恥も外聞も捨て実家へ戻った。

物作りは漠然と得意だと思っていたが、専門学校へ行くと才能がある事が明確に分かった。

卒業してから初めの数年は時給1000円未満のアルバイトだったが、6~7年経った頃にはそのジャンルトップレベル職人になった。

そうなれたのは才能もあるが、学校仕事で学んだ事を良く活かす事が出来たのも幸いした。

年収は700万前後なので、贅沢をしなければ生活には困らないし、独立して気ままにやってるのでストレスゼロ幸せ暮らしている。

増田はまだ若いし、勉強が出来るという能力もある。

まずはその能力が活かせる仕事につくのもいいと思うし、趣味仕事にする事を目指して数年は貧乏暮しを覚悟するのもいいと思う。

29歳まで路頭に迷ったおれが、39歳で幸せに生きている。そういう人生もある。

増田が周りから出遅れていて辛いのは良く分かる。しかし暫く経てばそれが大した事では無いと気づくはずだ。

まだ大丈夫全然間に合う。

夢が無くても希望を持って生きて欲しい。

何であれ頑張れば必ず得るものはあるし先の人生に活きてくるので、人生の目的を探しながら何かを頑張って欲しいと思う。

2017-05-19

年下の痴漢に遭った話

痴漢話題になっているから、痴漢にまつわる自分語りを少しだけさせてください。

もう何年も前の話。通学経路が乗車率180%近い区間だったから、人々が密着する季節になると、オジサン痴漢には週1~月3くらいで遭ってた。

すごく嫌で裁縫道具のリッパーカバンの中で握りしめて心理的自己防衛をしていた(使ったことはなかった。過剰防衛になりそうだったし)。

そんなとき若い痴漢に遭った。詰め襟に輝く「Ⅰ」の文字。明らかに年下だった。

制服を見たら、おそらく日本で一番偏差値の高い男子校の子だった。

普通痴漢としての怖さもあったけれど、それよりも、すごく、悲しくなった。

中学生なりに、中年男性の一部にはセーラー服女子に対するドロドロした性欲があり、

それを一方的痴漢としてぶつけられることがあることは経験的に知っていた。最初はもちろんすごくショックだったけど。

それは、中年男性一般的中学生女子に真っ当に相手にされないから、痴漢という形になるんだろうと勝手に思っていた。

ある意味自分と一線を置ける存在からこそ、「電車内での一時的事故」として耐えられる部分があったのかもしれない。

じゃあ、この年下の痴漢はどうなんだろう。

小学生が学ランを着ているような幼い顔立ち。学力未来もあるのになんでこんな愚かなことをするんだろう。

好奇心だろうか。それにしては失うものが多すぎると思う。

何より、自分より年下の子でも痴漢になりうるんだ、年齢の上下関係なく、痴漢ターゲットにされうるんだということに戸惑い、ショックを受けた。

今は、セーラー服でもなくなったし、満員電車が嫌で徒歩通勤にしたか痴漢にもあわなくなった。

大人になれば、自分で服も住所も選べるようになる。だから、今は大丈夫

この文章で誰に何を伝えたいわけでもない。何かを啓蒙する気もない。共感も得られないと思う。

ただ、梅雨の季節になるとこのことを毎年思い出すから、あの頃の自分へのなぐさめとして書いてみた。

良い悪いじゃなく、この問題を現状で解決できるんは増田だけなんじゃ

http://anond.hatelabo.jp/20170518204136

良い悪いじゃなく、この問題を現状で解決できるんは増田だけなんじゃないかなあ。

考えられる説明は、二つ。

まず、飯が熱すぎるのがイヤだという問題認識できない人が奥さんだったという場合

認知できないものには対応できない。気づいている方が対応するしかないんだよねー。

あるいは、増田にとってささいなことでも、奥さんにとってどれほど難しいことか増田がまだ理解できてないというケース。

 

俺にも理解できないか想像するしかないけどさ、例えば、野球バッターボックスに立って構えるまでの儀式だったり、

相撲の立ち会いまでの間だったり、あるじゃんルーチンってやつ?

あのタイミングってさ、自分だけのものから、それを他人から変えるように言われても、心理的にすごく抵抗ない?

俺はある。すごくある。

繰り返しの仕事ってどうしても慣れてきて意識し続けることができない。

というか、無意識でも体が動くところまで訓練されちゃうものじゃん?

家事毎日ルーチンだから自然とその人のリズムが出来てくるわけでさ、

家事全般スムーズに進めていけるのは、

熱々のそのタイミングでご飯をよそう、そういうタイミングになるように組み込まれちゃってるわけじゃん。

スムーズって、目に見える作業工程だけじゃないからね。気持ちを整えるのにそれぞれ自分リズムってあってさ。

そりゃアクションだけ見れば簡単要求だと思うよ。

でも増田が奥さんに要求しているのは、これまで積み上げてきた習慣を変えろっちうこと。

しかも、変えた結果として奥さんに報酬はないわけで。だからなおさら、これは時間かかる作業だし根気のいる話。

 

そして、今根気が尽きかけているっていうのが増田が抱えている問題なのかなって思った。

何か冷めたご飯を出すことで奥さんが嬉しくなるような仕組みを考えて状況を楽しむとか、無理かな。

「熱いのが嫌い」=「熱いのを出したら減点される」っていうのを変えて、

「冷めた飯が好き」=「冷めたご飯だと喜んでもらえる」っていう方向で。

それも、「冷めた」なんていう曖昧なんじゃなくて、もっとゲーム性を持たせて、

指定したぴったりの温度にしてもらえるようにチャレンジ意識を煽るとか。

自分ベストな温度になったら、その茶碗を奥さんに触ってもらって

この温度が好き、って知ってもらうとか。一度二度じゃなくて、毎回ね。

そういう新しい夫婦コミュニケーションの場として盛り上げていけないもんだろか。

増田のことが大事じゃないわけではないんだよきっと。そう願うよ。

でも大切にしたくてもどう大切にしたらいいのか、多分本当にわからないことなんだ。

なくて七癖ってやつ?自分ではどうしようもならない習性は誰でも持ってるもんだと思うんよ。

増田にも自覚できていないけど人から指摘される癖とかないかな。

あればそれと同じ状況だって奥さんに共感できるかもしれない。

 

勝手想像的外れなこと書いてるかもしれないけど

昔、こういうの書いたんだよね。

http://anond.hatelabo.jp/20150123073934

でも、だんだんそれが不思議で仕方なくなってさあ、いろいろ観察したり試したんだけど、

本当に見事なくらい見えてないもの存在しないもんなんだろうな。

時計場所を移動するなんてのはもちろんやった。いろんな頼み方、注意の向け方も試した。

どうしてそんな簡単なことができないんだろうってやっぱりイライラもしてたんよ。

 

相手問題だと思ってたんだ。

でも本当に見えてなかったのは自分の方だったよ。

相手時計を隠してたんじゃない、俺の視界にいつも自分存在を映したかったんだって気づいた。

つの間にか俺は時計を見ることに縛られてて、相手を見てるのに見えてない時間があるって気づいてなかった。

時計だけじゃなかったんだよ、隠されてたのは。いつも相手は俺の前にいて、それはつまり何かの視界を遮ってた。

はっきり言うよ、ここはノロけだ。

気づけたから言えることだけど、気づかないままだったら、別のところですれ違って違う結末だったかもしれない。

 

人間って意外とポンコツで、視界に入っていても見えなくなっていくことあるんだなと知ったよ。

必要ないもの意識されないんだよね。あって当たり前のものは、見えてなくてもあるって思い込んでる。

 

求めてるのは共感よりも解決策なんだろうけど、

深刻なのは増田自身がどれだけイライラが募っているのか、それが伝わらないこと。

自分解決のためにやり尽くしたのに報われないでいることに疲れてるのかなとなんとなく思った。

増田にとって本当に大事問題解決すること祈ってる。

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