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はてなキーワード: 心理的とは

2020-05-27

大学卒業したときに某オープンSNSアカウント削除して、それ以降何年もずっとROM専している。

アカウント消したのに閲覧をやめないのは、アリの巣観察みたいな感覚つぶやきを眺めるのが楽しいから

そして、もはやアカウントがないからそこでなにが起こったとしても完全な他人事として眺めていられるから

たまに有用情報を拾っているし、くだらないネタ投稿ヘラヘラ笑ったりもしているから、閲覧自体をやめるつもりはない。

投稿される内容がもしも有用ものならフリーライドし、有害あるいは物議をかもしそうなものなら他人事としてスルーする

アリの巣観察に喩えたが、窃視と言った方が適切かもしれない。

アカウントを消せとは言いませんが、もしもSNS疲れたならSNSとの心理的距離再考してみるのもいいかもしれませんね。

2020-05-24

悪意で人は死ぬのだなあと

まあ、鬱でも死ぬし、そりゃそうか

心理的安全性のある仕事環境について考える

anond:20200523230805

オレはドール性愛者までは適切な棲み分けで救える可能性があるとおもうが、

しかし絵面は未成年の前に絶対にださなお約束でお願いする)

欲望を実現させたら人体破壊人生破壊をすることになる犯罪小児性愛者は

そのまま放置すれば社会において不適合を起こす存在(いわば不良品)であり「治療」「隔離」以外では生命さえ救えないとおもう。

まり積極的差別対象を明確にし正確な区別認識を広める以外ではドール性愛者の棲み分けは無理だ。

だって救えない上に棲み分けもできないガチ小児性愛者は絶対不都合を蒙りたくないか

ドール性愛者にすぎない」「二次元愛好家にすぎない」などという隠れみのをつかって生きる確率は高いんだから

宮崎勤もそうだし、他の他害指向のない障害もそうだが、結局、

生きるチカラのほぼ80%を社会への適合=自分性癖へのごまかしに使うようになると

人間はそれ以上とりつくろわなくなる。

ということはかくれみのにつかう性癖はもともとの他害性癖に近くならざるをえない。

心理的コストを下げるために。

たぶん、元増田がいっている「なかまのなかには50cmドールしか」ってやつらのなかにはそういうのが混じってると思う。

2020-05-23

お前らはなぜ上司政治家心理的安全性無視するのか

不正には厳しく、失敗には寛容に。

心理的安全性が確保された状態での作業議論有効であることは既に言われていることである。「こう言ったらおかしいのではないか」「議論邪魔になるのではないか」そういった心理解放することで強いチームとして機能することになるし、それを確保することはリーダーに求められる資質の一つとなっている。

ではなぜ、それを上司には適用しないのか?上司心理的安全性がある状態の方が、上記を考えればトータルとして良いに決まっている。

どうも上司は常に完璧で、間違いのない指示を出すことが前提になっているのではないか?有能無能と値踏みし、そのハードルは恐ろしく高い。政治家に対しても同様だ。

そしてそういう声は往々にして大きくなる。

施策への批判必要だ。しか誹謗は違うし、結果論での批判おかしい。

2020-05-18

anond:20200518171315

もともと小説書きで近年は作品分析ばかりしてるものだ。

基本的キャラスカスカになる以前に、お前が何やりたいか決めてないかキャラが出てこないんだよ。

何百もの作品を論評してストックしているが、悪い作品は大体テーマがない。

これを訴えたい、こうしたいというテーマがあればそれに見合ったキャラは出てくる。

以前ラノベ書きが最終選考まで残ったなんて増田が透過されていたが、そいつは設定が全てだと言っていた。

俺はこれに異を唱えたい。面白い作品作品通底するテーマがある。テーマが一番で設定は二番、三番くらいだ。

では仮に二番目があるとすればなにか。それはシナリオラインだ。

テーマシナリオが決まれば、自ずとそこで動かしやすキャラや動けるキャラは決まってくる。

それまでキャラ記号書きで良いくらいだ。いわゆるAさんBさんでいい。

ただしこの書き方は毎話盛り上がりを持ってくるコメディや、毎話クライマックスを持ってくるラノベ的な話には不適当だ。

テーマの出し方は簡単だ。

例えば自信がない主人公を用意する。そうすると主人公動機自動的自身を持ちたい、になる。

いわゆる「物語の中で銃が登場したならば、それは撃たれなければならない」に近い。

すると自動的になぜ主人公は自信を持ちえなかったのか、という設定まで浮かんでくる。

ちなみにこれは小テーマで、大テーマ必要だ。大テーマとは「物語として何を訴えたい」か。

故にラノベなどの大テーマ皆無の作品には適用しにくいと書いた。

ラノベの大テーマはどんな層を狙ってどんなニッチジャンル開拓たかであって、社会的心理的哲学的テーマを含めにくい。

それでもキャラ起き上がらない場合ぼんやりと「自信がない」設定だけ作り、上記で作ったテーマと設定でこのキャラがどう振る舞うのかを数ページ遊びで書くこと。

こうした試運転キャラがくっきりしてドライブがかかる。

あとはそれを利用して本編を書けばいい。

ラノベアニメ的なキャラ作りで小説を書きたい、という要望なら知らない。

その系列テンプレの中で使われてない属性を探すし行かない。

そもそもテンプレってのは本来中核の動機や悩みの上にかぶせるとキャラ感がまして面白い、程度のものしかない。

テンプレが軸になってる今のキャラは奇妙ではあるんだよ。

2020-05-16

日中が更に仲良くなりそうな感じあるよね

欧中、米中 ここらへん何か知らんけどコロナでいがみ合ってる

もちろん国家間じゃなくて個人レベルなんだけど

中国国民の印象は悪そう

 

一方で日本マスク送り合ったりして心理的には好意的ニュースが多かった

こんなエモい関係だったっけ?って歴史を振り返ってみたくなるくらい

2020-05-13

プライベートコミュニケーションにおいて(知的)自信を与える

公的私信

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tl;dr

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前提

  • その場で個々人が「自信を与えられた」「自信を傷つけられた」と感じること自体相手によって尊重されなければならない。「あなたがそう感じるのが誤っているのだ」という考え方は、そこにどのくらいの誤解や無理解があるかに関わらず、表題文脈において無意味である

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「ある男がパートナーの女の(誤った)発言に対して毎回優しく肯定的に応じたのち、間違いを説明する」というカップルの在り方について、「優しく肯定が入る方が女性側の立場として自信が得られる」という考えについて。

基本的にこの構図がお互いの認識になること自体が mansplaining さがあって嫌なのだけど、それは表題文脈の下では脇に置いておいて、そこでの選択肢として、{肯定的/否定的}に応じ間違いの説明を{しない/する} という4通りにおいて、{肯定的, する} というのは確かに望ましい。まず、批判非難の違いが一般理解されにくいのは、批判否定的な口上は例えばその場が学問であるといった「場」があることで信頼が支えられていて初めて機能するので、それ以外の場で批判(正/偽)と非難(善/悪)が混同されることがあるのは、必ずしも混同する側が悪いわけではない(cf.SPEED今井絵理子議員の「批判なき政治発言)。その意味で、プライベートコミュニケーションにおいて、{肯定的/否定的}というのはニュートラルではなく、肯定的の方が心理的効果として望ましいといえる。また、毎回間違いの説明をすることは、毎回間違っているということに気づかされることになり自信を喪失しうるが、指摘しないままにパターナリスティックに傷つきやすにの配慮して放置することは相手反論したり、追加情報提示したりといったことを通して「相手の方が正しかった」という可能性に賭けないということであり、他者としての尊重に欠けるばかりか、相手の成長の機会をも奪うことになる。ただ、陰謀論的だったりオカルト的だったりといった特定バイアスを含む情報ばかり拾ってくることは、一朝一夕改善するものではない。そうならないためには相応の努力知識必要なのであって、場合によっては、ずっと同じ構図を繰り返しその構図がお互いの認識になるということが生じてしまうかもしれない。そのどうしようもないギャップを、他の側面で補うことで相互尊敬を維持できるならば、これは問題として前景化しないかも。でも、その切り分けをせずに、繰り返し続けている誤りについて、口上のオブラートごまかしたとしても、少なくともそれは知的自信の向上までにはつながらない。自信を支える相応の能力実践、もしくは基礎的な肯定感が必要である

ここで、「もしくは」になるのは、「自信」の性質に拠る。(上のような話をしておいてリテラシー低めの引用をするのは気が引けるが、読みやすさを重視して、参考: https://diamond.jp/articles/-/78423?page=4 )自信を得るのに能力や実績が有効ではあるが、能力や実績がなくても自信が得られないわけではない。生来自己肯定感などによってそれは変わる。逆に言えば、そこが低いと、小手先で何をしたところで、自信は低いままにもなる。病的であれば、薬によって脳内神経伝達物質バランス改善を図るということも視野に入れるべきであるしかし、そこまででないならば、「他の側面で補うことで相互尊敬を維持」という意味で「愛されている」という実感による基本的肯定感の向上などが有効でありうる。逆に言うと、自分を愛さな人間と一緒にいることは、自己肯定感の側面からかなり危ない行為であることに留意したほうがいい。ここで、愛も、条件付きの愛とそうでないものがあるが、条件を、性的ものや、ある1つの能力的なもののように一側面の条件に頼っていると、それは脆弱になる(というかそれは愛ではないと思うが)。条件付きであっても、それは、条件と等価以上に為されるものであることで(cf. 信頼と信用の関係、『信頼の構造』を想定しているけど、アドラーでもなんでも同じようなこと言ってる) 肯定感を支える愛になりうる。

少し話をもどして、プライベートコミュニケーションにおいてそもそも正しいことが必要かどうかというのも一考の余地はある。例えば、「今日は空が赤いねぇ、不吉な感じすらするねぇ」という言葉に対して、「空は予言能力はない」なんて返したら、その返しすらギャグである場合を除いて、「科学的に正しいこと」に重きを置きすぎていると言われてもしょうがないだろう。いつもいつも科学的な正しさを持ち込むべきではない。一方で、「〇〇という薬が効くそうだよ!」という言葉に対して、「それは××という危険性が指摘されていて安易に飲むべきではない」と応じることは、プライベートの場面であるとはいえ、いやむしろ、服薬するという最も実践的な場であるからこそ、科学的正しさが適切に活かされなければならない場面である政治的な発言については、例えば「#検察庁法改正案に抗議します」とだけ呟いた芸能人に対して「なんも分かってないだろ」といったクソリプが相次いだけれども(それ自体は具体的ではない発言に具体的ではない形で具体的発言のなさをなじっていて全くクソリプしかないと思う)、そこで立法の背景の正当性についてどう思うかと問うこと自体は(数の暴力を伴わなければ)議論を深めるために民主主義的には望ましいコミュニケーションである。それがTwitterのようなパブリックな場ではなく、プライベートコミュニケーションにおいても同じく妥当する。ただ、政治的な話をすることというのは、それ自体が嫌がられるし、議論となるともっとそうだ。特段の配慮必要でもある。学問的な話なら、それが宇宙人存在についてであってすら、正しさはむしろ娯楽のために重要である。それが(学問ではなく通俗的意味での)文学的な話ではないと相互了解があった上ではあるが。つまり、「タコ型の宇宙人って歩きにくくない?」から始まる会話は科学的正しさによって楽しもうという意思は見られないので、それはまるで漫才相方のように応じればよいのである。{正/偽}をコードとしない意外と多くの場面でも正しさというのは実用的にも楽しさの面でも重要なのであり、それが、「知的レベルが合っていないと楽しくない」というのがよく言われる原因でもある。もちろん、賢いなら相手に合わせることもできるのだが、それは冒頭の話に戻る。そのパターナリスティック対応は、相手尊重しているのですか、と。

2020-05-11

自粛明けムードの中、発熱してツライ

今朝、少し体温高い気がするなと思ったら39.4℃だった。

先に書いておくと診断はまだ受けてない。

大阪では出口戦略が示され、感染者報告数も減ってきて、一部地域緊急事態宣言解除の前倒しなんて話もでてきた。

世間はなんだかんだ言って、そろそろ収まって来ただろうと自粛明けムードになっていると思う。

しかし、今朝の発熱である

幸いそこまで体調的に辛いわけではない。

いつもの風邪の感じで少し身体が重いかな程度で、熱も上がったり下がったりを繰り返すが36.8℃〜37.4℃の間にくらい。他の症状もない。

仕事は一ヶ月前からリモートだが、午後から念の為に休ませてもらって、半日寝てた。

身体はそんな感じなのだが、心理的に辛い。

コロナなのではないのか、どこでもらってしまったのか、周りに移してないだろうか、気を付けていたつもりなのにといろいろ考えてしまう。

自粛明けのムードがある世間とのギャップを感じて、さら孤独感が増している。

感染した人の話を聞いて、そんなに自分を責めなくてもと思っていたが、いざ自分のこととなると疑いの段階でもかなりマイナス思考になってしまう。

診断してもらってもない段階なので吐き出す先もわからず、ここに書かせてもらった。

一晩様子見して、続くようなら明日病院電話する。

2020-05-10

映画について教えてほしい

映画本来ならグロテスクバイオレンスで見ていられないシーンだけど、テクニック

視聴者に過度な心理的負担をかけすぎない技術って名前ある?

例えば、ジョン・ウィックとかでナイフ相手の目を刺すシーン。今までの映画ならそのまま見せずに、

カットが変わって叫び声とか血が飛ぶっていう演出表現していたけど、ジョン・ウィックのそれでは

そのまま目に刺してみせるんだけどそこまで心理的負担は感じないシーン。

こういうテクニックって名前あるの?

2020-05-07

anond:20200507012523

表面的な贖罪のために見たくないものから目をそらしているだけに聞こえる。

技能実習生問題は、日本移民政策心理的治安と零細事業者人手不足トレードオフ問題

ポリコレ優先だけでも経済優先だけでも解決には結びつかない。

まともな給料が払えない事業者は淘汰すべきって口では言えるけど、社長さんは個人保証してるので倒産したら家屋敷も取られる。自殺して保険金借金返済しようとする人も後を絶たない。

どちらかというとポリコレ側の人々に現実的議論に寄り添っていただきたいところ。

anond:20200507102914

小出しにしろ固定長期間しろ人間心理的には辛いので、大阪方式で「みんなが頑張って抑え込めたら短くできますよ! ちゃん数字毎日出すので楽しみにしててね」が正解だと思う。再自粛基準も設けているので第X波もカバーできるが、ちゃんとそれを理解させられているか第一波をクリアしても、ハンマーダンスダンスは続けないと再挑戦)はちょっと疑問だが。

2020-05-06

失敗談に特化した投稿サイトを作った

失敗談を投稿することに特化したサイトを一ヶ月前くらいにつくった。

https://minna-shippai.com/

ログイン・会員登録なしで、一行から匿名で誰でも投稿できるサイト


ネットを通じて色々な成功体験成功している人を見ることができるが、成功談や成功している人を見ると、人は嫉妬したり、叩いてやろうというマイナス気持ちが湧いてくることがある。

逆に自虐ネタや失敗の話って笑わせたり、同情心が生まれたりして、他人との心理的距離を縮めることがあり、プラス効果が働くことが多いと思う。その失敗の告白がもたらす空気ネット上で再現たかった。

非の打ちどころがない優秀な人が抜けていたりすると、親近感を持つことがあるだろう?そのように弱点を晒されると、対人距離が縮まるという心理的効果が人にはあるらしい。


また、失敗は成功の素、という言葉があるように成功と失敗は表裏一体で、多くの成功の影にはたくさんの失敗がある。多くの人が失敗談を投稿することで、それを見た人が何かの参考になるような集合知のような側面も持たせようと考えている。


サイト利用の敷居を下げるために、上述したようにログイン・会員登録なしで一行から誰でも投稿できて、後は投稿された失敗談のソート検索機能があるくらいで、単純な機能しかつけていない。

また、悪口等がもたらすマイナス空気サイトに作らないように失敗談に対するコメント機能は設けていない。


そのかわり、3種類のいいね!ボタンを押すことで投稿に反応できるようになっている。

ドンマイ!」「笑った」「ためになった」の3つだ。3種類ともポジティブ意思表示の反応にした。

構想時には「ざまぁw」ボタンをつけようかとも考えていたが、マイナス意思表示はこのサイト趣旨に反するのでやめた。代わりに、失敗談ではない投稿に対しての通報機能をつけておいた。


恥ずかしくて他人に言い出しにくい体験を是非吐き出してほしい。

2020-05-04

anond:20200504140923

○○を叩くなら□□も叩けよ!

って言われても□□を叩く気が微塵も起きない人間心理的構造を尻たい

※世の中には本当に叩きだす人もいるのかもしれない。自分は見たことはないが。

2020-04-30

anond:20200430070927

そもそも風俗嬢のおしごとってそういうものだよね

まったく知らない人の前で服を脱ぎ裸をさらさなければいけないこと。

そしてその晒した裸が欲望まみれの男に品定めされること。

その上で(愛情などの心理的な)合意に基づかなないまま、相手の欲のままに身体を嬲られること。

何を考えているかからない他人身体を触られ、揉まれ、舐められること。

あと固有名詞は正しく書こうな

生活苦になったら身体売ればいいじゃん」なんて思っている人へ

岡村隆司の発言について考えてる。

色んな人の発言を見る限り、どうも擁護する人とそれ以外で、そもそも風俗業に対する理解想像力に大きな差があると感じている。

考えてみてほしい。

まったく知らない人の前で服を脱ぎ裸をさらさなければいけないこと。

そしてその晒した裸が欲望まみれの男に品定めされること。

その上で(愛情などの心理的な)合意に基づかなないまま、相手の欲のままに身体を嬲られること。

何を考えているかからない他人身体を触られ、揉まれ、舐められること。

「金を払った客」という尊大な態度の男のいいなりに近い態度を求められること。

あいての欲望にまかせた暴力身体で受けなければいけないこと。

(稼ぎを得るためには)簡単逃げられないこと、相手拒否することが想定されていないこと。

個ではなく身体を求められることのストレス。(「愛のないセックスは~」という話ではなく)

奴隷商売にも似た構造の、逃げられない、恐怖と暴力

しかに他の業種と比較して稼ぎはいいのかもしれないが、

自分身体尊厳を大きく傷つけてしまう恐れの大きいこの仕事を、

ましてや生活苦金銭的・精神的に苦しい状態でやらなければいけなことは、どれだけ辛いことなのだろうか。

とても他の仕事をはじめる時みたいに「じゃあ○○やればいいじゃないか」と気軽に風俗を勧める発想には、とても至らない。

岡村想像できないのだと思う。

どれだけ彼女らに寄り添う発言をしようとしても、岡村生活苦になっても風俗業をはじめて、見知らぬ誰かに身体を求められる立場にない。

無意識のうちに「俺は彼女のような立場にいることはない」という安心感があるからこそ、「コロナが明けたら美人さんが風俗嬢やります」と言ってしまうのだろう。

同じ立場になれとは言わない。けれどもまず自分自身の心の中にある「他人をどのような目で見ているか」は振り返ってもいいんじゃないかな。

2020-04-29

anond:20200429223532

辞めるにしても次見つけてからの方がいいね。やめてから探すって人も結構いるけど、俺は在職中に次見つけるのを勧めるよ。無職時の、いつ次の職が決まるかわからない心理的重圧結構きついから。

2020-04-23

anond:20200423134948

スタースパム自体はワクワクして通知みたらスパムだったっていう心理的ダメージはあるけど、ぶっちゃけスパムとしての効率良くないし、「対策します」って言ってるんだったらコロナ社員もごたついているので何年かかろうが別にいいんだけど。

それに使われているアカウント不正アクセスされてるなら企業としてアナウンスしないのはダメなんじゃないのってことです。

その性格いきものがかりが好きなんて・・・

20代前半女なんだけど、いきものがかりの曲を街角テレビで耳にすると思い出すことがある。

ちょうど一年くらい前に、出会い系大学生くらいの男の子(仮にアキオとします)に出会うことになって、後に散々な目にあった。

会う前にアキオは「友達募集してます」みたいなことを言ってたから、まぁヤリモク多めのアプリからあんまり信用してなかったんだけど、「私も今日お茶程度で済ませたいな」という気分だったので承諾した。

合流した後に、2人でドトールに入って「(自己紹介でも…)」と思った矢先にスマホを弄り出すアキオ。「なんか感じ悪いな〜」と思いつつもなんとか話題を振り、私はなんとか話題を振り、2つの情報を手に入れた。

・アキオは音大生で、管楽器を専攻している。

・アキオはいものがかりの大ファンである

さて、ここからどうやって話を膨らませていこうか。と考えているとアキオは「ここじゃ落ち着かないか漫画喫茶に行かない?」と言いだした。私はなんでわざわざ漫画喫茶なわけ?私今日はそういうことはしないよ?と反抗したが、アキオは折れなかった。最終的に「絶対に何もしない」とアキオが誓いを立てたので、私は半信半疑、というかほぼ疑いの気持ちはあったものの「私、漫画喫茶行ったことないから今を逃したら行く機会ないかも」というちょっとした好奇心もありしぶしぶ了解した。

アキオ行きつけの漫画喫茶入店し、私はよくわからないのでアキオに部屋の手配をさせ、いざ部屋に。

………

「(いや、めちゃくちゃ狭い密閉空間じゃん…)」

「(“ヤる気”じゃん……)」

案の定、部屋に入るやアキオは私を押し倒しはじめる。が、幸い私とアキオの間に体格差がそんなになかったため、一発ビンタをお見舞いしつつ抵抗してアキオを跳ね返した。

アキオは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした後、半泣きになっていじけ出した。

「こんな風に抵抗されたの初めてで悲しい」だの、「漫画喫茶についてくる時点で合意があると思った」だの挙げ句の果てには「自分お小遣い目当てで売春まがいのことをしている、何をそんなにセックス程度で恐れているのか」だの言い訳を始めた。

私は「これは充分犯罪であること」「100歩譲ってラブホテルならともかく、漫画喫茶に行こうはセックスしましょうの比喩にはなっていない」「そもそもこの施設セックス禁止である」「私だって会ってその日に人とセックスすることはあるが、それ以前の努力(今日場合喫茶店で2人で楽しく過ごそうとしたりして、セックスする気にさせる)をお前は怠っているではないか」と道理を解いた。それでも、「でもでもだって…」を繰り返す彼に呆れ果て1000円置いて漫画喫茶を後にした。

彼がしたことは最悪なのだが、幸いなことに私自身は心理的トラウマにはならなかったので、普通に生活を送っている。が、思い出してほしい、彼は音大生でいきものがかりが好きなのだ

音大で日々、さまざまなジャンル名曲に触れていながら、いきものがかりが好きなんて「よっぽど心がピュアなのかな」と最初私は思った。が、記述したように彼はバレバレウソをついて、レ○プまがいのことをする人間である

音楽を専門的に学んでて、卑怯な手で女性に手を出そうとする人間なのに

正直、音楽的にすごく優れているとは言い難い、心が綺麗な人が好きそうな詞で評価されているアーティストが好きって……

どういうこと?

2020-04-22

コロナ禍でふと仕事とは何ぞやと思う

3月より生活が大きく変わった。化学メーカアラフィフサラリーマンだけど週2回の在宅から週4回の在宅勤務。

医療関係者物流従事者には悪いけど、客先の動きも緩慢になっているせいで自分仕事スローになっている。

昨年6月に転職してこの業界に入ってから1年が経とうとしているけど振り返ると自分にとって転職タイミングは悪くはなかったと思う。

前職の半導体業界自分会社業界競争に負け、常にリストラ祭り。そんな地獄から抜け出したい一心だっだ。

今の業界企業サイズ(中規模企業)と売れ筋製品があるおかげで無借金経営。安定している。このコロナ禍でボーナス

吹っ飛んだかもしれないけど生活を送るのには問題ない。職は続けられるかもしれない。むしろ半導体業界の前社は世の中アベノミクス

好景気の時もいつもクビとなる恐怖があり、自分肩たたきにあったのだから今よりも心理的には悪かった。

今後の仕事も漠と続けていければ続けてゆこうなんて思ってた。ちまたでは100年ライフとか言って定年後に2,000万円必要だとか、楠木新さんの

「定年後」などといった書籍があふれ、自分でもそういったたぐいの本を20冊くらいは読んであーでもない、こーでもないと悩んでた。

しかし今回、コロナで状況は変わった。人によって激変の程度は違うけど、自分の中でのこうしたいとか、あーしたいとか言ったものが一旦リセットされて

いるのに気づく。あれだけ読んでいた「定年後」関係の本は一切読まなくなった。。。。たぶん、パラダイムが変わったから。

マズローの5段階欲求説ではないけど、自己実現承認欲求よりも、安全欲求とか社会欲求他者とつながりたい欲求)が高まった。そう、

1段階、いや2段階下のレベルに落ちたんではないかと思う。自分及び身内がコロナにならないようにと願う欲求SNSで昔の友人に元気なのか

連絡してみる欲求など。株が暴落し、平気で自分保有資産の3割、4割が吹き飛んでしま事実オリンピックボランティアをやろうと昨年12月に

研修を受けていたが、どうなるかわからない来年になってしま事実。唯一の楽しみである週1テニスでさえもできないこの現実。。。などなど。

あと10サラリーマンをやって○○円蓄財して、地域デビューしてなんて10単位で考えていたことが間延びしてるような気がする。いつも臆病でお金

貯めたら違うことをやろうとか、仕事が安定したら結婚しようとか。。。仮定を置いてばかりの人生から今やりたいことをやってみることにしようかと。

たらればの話はあまり意味がない。人生なんて見通すことができないんだから

で、心理的安全性って何なの?

前に心理的安全性=金とする増田がいて賛否両論みたいな感じだったけど、あれって結局金なの?

2020-04-20

新型コロナによる不妊世界を決定的に変えてしま

まだ話題になってないが、今後こういう話が出てくるだろう。

新型コロナに一度でも感染するとある確率不妊症になるという仮説だ。

新型コロナに完治はなく、死ぬまで再発のリスクを抱える。

一度でも感染してしまうと、死ぬまでの間、一定周期で不妊症という追加効果発生のリスクを負うことになる。

新型コロナに終息はない。

今後地球は新型コロナ汚染され続ける。

完治がないのだから感染済の女性は増える一方だ。

それにともない不妊症女性も増えていく。

また、未感染女性たちも粘膜接触を避けるようになる。

粘膜接触感染リスクが著しく高いというのは世界常識である

妊娠可能女性自体が減り、また未感染女性の粘膜接触に対する心理的障壁が大きくなることによって、世界人口は急速に半減するだろう。

人類絶滅から救うために、いや、それよりも日本を取り戻すために日本政府は高度な政治的決定を行う。

感染女性隔離である

感染女性は無菌室として改造された国立競技場に集められる。

衣服ウイルス付着のリスクとなるので口元に白い布マスクをしている以外、彼女たちは基本的に裸である

感染女性たちは人類を増やすための「産む機械」となる。

一流の政治家たちが毎日無菌室にやってきて未感染女性たちに粘膜接触する。(政治家はなぜか新型コロナ感染しないので未感染女性との粘膜接触特別に許されているのだ)

フェミニストが「女性性的消費」を問題として立ち上がる。

普通の日本人たちは国の決定や彼らによる閨房的事象を「表現の自由」として擁護し、フェミニスト狩りを始める。

「ボク、コロナチャン」

殺されたフェミニストの腹から出てきた生命(?)はそう名乗った。

「ボク、ウマレタ。セックス、イケナイ」

コロナちゃんフェミニストたちの神となった。

ついにフェミニスト人類を粘膜接触という野蛮から解放するのだ。

フェミニストが目指すのは国立競技場、未感染女性たちの聖地である

日本政府は未感染女性たちを守ることができるだろうか?

『うんち』は『いいね!』って意味だよ

疑問に思ってる連中が多いようなので、ここらでちゃんと言っとくか。

ずいぶん前から「うんち」を言っているんだが、「うんち」はうんちって意味じゃない。

はてな匿名ダイアリーでは、『うんち』は『いいね!』だ。 

…そう言い切るのは微妙だが、だいたいそんな感じに運用されている。

だったら素直に、『いいね!』って言えばいいじゃないですか。

どうして『いいね!』って言わないんだろう。

そんなふうに思う人もいるかもしれない。

浅はか。

想像してみろ。はてな匿名ダイアリーが『いいね!』が言い合える場所だったとしたら。

長文の日記が並んで「…以上です。いかがでしたでしょうか?」

返信欄は「いいね!」「いいね!」「いいね!

増田がそんな風に利用されていたなら。

とても居心地がいいよな。

褒めたり労ったり、お互いを思いやれる空間は、居心地がいい。

まりに居心地がいいので、次第に利用者は入り浸るようになる。自然に人の繋がりができていく。

ニンジン増田さん、お仕事お忙しそうですね、体調は大丈夫ですか」

ダイコン増田さん、心配してくださってありがとうございます

和気あいあいの居心地の良さの中に、内輪然とした雰囲気形成されていく。

特定の人に話しかけるような、手紙みたいな文章投稿され、たくさんのお礼が連なる。

話しの前提は省略されて、共有された話題には通じていることが要求される。

新参割り込みにくい空気が、出来上がっていく。

居心地の良さに気をつけろ。

ネット古老には、インターネットの多くが匿名だった時代をくぐり抜けてきた老人には、常識的な知見だ。

馴れ合いがやりたいなら Facebook とか twitter とかの ID 付きの場所へ行けばいい。

そういう場所に馴染めない奴らはどこへいく?

承認されることさえストレスになる人間

褒められると、次は褒められないんじゃないかって身構える。

社会のはみ出しものは社交場には行かない。

気が付かないやつはマジで気が付かないんだが、実は、日陰で生きる人間結構、割と、たくさんいる。

あるいはコミュ強やリア充だって、言えないことはある。

いつも一緒にいる仲間には話せないようなこと、不満とか愚痴とかヤッカミとか。あるいは純粋な自慢とか。日向で咲いてる人間だって、表社会で言えないようなことは結構、割と、たくさんある。

それを黙って抱えていたくないときは、どこに吐き出せばいい?

そういう奴らが居るべき場所が、そういうのを言える場所が、どこかしらには必要なんだよ。

コミュニケーション能力が低かったり文章力がないような奴でも、気軽に利用できるプラットフォーム

若い連中は知らんかもしれないが、初期の2ちゃんねる黎明期ニコニコ動画はそうだった。

住人を慮らない。

積極的無視を、やっていく。

ユーザー同士がお互いに距離をとる。必要以上に近づかないことが、心理的安全性を生む。

いっそ”殺伐”っていえるほどに乾いた空気が、逆に言論多様性を育む。

聞いてないやつがいからこそ、話せることがある。

信じられないかもしれないが、そういうのはあるんだ。

居心地は、悪いくらいがちょうどいい。

オレら古株の増田はその辺をわきまえているから、「いいね!」なんて、間違っても口に出したりしない。

だが共通符丁があると便利ではある。「あっそう」「へぇ」「まぁわかる」これら全部の状況を深く考えずにテキトウに放言できるような、短くて覚えやすワードが。

増田にゆかりのあるワードなら、なおいい。

そんなわけで、Let's say ...

「「うんち」」

追記

傾向としてはつまらない上に無駄に長く自分語り多めで

こんなふうに誤解してる増田がいて驚いている。

忘れているかもしれないが、ここは日記サイトだ。日記サイトで自分を語って何が悪い

昨今は増田も賑わってきていて、若い連中も入ってきてる。

ユーザーインターフェースも携帯端末向きになってきた。

お前らが慣れてるネットは記名ネットだろうから、こういうネット古参が好むような暗黙の文化は、むしろ解りにくかったか

2020-04-19

ABEMAトナメ将棋界がお祭りになってる件

将棋AbemaTVトーナメントが先々週あたりから放送されているのだが、これが尋常でない面白さなである。ひねくれたファンが多い将棋ギャラリー界においても今のところ「収録順と放送順が違うのではないか」というぐらいの批判(なのか?)しかされていない。コロナで各棋戦が延期になり、みんなが家にいるという状況も手伝い、将棋界ではもはやこれを観ていないと人権が確保されないところまで盛り上がっている。しかし世情が影響しているとはいえ、この盛り上がりはトーナメント自体がとんでもなく面白いという理由を抜きにしては語れない。以下では、何がそんなに面白いのかを非常に偏った視点から解説する。

AbemaTVトーナメントとは

持ち時間5分+一手ごとに5秒加算という超早指しの棋戦である。この棋戦が出てくるまで早指しの代名詞であったNHK杯20分が切れたら一手30秒という感じ(厳密には違うが)なので、文字通り桁が違う早指しである。ちなみに持ち時間が最長の棋戦は名人を決める決勝の9時間である

それに加えて今回の第3回では、棋士同士のチーム戦という要素も加わる。タイトルホルダーと順位戦Top10棋士ドラフト形式で2名を指名し3人のチームで戦う。過去二回のトーナメントでは二回とも藤井聡太が優勝している(ヤバい)のですが、ドラフト採用していることにより、「そりゃ藤井くん指名したいけど抽選で外れて改めて指名し直すよりは他の人と被らなそうな有望株を指名したほうがいいな…」あるいは「それでも俺は藤井くん指名するぜ」という力学が働き、各チームの特色が生まれることになる。

超早指しが教えてくれたこ

Abemaトーナメントを観たことのない人はまずこの映像の18:30あたりから1分くらい観てほしい。昨日放送された、今の棋界で間違いなく最強・豊島竜王名人と、今の若手で勢いは一番・本田奎五段の対局である。場面は両者残り時間20秒を切りお互いに攻める手は色々見えるけど勝ちに結びつくかは相当読まないと無理な局面

https://abema.tv/video/episode/288-23_s30_p17

さて、観ましたね?頭良さそうな顔をした人たちがチェスクロックを叩き壊さんばかりの勢いで叩いてそれに対して外野がわーわー言ってましたね(将棋界では本当にひえーと言うこともわかったと思います)。このスピード感と荒々しさは今までの将棋界にはまったくなかったものである普通将棋中継は眠くて観ていられない人(将棋ファンにもよくいます)でもこれは面白いという人は多い。しかし、ABEMAトーナメント面白いのは単にスピードが速いという理由だけではないと私は思っている。

これから私は自分変態性を告白しますが、普段扇子パタパタしながら難しいことを考えていそうな顔(まあ考えているのだろう)をしている棋士たちが、1秒を惜しむ必死な手付きでチェスクロックを叩きあっているのを見るのは正直にいって痛快である。この暗い愉しみはいかに趣味の悪いものではあるが、ABEMAトーナメントを観ている人間であれば誰であれ多少なりともその愉しみを感じてしまっているいるということは否定できないはずである。このことが明らかにしたのは、たとえばボクシングコロッセオでの奴隷同士の戦いを眺める貴族の遊びの系譜に連なることは明らかであるが、将棋というマインドスポーツもまたその系譜にあるということである。つまり将棋はいかにも「お上品なインテリ伝統文化でござい!」みたいな顔をしているけど、実は相当野蛮なものであるということである。まあ改めて考えてみれば他人戦争を指揮して戦っているのを上空から眺めるという行いが趣味の良いものであるはずはなかったのだが。

話は変わるが、これまで「将棋インターネットと相性が良い」ということがしばしば語られる際、それはたいてい将棋の長時間性とインターネットの無時間性が引き合いに出されてきた。わざわざテレビ向けにルールが作られたNHK杯とかを除けば、将棋の楽しみは長時間棋士が頭を絞って考えるところにあり、そんなものインターネットしかまるごと放送できない、ということである

後知恵になるが、今やそれが間違っていたことは明白である将棋は持ち時間が長かろうが短かろうがインターネットと相性が良い。要するに面白コンテンツインターネットと相性が良いというただそれだけのことでしかなかったのである将棋ファン棋士が思っていたより面白かった。それがこの超早指し棋戦が教えてくれたこである。そして、更にその面白さを補強するのがチーム戦という要素である

棋士のチーム戦

棋士というのは究極の個人商売である。これまでに棋士同士がチームを組んで戦ったのは、コンピューターvs人類という枠組みがあった電王戦ぐらいのものであろう。そのことを、第2回電王戦コンピューターと劇的な泥仕合を繰り広げ引き分けに持ち込んだ塚田泰明はこう語っている。

「なぜ涙が出たのか、ですか? 負け越さずに三浦さんにつなぐことができた、その安堵からです。

もちろん、投了すべきかとも思いました。批判があることも知っています。でも、どんな形であれ、自分はチームのことを考え、最優先したんだ、そう思うと……。

どうも『チーム戦』という言葉に弱いみたいです。その言葉を口にすると、ううっ、と来るんです」

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/35787?page=3

普段まったくチームというものから離れているからこその純粋さであろう。今回のように棋士同士がチームを組み棋士と戦う、というのはもしかしたら将棋歴史史上初かもしれない(まあテレビ企画リレー対局とかはあったけどね)。

これまで我々関係性厨は、限られたリソース師弟関係出身地出身道場、共著、対談、解説イベントでの共演、自戦記や観戦記に書かれたちょっとしたエピソード等、結構あるな!)から棋士関係性を類推することしかできなかった。そのせいで「あの棋士とあの棋士は仲がいい!だって同じコマにいた!」状態になっている人もしばしば見かけた。というかさっきも2ch名人コメント欄で見た。

そこに来てトップ棋士によるドラフトという心理的駆け引きのあるチーム編成であるドラフトは「他の人はそこまで評価してなくても自分が高く評価している棋士」を選ぶ力学が働く。つまり「他のヤツらは分かってないけど俺だけはアイツのいいところを知ってるぜ」な棋士が選ばれる可能性が高い、というか実際そうなった。これは公式からカップリングお墨付きが出たようなものである

先程の映像でも「勝ってると思います勝ってると思います打ってください打ってくださいとりあえず打て!」と、お前そんな早口できたんかというほどの早口野球を観戦しているおっさんと化している三浦九段が映されてしまっていたが、棋士棋士応援する、という光景電王戦以来久しく見ることができなかったものである私生活でどれほど仲良くても盤を挟んでしまえば(あるいは挟んでいない時でも常に)敵なのである。書いてて思ったけどこの関係尊いよね…。いや、それはそれとして、逆から見れば仲のいい棋士が戦っている相手もまた同じ将棋界の同士であるので(それも尊い)、普通棋士棋士応援を公にするということはない。我々ファンは「あの棋士祝勝会/残念会にあの棋士が来たらしい」などというエピソードニコ生で聞いては悶えるだけだったのである

しかし今回は。堂々と棋士棋士応援しているのであるしかしそれは我々が見るのは初めてであっても、きっと棋士本人にとっては仲のいい棋士に対して心の内でいつも思っていることのはずで。それって普通Pixivの〇〇視点SSとかでしか摂取できない成分のはずなのだがなぜか今回は公式にそれが提供されている。関係性の過剰摂取死ぬ

さらに、である。アベマはコンテンツの活かし方をわかっている、というレベルを遥かに超えてプロ(何のだ)が中の人にいるとしか思えない手を指してくる。それが一局分丸々の控室の未公開映像(アベマプレミアム960円登録すれば無料で見られる)と、チーム戦前バラエティ的な親睦会映像、そしてチームのTwitterである。出色なのがTwitterで、チーム佐藤康光さながらレジェンド棋士同士のフランク交換日記様相を呈している。棋士イチャイチャしてるのを現在進行形無限に見ていられるのである死ぬ

からでも間に合う第3回AbemaTVトーナメント

まずはAbemaプレミアム月960円、999999999億円の価値がある未公開映像過去回が観られるので実質無料)に登録して過去回(と言ってもドラフトと先週分しか無い)や先に述べたような映像コンテンツを観ましょう。煽りVや実況解説があるので棋士を知らなくても楽しめます。そしてチームのTwitterフォローしましょう。

いきなり金を払うのは…、という人も無料で観られるコンテンツ(昨日分とか親睦会とか)も多いのでとりあえずAbemaのページに行きましょう。

https://abema.tv/video/title/288-23

あなたはもしかしたらそのうちにAbemaプレミアム初月無料という文字列を発見するかもしれません。その際は「絶対解約し忘れを狙ってるやろ」とか「初回無料とかドラッグの売人とやり口が同じやんけ」などと思わず、素直に登録しましょう。先程も述べたように960円取られても実質無料ですので。

Abemaトーナメントは全何週あるのかわかりませんがまだ昨日で3週目です。将棋でいうとまだ7六歩です。今からでも全然間に合いますので皆さんで盛り上がっていきましょう。

2020-04-18

フェミニストに傾倒する男って

マッチョイズムとか言われるけど、わかりやすく言うと「ノーコストで誰かのパパになれる」っていう心理的な満足感を得るための行為だよね

フェミニストがパパを求めて、それに答える。

これが本当のパパ活。全人類の女のパパになろうとしてる

2020-04-14

気力がない

生きる気力がない.

いや,生きたいとは思うけれど,それは今とはかけ離れた状態になっていて,そこではじめてそう思うものであって,いま生きていたいとは思えない.今この瞬間を生きて,次に続けていかないと理想状態にはたどり着けないのだけれど.

思えば救いを求め続けてきた.いつか自分絶望から救ってくれる環境が,存在が,出来事が,自分の身に突如として与えられるべきだと思いこんできた.いまでもそう思っている.突然論文が読めるようになってほしいし,突然交際が始まってドキドキしたいし,気づくと2年経って名誉ある職に付く社会人になっていてほしい.ここまで書くと苦悩する大学院生っぽいことがわかってしまうな,苦悩というほど苦悩していないのだろうけれど.

けど,けど,けど.

理想がたしかにきっとあるはずなのに,それがあまりにも高すぎて言語化できていない上に,現実とは直感的にかけ離れたものであるとわかってしまうからギャップに苦しむ.理想がなければ現実を持っているべきなのだが,何故か持つことができていない.なにもないと思い込み,ただギャップけが残る.打ちひしがれもするだろうなと思う.

今この文は何も考えず,推敲さえもせず,テキトー文字を打ち込んだ思考の濁流である前後30文字程度見て,それが誤字脱字していないかどうか見ているだけだ.全体の話の流れなど気にしていられない.思考を追い込まれている?ある一瞬ごとに浮かんだ言葉を掴んで連想している.

世間新型コロナウイルスの脅威に恐れ慄き誰しもが引き篭もっている.そしてそれは私も同じだ.人と話すことがこんなにも大切だとは思いもしなかった.特に先週,ずっと丁寧に親身に接してきた恩師から唐突言葉遣いを注意されたことも一つ要因として挙げられるだろう.オンラインで面と向かって話す機会さえも奪われて,残すはSlackなどのテキストコミュニケーション.そこで心理的安全性が侵されているのだから引きこもるのも当然だ.というようにまた思い込みやら決めつけで動いている,よくない.

分人主義を読もうか,といってもう2週間が経つ.個人ではなく,個々人の集合としての個,分人.イメージとしてはこんな感じだろうか.常に一人の自分から孤獨に感じるし責任は重くのしかかるし,意識を保つのにもコストがかかる.これを自分の中で役割ごとに人格を構築し,メール担当勉強担当研究担当バイト担当,色々作り出せばいいのだろうか.言われなくても自らペルソナを作り出して運用しているものもいる気がする.

雑文を書いた.このくらいどうでもいいことを書いて出力することが必要なのだ.これまでは個人に紐付いていてもいいと思っていたが,それは第三者視点から見ると滑稽で奇妙なものとして映るらしい.文字が人を表すのか.そりゃあそうか.

もっと粗雑に,短く,混沌としてやっていくべきと思う.何も考えずに書いた割にはなんか考えてるのではないか?まぁどうせこのことは綺麗サッパリ忘れて明日を迎えるのだけれど.

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