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2024-09-12

から大学を変えると詰む

大学院から別の大学に進学した結果、俺は孤独になった。

大学院というのは学部とは異なり、人間関係がかなり狭い。基本、学内ではゼミメンバーしか関わりはない。俺は文系から理系で言う研究室というよりゼミという概念の方が強く、日常的に顔を合わせるのはゼミメンバーとそれぞれ受ける授業のメンバーくらいになる。

大学院生は学部生と比べて圧倒的に人数が少なく、俺は私立だったか特に少数精鋭だった。だから人間関係が数人単位で完結してしまう本当に狭い世界だった。

そんな中で人間関係に躓くと逃げ口がない。院からの進学者から当然同級生に知り合いはおらず、学部生にも後輩はいない。かといって院から学部生のサークルに入るのも難しく、院で孤立するとその大学人間関係が築けなくなる。

「あぁ、この大学自分の居場所はないんだな」と思った。俺が進学したのは有名私立マンモス校だったが、何万人も学生がいるのに自分は独りぼっちだという落差に耐えられなかった。

しかも、俺は院から一人暮らしをしていたから、周りに誰も知り合いがいない生活余儀なくされた。会いたくもない連中と顔を合わせ、その苦しみを紛らわせる回路もない日々。久々に大学時代にお世話になった先生に会いに行ったら、「ずいぶん痩せたね」と言われた。自分が思っているより当時はヤバい状況だったのかもしれない。

こんなことを書くと「そんなこと言ってないで研究しろ」と言われるだろう。もちろん研究はした。俺は孤独の穴を埋め合わせるように一人研究に勤しみ、M1ながら論文投稿した。

こうして、なんとか逃げるように卒業したが、あの大学にはなんの愛着も未練もない。俺にとってあそこは見知らぬ外国であり、俺は紛れもない異邦人だった。

外部進学者院生孤独問題にはもっと光が当てられるべきだと思う。

2024-04-29

anond:20240429092619

50代だけど俺たちの世代子供の時に矯正するというのは死ぬほど珍しかった

小学校全校生徒1000人に一人か二人というレベル(当時はマンモス校でもあった)

予防歯科という考えもなくて歯石取ったりするという事が存在することさえ知られてなかった

銀歯はまあ当時のテクノロジーから仕方がない

たまたま歯並び良く生まれなければガタガタが当たり前だし歯医者行くのは虫歯治す時だけって世代

俺もアメリカ来てなかったら多分定期的に歯石取りには行ってなかったか

2023-12-05

日大アメフト部にすでに一敗地にまみれているのでは

日大アメフト部廃部の問題についてなんだが、あれはどうにも腑に落ちない。

言うまでもないと思うが、現状、日大に求められているのは、アメフト部やその他の運動部への統制を取り戻し、違法行為を防止する、あるいは違法行為があっても発見できる体制を構築することだ。

 

その意味では、廃部はあまり上策ではない。

あちこちで言われているとおり、不祥事発覚が懲罰的廃部につながるのであれば、内部告発を期待できなくなるからだ。

では、理事会ではなぜ廃部が検討されているのだろうか。

 

廃部には色々なデメリットがあるが、それでもどうしても廃部をしなくてはならない状況としては、廃部をしなければ統制を取り戻せない、ということが考えられる。

通常であれば、責任者の交代・管理体制刷新・外部モニタリングの導入などで統制を回復してくのが筋だが、そのような通常の手段ではどうにもならない、という状況なのかもしれない。

まり、「平和的に統制を奪おうとしましたが、アメフト部権威権力が強く、できませんでした。闘争によって打倒を目指します」という、一種のお手上げ状態の表明である

 

常識的に考えて、いち運動部大学執行部を恐れさせるような力を保持しているというのは、ちょっとありえない。

そこらの木っ端大学ではなく、日大のようなマンモス校権力を上回る力をアメフト部が持っているというのは、いささか信じがたい。

しかし、ブコメ諸賢にも「廃部しない限り無理」という意見が多く見られた。それどころか「廃部してもすぐ復活する」という意見さえあった。おそらく日大OB関係者などが近くにいるブクマカだろう。

ブクマカ情報を信じるのであれば、アメフト部日大を上回る力を持っている、というのは本当のことなのかもしれない。

 

しかし、そうすると別のことが腑に落ちない。

それだけの権力があるものを打倒することを表明するのだから、これは一種宣戦布告であるはずだ。

権力があるものを倒すのであれば、クーデターのように、あるいは奇襲攻撃のように、準備を整え相手対応する時間を与えず、一気にその要所を叩くべきだ。もたもたしていては反撃を受けてしまう。

そうであるはずなのに、理事会が廃部に対してあいまいな態度をとっていることは、ちぐはぐな印象を受ける。

宣戦布告をしておいて戦う体制が取れていない、というのはどういうことだろうか。

 

考えられる可能性はふたつある。

ひとつめとしては、「アメフト部日大を上回る力を持っている」などということはない、という常識的ものだ。

理事会は、統制を取り戻すことなんか考えず、世間処罰感情におびえ、情緒的に廃部を検討しているだけ、という可能である

さすがに悲観的すぎるし、前述の通り、ブクマカの知性を信じるならこれは否定してよいだろう。

ブクマカ処罰感情から暴走しているだけ、というのは現実的には考えにくい。

 

考えられるもう一つの可能性は、すでに日大アメフト部に一敗地にまみれている、ということだ。

日大執行アメフト部クーデターを挑み、そして鎮圧された、または鎮圧されかかっている状態ということである

そう考えると、理事会優柔不断というかどっちつかずな態度も理解できてくるのではないだろうか。

日大アメフト部の実力が垣間見える事態である

2023-06-23

マッチングアプリを使ったら同級生が来た話

きっか

はじめてアプリを使った。田舎の片隅で20ちょいの年数を生きてきて、彼氏欲しいな〜って思ったこともあったけど、嫌な思いもしたのであるから興味を持つことをやめた。私の好きなもの推し推しカプとBLで、お金仕事も自信ないし、いずれ適当に死のうと思ってその日その日が過ぎるのを淡々と待っていたから。

些細なきっかけでした。

それはTwitterフォロワーマッチングアプリ男漁り(言い方)をしてるのを上げていたから。

そのとき私は気付いた。(私もマッチングアプリが使える年齢じゃん)と。そう思ったら俄然興味が湧いてきた。話のネタになればなーって思って動いた。

とりあえず顔面登録しなくても使えて、漫画アニメと、もうオタク感満載のプロフィール適当に。

地方都市人口が少ないからか色んな人とマッチングした。歳上、歳下、みんな趣味は似てたけど、タメ口だった。なんならヤリモク(性行為目的)っぽいひともちらほらいて、適当に2、3通やりあったら逃げてた。どうやらアプリを使う人は女性が少ないらしく、蹴ってもそれなりにアポが来た。

登録して2、3日が経ち、歳上歳下問わずに初回でタメ口っていうのがどうも苦手で、そろそろ退会しようかなと思ってた矢先に

はじめまして!」

と来たのが彼だった。

「あっ!敬語!!!!」

恥ずかしながらタメ口の男どもに疲れていた私はすぐにやり取りをした。チョロい

同い年、同じ市内、なんなら読書趣味までそれなりに合った。今まで話した人の中で一番嫌な気持ちにならなかった。

初会編

それは彼も同じだったようで、すぐに「会わないか」と言う話になった。場所県内で一番大きな書店。私は行きたい想いと、知らない男に会うっていう怖さで迷った。アプリ使っておいて何を言うかって話なのだけれど。

正直私は女としてはガタイがいい方で、可愛くもない、美人じゃないし、昔付き合った男には「痩せたら可愛い」と言われたくらいだ。今でも思い出すだけで泣きそうになる程度にはトラウマだ。悪かったなデカくて。

振るいにかけるつもりで「私可愛くないので期待しないでください」って送った。

容姿気にしないので大丈夫です!」

(おもしれえ奴)

私の中で何とかの王子様が笑った。私は覚悟を決めた。

殺されたりしたらやばいから友人に連絡して、次の日までLINEがなかったらという条件付きで警察通報を頼んだ。男の車には乗るなって念を押された。

彼には車で迎えに行こうかって聞かれたが、流石に怖かったので辞退した。

その日の天気と彼の服装はよく覚えてる。春先にしては冷たい雨が降ってて、彼はしま〇らっぽいパーカーを着てた。めっちゃ田舎男の子だった。

本当に、彼には悪いけど中学生男の子だった。

今日はどこから乗ってきたんですか」

「A駅からです」

最初はそんなやり取りからだろうなーって思ったけどつい最寄り駅を答えるなど阿呆をやらかす私。

すると彼

「A駅ってことはB中学でした?」

「どうして?」

「いや、俺もそこなので」

「…………」

マッチングアプリを使ったら同級生が来た

かに田舎からありえないことでは無いが、まさかそんな事あるとは思わなかった。

私の通っていた中学はそれなりのマンモス校で、更に私は2年生から不登校になっていたので、たとえ同じクラスだったとしても知るはずはないのだ。さらに言うと前述した元彼と同じ部活だったという。

同じ出身校という事であっという間に緊張は解けて、そのまま書店を三時間散策した。休憩無しだったので流石に疲れた

そろそろ帰ろうかなと思って切り出そうとしたところ、彼から「お寿司、好きですか?この辺に食べログ1位の美味しいお店があって」と切り出された。

私は迷った。なぜなら私は

寿司が大好きなのだ

そして迷う私に彼が追加する

「俺の奢りで」

気が付いたら友人の忠告も忘れて車に乗ってた。寿司って怖い。食べログ1位のお寿司って行ったことないもん。行きたいじゃん。加えてこの男、

笑顔チワワのように可愛いである

このあと持ち帰られたらどうしようと思った。もう持ち帰られても私が悪いんだけど。

全身しま〇らの男に持ち帰られたらネタになるなとか思いながら寿司食べてた。彼にもしま〇らに悪いな。

異性に会うのにあまりラフだったから私はびっくりしたのだ。

寿司はめちゃくちゃ美味しかった。食べログ1位だった。ちょっといいお店だし、初めてだし、少しは気を使った。食べる方なので。彼は気にせずニコニコ食べてた。チワワスマイル全開だった。

そのあと、心配してたことは起こらなかった。自宅の最寄り駅で下ろしてもらって、次の予定を取り付けた。

後日聞いたら彼は、「そんなこと考えてなかった」そうで、素直な人間代表の私はそうなんだ……と助手席で思ったのだった。

帰宅後、今までは開きたいと思わなかった中学アルバムを開いた。確かにそこには聞かされた名前と同じ名前の彼がチワワスマイルで載っていた。

少しだけ楽しみが増えたなとこの時は思った。

2回目

週を跨いで二回目。彼の車で水族館に行くことになった。(2度目にして既に彼に対する警戒感は多少薄れていた。)

致命的なまでに人の顔を覚えるのが苦手な私は、1週間で先週会った男の顔を完全に忘れていた。

覚えているのは名前と、強めの車の芳香剤匂い。あとはやたら笑顔が可愛かったという印象だけだった。

以前降ろしてもらった駅で拾ってもらうことになっていたのだが、はて、車も覚えてないのだ。どうしようかと思っていた。

でも、そんなのは杞憂に終わった。

向こうが車から降りてきたからだ。

顔覚えの悪い私でも、こちらに向かって歩いてくる男が居れば流石にわかった。

当日の彼はジャケットを着ていた。

彼を見た時に私は息が止まった。

大変だ。オフィスカジュアルだ。

そしてこの私、三度の飯と同じくらいに男のジャケットが好きなオタクだ。推しカプがデートジャケット着てたら丸一日元気で居られるくらいには好きだ。

ジャケットを着た男がいるシチュエーションが好きなのだ

目の前にはオフィスカジュアルな男がいる。例えるなら相棒神戸であるしかも前回はしま〇らチワワだった訳で……。そんなギャップテンションが上がらないわけがなかった。

悲しいくらいに私はオタクだった……。

一方の私、前回の彼に合わせてラフ目にしてきたため、互いに格好が入れ替わった形になった。格好を例えるなら相棒亀山薫みたいな格好をしていた。

さて、無事顔を忘れた私だったが、話してるうちに(あー、こんな感じだったな。この人だ)と思い出し始めた。向こうは覚えてたのにこっちは覚えてないとは失礼な話だが、体質だからしょうがないのだ。

なお、このチワワの顔をふんわり思い浮かべられるようになるのは付き合って3ヶ月経つくらいになってからだ。車の顔の方が先に覚えられた。ごめんチワワ

2度目は正直あまり覚えていない。泳いでた魚は美味しそうだとか、アジは沖と港とで種類が違うとか、港でブリも釣れるとか、話していた気がする。

「今度天気が良ければ釣りに行きますか」って言われた気がする。

それは付き合って早々に実現するのだけれど、そこで私は魚を素手で掴んだまま帰宅するのだった。

彼は何故か感動していた。

話が脱線した。あらかた水族館を見終わって、天気がいいから浜に行こうって言われた。

めちゃくちゃ天気が良かった。カップルが山のようにいた。あまりにも居すぎて見てるこっちが恥ずかしくなった。

それは向こうも同じだったようで、

「なんかこう、(カップル距離が)近いですね」

「わかる」

互いに免疫がなかったのである

夕食は誘われたけど、今回は辞退した。理由は忘れたけど。

つぎはご飯を食べようって話になって、知人の店に行きましょうって私が提案した。

拾ってくれた場所で下ろしてもらって、「また来週」って挨拶した。

久しぶりに楽しかったので、友人に洗いざらい報告して、その夜は珍しくよく眠れたと思う。

3回目

ここまででかかった日数は僅か二週間。

二週間で知らないチワワ男と毎日やり取りする仲になったのだ。面白いである

ここまでくると次のイベントはそう

告白

永遠に私と縁がなかったイベントである。なんなら告白された事はなく、男を見る目もない。可愛くないと家族にも男にも言われ続けて自尊心なんてほとんど残っていない二十代前半で既に出涸らしのような女である

告白されたら死ぬな〜と思いながら電車に乗った。

この頃の私の検索履歴は「付き合ってない 3回目 デート」でいっぱいだった。頭の中はなんでだらけだった。

今回は飲む予定だったので互いに最寄り駅で合流する手筈になっていた。

当たり前のようにチワワの顔は忘れていた。

「夜はまだ寒いから暖かい格好してきてくださいねー」

出かける前にそう彼から連絡が来ていた。

田舎から駅で降りる人達なんてほとんど学生で、だからなんとなく彼を見つけられた。

その日の彼は残念ながらしま〇らboyに戻っていた。

その時私はなんとなく気付いた。

暖かい格好=パーカーか!!

話が逸れるが、私の実弟ものすごくオシャレが好きな男だ。私なんかよりずっと靴を持ってる。

そんな訳で、イマドキの若い男ってここぞと言う時にはめちゃくちゃかっこいい服着てくるイメージしかなくて、色んな意味でびっくりした。

おすそ分けのタケノコを持っていた私が言えることではないけれど。

初めての異性とのサシ飲みは、本当に友人達のものと代わり映えもなく、互いに「酒は飲めるがあまり飲む必要はない」というスタンス通りに2、3杯飲んで終わった。

「少し散歩してから帰りませんか」

電車時間まで40分くらい。最後に頼んだ梅酒ロックが効いてふわふわになりながら、「おさんぽすき!!(本当に好き)」とハイテンションで了承した。

散歩と言っても田舎の9時は真っ暗で、ぽつぽつとある街頭の下を酔っ払いテンション学生時代の話なんかしながら歩いていく。気がつけば電車時間まで20分を切ってて、次の電車がいつあるのか把握していない私は心配になった。

「そろそろ戻らないと電車間に合いませんよ」

「あ、公園がある!もう少しだけいいですか」

そう言ってブランコに駆け寄るチワワ

(なんで草ボーボーの公園に入っちゃうかな〜)と当時は思ったのだけど、今思えばタイミングを探してたのかなと思ってる。

でも草ボーボーの春先の公園しんどいです。足が痒かった。

結局ブランコに座ったまま雑談突入。もう電車は間に合わない時間帯だった。

「俺、もうこのアプリ辞めようと思ってて。」

「私もそろっと辞める予定です。変な人と沢山会ったし!勉強になりました」

これは本当。彼と会って最後は辞めるつもりだったし、身の丈に合わないと思ったから。

彼はそのまま隣でスマホを開いて退会処理を始めた。

気が早いな〜と思って見てたら

「あの、アプリ消したし、よかったら付き合って貰えませんか」

はい

なんか流れるように告白されて、私も脳みそ認識する前に反射で答えてた。ついでにどうしたらいいかからなくて握手した。

電車踏切の音が聞こえて、乗る予定だった電車が華麗に通り過ぎてった。

なんかもっとこう、告白って、少女漫画みたいなキラキラシチュエーションで、もっとゆっくり時間が過ぎるのを感じるものだと思ってた。

現実は草ボーボーの公園だし、足は寒いし、目の前にいたのは嬉しそうなしま〇らチワワだった。

帰宅後、LI〇Eで「これからよろしくお願いします」と送ったら「うん!こちらこそよろしく😁」ときて、2週間の間全く外れなかったチャットツールでの敬語が外れたので、距離感の詰め方に驚きながらもようやく彼氏が出来たことを実感した。

そんな子と半年も付き合ってる。

2023-01-23

保護者アンケートの結果から...

子供の通う学校保護者アンケートの結果が発表されて、反マスク派の人がマスク外せ主張をしていた。

学校も外すように今後指導をしていくと書いていて、かなり心配に思う。

なんとなくわかってきたのはワクチンを3回以上打った人にとってコロナだんだん風邪よりちょっとひどい程度になってきていると思う。

でも、子供ワクチン接種率ってめちゃくちゃ低いじゃん?下手したら1回も打ったことない子供もかなりいるじゃん?

自治体統計を見ると1回も打ったことがない子供過半数で、3回終わっている子はほとんどいないじゃん?

子供の通う小学校けがワクチン接種率が高いとも思えないから、自治体統計通りだととらえると、ほとんどの子供は大人ほど打ってない。

アメリカの結果だと、かかった場合ワクチンなしでの子重症化率って5%くらいで、死亡率は1%くらいらしい。

からマンモス校だと数人以上死にそうなんだけど、大丈夫なんだろうか。

2022-02-16

はあー?

学校で黙食するぐらいで青春を返せだー?

ぬるいことこの上ないな

こちとら団塊ジュニアマンモス校教師足りない受験競争はある大学狭き門の上に出るころ就職氷河期

ついでにずっとオタク迫害全盛期ですわ

こっちが青春返してほしいわ

2021-02-05

静岡県東部私立高校受験事情(何十年も変わらぬ)

これを書いているのは私立高校受験が終わった頃です。

さて、ここら辺は大都会と違って、日本の多くの田舎同様「公立至上主義である

何十年も前の話であるが、カミさんは「私立名前さえ書けば受かる」と言っていた。

そんなまさか、と思ったが、自分の子供が高校受験するころになって同様の話が聞こえてきたのである

それは「中学校先生が『受けて良い』と言ったらその高校合格です」というものである

どの学校受けようが受けまいが自由じゃん、と思うのだが実態はそうではないらしい。

それと並行して、中学校担任には三者面談の時に「必ず私立はどこか受けてもらうことになっている」と言われたりもした。

「受けてもらうことになっている」とは何か。

本命公立に落ちても追加募集ということがあり、近年は少子化につき、通える範囲に数校、追加募集を行なっていることがある。

から無理やり私立受けることないだろうと思うのだが、先生がそういうからには承るしかないのだろう。

さて、晩秋になってA高校に問い合わせた。いつまで経っても受験要項がサイト掲載されないからだ。

定員は何人か。受験科目数は何科目か。それぞれ何分か。満点は何点か。

返信はごくあっさりしたものだった。

受験に関しては、中学校先生にお願いしておりますので、中学校先生にお問い合わせください」

この質問中学校先生、全く関係ないだろ!と憤慨した。

シンプルに答えてくれればいいのに私立高校のことで中学校先生の手を煩わせるのかとも思った。

んで、いろいろ調べまくって、だいたいわかったことはこうだ。

・各私立高校合格内申点目安を中学校通達する。

中学校担任は、12月内申点で生徒にどこの学校受験して良いか伝達する。

・生徒は、受けて良いと言われた学校受験。当日テストやらかしても自動合格する。

自動合格する故に「名前を書けば合格」などと言われるのである

私立高校内外でもヒエラルキーがある。同一高校内では特別クラスと進学クラスであったり、

高校外ではA高校合格目安内申33。B高校は30というようになっている。

内申30のやつは基本はA高校受験できないのである

そのハードルを少々さげるために、「単願」制度というものがある。

併願は「公立受験しますよ、受かった時はおそらくそっちでしょうね」という受験生。

単願は「公立には浮気しないで貴校一本ですので、なんとかお手柔らかに」という受験生。

高校側としても必ず来てくれる生徒を確保したいので、単願は若干内申のハードルが下がる。

併願ならB高校レベルだが、単願にすることでA高校入学できるようになったりするのである

受験倍率というのも一応出る。ここらへんでは私大付属マンモス校A高で2.41倍。

この倍率もあってないようなもので、併願が半分以上いると思われ、その者たちは合格したら公立に行く。

想定した定員よりも多い場合はA高校のほうで非常勤講師雇用対応する。

(実際に教員数が発表になっているが、マンモス校の割には少ない。普通高校レベル。相当数の非常勤がいると思われる)

試験当日。各中学校の引率の先生のもと集合し、受験する。

この問題はどうやら手強いらしい。

来たる公立本番に向けて油断するなよ、という戒めがあるものと思われる。

もちろんほとんどできなくても合格する。

(落ちた話を本当に聞いたことがない。伝説、幻レベルだと思われる)

そして、合格発表。

これも中学校先生から手渡される。封筒切手消印もない。

おそらくダンボールで持って来るのでは。

何点取ったか、何人中何番だったか知る術はない。

「おめでとうございます、何々コース合格です」と書いてあるだけである

せめて得点くらい知りたいものである

さて、競争原理からすると、悪いことのようだが、

このシステム三方良しのようなもので、

中学校=一人の浪人も出したくない

生徒と保護者=滑り止めには必ず合格してほしい

私立高校=ある程度質が担保された生徒に来てほしい

というそれぞれの思惑に合致する。

それを実現するために、中学校先生結構なご尽力をしているのである

私大付属高で内部進学コースであれば、

その私大まであまり苦労せずにエスカレーターで入ることができる。

この私大日東駒専レベルであり、

外部から入るのは結構、いやかなり大変なのである

偏差値でいえば53くらいで有名私大まで行けるわけだからそういう選択肢も良いと思う。

というわけで、内申点これくらい、模擬試験これくらい、受かりますか?と心配しなくても大丈夫、ということが結論である

2021-01-10

勉強ガチマジで嫌いだけど社会人一生勉強ダルい

~~小学校時代

特に勉強をせずすごす 一応ベネッセ契約してはいたが付録目当てで特に勉強しなかった 特段点数が悪いわけではなかった

~~中学校時代

テスト一週間前だけイヤイヤ勉強をする これも一応契約してたベネッセ対策冊子みたいなのでごまかした

成績は公立マンモス校の中の上から中の下を行ったり来たり

受験試験前一月ぐらいでガッと詰め込んだ

~~高専時代

大学には行きたかったがそのために勉強するのが嫌すぎるし高卒ももっと嫌だったか高専に行く

行こうと思えば編入もできるしね

赤点とってもなんとかなるなと思ってから赤点の鬼 ほぼ全てを赤点取って再試で突破

再試すら一夜漬けを超えた朝漬けだった

提出物だけは友達に手助けしてもらいつつ期限内に出したからか奇跡的にノー留年卒業 

当然勉強したくなかったので高専の推薦パワーでエンジニア職に就職

~~社会人時代(現在)

言われた仕事だけしてりゃスキル付いてるだろと思ったが上司自分から勉強しねえとこの先やっていけねえぞ(意訳)と言われる

でもとにかく勉強はしたくない

  

仕事自体は嫌いじゃないけどプライベート時間割いてまで勉強したくねえよ

今まで一切勉強してこなかったからやり方もわかんねえしよお

誰か助けてくれよぉ

2020-12-30

とにかく死者が少なすぎんだよ

コロナ大騒ぎじゃん

2020はコロナの年だったじゃん

ほぼみんなマスク付けてるし、実際怖い

でね、世界全体の死者数はどのくらいかな?と思うじゃん まあ1億くらい死んでて欲しいよなあ こんだけ騒いだんだし

179万人らしい

ファーーーッ 雑魚すぎるだろ

九州人口:1400万人くらい

四国人口:370万人くらい

九州はおろか四国すら滅ぼせんやんけーーッ!!!

いっつも思うんだけどとにかく人が死ななさすぎる!この世……

もっとヴァーっと死なないんか せめて3000万くらい行ってくれやこのノリなんやったら

まらんねんマジ だからゴミなんやこの世界

日本の死者数3000人とかやろ ナメとんのか?

ちょっとしたマンモス校すら潰せんレベルやん

人間が70億いる時点で相当ウンザリなのに、それが全員しぶといから嫌になる もっとポンポン死ねや 俺も死んでやるから

本当につまらない 200万人にすら届かない死者かよ ノーダメージみたいなもんじゃねえか

感染者8900万人とかいるのはかなりイイ そこは頑張ってると思う あとは致死率やなあ、コロナくん そろそろ本気でやってくれてもええんや

なんか巨大隕石落ちたり宇宙人が攻めてきたりしても2億人くらいしか死なないんじゃねえかという気すらしてくる

危機が足りねえだろ絶対

弱い弱い弱ーい こんなクソ雑魚ウイルスですら大騒ぎになっちゃうのがおかしいんだ

なんかもっととんでもないこと起きろよお

でもニューヨークが核でまるごと吹き飛んでも800万人とかしか死なないんだよな

人間多すぎ 死ななす

2020-12-09

anond:20201209143233

そう。

指摘の通り國學院帝京など中堅〜低位クラス大学の附属校は結構偏差値表では上位にいたりする。

ただし、増田想像していると思うがその実績はマンモス校ゆえに成されている部分も多く、また女子なんかは附属大学バカちょっかいを出されることも多い。

大学に附属しない中高一貫、とくに別学の進学校が今でも別格扱いなのはこういう理由による。

2020-11-26

何人死ぬかなあ!

コロナちゃんいよいよ大爆発という感じになってきましたが、最終的に…というか終わりはなさそうな感じもするので、ひとまず来年の末くらいまでに、日本で死者はどのくらい出るだろうか?!

今のところ1963人らしい

まあそこそこ死んでるが、言うてショボい

過疎の村くらいなら滅ぼせるが、町くらいの規模になると全然勝てない なんならマンモス校ひとつ潰せない

俺的には、こんだけ騒いだんだからやっぱせめて2万5000人くらいは死んでほしいんだよな

東日本大震災がそのくらいだった気がする

遅効性でパッとしないことを考えると、理想としては3万とか4万とか死んでほしい

いや……ショボいよなあそんなん

5万ですらショボい 12万とかいっても全然ショボいわ

日本人口、万でいうなら12000万くらいいるわけだ

12000円持ってるのに12円使うのを躊躇うことは全然ない ほぼノーダメージみたいなもん

せめて100万人くらい死んでようやくダメージ感がでてくる

国家危機緊急事態なんて言うからには3000万人くらい死んでくれんと張り合いがないわよ

俺も死んでやるからそのくらいグワっと死んでほしいんだよな

2000人も死んでないのにこの大騒ぎってのはなんとも虚しい 医療崩壊つってもそんなみんながみんないつも病院行ってないと死ぬ身体なわけでもなし、なんというか大したことにはならない感が強い

なんとか1000万人くらい死ぬようにならんのか?

何が起きても全然人が死なねえからつまんねえよ

2020-07-11

時が経つのがこわい

時が経つのがこわい。時が経つにつれて大事だったはずのことを忘れていってしまっていることがこわい。

母親は気性が荒く、褒めるときはとても褒めてくれるが怒るときにはほんのちょっとしたことでもひどく怒鳴り散らした。蹴る、はたく、髪を掴むということもよくされた。僕よりも兄の方が好きで、兄の好物を優先したり、喧嘩して明らかに両方悪くても僕だけ怒鳴ったりした。はっきり言って母親が嫌いだった。憎かった。小学校とき教師が「あなたのお母さんはうまく日本語が話せなくてつい手を出してしまうかもしれないけど、あなたのことを思っているんだよ、愛しているんだよ」と言った。母は外国人だった。ふざけんなと思った。そんなことで暴力正当化されてたまるかと思った。そんなことで母の愛を認められてたまるかと思った。身を持って母に愛されていない(少なくとも兄よりは)と実感しているのに、何も知らない外野に分かったようなことを言われ、自分が悪いことにされ、逃げ道はないのだと絶望した。絶対にこの女に愛されてはやらないし、愛してもやらないと決めた。しかし母はひとりぼっちだった。外国人で、嫁いできた先が田舎ということもあって、うっすらとハブられていた。母は強い人で、ハブられたところでなにくそとなるタイプだった。でも強かったらひとりぼっちいいわけがない。母を見捨てることもできなかった。大嫌いで憎くてたまらないのに、ひとりぼっちのかわいそうな母を放っておけなかった。つらかった。決して愛せはしないのに大事にしてやらなければいけないとどこかで思ってしま矛盾に、産まれなければよかったとよく思った。

一人暮らしをするようになってもうずいぶん経つ今、そんな苦しい思いを忘れそうになっている。

中学の頃、ほとんど全校生徒に嫌われ、いじめられていた。全校生徒がちょっとしたマンモス校の一クラス分ほどしかいないから、それくらいの人数に嫌われることなんてそこまで珍しいことでもない。でも、その頃の僕にとって学校ほとんど世界の全てだった。つまり世界を敵に回して戦っているようなものだった。戦えてすらいなかった。世界が敵になって僕のことをいたぶっていた。どこにも味方はいなかった。毎日学校行きたくないと思っていて、一度、休むほどの体調ではなかったけどとにかく行きたくなくて休んだら、父親に「仮病なんて使ってふざけてんじゃねえぞ」と言われた。父のことは比較的好きだったが、そのときばかりは母より憎たらしく感じた。親も教師も助けてはくれず、自分でも自分が悪いのだと責めることしかできず、日々の大半を希死念慮が覆っていた。こんな人間は生きていてはいけないのに、ただ死ぬのがこわくて、それだけで死ねないでいた。

大人になった今、そんなつらい出来事を忘れそうになっている。

から見れば、そんなこと忘れてしまえと思うかもしれない。負の感情に囚われ続けるなんて不毛なことはやめて、幸せになる努力でもしろと思うかもしれない。でもそれはできない。なぜなら約束たからだ。死ぬほどつらかったあの頃、僕は約束した。絶対にこの苦しい思いを忘れないと。これを自分人生のいい話なんかにはしないと。この恨みを絶対に捨てない、一生抱えて生きていくと。何も許さないと。だって他に誰も覚えていてなどやれないのだから自分が忘れたら消えてしま存在である泣いている幼い自分。憎い母も捨てられない僕に、かわいそうな自分を捨てられるはずがなかった。

誰かが悪いとか、いつか復讐してやるとかそういうことじゃなかった。ただ忘れないでいてやりたかった。誰も慰めてくれなかった自分を僕だけは慰めていてやりたかった。ずっと一緒にいてやりたかった。

でも今、忘れそうになっている。あんなつらい、苦しい思いを忘れそうだ。だって僕は生きているから。

幼い自分はあの頃から一歩も進むことはないけれど、生きている僕は生きる限り進み続けて、その自分から離れていく。それがこわい。だって何も終わっていない。解決していない。許せていない。何も変わっていない。頭の上に振り上げられる手がこわくて、怒声がこわくて、ボールがこわくて、人がこわくて、あの頃の自分を苦しめたもの全部が開けていった心の穴は埋まっていないのに、感情だけ忘れていく。傷はまだ痛むのに、傷つけられた怒りは忘れていく。それがこわい。怒りや、悲しみや、苦しみや、恨みが、もうほんの少ししか思い出せない。だから、そんなことがあって、そんな感情があったことを残しておこうと思って、ここに書いた。

2019-12-17

魔法言葉がほしい

彼女高校の後輩だった。とはいえ母校はマンモス校だったから、俺と彼女の接点などなかった。俺は理数科とは名ばかりのアホクラス彼女特別学科。俺が彼女のことを知ったのは、弁論大会の全校放送だった。みんなが世界平和とか戦争がどうこうとか、そんなテーマで話してる中、彼女人生観?みたいな話をしていた。こう書くとすごくやる気のある人っぽいが、抑揚もなくてつまんなそうに話してるだけ。でも、断トツに内容がうまかった。彼女は1年生で、それも結構な衝撃だった。特進のやつらって1年からめっちゃ頭いいんだなー、って友達と話したくらい。教師たちは2,3年生のうち、世界平和とかのありきたりなテーマを書いた生徒を選ぼうとしたんだろうけど、当然のように彼女代表になった。

理数科と特進科の接点なんてなかったから、彼女と話をする機会はなかった。でも、俺は彼女のつまんなそうな話し方と内容のギャップがずっと忘れられなくて、卒業式の時にアドレスを聞いた。彼女ちょっとびっくりした顔をして、でも教えてくれた。勇気がなかったせいで、彼女と連絡をとれたのは誕生日の日と、正月くらいだった。彼女が3年生のときの冬、受験頑張れってメールを送った時、ちょっと話が盛り上がって社交辞令っぽくはあるが受験が終わったらご飯に行こうと誘うことができた。その春彼女は滑り止めだという大学に進学して、本当に食事に行くことになった。俺がなんとか潜り込んだ大学とは比べ物にならない学校で落ち込んだりもしたが…。彼女にはそのうち彼氏ができていた。大学デビューとは言わないまでも、校則が厳しいせいでいつも結んでいた髪をほどいて、ちょっと化粧するだけでかなり綺麗になってたから、当然のことだった。俺は相変わらずたまにメールを送るくらいで、何もできていなかったし。

転機があったのは、俺が社会人になってからだ。彼女就活のあれこれで、彼氏と別れたみたいだった。俺はもうこれ以上チャンスはないだろうと踏んで、彼女食事に誘いまくった。電話をかけて、まれ彼女から連絡があればすぐに飛んで行った。タイミングが良かったのだろう、彼女就職が決まった頃、彼女と付き合うことができた。付き合ってから、驚いたことがある。

それが、彼女が何事においても努力を嫌う人だったということだ。

彼女文章を書くのがうまい高校の時も俺が知っている1年の間だけでも弁論大会以外に作文や詩とかで賞をとっていた(学校プリント彼女名前が載ってると、必ず大事にとっておいていた。気持ち悪いけど…)。聞いたら、大学の時は学生向けの小説でも賞をとったことがあるそうだ。だから、俺は初めて彼女を知った時のことを思うに、やる気がなさそうに見えたのは話すのが好きじゃなかっただけで、文章を書くのは好きなんだと思っていた。小説なんか、相当好きじゃないと書かないと思ってたから。でも、それは全くの勘違いだった。彼女就職すると、ぱたっと物を書くのをやめてしまった。俺は彼女文章が読みたかったし、それに彼女が書かなくなってしまうのはすごくもったいないように思えて、もう詩とか小説とかは書かないの?と聞いた。彼女は「書く意味がない」と言った。彼女の話を総合すると、文章を書いていたのはそれが課題だったり、進学やらの評価に直結するものだったりしたからで、自分で書きたい物はないということだった。すごく上手なのに、というと、私より上手い人がいるから私が書く意味はない、といった。子供みたいな屁理屈だけど、俺はプロ小説家でも彼女より下手な人はたくさんいるじゃないかといった。すると、彼女は「もし私より下手なプロがいるとしても、その人は私より書くのが好きだから」というのだ。

文章だけではない。彼女就職した会社で大きな仕事を任されると、いつもゲンナリしていた。仕事について会社で褒められても、決して喜ばないのだ。俺は彼女が喜ばないことについて、高校の時は特進科にいたくらいだから完璧主義なんだろうと思っていた。しかし、彼女は「褒められても困る」という。褒められても、要求されるレベルが上がるだけで旨味がないから、期待されたくないらしい。実際に、彼女仕事を頑張らないようにしているそうだ。確かに俺も仕事の量をセーブしたり、適当残業を延ばしたりすることはある。でも、彼女場合最初から全ての力を出さないようにしているように見える。

彼女は俺に、「何も頑張りたくないし頑張れないから、頑張らないことを頑張っている」というようなことを話してくれたことがある。俺にはわからない感覚だ。俺からしたら、それこそ彼女は頑張りさえすればなんでもできるように見える。小説家にだってなれるのではないか仕事だって出世できるはずなのに、どうしてなんだろう。俺は何もできないからどうにか大学に行かなくちゃと頑張ったし、置いていかれないように勉強して就職した。仕事もたいした出世が期待できないなりに必死にやっているつもりだ。

結局、俺は才能があるはずなのに何もしないで生きようとする彼女が妬ましいのかもしれない。それに、彼女のことを好きになったきっかけの文章を失うのが寂しいんだろう。彼女を劇的に変える魔法言葉なんてないのに、どうにかして彼女に何か頑張ってほしいと思ってしまう。他人を変えることなんてできないのに。無理だって分かっているけど、彼女の本気の文章を読んでみたい。

2019-07-20

anond:20190720222418

とーだいはマンモス校だよ。

一学年三千人もいるんだわ。

2018-05-27

anond:20180527140705

日大マンモス校から付属卒業生とか含めたら関係者が多いからじゃないかな。出身校だと思うと関心を持つ層がいる。それも理事レベルの根が深い話となればなおさら

それから教育問題からかなと思ってる。あとあの炎上ぶりは自分会社ではどうなるかと、我が身を重ねる人も多いのではないかと。

2017-10-31

ラノベを読んでいて

単純な疑問なんだけど作品の中で『一学年五クラスで一クラス五十人なんてマンモス校』という箇所があったんだけど、今のマンモス校ってこんなもんなの?

2017-09-14

評判イマイチアニメ映画観たらピンポイント直撃を食らい時が飛んだ

子供の頃、大好きな女の子がいたんだ。

俺はあの子のことが、本当に、本当に大好きだった。

でもあの頃はそれの正体がよくわからなくて、なんて言ったらいいのかもよくわからなくて、結局、俺は最後まであの子自分気持ちを伝えることができなかった。

中学1年の夏休み、あの子は家庭の事情で突然住んでいた街から引っ越していくことになって、終業式の日に教室で見た姿があの子についての最後の思い出になった。


あれからずいぶん時間が経って大人になり、人生の大きな選択みたいなこともいくつかあったけれど、事あるごとに「もしも」「あの時ああしていたら」というようなことを考えることがあると、真っ先にあの中学1年の終業式の日のことを思い出すんだよね。

あの時、あの子に「好きだ」と言えていたらって、その頃の中学1年生によくありがちっぽい、そんなささやか出来事を考えてしまうんだよ。

別に、もしそのもしもが叶っていたとしても、きっと何も変わらないんだとは思う。あの子は何も変わらずあと何日かしたら遠くへ引っ越していくし、そのあと何ができたわけでもないんだろう。でもあの時、俺はあまりに幼くて、かっこ悪くて、無力だったよ。

の子小学校の真ん中くらいの時に転校してきて、それからずっと同じクラスだったんだ。

まり女の子友達がいなかったけれど、あの子とはその時からとても気が合ってよく一緒に遊んだ。俺の小さな世界にいる数少ない女の子だった。

きりっとした綺麗な顔立ちで、ちょっと気が強くてお姉さん肌の明るい女の子だった。実際、同級生だったけどほぼ1年誕生日が早かったあの子はいつも少しだけオトナで、俺はよく背伸びをしていた気がする。それこそ13歳のとき奥菜恵みたいな誰から見ても完全無欠な美少女、というわけではなかったとは思うんだけど、間違いなく、俺にとっては世界で一番の女の子だったんだよね。

そうこうしているうちに中学生になったんだけど、入学式に行って最初確認したのは、あの子がどこのクラスにいるのかだったのを覚えている。

の子は俺と同じクラスだった。その頃地域マンモス校だった中学校で1学年9クラスもあるのに、同じところに一緒に名前が載っていて、嬉しかったのもあるけど、なんだかとても安心してしまったのも覚えている。ああ、これから不安もあるけど、きっと、2年生になっても、3年生になってもまた一緒のクラスになるんだ、なんてなんとなくぼんやりと思ってた。

1学期の間、あの子とは隣同士の席になった。なんだろう、子供だった俺はその状況に満足して、当然のように思って、そしてそれ以上何かをするということは無かった。学校に行って、好きな漫画アニメの話なんかを話して、ずっとこの席にいられたらいいななんて思ってた。

俺があの子のことが好きなことは、おそらくクラス中にバレていた。同じ小学校から来た友達もいたし、何より俺がずっと隣の席を見ていたからだ。

でも、そんな日は長く続かなかったんだよね。

あと一週間で夏休みだ、となった7月の半ば、俺はあの子の様子がなんとなくおかしいことに気づいて、とんでもなく不安気持ちになっていた。

急に態度が冷たくなった、とかそういうことは一切なくて、その逆のことが起こっていた。終業式の数日前からいつになくいろんなことを話しかけてきた。初めて会ったころのことや、小学校林間学校ときのことを話した。何か、とても嫌な予感がした。

終業式の前の日の放課後に家に帰ろうとしていると、掃除当番だったあの子が後ろから

掃除、一緒に手伝ってよ!」

と言い、俺のシャツの裾をギュッと掴んで引っ張った。

一瞬時間が止まった気がしたよね。あの感触を、今でもありありと鮮明に覚えている。

絵に書いたようなお約束少年だった俺は、たぶん嫌だよヘヘーン、みたいなことを言って、あの子から逃げた。

クラスの他の女子からなんかヒューヒューと茶化された。廊下に出ると、心臓バクバクしていた。

俺は教室の前の廊下で前の入り口と後ろの入り口の間を5往復くらいウロウロして、やっぱり教室に戻れなくて逃げるように帰った。

そんな日々はその次の日に、映画みたいな出来事もなく、あっけなく終わった。

終業式のホームルーム担任先生はあの子を黒板の前に呼び出して、突然ですがご家庭の都合で転校することになりました、と紹介した。

本人の希望があって、今までお知らせしていませんでした。


なんとなく薄々様子がおかしいことに感づいていたから、動揺はしなかった、フリを全力でした。

の子のことを見ることができなくて、礼が終わった瞬間隣の教室にやっぱり逃げるように入った。特に用事は無かったのにね。頭が真っ白だった。

隣の教室でぐだぐだしていると、小学校とき一緒のクラスだったちょっとおませなお節介焼きの女子がやってきて、俺を見るなりあんた何やってんの、あの子にちゃんと自分気持ち伝えて来たんでしょうね?ちゃんと告白してこいよ、後悔するぞとかなんとか言いやがった。12歳の世界において、女子男子よりもだいぶオトナだと思い知らされたね。

その時俺が口走った言葉を思い出すと我ながらひどすぎて死にたくなるんだけども、確かこんなことを言った。はぁ!?ばっかじゃねーの!?やめろよ、そんなんじゃねーよ。

って、漫画かよ。今でも死にたくなってくるよ。

でも、それもそうかとなんとか思い返して、人影もまばらになってきた自分教室エイヤーと戻った。

この日が最後だったあの子は、まだ教室にいた。

が、それとあと2人くらい、普段まり話したことのない女子が何やら残念だねと話していた。

そこで俺は黒板の前にバン、と立って、ちょっといか今日は俺と一緒に帰ろうぜ!

と言い放つ妄想をあとから何度もしたのだけれど、現実の俺はそんなことはなくて、2人の女子に怯んでまた廊下に出てしまい、やっぱり前のドアと後ろのドアの間をウロウロウロウロとしていた。

そうしていると、友達が通りかかって、何やってんの帰ろうぜ、と言った。

お、おう、そうだねみたいなことを言って、学校を出た。

それが、あの子を見た最後だったよ。


帰る途中、意味もなく遠回りをした。また、とんでもなく受動的なバッタリに一縷の望みを掛けていた気がするけど、すぐに忘れようともしていた。

その友達が、ああそういやあの子転校するんだろ?と言ってきた。ああ、そうみたいだね。と答えたら、ふーん、と返ってきた。そいつになぜか無性に腹が立った。彼は別に何も悪いことしてないんだけども。

歩きながら、無理やり色々なことを考えて納得しようとした。そうだよ、そんなどうせあと何日かでいなくなるのに、今更何か変なこと言ったって迷惑だ。俺の自分勝手だ。そうだ、どうにもならないんだから、何も言わないのが正しいのだ。だから、これでいいんだ。とかなんとか。

映画を観ていたら、アタマがあの頃に飛んでいた。

何もできなかった。あまり子供で、勇気が無くて、情けなくて、後悔とも無念ともなんとも言えなくて、ほろ苦いというか、苦かった。

あの時こうしていれば、って何度も何度も繰り返して、何パターンものルート妄想した、そんな10代の時間だったよ。

大したことじゃないってことはわかってるんだよ。誰にだってあることで、よくあることで、ちっぽけなことだよ。

でも、12歳の心の風景っていうのはとても、とても不安定ものなんだよね。オトナでも子供でも無くて、気持ちだけそこにあるけれど、どうしていいのかわからないんだよね。イマドキの中学生はまた違うんだろうなっていう気もするのだけれど、少なくともあの頃の12歳はそんな感じだった、きっと。

別にとんでもない大事件なんか起きなかった。宇宙人も、未来人も、超能力者も出てこないし、況してや隕石が落ちてくるようなことなんてないし。

でも、12歳の世界にとって、好きな女の子に「好きだ」って言えるかどうかっていうのは、時に隕石が落ちてくるよりも大きな問題だったりすることもあるんだな。

あの頃の、あの「純度100%の『好き』のカタマリ」って一体なんなんだろうな。

なぜそうなのかという理由も問わず、えろい下心もなく、ただただ純粋な何かだった。あの頃のあれと同じ気持ちって、一生戻ってくることは無いんだろうな。

そんなことを考えていた。


インターネットの普及した現代のせいだ。俺はムクムクと出来心が湧き上がって、ついFacebookを立ち上げて、検索窓にあの子名前入力してしまった。

便利な社会残酷だ。もの10秒だった。この長い長い時間は何だったんだっていうくらいあっという間に、あの子がそこに存在しているのが見つかった。

どこからどう見ても、間違えるはずもなく俺が知っているあの子の顔がそこにあった。

あの時の歳の何倍もの時間が経って相応の歳の女性になってはいたけれど、変わらずちょっと気が強そうな美人だった。

その写真を見て、今まで薄々感じながら自分に気づかないフリをしていたことにやっぱり気づいてしまった。

俺はどうやらその後の人生において、好みのタイプだとか、好きな芸能人だとか、そういった気持ち基準が、すべてあの子になっていて、いつも面影を追いかけていた。


の子は、独身だった。

からだっていうことはない。

そんなことをしていたらハッと我に返って、今度はとても自分気持ち悪くなって、そっとその画面を閉じ、Facebook検索履歴を消した。

子供の頃、初めてあの子の家に遊びに行った時に一緒にコースを作って遊んだエキサイトバイクのプイーンというBターボの音と、出してもらった麦茶の味と、あの日グイッと引っ張られたシャツの裾の感覚がぐるぐると回って、それからゆっくりと消えていった気がした。

もう、検索することはきっと二度と無いだろう。


そんなこんなで挙動不審になりながら「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」を3日連続で観に行こうとしていたら、今年中学1年生の息子が、あーあれ俺も観たいんだ、一緒に行くわとかなんとか言ってついてきた。

映画を観終わったら、息子が

「何だよ、めっちゃいい映画じゃんか。何で評判イマイチなんだよ。俺すげー好きだよこれ。」

と言った。


オッケー、わかったよ。

君がそういうなら、俺はもう、それでいいよ。

2016-01-17

アキラくん

中学の時の先輩の話だ。

俺はかなりのデブなのにも関わらず、サッカー部所属していて、ベンチにも入れず、運動もできず、じゃあ何でお前部活なんかやってたんだと言えば、人間関係が好きだったからだ。

当時、周りが俺をどう思ってたかは知らないし、後輩は影で使えねー糞デブと呼んでいたのは薄々きづいていた。

ただ部活では戦力外であったけど、多分、人当たりがよかったんだろう、同学年もそうだし、先輩にも結構可愛がられていた。シゴキもたくさんあったが。

アキラくんはその中でも最も仲の良かった先輩で、且つ結構ヤンキーだった。俺は両親の心配する顔が浮かびとても、ヤンキーなんかとてもなれなかったのだが、心が弱く、すぐになびいてしまう男であった。

アキラくんはやたら俺をかわいがり…というと聞こえはいいが、度胸試しにぶっこまれたり、今でも言えないようなヤンチャな事も全部させられた。ハードコアサンドバックから根性焼きまでほぼ全部させられた。

でも不思議とまぁ楽しかった。これは実際、その共同体にいないと分からないし、思春期特有感情だったと思う。

練習はきつかったが、仲間の結束は結構たかったし、こういったいじりも、どちらかと言うと当時の在野の中学生のノリで、「おめー俺らの中学だせーと思われるようなことすんなよ?」という、今考えるとよくわけの分からない理由だったらしい。

それぐらい俺は豚だったにも関わらず、皆からはだからこそ - 愛嬌があって、伸ばしのがいのある豚というか。

ある日、いつものようにアキラくんの家まで一緒にいくと、アキラくんがいつもと違う。

「おまえさぁー、●組のやつ知ってんだろ?」「●組の●田って子(女の子だ)も知ってる?」

(ここで組数を伏せているのはとんでもないマンモス校で、ドン引きするぐらい組数があったのだ。だから特定簡単。)

この●田は、バレー部主将身長は高く、顔はキリッとしていたが、顔の一部に大きなほくろがあり、それが魅力でもあったが、美人最後に言い尽くすには何かが足りない、まぁとはいえ人気のあった女の子1人だった。

どうやらアキラくんはこの子の事が気になっていたらしい。

そして、俺は●組に友だちが多く知ってる奴がたくさんいた。特に●田は小学校に俺と仲良しの女の子親友でもあったので、間接的によく知っている方だった。

いつもは結構ヤンキーで、すぐに他校と喧嘩して(俺は常に全速で喧嘩になるとチャリを漕いで逃げた)謹慎させられるアキラくんだったが、この時だけはいつもと違って見えた。

「あのさー、お前もし次に●田と話す時あれば、これ渡しておいてくれないかな?」アキラくんは俺に彼の書いたラブレターを渡してきた。

「テメー中身読んだら、ダンプに突っ込まっせからな」

アキラくんは当時の俺でもはっきり分かる、幼い顔と大人の顔の中間のあの中学生特有のはにかんだ笑顔でいたずらっぽく笑ってみせた。

アキラくんは●田と付き合うことが出来、帰りに二人が歩いてる所を冷やかす奴がいたら、全て俺がアキラくんに報告する係となった。もう立派な舎弟である

アキラくんたちと最後に行った試合は県大会の二回戦で、となり町の宿敵の中学に負け、アキラくんも俺も号泣した。俺はその5年後に初めての彼女が出来て、もう地元に戻るところもない。

アキラくんは何をしているだろう。土建屋でもやってるかな。

世界はお互い変わったのだが、ほんの少しだけ、今の彼の世界を覗いてみたいと思う時がある。

2015-03-24

グッバイ早稲田、いい夢見ろよ

今年早稲田卒業する俺が新入生にアドバイスしたい

http://anond.hatelabo.jp/20100217113611

入学前参考にした覚えがあるので

自分卒業前に何か書いてみたいと思った

ひとり暮らしはしてなかったし

真面目に学問してたわけでも就活無双してたわけでもないので

学生たる者こうしたまえってのは あまり言えないんだけど

折角だし、これおすすめという物事を書いていくね


その1 医療費補助を申請しよう

早稲田大学学生健康増進互助会学生早健会)

http://www.waseda.jp/student/hoken/gojyokai/iryokyuhu-p01.html

全員入学オリエンテーションで説明を受けるはずなんだけど

たぶんほとんどの人が忘れてる学生早健会

季節ごとに無料歯科検診とか栄養指導

新歓期はアルコールパッチテストなどを実施しているありがたい団体

ご紹介したいのは、ここでは日常生活でかかる医療費を補助してもらえること(上限年間6万だったかな)

事前に本人名義口座を登録して、学生証と領収証を受付に持っていけば数カ月後に

自己負担500円を差し引いた額が振り込まれると神機能

かなり助かるので是非使うべきだと思う


その2 新聞記事サーフィンしよう

図書館 学術情報検索

http://www.wul.waseda.ac.jp/imas/

きっと1年目のオリエンテーションゼミ教授から

図書館の使いこなし方や論文・文献を見つけ出すノウハウみたいなもの

教えてもらえると思うけど、自分イチオシ新聞の横断検索

大学読売朝日毎日日経などの主要各紙と契約しているので

ログインしさえすれば1970年代からのほぼすべての記事検索できる

自分の興味あるワード検索すると見出しがずらっと出るから時代ごとの変遷が見て取れて

ウィキペディアサーフィンみたいな面白さがある

就活シーズンが近くなったら企業名業界ワード検索してみるのもいいかも

自分はあまりチャレンジしなかったけど海外紙もあるよ


その3 映画を見よう

本を読むの大学生特権?だけど 映画時間のある大学生ならではだと思う

馬場歩きの途中にあるミニシアター早稲田松竹は、

テーマを設けて国内外のいい映画をやってるから時間を見つけて行くといいよ 

2本立てとかを見終わると日が暮れてたりして愕然とするけど笑、不思議松竹で見た映画は印象に残るよ

図書館でもミニブース映画は見れるから、授業の間が空いてたらいくのもあり


その4 運動しよう

大学では運動サークルでも入らない限り

高校時代に比べて運動時間が減るのは確かだと思う

学生会館の地下には、かつて小島よしおも通ったというジムがあって

http://ameblo.jp/wasedanosusume/entry-10228174332.html

年間2000~3000円で綺麗な設備を使える 授業の合間に行きやす

ガーデンプレイスヨガとかやってるから女子はそれもいいと思う

戸山キャンパス文カフェの地下にはプールがあって、初めて見つけた時は目を剥いたけど

http://waseda-sports.jp/news/34832/

バルセロナ水泳とかに出ちゃうレベルガチボーイが隣のレーンに泳いでたりするので

参考にもなるし、マンモス校のはずなのにやたら空いているのでおすすめ 1回100円

名称は迷走してるけど、早稲田学部ごとの科目とは別に

学部生が聴講出来るオープン科目というものがある 語学教養ITボランティアスポーツとか

それらを余裕のある曜日にとるのも、楽しく運動不足解消・友達作りも兼ねてということでいいかもしれない

万人におすすめトランポリン これほど爽快なものはないよ 

スポーツが得意な人はカバディとか 日本代表なれるかも


その5 工作しよう

理工キャンパスには、材料を持ち込めば、

ろくろからレーザー加工機まで 多彩な設備を使わせてもらえる工房がある

http://www.koubou.sci.waseda.ac.jp/

長いスパンでモノづくりを進めていくのは醍醐味があるもの

中々有意義時間を過ごせる DIYとか興味がなくても、行ってみればムクムクと

何か作りたい気持ちが湧いてきたりするし、一見価値あるよ 


その6 ピクニックをしよう

残念ながら早稲田ICUみたいなばか広い芝生があるキャンパスではない

ないけど、中々いい公園庭園は近くにあるんだよね

大隈庭園戸山公園が有名ドコロだけど、

個人的オススメ中央図書館の裏にある甘泉園公園

http://www.city.shinjuku.lg.jp/seikatsu/file15_03_00011.html

暖かい日は、お弁当サブウェイサンドイッチでも持って行くと気持ちいいよ


その7 就活どうしよう

入学式で、「早稲田に入ったあなた出世するかどうかは保証できないが、あなたの友だちが出世することは確実だ」

みたいなこと言われたけど、卒業する今まわりの進路を見るとなるほどねって感じはする

さて、あなたがこれから日本就活ゲームに乗るかどうかは自由だけど、もしやるならキャリアセンターは足繁く通うといいと思う

waseda net portalキャリアコンパスコーナーに、内定先ごとの卒業生就活振り返り記みたいなのがあるんだけど

これは参考になるし読み物としても中々面白いので、就活どうしようかなってときはここを読むことから始めるといいよ


その8 その他おすすめのお店

山手卓球

http://www.yelp.co.jp/biz/%E5%B1%B1%E6%89%8B%E5%8D%93%E7%90%83%E5%A0%B4-%E6%96%B0%E5%AE%BF%E5%8C%BA

映画版ピンポン」に出てくるような昭和館溢れる卓球場 馬場近くの栄通りにある 

飲み会帰りに行くと本当に楽しい 

隣の卓球台で躍動する常連の爺さんたちの半端ない踏み込み

やたら上手いミャンマー人たちのカットマンぶりを見られるかもしれない

・早美舎  

http://www.sobisha.com/shop.html

印刷関係・お揃いのグッズ作りのお店

レポート提出間際、パソコン室のプリンターは混んでてアテにならない

そんなときはここに駆け込むべし 若旦那が神の如き手捌きでUSBからPDF印刷してくれる

ここで何単位救われたかからないレベル

ママハウス

http://tabelog.com/tokyo/A1305/A130504/13006270/

親戚のおばちゃん家きたみたいな感じを味わえる韓国料理屋さん

日本代表試合とかをのんびり観るのにもよかった

ここのお弁当は丼一杯300円でかなりコスパがいい 

牛丼「ライフ」ヤバイ

つけ麺屋「高木屋」人間食べ物じゃない辛さ

中華料理屋「太公望教授でも容赦しない主人のキャラ

ここらはかなりエキセントリックな体験が味わえるので

1年生のうちに友だち誘って挑戦して、

後輩ができたらご馳走しに連れてってあげると面白いかも

早稲田生協

自分生協加入しなかったけど、結構電化製品とか色々売ってるし本が安いし

amazon代わりに使ってたら結構お得だったかなと思わないでもない

やたら新入生にゴリ押ししてるパソコンは買わなくていいよ レッツノート自体は性能いいけど


くぅ~疲れましたw これにて完結です!

もっと色々書きたい気もするけど

明日卒業式なのでもう寝なくては

さて、

新入生はいい友だちできるといいね 

ひとりでも楽しめることは、上記以外でも沢山あるし

大学の周りだけが学生生活じゃない

宗教左翼自己啓発のお誘いにはくれぐれも気をつけて

2014-08-23

代ゼミ 27拠点→7拠点 に思う

よく三大○○というものがある

そして、三大予備校と言った場合は、河合塾代ゼミ駿台である

少なくても、僕が予備校のころは、「今でしょ」でお馴染みの東進なんかは

授業を放送で切り売りしているなんかうさんくさいところであった

本日読売新聞によれば、代ゼミは全国27の拠点を7つに減らすという

そしてその削減校の中に、仙台校も入っていた

私が予備校時代の話である。聞いた話で真偽は不明だが、だいたいその通りだと思う

「全国の代ゼミで、寮生が一番多いのは仙台校」

そう。仙台校は東北6県より学生を集めるマンモス校だったのだ

はっきり言えば、私大の多い宮城をのぞけば

大学とは高校の中でもトップクラスの限られた人間が行くところ」

と思ってる地域は多い。その中でも、大学に行きたい、ちょとでも都会に出たい。

そんな地方民が中核都市仙台に集まり、同じ環境の人たちと寮生活をし

そして東京なりなんなりの大学へ進学していく。

田舎には戻らないという固い固い意志

その舞台が、代ゼミ仙台校だったのだ

削減された理由

そんな意識が変わってきたこともあるし

しろ、今は他県の地方都市でも「今でしょ」でお馴染みの東進の授業も受けられるし

予備校生活なんてだっさい一年間を過ごしたくない

そんな思いしなくても、大学だったら行けるし

たぶん、こんなとこなんだろう

僕は予備校にいた。そういった人たちと頑張った思い出がある

さようなら代ゼミ仙台校。さようなら予備校

2014-03-18

ブラック研究室

小保方晴子さんのニュースを見て、心が痛む毎日です。


STAP細胞論文小保方晴子氏の博士論文から写真流用 理研認める】

http://www.huffingtonpost.jp/2014/03/14/riken-stap-conference_n_4961849.html


倫理を再確認せざるを得ないことは残念に思う」というコメントがありましたが、論文を書く上で必要となる倫理を学べない学科研究室が多いのも事実です。

いわゆるブラック研究室では、そのような風潮がある気がする気がします。(小保方さんの居た研究室がそのような研究室かどうかは定かでは無いですが。)


自分が属していた研究室は、放置ブラック研究室でした。教授が得意とする研究分野から少しでも外れた研究を進めると、見事に放置される人も。

いい意味では自分のペースで進める事ができますが、悪い意味ではゼミ発表の時ですら「私の専門外なのでよくわかりません。」というコメントしかないこともざらにありました。

卒業論文修士論文添削をするといって提出させた論文に対しても、学生の前で平然と「私はあなた論文を見ていないので、何をしてるかわかりません」と言う場面も。

余談ですが、その適当さ故に被った被害として、教授から言い渡された助成金の申請に手違いがあったせいで、十数万のお金を失ったこともありました。

「そういう事もよく有りますよ」といって他人顔するだけで、さすがに怒りを覚えました。あなたの指示で出した申請なのに、その対応はないでしょ…。

研究者としては尊敬しますが、人としては大嫌いでした。まあもう二度会うこともないだろうからいいんですが。お金戻ってこないかな…。


自分研究室以外にも、(さすがにお金絡みの事例は少ないだろうが)ブラック研究室は多く存在します。

教授の方々にも、自らの成果を研究として残したり、生計を立てたりと事情があるのはわかりますが、もう少し、学生と向き合ってくれてもいいんじゃないかなって思います

そういう小さな問題でも解決されれば、もっといい環境が出来ていくんじゃないかなぁと思うばかりです。


まあ、マンモス校じゃ無理だと思いますが。

2013-09-10

ぶさいくの相手はもう嫌だ

職場に、ちょっとやそっとじゃお目にかかれないレベルブサイクがいる。

チビなのにふくよかなので、ミニボストロールとか呼ばれることもある。

実は高校が同じだった。マンモス校なのでクラスが違うとほとんどの生徒が名前も知らないレベルだけど、

そいつだけは他学年にも有名だった。

高校の時から、「私はやたらモテるモテすぎてしんどい」と周りに吹聴する奴だったけど、それは今も変わっていない。

もちろんウソだけど。

ところが先日、彼女に初めて(と思われる)彼氏ができた。

取引先の御曹司で、これまたお世辞にも普通とは言いがたい顔。

けど、性格面白く、モテはしないけど友達は多い。

どうやらボストロール一目惚れしたらしい。

なんと付き合って一週間で婚約ボストロールまさか玉の輿の大はしゃぎ。

これでうまいこと虚言癖が収まりボストロール妄想話を昼休みに聞かなくて済むと思いきや、そうでもなかった。

どういうわけか、「◯◯課の◯◯さんが私を抱いた」だの「◯◯課の課長セクハラされた」だの、

今までにないニュータイプ妄想が始まり挙句の果てに

「今、社内で30人から同時に告白されている。返事を待ってもらっているけど、私じゃ襲われそうで怖いから、あなたが断ってきて」

御曹司にお願いしたらしい。

おつむの弱い御曹司が真に受けたのは言うまでもなく、うんざりした被害者の数名が会社を辞める事態に。

自分も、そのせいで仕事量が増えたので、知り合いの会社に身を寄せることにした。

うちの部署はほぼ壊滅状態、会社自体ももう半年ももたないだろう。

小振りのボストロール一体に傾国の力があったとは、多分誰も想像してなかったと思う。美人局やるなら、ホンモノの美人がよかった…

という、やるせない気持ちを吐露してみた。

2013-07-05

お嬢様系だったという話

小さい頃からヴァイオリンを習っていたと話すと、それだけで「良家の子女」とみなされることが、ずっと不思議で仕方なかった。

そんな自分は両親とも公務員東京多摩東部(井の頭線沿線)の生まれで、小学校の時に北関東引っ越して今に至る。

修士号を取るまで在籍した学校経済事情優先で全て公立と、良家の子女になる要素は皆無。


東京にいた時はアパート暮らしで、近所にヴァイオリン先生がいたので、興味があって4歳から楽器を習い始めた。

自分の学区は児童の人数が多い、いわゆるマンモス校で、小学校入学したら同じ先生楽器を習ってる人が何人かはいるだろうと胸をときめかせたのだが・・・一人もいなかった。

一方、発表会では姉弟子に当たる中学生高校生の子たちが、ホールメンデルスゾーンバッハ無伴奏ホ長調を弾いているのを、順番の最初のほうで終わった自分はなんとなく聴いたり聴かなかったりで過ごし、最後は皆で合奏と、それはそれは大々的だったのだが、同時に「一体皆はどこから習いに来ているのだろう、近所じゃ見かけない人達だし・・・」と不思議でならなかった。

保育園から小学校に上がって、周りが皆幼稚園上がりで衝撃を受けたこともあり、子供ながらに結構しょんぼりしていたかも。


そして最近東京の頃の記憶をなぞっていたとき、長年の謎が解けた・・・気がした。


なんのことはない、どうやらその地区主婦のお母さんが圧倒的多数で、さらにその中でも家が裕福で、小学校幼稚園から私立に通っている子(特に女の子)だけがヴァイオリンを習っていたと、そういうことだったらしい。

少なくとも当時の東京多摩東部西武新宿線中央線東横線くらいのエリアでは、そういうケースが殆どだったらしい。

そして地方であっても、ヴァイオリンを習う子の、名士の娘さん率は高かったらしい。


確かにエスカレーター式の私立一貫校は受験に多大な時間を取られずに済むので、嗜みや教養の一環として何らかの習い事をさせるだろうし、それが女の子なら、楽器の一つくらいは・・・ということでピアノヴァイオリンを習うと。

それ以外だったら、親がプロ音楽家だったり、熱心なクラシック愛好者か楽器愛好者くらいか(地方の名士には愛好者多そう)。

ともかくそういう事情もあって、日本だとヴァイオリンは「お嬢様楽器」というイメージが強いと。


かくいう自分は父親がクラオタで独学でヴァイオリンを弾いていたし、ヴァイオリンレコードばっかりかけていたっけ。

もっとも、自分は非常に不器用で要領が悪いこともあり、しかも当時はクラシックが大好きというわけでもなかった。

結局受験楽器のレッスンを両立させることは出来ず、今ではアマオケのその他大勢で弾くのがやっとだったり。

4歳からやっていてメンデルスゾーンも弾けない、ノイズ生成器に近い。

幸い、大人になって薄給仕事ながら時間の余裕は出来たので最近レッスンを再開し、今度こそメンデルスゾーン・・・ということになった。

それもこれも、昔の発表会で生演奏を聴いてしまたからだ。単なる懐かしい思い出であっても、その音が耳から消えることはない。

弾いたあの子は今頃何してるのかな・・・

2012-07-09

 今年、一年間の浪人生活を経てようやく大学に進学することが出来た。

私の進学した大学はいわゆる「高学歴」といわれるような大学であり、生徒数も全国でも有数のマンモス校である

なれない大学生活もあっという間に過ぎ、前期も終わりに近づき、学内には期末テストで終われる生徒の姿を見かけるようになった(かくいう私もその一人なのだが)。

過去問探しに奔走し、必死友達にすがる。私の通う大学には付属校があるため、そこからエスカレーター大学入学した人は

先輩たちも多く重宝されるのだ。そんな時ふと思うのが、「友達って一体なんなんだ」ということである

自分友達が少ないほうだと思う。お昼ごはんを一人で食べることも少なくないし、休日は一人で本を読んですごすことが多い。

だが、お昼ごはんを食べる人間が、休日を一緒に馬鹿騒ぎしてすごすことが出来る人間友達なのか。

それってただの知り合いじゃないって思っちゃうわけです。

だれでもいいわけでしょ。寂しさを紛らわせることが出来れば。寂しいのがいや。そういう感情があるから、群れたがるわけでしょう。

から入学当初に必死アドレス集めに奔走するわけでしょう。では、あなた。その手に入れたアドレスの中に今でも連絡を取っている人が何人居ますか?と問いたいわけです。

からない。園感情がまったく理解できない。うわべだけ、寂しさを紛らわすだけの存在なんて友達って呼べますか。

ただのレスポンスがくる人形しか思っていないわけでしょ。

そんなことを考えながら、大学内の集団をみてると怖くなる。寂しいという感情に支配された人形たちが、狂ったように下品な笑い声を上げているわけです。

ホント、怖いBGMでもつけたらホラー映画の完成ですよ。

あの大学人間を減らすべき。少なくともいらない学部2、3個はあるでしょ。クズ養成所としてしか働いていないよ。学内に居ると実感する。

きらきらした目で学校見学している高校生とその府警方を見ていると、「絶対入っちゃだめだぞ!こんな大学クズしかいないからな!」と叫びたくなる。けどそれは出来ないチキン

2011-07-15

http://anond.hatelabo.jp/20110714165023

学内偏差値が3桁」あったってことは、学内偏差値が100越えてたってことよね。

で、偏差値100超えって、全体の0.00002%。らしいんだけど、

参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%81%8F%E5%B7%AE%E5%80%A4

増田学校って、一学年500万人いたの?

すごいマンモス校だったんだね。

たぶん俺の計算おかしいと思うので、元天才増田に説明してほしい…。

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