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はてなキーワード: 矮小化とは

2021-05-14

漫画男性向けと女性向けに分かれているのはなぜですか

漫画雑誌文化の一部であり雑誌には男性誌女性誌があるからというもっともらしい説明を聞きました。

それにくわえて漫画は娯楽性が高くて男には戦いと美女、女には恋愛イケメンを主な目玉にやってきたから男女の偏差が生まれやすいからということだそうです。

けれども雑誌文化ということであれば日本近代文学雑誌文化です。同人誌です。

しかラノベなど一部のジャンルを除いては男性向けだとか女性向けとか公式にあるいは読者が言う傾向は見られません。

それについて調べてみると文学そもそも女が見るようなもんじゃなかった時代販路なりが成立したんだろうといいます

(漫画手塚リボンの騎士赤塚がアッコちゃんやってた通り勃興早々に少女漫画分岐していた。 )

しか見ていないからわざわざ男性向けと自称するまでもなかった。そこから女性が参加するようになれば、余計なラベリングがされていなかった雑誌はおのずと総合誌的な色合いを帯びるようになったということでしょう。

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しかし「販路の成立の仕方」ということで見ると、映画音楽小説と似た事情だと思います

映画音楽を男や女しかしまなかった時期があったとは考えにくいですね。

映画 男女比」と検索するとハリウッド映画の男女不均衡が調査で浮き彫りに」という見出しも出てきます。男女不均衡を話題として取り上げること自体が、映画はかつで男女に等しく楽しまれたものだったという前提を示唆しています

(ちなみに、男女差が当たり前にある漫画文化目線で見ると男女不均衡を記事にすること自体にも違和感を禁じ得ないでしょう)

音楽にしてもそう。伝統音楽典型的でしょう。ケルト音楽ケチャ中国音楽を男女の一方しかしまなかったということがあったでしょうか。

(まあ中国音楽ドラマで悪の皇帝宮廷音楽を楽しんでるのを見てるから男の娯楽みたいに見えてきますが)

他にも伝統音楽というのは数多ありますが、このようなもの部族みんなで囲んで楽しまれるようなものだっただろうから目的的にも性差が組み込まれようがないわけです。

現代でもCDショップに行ってもアイドルのを除けば男女で棚分けされていることもありませんしね。

ちなみにゲーム場合ハクティビズムが源流にあってこれはギーク趣味、男に偏った文化だったしょう。事情として小説(=文学)に近いと思います

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映画音楽場合では娯楽性という面でも漫画と近接していると思います

けれども娯楽本位だから、チープな文化から男女差が起こりやすいという言説は退けられるべきでしょう。

映画でもマーベル系は男性客に偏ってるのかなという印象もありますが、恋愛主題としてきた多くの映画別に男性向けとか女性向けとか言われていません。これらはたとえば崇高なメッセージが込められていたか作品としても高尚なものへと昇華し鑑賞者の性別凌駕したのでしょうか。

そういうこともあるかもしれませんが、そうじゃないものも十分多いと思います

映画は高尚だから自分の性に関わらず楽しめ、漫画はそうじゃないから性に依存するというのは、漫画側に対する不当な矮小化に思えます

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音楽だって純粋な娯楽でしょう。上手い人のピアノ即興曲は男女に関係なく人を魅了します。またその旋律に男女の物語を乗せることができるという点でも映画漫画との違いはありません。

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媒体という表現のあり方が性差を生んでいるかもしれないとも考えました。

その意味では音楽を除き映画漫画が同じ視覚表現なので近似しているように見えます

また美術館に展示されるような絵画についても、このような芸術もまた上流階級の主流である男性にもっぱら楽しまれていた点では小説に近い事情ですが、引き合いに出したいと思います(現在美術に男女差が見られない理由過去販路の成立の仕方に限る必然性がないから)。

映画は実写。小説デフォルメされています。この点はむしろ絵画に近いでしょう。

また小説との比較では、小説は文が主体漫画は絵が主体という違いがあります

これらを総合すると、絵による視覚的な刺激は文章と違って刺激が強く、男性に好まれるような描き方は女性にとっては関心を呼ばないばかりか嫌悪感すらを抱かせやすい(逆も然り)という意味排他性が強い表現なのかもしれない、ということがまず言えそうです。

しか問題主体が絵であること自体ではなく、絵画との相違点としての、漫画における絵の特徴が関係しているのだというところに焦点が絞られると思います

ではその違いは何か、そこが難しいところなのです。

漫画は実写と比べてもかけ離れたデフォルメを使っているから」と言ってみても、それは程度問題しかなく、特徴を質的に捉え切れたことにはならないでしょう。今の私の頭で考えられるのはここまでです。

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蛇足

ちなみによく考えるとテレビなんかは男女差のないこれ以上ない卑近な例ですよね。男女差があるように作っては最高でも人口の半分程度しか視聴者を期待できないということで、視聴率の点でテレビ局が困るのです。

もちろんドラマなどには二兎を追う者は一兎をも得ず式の一方の性別によく愛されるような内容に仕上げる制作方法も見られると思います

しかしたとえばNHKゴールデンタイムバラエティーなんかわかりやすいと思いますが、(ためして)ガッテン日本人のおなまえの視聴者に男女の有意差があるとは到底思えないでしょう。

それには「ためになる内容を提供する」テーマ的な部分と、人材的な部分があるのかもしれません。

名前雑学とか医学知識かいうことのお役立ち度合いに男女差はないでしょう。

人材的な部分というのは、アイドルでもイケメン美女でもなく、とにかく無難ルックスの人たちで出演陣を固められてる傾向があるということです。

男女の一方に好かれるような人を起用すれば、その人数が奇数であればどちらかの性別に向けた色合いを帯びてきてしまうのは自明でしょう。

しかもたとえ人数的に均等であったとしてもパワーバランスの点で完全に均衡させるのは難しいから、やはりおのずと偏りが生まれしまうと思います

逆に特に容姿の端正さで採用されたわけでもないアナウンサー適当バラエティタレントにはそういう意味でのフックがありませんから、そういう人たちで絵面を構成させることで、ポリコレも真っ青なTHE中性的番組が生まれるのだと思います

anond:20210513154226

・同じ言葉を繰り返せば答弁は乗り切れる(同じ答弁しか引き出せないほど、決定的なネタがないのね。悲しい)

批判されている問題とは別の箇所を謝罪すれば手仕舞いにできる(本ネタがショボすぎて、変な謝罪しかしようがないんだわ)

・「辞職する」と本人が言わなければ、実質的に辞めさせる手段はない(野党マスコミも、そもそも辞職に追い込めない程度のネタで攻めるなよ)

時間稼ぎすればするほど問題矮小化される(そもそも問題がないから、自然消滅するわ、そりゃ)

問題解明のコスト相手が払うので、徹底的に妨害すれば消耗していく(問題のものがほぼ存在しないから、追及すればするほど消耗するよ、不毛すぎる)

議員会館に呼びつければジャーナリズムは黙る(呼びつけられる程度でビビるエセジャーナリストしか動員されていない)

汚職しないよりも、汚職して謝罪する方が得るものが大きい(汚職といいたいだけで、本当に事件だったら検察を動かせ)

2021-05-13

自民党が見つけた議会ハック一覧

・同じ言葉を繰り返せば答弁は乗り切れる

批判されている問題とは別の箇所を謝罪すれば手仕舞いにできる

・「辞職する」と本人が言わなければ、実質的に辞めさせる手段はない

時間稼ぎすればするほど問題矮小化される

問題解明のコスト相手が払うので、徹底的に妨害すれば消耗していく

議員会館に呼びつければジャーナリズムは黙る

汚職しないよりも、汚職して謝罪する方が得るものが大きい

2021-05-10

anond:20210510103152

ブサイク」についてはそう思いませんが、

キモい」という言葉女性のほうがより多く、また浅慮に使う傾向があると個人的には思います

統計はないでしょうが統計をとってもそういう結果は出るでしょうし、多くの人はそれについて納得するのではないでしょうか。

男性女性の受けるセクハラについての理解がどうしても乏しいように、女性男性の受けるセクハラについての理解はどうしても乏しくなるし、否定したくなるのだと思います

身体に触る』

『過剰にじろじろ見られる』

性的言葉を投げ掛けられる』

性的オープン女性への「ビッチ」などの罵倒偏見

写真等を勝手に撮られやすい』

セックスにおいて従順奉仕無駄毛処理などの強要

などのセクハラ女性に対して多いのなら、『無遠慮なボディタッチ』

性的に過剰に嫌悪され態度に表される』

男性身体的・性的価値の薄さの特徴をからかわれる・冷笑される』

男性自慰行為や性欲への偏見羞恥心否定

『「男は女よりも汚い」など体臭や皮膚の質をバカにされる』

無意識的に女性身体が男体よりも丁重に扱われるべきと考えられ、セックスにおいて男性リードを当然のように求められ批評される』

等があると思います

それは決してバカにできることではなく、女性のそれが最悪レイプなどに繋がるように、(男性女性ほど性的価値がないので「レイプ」という形では現れにくいですが)男性のそれも過剰な暴力性的いじめ尊厳を傷つける問題に繋がることは多々あります

私はまだ20代大学生ですが、私の世代ではそういうセクハラ暴言を吐くような女性は多々目撃します。

もちろんセクハラしている男性も多々目撃します。

マスキュリズムフェミニズムから半世紀~1世紀近く遅れている事と、フェミニズムセクハラ概念提唱し定着させたのが半世紀ほど前だということを考えると、男性へのセクハラに対する問題フェミニズム以上に言語化、体系化がされておらず、まだまだ救えていない男の子男性は決して少なくないはずです。

言うまでもなく、それを理由に「全ての女が加害者」みたいな過剰な言説に繋げるのは論外ですが、マスキュリズムはこういう男性の受けるセクハラについて、かつてフェミニズムセクハラを訴えてもなかなか受け入れられて来なかったように、強く主張していかなければいけないのだと思います

また同様に、「全ては男性社会が悪い」だとか「男女の力関係男性女性からセクハラを受けるわけがない(もしくは女性よりマシに決まっているんだからいちいち騒ぐな)」だとか過激な主張をして男性被害性と女性純粋暴力性を意地でも否定する人も次第にその神話のようなものから目を覚まして行くときだと私は考えます

トピック主のおっしゃる通り、お互い罵りあっているような状態はいつまでも物事解決しません。

いわゆる「弱者男性」と呼ばれる人らのやるべきことはマスキュリズム勉強議論と適切な批判であり、フェミニスト口喧嘩をすることではありませんし、一部の過激ミサンドリストにつられ口の悪い皮肉悪口で勝ち誇ることでもありません。

もちろんフェミニズムの一部の言説と衝突したとき批判することはあるでしょうが、それはやはり体型立てて公の場でやっていくべき議論だと私は考えます

一方フェミニズムを主張する人のやるべきことは、男性の性被害矮小化でも女性の加害性の否定でもなく、現状アカデミックジェンダー論がフェミニズム、LGBTQsの力が絶大である事実を受け止め、それらの教授のご機嫌を取らないとマスキュリズムを学べない、という状況を改善し、親フェミニズムでない男性権利を求める学問自由に学ぶことができる風潮を作る協力をすることです。

その上でお互いに議論を交わす場ができれば、少しずつよい方向に進むのではないでしょうか。

2021-05-09

池江選手騒動で、いまいちまとまらないが、箇条書きで書いてみた。

調べ切れてないので、間違いがあるかもしれない。

そもそも五輪自体、今、何が何でも開催しなければいけないものなのか。

 変異種が広まりつつある日本で、文字どおり全世界から入国を許すべきなのか。

 各種国際的イベントが中止になっている中、パンデミック下でオリンピックをするのは疫学的に、人道的に正当性があるのか。

選手選手まわりのスタッフコーチとか)、マスコミスポンサー関連など、9万人近い入国者があるという。それらのワクチン接種は各国の問題だが、国内だと、ボランティアスタッフワクチン接種の問題がある。ボランティアスタッフ分のワクチンは用意されておらず、ボランティアスタッフからその家族や同僚など一般人への二次感染が予想される。島国で、水際対策がやりやすいのに(できていないが)、すでに選手五輪関係者でも、またルール違反者なかにコロナ感染者は出ている。

・池江選手は「平社員」であり、一選手に言うことではない云々。

 たしかTwitterなどで直接伝えることではないとは思う。SNSなどで直接、矢面に立たされてしまうのは、いい傾向だとは思わない。ただ、ここまでの騒動になっているのが、逆説的に池江選手の影響力の大きさを証明している。彼女が「参加しない」といえば、相当な影響力があるだろう。だんまりを決め込んでいる他の選手も何かしらの態度表明をし出す可能性もある。

 たとえば、今度のオリンピック(出場予定)選手で、名前を5人あげろ、といわれたら、多くの人が彼女名前を挙げるだろう。有名税というと言葉が悪いが、各種スポンサーバックアップも得ており、「優秀な選手でありながら、難病を乗り越え五輪を目指すけなげな女の子」と矮小化するのは返って彼女への侮蔑である

選挙で「自分の一票なんて意味がない」と投票さえしないのと同様に、「一選手に言っても仕方がない」というのは、おおよそ民主主義的な態度ではない。一選手の一票が、世論を大きく動かす可能性がある。

また五輪自体、国の金も掛かっているのも頭の片隅には置いておきたい。

医療従事者にも満足にワクチン接種が進んでいないにも関わらず、それを押しのけて「アスリートファースト」でワクチン接種ができ、いざコロナに掛かっても入院できる。特権しか言いようがない。

医療リソースワクチン、金、その他諸々、日本は十全な態勢とはとてもではないがいえない。五輪リソースをかけるより、コロナ対策リソースを割くべきではないかリソース無限に出てくるわけではなく、限られている。直接は見えないだろうが、五輪が開催されれば、その期間中一般市民コロナになっても、五輪選手関係者が優先され、前者は見殺しにされる。一般市民を後回しにしてまで、五輪に参加するのであれば、せめてもっと人殺しの顔をしろ。「暖かく見守っていてほしい」は、「一般市民は見殺しにされても黙ってろ」と変わらない。近代五輪の「参加することに意義がある」という精神が、痛烈な皮肉になっている。

追記です。弱者男性を名乗る一部の?人達精神障害者女性サンドバッグにしてきたことについて

anond:20210506234730追記しようかと思いましたが、思いの外長くなったので別にしました。

 

わたしの見たこと、聞いたこと、知っていることは①発達障害男性をはじめとする多くの男性弱者男性自称した②弱者男性自称する人々は「障害持ちでも女は理解のある彼くんがいるからイージー」と言い③弱者男性自称する人の中に苦言を呈す人が殆ど、全くと言っていいほどいなかった。ということだけです。

全ての弱者男性でないことはわかります。誰よりも「こんなこと言うのは一部の人だけだ」と思いたかったです。でないと、辛すぎるじゃないですか。でも残念ながら、思えませんでした。今は一部ではなく、半分もしくはそれ以上だと思っています

 

発達障害と躁鬱に対して、前向きに対処し、生きていくために、Twitterで同じように障害を持つ人たちとつながっていました。同じ困難を抱える仲間だと思っていました。

ある日「理解のある彼くん」のあのツイートが流れてきて、それ以降男性フォロワーが口々に「女の方がイージーだ」と言い始めました。皆それに同調し、下衆なツイート積極的リツイートしはじめました。彼らがいいねをつけたツイートが山ほど流れてきました。誰一人否定する男性がいないことが、とても残念でした。

リアルであったことのある男性で、アセクシャルを打ち明けた人さえそちら側でした。分かり合えたと思っていましたが、間違いでした。

 

発達障害ではない男性アカウントで、苦言を呈してくださった方が1人だけいましたが、弱者男性から「ちんぽ騎士」呼ばわりされ晒されていました。それをリツイートしたのも、リアルでも知り合いの男性でした。

「女には股を開けば理解のある彼くんがゲットできるだろ」という発言が正しく、それを耳にする女性気持ちを慮るのは性欲目的以外ではあり得ないと思っていたのだなと知って、気持ちが悪くなりました。

その発言のあった頃から、もう、弱者男性というもの嫌悪を覚えるようになりました。仕事で関わる軽度の障害のある男性に対しても、この人もそうかもしれないな、あのツイートいいねしてたのかもしれないな、と考えるようになりました。

 

弱者男性を名乗って精神障害持ち女性サンドバッグにする人たちがいたとしても、わたしは「全ての弱者男性ではない」と信じ、嫌な思いをさせられても「辛いから仕方ないですよね」と許す「べき」だったんでしょう。そう出来ないわたしが悪いです。多くの人の心は差別してしまもので、わたし例外ではないのだと思います。(それについては、わたし自身、残念に思います。)

 

 

 

「全ての弱者男性ではない」と主張する人は、「すべての障害持ちの女性に彼くんがいるわけではない」とは言いませんでしたよね。なぜ弱者男性自称する人達が、女性精神障害者を叩いているとき一言でも止めなかったんですか?あの「女はマンコパワーがあるから」と言い張る下衆な人達弱者男性でないなら、何故そういう人たちを野放しにし、弱者男性社会的信頼を貶めたのですか?わたしには、全く理解できません。

 

全ての弱者男性が悪いわけではなくとも、弱者男性を名乗る人に攻撃される側がどう思うか想像してみてほしいです。

全てでないことはわかります

理屈ではなく、気持ち問題です。

それでいて、論理的な話だと思います

ある属性を名乗る人たちに何度もバッシングされたら、その属性の人々を嫌いになるのが、多くの人間基本的感情の在り方ではないですか。

 

沈黙は同罪、共犯というつもりはありません。

弱者男性を名乗る人が「女は彼くんがいるだろ」という中で、弱者男性あなた沈黙していたら、弱者男性犯人に見えます

わたし増田へはこんなにも反応できるのに、なぜ、あのとき沈黙したのですか?

 

男性の困難を語る上で、男性場合女性より支えになるパートナーが得にくい(これは必ずしも事実でないようにわたしは思いますが)ことを受け止め、真剣に考えていくのならば尚のこと

その言説をねじ曲げて、精神障害持ちの女性への当て擦りやバッシングに使われることを憂い、否定していくべきではないですか。

弱者男性差別されるように仕向けているのは、弱者男性自称して他の人達を叩いてる人じゃないですか。

これはわたしの我儘ですが、パフォーマンスでもいいから、「弱者男性ですが、私はこれに反対です」と言って欲しかったです。そう言っている人を信じたかったです。

 

わたしのことはどうでもいいです。福祉仕事をしていましたが、離れることを決めました。転職活動コロナが明けるまで様子を見ようと思いますが、弱者男性への嫌悪が芽生えてしまった状態で続けていくのは無理だと思います。(給料の安さや、鬱がマシになったかステップアップを目指したいなど他の理由もあります。)

わたしは、あれを無かったことにしたくなかっただけです。

改心するつもりもないです。トーンポリシングだとも思ってないです。だって弱者男性いくら態度を改め「わきまえた」ところで、もう耳を貸すつもりはないですから

 

ただ、みなが「すべての弱者男性ではない」と思ってくれる聖人ではないと思いますよ。

弱者男性」という言葉を使って、「女はマンコがあるからイージーなんだ」「弱者男性女性よりもずっと辛いんだ」という人たち、弱者男性自称して発達障害持ちの女性の辛さを矮小化する発達障害男性たち、「女の自殺未遂は気を引くため。女の自殺自殺未遂の失敗。」と叩く鬱持ちの男性たちを放っておくかぎり、わたしのような狭量で愚かな人間が「すべての弱者男性はこういいう人間なのだ」と思うようになるでしょう。いい気味です。

いい気味です、が、同じ障害者として、障害者への風当たりを強くする言動迷惑です。

ですからやはり、弱者男性を援護するならば、弱者男性として、女性精神障害叩きに反対して欲しかったです。

あれは俺たちじゃないから、全員が言ってるわけじゃないのに、といっても「言ってる人が沢山いること」はきちんと受け止めてくれませんか?

あなたたちがあれを野放しにしてきた結果、1人の障害者の女に嫌われるようになったというだけの話です。

女の1人や2人、障害者の1人や2人、どうでもいいですよね。それならそれで結構です。

 

sekiryo 弱者男性確証もないし全員というデータも出せないのに同一視するの?それやめてって言われてるのにまた聞く耳持てないの?悪人を叩いてもgrgdsやらのヘイト愉快犯が善人にはならないし罪は消えないぞ?向き合えよ。

弱者男性という確証はありませんが(そもそも弱者男性自体定義不明ですし)自称しているのだからそうなのだろうと思いました。弱者男性のフリをしている偽物か、「極一部」の弱者男性なのかもしれませんが、わたしには判別不能です。(発達障害男性弱者男性に入りますか?発達障害ウソかもしれませんが……。)

同一視したくはありませんが、彼らは日本のどこかで生きているわけで、今目の前で関わっている人が「それ」の可能性があることは、常にわたしの頭によぎってしまます聞く耳は持たないです。今は持ちたいとも思わなくなりました。

全ての障害女性の彼くんがいるわけじゃない、データもないのに、漫画で見ただけのくせに、やめてと言ってるのに……わたしも思いましたよ。

あなたのような人が、女性精神障害者叩くのはやめようよと言ってくださればよかったです……。

 

madogiwahirasyain 別に積極的に手を差し伸べてくれなくても構わない。弱者男性からという理由迫害しなければそれでいいけど、この増田弱者男性全体に精神障害者を叩いてきたというレッテルを貼って迫害しようとしてるのでアウト

全体にレッテルを貼って迫害しようとはしてません。全体に対して嫌悪感があるので、もう関わらないで生きていこうとは思います

弱者男性全体は女性精神障害者を叩いていませんが、弱者男性を「名乗って」女性精神障害者を叩く人々が大勢いて、弱者男性を名乗ってそれを止める人が殆どいなかった。というのは、わたしが見た一面的事実です。いわゆる弱者男性論壇に立つ人も、それを批判したり咎めたりしませんでしたよね。

わたし私怨から、このことは記して置かなければならないと思いました。

deamu 増田私怨により貶めたい属性があって、それを根拠なく主語にしてサンドバックにしようとしてる増田行為は新たな差別。男憎しで差別正当化する増田が連日投稿され、いつもの人達同意を繰り返す加害性の祭り

根拠はあります。どのように提示すれば気が済むのか教えていただければ可能な限り対応しようとは思いますサンドバックにしようとはしていません。私怨により弱者男性貶めたいわけではなく、私怨により「弱者男性を名乗ってこちらをバッシングしてきた人々」の存在を周知したいです。

弱者男性は〜なんて言っていない」という主張を数多く見ました。そう主張する人々は、あれが目に入らないか批判しないのか、目に入っているのに批判しないのかずっと疑問でした。弱者男性論壇の方に、「理解のある彼くん」の件を周知し、批判していただきたかったのが1つ。無かったことにされるのが腹立たしかったのが1つですね。

差別正当化はしていないつもりです。わたし差別的な感情が芽生えるに至る過程を書きました。そうすることで、弱者男性差別を解消しようとする人や弱者男性当事者が、自分たちの主張が誰かの心を踏み躙っていることを自覚し、やめてくださるかもしれないと考えたからです。特にASD男性には伝えなければ分からないのかもしれないと思いました。

また、わたし感情を中心に書いたのは、それが明白な事実からです。女性障害者を叩く人が本当に弱者男性なのかは分かりませんが、弱者男性を「名乗って」女性障害者を叩く人の発言を読み、わたしが嫌な気持ちになったことは事実です。そのことを受け止めていただきたかったです。

 

 ただ、わたし差別的な感情正当性はありません。その事は明記しておくべきでした。すみません

 

わたしに関して言えば、男性別に憎くはありません。ただ恋愛感情を抱かない以上、深い関わりが女性相手よりも持ちにくくはあります

あの増田を書いたのは、男性が憎いからではありません。「女は理解のある彼くんがいるから」と言う人達が憎いから書きました。そこは混同して欲しくないです。弱者男性を名乗ってやってきたこと、(それが貴方でないなら)やってきた人たちがいたことは受け止めて欲しいです。

 

一部の人おかしなことを言うのはどこでもあり得ることです。それに対して、他の人たちが咎めなかったことが1番残念です。今からでも咎めて欲しいですが、過去のことは水には流しません。

 

最後にずっと、思っていたのは

女に生まれればイージーだった、遺伝子レベル運命を呪うのならば、「そもそも障害者に生まれなければよかった」でいいんじゃないですか。なぜ、女性障害者ばかりがターゲットされるのかわからないです。健常者の男性は狡いと言えばいいじゃないですか。

女性には理解のある男性が現れやすいとして、だから何なんですか。男性あなたには現れないと思うのならば、現れないなりに対処していくだけの話でしょう。現れないなりの福祉を求めていくだけの話でしょう。「女はこうだけど」と言うことに何の意味があるんですか?

 

わたしあなたと同じですよ。理解のある彼くんはいませんが、自分で働いて自分で生きていくつもりですよ。

ただ障害者だからって、みんながあなたと同じなわけではないんですよ。女性の、既婚の精神障害者は、障害者のくせにいい目を見てる狡い人達ではないです。同じ障害者でもあなたと同じように不幸になる義務はないです。

2021-05-07

みんなもう好きにすればいいと思う

コロナ収束に対して、緊急事態宣言あくまでもワクチンができるまでの時間稼ぎでしかなかった。

何年かかるかと思っていたがワクチンは驚くべきスピードで出来た。これは素晴らしいことだ。科学勝利だ。

  

ただ、日本政府はできたワクチンをまったく確保できなかった。

これはもっと深刻な国もあったので、情状酌量余地は多少はあったかと思う。  

  

どうやらワクチンは確保できるという話が出てきた。

そうしたら今度は1日1万人とかい単位での話に矮小化している。

1億2000万人に接種するのに何日かかるのか。単純な割り算もできないのか。

  

こちらには情状酌量余地はない。

自分たち努力でどうにかできることに取り組んでいない。

ただ、これもお馴染みの姿だ。国民自粛要請しておきながら、

自分たちはそれを顧みることなく会食をしていた政治家役人である

  

恥を知れと思うが、恥を知る脳みそがあればこんなことはしないだろう。

バカは死んでも治らないというやつである。どうしようもない。

  

日本政府は、国民生命を守るという基本の部分を違えている。

こうした脳なしに殺されないためには、各自が生き残るための方策を探るしかない。

  

みんな好きにすればいいと思う。

弱者女性精神障害者男性サンドバッグにしてきたことについて

anond:20210506234730を読んで、書いておこうと思った。

弱者女性を名乗る人々が精神障害持ち男を「でも理解のある彼女さんが」と、積極的に叩いて来たことは忘れないし、いくら弱者女性が辛そうにしていても「所詮弱者女性自分の不幸を理由に人の不幸(精神障害)を軽んじ、嘲笑する人間性からな」と思い続けるだろう。

そして今現在の心境としては、弱者女性いくら辛そうにしていても絶対に手を差し伸べたくないと思っている。

思っている、というよりは

思ってしまうようになった、というのがより適当だ。

わたし普段生活において、「人に親切にしよう、人に気を配ろう、(いくらかの定型発達の人々が無自覚にするような)人を追い込むような真似はやめよう」と積極的に気をつけて生きているつもりだ。別に、不幸な人々を負け組嘲笑し生きるような人柄ではない。しかし、弱者女性を名乗る人々の言動を見るうちに、「弱者女性は、こんな言動をしていたんじゃ差し伸べられる手も差し伸べられないだろうな」という感情が「誰が手を差し伸べるか」という気持ちに変化していた。

正直なところ、わたしは手を差し伸べられると、差し伸べるほどの余裕や能力があるとは言い切れない。だからわたしがどう思おうと関係のない話かもしれない。

 

弱者女性には弱者女性なりの辛さがあるのだろう。それは、男性であるわたしには男性なりの辛さがあって、発達障害であるわたしには発達障害なりのつらさがあるのと同じだろう。わたしの辛さが弱者女性に完全に理解できるものだとは思わないし、わたしもまた弱者女性の辛さは理解できない。

弱者男性たるわたしと、弱者女性どちらが辛いかはわからない。測り、比べられるものだとも思えない。

しかし、弱者女性たるあなたがが辛いのだと主張すれば、辛いのだろうなと思うことぐらいはできる。「そうなんですね」程度の相槌は打てるだろう(それがわたしコミュニケーショ能力限界だ)。

これがわたしの線引きだ。これ以上はもう手を差し伸べたくない。

 

わたしが男だからか、は知らぬが「理解のある彼女さん」を作ろうと思えば作れるだけの性的価値とやらはあったかもしれない。

だがアセクシャル、アロマンテイックの自分にとって、理解のある彼女さんは不要だった。欲しいと思えなかった。

高校時代に鬱で心療内科にかかり、(ずっと怖くて診断を避けていた)発達障害の診断を受け、障害を受容し、社会で人並み程度に働けるようになるまでには多大な苦しみと努力があった。

わたし普通には働けないのではないか障害者雇用を選ぶべきではないかそもそも社会に出るべきではないのではないか、周囲が言うようにわたし女性に養われるべきなのか、そのために好きになれない異性相手理解し難い恋愛感情偽装結婚するべきなのだろうか……

からすれば大したことのない悩みかもしれないが、わたしにとっては生涯を通して付き纏うだろう悩みだ。

結婚という逃げの選択肢があるだけマシ」と言われるかもしれないが、その選択肢を負わねばならない人間にもそれなりの辛さがある。

結婚したくもないのに、結婚しなければ嘲笑される。養われたくもないのに、養われれば良い、養われるべきだ、養われないなんて、選べるのにこれを選ばないなんてバカだ、選べたのに選ばなかったなんて大バカだ、と謗られる。その風当たりは歳を取れば取るほどきつくなるのかもしれない。

辛いことだ。

弱者女性の「でも男は理解のある彼女さんが」は、大変不愉快で腹立たしく、そして不安気持ちにさせるものだった。誰に対して言ったわけでもない、自嘲混じりの嘆きだったのかもしれないが、実在個人に当たる弾だったのだ。

 

わたしは、許さない。

 

わたしのようにアセクシャルでない障害男性にとっても、失礼な言葉だと思う。

女性から恋愛対象に該当するような男性になることは、フリをすることは努力必要だ。金も服装も、正しい話題選びも、普通男性らしいふるまいをすることも、普通男性らしいコミュニケーション能力を身につけることも、とても困難な男性はいる。普通男性に、普通に価値がある」男性に、擬態する努力は何も異性から好かれるためではない。人並みに扱われるために不可欠な努力だ。「理解のある彼女さん」も「性的価値」も男ならば必ず初めから手に入るものではない。努力あってのものだ。

 

理解のある彼女さん、に好かれ、関係を維持している障害持ち男性は、自分努力を語るにも周囲への感謝を欠かさない素晴らしい人だろう。

(正直な話、わたしだってアセクシャルとして、恋愛脳の異性愛者は結局「彼女さん」か、とうんざりしていたし、理解のある彼女さんに頼る甘えたバカ男のせいで自分の辛さが矮小化されるわけで恨みしかないわけだが、)理解のある彼女さん持ちの障害者男にとっても「お前らは理解のある彼女さんがいるからいいよな」は不快言葉だったろう。

 

さまざまな精神障害認知され、発達障害を持っていても療育によって働ける男性は増えていくだろう。異性に頼らずに生きる障害だって、この世にいるのだ。

 

あなたがたは、ーーーあなたではないかもしれないが例えそうだとしても、弱者女性の名で、精神障害持ちの男性にたいして発してきた言動は、無かったことにはできない。

弱者女性の辛さを、弱い立場男性を叩く正当化材料したこと自分の辛さを人への加害の理由にする、品位の無さ。

弱者女性論を歪めてきたのは誰か、よく考えて欲しい。

弱者女性は、弱者女性を名乗る幾人かの言う通り、ごく一部の自称弱者女性がそうした言葉を発しているだけなのかもしれない。

弱者女性に寄り添う顔をして、(※フェミの反対の概念がない)叩き男叩きに興じる悪がいるだけなのかもしれない。

しか弱者女性が、はっきりと、それを否定批判しているは見たことがない。

 

例えたった1人でも、過去の(あなたもしくは弱者女性を名乗る他人の)発言批判するならばわたしも考えを変える努力をしようと思う。

 

それでもやはり、あれらの発言絶対に許さない。

anond:20210506234730

まず前提として女性というカテゴリに属する弱者が『理解のある彼くん』という手段で救いを得やすい傾向にあるのは事実でしょ。

かに理解ある異性を得るのにも努力必要だろうだけれど弱者自助努力により救済を得る方法の中では比較的イージー手段であることも事実だし、男女の性欲差によって男性よりも女性の方が理解ある異性を得やすいのもまた事実

そして、『理解のある彼くん』という手段を選ぶと選ばざるとに関わらず、不幸から脱出手段選択肢が一つ多いということ自体はやはり恵まれていることだよ。

流石にそれを否定するのが現実が見えていなさすぎる。

その上で、アセクシャルという増田のような『理解のある彼くん』が救いにならない、あるいは所謂『穴モテ』ができないレベルのブスみたいに『理解のある彼くん』にすら救ってもらえない、そういう『女性でありながら女性の持つ優位傾向を活かせない人々』が「女性というだけで恵まれいるかのように語るな! 私たちの辛さを矮小化するな!」と憤るのは、差別に対する正当な怒りだと思うよ。

ただまあ、増田がそうした差別を受けているという事実を認めた上で、それでも増田に対しては欠片も同情心は湧かないな。

だって増田弱者男性にも女性に対して加害性のある人もいればそうでない人もいるという事実無視して、弱者男性という属性を叩いているんだから

自分差別するけど、人に差別されるのは嫌です」なんて我儘が通るハズもなし。

差別主義者は差別主義者同士で仲良く差別し合っていれば良いんじゃないですかね?

anond:20210506123407

それは本当に女性の辛さを矮小化しようもしている人たちが言ってるんでしょうか?

別人ではないのでしょうか?

よくあるブクマ羅列記事にしてもいいんじゃよ

2021-05-06

追記しました。弱者男性精神障害者女性サンドバッグにしてきたことについて

anond:20210509075626追記を書きしました。

 

anond:20210506123407を読んで、書いておこうと思った。

弱者男性を名乗る人々が精神障害持ち女を「でも理解のある彼氏くんが」と、積極的に叩いて来たことは忘れないし、いくら弱者男性が辛そうにしていても「所詮弱者男性自分の不幸を理由に人の不幸(精神障害)を軽んじ、嘲笑する人間性からな」と思い続けるだろう。

そして今現在の心境としては、弱者男性いくら辛そうにしていても絶対に手を差し伸べたくないと思っている。

思っている、というよりは

思ってしまうようになった、というのがより適当だ。

わたし普段生活において、「人に親切にしよう、人に気を配ろう、(いくらかの定型発達の人々が無自覚にするような)人を追い込むような真似はやめよう」と積極的に気をつけて生きているつもりだ。別に、不幸な人々を負け組嘲笑し生きるような人柄ではない。しかし、弱者男性を名乗る人々の言動を見るうちに、「弱者男性は、こんな言動をしていたんじゃ差し伸べられる手も差し伸べられないだろうな」という感情が「誰が手を差し伸べるか」という気持ちに変化していた。

正直なところ、わたしは手を差し伸べられると、差し伸べるほどの余裕や能力があるとは言い切れない。だからわたしがどう思おうと関係のない話かもしれない。

 

弱者男性には弱者男性なりの辛さがあるのだろう。それは、女性であるわたしには女性なりの辛さがあって、発達障害であるわたしには発達障害なりのつらさがあるのと同じだろう。わたしの辛さが弱者男性に完全に理解できるものだとは思わないし、わたしもまた弱者男性の辛さは理解できない。

弱者女性たるわたしと、弱者男性どちらが辛いかはわからない。測り、比べられるものだとも思えない。

しかし、弱者男性たるあなたがが辛いのだと主張すれば、辛いのだろうなと思うことぐらいはできる。「そうなんですね」程度の相槌は打てるだろう(それがわたしコミュニケーショ能力限界だ)。

これがわたしの線引きだ。これ以上はもう手を差し伸べたくない。

 

わたしが女だからか、は知らぬが「理解のある彼くん」を作ろうと思えば作れるだけの性的価値とやらはあったかもしれない。

だがアセクシャル、アロマンテイックの自分にとって、理解のある彼くんは不要だった。欲しいと思えなかった。

高校時代に鬱で心療内科にかかり、(ずっと怖くて診断を避けていた)発達障害の診断を受け、障害を受容し、社会で人並み程度に働けるようになるまでには多大な苦しみと努力があった。

わたし普通には働けないのではないか障害者雇用を選ぶべきではないかそもそも社会に出るべきではないのではないか、周囲が言うようにわたし男性に養われるべきなのか、そのために好きになれない異性相手理解し難い恋愛感情偽装結婚するべきなのだろうか……

からすれば大したことのない悩みかもしれないが、わたしにとっては生涯を通して付き纏うだろう悩みだ。

結婚という逃げの選択肢があるだけマシ」と言われるかもしれないが、その選択肢を負わねばならない人間にもそれなりの辛さがある。

結婚したくもないのに、結婚しなければ嘲笑される。養われたくもないのに、養われれば良い、養われるべきだ、養われないなんて、選べるのにこれを選ばないなんてバカだ、選べたのに選ばなかったなんて大バカだ、と謗られる。その風当たりは歳を取れば取るほどきつくなるのかもしれない。

辛いことだ。

弱者男性の「でも女は理解のある彼氏くんが」は、大変不愉快で腹立たしく、そして不安気持ちにさせるものだった。誰に対して言ったわけでもない、自嘲混じりの嘆きだったのかもしれないが、実在個人に当たる弾だったのだ。

 

わたしは、許さない。

 

わたしのようにアセクシャルでない障害女性にとっても、失礼な言葉だと思う。

男性から恋愛対象に該当するような女性になることは、フリをすることは努力必要だ。メイクも、服装も、正しい話題選びも、普通女性らしいふるまいをすることも、普通女性らしいコミュニケーション能力を身につけることも、とても困難な女性はいる。普通女性に、普通に価値がある」女性に、擬態する努力は何も異性から好かれるためではない。人並みに扱われるために不可欠な努力だ。「理解のある彼くん」も「性的価値」も女ならば必ず初めから手に入るものではない。努力あってのものだ。

 

理解のある彼くん、に好かれ、関係を維持している障害持ち女性は、自分努力を語るにも周囲への感謝を欠かさない素晴らしい人だろう。

(正直な話、わたしだってアセクシャルとして、恋愛脳の異性愛者は結局「彼くん」か、とうんざりしていたし、理解のある彼くんに頼る甘えたバカ女のせいで自分の辛さが矮小化されるわけで恨みしかないわけだが、)理解のある彼くん持ちの障害者女にとっても「お前らは理解のある彼くんがいるからいいよな」は不快言葉だったろう。

 

さまざまな精神障害認知され、発達障害を持っていても療育によって働ける女性は増えていくだろう。異性に頼らずに生きる障害だって、この世にいるのだ。

 

あなたがたは、ーーーあなたではないかもしれないが例えそうだとしても、弱者男性の名で、精神障害持ちの女性にたいして発してきた言動は、無かったことにはできない。

弱者男性の辛さを、弱い立場女性を叩く正当化材料したこと自分の辛さを人への加害の理由にする、品位の無さ。

弱者男性論を歪めてきたのは誰か、よく考えて欲しい。

弱者男性は、弱者男性を名乗る幾人かの言う通り、ごく一部の自称弱者男性がそうした言葉を発しているだけなのかもしれない。

弱者男性に寄り添う顔をして、フェミ叩き女叩きに興じる悪がいるだけなのかもしれない。

しか弱者男性が、はっきりと、それを否定批判しているは見たことがない。

 

例えたった1人でも、過去の(あなたもしくは弱者男性を名乗る他人の)発言批判するならばわたしも考えを変える努力をしようと思う。

 

それでもやはり、あれらの発言絶対に許さない。

anond:20210506160620

真面目に生きてきた人が道を踏み外したり、犯罪に手を出してしまうほどの苦しみがどんなものちょっとは考えてみればいいのにね。

自分の性欲とは全然質が違うという想像力が足りない。

あと、女性の辛さを矮小化しようとする奴はいたんだろうけど、そいつ弱者男性が同一人物というのはどうやって裏をとったんだろうね。

もしかして決めつけの刃?

弱者男性差別の辛さを認めろとは言うけどさ

普段とあるごとに女性の辛さを矮小化しようと躍起になってる人達から言われると随分と都合がいいなあと思ってしまう。

全員とは言わないけどね。ただ女性障害者等の訴えを冷ややかに見てた人もいるだろう。


からと言って男の辛さを否定する気なんて元からないよ。

例えば前に女性生理の辛さが話題になった時、男だって性欲が発散できなくて辛い!男の生理!みたいなふざけた事言ってた奴等がいたじゃん。

そういうふざけた主張で女の辛さが矮小化されるせいで女は辛さを強く訴える必要があったんだよ。

こんな事言われたら当然怒るじゃん。

その怒りや批判弱者男性否定に見えてしまったんだろうな。


具体的な弱者男性差別の内容について質問するのもふざけた事言って弱者を装い女性を腐したいだけの輩がいるから。

アンチフェミニスト界隈の有名人ミルキーにパパの味がないのは差別だ!とか言って不二家に抗議した件があったよね。

あれ明らかに本気じゃない。フェミニストを腐したくてやっただけだししかもパパのミルクとかわざと下ネタ連想させようとしてて酷かった。アンチフェミ逆張り企業迷惑をかけただけだった。

から本気で悩んでんの?ただ女性逆張り冷笑をしたいだけなんじゃないの?ってどうしても懐疑的なっちゃうんだよ

別に男の辛さを否定したい訳じゃないよ。


女性が何か意見するとお気持ち〜とか感情論が〜とか 揶揄されるけどさ

連日上がってくる弱者男性の辛さが綴られた日記の数々はなんなんだよとw

こんだけ差別されるのが嫌だと思っているのなら、どうしてその気持ち女性や「弱者」とされている人達に分けてあげられなかったんだ。

anond:20210505194726

外科や器質的疾患、足の骨が折れた男性や、大腸がんになった女性は、「骨折定義は?」「大腸がんになって差別された具体例は?」と聞かれることはまずない。

ここに微妙論理飛躍があるんよ。

まり弱者男性一口に言っても、「病気障害」で受動的に社会性を失った人もいれば、「他人交流する努力を怠った」「劣等感をこじらせ周囲を拒絶した」などで能動的に社会性を失った人もいる。前者は骨折大腸がんに例えられるかもしれないが、後者は違う。後者レッテル貼りしているのも自分自身だ。

そういう多様な弱者を一括にして論じようとするから破綻する。弱者男性差別っていうのは問題矮小化して聞こえはいいが実像のない無為言葉なんだよ。

2021-05-05

差別の透明化

弱者男性話題差別の透明化が気になった。

差別をやめて欲しいと訴えても、曲解されたり、矮小化されたり、一般化されたりでまともに受け取ってもらえないわけだ。

表現が拙くてもやはり辛さを打ち明けてくれたものへ寄り添うのがマナーかなとも思ったが、まあそこは人それぞれだ。

興味を持ったのはそのテクニックの多様さだ。

弱者男性関係披露された透明化のテクニックは恐らく、そのほかの差別の訴えにも使用されるだろうな。

なんだが兵器がずらっと並んだ光景のようで、壮観でしたね。

anond:20210505041540

人間関係は同性間含め自由意志によって構築されて、

その自由意志によって苦しんでるのが弱者男性なんだと思うんだよね。

でもその自由意志現代じゃ差別とは呼べないし、しかしそこには確実に苦しむ弱者存在して、

からこそ難しいんだよね。リベラルには見えないバグみたいな弱者存在

人間関係的な弱者をどう救うか?って矮小化しては行けないと思う。

どうしてほしいの?って解決法は模索するしかないよ。

男女の経済格差是正されれば少なくとも経済的理由結婚できない男女が減るかもしれないし、逆かもしれない。

技術革新セクサロイドみたいなのが性的弱者の解消の一助になるかもしれないし、

少なくとも今何が差別かっていったら貴方みたいに弱者存在しないとか宣って連投で荒らすことかなぁ。

2021-05-04

anond:20210504224858

福祉問題は老若男女と同じで当然無関係ではないから当然あってしかるべきだし

その上で、男性の生きづらさを減らして行くためには差別意識偏見が向けられないようにしていかなきゃいけない

どの差別にも無自覚差別矮小化はつきものなので、それも批判しつつ寄り添っていくのがよい

anond:20210504194618

自分の受けた差別偏見理解してくれるひとと一緒に声をあげます

自分の受けた差別矮小化するひととは声をあげません

から入ってきて女性より差別されてるって女性文句つけたりしてません

2021-05-01

俺は anond:20210501053401 を書いたものではないが、さすがにこれは許せないと思った

id:metro 冒頭の男にあてがわれた仕事、女にあてがわれた仕事の話、で、それ給与は同じだったのかい?というのは聞きたい

2021/05/01

まず、男女共同参画社会基本法と、男女雇用機会均等法って知ってるか?時期的に性別によって賃金に差が付けられていることはあり得ないと思わないのか?

そもそも給与に納得できるほどの差があったら元増田の冒頭の「挨拶」が出てくると思うか?共感ゼロか?

次に、仮に「(納得はいかないレベルだが多少の)差はあった」として、それは客観的に見て、腰をいわすリスクとの差を補って余りあるほどの差なのか?

さらに、お前はその状況で「給与ちょっと差があるから、この状況は問題が無い」と思うのか?同じような状況を経験し、そのような諦観に至ったことがあるのか?

そして、元増田のような状況で「重労働がきついから、女性仕事を替わってほしい」が効くと思ってるのか?

最後に、仮に同じだったとして、「同じでしたよ」と回答を受けた場合、で?お前の意見の続きは何なんだ?

その「聞きたい」欲は、冒頭の「男性に不利な重労働が課せられていたという告白」を「給与の差(しかもそれがあるかどうかもわからないし、あったとしてもわずかかもしれない)」によって否定し、

見えているはずの男性の辛さを透明化し、矮小化し、現実自分に都合の良い認識に沿うよう捻じ曲げるための詭弁である

お前は、自分が、声を上げる弱者をなじり・そしり否定する、この世で最も醜悪差別者であることを自覚すべきである

お前のような輩が、男性にだけ課せられた肉体労働という社会的抑圧を、その「問いかけ」によって保持し、性役割を固定し、家父長制を再生産し、性差別を創り出し続ける。

anond:20210429213011 【追記あり弱者男性のための女装ハッテンのすすめ

冗談抜きで女装同士でセックスしたりしてる。」

と書いたらそこそこ反応をいただいたのでもっと具体的に書いていこうと思う。

あくま弱者男性を語って社会問題として扱う話ではなく、趣味オススメ程度に思って欲しい。

女装ハッテンってどんなもの

 簡単に言うと女装してエッチすることだよ。

 相手女装同士のこともあるし、男性のこともあるよ。

 掘る掘られるは準備が大変なので実はあまりメジャーじゃなくて、

 お触りプレイがメインだよ。

2 どこでできるの?

 女装さんが集まるエッチなお店やハッテン場として有名な映画館でできるよ。

 Twitterなどで出会って、ホテルオフパコすることもあるよ。(ハッテンの定義と違うかもしれん)

 公園をハッテン場としてる人もいるけどやめたほうがいいよ。

3 何が楽しいの?

 気持ち良いことできるよ。場合によっては可愛い(男の)娘とえちえちできるよ。

 普段自分とは違う存在になって気分転換にもなるし、チヤホヤされたり男性としては経験できないことができるよ。

 弱者男性として嫌気がさしている人はいっそ女性として扱われる環境に身を置いてみればいいかも?

4 でもどうせ顔がいい奴、若い奴だけなんでしょ?

 そんなことないよ。まず男性としてモテる人と女装モテる人は違うよ。例えば背が低い方が女装向きだよ。(もちろん高くてもOK)

 顔も化粧でどうとでもなるよ。年齢は20代ならもれなくチヤホヤ、30代でも人気、40代50代でも需要があるよ。

 もしかしたら女性より花の命が長いかもしれないね

私が女装ハッテンにハマってオッサンに犯されるまで

 「女装同士でセックスすることと、オッサンに犯されてメス堕ちすることにはだいぶ性癖の隔たりがある」

 と指摘されたのでどうしてこうなったかの顛末を書いていく。

女装同士のきっか

 私が最初女装にハマったのは小学生の頃にスカートを履いてみた時だった。

 女の子の格好にもともと興味があったのですごく興奮し、鏡を見ながらしこってしまった。

 それから女装クオリティがどんどん上がり、鏡をみてしこり、時には2chなどに画像をアップするようになった。

 2chで「可愛い」「えっち」と褒められると自己肯定感が満たされて、普段モテない自分はどんどん沼にハマっていった。

 鏡の中の自分写真自分エッチしたいけどできない……そんなわけで他の女装さんと女装レズをすることになった。

男性とのきっか

 女装レズをしばらくしていくと、男性の肉体に抵抗がなくなった。

 というのも、エッチ過程で服をはだけさせていくとだんだん男になるからだ。

 それで女装さんの集まるお店に行くと男の人に声をかけられたり、周りの女装男性とやってたりしている。

 もの経験ということで自分もやってみた。

 相性が合う合わないはあるが、ぶっちゃけ体を触れるなら女装男性も同じだった。

 むしろ自分女性扱いしてくれて積極的気持ちよくなれるようにしてもらえる分よかった。

 このころには「女装さんがいない時は男性でもいいか」ぐらいにはなっていた。

多数のオッサンに犯されて興奮するようになった

 今までは女装さんが集まるお店で遊んでいたが、新しい刺激が欲しくなったのでハッテン映画館に行ってみた。

 そこは暗闇で女装子が映画を見ていると四方からオッサン(爺さん?)が集まってきて体中を触られたり舐められたりする。

 私はそこでハマった。

 女装子を相手する時みたいにこちから気持ちよくなるように奉仕する必要もないし、

 男性と一対一でやる時みたいなコミュニケーション必要ない。(別にコミュ力がなくても男性が盛り上げてくれるから関係ないが)

 4,5人の人に同時に責められて、可愛いねって言われて、頭がぼーっとして、肉体も精神気持ちよくなった。

 事が終わったら「ありがとね~」と感謝されて、たまにジュースをごちそうしてくれたり。

 別に相手が女だろうが男だろうが女装だろうが、性感帯を刺激されるだけなら関係はないのだ。

 だったら男性特に高齢男性性的価値暴落しているところで若い女装の私が無料大勢男性をはべらせて気持ちよくなるのはコスパがいい。

 しか男性たちは大喜びだしいいことをした気分になる。これほどいいことはない。

最後

 女装新人さんがハッテンをしたら女装レズ人口が増えてみんな幸せになる!

 諸君、今こそ女装でハッテンをするのだ!!

追記 批判的なコメント含め多くの人の反応があったので追記します。

ゲイの人を馬鹿にしている言説であるという意見

 まず第一に私は「ゲイ」「ホモ」については本記事において一切言及していません。

 なのになぜこのような意見が出るのだろう……と思ったのですが、

 これは世間の人がヘテロセクシャル以外「LGBT」という一つの人種であると誤解しているからではないでしょうか?

 界隈で遊んでみての感覚ですが、レズゲイは決して交わることはない世界にいるし、女装ゲイも明確に区分けされています

 考えてみれば当然だと思いますが、ゲイの方は男性のことが好きであるので女性として扱われる(ことの多い)女装相手したいわけではないのです。

 そこでお店やハッテン場ごとにジャンルが分かれ、界隈ごと分かれているのです。

 またゲイの人は男性好きな人であって、ハッテンと安易に結びつけるべきではないです。

 ハッテン好きはハッテン好きという趣味の話であって、性的指向とは切り離さなければなりません。

 ヘテロセクシャルの人が全員ハプニングパーに行っているわけではないのと同じです。

弱者男性からってこんなことを勧めるなんて馬鹿にしている!

 私は今まで女性モテなかったし、モテていたらハッテンもしなかったでしょう。

 自分自身に明確な弱者男性としての意識があります

 弱者男性である私が性的に満たされた趣味の一つとしてハッテンをオススメしました。

 やりもしないことを「せいぜいお前はこれやってろw」というのはバカにしていますが、

 私はハッテンを身をもってやっているので本心オススメしています

問題矮小化し、弱者男性論に投石をする不埒な言説である弱者男性の救済とは程遠い。

 これがジェンダー論の論文国連宣言ならまだしも、はてな匿名ダイアリー記事に対して影響力が本当にあると思っているのか疑問です。

 どうせ来月には電子の山にうずもれてしま議論の中で、匿名での弾糾が社会を大きく変えられるのならば、私たちはこんな苦労をしていないのです。

 私は匿名でのレスポンスのやり取りの中で社会が変わるとは信じていません。

 この駄文を読んで「ハッテン場、興味があったけど行ってみようかな」という人や、

 私のお尻を触って「今日女装ちゃんのお尻を触れて性的に満たされた」というオッサンがいたら、私個人でできる範囲の救済だと思います

コロナで今は無理」「女子トイレとか入っちゃダメ

 これは大事なので守りましょうね!

 リスクがある行動をするときはいつもよりも気を使いましょう!

 触るだけでもゴムをつけよう!

2021-04-29

anond:20210429130734

話を矮小化してるのは君だよ

下方婚した女性(すでに一定数いる)も家事育児教育まで負わされれば必ず上方婚になってしまうんだ

少子化解消のために下方婚する女クレがあてがえでないというのならそっちだって問題にするのがスジだよな

だって「あてがい」か「意図して結婚」かを問わず下方婚した女性はすでに下方婚し終わってるんだから無視しちゃだめだ

この芽を摘まずに伸ばそうとなるのがスジだよな 少子化解消も結婚だけじゃなく妊娠出産育児まで手当するべきだよな

 

ならその解決手段としてまずは育児教育を「男女みんなで」負担すればいいよね

高収入だった賢い・体力ある女性も弱点たる子供性犯罪者に狙われれば一発でキャリアは終わり

出るとこ出て戦うこともPTSDちりょう時間金もかかる

そういう事実に怯えないために弱者男性よりさら弱者子供保護する体制ができればいいよね

ついでにうまく教育がいきわたって弱者男性になるはずだった男性強者男性にそだてあがればいい それを延々とやってるのがラノベ転生ものだろ フィクションに逃げてないで現実ラノベなみにする方向に頑張れよ 前世無職ランク上げ作業してたことが無駄にならなかったな、じゃねえんだよ

結婚けが問題じゃないってわかったか?「弱者男性結婚」という一瞬で終わる人生行事だけ援助しても意味がないよな、おまえらも以前は弱者幼児でこれから老害になるんだよ

時間軸を無視したらアキレスと亀みたいな強引な論理が通るようにみせかけることができる

おまえら増田が延々とやってるのそのタイプ欺瞞だよ

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