「帰宅」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 帰宅とは

2018-09-21

[]9月21日

○朝食:ミックスサンド

○昼食:おにぎり(塩、塩、昆布

○夕食:おはぎスナック菓子(なげわスナック

○間食:なし

調子

はややー。

仕事はやらないといけないことは、ちゃんとこなした。

帰宅してからは、今日スーツという海外ドラマを見ていた。

2シーズンの序盤なのだけど、最初から二人の関係性が今まで以上に熱くて尊い


iOS

コマスター

ノルマをこなす程度。

オノノクスが入ってるデッキが本当に辛い。

あとベベノムいねわからん殺しされちゃった。

グラブル

クロム鋼は、今日で累計9個。

目標まであと1つ。

今日は島ハードマグナも周回したりもした。

今週はあまり武勲が稼げてないので、RやSRPT積極的に使った。

モバマス

BPドリンク 64個 → 64個

BPドリンク1/5 2014個 → 2047個

ロワイヤルpt 756542pt → 899120pt

愛海の上位報酬目指してイベントに参加中。

今日ドリンクほとんど使わずゆっくり

2018-09-20

いつか必ず僕は泣く

遅い夏休み福岡実家に帰った。

父さんに予約録画の仕方を教えてあげるため居間BDレコーダー操作していたら、

父さんが母さんのフラダンスを録画した動画たまたま見つけて家族みんなで見た。

僕が滅多に知らないバッチリ化粧してアロハドレスを着た母さんが居間で踊っている動画だった。

普段こんな格好をすることないから、市民ホールでの発表会が終わった後、そのままの姿で帰宅して笑、父さんに動画を撮ってもらったらしい。

ちゃんと踊れてるんだけど、途中間違えてやり直す所で爆笑してしまった。

でも同時に、いつか僕はこの動画を見て泣く日が来るんだろうなと確信をしてしまった。

それどころか嗚咽混じりで大号泣するかもしれない。

たった一年に二回しか実家に帰らない僕を、いつも見送りの時見えなくなるまでずっと手を振ってる両親。

毎年少しずつおじいちゃんとおばあちゃんになっていく。

母さんが死ななければいいのに、父さんが死ななければいいのに、毎日会えればいいのに、なんで福岡仕事が出来なかったのか、なんで僕はこんな親不孝なのか…。

実家に帰って、また東京に戻る度、いつか来る悲しい出来事の予感がゆっくり濃くなっていくような気がする。

こんなこと、SNSにも書けないけど忘れたくないし誰かに話したかったのでここに書かせていただきました。

からは以上です。

anond:20180920103458

ちょうど今こどもの世話をしている。仕事終わって帰宅すると子供が笑うじゃん。そのうち、些細なことで泣くじゃん。それを蔑ろにしてまで自分のことをやりたいとは思わない。

俺は、人の感情を汲み取るのが上手だと思っていて、それが育児に役立っている。こどもの笑いのツボや、泣く原因。わりかし上手く対処できている。

そんな実体験を元にイクメンポイントの一つとして、感情を正確に読み取ってくれるかどうか、という点をあげてみる。

パンツパンツ

南区声かけ事案発生

https://www.gaccom.jp/safety/detail-269275

9月17日午後6時ころ、南区長住3丁目付近で、自転車進行中の小学生女児が後方から自転車で追いかけてきた男に、パンツパンツと声をかけられる事案が発生しました。男は、年齢70代くらい、黄土色帽子青色七分袖シャツ、黄土色半ズボンを着用し、黒色自転車に乗車していました。

南区声かけ事案発生

https://www.gaccom.jp/safety/detail-269801

9月18日午後3時ころ、南区長住5丁目付近で、徒歩で帰宅中の小学生女児が後方から自転車で近付いてきた男に、パンツパンツと声をかけられる事案が発生しました。男は、年齢70代くらい、色黒のやせ型、色不明帽子を着用し、黒色自転車に乗車していました。

南区声かけ事案発生

https://www.gaccom.jp/safety/detail-270665

9月20日午後4時ころ、南区長住3丁目付近で、小学生女児らが徒歩帰宅中、自転車に乗った男が追い抜いた後振り返りパンツパンツと手を振りながら声をかけられる事案が発生しました。男は年齢60代くらい、黒色長袖ジャンパー灰色か黒色のズボンベージュキャップ帽を着用していました。

同じ区内で3日も発生している声かけ事案。解決する日はくるのだろうか。「パンツパンツ

青識亜論さんはツイートするタイミングが「朝(出勤前)」「昼(昼食休憩)」「夜(退社帰宅後)」ときっちりしているので、生活リズムが非常に安定してるのだろうなあと感心している

2018-09-19

飲み会は好きだけど

通勤中の事故に対して会社保障をするならば

帰宅までの飲酒を禁じることも出来るのでは

2018-09-18

眩しい夜

帰宅して、無意識に点ける蛍光灯パソコン

それらの光線が瞼の隙間に刺々しく入り込んでくる。

眠気は何処かへと消え、無為時間が過ぎていく。

いつから私の夜は眩しくなったのだろうか。

いつも通り鈍く始まるであろう明日を想って、今日もわざとらしく目を閉じる。





やっぱオナニーしよ。

息子だけど、親権押し付け離婚した母親について

そういえば自分の周りに親権を押しつけて離婚した母親がいたなあと、元増田を読んでいて思い出した。

もう20年近く前の話だし、元増田の元家庭とはずいぶん環境も違う。

記憶も定かでは無いけれど、「親権押しつけて離婚した母親」がどう見えたか、息子の立場の思い出で自分語りする。

母親最後に見送ったのは私と弟だった。

私の母親は、私が10歳の夏に家を出ていった。

母親の姿を私が最後に見たのは自宅の玄関

私と弟が学童保育から帰ってきて一息ついたあと、入れ替わりで母親は家を出ていって、そのまま帰ってこなくなった。

私と弟がどこにいくのか尋ねたところ、

ちょっと買い物に出かけてくる、あんたたちも来る?」と母親は応えた。留守番をしている、と返したと思う。

まだ日が落ちる前で外は暑かったし、エアコンが効いた部屋から出たくなかった。

それが母親と面と向かって話した最後の会話だった。

その日以来、母親は帰ってこない。ずいぶん長い買い物である

父親が帰ってきたのは20時ごろだったと思う。

母がいっこうに帰ってこないから、勝手レトルトカレーを食べるか迷っていたところだった。

そこから記憶あいまいで、「お母さんは買い物に出かけている」と父親に伝えたこと、その日は結局帰ってこなかったこと、

翌日の夜に「お母さんはもう戻らないんだってさ」と父親に伝えられたことは覚えている。


日経ってから改めて、「お前たちはどうする?お母さんについてくる?」と父親に聞かれた。父と母だけで子供に見えないところでやり取りをしていたんだろう。

私と弟は、間髪入れずに「父親についていく」と伝えた。

子供ながらに、「父親は家に住んでいる、母親は家を出た」「父親仕事をしている、母親パートタイムで働いている」「母親と一緒になるのは不安しかない」と思ったから。

その日からしばらくは子供部屋ではなく、父と母親の部屋で寝ることになった。

父親には「お父さんが寂しいだろうから」なんて言ったけど、たぶん怖かったんだと思う。寝ている間に父親もいなくなったら、とかたぶんそういうことを考えてたんじゃないか

家庭事情、なぜ離婚したのか

正直なところ、離婚前後夫婦関係母親の状況について、父親に聞いたことはない。父の浮気のようなわかりやす理由があったのかも分からない。

当時は、父親の機嫌を損ねたくなかったから、そんなの聞けるわけがなかった。

私も弟も父親も、母親がいなくなって、各々で新しい日々を送ろうと四苦八苦していたし、そのうちに聞くタイミングを失ってしまった。

というかよく考えたら、父と母親の馴れ初めについてすら詳しく知らない。なにしろ私がそんなものに興味を持つ前に離婚してしまたから。

父の年齢から離婚時点の年齢を考えると33~4歳前後になるから、彼らはおそらく大学を出てすぐに結婚したんだと思う。

父は普通サラリーマン帰宅20前後母親も、私が幼稚園の頃からパート勤務をしてて18時頃の帰宅が多かった。

なにしろ大学を出てすぐ私たちを生んだわけだから我が家にも給料的には余裕が無かったはずだ。

共働きということもあって、私と弟は小学校に入るとすぐに学童保育に預けられた。

周りの友人たちの母親専業主婦ばかりだったし、いま思えばマイホームを持った落ち着いた家庭が多かった。

記憶にある限りでは、私の母親PTAなどにもほとんど参加していなかったと思う。地域での友人関係というのも無かったんじゃないか

当時は家の鍵を渡されてなかったから、学童保育から帰ったあとは玄関の前に座って、母親の帰りをぼうっと待っていたのを覚えている。

食事レトルトや総菜がほとんどだった。忙しかったんだろう。

離婚の経緯に関しては唯一、母親祖父から「あの子あんたたちを育てるのを投げ出した、だから勘当をした」という趣旨の話を聞いたことがある。

そのため、母が家を出て行った理由は、私と弟の世話に嫌気がさしたからだと思っている。

実際、当時の私と弟は問題児で、小学校でも幼稚園でも喧嘩忘れ物などの問題行動をよく起こしていた。

まり詳しく覚えていないけど、家庭でも似たような状態だったのだと思う。酷く手のかかる子供だったと思う。

そんな状態である上に、私と弟は昔から比較的父になついていた。母親から見れば「男3人と自分」という対立構造に見えるときも多かったんじゃないだろうか。

上に書いたように、父と母親のどちらにつくかのやり取りもあったから、子供目線だと「母は親権押し付けて出て行った」のではなく「僕たちは自分父親を選んだ」という意識を持っていた。

でも、こうして書いていると、やはり母親私たちと居ることが耐えられなかったんだと思う。

「買い物」に出ていく際の「あんたたちも来る?」という問いは、きっとそんな耐えられない息子たちと自分関係を確かめ意味言葉だったんだろう。

ごめんね、お母さんよりも冷房を選ぶような息子たちで。あの日暑かったからなあ。

離婚のあとのこと

断片的な記憶だけど、父親離婚届を書いているところ、書類を返送する際に「こんな男と10年以上いてくれて~~~」という趣旨手紙を添えていたことを覚えている。

父は「本当にお母さんと連絡したいと思ったら、この携帯番号にかけたらいいから」といって、母の連絡先が書かれたメモ電話機のわきに残してくれた。

何度か電話をかけた記憶はあるが、そのとき何を話したかはもう覚えていない。

しばらくは祖父母が手伝いに来てくれていたこともあり、私も弟もすぐに母親がいない生活に順応した。メモはしばらく壁に貼ってあったけど、どこかにいってしまった。

その後、母親祖父から絶縁されたらしい。

もっとも、何年かに一度は連絡がある、ないしは帰ってきていたこともあるらしいので、本当のところは知らない。

私が二十歳を過ぎたころぐらいに、祖母から母親と会うつもりはないか」と聞かれたこともあった。

ただ、そのときにはもう私も大学生だったし、妙な蒸し返し方をされるのが不気味で会うのを拒んでしまった。「会わなかったぶんのお小遣いをくれるなら考えるよ」とかなんとか適当なことを言って。

小遣い自体は実際にもらった。

大学時代、祖父母の援助で車の免許を取得させてもらった。

あとから聞いた話によると、これは母から祖父母に「息子のために使ってほしい」とあずけられたお金から出されたものとのことだった。

祖父から「残りは、いつかお前たちがいい人を見つけて結婚式をするときに渡したい」と言われた。

父と母親の間で、慰謝料だか養育費だかの金銭のやりとりがあったかについては、知らない。たぶんもう知ることもないと思う。

私のその後

離婚してすぐに一家4人ですごしていた家からは引っ越すことになった。

学校が変わったことがきっかけで、無自覚問題児から自覚のある問題児に変わった。

父親との関係とは紆余曲折あったものの、大学までは出してもらった。

その間、母親がいないことで不便した記憶というのはほとんどない。保護者参観に親が来ないことにもすぐに慣れた。

中高生ときから料理をするようになったし、親が家にいないおかげでのびのびと生活していたから、むしろ恩恵のほうが大きい。

最近になって若干面倒になってきたのは、職場の同僚や知人から

「いつ結婚するのか?」と尋ねられること。

これは母親がいなくなったこととは直接関係とは思うけど、異性と生活を共にして、家庭を持つイメージがどうしても持つことができない。

おじいちゃん、お母さん、ごめんなさい。どうも僕はあのお金をもらう気にはなれません。

母親をどう思っているか

今になって思うと、ひどく気の毒に感じている。

母親が私を生んだ年齢をすぎて数年が経つ。もし今の私が、私のような子どもを持っていたとしたら、おそらく私だって投げ出すと思う。

もっとも、母親が買い物に出かけた理由が、本当に私たちだったのかは知るよしもないんだけど。

元増田について

本当にお疲れ様でした。

自分語りをしながら、もしかしたら私も元増田の書いてるような「隠し通された子供」なのかもしれないのかなあ、なんて考えてしまいました。

ただ、いずれにせよ元増田さんの体験元増田さんだけのものですし、好き放題に増田で叩かれたり、長文で自分語りする父子家庭出身者が現れても、あまり気に病まないでください。

どうにかいろいろと上手くいくようになって、元増田にとってもお子さんたちにとっても一番傷が少ない結果になるように、祈ってます

https://anond.hatelabo.jp/20180918120625

2018-09-17

発熱を繰り返している

8月末に38度を超える熱が出た。

2日ほど仕事休み、熱は下がってきたので復帰した(熱が下がっていなくても人員に穴をあけると周囲の目線辛辣から無理矢理出社したというのが正確)

しか9月に入って数日後また熱が上がり、今度は4日ほど休んだ。

点滴も2回打ちに行った。

一応熱は下がったものの、まだ身体違和感が残る。

熱はないのに身体が怠く重いのだ。

ルーティンにしている筋トレもできず、元々痩せ型の身体さらに痩せていく。

そんな中数日前から出張へ(元々予定されていたもの)。

3泊4日の日程はなんとかこなしたが、帰宅した今、また熱が出た。

人の多い地域に行ったので、何か変なウイルスなどをもらってきたのだろうか…。

この調子だとおそらく仕事を休まざるを得ないだろう。

休む連絡を入れたとき職場の連中の反応が目に浮かんで既に憂鬱で頭が痛い。

ここにきてなぜ急に熱が出まくっているのか。

原因もわからず、対処のしようもなく、ひたすら辛く苦しいばかりである

おそらく、いや、間違いなく自律神経が乱れている(自律神経失調症)だろうが、それがわかったところでどうすることもできず、やはり辛いだけである

せめて8月初旬くらいには回復し、また筋トレができるようになりたいが、そんな日は果たして来るのだろうか。

もう暗い未来しか見えない。

2018-09-16

三連休中日バイト日記

・概ね暇だった。

・出勤したらシフトリーダーに会った。ちょこっと雑談したが、実はシフトリーダートイレ掃除の為に自前の流せるトイレクリーナーをポケットに隠し持っている、と打ち明けられた。

シフトリーダー身銭切りすぎ。この間はお客様が壊した商品を買って帰ってたし。古式ゆかしい熟練コンビニアルバイトの感。

・でもたぶん同じ位歴長いプロアルバイター氏はそんなことしない。

プロアルバイター氏はお客として店に来たとき、超混んでてもマイペースにあたため時間の長い商品をわざわざ買ったりとか、おでんを注文したりする。

今日もそんな感じでおでんを買って帰ったプロアルバイター氏。

・たまにオフの時のプロアルバイター氏に試されてるんじゃないかという気がすることがある。

・お礼()にちょっと個人情報訊いたったったわ。休みの日なにやってるの?的な。私のおばちゃん度が3上がった。

・でも思ったほどうざがられなかったのでガッカリだ。もう聞かない。

・暇だったか冷蔵庫の中で15分位ドリンクの補充したら凍えた。寒いを通り越して関節が痛いくらい。早く衣替えにならないかな。

相棒が、実は某ライバル社の制服の方が好きだと言っていた。私はどちらかといえばこっちの方が好きだけど。

・この間、すっぴんオタクっぽいシャツを着てお店に公共料金の支払いに行った。その為だけに行くには遠い職場なのだがなんとなく。シフトリーダーに影響されてしまったのだろうか。

・そしたら正社員女史(推定二十歳前後)がお店番をしていたので、なんか大人甲斐性を見せてやらねばならぬという気になってしまい、余計な買い物をしたら公共料金を除いた請求額が八百円超えて後悔。何なんだろうな、大人甲斐性って……。

・私のみすぼらしい格好にドン引きイケメン正社員氏(何する訳でもなくフロアをぶらぶらしていた)にお疲れっすと言って帰宅

遅刻常習犯イケメン正社員氏が今日は異様に早くに出勤。

まさかそんなミラクルが起きてるとは知らずにバックヤードに入って鼻歌を歌い出しそうになったまさにその時にイケメン氏が事務所スマホいじってるのに気付いて素で「ぎゃあ!」と言った私だった。

鼻歌で思い出したけど、以前インド人ぽいお客様めっちゃご機嫌に歌いながらご来店。いらっしゃいませーって私が言ったらウインクばちこーんとしてまた歌い出した。人生が楽しそうだった。いいなぁ。

・でも真似できない。

イケメン氏がモテまくっているところを久しぶりに見た。品出ししている時にふと顔を上げたら、お客様のお子様に抱きつかれてキャッキャしている最中イケメン氏と目が合ったんだが、葉蔵さんの同級生かなんかみたいに「わざわざ」って言いたくなった。

・よくある事だけどイケメン氏と長時間談笑した後に私のレジにお会計にいらしたお客様テンションが急転直下に下がる瞬間が嫌だ。女性お客様なんか露骨に「何でテメェがレジ打ってんだよイケメンさん出せよ」って顔する。

イケメン氏にはそういう系のお客様責任持ってレジ打ってお見送りするとこまでやって頂きたく存じます

・お手ふきのストックがもう無かったので、相棒に「これ交代のとき店長に申し送りしないといつまでも補充されないんですかね」(先日、誰も言わなかったせいで長らく補充されなかった消耗品があった。)って聞いたら、「ちゃん在庫チェックしてるはずだから大丈夫」と相棒は断言した。

・上がる前、バックヤード相棒に、今日シフトリーダートイレ掃除を丁寧にやるようにって言ってたけど、店長は前にトイレ掃除夜勤の人が本格的にやるから夕勤はテキトーにやればいいよって言ってたと言ったら相棒は、

夜勤って店長イケメンだよ?あいつらがトイレ掃除なんか真面目にやる訳がねーじゃん」

真偽不明

と言ったから、やっぱりお手ふきは補充されないのではないかという気がにわかにしてきたのだが、帰宅

死と骨と

私が最初に「死」を知ったのは、たぶん3〜4歳のとき

家族長野県にある小林一茶記念館で、親から小林一茶は死んでいる」ことを聞かされた時だった。なぜかその時のわたし小林一茶に親しみを感じており、かの一茶が既に「死んでいる」ことに大きな衝撃を受けたのだ。死ぬことがどういうことかよくわかっていなかったと思うが、自分の興味・親しみの対象がこの世から無くなってしまうことがあるのだと理解した(幼い子供は、あらゆる意味においてものごとが未分化状態にある。死という自分対象を引き裂く現象は鮮烈だったのかもしれない)。

その後も、私にとって死との遭遇は特異なものであり続け、不思議と私の興味をそそった。

5歳くらいの頃、家族高原ドライブに行ったときに、死に出くわすことがあった。

車を運転していた父が「あそこに死にそうな牛がいる」と、突然言い出したのだ。

父は路肩に車を停め、数百メートル先の牧場の牛舎を指し、ほらあそこに倒れている、という。私はどこどこ、と後部座席から乗り出してその牛を探した。

結局私は父がどれを指しているのかわからなかったが、家族4人で数分間じっとその牛のいる方向を見つめていたときわたしは何か畏れ多いものに触れるような感覚を覚えていた。

ドライブの帰り道も、帰宅した後も、あの牛はどうなってしまったんだろう、なんで死んでしまうんだろう、と想いを馳せていた。生き物の死に、ぼんやりとした悲しさと寂しさを感じていた。

また、こんなこともあった。小学校低学年の頃だったか実家敷地には昔、古い木造倉庫があった。祖父が細々と農業をしていたため、中には農耕具が雑然と積まれホコリとタールのにおいがしていた。その倉庫家族で片付けたときに、中に積まれていた段ボールの中で野良猫が息絶えていたのを、父親発見したのである

私は猫好きだったこともあり、死骸を見てしまたことにショックを受けた。と同時に、私は生き物の死に対してかすかな好奇心が湧き立っていたことに気づいていた。

当時の私は化石好きで、そこから派生してどういうわけか生き物の「骨」に異常な興味を持つようになっていた。道端に転がっていた骨らしきものを家に持ち帰り、これはなんの骨だと父に詰め寄ったこともあった。家の庭の土を掘っては、何か骨が出てこないかしたこともあった。

父達が猫の死骸を見つけ、枯れ木と共に段ボールごと燃やすという話を聞いたとき、実を言うと私は燃やした後の猫の亡骸がどうなるか知りたいという強い気持ちに駆られていた。もっと言えば、あの猫の「骨」がどうしても見たくなった。

時間後私はこっそり家を抜け出し、ことの始末を見に行った。枝で白い灰を探ると、何本も細い骨が出てきた。私はそのうちの1本を取り出し、家に持ち帰った。

骨は思った異常に軽く、脆く、青白かった。

自分の期待していた骨はこんなんじゃない、という落胆と、こんな形で容易く骨を手に入れてしまった自分に、ひどく失望した。それに耐えきれなくなった私は、結局その骨を元の場所に戻した。

それ以来、骨の蒐集への熱はパタリと止んだ。


しかし、骨は呪いのように私につきまとっていたようだ。

小学校高学年のとき、あるきっかけで小学生が書いた文集を読むことがあった。その中には身近な人を亡くした子どもたちの体験記が綴られていた。自分と同年代の子供が自分祖父母や親の死に直面し、火葬に立ち会う場面が幾度となく描写されており、当時の私に大きな衝撃を与えた。自分と歳も変わらないのに、そんな究極な場面に遭遇する子どもがいるのかと。

見事に骨への興味が再燃した私は、その頃普及しつつあったインターネットで、火葬場の仕組みや火葬場の写真検索した。調べれば調べるほど、人間の骨をこの目で見たくなった。

ちょうどその時期に父親が突然亡くなり、火葬の場面に立ち会うことになるとは、本当に皮肉なことだった。

40歳前半で死んだ父の骨は痛々しいほどそのままの形をとどめていた。金属の焼けたような鋭い匂いは、大人になった今でもあの記憶と共にかすかに鼻腔に甦ることがある。その場面は、11歳の私にとってあまり凄惨光景であった。頭蓋骨の2つの眼窩ポッカリ空いているの見た私は、もういい、許して、と心の中で叫び、浅はかな興味を持った自分を呪った。



あれから15年以上経った。今、比較的人の死に身近な仕事をしており(葬儀関係者ではない)、時には身寄りのない人の遺骨を扱うことも少なくない。

この前、つい好奇心に駆られ、事務所で保管している骨壷の蓋を開け、こっそりその中身を見てしまった。

やっぱり自分は変わらないな、と苦笑するしかなかった。

こわい、でも、みたいしりたい。自分の中で死と骨は密接に絡み合い、私を捉えて離さない。

2018-09-15

長い髪をバッサリ切った話

先日、美容室に行ってきた

それも、いつもと違って、東京都心部のお高いところ。

普段埼玉のこじんまりとした美容室からちょっと緊張。

他のお客さんは、いかにもマダムとか、おしゃれ番長が多かった。

かくいう私は、メルカリで買った380円のワンピースに、メークする時間がなくて日焼け止めクリームコンシーラーというギリギリフェイス

埼玉田舎っぺが来るべき場所じゃないんだってことくらいわかってたのに、それでも私は交通費1,272円かけてでも行かなきゃいけない理由があった。

そう、それはあの日、雨空の下で悲しい思いをしたから。


元々細い髪の毛は、腰まで長くなった結果、より絡まり合い、時々タワシ状態になっていたのである\(^o^)/

まり、アレだ。

ほどくのが困難なくらい髪の毛めっちゃ痛んでたし、乾かすのに時間かかるからバッサリ切ってもらったワケ。

ちょっとでも技術ある人にって感じでわざわざ東京まで出向いたのに、顔に毛がかなりくっついてるのに帰宅後気づいて涙目(´;ω;`)

2018-09-14

SFみたいな世界

GUレジシステムすごい

最近はどこのスーパー自動精算だし

どの車も自動運転な時代がくる

アレクサはそのうち帰宅時間に合わせてご飯を作ってくれるかもしれない

ファンタジックですごく面白いしワクワクする

テクノロジー進化で周りや自分がどんな風に変わって行くのか見たい

淘汰されるもの、新しく出来るもの解決される問題、新たに出てくる問題は何だろう

媒体は本当に無くなってしまうのか?

景気は悪いし雇用はクソ化するしお陰で少子化も凄いし地方過疎化していくしブラック企業はのさばってるし体罰問題ボロボロ出てくるしお先真っ暗だなと思うことも多々あるけどテクノロジー進化でどれか解決されたりするんだろうか

人類進歩楽しみすぎる

2018-09-13

anond:20180913184244

俺は41だけど街なかですれ違う女みんな視姦してるよ

帰宅後に思い出しオナニー

若い女性犯罪者から逃げられない

江東マンション神隠事件ってやつのwikiを読んだ。

四肢切断、いわゆる「だるま」が好きでmixiネームも「だるま 四肢切断」とかいうおっかねえ名前で、コミケでもそういう同人誌を出してた男が、マンションの隣人女性性奴隷にする目的帰宅時を狙って拉致殺害事件発覚を恐れ包丁バラバラにしてまな板で刻んでトイレに流したという事件

いくらオートロックにしようが防犯カメラ付きの部屋にしようが、若い女というだけで性犯罪男にロックオンされるし、ロックオンざれたらもう逃げ場がないやん……怖

そりゃまあフロアごと家で専用キーがないとエレベーターが止まらないような、芸能人が住むような家ならともかく、普通の女はそんな家賃払えないし。なんかかわいそうになってきた

息を吹きかけるだけの新型痴漢、遭いました。

電車じゃなくて路上なんですが。

半月前くらいの話。

残業終電帰宅、午前1時ごろの路上

広い道で道沿いに何件か開いている店もあり、途中に交番も2件あり、時間的に人通りは多くないが比較安全だと思って通っているいつものルート

「後ろに人がいる」とわかる距離3分くらい男性がついてきていて、全然車が通らないからみんな信号無視する信号で立ち止まるとその人も立ち止まり、さすがにこれはおかしいだろと思っていたところぶわーっと背中に息を吹きかけられた。Tシャツがなびくほど。

その後交番を通りがかったらパトロール中で無人。並びのコンビニに裏口があるのを思い出したので、そこでまいた。

家までつけられたらヤバいかなと思ってしばらくファミレス時間潰してから帰宅

変態はいろんなことを考えるなあと感心してたんだけど他にも出没しているんだな。

なんか全世界同時多発的に同じ類型の話が現れる民話みたいだなあと思いました。

歯が痛くないことは幸せである

痛みは何の前触れもなく訪れる。

一昨日の夜だった。

仕事を終え帰宅し、ぐいっと水を口に含んだ時にそれはやって来た。

歯が、痛い。

初めは軽い痛みだった。水がしみただけだと思った。

しかし、その痛みを感じてから少しずつ、確実に痛みが増してきた。鈍痛。

風呂に入っても気が紛れることはなかった。歯の痛みが意識から外れることはなかった。

やれやれと思い、常備していたロキソニンを飲んだ。1時間後、多少痛みは軽くなった。

その日はそのまま眠りについた。

AM5時、痛みで目が冷めた。6時に起きれば仕事には十分に間に合うんだが。

とりあえずロキソニンを飲み、歯痛片手に身支度をして仕事に向かった。

正直この日の記憶はかなりぼやけている。

ロキソニンを4時間置きに飲みながら仕事を片付け、20時に帰宅

その間歯痛は片時も傍から離れることはなかった。おかげで仕事には全然集中できなかった。

帰宅してからロキソニンを飲み、無理やり眠った。なんとか眠れた。

そして今日

いつもどおり6時に起床。不思議と痛みは少し引いていた。

しかし歯が治った訳ではないだろう。たぶん歯の気まぐれで痛みが引いているだけだ。

このままロキソニンを飲み続けていると冗談抜きで胃に穴が空いてしまうので観念して歯科電話、予約をした。

平日休み仕事に就いていて良かったと思った。

虫歯です。神経まで届いています今日は神経を抜きますね」

「わかりました」

受付、問診、レントゲン治療説明施術。テキパキしている。

支払いまで含めて1時間で終わった。無駄がない。治療麻酔のおかげで全く痛くなかった。

次回の予約をし、歯科を後にした。

現在

歯は全く痛くない。

新しい人間に生まれ変わった気分である世界が違って見える。

みなさん、歯に違和感を感じたらすぐに歯科へ。定期検診、受けよう。

2018-09-12

解禁日

たいした話じゃないんだけどな。

今日も一日仕事して、終わって、電車乗って帰って。

はいつも最寄の20分くらい前の駅で乗り換える必要があるんだよ。だから電車一回降りて乗り換えのやつを待ってたんだけどさ。

ふと無意識に口にしたんだよね。

「さむっ」

って。

電車の中の冷房のせいじゃなくて、外気に触れて寒いなって思った。寒いっていったってもちろん、冬の寒さとは違うけどな。

朝起きて会社行くとき特になにも気にしてなくて、いつもどおりの半袖のシャツ着ていったんだけどさ。

今日わりと気温低くて、夕方過ぎてさらに下がってきて、20ちょっとくらい?

自分で口にしてやっと気付いたんだよな、あー、涼しいな、そうか夏ももう終わるかもなって。

この前まで30度余裕で越えてて、この暑さでオリンピックはどうこう、サマータイム導入がどうこう、それは無茶だろアホか云々、なんて話してたのに。

毎日帰宅してすぐエアコンつけて、冷蔵庫からビール出して、汗引くの待ちながら飲んでいたのに。

このままずっと毎日暑い暑い言いながら過ごすかのように錯覚してたけど、夏はいずれ終わる。

お、もしかして今日がその日なのか? って思った。

でね、そこで閃いたんだよ。今日、鍋にすっか、って。

俺は一人暮らしなんだけどさ、鍋好きなんだよ。なんか鍋はみんなで囲むもの、一人で鍋とか寂しいだろみたいなイメージ結構強いけどな。

別に一人で鍋すんのってそんな悪くない。作るの楽だし。材料刻むだけだし、味付け適当でも最後ポン酢あればどうにでもなるし。

そういえば、先週末買い物いって、キャベツもやし長ネギ豆腐はあるな。肉はないしキノコは欲しいな、とか。

どうでもいいけど、キノコってえらいよな。野菜とかたまにすげーアホみたいに値段あがったり、品薄になったりするけど。キノコだいたいいつでもあるし。値段かわんないし。しかも、なんかキノコって秋の風物詩感あるし。

そんなこと考え始めたら、なんかめちゃめちゃ楽しくなってきて、早く電車こねーかな、帰って早く鍋してーなって思い始めて。

から家までは自転車なんだけど、ちょっと寄り道すればスーパーがあるので、そこでキノコしめじエノキ)と肉(豚ロースの鍋用ってやつ)と、あと白だしキムチの素を買って来た。そう、キャベツもやしならキムチ鍋かなって思ったんだよ。辛いもの大好きなんだ。

レジ通すとき、この内容で「こいつ今夜鍋か?」って思われるんだろうか、とか少し考えたけど。ま、店員のおばちゃんがいちいち客の買い物の中身みて献立予想とかしねーよな。でもなんかそういうことも考えるくらい、そう、浮かれてたんだよな。今日我が家では、鍋解禁日なんだぜ、って。

ま、唯一の誤算として、家にあると思っていた豆腐は既に冷奴で食っちまっていたことを忘れていたので、豆腐抜きの鍋になったけどな。

そこはまた次回の鍋のときの楽しみに取っておくことにする。

毎日そんな楽しいことがあるわけでもないし、一日一日過ごすのが憂鬱だなーって思うときもあるけどな。

ふと鍋食うかって思って作っただけでテンション上がるもんだな。

暑い日に飲むビールうまいけど、ちょっと涼しい夜に鍋食いながら飲むビールもこれまたうまい

なんか疲れたなって思いながら帰ってるやつ、お前も今日、鍋解禁日にしようぜ。旨いぜ、鍋。

2018-09-11

anond:20180911025527

逆に、月曜日やばい

大した仕事してないんだが、どうも月曜日帰宅後にバタンQ〜の傾向がある

昨日は筋トレできなかった

んで起きたw

親愛なる上司

妊娠結婚もしてなくて悪かったな

災害時は先に家族ある人たちを帰して、私みたいな何も失うものがない人間を必ず最後まで残しやがって

他の部署は全員帰宅させてるのにな

別にカスタマーサポートとかでもないのにね

独身有休は取るなとか言うし、周知しないくせに自分へ勤怠連絡を催促してくるのまじでやばいぞ?

自分権力を誇示したいだけの無能

あと忘れるし。備忘のためメールすれば礼儀がないとか文句を言うし

口頭で言えば必ず嫌味を言ってくるよな?

冗談?は?どのへんが面白いの?全然面白くねえから

お前ほど面白くないやつなかなかいいか

よその部署からしょうもねえ仕事ポンポンとってきて

実際にやるのはこっちだよな?

お前は仕事丸投げするだけで沢山ボーナス入るからいいよな。

上へのごますりだけで成り上がってきたんだもんな

失敗すれば全部こっちの責任

本当にクズしか思えないわ

早く死ねばいいのに

単身赴任奥さん子供の世話全部押し付けてるけど

いま奥さん資格勉強してるらしいな

資格取ったらいつでも熟年離婚できるから

お前みたいな不細工ATM退職金ぶんどられて離婚届叩きつけられるのが関の山だよ

生きてる価値ある?なんなのお前の人生?なんだったの?

もうすぐさようならになると思うけど

古くせぇ社畜、とことん追い込んだるわ

2018-09-10

帰宅中に死にたくなる

会社出る前:帰ってからもう少しやろう

帰宅中:死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい

帰宅後:ゔぁーーーーーーー(ダラダラ)

食事後しばらくして泡を吐くようになった

去年くらいまでは、たまに食べ過ぎたらしばらくしてこみ上げてくる程度だった。

それは多分当たり前だと思う。ちょっとぐっとこらえれば問題なかった。

去年のいつくらいからかは忘れたんだけど、食事をした後毎回こみ上げてくるようになった。

それで思い切って吐いてしまおうか、とトイレに入っておえーとやってみるんだけど、出ない。

遠い昔でうろ覚えになった嘔吐前の感覚でもないし、まあ出ないよな、

と思いつつ、ふと思いついたときにおえーとやってみることにした。

多分半年前くらいなんだけども、おえーとやると泡を吐けるようになった。

嘔吐のようにいっぱいは出ない。泡が出るせっけん一回分の量が、口の中に出てくる。

今ではおえーとやらなくても、ちょっとぐっと力を入れると泡を吐けるようになった。

さっきも出した。ラーメンを食べて、電車に乗って、降りて、歩いてるときにこみ上げてきた。

うっ、とやると泡がギュッと出てくる。味はさっき食べたラーメンの味。

泡はせっけんみたいに細かくない。自力で雑にせっけんを泡立てるくらいの粗さ。

舌で押してみると、ほのか弾力がある。メレンゲみたいな感じ。

ぺっ、って吐くには少し量が多いから、結局飲んでしまう。で、またこみ上げてくる。

2,3回くらいすると収まる。

そろそろ帰宅。そういえばお菓子食べて泡吐いたことないなあ。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん