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はてなキーワード: 包摂とは

2018-03-23

anond:20180323122133

言いたいことはわかるけど社会的には分けるってことになってるんだからごまかすわけにはいかないですよね

なにもかもグラデーションなんだから全員ダイバーシティ包摂していきましょうって言い出したら

処女しかセックスしたくない男性とかロリコンとかなんで包摂しないでボコボコに殴ってんの?って話になっちゃうよね

2018-02-17

はてブ女性専用車両に対する知見に頭がクラクラした

ふだん差別人権にうるさいはてブ民が、女性専用車両には賛成一辺倒で頭がクラクラした。

かに乗り込んでくる運動家はマトモじゃない。なんせ一刻一秒を争うサラリーマン様の通勤車両を12分も遅延させたんだ。よりによってなんで俺らがこんな目に……殺意を覚えるのも無理はない。

しかし、彼ら運動家否定できる倫理的根拠を、はたして我々は持っているのだろうか?

実のところ、今回の運動家に対して寄せられた批判を見るにつけ、賛成派は大した説得力を持っていないのではないかと改めて確信させられた。

以下は、ハフィントンポスト記事に対してスターを集めていた上位2つ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.huffingtonpost.jp/2018/02/15/woc-chiyoda_a_23363098/

1.これが女性専用車でなくプロレスラー専用車だったら絶対やらないだろう。所詮その程度の連中だよ。

そりゃ、プロレスラー専用車なら今回の事件が起きる確率は低いだろう。なぜならば、有無を言わさず力で排除される可能性が目に見えているからだ。しかし、これは明らかな論点のすり替えである。具体的には、運動家の主張の是非ではなく、「力の強弱にアタリをつけ、威圧行動を取っているのでないか」という行為道徳性が疑問とされている。

そもそも、この運動代替の効かない公共機関における、特定属性を押しやる「専用車」それ自体問題になっているのであって、なにも「女性専用であることが問題となっているわけではない。今回のような示威行動が起きる確率は低くなるとはいえ、プロレスラー専用車でもやはり大きく問題になり、運動家は出てくるだろう。その場合、どのようにケチをつけるのだろう。今度は「殺人犯専用車だったら絶対やらないだろう。所詮その程度の連中だよ」とでも言うのだろうか?

また、仮に「力の強弱にアタリをつけ、威圧行動を取っている」としても、それは運動価値毀損するものではない。声を通せる場で声を通すことが重要からだ。

2.女性専用車必要性裏付けられる悲しい話。

この言説は本当に悪質で、「Aを利用している人間不安に駆られる状況こそ、Aが必要証拠である」と言っているに過ぎない。つまり、利用している人間不安に駆られていなければ(満足していれば)、Aの必要性証明されているし、不安に駆られていれば(満足していなければ)、なおさらAの必要性証明されている、というわけ。一切の批判を許さないので、イデオロギーに近い。これは「共産主義に異議が唱えられ、圧力を受けている。同志の生活が脅かされている。これこそまさに共産主義必要であることの証拠なのだ」という議論を考えてみれば分かる。どう思いますか?

賢いリベラルの集うはてブですら、こんなブコメスターを集めてるのだから、まったくもって酷い有様だ。

ただ、浅薄ロジックはさておき、問題意識理解できる。以上の2つはともに、女性専用車両とは「弱い者のための暴力からの隠れ家」であるとの認識に立っているからだ。ここでは、関係性は暴力の関係として解釈されている。ゆえに「より強い暴力を誇示できるプロレスラー」に、“ただの暴力”は萎縮するだろうし、「異邦者の闖入」という暴力が起きることこそが、暴力からの隠れ家の必要性裏付けている、というわけだ。

この「弱い者にとって『暴力からの隠れ家』が必要なのではないか」という問題意識自体は真っ当だと思う。3つ目にスターを集めていた「痴漢被害によるPTSD抱えてる人でも乗れる交通機関必要」というのは、優先席と同じで傾聴されていい。しかし、これを認めると、1つの帰結にたどり着く。

なぜ、女性けが「暴力からの隠れ家」の恩恵あやかるのだろうか?暴力に怯える人間なら、誰であろうと招かれてしかるべきだ。

まり女性は「暴力に支配された弱い者」なのか?そして、一般成人男性排除することは、一般成人男性それ自体潜在的な暴力の行使であることを前提としているのではないか

なお、女性専用車両に対し、「女性が『暴力に支配された弱い者』であることを認めるのか」というフェミニズム的な指摘は、欧米でも盛んに巻き起こっている。

例えば、英メディア紙The GuardianTelegraphでは、女性記者が率直に「女性専用車両は負けを認めることだ」と述べている。彼女によれば、「女性専用車両の導入は、性的暴行所与とする(normalise)ものであり、あたかも原因が私達にあるかのように、状況平等志向から女性を取り除く(remove from the equation)ことが解決策だ、と世界に向けて言っているようなものだ」とのこと。そこでは日本が、メキシコタイイランインドブラジルと同格の“人権後進国”として引き合いに出され、イギリスは導入することでそんな国、つまり欧米流行りのディストピアドラマ「The Handmaid's Tale」の世界のような、女性をモノのように扱う国と同じ方向には向かうべきではない、といったようなことが語られている。

  • Women-only train carriages: Keeping women 'safe' by separating them from men is Handmaid's Tale territory

http://www.telegraph.co.uk/women/life/women-only-train-carriages-keeping-women-safe-separating-men

女性トイレレディースデイはどうなのか」という賛成派の反論についても、女性専用車両正当化には繋がらないことを提示したいがキリがないのでヤメておく。とりあえず、リソースの適切な配分(特定属性けが特定の扱いを受け、それ以外の属性が不平等負担を強いられるべきではない)、代替選択肢存在(「イヤならそこを使わなければいい」が可能か)、その施策が成り立つ前提の倫理的妥当性(女性専用車両なら「女性潜在的な暴力被害者であり、男性潜在的な暴力行使である」という前提)において、質が異なる問題ですよ、とだけ。ちなみに、スウェーデンでは、属性によって分けるトイレから「個室トイレ」に向かっていっているらしい。

はてブの皆さん、差別人権にうるさい皆さん、本当にこれでいいんですか?皆さんの大好きな世界標準から馬鹿にされてますけどいいんですか?「日本人男性世界標準以下の性欲アニマルから仕方ない」で開き直っていいんですか?

余談だがロケットニュースでは、ニュースタイトルが「【キモイ】今朝の東京メトロ千代田線の遅延理由が「頭おかしすぎる」と話題 / 男性複数人があえて女性車両に乗り込み……」となっている。この記事にも「然り!」のブコメが沢山ついていた。

https://rocketnews24.com/2018/02/16/1021546/

キモイ」「イケテナイ」「ダサイ」「カッコワルイ」。こんな調子で、本当にいいんですか?ネット最後良心だと思っていたはてブがこんな調子では、私は一体どこへ行けばいいんだ。


追記:

はてブにも良心があって安心しました。捨てたもんじゃないですね。ひとまず、Twitterブコメで寄せられた、いくつかの重要質問に答えます。

  

手段が低コストであることが、その手段正統性付与するわけではありません。あくまでもその手段で影響を受ける人間利害関係によって調整されるべきです。これは極端な例ですが、麻薬犯罪を無くすために犯罪者中毒者はその場で殺害、あるいは火事を鎮火させるために周囲の家を片っ端から打ち壊し。ともに「ラク解決手段」ですが、 適切ではないのは明らかですね。

マシなものがないのではなく、マシなもの鉄道会社選択されないから、そう思うだけです。これは上の「低コストで予防できるんだからいいじゃん」とも関係しています。ただ、監視カメラ警備員の配置、満員電車の解消、あるいはより良いシステムの構築に向けた過度的なものなら悪くはないですね。

これは確かに一理あるのですが、この話をしだすと論点がズレるか、あるいは論点先取になっています(女性専用車両痴漢対策だ。痴漢こそが対策されるべき問題である。よって女性専用車両必要である)。かつて、盗聴法の成立時に「法の是非を問うより、盗聴されるような行為をするヤツをまずは問題しろよ」という議論があったのにも似ています。もちろん、諸悪の根源痴漢です。しかし、ここでは対策方法がもたらす帰結(あるいは、そもそもその対策方法妥当か)が問題になっているのです。

また、「痴漢を撲滅することの難しさが女性専用車両を生んだ」というのは「犯罪者を撲滅することの難しさが、(犯罪者の多くはAという属性を持つので)Aという属性お断りの○○を生んだ」と言っているのと同じですが、これに何も疑問を覚えないのでしょうか?それでも特定属性を「潜在的犯罪者」として括りたいのであれば、もう私からは何も言えません。入れ墨外人温泉入浴問題と同じですね。どうぞ、ファシズムに突き進んでください。

その存在を「暴力からの隠れ家」として否定していないことには注意してください。

もちろん、特定の状況下における「合理的区別」は合法でしょうし、鉄道会社営業自由一定度は認められてしかるべきでしょう。すでに社会的認知されていることをもって、女性専用車両存在を「公知の事実」とする判例も出ています。しかし、ここで私が問題にしているのは、法律ではなく、倫理です(「まず痴漢倫理問題しろよ」という方は、上記の3を参照してください。「いや、それでも合法から正しいんだ」という方に対しては、これ以上私からは何も言えません)。

ちなみに、「障害者専用車両みたいなもの」という意見は、はてブ民が大好きな欧米リベラルフェミニズムから相当な反発を食らいそうですね。深くは立ち入りませんが、この例えを安易に使うならせめて「骨折患者専用の障害者専用車両」に限定した方がいいかと思います。

アファーマティブアクションがいい例ですね。非対称性権力勾配の是正措置自体は、それが段階的な解消を狙いとした施策であればアリでしょう。

ただし、代替手段のない公共サービス鉄道、それも日本通勤電車で、はたして導入されるべきなのか。また、そもそも車内における男性女性関係において、暴力的非対称性一般的存在しているのかにも注目する必要があります。この存在を認めると「女性庇護されるべき対象」となりますが、ここから先はカトリーヌ・ドヌーヴ議論にも通じるものがあるかも知れませんね。

それから、私が「逆差別だ」とは一言も言っていないことには注意してください。あくまでも、ここで私が問題にしたいのは、賛成派とされるはてブ民のくだらなさ、何よりも“潜在的な何か”を理由にした排除の論理は、新たな権力構造を生むだけではないか、ということです(女子トイレなどとの比較は、別のホテントリにお任せします)。

しっかりと読んでいただければ分かるかと思いますが、私は「暴力からの隠れ家」として特別枠が設けられることには、否定的ではありませんし、優先席も公正な資源配分観点から注目すべきだとは思っています(廃止すべきだ、という議論を完全に否定ではできませんが)。

これはシンプルな代案ですが、「ケア車両」はどうでしょう。暴力に怯える人は誰でも入ればいいじゃないですか。その代わりその車両には、監視員監視カメラガンガンに配置する(もちろん通常車両なおざりにして良いワケではありません)。監視の目が行き届くよう、乗車の人数制限も設ける。

これである程度は、無関係人間による車両乗車への抑止力が働くでしょう。それでも「傍若無人なオッサン」が闖入してくる可能性はありますが、実のところ彼を排除する合理的理由はどこにもないでしょう。

女性専用車両よりもコストがかかる」というツッコミがあるかもしれませんし、「じゃあ早速オマエが鉄道会社に直訴してこいよ(笑)」という揶揄もあるかもしれません。しかし、コストがかる&直訴されて突っ返される可能性が高いからといって、この歪な構造、そして痴漢犯罪が「女性専用車両(あるいはケア車両)」を免罪符にして放置されていいことにはならないのです。

いろんな意見があるかと思いますが、これについては私のスタンス勘違いされるのも野暮なので、ハッキリ言っておきます。対抗して男性専用車両を作るのは、個人的にはトラブルを増やすだけだと思っています(総量を男女比に応じて適切配分するのはアリかもしれませんが、はたしてそんな前近代的ディストピアの到来を望みますか?それで賛成派の皆さんがいうところの「非対称性」は解消されますか?)。そもそもトイレ風呂と違って、ジェンダープライバシーが密接に関わり合うようなものでもありません。

しか男性専用車両を望む男性の皆さん、男性専用車両があるなかで一般車両に乗ってしまい、冤罪に遭った時のことを想像してみてください。もう、どうなるか分かりますよね。ちなみに、同じことが女性にもすでに起きています。こういうの、警察(「なんで一般車両に乗ったの?」)と鉄道会社(「専用車両を用意したじゃないですか」)が笑うだけなんですよ。男や女に対する排除の論理ではなく、上で挙げた「ケア車両」のような“包摂”の論理対策を考えませんか、と私は思うんです。そもそも鉄道会社が誰かをケアする義務を負うのか、という根本的な問題はありますが。

これは、以前Twitter流行った「『告発を無力化する話法』として無力化する話法」ですね。特定集団が抱えている痛み・苦しみが、特定属性排除を許すわけではありません。もちろん、何度も述べているように被害者の痛みに寄り添うことは大切だと思います。ただ、そうであるならば「痛み・苦しみを抱える人」は、男女関係なく包摂されるべきではないですか?もしかして、その有無・大小を性差しかも外見上の特徴)で見分けるのですか?

2017-12-18

anond:20171218150640

oh…なるほど、お国にとっては同じことって観点

ちょっと考えてみて、先払いになるという点においては考えるに値するなと思った

金銭不安の中身は一時的出費に耐えられないし共同体による包摂も期待できない、ゆえに生活の劇的な変化が予想される結婚や、多くのイレギュラーが想定される出産が怖いということで、後からあげますだとあんまり手当にならない(もらう頃には破綻済みの可能性が容易に想定できてしまうため、転ばぬ先の杖じゃなくて転んだ先の杖にしか思われない)

一律で給付することで少なくとも若い間は生活破綻しないぞという体で、結婚出産の基盤を整えていただくというのはありかもしれない

その意味では未婚に限る理由もないか

あと給付型と賞与型を何で分けるの、そこにものすごく危ういものを感じて怖い

ただし金銭不安による少子化以外の全てを無視してメリットを無理にひり出したような格好なのでまともに受け取らないで欲しいのだけども

うーん

2017-11-09

核家族自治体政府しかないってのが無理でしょ

昔は会社がまるっと包摂してた部分をネオリベが全部壊した

2017-10-17

日本語に詳しい方に質問です

↓↓↓ 何が書いてあるのですか?↓↓↓

我が国を含め世界で深刻化する社会の分断を包摂する、寛容な改革保守政党を目指す。

2017-09-17

https://anond.hatelabo.jp/20170917112403

私は日本人だが日本が嫌いだ。

「ウリは生粋の日本人なのだ日本が嫌いニダ。」

嫌いな理由はいくつもあるが、その大きな理由の一つが日本人島国根性だ。

在日韓国朝鮮人たちをいまだに包摂できない心の狭さ。

彼らを包摂するのは実は難しいことじゃない。

特別永住権を持つ人たちに無条件、あるいは非常に簡単コストのかからない方法日本国籍付与してしまえばいいのだ。

そもそも特別永住権」なんてものはない。

これは在日特有言葉遣い

実際には特別永住許可

いわゆる在日朝鮮人達には本来日本在留する資格権利もないが、

特別配慮によって暫定的許可を与えられて日本在留する。


在日朝鮮人等が帰化しないのは彼等の選択

実際他の外国人より帰化は容易で、現状の扱いは憲法違反レベル

それで帰化しない人間ナショナリズム的な思想問題か、

帰化手続きを取ることも出来ないぐらい事務能力が低い(実際そういうのいる)か、

悪質な犯罪歴があって問題が生じているか、ぐらいだ。


そしてこれから日本で生まれ外国人の子どもたちには出生地主義適用して無条件で日本国籍付与するのだ。

日本側のメリット特にないので必要なし。

ちなみに韓国でもそんな制度はとってない。


在日韓国朝鮮人をいつまで外国人扱いするのか。

何かといえば反日ナショナリズムに走って日本を嫉視蔑視敵視する民族のどこが日本人なのか。

外国人扱い」とはいうが、在日朝鮮人ら以外のほとんどの日本在住外国人日本好意があるからこそ日本に住んでいる。

日本に住みつき出ていきもしないのに日本への敵意しかない外国人在日朝鮮人らぐらいのもんだ。


彼らの多くは完全に日本文化の影響下にあり日本語以外の言語をうまく操ることもできないのに。

彼等と彼等の両親には、母国に戻ってきちんとした韓国人北朝鮮人になるチャンスがあった。

彼等自身日本にしがみついたのに、人のせいに出来るわけがない。

日本で育ったせいで日本語しか出来ない」のは日本人だって同じだ。


彼らは確かに明治以前から日本に住んでいた人たちの子孫(私たち普通日本人」と素朴に呼ぶ人たち)とは異なるルーツを持つのは確かだ。

「ウリ達は強制連行されて嫌々住んでやってるニダ!」というかつての嘘がばれてきたからって放棄するのは勝手だが

まず長年嘘をついてきたことや日本人名誉毀損して来たことについての謝罪公式撤回を見た覚えがない。

お前等の頭はどうなっているのか。

なんでも自分達の都合だけで好き放題嘘をついて、そのために踏みにじった他者ことなんか考えもしない、か?

それでいつまでもやっていけると思うなよ。


から、彼らには朝鮮半島日本人として、自分たちルーツに誇りを持ちつつ、だが同時に日本人として生きてもらえばいい。

誇りがあるなら半島にかえって半島に貢献して半島に生きて死んではどうか。

憎い日本で日々すべてを日本のせいにしながら送る人生もったいないと思わないか

自分が同じ立場なら必ず半島祖国へ帰るが。

韓国人朝鮮人はそのようなまっすぐな誇りやガッツを持たないのか。

まあ兵役逃れな時点で誇りなんかあるわけないか


要するに私たちは「日本人」の定義を拡大する時期に来ているのだ。

グローバル化の進む今日、どの国も例外なく「移民国家化」する運命にある。

日本人にとってのメリット特にいね

そもそも韓国北朝鮮日本以上に移民にはきびしい単一民族国家だ。

ヨーロッパは無軌道移民政策のせいでいま全て崩壊しかかっている。

日本人とは、「日本文化愛着を持ちつつ、日本列島一定期間以上安定して住むすべての人たち」と再定義すべきなのだ

日本への愛着要件にしてしまったら韓国人朝鮮人対象外だな。


そして、彼らの出身国母語民族関係なく、一定の条件を満たす人たちには、日本永住権および市民権日本国籍)を与えればいい。

(このとき、多重国籍を認めるのがスムーズであろう)

お前等にだけ都合のいい話を長々とするな寄生虫


だが、多くの日本人たちは、私の提案に賛成しないだろう。

そりゃ日本人じゃない奴に日本の行く末を決めてほしくないし。

それがただの外国人ではなく「日本人のふりをする卑怯外国人」なら尚更だ。


実際には、永住権市民権議論以前に、ほんのわずかの定住外国人が増えるだけで、ヒステリックに「移民反対」と叫ぶ人たちが多い。

わずかじゃないだろ

パーセント近く在日が増殖してる

日本社会への忠誠心は低く犯罪率は高く生活保護需給率も高い

いい加減にしてくれ


全くのところ、日本は滑稽である人口が減りつつあるのに、

わざわざ日本に来てくれようとする人たちに門戸を閉ざしている。

減りつつあろうと増えつつあろうと

しかけるようにやってくる人というのは福祉をしゃぶりたいだけの人がおおい

戦争難民は気の毒だが、それ以外を受け入れる理由はない


そんなに明治以前からこの国に住んでいる子孫であることが偉いのか。

日本列島はそういう「特権階級」だけの持ち物なのか。

グダグダいってないで母国に尽くして母国を整備して母国を発展させろよ

そうしてる同胞が一杯いるのに見捨てて1人で逃げ出してよそへ寄生しようとするような奴が何を繰言ほざいてるのか

単にお前は同胞の中でトップクラス怠惰卑怯な奴なのではないか


いまの日本の姿はよそ者を受け入れられず衰退する田舎者の姿そのものだ。

いいだろう。そうやって好きなだけ排他主義を貫けばいい。

そうやって衰退し、やがてこの世から日本人」が一人残らず絶滅したとしてもその運命を受け入れる準備ができているのだろう。

数十年前からある脅し&遠吠えだが

実際には移民難民を受け入れたEU諸国が軒並み国難に瀕している

現実を見ようサヨチョンくん


だが、私個人はそんな趣味に付き合うつもりはさらさらない。

私は、このよそ者嫌いの心の狭い日本を出て行く。

具体的な準備も進めている。

日本はきっと日本なりに問題に対する解決策を模索するのだろう。

好きにすればいい。

私は私の信念に基づいて動く。

さよなら日本

といいながら

明日から日本にしがみついてだらしない人生送る決意の寄生虫くんなのであった

彼は死ぬまで口だけ誇り高く、行動を口に合わせるつもりはない

日本の世話になりながらも日本に難癖を付け、憎み、嫌な表情の貼りついた老人になり、大嫌いな日本土地でショボく死ぬ

日本は嫌いだ

私は日本人だが日本が嫌いだ。

嫌いな理由はいくつもあるが、その大きな理由の一つが日本人島国根性だ。

在日韓国朝鮮人たちをいまだに包摂できない心の狭さ。

彼らを包摂するのは実は難しいことじゃない。

特別永住権を持つ人たちに無条件、あるいは非常に簡単コストのかからない方法日本国籍付与してしまえばいいのだ。

そしてこれから日本で生まれ外国人の子どもたちには出生地主義適用して無条件で日本国籍付与するのだ。

在日韓国朝鮮人をいつまで外国人扱いするのか。

彼らの多くは完全に日本文化の影響下にあり日本語以外の言語をうまく操ることもできないのに。

彼らは確かに明治以前から日本に住んでいた人たちの子孫(私たち普通日本人」と素朴に呼ぶ人たち)とは異なるルーツを持つのは確かだ。

から、彼らには朝鮮半島日本人として、自分たちルーツに誇りを持ちつつ、だが同時に日本人として生きてもらえばいい。

要するに私たちは「日本人」の定義を拡大する時期に来ているのだ。

グローバル化の進む今日、どの国も例外なく「移民国家化」する運命にある。

日本人とは、「日本文化愛着を持ちつつ、日本列島一定期間以上安定して住むすべての人たち」と再定義すべきなのだ

そして、彼らの出身国母語人種民族関係なく、一定の条件を満たす人たちには、日本永住権および市民権日本国籍)を与えればいい。

(このとき、多重国籍を認めるのがスムーズであろう)


だが、多くの日本人たちは、私の提案に賛成しないだろう。

実際には、永住権市民権議論以前に、ほんのわずかの定住外国人が増えるだけで、ヒステリックに「移民反対」と叫ぶ人たちが多い。


全くのところ、日本は滑稽である人口が減りつつあるのに、わざわざ日本に来てくれようとする人たちに門戸を閉ざしている。

そんなに明治以前からこの国に住んでいる子孫であることが偉いのか。

日本列島はそういう「特権階級」だけの持ち物なのか。


いまの日本の姿はよそ者を受け入れられず衰退する田舎者の姿そのものだ。

いいだろう。そうやって好きなだけ排他主義を貫けばいい。

そうやって衰退し、やがてこの世から日本人」が一人残らず絶滅したとしてもその運命を受け入れる準備ができているのだろう。


だが、私個人はそんな趣味に付き合うつもりはさらさらない。

私は、このよそ者嫌いの心の狭い日本を出て行く。

具体的な準備も進めている。

日本はきっと日本なりに問題に対する解決策を模索するのだろう。

好きにすればいい。

私は私の信念に基づいて動く。

さよなら日本

2017-08-13

グーグル思想残響室(Google’s Ideological Echo Chamber和訳) 後編

提案

私は多様性が悪いとか、グーグル社会100%公正であるとか、既存バイアス修正されるべきでないとか、あるいはマイノリティマジョリティと同じ経験をしているなどと私が言っていないことは明らかであると願う。私が言いたいのは私たちには特定イデオロギーと一致しない考え方や証拠に対する不寛容があるということだ。私はまた人々を特定ジェンダーロールに縛り付けるべきだとも言っていない。私は全く反対のことを主張している:人々をグループの中の一人(部族主義)としてではなく、個人として扱うことだ。

具体的な提案としては:


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次で最後

グーグルの思想的残響室(Google’s Ideological Echo Chamber和訳) 脚注

グーグル思想残響室(Google’s Ideological Echo Chamber和訳) 前編

前置き

以下は最近グーグル社員が社内でダイバーシティに反する差別的文書を開示したという理由解雇された騒動において、問題となった文書Google’s Ideological Echo Chamber」の日本語訳です。底本は米ニュースサイトMOTHERBORDが入手したPDFを利用しています。この案件はてなでも注目されたようですが、その反応をみるにほとんどの人が原文を読まずにコメントしているようなので参考のため翻訳してみました。訳者別に英語仕事にする人でも特段英語能力の高い人でもないので、この日本語訳自体引用して何か言及するのは恥をかく可能性があるので薦めません。また誤訳の指摘は歓迎です。なお、参考リンクについてはグーグルの内部ネットワークに繋がるもの以外は全て記載しましたが、ウィキペディアリンクしている部分は参照している記載が削除されてしまっていたりするので、この文書作成された7月あたりの版を読む必要があります

グーグル思想残響

バイアス多様性社会的包摂についての私たちの考えをどのように曇らせるか

公的な反応と欺瞞への返信

私は多様性社会的包摂価値を置くし、性差別存在についても否定しない。ステレオタイプを利用することも認めない。私たち集団における登用ギャップを解消しようとする時、必要なのは集団レベルにおける分布の違いに注目することだ。もし、このことについて誠実な議論ができないのであれば、私たちは真に問題解決することなどできない。

心理的安全性相互尊重と受容によってつくられるが、不幸にも私たちの恥ずべき文化欺瞞残響室の外にいる人間尊重しないし、受け入れもしない。

そのような公的反応にもかかわらず、私はこれらのとても重要問題提起に対してグーグルの同僚たちから多くの個人的賛辞をもらった。彼らはこの問題提起には同意するが私たちの恥ずべき文化解雇可能性のために声をあげることも擁護することもできない。このような状況は変革されるべきだ。

要約
背景[1]

人は一般に善良な意図を持っている。しかし、私たちは皆自覚のないバイアスを持っている。感謝すべきことに、物事鵜呑みにしない人々による開かれた誠実な議論私たちに見えていない物事を照らし出し、私たちが成長するのを助けてくれる。それが私がこの文書を書いた理由だ[2]。グーグルはいくつかのバイアスがあり、このバイアスに関する誠実な議論支配イデオロギーによって沈黙させられている。ここから記述完璧ストーリーではないが、グーグルで是が非でも語られるべき視点だ。

グーグルバイアス

グーグルにおいて、私たち人種ジェンダーに由来する無意識バイアスについてとても多くのことを語る。しか道徳的バイアスについて議論することはまれだ。政治的指向は実際には深層の道徳的選好の結果であって、すなわちバイアスなのだ社会科学メディアそれからグーグル圧倒的多数左派寄りであることを考慮して、私たちはこれらの偏見批判的に吟味すべきだ。

左派バイアス右派バイアス
弱者への共感強さ/権威尊重
平等不正のせいであ平等自然であり正しい
人間生来協力的である人間生来競争である
変革は良い(不安定変革は危険だ(安定)
開放的閉鎖的
理想主義実利的

どちらの側も100%正しくはないし、どちらの視点機能する社会、この場合会社必要ものだ。極端に右派的な会社は反応が鈍いかもしれないし、あまり階層的かもしれないし、外部を信用しないかしれない。対照的に極端に左派的な会社継続的に変化するだろうし(愛されているサービス非難する)、あまりに関心を多様化させるし(コアビジネス無視するか、恥ずべきことと思う)、あまり従業員競争相手を信用しすぎる。

事実と理性だけがこれらのバイアスに光を当てられる。しかし、多様性社会的包摂の話になると、グーグル左派バイアスは恥によって反対者を沈黙に追い込むことによって固定化される政治的正しさ単一文化を作り出す。この沈黙侵食する過激派権威主義ポリシーに対するあらゆる歯止めを除去する。この文章の残りで、私は社会的成果の違いは差別的取り扱いと平等な登用を作り出すために実際上の逆差別義務付けられる権威主義的要素によるものだという極端な立場に焦点を合わせる。

技術職におけるジェンダーギャップバイアスによるものではない可能性[3]

グーグルにおいて、私たちはいつも黙示(無意識の)、明示のバイアス女性技術職と管理職から疎外していると語られる。もちろん、男性女性バイアス技術職場を異なった形で経験するし、それを私たち認識すべきだ。しかし、それだけで全ては説明できない。

平均して、男性女性は多くの点で生物学的に異なっている。これらの違いは社会的に構築されたものだけではない。

なぜなら:

注意:私は全ての男性が全ての女性と以下のように異なっているとは言っていないし、違いが”正しい”とも言っていない。私は単に男女の選好と能力分布がある程度生物学的な理由により異なっており、これらの違いは技術職と管理職において平等女性登用が見られない理由説明するかもしれないと言っている。これらの違いの多くは小さいし、重要なことに、そこには男性女性とで重なり合う部分がある。そうであるから、これら集団レベルでの分布から男女個人について言えることは何もない。

(チャート画像)(https://video-images.vice.com/_uncategorized/1502146696203-Screen-Shot-2017-08-07-at-65310-PM.png)

上段:集団には重要な重なり合いがある

下段:人々を集団的アイデンティティ単純化し、平均が代表だと仮定することはこの重なり合いを無視する(これは悪いことであり、私はそれを認めない)

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長すぎたのか投稿できなかったので分割。

グーグルの思想的残響室(Google’s Ideological Echo Chamber和訳) 中編①

2017-07-24

キモいやつは差別してもOKというのが日本人常識であり総意なのだから

40代独身キモくて金のないおっさん存在いくら脚光を浴びようと

別にLGBTフェミ立場は揺るがないと思います

ただこれはキモくないか包摂されるというあやふや理屈しか成り立たない状態なので

イメージ戦略の失敗などにより「キモいLGBT」みたいな存在が目立つようになってしまうと

揺らぎが起きる可能性はあると思います

2017-04-16

北のミサイルが来たら"国内の敵"を〇すと言ってる人達について

もし北朝鮮ミサイルで私の家族が死に、私が生き残れば、私はテロ組織を作って、日本国内の敵を潰していく。— 百田尚樹 (@hyakutanaoki) 2017年4月13日

「もしミサイルが打ち込まれて私の家族死ねば、テロ組織を作って国内の敵を潰す」という私のツイートが物議を醸しているようだが、「国内の敵」というのは、売国議員売国文化人である。— 百田尚樹 (@hyakutanaoki) 2017年4月14日

実際に半島狂乱状態になれば、日本被害を受けずにはいられないでしょう。大勢の罪のない日本人死ぬことになります。その時、パヨクが無事でいられるなど思っていないでしょうね?生き残ったパヨク復讐と怒りに燃える日本人たちのパヨク狩りの餌食になるだけです。パヨクに逃げ場はない。— 桜井誠 (@Doronpa01) 2017年4月14日


言うまでもなく異常で、危険だ。

国内における暴力国家に一括して預けるからこそ、我々は国内における私人間でのやりとりにおいて、互いの暴力可能性に怯えずに暮らすことが出来る。

もしその原則を捨てれば、私闘私刑の横行するヒャッハー状態を経たのち、互いに身を守ろうとする人々毎の武装勢力国内に林立することになる。

ゆえに、安定した国家はその様な私闘私刑を決して許容は出来ない。

江戸時代の仇討ですら、免状がなければ単なる殺人として処罰された。

こんなことは歴史上何回も繰り返されてきた基本中の基本であり、右とか左とかは基本的関係がない。

必要に応じ警察には厳重に取り締まってもらう必要がある。

あるのだが。

リンク先の主張に同調する馬鹿どもは、確かに馬鹿ではある。

一部本当に暴走するのであれば、おそらく警察なりのお世話になり、一時的社会から排除されるだろう。

だが、それは問題解決なのだろうか?

このような主張が(少数派であろうとも)一定の支持を得るという事自体わたしたちの今の社会には何かが決定的に壊れ欠けてしまっているのだという事のあらわれなのではないのだろうか?

からミサイルが着弾し、被害が出た際に。

北を許せない、報復したい、報復しなければならない、というのは、賛否こそあろうが自然感情として理にかなっている。

だがそこで報復対象が"国内の敵"への私的制裁に向かうということは、なにか、国民国家というのもののどこかの回路が決定的に壊れてしまっているということのように思えてならない。

正統的で健全なナショナリズムなり、安定的包摂的なコミュニティ存在なりなんなりで、

広く国家社会への信頼といった従来の回路を回復せずに、安定した国家運営する事はできるのだろうか?

そういった回路がないと、今後も事あるごとにテロリスト(に近接した人々)を生み続けてしまうのではないのだろうか?

あ、だからやっぱ共謀罪必要なのか。

割と冗談じゃなく。(冗談です)

2017-03-15

私はかつて差別主義者だった、『けものフレンズ』を観るまでは。

 私はかつて差別主義的なケモナーだった。

 ご存知のようにケモナーには様々な派閥存在する。

 メスケモ派、オスケモ派にはじまりマッチョ派、モフモフ派、デブ派、ショタ派(なぜかロリほとんど見ない)、モンスター派(極左人外連)、トランスファー帝国肥大化公国、融合辺境伯領、ロイヤル竜奇兵連(ドラゴナーズ)、爬虫人類委員会レプタリアンズ)、キグルミ派、母性探求派、海生動物会議(「海の人々」)、四ツ足派だけどズーフィリアじゃないもん派(愛ケモ主義極右)、丸呑みだけが人生だ派、卵胎生出産教会インターレイシャル(人×ケモ)派、反インターレイシャル派……

「天はケモナーの上にケモナーを造らず、ただし、ケモナーの横には無限ケモナーを造った」

 とは近代日本における先駆的ケモナー福沢諭吉名言である

 産業革命以降の通信技術の発達は、孤独だったケモナーたちに「同好の士」を発見する機会を与え、ファンダムの拡大に成功したものの、

 同時に細かな嗜好の違いによる派閥対立をも生じさせ、その軋轢がついに二度に渡る世界大戦の引き金となったことは今更説明するまでもないだろう。

 そうした争いは近年まで衰えることなく続き、いつしかケモナーたちは「派閥が違えば殺し合って当然」という野蛮な虐殺言語所与のものとして生きるようになっていた……。


 私もそうだった。

 私もある狭い派閥こそ唯一かつ至高と信じ、他者排除差別によって所属派閥への帰属意識を高めていった。

 派閥意志に叶うと思えば、喜んで我が手を血に染めてきたし、かつての友人たちをためらいなく2ch晒した。

 なかでもいっそう劣悪とされ、他のありとあらゆる派閥から敵視されていたのが「ケモミミストである

 サイバーコネクトツー・スペクトラムでいうところの「レベル2」。

 「ニンゲン身体に、ケモミミ(としっぽ)がついてさえいればよい」とする日和見主義的邪教徒たちだ。

 彼らにはケモコミュニティ内において最初から人権など与えられてこなかった。

 なので、ふだんは「一般人」に紛れて潜んでいたのだが、ときおり何かの間違いで何も知らない”レベル2”がケモコミュニティに迷い込んでくることがあった。

 多くの場合、彼らは痕跡も残さずにコミュニティから「除去」された。


 中道過激派秘密ケモナー警察あいだで流行ったジョークにこんなものがある。

 「”レベル9"(いわゆる真性の獣姦嗜好)はケモナー以上に進化してしまったケモナーだ。だから畏敬をもって殺す。

  ”レベル2”はケモナーになれなかったケモナーだ。だから哀れみをもって殺す」

 私も彼らを憎んだ。

 でじ子の肖像を何枚も焼いたし、それ以上におぞましいこともやった。


 

 現代ケモナー社会は、あらゆるケモナーには自分自身同胞である他のケモナーの「性欲」を認め、尊重することができる能力、そして性的志向の善し悪しについて自ら判断する能力があるというフマニスト的前提をもって、各人に普遍的ケモナー権を付与しようとしてきた。

 一見それは理性的合理的、かつ人道的な判断基準なように思える。

 だが、人は他者の良い面よりも悪い面を重視する傾向にあるようである。それが上記のような派閥争いとケモミミスト蔑視の引き金となったのである



 だが忘れもしない2017年の某日。

 私は『けものフレンズ』を観た。

 もちろん、観る前は”レベル2”だと貶していた。

 しかし、一種社会現象となるにつれ、そして「一般人」たちがけもフレを「ケモナー」と結びつける言説を多く弄するになるようにつれ、私は「世間無理解を忠実バラなぬ」という一種義憤から、けもフレを鑑賞したのである


 最初はなんと退屈でつまらなく、くだらないアニメだろうと思った。

 だが、一話の終わりにさしかかったあたりから胸がざわめきはじめ、

 画面にかじりつくようにして二話に没入し、三話を見終わるころにはすっかりフレンズたちに魅了されていた。

 のみならず、こう思うようにさえなっていた。


「これは”われわれ”について語られた、”われわれ”のためのアニメである」と。


 ケモナー一般に受けいられる性的志向ではない。というか、世間的には性的志向ですらないと考えられがちだ。

 同胞たちは自分たちの好きなものカミングアウトできずに日々気持ちを圧し殺して生きている。

 ファンダムとは、そうした「のけもの」たちを包摂するために存在するやさしいシェルターではなかったのか?

 それがいつのまに、我々自身から「のけもの」を作り出し、排除し、殺し合い、差別するようになってしまったのか――


「姿かたちも十人十色からこそ惹かれ合」い、「みんな自由に生きている」場所

「飾らなくても大丈夫」な場所

 それこそが我々が最初に求めたファンダムのあるべき形ではなかったのか?


 蒙が啓かれるとはまさにこのことだった。

 すべての教えは『けものフレンズ』のなかにあったのだ。 


 私はいてもたってもいられなくなり、地下壕から出て地上へとあがった。


 灰色廃墟が広がっていた。

 だが、つい先刻まで鳴り響いてはずの銃声や悲鳴はすっかり止んでいた。

 地には戦車ではなく瓦礫の影で戯れる少年少女が、空には爆撃機ではなく大きな翼の鳥たちが遊んでいた。

 こんな穏やかで静謐時間はどれくらいぶりだろう?

 まるで、あらゆる憎しみが「ぼくのフレンド」に包まれて溶けて消えてしまったのかように。


 私はあてもなく、ただ何かにつきうごされるかのごとく歩いた。

 そして、数分もしないうちに反対側の地下壕から出てきたであろう年老いた男と出くわした。

 老人はあきらかに”レベル2”であった。

 ふだんなら我々の姿を見て怯えて眼をそらすはずの彼らが、瞳に決意をたたえ、凛としてこちらを見据えている。


「きみも、観たのかね?」

 そう老人は問うてきた。

 私は無言で頷いた。 

 頭を傾げた途端に、一条の熱い何かが頬をつたい、顎からしずくとなって焼けた大地に滴った。

 涙を流している、と自覚したのは、湿った点が地面に染み込んで数秒経ったころである

「私は、私たちは」とうわずる声で私は言った。「許していただけるのでしょうか。あなたたちとフレンズになることは……できるのでしょうか?」


 老人は痩せこけた顔に、穏やかな微笑を浮かべて応えた。

「笑おうじゃないか。ともに笑ってみよう。

 高らかに笑い、笑えば、フレンズなのだ

 喧嘩してすっちゃかめっちゃかしても仲良しに戻れる」   


 そうとも、と老人は私の肩を叩いた。

 ここが、われわれのジャパリパークなんだ。

 われわれは『けものフレンズ』というサンドスターを通過して、今一度生まれ直したのだ。

 まっさら状態で。

 だから、ここからはじめよう。 

 本当の愛は、ここにあるのだよ。

2017-03-14

http://anond.hatelabo.jp/20170314110301

社会的包摂とか言われても、確かに困るよなぁ・・・とは思う。

直接暴力でも振るわれなきゃ、見なかった事にする位しか基本的には逃げるくらいしかいかと。

2016-12-14

http://anond.hatelabo.jp/20161214173134

人間を生かしコミュニティによって包摂することが大切だという議論結構だけど

ホームレス人間でないしコミュニティの一員でもないから死んでも構わないというという人たちが

現に多数出てきたというのが問題なんだし一周遅れなんじゃないの

2016-10-30

バカフェミがなぜ馬鹿にされるか

バカフェミがなぜ馬鹿にされるかというのは、「大局的にものごとを見られないことへの非難」ってことなんだよ。

木を見て森を見ず。

しか見てない人間林業を任せちゃさせちゃマズイでしょ。ふつうに考えて。

それなりに森や林を見れる人間じゃなきゃ林業を任せられないでしょ。


自分のことしか見てない人間が、多くの人の上に立つ、指導者になるような、社会をよくするにふさわしい人間たりえないんだよ。入り口にすら立ってない。

世の中には色んな人がいる。いろんな事情がある。それらを包摂する必要がある。そりゃ限界もあるし、程度の問題もあるけど。

そういうことが分からない一部の先鋭化した人間が怖えぇよ

自分個人理解の地平線が、社会の地平線なんかじゃないんだよ。

自分理解してない物事についての態度が幼稚すぎるんだよ。謙虚に観察しろよ。


もっと全体を見てものを言ってほしい。こっちに来て一緒に考えてほしい。世の中をどうしたらいいのかを。

2016-09-18

http://anond.hatelabo.jp/20160918015354

反論したいわけじゃなく、むしろ全面的同意する

「これは犯罪になってるけど、理屈では納得できない。別にやってもいいんじゃないか?」

とか考えてる人

法律が、普遍的善悪基準と完全に被さっていなくて、そこからはみ出た部分(A∪B-A∩Bみたいな??)が犯罪になるのよね

普遍的善悪基準って言っても、人間神様じゃないから本当は普遍的でも何でもないんだけど、生きてる限りは自分なりの正義があって、だからこそ面倒くさいんだよね

まあ、各自想像する任意普遍的善悪基準に当てはめてもらっていいんだけど

この前、視覚障害者が店の予約?入店を断られた?ってニュースあったじゃん

その時に、コメントの一つに、「障害者差別解消法に定める合理的配慮に反しています」ってコメントがあって、うーんって

じゃあ障害者差別解消法がなければあなたはどういう武器で店を責めるの?

もし障害者差別解消法がなければ、配慮する必要はないの?

人を殺しちゃいけないのは刑法で決まってるから

「何人たりとも差別されるべきじゃない、出来る限りの配慮をしたうえでの入店拒否なのか?」って言った方が、論理的にしっくりくるし、法律武器にするのは時として悪手になる

見方として、法律普遍的善悪を過不足なく包摂していて、過不足なくそ基準になってるって盲目的に信じ込むのは、危険だし、そう信じ込めること自体が、幸せであることの証左な気がするなあ

そもそも論として法律普遍的善悪基準じゃなくて社会の行動規範って言われればそれまでなんだけどね、もちろん、そういう面があるのも事実だけど

自分は悪いことをした」と「自分社会を乱した」はトーリーイコールにはなりませんよねえ

所与のもの(既存の在り方、既成概念)を疑うことが、なぜか法律だけにはなかなか適応されない(される場合でも、性犯罪(セクシャリティ)の問題など、非常に感情論的な疑い方にすぎない)事実は、あるんじゃないかなあ??

文学部卒なので、よくわからないし、たぶん俺が知らない気づいてないこともたくさんあるんだ、と予防線を張っておく

2016-08-25

謎の宗教

菅野完さんのツイート: "不敬発言記録にちょいちょい出てくる「大日教」というのがどの宗教団体を指すのかが以前からわからなくて困っている。同じ名前の宗教は『新宗教教団・人物事典』にも出てこない。「大日然教」のことかと思ったが、あそこは戦後の立教だしなぁ。。 https://t.co/yo5ueDlPf9"

なるほどね。

最初戦後名前を引き合いにだしてるのか思ったが、グーグル先生で調べてみるとどうもそれとは違った「大日教」が存在したようだ。

同じbotつぶやきには「大日教祖杉本信者某との質疑応答とあるので、教祖名前が違うからだ。

大日然教教祖を調べると「折茂なみ」となっている)

あとは戦前の「天津教皇祖皇太神宮天津教 - Wikipedia

(現 皇祖皇太神宮天津教)が戦後の一時期は「宗教法人大日教」という名称だったのでこれかと思ったが、教祖名も違う。

とにかく、一次ソースが気になる。

んで、色々とネット上の情報だけで調べてみた結果、@hukei_botは「昭和特高弾圧史」から抜粋であることは間違いなさそうだ。

Googleブックス書籍検索)で「昭和特高弾圧史, 第 4 巻」を引き出し、書籍検索で「杉本」と検索すれば同じ内容が引っ掛かる。

現在Googleブックス著作権のある書籍は全文表示ができないから(開始当時は見えちゃった気がする)ブツ切りのような情報しか得られないのが難点。

同じく「特高外事月報」と合わせて見ると、全日教祖1942年当時60歳、起訴時東京在住、滋賀県出身大日行者、杉本金治郎というのが裁判記録らしきものから分かる。

他、この宗教の手がかり的な部分の抜粋

昭和特高弾圧史, 第 4 巻」

108 ページ

... は神去り給ひてより其の誠が大日如来包摂せられ其の如来宇宙に瀰漫せる大

自然の誠にして人類並に一切の物を創造し且永遠に之が霊的及現実支配を為たりと

称し、大日教なる教理を創説し爾後之が宣布に努め来たりたるものなる処、該教理たる

や大 ...

特高外事月報」

59 ページ

... 知得したりと構し、大日教なる教理を創説し衛後之が宣布に努め来たりたるものなる

慮、該教理たるや大日如来宇宙に瀬夏せる大 ... 四月頃道了奪が大日如来なることを

悟り大日如来信仰に韓ずると共に大日如来の霊に感應権力に別記治安維持法違反

事件 ... 三月十九日警視聴に於て検挙送局したる宗教結社大日教のも決して少とせず。

CiNiiでも引っ掛かった。

CiNii 論文 -  内務省による宗教弾圧 : 創価学会の場合を事例として

CiNii 論文 -  宗教法人法の改正をめぐる問題点 : 宗教団体に対する管理の要素の導入の有無と是非(松本保三先生退職記念号)

戦前・戦中の宗教弾圧歴史を語る上で出てくるみたいだよ。

1942年治安維持法違反大日事件として記録されている。

しかしまあ、通常のGoogle検索では引っ掛かららんのだね。

戦前・戦中期日本の言論弾圧 (年表) - Wikipedia

↑これにも出てこなくって、忘れられた宗教みたいだ(前述の竹内文書教のせいもあるだろう)

疲れたのでこれまで。

(追記)

ちょっと馬鹿なこと書いちゃったかもしれない。

大本教創価学会重要人物が獄死しているんだった。

(追記2)

↑当時60歳というのが厳しいだろう。

宗教団体法とか治安維持法について知っていたけど、ちょいちょいググってみて、改めてこのあたり軽く考えてたな、と思ったりした。

追加の情報としては

昭和特高弾圧史: 宗教人にたいする弾圧

28 ページ

明石博隆, 松浦総三 て、此の大日もその為に行を積んでゐるのである、その修行も半ば

に至ってゐから纏て太平ハ、大日が ... が昭和二、三年頃以降全宇宙に於ける最高至

本金治郎当六十年の主宰する大日如来信者集団大平山大日教」の布教内容に ...

大平山大日教」ともいう様子。「大日教」が「大日経」の意味で使われる事が多いからかな。

https://www.google.com/#tbm=bks&q=%E5%A4%A7%E5%B9%B3%E5%B1%B1%E5%A4%A7%E6%97%A5%E6%95%99]

2016-07-28

http://anond.hatelabo.jp/20160728120829

でも、その「障碍者包摂していこう」があるからこそ増田クリーニング屋やホテル清掃の仕事をしなくて済んでるんやぞ?

障碍者社会の一部に組み込むことは、少なから増田にもメリットのあることやで。

批判承知で言うと俺は割りとマジで俺は障害者隔離しておいてほしいわ

っていうかそういう奴らと一緒にいたくないか私立学校に通ったりそこそこの住宅地に居を構えるわけでね

障害者もっと社会の中に包摂していこうとか俺にはいえませんわ

2016-07-23

http://anond.hatelabo.jp/20160723210637

どういうわけか、世の中の人々は、こと恋愛に関しては「人間は皆違う」という当然の事実無視し始めるものなんだよ。

学業仕事なら能力差を当然に受け入れられる人たちも、恋愛に関してはすべての男女が一定能力を持つと勘違いしている。

から、その勘違い現実乖離に接した時、どうにかしてその矛盾を受け入れるために

恋愛に適性のない一部の集団を「異常者」とみなすことで精神的な安定を取り戻そうとしているんだ。

ある意味で、ワイドショーなんかで凶悪犯罪者の経歴を詳しく報じ、その人物の標準的人間から乖離

(=普通でないところ)に注目して「異常者」として切断処理する傾向にも通じる。

一時期のオタクバッシングなんかもそういう類だ。

ただ、何だかんだ言って身体精神障害者差別を受けるように、

その標準から乖離が何であれ、古今東西、特異な集団差別対象になるのは変わらない。

自由恋愛が廃れない限り、非モテ社会包摂されることは決してないから、ただひたすら耐え抜くしかない。

かく言う自分も日々耐えなければならない立場だし、増田気持ちも十分にわかる。

ただ、個人的なことだが、自分カトリックに入信したことで精神的に救済された。信仰も一つの解決策だよ。

2016-07-02

彼氏がいるのに彼氏がいないと言う女はただの嘘つきだろ

綺麗な文章でまとめればいいってもんじゃねーぞ。僕は村上春樹が嫌いだしリアリストからな、文章力包摂して事実に色づけるのは悪徳だと思っている。偽善と言ってもいい。

スナックで働いて全員が彼氏いないと嘘をついていたっていうブログを読んだがそのブックマークコメントほとんどが良い文章というコメントで埋め尽くされていた。たしかに読みやすく良い文章だった。しかしそれとこれとは別だ。愛を嘘で売る商売を僕は支持しない。商売からもつくさ、スナック楽園から現実じゃない、なんて感覚理解している。僕も付き合いで行くことがあるしな。だからあの甘ったるい空気も知ってる。

それでも客から見れば嘘つかれてお金払ってそのお金彼氏とよろしくやってるなんて普通は裏切られた気分になるし心まで持っていかれた人間嫉妬もするだろうしひどい時には復讐心燃えストーカーになる人間もいるだろう。それがホストとかキャバクラ現実におきていることだ。元ブログスナックのようにそんな一線を画して遊んでいる人間はだいたい出張中のおっさん恋愛をあがったおっさんであって店を支えているのはだいたい「どうにかできるんじゃないか」と考えている愚かな客なんだ。それが愛を売る稼業の汚い現実だ。僕はそれで破産した友人を知っている、キャバクラに入れ込んで嘘をつかれ続けて大金を失った。大金を貢がせた嬢は彼氏とよろしくやってるだろうし結婚して郊外幸せ暮らしいるかもしれない。嘘をついた罪すら忘れながら。

自分世界を嘘で色づけして幸せに生きるのは良いが客にも客の世界があって男は好きな女性のためならいかなる辛苦も厭わない状態になるしお金を湯水のごとく使う馬鹿もいる。そして馬鹿であることは男が生きていくためのよすがなんだ。その愚かさを利用しあまつさえ搾取しようなんてのは悪徳であると思っている。

からどれだけ文章力で飾ろうが嘘を正当化しようがそんなもの美学でもなんでもなくただの言い訳しか見えないのだ。僕はリアリストから

2016-06-23

想像力」はけして人間を救わない。

 よく貧困やなんかの社会問題系の記事で「一番の問題想像力の欠如だ」みたいな言われ方がされている。

 しかし、想像力とはそんなに万能なものだろうか。

 そんなに簡単想像できるものだろうか。

 人間基本的自分の見たもの経験したものについてしか考えられない。

 それ以上の領域踏み込むためには類推だとか連想だとかが必要で、それにしたってある程度の下知識が求められる。

 そういうものをぶちやぶって想像力を飛躍させるレベルともなると、これは一つの才能だ。だから小説家なり漫画家なりで金を取れる。


 誰もが小説家になる必要はない、弱き隣人に思いを馳せるのにそんなに大したコストはかからないと人は言うかもしれない。

 だが、大したコストなのだ

 社会問題を考えるうえで必要とされる「想像力」とはすなわち、「他者の痛みについての想像力」だ。

 痛みこそ、自らが体験あるいは目撃しないと想像することができない最たる感覚だ。

 実際にその痛みを体験したものでさえ、いったん過去としてしまえばすぐに同じ痛みを味わっている他者に対して冷酷に振る舞える。ルサンチマン。卑近なところでは、体育会系年功序列がいい例だろう。


 そもそも共感に訴えるロジックは、その感情を共有できない人間包摂できない問題を抱えている。

 共感能は誰にでも備わっているようで、グラデーションがあるものだ。映画で人が刺されるシーンを観て自分まで同じ箇所がキリキリ痛むような人もいれば、サイコパスと呼ばれる人々はまったく共感というものを持たない。その二つの極のあいだで我々は「すぐもらい泣きしてしまう人」や「反応が薄い人」として生きている。

 たしか共感に訴えるショッキング事件は、短期的には法改正などにつながりやすい。しかし、よほど特異でセンセーショナルなケースでないと大衆は食いつかない。たとえば未成年集団で残虐な事件を引き起こす、だとか。

 そこが難しいところだ。貧困など、恒常的で身近な問題共感通用しにくい。


 状況を良くしたいのなら、我々に「想像力」などないと認めるところからはじめるべきだ。

 人間他者に対して無関心なのは今に始まったことではない。その状況を了解したうえで、どうやってゲームに勝利するかだ。

 となると、やはり構造的に問題の根を断つ方法を見つけなれけばならない。なるべく人的コスト必要としない方法がいい。

 てっとりばやく、ゲームルール策定する側に回れれば話は早い。

 権力

 権力

 権力を手に入れろ。


 増田たちよ、栄達せよ。


 日本支配するのだ。


 そうして、クソを漏らす自由を。


 そうして、朝の山手線すっぽんぽんになる権利を。


 ハイルしなもん

 ジーク増田


 増田たちよ、権力を手に入れろ。

 

2016-05-24

守護がでかい問題

鎌倉時代初期、東国において政権確立した源頼朝によって設けられた守護職は、軍事警察的な権限を持つのみであり、地域統治権限は依然として国司にあった。

後年、鎌倉幕府が滅び室町幕府が成立すると、室町幕府はその守護制度踏襲する。

しか守護は、次第に国司権限をも包摂し、独自の領国支配を固めていくようになる。このようにして広域領主化した守護を「守護大名」といい、守護大名トップとした地域支配体制大名国制と呼ぶ。

広域領主として実権を握った守護に対し、足利将軍家の影響力は薄れ、室町幕府守護大名による連合政権様相を呈していく。

さら肥大化した守護大名たちは互いに自己利益を追求して相争い、応仁の乱代表されるような戦乱を巻き起こすようになった。

これを「守護がでかい問題」と呼ぶ。

そして、守護がでかい問題対処し切れなかった室町幕府は衰退し、日本戦国時代突入していったのである

2016-05-15

http://anond.hatelabo.jp/20160514114516

 あーうん、ごめん。実はまだ増田の使い方慣れてないんだ。どんな書き方が嫌われないのか分かんなくてさ。

鼻ホジはしてないし、勢いでダーッと書いたのは事実だけど実はあんまり同情してないんだよね。元増田には。

単に昔、学生の頃に「ムカツク」って言われて山本直樹の『ありがとう』を引き合いに出された事があって、それで反発しちゃったんだと思う。

コイツ楽しんでる」

 って思われてたんだろうね。

からこういう風に書けば少なくともムカツク感覚は分かるだろうなー、って思って、あんまし深く考えずに知ってる難しそうな言葉を並べたんだよ。

 今はこことか、ブクマリンクコレとかコレを読みながら、自分の掘り下げも足りないし色々な受け止め方があるなぁって改めて考えてます


 ちょっとまだ全然整理できてないんだけど、本来は"憐れんでくれる"のって悪意じゃないハズなんだよね。

明らかに"同情"の扱われ方って昭和から変わってきてて、時代劇とかだと「お主、同情してくれるのか」ってお侍さんが泣いたりもしてる。

 だからしかしたら、元の人の感覚も正しいんじゃないかって感じたりもしてるよ。

ムカつく理由や同情にも種類がたくさんあって、すれ違うにも色々な理由があって、反社だけでもないし、"現実に何もしてくれないから"ってバブル後の安達祐実みたいのもあるし、理解されると自分の悩みは相手包摂されてしまう程度でしかない、って感じるのもあるのかな。後はウエメセと、その事実があるかどうかに関わらずそう受け取られた(≧反社)かどうか?

 まだある気がするんだけど分かりません…。

テレビ難民見ながらデリしたピザ食べ残しを捨てつつ、「カワイソウだよねー」とか言って隣の人に頭を撫でてもらって疑問を感じない時代が明らかにありましたよね、この国。

 彼氏彼女問題で既婚者に同情されるかどうかみたいのも分かり易い例って気がします。


 なんの事はないんです。

こっちも大して考えてないですし、おヒゲガンダムさんがいつも10分くらいで書いたとか載せてるのにちょっとイラときてたりしてて、マウントしたくなっただけかもしれません。

それでも反応があって考える切っ掛けになって、少しでも掘り下げられるのは"有り難い"ですよね。本当に、参考になったと思っています

 そういう部分は結局、受け止め方なのかなぁって気も…。

纏められないので途中で終わりますね。ごめんなさい。

 あと、もう一回書くけど鼻ホジはしていません。(笑

2016-05-01

絶賛派の負のエネルギーを和らげたい への回答です

http://anond.hatelabo.jp/20160413013038

言及いただいたkato19です。大変遅くなりましたが地震の影響はありませんでしたでしょうか?

意味不明一般の方へ:一連の流れは下記のブログ記載されています

ラブライブ!批判への回答:批判派の負のエネルギーを消し去りたい!

http://kato19.blogspot.jp/2016/04/lovelive-hihan.html

じっくり読ませてもらいました。批判文っていうのは読むのにもなかなかエネルギーを消費してしまますね。増田文章論点も多いのでなかなか大変です。自分の知らない分野についても検索しながらできるだけ理解できるように努めました。とはいアニメ化以前をリアルタイムで追っていない以上は本当の意味での理解は難しいなと思いました。増田が本当に細かい所まで気にしている所に驚かされますが、これがまさに増田の拠り所であるんだなと感じましたね。

今回増田の疑問に逐一回答する事はあまりに労力が大きのでご容赦ください。総論的な内容になります。それに以前も書いたように、そもそも回答した所で増田が納得するとは到底思えないのです。増田も同じような事を書いていますが、結局それぞれが重要だと思う所を重要だと思えないのです。

それを踏まえた上で今回のやり取りの感想を書かせてもらいます

批判派に対して思う事

私が、批判派に対して当初思っていたのは、あの作品を観て面白くなかったんだろうか?それとも面白かったんだけど細かい所が気になってしまってダメだったのか?もう全てがダメで良い所はほとんどないのか?という所でした。

増田文章通読してみて感じたのは、やっぱり原作原案問題がなければこんなにこじれる事はなったんだろうなぁという事。増田ですら『カップヌードル』程度には面白いと思ったわけで。『見たい作品が見られなかった』という点については批判派の方からもツイッタなどで一定の賛意をいただけた所です。

批判派のおりあそ氏が劇場版で泣いたってのも自分にとっては結構衝撃的な事実で驚いたんだけど『μ'sが解散するんだから涙くらい出るよ』という事なんでしょうね。もちろん自分にも当然そういう所はあるのだけど、今回はそれだけではない感動があったんですよね。

ラブライブ!ガルパン共通性

自分は『ガルパン劇場版でも大変感動して涙が止まらなかったんだけど、あれは決して大洗女子学園が存続してよかった!という事で感動したのではないのです。あの映像演出自体に感動させられたのです。心底すごいと思いましたしその凄さに当てられて感動しました。話の筋で感動したのではなかったのです。

参考 http://kato19.blogspot.jp/2015/11/girls-and-panzer-movie.html

劇場版ラブライブ!の感動はそれによく似ていると思いました。技術レベル前衛的な演出、それと当然ストーリー上の感動が合わさって強い感動を得られたんだと思います自分は少数派になる事が多いので自分意見が絶賛派の主流ではないでしょうけど。

増田はおそらく劇場版ラブライブ!ガルパンより論理的妥当性がないからダメと言うでしょうが自分にとっては十分に許容範囲であったという事です。しかしこの点については程度問題しか言いようがありません。

増田の本当の主張は原作改変問題ではないか

増田論点は大きく分けて次の2点に集約されます

1、論理的妥当性を欠くので作品が決定的にツマラナイ

2、原案からの改変が気に入らない

もっとも、絶賛派の多くは作品において即時的で表面的である所の彼らがいうところのアニメならではの表現内容への思い入れを拠り所にしていて、前後総合的なつながりや辻褄の考察を要する物語性やキャラクター性については考えたくないようなので難しいかもしれませんが…。』- 絶賛派の負のエネルギーを和らげたい より引用

『考えたくない』のではなく『気にならない』というべきですが、上記のように互いの主張は『糠に釘』状態なわけです。お互いを説得する事は出来ないよね。実際、増田はなぜ絶賛派が絶賛するのか?その理由理解できていない。その結果『ラブライバー自己愛』などという荒唐無稽理由で論じている。自分は前回から増田もっと前向きな方向にエネルギーを使うべきだと主張してるのだけど、それはこの問題については相手の考えを変える事は無理だからです。もしも増田が絶賛派に対して『本作が駄作だと改心』しなければ納得しない・・・とすれば残念な事です。

増田は初期作品の良さも述べているというが、アニメ版への恨みつらみが主となってしまっているのは間違いないですよね。増田が単に虚空に向かって文句叫びたいだけなら仕方ないですが、初期作品の良さを知ってほしいのならその方法があるはず。増田で絶賛派を無能呼ばわりしていてもしょうがないわけです。

公野櫻子さんについて

公野櫻子作品に見る『何を真実とするか』ということについて- マンガライフ 水音さん

http://ilya0320.blog14.fc2.com/blog-entry-1837.html

増田意見を読んで公野櫻子さん関係を少し勉強しました(増田から見ればまだまだでしょうけど)その中で上記ブログ公野櫻子論で印象的だったのは、公野さんの特徴として読者参加型作品を得意とする事でした。ラブライブ!の初期作品も読者参加型であった事を考えると増田もその影響を強く受けているのかなと。やはり自分達で作り上げた作品という感覚が他の作品よりもずっと強く、それがアニメ版に対する『歪められた』という感覚につながっていると推察しました。そこが単なる原作改変問題とは違う根深さなのかな。

自分は『参加型』とは真逆の鑑賞者。京極花田氏の作家性が強く出ていても何の問題もありません。ガルパンのように映像作品としての演出技術に感動し『物語』は当然必要だけれどもそれは作品の一部を構成しているにすぎない。それがつまり構成演出楽曲すべてが一体となって表現』の意味なのです。増田にとっては物語(や、それを含むキャラの設定)が重要テーマであってそれ以外は物語をよく見せるための添え物であるべきなんだろうと思う。そしてラブライブ!においては公野さん以外の作家性が見える事は不快感につながっているんでしょう。

ちなみに私だって物語重視の作品は大好きですよ。『ここさけ』なんて感動しすぎて3本も感想書きましたし・・・

参考 http://kato19.blogspot.jp/2015/10/kokosake.html

ラブライブ!については原案先入観なくアニメに入っているだけの違いです。増田先入観でまずハードルがあり、さらに細かな物語重視の点でさらハードルがあった。その二つに加えて大事にしていた公野作品が汚されたという感情的問題不快感を増幅させているのだと思います

初期作品からファンに対する怒り

本当の数はわかりませんが、初期作品からファンの全てがアニメ版否定しているわけではないですよね?おそらく増田が一番怒りを感じているのは、初期作品からファンのくせにアニメ版劇場版を礼賛している人間でないでしょうか。アニメ版以降の人間はただの無知蒙昧だから啓蒙する必要があるが、初期作品から人間はなぜ礼賛するのか理解できない。だからラブライバーとしてのアイデンティティを維持するためだけに礼賛している害悪だ。完膚なきまでに叩く必要がある・・・と。

絶賛派は宗教的

増田氏は絶賛派を宗教的などと揶揄するけれどそれはお互い様でないですか?というより、この議論ものもが神学論争である事を自覚していないのだろうか。私は自覚しています。この問題宗教論争やイデオロギー論争と全く同じです。

(初期作品群を)肯定をしている様子も殆ど見受けられません。ただ踏み台として蹴落とされるべき歴史としての存在を認めているだけに過ぎないでしょう。先述のメディアミックス理論の持ち出し方にもそれが現れているように思います。 - 絶賛派の負のエネルギーを和らげたい より引用 カッコ内筆者付加

原案作品群を否定していないだけでは飽き足らず積極的肯定しなければ満足しない・・・踏み絵でしょうか?折伏でしょうか?『目を覚ま』さねまばらないなど過激宗教団体と同じではないでしょうか。少なくとも私は初期作品群を『踏み台として蹴落とされるべき歴史』とは思っていません。そもそもよく知らないだけですから

批判は悪?

絶賛派ラブライバーは最終的にとりあえず批判する奴が悪なんだという方向に持っていきたがります

まあ、そういう人もいるでしょう、誰もが議論に慣れているわけではないでしょうから。もちろん私は『批判する奴が悪』なんて思っていません。しかし好きな作品をけなされる不快感原案派の人だって同じでしょう。貶して凹ませるのが目的なんでしょうか?そうであるなら品がない行為だなぁと思いますが、実際には増田にとって大切な『初期作品群』を不当に扱われている事を質したいという趣旨ではないですか?

それなら絶賛派に対して『自分の感動はまちがっていました。この作品はご指摘の通り駄作です』と言わせる事で目的は達せれれるのでしょうか?私には単なる当てつけのようにしか感じません。

増田のすべき事

増田とは確かに感じ方もキャリアも違いますが、同じラブライブ!というコンテンツを楽しんでいた者としては、互いを排除しあうのではなく包摂されるべきだと思う。

増田氏がアニメコンテンツの流れに大変造詣が深いだろう事は一連の文章を読む事で推察されますであるからこそ、ラブライブ!が『もはや好きとは言い難い作品』などと離れるのではなく、その想い・知識を残すべきだと思うんですよね。

それは、ネガティブ文章増田で埋もれさせるのではなく体系的に整理された作品案内を提示するべきでなないですか。増田の思う本当のラブライブ!の楽しみ方を、初期作品の良さを記録に残す方がずっと目的にかなうと思います。確かに旬は過ぎてますが、ワンテーマブログだとしても増田で埋もれるよりはずっと有益だと思う。注目されやすアニメ版にくらべて原案作品群は実際のところ目立たないし、新たなファンには見る事すら困難になっているわけです。サンシャインが出た今はなおさらμ'sの初期情報検索しにくい状況です。だから意味はあると思う。

個人的には、この一連の投稿はすごいと思うし、内容についての賛否別にしても、ただ増田で埋もれるのは残念だと思う。でも別の形で発表するにしても、ぜひ否定だけではない前向きな批判。つまり好きな作品を広めるために使ってほしいと思うんですよね。

初期作品群の整理を

増田原案作品が軽く扱われている事に不満を持っていますが、増田にとっては自明の事でもアニメ以降のファンにとってはその周辺知識は非常にわかりにくいのは事実です。サンシャインが始まるとはいえ、これから再放送配信オリジナルを見るファンも多いでしょう。実際私もちょっと調べただけでは意外と整理されていない事に気付きました。作品紹介、見る順番、その魅力など、いまからでも整理して発信する事は無駄ではないはずです。はっきり言って知識の乏しい自分には無理です。

それなら読んでみたいと思うし、こんなマイナスエネルギーで文才を消耗する事はないと思う。もしそんなページを作ってくれたら是非私のブログリンクしてお知らせください。こちらからも紹介させてもらいますから

最後

こんな事書くとまたね『上から目線』みたいな批判ツイッターでされそうですけどね。ツイッターで深い議論のやり取りはむずかしいですが、このように長文を書ける人の意見真意が分かりやすエネルギーを使う意味があると思います自分も今回の事で劇場版の良さを変更する気は全くないのですが、初期作品群の事を詳しく知るきっかけになりましたし、批判派の真意というのも(ある程度ですが)理解できてよかったと思っています

その他追伸

『先にも述べたように絶賛派は平和ボケしていて余裕なので脳天気なことを言うだけでいいでしょうけども』

いいじゃん平和で!と思ったけど、まさに批判派にとっては戦争状態なのだ・・・その心中がわかりますね。平和に絶賛を謳歌している絶賛派への怒りを感じます

海未はアニメ以降特に不遇だと囁かれるキャラの一人であったため制作陣の悪意や、または慢性的配慮の怠りの結果だと感じる人も多かったようです。

そうなんだ・・・でも海未ちゃん不遇かなぁ・・・アニメ版でもすごく人気あるじゃないですか、自分もかなり好きですよ。でも一番好きなのは花陽ちゃんですね。批判派の人はアニメ版の花陽ちゃんを『ただの米好き女』に貶められた怒っているみたいですけどね。あのキャラ設定良くないですか?アニメ版の花陽ちゃんすごく良いと思うんだけどなぁ。

※以前指摘されたメディアミックス論の『出自』部分については訂正しました。

ラブライブ!』は私達に何をもたらしたのか? http://kato19.blogspot.jp/2016/01/lovelive.html

追記:最後になって申し訳ないんですが、『絶賛派の負のエネルギーを和らげたい①』http://anond.hatelabo.jp/20160413011057 を見逃してたみたいです!ごめんなさい。読んで改めて追記で補足しますね。(2016/5/1)

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