はてなキーワード: 祭りとは
30代半ばだがハピマテもオリコン3位に入ったことも知らんぞ。n=1だが。
そもそもインターネット自体「ヲタクがやるもの」ぐらいの空気感だったのに、アニヲタ界隈の祭りなんて知るわけないだろ。
当時は子供だったから何も感じなかったが、クラスメイト全員が先生に恋をするハーレムとか、普通に気持ち悪いよな。その先生が子供とはいえ。
2019年にクーデター騒ぎがあった全日本テコンドー協会。
当時の会長だった金原氏は「ヤクザ」「資金を使い込んでいる」と罵られて引き摺り下ろされ、当時の理事は全員が理事会から追放されてテコンドー界の外部から理事が入った。
しかし、不可解な事がある。このクーデターの際にJOCから監査のメスが入ったが、金原氏を始めた当時の理事の不正は明るみに出ることはなかった。
クーデター派がいう様な使い込みがあれば、業務上横領罪に相当する行為だが、理事達は一人も書類送検すらされていない。
外に居る分には彼等が白か黒かを誰も分からない。
見事にクーデターが成功した。しかし、結局クーデター派の指導者は誰一人として新しい理事になる事はなかった。そういう判断をJOCが下したのである。
金原会長時代に日本で国際大会を開いた事がある。大きな会場だった為、主催地の県警に金原氏名義での申請書を提出している。
本当に金原氏が反社とのつながりがあるヤクザなら、この申請書は通らない。
このクーデター以前に警察が金原は反社じゃないと認めていたのだ。
クーデターに賛同した理事は勿論、この事は知っている。知っていてなお「無理が通れば道理が引っ込む」の理屈で金原氏をヤクザだ反社だと罵ったのである。
ただ「金原体制では東京五輪でメダルが取れないから体制を変えるべきだ」と事実のみを言えばよかったのだ。
当時の強化委員長だった小池氏を「テコンドー未経験の素人」とする嘘のリークをマスコミに流したのも明らかに不要だった。
「国内には小池氏よりも実績のある指導者が居る」と事実のみを言えばよかったのだ。それを有りもしない嘘をマスコミに流して炎上させた。
確かに、金原氏は水商売や不動産の世界に生きる実業家でありグレーゾーンの人物である。
ヤクザに払うみかじめ料を拒絶する為に、排斥運動をおこしてヤクザから銃で撃たれている。2発も。
「2発撃たれたからといって彼がヤクザであるという証拠にはならない」
この文脈が理解できない人間がテコンドー界には多数居る。金原氏はヤクザだと信じてやまない人間が多数居る。
何故なら、WTテコンドー界(ITFテコンドーを持ってきたのは朝鮮総連の幹部であり、この話とは別なので悪しからず)を80年代初頭に日本に持ってきたのは義人党というヤクザの親玉だからだ。
当時は暴対法もない時代だったからヤクザが大手を振って町を歩けた。金もあった。国際試合に出るにも総裁の鶴の一声で金が出た。
今思えば異様な時代だが、テコンドーなどというマイナー武道の選手をやってるだけでスポンサーがついて金がもらえる狂った時代がそこにはあったのである。
その時代を知っている人からすれば「金原はヤクザ」という言説を信じたくもなるのだろう。そして、その時代を知る人間に育てられた選手達も。
勿論、全ての道場がヤクザに直結するわけではない。WTテコンドーが韓国から日本に来たルートは複数ある。
中には右翼の空手家が韓国に空手を教えに行った手土産にテコンドーを持って帰ってきたような道場もある(昔の大会では街宣車が駐車場に並んでいた。今思えば異様な景色である)。
或いは、ニューカマー(朝鮮戦争後に渡ってきた)の在日韓国人のテコンドー師範が民団の支援を受けて始めた道場もある。
日本人師範の中にはアメリカなど別の国でテコンドーを学んで日本に持ち帰ったという例もある。
ただ、現実にはヤクザの持ってる不動産を格安で借り受けて道場をやっている様なところもある。今も有る。
このように、ヤクザが身近にいる世界に過ごして居たのが古い日本WTテコンドー界なのだ。(……勿論、昔から今に至るまで完全にクリーンな道場も沢山ある)
だから「金原はヤクザだ」という言説が平気で信じられる。見た目が厳つい水商売やってる怪しい実業家を捕まえて「ヤクザ!」と呼ぶのである。
テコンドーと無縁で空手界の片隅に居た彼を連れてきたのがヤクザではなく●●であるにも関わらず、だ。
今のテコンドー界には金がない。
しかし、狂った時代を知っている人は金がない事を信じられない。
「高橋総裁の埋蔵金がある」「それを金原が使い込んだ」「理事たちは1000万貰っている」
と信じている。
2014年に【全日本テコンドー協会は、専任コーチへの補助金で不適切な会計処理があり、日本オリンピック委員会(JOC)から約3000万円の返還を求められている問題で、30年間で返還する計画でJOCと合意】というニュースが流れた。
当時、スポンサーだった風俗雑誌の出版社が潰れて、協会には本当に金がなくなっていた。
スポンサーがいないから専任のスタッフも雇えない。大会を開くには多数のボランティアの善意が必要だ(金原氏のお膝元の長野県では全日本ジュニアが行われていたが、あれも金原氏の関係者たちのボランティアで成り立っていた)。
それを当時のJOC事務局長川杉氏に金原氏が相談した所、「専任の強化スタッフを雇う為の補助金をJOCに申請し、その強化スタッフとして任命した師範から寄付金名義で金を集めれば協会運営費に回せる」という明らかなマネーロンダリングを提案され、飲んでしまった。
それが明るみに出たのが、このニュースだった。
他の複数の競技団体でも同様の不祥事が起こっていたが、テコンドーの30年間の返済計画というのは余りにも異例であり、JOCが全日本テコンドー協会の財務が余りにも貧弱である事や事の経緯を忖度しての決定だった。
勿論、飲んだ金原氏が全面的に悪い。川杉氏も悪いが金原氏が全面的に悪い。
ただ、この事件に対してクーデター派が「金原が3000万使い込んだ」とするのは曲解が過ぎる。
当時の理事会の議事録には金原氏が自腹で建て替えた額が500万を超えていた事が残されているからだ。
この事件の後に反金原派が協会を離れて独立し、WTテコンドー界の競技団体自体が分裂する。
そして、全日本テコンドー協会は公益社団法人を返上。外部から弁護士を理事に招き入れ、団体内でコンプライアンス遵守の姿勢を打ち出していく。
協会のコンプライアンスやスポンサーを重視した姿勢は選手・指導者の希望とかけ離れた組織運営になっていった。
例えば協会が余りにも貧弱な財務を立て直す為、スポンサー企業を探したり奔走した結果、スポンサー企業の意向で大きな選考会・大会・強化合宿の会場が交通の便が悪い地方都市が使われる様になった。
金原氏や当時の理事が良かれと思って動く事の全てが裏目に出て、多くの選手や指導者達と全日本テコンドー協会の首脳陣との間に溝が出来ていった。
東京五輪も終わった。
選手達は頑張っていた。韓国代表の強豪選手を破ってメダル獲得まであと一歩の所まで辿り着いた選手が居たのは驚きだった。
日本テコンドー界という狭い世界で見れば大変立派な結果であるといえば立派な結果だ。
予選無しで出場枠が確定している東京五輪でメダルを取ってテコンドーを盛り上げるというテコンドー指導者たちの淡い夢は潰えた。
あのクーデターは一体何だったんだ?
テコンドー界の外の人たちはマイナースポーツの問題なんて誰も興味を持たないから、誰も振り返らないし総括もしない。面白い話題があれば炎上させて楽しむだけだ。
金原氏がヤクザの様な風体なら「あいつはヤクザで悪い奴だ」と石を投げて火を付けるだけだ。
このマイナーなスポーツを少しでも良くしようと不器用にも努力していた人達に火を付けた人たちは満足したのだろうか?
東京五輪という大きな祭りの直前で、それまで祭りの準備をする為に努力してきた人間のクビを全部切り取って、最後の美味しい所だけを持って行った人たちは祭りを楽しめたのだろうか?
谷町の総会屋つれて殴り込みかけた選手も居たな。東京五輪は楽しかったか?
おいマスコミ。おい文春砲。この件はメッチャ面白いから、調べてくれよ。先入観持たずにあのクーデターが何だったのか書いてくれよ。
エンジョウーッス
なんでも情報格差の是正と削減を目的とされて制定されたのだとか
最初の挨拶を祭りとかイベントの名前とかで叫ぼうという縛りをしてるからです。
なんというか、ネットの炎上は祭りと言っていいのかわかりませんが、正義のお面を被った人達がにやけ面で出来事を楽しんでる様子は祭り状態と似ているような気がします。
まぁ後になって単なる扇動に過ぎなかったと知ってうんざりするのまで含めて、炎上だの祭りだの呼ばれてるのかもしれません。
情報というものを一個人、一つの組、一つの集団が周到に作り上げてそれを信じやすいように誘導させてしまうと、上手い具合に大量に人間が動いてしまう、そういう恐ろしいことを学べるのかもしれませんね。
ということで本日は【ソースの確認よいか】でいきたいと思います。
b:id:kitamati インターネット老人会会員としてはタカラトミーのノマ猫騒動が記憶に新しい。祭りのフィナーレにタカラトミーの全面降伏と来てそれはそれはもう… ネットがマネタイズされていないガチのフロンティアだった頃の話で
「オッカワの祭に行きたい」と祖母が言った。祖母はベッドの脇に貼られた小さなカレンダーを見ていた。カレンダーには華やかに彩られた祭の山車が写っていた。
「オッカワっていうのは半田のなかの町の名前なのよ」とか母が小声で言ったと思う。半田は祖母の生まれ故郷だ。私はその頃東京の大学院にいた。そして祖母は、その頃もう何年も名古屋の老人施設にいた。
「そうだねえ。今年はみんなで行こうねえ」と母は言ったが、それが嘘であることは祖母にもわかっていたと思う。祖母は毎日施設の中の食堂で食事をする程度の体力はあったが、彼女を名古屋から半田まで連れ出すような気力は家族には残っていなかった。母と私は月一回に決められたいつもの面会日のように、1時間程度を個室の中で過ごし、いつものように帰っていった。その後のことはあまり憶えていないが、一年か二年ぐらいで祖母は亡くなったと思う。
あの時、例えば私が声を上げて、祖母をオッカワに連れ出すことが出来たのではないだろうか、とふと考える。祖母の病状を考えると、母や医師が許可したかどうかは分からない。例え許可が出て彼女と一緒に外出したとして、もしもの事態に自分が対応できたかどうかは分からない。だとしても、あの時、祖母をオッカワに連れ出すことができたのは、若い故の無駄な時間に溢れ、無謀さや先を顧みないいっときの善意を発揮できる私しかいなかった。例えばレンタカーで大型の介護用の車を借りて、日帰りでオッカワに向かうことは出来なかったのか。オッカワに行きたい、という祖母の呟きに対し、母の顔色を伺い、オッカワに行かない理由を考えて、祖母の声を黙殺したのは私だったのだ。
私たちがいない中で、祖母は日々、施設の部屋で一人で何を思っていたのだろう。カレンダーの写真を眺め、自分が少女だった時のことを思い起こし、死ぬ前に祭りを見たいと思ったのだろう。そして、無駄だと知りつつ、それをわたしに打ち明けたのだと思うと今でも胸が張り裂けそうになる。
昨日NHKのラジオで、「今日は一日沖縄ソング三昧」って番組やってたんだけど、みんなが選ぶ沖縄ソングトップ20!みたいな企画の2位にジャニーズWestの曲が入ってて引いた。沖縄好きな人がいてその人が沖縄の曲作ったんですって。え、知らん曲だ……以外の感情がなかったですけども。てか、kiroro、夏川りみ、BEGINときて、そのジャニーズWestのだったので、正直な感想は空気読めよだった。
これは自分もわざわざ見に行くのが悪いんだけど、Twitterで投票呼びかけている人がいたみたいだ。みんなの力だね~!聞き逃し何分のところです!え二位だったの、すごい!みたいなの見てさらに萎えた。
沖縄の曲といえば、で盛り上がっている人たちのなかに、「私たち、ジャニーズWest大好きでーす!」って叫びながら入ってきてそこだけ盛り上がるの、どうなのよ……。沖縄ソングだから投票したんじゃなくて、ジャニーズの曲だから投票したんでしょ。こんなん田代祭りコイル祭りと変わらんじゃん。自分たちだけが楽しいんじゃん。
盲目なファンが、対立構造作っちゃうんだなあ。ふつうに聞いていた人は、ファンが組織票入れただけでしょ、はいはいジャニーズファンのための時間でしたねってなるし。投票したっていうジャニーズファンも、ほとんどはそこだけ聞いてあと聞いてなさそうだし。そこからお互いに広がっていかないというか。
十何位とかにしておけば、そういう子もいるんだねってなる人多かったかもなあ。無理やり中心に植え込むんじゃなくて、合う場所で咲かせてあげなよ。って思ったところで、ジャニーズへのモヤモヤの輪郭を少し掴めたような気がした。
自分はジャニーズが嫌いじゃないし、ドラマや映画でも納得の配役だなあとか、うまいなあと思うものはあるのよね。
でもなぜその人?という謎な主役とかは、結局作品自体が「ジャニーズファンのためのもの」になってしまって、ジャニーズファンではない自分のものではなくなってしまう、notformeになってしまう。原作が好きだったりすると、それが辛くてもやもやするんだ。
ジャニーズを使うと「これだけは集客・集金ができる」というのが分かるからありがたい、というのを聞いたことがあるので、まあ仕方ないことなんだろう。ジャニーズを使ったことで逃した金額は測りようがないし。
予想外に初期費用がかかる。
それでもエアコンがつけられるならまだいいが、つけられない部屋も結構ある。
ゴミ捨て場やらエレベーターなどの共用スペースの清掃に駆り出される。
今どきのドラム式洗濯機も多くの部屋では置けない。
下手すると普通の洋間に後付けの洗濯機用排水口があるところも。
保証人いらないのがまあ助かるけど
いやこれはBlack Lives Matterのやつと同じだと思うんだよね?White Lives Matterだと
けどそれだけじゃない
男ならわかる、女性差別をしているのは他でもない男たちなんだ。男ならよくわかるよ。みんな女を差別する気持ちがどこかにあっただろう。
そんな差別されて搾取されて医学部で減点され賃金の低い女が、女性差別を無視して自己犠牲的に男性差別について語り男を解放しろと言って男をケアして尽くしてくれるのは気持ちいいんだよ。教養がないと思われてる賃金の低い被差別者たちが、恵まれた金持ちの俺たちを助けるべきだと主張してるんだからな。
金持ちならこういう貧乏人を祭り上げて支持しまくればいいだけなのはわかるだろ?
フェミニズムの概念にのっとるなら、男は女のケアを期待せず男自身で自分達でケアしていかなければならない。気持ち悪いことに気づかないのは女には特権を与えられた経験がないからなのかもね。
神様がいるかいないかは知らんけど、とりあえず言えるのは神様は現代の人は助けることはない。
神事で賑わうと『うるさい』『騒音だ』『意味あるの?』なんていう考えの奴がいるわけで。
俺は神様がいるかいないか分からないが、神様を信じる人は馬鹿にしない。
信じる人の中にはいるんだしな。そういうもんでしょ。
が、信じない以前に馬鹿にする奴が居るわけで、例え本当にいても絶対こんなのを助けようとはしないだろうなって感じだ。
そもそも冠婚葬祭を馬鹿にし、正月の初詣を馬鹿にし、祭りすら馬鹿にするような奴らに神様が助けるわけがない。
神様から見れば『ろくでなしの獣』が布まとって生きてるようにしか見えてないと思うね。
面白いのは、神様を信じないっていう奴らに限って友人からお参り行こうよって言われると行く所。
もちろんお参りは別にどうでもいいって感じで、単に友人らとワイワイできればいいという罰当たりな考えなだけなんだろうが。
そういう奴らがお参りにいって金を投げている姿は滑稽だ。もちろん神は助けないだろう。純粋に参ってないんだから。
現代は神事に携わる人も減り、祭りは若者が参加しない、大晦日の除夜の鐘すら中止しろという老害も居て
神様なんて居たとしても、この日本を助ける気なんて起きないと思える。
だからといって、過剰な信仰や宗教勧誘しているようなやつも同様に救おうとしないだろう。
[B! 人生] 名前も知らない人のアカウントを2年かけて特定したら人生が確変に入った|四月|note
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.com/hybridrainbow/n/n66c6edf9badd
このnoteを読んで昔ネトストに明け暮れていた日々のことを思い出した。
最初に言っておくと↑のような美談ではなくガチのキモいネトストの話です。
自分は大学時代、大学にも通わず引きこもって某匿名掲示板の某板に一日中居座って怠惰な日々を過ごしていた。
今は衰退してしまったが当時は全盛期で1日に数万の書き込みが有り毎日いても飽きなかった。
匿名掲示板なので基本はみな名無しで書き込みを行うのだが、そこの板では固定(固定ハンドルネーム)を付けて活動している者も多く自分は名無しだったがその固定達と一日戯れて過ごしていた。
名無しの中にはそういった固定のことを良く思っていない者達もいて下手に個人情報を晒そうもなら直ぐに特定祭りになり固定を引退して消えていく(特定されも活動し続ける者も多かったが)というのが日常茶飯事だった。
自分は特に悪意とかは無かったが特定出来そうな書き込みを見つけてはmixiやネット上のあらゆる情報を検索して特定するという行為が純粋に楽しく、将来は探偵にでもなろうかと半分くらい本気で考えていた。
内容はただしゃべったり外に出て配信したりどうでもいいような内容だったのだが、自分(彼女自身の)の生活圏内で配信してることに気付きこれは特定出来るのでは無いかと思いしばらく配信を見続けた。
情報として残すために配信をわざわざ録画し自分が見られない時間の配信でも録画してあとからチェックした。
そして何度目かの配信でチャンスは訪れた。彼女が近所のチェーン店ではないローカルな飲食店に入ったときである。
都道府県は把握していたのでその圏内の同ジャンルの飲食店を録画した店内外の映像を見ながらしらみつぶしに探したところ意外とあっさり見つかった。
さてこの事実をどうしようかと考えたが前述の通り悪意を持って特定をしたわけではなく特定出来たこと自体に満足していし、何よりも特定により板の固定が引退していくのはよろしくないという(どうでもよい)ポリシーがあったのでその事を板に晒したりはしなかった。
一応その女コテには公開されていたskypeのアドレスにチャットで「○○に住んでるよね?動画配信で特定出来るから気をつけた方がいいよ」というメッセージを送っておいた。
次の日、その女固定からいきなり通話がかかってきた。最初はどうやって特定してのかを聞かれて「へーすごいね」くらいの会話で終わった。
そして、何故か次の日もその次の日も毎日のように通話がかかってくるようになり普通に雑談をするような仲になった。
↑のようなバンド演奏に惚れたとかではなく、顔も知らないネトスト男にである。まあ当時固定やってるやつはみんな頭おかしいやつばかりだったのでその時は何とも思わなかった。
次第に通話している時間が長くなり家にいるときは常に繋げっぱなしで夜も寝落ちして朝繋がったままの通話でおはようを言い合うようなこともあった。
仲良くなったので会いたいという話にもなったのだが遠距離でバイトもしていない引きこもりの大学生にお金があるはずもなくなかなか会いには行けなかったが、ようやく会いに行くチャンスが出来てなんやかんやで付き合うことになった。
その後も遠距離恋愛でそんな生活は続き、今は俺の横で寝てるよ・・・といいたかったがいろいろあって半年くらいで別れた。
ここまで書いて、今どうしてるのか気になって調べてみたけれどさすがに出てこなかったが、当時の書き込みは残っていてそれを読んでは懐かしい気持ちになった。
NHKの近くで一度すれ違ったことがあるけど、感じのいい人だったよ
やっぱり第一印象がいい人間はすばらしい人間であることが多いな
1986年、東京大学教育学部を卒業し、アナウンサーとしてNHK入局。
「首都圏ニュース845」「生活ほっとモーニング」などを担当し、夕方のローカルニュース番組や生活情報番組に多く出演。
名古屋局時代には登山家の田部井淳子氏と夏の北アルプスを縦走する模様を描いた紀行番組が評判を呼ぶ。
最初に赴任した高松局では、若いアナウンサーが地元ボランティア協会の祭りの司会をすることが恒例だったことから、福祉との関わりが始まる。
東京局時代に自閉症の男性公務員のドキュメンタリーを制作したところ、その番組が反響を呼び福祉関係の人脈が拡大。
https://twitter.com/10anj10/status/1523840478214377473
界隈にまともな大人はいないのか。「そんな性暴力につながりうる危ない試みはやめた方がいいよ」と優しく諭すのが大人。なのに現実は祭り上げるか、こき下ろすことしかしなかった。
セックスボランティアすっぽかし姫のことを諭していた大人はいましたけど、
囲いが甘いことを言い続けるので姫は囲いに甘えちゃったんですよ。
姫はナンパする男性を擁護して、名誉男性と言われて袋叩きにされ、
ナンパ擁護男性は姫の登場に沸いた。ナンパする男性をかばうために女性に袋叩きにされてるのが英雄的だったから。
ポーチにコンシーラーとリップクリームだけ入っていて意味がわからんとなったとき、
囲いの男が「若くてかわいい女の子は化粧する必要なし。濃い化粧する必要があるブスババアが『変なポーチ』と文句言ってる」
https://www.uniqlo.com/jp/ja/products/E432640-000/00
こういう製品があるんですね。
つまり、普通のTシャツとして使えるとわざわざ書かれていないヒートテックはインナーだということです。
https://www.uniqlo.com/jp/ja/products/E438937-000/00
カテゴリも「インナー・下着>インナートップス>ヒートテックUネックT(8分袖)」です。
こういう薄手素材のインナーの黒ヒートテックを、1枚で着てサイゼに行き、
とうふさんは「ノーブラかもしれませんね」とツイートしたんですね。
これに対してキモがって叩く女性もいたけど、すごくまじめに心配している女性もいました。
ノーブラに、肌着1枚というのは露出が高すぎる、危険なのではということです。
人並みに服や髪形を気にする男性が引いてしまって、まともな男性の本命にはなれなくなり、
自分自身も非常識な服装をしていて性欲にまみれているだけのおかしな男性だけが寄ってくるのではと危惧されました。
でも囲いの男が「ヒートテック1枚でサイゼに行くことを叩くのはブスババアの嫉妬」で片づけました。
セックスボランティア宣言についても、危険な目に遭うからやめたほうがいいと言った女性は大勢いました。
というか男性にもいましたよ。何人、何十人と会うつもりなのか知らないが、いつか必ず危険なやつに当たるからやめたほうがいいって。
でも聞かなかったのはとうふさんなんですよね。
今回、すももさんに批判されたことは、とうふさんにも応えていると思います。
もちろん君の言うことは正しい。ただし、その場合障碍のある子を育てるための100%のサポートを社会が十全に保証している、というのが前提になるよね。現代社会はその前提を満たせているのか。
一般的に障碍は運次第なのだから、障碍のある子が生まれても自分達ではサポートしきれない…と悲観した親が中絶を選択したとしたら、彼らは差別主義者なのではなく、ただの社会的不公正の犠牲者だね。運次第で降りかかる状況を全体で引き受けてこその社会なのだから。ならば、そんな人たちを「差別主義者」と切って捨てるのは、正しいことではないよね。たとえば、障碍のある子は神の子である、と祭り上げる文化があり、もしそういう子が生まれたら社会が全面的にサポートするしその親も一生尊重される、そういう社会だったとして、それでも「いや、私は障碍ある子をもつことは認められない」と中絶を選択するなら、それは差別主義者と言われても仕方ないだろう。だが、そんな人が一体どれだけいるかな。そんな社会になれば、ほとんどの人は中絶を選ばないのではないか。ならば、彼らに中絶を選ばせているのは社会の方なのではないか?
だとしたら、あなたの提案する政策は、現実には差別主義者ではない人たちを差別主義者として糾弾するばかりか、現に社会自体、言い換えれば我々全員が暗にもっている社会的な差別の構造を覆い隠して、その責めを彼らだけに負わせようとするものですらあると言えるね。それは極めて邪悪だ。つまり、現に障碍のある子を中絶する親がいるとして、彼らの選択に自分がまるで関わっていないかのような顔をすることこそ偽善だってことだ。なぜなら、彼らにその選択をさせているのは、ほとんどの場合まさに我々が合意しているこの社会そのものなんだから。
だから、現状を憂えて解決策を考えるなら、行うべきは個々人に責を負わせるような改革ではなく、社会全体で可能な限りの福祉的政策を推進し、個人が中絶の決断をしなくてよい環境をつくる、という、地道で困難ながら真っ当な道筋だろう。それが、この問題の多い現代社会に生きる人間の負うべき責務というものであり、安易にそこから目を背けるべきではないと思うね。