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2021-06-15

anond:20210615152017

県内救急隊員 ワクチン2回接種9割超が完了NHK 鳥取県ニュース

ワクチン絶対安全なんだよと力説すると救急隊員が打たないといけなくなる公務員ジレンマ

2021-06-14

大阪市消防局によると、5月3日の勤務明けにのどの痛みを訴え、5日に症状が悪化。抗原検査で陽性が判明し、入院した。

 同局では、4月20日から職員ワクチン接種を開始。亡くなった男性は1回目のワクチン接種を受けた後に発症した。

 救急隊員を含め、これまでコロナ感染した同局職員100人超で、いずれも感染経路は不明感染による死者は初めてという。

 ある職員取材に対し、「第4波のなか、救急隊員はコロナ感染者を連日運んでいた。いつ感染してもおかしくない状況だった」と打ち明ける。

ひどい・・・

2021-06-12

ワイの人生エンカウントし過ぎなものマゾ豚、交通事故及び道端で倒れる人

唐突エンカウントし過ぎであることに気づいた。ノンフィクション

 

マゾ

そういう店に行ったわけでもそういう出会いSNSで求めたわけでもない。単純に道端でエンカウントする

 

池袋歌舞伎町やその他ピンク街に住んでたりはしないのだが、仕事で外を回ってたりすると、

ミスカのノーパンに遭遇したり、ジーパンでフル勃起バイ突っ込みながら歩いてたり、ケツの周辺穴あきなジーンズで歩いてたり、

そんなヤツらによく遭遇した(すべて東京の話)

ここから始まる何かがあったり、見られた豚がブヒブヒ大喜びするとか逆にスーツで真面目に働いているワイの姿を見て我に返った豚が

反省するとかもなかったが、今思えば警察通報してやるのが大人としての優しさだったような気がする

 

あと、見てくれ系の遭遇も多かった。これはアキバ営団地下鉄(現東京メトロ)で正月の早朝ようやく始発が動き出す時に

ブラとパンティーを身につけた20代前半くらいの男が5千円あげるので見て欲しいと詰め寄ってきた

始発に乗り遅れたくなかったので「歩きながらならいいですよ」と言ったところつまらそうに金を払わず去っていった

豚のクセに生意気過ぎでは?と思ったのですごくよく正確に覚えている。というか豚は基本的生意気である

一時期、2次エロで無関心セックス(男はヘコヘコ腰を振っているが受ける側の女or男は無関心でスマホ弄ってたり

ゲームしてたりするながらセックス)が流行ったがあれは2次元限定だと思う

他にも全裸を見てくれ系もあったが特にお金交渉とかしてこなかったので無視してそのまま歩いていったらなぜか罵られた

今思えば犯罪者のクセに生意気過ぎる豚だったので警察通報しておくべきだったがこの頃までは警察救急通報することが

日常茶飯事ではなかったのでその選択肢はなかった

 

マゾ豚はシチュエーション相手の外見にやたらこだわるのでそういう店が出来るのも納得感しかないのだが、

ヨシヨシして欲しい豚は割とその辺のことは男女ともどうでもいいらしい

ヨシヨシして欲しい豚には5人くらい出くわしている。例によって例のごとく道端である

コミケの1人を除いて全員ゴスロリ女装っ子かつ新宿区墨田区エンカウントである。なお男女とも可愛くはない

  

移住後は豚に出くわしていないことから東京変態の街なんだなって思っている

 

 

交通事故及び道端で倒れる人

思えば子どもの頃から交通事故に遭遇する機会が多かった気がする

はじめて遭遇したのは6歳の頃、友人の家の前

自転車に乗っていた小学生から中学生くらいの男の子が派手に車と衝突した

曲がり角を曲がった車に衝突したので一応減速はされており凄惨光景にはならなかったが自転車はグチャっといっており

あの時の少年は無事だといいけれどと今もたまに思う。通報は友人の母親がした

それ以降もワイ自身が車や路面電車接触したり事故は絶えなかったが東京は人が多いからか自ら通報する機会は無かった

 

あと道端で倒れてる人(倒れる人)に遭遇したのも東京では一度きりだ

東京で道端で倒れた人のことは今もよく覚えている。JR上野の駅の不忍口付アトレ付近エスカレーターホームレスらしき人が目の前で倒れた

ワイはその日仕事だった。といっても重大な打ち合わせがあったわけでもなかったし、たとえあったとしても、

人命よりも優先されることはないのになぜか仕事の方を優先した

ホームレスの人はすぐ近くにいた身なりのいい女性が介抱し救急車を呼んだ

仕事を選んで放置自分自身がした選択なのにすごく人間性を削られた気持ちだった

(脱線するがその頃の西新宿駅から新宿中央公園付近はヤバかった

腰の完全に曲がったお爺さんが道端で寝ていたりどう見ても20代に見える若者が道に転がっていた

移住してから仕事西新宿へ行く機会がなくなったので現在はどうかは知らないが

全国に出張したけどあん光景を見たのは後にも先にも東京だけだなと今も思う

まぁ移住後は移住後で東京で見なかったもの出くわさなものにあうのでどっちもどっち感はある)

 

    

地方移住後は、交通事故に加えて、明らかにホームレスではないのに道端で倒れている人と遭遇するようになった

よくよく考えたらこれって異常なことでは?とふと気付いたので増田を書いた次第である

東京みたいにワラワラ人がいないのでワイが放置したらそのままになってしまうので発見・遭遇したら110番119番をしている

110番必要があれば割と気軽にしている。110番デビュー商店街バットを振り回しながら歩いてる人を発見した時である

この日、例によって例のごとく仕事だったのと、バットを振り回してる人に対してワイが出来ることは何も無いように思われたので、

通報だけしてその場を後にした。110番しても住所氏名を伝えれば必ずしもその場に留まる必要がないことを学んだので

道端で寝ている酔っ払いやなんで道端に倒れてるのか不明な人を発見した時は110番している

 

119番しているのは、高齢者の段差での派手な転倒(出血あり)、自転車バイクの派手な転倒(出血あり)、

ランニングしてたっぽい人が倒れて反応なし・呻いていて応答出来ずなのを発見した時である

こちらも必ずしもその場に留まる必要はないっぽいが一応救急車が来るまでその場にいる

何歳くらいに見えるかという質問をされるのがすごく困る

明らかにちゃん場合高齢者の方ですとしておくが、アラフォーからアラ還くらいが困る

何歳なのかさっぱりわからんし間違ってたら失礼な気がするし

仕方ないので中年男性女性40歳以上だと思うとしている

あとどこが辛いといってますか?も困る。だいたい問いかけも反応がないか呻いてるだけである

 

110番119番は(当事者がするので)しないが交通事故にも変わらずよく遭遇する

ちなみにペーパードライバー職業ドライバーだったり日常的に車を利用していたりはしない

それでもなんか知らないがよく遭遇する

たとえば友人の車に乗車中に信号のないT字路で一時停止しなかった車に横腹突っ込まれるとか

ワイが事故引き起こしたわけでもないし保険から金は降りるのだが非常に気まずい

あとはタクシーに乗ってる時に他の車が正面衝突とか、車間距離詰め過ぎだろって思ってた車が案の定カマ掘ったりだとか、

歩いてるときクルマが派手に縁石に乗り上げてコケたりだとか、ガールレールに派手にぶつかったりだとか(どれもドライバーは無事だった)

あとワイ自身も徒歩で横断を渡ってる最中歩行者無視して左折してきた車に轢かれた

この件はワイ自身当事者だったので自分警察救急電話した

交通量の多い交差点だったのと意識ははっきりしていたので通報しながら加害者の車に乗ってすぐ近くのコンビニまで移動したが

なぜ移動したのかと警察官に言われたことは今でも覚えている。本当、警察官はクソ。なお身内にも警察はい

救急車というか救護隊の人はすごく親切だった。こっちも身内にいるが爽やかで親切である。謎の上下関係があるとはとても思えない

 

 

マゾ豚、交通事故及び道端で倒れる人以外にもエンカウントし過ぎなものがあるが、面倒くさくなったのと気が滅入るので

今回は書くのやめておく

2021-06-09

生徒9人「熱中症疑い」で救急搬送女子生徒が重症 高校の体育授業中

五輪は中止したほうがいいね

コロナマスクつけて35度で突っ立ってたら次々に倒れそう

娘を死産した

娘を死産してちょうど1年が経った。

今日ニュースを見て、このエントリを書いている。

妻とは大学サークル出会って、5年間付き合って結婚した。

お互いに3人兄弟末っ子で、子どもは最低でも2人欲しいね、なんて話をしていた。

でも子供は何年経ってもできず、不妊治療を始めることになった。

今は夫婦の3組に1組は何らか不妊治療をしているらしい。まったく珍しくもなんともないことだ。

妻は仕事をしながら文句一つ言わず不妊治療をしてくれた。

不妊の原因はわからず、結局1年間かけても成果が出なかったので、高度不妊治療に移ることになった。

そして、本当に本当に運よく、1回目の体外受精で妻は妊娠した。費用は合わせて100万円くらいで済んだと思う。

不妊治療はゴールが見えない。何百万円もかけて、結果が出るかどうかもわからない。

多くの場合不妊の原因すらわからない。あらゆる面で、つらく厳しい治療になる。

である僕も何度か同行したが、不妊治療のクリニックの雰囲気形容しがたいものがある。

あれは本当に強靭メンタル必要だ。もしこれを読んでくださっている方で、奥さん不妊治療をしている人がいたら、ぜひ1度でいいから一緒に行って隣に座っていてあげていてほしい。それだけでいい。

僕たち夫婦は、家族、ごく親しい友人数人に妊娠事実を伝え、ひっそりと妊娠生活を開始した。

幸い妻にはつわりがなく、安定期に入った。安定期に入っても周りにはほとんど言わなかった。

あの不妊治療のクリニックの雰囲気を見てしまうと、簡単気持ちで周りには公表できなかった。

安定期に入って性別も教えてもらった。女の子だった。

少し奮発して、4D超音波エコーというのを撮影した。おなかの中の子どもは、一人の完全な人間の形をしていて感動したことを覚えている。

妊娠して5か月目に入り、妻が倒れた。

急に夜中に激しい頭痛で動けなくなり、タクシーで妻のかかりつけの総合病院救急外来に向かった。

診察の結果、血圧がかなり高いとのことで、入院して様子を見ることになった。

病院先生からは、夫婦同席の元、最悪のケースを想定した病状の説明がされた。

なんで医者はこんなに不安をあおるような言い方するのかな、なんて夫婦で話をしていた。

でも、入院して2週間経っても、妻の病状はよくならなかった。

医者から、妻の病状を専門で診られる他の病院セカンドオピニオンを受けてほしいといわれた。

妻は、小さい頃からお世話になっているこの病院で産みたい、ほかの病院に移るのは嫌だと言った。

僕は、専門の先生に一度診てもらうだけだから、と妻を説得して、紹介された病院に向かった。

病院の診察室に入ると、大部屋に10人くらいの医者が待ち構えていた。

この瞬間、あぁ、妻の病状はかなり悪いんだ、と気付いた。

一番歳がいったベテラン医者から、妻の今の病状について説明があった。正直内容はほとんど頭に入ってこなかった。

唯一覚えているのは、赤ちゃんの命よりも、母体の命を優先する、という言葉だった。

診療が終わり、なんで医者はこんなに不安をあおるような言い方するのかな、と妻は話していた。

しかしたら、ダメかもしれない、なんて僕の口からは口が裂けても言えなかった。

そのままその日から転院になり、より強い治療が始まった。

別の日に、改めて治療方針について医者から話があった。また部屋には10人くらい医者がいた。

1日でも長く、赤ちゃんお腹の中で成長させるために、できる限りの治療をする。

ただ、もし病状が改善しなければ、赤ちゃんを外に出す。

赤ちゃんの命よりも、母体の命を優先する。

妻は泣いていた。

それから妻は、弱音一つ吐かずに、毎日注射をし、薬を飲み、手術までした。

会社健康診断血液検査で倒れる僕からしたら、本当に尊敬しかない。

かなり強い治療を続けたが、妻の病状は良くならなかった。

二週間後、主治医から夫婦同席の元で今後の治療について説明したい、と言われた。

ついに来てしまったと思った。

妻には、一度外で待っていてほしいと伝え、僕が先に個室に入った。

妻が横にいると、僕自身が耐えられないと思った。

最初治療方針説明してくれたベテラン医者は目をつむって部屋の端で静かに座っていた。

その隣で、他の医者から今の妻の病状について説明された。医者も少し涙目になっていた。

もう妊娠を続けることはできない、一日でも早く子供を出さないと妻の命が危ない。

赤ちゃんの命よりも、母体の命を優先する。

妊娠中断のサインをしてほしい。

僕はわかりました、と言って、妻を呼びにいった。

席に座った妻に対して、医者が話し始める前に「やっぱり、赤ちゃんダメだって」と声を振り絞って、妻に言った。

これから人生、こんなに悲しいことはもうないんじゃないか、と思った。

でも、妻がもしいなくなったら、もっと悲しい、それだけは確かだった。

妻に隠れて自分も泣いた。

正直、ここから先の記憶はかなり曖昧だ。記憶を消そうとしている自分に抗って、今思い出しながら書いている。

妊娠中断の合意書へのサイン、両親への連絡、会社への連絡、そして休むことな出産の準備に入った。

この時期になると流産はできず、陣痛を誘発して普通に出産することになる。

違うのは、赤ちゃんは外に出ても自分の力で息を吸うことができない、ということだけだ。

数日後、予定通り娘を出産した。

夫婦と娘、3人で写真を撮り、短い時間だが3人で一緒の時間を過ごした。

息つく暇もなく、葬儀業者に連絡をし、両親を呼び、あっという間に葬儀が終了した。

妻の体調は、入院時の体調が嘘のようにみるみる回復し、1週間で退院できることになった。

妻は、命をかけて娘を産んでくれた。

死なんてものは世の中にありふれている。夫婦にとって特別な死も他人には関係ない話だ。

こんな話、誰かに知ってほしいとも思わない。

でも、妊娠には、あの時こうしておけば、何かしてあげられたのでは、なんてないことだけは伝えたいんだ。

誰も悪くないし、どうか自分を責めないでほしい。

夫婦二人いれば、時間が経てば、きっと乗り越えられます

お二人の未来が明るく照らされるよう心から願っています

こんな自分勝手なエントリ最後まで読んでいただいて本当にありがとうございました

2021-06-08

anond:20210607235553

救急車呼ぶべきかどうか迷ったら、

♯7119

これを知ってるか知らないか生存率も救急隊員等への迷惑度も色々変わる。

https://www.fdma.go.jp/mission/enrichment/appropriate/appropriate007.html

(稀に迷わず即決で119しとけってケースもあるからあくま自己責任で)


それはそうと、結構生活習慣病とか加齢でリスクある年代(かつ不健康に生きてる人達?)は、まわりの救急搬送エピソードを聞いてしまってるぽい。

不満の多くが、”全然望んでない病院に連れていかれてめっちゃ望まない入院させられた”であるらしい。

救急車呼んでギリギリ助かるメリットより、救急車によって色々面倒な病院強制的に連れてかれるデメリットが勝つみたいな。

うちの親父がそう思って、地力病院行ってギリギリ診察間に合って生き永らえたんだけど、夜間とかで救急やってる病院が望んでないとこしかないとかだったら翌朝まで様子見ようかってなってた可能性もある。

たまたま症状が脳梗塞であれは一刻を争う(親父もその知識はあった)から多分どうしようもなければ救急車呼んではとは思うけど、

これは救急車案件みたいなフローチャートが出回ってないから、もうちょい気合入れて普及しておくべきよね。

2021-05-29

ピアスが耳の中に入った話

ピアスが耳の穴の中に入ったので、その事を書こうと思う。

最後にまとめを書いたので、読むのが面倒臭いならまとめだけ読んだらいいと思う。

私はピアスが好きで、右耳に3つ、左耳に5つ開けている。右耳は全てロブ(耳たぶ)で、左耳はヘリックスが2つ、トラガス、フォワードヘリックス、ロブが2つ。

位置検索して見て欲しい。

今回耳の穴に落ちたピアスはトラガスのピアスだった。

トラガスは耳の穴の近くの顔側の出っ張った軟骨部分で、ピアス好きなら一度は憧れる部位ではないだろうか。

落ちたピアススペックシャフト(棒の長さのこと)が8mm、ゲージ(太さのこと)は14Gのラブレットスタッド

ラブレットスタッドはいわゆるボディピアスで、ボールで挟まれタイプストレートバーベルとは異なり、片側が平べったくなっているタイプピアスである。ボディピアスはネジ式が主でボールモチーフを取り外してつける。

ラブレットスタッドは片側が平べったいのでトラガスや口内など、ボールがあると邪魔な部位に必須レベルで使われている。

耳の穴にピアスを落とす事例で多いのはボールキャッチを落とすことではないかと思うが、私が今回落としたのは棒の部分だった。穴の中に8mmの棒が入っていると思った時はすごく怖かった。

落とした時のシチュエーションを書く。

私は耳かきが好きで、寝る前は特によくしている。耳かきを済ませて布団に寝転びそのまま就寝。

次の日、起きるとトラガスのピアスがついていなかった。トラガスにつけていたピアスは緩みやすく、よくキャッチ部分を無くしていたので「起きたら探すか、棒部分も近くにあるだろう」くらいの気持ち二度寝した。

授業があるので二度寝から目覚め、枕元を探したがない。ピアスがどれだけ探しても見つからない。

ここで耳に違和感があった。左耳(トラガスがついている方)が聞こえにくいというか、膜が張ったような感じだった。

突発性難聴的な病気を疑ったが、前日にかなりグリグリ耳かきでいじくり倒していたので、そのせいかと思い普通に授業を受ける。明日になっても治っていなければ病院に行こうと考えていた。

その後、ピアスキャッチ部分はリビングで見つかったが、棒部分が見つからない。

授業も終わり、食事も終わった頃でも耳の違和感は消えなかったため、親に耳の中を見てもらうと「何か奥が光っている」とのこと。

まあ鼓膜は多少光を反射したりしてるし、鼓膜が特に光る日もあるだろうと思っていたが、親曰くその光り方が金属のようなものらしい。

動画を撮ってもらい、私も私の耳の中を確認したところ、確信した。

「あっ、これ探してたピアスだ」と。

写真ではなく動画なのは写真だと耳の穴の中にピントが合いにくいのと、動画ならライトをつけたままで撮れるからであるそう、iPhoneならね

耳の穴の中にピアスという異物が入っていると気づいた時の恐怖は半端なかった。片方がディスク状の8mmの棒が、耳の中に入っている。

恐怖でしかない。

まずここで考えるのは病院に行くことである

耳なので、耳鼻科を探す。時間20時過ぎ。普通耳鼻科は開いていない。行くとすれば救急外来

救急外来に行く前に、すぐに病院に行った方がいいか相談ができる救急安心センター事業というサービス(?)に電話した。#7119で繋がるので、普段から覚えておくといいかもしれない。

相談の結果、「病院には行った方がいいが、家から車で40分ほどの場所しか耳鼻科医がいる救急外来がない。その病院は22時〜0時まで受け付けている。危なくなさそうなら朝イチで近所の耳鼻科に行く。」だった。

とりあえず親と相談して救急外来は保留に。

しかし落ち着かない。とにかく落ち着かない。

親にもう一度耳の中を見てもらうと、「ピアスと耳との間に隙間があって取れそうかも?」とのこと。

痛かったらやめる、これ以上奥に行かないように注意を払いつつ、薄い耳かきとピンセットを使って親に試してもらった。

ピアスディスク部分が奥に、シャフト部分が外側に落ちていたので、シャフト部分を掴んで外に出すか、引っかかっているディスク部分を移動させて取る作戦でやってみた。

結果、取れた。

耳かきシャフト部分を掴みやすく移動させ、輪ゴムを片側に巻いたピンセット(金属同士は滑るため)でシャフト部分を掴み、取り出した。

4〜5時間かかった。

今回は親に取ってもらう形でなんとかなったが、もしこれを見ている耳の中にピアスを抱えている人がいるならば、絶対病院に行った方がいいと思う。

まとめ

・穴に落ちたピアスはトラガスにつけていた8mm 14Gのラブレットスタッド

ディスク部分が耳の奥に、シャフト部分が外を向いた形で落ちた。

・寝てる間に耳の中に入ったのと、耳の違和感を前日の激しい耳かきのせいにしていて気づくのが遅かった。

・耳に違和感があるならすぐ病院へ。突発性難聴などの病気可能性もある。

・見てもらうだけなら家族に耳の中を見てもらうのもありかも。

絶対自分でいじらない。

ピアスのネジの緩みは頻繁に確認した方がいい。あまりにも頻繁に緩むようなら個体差可能性があるので、買い直すのも手。

そもそもピアスを外せそうなら寝てる間だけでも外した方がいいかも。

・耳に何か落ちたら病院に行こう。

2021-05-23

anond:20210523154346

だいたい、高齢者すら優先して接種すべきかどうかは自明のことではなくて異論もあるというのに、他の属性グループについてもいちいち慎重な検討はしてられないでしょ。医療従事者ですらまだまだ接種が進んでないというような状況で。(他にも、介護従事者や警察消防救急隊・自衛隊保育士教諭など、優先接種が検討されてもおかしくはなさそうな属性グループはいろいろあるけれども、彼らだって現状では、、、)

要するに、緊急時には拙速の方がマシということ。

ネトウヨ職業」で検索できる人を教えて

目的

Googleで「ネトウヨ○○(○○には職業が入る)」を検索し、表示される結果1ページ目に該当人物のプロフィールが分かるページ(公式サイトWikipediaなど)が表示される人、

まりは「○○界を代表するネトウヨ」と呼ぶべき人物がどれくらいいるか知りたい。

https://www.google.com/search?q=%E3%83%8D%E3%83%88%E3%82%A6%E3%83%A8%E4%BD%9C%E6%9B%B2%E5%AE%B6

https://www.google.com/search?q=%E3%83%8D%E3%83%88%E3%82%A6%E3%83%A8%E6%95%B4%E5%BD%A2%E5%A4%96%E7%A7%91%E5%8C%BB

https://www.google.com/search?q=%E3%83%8D%E3%83%88%E3%82%A6%E3%83%A8%E9%AD%9A%E5%B1%8B

該当しない例

なぜか古谷経衡(ネトウヨ批判的な評論家)が表示される。

物理学者として有名なわけではないからかな。

匿名から表示するべきプロフィールがないだけで、該当する方に入れてもいいかもしれない。

こちらも同様。

2021-05-15

2021年5月14日 菅総理会見 江川紹子記者質問

テレビで見ていたら、江川記者の会見の途中でブチ切りされてしまったので動画でみました。

こちらもいい質問だったのでメモしておきます

動画こち

https://youtu.be/rp5pG1P3JQs?t=2444

江川紹子記者質問

フリーランス江川紹子です。よろしくお願いします。

オリンピックのことについてお伺いいたします。

政府はですね、選手を守るということについては、すごくいろんなの工夫をされてると思うんですけれども、選手以外にそれよりはるかに多い最大9万人の外国人来日するという風に伝えられております

前回の記者会見でフランスラジオ局記者がですね、海外報道陣のことをあげていろんな取材をするつもりですと、行動監視物理的に可能でしょうかという風に質問されたのに対して、首相は「選手以外の方は様々な制約がある、水際も含めてあります」としかお述べになりませんでした。

例え自主隔離を求めてもですね、守るとは限らないということもあります

五輪関係者競技団体も含めて同じです。どうやってこの9万人もの人の行動をチェック、この人達一般ホテルに泊まるので、一般人と接触する可能性が大いにあるわけです。

この問題をどういう風にするつもりなのかを「具体的に」示していただきたいというふうに思います

そしてまた尾身先生がですね、国会五輪に関して感染リスク医療の負荷について前もって評価をして欲しいという風に述べられたと思います

これについてですね、政府はどう対応するのでしょうか。

そういう色んなケースを想定して評価をするという場合には、それは国民にきちんと根拠と共に示していただけるのか、この事をお伺いするとともに、尾身先生にはその先ほどの感染リスク医療の負荷についての評価必要理由についても教えてください。

菅総理 回答

まず私から申し上げます

前回の質問の際にマスコミの方が確か3万人ぐらい来られるというような話だったと思います。今そうした方の入国者というんですかね、そうしたものを精査しまして、この間出た数字よりもはるかに少なくなるというに思いますし、そうした行動も制限をする。

そしてそれに反することをついては、強制的に退去を命じる。まぁそうしたことを含めて今検討しております

ですから一般国民と、関係者が来られた人とは違う導線で行動してもらうようにしてますし、ホテル特定ホテルに、国として指定をしておきたい。指定をしてそうした国民接触することはないようにとか、そうしたことを今しっかり対応してる途中だという報告を受けてます

江川記者が自席から声を上げる

江川紹子「評価については?」

司会「すいません、自席から発言を控えください」

江川紹子「だって答えていただいてないので。感染リスク医療の負荷についての評価をして欲しいという尾身先生からのお発言について、実行するつもりはあるのか、というのを伺いました」

菅総理 回答

この行動指針を決める際に、専門家の方からも2人参加、あのメンバーになって頂いて、相談しながら決めさせていただきます

尾身先生 回答

今のご質問は、なぜ評価をしなくてはいけないか、ということですけれども、

実は今なぜこれだけ多くの人がオリンピック関係なしに不安に思っているかと言うと、感染者が500行った、600行ったということよりも、医療の負荷というもの一般医療に支障が来て救急外来も断らなくちゃいけない、必要な手術も断らなくちゃいけない。しかも命に直結するような、ところまでという状況になっている。さら医療の逼迫というのが重要なのは、これからまさにワクチン接種というところに医療の人がまた要る。

さらに色んな人が、オリンピックだろうが何だろうが、多くの人が来れば、コロナ

かかるか、かからいかに関わらず、多くの人が来ると一定程度必ず何かの具合の悪くなるというようなこともあるわけですよね。

そういう中で私が申し上げた理由は、いずれ私は、関係者の方はなんだかの判断を、遅かれ早かれされると思うんですけど、それは開催を仮にする、仮にするとすれば、前の日にやるわけではないですよね。

当然 X 週間、 X day、X month を、時間的余裕をもってやるわけで、その時の医療への負荷

というものはその時分かりますよね。で、医療が本当にかなり良い状況、中くらいの状況、いろいろ分け方あると思いますけど、その状況に応じて、仮にオリンピックをやるんであれば、そのX数週間後にどのぐらいの負荷で、非常に状況が悪ければ更なる負荷ってことになりますよね。

その事をある程度を評価するのは、これはオリンピックを開催する人たちの、私は責任だと思います、ということで申し上げたということだと。

私の感想

具体的な対策については下記の疑問があり、具体性に乏しかった。

感染リスク医療の負荷について前もって評価するかは未回答だった。

また、記者の更問いを許さないとまともに回答してもらえない。今回は江川紹子記者が強引に声を上げて回答を引き出せたが、そうでもしないとまともに回答してもらえない状況は、やっぱりおかしい。

2021-05-14

横取り接種の問題で気になっているところ

 これは大前提だと思うが、ここから意見が違う人もいるのかもしれない。

 ここが今は一番に気になる。

 誰に接種するかのルール自治体議会等で合意もされていないのに、役得接種は自治体運営として悪手でしかない。

 (個人的には市長とか教育長よりも、救急隊員とか優先して欲しい)

 ワクチン量が些少のうちは誰を優先するかはシビア評価必要だと思う。

 飽和するほど供給されてから、数が多ければ良いになるのではないだろうか。

 検証は後でいいけれど点検必要に思う。

2021-05-13

anond:20210513211558

でも君が飛行機の中かなんかで急病になった時、全くの一般人美容外科医、どちらに救急処置をしてもらいたいと思う?

そういうことじゃないの

まあ救急隊員とかの方が優先すべきなんじゃないかとは思う

2021-05-11

悲報菅総理、壊れる 国会騒然

動画

https://video.twimg.com/ext_tw_video/1391681513209532426/pu/vid/480x270/Fn1pMISMLwpM-2RI.mp4

蓮舫医療体制が逼迫していて救急搬送困難者が増えています

総理、もしオリパラ指定病院オリンピック選手日本人搬送困難事由の人が来られた場合、どちらが優先されるのですか?」

菅「海外競技者および行動規範を~」

蓮舫「な、なんの話をしてるの(小声)」

皆ざわつきだす

菅「なんたらかんたらなんたらかんたら」

蓮舫「止めてください。止めてください!」

菅「なんたらかんたらなんたらかんたら」

蓮舫原稿が違います!」

菅「…げ、厳格なぁ!行動管理実施しましたのでぇ!そうした可能性はきわめてうすうす薄いと思います!(半ギレ)」

蓮舫「やだぁ!さっき(前の質問回答)の繰り返しじゃないですか!」

官僚が菅に教えに行く

https://i.imgur.com/czXRAZC.jpg

https://i.imgur.com/mbKacWi.jpg

56:30~

https://youtu.be/RJpiVyKra4c?t=3328

2021-05-10

anond:20210509223610

神戸市内の民間病院コロナ病棟勤務の看護師をしている。

当院は軽症〜中等症の病棟のはずが、先月くらいからずっと人工呼吸器の患者がいる。

その頃からウォークインで救急受診して即挿管レベル患者でも神戸市内の重症病床への転送が断られ始めたような記憶

医療圏を越えた広域救急の受け入れもそこそこ。保健所FAX送信先神戸市ではないのでどうするのー?と迷う。

最近主治医の転棟OK判断があれば、PCR陽性でも人工呼吸器装着中でも、一般病棟ICUに押出しでコロナ病棟のベッドを開けて受け入れしている状況が続いている。そして開けたベットにはその日に次の患者が入る。なので休み明けだと初めて看る患者情報収集から。ということが増えた。

一般病棟ICU負担は大きいと思う。コロナ病棟○ねって思ってるんだろうなと感じながら毎回申し送りに行っている。

神戸市病院群も重症患者ギリギリなんだろうと思う。最近、え?こんなコロナ患者さん看れないの?って軽症患者転送が何件か続いてあった。たぶん、軽症のベッド・スタッフ重症シフトしてるんだろう。

これは口頭で聞いただけなので真偽はわからないけど、どこかの市民病院からコロナ治療撤退した人工呼吸器患者転送依頼が当院にあったらしい。断ったみたいだけど。あと、自宅待機の患者さんも先生達は診ていて、入院している人の誰よりも肺が真っ白だった!って言っていたことがあった。

ヒト・モノ・カネの支援はいろいろ受けているみたいなので頑張ります。国・兵庫県神戸市も何もしてないわけではないんだろうけどね…。個人コロナ病棟勤務のお小遣い貰えました。ありがとうございます

あと、保健所は深夜・週末いつでも電話繋がるし、電話口の人の声が暗いし辛そう…頑張ってください!

2021-05-04

母をコロナで亡くした

去年の年末に、大阪市内暮らしていた母が突然倒れた。原因はコロナだった。

母が倒れてから亡くなるまでの経過を、当時つけていた自分日記から転載していく。

日記の部分は長いので、時間のない方は最後の所感だけでも目を通してほしい。)


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2020/12/17(木)

夕方17時頃、仕事中だった。叔母から私の携帯に連絡があり、実家で母が倒れたということを知らされる。

この時点で、電話からは「母はコロナ感染していて、心肺停止状態だ。救急搬送されて今は病院にいる。」という情報が耳に入ってきた。

いきなりだったので何のことか理解が追いつかずにうろたえていると、とりあえず搬送先の病院に連絡してほしいと言われる。

母がコロナ感染しているということもショックだったが、心肺停止ってどういうことだ?感染が判明して、いきなり重症化したってこと?

とりあえず病院電話をかけると、担当医師から、母の現在状態説明するのですぐに病院まで来てほしいと言われる。

慌てて職場を飛び出して病院にかけつけた。母はコロナ感染の疑いがあるということで、面会は禁止されていた。

遅れて病院にかけつけてきた姉と共に、ICUの前で医師から説明を受ける。

今日のお昼前に、実家で母が突然倒れた。側にいた父が気づいて、すぐに救急要請し、救急隊員がかけつけてくれた。

その時点ですでに心肺停止状態だったので、病院まで搬送される間に心臓マッサージ等の蘇生処置が取られた。

すると、止まっていた心臓が動き出した。その状態病院ICUに運び込まれた。

精密検査をしてみると、膝に血栓ができていることがわかり、それが肺に飛んで、肺がつまって呼吸ができなくなり、それに伴い心臓も停止したらしい。

現在意識はなく、心臓を動かす薬を最大限に投入して、さら心臓を動かす装置を取り付けて、無理やり動かしている状態だという。

蘇生処置の時に折れた肋骨が肺に突き刺さっていて、身体に大きなダメージが出ている。

心肺停止中に脳に酸素が届いていない時間が長かった為、脳にも大きなダメージが出ている可能性が高い。

今夜間か翌日中には、また心停止する可能性が高く、そうなったときにはおそらくもう助からないとはっきり言われた。

コロナ検査も行われていて、2種類ある検査の内の1つ目では陽性と判定が出ている。もう1つの検査で陽性と出れば確定らしいのだが、それは明日に結果が出るとのこと。

そしてここで、医師から重要決断を迫られることになる。

次に心停止した場合には、心臓マッサージ等の蘇生処置を取るかどうか確認されたのだ。

姉と二人でしばらく悩んだが、心停止した場合には、もう蘇生処置は取らずに自然に任せてくださいと回答した。しんどい

コロナ陽性の疑いがあるので母とは面会することはできないのだが、看護師さんのご厚意でリモートで面会させてもらえることになった。

姉のスマホと私のスマホラインビデオ通話でつなげておき、その状態看護師さんが防護服を着て、母の病室に姉のスマホを持ち込んでもらい、私のスマホから母の様子を見せてもらったり、話しかけたりさせてもらえた。

母の意識はないし、当然反応もないのだが、様子は大体わかった。口に管をつながれてつらそうな感じだった。気の毒で涙が出そうになる。

その後は、ICUの前で待機することもできないので、一旦帰宅することにする。

看護師さんから、次に病院から連絡をもらうタイミングをいつにするか確認された。母が心停止した時に連絡してもらうことにする。しんどい

しんどい決断ばかり次々と求められる。

帰り道のタクシーの中で姉と少し話をしたのだが、どうもよくわからない。

同居していた父から少し話を聞いた感じでは、母は一週間くらい前から喉が痛かったり咳が出たりして、具合が悪そうだったらしい。

母は今年で73歳。基礎疾患などはなく、最近まで健康のものだった。

コロナ感染すると、風邪に似た症状が続いて、その後いきなり重症化するというのは知識としてあったが、膝の血栓が肺に飛ぶとはどういうことなのだろう。コロナと何の関係があるのだろうか。血栓ができやすくなるというのは聞いたことがあるような気がするが、それのことなのだろうか。

コロナ 血栓」でネット検索して色々調べると、やはり血栓ができる可能性が高くなることが最近わかってきつつあるというニュース記事トップにあがっていた。


2020/12/18(金)

から仕事に行く。急ぎの仕事を手っ取り早く片付けておく。

日中いつでも病院からの呼び出しに応じれるように身構えていたが、結局連絡はなかった。

一日ハラハラして気がかりで落ち着かない。

気を抜くと涙が出てくるので、気持ちを抑え込むのに精一杯だった。

まり頭が回っていないので、頭を使わない単純作業を中心にこなしていた。

昼過ぎに姉から連絡があって、母のコロナの残りの検査の結果がわかった。母はコロナ陽性で確定らしい。

同時に、同居していた父が濃厚接触者になってしまうとのことで、思わず頭を抱えてしまった。

母だけではなく、父まで感染したとなっては目も当てられない。


2020/12/19(土)

保健所から実家に連絡があって、父のPCR検査の日程が決まったらしい。次の月曜日だ。

もし陽性だったらどうしようと思いながらも、その可能性は高そうだと覚悟を決める。

とりあえず、保健所から要請で、当面は父は自宅から外出することは禁止されているので、その間の食料品などの物資供給を、私がサポートすることになった。実家とは電車で15分ほど離れた場所に住んでいる私が、姉と比べると比較的近所だということで、私の担当になった。

午前中に父から必要ものの注文をメールで聞いて、午後から実家近くのスーパーに行って買い物した。それを実家玄関先に置いておく。父と顔を合わせることは絶対にしてはいけないので、ピンポンダッシュした。


2020/12/20(日)

今日も父から注文が入ったので、救援物資を届けに行く。昨日は食料がメインだったが、今日日用品が多かった。

父のPCR検査だが、タクシーで来るように指示されているらしく、お金を払う時に手間取らないように千円札10枚を封筒にいれて、それも救援物資と一緒に届けておいた。

帰宅後、姉とラインで、母の感染経路が本当にわからないという話をした。

からの話では、最近の母は普段から買い物や銀行くらいしか行っていなかったそうなのだが、どこで感染したのかが本当にわからない。

不織布ではなく、自作した布マスクをしていたから、それで防御力が弱かったのだろうかとか、そのくらいしか要因が思いつかない。


2020/12/21(月)

から普通に仕事に行く。

昼過ぎに、姉から連絡あり。病院から電話があって、母が元気になってきているらしい。

一時は危なかったが、今は心臓ちゃんと動いてきた。血圧も元に戻ってきたとのこと。

父のPCR検査も無事に終わったらしい。

検査は市内の大学に併設の病院でやっていたのだが、大学建物の中ではなく、小さなテントの中でやっていたらしい。

テントの中には小さなヒーターが置いてあって、他にも何人か来ていたが、間隔を開けて並んでいたそうだ。もちろんお互い会話はなし。

検査は一瞬で、「上を向いてください、チクっとしますよ」って言われて、鼻から管みたいなものを入れられてすぐ終わったらしい。

検査費用はかからなかった。保健所からの指示で受ける分には無料らしい。


2020/12/22(火)

昼頃に父からメールが入り、検査の結果は陰性だとわかった。

ひとまずほっとした。

これから2週間の間はまだ外出禁止で、保健所から2日に一回連絡があって、健康状態を聞かれることになるらしい。

どうして一緒に暮らしていても、感染しないのかが不思議だった。

そのことをラインで姉と話し合ったが、よくわからないという結論で終わってしまった。

最近コロナ変異して感染力が上がっている?母はそれで感染したのか?

でも、父には移っていないのが謎。かかりにくい人とそうでない人がいる?


2020/12/23(水)

から電話で連絡があった。

保健所から勧告書」が届いたとのこと。

どうも母に対する勧告書のようで、コロナから回復した際には、他人接触する仕事をしたら罰則があるとかそういうことが書かれているらしい。

母が回復することはあるのだろうか。なんとか意識が戻るところまでいってくれないだろうか、そんなことばかり考えてしまう。


2020/12/24(木)

母が倒れて今日でちょうど一週間。病院からの連絡は特に何もない。

どうなっているのかが気になる。


2020/12/25(金)

今日仕事納めだが、明日から休みになるという開放感がまるでない。

頭の中は母のことでいっぱいだ。


2020/12/26(土)

父に救援物資を届けに行った。

母が倒れてから実家に帰る頻度が上がっているが、家の中には絶対に入れないので、あまり帰宅した感触がない。


2020/12/28(月)

家でぼんやりしていると、夕方16時頃に、母の担当医師から連絡があった。

母の症状は横ばいで、もう睡眠薬は与えていないが、ゆさぶったりしても反応はなく、意識が戻らない状態であるということ。

そして、12/24(木)に2度目のPCR検査を行ったが、結果は陰性に変わっていたとのこと。

意識を失っている間にコロナから回復したのだ。

1/4(月)から一般病棟に移ることになるので、そのタイミングで面会できる機会を設けると言われた。

一般病棟であっても原則面会は禁止なのだが、今回だけ特別に認めると言われた。

そこからは、今後の治療方針の話になった。

もし今後、血圧が下がっていったり、酸素の取り込み状態が悪くなるなどした時に、心臓マッサージ血圧を上げる薬の投与をするかということを尋ねられた。

どちらも体に負担をかける行為になってしまうが、どうしますかと訊かれた。

「今後、母の意識が戻ることはあるんですか?」

心停止していた時間が長く、脳に酸素が届いていない時間が長かった為に、再起不能なまでにダメージがきているので、回復は難しい」

とはっきり言われた。

じゃぁ、と思った。

今の母は、死ぬのを待っているだけの状態ということなのか。

徐々に死に向かっていくのを、ただ見送ることしか私達にはできないのか。

そのことを踏まえたうえでの選択だ。

姉と電話小一時間相談した結果、母の容態が悪化した際には積極的回復処置は取らずに、自然に任せる方針でいくことにする。

肉親の生死に関わる方針を、こんなに短時間決断していかないといけない残酷さに打ちのめされた。しんどい


2020/12/29(火)

今日病院から姉に連絡があったらしい。

母の症状は横ばいとはいえ、高熱が出ていたり、少しずつ呼吸が弱くなっていったりと、厳しい状態であるらしい。

それを聞いて、またしんどくなってくる。

実家へ、四度目の救援物資配達に行った。今日は姉にもついてきてもらった。

保健所によると、明日で父の外出禁止は解除になるらしい。なので、配達するのも今日最後になるだろうとのこと。

墓参りのことを父が気にしていたので、それもあわせて行ってきた。

姉はお金を触ったり、玄関ベルに触ったりするたびに、逐一手をアルコール消毒していて、結構神経過敏になっているみたい。

でも、大阪市内に入ったら、そこまでしないと今は危ないのかもしれない。


2020/12/31(木)

父によると、母の友人から、自宅に電話がかかってきたりしているらしい。

携帯がつながらず、音信不通になっているので、母のことを心配しているのだろう。

ちょっと家の用事で忙しくしているということにして、父が適当ごまかしているようだ。


2021/1/1(金)

元旦だが、一日家でじっとしている。

何もする気になれない。


2021/1/3(日)

姉とラインで少し話しをした。

父の生活をこれからどうサポートしていくか?

いままで母がやってあげていたことが全部抜け落ちてしまうので、それをどう拾い上げていくか?

ごはん生協のお弁当配達を使うとか、家事も最低限やりやすいような形を模索していくとか、色々とそんなことを相談した。


2021/1/4(月)

今日仕事初めだったが、なかなか集中して仕事に取り組めなかった。休憩多めでなんとか乗り切った。

今日から母が一般病棟に移る。でも、コロナの影響で、一般病棟であっても面会は全面禁止らしい。

でも、この間医師から連絡があったように、条件付き(一度に二人までの入室、事前に検温すること)で一度だけ面会が許可されるとのこと。

今日は、父と姉が二人で面会に行くことになった。

面会に行った時の様子を姉からラインで聞いた。

人工呼吸器が繋がれているので、口の周りは痛々しいけど、それ以外はそんなに変化はなかったらしい。

しかけたり、手をさすったりしたけど、反応はない。手はすごくむくんでいて、結婚指輪が入らないので外されていたらしい。

母が救急搬送を受けた時に身に着けていた衣服が返却されてきたけど、ビニール袋でぐるぐる巻にされていたらしい。ウィルスはもう消えていると思われるけど、空ける場合洗濯して欲しいと看護師さんから言われたとのこと。なんか怖いからそのままゴミの日に出すことにしたらしい。

私は、明日一人で面会に行くことになる。


2021/1/5(火)

仕事を途中で抜けて、お昼すぎに母の病院へ面会に行った。

ところが事前の検温で37.4度が出てしまい、病室には入れてもらえなかった。また後日来てくださいとのこと。

もよりの駅から病院まで20分くらい歩いたので、体が温まっていたのかもしれない。

また金曜日あたりに行こうと思う。

次は駅から病院までタクシーで行って、コートは脱いで、事前に一階で体温を何度か測って安全なのを確認してから挑むことにする。


2021/1/6(水)

病院からの連絡がないので、母の様子に変わりはないのだろう。

毎日しんどいのが少し薄れてきたような気がする。

もう母が倒れてから三週間近く経つからだろうか。この異常な状態にも、体が徐々に慣れてきているのかもしれない。


2021/1/7(木)

東京で2500人くらい感染者が出ているらしい。

首都圏緊急事態宣言が出たが、大阪ももうすぐ出ることになるようだ。


2021/1/8(金)

母の面会に行ってきた。

仕事を抜けて、最寄り駅まで電車で移動し、そこからタクシー病院まで行った。

1階ロビー腰掛けて、自分で持ってきた体温計で検温してみたら36.5度だったので、今日大丈夫であることを確認して7階へ。

「お待ちしてました。お熱どうですか?」と看護師さんから言われ、「さっき測ったら36.5度でした」と応えると「じゃぁ、入ってください」と言われる。

母は口に管を入れられていて、そこだけ痛々しかったが、鼻から上は顔色もよく、穏やかな表情だった。

10年ほど前に咽頭がんで亡くなった義父が、亡くなる直前、意識を失った状態でとても苦しそうな表情をしていたのを覚えていたので、そのイメージで予想していたのだが、ぜんぜん違った。まるで眠っているみたいに見えた。

姉が言っていたように、手はむくんでぱんぱんだった。手と二の腕を握りながら何度も話しかけてみたが、反応はない。

いまにも目を開けて起き上がってきてもよさそうな感じがするのに、そうはならなかった。

時々、母がつながっている機器からピコピコーン!」というアラート音が鳴るので、それが母にとってうるさくないのかなと気になった。

面会する時には、看護師立ち会いで、時間は5分だけだと事前に聞いていたのだが、看護師さんはすぐ病室からいなくなって、その後も一切呼びにこなかったので、結局一時間くらい母の側にいた。

時間くらいたって、「ちょっとお体拭きますねー」と言いながら看護師さんが病室に入ってきたので、そのタイミングで帰ることにした。

職場の私の席の2つ後ろの島(5メートルくらい離れている)に座っている人が、コロナ感染の疑いがあって、今PCR検査を受けていて、結果が出るのが明後日らしい。

その島の人たちは全員帰宅していた。多分、当面はリモートになるのだろうか。

もし検査が陽性ならば、保健所が消毒しに来るし、その間はオフィス立ち入り禁止になるのだろうか。


2021/1/11(月)

今日母親状態に変化はなし。

私の方は相変わらず時々、しゃくりあげるような呼吸と涙が出てくる。不意に母親のことが頭をよぎって、それに引きずられるようにして乱暴に心が揺さぶられるような感じだ。


2021/1/12(火)

連休明けて今日仕事

仕事してると不意にしんどくなってくる。どこまで行ってもしんどいタイプのしんどさ、絶望感。

大阪明日から緊急事態宣言が出るらしい。


2021/1/13(水)

明後日から毎週金曜日リモートワークをすることになった。

出勤率を下げるような圧力職場全体的にかかっているようだ。


2021/1/14(木)

今日で母が倒れてからちょうど4週間。

もうどうしたらいいのかわからない。どうしようもないのだけど。


2021/1/15(金)

今日は初めてリモートワークをした。

出社してる時と特に変わりなく、集中力途切れずに仕事できたと思う。

今は週イチだが、これならフルリモートでもやっていけそうな気がする。

できるだけ出社時と同じ環境に自室を揃えることがコツだと思った。

仕事終わりの疲労感は、出社時とあまり変わらない。けど、通勤時間の2時間有効活用できるのがいい。


2021/1/17(日)

一日家でぼんやりしているだけだった。何もする気がしない。


2021/1/18(月)

仕事に行っていたが、夕方病院から私の携帯電話があって、母の酸素の取り込み量が低下していて、今夜にも亡くなるかもしれないと告げられる。

慌てて姉と父に連絡し、病院へ向かう。

病室に入る前の事前の検温で、また37度が出た。いい加減にして欲しいこの体温計。体温計をリセットして、「熱はなかったです」って嘘の申告をして突破する。

二人づつしか面会できないとのことなので、はじめに父と二人で病室に入る。

母は苦しそうな感じもなく、穏やかな感じだった。今日髪型に乱れもなく、きれいに見えた。

酸素取り込み量の数値が90を切るとまずくて、一時は70くらいまで低下していたが、持ち直して80くらいまで戻してきていると看護師さんから説明される。

母の意識はないが、それでも苦しかったりの感覚はあるのだろうか。

一旦、全員帰宅することにした。また容態が急変するようなことがあれば、連絡が貰えることになっている。


2021/1/19(火)

病院からの連絡はなかった。

またすぐに連絡が来る可能性が高いので、それを待っているようで心身が疲弊していく。


2021/1/20(水)

今日病院からの連絡はない。

ずっと非日常が続いているようで、そういう緊張状態いつまでも心身が慣れていかずに悲鳴を上げている。


続き

https://anond.hatelabo.jp/20210504175800

2021-05-01

アルコールの恐るべき中毒

今回の新型コロナウイルス感染拡大で明らかになったことがある。

それは「アルコールには恐るべき中毒性がある」ということだ。

コロナウイルス感染拡大は飛沫感染が大きな要因であり、多人数で会話しながら食事をすることが大きなリスクになっている。

多くのことはその情報認知しているが、アルコールを飲む人は、まともな判断ができずにいくら政治家行政自粛要請をしても、酒場で大声で会話をしながら食事を続けていた。店舗酒類提供をやめると路上飲酒してしまうほどの恐ろしい中毒性があるのだ。

そんなのは、一部のアルコール好きの人だけかというと、そんなことはない。

行政人間でも、また市長医師であってもアルコール中毒性にさらされているのだ。

大阪市職員、5人以上の会食200件1000人超…3月以降の時短要請

https://www.yomiuri.co.jp/national/20210424-OYT1T50106/

◆“約70人と会食”の姫路市長『到着まで飲食伴う場であることや規模は知らなかった』

https://www.mbs.jp/news/kansainews/20210430/GE00038097.shtml

このことから言えるのは「アルコールには恐るべき中毒性がある」ということだ。

真面目な行政職員市長でかつ医師である人間でさえも、アルコールを前にするとまともな判断ができなくなるのだ。

アルコール中毒性だけではなく健康被害も大きい。

少量でも長期的にみて死亡リスク高まるエビデンスはたくさんでてきている。

◆酒は百薬の長のはずでは? 少量でもNGの最新事情

https://style.nikkei.com/article/DGXMZO52020370R11C19A1000000/

長期的だけではなく短期的にも、大きな負担社会にかけている。

急性アルコール中毒救急搬送された人数は、東京都だけでも年間18,212人もいるのだ。人口比でいうと全国ではこれの10倍ぐらいの件数になるはずだ。

急性アルコール中毒搬送人員東京都

https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/lfe/kyuu-adv/201312/chudoku/

みんな少量をたしなむ程度だからアルコール中毒ではないと思っているようだが、定期的に飲酒としている人は、ほぼアルコール中毒なのだ

ただ、あまりアルコール中毒性が高く、その人数も多いために規制をかけることができない。実際にアメリカ20世紀初頭に禁酒法が制定された時には、密造酒ギャングの台頭など大きな弊害がでてしまった。

アルコールを定期的に飲酒している人たちは、みんなアルコール中毒で、飲酒をやめることができない。また、飲酒に関してはまともな判断ができない思考に陥っているのだ。

から声を大きくして言いたい。

飲酒をすることは…

自分快楽のために社会迷惑をかけている行為なのだということ

飲酒他人強要するなどあってはならない犯罪に近い行為だということ

たばこは、今はやっと、ひっそりと喫煙する風潮になってきた。

同様に飲酒する人が大きな顔をする社会ではなくなっていくことを切に願う。

2021-04-28

大阪センスが光る救急

たぶん無意識ツッコミをやってる。

大阪市消防局救急隊員の男性

救急車で待機する患者さんが10人いてますと。順番待ちですと言われるわけです。救急じゃないじゃないですか

評価したい。

https://www.ktv.jp/news/articles/1fefc22e_3bdc_4763_8b02_05ed23cbb8e3.html

もうさ、ホント限界超えた状況なんんんだよマジで

首を吊ってる母親を、自分の手でドアから降ろした話。

これも結構前の話になる。

「そういえばあの時、どんな気持ちだったっけ?」と思い返す機会があったので、折角なので文字に書き残しておきたい。

そうすれば胸に落ちるものも、もしかしたらだけど多少はあるんじゃないのかな?って感じで。

内容が内容なので、少し長くなるかもしれないけど、お暇な方がいらっしゃいましたら読んでやってください。

あんまり仔細に年月日を狭めすぎるとアレなので、時期は今から7年ほど前。

ちょうど今のような、若干寒さも落ち着いてきたかな?ってぐらいの春頃のお話だと思って下さい。

当時の俺は大学入学したての、ピカピカの一年生でした。

兄の方がとても優秀だったんで、随分と見劣りはするけれど、俺の通っていた高校レベルからすれば「まあ頑張ったんじゃないの?」程度の大学へと入学

その筋のマニアには結構有名な、二郎インスパイアの名店が近くにある登り坂の長い大学ですね。

あれは本当に数少ない良い思い出です。メチャメチャ美味かったな。店狭いし、オッサン怖いし、汚いけど。

オススメは小ラーメン・麺少なめ・ニンニクマシ・アブラシマシです。

しか高校まではチャリ通で10分だったところが、電車を乗り継いで1時間半になったのは本当によくなかった。

職場学校は、絶対に自宅から近い場所を選びましょう。近い場所にないのなら、あなた引っ越ししまいましょう。(経験則

そんなこんなで深夜までゲームやらアニメうつつを抜かしては、中途半端時間に目覚めて、一限は余裕でアウト。

気付いた母親に叩き起こされて、仕方なく起床。もそもそと着替えて、遅刻前提の移動。

それで素直に大学まで向かえばいいものを、「途中で行くのも面倒くせえな」と地元カラオケで朝割フリータイムしてたり、本屋立ち読みしてたり。

入学当初からそんなんだから、とにかく授業内容は良く分からないし、眠くて眠くて仕方なかった。

何よりも人見知りだったもんで、良くも悪くも自由大学形式の授業とサークル活動に、いまいち馴染めずにいた。

大学は少中高と違って、能動的に働きかけないと友達はできないもんなんです。あの頃の俺に教えてやりたい。本当に。

夢見ていた大学生活は、俺にとってはただの眠気との闘いに成り代わっていたのである……。

そんなんで仲の良い友達全然いないもんだから、授業サボりまくって、図書施設ビデオ設備で「ロード・オブ・ザ・リング」とか「戦場のピアニスト」とか見てたな。

いや、完全に余談でした。すみません

とにかく、こんなカスの具現化みたいな大学生活を送らないよう、新入生の皆さんは頑張ってください。

話を戻します。

俺が小学校に上がるぐらいの前に、うちの母親は一度離婚している。だから俺は種親の顔をほとんど覚えていない。

自分ママとパパと話すけど、ふたり全然しゃべらないなぁ」とか「やたらと関西実家に行ったり、親戚の子がうちに来るのはなんでだろ?」とか。

そんなことを子供ながらに思ってたんだけど、今思い返せばそういうことだったんだと。

そんなこんなで気付いたら第一父親が消えて、俺が小学校二年生ぐらいの時に、新しい父親が来た。

第二の父親は、俺は子供ながらに「良い人」だと思った。

そりゃ向こうも腹を据えて、血の通ってない兄弟二人を抱えるわけだから、多少の上っ面は確保してくるには違いないんだけど。

一緒にお風呂に入れてもらったことが嬉しかったのを覚えてる。そんな第二のお父さんの背中には、ご立派な龍のモンモンが彫られていたけど。

仮初でも、その人は優しくて良い人で、色んな場所に連れていってくれたりした。なんかホテルが多かったな。海ほたるとかもよく連れていってもらった。

多分これまでの人生25年、その人が来てからの数年が一番幸せだったんじゃないかな?

中学に上がる前ぐらいの、それぐらいの間。ホント幸せだったと思う。ボンボンボンボンで、当時Xbox360COD4ネット対戦してたの俺だけちゃうレベルで。

母親も、その時が一番楽しかったんじゃないかな?

俺も兄貴母親父親も、心から「家族」を感じてた最後の瞬間だったと思う。

で、俺が中学に上がった頃に、第二の父親が手掛けていた事業が一気に傾いてしまったと。

これは直接見たわけでもなんでもないけど、父親の元同僚の方に聞いた話なんで、間違いないことだと思います

首の回らないレベル借金も抱えることになったと。

そっからの酒乱っぷりたるや本当に凄くて、中学生ぐらいになると俺も兄貴も(特に俺は)夜更かしをするようになってるから

ベロンベロン状態で帰ってきた泥酔親父に、子供相手に何を言い出すねんみたいな絡み方をされだして。

うわぁ、イヤやな……って、毎日夜になる度に鬱になってたのを思い返します。寝てたら寝てたで起こしにくるし。逃げようないやん。

そんな紆余曲折を経る中で、第二の親父が俺に放った言葉

「お前なんて、オレの本当の子供じゃねえんだからな?」

この一言が本当に忘れられなかった。シグルイのあの人ばりに、(この傷は二度と戻らんな)と泣きながら感じたのを覚えてます

しかもこれ確か、母親の目の前だった気がするんですよ。なんか二人で揉めてて、俺が仲裁に入るじゃないけど、間に入ろうとしたらこうなったみたいな。

酔うと貯め込んだ本質が出るタイプの人っているじゃないですか。つまりはそういうことだったんだな、と。

それ以降、父親と心を通わすことは一切なくなった。もちろん話したりってことはあるけど、他人みたいなことで。

そんなこんなで、それでも気付いたら中学生になって、高校生になって。

第二の父親は家からはいなくなって、お金だけを入れながら、たまに連絡を取るぐらいの関係になって。

こっからはもう蛇足なんで、ちょっと飛ばし飛ばし

小中校まではすごい楽しかったんですよ。面白い友達もいたし。なんで急に大学ダメになったのか、不思議だなぁ。

母子家庭あんまり余裕のある生活じゃないけど、塾にも行かせてもらって、奨学金も出る。

大学にも行けるんだと思えば、ちょっとぐらいの家庭内のゴチャゴチャがあるぐらいで不幸ぶんなよ、俺よりひどいやつなんて山ほどおるぞと自分自分を戒めたりもして。

そして母親の様子がおかしくなりだしたのは、このあたりだったと思います。ちょうど俺が大学受験を終えたぐらいの時分。

深夜、お腹すいたなーと思ってリビングに行くと、母親ワインと大き目なビニール袋みたいなんを用意してて、一人で黙々と飲んでて。

で、ちょっとなんか変な感じがして、母親の目から。据わってるって言えばいいのかな。とにかく、明らかに普通じゃないけど、普通を装うとしているのが伝わってくるような、そんな感じで。

無言でいるのも変なので、「なにこれワイン?家での飲んでるの珍しいね、いいやつなの?」みたいなことを訊いた覚えがあります

うちは父親の件もあったので、母親とはすごく仲良しだったから。

思い返せば、極度のマザコンだったんだと思います特に兄貴が遠方の大学にいってからは、実家には俺と母親の二人だけだったから。

とにかく変な雰囲気だったから、「お酒家で飲むの初めて見たかも!俺もひとくちもらおっかなぁ」みたいな、おどけてなんとかしようみたいなムーブをした記憶があります

「いいよいいよ。飲んでみな」と、母親が余裕で許可をくれたことも結構意外でした。酔ってたのかな?分かんないけど。

ド深夜、テーブルライトだけつけたリビングの机、ワイングラス、謎の大きなビニール袋。

なんかすげえヤバイことになってんのかな?と。

なんでだろう、このあたりから薄々感じ取り始めたというか、そんな気がしました。今までにこんなことなかったよな?って。

そして寝て起きたら、横に母親がへたりこんでるんです。体育座りを右斜めに崩したみたいな恰好で。

俺は一瞬、本気で死んでると思った。でも慌てて抱き付いたら、ちゃんと体温も呼吸もしてたので、本気で安心したのを覚えてます

えっえっ?ってなって、どうしたん?って聞いたら「いや、ちょっと……」みたいなことで、手元を見たらスカーフ?とハンカチを束ねて作ったような、首吊り用の縄?があって。

正直ワインときから厭な予感はしてたから、メチャクチャ驚いたし、なんで?ってなった。

「それはだめだって、それだけはだめだよ。これからどうすんの?」って泣きながら問い詰めた記憶があります

人間、本当に近しい人であれば、ちょっとした行動から、「なんとなく自殺しそうだ」というのが分かるものなんだって思いました。

マジでここらへんの記憶が、ずっと頭からこびりついて離れない。身体を下ろした時よりもキツかったかもしれない。

未だに良く分からない。要するに母親は、部屋のドアノブに縄を引っかけて、首吊り自殺をしようとしたんだと。

しかも俺の部屋のドアノブだった。誰のだったらいい、ということじゃないけど。この時には、兄貴はとっくに外に出ていたはずなのに。

首元を見たら、真っ赤っていうか、うっ血したようなアザになっていて、「失敗しちゃった」みたいなことを半笑い、作り笑いで言っていたような記憶があります

未だに後悔しています

あれだけ明確に希死念慮を見せていたにも関わらず、なにもできなかった。

母親がこのとき、俺に助けを求めていたのかは分からない。あるいは本当のショックを与える前に、「私は死ぬからね」という予告をしたのかも分からない。

兄にも周囲にも連絡をしなかった自分の愚かしさ。せめて身内だけには言うべきだった。

でも、言ってもどうにもならないんじゃないか、言われた側に負担を強いるだけになるんじゃないかと、どこかで想ってしまっていたのも事実です。

母親自殺をするかもしれない。どうか助けて下さい。」この言葉を俺はいったい誰に伝えればよかったのか、いまでもわからない。

救い方があるとしたら、それは俺がどれだけ母親が好きで、愛していて、感謝しているかということを、心変わりするまで何度でもいうことしかなかったんじゃないかと。

ある日、大学に行った。四月の上旬。はっきりと覚えてる。

ちょっと早めに授業が終わったのか?サボったのか。正直どっちでもいいけど、俺は家に帰った。

なんだかすごい胸騒ぎがしてた。兄も俺も家にはいない。家にいるのは母親だけ。

ただいまとドアを開けた瞬間、やはり自分の部屋の前で、足元に椅子を置いて、スカーフで作った縄を首にかけて、うなだれて扉にもたれかかる母親を見つけた。

凄まじい衝撃と同時に、「やっぱりこうなった」とどこかで思う自分がいた。

首にかけているスカーフ素手では取れなかったので、キッチンからハサミを持ってきて、片方の刃で切り落とした。

抱き抱えた母親身体は、思い返せば想像よりもずっと軽かった。

「誰か、誰か助けてください」と今までにいったことのような言葉を金切り声で叫びながら、居間の上にあおむけにさせて寝かせた。

そして震える指でスマホをうって、まず兄にコールした。

兄は大学二年生で、本来なら学生寮にいたはず。この日はたまたま里帰りをしてきて、何かを読みに本屋にいってくるといっていた記憶がある。

しかすると母親は、この日を待っていたのかもしれない。兄弟が揃う日じゃないと死ねないと思ったのか。分からない。

ママが首を吊ってた。いま俺が下ろしたけど、意識がない。救急に連絡するから、すぐに帰ってきてほしい」

と言って、すぐに電話を切った。兄は「わかった」とだけ言っていたような気がする。

家の場所を伝えて、どうか助けてくださいというと、すぐに救急車と救助隊の方々が来た。

俺は人命救助の方法とかがまったく分からなくて、もしかすると心肺蘇生とか、胸骨圧迫とか、本当はいろいろなやりかたがあって、

待っている間にそれができていれば、母親を助けられたんじゃないかと思う。

でも本当に現実現実として受け止められてなかった。頭がヘンに冷静だったのは、「こんなことになったけど、きっと助かるよな」と無根拠に信じ込んでいたからだと思う。

ここではどうにもならないから、と救急車に乗り込んだ。

ハサミで深く切った指から血が流れていることに気付いた。痛みはまったく感じなかった。

俺「こんなんなっちゃったな」

兄「俺、これからどんな顔して顔あわせればいいかわかんないわ」

俺「そうだなぁ」

こんな会話を、兄弟で悠長に会話していたのをハッキリと覚えています

ここまではすごくハッキリ覚えているのに、ここから先があいまいなのが不思議で、不思議で。

確か夜の病棟に運ばれて、「自意識が戻る可能性はない」と言われたこと以外は、実はほとんど覚えてないんです。

翌日の病室の面会で、意識のない母親を前に過呼吸になるぐらいに泣いてしまたことを覚えてます

そして「自意識が戻る可能性はありませんが医療を続けますか?」というような旨を医師の方に伝えられて、「もういいです」と伝えたことは覚えてます

そしてずっと病院に居るわけにもいかいから、家に戻って、母親のいない家で過ごして。

三日後か四日後、電話の連絡で「お母さんは亡くなりました」と同僚の方から連絡をいただきました。

母親の死に目に会わなかったのは、自分にとって幸運だったのか、不運だったのか、未だに分からずにいます

からない、本当に今でもわかりません。

あのワインの日から自分に何が出来たかをずっと考えています

間違いなくサインとなっていたあの日ちょっとでも行動を起こす勇気自分にあったのなら、もしかすると母親は今も生きていたのかと。

2021-04-27

千分の一のコロナ訪問看護


今の神戸の実情です。

神戸訪問看護藤田愛さん投稿コピーして皆様にご紹介させていただきます

自分事としてどうぞ皆さんお考え下さい。



敗戦中の従軍看護師はこんな気持ちだったのだろうかとか、毎日ぼきぼき心が折れてゆく。1日回れても8人、重症者が増えてきたので1件ずつの訪問時間が長くなる。

「せめて入院までの間、訪問してくれる訪問看護ステーションをご存じないですか?」

うそ保健師さの声が悲鳴である

知っているけどないとは言えなかった。「行きますよ」と返事してしてしまうのが、自分の弱さだと分かっている。

有料道路を乗り継いでいく初めての土地、真っ暗だからここは県外か?どこに向かうのかとか訪問先のことなのか、自分のこと何か分からん問いがわいてくる。

到着が21:00になった。家のドアを開ける時に心が定まる。できることをする。

待たせてごめんね。病院廊下でもいいですから入院させてほしいとお母さんに手を合わされても、私にはどうすることもできない。咳き込んでいるので、窓全開でも気が散りそうになる。集中して血管を探す、よし入った。ステロイド入りの点滴、焼け石に水でもないよりまし。来てくれただけでも命が見捨てられてないと感じて希望が持てます

こんなこと誰が知っているのか、どう発信すればいいのか。

今ここに居合わせている私でさえ、信じたくなさの気持ちが反発しているくらいなのに。

呼吸数54回、酸素吸入72L、39度台の発熱が続く。

病院で陽性だけ検査して帰宅後、1週間。おいおい、これはこのままじゃ今夜死ぬかも。持病の薬が床に散乱してる飲めないよね呼吸数54回じゃ、まだ30代できることは正しく、危機感が伝わる報告をすること。

保健センターに、数値と判断を伝える「早急な入院治療必要です、そうでなければ感染症呼吸不全心不全かで急死の可能性があります。」

どれだけ同じような報告を保健師が聞いているだろう、悲鳴の向こうにまた悲鳴がある。

訪問を終えての帰路、保健センターから電話が入った。

10分後に救急送できることになりました。」

「もしよろしければ搬送先を教えていただきたい。」

「○○病院です。」

おー、重度者治療病院である。救えるかも。

「ああ、よかった、ありがとうございます。」

保健師とほんの数分言葉を交わし、一緒に悲しんだり喜べるのが支えとなる。

コロナ訪問100件を超えただろうか。入院調整中の数の増加に1000分の1と思う。急変を見つけても頼るかかりつけ医入院もないなら私のやっていることに意味があるのか。いや、あるからやっているのだ。信じたくなくても、一丸となって本気の緊急事態宣言を皆でがんばるしかない。飲食観光、私の人生の一部だ、絶対に守りたいと思う。だけど今の命なくして、未来はない。

全例入院治療がいいに決まっている。でも叶わないなら、医師コロナ特例で免責されて、対面なしで在宅酸素ステロイド抗生剤、解熱剤、点滴をコンフォートセットにして処方できるようにしてほしい。まだ私自身は実施例は少ないが、これで救える命もかなりある滞在時間も30分以内に留められる。

でも回復約束できるわけじゃない。何もせずにいつとも分から入院を待つよりいい。それを離れた家族は知っておいてほしい。たかがそれでも引き受け手がない中で全力を尽くしていることを理解してほしい。この事態について全国民理解必要である。県外に住む家族に「おいこらオマエ、治療せんか、入院させろ」とすごまれたってできんものはできん。

心配でしょう、そうですよね。私たちが生まれて、急病なら医師の診察、救急車があたりまえでしたね。残念ながら今の神戸はその状況にありません。静かに強く現実を伝えてゆく。もう何回目か覚えていない。30分から1時間はかかる。10しか担当していない私でさえそれだから保健所電話がそんな電話で埋まる。保健師が次々倒れて、より人が減るのもあたりまえだ。倒れなければ休めない。

1000分の1のコロナ訪問看護を綴ってゆきます

今、酸素飽和度85%だった方、あかんかと思ってたら酸素ステロイド抗生剤3日目、94%にあがったと電話。そんな会話できる人だったことを今初めて知ったわ。私、こう見えて商売人やもの。話得意やねんで。うれし泣きで始まる今日の朝。

2021-04-26

anond:20210426143900

医療リソースという観点で見れば、コロナになったとき医療リソースを過剰に消費するのは高齢者からそれを阻止するために高齢者ワクチンを優先摂取するんだろ。

医療リソースが足りないと、コロナ以外で救急搬送された時とかに世代で助かる可能性が減るから

という理論なんだろ。

今の日本ではジジイだろうが役に立たなかろうが、見殺しにするわけにはいかないんだよ。

お前だって国民全員を役に立つと役に立たないの2つに分けた時、役に立たない側かもしれないのに。

年収1千万円以下は社会お荷物から病気になっても見殺しでもいいよね?上級国民議員だけ助かればいいよね?」って言ってるのと同じ。

2021-04-24

医者である前にオタクだと思ってたけどどうやら逆だったらしい

各種イベント中止はオタクとして悲しいとは思う。でもそれ以上にほっとしてる医者自分がいる。

マナーのいいオタクはじっとしてるとか喋らないとか、そんなことはどうでもいい。

生命維持に直結しないすべての動線をなくしたい。生活必須の業種以外の休業どんどんやってくれ。

そこに従事する人がたくさんいることももちろん分かっている。でも、医療はもう限界だ。かかりつけすら救急受け入れを断るのが現状だ。中等症受け入れ病院だけど重症化しても運ぶ先がないからここで死んでねって言い続けるのもも限界なんだ。

ライブ即売会も公演も、オタクとしてはなくなるのはとても悲しい。けど、彩りを与えてくれこそすれ、文字通りの救命はしてくれない。

オタクだけお行儀が良くても、そこまでの動線ノーマスク暴動が転がってるかもしれない。そこで拾ってまき散らしたらもう一巻の終わりなんだよ。

傲慢物言いだと我ながら思う。けどもう耐えられない。

私達のために、路頭に迷ってくれ。申し訳ない。

数秒~10数秒おきに激しい頭痛がする

右耳の後ろ上あたり。1秒弱~数秒。

大阪の大きな総合救急病院のすぐそばに住んでるのに、昨今のあれで救急搬送はSTOPしてる。

もしこれで死ぬような事があれば維新のどあほう共の所に化けて出て呪ってやる

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