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2018-10-17

はいはい地方大学(学部)の無駄遣いでご飯食べてる契約職員ですよっと

今日普段行かない教授会場に資料を届けに行くことになったんですよ。

行ってみたら前の委員会がずれ込んでて、それが終わるのを委員じゃない先生たちが会場前で雑談しながら待ってるわけ。

なるほど教授会前ってこんな感じなんなーっつって一緒に待ってたら、声クソデカ教員がいきなり私の働いてる部署、いわゆる○○センターみたいなとこなんですけど、それはもうよく通る声でけなし始めたんですよ。

 

「僕はねー!○○センターとか潰したれって思ってるんですよー!人も来ない講演会(固定客はいるんですけどねー)何個も打つくらいなら学生満足度のために使うべきなんですよ~紀要だって無駄に高い金かけて~」ってな具合にですね。

その先生まさかそのセンター付きの職員がこんなとこウロウロしてると思わないで安心して放言したんでしょーね。ははは、あなたの目の前にいました~!油断大敵~~!!!

 

 

まあぶっちゃけ気づいてはいましたよ。

年々学部予算が減らされる中で「地域連携は全学のミッションから」となけなしの予算を割り振りして貰って

それでも足りなくてさらに工面して貰ったせいで他の先生しわ寄せが来て

その割に予算削減の努力も足りてない。

それが原因でこの部署めちゃくちゃ恨まれてるよなこれ、って下っ端の契約でもわかるぐらいでしたよ。

 

 

そうですね。けなされた点は一部を除いて事実なのですけれど、だからと言って「はいセンターなくしまーす」となった時、こんな歳で放り出された契約職員田舎で次の仕事なんかなかなか見つから生活困窮まっしぐらなんですけどとか、なんだかんだで「お前の仕事いらんやろ」と言われるのはキッツいなとか、ぶっちゃけ今の大半の学生を満足させるには遊んで単位が出る環境だよねーwwwとか

いろいろな感情がぐるぐるしてちょっと涙も出たりしたけど、そもそも職員にしてくれない職場にここまで我が事のように怒るのも変な話だなぁと思いながらおうちに帰りました。

あーお金ほしい。

無人コンビニ万引き実験記事さあ

おっぱいって言ったらなんかジョークとして許される空気だけど、これ顎が異様に発達して猪木みたいになってる俺みたいなの(保険形成外科で手術できるレベル)が写真に出てたら、記事内容そっちのけで「顎」とブコメされるんだろうか

誰かがそういうブコメしたとして、注意してくれる人がたくさんいたら俺は救われる気持ちになるよ。世間はそれを許さないって言われて、守られてる気分になる。

笑われたり、からかわれたり、万引き記事場合性的に見られる用意ができてない人に、身体のことを茶化すのはやめようや。思っても言語化するのやめろ。直接言われなくても傷つくんや。

だって顎で笑いを取るときもある。猪木デースとかって言ってな。そういうときはいいねん。万引き記事彼女だってもしグラビアやってるなら、そのときはいくらでもおっぱいって言ったらいいと思うよ。でもそうじゃないやん。俺だって学部入学案内とかに載った写真で、顎顎言われたら傷つく。直接言ってないとかそういう問題じゃないねん、尊厳問題なんだ。言わないでほしい。わかってほしい。

なんか院試に受かった人に儲かるのかよって絡んだ人が問題になってるけど

哲学専攻にでも行ったのかと思ったら見た感じ学部卒のがおかしいような理学系統だった

ある程度以上の理系だと、院は行ったほうが良いんじゃなかったのか

文系就職前提なのに理系の院にいくとかなら叩かれるのもまだわからんでもないけど

最近の高レベル理系なんて学部卒で就職したほうがいろいろいわれることもあるぐらいじゃん

世間理系にいったいどうしてほしいのか疑問だ。

本物の天才と凡人でしかない私

ここから先に書くのは凡人から見た天才の話であり、天才を妬む凡人の醜い嫉妬けが書き連ねてあるだけなんです。だから気分を悪くする人は見ないでください。

知り合いに本当の天才がいて、本物の天才で、私はそれを見てるだけの凡人でしかなかったという話です。

もう誰にも聞かせることなんてできなくて一生涯胸にしまっていようと思うほどに汚くて醜い嫉妬の話。

ただ、私にとって原点とも言える大切なもので、記事に残したいと思ったから書かせてもらいます

軽くフェイクあり。

文体特に考えずに乱雑なままなので、見にくいとは思います

それでもお付き合いいただければ幸いです。

携帯から書いてるので字下げとか無しのがばがばです。よみづれーな!と思ったら読むのをやめて、他の面白いものを読んでください。

天才を妬み、嫉むだけの凡人の記録です。

大学時代の知り合いに天才がいた。

私も文字を書く人間なのだが、その人間文字を書く人だった。当時所属していたサークル文字を書く人間というのは珍しく、私と彼女意気投合。仲良くなった。

不思議雰囲気少女だった。

人懐っこいような、それでいて人付き合いに慣れていないような女の子だった。私は、彼女が大好きになった。

彼女も私を好きでいてくれているんだと思う。

彼女の口癖は、「私は天才から」というものだった。正直な話、自他共に認める天才というやつだった。

なんというか、世間一般想像する天才、という感じの子で、それ以外は何をしてもドジなところがあったりするのに、文章を書くことにおいて彼女の右に出るものはいなかった。

小説家になりたいとあの子は言っていた。私も小説家になりたくて諦めた人間だったからこそ、彼女のことを応援したいと思っていた。

私という凡人から見る彼女という天才はまさしく神様だった。

神様天使という存在によほど近かったし、私は彼女のことを神格化していたのだと思う。

それが間違いだった。

そもそもの話なのだが、私はあまり両親に歓迎されていない。

世間一般では虐待されているのだと思う。割とそれに気づくのが遅くて、その状況を甘んじて受け入れてはいるのだが。

常日頃から、呼吸するだけで呼吸がうるさいと言われ、醜い、臭いなんていうのは勿論、何をしても「お前には何もできない」「お前がやることは全て無駄だ」「言われたことだけやればいい」と言われ続けてきた。

唯一まともに出来ると自負していたのが小説を書くことだけだったのだ。

私は、両親への憎悪を込めて、幸せになりたい一心で書いていた。

認めてくれない周囲への憎悪や、どうしようもない「絵を描くことが出来ない」というコンプレックス(私は本当に絵を描くのが苦手で、当時二次創作活動していた私にとってそれは酷いコンプレックスになっていた)、そんなものを筆に乗せて私は一心不乱に憎悪文章を書いていた。

そんな私のことを認めてくれたのは天才彼女と、その周囲の文字を読むことが好きな人間だった。

今思えばその時が一番幸せだったのかもしれない。

私はそのコミュニティの中で、尊敬する彼女に認められ、彼女の周囲の人間にも認められ、初めて文章を書くという行為肯定された。

私は確かにそのときしかった。

天才彼女と会話することも、何もかもが楽しくて仕方なかった。

小説の話をすることも好きだったし、前向きに小説家を、もう一度目指してみようと思えたこともあって、色々なことを頑張っていた。

そんなある日、サークル主の交代の時期がやってきました。

ほとんど上下関係はないサークルだったのだが、一応、代表者みたいなのが存在していたので、そういうのの交代の時期だったんです。

サークル活動自体には私は熱心ではありませんでした。なんとなく所属して、なんとなく戯れるのが好きだったし、代表者なんて役回りも似合わないので私は普通に過ごしていました。

それでも、その日、ふと。

共通の知り合いから、天才彼女サークル代表者になるという話を聞いた。

私は、喜んだんです。

彼女はそういうのは苦手だと思うけど、それでも彼女に相応しいと思ったし、そういうことを頑張れる子だと思ってた。

から、そのまま彼女のところに言って。でも、私は私が彼女親友だと思ってたから、別の人から聞いたのがちょっとしかったんです。ちょっとじゃない。すごく悔しかった。すごく悔しかった!

からわざと、「次の代表者って誰になるんだろうね」って聞いて見たんです。ただの出来心だった。彼女が教えてくれると信じ込んでた。

嘘をつくのが、すごく下手な可愛い人は、「えっ!?し、知らない。全然教えられてないから〜!」って答えたんですよ。

そんなことあるわけないんだ。だって、私が聞いた「共通の知り合い」というのは、現在サークル代表者だった人なんだから

私は彼から、「次は天才彼女代表者になる。もう了承も取ったんだよ」という話を聞いたんです。

私の大好きな人が私に嘘をついたとき、感じたのは大きな絶望と圧倒的な失望しかなかった。

そこで気付いた、初めて知ったことがあった。それは、"天才彼女人間しかなかった。下手な嘘をつく、哀れな人間だ"という当たり前の事実だ。

それ以来私は、彼女接触することがなくなりました。本当に現金な話なんだけど、そうする必要を全く感じなくなったからだ。

私にとって天才のあの子が、凡人のあの子になった瞬間だった。

当時私は親から圧力に耐えられなくなっていた。就職の話や卒論別に入りたくもなかった大学押し付けられた学部での勉強に飽き飽きして、両親のいうことは全て「私たちが楽をするために働け」というものだと気付いてしまたからだ。

夜中に両親の寝室に包丁を持って入って、真冬最中眠る両親の枕元で正座して三時間過ごしたとき限界が来てることを知った。

まだ話が出来る父親に全てを正直に話した。その頃の私は完全に精神を病んでおり、外に出れば永遠と私を詰る声が聞こえるなんて状況だった。

大学を休学し、私はしばらくの間、彼女からも何からも離れた。

私にとって彼女天才だったのだ。

だが、その当時の彼女は全く芽が出ていなかった。

天才彼女は、家庭にも恵まれていたように見える。小説を書くことを認められていて、私と違い自信に満ちていた。

きっと、両親にも愛されていたのだと思う。

そんな彼女でも小説家の芽が出なくて、だからこんなに認められていない私が芽が出るわけがないと安堵していた。

大学を休学して1年が経った頃、風の噂で、天才彼女小説家としてデビューしたことを知った。大きな出版社だった。私でも知ってるような場所だ。

そのとき、全てががらがらと音をたてて崩れていく感じを味わったのだ。

まれ彼女は、その才能を十全に発揮し、そして、天才であることを世に知らしめた。

完全に私は折れてしまった。

私は彼女ほど恵まれていてもデビューできない"小説家"というものを、狭き門だと思っていたのだ。だから、何にも祝福されぬ私は通れなくて当然だと。

どこかで夢に向かって愚直に進む彼女を嘲る気持ちもあったのだと思う。

妬み、嫉み、嘲笑。そんな彼女に向けていた感情は全てがぽっきりと折れて、後に残ったのはどうしようもなく渦巻く嫉妬だけだった。

その嫉妬原動力にして、私は何度も物を書いた。

小説ではないものになったが、それでもそれは、世の中で一定評価されたのだと思う。

私は、出版された彼女小説を読むことはなかった。

憎悪に満ちた筆を止めることはなく、嫉妬怨恨の詰まった筆を進め、世界を愚弄して、そしてハッピーエンドを踏みにじることで精一杯になっていた。

そうでもしなければ。

私は、筆を折ってしまうと思った。私の見下した彼女が、天才彼女が、私を否定すると思って読めなかったのだ。

大学は、もうやめてしまっていた。価値がなかったからだ。私にとって、"彼女"という存在を無くした場所は、本当にひたすらに何の意味もなかった。

そんなある日、共通の知り合いから連絡が来た。

彼女の本が出版されてから1,2年経った頃合いだったと思う。

久しぶりに飲まないか、という連絡だった。天才彼女もいるという話で、私は当時の憎悪彼女を殺してしまわないか心配になったが、それよりも彼女がどうなったかが気になって仕方なくて会うことにしたのだ。

当日、待ち合わせ場所で待つ私に彼女が声をかけた。抱きついて来た。久しぶりだと笑った。

彼女は、何も変わっていなかった。

何もかも昔と同じで、ああ、と心の霧が晴れた気分だった。

あの時嘘をついたのは何か理由があったのかもしれない、と思えたのだ。天才であることを世に知らしめた彼女は、それでも変わらずに私という凡才に声をかけて、笑ってくれた。

そんな彼女が愛しかった。

彼女は、少しだけ、記憶にあるよりも疲れた顔をしていた。

から私は彼女が好きになったのだと思い出した。嘘をついたかもしれないが、彼女は、私という凡才を、愛してくれていたのだ。

しかった。そんな彼女が、大好きだった。私を見下さな彼女が好きで好きで仕方なかったのだ。

から私は、あの子の本を読む決意を固めた。読まないと、失礼だと思ったのだ。

天才である彼女が書いたものから、私は読みたかった。本当はずっと読みたかったんだと思って、何件も何件も本屋を駆け回った。しかし、田舎なせいか何件回っても無くて、読みたくて気が狂いそうになったときやっと見つけた。

冗談じゃ無く、手が震えた。

その本を手に取り私は、一気に読み終えた。そして、涙した。

登場人物の瑞々しい感情

豊かな状況描写

独特な心理表現

飽きさせない展開。

そして、ハッピーエンド

本当に、天才所業だった。嘘じゃない。この本を読むために私はこの世に生まれて来たのだと錯覚するほどに良い本だった。彼女に長文の感想をしたため、私は本当に、本当に、幸せな気分になったのだ。

今までの自分の恨みが全て浄化されるような気がした。私は、許されてもいい、と思った。

その小説の中で、天才彼女は、創作をすることの喜びを語っていた。創作をするときに悲しんではいけないと語っていた。

それは胸に響き、今までの怨恨原材料として書いて来た私に、幸せ気持ちで書いていいと許しをくれた気分になった。

早速私は、筆を取って。

そこで、絶望した。

先ほどまで許しだったものは明確な否定として私に牙を剥いたのだ。

私は、怨恨絶望嫉妬と、そんな汚い感情原材料にしてしか物を書けない人間だった。天才彼女のように、幸せで美しく綺麗な気持ちものを描くことなど出来なかった。

汚い感情原材料にして描くという、私に唯一ゆるされたことを、私に無邪気で無垢笑顔を向けた彼女が一番に紙面で否定したのだ。私の大好きだった文章否定したのだ。

ただの思い込みだとわかっている。

彼女はそんな気分で書いたのではないと知っている。それでも私は、それに気づいてしまった。

凡人と天才の間にある圧倒的なものに気付き、狂うほどに嫉妬した。

私にないものを持っている彼女があまりにもどうしようもなく遠い存在であるとそこで初めて認識したのだ。

今でも彼女の本は手元にある。

枕元において、ページがへろへろになるまで読み返した。

どんなになっても読み返した。何度も同じシーンで泣いてしまう。

それでも私は、勝手彼女を許すことが出来なかった。勝手彼女に対して憎悪の念を抱いた。

こんな素晴らしいものを世に生み出した人間を憎むことしかできないのだ。こんなに、素晴らしいのに。

私はその素晴らしさと尊さを正しく理解している。それでも尚、私は許すことが出来ない。

天才彼女を、心底憎悪している。

私という凡人を踏みにじった天才に対して、圧倒的な憎悪を振りかざしている。

私はこれからも、そういった憎悪嫉妬と、そんな汚い感情を持ってハッピーエンドを踏みにじって行くのだろう。それは、天才彼女に私が出来る唯一の復讐なのだ

かにわかるものでも、理解されるものでもないとわかっている。

彼女が悪いわけではないことも理解している。だからこそ、私は彼女に対しては今でもにこにこと、本当に彼女が大好きだと言い続けられる。これは本心だ。本心から私は彼女を愛している。

それでも私は、彼女無意識に踏みにじった私のために復讐を続ける。彼女という天才憎悪し続けるし、嫉妬しない日はないのだろう。

天才彼女ハッピーエンドを、素晴らしく描き続けるのであれば、私はそのハッピーエンドを何度も何度も何度でも踏みにじりたい。

わかりきっているのだ。

天才彼女が、何も思わないことなど知っている。そして、これを残す意味は、どこかで私のこの歪みきった感情に気付いて、認めて、謝ってほしいということなのだということにも。

私は彼女に認められたいだけなのだ

それでも、もし万が一これが彼女の目に入ったとしても、私は知らないふりをし続けるのだと思う。

凡才の私などを天才彼女が視界に入れてはいけないのだから

長々と読んでいただいたが、これらは全て私の妄想だ。私の大学時代に"天才彼女"というもの存在しない。存在しない。

からこそ、私は素面でこれを書けているのだから

よく書けてると思ったら、どこかで笑ってあげてください。一瞬でも本当のことだと思って騙されたのだとしたら、失笑してください。

私という凡人に騙されたのだと、少しだけ腹を抱えて笑ってくれたら幸いです。

私は今でも、憎悪に満ちたペンを握っているけど、きっとそれを架空の誰かのせいにしたくて、これを書いたのだと思います。だから全てフィクションなんです。本当だよ。

2018-10-16

大学ってなんなんだろう

公立理系にはなんとなく来た.ぼんやり興味のある分野に来たつもりだったが,自分コード書いてる方が楽しいんだなぁと気づいたのがB4卒論を書いているときだった

  

M1になった今,情報系ではなかったことを後悔しているけど,とりあえずプログラミング勉強してはいる.

成果物が手元の端末に置けるっていいなって思ってモバイルエンジニア特にiOSエンジニアを志望するつもりだ.

  

で,就活大学で打ち込んだことはなんですか,とよく聞かれるらしいがそれを答えるためだけに大学に行っていたのだろうか,果たして俺は打ち込んだことに何を言えばいいんだろう 

研究はまあ楽しいわけではないけどそれなりに興味があって来た 

でも大学研究して得たものはうちの研究室では就職に直接繋がらない.

画像処理やってたか画像処理系,機械学習研究やってたか機械学習を使う,そんな職に就けるようなわかりやす研究ではない. 

文系出身ITエンジニア就職したという記事もいくつも見た

大学勉強は往往にして職にはほぼ関わらないというのは,自分には,わかるようでよくわからない

  

研究たかたから来たけど途中で職にしたいことは別だと気づいた,でも大学院まで来てしまっているし辞める踏ん切りも金もない.こんな中途半端気持ちで何を言えというのだろう.

アプリを書くのは楽しいけどおそらく周りの大学時代の空き時間はみんなコード書くのに費やしました〜という人間には全く足元にも及ばないだろう,そんな微妙自分採用する企業はあるのか

著名なアプリエンジニアの方々の中にも自分と同じ分野出身の方がいて,就職路線普通に用意されているんだな,とは感じるが…


読みづらくてごめんね 就職が怖くてすごい不安なんだ 周りからは焦り過ぎって言われたけどどうしてそんな楽観できるかわからないんだ

院進学は間違いだったのかなぁ,学部選択の時点で間違いだったのかなぁ 

高校時代の皆さんは自分就職する職種会社,具体的にイメージできていましたか

anond:20181016224403

お前みたいな学部教養課程数学物理すら理解できない低能ノータリン障害者には言っても通じないだろうが、お前が知らないだけで世界未来可能性に満ち溢れてるって話だよ。

お前が理解できないということは即ち存在しないということを意味しないし、お前が「狭い狭い分野」だと信じたがってることは即ち実際に狭いということを意味しない、わかる?

2018-10-15

anond:20181015220343

そもそも物理が苦手で工学部選択しないんだからITに進む可能性なんか小さいだろ。

科学生物でも、データ解析の為にプログラム位は書くだろうけど、そこで苦手意識を感じてしまえばITへの就職もあるはずがない

環境要因もあるとは思うけど、基本的に向いてないってのは動かしようもないんじゃないのかね。

学部の4年間で、数学無理、プログラミング無理、ってなるタイプ理系女子は多いのは経験的に知ってる。

いろんな人と社交的に暮らすのって大変なんだなぁと思った

今は学生からほとんどガチぼっちでもそこそこ快適に暮らせてるけど

社会人になったらヤバいんだろうなーって思う

授業とか仕事とかで迷惑をかけるのは嫌だから予習復習宿題グループ課題はきっちり行うけど

プライベートでの世間話が全く思いつかないし自分の興味が無いネタ仕入れようとも思わない

たまたまむこうがアニメオタクとかだったら多少は弾むけどそうじゃなかったら何の話もできない

まぁむこうがオタクでもその場しのぎの会話はできるけど深い付き合いにはまずならない

twitterpixivもやってるけど全部ROM専交流は全くしない

リアルでもサークルとかの飲み会に本当に数少ない友達に誘われて参加しても、酒が飲めないから酔っぱらってはしゃいでいる周りを

「はしゃいでるなー」とただ見るだけ

輪に入ってはしゃいだことは一度もない

多分見た目は上の下くらいだし性格も害はないか小学校の時以降は(周りに恵まれたからか)いじめられたことは無い

電柱のような存在として扱ってくれててありがたい

でも社会人になったらそうはいかないんだろうな

特に女だから噂話の広がり方もえぐいんだろうな

数少ない友達からの子学部人間関係愚痴とか噂話を聞くたびにそう思う

あと、その子から「●はこういうはなししても絶対漏らさないから信用できるー♪」と言われるけど

それは決して私の性格が良くて真面目だからという一点のポジティブ理由じゃない

ただ単純に興味がないから一々それをまた人に話そうとか思わない

の子のことは好きだし大切に思ってるから”その子の”友人関係やら恋人関係は覚えてるけどそれ以外は忘れてしま

あとまた人に伝えられるほどそんな話を気軽にできる友人なんていない

人の噂話を聞く時間や他のグループで誰がどういう立ち位置にいるのかとか誰と誰が付き合ってるっぽいかを観察する時間があるんだったら

好きな芸人ラジオを聴きながらpixivで好きなジャンルの絵を見たり電子書籍漫画をひたすら読んでいたい

今は学生だし周りにも相当恵まれてるからこれでなんとか成り立ってるしヤバいと思ったことはほぼないけど

今になって少し焦ってきた

でもまぁ結局焦るだけ焦って結局全く努力しないで無駄精神削るだけなんだろうな

いつものことだな

学校だけとか会社だけとかの同僚やら上司やらとかかわるのは嫌だけど趣味友達バンバン作るっていうのが普通なんだろうけど

私は趣味友達を作ることも興味がない

多分根っからストーカー気質なのか信じられないくらいの自己中なんだと思う

あと、自分の中にもう一人の自分がいる感覚があるからそいつ無意識に話しかけることで満たされているんだと思う

こういうただ一人が好きなだけでも社会人になって周りと交流を持たなかったら

あいつ斜に構えてるwwかっこいいと思ってんのアレww」とか馬鹿にされるんだろうな

いや馬鹿にされるのは別にいい

ていうか今までだって馬鹿にされてるんだろうし馬鹿にすること自体全然かまわない

ただそれを私自身に感づかせないでほしいだけなんだ

私が認識していないことは私にとって存在しないんだから

でもまぁそんなわけにはいかないんだろうなーめんどくさい

人とかかわりを持つのがめんどくさい

趣味でも人とつながりたいと思えない

ひたすら漫画特撮アニメ小説ニコニコ動画youtubeを見ていたい

2018-10-14

無理矢理定義するとしたら指定学部修士以上はフェミニストでそれ以外で女性優遇的な発言をする人物はただの男性差別主義者とかそういう感じでやるしかないのか?

でも在野でまともなこと言う人がいる可能だってあるし

なんか文脈が限られすぎててなんともなあ

27歳男性だけど人生詰んだ

スペック

 

仕事ができない

スペックの欄に書いた通りうつ病を患っている。そのため仕事ができない。

原子力関係シンクタンクで働いていたところ、ある日ストレスの多さから突然自殺未遂をし、以降休職している。

しかし先日、精神障害があるのでこれ以上雇えませんという宣告を勤務先から受けた。

ハローワークに行って障害者枠で仕事を探そうとしたが、「主治医から仕事ができる』と言われないと仕事探しは出来ない」と門前払いされた。

大学非常勤講師にでもなるかと思ってJrec-INを見てみても、能力的な面や専攻的な面、そもそも業績を上げていない(零細学会で一回発表しただけ)より、自分が出来そうな講師職はなかった。

理系研究職ならまだあるだろうが、文系で「若者の『地元意識』を数理統計的アプローチから明らかにする」という謎研究修士課程でしていた身としては、研究を生かせる職があるとは思えない。

SPSS(重回帰分析・二項ロジスティック解析)とかEXCEL太閤KH CODERなら何とか使えるが、それらが使えても何の足しにもならない。

プログラミング数学高校時代文系クラスだったため数ⅢCは受けていない)、英語が出来ないため、プログラマーとして働くこともできない。

実家に帰って仕事を探すにしても、実家熊本の山奥である。一件だけ工場ライン工があったが、体力がないので長続きはしないだろう。土木作業員警備員も同様の理由から候補から外れる。

普通免許も持っていないため、できる仕事も限られてくる。外回り営業職はまず無理だろう。

そもそもコミュニケーション能力が皆無だと医者から言われたため、高度なコミュニケーション感情労働を要する仕事コンビニファミレス居酒屋店員営業職)も向かないだろう。

結果できる仕事ほとんどないことになる。フリーターすら無理であるバイトすらできないなら詰みである

 

お金がない

仕事ができないので、細々と傷病手当金生活している。

しか家賃(6万7000円)を払うのもやっとで、生活できるとは思えない。

親に金を無心するにしても、実家お金ほとんどないとのことなので、お金無心することは出来ない。

社会保障の緊縮化が叫ばれる中、生活保護受給するのも難しいだろう。

貯金も尽きそうになる中、お金がないのは致命的である東京の自宅を引き払って実家に戻るにした場合、恐らく二度と東京には戻れず、実家軟禁され続けることだろう。

その場合仕事もないし一生ニートになるしかないが、その場合貧乏実家さら迷惑をかけてしまうことになる。

宝くじ一等当たれば話は別だが、そうでないなら人生詰みである

 

友達がいない

コミュニケーション能力がないためコンビニバイトすら務まらないということは先述したが、コミュニケーション能力の欠如は友達がいないという形でも顕在化する。

友達がいなければ自身が抱える孤独とかを吐き出せる相手もいないということになる。また、友達がいないことは社会から孤立していることを表している。

社会から孤立している人が人的資源を使って今の窮状から脱することは出来ない。詰みである

大学時代オタクコンテンツ消費者インサイトを探るための参与観察の一環として漫画研究会に所属していた。そこで友人関係を築いておけばよかったと後悔することしきりである

からは入れる漫画研究会的なところはなさそうだし。

 

楽しみがない

うつ病をり患しているという事情も勘案せねばならないが、それを差し引いても日々の生活の楽しみがまるでない。

戦隊モノ仮面ライダーウルトラマン、一部の深夜アニメ日常系)が好きだったのだが、最近そういうのを見ても面白さとかを感じることはなくなった。ゲームも同様である

成城石井に行くために秋葉原に行くことが結構あるのだが、そこでアニメ漫画ラノベゲームを楽しんでいる人を見ると嫉妬で頭がおかしくなりそうになる。

そのほかに楽しみがあればいいのだが、それもない。大学学部生の頃までは鉄道模型とかトンネル巡りとかしていたのだが、お金がないせいでそういった趣味ももはや手を出せない。

楽しみがなく生ける屍になっている。楽しみがなければ生きる希望もない。生きる希望がないことは人生詰みである

 

自殺すらできない

自殺すれば楽になるとは思っている。他人迷惑をかけ続けている以上、けじめとして自殺しなければならない思っている。しか自殺すらできない状況である

先日も神奈川県ダム自殺未遂をして警察保護され、父親が迎えに来たが、熊本から神奈川まで往復数万円かかった。そういった経済的支出が出来るほどの余裕は実家にはない。

今度自殺未遂したら一生実家に軟禁するぞと両親から言われた。実家軟禁されれば仕事することも、金を稼ぐことも、鉄道模型トンネル巡りもできなくなる。

実家通信回線は貧弱なので、アニメ特撮インターネットで見ることもできない。

まり、今度自殺未遂をしたら仕事お金友達も楽しみもすべて親により永遠に奪われることになる。それだけは何としても避けたい。

年末スピリタスを一気飲みして自殺しようかと考えていたが、それもかなわぬ夢となりそうだ。

家族や周辺の人々に不幸をまき散らしている自分がいてよい道理などない。詰んでいる人生から離脱することすらできない。これを地獄と言わずに何と言おうか。

 

結局人生詰んでいる

これから先どうすればいいかからない。

実家に戻ったら二度と東京には戻れないし、働けるような職もない。つまり一生ニートでいることが確定である。何としてもそれは避けたい。

からと言って東京にい続けるにしてもランニングコストがかかりすぎて、お金を費消することになる。お金が無くなれば生活できなくなり詰みである

自殺するような真似をすれば実家に一生軟禁確定である。だからと言って無駄に生をむさぼっていても詰んだ状況から脱出する術は一向に見いだせない。

結局自分人生は詰んでしまったのだ。自殺できないので、来世に期待すらできない。

クソみたいな人生なので皆さん嗤ってください。

2018-10-13

飽和した世の中だから萌えキャラで揉めるのではないか

自分はありとあらゆるものが飽和しているように見える。

経済的文化的にもありとあらゆることはやり尽くされていて、成長の余地など殆どないのではないかと。

まり限られた資源をただただ奪い合う社会に移行しているのではないかということだ。

そして、大きく発展することもないのではないかということだ。

そんな世の中だから、人々は様々な属性などで揉めたりするようになるのかもしれない。

例えば、医学部男女差別問題というのもその一つだ。

競争が激しい社会で有利なライセンスを得ることが出来る超人気な学部であるから激しい議論が起きたのだろう。

これが人気がなくて、どんどん新設されていく学部だったらここまでは議論が起きないはずだ。

萌えキャラなどで揉めたのもそうだ。

文化というのが発展しまくっているならば、別に発展を追えばよくてそれで終わりなのだ

皆が勢いに任せてそれぞれの文化を楽しめばいいだけだ。

また、経済にチャンスがあるのならそれを追うだけだ。

変に自分が嫌いなものを追わなくてもよい。

また、発展するのならばよりよいものが生まれると信じることもできる。

ただ、飽和しているのだ。経済文化もだ。

ある程度何もかもが成熟したものから、如何にパイを奪うかといういがみ合いになるのだ。

飽和した時代大学四年生自分は生きている。

恐らく、飽和というものはありとあらゆる面で噴出してくるのだろう。

anond:20181012195745

詳しく教えていただいてありがとうございます

わたしドイツなので少し親近感がわきました。

ドイツ学部は予想していたより実習が少ないので、日本が魅力的に思えました。

まだ一年くらい猶予があるので色々考えてみます

ありがとうございました!

2018-10-12

転職をしたかった公務員感想

きっかけ】

1.公務員という存在そもそも馴染めなかった

2.出世すると裁量がむしろ狭まることに耐えられなかった

3.中高大学と恵まれしまったためとにかく優秀な人と過ごしたかった

顛末

・Mイダ

A社、広告関連のベンチャーSEでも営業でもいいよと雑多な募集。初めて面接を受ける。裁量労働制で魅力的だと思った。営業内定をもらうが年収50万円は下がりそうだったのでのちに辞退(承諾せず)。

サービスのコンセプトは面白いが、いかんせん聞いたこともねえよという中小企業や、「サービス系」企業が多い。他の求人サービスもそうだが、人材紹介会社保険営業求人が多くて「アッ」であった。

・Rナビエージェント

B社、Rクルー出身40代いかにもマージンベンチャー事務で応募。一次面接は余裕で突破するも、いかリクな感じが微妙だったのと、新規性を感じなかったこと、SPIを受けるのが面倒だったことがあり辞退。

求人量は豊富だが、書類応募勧奨が激しすぎる上に一次面接辞退はほぼ不可。初めて転職しようとすると書類が通過する案件が意外と多くて詰む。給料アップ案件公務員のせいかほぼ提示されず。エージェントと話したことはない。最初キャリア面談みたいなものコンパスになったかなと思う。

・Dーダエージェント

C社、比較的長めの中小広告関連企業。一次面接でうまく受け応え出来たかと思ったが、あえなく散る。

エージェントとは何度か話したがどうにもこちらのキャリアプランが伝わっていないような案件ばかり。公務員から年収ダウンかついかにも「事務員」の仕事ばかり。担当エージェント時短勤務で、フルタイム勤務の自分にはちょっと相談出来る時間帯が険しかった。案件豊富だがRの方が豊富かもしれない。あとメール多すぎてウザい

・Wークポート

特に何も受けず。エージェント案件数も微妙おすすめしない。

・Bズリーチ(エージェント利用)

D社、エージェントから紹介で受けた新規サービススタートアップ。なかなかいいと思ったが、いかんせん一次面接までに御社のことをあまり勉強できず、自分キャリアビジョン曖昧アピール不足。当然落ちる。

E社、エージェントから紹介で受けた通信ベンチャー。D社と同じような敗因。1日で複数面接を受けるのはいけない。

F社、エージェントから紹介で受けた教育IT関連中小企業筆記試験(敬語算数ペーパーテストドン引き)はあるし、同日の一次面接では「2人目のご予定は?」となんでてめえに答えなきゃいけねえの? という質問多数。配偶者仕事も事細かにエージェント経由で聞き出そうとしてくる。辞退。

Bズリーチエージェントも良し悪しだけど基本的上から目線感があってめんどくさかった。書類通過しないと企業の人と直接やり取り出来ないのも残念。案件の質は他より高いが何でもかんでも受けられるわけではなく、ポテンシャル採用的な扱いを受ける公務員には不向きかもしれない。

・Bズリーチ(自己応募)

G社、Fintechスタートアップ。ここら辺まで来ると自分なりのキャリアビジョンを話せるようになってきており、マッチングしてますアピールを大切にしてみた。コーポレート系のある職種内定。辞退する。

H社、G社の同業他社。この業種は魅力的だが、魅力的でなくなるのも一瞬かもしれない、というのが両者の共通点。さまざまな事件は大した問題ではないが、今後ワクワクしない系業種になるかもしれないあたりが不安であった。コーポレート系のある職種内定。辞退。

エージェントに比べて博打ではあるが、ピンポイントで業種を狙えば内定まで行けることが分かった。ジョブチェンジポテンシャル扱いで転職に挑む場合意外とBズリーチ自己応募は穴場かもしれない。セクハラしてきそうな会社も避けられる。

・Wンテッドリー

I社、Fintechスタートアップ。H社G社とは別業態。自社プロダクトへの愛や、メンバー温度感空気感から惚れ込む。正直、ハッタリかました部分も大きいが、やっていきたかった。コーポレート系で内定年収100万円近くアップオファーもあり承諾。

ココロオドってしまって悔しいが、スタートアップがいいかなと思い始めてから使ったので有用だった。会社の人とカジュアル面談出来るのはやはり楽。SNSシネー。まあ条件提示とか一切ないまま受けたけど、公務員からスタートアップいきたいとなるとそのくらい雑な方が良かったと思う。

感想

公務員から何になりたいのかによる、というと身も蓋もないが、演出は大切だと思った。元からガジェットやらWebサービスやらに興味があったことと、情報系の学部を出たこと、公務員生活法令数字に強くなったことを訴求できたのが、自分ジョブチェンジ成功ポイントだろう。

公務員から民間なんて技術資格もないし無理だと去年くらいまで思っていたが、割となんとかなってよかった。書類通過して面接受けた企業だけ書いていて、書類落ちや書類通過から面接辞退もありますフォーカスのない転職活動は消耗しまくるだけだとも学べた。

公務員生活愚痴はおいおい。以上。

静大CS3年のための実験III)、(アカデミックハラスメント対策入門(

(この増田意図的炎上を起こすことを目的として無断転載を行うものです)

無断転載元:https://komeda.hatenadiary.jp/entry/2018/10/09/150830

URLは適宜補完しました)

前置き - 実験IIIについて -

2018年10月9日

CS3年には辛い辛い後期が始まりました。

今までにも辛いものがあったでしょうが、今期のそれは今までをはるかに上回るそうです。

「それ」とは、もう皆さんお分かりでしょう。

「 情 報 科 学 実 験 III」 です。

情報科学科の授業の中で、最も辛く過酷な授業と言われています

実験内容は、静岡大学情報科学科の計算機教育用に開発されたマイクロプロセッサであるSEP-3アーキテクチャ実装、つまりCPU作成を行うことです。

一見、他大学にはあまりない独特の実験面白そうですね。

かに実験内容だけを見れば、コンピュータサイエンス好きな人にとっては、とても楽しそうな授業でしょう。

しかし、実験IIIで辛いのは実験のものではないのです。

それは「 レ ポ ー ト 、 教 員 」です。

実験IIIでは某教員による、かなりシビア指導が行われているらしいです。

深夜2時まで続く発表

地獄の再発表

女生徒を泣かせた上に追い打ちをかける独裁教員

代々名称語り継がれる説教部屋

真実を伝えることさえ許さな独裁教員

反論は死を意味する

教員による圧倒的な理不尽

学生レポートを破る

学生の首根っこを掴んで怒鳴る

学生が一度も習ったことのないことを口頭試問で質問し、答えられないことを立ちっぱなしで1時間以上追求する

私がこれまでに聞いて来た愚痴や某教員暴挙とも言える行いの数々です。

いやぁ、恐ろしいです。

さながらブラック企業のドス黒業務のようですね。耐えられる気がしません。

先輩方の辛そうなツイート収集してみました。ご覧ください。

ズンドコキャベツ太郎

@toradora_haken

somの口頭試問を受けてないくせにsom3は厳しいけど正論しか言ってないだとか正しい事しか言ってない とか言ってる偽善者が嫌いすぎる

あいつは学生を見下してる正真正銘サイコパス野郎だよ

somの口頭試問を受けた上でまだそんなことが言えるならへ〜そういう人がいるんだなで済ませられるけど

https://twitter.com/toradora_haken/status/1010069961295839232

17:00 - 2018年6月22日

れたすのー

@retasnow_tt

僕だったらいいけど、もう1人の泣き出してしまった女子に「何で泣いてるの?」とか聞いてしまうのは本当にデリカシーがないし早くセクハラで訴えられて欲しい

2:10 - 2018年1月30日

https://twitter.com/retasnow_tt/status/958024564864270336

これから実験IIIを受ける皆さんは、耐えられると思いますか?我慢できますか?

先輩方は乗り越えてきました。

恐らく、私も、あなたたちも、乗り越えられるでしょう。

乗り越えた先には何が待っているのでしょうか?私たちは何を得られるのでしょうか?

実験IIIを乗り越えたという大きな達成感は得られるでしょう。

実験により培った実装力、仲間と共に切磋琢磨したことによる協調性なども得られるはずです。

膨大な量のレポートを書いたことで得られる文章力は、社会に出てからも活きてくるでしょう。

このようなものが得られるという点では、実験IIIの授業はとても身になるものと言えます

しかし、です。

教員がやっていること、アカデミックハラスメントに当たりませんか??

深夜2時までの発表や、反論を許さな体制アカハラに刻当するのではと思います

ここで、アカハラ定義確認してみましょう。

アカデミックハラスメント和製英語: academic harassment)とは、大学などの学術機関において、教職員教育研究上の権力濫用し、ほかの構成員に対して不適切で不当な言動を行うことにより、その者に対して修学・教育研究ないし職務遂行上の不利益を与え、あるいはその修学・教育研究ないし職務遂行差し支えるような精神的・身体的損害を与えることを内容とする人格権侵害のことである

アカデミックハラスメント - Wikipedia より

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%83%87%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%8F%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88

先ほど箇条書きした項目の中に、アカハラに当たるだろうものがありませんか?

ありますよね...。

まり、某教員が行なっていることは、教育ではありません。

     「人格権侵害」です。

教育も度が過ぎればなんとやらってやつですね...)

さあ、このような実験IIIの体制を許しておいて良いのでしょうか?

実験IIIのような強いられた環境の中で学習を行うことは悪影響(私の場合

教員理不尽に屈したくない

コンピュータサイエンスを好きでいたい(実験IIIを受けたら嫌いになりそう)

静大を好きでいたい(私は浜松キャンパスが好きです)

実験III受講中アカハラが発生した場合、私は必ずハラスメント報告をしたいと考えています。 (打ち消し線の意図は後ほどほど述べます

このような考えをお持ちの方が、私以外にもいるはずです。

ですが、ハラスメントの報告はどこに?誰に?いつ?すればいいの?と、報告する気持ちはあっても、どう行動して良いのか、誰に相談して良いのかわからない方もいるでしょう。

実験IIIのアカハラ対策、しておきたいですよね。

そこで、今回は静岡大学におけるハラスメント対策方法をご紹介します。

本題 - How to ハラスメント対策 -

ハラスメントとは?

まずは、ハラスメントについて確認しましょう。

先ほどはアカデミックハラスメントについてのみ紹介をしましたが、複雑な社会が展開される昨今、ハラスメントには様々なものがあります

セクシャルハラスメント

アカデミックハラスメント

パワーハラスメント

妊娠出産育児休業などに関するハラスメント

その他のハラスメント

それぞれのハラスメントについての説明は省略しますが。

これらハラスメント共通する点はなんでしょうか?

それは、「嫌がらせ」です。

ハラスメントは、英語では "harassment "と表記し、人を困らせること、嫌がらせなどと訳します。

嫌がらせとは、

他者に対する発言・行動等が本人の意図には関係なく、相手不快にさせたり、尊厳を傷つけたり、不利益を与えたり、脅威を与えること

ハラスメント定義より

https://www.osaka-med.ac.jp/deps/jinji/harassment/definition.htm

です。

ハラスメント嫌がらせ)の定義からも某教員がしてきたことはハラスメントに刻当することがわかります

ハラスメント対策について

このようなハラスメントに対して、どのような対策をすることができるでしょうか。

以下のような対策が考えられます

ハラスメント加害者に対して直談判を行う

内部組織相談する

外部組織相談する

ハラスメント問題は、加害者無意識に行なっている場合もあり、関係者同士で解決を行うのは難しいと言われています

ですから、内外部の組織相談をし、解決を行なってもらうことが一般的です。

静岡大学でも、ハラスメント相談を行う窓口を構えています

静岡大学学生であれば、まずはその窓口に相談を行うのが正解でしょう。

静岡大学ハラスメント相談について

静岡大学におけるハラスメント相談窓口は、大きく分けて二つあります

学内相談窓口と学外相談窓口です。

学内相談窓口は、学内相談員によるハラスメント相談を行います

相談員はプライバシーを固く守り、相談内容の秘密を厳守します。

相談箱を各部局に設置してあり、週一回、相談員が内容の確認をしています

外相談窓口は、静岡大学から委託を受けた事業者が、無料で、相談から相談を行います

相談Web電話にて行うことができ、学内相談窓口同様にプライバシーを厳守します。

特に問題がないのであれば、学内相談窓口に相談を行うのが正解でしょう。

以下では、学内相談窓口について説明を行います

学内相談窓口について

学内相談を行う方法は、ハラスメント相談箱にハラスメント申立書を入れるか、相談員に相談を行うかの二つです。

ハラスメント相談担当する相談員への連絡先は、このページに載っています

相談員の選び方ですが、馴染みのある先生学部先生事務部の方から選ぶと良いでしょう。

また、相談箱の設置場所はこのページに記載されています

相談箱にはハラスメント申立書を入れる必要がありますが、ハラスメント申立書はこのページからダウンロードすることができます

おわりに

ハラスメント問題は、自分解決ができない場合他人相談しないと、解決することはできません。

実験IIIの)ハラスメント問題解決するために、まずは相談員への連絡、相談箱への投稿をしてみましょう。

実験IIIで深い傷を負わないためにも、後輩たちに同じような思いをさせないためにもハラスメント報告はするべきだと考えます楽しい実験IIIを、みんなで作っていきましょう!!)

ハラスメント報告をしたいと考えていたのですが...

私は先ほど、ハラスメント報告をするつもりです、と言いました。

しかし、今は静岡大学ハラスメント報告のシステム、と言うよりも、ハラスメント委員会(というよりかは静岡大学)に懐疑の目を持っています

それは、

「某教員ハラスメント委員会の頭だ。だからハラスメント報告をいくらしても無駄。」という噂を複数確認たからです。

あくまで、噂です。ですから、某教員ハラスメント委員会の頭だということに確証はありません。しかし、報告が意味をなさないというのは強ち間違っていないだろうと考えています

静岡大学では半期の授業が終わるたびに、授業評価アンケート実施します。

そのアンケート内では、任意コメントをすることができ、そのコメント欄を使い実験IIIの体制を変えようと訴えた先輩方が複数いることを確認しました。

ですが、現状はどうでしょう。何も変わっていません。

また、2018/10/10当日、このようなツイート確認しました。

引用させていただきます

すが藁

@sgwrch105

· Oct 10, 2018

Replying to @hanko96

そろそろあいつ訴えられないか

柚子ノ樹

@hanko96

研究室変更の時に色々担当者と話したけど、学務教務カウンセラー辺りは理解したうえで手を出せない状況だったから、学内で何とかするの無理っぽい。糞オブ糞

8:54 PM - Oct 10, 2018

https://twitter.com/hanko96/status/1049991508227584000

やはり、静大内部から実験IIIを変えていくのは無理があるようですね...。

元々は、「静大生にハラスメント報告の仕方を周知し、ハラスメントを受けた人がハラスメント報告をすることで、実験III(その他辛いだけの授業)の体制を変えることができないだろうか」という意図を強く持った文章を書くつもりでした。

しかし、静大当局が動いてくれないのであれば、この文章意味がありません。

ですから静大CS実験IIIの現状が世間に浸透し、静大内部を変えるような強い社会潮流を持ってくれないだろうか...という淡い期待も兼ねてこの文章を書きました。

長くなりましたが、私の根底にある願いは一つです。

幸せな半期を送ること、それだけですから

anond:20181012181047

もともと日本企業で働いていたけど、家族関係EUに来ました。

MSc日本で取っているけど、働いている中でもっと学びたいことができたので、冬学期からまずはnon-degree studentとして通っています

こっちの人は大学授業料無料なのが羨ましいけど、EU外の人にとっても日本大学に比べて格安授業料なのがありがたいですね。

私はオーストリアにいるので基本ドイツ語の授業が多いけれど、ERASMUSで他の国から学生も多いからか、英語の授業も多く、学生先生英語が通じるので助かっています

私が日本で通っていた大学にはこんなにも多くの英語講義がなかったので、日本に来る留学生はとても大変だったんだなぁと思います

中国自然科学系については詳しくわかりませんが、調査対象地域として中国をやられている方は、現地調査収集データの取扱について中国政府から色々言われることが大変だと言っていました。

生物化学実験系の分野だけかもしれませんが、オーストリア大学院生と日本大学院生を比べると、日本大学院のほうが、修論実験に対して重きをおいたカリキュラムになっているように感じますオーストリア場合は、大学院に入っても研究室にいるより授業に出ている方が長いように見受けられます。前述の通り、講義といっても学生に対してプレゼンや何かプロダクトを作ったりレポーティングにより評価することが多いので、こちらの学生の方が自分の成果を表現する能力が高くなるように感じます。一方、日本大学院ではゼミ実験が重視されているため、実験操作や実務能力に重きをおいているように感じます

私としては、今の時点でどちらが大学院のあり方として優れているかはよくわかりません。

日本からたことのない学生は、研究に対して保守的になりがちなので、あなた日本学生生活を過ごしたことがない場合、戸惑いがあるかもしれません。

私が学部生で研究室を決める際、先輩から、「いくら有名な先生研究室でも、実態は違うかもしれないから、研究室訪問をして、本当に自分がそこで一緒に研究したい人たちがいるか基準にしたほうがいい」と言われました。

有名な先生資金調達がうまく、予算が潤沢にあるかもしれないが、学生指導を全くしない先生もいます

いい研究室が見つかるといいですね。

就活に失敗するなよ

平成が終わり,新たな元号が始まろうという2019年4月に,私はありがたくも社会人としての生活を歩み始める.

19卒と呼ばれる私たち世代は,多くの企業が先日内定式を済ませ,残りの学生生活の少なさを感じ,やり残したことがないかと振り返っている.

やり残したことと言えば,私は就職活動において大きな失敗をした.

その失敗について,少しでも後輩の役に立てればいいと考えすこし書き残しておきたい.

私が就活に失敗した原因は何より「成功者アドバイス鵜呑みしたこと」だった.

私は昨年10月研究室に配属され,11月にもなると先輩からは「就活してる~?」と迫られていた.

私の学部情報系の学部で,業界としてはITとなる.

他の業界に比べかなり内々定を出すまでのスピードが早く,一番早い同期は8月サマーインターンシップで既に結果を残し,内定を獲得していた.

その時点ではさほど焦ってもいなかったものの,ある先輩に第一志望は?と聞かれて某ITベンチャーを答えたところ,その場で調べられ,すでに説明会選考が始まっていることを告げられた.

そして私はその場で申し込みをさせられた.いきなり,第一志望の面接に臨むことになった.

そして,当然落ちた.なんせ面接対策学校で行っているものが全くと言っていいほど役に立たなかったからだ.

その結果を先輩に伝えると,「面接は場慣れだからね~」と軽くいなされた.

その後も志望動機添削やや面接練習を行うたび,「この時期成果物無いんじゃどこも取り合ってくれないよ」「企業学校じゃないんだよ?」などとあらゆる否定をされる.

そんなことを言われてもその先輩を信じていたのは,有名なベンチャー内定をもらっていたからだ.

その先輩は成果物もあった.面接官を魅了する話術があった.だから内定を獲得できたんだと考えていた.

そんな中,あることにお祈りメール10通ほど届いたころに気づく.

それは,その先輩と自分就活が違うということだった.

先輩は大学院生だった.そりゃ当然成果物必要で,大学院にまで行って成果物あげてない人間は流石に相手にされないだろう.

しかし私は学部生だった.就活してるタイミングなんて研究すら始まってないんだから当然成果物なんてない.

単純に戦い方が違ったのだ.RPGでいえば,筋肉系のキャラ魔法使い系のキャラに戦い方を教わっているようなものだった.

そこからは吹っ切れて,外野の言うことには耳を貸さずひたすらいろいろな企業を受けて,面接慣れして,内定を勝ち取った.

結局,自分がどう戦うかは自分で見極めなければならない.

他人アドバイス一見役に立つと思えても,所詮他人なのだ

そしてこのアドバイスも結局他人の言うことなので,決して鵜呑みにすべきでない.

anond:20181012180708

ヨーロッパ学部生(自然科学)してます

院、どこで行くかそろそろ考えなきゃいけないので参考にさせていただきたいのですが、どうしてヨーロッパにされたんですか……?

私は中華圏に行こうか、ヨーロッパにとどまろうか、日本大学院試受けてみようか迷ってます

anond:20181012160415

文系学部に行くと、最初に「お前らが勉強するのはそういう、どう勉強するかってテクニックや心構えだぞ。学部4年じゃどうせ全部は無理だぞ」とか叩き込まれるんだけど、情報系だとそうでもないのかな。

やっぱ即戦力知識を訓練されるのだろーか。

2018-10-11

大学院で外部から来る奴と内部から上がる奴でかなりの差がある気がす

つい先日、大学(学部)の同期と飲んだり研究室の同期と飲んだりした院卒数年目。

で思った。大学院で外部から来る奴と内部からそのまま上がる奴で人生の差がかなりある気がする。

どっちがいいとか悪いとかは特にないんだけど、とりあえず差がある気がする。した。身の回りを見たらそんな感じがあった。という話。

外部(他大)から大学院に来た人。

人生の為に人生やってる感じがする。世間体

ほぼほぼ結婚済み/予定あり。

Facebookとかで生きてそう(偏見)

別に楽しくなさそうなわけではない(ここ大事disりたいわけではないので)

内部(同大学部)から大学院に上がった人。もしくは大学院に行かなかった人(行けなかった人)。

趣味の為に働いて生きてる感じがする。オタ趣味に限らず趣味最高。

結婚の予定はだいたいなし。あるかもしれない。

twitterとかで生きてそう(偏見)

俺もこっち。

働いている企業レベルはだいたい一緒。ただ、俺は駄目だった。

レベルはともかく変な分野で働いてる率で言うとどっちも大差ない感じ。わざわざ外部から大学院に来てそれもアリなのかとか思ったりはするけれども。

少なくとも見てる限りの範囲だとどっちも実家比較的裕福そうな感じで、その上だいたいみんなそこそこ以上にいい所で働いてるので金銭的にはまだまだ余裕がありそうなんだけども。

外部の人は、やっぱりこう働くとか結婚とか、人生をやってるなって感じで、それはそれでちゃんとやれること自体憧れるし見習うべきなんだろうなとは思う。

人生を見据えるのとても面倒くさいしやりたいかと言われると全くやりたくないけど。

何歳で幾ら持ってて家買って子供何人で、とか全く考えたくないし、だからすごいなって気持ち

内部の人は、働いてるけど高等遊民みたいな感じだろうか。上に書いたとおり趣味万歳というか。

若いというか。(何度も書くけどどっちかを/どっちもdisる気は特にない。)

ああ、そうか。書いてて分かったけど若さだ。永遠に若い気がするこの人達

繰り返すけど、disる気は全くなくて、「人生設計がしっかりしてない」とかパーとかプーとか言うつもりはないんだよ俺だってそこそこに働いて楽しく遊んで生きて最期コロッと死にたいって思って生きてるし。

もちろんあと数年もすると色々あったりしてそうも言ってられない奴が出てくるだろうと思うけどそれはそれとして。

中年オタクが夢から醒める奴俺も/何割かは/みんなでやるのかなって思ったりした。大丈夫かな。

ここまで書いてて思うけど俺の周り恵まれてんなあって思った。恵まれてる人達に囲まれてる俺も恵まれてる。

いいところのボンボン最高だなって思ったし、あとは特に責任とかなるべく果たさずに生きて死にたい(怒られそう)。

子作りとかは頑張りたい人が頑張ってくださいの気持ち。国とか地方とか世界とか人類の為にやっていかなきゃって人がなんとかするよきっと…と思っている。思っているけどそれはそれとして少子化まらないですねビックリですよねだいたいインターネット人間の想定する世間とか社会とか(リア充とかその手の表現はいま使いたい気分じゃない)日本人の大半はパーリィ&フットサルDMMも真っ青の子作り大繁殖ワールドよってなったりするけどその割に全然少子化まらないですねこもしかして我々実際多数派なのではどうなんですかコレ正直ヤベーですよみんなもっと繁殖とかしてくださいみんなが繁殖して子供が増えてその結果俺があくせくしないでものんびり生きていられる社会を実現させてくださいあ別にロボットでもAIでもいいですとか思った。がんばれ。俺は遊んでシコって寝る。

あ、n数は少ないのでそういうつもりで

https://anond.hatelabo.jp/20181011194429

そんなの読まずはじめからバトラー読めばいいだろ

学部でもそんなクッション挟まず第一波も第二波もすっ飛ばし最初からバトラー読ませる

山口一男・シカゴ大学教授日本社会学は総じて科学的ではない」

http://www.vcasi.org/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E4%B8%80%E7%94%B7%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC

――手法としては経済学に影響を受けつつ、世界観としてそれ採用するのではないわけですね。

山口 ないですね。社会学というわれわれの学問自由なわけですね。悪く言えばいい加減。分析の最終的な評価にあたっては方法論的厳密さが求められるけれど、その背後には多種多様研究者がいるんですね。エスノグラフィーをやっている人や街へ出てインタビューする事例研究をやっている人なのです。そういった研究ある意味科学的ではないと僕は思っているけれど、彼らは時々すごくいい洞察をする。すると、彼らの洞察データで裏づけできるか、一般可能か、といった問題へと発展していくので、分業だと思っています

ただ、そういう観点から見ると、日本社会学は総じて科学的ではないということになってしまますね。相変わらず古典的理論家が何をどう言ったという文脈解釈エスノグラフィーが中心ですから例外はたくさんいますが、やはり少数です。4000人ぐらいが所属している日本社会学会では、計量分析に真面目に取り組んでいる研究者は1割程度しかいないと聞きました(笑)アメリカ社会学会では逆に計量分析が7割程度エスノグラフィー純粋理論は非常に少ない。ましてや古典理論解釈をやっている人はほとんど希少価値を帯びているといっていいです。

――そういった違いは日米の大学教育の結果なのでしょうか?

山口 日本社会学教育研究では、社会学ヒューマティと分離していないんでしょうね。ヒューマティ自体重要ですが、それと社会科学としての分析意識的に分けなければいけません。たとえば僕の本『ダイバーシティ』にもヒューマティと呼べる内容が入っていますね。それから、たとえば大学学部教養教育では人に考える力を与え、人を育てることを考えますからヒューマティを含め雑多な要素が全て入ってくるわけです。それはいいんですよ。ですが、大学院は研究専門家を育てるための訓練をする場所のはずです。日本研究者は、しばしばその境界意識せずヒューマティ科学をまったく区別しないんです。その結果、研究においてさえ、たとえばドメスティックバイオレンス研究をしている研究者が、計量的分析などほとんどせずに、被害者から聞いた話だけに基づくフェミニスト解釈で男はこんなものだといった論評をしたりするわけです。まったく科学ではないよ。そういった論評は、自分はこう考えるという意見として発言しても構わない。アメリカであっても思想政策を中心とした雑誌でそういった意見を発表して社会的影響を与えている研究者は多いですし、総じて尊敬を集めています。けれど、科学者としての分析とは区別しなければならないですね。論文を書くとき思想部分は禁欲的に落とし、検証しえた分析結果だけを書かなければならない。

社会科学」としての社会学に対する意識希薄な背景には、日本では多くの社会学科が文学部にあることも影響しているのかもしれませんね。計量なんかやったって人の本音のところはわからないよ、みたいなことを言う人もかなりいました(笑)。僕は実証しなければ、一般的なことは何も言えないよって言うんですが。

anond:20181010090540

紀要の無審査論文って、Cinii適当検索するとよく出てきて、

しかもだいたいオープンアクセスから

学部学生レポートの参考文献に適当に持ってくるためによく使われてるって聞いたけど

そうやって学生引用したのを教員がチェックのために読んだりしないのだろうか

情報工学 CG分野の業績事情修正在り】

http://dlit.hatenablog.com/entry/2018/10/10/080521

https://anond.hatelabo.jp/20181010122823

私もこの流れに賛同したので続きます。私は博士課程の学生なので、多少間違いがあるかもしれませんが、大筋は合ってると期待します。身バレしない程度にざっくりとした纏めにとどめますが、誤りがあった場合修正については諸氏にお願いしたい。他の研究者の諸事情を聞くのは面白いですね。

はじめに

CG分野の研究は、大雑把に分けると

というようなモノになると思います。各分野を横断する様な複合的な研究も多いのですが、大雑把にというところでお許しください。最も著名な研究者現在ドワンゴリサーチ主幹しておられる西田先生でしょう。

論文事情

国内ですと画像電子学会VCシンポジウムといった会議雑誌投稿しますが、国内への投稿はあまり重要視されていないという現状があります。では、どこへ投稿するのか?といいますと、Siggraph (Asia) 、 Eurograph、Pacific Graphics などの主要な総合会議になります。主要会議については、インパクトを重視する面もあるのですが、各ジャンルで、例えばレンダリングではEGSRなど、主要な国際会議と同等レベル難易度とみなされる会議があり、これらの専門ジャンル分派会議総合会議よりは多分に理論的な研究が発表される傾向があります。最も評価が高いのは主要三会議ですが、それらでの採択が無理なら、再実験修正したのちに、ランクを落として投稿し、より注目度の高い会議での採択を目指します。

CG論文は、ACMデジタルライブラリーに公開されるほかは、殆ど場合は著者の一人がプレプリントを公開する慣習がありますACMのみですと会員登録をしていない実業界の人の目に触れにくいという事情が影響しているのかなと。SiggraphとEurograph及び主要な分会を除いては、基本的には国際会議で発表された論文は、Proceedingになります基本的にはというのは、その中の優れたもの何報かはジャーナルに採択されることもあるからです。またジャーナルに直接応募する事も出来ますが、ジャーナルへの投稿会議への投稿よりも時間を要する事情もあって国際会議投稿する人が多い様です。当然ですが、これらは全て査読されます。何度もリジェクトされます・・・

https://www.eg.org/wp/eurographics-publications/cgf/

https://www.siggraph.org/tags/tog

一般的論文のページ数は1ページ両面印刷 2段構成10P程度です。とても短いですが、短い分だけ綺麗に纏める能力が問われる事になりますし、一言一句と言えども無駄にできない厳しい調整を繰り返して執筆します。

主要会議は下記のリンクに纏められていますリンクから論文も見れますので、ご興味があればどうぞ。

http://kesen.realtimerendering.com/

論文雑誌とIF

CG業界における最高峰雑誌は、ACM Transactions on Graphics で、IFは 4,218となっています

次いで重要なのが、

IEEE Transactions on Visualization and Computer Graphics でIFは 3.078。

Computer Graphics Forum でIFは 2.046。

ieee computer graphics and applications で、IFは 1.64と続きます

残念な事ではありますが、CGではIFが1.0を超えるジャーナルは少ないので、研究者の多さに比較して掲載枠は少なく競争は非常に激しくなっています。これもジャーナルよりは、それと同等に評価されるトップカンファレンスの proceedingにする理由かもしれません。

業績事情など

学位の取得難易度は、理工学系では高くない方だと思います博士を取る過程要求されるのは、雑誌ないし高レベル会議のproceeding 2報というのが観測範囲での相場です。国内会議への投稿や、査読なし投稿、講演資料などを含めると5本程度はある感じになるのではないかと思います博士を獲得するまでにかかる時間は3年となっています。それより長くかかる人も、短く終える人もいますアカデミックポストは常に足りない状況にあり、非常に優秀な研究者結構苦労してるように見受けられますが、産業界就職する場合は非常に簡単です。

CGをやる上で必要になる数学物理は、基礎科学分野では学部時代にやる様な初歩的な数学物理です。最適化問題を解くことが多くなる関係最適化数学についてはよくやっておいた方が良いようです。この辺りはジャンル関係なく一通り勉強しておく必要があります数学物理勉強量は、基礎科学分野よりも多くはない分、情報系のアルゴリズムに関する基本的理論プログラミングによる実装能力問題になります研究の為には比較対象となる研究を数本程度自分実装したりする必要がある上に、バグを出せば致命傷になるという点が実装力の高さを要求する理由です。優秀な学生は、そこらの社会人よりも優秀という事は珍しくなく。プロコンレッドコーダー日本20人程度らしい)を持っているという様な人もいます

一本の研究を終えるのに読みこむ論文は、20~50、自分実装する研究が 1~3、という量になると思います斜め読みするものまで入れると、その倍くらいでしょうか。物理学と比べると明らかに楽ですね。

レンダリストはスタープレイヤー

CGでは、どのジャンルを選ぶかで博士の取り易さに差はないように思えますが、レンダリング分野は先鋭化しすぎていて、既存研究キャッチアップして実装し、自分研究を行うまでの間に膨大な努力必要とする上に、光学的にみて正しいのか?(追記: 実際に物体に光を当てた場合に得られる画像ないしデータは、計算によって得られた結果と等しい物になっているのか? )という様な厳しい評価を受ける傾向があり、(CG系の)他分野に比べて業績を出すのが大変だと思います研究者の中には10年以上に渡って育てて来たレンダリングエンジンベース研究を行う為に新参との差が大きいのです。そういう意味で優れた研究者師事する事が非常に重要と言われています師匠エンジンを持ってますので)。最近深層学習との組み合わせも増えてきているので、勉強量は非常に多いジャンルだと思います。その分、ゲーム映像分野で花形であり就職の際には引く手あまたになります

流体は希少研究

近年、流体シミュレーションや弾性体シミュレーションは、新規性を出すことが難しいジャンルの一つと言われていて、トップカンファレンスでは採択本数が多くはありません。テーマ選びが難しい分野だと思いますリアルタイムシミュレーションが難しい分野なので、ゲームなどでの応用を狙ったリアルタイム化の研究などが学生には人気がある様です。リアルタイム化すると理論的には正しくない、という様な齟齬が生まれる事が難しく、その折り合いの付け方に肝があるようです。レンダリング同様に就職に強い技術でしょう。流体力学や有限要素法などの知識特に必要しますが、定型化されている部分があるのでキャッチアップはレンダリングよりは容易と思います

モーション研究実用性が高い

モーションとはどんなものか?というと、ゲーム映画などで使われるキャラクタ動作アニメーションの事です。行われる研究はすぐにでも実用化できそうな研究が多く、実際に企業ディズニーなど)での研究成果が発表されることも珍しくはありません。髪の動作研究なども、モーション研究テーマの一つです。これも就職するなら強い分野です。特定数学物理依存せず、基本的数学知識全般必要します。例えば衝突を考慮するならば力学を使うというような感じです。

形状解析および形状処理は需要が弱い

かつてはCADなどで流行りのジャンルだったのですが、CAD研究が下火になったこともあり、現在は傍流の研究です。ただ形状解析の研究は、テクスチャ展開などCG必要技術を支えるものではあるので、現在も一部の研究者によって行われていますゲーム映画で使うLODを作成する技術も、この分野の成果の一つです。他にはMR赤外線センサーから取得した点群を形状に変換するといった場面で研究が役に立ちます就職という観点から見ると、企業から需要は少ないかもしれません。微分幾何と一部は位相幾何特に必要となる知識です。

画像処理は奥深い伝統ジャンル

画像処理画像認識系の会議へ行く事も多いのですが、近年、注目を浴びているのは、深層学習と組み合わせることで、ラフな線画をプロが書いた様な鮮明な線画に自動的に置き換えたり、また無彩色の画像に彩色する様な研究です。特に必要とするものはなく広く知識必要します。部分的には、色空間多様体と考える様な研究もあったりするので、位相幾何学をしっていないとというような事もあります伝統のある研究ジャンルだけに、問われる知識も広範です。画像認識系の研究にも精通している必要がある為、論文を読む量は多いでしょう。

追記 論文評価査読

基礎科学系では疑問視されることはないと思いますが、学科としての歴史が浅くかつ実業に寄った分野なので、論文評価はどうなってんの?という疑問があるかと思い追記します。

査読の際に問われるのは、手法妥当性です。先行研究との比べて何が改善されているか理論的にそれは正しい計算なのか?といった事を主に問われます情報工学のCG分野も科学ですので、先行研究との比較データを集め、解析的に、何がどの程度良くなっているか?を記述します。また、各研究基本的知識として使っている基礎科学系の知識にそって、理論的に研究手法が正しいものであるかも厳しく見られます査読によって疑問を示された場合一定反論期間を与えられます

研究者査読を通過するために、動画プログラムコードなど、再現性を示す資料を合わせて提出することで、査読者を納得させる工夫を行います。時には論文のものよりも追加提出資料のボリュームが大きくなるという事もあります。というか、それが常でしょうか。

自身研究も含めて既存研究は、後発の研究者によって実装され検証されます。上手くいかなければ質問を受けるし、疑問を提示され、後発の論文批判を受けることもあります。そうならぬように、実装したものを公開している研究者もいます。親切な研究者であれば、比較に使うと言えばコード実験に用いたデータをくれることもあります

以上のような仕組みによってCG系の論文研究としての質を保っています。地道で厳しい基礎研究ではなく、実業に近い応用的な研究なので、すぐに企業で使われる事も多く、それも研究妥当性を証明する一つの手段となっています

さら追記 間違いの修正

sisopt 結構りあると思う。SIGGRAPH(Asia)論文はTOGに自動的に載るし、TOGに載った論文SIGGRAPH(Asia)での発表権が与えられるからそれらは同等

これはその通りです。誤った情報を書いてしまい、失礼しました。業績要件については私の知ってる方を含めての狭い観測範囲ですが、なるべく高いレベルで 2報という方が多いようです。全大学ではないことはご了承ください。ご指摘いただきありがとうございました。

2018-10-10

社会学教授必要なこと

https://togetter.com/li/1274838

社会学スタートって「物理学」や「生物学」の「科学手法」を手本にして、社会科学的に考えようって話だったと思う。

それが今では社会学者の論文客観性担保されてない、お気持ち学問査読論文なんてありませんし、ありえませんってことに。

日本における文系理系の分断は大きいね

社会学学部レベルでもカリキュラムで一番大事にされるのが「統計学」。

社会客観的に調べましょう、知りましょうってのが、社会学の基本なので調査のない社会学なんてない。

でも、統計学って数学使うでしょ。数学の基礎の基礎だけど。でもド文系社会学徒は理解できないんですよ。

そーするとカルチュラル・スタディーズとか「質的調査」に逃げるんですよ。誰でもそれっぽい話が書けるんで。お金もかからないし。

それで書けて「なんか上手いこと書けた」とか思ったアホが修士行ってゴミを量産するんです。そしてそのまま就職できずに博論も出せずに置物になるんです。

運良く博論が出せて人づきあいが良かったりボスが良い人だったり上がいきなり人生ドロップアウトしたりすると大学教授になれたりします。

社会学系のキャリアは、研究内容が奇抜で変だからこそのおもしろ枠もあるし、地域枠で地域密着研究者ってのもあるし、単純な学問的な業績よりは「社会的な業績」が加味されます

から、まぁ、社会学教授査読付き英語論文必要かと言えば、別にいらないかな。

社会学基本的手続き学問で、ちゃん調査しましょう、ちゃんと開かれた議論が出来るように論文を書きましょうっていう学問です。

自分研究フィールドがしっかりしていて、調査研究継続して予算もしっかり取れて横着せずに最新の理論研究内容をフォローしてるなら大学教授やってて問題なしでしょ。

手癖で良く知らない分野のレポート書いたり価値判断が先行して調査研究を疎かにしてたらダメかもしれないけど。

理系文系がいう科学的とか客観性ってのは、だいぶ遠いよね。

理系が言う科学的はメートル法だけど文系が言う科学的は尺貫法とかヤードポンド法って感じかもしれない。

2018-10-09

anond:20181008215814

metamix 英語論文なぞいらん日本語で事足りるって話はまあいいけど、理系なら学部生ですらやらされることを文系だと教授クラスでもやらなくていいんだーフーンみたいな感想

お互いの分野で必須タスクが違うだけだろ……英語以外の外国語を読まなくていい理系はずいぶん楽ですね,って言われたらどう思うよ? 私は修論書くにあたって複数ヨーロッパ言語読んだし,東洋史だと修士でも複数の現地語+複数ヨーロッパ言語を読むのが当然みたいな分野もあるけど,理系英語だけ読んでりゃいいんだっけ? ふーん.

kyuuzyuu9yen じゃあ文系論文妥当性はどうやって担保しているのかと。仲間内でも議論はしているのか?

dot 学術言語は一理あるとも思うけど、査読有りが理系ローカルルールという言説には面食らう。記述言語査読有り無しも最終的には学術論文としての品質をどう担保するのかというところに帰結すると思うんだ。

slimebeth この問題英語査読不要理系絶対と思うなみたいな捨て台詞をいろんな人が吐いてくのに「では代わりにどういう制度方法論で研究の質を担保してるのか」を未だに誰も一言も言わないの底知れぬ闇感すごい…

本当に疑問なんだけど,こういう主張するひとたちって「まあ最近文系査読重要になってきているし,若手は査読つき業績を増やしたがっているけれど,査読がつかないかダメとは限らない,ってだけの話.当たり前だけどダメダメ論文は後発の研究によってちゃん批判されるか鼻にもかけられず無視される」っていう箇所が読めてないの? 査読つき雑誌はある,査読つきの業績は重要であるしか査読がないからといってダメであることを意味しない,ってそんなに難しい話かね.

ていうかこういうひとたち,普段査読通った論文なら無批判に盲信してるんですか? 論文批判的・懐疑的に読まれ瑕疵があれば後発の研究によって批判されたり乗り越えられたり無視されたりするものだ……というのは文理を問わぬ学問常識だと思っていたのだが,「査読がないとどうやって研究の質を担保するの?」などと吐かす一部の理系はどうやら査読を通ってさえいればアッサリと先行研究を信じてしまうらしい.どっちが権威主義なんだか.

reuteri ペレルマン査読されてないが多くの人から批判的にチェックされるでしょ?そのチェックの有無が科学にとって重要で、「学界の権威が言っているから正しい」という世界科学ではないのですよ。日本語については同意

藁人形叩かれても困るんですよねぇ.

theta 日本には日本のXX学、米国には米国のXX学、印度には印度ののXX学があって相互互換性が無いのなら、それは普遍性のある学問なのかなという疑問がある。

こういうレベル説明から始めなきゃいけないの本当に馬鹿げてると思うんだけど,日本西欧研究なら西欧諸言語の先行研究は当然追いかけているし,英語圏の日本研究者は日本語の先行研究読んでますよ.ドイツ人ドイツ研究者と日本人のドイツ史学者は同じ学問従事していて,同じ問題意識を共有している.ただ,日本西洋史研究日本歴史学という別の文脈の中にも置かれていて,そちらから影響を受けて「日本西洋史研究独自の色を出すこともあるし,アメリカでは日本研究者と東南アジア研究者が共同プロジェクト独自問題意識を深めているかもしれない.そういう意味で各国の研究には多かれ少なかれその国の事情に根ざした独自性があるわけ.そして,時には「本国」以外での研究潮流が「本国」での研究に影響を及ぼすことだってある(たとえば前世紀末から今世紀初頭にかけてのアメリカソ連研究典型的かな).日本中国学はフランス台湾中国学と微妙に違っているかもしれないけれど,それでも同じ中国学なんだ.

kingate だとして。最先端は何処よ?学術研究論文最先端批評貰う必要があるんじゃねぇの?ローカル内容でも批評貰わんと正否は出ないでしょ、総論として。で、あの学者モドキはその総論に後ろ足で砂掛けたの。

分野によるとしか言いようがないし,別に最先端複数あってもいいんじゃないかと思わなくもないが.たとえば私が研究対象にしている地域については間違いなく英語でのショボい研究蓄積なんかよりも現地語での研究最先端だけど,私は現地での最先端研究フォローしているし,現地人の使っていない資料とかも使って彼らと勝負しているつもりでいるよ(現地人だからこそ盲点になってる資料みたいなのがあるんだよなぁ).

iyochoo 国内アカデミアを重視するか、世界アカデミアを重視するか。両方の言語で書いてくれると助かる人が多いです。

世界アカデミア」なんて幻想で,各国別のアカデミアが併存してるんだよなぁ.もちろんそれらの間に橋を架ける必要はあるけれど.

(……)恐らく査読文化のないという文系の分野では、被参照数によって論文の質を予測するというように思うのですが、被参照数というのは流行研究をしている事で他の研究者が参照しやす環境がないと伸びにくい物です。ニッチな分野の研究をしているが、優れた研究であるのに査読も行われず、誰も参照してないという論文があるとして、研究を行う者はその論文を如何にして見つけて評価するのでしょう?文系研究者は、研究を開始するまでに、かなり無駄調査時間必要とするのだろうなという事を想像しますね。(……)

anond:20181009154937

ぶっぶー.ぜーんぜん違います.ろくな知識もないひとがテキトー想像しても頓珍漢な答えに辿り着くだけなんですよねぇ.

そもそも査読はあるし重要だが,査読がなくても良い論文であれば評価対象たりうる,という話を少なくとも私はしていたわけで,それを「査読文化がない」と要約されても困惑するわけですが,まあ全ての論文査読を受けているわけではないという状況を「査読文化がない」と書いているのだろうと好意的解釈するとして.

当たり前ですが文系でも「レベルの高い査読誌」「査読はないがレベルの高い雑誌」「レベルの低い査読誌」「無査読紀要」ではチェックの優先順位論文の重みは違います.当たり前ですね? 査読はしていないけれど,その分野では定評がありよく読まれ雑誌,というもの存在し,たとえばそのへんの査読をつけた院生向け紀要とかよりも圧倒的に読まれる,というような状況がある中で,査読がないからといって無価値扱いするのは不当だ,という話を私はしていたわけです.

なので,ニッチだけど優れた研究をしている人は,よく読まれ媒体論文投稿すればよろしい.というか人文系研究対象って,研究水準の深化に伴ってどんどんニッチになっていく傾向があったりしますしー.

そもそも文系の多くでは被引用数を重視する文化はあまりありませーん.理由ひとつとして「正確な被引用数を測定するのが困難」というのが挙げられます.著書も業績になり得る上に各国が自国語で研究する世界において,外国語も含めた紙の本での被引用数なんて管理しきれないのでー.私も自分論文の被引用数なんて知りません.外国語で書いたやつは3ヶ国語くらいで引用されて,日本語のやつも紙の本に1回引用されたかな? でも他にも引用されてるかもしれないので,これは最低限の数字っすね.周りで被引用数なんて気にしてる人見たことないなぁ(私に指摘されて初めて自分論文他人の著書に引用されてることに気づいた先輩とかいたっけ).そもそも引用されてむっちゃdisられてても1回引用カウントするわけですよね? それ本当に論文の質の指標になるんですか?

(……)一方で世界社会学者は、インパクトファクターの高い査読付き国際学術誌に投稿している様ですね。アメリカだと、テニュアになるためには当たり前の様に要求される実績の一つですし、それが世界標準でしょう。(……)

それはアメリカ社会学者自国語で論文を書いているだけでは……?

というか,日本語圏の社会学者でも英文学術誌に投稿してる人はいますし,英文学術誌に投稿してる非英語圏の学者でも,それとは別に母国語論文書いてたりしますし.英語以外の言語での論文が載ってる社会学学術誌,探すとあちこちにありましたよー.

韓国語http://www.ksa21.or.kr/kjs/

中国語(簡体字)> http://sociology.cssn.cn/xskw/shxyj/

中国語(繁体字)> http://tsa.sinica.edu.tw/publish_01-1.php

ロシア語http://www.isras.ru/Sociologicalmagazine.html

フランス語> https://journals.openedition.org/sociologie/index.html

ポーランド語https://www.ceeol.com/search/journal-detail?id=240

リトアニア語> https://www.ceeol.com/search/journal-detail?id=1027

カタルーニャ語https://www.raco.cat/index.php/RevistaSociologia/index

ところで日本社会学会は和文雑誌の『社会学評論』以外にもちゃん英文学術誌持ってるんですよねー> https://onlinelibrary.wiley.com/journal/14756781

いやほんと,テキトー知識でよその学問分野に軽々しく口を出して,正しいこと言ってるならともかくめっちゃ的外れとか,生きてて恥ずかしくないんですかね?

death6coin “ぶっぶー.ぜーんぜん違います.ろくな知識もないひとがテキトー想像しても頓珍漢な答えに辿り着くだけなんですよねぇ.”攻撃的ですねぇ

理系研究事情査読制度を知りもせず「理系研究権威主義だ! 定説にとらわれて思考が硬直している!」とかわめく連中に,これまで理系のひとはどんな目線を向けてきたっけ? 冷ややかな目線を向けて嘲笑ってきたよね.もちろんそれはまったくもって正しいよ.理系事情を知りもしないのに思い込み的外れ批判をするのは愚かな行為であり嘲笑に値する.文系に向けて似たようなことをわめく連中にも同様の態度を取らせてもらうというだけ.

zu2 琉球歴史琉球語でかける日はいつか。文化侵略ってこういうものだよな

これは本当にそう.最近だと三元社なんかが琉球諸語・日本語対訳出版物を出していたりするけど,言語復興運動家の著書とか学術誌のコラムまりで,琉球諸語で書かれた学術論文は残念ながら見たことがない.琉球諸語は最近書記法の整備とか色々進んでいるから,今後はそういう方向に期待したいよね.もちろん琉球諸語で書かれた論文査読できるひとはそう多くないと思うけれど,査読なしで論文を発表することも許されているという文系事情積極的活用して中身のしっかりした琉球諸語論文を発表していくひとが出てきたらいいなと思う.

quick_past だったら方言で書いてもいいし、絶滅言語で書いても良いのでは。

それに対しては2つの論点から応答したい.1点目に,「日本語過去の豊かな蓄積を持ち,現在も多くの学術論文生産し続けている言語である」という前提条件を忘れてもらっては困るということ.日本について研究している学者日本語論文を書くわけで,この点が方言とは違う(大阪弁研究する者のほぼ全てが標準語論文を書いているし,山形弁で書かれたヨーロッパ史の高度な研究は現段階では存在しない).

第2に.もちろん書いていいです.少数民族独自民族として生き残っていこうとするには何らかの形で文章語を持つことが(必要ではないが)望ましく,実際にヨーロッパでは人口数万人の少数民族でも自分たちの言語で書かれた学術誌を持っている場合もある(もちろんその場合,当該言語や当該言語で書かれた文学,当該民族歴史といった限られたテーマについての論文を書くので精一杯だったりするのだが.ちなみにそういう少数民族学術誌に少数言語論文を載せてる日本研究者もいる).それに,言語方言とのあいだに本質的な違いはなく,たまたま政治権力を持ち規範が整備された言語変種が「言語」とされ,「言語」と見做されなかった地域的変種が「方言」と見做されているだけ,というのが社会言語学常識であり,実際に気仙沼方言方言ではなく独自の「ケセン語」だと主張して聖書翻訳したお医者さんなんかもいる.上で書いたように,宮古語日本語バイリンガルコラムを載せている学術誌もある(コラムまりで,論文ではないけど).なのでたとえば,鹿児島大学薩摩弁を公用語にした紀要出版されてもよいと思うし,もしその紀要に優れた論文が次々に掲載されたとしたら先行研究を読むために薩摩弁を学ぶひとも出てくるかもしれない.そしてそれは,悪いことでは決してない.

abll 「過小評価しすぎ」は重言。「過小評価している」か「軽く評価しすぎ」が正しい。

きゃーお恥ずかしい.ご指摘ありがとうございます.訂正しました.

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