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はてなキーワード: 画力とは

2018-02-18

anond:20180218132327

『絵がうまくなりたい』自体にはコミュ力は多分要らない

ある程度評価されたいならコミュ力はいらない気がする

めっちゃ評価されたいならコミュ力画力の両方だと思う


まあ頑張って

絵をうまくなりたい一心で描いてるんだけど

本当に世の中コミュ力が大切なんだなと思った。

画力よりコミュ力なんだよ

2018-02-17

エロなし一次創作をどうにか人に見てもらう方法

イラストなんだけど真剣に思いつかん

アイデア画力勝負でたくさん上げて自分の持ち味をわかってもらえるまで粘るのが堅実か?

うーん気が遠くなる…

人の作った作品に乗っかるっていうのが苦手で全然できないし楽しくないんだよね…

まあ見てもらえないのもそれなりにつまらんが

承認欲求って悪いことじゃない

よく承認欲求かに否定的意見をみかけたり、そういう欲を持っていることを恥ずかしい・純粋じゃないと思ってる人もいたりするけど、「誰かに褒めてもらいたくて何かをする」っていうのは全く恥ずかしいことじゃないし、承認欲求強いwwとか貶すようなことでもなく、クリエイティブなことをするためにとっても大事原動力だと思う。

例えば小さなお絵かきして、「もっと描こう」って思ったきっかけって、褒めてもらったのが嬉しかたからだったりしない?それ自体はすごく純粋動機

しろ絵を描きはじめて今まで誰からも褒められたことがないがない、でも描きたくて描いてる、って人は多分ジャンヌ・ダルクばりに神から天啓がくだってる人だと思う。すごい。

何かする→評価される→より頑張る→さら評価されるっていうのは、すごい良い循環。

これでどんどん絵は上手くなる。向上心を伴う承認欲求ほど、自分画力を向上させるものはないってくらい。

ただこれに向上心が伴わなくなると一気に承認欲求って地に落ちてしまう。

何も向上していないしたいして努力もしてないのに評価してほしいって、そりゃママしか褒めてくれないよ。

評価されない、認めてもらえないって言っている人は、果たしてその評価を得るための努力をしているのかな。

ハンコみたいに同じような絵を量産して描いているつもりになってるんじゃなく、あなたが見て上手いと思う誰かの絵のようになるために、ちゃんと人体の描き方とか勉強してる?

私の、俺の絵柄はこれだから!とかなんとか言って、結局上手くならない自分から逃げてない?

絵っていうのは上達の早さに違いはあれど、きちんと自分が下手であることを認めてプライドをすてて練習すれば誰しも絶対上手くなる。

よく評価されないと嘆いているひと、評価されないのも当然な絵を描いてるんだってまず自覚して、まずは練習を重ねないと、評価なんてされないよ。その練習の重ね方も、上手いと感じる人の体のラインを参考にしてみたり、人体教本を最初から最後まで模写してみたり、「あ、目ってこういう描き方するんだ」とか「体ってこう描くんだ…」って気ずきがあるのが身になる練習。今の状態金太郎飴を量産して描いた気になっててもそれは練習じゃないし努力でもないから。

こういうことを言うと、「私は楽しんで描いてるから今のままでいいんだ」っていう人もいるんだけど、もちろんそれはそれでいい。そういう人もいるし、評価なんていらない!って場合はその方がきっと楽しい

ただ、そんなに上手くないけど私をそのままで評価してくれ!沢山RTいいねもして!ってひとは、現状で周囲からも褒めて欲しい!なんてのは高望みだと自覚してほしい。事実として実際評価されてないなら、「評価がない…」と悩まない。それだけの実力がないんだから仕方ない。実力のない創作者を褒めてくれるの仲良しの友達ママだけだよ。それで十分!って諦めないと。

やだやだ仲良しの友達ママ以外にだって褒めてほしいんだもん!っていうなら向上心をもって練習すること。どちらを選ぶかは自分自由

から承認欲求自体は悪いことじゃない。

その欲求を満たしたいなら向上心をもって努力する、努力するのが嫌なら承認欲求を満たすことはあきらめる。

承認欲求が悪く言われがちなのは努力するのが嫌だけど承認欲求は満たされたいというチグハグな人が目につくからじゃないかなと思う。

というわけで、評価されたいならもっと練習しよう。評価されないなら、単純にあなたはまだまだ下手で練習必要だってことを認めること。認めた上できちんと上手くなるために練習したら、絵は絶対上手くなるから

2018-02-16

#魔女集会で会いましょう から見るはてな村周辺の老害

最近Twitter創作界隈で #魔女集会で会いましょう というタグ流行している。やたら流れてくるのでTL上で一度や二度はタグを見たことがある方もいるだろう。

これら#魔女集会で会いましょう タグの付いた作品は、Twitter上で1作品概ね1〜4枚の画像としてアップロードされている。大まかなストーリーは、どの絵師が描いたかに関わらず「魔女人間男の子を拾い、育てる。時は流れ、育った男の子魔女ナイト的な役割を担う」という感じである

もちろん異なる絵師が各々作品を作っているのだから多少の違いはあるが、大体そんなところである

これらの作品に対して、わかり手(@anbakurakoya)氏が非常に痛快な批判をしていたのでまずは紹介したい。毒親に育てられた身としては、「ああ、わかり手さんは毒親母親側)問題について理解があるんだな」ということがよく伝わってくる。しかし、わかり手氏の批判ツイッター界隈の老害化の象徴であるかのようにも見える(これについては後述)

まずはわかり手氏の良さを伝えることからはじめよう

魔女集会タグからダダ漏れてる「彼氏みたいな息子が欲しい♡」という欲望、それリアルでやると毒親まっしぐらコースなんでマジで気をつけてな…。

小学生くらいの幼女レイプしてぇ!というキモオタ欲望と同程度には醜悪欲望である自覚をな、できればな…

自分キモさを認識し、その上で「好き」を貫けや

彼氏みたいな息子が欲しい」という願望を持つ母親毒親一種)が一部にいて、とんでもないことになっているのは経験上よく分かる。また、毒親自分キモさについて自覚的でないというのも共感できる。

さらに、下記のように「リアル創作区別しろ」と仰っているのも非常に納得が行く。

自己擁護の事例としてはこういうのね。いやその関係性が「幸せ」じゃねぇだろ、リアルでやったら毒親まっしぐらだろって話をしてるんだけど、どうも「虚構現実区別」とか言いつつ全く区別がついてないっぽくて怖いんだよね。

リアル創作というのは別のものであり、明確に区別を付けるべきだという意見は全くその通りだと思う。

で、ここで立ち止まって考えてみよう、 #魔女集会で会いましょう タグとはそもそも一体なんなのか??#魔女集会で会いましょう タグを叩いたり援護したりしている人は当然趣旨をある程度は理解していると推測されるが、念の為確認してみよう。

このタグは九頭さん@coneshait という方が最初に始めたタグで、元ツイは以下のようである

https://matome.naver.jp/odai/2151839444121733201

#魔女集会で会いましょう このタグで、『魔女が拾った男の子が成長して、魔女よりでかくなって(ごつくてむさくてがっしりしてて)魔女を全力で愛して守る男になる話』の絵を描きますので、誰か描きたい方いらっしゃればこのタグつけて好き勝手に…

魔女集会検索やすいようにと思って付けてみたやつで、企画とかではないので、みんなも気軽に描いてね~

ただやってはいけないのは誹謗中傷のみ。


ここに絵師が集まって、沢山の作品投稿された模様である。2日後や3日後の「どんな設定盛っても構わん」という追加の発言もあるものの、多くの創作が1レス目のお題に沿った『魔女が拾った男の子が成長して、魔女よりでかくなって(ごつくてむさくてがっしりしてて)魔女を全力で愛して守る男になる話』というリファレンスに沿った内容となっているようである

なぜこういったタグ流行るのかと考えると、絵師が「お題」に餓えているか流行に乗っておいて自分の絵を少しでも見てほしいと思うからなのではないか

絵を描く力と、ストーリー考える力というのは全く別物である。一枚絵の画力はあるがストーリーあんまり思いつかないというような絵師がこういったタグに飛びつくのも合理的だと思う。魔女青年を絵にしたら映えそうだし。

ではここでわかり手氏の発言の話に戻ると、 #魔女集会で会いましょう タグに群がっている人に「毒親願望」があるのだろうか?これはTwitter上の流れを見た私の推測だが、タグに群がる人々の多くは毒親願望を持っておらず、「魔女とかショタかのかっこいい絵を描いたり見たりしたかった」という程度の意思しかなかったのだと思う。

ここでもう一度わかり手(@anbakurakoya)氏のツイート引用する。

魔女集会タグからダダ漏れてる「彼氏みたいな息子が欲しい♡」という欲望、それリアルでやると毒親まっしぐらコースなんでマジで気をつけてな…。


果たして、「魔女集会タグからダダ漏れてる「彼氏みたいな息子が欲しい♡」という欲望」なんてあったんだろうか?お題なんて記号にすぎず、毒親願望なんて多くの人が持ちあわせていなかったところにわかり手氏が「彼氏みたいな息子が欲しい♡という欲望」なるありもしない概念をいきなり持ち込んでしまったのではないかと私は考察する。

同時に、わかり手氏のこのツイートについても的外れであると思う

1人でもいいから、2コマ目で子供を自立させ精神的肉体的に別れる魔女がいて欲しかった。そういう思いがある。


私がこのツイート的外れであると思う理由は「ストーリーを考える手間を極力省き、決まったお題で絵を描く遊び」をしているところに「ストーリー考えろ!」と言うのは、ナンセンスからである

毒親についてであっても、そうでないことであっても、自分意見を貫き通せるのは素晴らしいことである。また、経験則から色々なことを語るのは、後の世代にとって有益となる可能性が大いにある。

だがしかし考えてほしい。刑事モノのドラマを見て雑な気持ちで楽しんでいるときに「本物の刑事はこんなんではなくてだな...これは、現実に全く則していなくて...」とやたら絡んでくるオッサンがいたら「老害キモっ」と思わないだろうか?

わかり手氏はまさにその老害の絡み方をしていないだろうか?

Twitter特性上、TLに流れてくるのは基本的にはフォローしている人達意見であるしかフォローしている人の意見なんて小さな部分集合に過ぎない。フォロー外にはフォロー外の世界があり、当然自分より若い人達だっているし、そこにはそこの掟がある。

Twitterはてな同窓会老人村界隈でゴチャゴチャ言い合ってるのも結構なことだが、所詮老害化しつつある村であることをそろそろみんな自覚してはどうか。

2018-02-13

SF漫画家が描く近未来の漫画サイト

海賊版漫画サイトの「漫画村」がネットだけでなく国会NHK話題になる中で、タイムリーなことに、今週号のヤングマガジンの傑作SFロボット漫画ORIGINオリジン)」で、作中の近未来日本大人気となっている漫画サイトが描かれていた。

 

・「コラセウム」という、その漫画サイトは、加入している作家の数はおよそ400万人。

世界中から漫画をアップでき、AI自動的に全世界言語翻訳される

・作者は読者数による広告料の分配や有料購読費で収入を得られ、人気漫画なら早ければアップ後30分で入金される

エロ漫画もアップ可能

サイトではディープラーニングによって過去漫画家3千人の絵柄を再現できるAIが備え付けられているので、アイデアだけ入力すればAI自動漫画作成してくれる。画力ストーリーネームもいらない。

・一方で、AI作成漫画は読者人気がなく収入にならない。「コラセウム」でランキング上位にいる漫画は全部作家自分で描いた作品

 

ディープラーニング自動漫画作成はともかく、現実でも今後10年以内には、漫画家になりたい人は週刊誌で連載を獲得するのではなくて、こういうサイトにアップすることが普通になるのだろうな。新都社なんかが「なろう」みたいにもうちょっと商売っ気が上手ければ、今、もっとかい漫画ポータルサイトになれてたのかな。

2018-02-10

友人を嫌いになってしまった

私は学生所謂女子グループに一応所属できている。

きゃぴっとはしてないので、客観的に見ると大人しめの4人グループ入学した当初からやってきた。

だがその中の1人を嫌いになってしまった。

決定的な事があったのではなくじわじわと苦手だなと感じるようになってしまった。

の子は(以下A子とする)頭が良く運動は平均美術部で絵が上手い女子だ。

4人全員美術部だが画力は部内でも1で他の子には失礼だが私含め足元にも及ばない。

何故苦手意識を持ってしまたか…嫌いになってしまたか自分なりに考えてみました。

A子も私も含め4人みんなオタク気質だ、しかし身なりには私は気をつかっているつもりではある。メイク勉強したりGU以上ぐらいのブランド買ってみたり…

でもA子は正直ダサい。決定的に服装ダサいのではなく毛玉が付いていたりシワがあったり…など。

あとはメイクをする人を早いだの早くからやったら老けるだの馬鹿にしたように言う。

服装だってメイクだって一種努力だ。解れや毛玉、埃、シワなどないか確認生地に気をつかったり…メイクも親が教われなかったか化粧品カウンターに行って教えてもらったり、、それを馬鹿にしたように言うのは少し辛い。

4人で会う時は気を抜いてるからメイクは余りしないし適当服装から名指しではないのだと思うが…まぁそれはどちらでもいい。

あとは無意識に人を見下しているところだ。

4人の中での学力はA子>B子>私>C子 の並びだが私とC子はそこまで差はない…が、自分よりC子を見下す頻度が高いような気がする、絵については全員を無意識に見下している。

自分は見下されるのはいいんだ、問題B子もだが特にC子を見下しているのがムカつく…より悲しい。

ほんとに人間本質が見えてないんだなーって、上から目線だが思う。C子は学力運動は平均だが思いやりがあり4人の中で一番空気も読めて優しい子だと思う。

不登校な私をよく連れ出してくれたり、数えられないくらいに根気よく一緒に行こうと誘ってくれた。絶対に行ける事はなく行けてる確率は半々だ。なのに誘ってくれる、ほんとに頭が上がらない。

なのに見下すのだ、A子は。無意識に…と書いた通りわかりやすマウントを取るような事はないが言い方がそう聞こえるのだ、○○とか出来たんだね、とか よく出来たじゃん。

私が気にしすぎなところもあるかもしれないが、無意識に見下しているのに加えKY気質だったり先程書いた通り努力簡単馬鹿にする。

正直進学したらあまり関わりたくない がグループの他2人とはずっと仲良くしたい。でも遊ぶ時はいつも4人だし1人ハブくなんてしないだろうし…。「A子の事ちょっと苦手になってきて~」って言えるほどグループがキャピってない、純粋で透明なグループで…。

どうすればいいんだろう…、、

2018-01-30

絵が下手だった私が結局最後まで残った

絵を描くのを諦めきれずに戻ってきた人の記事をみたけど自分は逆だったなって思ってぼんやりこれを書いてる。

自分物心つく頃から絵を描くのが好きで、コミュニケーションの一部だった。

残念な事に下手な部類に入る画力をしていた。

ただ描くのだけはめちゃくちゃ好きで、暇さえあれば何かしら描いてた。

小学校中学校では私よりも何倍も絵が上手い子がたくさんいて

将来漫画家目指してる子や、同人活動バリバリやってる子や、学校ポスターしおりの表紙常にを描いてる子とかが居た。

周りのオタク友達も皆絵がうまかった。

そんな中私はルーズリーフシャーマンキング稚拙ファンアートV系歌詞を書き綴る日々を送っていた。

同人作家に憧れて、コンビニで身内用にペーパー作ってコピーしたり、サイトキリ番狙ってアイコン描いてもらったり、マウスお絵かきBBSに絵とか描いてたりした

その後私は高校に進んでもルーズリーフに絵を描き続け、ひょんなことから美大受験に挑戦し実力差に揉まれ志望校に引っかから地方芸大へ、そこではじめた同人活動ヘタレなりにコピー本を作ったりして、紆余曲折経て絵を見るのが好きだからソシャゲイラスト下請け会社事務をしている。

数年前に当時の友達に久々にあったら皆もう絵を描いてなかった。

最近当時好きだったサイトを見たけどもうあんまり絵を描いてなかった。

私だけ、ルーズリーフに絵を描くのが大好きな中学生で止まってた。

あの時一番下手だった私が最後まで絵を描いてる。

未だにデッサン狂ってるし、出張編集部もってったら判定ボロクソだったし、超絶画力が溢れる昨今の同人界で全然下手なんだけどさ。

心無い言葉も言われたり残念な扱いうけたり未だにあるし、結構面と向かって下手って言われるけどさ。

本当はうまいけど下手って言われすぎたか自分にかけた呪いなのかもってちょっと思ったりもするけどさ(いやでも下手だな…)

なんか描いてると楽しい

何描いてても楽しい

多分可能な限りずっと描いてる。

上手い絵みると嫉妬するけど私もなんか描きたくなる。

下手な私になんでそんなメンタルつけたんだろ神様

私にはすぎたものじゃありませんか、これ。

下手なりに、自慢なんだけど去年は今まで頑張った成果が形になった一年だったと思う。

フォロワーは1万人を超えた。はじめていいね1万いった。仕事では憧れの作品に関わることが出来た。大型ジャンルコミケ誕席2回目。

昔絵が下手でアンソロハブられたから今度は自分主催した。勿論公募制だ。愛があれば誰でもウェルカム

今年は背景とむきむきの男性キャラもっとましに描けるように頑張りたいな。

もうすぐ30近いしいつかは絵を描かなくなるのかなとか思うけど、当分はまだメンタル中学生のままな気がする。

絵を描くのを諦めきれず出戻ってきた話

1990年生まれ現在27歳のグラフィックデザイナーです。

絵を描くのを一度諦め、何年間か描いていなかったものの、

最近になってまた戻ってきた話をします。

せっかく戻ってきたのであれば、今までのことを記録してみようと思い立ち記事を書いてみます

しかすると1990年生まれで2002年あたりから

ネット上で絵を描いていた人にはとても懐かしいかもしれません。

しかすると、知り合いだったかもしれません。

アイデンティティが「絵を描くこと」になった幼少期

物心いたこから既に絵を描いていて、幼稚園児のころには既に

「学年一絵が上手いキャラ」として周囲から認知されていました。

それは高校に上がる直前までの11年間、自らのアイデンティティとして確立し、

自分=絵を描く人間だという自己イメージ自身の中で確実なものとして定着していました。

幼稚園児のころから漫画が大好きで、地獄先生ぬ〜ベ〜やドラゴンボール

赤ずきんチャチャ折原みと先生漫画くりた陸先生漫画をこよなく愛し、

よく真似て絵を描いていた小学校低学年。

高学年になるとテニスの王子様にめちゃくちゃにハマり、

その頃に同人という言葉を知るなど、順調にオタクとして育ちました。

ちょうど6年生になったあたりのころから

インターネットが家庭に手軽なものとして普及してきて、

自分イラストサイトを作ったり、CGで絵を描き始めたのもこの頃です。

あの頃入り浸っていたのは、「ふみコミュニティ」というポータルサイトの絵板。

そこにはたくさんの同世代イラスト趣味とする子たちが集まっていて、

同い年の子たちもたくさんいました。(「マウス書き。ペンタブほしい〜!」はもはや合言葉みたいだった…)

ネット上の友達ができたのもふみコミュのおかげ。

ふみコミュの中にも絵がすごく上手い子、そうでもない子がいて、

本当に小学校6年生なの!?てくらい当時上手い人もたくさんいました。

上手い人が降臨するともう大人気でコメント欄は大賑わい。

私もそこに混じって絵を投稿したり、交流が楽しくてずっと描いてました。

そのころはまだ上手い人に対する、明確な劣等感は感じませんでした。

劣等感が現れ始める中学校時代

中学校に上がるとドラゴンボールに大ハマりして、

ドラゴンボールファンサイト管理人同士(年齢層高め)で意気投合し、

毎晩のように絵チャットに明け暮れていました。

ファンサイトの中でも特に人気だったサイトがあり、

そこに設置された絵チャットに、暇な人が入っていてそこにどんどんあとから人が集まっていく。

チャットは描いている過程が丸見えなので、下手だと思われたくなくて大人に混じって必死で絵を練習し、

その時に人生で一番画力が上がったように思います

二次創作ドラゴンボールにどっぷりでしたが、

一方で「9091P」という1990年生まれ絵描きを集めた同盟が立ち上がり、

同い年同士で交流したりお互いのサイトを見あったりと、創作活動も活発な時期でした。

その頃あたりから、ふつふつと、「世の中には自分より何倍も絵が上手い人がいる」と

劣等感が湧き上がるようになってきたと思います

しかったコミュニティもいつか衰退し、

中学校三年生あたりで、絵を描いて交流するような友達はいなくなりました。

いるのは、ネット上でも話したことのない、上手い絵描きさんだけ。

同い年なのに、どうしてこんなに差が出てしまったんだろう?

そんなことばかり考えるようになったと、今振り返ると思います

課題のための絵しか描かなくなった高校時代

絵を描かなくなる人生なんて想像もつかない私は、高校美術を専門とした学校へ進学。

デッサン油絵、水彩、彫刻プロダクト、デザインといろいろなことを学べ、最高の環境で学び始めました。

課題で描く絵は本当に得意で、いつも良い点を取れるし、先生から評価も高いのだけど、

その一方で「自分のために描く絵」というのを、この頃にはもう全くと言っていいほど描かなくなってしまいました。

それはおそらく…わざわざ点にもならない、要は目に見えた利益にならない絵を描くことに意味を見出せなくなり…

わざわざ描くのに、上手い人たちよりも下手な自分を目の当たりにするだけで、

なんのメリットも感じられなかったから。下手な自分を見るのが怖かったから。

課題はいい点をとらないのに、コンクールでは金賞を取り続ける人。

同人活動で売れ始めた人。

絵画部で大きくて素敵な絵をたくさん描き続ける人。

成績や点数には現れない、素晴らしい魅力を持った人がたくさん身の周りにいました。

でもなぜだろう、仲良くなれなかった。劣等感で一緒にいられなかった。

絵の話だけするのはつまらなかった。

恋愛もしていたしバンドもしていた、いわゆるリア充タイプに属していた自分からか?

そのために、どこかで「自分は彼らとは違う」と思っていやしなかったか

一線を画すことでどうにか自分を保っていたのではないかろうか。

自分は違う」。「自分は比べられる土俵そもそもいない」。

仲良くなりたかったんだろうか?それも甚だ疑問で、確かに話は合わなかった、

でも、絵を描いててなおかつ絵以外のことも話が合うひとなんて、この世に存在するのだろうか?

ネット上では自分リア充的な側面は一切見えないために、

気張ることなく絵や萌えに没頭できた側面もあったのかもしれない。

物作りを職業にするため、グラフィックデザインの道へ

相変わらず絵を描く親しい友達はできないまま、大学に進学する時期になり、

「せっかく高いお金を同じくらい払うなら、地方じゃなくて上京して東京美大デザインを学ぼう。」と思い、

頑張って受験し、一浪の末美大進学を果たします。

絵を描く情熱が割と無くなっていたにも関わらず、真面目な性分ではあることと

点数を取る絵は得意ということもあったといえども今思い返すと本当によく入れたな…と思います

自主制作はもはや高校時代にはほぼしなくなっていたため、

絵ではなくデザインを選んだ理由は、少なくとも物を作りながら生きていきたいと思ったからです。

デザインであれば、就職率もよく、絵を生業にするよりはお金になると判断してのことでした。

ただ進学しても業種を変えても問題は変わらなかった。

デザインだって自主制作がとても大事なのに、大学生になっても自主制作ができない病が治らない。

でも課題はいい点を取れる…………と思いきや、さすがに大学はそうはいかなかったのです。

付け焼き刃では、太刀打ちできないほど周りが上手すぎるし、

そもそも大学研究のために来る場所なので、自分で物が作れない人間評価すらされない。当たり前のことですが。

そして最終的には就活で完全につまづき、希望企業には就職できず、

かといって物作りも諦めきれずに、作家性のないグラフィックデザイナーとして現在働いています

もうコミュニケーション手段として、絵はいらないのかもしれない

書きたい絵なんてのはもともとなかった。

誰かと描きあって、見あって、評価しあってというコミュニケーションの一つとして私はずっと絵を描いていた。

誰も居なくなって、誰とも話せないのに、一人で描き続ける意味はもはやなく、

コミュニケーションはできないのに上手い人を指をくわえて見ているだけで、

劣等感けが募る毎日になってしまった。

私にとっての絵は、物作りは、もう役目を終えたのではないか

新しい、今までとは違う方法で、コミュニケーションを取る方法を探すのが賢明かもしれない。

なんのために絵を描くのだろう?なぜこんなにも絵を、作ることを、諦めることができないのだろう?

物作りから離れることは、自分人生否定すること、アイデンティティ崩壊することという思い込みが、

未だに私に絵を描かせる。物を作らせる。本当はもう、とっくの昔にうんざりしているのに。

やっぱり諦められなかったけど、30歳を目前にして、

これから人生において「物を作るか」「作らないか」に一旦決着をつけたいと思ったのです。

どちらに転んでも、もうこれ以上このことで悩まないように。

から、一旦最後区切りとして、ちゃんと絵を描いてみよう。その取り組みを、今年は頑張りたいと思っています

2018-01-27

ジャンプが嫌いだ

ジャンプが嫌いだ。

正確には、週刊少年ジャンプに連載されているような、ワンピースドラゴンボールみたいな冒険バトルストーリーものが嫌いだ。

物語の初めの頃や、最初ジャンルからは少しずれて(遊戯王とか幽々白書とかドラゴンボールみたいな?)、バトルや冒険世界が広がっていくことは本当にワクワクする。

でも、人気が出るといつもいついもいつも無駄に引き伸ばされて、終わるべきところで綺麗に物語がおわらない。

物語は少し足りないくらいで終わるから、美しいのに。記憶にずっと残るのに。色褪せないのに。

あの、楽しかった作品がズルズルズルズル無残に引き伸ばされて、間延びして魅力のない新キャラが無理やり出てきて、ただもう作者の画力表現力を麻薬のように打ち続けて延命されるのを見るのは本当に悲しいんだ!

ジャンプで生き残るくらいの作者にはもっと次の新しい素敵な作品を生み出してほしいのに。

作者の生活のため?

人気作品を終わらせたくない編集会社の都合?

そんなくだらないことより、才能ある作家作品を歪めて、次の傑作を生み出す機会を失うことの方が人類の損失ではないのか。

そんな才能を喰らい尽くす存在ジャンプなんかもう廃刊なっちゃえ。

あれ、俺が嫌いのなってやっぱりジャンプのものなのか?

2018-01-26

皆の個人的に今キてる漫画教えて

私も教えるので

(なるべく5巻以内で連載中のものをお願いします!)

魔女と野獣 ~2巻

正統派美麗ダークファンタジー!バディもの好きにもオススメです

あげくの果てのカノン ~4巻

SF×不倫というキャッチコピーに釣られて買ったら、とんでもなくドロッドロ!ダウナーになりたい人にオススメ

ねことじいちゃん ~3巻

かわいい電子版がフルカラーらしい。

少女終末旅行 ~5巻

君もアニメの続きを追いかけて鬱になろう!

・しったかブリリア ~1巻

意識高い系知ったかラブコメ!笑えます

宇宙戦艦ティラミス ~4巻

画力無駄使いSFギャグアニメ化決定したので今のうちに読んでみてはいかがでしょうか。


私のオススメはこんな感じです。

なんかいいやつ教えてください。

2018-01-25

アラフォー間近の女です。

良い歳になって神絵師になりたくて

絵の勉強をはじめたんですが

最初はただただうまくなりたい!って気持ちしかなくて

とにかく色々絵を描いて自分なりに上達してきたんですが

自分の描きたい絵がまったくわからなくなり

さらに(失礼ですが)自分より画力が下の方にたくさんのコメントがついて

自分は一切スルー状態義理コメをもらえる程度で

絵の世界もただうまくなるだけじゃダメなんだと痛感しました。

世の中なめ腐って叩かれるに決まってるって言われそうですが

最初絵をうまくなりたい気持ちがどんどん人に褒められたい!になっていってしまった。

絵って一体なんだろう、

自分の好きな事が絵を描いていくたびにわからなくなっていくのがつらい

評価とか気にしないで幼稚園の頃きれいに丸が描けて幸せだった気持ちに戻りたい

2018-01-23

マイナーカプから王道の別カプに移った同人作家へ抱く愛憎

無駄に長いだけの愚痴

やべぇ腐女子のやべぇ言いがかりだし、文章感情的で取り留めないのでご留意ください。




二次創作で、好きなカップリングがある。

めちゃくちゃにハマった。

何をやってもそのカプのことを考えてしまうくらい、これを書いている現在もハマっている。

ちなみにBLカップリングです。ここではそのカプをA×Bとする。

 

なぜめちゃくちゃハマったかというと、めちゃくちゃ最高な二次創作出会たからだ。

人によってカプにハマるきっかけは色々あると思うが、その勢いを加速させるのは最高な二次創作との出会いであることが多いのではないか

というか、私の場合はそうだ。

私にとってその「めちゃくちゃ最高な二次創作」はかなりの衝撃だった。

読んだ瞬間から私に決定的なカプ観を植え付けるとともに、

何度も何度も、台詞を覚えてしまうほど読み返し、「はじめにその二次創作ありき」と言えてしまうほど、私の中ではジャンル自体象徴にまでなった。

そのくらい、一瞬で心をガシッと掴まれ、体ごと持っていかれた。引き摺り込まれたというやつだ。とにかくそ作品が私に与えた影響はすさまじかった。

 

私は作品を読んだ後、すぐにその作者(以降Aさんとする)のツイッターを覗いて、ホームブクマした。

…これを聞いて引く人もいると思うが、私はファンになった作家ツイッターは、鍵垢でもない限り基本はフォローせずブクマするタイプで、

さらに言うとツイートだけではなく個人へのリプライまでもくまなく見るタイプだ。

そしてAさんのツイッターも早速、その対象となった。

  

 

Aさんのツイッターアカウントほとんどが日常つぶやきで、それも一日に多くて2、3ツイート程度の、とても大人しいアカウントだった。

そういうものなんだと思ってしばらくは黙って見ていたけれど、

 

私はとにかく飢えていた。

 

私の好きなA×Bというカップリングは世に言うマイナーカプというやつで、毎日どこかで誰かが作品更新してくれるようなカプではない。

(絶対数が少ないというのもあって、Aさんの作品は私の中でより神格化されていたんだと思う)

飢えていた私は、Aさんの語るA×Bの話がなんでもいいから見たくて、彼女ツイッターを遡れるところまで遡った。

だいたい一年から二年分くらいのツイートを全て見た。

 

すると、どうやら、Aさんは2、3ヶ月前まではけっこうA×Bについてあれが萌える、こういうシチュが見たい、という話をしていたし、

A×Bの妄想だけで一日に数十ツイートを費やす日も多くあったようなのだ

しろ日常ツイートのほうが少なく、当時のAさんの話題ほとんどは、A×Bや、Bという推しキャラクターについてだった。

一年ほど前には、『これからもずっとA×Bの妄想だけして生きていきたい』などと熱の入った発言までしていた。

 

それが、ある頃からカップリングの話をあまりしなくなり、ツイート自体も減っていき、私の知るような大人しいアカウントへと変わっていった。

A×Bの二次創作作品ほとんど投稿されなくなった。

 

その状況を私はROMとして見守るだけの、さみしいような期間がしばらく続いた。

 

 

ある日、変化が起きた。

 

ツイッターに、Aさんが別のツイッターアカウントリンクを貼った。

AさんはA×Bを描いてはいるが、読み手としては雑食らしく、雑食アカウント的な位置づけとして新しくアカウントを取ったということだった。

(最近こういうカップリングごとに垢分ける人多いよね)

 

当然、私はそのアカウントを見に行く。

そのアカウントは作られてからそこそこ日数が経過していたようで、そこでのAさんは、

元のアカウント(A×B垢とします)での大人しさが嘘のように、あれやこれやと別カプの話を楽しそうにしていた。

 

A×B垢に姿を見せない間、Aさんはずっとここにいたのだ。

 

多分、その新しいアカウントでAさんが語っていた話がたとえば、C×B(攻め違いの別カプ)の話であったなら私は、こんな記事を書いてはいなかった。

けれど、Aさんが雑食と言いながらも新しいアカウントでメインに語っていたのは、C×Aだった。

からすると、自カプの攻めが、受けをやっているカプ。

これを見て、だから何だよ、と思う人がきっと多いんだと思う。私もそういう、雑食気質なら良かったんだけど。

でも私は、うわっ、と思ってしまった。

地雷というほどの拒否反応はないけど、好きではないカプだったから。

よりにもよってそこに行くのかよ、と思わずにいられなかった。

 

だけどそのアカウントでのAさんはとにかく楽しそうで、活き活きとしていた。

Aさん曰く、A×B垢ではフォロワー地雷を憂慮してできなかった話が自由にできる!とのことだった。

 

それからのAさんは、C×Aの話をメインにその雑食用アカウントに常駐するようになった。

A×B垢では、ほとんどつぶやかなくなった。

 

 

Aさんは、新しいアカウントではA×Bはおろか、Bの話をほとんどしなかった。AさんはB推しだと言っていたはずなのに、まったく、名前すらもでない。

B推しの人たちが沸かずにはいられない熱い展開が原作にあったときですら、Aさんは別アカでC×Aの妄想をずっと話していた。

 

Aさんの心が、C×Aにハマったことをきっかけに、A×B、ひいてはBから離れていっているのだと、否が応にも察することができた。

それでも、A×Bアカウントでたまに、Bの話をしてくれるなら。

頻度は落ちてもまたA×Bを描いてくれるなら。

そう思って私は、新旧どちらのアカウントも眺めつづけた。

 

 

あるとき、AさんがC×Aの二次創作を発表した。

長めの、同人誌にしてもいいくらいの漫画を、無料で公開した。

 

私はドキッとした。

焦った。

その焦りは、AさんがもうA×Bに戻ってこないかもしれないという焦りだった。

 

私も二次創作をするから、分かる。

読んでいるだけのときと、一度でも自分創作する側に回ったあとでは、カップリングへの愛着に格段の差がつくってこと。

C×Aを読むだけで満足していたAさんが、ついに二次創作を始めた。

本格的にハマる、ハマってしまう、そう思った。

 

Aさんは素晴らしい作品を描く。

私はそれをよく知っている。

C×Aは、A×Bの10倍以上の投稿数がある、言ってしまえばジャンル内最大手王道カプだった。

まり書き手も多けりゃ、読み手もっと多い。

 

Aさんは素晴らしい作品を描くのだ。

 

から当然、その作品ものすごく評価された。

A×Bのときの比じゃないくらいたくさんの人に読まれ感想を送られ、Aさんは感激していた。

Aさんの承認欲求というやつが、王道カプの勢いによってじゃぶじゃぶに満たされていくのが見えた。

絶望的だった。

C×Aでこの快感を味わってしまったAさんは、このままC×Aでの活動を続けるだろうと思った。

 

 

C×Aの二次創作評価されるなかで、Aさんはこう言った。

『前ジャンルではこんなに反応なかったから、すごく嬉しい…』

 

ジャンルと言った。

おそらくA×Bのことだろう。

彼女にとってA×Bはもう、『前』のジャンルになってしまっていた。

 

ああ、と思った。

ぐるぐるしていた焦りが消えて、いっぱいの泣きたい気持ちに変わった。

 

そうじゃないと信じたかったけど、やっぱり、AさんはもうA×Bに飽きてしまっているんだ。

AさんはBを好きじゃなくなってしまったんだ。だってBの話、全然しないもん。

ショックだった。C×Aというカプに強い嫉妬心を覚えたし、Aさんの言う『前』ジャンルにいる私が、否定されているような気にすらなった。

ちょっと、待ってくれ、と引き留めて縋りたかったけど、何もできなかった。

なぜなら私はAさんのアカウントフォローすらしていない、Aさんにとって何者でもない、見えない存在だ。

Aさんがどういう行動をとったところで、私はけっきょく、何もできないのだ。

 

それからは、Aさんの些細な発言に私はいちいち卑屈な反応をするようになった。

自分がみるみる嫌な奴になっていった。

 

『C×Aで××なシチュが見たい!』

 …そのシチュA×Bのときにも言ってたよね。

 

『××はC×Aソングだと思う!』

 …その曲、A×Bソングとして挙げてた曲だ。

 

『C×A界隈ほんといい人ばかり!楽しい!』

 …A×Bはそうじゃなかったから楽しくなかった?

 

『私がこれだけC×Aにハマれているのは、C×Aの描き手さんの素晴らしい作品のおかげ!』

 …A×Bの描き手の作品ダメだったからハマれなくなった?

 

そんなつもりで言ってるわけじゃないと分かっているのに、勝手に卑屈になって、AさんがC×Aを持ち上げるたび、A×Bというジャンルに当てつけられているような気になった。

AさんがBの話をまったくしないことも相まって、AさんはC×A(A受け)の人たちに溶け込むためにA×B(A攻め)だった過去を消そうとしている、A×Bに砂をかけている、とも思った。

そんなことはないと理解していても、やっぱり勝手に、そう思った。

常にAさんを責めたいような、もどかしい気持ちを持て余した。

べつにAさんが、何か悪いってわけじゃないのに。

 

 

 

 

 

Aさんの中でA×BやBに対する興味が薄れたことが明らかになっても、それでもA×B垢のほうは一応、ほぼ放置アカウントのような状態で存続していた。

AさんはC×Aメインの人になってしまったけど、でもA×Bのアカウントはまだあるから、メインカプではなくなっただけで、まだきっとA×Bのことがちょっとは好きなはず。

私はそれを拠り所のように感じていた。このアカウントがある限り、やっぱりいつか、AさんはふらりとA×Bに戻ってきてくれるんじゃないか希望を持てた。

 

だけど、Aさんは結局、A×B垢を消してしまった。

すごく軽い感じに、消しますね〜(^-^)と宣言して消してしまった。

さらには投稿していたA×B作品も、特に反響の大きかったもの以外ほとんどを削除した。

Aさんは雑食と称した実質C×A垢に完全に移行し、C×Aの二次創作投稿をする人に変わった。

 

私はストーカー気質のやべぇ女なので、A×B垢が消えた瞬間に、AさんがC×Aアカウントフォローしている人をすべてチェックした。

Aさんのフォローなかに、A×BまたはB受けを扱っている人はひとりもいなかった。

A×B垢で相互フォローだった人たちとも、新しいアカウントではほぼ繋がっていなかった。

Aさんが軽いノリで消したA×B垢には、数年分の、けっこうな数のフォロワーがいた。

それらすべてを、A×Bというジャンルで得たものすべてを、Aさんは切り捨てたのだと私は感じた。

C×Aに移るために、C×Aの人たちと仲良くするために、A×Bで得た繋がりや、交流は、邪魔だったのだと。

私はそれを、裏切られたみたいに感じてしまった。

雑食と言いつつ、たぶんAさんはもうA×Bを読んだりしていないのじゃないか。きっとそうだろう。

そう思うと、Aさんが憎いような気がしてしまった。

 

ツイッターのつながりなんてプラレールの連結よりも軽いものだし、

ツイッター二次創作個人趣味であって他人のためにやっているものじゃないし、

アカウントジャンルの移動、垢消しなんて、気兼ねなく各々の自由にしていいに決まっている。

そのとおり。正論だ。

 

でも、そういう正論理解したつもりになっても、感情的な部分っていうのはうまく抑えられない。

 

私はAさんと話したこともないし、A×B垢もフォローすらしていなかったROM中のROMなのに、

こんな一方的な執着を持って、自分をたいがい怖くて気持ち悪い奴だとも思う。

 

からこれは、本当に、

めちゃくちゃで自分勝手で幼稚で一方的で低劣で正当性のない、

ただの、言いがかりなんだけど、

 

 

 

 

Aさんみたいに、簡単に好きなものが変わっちゃう感覚、信じらんないよ。

 

同人界隈では「宗旨替え」なんて聞こえがいい言い方をするようだけど、それって要は心変わりだ。

から現れたほうに目移りして、コロッと好きが変わっちゃう人。

その軽さ、少女漫画女の子みたいに浮ついていて薄情に思えるよ。

 

私は昔から一度好きになったものは変わらずずっと好きでいるタイプだったし、

子供の頃に遊んだおもちゃだって全部とってあるようなヤバイ奴だから尚更、理解できない。

そりゃずっと同じもの好きでいたら気持ちの鮮度は落ちるし、他の新しいものを好きになってそればかりに夢中になることは私もあるよ。

だけど、好きが増えることはあっても、今まであった好きが消えたことは私はない。

から好きな気持ちに飽きがくるって感覚が分からない。

好きだったものに興味がなくなる人が、分からない。

 

嫌な思いをしたというのならしょうがない。だけど、そうじゃないのに、

「新しく好きなものができた」という理由だけで一度好きになったもの簡単に捨てられる人、どんだけ薄っぺらいんだと思う。

今まであった好きだった気持ちはどこへ行くんだ?

消えるの? 無くなるの?

 

人間そうやって変化するのが当たり前で、ずーっと同じものに執着し続けられる私みたいな奴が異常なのかもしれないけど。

だけど私はそういう異常な奴だから、Aさんを見てこう思っちゃうんだよ。

 

 

飽きて捨てるなら、最初から好きになるなよ。

A×Bのときに言ってたこととぜんぜん違うじゃん。

ずっと好きでいるみたいなこと、気軽に言うなよ。信じちゃったじゃん。

信じちゃったから、あなたのこと、嘘つきって思っちゃったじゃん。

『前』ジャンルの人から見える場所で、そんなに楽しそうにするなよ。

今が楽しい楽しいって、何度も言うなよ。

それを言われるたび、『前』はつまらなかったって言われているように捉えちゃうんだよこっちは。

 

 

 

今のC×Aで得たつながりを、Aさんは有難いですって事あるごとに言う。

 

言うけど、

 

同じように有難かったはずのA×Bで得た繋がりを、あなた簡単に捨てたじゃないか

だったら今のC×Aで得た繋がりも、また少女漫画女の子みたいに好きなものがコロッと変わったときに、あなた簡単に捨てるんじゃないのか。

それなのに、いずれ捨てる可能性があるのに、それを、今だけ大事ものみたいに扱うの、よく分かんないよ。

あなたがそうするたびに、私みたいな、他人の変化を受け入れられない異常な奴はきっと、裏切られたって思うよ。

 

 

…もちろん、好きなものに正直でいるAさんが悪いことは、ひとつもない。

これはただの異常な奴の言いがかりだ。ごめんね。

 

 

 

 

そうして私はいまだに、AさんがまったくA×Bの話もBの話もしなくなったC×Aのアカウントを、フォローせずブクマしてツイート毎日追っている。

Aさんが楽しそうにC×AやA受けの話をするたび、つまらない気持ちになりながら、それでも見ている。

楽しくないならやめればいいのにと思うのに、やっぱり見てしまう。

 

 

私は自分でも二次創作をするので、毎日こう思う。

 

自分に圧倒的な画力があって、上手な漫画が描けて、それで最高の小説が書ければ、

離れてしまったAさんのA×Bへの関心を再び取り戻せるような、そんな作品を生み出せるのに、と。

そういう、ガキみたいなことを考えてしまう。

そして毎日、悔しいと思う。

Aさんにまで響くようなA×Bの作品を生み出せない自分が。

そんな作品はたぶん空想世界しかないんだと分かってもいる自分が。

 

いっそC×Aの人たちが致命傷を負うような絶望的な展開が原作に訪れたらいいのにな。

そうすればスカッとするかも、とか、性格が悪いことを考えたりもする。

Aさんの好きなC×A作家たちが一斉にA×Bにハマりだして、

Aさんも焦って「私もじつはA×B好きだったんです」みたいなこと言いださないかな。とかね。

我ながら呆れるくらい幼稚な発想なんだけど。

自分じゃどうすることもできないから、自分以外のありえない力や奇跡みたいなもの空想して、そうやって自分を慰めるしかないのだ。

じつに虚しい。

 

 

たとえば一方的にフラれた恋人にすぐに新しい恋人ができたりしたら、こういう心境になるんだろうか。

まり私は半ば恋に近いような執着を、Aさんに抱いているんだろうか。

いや、でも、こんなしょうもない感情が恋心に近いものだとは思えないな。じゃあ何なんだろうな。

最初はただのファンだったはずなんだけどな。

今の私の中にあるきもちは、もうファン心理とは言えないような気がする。

 

私はAさんが投稿するC×Aの作品も一応読むけれど、

それは作品を楽しむというよりは、A×Bを捨てたAさんがC×Aでどんなものを描いているのか確認してやる、という思いで読んでいる。

もはや監視の一環みたいな。

だってそもそも私はC×Aが全然きじゃないから。

純粋にAさんの作品に感銘を受けた、あの最初気持ちが今はもうどこにもない。

Aさんが好きなのか嫌いなのかよく分かんない。

なのにAさんに執着している。

この執着がどこから来ているのかよくわからない。

Aさんの気持ちがA×Bから離れてつらい、寂しい、という気持ちけが

はっきりと私の中にありつづけている。

 

はーー。

 

なにが虚しいって、こんだけの文字数で思っていることを吐露しても、まったく心に変化がないってことだ。

多分これからも私はAさんを追ってしまうんだろうし、

Aさんが楽しそうに今のカプを語るたび、遣る瀬無い思いをし続けるんだろう。

いつになったらAさんのことがどうでもよくなるんだろ。

くそうなってほしいな。そうなってくれ。

 

 

 

ところでこれを読んでいる人は、ここまでの内容を一体どういう目線で読んでいるんだろうか。

 

作家側の立場にたって、

うわっ世の中にはやべぇファンがいるんだな、めんどくせぇ、んなこと知らねーよ、好きにさせろ。て感じかな。

 

それとも一ファン立場で、

そんな事でそこまで拗らせるのはおかしいよ…他人に執着しすぎだよ…大人になれよ…。て感じか。

 

どっちも正しい感覚だと思う。

ただ、世の中にはこういうおかしい奴もいるんだという、それだけの話だ。

 

唯一救いがあるとすれば、ここに書いた煩悶はすべて私の中だけで閉じた感情であって、

Aさんになにか批判的なメッセージを送ろうとか、嫌がらせをしてやろうとか、

そういう気持ちが…まったくないとは言わないけど、

それを実行しようという気が私の中に無いことがせめてもの救いだ。

自分わがまま他人を巻き込んじゃいけないっていう当たり前の倫理観が、ちゃんと機能してくれている。

それだけは本当に、良かった。

 

私は最初から最後まで一貫して、Aさんの視界には映らない何者でもない存在であり続けるのだ。

 

しかすると最初に、A×Bのアカウントがまだあった頃に、

Aさんのことをちゃんとフォローして、あなたのA×B作品が何よりも好きですと一言でも伝えていたらよかったのかな。

そうしていたら、もっとスッキリした気持ちでいられたとか。

そんなことは無いかな。どうだろう。今更か。

結局わたしは、憧れていたAさんが私と同じものを好きじゃなくなったって事実を、許せていないだけなんだろう。

それだけのことでこんな長文の駄々をこねて、精神がガキすぎて話にならんな。

こんな地雷女のいるA×Bから離れたAさんは正解なのかもしれない。

せめてまったく別のジャンルに行ってくれていたら、こんなことは思わなかったのに。

ジャンルの苦手な別カプに行くって。大好きだった分きついよ。

 

いっそこの気持ちを糧に片思いストーカーBLでも描いたらいいかな。

ガハハ

 

あー。ままならねぇ

2018-01-21

anond:20180121090626

それでもよくわからん

あの手のメンヘラ女って「こんなことがありました私は傷つきましたほーらかわいそうでしょ」

みたいな、自己憐憫で胸焼けしそうな、白ハゲ漫画描く画力すらねえのかお前みたいな文章書くじゃん

腐女子ジャニオタ文章にも大概そういう傾向があるけど、まあそれは置いておくとして)

でもそういうメンヘラ語りですら、隙あらば彼氏や元彼の存在アピールしてくるのはどうして?

人の同情を引きたいんだったら、なおのこと嘘ついてまで彼氏アピールしてくる必要なんかある?

見栄でもあるの?

2018-01-18

なぜかアニメ化されない水上悟志大石まさる作品

キャラ作りから構成かで画力まで文句のつけようのない水上悟志先生大石まさる先生漫画アニメ化されないのがほんとに謎。経歴も長くて代表作もたくさんあるのに。

掲載誌が似ているけど影キャラしか描けないやまむらはじめ先生にまで先を越されちゃって(好きだけど)。

先生とも本当漫画を楽しそうに書いていて、少なくない固定ファンもいるのだけど、もっとメジャーになってもいいはず。アニメ化ネタ探ししてる人、本当見る目がないなあと思う。

https://anond.hatelabo.jp/20180117233358

同人誌が売れない

同人誌が売れない。


原作自体マイナーではないけれど同人活動をやっている人は少ないマイナージャンル

画力はめちゃくちゃ下手ではない(と思いたい)が決して上手くもない。好き嫌い分かれる絵柄だと思う。私は好き。

話は頑張って練りに練って考えているのでいつも恐ろしく時間がかかる。私は面白いと思う。

特殊性癖に分類されるようなものを描いている。私は萌える


売れる要素が何一つない。


新刊の売り上げはイベント通販含めて13部だった。

売れるために同人やってないか別にいいのだ。

いいのだけど何ヶ月もかけて頑張って描いた拙いけど最高に萌える同人誌世界で13人にしかまれてない事実最近少しだけ寂しい。

2018-01-13

コミティアに来る編集者しんどい

はじめに謝るけど私は文章が上手くない。

自分の心の整理としてここに書いておきたいだけなので、誰かにマウントとるつもりも全くないし、自分特別人間だなんて思ったこともない。

小学校から大学に至るまでいじめられたことばかりだし、人の輪に入って気さくに話すこともできない、人間落ちこぼれだと思う。自分のことをずっと人間落ちこぼれだと思ってきたから、誰かを見下すなんてこと考えたことない。自分いちばん下で、いつも輪の外で、入る勇気もなく、馴染む努力もしない、できそこないだから、当然だ。

…こういうことを書くと、アスペっぽい、とかコメントがつくのかな。顔の見えない他人なら、なんでも言えるその強さも私にはないので、すごいなと思う。でもはてな匿名からコメント自由にやってもらっていい、私も匿名で書いてるんだからしょうがない。

コミティア出会ったのは数年前のことだ。

絵を描くのは昔からずっと好きだったから続けていたけど、それで漫画を描くのはちょっとやってみたことがなかった。

二次創作ですこしばかしのページ数の漫画もどきみたいなものを描いたことはあったけど、最初からオリジナルキャラクターを考えて、ストーリーを考えて、なんてことが自分でできるなんて考えたこともなかった。

あるとき地元創作漫画イベントがあると聞いて友人と行ってみた。

すごくいいイベントだと思った。みんなが好きな作品を描いて発表して、漫画好きな人しかいない空間、本当にすごいと思った。自分にもできるだろうかと思った。あの中で、漫画を描いて、売って、誰かと繋がることができるだろうかと。

一番最初漫画を描いたのはわりとすぐで、直近のコミティアに申し込んで、サークル参加をした。最初同人誌は25部刷って、完売だった。

冊数はどうでもよかった、完売たことすらもどうでもいいことだった。

ただ私の、私が部屋の隅で、人の輪の外で、そこに憧れながら、自分脳内だけで繰り広げてきた理想物語が、たぶんみじめな妄想が、かたちになって、かたちになったら誰かが買ってくれて、読んでくれて、それだけがしかった。

はじめて誰かとコミュニケーションを取れた気がした。

多分はじめて誰かに自分の思っていることを正確に伝えられた気がしたのだ。

それだけがひたすらに嬉しかった。

何回か参加しているうちに、同人誌を読んで、感想を呟いてくれたり、メールをよこしたりしてくれる人もできた。有り難くて涙が出た。

コミティアに参加して、同人誌を出して、誰かに手渡す瞬間だけ、人間コミュニケーションを取れている気がした。まっとうなコミュニケーションを、できている気がして、本当に息がしやすかった。多分私にはこれしか自分の考えを表せる手段がないのだと思った。それくらい、本当に楽しかったし、幸せだったし、コミティアという場所があることに死ぬほど感謝した。

そのうちに、編集者を名乗る人からメールが来るようになった。

スペースにも、編集者だと名乗る人や、委託の人が来るようになって、自己紹介だけして去る人もいれば、スペースに居座ってひたすら喋り続ける人もいた。

一度、「漫画の描き方を教えてあげる」と言われたこともある。どうして描いたことのない人がそんなことを自信満々に言えるのだろう、と思ったし、そもそも私の友達でも知り合いでも師でもない人に、なぜそんなことをされなきゃいけないんだろうと思った。

不思議に思ったけど、声をかけてくれたやさしそうな編集者の人に、ネームを送ってみることにした。

今思えば、ちょっと卑しい期待もあったんじゃないかなと思う。もしかしたら漫画家になれるかも、とか。それは本来目的ではなかったはずなのに、たぶんそこで道を見誤った。

これは今見返すとそりゃ通らないな、と思える未熟なものなのだけど、その時は一ヶ月くらいかけて100pちょっとネームを送った。その時は当然、通らなかった。

そこまでは別にいい、未熟なもの掲載する訳にはいかない。

そのあと、小さい賞をとったり、読み切りをいくつか載せてもらったりして、お金をもらうこともできたから、編集者の人と知り合ったのはよかったこともあった。

でも、編集者の人はプロになることが、単行本を出すことが、連載をすることが、正解だといつも話す。漫画を描いていると言うと、漫画家が将来の夢なんだねと言われる。

でもそうじゃない、そうじゃなくて、ちがうのだ。私はコミュニケーションがしたいのだ。誰かと繋がるために同人をやってるのだ。

雑誌に載って漫画家になることが目的なんじゃなくて、雑誌に載って、もうすこし知名度があがれば(これは雑誌の大きなメリットだと思う、というよりこれ以外にお金以外でメリットなんてない)同人誌を買ってくれる人も増えて、もっとたくさんの人と繋がる体験ができるんじゃないかと思ってやってるのだ。要するにずっと手渡しをしていたい人なんだな、私は。

でも、悲しいことに新人漫画なんて、ろくに宣伝もされない。公式SNSアカウントですら、宣伝されないから、まったく意味がない。出すメリットなんてなにもない。宣伝する仕事をしないなら、出版社になんの利用価値があるんだろう。あのアカウントなんのためにあるんですか?私にはわからない。

それなのに、連載を連載をとせっつく。うるさい。その間にもコミティアで会った編集者からメールが来る。連載か単行本に興味はありませんか、無いよ。無いんだよ。わかれよ。そのふたつがあれば、誰でもホイホイ描くと思うなよ。それは、それはとても失礼だ。

絵が多少描けて、それなりに話が構成できれば、そういう話はいくらでも来る。

きっと育てる必要がないからだと思う。怠慢だよね。

でも、ゆっくり育てなきゃ、みんな枯れちゃうよと思う。せっつかれて描いて、何度も没にされて、絵が下手だって言われて、画力あげましょうねって言われたりする、そして描いた漫画楽しいだろうか。編集者の人ってどの立場からものが言えるんだろう。なにか契約を交わしたわけじゃないのに、彼らは妙に…偉そうだ。うん、えらそうだ。不思議な人たちだ。関わりたくない。そう思うようになってしまった。

漫画否定されることは、自分の子どもをぶたれるような気持ちなんじゃないかと思う。

もちろん、私に子どもはいいから、これは比喩だし、実際に子どもがいたらたぶん子どもがぶたれたほうが腹が立つと思う。

でも、漫画子どもに例えた時、私の描く漫画は何才くらいだろうかと思う。きっと、4才とか、それくらいなんじゃないかな。まだ幼稚園児だ。編集者に何を言われても、きっと意味がわからなくてぽけっとしてるんだろう。まだ育ちきっていない子どもに、難しい言葉を投げつけて、ひたすら否定して、殴り続けたら、子どもは正しい行いをするようになるだろうか。

これは極論だし、比喩にしても行き過ぎているから、ちょっと微妙かな。でも似たような気持ちで、私は私の子どもが訳もわからずぶたれているのを見ている。かわいそう。私の技術が育っていないばかりに、そういう扱いを受ける。しかも身内でもなんでもない他人から。私の責任だろう。私が未熟だからだ。私のせいだ。

そう思って、漫画を描く足が止まった。私のせいで、私の漫画が愛されない。ゆっくり育つことも許されない。なら描くのをやめた方がいい。そう、思うようになった。

でも、まぁ、結局、描くのはやめられなかった。

から今も描いているし、読み切りも載る。相変わらず宣伝はされない。期待されてないってことだと言う人も居ると思うし、私もそう思う。でもお金はもらえるし、宣伝はされないけど読んだ人は同人誌を買ってくれたりするから描いている。

で、結局何を言いたいかって言うと、コミティアに参加している人全員が全員、漫画家になりたくて漫画を描いているわけじゃないってことを、編集者には理解してほしいということだ。

人の数だけ漫画があるように、人の数だけ、その人が漫画を描く理由がある。

漫画を描くとき衝動は悲しみだったり、怒りだったり、嬉しさだったり、さみしさだったり、お金がほしいってことだったり、有名になりたいってことだったりするのかもしれないけど、それぞれの理由があって、みんなこんなことをやっている。

どうしようもない衝動がなければ、こんなことはしないし(だってかなりめんどくさい作業だ、同人誌を作ると言うのは)、続けようとも思わない。

私に、他人と繋がりたいという理由があったように、他の人にもいろんな理由があるだろう、と思う。

編集者は、そこを理解するとことからはじめなくてはいけないのではないのだろうか、と思うのだ。

というか、これは私の願いだ。そこを理解してほしい。いろんな理由があってやっている。そこをわかってくれないと、私たちは繋がれない。ずっとディスコミュニケーションのままだ。プロになれる、ということだけを目的にしたままで、走り続けられる人間と、そうでない人間がいる。

そうでない人間の描く作品には、価値はないだろうか?そうじゃないと私は思う。

だって漫画小説や、作品を作る能力がある。衝動があれば、誰だってなんだって作れる。そしてきっと、違う誰かに届いて、その人を震わせることもできると思う。誰のどんな作品にも、その可能性は必ずある。

それを信じることから、信じて育てることから、始めてほしいと思う。

切に願う。最近は、没にされ続けて描くことをやめた人が多すぎる。

コミティアに参加する。コミティアはいろんな作品を受け止めるでっかい大皿だ。

間違いなく最高の場所だと言える。神格化しすぎて気持ちいかな、でもごめん、私は死ぬほど好きな場所なんだ。

そこに来て、編集者として、仕事をする。それはいい。

でも一度、趣味で描いている人たちばかりの空間で、仕事をするということについて考えてみてほしい。

雑誌にも、単行本にも、夢のない時代で、どうメリット提示するのか。そろそろ考えるべき時なんじゃないだろうか。もちろん、考えてる人もいるんだろうけど、私はまだ出会ってないので。潰しにきたんじゃないのなら、個人個人尊重して仕事をしてくれ。お願いだから

タイトル、「コミティアに来る編集者しんどい」にしてしまったけど。

いやでも、編集者悪口を言いたいわけじゃなくて(十分悪口になってしまった気もするんだけど)、自分思考整理というか、そういうあれなので…支離滅裂文章になってしまって申し訳ない。やたら長くなったし。やっぱり文章書ける人はすごいな。私には、やっぱり漫画の方が合うんだろう。



















●追記

なんだか、考えていたよりも反響があって、驚きました。

みなさんのコメントひとつひとつ、読ませていただいています

自分の考えを整理して、せめて落ち着いて生きていきたいと思って書いただけの文でしたが、これに対して、さまざまな立場の方が自分の考えを話してくれていて、いろんな考え方を知ることができてとても興味深く、嬉しく思いました。

私の考え方はきっと私なりに歪んでいますし、これが正解という考え方は無いのだと思います。だから、こういう場で、さまざまな考え方に触れられたことは本当に有り難かったですし、私の文は置いておいて、いろんな立場の人が自分経験を話してくれたことに価値があったと思うので、とても良い機会に巡り合ったなと感じています

ありがとうございました。











ここからは本当に蛇足な私なりの結論なので、読まない方がいいかもしれないです。

人によっては不快に感じる人もいると思うので、嫌な人は読まないことをおすすめします。



いろんな方の意見を読んで、よくよく考えてみたのですが、いや、ちょっとこれは正直情けないし自分でも厚顔無恥…!という感じなのですが、本腰を入れて、編集者と向き合ってみようと思いました。

同人は私の大好きなことなので、それはちゃんと続けたままで、でも商業でも、よく思い出してみたら、ツイッター読み切り感想を呟いてくれた人がいたり、コミティアでスペースに来てくれた時に感想を言ってくれたりしたことがありました。

それに、担当編集者も、いつも「今回の読み切りもいいですね」みたいに言ってくれていました。

私はもうすっかり人間不信になっていたので、「なんであんな大したものでもない作品にこんなこと言ってくれるんだろう、リップサービスかな、別にそんなのいいのに」と思って、話半分に聞いていましたが、これ、すごく読者の人に失礼だと思いました。一番最初の読者である担当にも失礼ですね。失礼…失礼すぎますね。もう最悪だと思います

同人は私のやりたいことのメインではありますが、商業でも確かに他人と繋がることはできていて、それはないがしろにしていいことではないのだと思い直しました。

私は漫画を描きます。それは同人でも商業でも変わらないことです。

私は誰かに向けて描くことをやめないし、たぶんやめられないし、それはどの場所でも変えなくていいことだと思えるようになりました。プロ意識?とかよくわからないので、そういうのはとりあえず一旦おいておきます

煩わしい色々なもの抜きで、シンプルに、とりあえず漫画を描きます。楽しく。自分のペースで。「なんだ、いろいろ書いておいてこんな結論かよ」と思う方もいると思いますが、こんな単純なことに気付くまで、時間がかかるやつもいるんです。

世界にいろんな人がいるように、コミティアにもいろんな人がいて、私みたいにごちゃごちゃ悩んで愚痴って立ち止まってるやつもいて、それがたぶん、この世界面白いところなので。

まずは私も編集者という他者への理解と、そして尊重を。お互いの目的を擦り合わせる努力を。これは私個人反省として。自分がしてもらう前に、自分がしてみようと、そう思いました。

それじゃあキーボードペンに持ち替えて、まずはネームから

…と思ったけど、担当編集者メールしてみようかな。これを読んでたりするんだろうか…。それはかなり、恥ずかしいな。

2018-01-09

自分の描きたい絵をひたすら精密に真似ようとしてたら驚くほど画力が上がった

どうやって絵が上達するのとかどうやったら○○(プログラミングとか)できるようになるのっていうありがちな質問、きっと自分の作りたいものをひたすら真似する作るってしてたら自然に身につくしそれが最短のルートだったりする。

2018-01-06

anond:20180105161049

画力持ってるおばさんも、結婚したらあっさり同人やめてたりするけど、そういう人たちが当時の画力ひっさげて帰ってきたのが印象的だった

タイバニってきちんと背景とか書こうとするとロボットとか近未来都市とか、画力がすごいいるんだけど、一児のママです、みたいなおばちゃんが、さらさら描いてた

どこに隠れてたんだこいつら。普通に同人誌作ってたら毎回壁だろ、みたいな人がけっこういたのも特徴的

どれだけの女性結婚すると筆を折るのかよくわかる

2018-01-05

絵師画力が格段に落ちてた場合

その人の元々の力量だったと思うか

それとも急激な劣化

さあどっち???

2017-12-30

なーにが美少女売り子を用意できるサークル羨ましいだよ

当然売り子と思ってた美少女当人が描いた人だったシチュのがきついぞ

なんで画力ストーリーも良い上に顔もそんなに良いんだよ

天が二物以上与えすぎだろ

それに比べて自分はと思うと情けなくなりすぎるわ。

2017-12-24

[] #45-1「3丁目の輝石」

今年もクリスマスが近づいてきた。

みんな思い思いの過ごし方を目指して大忙しだ。

父はアニメクリスマススペシャル制作で。

母は市民団体クリスマス企画で。

兄はバイト

そして俺はというと町じゅうを練り歩き、奉仕活動に励んでいた。

善行を積むことで、プレゼントのグレードを上げるためだ。

もちろんサンタなんてアテにするような歳じゃないけれど、“現実的サンタ”の方はアテにしているからな。


そうして人通りの多そうな場所を重点的に散策していると、バイトをしている兄貴を見かけた。

サンタの格好をしていてパッ見だと分かりにくいが。

どうやらマセた子供因縁をつけられている最中らしい。

「お前、サンタじゃないだろ!」

そして子供のほうはというと、俺のクラスメートのツクヒだった。

あいタイプのやつは、着ぐるみの頭を取ったりファスナーを下ろすことに快感を覚えるからな。

気持ちは分からなくもないが、ああいう無粋なことを堂々とやっている姿を見ると、クラスメートのこっちまで恥ずかしくなってくる。

「そうだよ。俺は“サンタお手伝いさん”。書き入れ時には俺みたいなお手伝いさんが出動するんだ。サンタだけでクリスマス仕事を全部やるなんて物理的に不可能なんだから当たり前だろ。子供には難しい話かもしれないが」

「わ、分かってるよ、そんなこと!」

だが兄貴の方が上手だった。

サンタ存在全否定しないようにしつつ、あっという間にツクヒを撃退してしまった。

「ガキはこれだからチョロい。それっぽい理屈を並べたら反論できなくなるし、子供であることを指摘したらそっちに過剰反応する」

何か手伝えることはないかと思ったが、あの調子なら兄貴大丈夫そうだ。

というか、むしろ邪魔に思われそうだし。

それに、どちらかというと気になるのはツクヒのほうだ。

クリスマスも近いというのに、妙に不機嫌だった。

いや、あいつの場合クリスマスから”……だろうか?



兄貴に言い負かされたツクヒは、目的もなく公園でクダを巻いていた。

俺はその様子を木陰から観察する。

「ああ、気に入らない、気に入らない! これもきっと容姿のせいだ!」

ツクヒはクリスマスが嫌いだった。

なぜ嫌いかは分からない。

本人にだってからないのだから

考えられる可能性は、ツクヒは強いコンプレックスをたくさん持っている人間だということだろう。

あいつはそれでイジめられているわけでも、そのせいで何か損をした人間というわけでもない。

だが要領の悪いあいつにとって、そのコンプレックスは分かりやす言い訳だった。

結果、よりコンプレックスは強くなって自分のことが嫌いになり、周りを更に嫌いになることで自我を保っていた。

そんな全てが恨めしいツクヒにとって、皆が楽しそうにしているクリスマス例外ではなかったのだろう。

俺は見てられなくなって、ツクヒに話しかけた。

「おい、ツクヒ。クリスマスの何が気に入らないんだ?」

ツクヒは同じところをグルグル回りながら、クリスマスへの恨み言を呼吸のように吐き出していく。

「なんか寒いのが嫌だ! なんか温かみがない。なんか国の景観に合っていないし……」

その様は、まるで画力の高い漫画家の絵に、難癖をつけるオタクみたいだ。

商業主義だし、何よりサンタなんて嘘だし……そうだ!」

ツクヒはふと歩みを止める。

何かを思いついたようだった。

「みんなにクリスマスなんてクソだって気持ちを共有してもらおう。そのためにはサンタなんて虚構存在邪魔だ」

こぼれる言葉と笑みから、ロクでもない企みであることは傍から見れば明らかであった。

「そういえばクラスメートのドッペル。あいつ、まだサンタを信じてる、おめでたい奴だったな……よし、あいつの目を覚まさせてやろう」

そう言うと同時にツクヒは走り出した。

俺は血の気が引いていく。

もちろん、それは寒さではなく、ツクヒの大それた計画に対してだ。

「おい、そんなことはさせないぞ!」

「いずれドッペルも分かることだ、マスダ! 止められると思うなよ」

捕まえようと追いかけるが、ツクヒは俺との距離をどんどん離していく。

あいつが唯一自慢にしている俊足に、俺が追いつける道理はなかった。

(#45-2へ続く)

2017-12-21

宝石の国って絵のレベルが低かった評価されてなかったよね

自体はよくある擬人化漫画

ストーリーだけなら聖結晶アルバトロスの方がまだ出来が良いと思う。

正直ジャンプ新人が描いてたら20週打ち切りだと思う。

でも画力だけで強引にアニメ化まで持っていったし、アニメも金をかけまくることで強引にここまで面白くした。

ストーリーなんてオマケなんじゃないだろうか。

絵はクソだけどストーリーが凄いからってことで人気のアニメは見たことがない。

漫画だとまだギリギリ何とかなるけど、それでも「味がある」からセーフなだけでただ純粋に下手なだけだったら絶対に売れない。

売れてる作品はない。

断言できる。

俺が今まで読んだ漫画の冊数は既に4桁代(作品数で言っても3桁にギリ届くはず)なので俺は俺を信用できる。

2017-12-14

anond:20171213224507

自然なだけではなく、単純に、醜い。

人の身体の描き方として、醜く感じる。自分の美意識に反する。

なので敢えて醜い絵にする事で笑いを取るようなギャグならいいけど、

シリアスな場面でアレだと冷める。

特に二次創作だと最悪だ。原作が好きなら尚更。

ヘタレ同人を見てしまった時のような不愉快さを感じる。

いやヘタレ絵なら「作者に原作への愛情はあるが、残念ながら実力が伴っていなかった」って所で仕方ないんだが、

乳袋同人は「作者に画力はあるのに敢えて醜い絵にしている」となるし。

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