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はてなキーワード: 画力とは

2018-04-21

anond:20180421125939

BLは好きでも百合ダメ

BL百合市場規模の差からしても、BLが好きでも百合ダメ腐女子はそうではない腐女子より圧倒的に多いよ。

マリみてウテナ(厳密には百合じゃない)とかパンスト(コンビ的なやつ)とか大半の人履修してる。

増田の周りがたまたまそう、というだけでは。

或いは、知らない人はわざわざ知らない事を強調しないけど、増田は知らないと言わない人は皆知っているはず、と思い込んでるか。

アイドルには興味なし

腐女子趣味アイドル趣味ジャンルが異なるし、アイドルを使ったBLナマモノ)は腐女子でも抵抗が強い人は多い。

BLエロ漫画は極力描かない(R-18読むのは普通に読む)

そもそも漫画描ける能力がある人は読み専よりずっと少ない。

エロ画力必要なので尚更。

まり百合アイドルに興味がなく、BLエロ漫画を描かない腐女子」は単に「腐女子多数派」ってだけ。

2018-04-17

anond:20180417193501

マジレスだけど、ブスを描くのって美人を描くより1000倍難しいんだよ。

ていうのは「美人」の定義はみんな共通だけど、「ブス」の定義千差万別から

前にどこかで似顔絵イラストレーターさんがインタビューで「似てるように描くコツは、その人のブサイクな部分を探すこと」みたいなことを言っていたけどまさにそう。

よくいわれる例えをすれば、美人を描くというのは直線を引くということ、ブスを描くというのは曲線を描くということなんだよな。

直線は一種類だけだけど、曲線のパターンは数千通り以上もある。

から漫画かにブスが登場している作者というのはそれだけで画力構成力があると言ってもいいと思う。

2018-04-16

お前、顔漫画じゃ〜〜〜〜ん

Twitter自分同人誌の話をおプロ様みたいに高尚な感じで語ってるけどさ〜〜〜〜〜お前の同人誌めっちゃ漫画じゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん

ついでに、今日日中学生が描いたほうが上手いよね?って画力で、カメラもド正面固定で、パース何それ?って絵じゃ〜〜〜ん

何年同人誌描いてるんだよ〜〜〜〜〜〜漫画の向上はともかく、画力の向上はしてもいいだろ〜〜〜〜〜身体も手も描けてないしさ〜〜〜〜〜

1日○枚原稿できるって、そりゃ〜〜〜お前の画力だったらそうだろうよ〜〜〜〜背景も真っ白だもんな

今どき手書きセリフでさ〜〜〜いくら何でもババァ味がすごい

展開もコマ割りも死ぬほど単調なのに、これで良くドヤ顔物語論みたいなの語れるよな〜〜〜〜〜〜

年数だけは長いしどこにでも顔出すから、嫌でも目につくし新参はとりあえず崇めるしかないしさ〜〜〜〜

は〜〜〜……今に見ていろ……すぐ私がお前なんか追い越して、このカプの常識ひっくり返してやるからな………!!!

ゆるゆる(古)ふわふわ(婆)がこのカプの魅力じゃねーんだよ!!!!!!!あの婆のせいで離れた人にも届くような!!!!!!最高の同人誌描いてやるから!!!!!!!!

2018-04-15

底辺同人絵師だけど絵の稼ぎで新車を買った

正確にはハスラー新古車なのだけど、まあほ新車だし絵の稼ぎで買ったことには違いないから捨て置く。

底辺自称しただけあって知名度全然ない。

画力はおそらく中の下か下の上ぐらい。ただ、塗りに関しては何かと便利なソフトの使い方をネットで教えてもらったおかげで中の中ぐらいのクオリティはあるかもしれない。

pixivTwitterフォロワーだってかなりしょぼい。掃いて捨てるほどいる路傍の石レベル

そんな俺が、どうして2、3年で車が買えるほど絵で稼げたのかというと、それはひとえに安価の依頼を積極的に受けたからだ。

きっかけは数年前、Togetterで「絵のギャラ安すぎぃ。相場を知らない素人がアホみたいな安価で依頼してきてウゼー」みたいな絵師の呟きがまとめられてるのを見かけたことだった。←この手の話って定期的に話題にあがるよね。

俺が驚いたのは、絵で食ってるプロばかりでなくあまり名前を聞いたことのないような同人作家にもギャラの安さに同意する人が多いことだった。

どうやらカラーイラスト一枚は数万円もらわないとやってられないらしい。

まとめを眺めながら「俺なら半額かそれ以下で描いたげるのになー。ま、クオリティそれなりだけど」なんて、ぼんやり考えていて閃いた。

これもしかして良い小遣い稼ぎになるかも?

山ばかり多い県に住む俺は、普段木材加工工場ツインバンドという機械丸太カットする仕事をしている。

それも月給手取り12万数千円の底辺労働者だ。

趣味で描いてる絵が1000円でも2000円にでもなればありがたかった。

さっそく俺は仕事募集した。素人さん大歓迎だった。

値段は上限一万円。

労力のかからなかったとき積極的にまけてあげた。

週5でオナニーしてるぐらいエロい人でもあったのでエロ絵の依頼も積極的に受けた。

変態なのでスカトロもいけた。

そうして、子どもお小遣いみたいな金額の絵の仕事をおよそ三年コツコツ受け続けた賜物が今日契約を結んできた新車ハスラーてある。

まり上手くない俺の絵にお金を払ってくれたみんなありがとう

特にリピーターになってくれたNさんからトータル十数万もらってしまったので一際頭が下がる思いです。

下手なりに上達を心がけるのでこれからもよろしく頼んます

2018-04-10

画力向上RTA

ほぼ画力ゼロから絵を描けるようになりたいんだが、最短ルートとかないか

期間は一ヶ月(別に3ヶ月でも半年でもいいけどグダグダ練習したくない)

一日2時間は使える

目標ちょっとした漫画描いてツイッターチヤホヤされたい 絵はうまければうまいほどよし

たまたま安く買ったしょぼいペンタブはある

絵を描ける人、教えてほしいー

2018-03-27

エロ漫画アナルセックス描く奴がむかつく

もちろんそういう趣味自体否定しないから「アナルセックス特集号」とか「アナル専門作家」とかいうことでやっていくなら文句はない。

けど普通エロ漫画誌にアナルセックスを混入したり、

普段そういうの描かない作家バリエーションしましたみたいな顔でアナルセックス描くのはほんとむかつく。


牛丼屋に入ってシェフのお任せで蕎麦を出されたら困るだろ。

そのぐらいにはジャンルが違うんだよ。

軽い出来心気分転換アナルセックスを描くんじゃねえ。

蕎麦をやりたいなら蕎麦屋に転職してからやれ。


具体的に今何にむかついてるかというと

快楽天2018年3月号のこんちき漫画だ。

こんちきはずっとweb雑誌面白くもない一般漫画描いてたのが終わって、

ようやくエロ漫画雑誌に帰ってきて、それに気付くのが遅れてアマゾンじゃ売り切れてたからたくさんwebショップ探してようやく3月号の在庫残ってるとこ見つけて入手して、それがギャグっぽくお茶を濁したアナルセックス漫画だった時のむかつきがわかるか?

俺はマジでむかついてんだぞ。


大体お前は一般漫画の時もこな仕事感が半端ないんだよ。

のびのび輝けるエロ漫画を休んで一般漫画に身を押し込んだ覚悟がぬるいわけはないよな。

それなのにあんなに誌面から伝わってくるほどのこなし仕事感を放射してたのは何故だったのか?

お前は照れてるんだよ。

いまだに本気の自分をぶつけることを恥ずかしがってる。

エロ漫画描いてる時より一般漫画描いてる時の方が照れが激しい。

からことさらテンプレルーチン感の強い展開やキャラ出しばっかり選んだ。


お前いつまでそんなことやってるんだ?

お前みたいに斜に構えてパンツ脱げないまま歳食った作家でろくなことになってる奴は居ないぞ。

「なんでもっと全力でやってみなかったんだ」っていう後悔を抱えてつまんない漫画描いてるだけのやつになる。

お前みたいに結構画力が有って器用な奴ほどテクに驕って自分大事にし過ぎて恥ずかしがってそういう末路になるんだ。

SUTOSHIとか新貝田鉄也郎とかみたいにな。エロ漫画ならかるま龍狼とかがお前に似てるよ。

かつて人より抜きん出た技術がありながら斜に構えるのがかっこいいと勘違いして

一度も全力でやれずにパッとした代表作もなくいつが全盛期だったのかもわからないまま老い果てて取り返しが付かなくなった奴等だ。

(今現在進行形でその道歩んでるのは篠房六郎だな。

 あいつは木尾士目ひぐちアサ等がかっこつけるのやめてパンツ脱いで大成したのを見習えないみたいだ。)


お前はまだあそこまでいってない。まだギリギリ間に合うだろ。

パンツ脱がなかったらもうチャンスはないぞ。

危機感がないのかガッツが落ちてるのかしらないが、今が正念場だと思ってくれよ。

エロ漫画でまで照れのあるお茶濁し漫画描いてる場合じゃねえんだよ。

もっとお前が全力でエロいと思えるエロエロでも、恥ずかしいぐらいのラブラブでも、そういうの描いてみろよ。

もう一回一般やりたいなら一般でもいいけど、「こなしてまーす」みたいな言い訳オーラ出すのもうやめろよ。

入れ込むのでも冷めるのでもなく、落ち着いて自分を見つめて、自分の中から出てくるものを恥ずかしがらずぶつけてくれよ。

魔乳がお前の代表作でいいのか?

あれが全力だったと認められるか?

お前が全力だったと自分を騙しても俺が認めねえよ。

いい加減「結構描けてるよな」っていう器用さや技術に逃げ込むのやめて、そこから飛び出してくれよ。


まだ全然間に合うぞ。

でもこれからまたお茶濁したエロ漫画をダラダラ描き始めたらほんとにもうおしまいになるぞ。

2018-03-23

anond:20180323183135

アニメーター画力はあるから専業になっても育児漫画とかでワンチャンブレイクあるし、そっちのほうが美味しいのでは

万一、やばいダンナにあたっても子ども連れてギリ暮らせる程度の収入得られそうなスキルとか太い実家があれば専業も悪くないんじゃないのかと

2018-03-22

anond:20180322195047

基本的ブサイク描くのは画力いるからね

描きたくもないのに望まれてないブサイク練習して描く意味がないんだよ

2018-03-21

小説技法書を馬鹿にするな

以下3文絵小説漫画音楽作詞ボカロPCサークル参加者以上全部アマチュア創作家の長ったらしい愚痴

先日、インターネット小説添削し合う会! みたいなもんに参加しました。

ウェブ投稿された小説を下読みして、集団スカイプでよりよいものにするために話し合ったり感想言ったりしよう! という企画でした。

参加者は、年齢幅は若い人が多めだけど中年の人もいる感じの年齢層で、アマチュア小説を書いているけど、なろう(小説家になろう)とかに投稿してるよ!(つまり小説家になって! って声がかかればなることも吝かではないということ、という人も中にはいるということ。) という人も多く、顔ぶれは様々でしたん。

そんで、

「これ読んで下さい!」

って提出された文章は、長さ様々ですが、大小様々に10くらいかな。知らんけど。長さの規定なかったし。

とりあえず、主催さんから指定されたURLに飛びました。

そんで、まず一作品目を見ましたん。

オッ! 手書きゥーーーーーー!! 紙(原稿用紙ではない)に手書き原稿ゥー!!!

いや圧が凄いのは確かだった。禍々しかった。

でも、ビッツツツツツツしりと書かれた、手描きでシャーペン?! シャーペンかぁこれぇ?! って感じの丸い文字

どうも頑張ってスキャンしてくれたらしい。努力凄い。

しばらく苦笑いした後に、読みました。

長い(20枚)

終わらない

まりどういうこと?

なに、え? 誰? なんでこの人達エスパーなの?

タイトル回収どこ? ここ?

なんやかんやあって)

作品の後半まで来る頃には、アンタの小説牛丼かよと。

「安い!」「早い!」「うまい!」

ならぬ

「長い!」「辛い!」「読めなくはない!」

牛丼屋さんに失礼だいい加減にしろ

しかも、ここに「読ませる気がない!」が加わってて完璧じゃないですかあー! やだー!! 小説デスクトロフォルマッ

で、その後も同じような欠点がある小説を読み、スカイプ当日になり、スカイプに全員が集まりました。

アドバイスを言い合う段になって、皆結構辛口な選評を届けるなか、ワイもその件の手書きの人にアドバイス求められたんです。

相手「じゃあ、ワイさんどうでしたか?」

ワイ「皆さんに言えることだと思いますが、小説の書き方の指南書を読んで実践してみるといいと思います

相手「え……? 嫌ですけどなんでですか(半ギレ)」

ワイ「え?」

相手「なんで小説技法(笑)なんか読まなアカンのですか(苦笑)読まなきゃアカンのはワイさんでは」

ワイ「はいぃ?」

そこへ主催の方が言います

主催「ワイさん、ちょっと言いすぎだと思います……」

ワイ「言い過ぎって何が言いすぎなんですか?」

主催「いや、あの……相手さんは書ける人ですよ、それに、相手さんは毎日お話をたくさん書いてますし量もこなしてますよ? ちゃん小説としての体裁をとってると思うし、なによりそんな、小説技法書を読んで実践してみろなんてよくそんなひどいこと言えますね、ほんと読まなきゃいけないのはワイさんでは……? 何より、そんなの実践したら個性消えますよ」

相手そもそも、 こ れ 趣 味 で す」

はいクソ~~~~~~(熱いフォロー外し)

(知り合いの誘いでも)二度と乗らんわこんなクソ会

……ハァー(もういちどキーボードに手を伸ばす)

そうだ。物語というものをみんな「紙と鉛筆、またはインターネット環境があれば誰でも簡単に書けるもの」だと思っているのだ。

ワイはそれを忘れていたのだ。だから時折こういう奴が存在する! ものを書く、いや、創作するということ全般をナメてるやつ!

文字単語を並べて、内容もクソもない文章を作って はい小説です! って出してそれが はいベストセラーです!! ってなったら世の中にワナビはいない

下手で洗練されてない、思想もない、絵を並べて はい漫画です! 絵です! って出してそれが はい名画です! ってなれば 世の中に画家とか漫画なんて職業存在しないし、やっぱりワナビも居ない

最初から曲を作れる人がたくさんいたら、この世にDTM挫折する人なんて居ないの!! だからワナビも居ない!

だがそういう人たちは言うのだ「でも普通にデビュー作でヒットかましてる人もいるじゃん!」

ワイは、そういう事を言われるたびに自分血圧心配になる。

「みんな創作する人たちは(本当は言いたくて仕方ないけど地道に)努力してるんだよ!!」と言いたくなります

ワイらのようなパンピーは、普通のまんまでは

いい感じの喫茶店とかスタバコーヒー片手に小説らしき文章を書きながらほくそ笑んでるだけじゃ良い小説は書けません。

机にかじりついて、ウッギィイィィィィィィ!! 書いてやるウゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!!

って呪詛のように鈍い文句に満ち溢れた私怨に満ちた文章を綴っているだけでは良い小説は書けません。

まあ「人に読ませることを想定していない文章」は出来ると思いますが。

先程の会話劇の話に戻ります

この会話の参加者たちは、特に小説技法書を馬鹿にしていて、ワイはそれが許せなかった。

以下許せない理由を列挙します。

なんで馬鹿にしているのか。それは、彼らが既成観念に囚われているからに他ならない。

小説技法書なんて小説素人の読むものだと思っている

自分小説を書けると思ってる

毎日量をこなしてるから大丈夫だと思ってる

小説としての体裁をとってるなら全部小説だろうと思ってる

小説技法書を真似したら個性が消えると思ってる

趣味からいいだろと言いつつなろうに投稿し「声がかかったら小説家になるのもやぶさかではない」気でいる(そういう人もいる)

ぅうーーーーー

小説しかいたことがない人には、絵やDTMのたとえはピンと来ないかもですが、

絵を描く際は何よりも「基礎画力」と「応用力」と「資料」を大事します(この3つの言い方は様々あり、足りない人はまとめてデッサンしろとか言われたりします)

基礎画力と応用力と資料は、3つバランスが取れてなきゃいけないんです。

基礎画力が足りなくて、応用力と資料だけあっても、ぐちゃぐちゃが出来るだけですし、資料があってもそれを応用できないとなんじゃこりゃ? ってなぐあいです。

DTMに関してもそうでしょう。音楽の「基礎知識」と、楽曲に応用する「応用力」と、音楽に関する「資料

全部なきゃいかんのか? いかんだろ!!

小説技法書なんて小説書き素人が読むものだと思ってる って人は

小説を書けると思ってる から下のくだりつながっていくんだよ!!

全部思ってるってだけなんですよね。

量をこなしてても(基礎画力・基礎知識)、応用力と資料がないと意味ないです。

それはただ、「資料も基礎知識もなく、ただなんとなく書いてたらできた小説」です。

あ、でも中にはね、

小説としての体裁をとってるなら全部小説だろうと思ってる

って人もめっちゃおる

しか小説って名前つければ全世界の全ては小説じゃい。じゃあ小説でええやろ!?って?

でも、そういうプロ作家さんの「トリッキーな動き」を真似するには、相当な覚悟努力必要なんじゃないでしょうか?

体操教室に通わず連続バック中したら大体の人は(相当若くて運動神経もよくない限り)骨折ますよ。

絵なら、リアル骨折れてるって指摘されますよ。DTMなら、聞くに堪えない騒音が聞こえますよ。

そういうのを越えて連続バック中ができるのは、ごくごく一部の天才だけです。

からワイは言ったんです

小説技法書を読んで実践しましょう」

小説技法書は、大変よいものです。

なぜって、基礎と応用する力をまとめて叩き込んでくれるんだから

3冊も読んで、一冊ずつ実践していけば十分なんじゃないでしょうか?

そんで資料を集めれば、ようやっとスタート地点でしょう。

でもねここまで書いたけど、中には

小説技法書を真似したら個性が消えると思ってる

っていう人もいますよね。でもそれはまったく間違いで。

くそういうことを創作者さんは言われますが、「消える程度なら個性じゃない」です。

個性とは、身の内面からにじみ出てくるものです。書いても書いても決して失われないものです。

意識せずに作り上げて何が個性か。そんな作り上げる個性、よっぽど凄くない限り、骨を折って終わりです。

最後に長々と愚痴ってきたけどこれだけは言わせて

趣味からいいだろ! と言い訳しつつ小説家になろうに投稿しているが、小説家になって! って声がかかればなることも吝かではない。わかって♥

わかんない♥ 甘えるな

以上

(じゃあここまで愚痴っといてお前の立場アマチュアだろ偉そうなこつ言うな! って言われると思うけど

 ワイは確かに趣味ですけん、だが趣味範囲でホンキで取り組んでるからこそ「先人の苦労や知恵の結晶」が馬鹿にされるのが単に許せねーっす)

2018-03-12

Wikipediaウソを混ぜ込むのが好き♪

というか妄想が好き♪芸能人の好きな食べ物歴史上の人物逸話ペット品種・・・・・・頭の中でいろいろ創作ちゃうんです。

画力があるなら漫画を描くんだけど、画力ないのでWikipediaに書いてます

コツは「refがあまりない記事に小さなウソを書く」こと

大きなウソを書いたらばれます。{{要出典}}貼られます

一応ウソ美学があって

・人の名誉を傷つけるウソ

・人や動植物健康を損うウソ

・読んだ人が不快になりそうなウソ

は書きません。

自分妄想が、現実世界で多くの人が共有する「事実」となる。

英語版の方に書いたウソが、翻訳されて日本語版移植される。世界の狭さに感動!

ネットメディアツイッター芸人が、私のウソ引用した日にはもう!至福!

知的人間ならみんなこんな喜び感じちゃうんじゃないでしょうか?

みなさんもウソいたことありますか?Wikipediaでも増田でも他所でもいいのでw

2018-03-04

集会について

すこし前に、某集会流行った。

人間ではない女性が、人間のこどもを拾って育てるあれだ。

あのタグに参加していた人たちの発想と画力は凄くて、見ていてとても楽しかった。

だけど、ちょっとした騒動も起こった。

タグの発信者さんは疲弊しておられたようで、心が痛い。

せっかく素敵なタグを発信してくださったのに、本当に大変な目に遭っておられたと思う。

タグ信者さんに非は全く無いことを前提として、ちょっと思ったことを書きたい。

騒動は、確か「育てたものが育てられたもの恋人的な役割を求めるという気持ち現実に持ってきてはいけないよ」的なツイートがあって、それに「想像現実混同するな!」「これはあくま人間ではないもの人間の話だ!」と反発があがって、そこからいろいろな人がいろいろな意見を述べて…というものだったように思う。

最初は、「現実に持ってきてはいけない」ツイートを読んで、水をさされた、と思った。

せっかく楽しく空想の話をしていたのに。現実を持ち出された。

花火に水をぶっかけられて消されたような気分だった。

だけど、そのツイート発言者さん(便宜上『彼』とする)のその後のツイートを見て、じょじょに考えが変わった。

彼はなにも某集会否定したのではなく、ただ、創作者として、『そういう気持ち現実に持ち込んではいけない』ということを自覚しろ、と述べただけだった。

創作世界は何をしても良い。ただ、『現実に持ち込んではいけない感情』を『創作物として』自分は今『楽しんでいる』ことを自覚しなければならない。

育てるものと育てられるものには明確な力の差がある。性別関係なく、育てるもののほうが上位に立つ。

そして、育てられたものは育てるものの影響を濃く受ける。

からこそ、いつ『育てるもの』になるともしれない人達(親になったり先生になったりいろいろある)は、『自覚』をもたなければならない。薄暗いものを、薄暗いものとして愛でるのは大事だ、と。

たぶん、そういうことだったのだろう。

それはまあ、確かにそうだな、と思った。

他にも、これは彼の意見ではなかったが『最初から愛玩用として育てたんならまだしも、実子のつもりで育てたら、愛されて恋人になるなんて気持ち悪い』という意見があったように思う。

と、まあそのような感じで『育てるもの』と『育てられるもの』の意識についての問題的があったわけだ。

育てるって、身近な行為で、そのわりに与える影響がでかすぎるから

から自覚を持ちましょう…と、そういう話。

この件について、彼がまたツイートしているのを見かけた。

正直、言い方がきつかったのは認める。自分はかつて母親恋人役割を求められたことがあって、そのトラウマがあるから、あれがたとえ創作なのだとしても見るのが辛かったんだ、と。

大体そんなようなことを言っていて、なるほど、トラウマを刺激されてしまったんだな、と思った。

創作があって、その創作を楽しんでいた人達がいて、でもちょっとそれは薄暗い内容で、中には薄暗いものを薄暗いものだと感じる意識が薄い人がいて、それを見た人の中にトラウマがある人がいて、嫌悪感もつ人もいて、それが騒動になった。

母親ないし父親がみんな優しい、理想的だとは限らないから育てるものと育てられるものにまつわるトラウマの発生率は結構高いんだろう。だからこそ騒動は大きくなった。

上記一連の騒動ぼんやり眺めていて、ふと思った。

結局、どうあれば良かったのだろう?

創作自由なんだから文句をつけないで!現実創作は別物! という意見もわかる。

創作だって現実に影響力はあるし、薄暗いものと薄暗いものとしてきちんと自覚しておくことは必要、という意見もわかる。

たぶん、『どんな創作をしても良いけど薄暗いものは薄暗いものとして自覚をもとうね』が結論なんだろうな。

自覚が無いなら、その自覚が無いという点につき危機感を抱こうね、と。

うーん、難しい。

悲しいことに、あの創作は、一人の人間トラウマを刺激し、辛い思いをさせてしまったようだ。

でも、別にそんな思いをさせたかったわけじゃないんだよな。

ただ、人間ではないもの空想の話を楽しくしたかった。

『そんなつもりはなかった』で相手を傷つけることができるのが悲しいな。

いつかなにかで傷ついて、トラウマをもっている人がいて。

そしてその人が、別にその人に直接向けられたわけではないものトラウマを呼び起こされて、きつい言葉を使ってしまう。

そのきつい言葉で、また誰かが傷ついてしまう。

ループしてるね。

彼の言いたいことはわかるし、トラウマは辛かったんだろう。

でも、彼の発言創作に水をさされた人は『傷ついた』と言っちゃいけないんだろうか?

まあ、要するに「トラウマがあるから○○してしまった、許してくれ」という言い方に違和感を覚えたって話。

さなきゃいけないのかね。

その為された○○によって、別の誰かが傷ついているじゃないか

でも、トラウマがあるから○○してしまって、それは多分止められるものじゃないんだよな。

からやるわけだし…。

どうすれば良いんだろう。

このループは、だれのところで止めたら良いんだ?

2018-02-26

anond:20180226192820

なんか最近は白ハゲ描く画力があるだけまだマシにすら思えてきた

あれも大概自己主張を狭い画像にギュウ詰めにしてるけど、まだ画像に入りきる分という制限はある

でも白ハゲ描くのすら無理で文章オンリーになると、申し訳程度の枷すら外れて、

書きたいものを書きたいだけ、際限なくとりとめもなく書いてしま

そうやってできあがるのが典型的腐女子独りよがりなクソ長文というわけ

[]

今回は少年ジャンプ+

さびれ森のらら子さん

本作の見所は、登場人物たちの紡ぐ芸術作品の奇抜さにあることは明白だと思う。

その総体的空気感を楽しむ漫画って感じ。

ただ精彩ではあっても精細さに欠ける印象。

から、分解して評価するとつまらなくなったり、粗ばかりが気になりやすい。

コマ割とか、構図とか。

あと、終始説明口調な登場人物たちね。

これは「わざわざ声に出して説明する」っていうギャグだと思うけれども、説明しなくてもいいことを説明するからには、その内容が面白い必要があると思うんだよね。

しかも、ギャグ以外の場面でも説明口調を多用しているか効果希薄になって、全体的に平坦な印象を与える。

後半あたりから情報の取捨選択が程よいと思った。

LUST

加虐心という偏愛性を持つ主人公の苦悩を、後半で判明する更なる事実によってより露わにしようという試みが興味深い。

テーマがより色濃くなるし、構成上でも絵的に盛り上がる場面を入れられる。

ただ、些かごちゃごちゃしている感じはする。

前半の主人公の苦悩を描きながら、主要人物の様子も丹念に描き、更には後半に明らかになる事実のための伏線をはるという構成しんどい

全容が掴めない事はサスペンスとしては面白みもあるけれども、掴み所すらないとどういう気持ちで読めばいいから分からいから困る。

画力に関しては第一印象を覆すようなものはなかったかな。

個性のある画風ってわけでもないし、目を引くような構図や表現手法特にないし。

2018-02-18

anond:20180218132327

『絵がうまくなりたい』自体にはコミュ力は多分要らない

ある程度評価されたいならコミュ力はいらない気がする

めっちゃ評価されたいならコミュ力画力の両方だと思う


まあ頑張って

絵をうまくなりたい一心で描いてるんだけど

本当に世の中コミュ力が大切なんだなと思った。

画力よりコミュ力なんだよ

2018-02-17

エロなし一次創作をどうにか人に見てもらう方法

イラストなんだけど真剣に思いつかん

アイデア画力勝負でたくさん上げて自分の持ち味をわかってもらえるまで粘るのが堅実か?

うーん気が遠くなる…

人の作った作品に乗っかるっていうのが苦手で全然できないし楽しくないんだよね…

まあ見てもらえないのもそれなりにつまらんが

承認欲求って悪いことじゃない

よく承認欲求かに否定的意見をみかけたり、そういう欲を持っていることを恥ずかしい・純粋じゃないと思ってる人もいたりするけど、「誰かに褒めてもらいたくて何かをする」っていうのは全く恥ずかしいことじゃないし、承認欲求強いwwとか貶すようなことでもなく、クリエイティブなことをするためにとっても大事原動力だと思う。

例えば小さなお絵かきして、「もっと描こう」って思ったきっかけって、褒めてもらったのが嬉しかたからだったりしない?それ自体はすごく純粋動機

しろ絵を描きはじめて今まで誰からも褒められたことがないがない、でも描きたくて描いてる、って人は多分ジャンヌ・ダルクばりに神から天啓がくだってる人だと思う。すごい。

何かする→評価される→より頑張る→さら評価されるっていうのは、すごい良い循環。

これでどんどん絵は上手くなる。向上心を伴う承認欲求ほど、自分画力を向上させるものはないってくらい。

ただこれに向上心が伴わなくなると一気に承認欲求って地に落ちてしまう。

何も向上していないしたいして努力もしてないのに評価してほしいって、そりゃママしか褒めてくれないよ。

評価されない、認めてもらえないって言っている人は、果たしてその評価を得るための努力をしているのかな。

ハンコみたいに同じような絵を量産して描いているつもりになってるんじゃなく、あなたが見て上手いと思う誰かの絵のようになるために、ちゃんと人体の描き方とか勉強してる?

私の、俺の絵柄はこれだから!とかなんとか言って、結局上手くならない自分から逃げてない?

絵っていうのは上達の早さに違いはあれど、きちんと自分が下手であることを認めてプライドをすてて練習すれば誰しも絶対上手くなる。

よく評価されないと嘆いているひと、評価されないのも当然な絵を描いてるんだってまず自覚して、まずは練習を重ねないと、評価なんてされないよ。その練習の重ね方も、上手いと感じる人の体のラインを参考にしてみたり、人体教本を最初から最後まで模写してみたり、「あ、目ってこういう描き方するんだ」とか「体ってこう描くんだ…」って気ずきがあるのが身になる練習。今の状態金太郎飴を量産して描いた気になっててもそれは練習じゃないし努力でもないから。

こういうことを言うと、「私は楽しんで描いてるから今のままでいいんだ」っていう人もいるんだけど、もちろんそれはそれでいい。そういう人もいるし、評価なんていらない!って場合はその方がきっと楽しい

ただ、そんなに上手くないけど私をそのままで評価してくれ!沢山RTいいねもして!ってひとは、現状で周囲からも褒めて欲しい!なんてのは高望みだと自覚してほしい。事実として実際評価されてないなら、「評価がない…」と悩まない。それだけの実力がないんだから仕方ない。実力のない創作者を褒めてくれるの仲良しの友達ママだけだよ。それで十分!って諦めないと。

やだやだ仲良しの友達ママ以外にだって褒めてほしいんだもん!っていうなら向上心をもって練習すること。どちらを選ぶかは自分自由

から承認欲求自体は悪いことじゃない。

その欲求を満たしたいなら向上心をもって努力する、努力するのが嫌なら承認欲求を満たすことはあきらめる。

承認欲求が悪く言われがちなのは努力するのが嫌だけど承認欲求は満たされたいというチグハグな人が目につくからじゃないかなと思う。

というわけで、評価されたいならもっと練習しよう。評価されないなら、単純にあなたはまだまだ下手で練習必要だってことを認めること。認めた上できちんと上手くなるために練習したら、絵は絶対上手くなるから

2018-02-16

#魔女集会で会いましょう から見るはてな村周辺の老害

最近Twitter創作界隈で #魔女集会で会いましょう というタグ流行している。やたら流れてくるのでTL上で一度や二度はタグを見たことがある方もいるだろう。

これら#魔女集会で会いましょう タグの付いた作品は、Twitter上で1作品概ね1〜4枚の画像としてアップロードされている。大まかなストーリーは、どの絵師が描いたかに関わらず「魔女人間男の子を拾い、育てる。時は流れ、育った男の子魔女ナイト的な役割を担う」という感じである

もちろん異なる絵師が各々作品を作っているのだから多少の違いはあるが、大体そんなところである

これらの作品に対して、わかり手(@anbakurakoya)氏が非常に痛快な批判をしていたのでまずは紹介したい。毒親に育てられた身としては、「ああ、わかり手さんは毒親母親側)問題について理解があるんだな」ということがよく伝わってくる。しかし、わかり手氏の批判ツイッター界隈の老害化の象徴であるかのようにも見える(これについては後述)

まずはわかり手氏の良さを伝えることからはじめよう

魔女集会タグからダダ漏れてる「彼氏みたいな息子が欲しい♡」という欲望、それリアルでやると毒親まっしぐらコースなんでマジで気をつけてな…。

小学生くらいの幼女レイプしてぇ!というキモオタ欲望と同程度には醜悪欲望である自覚をな、できればな…

自分キモさを認識し、その上で「好き」を貫けや

彼氏みたいな息子が欲しい」という願望を持つ母親毒親一種)が一部にいて、とんでもないことになっているのは経験上よく分かる。また、毒親自分キモさについて自覚的でないというのも共感できる。

さらに、下記のように「リアル創作区別しろ」と仰っているのも非常に納得が行く。

自己擁護の事例としてはこういうのね。いやその関係性が「幸せ」じゃねぇだろ、リアルでやったら毒親まっしぐらだろって話をしてるんだけど、どうも「虚構現実区別」とか言いつつ全く区別がついてないっぽくて怖いんだよね。

リアル創作というのは別のものであり、明確に区別を付けるべきだという意見は全くその通りだと思う。

で、ここで立ち止まって考えてみよう、 #魔女集会で会いましょう タグとはそもそも一体なんなのか??#魔女集会で会いましょう タグを叩いたり援護したりしている人は当然趣旨をある程度は理解していると推測されるが、念の為確認してみよう。

このタグは九頭さん@coneshait という方が最初に始めたタグで、元ツイは以下のようである

https://matome.naver.jp/odai/2151839444121733201

#魔女集会で会いましょう このタグで、『魔女が拾った男の子が成長して、魔女よりでかくなって(ごつくてむさくてがっしりしてて)魔女を全力で愛して守る男になる話』の絵を描きますので、誰か描きたい方いらっしゃればこのタグつけて好き勝手に…

魔女集会検索やすいようにと思って付けてみたやつで、企画とかではないので、みんなも気軽に描いてね~

ただやってはいけないのは誹謗中傷のみ。


ここに絵師が集まって、沢山の作品投稿された模様である。2日後や3日後の「どんな設定盛っても構わん」という追加の発言もあるものの、多くの創作が1レス目のお題に沿った『魔女が拾った男の子が成長して、魔女よりでかくなって(ごつくてむさくてがっしりしてて)魔女を全力で愛して守る男になる話』というリファレンスに沿った内容となっているようである

なぜこういったタグ流行るのかと考えると、絵師が「お題」に餓えているか流行に乗っておいて自分の絵を少しでも見てほしいと思うからなのではないか

絵を描く力と、ストーリー考える力というのは全く別物である。一枚絵の画力はあるがストーリーあんまり思いつかないというような絵師がこういったタグに飛びつくのも合理的だと思う。魔女青年を絵にしたら映えそうだし。

ではここでわかり手氏の発言の話に戻ると、 #魔女集会で会いましょう タグに群がっている人に「毒親願望」があるのだろうか?これはTwitter上の流れを見た私の推測だが、タグに群がる人々の多くは毒親願望を持っておらず、「魔女とかショタかのかっこいい絵を描いたり見たりしたかった」という程度の意思しかなかったのだと思う。

ここでもう一度わかり手(@anbakurakoya)氏のツイート引用する。

魔女集会タグからダダ漏れてる「彼氏みたいな息子が欲しい♡」という欲望、それリアルでやると毒親まっしぐらコースなんでマジで気をつけてな…。


果たして、「魔女集会タグからダダ漏れてる「彼氏みたいな息子が欲しい♡」という欲望」なんてあったんだろうか?お題なんて記号にすぎず、毒親願望なんて多くの人が持ちあわせていなかったところにわかり手氏が「彼氏みたいな息子が欲しい♡という欲望」なるありもしない概念をいきなり持ち込んでしまったのではないかと私は考察する。

同時に、わかり手氏のこのツイートについても的外れであると思う

1人でもいいから、2コマ目で子供を自立させ精神的肉体的に別れる魔女がいて欲しかった。そういう思いがある。


私がこのツイート的外れであると思う理由は「ストーリーを考える手間を極力省き、決まったお題で絵を描く遊び」をしているところに「ストーリー考えろ!」と言うのは、ナンセンスからである

毒親についてであっても、そうでないことであっても、自分意見を貫き通せるのは素晴らしいことである。また、経験則から色々なことを語るのは、後の世代にとって有益となる可能性が大いにある。

だがしかし考えてほしい。刑事モノのドラマを見て雑な気持ちで楽しんでいるときに「本物の刑事はこんなんではなくてだな...これは、現実に全く則していなくて...」とやたら絡んでくるオッサンがいたら「老害キモっ」と思わないだろうか?

わかり手氏はまさにその老害の絡み方をしていないだろうか?

Twitter特性上、TLに流れてくるのは基本的にはフォローしている人達意見であるしかフォローしている人の意見なんて小さな部分集合に過ぎない。フォロー外にはフォロー外の世界があり、当然自分より若い人達だっているし、そこにはそこの掟がある。

Twitterはてな同窓会老人村界隈でゴチャゴチャ言い合ってるのも結構なことだが、所詮老害化しつつある村であることをそろそろみんな自覚してはどうか。

2018-02-13

SF漫画家が描く近未来の漫画サイト

海賊版漫画サイトの「漫画村」がネットだけでなく国会NHK話題になる中で、タイムリーなことに、今週号のヤングマガジンの傑作SFロボット漫画ORIGINオリジン)」で、作中の近未来日本大人気となっている漫画サイトが描かれていた。

 

・「コラセウム」という、その漫画サイトは、加入している作家の数はおよそ400万人。

世界中から漫画をアップでき、AI自動的に全世界言語翻訳される

・作者は読者数による広告料の分配や有料購読費で収入を得られ、人気漫画なら早ければアップ後30分で入金される

エロ漫画もアップ可能

サイトではディープラーニングによって過去漫画家3千人の絵柄を再現できるAIが備え付けられているので、アイデアだけ入力すればAI自動漫画作成してくれる。画力ストーリーネームもいらない。

・一方で、AI作成漫画は読者人気がなく収入にならない。「コラセウム」でランキング上位にいる漫画は全部作家自分で描いた作品

 

ディープラーニング自動漫画作成はともかく、現実でも今後10年以内には、漫画家になりたい人は週刊誌で連載を獲得するのではなくて、こういうサイトにアップすることが普通になるのだろうな。新都社なんかが「なろう」みたいにもうちょっと商売っ気が上手ければ、今、もっとかい漫画ポータルサイトになれてたのかな。

2018-02-10

友人を嫌いになってしまった

私は学生所謂女子グループに一応所属できている。

きゃぴっとはしてないので、客観的に見ると大人しめの4人グループ入学した当初からやってきた。

だがその中の1人を嫌いになってしまった。

決定的な事があったのではなくじわじわと苦手だなと感じるようになってしまった。

の子は(以下A子とする)頭が良く運動は平均美術部で絵が上手い女子だ。

4人全員美術部だが画力は部内でも1で他の子には失礼だが私含め足元にも及ばない。

何故苦手意識を持ってしまたか…嫌いになってしまたか自分なりに考えてみました。

A子も私も含め4人みんなオタク気質だ、しかし身なりには私は気をつかっているつもりではある。メイク勉強したりGU以上ぐらいのブランド買ってみたり…

でもA子は正直ダサい。決定的に服装ダサいのではなく毛玉が付いていたりシワがあったり…など。

あとはメイクをする人を早いだの早くからやったら老けるだの馬鹿にしたように言う。

服装だってメイクだって一種努力だ。解れや毛玉、埃、シワなどないか確認生地に気をつかったり…メイクも親が教われなかったか化粧品カウンターに行って教えてもらったり、、それを馬鹿にしたように言うのは少し辛い。

4人で会う時は気を抜いてるからメイクは余りしないし適当服装から名指しではないのだと思うが…まぁそれはどちらでもいい。

あとは無意識に人を見下しているところだ。

4人の中での学力はA子>B子>私>C子 の並びだが私とC子はそこまで差はない…が、自分よりC子を見下す頻度が高いような気がする、絵については全員を無意識に見下している。

自分は見下されるのはいいんだ、問題B子もだが特にC子を見下しているのがムカつく…より悲しい。

ほんとに人間本質が見えてないんだなーって、上から目線だが思う。C子は学力運動は平均だが思いやりがあり4人の中で一番空気も読めて優しい子だと思う。

不登校な私をよく連れ出してくれたり、数えられないくらいに根気よく一緒に行こうと誘ってくれた。絶対に行ける事はなく行けてる確率は半々だ。なのに誘ってくれる、ほんとに頭が上がらない。

なのに見下すのだ、A子は。無意識に…と書いた通りわかりやすマウントを取るような事はないが言い方がそう聞こえるのだ、○○とか出来たんだね、とか よく出来たじゃん。

私が気にしすぎなところもあるかもしれないが、無意識に見下しているのに加えKY気質だったり先程書いた通り努力簡単馬鹿にする。

正直進学したらあまり関わりたくない がグループの他2人とはずっと仲良くしたい。でも遊ぶ時はいつも4人だし1人ハブくなんてしないだろうし…。「A子の事ちょっと苦手になってきて~」って言えるほどグループがキャピってない、純粋で透明なグループで…。

どうすればいいんだろう…、、

2018-01-30

絵が下手だった私が結局最後まで残った

絵を描くのを諦めきれずに戻ってきた人の記事をみたけど自分は逆だったなって思ってぼんやりこれを書いてる。

自分物心つく頃から絵を描くのが好きで、コミュニケーションの一部だった。

残念な事に下手な部類に入る画力をしていた。

ただ描くのだけはめちゃくちゃ好きで、暇さえあれば何かしら描いてた。

小学校中学校では私よりも何倍も絵が上手い子がたくさんいて

将来漫画家目指してる子や、同人活動バリバリやってる子や、学校ポスターしおりの表紙常にを描いてる子とかが居た。

周りのオタク友達も皆絵がうまかった。

そんな中私はルーズリーフシャーマンキング稚拙ファンアートV系歌詞を書き綴る日々を送っていた。

同人作家に憧れて、コンビニで身内用にペーパー作ってコピーしたり、サイトキリ番狙ってアイコン描いてもらったり、マウスお絵かきBBSに絵とか描いてたりした

その後私は高校に進んでもルーズリーフに絵を描き続け、ひょんなことから美大受験に挑戦し実力差に揉まれ志望校に引っかから地方芸大へ、そこではじめた同人活動ヘタレなりにコピー本を作ったりして、紆余曲折経て絵を見るのが好きだからソシャゲイラスト下請け会社事務をしている。

数年前に当時の友達に久々にあったら皆もう絵を描いてなかった。

最近当時好きだったサイトを見たけどもうあんまり絵を描いてなかった。

私だけ、ルーズリーフに絵を描くのが大好きな中学生で止まってた。

あの時一番下手だった私が最後まで絵を描いてる。

未だにデッサン狂ってるし、出張編集部もってったら判定ボロクソだったし、超絶画力が溢れる昨今の同人界で全然下手なんだけどさ。

心無い言葉も言われたり残念な扱いうけたり未だにあるし、結構面と向かって下手って言われるけどさ。

本当はうまいけど下手って言われすぎたか自分にかけた呪いなのかもってちょっと思ったりもするけどさ(いやでも下手だな…)

なんか描いてると楽しい

何描いてても楽しい

多分可能な限りずっと描いてる。

上手い絵みると嫉妬するけど私もなんか描きたくなる。

下手な私になんでそんなメンタルつけたんだろ神様

私にはすぎたものじゃありませんか、これ。

下手なりに、自慢なんだけど去年は今まで頑張った成果が形になった一年だったと思う。

フォロワーは1万人を超えた。はじめていいね1万いった。仕事では憧れの作品に関わることが出来た。大型ジャンルコミケ誕席2回目。

昔絵が下手でアンソロハブられたから今度は自分主催した。勿論公募制だ。愛があれば誰でもウェルカム

今年は背景とむきむきの男性キャラもっとましに描けるように頑張りたいな。

もうすぐ30近いしいつかは絵を描かなくなるのかなとか思うけど、当分はまだメンタル中学生のままな気がする。

絵を描くのを諦めきれず出戻ってきた話

1990年生まれ現在27歳のグラフィックデザイナーです。

絵を描くのを一度諦め、何年間か描いていなかったものの、

最近になってまた戻ってきた話をします。

せっかく戻ってきたのであれば、今までのことを記録してみようと思い立ち記事を書いてみます

しかすると1990年生まれで2002年あたりから

ネット上で絵を描いていた人にはとても懐かしいかもしれません。

しかすると、知り合いだったかもしれません。

アイデンティティが「絵を描くこと」になった幼少期

物心いたこから既に絵を描いていて、幼稚園児のころには既に

「学年一絵が上手いキャラ」として周囲から認知されていました。

それは高校に上がる直前までの11年間、自らのアイデンティティとして確立し、

自分=絵を描く人間だという自己イメージ自身の中で確実なものとして定着していました。

幼稚園児のころから漫画が大好きで、地獄先生ぬ〜ベ〜やドラゴンボール

赤ずきんチャチャ折原みと先生漫画くりた陸先生漫画をこよなく愛し、

よく真似て絵を描いていた小学校低学年。

高学年になるとテニスの王子様にめちゃくちゃにハマり、

その頃に同人という言葉を知るなど、順調にオタクとして育ちました。

ちょうど6年生になったあたりのころから

インターネットが家庭に手軽なものとして普及してきて、

自分イラストサイトを作ったり、CGで絵を描き始めたのもこの頃です。

あの頃入り浸っていたのは、「ふみコミュニティ」というポータルサイトの絵板。

そこにはたくさんの同世代イラスト趣味とする子たちが集まっていて、

同い年の子たちもたくさんいました。(「マウス書き。ペンタブほしい〜!」はもはや合言葉みたいだった…)

ネット上の友達ができたのもふみコミュのおかげ。

ふみコミュの中にも絵がすごく上手い子、そうでもない子がいて、

本当に小学校6年生なの!?てくらい当時上手い人もたくさんいました。

上手い人が降臨するともう大人気でコメント欄は大賑わい。

私もそこに混じって絵を投稿したり、交流が楽しくてずっと描いてました。

そのころはまだ上手い人に対する、明確な劣等感は感じませんでした。

劣等感が現れ始める中学校時代

中学校に上がるとドラゴンボールに大ハマりして、

ドラゴンボールファンサイト管理人同士(年齢層高め)で意気投合し、

毎晩のように絵チャットに明け暮れていました。

ファンサイトの中でも特に人気だったサイトがあり、

そこに設置された絵チャットに、暇な人が入っていてそこにどんどんあとから人が集まっていく。

チャットは描いている過程が丸見えなので、下手だと思われたくなくて大人に混じって必死で絵を練習し、

その時に人生で一番画力が上がったように思います

二次創作ドラゴンボールにどっぷりでしたが、

一方で「9091P」という1990年生まれ絵描きを集めた同盟が立ち上がり、

同い年同士で交流したりお互いのサイトを見あったりと、創作活動も活発な時期でした。

その頃あたりから、ふつふつと、「世の中には自分より何倍も絵が上手い人がいる」と

劣等感が湧き上がるようになってきたと思います

しかったコミュニティもいつか衰退し、

中学校三年生あたりで、絵を描いて交流するような友達はいなくなりました。

いるのは、ネット上でも話したことのない、上手い絵描きさんだけ。

同い年なのに、どうしてこんなに差が出てしまったんだろう?

そんなことばかり考えるようになったと、今振り返ると思います

課題のための絵しか描かなくなった高校時代

絵を描かなくなる人生なんて想像もつかない私は、高校美術を専門とした学校へ進学。

デッサン油絵、水彩、彫刻プロダクト、デザインといろいろなことを学べ、最高の環境で学び始めました。

課題で描く絵は本当に得意で、いつも良い点を取れるし、先生から評価も高いのだけど、

その一方で「自分のために描く絵」というのを、この頃にはもう全くと言っていいほど描かなくなってしまいました。

それはおそらく…わざわざ点にもならない、要は目に見えた利益にならない絵を描くことに意味を見出せなくなり…

わざわざ描くのに、上手い人たちよりも下手な自分を目の当たりにするだけで、

なんのメリットも感じられなかったから。下手な自分を見るのが怖かったから。

課題はいい点をとらないのに、コンクールでは金賞を取り続ける人。

同人活動で売れ始めた人。

絵画部で大きくて素敵な絵をたくさん描き続ける人。

成績や点数には現れない、素晴らしい魅力を持った人がたくさん身の周りにいました。

でもなぜだろう、仲良くなれなかった。劣等感で一緒にいられなかった。

絵の話だけするのはつまらなかった。

恋愛もしていたしバンドもしていた、いわゆるリア充タイプに属していた自分からか?

そのために、どこかで「自分は彼らとは違う」と思っていやしなかったか

一線を画すことでどうにか自分を保っていたのではないかろうか。

自分は違う」。「自分は比べられる土俵そもそもいない」。

仲良くなりたかったんだろうか?それも甚だ疑問で、確かに話は合わなかった、

でも、絵を描いててなおかつ絵以外のことも話が合うひとなんて、この世に存在するのだろうか?

ネット上では自分リア充的な側面は一切見えないために、

気張ることなく絵や萌えに没頭できた側面もあったのかもしれない。

物作りを職業にするため、グラフィックデザインの道へ

相変わらず絵を描く親しい友達はできないまま、大学に進学する時期になり、

「せっかく高いお金を同じくらい払うなら、地方じゃなくて上京して東京美大デザインを学ぼう。」と思い、

頑張って受験し、一浪の末美大進学を果たします。

絵を描く情熱が割と無くなっていたにも関わらず、真面目な性分ではあることと

点数を取る絵は得意ということもあったといえども今思い返すと本当によく入れたな…と思います

自主制作はもはや高校時代にはほぼしなくなっていたため、

絵ではなくデザインを選んだ理由は、少なくとも物を作りながら生きていきたいと思ったからです。

デザインであれば、就職率もよく、絵を生業にするよりはお金になると判断してのことでした。

ただ進学しても業種を変えても問題は変わらなかった。

デザインだって自主制作がとても大事なのに、大学生になっても自主制作ができない病が治らない。

でも課題はいい点を取れる…………と思いきや、さすがに大学はそうはいかなかったのです。

付け焼き刃では、太刀打ちできないほど周りが上手すぎるし、

そもそも大学研究のために来る場所なので、自分で物が作れない人間評価すらされない。当たり前のことですが。

そして最終的には就活で完全につまづき、希望企業には就職できず、

かといって物作りも諦めきれずに、作家性のないグラフィックデザイナーとして現在働いています

もうコミュニケーション手段として、絵はいらないのかもしれない

書きたい絵なんてのはもともとなかった。

誰かと描きあって、見あって、評価しあってというコミュニケーションの一つとして私はずっと絵を描いていた。

誰も居なくなって、誰とも話せないのに、一人で描き続ける意味はもはやなく、

コミュニケーションはできないのに上手い人を指をくわえて見ているだけで、

劣等感けが募る毎日になってしまった。

私にとっての絵は、物作りは、もう役目を終えたのではないか

新しい、今までとは違う方法で、コミュニケーションを取る方法を探すのが賢明かもしれない。

なんのために絵を描くのだろう?なぜこんなにも絵を、作ることを、諦めることができないのだろう?

物作りから離れることは、自分人生否定すること、アイデンティティ崩壊することという思い込みが、

未だに私に絵を描かせる。物を作らせる。本当はもう、とっくの昔にうんざりしているのに。

やっぱり諦められなかったけど、30歳を目前にして、

これから人生において「物を作るか」「作らないか」に一旦決着をつけたいと思ったのです。

どちらに転んでも、もうこれ以上このことで悩まないように。

から、一旦最後区切りとして、ちゃんと絵を描いてみよう。その取り組みを、今年は頑張りたいと思っています

2018-01-27

ジャンプが嫌いだ

ジャンプが嫌いだ。

正確には、週刊少年ジャンプに連載されているような、ワンピースドラゴンボールみたいな冒険バトルストーリーものが嫌いだ。

物語の初めの頃や、最初ジャンルからは少しずれて(遊戯王とか幽々白書とかドラゴンボールみたいな?)、バトルや冒険世界が広がっていくことは本当にワクワクする。

でも、人気が出るといつもいついもいつも無駄に引き伸ばされて、終わるべきところで綺麗に物語がおわらない。

物語は少し足りないくらいで終わるから、美しいのに。記憶にずっと残るのに。色褪せないのに。

あの、楽しかった作品がズルズルズルズル無残に引き伸ばされて、間延びして魅力のない新キャラが無理やり出てきて、ただもう作者の画力表現力を麻薬のように打ち続けて延命されるのを見るのは本当に悲しいんだ!

ジャンプで生き残るくらいの作者にはもっと次の新しい素敵な作品を生み出してほしいのに。

作者の生活のため?

人気作品を終わらせたくない編集会社の都合?

そんなくだらないことより、才能ある作家作品を歪めて、次の傑作を生み出す機会を失うことの方が人類の損失ではないのか。

そんな才能を喰らい尽くす存在ジャンプなんかもう廃刊なっちゃえ。

あれ、俺が嫌いのなってやっぱりジャンプのものなのか?

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