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はてなキーワード: 家出とは

2020-07-10

anond:20200710121208

家庭教師とかでてくるぞ

ドラえもん のび太の日本誕生』とかで

アホの子設定だけどのび太と竜の騎士ほか、賢くない小学生こういうこと言う?ってセリフ結構言う

のび太に言わせれば、塾へ行くと言ってはさぼり、そのつど得意の口八丁で塾講師おべっかを使ってごまかしているという[19]。『ドラえもん のび太の日本誕生』では全科目に家庭教師を付けられ、耐えられずに家出した。


英会話を習っている[20]。しかし、いざ英語必要になったときには会話に詰まっており、特に英会話に堪能というわけではない[21]。またテレビ番組上級フランス語講座」をかかさず見ており、ビデオ録画もしている[22]。だが作中でフランス語披露したことはない。

anond:20200710121208

家庭教師付けてるんじゃなかった?

授業入れられすぎて嫌になって家出とかあったような

2020-07-09

家出た瞬間から帰りたいという気持ち

おさまらない

ずっと寝ていたい

家出た瞬間から帰りたいという気持ち

おさまらない

ずっと寝ていたい

2020-07-07

阪神が弱すぎる

僕は3年ほど前、仕事精神的に参ってしま無職になった。そのまま1年をかけて僅かな貯金を食いつぶし、しかし再び働くことができず困窮していた。

足繁く球場に通うほど野球観戦が好きだったが、その頃には最早テレビを通して見ることすらままならないほど精神的・金銭的に追い詰められていた。

早い段階で実家を頼れば良かったのだろうが、ほとんど家出のような形で実家を出たためどんな顔をして頼ればいいかからず、とうとう僕は自殺視野に入れた。いつ死のうか、どこで死のうか。そう考える毎日だったが、ある日突然父からメールが来た。

元気か?会えるなら会おう

僕はここが人生ターニングポイントだと確信した。ここで父を頼らなければ僕は本当にこのまま人生を終えてしまう。僕は死にたくもあったが、やり直せるならやり直したくもあった。

そこで僕は腹を括って現状を赤裸々に伝え、あの日、今まで育ててもらった感謝言葉もなく飛び出して行った僕の非礼を詫びて、頭を下げて、頼らせてほしいと伝えた。

その日、父は僕を実家に連れ帰った。

久々の実家は気まずかったが、父は僕が実家にいた時と同じように野球中継を流しながら晩酌をする。僕は居心地悪くそそばに座って、母の出す料理を食べていた。

父は何も聞かなかった。僕がずっと何をしていたのかも、どうしてそうなったのかも。ただひたすら大好きな焼酎を飲み、テレビ視線を送っていた。

僕は父に合わせて野球中継を見る気になれず、そそくさと食事を終えて席を立とうとする。するとそこで、テレビから大きな歓声が流れた。

その日、阪神タイガース東京ドーム巨人戦を行なっていた。巨人の先発は菅野で、そんな試合はいつも負けるはずだった。なのにその日は、阪神菅野をこれでもかというくらいに打ち崩したのだ。

それまで無言だった父は立ち上がろうとした僕を呼び止め、こういった。

阪神菅野を打ち崩せたんだ、お前も出来る。俺が応援するよ」

しかし僕は何か言葉を発したらそのまま泣いてしまう気がして、無言で席を立った。

僕はその1ヶ月後、小さな町工場で働くことが決まった。ゼロからスタートでしんどかったが、家に帰ると父はいつも通り野球中継を見ながら晩酌をしていて、それが僕の心の支えとなっていた。

早く今の職場に慣れて、父の好きな焼酎とそれに合うグラスを贈って、あの日のお礼を言おう。それから出来たら、一緒に甲子園試合を見よう。

僕はそれを目標に、むちゃくちゃに働いた。

そんな矢先だった。

コロナ流行最中、父は肺炎のような症状が出た。すぐに病院検査をしてもらい、その結果が肺癌だった。末期だった。

母は父のいないタイミングで僕にそう告げ、あと数ヶ月だって、と言いながら涙を流した。

ビデオの早回しのように父は一気に老け込み、僕は会うのが恐ろしくなってしまった。

野球中継を見ながらの晩酌はなくなり、父は時折散歩に出る以外はベッドで寝て過ごしている。

僕は毎日仕事帰りに実家に寄って夕飯を食べ、父の顔を見て家に帰っている。しかし確実に弱りつつある父をいざ目の前にすると、なんの言葉もかけられなかった。

阪神あの日のように強くいてくれれば、あの日の父のように僕は父に声をかけることが出来るのかもしれない。励ますことができるのかもしれない。

僕はありがとうが言えないまま生きていて、深夜に風呂の中でその日の試合結果をチェックして、湯船に顔を沈めて泣いている。

2020-07-05

anond:20200705113329

捜索願の件数の話ならほとんどは単なる家出とかですぐに見つかるけど・・・

2020-07-04

さらの『天気の子感想

感想要約

『天気の子』は"子どもたち"(陽菜さんと帆高さん)が自然災害対立する話ではなく,実際には"大人たち"と対立する話であるという視点大事だと感じた。

『天気の子概要

『天気の子』では"大人たち"や社会は,"子どもたち"と"世界の仕組み"のふたつを無視していることが描かれる。

そして偶然にもそのふたつを兼ね備える子どもたち,つまり世界の仕組みを担っていた子どもたち(陽菜さんと帆高さん)が,今度は今まで自分たち無視してきた社会無視するという決断をする。

この決断が天気の巫女をやめて東京沈没を選ぶということだった。

『天気の子』内容の確認

自然災害無慈悲かつ強力なので人々は受け入れるしかないが,天気の子人柱にするなどの方法はあった。(これが"世界の仕組み")

しか世界のことに興味を持つ"大人"はほとんどおらず,大人の多くは自分生活を優先していた。

同様に子どもたち(帆高や陽菜さんたち)を優先する大人もあまりいなかった。

たとえば警察は帆高の天気の巫女の話を無視して仕事を進めた。

児童保護施設陽菜さんたちがあのまま暮らしたいという意思無視した。

須賀さんも家出した帆高が東京で暮らすことを手助けしていたが結局は娘のために帆高を島に帰らせようとした。

大人たちが良識的で常識的対応を続けた結果,帆高たちは追い込まれしまった。

帆高は一度は手に入れた3人暮らし幸せをもう一度実現するために,人柱になった陽菜さんに対して帆高は自分たち幸せに生きるために社会のことは無視しよう,と伝える。

陽菜さんが天気の巫女をやめて雨は降り続き東京沈没する。

④数年後に帆高が東京に戻ると,何人かの大人たちは東京沈没を受け入れている様子が見られた。(もともと海だった場所を埋め立てた土地がまた海に戻った,など)

これは①の自然災害は受け入れるしかないものという態度が一貫している。

帆高はこれで本当に良かったのかと自問する。そして自分たちならきっと大丈夫だと確信して終わる。

感想タイム

改めて,帆高と陽菜さんの決断はよかったかと考えるとあんまりよくはないだろう。

最も良い可能性とは大人たちが子どもたちのことを理解し,世界の仕組みを知り,一致団結して自然災害対峙することだった。しかしそうはならなかった。

じゃあ陽菜さんの命と東京とでどっちが大事か,とか聞かれてこっちですとか言える人もあんまりいないだろう。それはつまり帆高のやったことが間違ってると言える人もあんまりいないということである

から自分は帆高たちのことはあんまり悪いとは感じない。

そもそも帆高たちには人柱東京を選ぶトロッコ問題スイッチたまたま与えられただけで(陽菜さんにとっては自殺東京かを選ぶスイッチである),彼らは別に英雄総理大臣とかじゃない。彼らが人々を助けなきゃいけない理由特にない。

だがしかし陽菜さんは一度は晴れを届けるという形で人々と関わることを自分生き方の形として納得していたので,陽菜さんにとって人柱になることはそういった生き方の延長線上にはあったかもしれない。

帆高の言葉は,そうやって新たに獲得できたばかりの天気の巫女というアイデンティティも捨てて生きていこうという提案だったわけだ。

この辺は前作の『君の名は。』より話が一段階難しくなっているなと感じる。『君の名は。』では,三葉は隕石から町を守るにあたって父親(大人たち)の協力を得られなかったが,結局子どもたちだけでうまく問題解決することができた。

一方で『天気の子』では東京沈没はうまく回避できなかったし,世界の在り方だけでなく,これから陽菜さんたちはどう生きていけば良いのかという彼ら自身問題まで提示されている。

君の名は。』の話を出したので,『天気の子』含めこれら2作における"世界の仕組み"観についてちょっと振り返る。

これら2作では何か神様のようなものもつ絶対的ルール(黄昏時とか入れ替わりとか天気の巫女とか)と,自然が持つ絶対的な脅威が関連している。

これらは新海誠監督の美しい自然描写や生々しい街の描写によってより説得力を持つものになっている。

まず世界に都会(東京)と自然があり,そしてその両方を支配している絶対的ルールがある,というのが世界観の基本にある。そして2作ではその絶対的ルールに巻き込まれ若い男女がテーマとなっている。

都会と自然の中に同じ神秘的な仕組み現れるというのは現代アニミズム的な思想を感じる。

君の名は。』では神秘的な存在というのは,神の領域としてしか現れず,つまり肉体(?)を持つ神様のようなものが目の前に現れるということはなかったが,『天気の子』では雲の魚や龍のような存在が描かれていて,神秘的な存在の具体的な描写が新しく行われていると思った。あの龍みたいなやつかっこいい。

ちなみに雨が続くやつは台風ではなく巨大な寒冷前線(真夏に雪が降ったのも特徴)として描かれている。これは非現実的災害として描かれていた。

『天気の子』の大人たちについて,彼らの対応が極端に間違ってたかというとそうでもないだろう。一応,陽菜さんが空に消えた夜に多くの人が陽菜さんが泣く夢を見たらしいが,それでも天気の巫女とか信じて行動するのは難しいだろう。

とくに刑事たちの働きぶりは淡々としていて彼らの思想が見えてこないと最初は感じたがむしろ仕事内面が出ないというのがまさしく大人らしい態度だったのだろう。

高井刑事が帆高にイラついたり,安井刑事が泣いている須賀さんに声をかけるというシーンは彼らの人間味を出しているが,しかし彼らはとくに雨や天気の巫女については言及しなかった。(つまり世界の仕組みを認知していないあるいは興味がなかった)

その一方で,世界のことに興味があり,また就活中の身でありながら帆高や陽菜さんを助けるためにバイクでお尋ねものになってくれた夏美さんは"大人たち"には全く当てはまらない人物として描かれていると感じた。

夏美さんのこの作品における存在意義,特に就活に失敗するような描写がなんの意味をもっていたのか,夏美さんが持つ就活問題が帆高たちとの関わりでどう変化したのか,あるいは変化しないならなぜそんなシーンを入れたのかを結構不思議に思っていたのだが,こう考えるとあのシーンは夏美さんが大人たちの側の人間ではないことを描写していただけだったのかもしれない。

ついでに帆高が銃持つ必要あったのかという疑問もあって,最初陽菜さんの天気の巫女の力と対比するための帆高の力として与えられたのかな〜〜くらいに思っていたがあれもやはり帆高と社会対立を深めるための舞台装置だろうと思っている。

『天気の子』は大人たちと子どもたちの対立を強調しているが,これらに当てはまらない大人も当然いた。

天気の巫女人柱の仕組みについて知っている老人や,雲の上についてはしゃいで話す研究員などは世界の仕組みに関心のある人たちだった。また立花さんや天気の巫女の一環で関わった人たちのように,誰もが帆高たちの邪魔をしていたわけではない。

須賀さんについて振り返ると,家出理由を明かさないがとにかく東京暮らしたいという未成年の帆高の意思を初めて尊重仕事と住処を与えたひとだった。しかしやがては帆高を匿うことのリスクを考えて,万札と帽子を渡し帆高に帰るように伝えた。

(よくあんなにパッと出せるお金があるなと思った。)

帆高の家出理由最後まで明かされなかったが,深刻な事情あるかないかに関わらず意思を受け入れるというのは尊重の仕方として正しい形だろう。

須賀さんは最後は帆高のもう一度陽菜さんに会いたいという心に,妻を亡くしもう一度会うことが叶わない自分と通ずるものを感じたのか,警察対立し帆高を解き放つ選択をとる。

ここは帆高解放連盟のなかでも夏美さんや凪(先輩)たちとは全く違う動機を持っている感じがする。須賀さんはなんというか常に帆高を対象として動くキャラだなという感じがした。初対面でビールたかるシーンから想像できないキャラクターの広がり方だった。

そんな感じで『天気の子』はどうにもならない話だったという感じがあるが,帆高はまだ未来があると確信してたので今後に期待大。

帆高まとめ

家出し,東京ホームレスになり,高1で好きな女の子ラブホ宿泊し,東京沈没させた。

2020-06-21

いまさらStella

シブヤ推しなんだけどStellaよりはPCCS派で、Stellaはそんなにちゃんと聞いたことなかったんだけど、これストーリー伏線だけで構成してるみたいな曲だな。

王様権力者(の息子)

逃亡=家出

水晶砂漠の星=騙る人格本来自分二面

老いを止めた=人外(クローン)

Stellaから設定考察したり今後のストーリーを逆算すると、

・中王区政権は男女それぞれへの理想郷へと改良され、中枢に帝統が入る事になる。

・夢野兄弟貧乏出自で、兄が中央区に囚われたのもその為。

乱数オリジナルを3人で探し、新たな彼の生きる意味を探求していく。

そして乱数オリジナルは、「夢野幻太郎である可能性がかなり高そうだね。

2020-06-20

姉の旦那がクソ

入籍から1年、挙式から4か月で「妻(俺の姉)のモラハラが怖いから&飯を作らないか離婚する」と言い残し、姉の出勤中に荷物を運び出して実家家出

以降3か月帰ってこない。

姉が怖いというのもわからんではないが、ちょっと待って欲しい。うちの親父、挙式前から体調不良で(挙式も不参列)、挙式後、癌だったことがわかったよな?しかも死んじゃったよな。

そういう時に寄り添うのが夫じゃねーのか。

家族に男は俺しかいないから連絡しても無視。俺が独身で失うものがなかったらマジで殺してるわ。

2020-06-19

anond:20200619115808

自分母親祖父のことを思い出した。

祖父はキレやす九州男児だったがインテリ子供に手をあげることはなかった(と思う)が、亭主関白で雷親父で、反発心の強い長女である母とはぶつかり続けていたらしく、母親はこんな家出て行ってやると思いながら育ったそうだ。

増田子供の頃は祖父もまだ元気で勝気で強引な母親と対等にやりあっていたが、祖父が年老いて多少気弱になったあたりから母親祖父パワーバランスは完全に逆転し、母親に厳しく叱責されても言い返せないようになっていた。

母は祖母には優しかったので、第三者の目から見て、因果応報というか、子どもに辛く当たるといずれやられるんだなあと思っていた。

なので元増田も心置きなく父親にやり返すといいと思います。いまならきっと鬱憤を晴らせるでしょう。

父を許したい

私は父を許したい。

大人になって就職して親元を離れてやっとそう思った。

父は酒は全く飲めず、ギャンブルはしない。たばこは吸うが家の中では吸わず、どれだけ寒く暑くても必ず庭で吸っていた。地方公務員残業はなく、決まって18:30に家に帰ってきた。

母は専業主婦で、子供二人は私立短大私立大学奨学金無しで出してくれた。

これだけ書くと素晴らしい父親だと思う。

実際に嫌いではないのだ。父親の吸っているタバコと同じ香りがすると懐かしいなぁとさえ思う。

父に暴力を振るわれたことはない。だからDVを受けてきた人からしたら「なんだそんなことか」になるのかもしれない。

からしたことない。もっとつらい思いした人はごまんといる。と思うのだけど、それでも時々父に対し黒い感情が沸き上がり、「許していいの?忘れてしまうの?」と諭す自分もいるのだ。

まず、父は外面がいい。

人前ではキレない。人前では怒鳴らない。人前では嫌味を言わない。

でも帰ってきては毎日母に一方的にキレた。すべて些細なことだった。なんでこんなこともできないんだ、とキレた。

雨の日には玄関タオルを置いておかないと文句を言った。

ご飯だよ、と呼んでご飯、箸、お茶が揃ってないとまだ出来とらんがや、と怒った。だから何よりも先に父のものを準備した。

まり喧嘩が多いので、まだ一人部屋が無かったころの心の休まる場所トイレだった。トイレで壁の傷を眺めながら息をひそめた。

まだ父母姉私で川の字で寝ていた頃、先に布団に入っていた姉と私に向かって「こんなことなら〇〇(当時すごく流行っていたゲーム)はお前たちに買ってくるんじゃなかった。〇〇ちゃん(隣の家の幼馴染)にあげてしまおうか。」と言い、まだ寝付いていないのに気が付いているのかいないのか知っていたのか分からないが、いか私たちが劣り〇〇ちゃんが優れているか永遠と語った。豆電球黄色父親は黒かった。

父は比較して私や姉や母をサゲる発言をよくした。

「お前はお母さんや〇〇(姉)に比べて△△だな」とよく言われた。きっと同じ感じで姉も言われていた。

母とお風呂に入っていたらキレた父がスリッパを投げ込んできた。

また違う日は、キレた父が母の髪を掴んで浴槽に顔を沈めた。

父の部屋のカーテンをきれいにひいておかないと文句を言った。父の帰宅までにカーテンをひいておかないのは論外で、外に光が漏れてるだとか、ドレープが均等じゃないと怒った。

父は「誰のおかげで飯が食えて学校に行けてると思ってるんだ」「そんなに嫌だったら出てっていいぞ、(母方の)おばあちゃん家行くか。おばあちゃん家(隣の市)から学校通うんだぞ」と、子供には何も言い返せない言葉が口癖だった。

私はそんな父の血を受け継いだのか、キレてる父を見て育ったのか、短期でキレやす性格に育った。

反抗期は長く、中学生から成人し、就職で家を出る大学卒業の時まで続いた。

一番ひどいときにはテンプレのように家出セットを作り心の支えとしていた。

「気に入らないなら出てけ」と言われ「こんな家出てってやる」と家出セットを取りに行こうとしたら胸倉をつかまれて「そういうことじゃないだろ!」と怒られた。

まだ自分で生きていく力が無かったころ、トイレの中で、キレる父の声を聴きながら強く「こんな家出てってやる」と何度も強く思った。

その思いがあり、就職は家から通えない場所で。と決めていた。

就職活動を始めた頃には父もだいぶ丸くなり、私の反抗期も終息に向かっていたため、本当に家を出ていいのか迷ったこともあったが、幼少期の刷り込みは大きく影響し、私は家から通えない場所就職した。

あの家からたかった、その地が好きだった、という理由だけで就職を決めたので、時々これで良かったのかと悩んだりもした。

しかし、一人暮らしを始めてみると驚くほどに気性が穏やかになった。人にイラつくことが少なくなり、気分屋が落ち着き、キレることがなくなった。

父と距離をとったことにより、関係が良好になった。

年に数回帰ときイライラしなくなった。父とにこやかに会話をし、時には二人っきりで短時間の外出もした。

でも時々、私と姉が寝ている部屋を開け、黄色い明りで少し明るい部屋と、入口に立っている真っ黒な父、そこから長々と発せられる嫌味。母の髪を掴み湯舟に沈める父を、フラッシュバックのように思い出してしまう。

ある時姉に上記私たちの幼少期の父の言動の話をしたところ、「全然覚えていない」「よくそんなこと覚えているね」と言われた。私よりいくつか上で、私より記憶のハッキリ残る年齢だった姉が何も覚えていないという。

私が昔のことをいつまでも引きずりすぎているだけなのだろうか。

老いて丸くなった父を見て許そうと思う自分もいれば、でもこの人は私に嫌味をさんざん向けてきた人だから。という自分もいる。

私は父を許したい。

追記

増田に書き込むことがないので勝手が分からないのですが返信はツリー吊り下げる形で間違いないですか?

2020-06-18

風俗嬢をやっていた頃の思い出

 3年前に4月から9月の間だけ風俗嬢をやったことがある。

 しかもなんかノリで?大学辞めてやることなくなってどうしようかな〜ってなって、飲食バイトも続けてたけどがっつり稼いで家出たいなぁと思った(大学辞めたのが家庭の事情)のがきっかけだったと思う。

 はじめの頃は飲食バイトの合間に月1くらいで出勤するつもりだった。飲食バイトお金は全部貯金して、風俗で稼いだお金お小遣いに回すという感じ。

 心配症なので勢いで始めたはいいけど何をすれば正解で何がルール違反なのかもよくわからず、しか風俗スタッフって人それぞれ(当たり前なんだけど)、本番(挿入のこと)を黙認するスタッフもいれば、店の評判を考えて本番はするなって言ったりで結局自分でやり方を開拓してく感じだった。

 だから結構最初の頃はヤバイ客に騙されていろいろ変なプレイをさせられていたなと思う。(尻の穴舐めろとか肩車させろとか)

 そして結局5月ごろにこれまたノリで行ってしまったホストクラブにハマってしまい(友達に誘われた)、貯金どころかホスト貢ぐために稼ぐようになってしまう。

 稼ぎたくて真面目に働くもんだから店側からすると稼ぎ頭で、新店舗看板嬢として任されたりしたんだけど、その新店舗スタッフと合わなくて泣きながら前の店に戻らせて!って言って戻ったりした。

 そして一ヶ月ほど不在にしてた前店舗に新たにランカーとして入っていた風俗嬢になぜか声をかけられ仲良くなるんだけど、風俗嬢同士仲良くなるとダメだね。

なんかお互いランキングを競い合って客を取らなきゃなのに、仲良しこよししてしまうと入り時間と上がり時間を合わせて待機しながらお喋りしたいとか、遊びに行きたいとかって理由サボり始めるんだよ。

 結局その子と遊ぶのが楽しくなっちゃって、真面目に仕事しなくなり、挙げ句の果てに友達彼氏との間に子どもができて退店。

友達に会いに仕事に行ってたから私も退店。

の子とは一緒にホストも行ったけど、その子と遊ぶ方が何倍も楽しくてホスト通いもこのタイミングでやめた。

 正直な話風俗しか生きていけない子とか、本当にお金に困ってる子、整形費用稼ぐために出稼ぎに行ってお金貯めてる子いろいろいたけど、遊びで風俗嬢やってる子の割合っていくらくらいなんだろう。私の周りはホスト6割整形3割その他って感じだった。

 今思えばその年の確定申告がめんどくさかったし、性病検査で毎月必ず1万円飛ぶし、万が一のこと考えて低容量ピルを服用してたからそれに2000円くらい?

 あとは客とお風呂楽しむために入浴剤用意したり、可愛い下着と男ウケ良さそうな清楚な服を買ったりして経費の方がバカみたいにかかった。

可愛くて長持ちする良い下着って上下合わせて1万円超えるんだぜ?

私は飲食掛け持ちしてたから、ネイルはしてなかったし髪の毛も黒いままだったけどこれに美容室ネイルサロンにお金かけてる子もいたから、ほんとに風俗嬢として稼いでいくには、しっかり管理能力のある人じゃないと今は無理なんだよ〜

 Twitterとか見てると昔は風俗嬢になれば稼げたし、毎日大金を持って帰れたっていう話を聞くけど、今はマジでしんどい

 自分生活もカツカツな人が風俗に行こうと思わないわな。安いAVとか、てか今ならAV無料で見れる時代。結局家で抜いて終わり。

 風俗嬢リピーターで稼ぐ仕事から、そういう普段家で抜いてる人が突然ボーナスで来るとめちゃくちゃガッついてきてルール違反したりもする。しかリピーターにならない。疲れる。

 

 繁忙期と言われる夏のボーナスの時期でもランキング1位取ってる子でさえ全然客がついてなかった。まぁこれは店の宣伝能力とか、お店の場所時間曜日関係してくるけど毎日閑散期で待機室に嬢があふれてたし。

 友達ができてからは「客つかなくていい〜客くるな〜」と思ってたから何も思ってなかったけど、真剣に稼いでた時期はあと一人つけば○万円…お願い客来い…と思いながら毎日ビクビク生活してたなぁ。

 しかも嬢には写メ日記という自分宣伝できるツールもあったりして、毎日意味もなくエロい自撮りしてブログを書いてた。それでも客は来ない。

 何が言いたいかというと某芸人さんのラジオの話や、コロナお金に困っている子たちが風俗で働いてみよう!って思うかもしれない。今の時代女優アイドルやってそうなくらい可愛い子が風俗に溢れすぎていて(しか結構客払いが安いレベルの低い店)、レベルの高い接客や、サービス満点の子が稼いでる。(キスをたくさんする、ボディタッチは絶対に忘れない、色恋で稼ぐとか)

 顔が可愛くてももちろん売れるけど、結局客は夢のような時間を求めて濃厚なサービスをしてくれる子に戻ってくる。

 新人の頃に客はたくさんつくけどそれは新人期間しか続かないし、リピーターが居なくて新人期間が終わる頃には毎日お茶引くようになる。

 私は風俗で働いていた期間を黒歴史だ!とか消したい過去!なんて思わないけど、気軽に風俗で働くと思ってたよりお金もかかるししんどいよ!自己プロデュース力が試されるしね…

 それでもやらなきゃいけない人頑張って!

日記終わり。

2020-06-14

野宿女と人生初のラブホに行った話

わたしは当時26歳で彼女いない歴イコール年齢の売れない芸人であった。

わたしは性行為というものに強く興味を持ちながらもAV特に女性乳房乳房もつれ合いながら重なり合う

キャットファイトを観賞しながら

陰部を布団に擦りつける

いわゆる床オナと呼ばれる行為を日に

三回はしながら日々を悶々と過ごしていた。

わたしは、この状況を打開しようと

同期芸人に教えてもらったマッチングアプリを始めた。

芸人という身分を明かしてはじめたところ、数多くの女性マッチングをし

合わせて20人の女性ご飯に行くことができた。しかし、どの女性とも対面後は

長く続かず性行為はできず終いであった。

焦っていたわたしだったが野宿をしているという女性マッチングをした。

詳細はわからないがお金がなくて

食べるものにも困っているという。

わたしご飯を奢るという名目彼女

会い、あわよくば泊まるところがないのを利用しホテルに連れ込めるのではないかと思いついた。わたしはすぐに彼女上野でのご飯に誘った。

彼女は快諾してくれた。

わたしアポ当日とある番組オーディションだったのだが、なんと合格した。

これは凄まじく幸先がよいと思いながら意気揚々と待ち合わせ場所

上野不忍口前に向かった。

彼女と初めて会ったときマスク姿であった。一体どんな美しい顔がその下に

隠れているのだろうと内心わくわくしながら、一緒に行きつけの肉バルへと向かっていった。

席につくと、

彼女はそのマスクをすっと外した。

正直全くタイプではなかった。

世間的にもお世辞にも美人とは言えないだろう。

ともかく彼女の話を聞いてみることにした。

彼女20歳のとき北海道実家から

家出をし、まず沖縄に向かったというそしてなんやかんやあり、

シンガーソングライターになるという夢を叶えるため、一万円だけを握りしめ無謀にも上京をしたのだという。

彼女ルックスではどう考えても

シンガーソングライター成功するのは難しい。

当然、まともな人間らしい生活はできるわけもなく、

夏は野草を食して公園野宿をして過ごし、寒くなるとドンキホーテ女子トイレで一夜を過ごすこともあるという。

そして、現在は同じくマッチングアプリ出会った男性の住所を借りて

バイト先を探しているらしい。

日本の知られざる闇を垣間見た気がした。

私は彼女の現状に戦慄しながら食事を終え肉バルを後にした。

わたし彼女と歩きながら内心ドキドキしてホテルへ誘う機会を伺っていた。

とりあえず話たいことがあると彼女に打ち明け、人目につかない上野の地下連絡通路に入った。

わたしは震えた声でホテルに一緒に泊まらいかと誘った。

彼女はびっくりした様子であったが

『これから実は、池袋ロッカーにある私物を取りに行かなきゃならないんですぅぅ。だからすみません。』

なんと彼女長期間池袋ロッカー

手持ち以外の全ての私物を預けており、保管期限超過で明日にも撤去されてしまうのだという。

わたしは一瞬ひるんだが千載一遇

チャンスを逃すまいと実は童貞であること、そのコンプレックス彼女に熱く語った。

すると彼女は、

『そんなこと言われたら断れないじゃないですかぁぁ。』

言葉を口にした。

ついに!ついに!ついに!ついに!

長年待ち望んだ時が来たのだ!!

私は早速彼女をつれ事前に同期芸人に勧められたホテルSWEETSに向かった。

彼女はわりとホテルを使った経験があるらしく、わたしエスコートしてくれた。そして生まれ初めてホテルの一室に入ることができた。

しか彼女は部屋の地べたに座りこむと言った。

すみません。やっぱり本番はムリですぅぅ。すみません。』

わたしは確実だと思っていた童貞卒業

危うくなり非常に動揺した。

冗談ではない!わたし童貞

卒業するためにこの場に!上野に!

ホテルSWEETSにいるのだ!私は己を奮い立たせ先ほどより語気強めに言葉を放った!!

『お願いします!!挿れさせてください!!』

と怒涛の勢いで土下座をした。

その熱烈な思いに反し彼女

『やぱり本番はムリですぅぅ。

手とか他なら全然するんで許してくださいぃ。』と彼女土下座し強固なる意思で挿入を拒否するのであった。

わたしは負けてなるものかと土下座をしさら懇願したが、彼女も負けじと土下座をして拒否してくる。

なんだこの女!!わたし最大級の焦りを感じながら土下座を続けた。

しかし向こうも一向に引き下がろうとしない。そんなやり取りを続けている中、

ふと目にした時計をみるとホテルに入ってから1時間近く経過していた。

まずい!このままだとなにもせずに

夜が明けてしまう!!焦ったわたし

とりあえずシャワー彼女に勧めた。

彼女土下座体制を立て直し、

承諾した。わたしエッチをしながらなんとか挿入に持ち込もうと作戦を変更したのだ。

『お兄さんイケメンですねぇぇ。』

風呂から上がった彼女唐突に私の容姿を誉めはじめた。

これから行為をする自分を納得させようと彼女自身自己暗示をかけているように感じた。

そして風呂から上がったわたしは早速彼女とベッドインした。

『このキモチ悪い顔みられるの恥ずかしいから暗くしてもいいですか?』

わたしは顔はこの際、

別にどうでもよいため快諾した。

暗がりの中で、

彼女上半身からその乳房をあらわにした。はじめてみる他人女性乳房わたしはひどく興奮した。

しか彼女パンツを穿いたままだ。

ともはれ、わたし彼女乳房を26年分舐めまわした。彼女は声をあげていた。鎖骨あたりを舐めまわそうとしたところ、

『そこは弱いからいやああ』と

しおらしい声をあげていた。

その声でわたしの興奮は最高潮に達し彼女を強く抱きしめた。

彼女はまたしおらしい声で

『すごい興奮しているのがわかりますうう』と教えてくれた。

彼女はその後パンツを脱がしてくれた。

しか彼女わたしの一勿をみて不思議そうな顔した。

『男の人てその最初ときてみんな

皮をかぶってるんですかぁ。』

わたし言葉を濁しながら

人によると彼女に教えてあげた。

引き続き抱きつきとナメナメを繰り返していたのだが、彼女から急に、

『もう眠いですうう』と申し出があった。たしかにもう時刻は深夜3時を過ぎていた。そう言われたわたしは確かに自分オーディションなどで疲れがたまっていたためその申し出を受け入れてしまった。

わたしたちはそのまま眠りについた。

まり結局わたし童貞卒業すことができなかった。

わたしたちは朝になるとホテル

出発した。

挿入はできなかったがいろいろして

もらったお礼に池袋ロッカーを開けるための二千円を渡した。

そして彼女最後日比谷線の改札まで

私を見送り足早に池袋に向かい去っていった。

本来目的は果たせなかったがどこか清々しい気持ち電車に揺られながら私は帰っていった。

後日、彼女とのラインを開いたところUNKNOWNは退出しました。

との表示があった。

彼女消息は知るよしはなくなってしまった。

バイト面接に無事合格し夢に向かっていまも東京でがんばっているのか。

それとも夢を諦め故郷北海道に帰っていたのか。もしくは。

なにはともはれ、彼女のぬくもりをもう感じることはできないのだ。

私は真夏の昼時に滝のような汗を流し陰部を床に激しく擦り付けながら彼女の身を案じるのであった。

2020-06-08

anond:20200608222506

そこそこには。

君の名は。に比べると監督出身ジャンルエロゲであるっぽい自分勝手さはもどってきてる気がした。

自分としては君の名は。は、そこそこ恋愛ものとしてはしゃいだ気分だたのしいね、を追体験するものととらえられるんだけど、

天気の子 は家出少年少女たちのサバイバルだったりひねくれたおじさんの現代における生き方がメインにくる、ちょっと渋みのある話のような気がする。

どっちも天文学気象からすると噴飯ものではあるけど空の絵が綺麗だから全てが許される。

2020-06-06

ひきこもりだけどコロナ時代が恋しい

なんかみんな引きこもってるし俺もいいか〜みたいなかんじで罪悪感が薄まってたんだよな

ももうみんな外に出てる………

やめろ、家出るな、俺と一緒にずっとステイホームしてくれよ………………

2020-05-31

anond:20200531204841

うむ

ある日突然ドラゴンが家にやってきて同棲したり

ある日突然家出JKが家にやってきて同棲したり

あこがれるよね

うん

2020-05-25

許せない

俺が13歳の時の話をしたい。23年前の話だ。

俺は当時、田舎男子中学生だった。住んでいた場所がどれくらい辺境かというと、まさに地名がそのまま「村」なぐらいだった。現在はもう村としては存在していないが地名としては残っている。

それはどうでもいい。そんな田舎中学校で、俺は卓球部所属していた。

もちろん、別に卓球が好きだったわけじゃない。当時は何処かの部活に入るのが必須な風潮だったし、野球部だとかサッカー部だとかに入るぐらいなら比較的楽そうな卓球部へ…などという安易すぎる考えで俺は卓球部に入った。

当然、そんな生半可な気持ち卓球が上手くなるわけもない。大会などでは一回戦敗退が定番と化しており、サボり方も身につけ始めた中堅卓球部員となっていた。

当時、男子卓球部女子卓球部は別れてはいたが一部では一緒に練習したりすることもあった。

その中で、俺はある1人の女の子に恋をした。

相手は同い年のAちゃん

決して目立ったところがない子ではあったが、なぜだか話しているうちにどんどん惹かれていった。

決して付き合うとか、好き合ってるとかそういうことではなかったが(この年代はみんなそうだろ?)俺たちは心が通じ合ってた気がした。

彼女はよく俺に

「サボらなかったらコーラおごってあげる」

と言った。練習サボりがちな俺をいじりながらも気にかけてくれたことをよく覚えている。

そしてちょうど23年前の今の時期、同じ会場で大会が開かれるということで途中まで一緒に行くことにした。

彼女

「優勝まで行かなくても準々優勝ぐらいまでいったらコーラおごってあげる!」

と茶化して俺に言った。もちろん、俺が一回戦敗退の達人であることを知っての発言である。こんな会話が好きだった。

「じゃあAが優勝したらなに奢ろうかな」

と話し出したところで会場につき、別々に試合をして(俺は当然一回戦敗退、Aちゃんの結果は覚えてない)別々に帰宅した。

そしてその後、Aちゃん行方不明になった。

大会の帰り、そのまま彼女は消えた。

たちまち学校中は噂でもちきりになった。誘拐だとか、神隠しだとか、家出だとか、そんなクソみたいな噂話すべてに腹が立った。

俺は気が気でなくなって、村のどこかに彼女がいないか探した。でもどこにもいなかった。新聞には彼女が消えたとされる場所で靴と血痕が発見されたと書いてあった。

帰り道だからすぐにわかった。現場は綺麗に片付けられていたようでなにも残ってなかった。俺はもはやなにも考えられなかった。あらゆる可能性を考えてもクソみたいな結論しかかばない。

彼女が消えてから1週間、1ヶ月と経っても彼女は消えたままだった。

もう、彼女は一生帰ってこないんじゃないかという話を同級生がしていた時、俺は掴みかかって否定した。帰ってこないはずがないんだよ、絶対帰ってくる。

ちょうど3ヶ月後ぐらいに、テレビ犯人逮捕されたというニュースが流れた。

そいつはこの村のクソみたいなゴミクソ人間で、彼女にクソみたいなことをしようと思って声をかけたが無視されたので車で轢き、車に乗せて首を絞め、石で何度も何度も何度も何度も打ち付け、彼女を殺した。そして布団に包んで捨てた。

俺は何もかも許せなかった。犯人のことも、自分のことも、この犯人の親とか、友達とか、全てが許せなかった。何もかもがどうでも良くなった。

なにも許せず、なにも成長できないまま俺は大人になった。

今でも許せない。犯人は早々に自殺したらしい。それが何なのか、あの男が死のうとなにも終わらないし始まらない。

最初から存在すらしなければよかった。それだったら彼女は今も普通女性として生き、普通就職したり、普通結婚したり、普通子供を産んだりして彼女人生を歩んだんだ。

23年経っても許せない。許せないまま、あの子コーラを奢ってもらえる日を待っている。

2020-05-20

ははは

家の徒歩圏内に大きめの病院が2つあるんだけど、2つとも絶賛院内感染中。家出れませーん。

収まってる県の増田たちが羨ましー。

2020-05-17

anond:20200517050856

東大京大MARCH以下の世界が違うように、首都圏出身地方出身では世界が違う。

地方出身からすると、早慶であっても東京私立大学進学するのはかなり裕福な家庭に限られる。(家出みたいな感じで上京ちゃう人は別)

一方で、首都圏出身者にとっては、地帝に行くよりもMARCHを選ぶ人がかなりいる。私立学費負担に感じない。そういう層がマジョリティなのだ(少なくとも親も大卒大学進学が当たり前の階層にとっては)

上京費用私立学費負担が重いものであると思う大多数の日本人感覚

日本人実数では多いかもしれないが、首都圏出身者にとっては実感がわかない。

ちゃんと真面目に必死努力している学生

東京出身だと勉強好きな人中高一貫私立から普通に難なく東大入るし、勉強がそれほど好きじゃないけど大学進学が当たり前の人は入れる大学に入る。勉強できるのも東大もそこまで偉いと思われてるわけじゃない。

増田東大でどれくらいのポジションいるか知らんが、研究者になれる器(たぶん25%くらい)じゃないなら民間就職するんだから東大アドバンテージ地方出身のディスアドバンテージ相殺されると思っていた方がいい。

2020-05-11

2020年度以降の「なろう系」のアニメ化(予定)作品情報まとめ

AnimeJapan 2020」や「Comic Market 98」などの大型イベントコロナウイルスの影響により自粛&中止となりました。秋に予定されている「東京ゲームショウ2020」も今年はオンラインでの開催を検討とのこと。

この夏に予定されている「Animelo Summer Live 2020 -COLORS-」や、KADOKAWAレーベルが一大結集する予定の10月開催の「らのすぽ」も状況次第では微妙なところではないでしょうか……。

アニメ業界的には、この2020年放送アニメ作品のいくつかは完パケレベルで完成していない作品アニメ放送が遅れるという状況にもなっています放送予定作品放送時期の変更なども多数みられました。

それはさておき、従来なら大型イベントで開催されるステージや、販売ブースなどで発表される予定のアニメ情報ですがイベントが中止になってしまったので、いくつかの情報は散発的にネットで発表される形となっています

チェック漏れもあったりするかもしれませんが、整理する意味でまとめてみました。

増田仕様上、一記事でのhttphttpsのリンク数上限があるので、httphttps抜きになっています


なろう系(新規




なろう系(続編もの




なろう系とは直接関係はないかもしれないけど、周辺作品的な感じで近しいかもしれないアニメ化予定作品

ラノベアニメ作品異世界もの、周辺作品などなど……直接的には「なろう系」とは関係ない作品情報もあったりしま

2020-05-07

[] 125 ドキュメント72時間 焼肉

 家ついて行っていいですかより、リアル感があってすこ

何考えてるのかさっぱりわからない人たちばっかりだが、見てしまう。

こういうのをみることで、ツイッターとか増田は本当に世界の極一部なんだと再認識できる。こういう確認作業って大事なことだと思うんだよな。

たとえば今は深夜だから、こういう焼肉店舞台にしたドキュメンタリー見るとそれだけで反応する人もいるらしいけど、俺は深夜に飯の画像見ても特に何も思わんし。

コロナ嫌だから家出たくないって人も、自粛警察と化す人も、それぞれにそこまでに至った事情がいろいろあるのだろう。事情知らないか全然理解できないし、事情知っても理解できないのかもしれないけど。

さて、俺はゲーム世界に帰るとしますかね・・・🎮

2020-05-06

anond:20200506132514

え、まじで?

もっと自粛しようよ

家出たくないよ


これから梅雨なんだから6,7月はやめとこ

夏は熱くて熱中症になるから7,8月はやめとこ

秋くらいからでいいか


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