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はてなキーワード: 自意識とは

2019-01-24

地方出身首都圏私大文系卒のサブカル中年」が放つ悪臭の極み

劣等感に由来する過剰適応の成れの果て。

アンテナ感度の高さ/速さで「頭の悪さ/センスの無さ」をカバーしようと躍起なカス

スケールの小さな国内版「出羽守」。

あなたの周りやSNSで見かけませんか? 「万年◯◯青年」的なキショい自意識

持ったまま年だけとった若者気取りの最新型老害を。

昔の老害と違い「若いつもり」なのが更に痛い。

オイ、お前。お前の事だよ。

2019-01-22

anond:20190122102906

ガールズバーの嬢、話術とか接客で売るキャバとは違って、なんというかアイドルっぽい自意識の子が多いと思う

客=ファンって考えてるからそういう接客になってそう

anond:20190122124423

正月実家に帰り、2日に友人の家に飲みに行く以外は実家で寝るだけ」

正月帰省して親を手伝いもせず2日から友人宅で飲む女ってのはあまりいなさそうだし、

仮に居たとしたら「女だけどこんな正月過ごしちゃってる自分」と言う自意識が出て来るのではないか

これをごくごく平凡な正月の過ごし方と思っているのはいかにも男っぽい。

「そこから成人の日ぐらいまでは好き勝手やって」

社会人にしては暇な期間が長すぎる。冬休みが長いか普段から暇な学生

馬鹿にしてたゲーマーおっさんと一緒になったようだ。」

自分おっさんなら「俺もおっさんになった」と書くだろう。

まりおっさん」ではない=若い男or女、と言う事になる。

美人エロMOD有り)」

→これも男っぽい。女なら「女だけど美人エロが好きな自分」と言ういかにもオタクっぽい自意識が以下同文。

って事で普通に若い学生の男だと思ったし、

学生の男ならskyrimプレーヤーとしてごく普通だろうから、わざわざ立場年齢性別アピールする必要性を感じなかっただけじゃね。

2019-01-20

anond:20190118201551

自信マンマンとか自マンゲとか、自意識連語女性自信が絡んでるのも追究してくだちい。

2019-01-19

原発作業員にならない時点でニートには働く気がないんだよ!

はいこの台詞ニートの俺が年始に従兄から放たれたゲイ・ボルグ

その場では「いやニートにも職業選択の自由はあるからね笑」って言ってお茶濁したけど実際なんか確実に負けた気がしたわ

いやニートな時点で社会的ステータス面ではボロ負けなのは分かってんだけど、なんか自分ニートのしてのプライドの根幹を打ち砕かれたような気がした

今までだって仕事なんて選ばなければ幾らでもあるぞ」みたいなありがちな台詞には「適当動機就職しても持続性や将来性がね……」みたいな台詞回避してきたよ

でも原発作業員とは恐れ入ったわ

原発作業員、いやなんでやらないっていったらそりゃ健康面が一番の理由に挙がるわけだけどもね

あと劣悪っぽい労働構造(風の噂では下請けが何重にも重なってて日当1万以下とか)とか健康とか健康とか……

え?ニート健康気にしてんの?長生きしたいの?みたいな自意識がね、つれーんだわ

長生きしたいわけじゃないけどさぁ、放射線被曝はさぁ、なんか嫌じゃないですか?ニートに限らずみんな嫌だから原発作業員は年中人手不足な部分もあるでしょたぶん。

従兄の台詞は冷静に見れば暴論だと思うけど実際これニートにはかなりくるよ

気を付けろ全国のニート

2019-01-18

近藤麻理恵と本に関する議論に潜む無視できない階級意識人種差別

原文:https://www.bustle.com/p/the-marie-kondo-books-debate-has-classist-racist-undertones-that-cant-be-ignored-15796044

近藤麻理恵は一冊目の本である人生がときめく片づけの魔法」が2014年アメリカ出版されたときから社会現象であり続けている。「日本の片付けと整理の術」を詳しく記したその本は、コンマリ・メソッドまたは「Kondoする」と呼ばれる、持ち物に触ってときめきを感じる(it sparks joy)かで判断する片付け法を誕生させた。しかし、やはり近藤の人気が急上昇したのはNetflixで「近藤麻理恵とお片付け」(邦題:KonMari ~人生がときめく片づけの魔法~)が放送されてからだ。ところが、この人気の急上昇により本にまつわる予期せぬ騒動が発生した。著述家であり「We Need Diverse Books」(多様な人種の子供に向けて本を与える活動をする非営利団体)の創設者の一人でもあるエレン・オーを含むSNS上の大勢の人々によれば、近藤への反発には明確な人種差別と階級意識の要素が含まれているという。Bustle(訳注:原文の掲載サイト)はオーにコメントを求めた。

韓国系でありながら子供時代日本で過ごし第一言語日本であるオーは次のように語る。「近藤麻理恵への反発が発生してからというもの、ずっと意図的に誤解している人々に嫌な思いをさせられています最初文化の違いのせいかと思いました。特に翻訳によって生じる問題についての意識のなさです。アジア言語英語とはかなり違います。どうやってもうまく翻訳できない言葉もあります」。ところが、オーが「人々が意図的近藤を誤解している」と確信するに至るまで長い時間はかからなかった。

すべての始まりはこうだ。Netflix番組の第5話で、近藤若いカップルが本を片付けるのを手伝う。番組の中で、そして著書の中で、近藤コンマリ・メソッドで蔵書を片付けるやり方について広く語っている。Deseret News記事に書かれた近藤が語ったことの要点はこうだ。読んでいない本や、いつかもう一度読むかもしれないという思いにとらわれている本がたくさんあるのなら、それは捨てるべきだ。また近藤は、もしほんの一部だけにときめきを感じるのであれば、一部のページだけをちぎって残すことも薦めている。

Twitter上での否定的な反応はすぐに発生した。

小説家アナカナ・スコフィールドはすぐさま近藤の本を捨てるやり方にSNSで憤慨したうちの一人だ。スコフィールドは「近藤麻理恵だかコンマリだかの本に関する意見に耳を貸すな」とTwitterに書いた。他の利用者たちもすぐに続いた。そのうちの一人であるジェニファー・ライトは「この女はモンスターだ」と既に削除されたツイートで記した。このツイートは「理想的には蔵書は30冊未満にしましょう」という吹き出しが書き足された近藤写真に対する返信として書かれたものだ。ワシントンポスト掲載された書評家のロン・チャールズの「近藤麻理恵よ、おまえのトキメキお片付けは私の本の山には無用だ」をはじめ意見記事もいくつか出た。

しかしこの「理想」の蔵書数は30冊というのは、いったい何なのだろうか?この数字は、近藤コンマリ・メソッド自分の家を片付けたときに使ったものだ。「人生がときめく片づけの魔法」で、近藤自分の蔵書は30冊にするようにしていると書いている。しかし、近藤は誰もがこの30という数字を使うべきだと言っているわけではない。重要なのは近藤は一度も本をすべて捨てるべきだなどと言ったわけではないということだ。Refinery29のインタビューケイト・ムンロは近藤に、ガラクタの山や、本で破裂しそうな本棚ときめきを感じる人はどうすればいいのかを尋ねている。近藤は次のように答えた。

家がちらかった状態でもそれで本当に快適なら、それは良いことです。なにもおかしくありません。その上で、それぞれの物に決まった場所を割りあてたり、それぞれの物がどれくらいの量あって、必要な量はどれくらいなのかを把握したりすることをおすすめします。こういう意識を持つことは大事だと思います


オーは、アナカナ・スコフィールド近藤についてのツイートの後で書いたガーディアン誌の記事を、自分意見に合わせるために近藤言葉意図的に誤解している例の一つとしてあげている。「ときめき(spark joy)という表現が過剰に強調されていて、その言葉近藤が本当に伝えようとしていることが置き去りにされています」。「ときめき」は実際には喜び(joy)と同じ意味ではなく、鼓動や興奮や動悸を意味する。この基本的なことさえ理解すれば、本は喜びだけでなく挑戦や動揺を読者に与えるべきだというスコフィールドの主張が無意味だということがわかるだろう。「ときめき」という言葉意味するのは、本が読者に挑戦や動揺を与えてそれが良い反応をもたらすのならとっておくべきだということなのだ。

オーはさらライトが削除されたツイート近藤を「モンスター」と呼んだことについて言及する。「意図的な誤解は、近藤の助言はそもそも片付けをしたいと思っている人に向けられたものだという事実から目をそらすことから始まっています。片付けをしたくないなら、助言に耳を貸さなければ良いだけです」

近藤への反発は、近藤の流暢でない英語や、独特の言葉かいからかうことまであらゆることに及んでいます」とオーは語る。「ときめきという概念を笑いの種にするたくさんの画像を見て、私の両親が話す片言の英語意図的に誤解しておちょくってきた人たちのことを思い出さずにはいられませんでした」

今回の本を片付けることについての議論には、ある種の特権も絡んでいるとオーは語る。

階級意識エリート意識、たくさんの収納がある大きい家に住めるという特権。私には近藤への反発が何を根拠にしているのかはわからないけど、反発している人たちが特権的な立場にいるということはわかります」とオーは言う。「たくさんの本を持っていなければ賢い人間だとは言えないというエリート意識経済的階級意識です。かつて貧しかたころ、私が持っていた本は10冊もありませんでした。だから図書館は私にとって安らぎの場所だったんです」

以上の点について声を上げているのはもちろんオーだけではない。Twitter利用者ジョナー・ヴェンは一連のツイートで、コンマリ・メソッド本来目的に対する一般的無知についてこう書いている。「コンマリへの批判ネタ画像は、アジア、とりわけ日本文化や影響への無知により、目立たないが本質的人種差別的なものだ」

近藤への反発の人種差別的な側面についてSNS上で反応している人々は他にもいる。作家カットチョーツイートで「有色人種モンスターと呼ぶのはやめてください。既に社会の隅に追いやられている人たちを、人でなし扱いするような言葉を使わないで」と書いた。そして著述家ピューターセレステは「アジア人の女性を不当な理由からかうことに何の意味があるんだ?近藤麻理恵じゃなくてマーサ・スチュワート相手だったとしてもこれ以上続けるのか?違うだろう」とツイートした。

かに、本を捨てるという行為一部の人々にとってかなり感情を動かされるものだし、本の一部をちぎると図書館学校非営利組織などに寄付して役立ててもらうこともできなくなる。しかし、とどのつまり近藤の助言に対する反発は、近藤とは関係がない。むしろそれは、一部の読書家が、自分読書家としての自意識を維持するために必要だと考えている、本を所有するという行為近藤侮辱したという誤解に基づく怒りなのだ

近藤を支持している読書家もたくさんいる。Twitter利用者アレクサンドラダンカンツイートで「驚くかもしれないけど、図書館員として家の本棚コンマリ・メソッドで整理することを100%支持します」と書いている。

しかしたら年明けは、物理的な片付けについてだけでなく精神的な整理についても完璧な時期なのかもしれない。読者の皆さんも、ぎゅうぎゅうに詰め込まれ本棚のものと、本に書かれた内容とどちらにときめきを感じるのか、自分に問いかけてみてはいかがだろうか。

メジャーもの好きをバカにするオタクから反省

■一部オタク界隈の「メジャーものが好きだとバカにされる」って風潮ホントクソだよな

https://anond.hatelabo.jp/20190117073007


「「好きなゲームドラクエ」と言うような人をバカにしてマイナー作品ばかり愛でるオタクは本当にクソだ」という趣旨で、それには同意するのだが、一方で私は馬鹿にする側のオタク気持ちも判るというか、どちらかというとそっち側の人間なので「オタクはなぜそんなことを言うのか」の言い訳をさせてほしい。言い訳をしても概ねオタクがクソという結論に変わりはないのだが、まあ他者思考回路理解しておくのは悪いことではあるまい。

「好きな〇〇は?」「オールタイム・ベストは?」というような質問オタク界隈ではよくあるお題のひとつだ。私もオタクの端くれなので無数にそれに答えてきた。

オタクはこれを問われたときに、何を答えているのか。作品名を答えているのは当たり前だが、それだけではない。「なぜそれが好きなのか」という文脈を必ず同時に答えるのである。というよりも、オタクコミュニケーションにとって重要なのは作品」よりも「文脈」、「何が好きなのか」よりも「なぜそれが好きなのか」というコンテクストのほうと言っても過言ではない。

なぜコンテクスト重要なのか。それは、オタクにとって好きな作品の表明というのは、「自分がどういう人間なのか」「どういうスタンスでそのジャンル全体と相対しているか」の表明でもあるからだ。

例えば私は映画が好きなのだが、「何の映画が好きなのか」と聞かれると「ビリー・ワイルダーの『サンセット大通り』」と答えるようにしている。実際に大好きな映画なのだが、ここには私の「古い映画も多少は掘ってます」「時代を超える普遍性理解する人間です」「ウェルメイドなエンターテインメントを最も愛します」「ダークな味の作品が好きです」という自意識意思表明がコンテクストとして込められている。オタクにとって好きな作品の表明というのは、「自分はこういう人間なのです」という表明に等しいのだ。オタクはそうやって提示されたスタンスを通して相手理解し、コミュニケーションを深めていく。

そんな現場に行って「好きなゲームドラクエモンハンです」と答えるとなると、これはもう「別に自分は大してゲームは掘ってないですし、あんたらにどう見られるかは最初から考慮していません」という無邪気な意思表明として取られても致しかたない。もちろんゲームをやっている数が少ないことと、その作品を愛していることは別であり、そんな風に受け取るオタクのほうが正しいか正しくないかでいうと正しくないのだが、ともあれオタク間のコミュニケーションとはそういうものなのだ。それが嫌ならばオタク回避するか、そこに何がしか文脈を自ら盛っていかなければならない。又吉直樹が「好きな作家は太宰」と答えたあとに、「太宰のことが本当に大好きなので、馬鹿にされようがあえてそう答えるようにしている」というような文脈を盛っているのはその一例だ。オタクコミュニケーションで大メジャータイトルを挙げる場合は、「なぜそれを挙げるのか」という文脈を同時提供しなければ、半可通と判断されパージされてしまうのだ。

とまあ書いてきたが、再三書いているようにオタク側のほうが間違ってると思うし、面倒くさいし気持ち悪いのだが、オタク今日もこの手のコミュニケーションを繰り返してしまう。なぜかというとそこからまれ果実の甘さも知っているからだ。ジャンルを掘っているもの同士の深い部分での理解マウントの取り合い、これはオタクコミュニケーションしかまれ得ないものであって、まあぶっちゃけた話楽しいんだよね。一晩も二晩もこんな話ができるのは本当に楽しい。だからまあ、哀れな連中だなと蔑みつつ、そういうことをやってるんだなと理解していただけると幸甚であります

2019-01-15

無題

代謝しかしてない日が増えた

少し考えてみた

去年の今頃までは、遊びの予定が立ったら、たとえ締切日まで余裕があっても、レポートをそれまでに終わらせることができていた

かに今はめんどくさいが、その日は気兼ねなく遊びたい

先の報酬を考えて行動することができていた

今は、締切日の前日になって終わってなくても、徹夜すらできない

終わってない いいや 出さんでも

そう思って、目先のめんどくさいに気を取られるばかり

ついに、昨日は卒論を出さなかった

なんでかは自分でもよくわからないけど終わってなかった

どころか、一文字も書いてなかった

テーマ9月には決まっていたし、

文献も10個くらいは読んだ しか英語

でもなんでかよくわからないが

書けなかった 書くことは決まっているのに

ずっと好きなことがあった

大学に入って、多少頻度は落ちたが

それでもテストレポートから解放されて真っ先にやりたいと思うことはそれだった

部活執行代になって忙しくなって、めっきりその機会が減った

でも、それはマイナスではなかったと思う

何かそれの他に、一生懸命打ち込むことがあったのはよかった

でも最近、好きなことのはずなのに、やってても全然楽しいと思えなくなってしまった

以前は確固としてあった理想形が全く見えなくなってしまっていることに気が付いた

周りの人々にも恵まれ

友人も、決して多くはないが、素晴らしい人々に巡り合えた

共通趣味を持つ友人は、大学に入ってからほとんどできなかったが、特に苦ではなかった

もともと、趣味他人と共有したり、趣味コミュニケーションの道具にすることが好きではなかったからだ

一人で楽しみたいタイプだった

まれからこれまで、本当に嫌な人に出会たことがない

剥き出しの悪意に晒されたり、理不尽に踏みにじられたりしたこともない

誰しも人見知りな私のことを認めてくれた

しかしたら、表面的な付き合いなのかもしれないが、

それでも、私は他人と接していて、他人によって、嫌な気持ちになったことがない

自分うんざりしてへこむことはしょっちゅうだけど)

私の知り合いに、両親、友人知人、バイト先の人々、教師から病院先生に至るまで、悪い人は一人もいなかった

みんな親切だった

自分で言うのもなんだが、私は世間から見れば非常に恵まれ位置にいると思う

学歴、家庭環境、友人、恋人、人並みの容姿

自分環境に不満を持ったことはほとんどなかった

思春期少年らしく、容姿については相当悩んだが、今はさほど気にしていないつもりだ

自分の様子がおかしいと気づいたのは、

部活引退して就職か、進学かを迷っていた時だった

自分にはまるでやりたいことがない

焦った

とりあえず並行してどちらの準備もしたが

色々調べたり、友人と話すうちにその焦りがどんどん自分の頭を食っていった

みんなやりたいことがある

もしくは明確でなくても、ちゃん方向性を定めて、舵を切り始めている

少なくとも、『ある』フリをして、

自分の将来を言語化することができている

私も必死で考えて、何かにこじつけようとした

やりたいことは何だろう

興味があることは?

関わりたいことは?

やりたくないことは?

好きなことは何だ?

将来何をしていたい?

何が欲しい?

この時、誰かに相談していればまた違ったのかもしれない

でも、誰にも相談できなかった 

他人の目を誰よりも気にする そういう性分だから

なんだこいつ、まるで中身がないと思われるのが怖かったんだと思う

実際空っぽなのは自分が一番わかっていたことだった

このころから、夜になってひとりで部屋にいると、涙が止まらなくなることが増えた

部屋にいると、どこまでも自分で、自分しかいなくて、自意識に押しつぶされそうになる

声をかけてくれる人はいなくて、気を紛らわしてくれるものもない

ネットを見ればキラキラして一生懸命自分より若い子ばかりでつらい

結局誰にも相談せずに、まだ働きたくない、この気持ちだけで進学を決めた

勉強するうちにまた気持ちも定まってくるだろうという甘い気持ちがあった

けど、ちゃんと、興味ある分野が見つかった

勉強も、おもしろかったし、はかどった

でも今、卒業できなくなってしまった

夜になると涙が止まらないし

意味もなくYouTube動画ちゃう

そしていま、やりたいと強く思うものがついになくなった

どうすればいいんだろう

かに話せばきっと呆れられる 早く人生をどうにかしなきゃ、そう思うけど、体が動かない

今日はついに、大好きな先生の授業を初めてさぼった 最終回なのに

幼いころから、人にお悩み相談をするのがすごく苦手だった

悩みのないふりをして、ほとんど自分の中で消化してきたし実際できてた

それで問題なかった

から4月から今まで意味もなくほぼ毎日泣いてるけど、誰にも言ってない

恋人にも親にも友人にも言ってない

わかんない、こういうこと言うと、同情をひこうとか、健気アピールに見えてしまうのかもだけど、本当に、

ひとりじゃないときは、飄々として、何も考えていない人っぽくあろうとしてる

不真面目で、明るくて、てきとうで悩みのない人間を演じている、つもり

というかそういう人間だと自分でも思い込んで、それで悩みを消化していたんだろう

事実最近まで自分は不真面目でテキトー人間だと思っていた

でも、そうやって問題根本的な解決をせずに逃げてきた、その負債に今苦しめられてるんだろうな

自分が6歳の時に弟が事故で亡くなった

かにしかったけど、つい最近まで、この出来事自分の今に影響してるとは思ってなかった

なんでかっていうと難しいけど、弟が亡くなってからも両親は今まで通りに接してくれていたし

学校も少し休んだけど、すぐ復帰した

それまで通りの日常はすぐに戻ってきたし、何より自分は幼かったから、あまりわかってなかったもんだと思ってたのかも

何より、それから十数年生きてきて、それによる自分不具合は一度もなかったか

だけどよく考えたら、事故現場に私もいたし、そのあと友達の家で私だけ一時待機でご飯食べてたのも、

お母さんが「頑張ったんだけどね、」って迎えに来たのも、

棺を飛行機に乗せるために木板でまわりを固めてるのを見て可哀想って誰かが言ってたのも、

謎にガラス張りだった葬儀場の周りにいた野良犬も、幼稚園同級生が来たお葬式も、

全部覚えてる 小学校低学年以前の記憶ほとんどないのに、そこだけ鮮明なのは、やっぱり強烈な記憶だったからだろう

それに、弟が亡くなってから私は一度も両親の前で泣いていない

これだけは断言できる

泣いちゃだめだ、悲しんだらダメだって思った記憶がある

当時発症してた小学生特有の謎の天邪鬼の影響も多少あると思うが

今までの日常を失いたくないという一心で、何も気にしてないフリをしなきゃ、と思ってたのかもしれない

自分さえ我慢すれば、自分ちゃんとすれば、すぐに日常が戻ってくると考えていたのかもしれない

まあ正直この辺の思考回路は今の自分と照らし合わせて想像したものから、本当のところはわからない

ただ自分がもともと、感情をむき出しにしている人間出会うとかえって冷静になってしまタイプ人間だった、というだけかもしれないし

とにかく、ここ半年ぐらい考えていたことは、

この経験が今の、人に相談事をするのが苦手で、自分の中で決着をつけようとする自分につながっているのではないか、ということ

現在無気力代謝マシーンであるゴミ人間自分まで、この経験帰結させようとは思ってないけど

でも、全部を全部、自分のせいだと思うのはしんどいから

こういう不可避の経験に無理やりでも結びつけないと、やってられないです どーしよ

2019-01-13

追記

そりゃいいこともあるよ。毎日子どもと一緒にいられるし、昼間に時間作って遊びに行ったりとか。

でも、そんなおれが「フリーランス毎日子どもといられるし、昼間遊べるからきみもなりなさいよ」とか言っていたら詐欺しょうが

きみたちさ、そんな頭で自分に有利な契約書作れんの?フリーランス向いてなさそう(笑)

聞かれてもいないのに自分語り始める人。自意識強すぎて客とトラブル起こしてないかい?ちなみにおれの売上は2000万くらいです。

https://anond.hatelabo.jp/20190113133500

2019-01-12

anond:20190112194959

一部の自意識被害妄想が過剰なお嬢様方が、八つ当たり関係ない男たちを殴っては反撃されてるだけ

あなたは気にせず真っ当に生きて。

2019-01-11

神父」的、「教師」的、「国士」的な自意識の持ち主

自分は「偉大な何か(=神、真理、主義)」の代理人という自意識(天声人語!)の持ち主にとっては、

自分に逆らうという事は「大義に背く事だぞ」、「地獄に落ちるぞ」という意識無自覚に当然のようにある。

こういう輩が「反省する」ということはあり得ない。というより「反省出来る」わけがない。

「偉大な何か」の御言葉無知蒙昧な連中にわかやすく【翻訳】して伝えられるのは自分しかいない

という特権意識の持ち主なんだから。その特権意識が既にアイデンティティーに深く根を張っている。

謝ったら死ぬ病」の典型例。

2019-01-10

anond:20190109192039

この話を帰ったら増田に書こう、そして褒められて承認欲求ガンガン満たしたろ!みたいにギンギンに自意識怒張させながら話しかけたんやろなあ…ええ話や…

2019-01-07

anond:20190107043240

おwwwwwまwwwwwえwwwwww

自意識高い系?

2019-01-06

anond:20190106201503

そもそも性に淡白だったら自分ゲイに気付かず、たまたま異性との関係が順調じゃなかっただけのヘテロという自意識で生きていけるって話なんじゃね?

2019-01-05

anond:20181225224942

よくできたまとめ。

かくいう自分はロストメビウスあたりで離れた組(※と、いいつつ結局今でもどこか目の端で作品群を追いかけている)

このあたりの解説もまさに増田の言うとおりで、作品テーマが難解になって、作者の言わんとしているところと作品読了後の自分の得たいカタルシスが一致しなくなったため。

自分ブギーポップに求めていたのは第一に『笑わない』のような多重構造ミステリーを通して語られる世界というものの複雑さと適当さに圧倒される閉塞感。

第二に『パンドラ』『ホーリィ&ゴースト』『冥王と獣のダンス』『ビートのディシプリン』『ナイトウォッチシリーズ』で示されるような、閉塞的な世界において個々の人生という名の運命=<試練に立ち向かう戦士>の話。

第三に、前項ふたつの要素が組み合わさって終幕を迎えた物語におけるカタルシス

初期作品は間違いなくこの三つの要素で形作られていたといっても過言ではない。

そして著者のあとがきで語られる分析考察独白みたいな結論通称上遠野節と言われる)がこのカタルシス絶妙な味を与えてくれて、二週目以降の読破にも興が乗る。

このカタルシスだが、二期後半以降かなり薄れる、

具体的にはまさに増田が触れているとおりで、ロストメビウスとそれ以降の作品群。

世界の謎要素』が強くなった二期以降のブギーポップにおいて、ロストメビウスは作品群として重要位置づけにはなりえても『戦士』よりも『世界の謎』を優先したために作品単体としての完成度が低い。

そのわりにロストメビウス以降も大筋でブギーポップ世界観に進行があったということはないので、かなり肩透かし感がある。

そして二期作品以降はこの傾向が加速して、世界観に一切進行のない肩透かし感(「結局あれはなんだったのか」)が続く。

その原因について、ブギーポップを含む作品群についてを含めてこのblogがすばらしい考察を書いているのでリンクを張っておく。

http://gentleyellow.hatenablog.com/entry/2019/01/03/135038

もともと上遠野氏の作風ストーリー自体がもともとスタンドアローンで、ストーリー同士をつなぎあわせることで全体が見えてくるというミステリーみたいなスタンスだった。

まり最初期における『笑わない』で用いられていた手法が、今度は作品群全体において用いられるというスケールアップが面白かった。

したがって、巻が進むごとに世界の謎が徐々に解き明かされるというミステリーっぽさが熱狂的なファンを生んだ。

しかし二期後半くらいから過剰になってきたために、年単位放置されてきた伏線が増えてきたことで、作者の中でネタ賞味期限が切れてきた、というのが正直なところではないだろうか。

この賞味期限の切れ具合から起こったネタ在庫整理が、そのまま上遠野氏における二期、三期の切り替えの時期に一致している感じがある。

したがってこの賞味期限切れの結果、世界の謎要素は徐々に手仕舞いしなければならなくなる。この手仕舞いが「ヴァルプルギスの後悔である

ではそれ以降のブギーポップはどうなるのかというと、作品全体を覆う世界の謎がなくなってしまったので、あとにはスタンドアローンになったストーリーしか残らない。

筆者が特にこの傾向を感じたのは「沈黙ピラミッド」あたりであり、確信したのが「化け猫めまいスキャット」あたりである

この辺になってくると、もはや世界に謎がないのでスタンドアローン作品を見ていく以外に楽しみ方がない。

もともと外伝作品スピンオフのかたまりだけで構成されていたブギーポップシリーズが、それでもシリーズの体を保っていたのはブギーポップ存在世界の謎だったのだが

世界の謎がなくなったことで(※まぁ、振り返ってみるともともとそうではあったのだが)ブギーポップシリーズが明確に単純なスピンオフの塊シリーズとなった。

類似作品としては「地獄少女」みたいなものだと思ってもらうと分かりやすいだろうか。

ブギーポップの魅力が一番詰まっているのはやっぱり原点である「笑わない」とそこに連なる初期9作品、ロストメビウス手前までの二期前半だと思う。筆が載ってた時期が一番面白かった。

個人的には「ビートのディシプリンシリーズこそ真骨頂だと思っている。<世界>と<戦士>の構図をカタルシスと共に描くことにかけては著者の作品でいまだ右にでるものがない。

時系列的にも世界の謎がもっとも沸騰していた頃だったので、ここまでは大きな流れが見えて面白かったように思う。

二期後半以降から作者はたぶんブギーポップ関係とは別作品を書き始めて、ブギーポップ位置けが自分の中で変わってしまったんだと思う。

やりたいことをやるために別の枠が用意されているなら、ブギーポップではもはやそれをやる必要はない。特にヴァルプルギスの後悔>という大仕事を終えてからはそれが顕著である

したがって初期作品に見られたカタルシス二期作品と並行で書かれた著者の別作品できちんと得ることができる。

たとえば<戦士>と<世界>の構図の代表作であれば『冥王と獣のダンス』や『ビートのディシプリン』『ナイトウォッチシリーズ

そして<世界の謎>=ミステリーであれば『しずるさん』『ソウルドロップ』があげられる。

まりこの辺から上遠野さんは、やりたいことがいろいろとできちまってブギーポップについてはとっちらかし始めた感じがあり、最終的にもともとそうであったようにスピンオフスタンドアローンストーリーの寄せ集めに落ち着いた感じがある。




アニメ化について

すでに二話まで見てみたが、まぁこんなもんなのか?という感じ。

個人的演出が惜しい。

もっとカットを多様してキーワードとなる台詞にはキャラクターの口元を映したり、必要なシーンを瞬間的な回想で一瞬だけ挿入させるなど、雰囲気を出すためにシャフト演出必要なのではないか

シーンごとのつながりは見た人に分かりやすいつくりにはなっていると思う。

ただ木村君を出さないのはどうかと思う。「笑わない」を読んだことがある人にはわかると思うが、通しで読むと途中までは単なる青春ストーリーしかなかったもの

木村君のチャプターから徐々にストーリーの肝へと近づいていく、いわば切り返しのチャプターなのだ

というよりそもそも三話か四話程度で「笑わない」をやってしまう今回の計画自体に無理があると思うのだがどうなのか。

聞くところによると中盤から後半は「vsイマジネーター」をやる予定らしい。

上遠野氏にとって間違いなく重要存在だったイマジネーターだが、多分筆者の雑感ではおそらくまだこのテーマは著者の中ですっきり終わってないまま放置されている。

原作がまだすっきりと終えていないものアニメ化したところで面白い話になるはずもない。

個人的監督に対する批判としては、アニメ化するなら上遠野氏の作品のなかでもスタンドアローンできれいに完結しているものを選ぶべきだった、と言いたい。

何かと話題になる『笑わない』とか『イマジネーター』ばかりに目をやるのではなく、形としてワンクールに綺麗に収めやすい初期の作品なら

ペパーミント魔術師』『ホーリィ&ゴースト』『エンブリオ侵食炎上』『パンドラ』があったではないか

初期作品の趣を正当に継承しつつ、ワンクールという短い話数でまとめやすくきちんとカタルシスを与えられるストーリー強度を持っているのは間違いなくこの四作品だ。

監督はこの中から映像化する作品を選ぶべきだった。

■三期以降の作品ブギーポップシリーズについて

三期以降の著者の作品は手にとっていないので分からないというのが正直な感想だが

懸念していることとして何点かあげておきたい。

第一に、90年代の閉塞感というものはもはやない。

少なくとも現代ジュブナイルにそういう感情はない。

成熟期~衰退期にある現在日本は、当時の熱狂からの急速の冷却時期をある種越えて、落ち着いた感じがある。

またITの広がりを受けて知識を得ることが一般かつ容易になったために、今まで知らなかった社会の謎や不満、不安が解き明かされつつある。

少なくとも「自分の感じていること」が何なのかを社会的な構造論理できちんと説明できるようになった。「何がなんだか分からなかったものから、少なくとも「原因はこれなんじゃねえか」と言えるような、手触りのあるものにまで落ち着いてきた。

そしてエヴァで示されるような自分自身の心理的問題や、ガンダムのような社会自分との対決ではなく、もっと普遍的なある種受け入れざるをえないような構造上の問題として理解されつつある。

働き方も人生に対する考え方も将来に対する展望も、今の若い人たちはよりリアル現実的だ。

自己実現の形も身近で多様になってきた今、閉塞感を主要な題材として手探りで作品を作る事は普遍的とはいえやや共感が難しい。

ある種のカウンターカルチャーから始まっているとはいえストーリー路線もっと王道的なもの回帰する必要があるのではないか

■第二に、<世界>と<戦士>の関わり方もまた時代を経て変わってきたように思う。

いまの若い子たちのほとんどは迷いがない。情報がたくさんあり、そのことに慣れているので、彼らのほとんどは過去90年代存在していたような迷いや苛立ち、先行きの見えなさというものからきちんと卒業している。

先行きが見えないレールとして見るのではなく、多くはレールを立派に相対化して統合評価し、少ない選択肢のレールの中から自分の納得のいく選択を手にして自分人生を生きている。

平凡ではあるが、意思ある存在としてその平凡さを選んでいるのだ。わけもわから梯子を登り続けた90年代を背後から俯瞰して「だいたいこんなものだ」という感覚を肌で分かっているのが00年代だ。

したがって、振り落とされて振り回される世代ではない。また将来に対する不安はあれど、道しるべや指標、解析ツールは探せば手に入る時代に、無理をして多くを手に入れようとはしない。

したがって、ピート・ビートが感じていたような不安感は、物語の没入のためには役立つが、そこに共感を感じさせる要素は見つけにくいだろう。

過去SF現実社会を映すものであり、社会の謎を解き明かす鍵があると考える読者も多かった。それがカルト信者を生んでいた一面もあった。

しか現在の若年層にとって、SF提供する社会の謎はエンターテイメントの一部でしかない。

したがって<世界>と<戦士>の構図も同様に、エンターテイメントとしての構図に終始するか、あるいはこの時代における新たな<世界>と<戦士>の構図を再度見つけなおさなければならないだろう。

一言で言ってしまえば、セカイケイはもう終わってしまって古くなった。

人々は自意識というものについての興味を、以前ほどにはもっていない、ということだ。

したがって、意識というもののあり方が大きく変わってしまった以上、<世界>と<戦士>のあり方も本質は変わらずともあり方を変えて描かざるを得ないのではないか

第三に、引用するサブカルチャーの変遷である

知っての通り、上遠野氏はジョジョ熱狂的なファンであると同時に、洋楽から多数の引用を行う。

これはあとがきに書かれている通りだ。

これはこれで悪くない選択だとは思うし、古典に学ぶことが創作の近道なのだが、現代サブカルチャーとその源流についてももう少し学んでいいのではないか

現代っ子が引用するサブカルチャーほとんどはpixivニコニコ動画が主流である

そして引用のされ方にも傾向がある。

売れ筋に寄せろといいたいわけではないが、そもそも戦場ライトノベルであるからハードな戦い方(※つまり正統的なSFミステリ)をしていても遠巻きに眺められる終わるのがオチではないか

たまにはもうすこしライトなことをやってもいいのではないか

もう立派な大御所なのだから売れるための本を書く必要はないのかもしれないが、もっとキャラクターがきちんと動くストーリーを書いてくれたっていいのではないか

ファンサービスのありかたも商業小説のあり方も変化してきたのだから、もうちょっと寄せてくれてもいいのではないか

そんな気がする。

2019-01-03

「いろんな「」のコーナー」のコーナー

エヴァンジュリン以外の30人にも続編を考えてあげよう」のコーナー

光る風から続いているハッピー誘って、君のもとへLOVEドライブ行こう

どうも、好きなネギま声優こやまきみこです。

作品では、二つの社会にわたって多くの登場人物存在する。一つは表の世界、すなわち我々の社会のものである日本教師として赴任した主人公ネギ・スプリングフィールドは、魔法使いとしての正体を隠したままA組の31人の生徒と出会うことになる。生徒の多数は一般人であるが、ネギの正体を知ってしまものもおり、魔法使い世界に関わりをもつことになる。

です!

「『キツツキは嘘つきだから気をつけて』という歌詞差別表現である」のコーナー

それにあなた名前真綾であって、しおりではないでしょ! 嘘つきなのはあなたの方じゃないか

かに嘘つきのキツツキもいるかもしれませんが、全てのキツツキが嘘つきのわけがありません。

なので、そのような歌詞主語が大きすぎます

そもそも動物動物という種でくくること自体差別的な表現なのです。

そこで、たった一人にのみ該当する小さい主語を使った「キツツキは嘘つきだから気をつけて」に変わる新しい歌詞を考えてみました。

ネクソンを買うぐらいなら他にいい買い物があるんじゃないの? そんなことない!」のコーナー

ネクソン? いい思い出がなにもないなあ。

でも、このいい思い出でない思い出もまた、今の自分を形作っているのだから過去否定するのはよくないと思います

そこで、買おうとしている数々の企業ネクソンのいいところを教えてあげましょう。

「「色彩」ってすげえいい曲だけどそれを満喫するためだけにFGO課金するのは躊躇しちゃうなあ。そうだ! 坂本真綾について詳しくなろう!!!」のコーナー

貧困層にとってはFGOは怖くて近寄れません。

そこで、FGOプレイしなくても色彩を満喫するために、坂本真綾のことを教えてください。

目標は、浅野真澄を超える坂本真綾ファンです。

もしくは鈴村健一を超える坂本真綾旦那です。

「「愛があって夢があってだけど、変わらぬ思いを重ねて、あなたと行きたいのふぉーえばふらまーいらーーぶ。髪をほどいて見上げるオリオンあなたは遠く感じる。打ち消すように」の打ち消すようにの時に唱える打ち消し呪文を考えよう」のコーナー

意思の力? 目くらまし? 呪文貫き? そんなな呪文じゃ南央美さんの自意識は打ち消せません。

南央美さんも満足するような格好いい打ち消し呪文を教えてください。

「「帰る家さえ見失う私の胸で眠れ、私の胸で眠れ」の私とはセシリーにとっての誰だったのか!」のコーナー

誰だったんでしょうね?

「きんぎょ注意報の好きなキャラクタを教えてください」のコーナー

僕は葵ちゃんです。

「じゃあ「私のすてきなピアニスト」の話だけしようぜ!」のコーナー

このコーナーは、魔法の天使クリィミーマミ第46話私のすてきなピアニストに関することだけを募集しています

魔法の天使クリィミーマミ第46話私のすてきなピアニストの話だけをしてください。

それ以外のメールは何があっても読みません。

プリクラを開発したこと宝くじにあたったようなものなら、P4という面白ゲームを開発したことは何にあたるのか考えてみよう!」のコーナー

アトラスゲームはどれも面白いなあ。

とくにペルソナ4

僕はペルソナ4が大好きなんだ!

まずなんといっても、声優さんが可愛い

堀江由衣さんに釘宮理恵さんに小清水亜美さんに山口勝平さん! どの声優さんもとってもキュート可愛いですよね。

P4Dで恋する名探偵フルバージョンが聞けるかと思ったのに聞けなくてとっても残念でした!!!

堀江由衣さんの楽曲の中でも僕は一番好きなんですよね恋する名探偵

そうえば、僕、グランブルーファンタジー堀江由衣さんの限定キャラ無料ガチャで引いたんですよ! すごくないです?

これもう、俺と堀江由衣シンクロ率が極限まであがっており、俺自身田村ゆかりであり、俺と堀江由衣やまなこからだと思うんですよ?

そこで、俺と田村ゆかり共通点を教えてください。

はやく、世界一かわいくなりたーーーい。

「「じゃあエンジェルビーツはどうしてたらよかったんですか!?」のコーナーの答えは「関根入江百合を濃厚に描く」で決定しているので「好きなガルデモの曲を募集します」」のコーナー

僕はRun With Wolvesです。

エンジェルビーツ面白かったと思うけど、今もう展開してるのは漫画版だけなんですよねえ。

いや、漫画版に不平不満はないよ。

ないけど、やっぱり、あの「声優のわちゃわちゃ感」が重要コンテンツだったと僕は思うのだけど。

うーん、難しかったなあ。

今、Re:ゼロWeb小説版読んでるけど、アニメ版結構違うんだね。ラム事務的に手コキされる同人誌よみたーい

よみたーい

2018-12-31

あるハーフアイドルが、「日本人として……」と発言していた。

一部のファンが、あんハーフだろ、と笑っていた。

何をもって「日本人」とするか。日本国籍を持っているから、日本に住んでいるから。客観的に定めるのは難しい。

それはさておき、その後に続いた言葉や状況から考えても「日本人の両親からまれたか純粋日本人」的な意味での「日本人」ではない。

遺伝子的な指標自意識、少なくとも遺伝子とは全く違う指標をごく自然混同してしまうの、めちゃくちゃ怖いな、と思いました。以上。

エモ女のこと

ブスへのマウントひどいなこのエモ女。

意識の高い自分たちセンターにおいてそれ以外の女性もろとも批判するという悪癖がもろに出てる。

意識高いのはいいけど今回のは明らかに勇み足だしこの記事エール送ってるやつらは全員想像力のかけらもないか

自分正義だと思って疑わないんだろうなあーやだやだやだやだ。

まるでホームレス狩りを食らった気分だわ。このエモ女デリカシーがなさすぎるし

こいついつぞやゆらぎ荘批判してた経歴詐称しまくりのクソ女と同じカテゴリだろ。そういえばあの嘘つき女今何してんの?



エモ女が絶望的に勘違いしてるのはね。

お前なんだかんだ男にモテようとしてんじゃん。

女はそういうものだと思ってんじゃん。そこからしてもう人種としての共通点ナイナイ

それがわかってないならただのバカだろ。

結論として媚びて自分を軽んじるな。ラブリーに生きろだの。

自分自分を「かわいい」と愛しんで、「かわいい」を目指す方向を選ぶやつ以外は認めないって言ってるし

それと対比してもう一つ選択しだしてるけどろくでもない選択しかない。

なんで選択肢が1と2しかないんだよ。ダブルバインドかよ。ブスの存在のもの否定してんじゃん。

ブスには他の選択肢が必要なんだよ。よこせよ。

こちからしたら、エモ女がいう1でも2でも男に媚びてんのよ。どっちも違うんだよ。

こちらの選択肢は ブスでもいいから男のことなんか気にせずに好きに生きる、だよ。

かわいいとかブスって判断基準のものから離れたいんだよ。

そういう存在ちゃんと想定できてない時点で知能指数ぜんぶモテに振り切ってんじゃんこのエモ女。

こんなエモ女のいうことに賛同するところなんてみじんもナイナイ

しょうもないこと気にするのはいいけど主語でけえんだよ。

私とあんたでは生物学的には同じ女だけど、全然別の種族なんだよ。

この際だから本音を言うと、エモ女の言ってることって

ちょっと自分のことかわいいと思ってるけどプライド邪魔して男にモテない女の嫉妬だろとしか思わないわけ。

「そういうやりかたするのはずるい」って言ってるだけじゃん。

見苦しいよ。男を気にしてる時点で、もう何を言ってもモテてる女の方が正しいし、そうでない女は負け組でしょ。

男なんて気にすんなってことが言いたいなら、「ちょうどいいブス」をそういう風に批判絶対ナイナイ

自分自分のやり方で男に好かれてモテてるって思ってる女の人は絶対にこんなダサい記事書かないし男叩きもナイナイ


このエモ女、部分的にまともなことも言ってるけど嫉妬のエモが強すぎ。

自分のことをブスとしか思えない人間存在ごと全否定していて結局女が、じゃなくて自分気持ちいいことを言ってるだけ。

ブロガーだし別にそれでもいいけど、これが女の総意みたいなこと言われたら、はいはいそこそこ綺麗な女はいいよねってなるだけ。

気持ちで何とかなる領域人間はそうしたらいいが、

からと言って素直に自分をブスって認めてる女を否定するとかどれだけイキってんの?

自分アイコンかわいいキャラクターであるちゃんにしてる時点で

自意識がクッソ高いか尿道が緩いかどちらかなんだろうけれど

なろう批判してる小説家ワナビーとおなじくらいセンスプライドナイナイ


この記事同調してる女は

自分に自信があって、男に媚びるのを良しとせず

ちょっとでも男に媚びたようなふるまいや自虐が見えたらそういうのは邪道だといって叩き潰そうとする、そういう同じエモしかない女だわな。

女を殴ったら自分が殴られる側になるから悪いのは全部男のせいにして。

一方、自分小説に自信があるけど周りから評価されずに自意識こじらせた自称正統なる小説家様たちは、

なろうは読者に媚びてるとか異世界邪道だとかしょうもない難癖付けて売れてない自分から目をそらして自分意識の高さを肯定する。

そこに何の違いもナイナイ

容姿という一面で人を誰よりも図ってるのはエモ女のほう。

ブスとか言ってるやつらは容姿以外のところで勝負することに決めたってだけなのになぜそこまで否定する。

お前らからしたら邪道であって正統じゃないかもしれないけど、正統じゃない存在からって否定すんなよ。



ほんとこのエモ女、自分こそが正しいって言ってそれ以外のものを何でもかんでも否定するけどいい加減にしろよ。

ポリコレを唱えても表現の幅は狭まらないとか言ってたおばさんが

いかに間違っているか実例がまた一つ増えただけじゃないの。本当に考えが足りてナイナイ



私はブスってのを居場所にしてる。

そこが居心地がいいのだから放っておいてほしいの。ちょうどよくないブス上等だよ。 

自分たちの考えと違うからって、それが間違ってるとか勝手に決めつけないでほしい。 

私は私で山﨑ケイにむかついてるけど怒ってる理由はエモ女とは全然別。

自分のことを「ちょうどいいブス」って書いてる山﨑ケイは同じ女の私から見ても全然ブスではない。

そういうブスでない人間がブスという言葉自分のものとして使ってんじゃねえよってこと。

居心地のいい場所侵略しておいてさらモテとか言い出すのが欲張りすぎてふざけてんじゃないよって反発はある。領土問題

一方、エモ女は自分領土侵犯されたわけでもないじゃん。なんの関係ナイナイ

自分の獲物を自分が見下してるブスに取られたくないだけだろ。

なんせエモ女はクッソ性格いからな。ブスというだけで女を見下す最低人間だもんな。

そういうエモ女からしたら、自分よりブスな人間自分よりモテようと考えるだけでむかつくんだよな。

でも直接そういうと自分性格が悪いのバレバレから取り繕った結果こんな醜い文章書いちゃうのよね。わかるわかる。

これだけ読んでもまだエモ女のことがわからんって人は知能がナイナイ


「ちょうどいいブス」批判上から目線で行われる でググってみたらエモ女の普段発言がまとめられてるから

それ見て、このエモ女のどす黒さを見抜けなかった己の目の節穴ぶりを反省しようね。

2018-12-25

anond:20181225095418

姉にはイラッとするけど、姪ちゃんには「アンパンマンだよー」って今後親しまれるので、怒る様な事では・・・

怒る原因があるとしたら、自意識(太ってきた自分に満足できない)の問題では。

2018-12-23

anond:20181223033955

ここは匿名だぞ?

自意識wwwwwww

お前が俺に投射してるそれが自意識だろうよwwwww

2018-12-20

話題南青山に住んで、話題公立小に通っていた

いま話題になっている南青山児童相談所。その学区である青南小に通っていたので経験を書きたい。もう20年以上前になる。我が家は、私が小学校にあがる時期に合わせて南青山(5丁目)に引っ越した。卒業後は、他県の私立中に入ったので、引っ越したし、私は今は別の区に住んでいるので、最近南青山事情は知らない。この話は、表参道の駅が綺麗になる前のことだ。(いまは本当に綺麗な駅だよね)

だいぶ昔なので、いまは少々事情が異なるかもしれない。はじめに結論を書くと、“貧乏な子”たちは児相云々以前に青南小に存在していたし、家庭に事情を抱えている子もある程度いた。そして、私はそういった子たちを受け入れられるような教育を受けた。

児相が出来てもし青南に通うことがあったら、恐らく学校の中で受容されて社会になじめるようになるだろうし、“金持ちの子たちも多様性理解できるようになると思う。特に中学校受験をして私立に通えばそういうバックグラウンドを持った人たちと関わることはほぼ無くなるので教育プラスに働くのではないか。私はプラスになったと、いま感じている。

さて、青南小学校に通っていた頃、私の学年には100人弱の生徒がいた。その内、4割が越境(近場はガーデンヒルズ。あとは世田谷が多かった)、2割が地元に元々住んでいた人、4割が私のように小学校に合わせて南青山引っ越してきたり公務員住宅に住んでいた人だったと思う(引越民)。越境割合はほぼ間違いないが、地元民と引越民の割合はすこし違うかもしれない。

そう、越境が意外と多い。そして越境はだいたい金持ちだ。緊急時の下校班みたいのがあって、帰る路線別に班になっていたので、学校先生たちも越境前提だったと思う。いまは越境ハードルが下がったと聞くので、もっといかもしれない。

また、校舎の目の前とフロムファーストの裏の2箇所に官舎が有り(当時)、財務省外務省などの役人の子息が多かったように思う。彼らも金持ちだったし、親がプライド高いのか、本人らもプライドが高い子が多かった。とは言え、根は優しいので少なくとも表向きは皆と仲良くしていた。

地元民は意外と質素暮らしをしていた。彼らは北青山団地や、根津美術館の脇から西麻布に抜けるエリアに住んでいた。家に遊びに行くと築40以上の一軒家に住んでおり、車も持ってなかったり、持っていても国産車だったりした。家の中も取り立てて豪華でもない。共働きも多かった。団地の子たちは片親だったり、何かしら事情がある子だった。そう、児相に駆け込まざるを得ない子たちと同じ背景を持った子たちである

 

そうした子達が問題を抱えていることは教師が生徒たちに説明することもあり、ある子が不登校になった時は(いじめはなかった)、皆で解決策を考えて受け入れられるように環境を変えたこともあった。

 

私は“金持ち”の部類だったと思う。だが、“貧乏な子”たちも遊んだ。小さい公園西麻布の手前にあるのだが、その公園でなわとびをしたりしてよく遊んだ赤坂米軍基地の裏のサッカー場でみんなでボールを持って行って遊んだりもした。こどもの城ラウンジカードゲームをして1日中過ごしたりした。子供の間では親の所得職業などは知っているが特に意識せず、それによって階層が出来たり、仲間はずれができたりしたことはなかった。

  

過半数の“金持ちの子は育ちの良いので素直だ。まだ自意識などが固まらないうちに、多様な背景を持つ子と生活することで、損得や利己的な感情ではなく、人と人として向き合えるようになると思う。

いま児相建設に反対している親は他人の子が「かわいそう」などと思わず自分の子が将来心の広い人物になれるように、児相建設に賛成するようになってほしい。

プロ奢ラレヤーはオワコン

最近プロ奢に誰も言及してなくない?

まぁそれもそうか、プロ奢が何かやったかって言うとお得意の多動と衝動性と社会不適合で外国自殺しに行って死に損なったのと、実質的価値のないVALU発行して虚無の一位を勝ち取ったくらいだろ?よくある一発屋芸人が謎のネタでふわっとポップしたものの下積みがないか全般的な実力のなさ(≒社会性のなさ)がトークプライベートで露呈して芸能界干されるみたいなやつでしょ。インターネットは守ってくれる事務所マネージャーもないし、速度が速いぶん余計残酷だよね~~~。あ、そういえばプロ奢のマネージャーかいたっけ(笑)ごめん、ごめんって。

こら!そこ!絶賛炎上済みのジョーブログと一緒に頑張ってもう一山ぶち当てようとした「怒られる技術」があったじゃん、とか言っちゃだめです(>_<)側を通り抜けていったえらてん砲の風にあおられて吹き飛んでしまったんだから...。そもそもの話つまらなかったと指摘するのも駄目でし!奴らにとってアンチ養分(笑)私たち一般人が反応すればするほど奴らは増長するんだから。まるで好きな女の子にイタズラしちゃう小学生みたいですね、ウププ。ここは何もなかったことにしておくのが、私たち一般人精神衛生的にも、何も成し遂げられなかった奴らのためにも、一番穏当な処理でしょう。南無三。

えらいてんちょうとの比較で言えば、フォロワーの質が低かったことがどうしようもなく差がついた要因でしょう。えらいてんちょうフォロワーはえらいてんちょうに心の底から惚れ込んだインテリが何百人もいます。これはえらいてんちょうが長い時間かけて一人一人の人生に向き合い、手助けやアドバイスをする、つまりは面倒を見てきたからというのが理由として考えられます。(詳しくはしょぼい起業で生きていくを読みましょう。https://www.amazon.co.jp/%E3%81%97%E3%82%87%E3%81%BC%E3%81%84%E8%B5%B7%E6%A5%AD%E3%81%A7%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%8F-%E3%81%88%E3%82%89%E3%81%84%E3%81%A6%E3%82%93%E3%81%A1%E3%82%87%E3%81%86/dp/4781617336てか買え。)

社会性皆無な奇人変人クソブロガーばかり集めても、プロ奢ラレヤー、あなたのものに心酔している人はほとんどいなかったということに気づけていますか?単に面白い人だと紹介するだけでは、継続的関係性なんて成立しえないんです。そもそも、たった一人、伴侶と上手くいくことすらできずに大衆の心を掴むことなんてできないんです。よくよく考えてみれば、離婚だか不仲だかしょうもない破局だか知らないですが、こんな世間一般が飛び付きそうなネタ面白コンテンツにできない辺りが"実力"ってのを感じさせますね。こういうことこそ炎上させてナンボでしょう。

これはレンタルなんもしない人との共通項でもあるんですが、本人が0から生み出せる価値っていうのは限界があって、継続的インターネット面白芸人しようと思ったらいつかはネタ切れになるんだ。えらいてんちょうくらい超ド級インターネット面白芸人でも避けられない。そこで自分目当てに集まった人間面白いネタTwitterなりvoicyで発信すると、さら面白いネタを持った異常者が引き寄せられてくるから無限面白いコンテンツ放出できるという構造だ。プロ奢を観測している人間なら理解していることでしょう。

ですが、最近は勢いが伸び悩んでるらしく、とうとう風俗や夜の仕事ギャンブルネタに走るようになってしまいましたね。もっと一般受けしないような人間を掘り出してくるのがプロ奢のいいところだったのに、どうして俗っぽいネタに走ってしまったのでしょう?プロ自身が意外と俗っぽいネタが好きなよくあるつまらない人間だったか大衆の気を引けるようなネタがなくなってきたか、の2つに1つしか考えられません。もはやしょぼいキュレーションメディアしかなくなったプロ奢は、いずれスマートフォン画面の檻越しに見るインターネット動物園珍獣扱いすらされなくなります他人に頼らずしっかりと自分おもしろいことをやっていきましょうよ。

大体8月にインフルエンサー周りがキモいはてな匿名ブログエントリーがバズったときプロ奢の人間性の底が見えちゃったんだよな。あんなんプロ奢のスタンスからすれば完全スルーがよかったのに、わざわざ6月に投稿されたエントリーを発掘してほにゃ万人のフォロワーに見せつけて、転載元note記事の作者まで晒し上げて「俺はこういう記事を書くとき自分ネットの矢面に立たせなければならないと思う」とかしたり顔ダメージ与えようとするとか、よほど刺さるところがあったんでしょうね、自意識が刺激されてついカッとなっちゃうのは若さの印ですよ。普段プロ奢は嫌なものから逃げればいいとあれだけキラキラTwitterでは言ってるのに、こういうとこで逃げられない見なかったことにできないのは、自分提唱する生きやすさ論を自分で信じきれていないからです。自己肯定感全然足りてないですな!ハッハッハ!もっと自分のことを大事にしていきましょう!自分のことを信じていきましょう!

もはや誰も言及してないプロ奢ラレヤーの話をしてやってるんだから感謝してくれよ全く。プロ奢ラレヤーっていうのはもはや動物園珍獣枠でしかないんだし、見ててさ、わかるんだよ。フォロワーが求めるキラキラした新時代を作る人物としての『プロ奢ラレヤー』っていう虚像を演じ続けるのってめちゃくちゃ辛いでしょ。奢ってもらうのが本当に仕事なっちゃうのって、サラリーマンよりキツイでしょ。自分はこれしかできないけどこれが面白いしこれで生きていけるんだから十分だ~なんてTwitterでは振る舞ってるけどさ、何か一つでも、フォロワーが期待していないツイートや『プロ奢』らしからない動きを見せたら、一気に支持されなくなるんだから。エデンのイイ大人相手以外には素の自分を出せないんでしょ?

もういい加減無理するのやめようぜ、カレー屋でも開こうよ^^

自意識が憎い

20年余り慣れ親しんだ両親から頂戴した我が顔面自分としては決して嫌いではないし、鏡の中では今日イケてるなと思わないこともない。

しかし、ひとたび集合写真に写ってみたり、気の迷いからインカメラで顔チェックなんてしよう日には改めて自分の顔が世間的に好まれ様相ではなさそうであると否が応にも自覚してしまう。

学生時代から同性ばかりの部活グループ所属し、異性との関係積極的に構築しようともしてこなかったわたしには異性と交流する機会は無に等しい。

両親や祖父母からはたくさん可愛がってもらえたし、わたしだって自分の子供や孫には同じようにたくさんの愛情を注いであげたい。

それは最早叶わぬ夢であるかもしれなくて、この社会や次世のためにわたしができることはほそぼそと税金を納め続けることくらいしかないのだ。

このような卑屈な発想に至ってしま自意識が本当に残念で、捻くれていて、孤独感に苛まれつつも一人いることへの抵抗が年々薄れていく、そんなわたし自我は何のための機能であるのだろうか。

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