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はてなキーワード: 戦後とは

2020-05-30

   東大法学部の団藤重光悪人ももちろんあるが、少なくともわたし子供のころに感想としてもった団藤に関しては

この人は偽物ではないという感じで、バカ子供でも尊敬できた。団藤が1974年に最高裁判事になり1983年まで

最高裁判事をやっていて、昭和40年代以降の最悪な刑事裁判所を主導したという瑕疵はあるような気もするし、

  この人物支配欲が強すぎたせいで、昭和40年以降に悪化した警察司法裁判官として追認したような形跡もあるが

 少なくとも昭和50年代以降、ガラクタしかいなかった最高裁刑事部から抜け出した人物としては団藤以外にろくな裁判官がいなかった

   明治時代戦後復興期にはもっと善良で優秀な裁判官行政官がたくさんいたが、そういうのは封印されている

  団藤に関しては、戦後復興期の刑訴法先駆者になったが、昭和40年代以降にやや調子に乗りすぎた側面もあるが子供から尊敬されたり

したことからそこまで非難されるべき人物ではない。それよりも最悪な刑事裁判官や、司法警察員は昭和40年以降ゴロゴロおり、

   あの界隈には善人は残っていない。

国にはろくなやつがいない

  我が国戦後民法に関しては、来栖三郎や星野英一などの本格派の文筆家が生きていたころに流行ったものだが

   もうその中身がないので論じても仕方がない。戦後民法はもう相当昔から内容が悪く今頃これを論じている時点でクソ

    大体、性格が善良でもないのに、民事弁護士民事裁判官になるべきではない

      昭和時代人物人格評価されていたが、今ではキチガイブリーフ裁判官でも民事裁判官になれる時代クズ

昭和天皇の何から何までが好きだったわけではない

  自分日本人という自覚があり、その日本人日本人たるところを素直に認めて本当に偉いことをしたのは明治天皇だし

昭和東京の奴は楽しかったには違いないが、女子学生からみれば、東大法学部でみた戦後30年の最高裁判例および現在でもインターネットで公開されている

  最高裁判例象形文字しかみえないし、昭和は楽しかったに違いないが上の方は一般的に悪であり、しか日本人にとって正義があったのは昭和39年

までで、その後が必ずしもよかったわけではない。

    本当に偉かった人や善良な人は既にこの世にいないわけで、今の日本に残っている者が悪人であるという自覚必要である

2020-05-28

平成時代数学が得意で東大理1行ったけど、理学部理科学科がつまらなかったと嘆いている30代

  つまらなかったんじゃなくて、平成16年頃には、東大理学部数学科には、数学を教える日本人先生がいなかったんだよ。

   つうか教養学部でも、教えている先生は教えていたけど、何も教えてなくて黒板としゃべっている先生も半々いたし

     理学部理科学科には、ものを教えられる先生がいないんだよ、単に昭和化石ゴロゴロしているだけで、自分が昔やった

ノートを黒板に引き写すだけで現代日本人数学を教えられる先生は皆無。これは法学部でも同じで、今の東大の専門学部には先生がおらず

    昭和のクソ吉外で日本人はないような奴がノートを写させてるだけで何も教育していない。明治戦後と違って、今の大学には先生がいない。

 違う世界勉強してきて現代女学生には学問を教えることができないクズの集まり

2020-05-27

戦後30年に東京23区を作った人が偉いと思っているバカ

  本質的には偉くない。マンコとして生まれたのに強い奴ばかりだったし、力は超絶だったが、裏は悪事ばかりだった。

   本当に偉いのは、明治天皇と、戦後最初の20年、昭和50年代(最高)で、それ以外の時期が最低最悪なことが分かっていない。

     戦後30年に昭和東京を作った者は確かにやばい奴がたくさんいたし結果も出たが裏は真っ黒で、明治天皇ほどの偉大な人らでは

ないことに注意しなければならない。

     昭和東京基本的日本人否定するものであり、23区の稠密な内容があったか是認されたので、自殺してこの内容がなかったら最悪だった

我が国において本当に偉い数学者は少ない

  

   以下のとおり色々いるけど基本的日本人数学ができないか特別な人でないと明治時代から数学ができなかったので数が少なかったし、以下に列記の全ての数学者が偉かったわけではない。明治時代活躍した数学者が偉いことをしたことと、昭和時代数学者がはっちゃけていただけ。昭和40年代以降の数学者は怪しい腐れゴミだし、

   戦後30年の男の数学者は知り合いの仲間と共同してクソ必死になって研究していたが、昭和50年代になり女性化の時代になって、文科省がニホンジンに教える数学から初等幾何学はやめましょう、日本人女性に害があるということで、初等幾何学は一切教えなくなったことで、もう相当昔から我が国数学教育はすたれ果てている。

  以下に列記の数学者以外にも、国が隠していて活躍していた数学先生で偉い人は、明治昭和時代はたくさんいたが、今はろくな奴がいない。

 菊池大麓(1855-1917):数学最初日本人教授、のちに東京帝国大学総長

藤沢利喜太郎(1861-1933):2人目の教授数学教育、本格・応用両面の西欧数学移入

林鶴一(1873-1935)

吉江琢児(1874-1947)

高木貞治*(1875-1960):類体論近世日本初の世界数学

藤原松三郎(1881-1946):「日本数学史」ご進講

窪田忠彦(1885-1952):幾何学

園正造(1886-1969):代数学

小倉金之助(1885-1962):数学史、随筆家

掛谷宗一*(1886-1947):連立積分方程式、掛谷の定理

竹内端三(1887-1945);『関数論』

辻正次(1894-1960)

吉田洋一(1898-1987):『零の発見』<岩波新書

末綱恕一(1898-1970):解析的整数論

20世紀まれ日本数学

1901年 - 1910年まれ日本数学者[編集]

岡潔*(1901-1978):多変数複素関数論。多くの随筆を残した。

中村幸四郎(1901-1986):位相幾何学の導入、数学

正田建次郎*(1902-1977):抽象代数学上皇后美智子の伯父

岡村博(1905-1948):微分方程式

南雲道夫(1905-1995):解析学

弥永昌吉(1906-2006):整数論。優れた多くの弟子を育てた。

吉田耕作*(1909-1990):関数解析学

1911年 - 1920年まれ日本数学者[編集]

角谷静夫(1911-2004):角谷の不動点定理

矢野健太郎(1912-1993);微分幾何学。多くの数学専門書・啓蒙書で知られる。

中山正 (1912–1964)

伊藤清*(1915-2008):確率微分方程式

小平邦彦*(1915-1997):代数幾何学

古屋茂(1916-1996):解析学

岩澤健吉(1917-1998):整数論。岩澤理論

加藤敏夫(1917-1999):加藤定理

太郎(1920- ):力学系関数解析

1921年 - 1930年まれ日本数学者[編集]

溝畑茂(1924-2002):解析学偏微分方程式

西正武(1924- ):複素解析

冨田稔 (1924-2015) : 作用素環論

竹内外史(1926- ):数理論理学

一松信(1926- ):関数

鈴木通夫(1926-1998):群論

岩堀長慶 (1926–2011)

永田雅宜(1927-2008):代数幾何学ヒルベルトの第14問題否定的解決した。

佐武一郎 (1927-2014) : 代数群、

谷山豊(1927-1958): 複素解析谷山志村予想

佐武一郎 (1927–2014)

森毅 (1928-2010) : 関数空間の解析。数学教育についての多数のエッセイで知られる。

佐藤幹夫(1928- ) : 佐藤関数代数解析学の創始

境正一郎 (1928- ) : 関数解析学, 数理物理学

服部晶夫 (1929–2013)

久保田富雄(1930- ):整数論

志村五郎*(1930-2019 ):複素解析谷山志村予想

米田信夫 (1930-1996)

1931年 - 1940年まれ日本数学者[編集]

広中平祐*(1931- ):代数幾何学

荒木不二洋(1932- ):数理物理学、場の量子論代数的構造論

小林昭七 (1932–2012)

竹崎正道 (1933- ) : 作用素環論

伊原康隆(1938- ):整数論

1941年 - 1950年まれ日本数学者[編集]

足立恒雄(1941- ):代数整数論数学

飯高茂(1942- ):代数幾何学

藤原正彦(1943- ):専門は数論。エッセイスト、『国家の品格』<新潮新書

齋藤恭司(1944- ):複素解析

上野健爾 (1945- ) : 代数幾何学

秋山仁(1946- ):専門はグラフ理論、離散幾何学テレビにも出演

柏原正樹(1947- ):代数解析学佐藤幹夫弟子

斎藤 裕 (1947-2010) : 保型形式

砂田利一(1948- ):大域解析学

宮岡洋一(1949-):代数幾何学。ボゴモロフ・宮岡・ヤウの不等式

三輪哲二 (1949–)

石井志保子(1950- ):代数幾何学

anond:20200527144123

お前や俺個人はどうかしらんが、世間一般の話ならそれは全然違うな。

津山三十人殺しだの、オウムサリンテロだの、アキバ通り魔事件だの、上級国民池袋自動車暴走だの、いくらでも例示あるだろ。

それでなくても例の事件には「殺人事件として戦後最大」とかいう冠がついてくる。

2020-05-26

 日本人の子供の女がやっている数学面白いけど、天皇制大学で用意した数学明治の昔からまらないし、採るに足らないしカスからだろ

    明治時代は偉かったから、理学部数学科はあったのかもしれないがたいした研究が進まなかったし、戦後においては一部のやばいやつが

 凄いところまで行ったけど、日本人数学ができないから、最初からあきらめている。

     今は、ブサイクが用意した数学はつまらから民間会社数学検定協会とかが独自の工夫を凝らしてやっているし、とにかくブサイクがやる数学はつまら

2020-05-25

警察行政法研究するなら明治帝国憲法警察法と、昭和時代のもの検討しなければ意味がない

 ちなみに昭和時代のものは、戦後20年のものが概ね最高で、それ以降は怪しいものも相当に混ざっているから気を付けなければならない。

   我が国警察行政法完璧だったのは明治時代で、そこから探求しなければ意味がない。

     令和のその辺の警察官は、明治警察法にも、昭和警察行政法も知らないから騙されるな、あいつらは何も考えていない犯罪者だ。

    色々と考えていたのは明治帝国憲法における警察法で、その当時の資料をひっぱり出してきて、どのような職務実施されていたのかを

探求するの要がある。

     いづれにしても、明治と、昭和の一時期以外の行政書類以外は使い物にならない。

我が国民法というものはない

  東京高裁ブリーフ裁判官が書いているようなものを読んでもダメです。我が国においてヨウロッパから民法

導入されたのは明治時代のころです。したがって、明治時代使用されていた民事判例を読まなければ意味がない。

  それから我が国行政法も、明治戦後20年の間に生きていただけだから、それを読まないと意味がない。刑法刑事訴訟法知的財産法も同様です。

    最近東大学生は、やたらと知的財産権がどうとか言っていますが、そんなもの時代はとうに過ぎている。そういうものに内容があったのは

明治戦後の大昔の話で、とうの昔に終わっている。

  もちろん、生きていたこのものは公開されておらず、お前は警察の男や役所職員大学教授に騙されている。あいつらはとにかく騙すことに必死

社会があった頃のテキストは非公開にしている。

    我が国において法があったのは明治戦後20年を起点とし主に昭和時代のころで、それ以外の時期には存在していない。君たちは何もわかっていない。

anond:20200525173810

良くも悪くも、"当時の正義"の実現だったわけよ。

 

例えば公共事業はムダ!っていう潮流は民主以前からあって、脱ダムがどうとか言って、ダム治水専門家のことを御用学者と罵って……みたいな話は政権交代以前からずっとあった訳で。

埋蔵金がどうとかいう発想も、似たようなところからでてきた。自民政権公務員天下りやらなんやらで腐敗してるに違いないから使える金がありますと。

公務員は信用ならない腐敗した人たちなので、政府主導の名のもとに人民が(実際には素人政治家が)トップダウン管理する。これも小泉政権下で田中真紀子外務省伏魔殿とか言ってたのと発想が同じだな。

 

自民戦後55年体制が悪い悪いって言ってたころで、みんな民主政権的な正義が正しいと思ってた。俺もまだ若造だったけど、確かに思ってた。

じゃあその悪いことを治すっていうやつを実現したら、それが思った以上に机上の空論だったというね。これはポスト戦後挫折だった。その挫折顕在化させたのは、ある意味民主政権歴史的役割だったんじゃあないかな。

2020-05-24

感謝

感謝

内閣総理大臣 安倍晋三 殿

あなたは、戦後例を見ない感染症拡大に直面し、

誰もが経験したことがない未曾有な状況の中、

批判されながらも粘り強くリーダーシップを取り、

日本国民を救うため力強く行動されました。

何が正しいかからない、結果間違っていたかもしれない、

それでも総理はじめ国民が一致団結して前を向いて進んでいけたこと、

これに感謝しているけれども声をあげてない国民が沢山います

ここ感謝の意を表します。

新聞支持率に躍らされず、引き継ぎ日本国を引っ張っていただきますようお願い申し上げます

2020年5月24日

日本国民のひとり

2020-05-23

ゲームが苦

1ヶ月ほど前から第5人格というスマホゲームをやっている。DeadbyDaylightの公式パクリゲー、簡単に言うと鬼(1人)vs逃亡者(4人)という構図で鬼ごっこをするオンラインゲームだ。

今日、誰とも組まずに野良ランク戦(ポイントがかかった昇段戦)に逃亡者として参加したら、対戦後、2人組で参加していた他プレイヤー(逃亡者)から自分プレイに関して苦言を呈されてしまった。

「○○(ゲーム内の操作タイミング)やばすぎ」

タイミング考えてください」

「立ち回り勉強してからランク戦に参加してください」

勝った対戦なのにグチグチと2人組から文句を言われて不快な気分になった。

これぐらい言われるのってオンラインゲームでは普通ことなの?それなら精神的に悪影響を及ぼすのでやめようかと思う。

anond:20200523070732

戦後松下幸之助とか、井深大とか、盛田昭夫とか、稲森和夫とか、早川徳次とか生まれてたでしょ?

不景気の時は新しい商売のチャンスがないから、仮に芽がある人材がいたとしたとしても使いつぶされるだけってこと。

そしてその不景気バブル崩壊後、企業が保身に走って、設備研究投資をせず金をため込んで資金余剰になることを放置したことが原因。

欧米リーマンショックがおきて企業が保身に走って、設備研究投資をせず金をため込んで資金余剰になった。だからGAFAの次が生まれないといわれてる。

コロナのあとも企業は保身に入って金をため込むからね。きちんと対処しないと芽がある人材も使いつぶされるだけよ。

 俺はもともと、俺などと言う人間ではなく、わたくしとか、私という人間だったが、平成18年に東大法学部刑訴法の川出の講義

試験対策中に、川出が買えと言っていた腐れ刑訴法判例集我が国刑事訴訟の真の姿だったとずっと誤解していて

  その試験対策中、もともと脆弱文系女子だったのに、いつのまにか自分のことを俺というようになった。

   井上正仁などが選定した東大出版会の刑訴法判例集はとにかくそ文体気持ち悪く内容も最悪で、色狂いの脆弱女性器たる

平成日本人文系女子には受け付けなかった

   東京帝大ないし東大法学部において真に素晴らしい刑事手続き法の判例を書いていたのはもう大昔のことだが、東大法学部悪人の男の陰謀

そういう素晴らしい判決集は東大法文1号館のエレベータ付近にあるひっそりとした法学部図書館の中に封印されてしま

   東大法学部自身が、自分が本当によかった時代テキスト封印した。このため平成時代東大法に行った文系女子にぶちきれられ暴発して終わった

     平成18年の東大法ではクソ男やじじいの嫌がらせで、もう具体性や精彩さがなくなった時代判例ばかりを見せていて文系女子から嫌われていたし

当時の東大法は法学教育をなんら実施していなかった。

    当時文Ⅰ採用された人はZ会予備校などで活躍した日本人ばかりだったが、せっかくそっちで文才を磨いた奴らに対し、法学部陰謀

法律教育につなげなかった、その結果、今のような最悪な政権が出来上がった。

    平成15年東大文Ⅰ選抜組に対し、その文才を生かし、明治時代戦後20年ないし昭和50年代ばりの法律教育実施していれば可能性はあったが

当時いた東大スタッフがそれをしなかった。

2020-05-22

明治法は偉かった奴で3000万人に流行った奴で

   戦後20年法もほぼ同じ。   戦後30年東京法においては、警察官だろうと悪事絶対にできなかったから人気があって流行った

   昭和50年代法は、芸術があったか流行った。東京帝大の武藤春光は、昭和57年に東京高裁判事としてその時代音頭を取ったことも忘れたか

  配下にはたくさんの司法修習生弁護士がいて、素晴らしい時代があったことは知っているはずだ

    昭和悪化したのは、昭和40年以降の一般的な法で、男が悪いことばかりしていた。あの時代の法がとにかく嫌い。今の最高裁判事大谷

 前の最高裁判事の逸郎も嫌い。あいつは偽物だ。

    今のクソ以下の最高裁でも昭和時代は超絶だったが、今はいいところは何も残っていない。ただの罪人。

法は好きだけどお前は嫌い

  なぜ俺が東大文Ⅰに受かり東大法学部に行ったかというと、昔の法が好きだったからだ

    明治と、戦後20年と、戦後30年の東京昭和50年代の法は、俺の本音に一番合致

  やりたくてたまらんかった奴だ。俺が担当したい法は社会にはない。

    もっと死ぬほど内容があった奴。あれがやりたかったができなかったか東大テロった。

昭和時代になんとしてでも東京大学法学部に入りたかった人が多かった理由

   日本人は要するに、本質的に、超絶絶対凶悪色狂い激臭脆弱女性女の子から

     昭和天皇はその点に着目し、戦後憲法に内容を容れ、日本人の徹底改善を図った

   そのために、当時は満天下の秀才トンキン大学法律学部に集まるもの相場が決まっていた

     しかし、平成トンキン法学部が、日本人とはそもそも本質的凶悪犯罪者の色狂い激臭脆弱女性女の子という発想を捨てたために

   人気も妥当性もなく恨まれて消えた。平成トンキン大学法学部教授日本人本質が分かっていれば話は違ってきたが、平成18年頃のトンキン法の教授

 日本人に関して何も考えていなかったか学生から人気がなくなった、ゴミ

2020-05-21

国には何もない

  明治とか戦後復興期のような素晴らしい美文とか意味のある文章予備校とかで書かせているし

    戦後30年の東京とかは地方工場の中でやっているし、拘置所の中などで隠れてやっている

   外の社会にいる弁護士裁判官は、ブサイクから格好をつけないといけないと思っているだけの人でただのクズ

    逆に言えば日本語というのは、ブサイクからかっこうをつけないといけないと思っている人の頭の中だけにあるし

      実際にはいじめばっかりやっている。顔のことしか考えていないし、やっていることは滅茶苦茶だし、そういう世界に引きずり込みたいだけなのが今の公務員

誰も市役所に関わりたくない理由

  戦後復興期や昭和50年代のように、善良な先生が寄ってたかって市役所職員裁判所運営していた時代ならなる価値があったが

    今の奴は、ただ勉強しただけの腐れ頭だらけでゴミカスから

      犯罪者も多いし、物書きなのにキチガイだし、最低最悪

  東大法律学部は、明治戦後復興期に、一般警察警部補以下の階級は醜いから、法律を使ってそいつらを絶対に統制するという

趣旨の話があった時は共感され、警察行政裁判検察事務に携わる者が多かったが、昭和40年にトチ狂って止めてしまい、

   裁判所も、警察官を優遇するようになったため、東大法学部から国家という進路は相当昔から人気がない

    明治昭和の昔は、国家には東大からもっと素晴らしい人材就職していたが、もう相当前から改悪されていて、何もいいところは残っていない

  昭和57年に現在帝京大学法学部教授武藤春光とか、ああいう知恵のある文才がたくさんおり、全国の多くの司法試験受験生

   司法修習生死ぬほどやっていた時代裁判官になることには価値があったが、今のように、背景も中身もないゴミしか

     公務員裁判官にいないから、当然のように人気がなく消滅した

     戦後復興期や  昭和50年代なら、裁判所もありだったが、今はゴミクズしかいないので文系なのに頭が最低できもすぎて誰も寄り付かなくなった

人の心のある脆弱文系女子を守ろうとかい平成モットーは、文系女子平成18年に東大法で井上正仁が編纂した

 悪い時期の刑訴法判例刑事訴訟法の神髄であると騙されながら定期試験の準備をしていた最中増田にいた悪人

  お前に殺されて失敗した

   東大法の刑訴法教授である川出敏裕が、明治か、戦後20年の刑訴法判例を用いて講義を行っていれば話は違ってきた、あの悪人の男が

主に昭和40年代、50年代平成の、お前が書いた悪質な刑訴法判例編纂した刑訴法判例集を学生に買わせて読ませていたせいで事故った

   何にしろ最悪な平成だった

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