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はてなキーワード: 戦後とは

2017-06-27

石破茂総理大臣を求める民間人有志の会

今、わが国は内外の脅威にさらされ、戦前と同様の国家危機にある。これを乗り越えるには、石破茂総理大臣登板しかない。この強い思いを石破茂氏に託す。

1.戦後最悪の国難を打開するには石破茂登板しかない

日に日に過激さを増す周辺諸国挑発外交に歯止めをかけながら日本国益を追究するという、強さとしたたかさ、そしてバランス感覚を兼ね備えた外交をできる人物は、石破茂しかいない。

2.今、防衛大臣経験者こそが求められている

安倍政権の「縁故主義政治主導」により混迷する国政をすみやかに回復できる人物は、防衛大臣として多くの実績を残した石破茂氏をおいてない。

3.その場しのぎでない、足元の揺るがぬ政治を!

安倍政権は、日本危機を救うどころか、それを招いた張本人である。だが同時に石破茂氏にも責任はある。安倍政権は、野党マスコミ国民に対し、その場しのぎの場当たり的対応を行ってきた。今こそ古い政治に決別し、明確な国家観に基づいた新しい政治を行うべき時に来ている。「日本創生」を掲げ、この場当たり政治への決別に挑戦する石破茂氏が、手腕を発揮すべきだ。

4.保守再編の旗頭として

自民党ほとんどの派閥内で政策面での違いをかかえている中で、「健全保守」を軸とした再編こそが日本政治再生のカギであり、われわれ一般国民が求めているものである。「平成保守再編」の旗がしらとなりうる人物は、石破茂氏をおいてほかにない。

5.終わりに、あえて石破茂氏に申し上げたい

総裁選挙での敗北、そしてその後の安倍政権への協力は潔くはあった。しかし、敗北の原因となった国会議員票も、総裁選規定改正され、地方の声が反映されやすくなったと聞く。国難の今、最早過去にこだわっているべき時は過ぎた。日本の国力がこれ以上損耗する前に、一刻も早い登板が是非とも必要だ。今こそ国家国民のために、堂々と決起を宣言されることを強く願うものである

https://anond.hatelabo.jp/20170624130725

いやー、とにかく批判オール悪口みたいに取り上げる奴は多いからね。

江戸時代かよ。と思うけど、確かに同調圧力ばかりで、それが強くなれば、偉い人が言うこと、その場の多数意見推し量って黙ってるってのが正解となりますな。

日本太平洋戦争空気突入したということで戦後連合国側びっくりしてたね。

ああ、そういう戦前みたいに空気自分の思うどおりになってくれる社会がいいんだエーンエーンみたいな、政治家側の甘ったれ日本会議だと思ってる。

まあ、こういう発言がでて、今の安倍のアリサマを看る限り、今の自民党はだいぶ「批判のない政治」をなんだろうねぇ、、、、。

2017-06-26

https://anond.hatelabo.jp/20170626225646

まあないのは戦後歴史を考えれば当然なんですけど

そもそもマルクスを正しく教えられる人が圧倒的に少ないのでは?

そこらの日教組先生では理解しきれないでしょう

2017-06-25

句読点ルールができたのは戦後

スペース増田って話の内容的にも戦前・戦中派の女性っぽさを感じる

なにげに最高齢はてなーなのかも

2017-06-23

日本ミステリ略史

日本ミステリ史をまとめようとしている人を見たので自分でもやってみようと思った。

箇条書きでも大体分かるだろう。あと本格中心なのは許してくれ。

探偵小説輸入の開始

http://fuboku.o.oo7.jp/e_text/nihonbungakukouza_19270530.html

神田孝平訳「楊牙児奇獄」1877

黒岩涙香翻案『法庭の美人』1888

須藤南翠『殺人犯』1888(『無惨』に先立つ創作) "まづ未成品で、単に先駆的なものしか見られない"(柳田泉


黒岩涙香『無惨』1889 "日本探偵小説嚆矢とは此無惨を云うなり"

・"日本最初創作探偵小説" (乱歩)

・「探偵叢話」連載開始(都新聞) 1893 ……探偵実話の流行

ドイル「唇の曲がった男」翻訳 1894

映画「ジゴマ」公開 1911


雑誌新青年』創刊 1920 "第一の山"(乱歩

・当初は翻訳を重視

横溝正史(1921)、水谷準(1922)、甲賀三郎(1924)、小酒井不木(1925)、大下宇陀児(1925)、夢野久作(1926)など登場

乱歩二銭銅貨」1923 "これが日本人創作だろうか。日本にもこんな作家がいるであろうか"(森下雨村

http://www.aozora.gr.jp/cards/001826/files/57173_58183.html


戦前探偵小説最盛期 "第二の山"(乱歩)"第一の波"(笠井

浜尾四郎殺人鬼』 1931

大阪圭吉デビュー 1932

・『ぷろふいる』創刊 1933

木々高太郎デビュー 1934

小栗虫太郎黒死館殺人事件』1934

夢野久作ドグラ・マグラ』 1935

・蒼井雄『船富家の惨劇』 1935

横溝正史真珠郎』1936

久生十蘭魔都』1937

◇「本格探偵小説

http://d.hatena.ne.jp/mystery_YM/20081205/1228485253

甲賀三郎「印象に残る作家作品」1925 が初出 http://kohga-world.com/insyouninokorusakukasakuhin.htm

小酒井不木当選作所管」1926 (「本格」「変格」使用

・当時の「探偵小説」という語の広さ……「本来の」探偵小説detective storyとそれ以外を区別

・"理知的作品"と"恐怖的作品"、"健全派"と"不健全派" 1926(平林初之輔

探偵小説芸術論争 1934-36(甲賀木々

・本格・変格論争 1931(甲賀、大下)


戦時下の中断

乱歩 少年探偵団(二十面相)シリーズ中断 1938

乱歩芋虫発禁 1939

・"探偵小説全滅ス"(乱歩) 1941


戦後ミステリ復興 "第三の山"(乱歩)"第二の波"(笠井

・横溝『本陣殺人事件』1946

・横溝『蝶々殺人事件』1947

・横溝『獄門島』1948

安吾不連続殺人事件』1948

高木刺青殺人事件』1948

雑誌宝石』創刊 1946

・『宝石第一公募 1946(香山滋飛鳥高山田風太郎島田一男

大坪砂男天狗」 1948

・『宝石』第四回公募 1949(鮎川哲也土屋隆夫日影丈吉

中井英夫虚無への供物』1964(構想1955-)

◇「探偵小説」→「推理小説

当用漢字表制定 1946.11

日本探偵作家クラブ設立 1947

講談社「書下し探偵小説全集」1955-1956

・清張『点と線』1958 (表紙に「推理小説https://www.amazon.co.jp/dp/B000JAVVEU

講談社「書下ろし長編推理小説シリーズ」1959-1960?

日本推理作家協会成立 1963

参考…

甲賀三郎『音と幻想』1942 http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007753808-00

雄鶏社推理小説叢書」1946.7-

安吾推理小説について」1947

安吾探偵小説を截る」1948

安吾探偵小説とは」1948

安吾推理小説論」1950


松本清張点と線』1958

・「社会派推理小説」、清張ブーム

心理的要素・動機の重視、小説としての充実重視

・"探偵小説を「お化屋敷」の掛小屋からリアリズムの外に出したかった"(清張)

◇「本格冬の時代」?

・謎解きの興味の強い作品は絶えていない……『本格ミステリ・フラッシュバック

・清張は謎解きを排斥していない。「新本格推理小説全集」1963 "ネオ・本格"

・「現実離れ」の作品が世に出にくかった……らしい https://togetter.com/li/300116

風俗を描いただけの謎解きの要素の薄い作品が氾濫していた……らしい?

"社会派ということで、風俗小説推理小説かわからないようなものが多い。推理小説的な意味で言えば水増しだよ"(清張)

複数対立軸? http://d.hatena.ne.jp/noririn414/20070314

リアリズム――非リアリズム

・「おじさん」――「稚気」

・都会・洗練――土着

海外ミステリ――国内ミステリ

サブジャンル・隣接ジャンル

歴史ミステリハードボイルドエスピオナージュ、「冒険小説」、伝奇小説SF、……

・ここ掘ると全体が何倍かに膨れ上がるから触らないよ


◆「新本格」以前の非・サラリーマンリアリズム系譜 "2.5波"(笠井

桃源社「大ロマンの復活」1968- (国枝史郎小栗虫太郎海野十三久生十蘭香山滋……etc

・『八つ墓村』(漫画)1968-

中井英夫虚無への供物文庫入り 1974

・『犬神家の一族』(角川映画)1976

雑誌幻影城』1975-1979(泡坂妻夫連城三紀彦栗本薫竹本健治……etc)"探偵小説復権"

笠井潔バイバイエンジェル』1979

島田荘司占星術殺人事件』1981

江戸川乱歩賞青春ミステリ……小峰元アルキメデスは手を汚さない』1973、梶龍雄『透明な季節』1977、栗本薫ぼくらの時代』1978、小森健太郎『ローウェル城の密室』(最終候補)1982、東野圭吾放課後』1985


◆「新本格ミステリ」 "第三の波"(笠井

綾辻行人十角館の殺人』1987.9

・「新本格」の公称は『水車館の殺人から……講談社文三によるブランディングの側面

◇「新本格」に顕著な要素(佳多山大地)……

・〈青春ミステリであること

・本格推理形式の先鋭化・前衛化が著しいこと

古典的天才探偵復権

大学ミス研のコネクションを軸とした作家の発掘

講談社――島田荘司――宇山日出臣――京大など

東京創元社――鮎川哲也――戸川安宣――早稲田立教など

公募による「新本格作家の発掘

鮎川哲也と13の謎 13番目の椅子 1989

鮎川哲也賞 1990-

・『競作 五十円玉二十枚の謎』1993

・『本格推理』1993-2008

・創元推理短篇賞 1994-

メフィスト賞 1996-(『姑獲鳥の夏』1994)

2017-06-21

ドラゴボの孫悟飯セル戦後ニートになるのが自然

バトルアンドバトルの生活から真面目な学生へ戻れるとかウソだろ

と当時思っていたがドラゴボチョで就職したものの嫁実家の財力に寄生していたのでもう許した

2017-06-19

https://anond.hatelabo.jp/20170618222039

劇場版ガンダム3のアバオアクー戦で、隊長ツノ付けたザクが部下の平ザク弾幕に向けて押し出して、自分だけ岩陰に隠れたつもりが、ひょろひょろの流れ弾に当たり結局先に死ぬ。って描写子供の頃見て「生々しいなぁ」って思ったのを、いまだに良く覚えている。こうして見るとガンダムって本当に戦後価値観ど真ん中な作品だったんだなぁと。

https://anond.hatelabo.jp/20170619100018

元増田じゃないけど、回天黒島亀人桜花大田正一は右左関係なく人間のクズから

そんな無理して擁護しなくてもええと思うんだが

以下ウィキから抜粋

黒島亀人

黒島終戦時に宇垣纏日記『戦藻録』の一部を勝手処分している。

黒島極東国際軍事裁判証人として出廷するために借りたいと遺族から受け取り、該当部分のみ電車に置き忘れたとしているが、黒島裁判に出廷していなかった[65]。

また、軍令部から重要書類を借り受けて紛失させている。

連合艦隊通信参謀市来秀丸から連合艦隊電令作綴を受け取り焼却処分している[66]。

何らかの保身のため、黒島にとって都合の悪い部分が書いてある箇所を処分したのではないのかと指摘されている

大田正一

8月18日茨城県の神ノ池基地において零式練習戦闘機に突然乗り込んで離陸、そのまま行方不明となった。

基地の机に「東方洋上に去る」と遺書を残した[24]。

大田は、新聞桜花の発案者として華々しく取り上げられて以来、不遜な態度をとるようになっていた上、桜花搭乗員の人命を軽視する発言も行っていたため、報復を恐れていたという説もある。

また、戦犯認識勘違いしていたという説もある

大田基地から離れた金華山沖の洋上に着水し漁船に救助され生還

行方不明者として名乗り出ることもなく、戦後の混乱に乗じて別人を装っ た(ただし、生涯無戸籍のままであった

妻時子の入婿になればいいと勧めたが、「実は他に女がいます子供も一人」と答えた。

時々北海道から来て、時子との間に二人の子供を作った。

三男が生まれ前後1949年(昭和24年)6月北海道小豆を買いに行くと言って大金を持って消えてから音信不通になった。

2017-06-18

オラ、美しい日本の歴史にワクワクすっぞ!

富永恭次陸軍中将

フィリピン陸軍航空特攻を指揮。マッカーサー軍が迫ってくると、司令部許可なしに側近と芸者ウィスキー瓶のみを載せて台湾に逃亡。天寿を全うする。

菅原大陸軍中将

陸軍特攻の中心だった第六航空軍司令官10代の少年特攻隊を次々を送り出し、エンジン不調などで戻ってくると「卑怯者!俺も後で行く!」と殴り倒した。

敗戦で部下が自決をすすめたが「死ぬのだけが責任を取る事ではない」と逃げ回り、96歳で天寿を全うした。

倉澤清忠陸軍少佐

菅原道大の部下で第六航空軍参謀特攻隊を次々と送り出し、機体不良で戻ってきた搭乗員監禁して毎日毎日

死ねないようないくじなしは特攻隊の面汚しだ。国賊だ!」と罵り殴りまくった。悔しさのあまり自殺したものもいる。

戦後は元特攻隊員の復讐を恐れてピストルを持ち歩き、寝る時は枕元に日本刀を置いて寝た。天寿を全うする。

玉井浅一海軍大佐

フィリピン特攻隊員を次々と送り出す。

機体不良で戻ってきた特攻隊員たちが本土へ戻る事になると

「待て!お前は特攻隊で死んでもらう事になっている」と輸送機から引きずりおろし自分が乗り込んで本土へ帰っていった。

戦後僧侶になり、天寿を全うした。

黒島亀人海軍大佐

残酷人間魚雷回天」を立案。「必ず脱出装置を付けます」と嘘をついて認可を得た。

戦後会社社長として何不自由ない暮らしを送る。宇垣纒の戦争体験手記を遺族から借り出し、自身に都合の悪い部分を破棄した。天寿を全うする。

太田正一海軍大尉

米軍コードネーム"BAKA"こと人間爆弾桜花」の発案者。

自分が乗るから開発させてくれ」と上層部懇願して開発させたが、自身は「適性なし」として搭乗しなかった。

敗戦直後に逃亡し、名前戸籍を変えて暮らす。天寿を全うした。

安倍独裁政治を許さな

おぞましい国を目指すおぞましい政権によるおぞましい国会運営委員会採決をすっ飛ばし強行採決

権力私物化のため本当に「共謀」しているのは誰なのか。総理は胸に手を当てて考えてもらいたい。

行政府の長であるにも関わらず立法府の長と宣言するこの総理は今や間違いなく戦後最悪の総理である

小沢一郎事務所) @ozawa_jimusho6月15日

団塊の世代人口が減れば日本社会は良くなるんじゃないか

思考実験

団塊の世代と言われる戦後まれベビーブーマーが年休受給者になっている。

年金財政が逼迫するのは当然だ

その上、未だに働こうとしているか若者仕事が奪われる。

若者の下でキツイ危険汚い3k仕事団塊の世代がやってくれればよいが、それは3k仕事若者押し付けから若者ブラック企業しか働けない。団塊の世代が楽で給料が良い仕事についてしまっているから、若者負担ばかりかかってお金が回ってこない。

だいたい、団塊の世代社会人になった時は若者が一杯で年寄りは少なかったか仕事も遊びもキャッキャウフフだったろうが、増田社会人になった時は老獪な団塊の世代がひしめいていて若者ばかりに仕事押し付けジジイどもは楽をしていた。

団塊の世代学生運動とかで社会を混乱させたり日本社会害悪を撒き散らした。その上バブルシッカリ遊び狂って、その負債若者押し付ける。

現在日本社会に閉塞感が漂っているのは団塊の世代のせいだ。

じゃあ、どうするか。

単純に団塊の世代人口が減れば解決すると思うが減らす方法が分からないので、読者諸兄の知恵を聞かせて欲しい。

2017-06-17

戦後平成首相で忘れられやすい人は

東久邇宮→幣原→吉田片山芦田吉田鳩山石橋→岸→池田佐藤田中三木福田大平鈴木中曽根竹下宇野海部→宮澤→細川羽田村山橋本→小渕→森→小泉安倍福田麻生鳩山→菅→野田安倍

  1. 芦田
  2. 鈴木
  3. 小渕
  4. 片山

漢字が面倒なのや短命首相は逆に覚えやすい。平成生まれはまた違うのか?

2017-06-11

二式大艇が飛ぶのが愉快

新明和工業から戦後日本機械産業につながったあの機体は美しい。

ジブリっぽいところも好き。

飛んで欲しい。

http://anond.hatelabo.jp/20170611100609

2017-06-09

http://anond.hatelabo.jp/20170609215027

馬鹿だなぁ

天皇大化の改新の後から権力者認証する組織になって神格化されていった。

平安、鎌倉室町戦国江戸明治戦後天皇認証が無くては権力が維持できなった。

もしも皇室がなければ「朕は天皇なり」という名門の末裔が全国から湧いて出て争いになる。

王室もつ国家は全世界にたくさんある。歴史現実を見て欲しい。

左斜めから見ると世界おかしく見えるぞ

2017-06-08

こんなん笑うわ

獣医学部開設は悲願だった~前愛媛県知事

https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20170607-00000109-nnn-soci

愛媛県今治市への加計学園獣医学部誘致を進めた加戸守行・前愛媛県知事



加戸前愛媛知事日本の魂」訴え 日本会議八幡浜支部設立

http://www.sankei.com/region/news/140913/rgn1409130048-n1.html

加戸前知事設立を記念し「日本の魂(こころ)」と題して講演。日本人の心情形成に果たした文芸音楽役割説明し、「日本戦後69年間で経済は発展したが、精神構造劣化している」と指摘。道徳教育必要性や、市民ボランティアなどで社会的責務を果たすことを訴えた。

めちゃくそれい日本会議に繋がんの笑ってしまうからやめて欲しい

2017-06-07

ネットまとめサイトを見続けると「もうひとつ世界」が見えてきた

日本は、重大な危機を迎えている。戦後自虐史観日本の伝統的な人間観を追いやり、竹島尖閣地域には隣国軍隊違法占領を我が物顔で続け、英霊たちの魂はますます穢されている。行き過ぎた人権論者たちは、自堕落無責任な貧しい市民マイノリティを過剰に保護し、公然と善良な一般市民たちの自由を奪おうとしている。

その一方で、在日朝鮮人スパイ民進党からそれほど遠くない所に隠れて反日転覆工作をたくらんでおり、安倍政権関係者たちへのネガティブキャンペーンを繰り返している。もちろん神社本庁もだ。リクルート事件級のスキャンダルが迫りつつある。

この状況で最悪な部分とは? 宣伝工作に長けた“人間以下”のマスゴミが、こうした危機をまったく報じないことだ──。

http://wired.jp/2017/06/07/tried-trumps-media-diet/

2017-06-05

怒れ!日本公共交通利用者よ!

JR北海道観光列車による公共交通イメージダウン痴漢問題…これだけ問題が続出しても、恋々と公共交通固執する鉄道は恥を知らない。不買出来ないなら抗議するしか公共交通を救う道はないと思います

日本人日本公共交通に怒りの声を挙げていただきたい。若い世代会社員人達公共交通を信頼できないと、言ってます痴漢問題も不便性も運賃制度etc 何も解決していません。

戦後、ここまで見るに耐えない現実もありません。車社会になり、日本人経済的に豊かになり、公共意識劣化したと言われていますが、これだけはいけません!

やってること、韓国企業と同じ。

公共インフラとしての使命を忘れた鉄道界隈は日本公共交通、住みよい都市など、豊かな社会を壊そうとしています大都会東京愛する人として黙っていられません。速やかに怒って下さい。

もはや好きか嫌いかという問題ではありません。希望絶望かという選択だと思います

日本の皆さん、公共交通危険な方に向かっています公共交通商売の道具ではありません。怒りの声を挙げてください。

このままだと鉄道迷惑施設になってしまう!

2017-06-04

教科書戦時中皇室不正蓄財戦後GHQ預金封鎖一定役割を果たしたことを教科書記述すると皇室貧乏神なのでいらないよって世論が深まるのでは

http://anond.hatelabo.jp/20170604175937

菅生事件の疑問点を報じた毎日新聞1957年3月13日朝刊紙面(東京本社最終版)

 九州のどかな山あいの村に未明爆音が響いた。1952年6月2日午前0時過ぎ、大分県菅生(すごう)村(現竹田市菅生)の駐在所ダイナマイト入りのビール瓶が爆発した。けが人はなかったが、なぜか警察が爆発前から駐在所を囲んで待機していた。近くにいた男性2人を含め共産党員5人を即日、爆発物取締罰則違反などの容疑で逮捕した。後に菅生事件として知られる事件だ。

 共産党員らを公職追放するレッドパージから2年後のこの年、札幌市警官殺害された白鳥事件や、戦後学生運動で初の死者を出したメーデー事件が発生。警察共産党活動との関連を捜査していた。そのさなかだった。

 大分地裁は全員を有罪としたが、2審・福岡高裁では異例の展開になった。被告側は現場近くにいて事件後姿を消した「市木春秋」と名乗る男の関与を主張していたが、「市木」とみられる人物写真が出てきたのだ。

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 被告側の主張では、市木という男が事件の数カ月前に村にどこからか現れて製材所で働き始め、「共産党に入党したい」と接触してきた。事件当日男性らを現場近くに呼び出したが、直後に警察の車に乗って行方くらました。共産党員犯罪に陥れようと画策していた警察官に違いないと言うのだ。

 高裁が審理中の56年11月、地元大分新聞大分合同新聞の2紙が「市木は現職警官の戸高公徳巡査部長」と実名特定して報じた。新聞各紙の特ダネ合戦が始まった。しかし、肝心の戸高巡査部長は「東京に行った」という情報だけで、行方がつかめなかった。

 「菅生事件ナゾ 姿を消した警官」--。毎日新聞は翌57年3月13日、事件の不可解さを伝える記事掲載した。東京本社版でも朝刊3面の半分近くを使い、独自入手した戸高氏の写真掲載関係者証言も加えて「市木と戸高が同一人物とは考えられない」と否定した警察庁山口喜雄警備部長の国会答弁に疑問を投げかけた。

 同じ3月13日、事件は急展開する。共同通信社会部の取材班が、東京都新宿区アパート「春風荘」に身を隠した戸高氏を見つけたのだ。近くのバーに場所を移して話を聞いたが認めず、翌日の取材でようやく「市木は私。党に近づくため潜入した」と認めた。「消えた警察官 現わる」。共同の配信を受けて、毎日新聞など各紙の取材にも火が付いた。

 福岡高裁で戸高氏の証人尋問が実現した。眼鏡をかけ頭髪をきちんと分けた戸高氏は、当日は現場にいなかったと主張したものの、自らダイナマイトを運搬し、爆破された駐在所脅迫文を書いたことを認めた。

 高裁は58年6月9日、爆破事件について5人に逆転無罪を言い渡した。うち1人の主任弁護人を務めた清源(きよもと)敏孝(としたか)氏が「新聞社が競い合って戸高氏を見つけ出した。メディア存在がなければ裁判を覆すのは難しかった」と話していたと、次男弁護士の善二郎さん(63)は振り返る。

 最高裁も60年12月16日、高裁判決を支持した。判決を伝えた毎日新聞夕刊で作家松本清張氏は「戸高をジャーナリストたちが追及して明るみに出さなかったら、警察はかくしたままだっただろう(中略)その勝手な振る舞いには恐ろしさを感じる」と感想を寄せた。

 事件から60年以上が過ぎた。共同通信社会部取材班キャップだった原寿雄(としお)氏は92歳になった。「権力正義を追求するとき正義のためにという名目で、不正義な手法を用いるということがある。それは今も昔も変わらない。権力不正監視し、つかんだ事実不正を明らかにすることが報道役割だ」と言葉に力を込めた。【川名壮志】=次回は7月6日掲載予定

この前、留置場から出てきたんだけど、入ってた時って毎日30分ぐらい新聞読む時間があって

普段全然普通なんだけど、その日だけ黒塗りの部分があったのね。マジックかなんかで明らかに

その部分だけきちんと全部潰されてて透かそうとしても、裏から見ても全然読めないの。

今時こういうのあるんだーとか思ってさ、戦後みたいだなとか。でも一般の人は見れるのに

留置場入ってる人だけには見せたくないものなんてあるのかな?と気になって、日付とページ数覚えといたの。

それが毎日新聞6月1日12版の11面、左側にある記事だったのね。あとで確認してみようと思って。

で、確認してみたらこんな記事だった。ネットに上がってたかリンク貼っておこう。

共産党員逮捕菅生事件 警察不正暴いた取材合戦

https://mainichi.jp/articles/20170601/ddm/004/040/016000c

これ、なんでなんだろうね。警察不正記事からなのかな。

そんで全国の留置場で黒塗りされてたんだろうか。

つい最近留置場から出てきた人、いない?

敢えて、天皇陛下にご諫言申し上げたい。

2016年8月8日、「象徴としてのお務め」に関する天皇陛下のお言葉以降、退位へ向けた法整備が進んできました。

私は、陛下のお言葉を拝聴して以来、この事態を大変憂慮しております

私は、我が国国民のために献身的に尽くされている天皇陛下のお姿、例えば、東日本大震災被災者先の大戦戦没者に対する慰霊特にパラオをはじめとする国外の様々な地域へのご訪問など、陛下の務められる幾多のご公務を通じて示されているご意志お気持ち全面的に信頼しております

先のお言葉の中で示されたお気持ちは、単なる「存在」としての「象徴天皇」ではなく、「行為する存在」としての「象徴天皇」のあり方に対する強い決意と自負の表明であり、「十分に行為できなくなった天皇」が「象徴」の地位にとどまり続けることこそが、やがて象徴天皇皇室に対する国民の信頼を失わせ、その結果として皇室の存続を危うくすることにつながるという強い危機感の表明である、と私は理解しました。

しかし、私は、この陛下お気持ちの示され方について、敢えてご諫言申し上げねばなりません。

先の大戦で、私たちの国は、天皇神格として祀り上げ、天皇の名のもとに、悲惨戦争を戦いました。国内外に甚大な死者を出したこの戦争は、国策の誤りでした。

私たち日本国憲法代表される戦後政治体制のもとで、天皇日本国日本国民統合象徴として位置付けることで、政治的権能から切り離しました。

天皇の権能を非政治化し祭祀国事行為限定することは、むしろ日本国日本国民にとって素晴らしい知恵であったと考えます。非政治的存在として祈り慰霊するからこそ、私たちはそのお気持ちを信頼し、共にひとつとなれるのです。もし政治的権能を有する者であったなら、その政治的行為に対する責任が生じ、過ちがあればその責任を追及し責めを負わせなければならなくなります。仮にその政治的行為のために報われない者が生じれば、その者たちは行為者に対して怨嗟感情を抱くこともあるでしょう。政治的権能を有しないからこそ、日本国日本国民統合象徴でありえるのであり、私たちはその心を信じることができ、癒しを得ることができるのです。

今回のお言葉によって、国会は退位を可能とする特例法を制定しようとしていますしかし、これは明らかに、天皇陛下のお言葉立法過程へ影響を与えたことになり、天皇政治的行為可能性をひとつ押し広げてしまったことは間違いありません。

また、2017年5月21日毎日新聞が、天皇退位をめぐる政府有識者会議における専門家発言に対して、不満を漏らされたと報じました。「自分意志が曲げられるとは思っていなかった」と述べたとされています毎日新聞報道を受け、発言をした専門家しかも一人はすでに故人)が陛下生き方全否定しているなどと強く批判されました。

もしこの発言事実であるとすれば由々しきことであるのは言うまでもありません。天皇意志とは異なる形で立法作業が進むことを天皇自身が阻むことになれば、それはもはや政治的行為のものです。天皇が自らの意志を表明して、政治的行為を直接行ったり、また間接的にでも強い影響力を及ぼすことは、象徴としての天皇位置づけを揺るがすものであり、上で述べた天皇行為による癒しを損ない、むしろ皇室に対する信頼を危険晒すことになると考えます

あるいはこの発言事実ではなかったのかもしれません。しかし、天皇が、たとえ自らの地位出処進退に関することであったとしても、意志を表明し影響力を与えることができる可能性を広げることは、天皇意志僭称し、それをもって国民を動かし、一定政治的成果を得ようとする者を産むことにつながるのです。天皇意志に基づいていると見せかけて、特定個人糾弾されることは、戦後私たちが作り上げてきた象徴天皇制の枠組みの中で、極めて異常な事態なのです。

私たちは、今回のように「天皇意志」が示された、あるいはそれが僭称されたことで、容易にその意向に沿おうとしたり、それによって個人糾弾したりしてしまう傾向を今もなお強く持っています。だからこそ、天皇意志が直接にはもちろん間接的にではあっても政治的影響力を持つことがないよう、意思の表明を極めて抑制的に限定し、同時にそのことで、祭祀慰霊という行為を通じて、天皇日本国日本国民統合象徴たらしめ、同時にすべての日本国民が等しく癒しを得ることができる仕組み─「象徴天皇制」─が大切なのです。

陛下は先のお言葉の中で、「十分に行為できなくなった天皇」が「象徴」の地位にとどまり続けることが皇室の存続を危うくすると述べられました。しかし、私たち臣民」は、どうぞそこまでご心配さらないでください、と申し上げなければなりません。たとえ陛下が十分に行為できなくなり、代行者を置かなければならなくなったとしても、私たち陛下のお心を、そしてこれまだ果たしてこられたその行為を決して忘れることはないし、またそのことで皇室を廃そうなどと考えることは決してございません、と。むしろ政治的影響力を与える可能性を広げてしまうことの方が、象徴としての「存在」を穢し、皇室に対する国民的信頼を損なうことになってしまうのです、と。

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