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はてなキーワード: 戦後とは

2024-06-15

じゃあコロンブスみたいに評価が変わった偉人英雄って誰よ?

ぶっちゃけコロンブスがそんな批判されるような奴だなんて知らんかったわ。気になったからChatGPTに聞いた。

評価が変わった偉人英雄の例を以下に挙げ、それぞれの以前の評価現在評価、そして評価が変わった原因を説明します。

クリストファー・コロンブス (Christopher Columbus)

トーマス・ジェファーソン (Thomas Jefferson)

ウィンストン・チャーチル (Winston Churchill)

ハトマ・ガンディー (Mahatma Gandhi)

マーティン・ルーサー・キング・ジュニア (Martin Luther King Jr.)

ナポレオン・ボナパルト (Napoleon Bonaparte)

これらの例からも分かるように、歴史人物評価時代背景や社会価値観の変化によって大きく変わることがあります

コロンブスだけじゃなくナポレオンダメだったのかよ。

日本人だとどんな例があるんや?

もちろん、日本人の例もあります。以下に、評価が変わった日本人偉人英雄の例を挙げます

豊臣秀吉 (Toyotomi Hideyoshi)

織田信長 (Oda Nobunaga)

昭和天皇 (Emperor Hirohito)

徳川家康 (Tokugawa Ieyasu)

福沢諭吉 (Fukuzawa Yukichi)

山本五十六 (Isoroku Yamamoto)

これらの例からもわかるように、日本歴史人物評価も、時代の変化や新たな歴史研究の成果によって変わってきています

うーん。元からそんな良い評判の良い人らでは無いような気がするが…。うっすらとセンシティブ配慮必要とされる人らやん。

もしかしてコロンブスも、昔からそういう枠内だったってコト?

anond:20240614213954

虎に翼を1秒も見てないのに妙に執着して叩いてるやついるけど同一人物なんだろうか

マジレスすると戦前戦後舞台からホームレスとか浮浪児とか傷痍軍人とか普通に出まくってるが

2024-06-14

https://anond.hatelabo.jp/20240614204953勝手タグ付けソースだよ

1996年 (第1巻) 5月 特集:脳の科学こころ問題医療人間
1996年 (第1巻)11月 特集高齢者介護医療人間
1996年 (第1巻) 4月 (創刊号) 特集戦略研究と高度研究体制学術教育
1996年 (第1巻) 6月 特集:第3回アジア学術会議学術教育
1996年 (第1巻) 8月 特集日本国際賞受賞記念講演会から学術教育
1996年 (第1巻) 9月 特集:若手研究学術教育
1996年 (第1巻)12月 特集:第124回日本学術会議総会学術教育
1996年 (第1巻) 7月 特集地球環境問題を考える環境
1996年 (第1巻) 特集:転換期にある工業産業工学
1996年 (第1巻)10月 特集女性科学研究ジェンダー
1997年 (第2巻) 2月 特集パラダイムの転換学術教育
1997年 (第2巻) 3月 特集大学改革任期制学術教育
1997年 (第2巻) 6月 特集伝統と新しい地平 ―第4回アジア学術会議学術教育
1997年 (第2巻) 7月 特集:第125回日本学術会議総会学術教育
1997年 (第2巻) 8月 特集:第16期から17期へ学術教育
1997年 (第2巻) 9月 特集:第17期の発足 ―第126回日本学術会議総会学術教育
1997年 (第2巻)10月 特集:高度研究体制確立を目指して学術教育
1997年 (第2巻)11月 特集地域における学術活性化を目指して学術教育
1997年 (第2巻)12月 特集:第127回日本学術会議総会学術教育
1997年 (第2巻) 特集:2国間学術交流レイシア派遣団報告学術教育
1997年 (第2巻) 4月 特集地球食料問題を考える環境
1997年 (第2巻) 1月 特集平和共生歴史政治・国際
1997年 (第2巻) 5月 特集グローバリゼーション産業空洞化歴史政治・国際
1998年 (第3巻) 3月 特集クローン羊"ドリー":遺伝子科学のはかり知れないインパクト    化学生物
1998年 (第3巻) 特集クローン羊"ドリー":バイオテクノロジー最先端で今、何が、どうなっているか    化学生物
1998年 (第3巻) 2月 特集二国間学術交流 スイス及びスウェーデン派遣団報告学術教育
1998年 (第3巻) 6月 特集21世紀科学への視点 ―第128回日本学術会議総会学術教育
1998年 (第3巻) 7月 特集アジアにおける学術の直面する課題 ―第5回アジア学術会議学術教育
1998年 (第3巻)12月 特集:新たなる研究理念を求めて ―第129回日本学術会議総会学術教育
1998年 (第3巻) 1月 特集地球未来 ~人間の存続環境
1998年 (第3巻) 5月 特集地球惑星宇宙科学の現状環境
1998年 (第3巻)11月 特集食品研究の新領域をさぐる ―食とからだの科学を中心に環境
1998年 (第3巻) 4月 特集ジェンダー   ―社会的文化的性別」と現代ジェンダー
1998年 (第3巻) 8月 特集日本経済課題展望日本ビックバンに向けて社会
1998年 (第3巻) 9月 特集行政改革課題展望社会
1998年 (第3巻)10月 特集ライフスタイルの転換と新しい倫理 ―21世紀社会に向けて社会
1999年 (第4巻) 4月 特集生殖医療とその社会的受容医療人間
1999年 (第4巻) 1月 特集21世紀に向けた学術の新たな改革学術教育
1999年 (第4巻) 3月 特集国民の期待に応えて ―科学最前線から学術教育
1999年 (第4巻) 6月 特集:IGBPの研究成果の統合に向けて ―第130回日本学術会議総会学術教育
1999年 (第4巻)10月 特集日本学術会議創立50周年学術教育
1999年 (第4巻)12月 特集:わが国の大学等における研究環境改善について(勧告) -第131回日本学術会議総会学術教育
1999年 (第4巻) 2月 特集ごみを考える環境
1999年 (第4巻) 8月 特集海洋環境
1999年 (第4巻)11月 特集科学技術社会社会
1999年 (第4巻) 特集少子化問題社会
1999年 (第4巻) 5月 特集学会インターネット情報
1999年 (第4巻) 9月 特集学術からみた「美しさ」について人文
1999年 (第4巻) 7月 特集人口環境 ―持続的発展に不可欠なアジア役割 ― 第6回アジア学術会議歴史政治・国際
1999年 (第4巻) 特集科学技術の発展と新たな平和問題歴史政治・国際
2000年 (第5巻) 1月 特集学術研究の国際ネットワーク学術教育
2000年 (第5巻) 3月 特集:第7回アジア学術会議学術教育
2000年 (第5巻) 4月 特集世界科学会議21世紀のための科学学術教育
2000年 (第5巻) 7月 特集:第17期を締めくくる成果 ―第132回日本学術会議総会学術教育
2000年 (第5巻) 8月 特集:第17から第18期へ学術教育
2000年 (第5巻) 9月 特集:第18期始まる学術教育
2000年 (第5巻)10月 特集俯瞰研究プロジェクトへのアプローチ学術教育
2000年 (第5巻)11月 特集研究業績評価 ―実態問題学術教育
2000年 (第5巻)12月 特集:第18期活動計画の全容学術教育
2000年 (第5巻) 特集各部抱負学術教育
2000年 (第5巻) 特集:第8回アジア学術会議学術教育
2000年 (第5巻) 特集世界科学アカデミー会議学術教育
2000年 (第5巻) 2月 特集安全災害
2000年 (第5巻) 6月 特集男女共同参画社会における日本学術ジェンダー
2000年 (第5巻) 5月 特集司法改革課題展望社会
2001年 (第6巻) 2月 特集21世紀とヒトゲノム医療人間
2001年 (第6巻) 4月 特集21世紀と新エネルギーエネルギー
2001年 (第6巻) 1月 特集21世紀科学役割を問う学術教育
2001年 (第6巻) 3月 特集21世紀科学アカデミーデザインする学術教育
2001年 (第6巻) 5月 特集学術活動のための次世代育成学術教育
2001年 (第6巻) 6月 特集:「科学技術」の概念を人文・社会科学へと拡張学術教育
2001年 (第6巻) 7月 特集大衆化された大学での教育はいかにあるべきか学術教育
2001年 (第6巻)11月 特集日本学術会議改革に向けて学術教育
2001年 (第6巻) 特集:常置委員会の目指すもの学術教育
2001年 (第6巻) 特集日本社会の変容と教育の将来学術教育
2001年 (第6巻) 特集:第1回アジア学術会議学術教育
2001年 (第6巻) 特集特別委員会活動経過学術教育
2001年 (第6巻) 8月 特集遺伝子組換え食品をめぐる最近の動向環境
2001年 (第6巻)10月 特集:食から見た21世紀課題環境
2001年 (第6巻) 9月 特集10代は変わったか!こども
2001年 (第6巻)12月 特集データベースの新たな保護権利制度導入反対への初の声明情報
2001年 (第6巻) 特集21世紀IT社会情報
2002年 (第7巻) 5月 特集医療最先端医療人間
2002年 (第7巻) 8月 特集ナノテクノロジー化学生物
2002年 (第7巻) 9月 特集動物実験化学生物
2002年 (第7巻) 1月 特集新世紀の日本学術会議学術教育
2002年 (第7巻) 3月 特集科学技術新世学術教育
2002年 (第7巻) 6月 特集:新しい日本学術会議に向けて!学術教育
2002年 (第7巻) 7月 特集ノーベル賞100周年記念国際フォーラム創造性とは何か」学術教育
2002年 (第7巻)11月 特集:変革をめざす国立大学 ―学長たちは考える学術教育
2002年 (第7巻)12月 特集日本学術会議の今後の方向に向けて!学術教育
2002年 (第7巻) 特集:「大学の自立」と「学術経営」のあり方を探る学術教育
2002年 (第7巻) 特集:第2回アジア学術会議(SCA)学術教育
2002年 (第7巻) 特集学術科学研究の成果と社会学術教育
2002年 (第7巻) 4月 特集学術の再点検  ―ジェンダー視点から(1)ジェンダー
2002年 (第7巻) 2月 特集創造性と日本社会社会
2002年 (第7巻)10月 特集:「身体障害者との共生社会」の構築に向けて社会
2002年 (第7巻) 特集日本計画社会
2002年 (第7巻) 特集グローバル化時代対応する高等教育課題歴史政治・国際
2003年 (第8巻) 2月 特集研究教育現場から見た国立大学改革学術教育
2003年 (第8巻) 3月 特集科学社会 ―いま科学者とジャーナリストが問われている―学術教育
2003年 (第8巻) 7月 特集私立大学さらなる発展学術教育
2003年 (第8巻) 8月 特集:第18期から第19期へ学術教育
2003年 (第8巻) 9月 特集:第19期始まる学術教育
2003年 (第8巻)10月 特集:新しい学術の体系学術教育
2003年 (第8巻)12月 特集:第19期活動計画学術教育
2003年 (第8巻) 特集活動計画各部抱負学術教育
2003年 (第8巻) 特集:第3回アジア学術会議(SCA)学術教育

やっぱり日本学術会議っていらないんじゃね?

日本学術会議の発行する、学術の動向という機関誌がある。毎月、特集という形で日本世界学術の動向や社会との関わりが紹介されている。

ここではどのようなことが特集されていたか、全てだと長くなるので例示を挙げて見ていきたい。

ジェンダー男女共同参画関係

女性政治参画を進める(2023/2)
コロナ禍における社会の分断 ─ジェンダー格差に着目して─(2022/5)
理数系教育ジェンダー(2021/7)
壁を越える ─ジェンダーがつなぐ未来へ─(2020/12
人間安全保障」とジェンダー再考(2019/6)
ジェンダー視点が変える社会および科学技術未来(2018/12
高齢者貧困人権ジェンダーバイアスに着目して─(2018/5)
ジェンダー科学の新しい取り組み(2017/11
卵子の老化」が問題になる社会を考える ─少子化社会対策医療ジェンダー─(2017/8)
日本戦略としての学術科学技術における男女共同参画 ―「第4次男女共同参画基本計画」との関わりで―(2016/10
若手研究者養成ジェンダー ─人文・社会科学領域における女性・若手研究者養成支援―(2016/10
減災の科学を豊かに多様性ジェンダー視点の主流化に向けて-(2015/4)
教養教育は何の役に立つのか? -ジェンダー視点からの問いかけ-(2014/5)
災害復興ジェンダー(2013/10
雇用崩壊ジェンダー(2013/5)
災害紛争復興ジェンダー人間安全保障新地平- JAPAN PRIZE(2011/8)
日本ジェンダー平等の達成と課題を総点検する -CEDAW(国連女性差別撤廃委員会)勧告2009を中心に-(2010/9)
学術分野における男女共同参画促進のために(2009/7)
人口ジェンダー少子化対策可能か―(2008/4)
ジェンダー学と生物学対話2006/11
どこまで進んだ男女共同参画(2005/4)
学術の再点検ジェンダー視点から(その3)-(2004/4)
学術の再点検  ―ジェンダー視点から(2)(2003/4)
学術の再点検  ―ジェンダー視点から(1)(2002/4)
男女共同参画社会における日本学術(2000/6)

ジェンダー特集するなとは言わない。たださすがに多すぎないか

リンク先の目次を見てもらえればわかるが、執筆者も「不利なエビデンスは隠す」「自閉症マザコン少年の末路」の上野千鶴子さんなど典型的リベラル左派の論者が並ぶ。

また、その他の記事でもジェンダーに注目した記事がやたらと多い。

日本学問にはジェンダーしかないのかというくらいに特集されているが、まさかそんなことはないだろう。自らの思想開陳がしたいなら自身で発行されてはいかがだろうか。

ロシアウクライナ侵攻)

ロシアウクライナ侵攻に際して、日本学術会議わずか5行の声明https://www.scj.go.jp/ja/head/pdf/20220228.pdf)を出したことで有名だが(それも「対話交渉による平和解決を強く望みます。」と締められており、ロシア軍の撤退を求める内容ではないのは驚きだった)、その分機関誌では特集されているだろうと思って調べてみた。結論からすると全く特集されていない。関係あるかなと思って覗いてみたのが以下だ。

いま「戦争」を考える─社会学・社会福祉学の視座から─(2022/12

中身は「戦争ジェンダー・性暴力」があり、おいおいまたジェンダーかよまぁウクライナ侵攻では女性も大きな被害受けてるしなと思っていたら、「ポスト体験時代戦争研究」「「戦後の終わり」にどう向き合うか」「沖縄の“いま”からみる戦争歴史記憶」っておいWW2それも日本のみ、かな?と不思議特集になっている。

歴史認識と植民地責任(2022/12

こちらの中身は「朝鮮近代史立場から──「植民地戦争」の視点から見た日本植民地支配責任」「戦争責任植民地支配責任──サンフランシスコ講和体制から考える」「東アジアにおける「植民地責任」を考える」とウクライナ占領地域ことなんか全く出てこない、日本責任を追及するための特集となっている。

結論として、ロシアウクライナ侵攻に関する特集はなく、何故か同時期に日本戦争責任を追及するための特集を組んでいた。やるなとは言わないが、それは本当に特集としてふさわしかったのか?ロシアウクライナ侵攻よりも?

(その他学術関係すると思われるトピックス)

福島の処理水問題放射線に関するデマHPVワクチンなどまさに科学的な知見が求められるものに関する特集は組まれていなかった。また、コロナ特集複数回まれているものの、ワクチン安全性や反ワクチンデマに関するものは見られなかった。

これは直接知り合いの大学教授に聞いた話だが、「ワクチンに関しては人文系の一部の強烈な反対があって意見がまとめられないんだよね」とのことだった。個人的にはコロナジェンダー(2022/5)を特集するよりは反ワクチンデマについて述べてほしいと感じている。

その他、処理水や放射線デマについても特集できなかったのは一部左翼系の学者が強すぎるせいだろうか。

(余談)

学術会議が嫌うのが防衛に関する研究だ。防衛研究に関して否定的声明https://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/gunjianzen/index.html)を出したことでも有名だが、例えば複数大学で見られた、自衛官大学大学院への入学拒否について声明特集は見られなかった。

本当に学問の自由を守るつもりだったのか甚だ疑問だ。

結論

いずれもやるなとは言わないがここまで左派的な思想に偏ったことをしたいなら、政府から独立した完全な民間団体としてやっていけばいいのではないだろうか。

もちろんこれは個人的感想で、これこそが日本学術会議なすべき特集だとする人がいても否定するつもりはないが。

追記

○1〜2年に一本、これで多すぎると感じるなら、増田バイアス問題でしょ「ジェンダー特集するなとは言わない。たださすがに多すぎないか?」

○実際に「学術の動向」のリンクに飛んでみて、この増田と同じ印象を持つ人が実際にいるんだろうか。チェリーピックして「チェリーが多すぎる!」って文句言ってる変わり者なのでは

特集で年1回くらいならまあ、そんな目くじら立てることもないんじゃないの?とは思う。読んでないのでわからんけど

年に一回くらいならと言ってる人、正気

他の分野がこの2000年以降何回特集されてる?ジェンダー論こそが2000年以降の、他の分野の何倍も特集するに値する学術的なトピックだと?このブコメの方々はそう言いたいんだよね?

例えば「雇用崩壊」「災害復興」だけで特集すればよくて、その中の1トピックジェンダーに触れるのならわかるけどジェンダーのみを焦点に当ててるのは違うだろと

ジェンダー関連を扱うのは外圧とかもあって自民党政府が進めてるんだよね。あとは東大圧力もある。学術会議必死に阿っているだけ。

そんな阿るような組織なら尚更政府から切り離したほうが良いよね、御賛同ありがとう

ジェンダー以外にも変なところ挙げたから是非感想を聞きたいね

というか他のブコメも含めてジェンダー以外は概ね賛同でいいのかな?

24年間500件弱のうちの25件。増田フェミのことばかり考えているから多く見えたのだろう。DV男が女に執着するのと同様、アンフェもフェミへの異常な執着心を見せることがあり、この増田もそういう類なのだろう。

それなら25件も特集されている記事ジェンダー以外で挙げてみなさいよってね

自分で言いだしたんだからできるでしょ?

2000年代以降の学術的に最も重要問題が、他を圧してジェンダーだってのが学術会議の総意なら消えてくれて構わんよ。

虎に翼での在日朝鮮人問題、正面から描くのかごまかすのか

主人公寅子の明律大女子時代の学友である朝鮮から留学生・崔香淑が再登場した。

共に法律を学ぶ女子の仲間でありながら、試験に受からないまま「同居の兄が特高に目をつけられたため」朝鮮帰国して以降消息不明だったが戦後に偶然再会。

寅子の同僚・汐見の妻の「香子」として。

彼女学生時代は(他の女子部の仲間たちと比べて)あまり深い所まで描かれず、

いまいち存在意義が分からない、いかにもNHKから「多彩な国籍俳優を出してね」と要請されたための枠っぽい臭いを感じていたんだが、

どうやら女子部の学友たちは戦後全員再登場するらしい、と聞いて

在日朝鮮人問題つったら女性差別だの同性愛差別だのと比べても圧倒的に触っちゃいけない闇深さだろうに

その辺突っ込んだら色々ヤバいんじゃないかNHKの偉い人から止められるんじゃないか?どうすんだこれ?と思っていた。

そして再登場後語られた香淑の帰国後の経緯は、

その後に知り合った汐見と惹かれあい結婚したが、その事で双方の実家から勘当されて行き場がなくなり

戦後汐見帰国する時に日本についてきた、

そして日本では朝鮮人だとバレると差別されるため、過去を捨てて日本人の「汐見香子」として生きている、とのことだった。

さて、ここから彼女がどうするのか。この物語中で今後の彼女をどう描くのか。

彼女所謂在日朝鮮人なんだろうが、夫は日本人だし判事という固い仕事、かつどう見ても「いい人枠」で今後クソ夫に堕ちることもなさそうなので

表向きさえ日本人のふりをしていれば特に生活に困る事はないだろうし子供日本国籍だろう。

実家とは縁を切られて過去を捨てているので、朝鮮人の友人知人親戚等がこれ以上出てくる事もない。

夫の汐見の方も実家に縁を切られている設定なので「日本人家庭に嫁いだ朝鮮人妻の苦労」といった事も特に描かれないだろう。

香淑が家族から汐見との結婚を反対された理由も「兄を酷い目に合わせた国の人だから」と、だいぶ個人的理由にされていた。

(実際は兄の事だけではないと思うんだが)

そして「名前」について伏線を張っている。

香淑は元々留学中は日本語読みの「さい こうしゅく」と名乗り周りからもそう呼ばれていたが、

帰国間際に仲間たちから本来の国での読み方を尋ねられて「チェ ヒャンスク」と答えたところ「じゃあ『ヒャンちゃん』と呼んでいい?」と言われ

そう呼ばれるようになるというエピソードがある。

なので再会した寅子も「ヒャンちゃん?」と聞くのだが、「その名では呼ばないで」「崔香淑の事は忘れて」という。

本来の国の名前で呼ぶべき」というエピソードをわざわざ入れた後で「その名前否定する」展開になっている。

なるほどテーマを「名前」に絞れば政治的センシティブなあれこれに触れずに「在日朝鮮人問題」の一端を描けるかもしれない。

「生まれた時の名を差別にて奪われる苦しみ」という意味では先週やっていた(現代にも繋がる)夫婦別姓問題と繋げたつもりかもしれないし、

本来自分を隠して偽の自分で生きる苦しみ」だったらこれも朝鮮云々だけではない幅広い話となりそうだ。

今後はその辺りだけを描いて「在日朝鮮人問題」にそれ以上突っ込む事はしないのか、それとももっと何かしら突っ込むのか。

いかにも伏線っぽく「親しげに『香子ちゃん』に醤油を借りに来たおばさん」がいたが、恐らく今後はこのおばさんに朝鮮人だとバレるんだろう。

そこで差別されるのか、それとも「私はそんな事気にしない」となるのか。

このおばさん一人に差別されたりされなかったりした所で、根本的な「在日朝鮮人問題」は何も変わらないわけだが。

2024-06-13

anond:20240613192241

男女別の識字率。これは日本では戦前に取られたのが最後戦後は一回も取られてない

戦後に取られたのは世代別で男女別のデータはなし)

次に中等教育への就学率。こっちも統計データは取られていない

本来は欠損値になるはずだが、なぜかどちらも1で最高評価になっていた

識字率中等教育への進学率を実質的100%とみなさな合理的理由ってなんかあるのか?

平均値中央値ってどの集団に対してとったの?まさか時系列じゃないよね?

ネットでイキってるデータサイエンティスト()ってRの関数名覚えてて何も考えずにデータ整えてぶちこんでるだけみたいな奴が多すぎるんだよ。

DSだけど日本ジェンダーギャップ指数に苦笑。欠損値を全て最高評価にして評価してるじゃんw

データサイエンティストだけど

昨日ジェンダーギャップ指数ってのがNHKニュースで出てたので見た


NHKニュース教育健康は高いけど政治経済が低かったって出てたので見てみた

教育データを見て苦笑してしまった

欠損値を全て最高の評価にしてるじゃんってw


例えば

男女別の識字率。これは日本では戦前に取られたのが最後戦後は一回も取られてない

戦後に取られたのは世代別で男女別のデータはなし)

次に中等教育への就学率。こっちも統計データは取られていない


本来は欠損値になるはずだが、なぜかどちらも1で最高評価になっていた


データサイエンス統計学の分野では欠損値は、平均か中央値をとったりするのだが

その場合教育の分野で107位で世界でも下位で教育も下位だった


日本は108位で去年より順位が上がったって一喜一憂してるけど

ただ単にデータ操作してるだけだったんだな😂

2024-06-12

少女小説、もしくは「女性向けラノベ」とラノベ関係

言いたいこと:少女小説ラノベに含めても無視してもボコボコに叩かれる」という難しい状況がある。

女性けが省かれるラノベ150選

いま、ライトノベルオールタイムベストを選出する作業が進められている。

ラノベ社会に認められるためには、売り上げだけが唯一の評価である現状では差し障りがある。文化としての成熟には体系化と批評存在必須であり、その一歩としてたいへん意義のある活動と言えるだろう。

その暫定的な成果であるラノベ150選が先日公開された。

あくまで叩き台であり、作品数的にもより拡張した形を目指していくようだが、現時点でも各年代に目の行き届いた、ラノベ歴史の流れを俯瞰できる内容となっている。

ただ、この手の企画はどのような基準で選んだとしても、あれがないこれがないという不満はどこかから出てしまものだ。ラノベ150選も例外ではない。

その中で今回特に目についたのが、「女性向け作品がない」という声だ。

これに対する企画者の返答は、女性向け作品については単独ガイドブック等が先行して存在しているから、というものだった。

合理的判断だと思うのだが、これでも納得していない人は多い。少女向けをないがにしろにするのか?と憤慨し、容赦なくボッコボコである

増田は、ライトノベル少女小説(もしくは「女性向けライトノベル」)の歴史のものについてはともかく、ライトノベル少女小説との関係性についてはちょっとした知識がある。

今のままでは企画者氏があまり不憫なので、これについて簡単解説しておこうと思う。

「ソノラマ・コバルト系」から始まったライトノベル

用語としての「ライトノベル」が誕生したのは、1990年

ニフティサーブSFファンタジーフォーラム内で増えてきたある種の若者向け小説話題を別会議室独立させるにあたって、管理人神北恵太氏が命名したものである……

といった事実は、ラノベ史ではすでに常識と言っていい情報だ。

もちろん名前はそうでも、ジャンルとしてのラノベ自体が90年に突然生まれたわけではない。起源をいつとするかは諸説あるものの、ラノベ作品はそれ以前から存在していた(存在命名の順であってその逆ではない)

そのようなラノベ小説群は「ライトノベル」が定着する以前には、個人コミュニティごとにさまざまな呼ばれ方をしていた。そのうちの一つに、ジャンル代表的レーベルから取った「ソノラマ・コバルト系」というものもあった。

言うまでもなく、コバルト文庫少女小説代名詞というべきレーベルである。つまり命名の時点では「ライトノベル」は少女小説(の少なくとも一部)を当然に含むような形で規定されていたということだ。

(ここでの「少女小説」とは当時のコバルト文庫ティーンズハート文庫などのことであり、たとえば吉屋信子や創刊直後のコバルトシリーズなどは当然ながら想定していない)

以後、他メディア化の機会などの関係男性向け作品の方が存在感はあったものの、ライトノベル(的なもの)は女性向けを含めたひと塊のカテゴリとして扱われていく。

2000年代に入り、語としての「ライトノベル」が一般に定着して以降も、この認識はそれほど変わっていなかったはずだ。

少女小説ライトノベルではない

この状況に大きな変化をもたらす出来事が、2010年代前半に起こった。

まずは2013年とある文学研究者ツイッターでこのような発言をしている。

少女小説ラノベそれぞれのジャンルについての価値判断を含んでいるとまでは言わないが、これが少女小説の側に立った発言であることはまず間違いないだろう。

少女小説ライトノベルではない。

それまでの一般的なラノベ定義史観を覆す、非常に大胆な主張である

ただ、一部のラノベ読者が過敏に反応はしたものの、この時点ではアカデミシャンとはいえあくまでいち個人の主張に過ぎなかった。

それが正式な形で世に出たのは、2014年のことになる。著書としての刊行である

この本で研究者氏は丹念に事実を積み重ねた論証により、まさに「少女小説歴史的にライトノベルではない」ことを証明してしまったのだ。

詳細は省くが、

少女小説戦前から少女文化独自伝統を直接的に受け継ぐ文学ジャンルライトノベル戦後マンガ文化等の影響から新たに生まれた新興の娯楽であり、その出自からして全く異なる別物である

ということだ。

この、市井オタクではとうてい太刀打ちできない完璧な形の少女小説ラノベ論の出現により、少女小説ラノベ派の多くは白旗を上げて沈黙することとなる。逆に、少女小説ラノベの枠内で扱われることに不満を感じていた少女小説業界関係者・読者は、我が意を得たりと快哉を叫んだ。

日本文学研究者による恐らく初めての本格的なラノベ論ということもあり、この本はもともとラノベ少女小説に興味のあった人間にとどまらず、幅広い層の人々に読まれていった。今やラノベ関連の研究ではほぼ必ず参照される一冊となっており、アマチュアでもラノベ定義歴史を語るなら必読と言っていいだろう。

これによりパラダイムが決定的に転換し、少女小説ラノベに含めるような人間は、もはやそれだけで時代遅れな「分かってないやつ」の烙印を押されるまでになったのだ。

フェミニズム的な意識の高まりにより、女性文化少女小説)の功績を男性側(ラノベ)が都合よく収奪してきた、という構図に気まずさを強く覚えるようになったのも、この傾向を後押しした)

この空気の変化は以前/以後と呼んでいいほどに劇的なものであり、刊行から10年経った2024年現在にいたっても、更新される気配は特にない。

少女小説ラノベでなくても

お分かりだろうか。

まり少女小説は「ライトノベル」ではない、というのは、もともと少女小説サイドが言い出した主張なのだ

現在では、ラノベ定義歴史との関連で(特に男性の論者が)少女小説に触れる際には細心の注意が要求されるし、実質的にはほぼタブーに近い。

企画者氏がラノベ150選から女性向けを除外したのも、世間のその暗黙の風潮におとなしく従ったという側面がやはりあるのではないだろうか。

加えて企画者氏の場合は、かつて不用意にレジェンド少女小説作家を「ライトノベル作家」と呼んで、少女小説から激しい批判に晒された当事者でもある。そのため今度は、なおさら慎重に配慮したつもりだったのだろう。本人としては。

結論として今回の件は、気遣いがすれ違ってしまった悲しい事例ということになる。

少女小説読者といっても一枚岩ではないし、自分はそんな配慮ぜんぜん嬉しくない。多数派がどれだけ否定していても自分少女小説ラノベに含めるべきだと言い続けるぞ。という人もいるだろう。その気持ちもよく分かる。

分かるが、少女小説ラノベに含めても無視しても必ずどちらかからボコボコに叩かれることになる、板挟みの苦しい立場のことも少し考えてみてはもらえないだろうか。

オールタイムベスト企画者氏は現在文化としてのラノベ保全のため「ライトノベル図書館」の設立計画を進めており、クールジャパン予算を獲得すべく自民党国会議員に働きかけている。ラノベオールタイムベストはその陳情材料にもなる予定らしい。

こうした活動文化的な意義を踏まえた上で、できれば多少の意見の相違は呑み込み、振り上げた拳をどうかそっと下ろしてはくれまいか……

という、無関係第三者増田からのお願いでした。

レスゾーン

長え! 一番言いたいことを最初に置いとけよ。

追加しときました。

核心部分が何で匿名やねん

はてな規約関係っすね

ラノベルーツの1つは少女小説である」と「少女小説ラノベである」は意味全然違うと思うが(後者を主張してる人いる?)

ラノベオールタイムベスト”に、ある少女小説を推すとした場合、(少女小説全体やレーベル全体ではなく)少なくともその作品は「ラノベ」で(も)あることが自動的に前提となるのでは。

逆に言うと、ラノベではないがラノベオールタイムベストに入れろ、は通らない。

逆になんでそんなに熱心に漫画しろラノベしろ女性向けのもの排除したがるのがわからんモチベが怖い。

排除ではなく、少女小説の側がラノベに括られることを拒否した運動があった、という話です。

クール・ジャパンから公金を引っ張るために少女レーベル未分化期を無視するのは仕方ないキリッ されて、納得は出来ないですけど………

リストから少女向けを除外した理由(と思われるもの)と、批判トーンをなるべく抑えてほしい理由は、別々に書いたつもりです。

wikipediaより「1990年初めにパソコン通信ニフティサーブの「SFファンタジーフォーラム」において〜「ソノラマ・コバルト」などのレーベルから出版物に「ライトノベル」と名付けたことが始まりコバルト入ってるやん

はい

その話を本文に書いています

その、とある文学研究者って誰だよ。名前を出してくれないと分からないよ。2013年の事なら記憶にありそうなものだが思い当たる人がいない。

ツイートの件はともかく、著書の話を見ても心当たりがないなら、たぶんそもそも知らないんじゃないかな……

そんな知らん研究者お気持ちなんか知らんがな その研究者とやらが何言おうが150選選んだのはその企画者だろう

その「知らん研究者お気持ち」が定説化して力を持ってしまっているという現実があるのです。

 「女の扱いがわからいから透明にしておきました!」

たとえとして適切か分かりませんが。

ナンパ不快に感じるA子さんと、女をナンパしない男は無礼だと信じるB子さんがいるとします。二人のナンパに対する意識は、事前に外から判断できないものします。

この場合男性が取るべき行動は、ナンパをするではなく、ナンパをしないになるのではないでしょうか。

後者消極的不作為に過ぎませんが、ナンパ行為はA子さんにとって積極的な「加害」となるからです。

二子玉川の堤外地問題小字地図に関して幾つか指摘その1

二子玉川の堤外地に建つマンション高値を付けてる事に嘆いて小字地図という面白いものを公開してくれた人がいる。

でもその事をまとめたtogetterではそれに対して間違ったり不適当ツイートばかり拾ってるので指摘するよ。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2381841

 

過去の経緯

二子玉川には堤防の切れ目があった。陸閘ともいう。閘はパナマ運河などの閘門の閘で、板で締め切って水をブロックして水位を変化させるものだ。それが陸にあるから陸閘。

https://maps.app.goo.gl/DKKV4c1kefy3BVSE9

余談だがこの道は結構重要な道で、江戸時代矢倉沢往還青山通り大山道)だった。真っ直ぐ行って多摩川に出たところに渡船二子の渡し)があったのだ。川を渡って崖を上ると二子宿場に着く。

ここは瀬田村の一部で、スレッドで指摘されている通り、瀬田村の字堤外と呼ばれる無人地帯であった。

 

こんな辺鄙な所だったが、渋谷からほぼ路面電車玉川電鉄が開通し、その終点の「玉川」という駅が出来た。この路線溝の口を目指しており道路橋の二子橋を走る事になっていたのだが、その二子橋がまだ出来ないので暫定の終点である

すると交通が便利になったので人が訪れるようになった。そして多摩川沿いに料亭が立ち並ぶようになった。当時の料亭料理だけじゃなくて芸者遊びとかそういうの込みの業態である

ここは瀬田村堤外とロクな地名ではなかったので、対岸の二子と駅名の玉川をとって「二子玉川」と呼ばれるようになった。

 

元々瀬田の崖の下には殆ど人が住んでいなかった。出水リスクがあるからである堤防は基本無いか、霞提である程度の出水を前提としていた。そこに人が住み始めたら危ないに決まっている。また鉄道が次々開通すると他の低地にも人が住むようになる。

そして以前から洪水危険地に住んでいた住民と新住民が「堤防を作ってくれ」という陳情をするに至り、近代的な連続堤で多摩川を封じ込める、という工事がなされる事になった。二子橋の開通が遅れたのも堤防工事を先行させる為である

 

だがこれに反対をする者も居た。その一つが二子玉川料亭業者達で、堤防で目隠しされたら商売上がったりだ、と言うのである

そこでここの料亭地域ではこの地域を川の中に取り残す形で堤防が築かれる事になった。

しかしそれだと料亭群に行くのにいちいち堤防上り必要だ。そこで堤防に切れ目を入れて先のリンクの陸閘を2つ作る事にした。一か所縦のスロットが見えるが、多摩川の水位が上がる時はここに板を入れる。それだと水圧で折れてしまうので、水防活動で後ろ側に土嚢を積みまくって抵抗力にする。これを角落しと言う。

 

料亭だけの場合は万が一の場合は逃げれば良いし、自分たちで了承した事だし建て直しすれば良い。だが昭和に入ると戦争があり料亭どころではなく全て潰れてしまった。そして戦後復興経済成長宅地不足となり、この危ない土地は売られて住宅地として転用されてしまったのである

 

新堤防を作ったのに被災

長らくこのままだったがもういい加減何とかすべしという事になり、あいも変わらず新堤防に反対する住民も居たが話をまとめて、住宅と川の間に新堤防を作る事になった。2008頃から事業スタートし、数年で堤防は完成した。何しろ何もない河原堤防を作るだけなので工事は早い。

 

ところがだ。2019年台風19号が暴れ狂うと、新堤防は機能していたのに一体は浸水して泥まみれになってしまったのだ!何故だ!?

それは、二子玉川駅の上流側が手つかずだったかである

https://maps.app.goo.gl/uQur4hgpRZnac7tB7

左側に囲い板が立っているが、これは慌てて工事を開始した為で、但し堤防はまだ出来ていない。右を見るとタワマンがあるが野村不動産プライドタワーだ。幾分土地嵩上げされていてこの土地危険性は認知しているものと思われる。

 

こっちに堤防が無いので、ここで泥水が自由に溢れ出し、それが駅の下側を通って堤防工事完了地帯に入り込んで浸水被害を出してしまったのだ。なんでこうなったんだ?なんで駅の北側工事しなかったんだ?

 

お役所仕事

何故駅を挟んで片方は堤防工事完了、もう他方は手つかずとなったか

それは「管轄違い」のせいなのだ

多摩川青梅から下流国土交通省管理し、この辺は京浜河川事務所管轄する。

ところが、駅の北側野川が合流しているのだが、この野川管理をするのは東京都であり、建設局第二建設事務所管轄なのだ。そしてこの堤外地帯の駅の北側野川に接しているのだ。

まり、長年の懸念だった堤外地問題解決するために住民合意を取りつけ、国の方は急いで事業化して堤防を完成させた。それから10年近くが経つのに、東京都の方はちゃん連携せずにほけーーとしていて事業化していなかった。そこに巨大台風が来たので野川に逆流してこんな被害が出てしまったのである

 

野川沿いには堤外地を避けた旧堤防連続する堤防がある。新堤防を延長してこの国道246の下で堤防接続する必要があるのだが、堤防合流地点付近にはスペースが足りず、家が建つ土地を買収する必要がある場所もある。また、二子橋の橋桁は低い場所があり、https://maps.app.goo.gl/MoH89VVFBWFW7jWBA

堤防高に支障する。これはこのままだと橋桁に当たった水が横に流れて堤防を削ってしまう。そういう事どうすんの?なのだが、どうせ何もやっておらん筈だ。

余談だが二子橋は架け替えられていないのでアスファルトの下に玉電のレールが残っていると思われるよ。

 

外地の扱いや感覚は昔と今じゃまるで違う

堤外と言う字が付けられていた場所に住むのにリスクを考えて居ないのはマズイ、というのは確かにそう。

だが字が堤外だから住んではならないと書いている人は昔と今の治水混同している。

 

昔は河川が氾濫するのは云わば当たり前だった。だから堤防を築くのだが、今と違って霞提など、切れ目があってある程度の氾濫を許容する設計が多かった。また堤防を造る際も、今のように流路を封じ込めるものではなく、流路からかなり離れた場所に造る事が多かった。河川は蛇行するのが専らなので、その蛇行の外側という離れた場所堤防を作った。その堤防で守られていない所は全て「堤外地」だ。そこでは洪水では家も田畑も沈んでしまう。

 

これは荒川なのだが、

https://ktgis.net/kjmapw/kjmapw.html?lat=35.799750&lng=139.655095&zoom=14&dataset=tokyo50&age=0&screen=2&scr1tile=k_cj4&scr2tile=k_cj4&scr3tile=k_cj4&scr4tile=k_cj4&mapOpacity=10&overGSItile=no&altitudeOpacity=2

笹目村や戸田村などの埼玉側は堤防が流路から1km程離れているのが判るだろうか?

一方、東京側は堤防のものがない。これは東京側は台地の崖から1~2km程の所を川が流れているから、狭い地域堤防で守るのはコスパが悪いって事でそのままなのだ

これら全ての土地が堤外地である洪水では田畑も沈むし、集落もなるべく作らない。家を建てる場合は微低地を選んで嵩上げもする。でもそれでも浸水は免れないし死ぬ人も居た。

 

二子玉川付近だと霞提もこの辺は余りなく、低地には住まない、瀬田溝の口高台に住み耕作地には歩いて通う、という生活様式だった筈だ。すると「堤外」と名づけられた字以外も全て堤外地である

 

今この地域危険なのは、先に説明したように堤防工事で外されてその時に堤外地となった為だ。字が付けられた時分の事ではない。だからこの堤外地の字が「堤外」であるのは偶然でもあるわけだ。大正治水が原因で堤外の字が付けられたわけではないから。

なので話の種や潤滑剤として字 堤外の事を言うのは良いのだが、それが決定要因であるかの様に語る人は、近代とそれ以前の治水の違いや、それによる堤外地の扱い、感覚混同している。

~~~長くなったので続く その2 https://anond.hatelabo.jp/20240612183016

anond:20240611235725

ガクアジサイ一種アマチャから抽出されるフィロズルチンとは異なる人工甘味料戦後直後に幼児が5g以上も急速に摂取して死亡するなどの事故が多発した。

2024-06-11

anond:20240610174936

その分ハズレ判定は厳しいっていうか

子供もっと広い視野を持つように仕向ける親の手腕が問われるっていうか

あいう風に考える時点で親の教育ちょっと失敗しかかってるっていうか

まあ軌道修正可能なので頑張って欲しいっていうか

年寄りはすぐ戦後直後の状態と比べたがるっていうか

2024-06-10

anond:20240609223735

戦後なんて人間大量に減って、田舎はジジババだらけだったし、子供はすぐ死ぬし、田舎は割と少子高齢化してたような

でも助けがないと分かると案外ジジババもシャッキリするようで、子育てはするし働いてボケてる暇もなかったように見える

氷河期40代もどうせ金も支援もないと傷病兵のような気持ちいるから、黙って働いて、贅沢なんかする余裕ないから黙って死ぬ

これから就職する人は、人手の需要が上がってるから賃金は増えないとおかし

あとは私らがバタバタ死ねば明るい未来しかないのでは

大丈夫、私ら若い頃みんな睡眠不足を自慢して栄養ドリンク飲んでタバコ吸ってたし、栄養状況はこれから更に悪くなるし、医者にかかる金もいから、団塊世代より長生きなんかしたくてもできないよ

anond:20240610163227

世界的に有名な"伝説空手家"は出自・経歴を誤魔化し

戦後のドサクサ時代弱者を救うために憲兵隊(MP)やヤクザと命懸けで闘ったと吹聴しヒーローを気取っていたが 

真実はその空手家本人が愚連隊一味で強盗・略奪を繰り返してきた暴力クソ野郎だった

恥ずかしげもなく嘘だらけの自伝(エピソード)で神格化させて自分流派を大きくしていった

ハッキリ言って人間的にはクズの部類に入る

2024-06-09

anond:20240606184619

ブコメに返信

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20240606184619

自衛隊は、いざというときは逃げる市民戦車で踏み潰してでも戦うみたいに言われたりもするけど、案外本当なのかも。

基本的にそのつもりは無いですし、邪魔からと踏みつぶすのはコスト高いので避けたいです。

ただ、一義的に、住民避難自治体仕事ですし、避難がうまくいかずに巻き込まれリスクはあると思います

そのリスク絶対回避したい場合は、防衛線国外に置くか(まあ、太平洋戦争みたいに結果的にうまくいかないでしょうが)、そもそも軍事的威迫を伴う要求は無条件で飲む(ただし、ある国の傀儡になれば、別の国の侵略をうけるリスクはある)という選択肢しかいかと。

首里から喜屋武半島撤退した段階で避難していた住民を大量に巻き込むことは自明だったので、この現地司令部判断については批判があって当然。ただ、相手米軍ソ連軍(またはPLA)かで正解は変わると思う。。

これは、同意します。

首里が落ちた時点で、軍事的にはほぼ意味のない状態に陥ってましたから、降伏してよかったと思います

長勇の攻勢が無ければ…

ザコの海空は秒殺されるけど俺たち陸の勤皇の志士がニッポンを守る!あとはアメリカさんよろしくお願いします!ってか。うーん戦争に負けたせいで戦前より価値観が歪になっとる。

ザコというか、空港レーダーサイトという固定施設に拘束される航空戦力は初期段階で、少なくとも攻撃正面での活動不可能になるということと、隠掩蔽不可能海上戦力は航空優勢下じゃないと活動できない、という当然のことを言っているまでです。

また、米軍の救援以外でも、相手の攻勢限界空自の復旧、海自活動再開という中での、逆襲も十分に考えられるかと思います

陸軍が敵上陸部隊を釘付けにしている間に、海軍補給線を叩くような連携が出来てたらまだ善戦だと思うけど、どうも陸海の縦割りを良しとしている風潮が続いているようで心配である

その戦争様態にもよりますが、先制攻撃からの大規模着上陸のような場合は、不可能かと思います

海自さんが、CDG級(=E-2シリーズ運用限界)程度の正規空母を何隻か持っているなら、話は変わるでしょうが

住民守らないんだったら存在意義無いのでは?不発弾処理ぐらい?

だと思うなら、EOD残して解体すればいいのでは?

まあ、自衛隊が無い日本列島を、諸外国がどう見るかは面白いとは思いますが。

そうだね、日本空港やらレーダーやら全部が一斉同時に破壊される前触れ米軍が気づかないなら完璧理論だね

当然に、大規模着上陸を伴う戦争では、米軍自衛隊も事前察知は十分に可能でしょう。

しかしながら、その攻撃明日始まるのか、1か月後に始まるのか、あるいは結局始まらないのか、というのは起きてみないとわかりません。

ウクライナ戦争でも「ロシア軍はいつでも侵攻できる」と専門家はみていましたが「いつロシア軍が侵攻するか? そもそも、侵攻があるのか?」というのは、始まるまで誰も答えられていませんでした。

だったら尚更幹部靖国なんか行くなって感じ。現代においても合理的活動してるって正々堂々反論すればいい。カルト尻尾振ってたら日頃の言動にも疑いが持たれても仕方ない。

これは本当にそう。靖国クソ食らえと、私は思う。

だが、靖国以外に、自衛隊員に対して「祖国のために笑って死ね」「お前らは正しい」と言ってくれる存在が無いので、それに依存するしかない。まあ、戦後平和日本において、自衛隊は鬼子なんですよ。

濡れた手で電線に触れば、感電するのは当然。と言いながら、それを放置している側を批判もせず、感電している被害者責任転嫁することが認められるなら、社会なんて成り立たないな。冷笑家はアナーキスト

自衛隊が「それを放置している側を批判」したら、越権も越権、下手すりゃクーデターでしょw

軍の本分は戦闘にありとキリッと冷笑ムーブ決めるなら、「勝てもしなかった軍隊が偉そうにフカすな」という批判も甘受するんだよね?まあ正直に書いてくれてありがとう。従来通り敬慕も信頼もしなくて済みそうだ。

はて、自衛隊は「勝てもしなかった軍隊」だった記憶は無いのですが? そもそも戦争してませんからね。旧軍の後継組織厚生労働省社会・援護局ですし。

幹候・幹部を騙らない点だけは好感が持てます // 降伏勧告黙殺して住民多数が無駄死にした上に、司令部が軒並み自決戦死でも「善戦」なら、何でもありですね。ゴキブリ退治のために家ごと全焼させても問題ナシ!

司令部が壊滅しても、有効な遅退作戦が出来たのは善戦だと考えます

あと、常に敵は降伏勧告してくるので(ロシアウクライナ降伏勧告をしている)、それを真に受けるのは無いでしょう。

沖縄は捨て石、時間稼ぎに使われた」と発言したら「大和を送ったり、沖縄を護ろうとしていた」みたいな反論死ぬほどくるが、こうした文脈だと「時間稼ぎ出来たので善戦(キリッ」みたいな掌返し辟易してる

私は、沖縄が捨て石だったことを否定しませんよ?

ミャンマー軍政権民間人への加害はグロテスクものに違いないけど、ミャンマー政治不安定したこと重要な一因は、太平洋戦争時の日本侵略なんだよなぁ…

連合軍日本軍双方の戦闘空襲、現地の人を強制労働させるなどの行為戦争に起因する飢餓や病で1020万人が死亡したとされている。

さらにこの戦争日本占領によって、民族間対立が促進され、農業産業破壊され、インフラ被害が生じ、戦後復興が困難になるは、内戦の引き金が引かれるはで良いことなんて何も無い。

日本アジアにもたらした厄災、こんなんばっかだよ

[]2012.1

https://anond.hatelabo.jp/20240609080350

https://web.archive.org/web/20170710055944/http://ashihara-hina.jugem.jp/?month=201201

雪だるま

2012.01.30 Monday11:21

こないだ、食事に連れて行って頂いたレストランでのデザートが。。。

2012012712210000.jpg

ゆきだるま!!激可愛!!

ココナッツアイスと、ヨーグルトムース?だったかな?(記憶曖昧

グラスの中で組み立てるんだって。器用だなあ~~すごいなあ~~~

こういうの、ほんと見てるだけでワクワクする。食べるけど。

こないだの大雪の日に、お隣の旦那さんが酔っ払って帰って来て

はしゃぎながら素手で作ったという・・・雪だるま

2012012712200000.jpg

可愛い(笑)チャーミング♪

先週、誕生日だったので。

ベツコミ編集部からお花が届きましたよ!

新人の頃から、毎年欠かさず贈ってくださるのですよ。

太っ腹!!出版不況なのにっ!!(しつこい)

今年で17回、送って頂いたという事か。あれ?18回??

17~18回分、どうも有難うございます

1

日記---

三丁目の夕日

2012.01.24 Tuesday02:11

あれ?急にアクセス数増えた?と思ったら、

かのこ嬢のブログからのお客さんなのですね!

初めまして。芦原妃名子です。

BLACK BIRD」も面白いけど、「Piece」もよろしくお願いします。(宣伝

今日は(あ、もう昨日か。。)小学館の偉い人からタダ券を頂いたので、

ALWAYS三丁目の夕日~」を観に行きましたよ。

しかったー。

観てる人間を不幸にしない、こういうお話は、やっぱ良いな。

簡単幸せな気分になっちゃうよ。

しかし・・戦後20年で、ここまでマッハな速度で発展を遂げたのね。

頭では分かっちゃいるけど、改めて、すごい時代だな~と。

自分があの中にいたら、ちゃん時代に付いていけるのかな。

って、うちの親の世代か。すごいな。

そんなこんなと、「やっぱり大森南朋が好き過ぎる!!どうしよう!!」とか

考えてたら、あっという間の2時間ちょいでした。

都築さん、どうもありがとう

(↑小学館の偉い人。ベツコミの昔の編集長

映画館を出たら、いきなり大雪でびっくりしましたよ!

一瞬、自分がどこにいるのか分かんなくなった。

こんなでかい牡丹雪、久々に見たなあ。。

ヒール高めのブーツで、案の定雪のホームズッコケる。

お尻イタイ。恥ずかしい。

体が冷えたので「野獣風呂」に入ったよ

真っ黒(笑)

2

本・映画---

編集さんと・・・

2012.01.22 Sunday17:05

こないだ、編集さん方が家に遊びに来てくださいまして、家飲み

頂いた「ラデュレ」のケーキが、可愛すぎて悶絶。

この可愛さは犯罪だと思うよ!

2012012101560000.jpg

編集長から頂いたシャンパンも素敵過ぎた

2012012203180000.jpg

「ほぼ女子会」に、こういうシャンパンセレクトして来てくださる

オジサマなんて、、、絶対モテるって!!

作家も変な人間が多いけど、編集さんもそれぞれ味濃くて

(私なりに物凄く褒めてるつもり!)、面白いです。ほんとに。

ユカイな人に出会うたんびに、「ああ、この仕事選んで良かったな」とか思う。

私が変な事口走っても、特に否定されないんですよね。

(あれ?気を遣われてるだけ??その可能性も大。)

うちのバスルームエロいんだ!としつこく主張してたら、

前~の担当さんが、色っぽい入浴剤をくれました

杉本彩プロデュース「野獣風呂」は、以前他の人にも貰った事があるよ。

去年、私が「女豹になりたい」とか、ほざいてたからでしょうか。(あほ

いつも接待して頂いてばかりなので、「今日は私が接待するわよ!!」的な

気分で、ご飯用意して待ってたんですが、、

結局また引っ越し祝いやらお菓子やら沢山頂いて、「私、何様!?状態です。

取りあえず、「Piece」をがんばろう。

また遊びに来てくださいね~。

手ぶらで良いですよ!出版不況だし!!

あ。酒飲み&通な編集さんを満足させるお酒を選ぶ能力が私にはないので、

お酒だけ持参でよろしくです、、、!!

1

日記---

逆柱??

2012.01.20 Friday17:19

桜小路かのこ嬢が、うちに来るたびアニメシールを

どっかにこっそり貼ろうとします。

前回は、こんなシール仕事場に残していかれたよ。

コピー機ひとつ

仕事机裏に3つ

彼女曰く、いやがらせじゃなくって「逆柱」だそうですよ。

桜小路かのこブログ桜小路苑」参照)

ああ、魔除けね、魔除け!

・・・ほんとうに・・・

夜中にお風呂入ってたら、いきなりブレーカー落ちて、怖いよりとにかく寒い思いしたり、

アマゾンCD間違えて買ったり、

桜小路さんに「すっごい暖かいよ!!」と おススメされて買った暖房器具が、

なるほど超暖かかったんですけど、3週間で壊れたり、

相変わらずちっちゃな災難が、毎日いっぱいです。

逆柱の神様(?)、ほんとになんとかしてください。

うちの電化製品は、なんでいっつもすぐに壊れるのかなあ。。?

ほんとに不思議なんだけど。私、なんか発してる。。?

シールは、貼ったままにしとこうと思います

雪やんだかな。寒いなあ。

1

日記---

りんごちゃん

2012.01.13 Friday02:57

使い倒してたi Pod nanoが、とうとうぶっ壊れたので、

全くおんなじやつを買いなおそうと思ったら。。

つの間にやら進化してた。ちっさ!

こういうの、ほんと目に見えて進化するよなあ~。

前ので十分満足してたんだけど。どこまで行くんだ。

消えて無くなるよ。

買おうか迷ってたi Pad も一緒に買ってみた。

黒×赤にしてみたよ。

こういうの、その時期の気分によって、選ぶ色が全然変わる。

「色」って心理精神状態と直結してる気がするんだけど。。

黒×赤ってナニ?戦闘モード??

私が(能力的に)使えなくっても、アシさんが仕事中に使うし

あいっか~くらいの、ユル~イ気持ちで買ったんですが、、

コレ、楽しいな!バッテリー持ちいいし!いくらでも時間つぶせるよ。

タッチパネル慣れなくて、文字つの疲れるけど、、

動画とか綺麗で観やすいね

ちゃんと使いこなしたら、海外旅行中でもお仕事出来るよね~なんて

カッコ良さげな事を夢想中。

旅先で仕事しないんだけどね。時間あったら寝てるしね。

第一海外頻繁に行かないしね。

B5サイズノートPC、一度も外に持ち出した事ない人間

何を言う。

リビングにまだ無線LAN通ってないので、リビングで使えない。

RICOHさんが何とかしてくれるのを待ってます

RICOHさん、早く~!

1

日記---

届いた!

2012.01.09 Monday01:30

新刊が、やっと家にも届きましたよ

遅いなーと思ってたら、やっぱり一度、引っ越し前の住所に

配達されてたみたいです。

よくあるある

本誌掲載から加筆修正ほとんど無しですが、(いつも通り

空白スペースにキャラ紹介はありますよー。)

よろしくお願いしますね!

1

お仕事---

いちがつよっか

2012.01.06 Friday00:50

「1月4日に東京出張があるから夜ご飯食べようよ!」と、

和歌山在住・10年以上会ってない友人が誘ってくれたので、

すごく楽しみにしてたんですよ。

そしたら当日、神戸在住・これまた数年ぶりの懐かしい友人が、

東京出張ができたので、今夜東京に着くよ!ご飯食べようよ!」って。

よ、よりによって、なんで被るのさ。。!

1月4日って、東京出張多い日。。?

決起集会年始の何か?

私、世間知らずでよくワカリマセン。

結局「友達はしご」しちゃったよ。

ゆっくり会えなくて残念だったけど、久々に会えて嬉しかった。

「前より元気そうだね。以前は、顔色青白かったよ。」とか言われる。

かに私、前よか数倍元気。

風邪もひきにくくなったよ。

神戸友達がくれた、神戸限定?(なの?違う?)ゴーフル

子供の頃、よそ様から頂いて、お正月によく食べてたよ、ゴーフル。

はいちご味が好きです

1

日記---

謹賀新年

2012.01.03 Tuesday00:19

本年も、どうぞよろしくお願い致します!

新年早々、箱根ホテルで一日10時間以上寝てしまいました。

だらけてます

だらだら自由業なので、人出の多い時期にわざわざ外出する事って

まり無いんですが。。。

今年は敢えて観光地に飛び込んでみましたよ。

箱根神社

2012010200370000.jpg

おみくじは「中吉」でした。

お守りは、「あんまり買わない派」です。

沢山ためちゃうからな。

楽しい事が、沢山ありますように。

日本も、元気になるといいな!

2024-06-08

横浜トリエンナーレへの批判を読んで(前半)


文字数制限にかかるようなので、前後に分けて挙げます。)


前置き


第8回横浜トリエンナーレ野草:いま、ここで生きてる」がこの土日で終わります。私も見に行って、なかなか面白く思いました。ところが友人によると、SNSでは批判の声が多いそうですね。あまりそういうものは見ないようにしているのですが、友人がその場で例を見せてくれたので、ついいくつか読んでしまいました。そのとき感想は、ひとことで言うと「批判者の言うことにもわかる点はある。でもキュレーターはそれなりによくやっていたと思うし、今回が最悪だとか、他の回に比べてどんどん悪くなっているとか、そんな気はしない」ということでした。そこで友人といろいろのことを話し合ったのですが、今はそれを思い出しながらこの文を書いています


今回の展覧会には魯迅の『野草』という短編集が深く関わっていますが、魯迅は「おおむね、折にふれてのささやか感想を述べたに過ぎない」と述懐しています岩波文庫竹内好訳『野草』の解説)。魯迅感想短編集『野草』を生み、『野草』がこの展覧会を生み、この展覧会が人々の感想を生み、そしてその感想がこの感想を生みました。もしこの感想を読む人がまた新たな感想もつならば、それで満足です。


人は物事に触れて感想を持つものだと思いますSNS批判の中にも、「これは感想にすぎない」というような留保をつけるものがありました。感想自由にあるべきと思います。そして、感想を読んだ感想というもの自由にあるべきでしょう。今はくだんの批判を読み直さず、またあまり調べものもせずに書いていますが、不十分なところはどうぞ悪しからずご理解ください。これは「論」ではなく、「感想」のつもりです。


野草』と「文の国」


今回の展覧会の特徴は、「作品」と「意味」のバランスを探る点にありました。多くの作品は、ただ「見て楽しむ」ものではなく、「意味を考える」ことが求められるものでした。そのバランスキュレーターの側でうまく作れているか、そして鑑賞者がそれをどのように読み解くかがカギになっていたと思います


今回のテーマは「野草」というのですが、その裏には魯迅の『野草』という著作が密接しています。これは展覧会中にも幾度となく示されており、魯迅の『野草』の本も展示してありました。この本は「二十四篇の短文から成るものですが、「スタイルはまちまちであって、詩あり、散文あり、また即物的もの追憶的なもの観念的なもの象徴的なもの風刺的なものなどが入り混り、内容形式ともに多傾向」なものとなっています岩波文庫竹内好訳『野草』の解説)。この本は意味があるようで意味がない、意味がないようで意味がある、詩のような文のような、芸術のような政治のような、一種独特雰囲気をもった作品集です。


これを読んでから展覧会を見渡すと、「キュレーターたちは横浜美術館を一冊の現代版『野草』にしようとしていたのではないか」ということに思い至ります


そう考えると少し納得できる点もあります。それは「文」への偏重です。友人は次のように話していました。「私は今まで、展覧会作品を見ればよいと思っていた。作品を見ずに解説ばかり読む人があれば、本末転倒だと考えていた。つまり言葉を軽視していたのだ。ところが、今回の展覧会では作品の多くに意味があり、その意味キュレーター解説を読んで初めてわかるようなものが多かった。入口にはタブレット文章が並べられ、その左側の階段の上には本を並べた一角もあった。さらには猟師へのインタビューがあったり、詩が作品として出ていたりと、言葉への重視が目立った。」


しかし、これは考えてみればさほど奇妙なことではありません。ふつう、広く「芸術」 (art) と言うときには「文学」を含みますし、「美術」 (fine art) というときでも「詩」を含むことがあります。「芸術」は「造形芸術」に限られたものではありません。もちろん、ただの書籍文章が「芸術」と言えるのかどうかは議論余地がありえますが、言葉芸術距離がそう遠いものでないことは確かです。


さらテーマの「野草」が魯迅の『野草』に由来するものであることを考えると、今回の展覧会の裏地には文学がぴったりと張り付いているような気がしてきますキュレーター中国出身であるということから、なんとなく心のなかに「文の国」という言葉が浮かんできました。三千年の歴史をもち、科挙試験にも詩が課され、書という芸術をいだき、詩文文字芸術でないなどと疑ったことのない文化の国のイメージとともに。


作品との対話


いっぽう、日本一般に「芸術」というとき、それは詩文を容れえないほど偏狭ものなのでしょうか? 批判の中には「文」への偏重に対する疑問もあったように思います。そのような人々にとっては、あたか展覧会からあなたの思う芸術とは何ですか?」という問いが投げかけられたような恰好になっているわけです。


では、「芸術アート)」とは何でしょう。批判する人たちの中には、自分にとって「美しくない」「面白くない」から芸術アート)ではない」と断じたい人もいるようです。でも、現代アートは「美」への問いかけを含むものではないでしょうか。デュシャンの「泉」などはまさにその代表だと思います。また、「芸術」における「言葉」といえば、シュルレアリスムと詩の関係だとか、20世紀初頭の芸術家たちがしちくどい宣言を次々と打ち出したりだとか、いろいろと思い当たることはあるはずです。そういうところに「美しいもの芸術なのか?」とか「言語表現芸術無関係か?」といった問題ゴロゴロと転がっているわけで、簡単に「これは芸術だ」「これは芸術じゃない」と判断できるはずはありません。その人たちの考える「芸術」は、どのくらいの狭さなのでしょうか。


鑑賞者は芸術に触れるとき、常に戸惑い、「作品の受容」ができない事態に直面する可能性をもっています。そのような時こそ、自分の中にある固定観念を見直す機会かもしれません。今回、批判したくなった人が多かったということは、それだけ作品からの「問い」を受けた人が多かったということでもあります。そうなると鑑賞者は、やっかいなことですが、自分の回答を練らなければならなくなります批判ひとつの回答ですし、その回答に満足せず、さらに新たな回答を考えてもよいわけです。陳腐な言い方ですが、「作品との対話」が必要展覧会であったと言えるのでしょう。


友人はまたこうも言っていました。「かつては『現代芸術抽象的すぎて何が描いてあるかわからない』という時代があり、その後に『現代芸術は難しくない、何も考えずに作品面白がろう』という時代が来て、それはひとむかし前まであった。でも、それが終焉すべきときに来たということかもしれない。今は言葉時代なのでしょう。考えずして何が現代芸術か、ということになっている。地味でつまらなかったといった批判もあるようだが、休日ちょっと芸術に触れてみよう、子ども芸術に触れさせてみよう、デート美術館に行ってみよう、特に『何も考えずにただ作品面白がろう』と期待した人にはつまらなかったかもしれない。」


しかに、昔からの(または昔ふうの考えをもった)現代芸術の鑑賞者の中には、「芸術とは面白がるもの」という考えから抜け出せず、新しい潮流に戸惑う人がいるかもしれません。「金を払って楽しみに来た」という手合いには、気の毒だったと言えるでしょう。しかも来訪者への間口は大きく広げられていたので、そのようなミスマッチを生むしかけは念入りに準備されていたともいえます。今回は横浜美術館改装後の久々の展覧会であり、規模も大きく、宣伝もあって、多くの人を誘い込む要素がありました。そのような場で横浜美術館は「人を面白がらせる」展示をすることもできたはずです。しかし、実際には「人を戸惑わせる」展示を行いました。だからがっかりした人も多かったのでしょう。


私も「キラキラ」な楽しい芸術が好きです。だからそういうものが多いと嬉しいし、その逆ならばがっかりします。しかし、美術館の目的には「レクリエーション」もありますが、決して「レクリエーション」だけを目的とした施設ではありません。今回、美術館はこのような大規模の展覧会で、作品との「出会い」と作品からの「問いかけ」を提供し、人々を「戸惑わせ」てくれました。その意味で、美術館はよくやったと思うのです。「キラキラ」な楽しい回があってもよいし、「地味」な考える回があってもよい。美術展はそういうものだと思います


過去トリエンナーレ


ここで、ちょっと過去トリエンナーレを振り返りたいと思います


私が初めてヨコハマトリエンナーレに訪れたのは2011年の第4回「OUR MAGIC HOUR ――世界はどこまで知ることができるか?――」でした。この年は東日本大震災の年で、印象としてはとにかくキラキラと輝くような回であったということです。震災後の混乱をアートがどう扱うか、芸術家の間でもまだ折り合いがつかずに、ただ思いつく限りのことをやってみたといった印象で、宝箱の中の宝石をぶちまけて転がしてあるような、たいへん魅力のある回でした。私にとってこの回は「よい」の標準になっています


2014年の第5回「華氏451芸術世界の中心には忘却の海がある」もたいへん期待したのですが、この回は言ってみれば「地味」な印象で、まだ青かった私は「ハズレ」だと感じました。しかし、友人はこの回も面白かったと言っています。この回は「忘却」がテーマで、戦争中に作家芸術家がいか体制側に立ってはたらき、戦後その責任もとらず、反省もせずに「忘却」したかということを、当時かれらが執筆した文章を並べて示していました。このころには震災後の政権交代脱原発などの流れの中で、世の中を動かすのは「政治であるという意識が出てきていたためかもしれません。


2017年の第6回「島と星座ガラパゴス」は、博物館の表に救命ボートがびっしりと張り付けられていました。「ネトウヨ」に関する展示もひとつふたつあったことを覚えていますが、これもきわめて「政治的」でした。長期化する安倍政権さなかにあって、政治右傾化懸念されていたことも影響していたのでしょうか。(「政治性」の話は、後で少し触れたいと思います。)


2020年の第7回「AFTERGLOW――光の破片をつかまえる」は久々の「当たり年」でした。2011年に次ぐキラキラの再来です。入口から光り輝くカラスよけのCDのような装飾、メビウスの輪のような形をした光り輝く金属の骨組み、巨大な腸を模した造形、赤いカーペットをひいたでこぼこの「道」映像作品「遅れてきた弟子」、そのほかここでは言い尽くせないもろもろの楽しい展示の連続


きっと第7回が初めてのヨコトリ体験であった方々は、2011年の私が次回に期待したように、第8回にも「キラキラ」を期待したかもしれません。しかし、べつに横浜トリエンナーレは「キラキラ展」ではないので、地味な回もあるのです。その意味で言えば今回はやや地味だったかもしれません。しかし「地味」には「地味」なりの「味」があるものです。今回はその意味で「ふつう」と「よい」の間くらいと感じました。決して「悪い」ではなかったと思います


いわゆる「政治性」


今回の展覧会が悪かったという人の中には、展示が「政治的」だという人もいたようです。もちろん、芸術政治であることの何が問題なのかとか、政治生活と密接なものである以上は程度の差こそあれ政治的でないものなどありうるのかといった疑問も出てきますが、今回の展覧会を見て私が感じたのは、むしろいわゆる「政治性」の薄い部分があることでした。キュレーター中国出身の方ということなので、もしや特に日本のために配慮(手加減)したのではないかという疑いさえ感じました。


しかに、今回の展覧会ではヨーロッパ戦争に関連する展示や国粋主義者移民反対デモ映像が展示されていました。それがひとっところに固めてあるのではなく散らばしてあったのは、この会場をひとつ世界見立てて、このような出来事遍在していることを忘れてはいけないと示したようにも見えます


そのデモ映像ひとつを見ているときでしたが、後ろを通りかかった人が「ヨーロッパ、壊れてんな」とつぶやきました。まことに然り! だがそれを言えば日本だって「壊れて」いるのです。日本でも人種差別デモが行われていますヘイトクライム危険もあります。「人種差別」がわたくしたちの身近にあることは、ネットを少し覗いてみればすぐわかることです。


思い返せば2014年2017年はかなり「政治的」な展示があったと思いますしかし今回、キュレーター日本問題ひとつも指摘しませんでした。日本美術展が国粋主義的主張をもった人々の抗議で中止に追い込まれ事件もそう遠い昔のことではありません。日本美術表現自由にできない国です。キュレーターたちは日本に気をつかってくれたのでしょうか? それとも日本で波風を立てて攻撃されることを恐れたのでしょうか? それとも今の世界を広く見たときもっとも新しくもっとも重い問題にしぼってとりあげようと考えたのでしょうか? それは知るよしもありません。もっと自由表現への危機は(またすこし違った形で)キュレーターたちの出身である中国にもあることでしょう。展覧会中に示されたように、ヨーロッパ安全ではありません。世界じゅうで似た現状があります


しかし、日本が名指しで批判されなかったからと言って、日本が許されたわけではもちろんなく、これらの作品なかに普遍性見出し、これを「鏡」として日本の現状を見ることが求められているのだと思います。それらの作品が見るに堪えない現状を示しているとき、それに怒っても意味がないでしょう。それは鏡をヒョイと覗き込んでみて、「ああ醜い! 私の美学に反する。美はいったいどこにある?」と怒るようなものです。


ところで、批判者の中には展覧会のこのような政治的な「傾倒」や「変質」がここ10年や20年の変化だと振り返る人もいますが、私には展覧会なかにその説明があったように思われます。今回の展覧会は、これも魯迅の『野草』をテーマとしているためかもしれませんが、歴史を強調するものが多くあり、あるところでは史料紹介の様相すら呈していました。木版画をめぐる日中交流史の展示では、魯迅木版画という簡易で複製可能芸術を通じて、民衆文化を届けようとしていたことが紹介されていました。これは「芸術」が一部の特権階級のものではなく、民衆のためのものであるべきではないのかという問題を、当時から現代に向けて投げかけなおした一面もあると言えるでしょう。また、皇国史観へのアンチテーゼとしての縄文土器や、学生紛争撮影した写真が展示されていたのは、芸術政治問題が降って湧いたものではなく、日本でも半世紀以上にわたって連綿と続いている問題であることを示していたと思います


(後編へ続きます。)

https://anond.hatelabo.jp/20240608093350


2024-06-07

anond:20240606235229

それこそ戦後労働運動の1つの原点なんだよね。「女子供を養う」あるいは「子供大学に行かせる」だけの賃金という所謂家族賃金思想要求結果的に、「労使の合意のもと」に年功序列終身雇用に繋がっていった

労働力インフレによる工員差別撤廃というのも状況が似てると言えば似てるし、もしかしたら同一労働同一賃金辺りの運動から先祖返りするかもしれない

ネットを見る限り日本人の性根がそんなに変わってるように思えないので、1回起きたことがもう1度起きないとは限らないと思うけどね。まあ自分もそんなに信じてないので陰謀論だと思ってもらっていいけど

2024-06-06

もし少子化対策女性就労禁止したら

最大の反対勢力左翼フェミニストではなく

しろ資本主義を動かしてる側のあらゆる大企業やで

皆なぜか女性社会進出と聞くと高学歴大卒オフィス勤務者

フェミ思想の影響を受けて女性自己実現意識高い系

しかいないかのように錯覚しとるが

現実に働いてる女性の圧倒的大多数は

商店店員工場の工員(おもに高卒)やで

しかも働いてる理由意識高い自己実現とかではなく

単なる目先の生活のためが圧倒的に大多数

この人らが全員一気にごっそり労働市場から消えたら

世のスーパーやらショッピングモールやら工場やらの

経営者はみな頭を抱えることになる

無人レジみたいな機械化も外国人技能実習生も足りない

***

そもそも近代日本の「女性社会進出歴史」は

明治期の製糸工場やら紡績工場女工から始まってる

彼女らとフェミ思想とかほとんど関係ない

貧乏農家家計を支えるため働きに来たのが大部分

しろ子だくさん家庭で口減らし奉公一種出稼ぎに出された

当時の企業経営者はとにかく労働力が欲しかっただけ

***

市川房枝集』に収録されてる

1930年に書かれた『現代婦人問題』という文章にはこうある

婦人工場労働は、産業革命の直接の結果、生活必要のため

家庭から工場へ追い込まれもので、そこには婦人自身自覚

まったく見られないといっても差し支えはない。」

***

女性雇用昭和戦時下に男手が次々と兵隊にとられて

若い女性が大量に勤労動員された時期にさらに加速する

ええか、左翼フェミ思想じゃなくてもしろ

政府愛国思想女性社会進出を拡大したんやで!!!

黒澤明戦時中監督した国策映画一番美しく』を見るとわかる

***

戦後高度経済成長期も中卒や高卒工場集団就職した

大量の若い女性工員が電化製品やら精密機械の輸出を支えた

(この辺はNHKドラマひよっこ』で描かれてる)

そのころの大学進学率はせいぜい30%台な

女性大卒ホワイトカラーなんて圧倒的に少数派

***

『「育児休職」協約の成立 高度成長期家族責任』(勁草書房

という本によれば、1968年専売公社職員女性比率は43%(1万5600人)

平均年齢は35歳、平均勤続年数は16.4年、半数以上が既婚、82%が製造

――ええか公社やぞ、政府の金で運営してる企業やそ

国家が率先して女性労働者を雇っとったんじゃ

***

女性の働き方』(ミネルヴァ書房)という本によれば

東京商工会議所女性の軽労働について時間外労働(1日2時間)の制限撤廃

1952年労基法改正で、映画製作に深夜業禁止が解除

左翼フェミではなく資本の側が女性労働制限撤廃を主張していた!!!

***

誰も信じないが左翼フェミによる「女も働かせろ運動

などというもの現実にはほぼなかった

実際にあったのは「すでに働いてる女も男と同待遇しろ運動」な

それが実現したのが1985年男女雇用機会均等法なのだが……

***

読売新聞1985年5月17日夕刊の

男女平等へ”器”はできたが…」という記事にはこうある

「この法そのものが、職場での男女平等を進める労使の合意によって生み

だされたものではなく、国連婦人差別撤廃条約批准するため政府が成

立を急いだという色彩が強いことから、「お役所仕事として、性急にコト

を運ばれては困る」(大手通信機メーカー)という批判も出ている。」

読売新聞1985年5月18日朝刊の

女子差別撤廃批准には意義 外務省見解」という記事

西欧諸国の中には「安い女子労働で支えられた日本集中豪雨的な輸出

貿易摩擦を生んでいる」と非難する向きもあり、同省は「こうした誤解

を解いていくためにも条約加入は意義がある」としている。」

――雇用機会均等法の成立は左翼フェミ労働組合の要望もあったが

それだけでなく他の先進国経済的外圧で実現したのだ!!!

俺も当時の事情を調べ直してこの辺の経緯を知ったら驚いたが

かに1985年ごろなら日米貿易摩擦とかで叩かれてた時期だ

***

本稿は左翼フェミ擁護するものでなく

しろ左翼フェミは屁ほどの社会的影響力もなかった

という論旨なのである

では少子化根本原因は何かといえば日本が豊かになったか

より正確には農業中心社会から第三次産業中心社会になったか

昔の農民は家が仕事場子供も中卒ぐらいで労働力にしてた

それが昭和30年代からみんな会社員になって

家庭内労働力として家に何人もの子供必要なくなり

子供大卒会社員にさせるのがイケてる生き方になって

それだけ子供1人にかかる教育費がべらぼうに高騰していった

昔ながらの農家やら自営商店なら家と家産(農地や店)の継承

結婚出産義務感に大きく影響していたはずだが

みんな勤め人になればその義務感だった自然に解消する

どこの国も産業構造が高度化すると政治思想関係くそうなる

からといって農業中心社会に後戻りすることはできない

左翼フェミが反対するからじゃねーぞ

それ以上に産業界資本家が反対するからだよ

***

いまだに定期的に

炎上覚悟の暴論だけど日本のため言うが女性就労を~」

論者がくり返し何度も飽きずに出てくるが

悪いけど完全に的外れなんだよ

きみの最大の敵は左翼フェミじゃないんだ、資本主義なんだよ

ま、絶対に信じたくないだろうけどね

陸上自衛官だけど、沖縄戦善戦だというのは妥当

陸自沖縄戦善戦した」 幹部候補教育方針に 住民被害に触れず識者が批判 市民団体の開示請求で判明

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1373064

この記事について。アホみたいなブコメが並んでるので、元陸上自衛官増田が、沖縄戦善戦と考える陸上自衛隊の考え方を説明するね。

なお、増田は元陸上自衛官だけど、政治的にはリベラル寄りで歴史修正主義戦前の美化には反対の立場だよ。

軍隊は一つ前の戦争に備える

軍隊というのは、一つ前の戦争に備えるという習性があるって言われているし、まあ、どんな仕事でも普通にやってるとそうなる。

陸上自衛隊で言えば、太平洋戦争島嶼戦)と日中戦争。で、日中戦争ゲリラ狩りの治安戦と、弱い中国軍相手無双みたいな感じで、(侵略戦争しない限りは)あんまり参考にならない。

太平洋戦争島嶼戦はというと、陸軍は敵上陸直後の脆弱状態を狙っての水際撃破を狙ってたんだけど、これは艦砲射撃戦車揚陸艦艇などの存在でさっぱり上手くいかなかったもんですな。あと、(クソ役立たずの海軍のせいで)海上交通路が絶たれて餓死というのが多かったけど、まあ論外。

で、逆に、うまくいったパティーンが、ペリリュー、硫黄島沖縄で、これは堅固な築城による陣地を構築し、艦砲射撃や爆撃を無効化、寄せてくる敵は緊密に連携した陣地で削り倒して遅退するってやつなんですが、めちゃくちゃ上手くいった。例えば、圧倒的に優勢な敵に対して、嘉数高地とかで善戦しまくったわけです。あ、湾岸戦争の73イースティングの戦いでイラク軍が似たような反斜面陣地やろうとしたけど、うまくいかなかったみたいです。まあ、準備不足だったし砂漠からムズいよね。

ただまあ、これは、戦略的に見れば防衛時間稼ぎにしかならんかったわけですが。

専守防衛本土決戦

で、戦後

わーくには、専守防衛という政策を取るようにしました。その結果、軍事的には本土決戦しかないということになりました。

海上自衛隊航空自衛隊がいるじゃないかという向きもあろうかと思いますが、空自さんは開戦初期に無力化されますだって空港レーダーサイトバレバレなんだもん。ミサイルなどのスタンドオフ攻撃やゲリコマで臨終です。で、海自航空優勢が無い場所で動けないので役に立ちません。だから陸上自衛隊は、空自さんが空港を復旧させて、移動警戒隊を展開して、敵の航空戦力が疲弊するまでの間、あるいは米軍が助けに来てくれるまでの間、航空優勢が無く、兵力に劣る中で、本土決戦地の利を生かして、なんとか粘れってことになります

陸上自衛隊のやりたかった戦争

そんなわけで、陸上自衛隊冷戦期において、沖縄戦を範にとるドクトリンを考え、そのための準備を営々と積み上げてきたわけでありんす。音威子府で2師団は壊滅する予定でしたが、師団自決予定地が決まってるという冗談があったぐらいです。

そんで、国民の皆々様におかれては、専守防衛という政策を取り、かつノーガード戦法ではなく自衛隊を設置している以上、当然に本土決戦覚悟しているはずで、屍山血河でキルレシオ100対1でも徹底抗戦してくれるはずなんですよね。

それは嫌だっていうなら、ノーガード戦法でどっかの国の庇護下(なお、侵略者平和主義byクラウゼヴィッツなのでなんでも言うことを聞く必要があり)に入るしかないっすね。ワシはリベラルから独裁中共はいやだけどね。

下級のアホ元陸の追記

だーかーらー、国民にはノーガード戦法でも対外侵略でも「専守防衛本土決戦」以外のオプション自由にあるの。主権者サマなんだからさぁ。

のしもべは、プロフェッショナルとして与えられた条件で最適解を求めるだけなの。というか、それ以外を考えてはいけないの。ましてや、政治的決断について実力組織が考えるなんてもっての外なの。だから、大モルトケの言う「いいえ、ただ私は軍事上の問題のみ気にかけているのです」って回答しかできないよーん。嫌なら防衛省設置法を廃止すりゃいいんですよ。

2024-06-04

    戦後2,30年の裁判官は、実力者で、 法学技術裁判中に自分で編み出していたというように、法学はすぐれて専門技術的なので、立花孝志がいうように、

 反訴原告の取り下げというのは裁判テクニックであるらしい。しかし、 そんなテクニック誰も知らないである。 そんなら今の状況で自分数学の解き方を編み出せるかといったら

   編み出せるわけがないのである。私の経験だがこの東京をもってしても、そういうガチ勢みたいなものはいないように思う。 自分で編み出したのではなく知っていて使っている者は

  舟渡工場の中で働いているのを発見したことがあるが、自分で楽しそうに発見するとか編み出したという人は見たことがない。要するに自分で編み出していないから楽しくないのだと思う

   (グフフ)

    公共社会の中における存在としてはまた、これは補題みたいなもので、簡単に作ってから公共の福祉を増進するためにあるようにみえる。自動車である一戸建てマンションもそのように

  みえる。  しかし、一戸建てマンションが、 完全無欠な有名定理ではなく、補題であるとすると、大したものではないということになる。これに対して、志村健康福祉センターとか、板橋区役所

  のレベルになると、補題ではないような気がする。公共社会の中心にあって完全無欠な機能果たしているように思う。しかしこれは私の感想で、専門的に、それらが公共社会においてどのような

    位置づけになっているのかは法学部でも教えていないから正確には分からない。

2024-06-02

弱者男性言い訳って、もう聞き飽きたよ

いやー最近ネット見てるとさ、「弱者男性」って言葉がやたら目につくんだけど。もうね、言い訳ばっかりでホントキモイよ。仕事ができない、モテない、社会が悪い?そんなのもう聞き飽きたわ。

君たち、「弱者男性」とか言って甘えてるだけじゃない?現実から逃げるのはいい加減にしなよ。何でもかんでも社会のせいにしてさ、自分を変える気ないわけ?「努力」って言葉、知ってる?

昔の日本の男たちはどうだった?戦後復興期に必死で働いて、家族を養って、社会を築いてきたんだよ。それに比べて今の「弱者男性」ってば、SNS愚痴るだけ。ネットで同じ境遇の仲間見つけて慰め合ってさ。そんな暇あるなら自己改善でもすれば?

恋愛にしても同じこと。女の子モテないとか言ってる前に、自分を磨こうとしたことある?清潔感のある身だしなみ、最低限の会話力、そして自信。これがなきゃ、誰もお前に興味なんて持たないのは当たり前だろ。

弱者男性の皆さん。甘えた言い訳はやめて、真剣自己改善に取り組むことから始めたら?

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