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はてなキーワード: サッカーとは

2018-04-23

生首でサッカーした結果wwwwwwwwww

足を痛めたンゴ…

孫子韓非子友達というか、学友に裏切られた過去を持ちながらも、兵法とかやってんだからな。孔子も、自国で職を得ることが難しかったようだし。

  

現代サッカー監督に通じるものがあるかもな。

anond:20180422222731

安倍総理支持といえばそうなのかもしれない。

ただ、元々の右傾化する若者って、話題になり始めた当時は、政府とか首相とかあまり関係なくて、サッカーでの日本応援とか、反北朝鮮とか、嫌韓とかそういう面が強かった気がします。

anond:20180423174643

日中張り付いてる増田先輩ありがとう。やっぱり増田ではスポーツ話題は少ないんだね。"サッカー"なんて言われて新鮮だったから聞いてみた。

anond:20180423174211

そういえば増田ってサッカーの話あまりでないよな?たまたま見てないだけ?

2018-04-22

バスケって身長2m越え必須みたいな時点で競技性に根本的な欠陥があるよな。

やっぱりいちばん美しいスポーツサッカーだわ。

ハリル来日して通訳嗚咽なんて話題になってるが

正直サッカーならこういうの普通なんだろうなっておもう

サッカー関わる人ってみんな変だもの選手監督組織サポーター

暴力暴言偽装強権なんでもあり

それでいて、サッカーからと許された気になってる

スポーツマンシップなんて最初からどこにもない、不思議競技

パスをつないでいくサッカー」が当たり前の前提なのはわかったんだけど

野球で例えるとどのくらい当たり前の前提なの?

2018-04-20

おっかないことを言う友人の言葉に思わず頷きたくなった事

石を投げてガラスを割った子供に対して「そこに石があったのが悪い」という親。

駐車場サッカーボールを蹴っている親子が車にボールを当てるので注意したら「車を停めるやつが悪い」という親。

電車の中でベビーカーを畳まずに乗ってきた挙げ句、客が増えすぎて出られなくなって文句をたれている親。

こんなクソ親どもは間引いて処分したほうが良いといった友人が怖かった。

言い過ぎだと思ったけど、何らかの罰は与えても良い気はした。

ろくな親いないじゃないのと思う。だが、間引いちゃ駄目だろ…。

2018-04-17

ぼくは下戸下戸下戸下戸

子供の頃からアルコール綿で腕が真っ赤になる子供だった

成人してからは、お酒だと缶チューハイ1缶飲んだら尋常じゃないくらい赤くなって動悸がしてくる

それ以上飲むと気持ち悪くなる

どれくらい気持ち悪くなるかというと、50メートルを息止めて全力疾走たらこんな感じだろうか、という苦しさ

そんな感じで日常酒を飲まずに、飲み会には常にシラフで陽気にを信条に参加しながら30代も半ばを過ぎたけれど、正直お酒飲む人うらやましい

まずワインとか日本酒とか、そもそもお店で選んでところを見る時点でなんかカッコいいし大人っぽい

何年もののなんとかーとか、どこそこの蔵のなんとかーとか、お酒ってウンチク豊富だし

私なんて輸入菓子目当てにやまや入るのもなんか気がひけるのにさ

1人でBARとか行きつけのBARとか駆けつけ一杯とか家呑みとか憧れる

私も行きつけのBARマスターとか欲しい

家で熱燗とかつけてみたい

飲みながら料理とかかっこよすぎてドラマみたい

あとスポーツバーサッカー観戦とかもしたい

記憶を失うくらい楽しい思いをしてみたいし、目が覚めたら河原にいたとか電柱抱えて寝てたとかカーネルサンダースと手を繋いでたとか、ハードボイルド経験もしたい

ちょっと美味しいものつまみつつ一杯だけお酒飲んで人を待つ…みたいな小洒落たこともしたい

お酒飲んで誰かに迷惑かけてみたいし、誰かにお酒の勢いで甘えたりもしたい

お酒で失敗してそれを翌朝後悔してみたい

酔っ払って何度も壊れたレコーダーみたいに同じセリフを繰り返したい

公衆面前感情のタガを外してみたい

お酒飲めたほうが誰かと深く仲良くなるの、早いと思うんだよ

いいなー酒飲み

でもこういうことをそれとなーく大酒飲みの人に言ってみたら、

「酒飲みは金かかるよ…」と遠い目をして言われたから、強い人はそれはそれで困ることもあるんだなって思うけれど

人生結構割合お酒飲めないせいで損してる気がするなー

anond:20180417151417

サッカーで服引っ張るのもファールにしてほしいわ

野球の明文化されていないルールについて

規則では禁止されていないルールマナー観点日本球児国際大会批判を受けているそうだ。

高校野球ネタ画像なんかに興味があったら、120-0のような大差のスコアボードを見たことがあるかもしれない。

それほど派手なものでなくとも、20-0程度の試合全国大会ですらざらに発生する。

さて、点差のついた試合だが、

日本球児たちは最後まで真剣にやらなければ相手に失礼だ、という風に教えられているため、点差がついても攻撃の手を緩めない。

しかしこの行為国際大会では問題になってしまう。

大差の試合では、勝っているチームは手を抜くというのが国際的マナーなのだ

点差がつくと盗塁積極的な走塁は禁止バントセーフティバント禁止などなど、様々な禁止事項が発生する。

これを破り日本代表が7点差で盗塁したため、盗塁は記録されず、警告試合になり、報復死球まで食らう、と散々な目にあったこともある。(被害者は清宮幸太郎選手

スポーツ雑誌ナンバーでは日本は対戦相手とともに楽しむという考えが薄いためこのようなギャップが生じると分析している。


最近では日本プロ野球にも大差での盗塁禁止ルールが浸透し始めているため、変わるのも時間問題と思われる。

知る限りサッカーラグビーなんかは国際的に大差がついても関係ないような試合をするが、理由不明

追記

whkr 「死体を撃たない」というマナーのあるFPSの方が、日本野球より文化的だな。

ゲームでたとえるなら格ゲー接待プレイに近いんじゃないかな。

sangping どっちかというと、大差で負けている側がさっさとギブアップリザイン、コンシード、サレンダー投了)する方がスマートだと思う。 ]

一応国際大会にはコールドはあるんだけど、実情とあっていないのかもな。

ちなみに所謂甲子園全国高等学校野球選手権大会決勝大会)にはコールドがない。地方大会だとコールド有り。

l__LINE__l 高校野球も、地方予選で大差がつくと攻撃側がバントしかしないとかある

これは知らんかった。

からやってんのかな。

anmin7 報復死球が許される方が割とクソじゃね?

ルール上でも許されてはいないんだけど、故意故意でないか判断できないかしょうがないんだよね。

報復死球ルールでは許されていないけどマナーとしてはオッケーって感じだな。

anond:20180417113503

元増田です。

オーストラリアは、今まで通りの「自分たちのサッカー」では限界がある、ということを自覚した上で、痛みを伴う形でこれに取り組んでいる。

それをこうして、日本から観点だけで切り捨てて、「相手が自滅したから大した価値はない」というのは、リスペクトに欠けすぎではないだろうか。

同じことはハリルホジッチ日本もずっとやっていたわけで、つまり、このオーストラリアに対する敬意のなさとハリルホジッチに対する敬意のなさは同根だよね。

ハリルホジッチ日本も、オーストラリアも「今のままではダメだ」という視点からの取り組みで、そしてどちらも、その改革に取り組みながらW杯出場の継続を果たしたのだから、結果だけではなく、その取り組みの過程自体も双方ともに評価されるべきだと思う。

改革しようとして、その中で最低限の成果(W杯予選突破)を出したことまで否定するものではない。

ただそれとは別に、『改革しようとしたサッカーの内容』を評価するのであれば、『上手く出来ていてある程度強いチーム』との対戦で評価するべきであって、『試行錯誤の途上のチーム』が相手では不適切だろうというのがオーストラリアに関するくだり。

以下は俺個人の感想になるが、こういう意見が出てくるその更に元として、あまりにも「型」にこだわりすぎなのではないか、と思う。

もちろん世阿弥が「型破り」と「型なし」の違いについて述べたように、「型」は大事だ。

けど、「ハリルホジッチの型」というのは、アルジェリア代表やそれ以前のクラブで、日本人にとっても検証可能な形で残っている。

そこへの分析なしに「サッカーの形が見えない」とか「メンバーが固定されない」という意味での「型」に、「元名選手」のサッカー解説者や、一部のサッカーファンはあまりに拘泥していたように思うんだよな。

このオーストラリアに対する切り捨ても、そういうことなのかなあという気はする。

高原直泰が「他の選手との連携は、“最初から合う相手”“最初は合わないけど練習すれば合う相手”“練習を重ねても合わない相手”の3種類がいる」という旨のことを言っていたし、実際にいくら時間をかけても合わない組み合わせはある(例:ジラルディーノインザーギ

メンバーを固定しないというのはつまり最初から合う相手”だけを組み合わせてチームを作ろうとしているわけで、これが『センターバック2人の組み合わせ』レベルならば選択肢は多くても、『SBCB長谷部サイドハーフCFの全てと合うMF』くらいになるとジグソーパズル化する。

もちろん、その組み合わせが見つかって強くなるチームもあるが、ハリルがその組み合わせを『発見して、上手く隠していた』とは考えづらい。あくまで俺は一人のファンから詳しくは知らないが、選手協会内部の人から見ても『実は上手く組み合わせる策はある』ようには見えなかったのだろう。

記事名前を挙げ…なかったが、歴代日本代表監督で言うとオシム相手に合わせるサッカーが上手かった。

相手が1or3トップなら4バック2トップなら3バックにして、逆に相手4バックなら2トップ3バックなら1トップで、中盤も相手対策した構成にするサッカーをしていた。

ただ、そういう『相手に合わせた』サッカーをするにせよ、オシムにとっては『走れる選手でないと全てが始まらない』というサッカー観だったわけで、だから走れない小野伸二などは切り捨てられた。

相手に合わせたサッカーをする、そのためのチーム作りというのはそういうものだろうというサッカー観が15年ほどサッカーを見てきた俺にはある。

あと、これは本論とは関係ないが。

シティグループマリノスにおいて、中村俊輔を切り、齋藤学を切って、モンバエルツに3年間クラブを預け、さらに(上のオーストラリア代表を率いていた)ポステコグルーの下でそれを発展させていこうとする、そういうものが「型を作る」ってことだと個人的には思ってるので。

俊輔監督戦術と合わなかったからだけど、斎藤学は単に契約を延長せずに出ていっただけじゃなかったか

はてぶのカテゴリー修正する機能がなくなったけど

もとにもどしてほしいわ。

テクノロジーのカテにサッカー話題とか混じっていて修正したくなる。

虚構おもしろのカテ固定になったのは評価するけど。

anond:20180415134902

論旨のおおよそについては、賛否は別として否の部分も受容可能ないい文章だったけど、この一点だけは酷いと思ったので言及する。

もし元増田にこの点に関する意見を聞ければ嬉しい。

オーストラリアは何を思ったかこれまで得意としてきたパワープレー中心のサッカーではなく真逆パスサッカーを導入しようとしてあまり上手く行っていない。

ハリルがオーストラリア完封したのも半分はオーストラリア側の自滅でしかない。

これは、あまりオーストラリアに対する敬意を欠いた感想ではないだろうか。

オーストラリアは、今まで通りの「自分たちのサッカー」では限界がある、ということを自覚した上で、痛みを伴う形でこれに取り組んでいる。

それをこうして、日本から観点だけで切り捨てて、「相手が自滅したから大した価値はない」というのは、リスペクトに欠けすぎではないだろうか。

同じことはハリルホジッチ日本もずっとやっていたわけで、つまり、このオーストラリアに対する敬意のなさとハリルホジッチに対する敬意のなさは同根だよね。

ハリルホジッチ日本も、オーストラリアも「今のままではダメだ」という視点からの取り組みで、そしてどちらも、その改革に取り組みながらW杯出場の継続を果たしたのだから、結果だけではなく、その取り組みの過程自体も双方ともに評価されるべきだと思う。

以下は俺個人の感想になるが、こういう意見が出てくるその更に元として、あまりにも「型」にこだわりすぎなのではないか、と思う。

もちろん世阿弥が「型破り」と「型なし」の違いについて述べたように、「型」は大事だ。

けど、「ハリルホジッチの型」というのは、アルジェリア代表やそれ以前のクラブで、日本人にとっても検証可能な形で残っている。

そこへの分析なしに「サッカーの形が見えない」とか「メンバーが固定されない」という意味での「型」に、「元名選手」のサッカー解説者や、一部のサッカーファンはあまりに拘泥していたように思うんだよな。

このオーストラリアに対する切り捨ても、そういうことなのかなあという気はする。

シティグループマリノスにおいて、中村俊輔を切り、齋藤学を切って、モンバエルツに3年間クラブを預け、さらに(上のオーストラリア代表を率いていた)ポステコグルーの下でそれを発展させていこうとする、そういうものが「型を作る」ってことだと個人的には思ってるので。

anond:20180415134902

重度のJオタ&リバポファンだけど、今回のJFA本田圭佑には心底失望してる。サッカーの質や目指す方向とかそういうサッカーの話以前に

まりにもサッカー政治な態度と無責任姿勢絶望している。

2018-04-16

ハリルホジッチ

ハリルホジッチが目指していたサッカーというのは

というもので、ようするにハリルホジッチという人は「日本人選手バカ技術力がないがとにかく体力がすごくあり体が強い」という人達であると考えていたことがわかる。

しかハリルホジッチ解任後の新方針https://www.footballchannel.jp/2018/04/12/post265082/ を見ると

縦への攻撃というのも間違いなく必要ですが、タイミングなど質を上げていく。1対1の場面でもパワー的なことも要求したいですけれども、なかなかフィジカル的なことで戦えないこともあるので、別の角度から戦っていく。日本的フットボールというのはあるし、技術力を最大限に生かしたい。技術を生かして戦って、化学反応を起こして戦っていける強さを生かして構築していく必要があると思うし、自分自身もそう思う

とある。つまり日本サッカー協会自身ハリルホジッチと全く正反対日本人像を抱いていることがわかる。「日本人選手は体力がなく体が弱いが頭がよく技術力がある」と。

これ、果たしてどちらが正しいのであろうか。やはりハリルホジッチが正しい可能性が高いと僕は思う。実際に起きていることはこうではないのか。

人はたいてい自分のなかの能力の低い部分について根拠のない自信を持ってしまう。苦手なことについて正しい情報を得ることは難しいから、それにより自分位置を正しく認識できないのだ。

ではハリルホジッチで勝てたのかといえばそんなわけはないと思う。「お前はバカだが強いからとにかくバカでいいから犬みたいに走り回れ」などという態度で接する人間に従うような日本人がいるわけがない、というか人間全体でもそんなもんだろう。彼は人をおだてながら動かすという技術を持っていなかったように見える。またハリルホジッチは一点大きな見落としをしている。日本人バカなのではなく、頭がよく頭ごなしに何か言われるのは嫌だがかといって自分責任で何かを考えるのも嫌、という性質をもっているということだ。このあたりのことを見てうまくおだてていかなければ人間というのは動かない。


私はサッカーに何の興味もなくここ最近ニュースだけを見てこれを書いてみました、サッカーに詳しい人の採点を願います

田嶋翻訳

田嶋:

試合に勝った負けたというだけで監督を解任したわけではありません。

信頼関係が薄れた、コミュニケーションが薄れた、というのが理由です。

信頼関係というのはチームづくりの土台です。

土台がしっかりしていれば、仮に負けたとしても、戦術を変えることで対応できる。

それができなかったので監督ごと変えるということです。

アナウンサー

その決断の岐路になったのが、先月、マリウクライナに勝てなかったことですか?

田嶋:

試合の結果ではなく、その試合内容、選手たちが別の戦術を望んでいることを汲んでこの結果となりました。

これについては去年から我々はディスカッションしていました。

アナウンサー

それはコミュニケーションが足りないことに気づいていたということですか?

田嶋:

そうです。

決して解任ありきだったわけではなく、コミュニケーション部分でもっと良くなるようサポートしていました。

もちろん、自分が出られないか監督を変えてくれなんて言うような選手は一人もいない。

日本サッカーのことを考えて、現在監督はいけないと選手たちが考えていたということです。

我々も、西野技術委員長を通して、ハリルホジッチ監督にさまざまな部分を変えてもらうよう言ってきました。

ただ3月の時点で、我々が何とか元に戻したいと思っていた状況が、残念ながらもっと悪くなってしまったということですね。

それで解任に至ったということです。

こういうことだろ?

ハリルホジッチ解任でサッカークラスタ発狂している理由

ハリルホジッチ解任でサッカークラスタ発狂している理由中村氏noteを読んだ。

解任発表から1週間、とても昔のことのように思える。

気持ち落ち着けどころが見つからなかったが、中村氏noteで思い至った。

noteでは理由はいろいろあげていて、賛同できるものばかりだが

つまるところ駄々をこねているんである自分は。

3年間遊んできた玩具でもう少し遊ぶつもりだったのが、いきなりJFAに取り上げられてしまった。

しかも代わりに与えられたのがコレジャナイロボときた。

から、怒り、動揺し、嘆き、落胆しているんである

ハリルホジッチサッカーの勝ち負けなんてどうでもよかった。

いや、勝てばうれしいし、ことが上手く運んでGL突破できたかもしれない。

負けて3連敗の惨敗で気を落としたかもしれない。

あの采配がとか選手の1プレーがとか、与えられた玩具で遊びたかった。

もう返してももらえない。

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