「自責」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 自責とは

2019-04-07

anond:20190407225609

自責でなく、生まれつきの属性によるものなんだから差別だろ。逆だぞあんた。

それに女より少食の男なんか全然居るわ。

anond:20190407224534

胃袋や腸の長さが違うのは医学的に認められてるよ

自責でなく、生まれつきの属性によるもの差別でなく区別です

2019-04-05

悪夢

ゲームつながりのSNSで知り合った、いくつか上の友達。その子(以下A)はとても優しくて、困ってたら声をかけてくれるような、そんな人だった。といってもあまり普段から連絡する仲でもなく知らなかったが、いつの間にかネット上で、「交際はしてない、会ったこともないけれど」興味がある人(以下B)が現れたらしく、私は「おー、めでたいことじゃん」と声をかけた。

ところがある日、Aの様子がちょっとおかしい。つぶやきがBのことをすごく悪く言ってる内容だった。私は(え、え、どうしたの?)ってなってしまって、声をかけた。「最近まで普通に仲良さそうにしてたのにどうして?」って聞いたら、「私が嫌いな人らと仲良くしているから」とのことだった。正直今思えば、そんな理由で人を嫌うのか?って話である。私はバカから友達の話はマイルド解釈してしまったり、深入りしたりの節がややあった。要するに自分他人バランス加減がヘタクソなのだ

一応どういう流れでそうなったのか、通話で聞いた。「Bとはグループ内で知り合った人らしく、そのグループで何人かとトラブルがあり、そこを抜けることになった」「一人はしつこいぐらい嫌がらせをしてきた」「Bは抜けてないから、私かどっちか選べ」という話だった。

はいくらか思ったので、「それはBの自由だと思うけど、全くかまってくれない、避けるようになったとか?それでそうなったってこと?」と聞いたら「別にそういうわけじゃないけど、Bがそっち行ったら向こうのやつらが笑うじゃん」という理由だった。「ふーん…じゃあ一応時間は割いてくれてる様子なのね?」と言ったら「帰ってきて、向こうが2時間くらい家のやることをやって、それから5時間くらい話して、向こうがグループの方行くから電話切るっていうからさ」とのこと。「んん?なんでそんなに?依存し過ぎだと思うし充分過ぎる時間だわ」と言った。「そうなのかなぁ…」って納得したのか納得してないのかそんな様子だった。もう若干泣いてそうな声が聞こえてきて、「ごめん言いすぎた。深刻そうだね…」と返した。最後に「肝心なBの様子、というか返事はどうなの?」って聞いたら10日くらい無視されてる。らしい。

それから、Aとは「Bが遊んでくれないなら、私が遊ぼうかw」みたいな感じでよくやりとりをしていた。「あ、そういや私とBを除いてよく遊ぶ人っているの?」と聞いたら「いるよー、紹介しようか?」と言われたが、正直私は、異性が苦手(苦手というか、ついつい距離感が分からなくなってしまう。嫌いではない。)なところがあり(Aもそれは知っている)「お、男、女…?」「ああ、男だけどちょっといろいろあって女の子には興味ないような子だから、歳も離れてるだろうし」と言われそれなら大丈夫そうだと思い、遊ぶことになった。彼は(以下C)

それから3人で遊ぶようになり(誰か一人足りないときは二人だが)Cとも普通に仲良くなれた。恐らく彼がおっとりしてるのと大人なのか、ある程度間合いがあるのもそうなのだろう。落ち着いて、このまま平和にいけるだろう。そう、別に特定の人に拘る必要特にないしこうやって遊ぶのも楽しいだろう。なんて思っていた。

だがある日Aの様子がおかしくなり、Bが退会、削除をしたらしく「Bが戻ってこないなら死んでやる」と言ったり、私がちょっとした冗談をいったら本気で屈辱されたような反応をするようになった。いや、この子にとってBはなんなんだ?親か分身かなんかなのか?ていうかそんなに怒られるような冗談だったか曲解しすぎじゃね?(実際、拡大解釈というか、かなり曲がった答えが返ってきた。)って多少イライラしたが、きっと何かしらストレスが溜まっているのだろう。とまた私の悪い癖でマイルド解釈してしまった。

AはCとも段々険悪な様子になった。私の前でも普通におっぱじめるもんだから修羅場耐性が低い(喧嘩しているところに出くわすと自分まで怒られている気分になってしまうし、その喧嘩を止めようとすると返って悪化するような感じ。)

私はトイレに行くなどといって席を外していた。ほかの人が見てる前でそういう雰囲気になるのは嫌なのだろう、でもそれともこういうときは一応その場にいてしっかり話を止めるべきなのだろうか。Cからは「ちょっと気を使わせているようで申し訳ない」と言われ、少し引け目を感じた。だが、とうとうAは加減がなくなり、ついにCには「一緒に居たくねえわ」ともうこれ絶交レベルだろってことを言った。そのときは流石に席を外さずAに「最近言動言いがかりじみてるよ?なんで、そこまで言えちゃうような話かなあ」と個チャで止めようとしたが、火に油。逆ギレというか更に燃え盛るように怒り、Cは私に「俺はもう寝るよ、私にまで気を悪くさせてしまったね」って言いその日は終わった。

だが翌日、Aは普通にCに「おはよう」とチャットを送っていた。え?なんで昨日の今日で…?と思った。Cはもちろん私と同じことを思ったのかそれを指摘。だがAは全く非を認めず一方的に再び罵り始めた。それで関係破綻した。Aは私にも同じような噛みつきを見せてきて、「BもCも私を捨てたんだ!可哀そう私」とか被害者ぶるような言動をとるようになった。あとはCと同じように一方的に罵られプツンと関係は切れた。気が弱いのもあったが、私は何も言い返せなかったし、証拠のようなものも残さなかった。何より、言い返して被害者面されるのが嫌だったからだ。Cはそのあとも気にかけて私に声をかけてくれたが、あまり返せずにいた。あまり人と話したくなかったからだ。そのあとは人間不信になり、人間関係断捨離をし、悪夢をよく見るぐらいには頭に残ってしまった。誰とも話さずにいた方が楽ではあったが、返って記憶が固着してしまった原因にはなっただろう。

そのあと、偶然、嫌なタイミングではあったが、“ボーダー”という単語を耳にした。調べたら境界性人格障害のことだった。自己同一性だの診断基準みたいなページがあり、それは難しくてよくわからなかったが、具体的な症状、当事者から見れる様子が書かれており

最初は優しく、魅力的な人物に見えるが月が経てば豹変したように態度が変わる ・理想化とこき下ろし(昨日までの親しかった人物のとても悪く言う) ・吹聴をしたり、相談等を他人に持ち掛け対人関係操作する ・極端な依存をする(明日仕事があるのに深夜まで電話を付き合わされる) ・怒っているときは止まらない、そしてそのとき記憶はない ・冗談が通じなく、日常会話が成立しない ・何を言っても非を認めず縁を切られても自分はただただ捨てられたように振る舞う

ああ、これは…、とドンピシャだった。でも「統合失調症にも似た幻視幻聴の症状があり、親の刷り込みなどで捉え方が普通の人と大きく異なるからそういう行動をとるのであって、“悪意なし”に境界性人格障害を患った人間はそうしてしまうのである。」と書かれていて、すごく何とも言えない気分になった。思い出しイライラする気持ちと、この病気を知っていれば最初の段階で本人に教えて、助けてあげることができたのかもしれないという気持ちが混ざってドロドロになっていた。

私は昔から感受性が強い性格で、ストレスに弱い人だった。自分の軸があまりなく、ちょっとした抑うつの傾向になりやすいが、たぶん心療内科にかかっても「何もできないよ」と返されるような、そんな具合の希死念慮無気力感を時々抱く。恐らく多かれ少なかれみんなあるものを私は自分で「おかしい、おかしい」と自責しているのだろう。境界性人格障害は、他人を優先しがちで自分のことがよくわからない人、感受性が強かったり完璧主義な人がなりやすいと聞く。ときどき、悪夢を見た後思ってしまう。彼女のように私もあん人間になるのだろうか、と。だから日々悪夢を誤魔化すために生きている。

2019-03-17

たかだか100円にも満たないアイスの半分を食うだけにも許可必要とし自責しなきゃならないなら、そんな状況こそがおかし

2019-03-05

多分、鬱

上司と会話できないことに気づいた。

「話す」ことはできる。

ただ、自分意見を伝えることができなくなった。

あぁしまったなとは思うものの、誰に言われるでもなく精神的な障害に気付けたのでこうなった経緯を書いておく。

ただ注意して欲しいのがこうなったのは上司がクソなだけではないと言うこと(上司がクソではないと言わないあたり俺の性格を察して欲しい)。

部かをマネジメントするってこんなに面倒なものなんだって思いながら読んで欲しい思いながら読んで欲しい。

年度変わりだし、これを読んでる奴は新しく入った部下にこんなこと書かれないようにしてくれ。

最初から上司と反りが合わなかったわけではなく、むしろ「よくやった」と言われる方が多かった。

だけどやっぱり上司仕事のやり方にある程度の疑問があった。

あったなら言えばよかったのに、ここで言わなかったことが後々に響いてくる。

ただこれはあくま下地しかない。

上司とのコミュニケーション不全の最初きっかけは「何度も同じミスをする」だった。

できない部下によくあるやつ。

よせばいいのに上司はそのまま俺に言ってしまった。

ネットでは「何度も」と言う言葉を部下に使ってはいけないと言われるけど、本当にそうだと思う。

別に言われても平気な人間はいるのだろう。

しかし部下がそうなのかは証明できないし、実際に自分はそうだった。

今もなんでだろうって考え続けるし。

また上司がよく言う言葉に「意識が足りない」ってものがあった。

ここで言われている「意識」がなんなのかは今でもさっぱりわからない。

ミスしないようにって考えればいいのかこの業務をしてるんだって考えればいいのか前はこうしてたなって考えればいいのかさっぱりわからない。

ミスをする→相談する→アドバイスの内容がわからない っていう状況は俺の頭をめちゃくちゃにかき乱した。

で、わからないなら相談すれば良かったんだけどそれができなかった。

上司は「なんなのか」や「どうすれば」という言葉と言う言葉を使うと「お前はなにも考えてないのか」と言ってきた。

なので過程説明すると「話が長くて要領を得ないと」言われた。

じゃあどうすれば、という言葉を飲み込みそのまま他の言葉も飲み込んでしまった。

信頼を失うのはあっという間だった。

些細なミスが大きなミスになってそのままなにも出来ないままになってしまった。

ビジネス世界では自責他責の違いについて話される。

振り返ってみると自分自責の考えが身に付いてなかったことがよくわかる。

上司のこととか自分のことではなく、業務のことを考えれば自分上司に対して感じた違和感はいち早く伝えるべきだったろう。

そうすればコミュニケーション不全も起こらなかったろう。

今も上司とのコミュニケーションは避けている。

これが業務全体に悪影響を及ぼしていると分かってるのにだ。

まらない部下なのは分かってる。

だが上司も、これから上司になる人もわかって欲しい。

あなたの部下にはこんなつまらない部下たちがいるのだと。

質問あったらコメントで。

まらない部下が何を考えてるのかなら答えられるかと。

2019-03-04

自責親友と、他責の私

長年仲良くやってきた親友

「非はなくとも謝れば円満解決する」と大人対応が出来るすばらしい人。

簡単に謝ったり、良いように使われたり…。

しかしたら相手助長させてしまうんじゃないかと思ったりもする。

まぁ、そういう人は私同様怒ったところで何やったって改心しないだろうけどね。

私はプライドが高く、「自分が悪かったな(間違っている)」と自覚しない限り謝れない。

電車を降りている最中タックルしてきた人がいたらめちゃくちゃムカツク

何を考えるにも、まず一旦「相手に悪いところがないか」が頭をよぎる。

人としては最低ランクだと自覚している。

謝ることがあまりない私だけれど、そもそも親友との間で「謝る」という問題は起きない。

この凸凹コンビ20年も仲良くやれてるのは良い事だ。

これからも続けていきたい。

2019-03-01

から子どもができた」と連絡があって心がぐしゃぐしゃになった話

私:26歳、女、独身恋人あり

職業ディレクター、昇格が決まっていてもうすぐ役職がつく

兄:38歳、男、既婚、バツイチ(前嫁との間に子どもがひとり、親権は前嫁)

職業看護師

--

から、嫁が第二子妊娠した!と連絡が来た。

まず抱いた感想は、お嫁さん頑張ったなぁ(お嫁さんは今年で45歳で、一人目は今年で4歳)。

その次に、おめでとう。

そして最後に、兄でも子どもを育てているのに、自分は…という自責

はいつも両親に迷惑を掛ける人だった。ヤンキーではないが、気分屋で頑固なクセに不器用ナイーブな扱いにくい性格

当時高校生アルバイトをしていた私に、「パチンコですってしまたかお金を貸してくれ」というくらいには結構ダメなやつ。

特に目的もなく一般大学に入り、縁あって医療系のアルバイトに勤めたことがきっかけで看護師になりたいと決意し、卒業と同時に晴れて看護学生となった。

母は、「大学生のうちにやりたいことが見つかってよかったわ~」と言っていたが、本当にその通りだと深く頷いたのを覚えている。

だって一人暮らしも3ヶ月で断念してしまう兄が普通に就職していたら、たぶん「もうやだ~辞める~」と言って退職しているだろうなと思ったからだ。

その後、留年したりなんやかんやあったので、兄が新社会人になったのは26歳のときだ。

兄が実家を出たのは結婚が決まった30歳のとき

正直、絶対うまくいかないと思った。

はいつもそこそこ美人恋人を連れてくるが、大体兄のワガママで長くは続かず、1年以内に別れる。

その時に結婚すると連れてきた人は、兄よりも年上で女芸人ゆりあんに似ていて、しかも少し会っただけで性格キツイとわかるような人だった。

たかだか3ヶ月付き合っただけでなんで結婚まで?気が早すぎるのでは?と不思議に思っていたら、妊娠していると。

あ~女の方が計算高いタイプなんだな、と察した。

絶対に俺が育てる!結婚する!といって聞かないので、まぁ兄がいうなら…と両親も結婚を認めた。

が、子どもが1歳にならないうちに離婚した。というか、離婚する前から今の嫁と付き合っていた。不倫である

そして、またできちゃった婚。なんだこいつ。

兄が大学+看護学校に行ったので、私は自分学費を払わなければならなくなった。

大学を諦めて、奨学金アルバイトを掛け持ちして学費を稼ぎながらデザイン系の専門学校に通い、20歳就職すると同時に実家を出た。

給料は低かったけど、幸い好きな仕事ができる職場だったので苦ではなかった。

とにかく必死に頑張ったら、とんとん拍子に昇給し、生活も楽になった。春から役職者だ。

私は、自分の力で生きていけるんだ、一人前の大人になれたんだ、と自信を持てるようになり嬉しかった。

しかし、そんな自信も兄にぐしゃぐしゃにされる。

たまに実家に帰ると、兄が無邪気に言ってくるのだ。

「早くお前も子ども産めよ! 兄妹同士で子ども遊ばせるの、憧れるんだよな~」

「やっぱり、人間子どもを持ってやっと一人前だよな~」

いつも自分の面倒は自分で見てきたけれど、正直いってこれ以上は無理。手一杯だ。

寧ろ、やっと余裕がでてきて、やっと好きなことができるようになったのに、なんで更にキツイ生活を送らなければならないんだろうか。

なぜ兄に合わせる必要があるんだろうか。そもそも年齢も職種立場も違うのに。

しかも、産むときに痛い思いをするのは自分だ。そんな覚悟まだない。

でも、世間常識からしたら兄の言う通りで、どんなに人様に迷惑を掛けないよう生きたって、子どもを産まない自分は半人前なのだろうな、と思う。

こんなことを考えてはいるが、兄は今の嫁とはうまくいっているみたいだし、姪っ子は可愛いし、生まれてくる子に罪はないので、兄の嫁やその子どもたちを恨むつもりはない。寧ろみんな好きだ。

卑屈になってしま自分性格の悪さに落ち込み、兄が羨ましいと妬むのであった。おしまい

2019-02-28

妻が少額の借金をしていた

クレカリボ払い20万ほど俺に黙ってキャッシングをしていた。

共働き水道家賃・光熱・食費を全部俺が賄っているのだが、それでもお金が足りないらしい。

夫婦ならもっと俺が金を渡すべきなのか、でもなんでそんな一方的に金を渡さなければいけないのか、20万くらいのローンで凹む俺が悪いのか、いや人として信頼できなくなるのも当然なのではなどと自責がぐるぐると頭の中を巡ってつらい。

2019-02-15

anond:20190215115817

『田丸先生追憶寺田寅彦

1948(昭和23)年5月15日第1刷発行

https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2473_9316.html

いちばん最初試験をしたとき問題が、別にむつかしいはずはなかったのであるが、中学校三角問題のような、公式へはめればすぐできる種類のものでなくて、「吟味」といったような少しねつい種類の問題であったので、みんなすっかり面食らって、きれいに失敗してしまって、ほとんどだれも満足にできたものはなかった。その次の時間先生が教壇に現われて、この悲しむべき事実を報告されたのであったが、その時の先生は実にがっかりしたような困り切ったような悲痛な顔をしておられた。あんなやさしい問題ができないのは実に不思議だと言われるのであった。

試験ができなかった生徒に「がっかりした」先生

民主主義織田作之助

1976(昭和51)年4月25日発行

板垣退助こそ民主主義である。彼は仙台へ行った。宿につき女中にきくと、

「誰方とでもお会いになります。いえ、誰方にも名刺を下さいます。私もいただきました」

見せて貰うと、洗濯屋の名刺のように大きな名刺で「伯爵勲一等板垣退助五女……」という肩書れいれいしくはいっていた。

彼はがっかりしてわずに帰った。

板垣退助の娘に「がっかりして」帰った彼。

別に自責他責もなく「何かに対して自分失望する」という言葉だが。

その「何か」には自分欠点もあれば他人行為もあるというだけ。

anond:20190215114908

表情や身振り、口調で自責他責かは分かるけど、文字単語だけでは自責に繋がるのは無理だと思うけどな

2019-02-13

anond:20190213112535

横だけど、今回の件だと、本人も自身が有力選手であることなんかはわかってて、自身病気以上に、出場できないこと、世間の期待に答えられないこと、それ自体ですでにダメージを受けてることは想像できるよね。

そこに偉い人が「がっかりした」ってかぶせるのは、そのプレッシャーとか自責に対して追い打ちをかけることになってるわけよ。個人的に落ち込んだって意味合いは変わってないけど、そこでそんなお気持ちは表明しないのが礼儀病気で大変なことになっている当事者に対する思いやりを優先させるのが大人

当事者の心情を慮ることができない人から見ると「別に問題ないじゃん」ってことになるかも知れないけど、そういう時に使っていい言葉ではない。

まあ、そういう時に「当事者はこういう気持ちになるだろう」というのが、どうあってもわからない発達特性の人、わりと要職にいたりするよなとは思う。空気の読めないおっさん管理職問題というか。

2019-02-09

anond:20190208210134

そもそも半期で申請する単位数が多過ぎない??

かにADHDかもしれないけど、そもそもハードル一般的な“真人間”にすら難しいものに設定されてると思う。あなたの周りは“真人間レベルが高過ぎる

前期21単位も後期26単位も取れれば十分じゃん?

私もすごい真面目に授業聞いて勉強もたくさんして挑んだ試験単位何度も落とされてるけど、じこちゅ〜だから自責しないで「私が落とす訳ないだろ!教授〇す!!ガハハ」くらいの気持ちで生きてます

卒単なんて4年までに揃えられれば結果としては真人間さんたちと同じだし、あまり自分を責め過ぎないで!!

2019-01-25

anond:20190125105529

彼らをそういう犯行に駆り立ててしまったのは何か、どういう環境で生きざるを得なかった人なのか、を考えると、きっと彼らのような状況に置かれた人間は皆そうなってしまうんだろうと思うね。他人人生をそのまんまトレースしたらと考えると。だから殺人者凶悪犯であれ、人間として差別することは許されない。罪人は本質的には(社会的)弱者であるから。不幸な人たちだよ。

まぁ環境要因もあるだろうが、そいつの心の持ち方というか、魂の状況と言うか上手くいえないがな。

全く同じ状況に置かれたとしても、そいつ人格によって考え方は違う。

他責するのか、自責するのか。

全く同じ環境(締め切りで本や食事を与え人と接触しないようにし、2人を10歳まで成長させた)としても、

全く同じ考え方になるかといえばNOだ。

考え方などは人格に宿るとおもうわ。

2019-01-19

anond:20180806062824

具体的なことを書く

・記録する

彼女からいつ話をされ、彼女がいつ被害にあったかを記録してくれ。日付、話した場所、内容を記録。手書きがいいが、タイムスタンプの残るデジタルでもいい。音声記録でもいい。

彼女が飲みに行く前にやりとりしたラインなりメールなりがあるはず。それを記録にとってくれ。スクショでもいいが、画面を写真に撮った方が効力がある。

被害にあったときの服を保存してくれ。当人が保管するのは精神的にキツイと思うので、あなたか別の場所に保管してくれ。

・早急に医者へ行き、性病検査診断書をもらってくれ。性病検査は、あくま相手健康のため、というスタンス

弁護士無理相談がある。弁護士ドットコムから調べてくれ。だいたい電話相談ならタダだ。とりあえず電話してみるのでもいい。

可能なら相手に会い、何をしたのか話させ録音する。可能ならだ。共通の面識があり、そういう事をしでかすクズならちょっと甘い事を言えば武勇伝みたくべらべら喋る可能性が高い。ボイスレコーダー携帯の録音と、複数とっておくと良い。ぶち殺したくなると思うが、ぶち殺すために我慢だ。ただし負担がでかいので無理にとは言えないが…

彼女は、報復を恐れたり、そういう状況にしてしまった自分自身を責めたり、そんな事をされる自分は生きる価値が無いと思いつめているはずだ(まさにこのブコメセカンドレイプしている奴らと同じ事を自責してしまっている)

責任をとって結婚するしないは決めなくていい、彼女と過ごした時間を思い返してくれ。彼女はそんな酷いことをされるような、されていいような人間では無いという事を伝えてくれ。

報復を恐れて訴えに出なかった人は山ほどいるが、訴えに出なかったことを後悔しなかった人間もいない。すべての人間直ちに正しく訴えに出る体力気力を持っている訳ではない。ただいつか後悔しないために、訴えるための手段証拠と力を取っておく手助けをしてやってくれ。

投稿して気づいたが8月か…どうか、前進していてくれますよう…

2019-01-05

anond:20190105155035

かにそれは大いにあるかもしれん

あのときこうしていれば、こうしなければこうなったとか

彼女につらい思いをさせてしまったんじゃないかという自責が強いわ

謝っても解決することじゃないしな

自己愛かな

2018-12-31

anond:20181231005232

自責他責って言葉には正直違和感がある。

世の中「どう考えても自分責任じゃないのに責任を負わされる」みたいな場面が少なくないから。

色々考えた結果、「被害者意識」「主人公意識」という言葉個人的にはしっくり来てる。

2018-12-30

女独りで温泉に来た

チェーン店スパだけどね

年の瀬になんの変哲もなく独り温泉

ねころびスマホを打つけど現状打破に打つ手はない

湯上がりホカホカで気持ちいいけど今年を振り返るとムカムカして気持ち悪い

今年の始まりに3年付き合った彼氏を振る、今振り返れば後悔しかない

勢いで振ったけど、もうひっこみはつかない

まらないプライドにすがり、つまらない一年に、つまるところつまらない

からやってるこの温泉に来て、浅はかな想いを反省するも今年はあと一日しかない

露天でボーッと白けた空を見上げる顔はアホが露呈している

ビール飲みたいけど飲んだら帰れなくなる、車で来たから。

「8時に待ち合わせね」とカップルが男湯女湯に別れていった、そのまま関係も別れてしまえと思う私はわからずや

温泉に癒やされに来たけど、ただただ湯けむりのように掴めない幸せに喉の奥が詰まる

いっそ地下1000メートルまで私を埋めてください。

土に還りこの後悔と自責が熱となりあなた達を温めるから

2018-12-27

自責しろ他責強要してくる人たち

はてなにもSNSにも多いけど、まず他責してくる人を聞き流してから自責しないとね。

2018-12-23

他責で考えるなとは言うけれど

たとえば追突事故被害者になった場合、過失割合としては原則自分0:相手100で処理されるわけだけど、それでも「追突されかねないような運転をしていた自分が原因で事故が発生したのだ」などと自責で考えなくてはならないのかな?

あんまり自責で考えると自己肯定感も下がると思うが…。

2018-12-11

anond:20181211140044

女性優遇策がなくても女性工学部高専から出た人も

ずっと昔からおるにはおったんやけどなにせ数が少ない。

男性向けジャンルでは工業はもう熟してしまった。

それ全部中国でも真似できるねん。

今売れるとすれば介護とか育児などのソフトな分野で画期的工業製品ができたときなんやけど、

女性弱者感覚工業にまともにつなげる能力もった人が少なすぎる。

今でも中国からのお客は薬局に押し寄せとるけど、

中国共産主義だけあって女性の育成もほどほど上手い。

日本はすぐ追い抜かれるな。

 

かといって工業勉強内容はクッソつまらから他に楽しいもんみつけた子はまず来ない。

素地だのがある子は真面目すぎる。

真面目な女性は適切なケアがないままポンと男社会に放り込むと

セクハラパワハラモラハラ真正からうけとめすぎてすぐ鬱になったりする。

人より能力あるのに「わたしに(この悩みを解決できる)能力がないのが悪いのです」と自責でつぶれる

理系女子作ろうと思ってもなかなかでけんのやけどな。

「決してマネしてはいけません」とかい名前漫画読んだらおもろいよ。

2018-11-26

anond:20181125055531

元増田に触発されて、大学時代自分自殺未遂をしていた頃のことを思い出していた。自殺未遂と言っても、救急車警察のお世話にもならない程度に自殺を企てて失敗して諦めるようなものではあった。とはいえ、今思い返してみると自分人生ではそれなりに重要位置づけにあった出来事だったように感じるので、供養のために当時のことを思い返して書いてみようと思った。

大学の頃はとにかく自分の不甲斐なさ、生きる才能のなさに絶望していた。バイトでも研究室でも上手くいかず失敗ばかりで常に低評価、何をしても上の立場の者を怒らせてしまい下の立場の者からは憐れまれる、同期も含めて誰とも信頼関係を築けない、などで常に悩み苦しんでいた。いつだったか、親に「普通のことが普通にできるようになって欲しい」と言われた。自分も心底そう願っていたのだが、周囲が普通にできていることができないまま、失敗体験ばかりが積み重なっていった。

その社会的に上手くいかない大部分は、今顧みると自分発達障害的な特性に起因していたのだと思う。だが、その頃は発達障害に対する知識量が乏しく、自分発達障害であると疑いもせずに、漠然としつつも強い社会不適合感を感じながら生きていた。

そのうち、何か現実で失敗して大きく自分失望する出来事があったとき自殺を試みるようになった。

ある時は凍死を試みた。当時は北海道に住んでいたので、冬の夜に外で寝ると簡単に凍死できる。酒をコンビニでたくさん買って、酩酊したのちに雪の中で寝ることで死のうとした。だが、いざ酒をしこたま飲んでも「ここで寝たら死ぬ」という本能的な危機意識が強まり意識覚醒するばかりで思うように酩酊することができなかった。結局、1時間半ほど雪中にいたのちに無理だと悟り、冷え切った指をさすりながらフラフラ家に帰った。

ある時はヘリウム自殺を試みた。本当は数百リットル入っている大きなヘリウム缶を購入した方がよかったのだが、実家住まいだったため家に持ち込むのは現実的でなく、結局十数リットルの小型缶を2本買った。ビニール袋を頭から被り、その中にヘリウムを充満させ、呼吸すると酸素不足で意識を失いそのまま死に至るという寸法だ。結果はまあ当たり前だが、ヘリウム絶対量が足りず、意識を失うことすら叶わなかった。「死ねなかった…」と独りごちたとき、例のパーティヘリウムを吸った時の声が高くなる現象が起き、思わず笑ってしまった。一瞬だけ、自殺に失敗した絶望感が紛れた。

他にも非定型首吊りを試みたりと何度か自殺を決行した。だが、いずれも準備不足だったり、途中で怖くなってしまって未遂に終わることを何回か繰り返した。そうしてまた現実に向き合わなければならない絶望感を抱えつつ、辛くて苦しい日常に戻っていった。ただこの自殺失敗は無意味ではなく、いつでも死ねるという選択肢があると自分に言い聞かせることで、現実の辛さから目を背ける逃避行為になっていたと思う。

そうして毎日をやり過ごしていたところで、大学院の研究発表が間近の冬の時期に、これまで数ヶ月かけて実験してきたデータが使い物にならないと判明した。自分のこれまでやってきたことが無為だと感じたときに、なんとか生きようとしていた気力の糸が完全に切れてしまった。この出来事自体が大きい意味を持っていたというよりは、これまでの失敗体験により自分への失望や将来への希望の無さが雪だるま式に積み重なっていって、この出来事で許容値を超えたと言った方が正しいと思う。この先生きていても苦しいだけで希望も何もない、自分は何も成功を収めるすることができない落伍者だという思いがピークに達し、自殺を決行しようと思った。

定型首吊りをしようと、酒を飲んだあと人気のない公園に行き、自分身長以上ある遊具ロープを括り付けた。その後、遊具に昇って首にロープをかけ、足を遊具から踏み外した。頭に血がパンパンに溜まり熱くなるのが分かり、同時に意識に靄が徐々にかかっていった。あと数秒、首に圧力が加わったなら意識を失い、やがて死に至ると強く実感した。そのように感じた瞬間、死が急に身近に思えてきて、一瞬でとてつもない恐怖心が芽生えた。手でロープを掴み首に掛かる圧力を緩めたあと、必死にもがいて首からロープを外し、倒れ込むように雪の上に落ちた。

その後も何回か試したが、同じようにあと数秒で意識を失えるところで首からロープを外し、断念することを繰り返した。あと数秒だけ首に力を込めれば意識を失えたのだが、その一線を越えるのがとてつもなく大きな壁のように感じ、どうしても乗り越えられなかった。結局3回ほど試したのち、無理だと悟って家に帰った。

上で書いた通り、自分にとって自殺は辛い現実から目を背ける唯一無二の手段だった。死ぬという選択肢があると信じ込むことで、どんなに現実で失敗をしたとしても、死ねば救われると信じていた。しかしこの自殺未遂により、ここまで死に接近しても、死という一線を越えることは自分にはできない、死を現実の逃避先にするのは無理だと悟ってしまった。すると、これまでは生きるか死ぬかの狭間でウロウロ迷っていたのが、死ぬことが無理ならこの先も生きていくしかなく、この先どうせ生きていかねばならないのなら、できれば良い人生を生きていきたいという心情に変化した。死ねない絶望が、逆に現実を前向きに生きようとする動機になったのだ。

その後、研究発表は使えそうなデータをそれっぽく見せて、なんとか修了要件を満たすことが出来た。

そして大学卒業して働き始め、自分発達障害であることに疑いを持ち実際に診断が出るなど紆余曲折ありつつ、今のところはなんとか生きている。

今でも猛烈な希死念慮破滅願望が湧き上がることはしょっちゅうあるし、自分社会を上手く渡っていける人間でないことに絶望したりもする。「生きててよかった」とまで自分人生肯定できるまでには、まだ至っていない。だが、自分自殺できない、死を逃避先として選べないということは、確固とした事実として悟ってしまった。また、幸いと言っていいのか、最近は少しずつ発達してきたのだろう、人生を上手くやっていく術を徐々に身につけつつある。まあ、全て上手く実践するまでには全然至っておらず、それなりの頻度で失敗をやらかす。そのたびに湧き上がる強い自責感情消滅願望を色々な方法ごまかしつつ、結局はより良い人生を目指して少しずつやっていくしかないと思い今日もまだ生きている。

この文章を読んで、これは前向きな感情ではなく、死ぬという選択肢が消えたか消極的に生きなければならないと感じているだけではないか?と感じた人もいるような気もする。確かにそうなのかもしれない。ただ、以前は学習性無力感からか、自分人生を良くしようと自分から働きかけようという気すら起こらず、ただ日常の痛みに耐えているだけだった。そのような状況から比べると、自分人生コントロールして良くしようと動く気になった分、以前より間違いなく前向きになったように自分では感じるのだ。(管理が厳しく、親の納得のいく人生を送らないと叱責する親元を離れたことも、大きな要因であるとは思う)

そこで東日本大震災が起こった。ずっとテレビを見ていて思ったのは「いとも簡単に人がたくさん死ぬ」ということだった。

ぼくがずっと考えていたことは自然にとってはありふれたことで、一生懸命自分人生を生きてきた一人の人間が、人生を無理矢理終了させられ、大して深い意味もなく死んでいくという「人間ゴミのように死んでいく」光景が新鮮だった。可哀想などと思う人間気持ちを持つ余裕はまだ無かった。失礼な話だが、人が一人死ぬのを見るたび希望が湧きあがってきた。震災はぼくの死生観に強い影響を及ぼした。「人間が生きる意味などない」というのをかなりポジティブに感じた。

こうして今になって文章化して振り返ってみると、この程度の絶望はまあ巷にはありふれているし、救急警察にお世話になっていない程度の大した話でないと自分でも思う。ただ、元増田は「人は簡単死ぬ」という現実悟り、結果として前向きに生きることができるようになったと書いている。一方で、自分は「人は簡単死ねない」という現実に直面し、結果として前向きに生きられるようになったように思う。その対比がなんだか面白くて、このような長文を書いてしまった。

以上、供養です。おわり

2018-11-02

新人をいびるお局になって、5年後

なんかの記事を読んで、久しぶりに増田に書き散らそうと思ってログインしたところ、5年前に書いた日記が出てきた。あまりの懐かしさに書こうと思っていたことを全部忘れたので、せっかくだし忘備録として、あの生意気な後輩のことを書こうと思う。

わたしはお局になってしまった

https://anond.hatelabo.jp/20130619155614

生意気新人が入ってきてひたすらイライラしていたという話だ。当時は社会人4年目、少しばかり仕事も覚えて、後輩もできて部署メンバーの仲も良く、仕事が楽しくなってきた矢先の話だったので、それはもう彼に世界をぶっ壊された気がしていた。今となってはお恥ずかしい限りだ。

ありがたいことにこの醜罵詈雑言ブコメも沢山もらって、4年目ごときの小娘がお局なんて片腹痛いわみたいなことも言われて、当時はナニクソこの野郎と思ったものだが、今思えばその通りだなあと感じてあまりのほほえましさに自分で笑ってしまった。

**

あの日記を書いた後、ブコメに小娘がどうこう笑われて腹が立ったので、こうなったら真のお局になってやるわ見てろよブコメどもと思った。返事が返ってこなくても毎日大声で挨拶をして、嫌な顔されても何かにつけてしょうもないことで話かけ、飴ちゃんはいるかと聞いていらないと言われても無理やり押し付け、顔色が悪ければどうした早く帰れと言い、空調の風で寒そうだったらショッキングピンクのど派手なひざ掛けを無理やり掛けてやったりした。もう半ば嫌がらせだった。

なんやかんやで結果的に、あの日記を書いて1年も経たないうちに、彼と打ち解け、すごく仲よくなった。

特に仲良くなるきっかけがあったかどうかは全然覚えてない。気が付いたら、彼の慇懃敬語はいしか消え、私にため口をきくようになったし、普通に笑うし、私の肩も軽口も叩くようになり、私の引き出しを勝手に開けてはお菓子をチョロまかすようになっていた。

これがもう、本当に滅茶苦茶嬉しかった。あ、なんか心開いてくれたっぽいぞ!ってわかったし、なによりすごく声がやさしくなったし、私のくだらない話に笑ってくれて、見たか私のお局力!ドヤ!みたいな気分だった(この時は、お節介おばさんとお局様の差が、あまりわかっていなかった)。

そうなると自然仕事でのコミュニケーションが円滑になり、何かあれば彼もすぐ相談するし、もともと地頭はいいのでこちらもいろいろ相談するようになり、頼り頼られみたいな感じで、先輩と後輩とも知らないうちに打ち解けて、彼が入社する前よりも平和な仲良し部署になっていた。

そういえば、店員への横柄な態度もいつの間にか丁寧な態度になっていた、というか、むしろ一番気を遣うようになっていた。飲み会も一番楽しそうで、酒の量はセーブしながらもいい感じに盛り上げてくれて、おまけにカラオケもうまかった。慇懃無礼で隙あらば睨んできていたやつが、明るく楽しい普通チャラ男になった。

**

私たちのいた部署親会社に吸収されることになった。

親会社はこの平成も終わらんとする時勢にあって非常に昭和的な会社だったので、女子お茶汲みコピー以外の枠がないらしく、私だけ一般職格下げで皆と一緒に親会社へ出向する、もしくは、全然関係ない部署配置転換、という選択を迫られることになった。

一応、専門知識必要部署にいて、それなりに経験を積んで勉強もして大きな仕事を任されたりしていただけに、この状況はすごく辛かったし悔しかった。ただ救いだったのは、私以上にみんなが怒ってくれて、上司も先輩もどうにかならないか上に掛け合ってくれたし、「今すぐタイでも行ってつけてもらってこい!」みたいな本気だか冗談だかわからない言葉もありがたかった。中でも一番怒ってくれたのは彼で、役員室に殴り込んでサーバーをぶっ壊す勢いなのを必死で宥めた。こいつ相変わらずだなと思う反面、これだけ私のために彼が怒ってくれるのがすごく嬉しかったのを覚えている。私のやってきたことは会社に認めてはもらえなかったけど、彼らがこうして評価してくれていたんだなと思うと、不思議と怒りは沸いてこなかった。

こうして私だけ去った後の部署は、これがもうびっくりするぐらい空気が悪くなった。理不尽な異動に腹立しながらも古い体質の役員から自分と後輩を守ろうとする先輩と、こんな時代遅れ差別断固許すまじ討ち入り上等の彼、その板挟みになった後輩に、親会社の無神経なメンバー仕事のできない別の上司が加わり、それはもうしっちゃかめっちゃかになっていた。最初は微かだった不協和音はみるみる大きな歪みになり、最終的には、先輩と彼は口もきかなくなった。後輩はオロオロするばかりで、3日に1度ぐらいお菓子をせびりに来ては、やりづらいと愚痴って帰った。さら上司もどうしたらいいのかわからず、ただただものすごく空気が悪く、もはや誰にも修復不能なまでになっていた。

私がいたらあん空気にさせないのにという無念と、私が異動したせいでああなったのだという自責と、ただ私の力ではどうしようもなかった無力感と、とにかくもう見ているだけで本当に辛く、人間関係ってスイッチ一つでこうも変わってしまものかと思って茫然とした。

私が転職することになって、元部署メンバーが集って送別会を開いてくれた。この時には、もはや会話らしい会話をしていない彼らだったが、私を気遣ってか以前みたいに、和やかで楽しい雰囲気を作ってくれた。会社を辞めるにあたって、彼らのギスギスがとにかく心配だったが、ぎこちないながらも言葉を交わす様子を見て、これで少しでも元の状態に戻ってくれたらと思った。だがその矢先、3次会で入った居酒屋で、些細な切っ掛け、本当に些細だったと思う、彼が先輩の胸倉をつかんでの怒鳴りあいになってしまった。親会社のやり方に不満を抱きながらも、後輩たちの立場が危うくなると感じて収めるように諭してきた先輩に対し、私や後輩(繰り返しややこしいが彼にとっては先輩)がここまでコケにされて言い返せない先輩に不満を抱いていた彼が爆発してしまった。周りの人も騒然として、何とか割って入ってことを収めたものの(なお後輩は気付いたら後ろに逃げていた。危機管理のしっかりした男だ)、これが決定打となって、彼らの関係は完全に決裂してしまった。その後、ドロドロの展開は私の去った後の話なので割愛するが、裁判沙汰にもなり、私が辞めた数か月後には彼も会社を辞めてしまった。

最後送別会で帰り道に彼が言った「(私)さんが上司だったらよかったのに」という言葉を思い出す。扱いづらくて癖の強い男だったが、可愛くて素直で優秀でまっすぐな男だった。なんでみんな、彼を上手に使ってあげられないのか、すごく不満だった。彼が私を認めてくれたことが嬉しかった半面、自分に彼を使ってあげられる力がないのがすごく悔しかった。仕事を頑張って、それなりの地位につきたいと思うようになったのは、それからだろうか。まあ、現実には失敗ばかりのダメ社員で、自分仕事で手一杯なので地位云々なんてもってのほかの話ではあるが、何かあれば人を守ってあげられる立場人間になりたいと思うようになったのは、彼の影響だった。

結局、彼がいまどこで何をしているのかは全然知らないのだが、さっき自分日記を読み返して、辛い思いをしていないかなあ、元気にしているかなあ、うまくやっているかなあと心配になってきてしまった。

2018-10-28

昔、俺が鬱で死にそうな時も側に居てくれた友達たち

今も月一くらいでそいつらと会う

その時俺の心には、鬱だった時の事が蘇る

辛かった時寄り添ってくれた奴が隣に座ると、辛くなる

死にたかったあの時、励ましてくれた顔を見ると、また死にたくなる

神様仏様、あいつらすげーいいやつで、一緒にいると楽しいんです

なのに俺はあいつらの顔見るくらいなら、便所の糞見てる方が楽なんです

罪悪感も抑鬱感も吹っ飛ばして生きさせてください

悪びれもしない犯罪者に、俺の分の自責をあげてください

そうすれば俺は、明日あいつらとカラオケに行けるんだ

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん