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はてなキーワード: 認知とは

2017-06-26

https://anond.hatelabo.jp/20170626140208

あのさあ……

はてなーって自称論理的な会話ができる自分に酔って他人発言文脈意識しないので的はずれないちゃもんしかつけられないんだよね笑

元増田文章の前提となるエントリもなければ、自分引用した文章の前に何かしらのエクスキューズだと解釈できるような文もない元増田の一行目の文章のどこに“文脈”が発生するんだ?

文脈を読むっていうのは特定単語を切り取って個人解釈意図的に狭めたり拡げたりすることとは違うんだけど

それに

普通の人からすれば「男は~」というのは「この人が認知してる男の大半のこと」を指してると思うよ?

って書いてるけどさ

文脈がウンタラ主語がウンタラかいう以前に先のトラバ自分

それは“男が好きじゃない理由”であって“女が好きな理由”じゃない

と書いてるんだけど。文脈が、と言うけど、そもそも自分トラバさえまともに読んでくれてないよね?

http://honeshabri.hatenablog.com/entry/eromanga-sensei

「形状と位置が間違っている」と「割礼の有無」を同じ「本来の姿と異なる」でくくんなよ

それはただの詭弁


確かにダビデ像は由緒正しい歴史ある芸術である世界中の誰もが知っていて、芸術的な裸体像である認知されている。そんなダビデ像性器は「公然たるべき男性器」と言えるだろう。むしろ隠そうとする方が頭のおかしい人と思われる。

では対して紗霧のエロマンガはどうだろうか。あれは作中でも人の手によって描かれたものである断じて写真ではない。しか位置や形状が間違っていることから、何かをモデルにしたわけでもない。彼女想像産物である。そこにあったのは「観念上の男性器」を表現したものなのだ。これこそ芸術と言えるのではないか

え、こいつミケランジェロダビデ本人を見ながら像を作ったと思ってんの?

それはすごいね

つーか由緒や歴史知名度への「対して」になってないんですけど

https://anond.hatelabo.jp/20170626125131

好きなもの根拠は語ってるし、しかも男女は世間一般では対だし女は男を好むものという観点で見られてるし。主語デカ~いとか、普通の人からすれば「男は~」というのは「この人が認知してる男の大半のこと」を指してると思うよ?こういう話のときに極稀な例外を挙げても滅多に存在しない以上、意味ないしね。はてなーって自称論理的な会話ができる自分に酔って他人発言文脈意識しないので的はずれないちゃもんしかつけられないんだよね笑

製造業仕事単純労働という話があるが実際には

工場での製造業仕事は、誰でも出来る単純労働であるという話があるが実際にはどうでしょうか。

まず、歴史的に見ると、産業の発達により職業の専門分化が進み、技術者ホワイトカラー職を中心に高学歴者の雇用が増えました。

生産現場ではオートメーションの導入により、仕事責任水準が上昇し、労働者に対しても高度の認知能力必要になっていると指摘されています

この古典的議論クラーク・カー著「インダスリアリズム」(翻訳川田 寿 東洋経済新報社 1963)に見ることが出来るそうです(私はこの資料は未読)。

早い話が、どんな仕事でも、仕事をするときは軽く考えてはいけないという事になりますね。

もっとも、ブルーカラーホワイトカラーというように単純に分けることも難しいでしょうけどね。

(続)今、某声優ファンだけど「強火」になりたくない。

https://anond.hatelabo.jp/20170626100841

どうやら文章がなが過ぎたのか切れてしまったので、誰にも求められていないとしりつつも続きを載せておく。

↓↓↓

運による要素もとても多いのだが、つい「もしかしてちょっと頑張ればいける?」なんて思ってしまう情けなさ。

大人しくしておけばいいのに、後ろだって充分楽しいのに。

本気で毎回前を取ろうとしたらどうしたらいいのかはわかっているけれど、それをするためには費用も労力もかかりすぎるし、おそらくそれをしたところであの頃と同じ楽しみ方はできない。

そもそも、あの頃のように認知されてお気に入りファンになりたい訳では無いのだ。

これだけは自信を持って違うと言える。

私にとってそうなりたい対象は後にも先にもaさんだけだ。

それに、今応援している声優さんと私が楽しくお話ししている様子なんて全く想像もつかないし魅力もあまり感じない。

というか話すことがない。

ライオン赤ちゃんのような?

檻越しにみて「キャーかわいーー」と思ったり、抱っこして写真撮影をするくらいの触れ合いなら楽しいけれど、じゃあ毎日会いたい?毎食餌やりしたい?というか飼いたい?と聞かれたら答えは即答で「No」みたいな……

なんとなくそんな感じなんですけど伝わりますかねぇ……

あの頃のようにもっと必死な強火のファンになりたい!

そうは思うのだが、求めているものが当時と違うのだから同じ方法では私の欲求は満たされないのではなかろうか。

けれど、この前最前列でその声優さんを間近で見た時の興奮はあの頃いつも最前列で感じていたそれと全く同じ感じでドーパミンアドレナリンが出ていた気がする。

これはどういうことなんだろう。

どうしてこんなに苦しいのか。

私はただ、好きでいたいだけなのだ

その人の声を聞いているだけで幸せになれて、その人の出演作を追っていくとその度に新しい発見があるのが嬉しくて、

ラジオでみせる素のその人をうかがい知れる様子がとても微笑ましくて。

それだけで充分なはずなのに。

もう「強火」はこりごり。だって苦しいって知っているから。

ライトファンでいたい。

もう目立つことはしたくない。

他人を気にせず自分のペースで好きでいたい。

これは間違いなく私の本心である

けれど、必死で全力で追いかける事でしか味わえない感情がたまにフラッシュバックする。

あの快感中毒性でもあるんだろうか、

それが欲しくて仕方ないのも、また否定し難い事実なのだ

今、某声優ファンだけど「強火」になりたくない。

今日応援している声優さんがお誕生日を迎えられたので、初めてTwitterでリプを飛ばしてみた。

できるだけ目立たないよう、当たり障りのない言葉を選ぶのに一生懸命になっていたら30文字程度なのに10分もかかってしまった。

けど、送れた。緊張した。

沢山のリプが来ているから、きっと埋もれてしまうだろう。表示数の上限とかに引っかかって見れないかもしれない。

けど、それでいいと思う。

それでいい、という事にしたい。

私は、その声優さんに関してはライトファンでいたいと考えているからだ。

私がその声優さんファンになってから、まだ1年も経っていない。

中高生の頃はアニメをよく見ていたけれど、2次元は随分とご無沙汰だった。



その、2次元から離れていた期間の事を少し話そうと思う。

私はとあるジャンル所謂「追っかけ」をやっていた。

ジャンルはぼかすが、お笑い舞台アイドルバンドなどの「ステージを観に行く」系のものだと思ってほしい。

元々高校生の頃からそのジャンルファンではあったのだが、大学生の頃にとある人に興味を持ち、その人を目当てに見に行く回数が増えていった。

便宜上、その人をaさん、aさんが所属する団体をAとする。

Aの規模は決して大きくない。

「若手」とか「マイナー」とか「インディーズ」とか、そんな感じだと思ってほしい。

aさんと出会うまでは同じジャンルももっと規模の大きなところに通っていた私は、Aでカルチャーショックを受けることになる。

距離の近さだ。

さな会場だと、一番後ろでも表情がわかる。目が合う。

Twitterでリプを送ると反応が返ってくることがある。

出待ちイベントで直接話すことができる。

そしてそういう事を繰り返していくうちに、相手自分を覚えてもらえる。

自分存在相手に影響を与えているということがあんなに嬉しいとは知らなかった。

そして、そういった体験は私をどんどんaさんに夢中にさせていくことになった。

当時を振り返って、私がaさんという「沼」の深みにはまってしまった原因はなんだったんだろう?と最近考えることがあったのだけれど、決定打(致命傷というべきか)を与えたのは「チケット」かもしれない。

私は、チケットを取るのが上手かった。

Aは規模が小さいのでチケット完売することはまずない。

なのでいつ買っても良いのだが、同じ席種のチケットでも優劣があるのは良く知られている事だと思う。

まり、「より良い場所で見られるか否か」。

座席が決まっているものでも整理番号入場で自由席でも、基本的には先着順で良いチケットは無くなっていく。

そしてそれは運の要素ももちろんあるのだが、先着順で先頭になるテクニックというもの存在する。

決して特別なことではないのだが、私はそれをするのがどうも一般的な人よりは上手かったらしい。

Aの公演に通い始めてしばらくして、初めてチケットの発売日にチケ発をしたら最前列でみれるチケットが取れた。

本当に特別な事はしていないので驚くと共に、私は不安に襲われる。

どんなジャンルでもそうだと思うのだけれど、最前列は熱心なファン、「強火」なファンが多いものである

そんなファンの中に、まだにわかな私が入っていっていいものなのだろうか。

いじわるをされたりしないだろうか。

そんな不安は、当日公演を見たらすっ飛んでいってしまった。

遮るもののない視界。

手を伸ばせば届きそうな距離

しっかりと私宛と認識できるファンサービス

やっべちょうたのしい。

こうして私は、だんだんと公演を見に行く回数が増え、「前方で見ること」にこだわるようにもなっていったのだった。

それから1~2ヵ月経つ頃には、一般的に「追っかけ」というレベルになっていた。

公演には9割方行っていたし、その大半は前方数列以内で見ていた。

地方の公演にも行くようになった。

出待ちも毎回するようになった。

そうするうちに、aさんもAに所属する他の演者も私の事を覚えてくれて、お互い軽口を叩ける位の関係性になっていった。

そうなるともうやめられない。

結果として私は、1年間に70~80公演、イベントも含めると100回近く、それくらいのペースでaさんに会いに行くようになった。

どんなに時間や体力や懐が厳しくても、会いに行くことをやめられなかった。

その頃の生活についてもさらっと触れてみる。

1~3年目は大学生だったので、公演がない日は隙間なくバイトシフトを入れ、単位を落とさない程度に授業に出ていた。

キャリーバッグを持ってバイトに行き、終わり次第夜行バスに乗って地方公演に行ったり、

地方公演に行った後空港徹夜して、始発の飛行機で戻りそのまま大荷物大学に行ったりとなかなかアグレッシブだったと思う。

就活は一応した。就職を機に追っかけをやめようと思っていた。

しかし、結局就職先が決まらずにフリーターをしながら資格勉強をする道を選ぶことになる。

名前が書ければ入れるような大学ではなかったことと、その年の就活事情が「氷河期よりひどい」と言われるレベルだったことを一応言い訳させてほしい……首都圏大卒初任給額面15万(残業代出ない)の求人を蹴ったのは間違いではないと思うんだ……。勿論私が追っかけにかまけて就活を真面目にしていなかったことが一番の原因なのだけれど。

何となく察していらっしゃるかと思うが、フリーターになったことで追っかけはとてもしやすくなった。

よく働いた。そして給料は全てaさんのために。

2年後にようやく就職するまで、私は大学生の時以上に追っかけに精を出すことになってしまったのであった。

なお、資格は3ヶ月で諦めている。費用は全て自分持ちだったので勿体ないことをした。どうせならその費用を追っかけに使えばよかったと未だに思っている。

aさんの追っかけをしていたのは正味5年間くらいだと思うのだけれど、その内4年間くらいはずっと「強火」だったんじゃないだろうか。

さっき、「公演には9割方行っていたし、その大半は前方数列以内で見ていた。」と書いたが、前方数列以内では基本的に満足せず、最前列をいつも狙っていた。

理由は色々ある。

誰よりも近くで見たかったし、他のファンが目に入るのが嫌だった。

それに、最前列にいると「誰よりも近くにいる」という優越感も出てくる。

しかし、まあ、そうなってくると問題も色々起きてくる訳で。

Aでは、最前列で見ている面子ほぼほぼ固定されていた。

その面子の中にはもちろんaさんの他のファンもいる。

中にはAの他のファンと結託してチケットを取っている人たちもいたから、その戦争に打ち勝ち最前列を勝ち取るのは大変だったし、自力で良いチケットを取って最前列でみれたはいものの、他のファンから嫌がらせを受けて楽しめなかったりもした。

それでも、私はaさんを近くでみたかったし、元来勝ち気で負けず嫌い性格なので嫌がらせなんぞに屈する訳もない。

しろ火がついてより一層チケット取りに力を入れることになる。

テクニックで取れる先着順のチケットも、万全を期すために代行業者に頼んだりした。

抽選販売保険をかけて何口も申し込んだ。

手売りのチケットで順番がランダムになっていた時は30枚、50枚、100枚と良席が出るまで買い続けた。(流石に毎回は出来ないが。)

余ったチケットは定価か定価以下で譲りに出していたけど、譲り先が決まらなくて手元に結局残ってしまったことも少なくない。

今でも実家掃除するともぎられていないチケットの束が出てきたりするのはそのせいだ。

もう使えない意味の無いチケットなのに、なぜか捨てられない。

一応金券だからだろうか。いや、多分理由は違う気がする。

私が100枚買ってもチケット完売しないような状態だったから、きっとAにとっては良いお客さんだったろう。

おかげでAの演者たちから、私はそれなりに気に入られていたと感じている。

まあ、客だから悪く扱われないのは当たり前なのだけれど、他の「強火」のファンの中には割と問題児もいたりしたので「相対的に」ということだと思ってもらえればいい。

その問題児についても沢山書きたいことがあるのだが(なんせ面白い話が沢山あるのだ)、長い話になるため、まだ本題にも辿り着けていない今回は自重したい。

詐欺」と「下肢静脈瘤」と「亀によく似ている」いうキーワードだけ置いておくのでもし増田でいつかそんな記事を見かけたらその時は宜しくお願いします。

話を戻す。

私はaさんから、他のaさんファン比較して1番良い扱いを受けていたと思う。

相対的に見てまとも」

「他のファンと揉めない」

「毎回来てくれる」

チケットを沢山買ってくれる」

「気の利いた差し入れ(時に高価なもの)をくれる」

これなら気に入られるのは当たり前なんだけれども。

当時の私も、その事は理解していた。

理解していたからこそやめられなかった。

やめてしまえば、今の「特別扱い」は無くなるとわかっていたかである

私はそのポジションを守るために必死だったから、やってみて評判が良かったことは続けるようになってしまった。

チケットは、もう良いチケットを確保していてもまだ沢山残っていたら追加で買った。

差し入れは、たまにaさんだけではなく他のAの人にもさり気なく配って他の演者から評価も下げないように気をつけた。

他のaさんのファンとも積極的交流をもち、仲良くした。

出待ち自分が話す時間が無くなっても、他のaさんのファンの子を「話しに行っておいで」と送り出した。

全部、最初は打算なくやっていたこと。

たまたま、友人を誘う予定ができたから追加でチケットを買っただけ。

たまたま、お礼をしたいことがあったから他の人にも差し入れを渡しただけ。

私が他のaさんファンから嫌がらせを受けたことがあったから、私はaさんファンに優しくしてaさんファンを増やしたかっただけ。

でも、それに「ありがとう」と言われてしまうと、やめるのが怖くなり自分をどんどん追い詰めていくようになる。

それでも、自分特別だと思っていたし、自分が好きでやっている事だから何も気にならなかった。

けれど、

例えば、自分がどうしても譲れないと思っていた公演で最前列を取れなかった時。

例えば、自分はされたことのないファンサービスを他の人にしているのを見た時。

例えば、相手の機嫌が悪くて冷たくされた時。

_______辛かった。苦しかった。しんどかった。

Aの、aさんの熱心なファンが増えていくほど、そういう事は増えていった。

違うか。

私が、そういう事を前より気にするようになってしまっただけだ。

(だってAの客は5年間で殆ど増えなかったんだもの)(新顔が増えるのと同じくらい前からファンが離れていったから)

自分が強火になればなるほど、その火力は沢山の利益をもたらしたけど、それと同時に私の精神は焼け爛れていった。

幸いにも、5年間の間にAの他の演者ファンで、私と同じようなスタンス応援している信頼できる仲間ができて、その子達と相談したり協力しあっていたか孤独ではなかった。

これが辛いと愚痴を零せば「わかる、私もね……」と話をしてくれ、お互い慰め合い励ましあって。

1人でないことがどれだけ心強かったことか!

けれど、aさんはAで一番人気で一番ファン問題児が多くて一番気分屋だったから、他のみんなより私は苦労することが多かった。

事実はどうあれ、少なくとも私はそう思っていたので、その結果

「みんなはいいよね、私なんか……」

と思う事も一度や二度ではなかった。

その頃にはもう、お金を稼ぐ時間とaさんに会いに行く時間以外はなくなっていったし、稼いだお金はいくらつぎ込んでも足りなかったから、友人からの誘いも断ることばかり。

元々私は多趣味で他にやりたいことも沢山あったけどそんな余裕はどこにもなくて、私の世界はどんどん狭くなっていく。

そしてそうなればなるほど、「私にはaさんしかいない」という盲信は強くなる一方……

舞台の上のaさんをこれからもずっと見ていたい、応援していたい」

そう思って走り始めたはずだった。

それだけならそんなに苦しい道では無かったかもしれない。

けれど、道の途中で美味しい果物を見つけてしまって、気が付けばそれを探さずにはいられなくなってしまった。

道端に落ちていたりたまたま貰えたりすることもあったけれど、いざ探し求めるとその果物は高い木の上や険しい崖の上にあった。

手の届く所にあるものだけでは我慢できなくて、傷だらけになりながらそれを取りに行った。

同じaさんのファンを妬み、仲間を羨み、時にaさん本人すら呪い、正解も終わりもない「特別扱い」を求めて自分を追い詰めていった。



そんな日々の終わりは、意外とあっけないもので。

他のファンに、私が取った最前列の一番いい場所理不尽横取りされたというだけのことだったんだけど、そこで「あ、もういいや」となってしまった。

普段ならそれくらいのことで折れたりめげたりしないのにあの日はなんだったんだろう。

まあ、そんなこんなで私は頑張るのをやめた訳です。

徐々に公演に行く回数も減らして、就職をすることにした。

完全にファンをやめた訳ではなかったけれど、頑張らないというだけでとても気持ちは楽になった。

そうなると公演ものんびりと楽しめるようになる。

どういう訳だか、頑張っていた時のような興奮と感動を味わうことはなくなってしまったのだけれど、穏やかな気持ちでaさんを見られることは悪くなかった、と思う。

特別扱いは無くなるだろうと思っていたけれど、意外なことにそんな事はなかった。

たまに公演に顔を出せばいつもファンサービスをくれたし、たまに話す機会があっても今まで通り。

「そんな事をしても、もう前のようには頑張らないよ」

と言ったことがある。

しかし、そんなつもりはないと返ってきた。

それも含めて営業かもしれないが、私の5年間は一応何かしらの成果を出したのかも知れなかった。

そんなこんなで数ヶ月が過ぎた頃、aさんは突然Aをやめた。そのジャンルからいなくなり、普通の人になった。

最後の公演を観に行くことはなんとなくしなかった。その必要はないと思った。

そういえばその時、aさん宛にメッセージを集めたいとaさんファンの子に言われたけれど、それは断ったのを覚えている。断った理由は忘れてしまったけれど。

こうして、私とaさんの5年間は終わった。




随分と長い昔話になってしまったが、最初の話に戻ろう。

今私は、ある声優さんファンをしている。

去年、友人に勧められて見たアニメで好きになったキャラクターの声を担当していたのがその人だった。

その当時、中の人に興味がなかったので、本来であればそこで終わる話だったのかもしれない。

なのだが、そのアニメきっかけで2次元に出戻り、色々なアニメを見たりアプリゲーをするようになって、その声優さんキャラに惹かれることが多いことに気付いた。

まりにもその人が声を当てている子ばかり好きになるものから、その人の他の出演作を見てみたくなった。

その人本人にも興味が出た。

そんな感じでなんとなくそ声優さんを気にかけるようになって、やがて

「もしかしたらファンなのかもしれない」

と思うようになる。

出演作を追えば追うほど、ラジオやなんかで人となりを知れば知るほど、その人を応援したい気持ちは増していって、

ついに自分がその声優さんファンだと認めざるを得なくなった。

そしてここから、この記事の本題である私の悩みが始まる。

(そう、なんとここまで全て前置きなのである)

私は、「強火」なファンしかファンの形を知らない。

普通の温度で応援するやり方がわからない。

けれど、もう私はどんなジャンルであれ「強火」にはなりたくないのだ。

aさんを追いかけていた頃より歳をとってしまった今の私には、あの頃のような体力も行動力もない。

嫌な思いをしてもその人に会いに行くために全力を尽くすという気概もない。

もう、あんしんどい思いはしたくない。

更に、もし今その声優さんをあの頃の私の温度で追いかけようとした場合時間費用も体力もあの頃とは比べ物にならないだろう。

300人キャパの会場が埋まらなかったAと、売れっ子の若手声優さんでは色々な規模が違いすぎる。

イベントチケットを取ろうとしたってあの頃のようにほいほい最前列が取れるわけもないし、そもそもチケット自体激戦で取れないことだってある。

リプを返してもらえたり、出待ちやなんかで直接話す機会が沢山あったaさんとは違うのだ。

この先その声優さんファンをやってて、果たして直接話せる機会なんて来るんだろうか。

そう、つまり、あの頃と同じことは実際問題不可能

そんなことは私のスッカスカの脳みそでも理解している。

理解しているのだが。

では、どうやってファンをしたらいいのだろう。


ファンである自覚してから、最初に興味を持ったのは声優イベントだった。

元々「見に行く」ジャンルにいたせいだろうか、直接本人が見れるイベントに行きたくてたまらなくなったのである

正直悩んだ。

イベントに行く=ガチ勢、というような印象があったし、aさんを追いかけていた頃の悪い癖が出そうで嫌だった。

間違いなく、行けば深入りするきっかけになってしまいそうだと思った。

けれど、誘惑にはめっぽう弱い私なので、結局、とあるイベントに行ってしまった。

悩んだが、行ってよかったと思っている。後悔はしていない。

「うわーーー生きて動いて喋ってるーーーキャーー」

というクソみたいな感想しか出てこなかったが、実際に生で喋っているその人を見れて嬉しかったし、話し方や表情の動きを見ているだけで本当に楽しかった。

けれど、危惧していた悪い癖は案の定バドバ出てしまう。

その悪い癖というのは、他のファンを観察してしまうこと。

その人の服装、持ち物、連れと来ていればその関係性と会話の内容、

どの程度必死ファンなのか、人間性はどうか、マナー違反をしていないかファンサービスをされているか……など。

まりは、

「あっ、今あの人わかりやすファンサされた。最前列にいるし言動からして熱心なファンのようだし、もしかしたらあの声優さんから認知されている常連のファンなのかもしれない。やだなー、あの人さっき友達割り込ませてたじゃん、そんな人がファンサ受けるなんて……」

というようなことを考えてしまうということである

Aを見に行っていた当時は、

見ない顔があれば観察して、誰のファンなのか、aさんに認知されているのか、どの程度の頻度で来ているのか、最前列を狙うようなファンだろうか、迷惑行為をしたりするような人ではないだろうか……

と、毎回そんな感じで他のファンを観察していた。

観察する理由は色々だが、「知らない人がいるのが嫌」ということにまとめられる。

aさんのことはなんでも知りたくて、それは「どんなファンいるか、そのファンにどんな対応をしているか」という点についても同様だったのである

そして、観察対象自分比較して不安になったり安心したりするのが常であった。

その癖は対象がかわっても治らなかったようで、私はその日、他のファンを観察しては一喜一憂していた。

その声優さんファン層やファンサの仕方を知りたい、という好奇心だけならよかった。

けれど、自分よりも熱心で、沢山その人に会いに行っていて、更に自分より前列で見ている相手がいると勝手に妬み、勝手自分卑下して、勝手に傷ついてしまう。

そんな事をしても無意味なのはわかっている。

「好き」という感情を他人比較することも自分の定規で他人のものまで測るのも、無意味で無様で失礼なことだ。

またマウンティングゴリラになってクソの役にも立たない優越感を味わいたいのかもしれない。マウンティングする力なんてもうないのに。

こういう気持ちを打ち明けられて、相談できる同じ趣味の仲間がいたら、と思う時がある。

けれど、同じ人のファンとは表面上の付き合いしかできる気がしないし、例えば違う声優さんファンだったとしても、過去の私は違う人のファンにまで嫉妬をしてしまっている。

そもそも、こんな面倒臭くて考え方が危ない人間であることを受け入れてくれる人がどこにいるんだろう。

なので、声優ファンの友人を作るのがとても怖い。

先日、同じ声優さんファンの方からTwitterで声をかけられ相互フォローになったが、とても窮屈な気持ちになっている。

私の不用意な発言でその人を傷つけてしまうかもしれない。嫌な思いをさせたくない。

私のこんな澱んだ感情は隠し通さねばならないと思い、息が詰まる。

もうひとつ厄介なのが、Aを追いかけていた頃に培った技術がどうもこのジャンルでも多少有用らしいこと。

最近は二回連続イベント最前列を取ることができたし(これは指定席抽選ではないやつ)、ちょっと取りにくいチケット普通に取れた。

運による要素もとても多いのだが、つい「 このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2017-06-25

https://anond.hatelabo.jp/20170624233515

ブコメにあるがアルアル言う中華娘はほぼ絶滅したな。銀魂のおかげでギリギリ存在認知されてる状態

綾波型(長門型?)のクールな無口キャラも居なくなったわけじゃないがこれも希少になりつつある。

ルイズっぽいツンデレギャグ扱いのネタキャラなっちゃたなぁ。CV釘宮だとなおさら。これも無造作に出して凄い勢いで消費したせいか

流行ってる属性って何だろう。オタク引きこもり女子辺りはそろそろ陳腐化してきたか

https://anond.hatelabo.jp/20170625204913

マンコによって認知が歪められた状態で好きになった音楽なんて語られても

なんの参考にもならんのだが

どうしてこういうやつってみんな自信満々で語りたがるの?

2017-06-24

レクリエイターズ好きなので他作品が出てきたらどうなるか妄想

イカ娘侵略!イカ娘

軍服ちゃんにコロっと騙されて意気揚々秋田書店に殴り込むも既に完結してると知らされショック

その場であっさりセレジア達に掴まる。イカスミにまみれるセレジアさん

作者から作品に込められた思いを聞かされ和解

ふしぎ研究部を読んでこきおろす

 

斉木楠雄@斉木楠雄のΨ難

作中でメタネタ豊富だったためすぐに自分の状況を把握

路線変更したところで打ち切りになるのがオチと達観

超能力によって元の世界に戻る方法を思いつくがうっかり松原を石化してしまい敵と誤解され面倒なことになる

作中殆どモノローグで喋っていたため癖でついテレパシーで話してしまう(読者の「実は普通に喋れる」という設定への認知度の低さが影響)

 

殺せんせー@暗殺教室

喩え虚構として作られても自分過去や生徒との思い出は受け入れるスタンス

中世界との物理法則の差により作中よりスピードは下がる

レジアさんのおっぱいメロメロ

地球が滅びる可能性を危険視した総理大臣現実兵器秘密裏に接触していた他の被造物、マガネまでも巻き込んだ暗殺プロジェクト始動

最期は誰かを助けるために限界を超えるスピードを発揮し、世界に弾き飛ばされて消滅

 

詠矢空希@ネットSS

フィクション現象に難癖をつけ反論されなければその通りになる」という空想科学読本化みたいな能力を持つ

マガネと組んで同時に同じことを言えば反論の有無に関わらず一方的攻撃可能

最後はマガネに切り捨てられて消滅

2017-06-22

https://anond.hatelabo.jp/20170620235535

専門家ではないので参考程度にしてほしいけれど、

短期と中長期の対策を思いついた。

1.短期対策

反応がピーキー(過反応)になっているようなので、

なるべく体・心を鈍くする。

反応が来たら、いつもより動き自体を遅くしたり、

呼吸をゆっくり・深くする、

ゆっくり頭の中で足し算をする等。

鬱での自殺なども少し回復した際に一気に実行してしまうこともあるようなので、

なるべく瞬発力で動かない。

2.中長期的対策

信頼できるカウンセリングコーチングを見つけ、

継続的に通う。

内容を見て、あなたの「世界」の認識認知がずれているように

見えた。

何かしら「世界はこうなっていて、私はこうあらねばならない」という強い思いが

あなたにつらさをもたらしているのでは。

認識認知のずれは丁寧にあなたの話を聞いて、

補正してくれる専門家必要だと思いました。

2017-06-21

アニサマレギュレーションに端を発した『コール禁止論争』について

少し時間が経ってしまったが、アニサマレギュレーションに端を発した『コール禁止論争』について持論を書き殴ってみる。

中立立場で書いているつもりだが、中立ゆえに少々過激な内容となってしまっているのでご了承いただきたい。

自己紹介

興味なければ読み飛ばしてください。

私自身はアニソンライブに年15~30回程度参加して10年以上になるアラサー男性である

最近では特定タレントを追いかけるというよりも、作品推しスタンスで参戦する事が多くなっている。

渦中のアニサマについては代々木時代に1回、さいたまスーパーアリーナに箱を移してからはほぼ毎年参加している。

いわゆるオタ芸については遠い昔に嗜んでいたこともあったが、色々あって今では現場で打つことはない。

それゆえに近くでオタ芸を打たれることや過激コールに対しての嫌悪感は他の参加者より小さいほうだと自認している。

この論争における一番の問題点

この件の一番の問題点は、『言葉定義曖昧であること』だと感じている。

人間というのは文章を読んだ際、自分に都合の良いように解釈する動物だと常々思っており、「周囲への迷惑となるコール」だとか「いわゆるオタ芸」なんていう曖昧言葉を使っている限り、全員が納得する形で議論収束することは永遠にありえないと断言できる。

オタ芸」の定義

ネット上でこの件について言及している方の意見に目を通していて気付いた事として、オタ芸に見識のある人の言う「オタ芸」と、オタ芸に疎い人(忌避する人、規制する側の人を含む)の言う「オタ芸」にズレが生じている事が散見される。

(余談だが、「オタ芸」と「ヲタ芸」は異なるものだ!という意見も見かけたが、個人的には表記ブレ範疇かと考える)

例えば、オタ芸の一つに「タイガー」というものがある。(タイガーファイアー…と叫ぶアレとは別物なのであしからず

これは、直立不動で動かずにステージ演者に熱い視線を送る行為のことを指し、虎視眈々と獲物を狙う虎の様相語源としている。

参考⇒https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%BF%E8%8A%B8

オタ芸禁止と明示された際に、オタ芸を嗜む人が規制側に対して「タイガー」もしては駄目なのかと質問すると、

「ここで言うオタ芸とはそういう言葉遊びの事ではなく、腕を大きく振りまわす等の迷惑行為の事を指している」という回答が返ってくる可能性が極めて高い。

(誰とは明言しないが、実際にそういう回答をした人を見かけたことがある)

オタ芸忌避する方々もこのような一見不毛と思われる似たようなやり取りを見たことがあるのではないか

ここで私が疑問に思うのは、オタ芸に見識のある人が「タイガーオタ芸」と定義しているのに対して、

オタ芸に疎い側が「タイガーオタ芸ではない」と断定し、あまつさえその認識のまま公のレギュレーションに明言してしまう。

このいい加減さ、傲慢さは何だろうか?

前項にも記したが、人間とは自分に都合の良い解釈をしてしまものである

運営もっとオタ芸勉強しろ!などと言う気は毛頭無いが、せめてこの差を認識し、万人が納得できるような言葉使いを意識して頂きたい。

『周囲への迷惑となるコール』とは何か

自己紹介でも述べたが、私は過激コールに対しての嫌悪感はあまり感じないほうだ。

平たく言ってしまうが、近くでイェッタイガーと叫ばれても全く不快だとは思わない。

(もちろん綺麗にキマっている事が前提だが)

一方で、広く浸透しているが私は不快だと感じるコール存在する。

具体的に一例を上げるのであれば、THE IDOLM@STERAメロの「フワ*4」が有名だろうか。

少なくとも2ndライブぐらいまでは裏打ちで「ッハイ!ッハイ!」だったが、いつの間にか前述の「フワ*4」に変化し、定着していた。

Aメロで「フワ*4」を入れること自体比較的珍しいゆえに型破りの感があり、個人的には当時のコールの方がしっくりきており、現場現在主流のコールを聞くといまだに強烈な違和感に襲われる。

乱暴に言い換えると、私の周囲で「フワ*4」する行為は『周囲への迷惑となるコール』に他ならない。

今回主張したい事とは主旨がズレるため、この曲のコールとしてどちらが正しいか・相応しいかを論ずる気はないが、そういった考えを持つ人がいることを知っておいてほしい。

結論としては、『周囲への迷惑となるコール』という言葉は非常に曖昧で、個々人によって定義がまったく異なるという事である

前項と同じく、万人が納得できるような言葉で記さないことには根本解決には至らないだろう。

ライブイベントにおけるコールに対する持論

最後に、ライブイベントにおけるコールというものに対して、持論を述べさせてもらう。

コールという文化地域風習によって異なる『言語』に特性が似ていると感じている。

遠い異国に行けばまったく異なる言語コミュニケーションを取っていたり(V系ヘドバンあたりが顕著だろうか)、

別の地域や閉じられたコミュニティには『方言』や『スラング』というもの存在する。

若者言葉が時を経て全ての世代に定着するように、コール時代とともに少しずつ変化している。

かつてPPPHアイドルライブから声優ライブに輸入され定着したように、時には外来語が定着することもあるだろう。

よく話題に挙がるイェッタイガーも新語の一つとして認知を広めつつあるが、使い勝手が悪ければ大衆には根付かず廃れる、

あるいは一部の人けが使用するスラングのような立ち位置になるのではないか、などと根拠もない憶測をしている。

自身が新しい言葉を使わないまでも、古きに固執し、新しい文化を受け入れない頑固な人物

いわゆる『老害』そのものではないだろうか。

自分自身が変化を受け入れられていないことを棚に上げつつ理想を言わせてもらえば、文化の違いを認識し、変化を受け入れる柔軟さを持ち合わせた上で、それぞれ自分スタンスで好きなようにライブを楽しめればみんな幸せになれるのになぁ…なんて思っている次第だ。

自分の話ができない

社会人になってもう2ヶ月が過ぎた。

いつも片手で足りるくらいの同僚と昼飯を食べてるんだけど、

全然自分の話ができない。

自分の話ができないっていうのは、自分趣味生活仕事状態とか、

自分はああだ、自分はこうだ、っていう発言他人にできないということです。

同僚はいつも自分趣味の話や土日の過ごし方を紹介している。

ひどい時なんて他人話題自分趣味に置き換えて会話をさらってく。

いつも思う。なんで他人が興味あるかもわからない自分のことばかり話せるんだろう?

なんで別の人が話していた話題さらってまで自分の話をできるんだろう?

自分の話ができないって言ったけど、

本当は自分の話をしたい。

だって趣味の話ばかりしている人には同じ趣味の人が寄ってくるし

そういう人だと認知されて趣味話題を振られることが多くなる(はず)。

土日の過ごし方を話す人には同じ過ごし方の人が寄ってくるし

運が良ければ一緒に過ごしてくれる人が現れるかもしれない。

はいつも笑って頷いてるか、話を展開するか、質問するか。

でも最近気が付いた。

私が自分の話をしないのは、皆の自分語り死ぬほどつまらないと思っているかだって

から私が自分の話をしても、他人は私の話をつまらないと感じるだろうと思ってる。

まらない。あーほんとにつまらない。

あなたクラゲの話もバンドの話もダイエットの話もつまらない。

それなのに私はあなたがどこの水族館クラゲが良いと思ってるか知ってるし、

私はあなた最近買ったベースの値段を知ってるし、

私はあなたダイエットの話ばかりする割に休日ゲームと寝だめしかしてないことを知ってる。

どれもつまらない。

私の趣味休日の過ごし方を知ってる人はいない。

でもよく考えたらこんなこと思うのって会社だけなんだよな。

家族恋人も古い友達もこんなこと思わない。

ひえー

差別意識などそう簡単になくなりなどしない

それを社会的圧力によって、表に出すのは収容所に送られるリスクがあると認知させて取り繕うようにさせるだけ

https://anond.hatelabo.jp/20170621171642

なんじゃそら。そんな言葉遊びみたいなことしてねぇんだけど。

わかってねーなー。

俺は「ラノベ」を網羅的に定義しようとしてるんじゃねーぞ。

客観的に見て、少なくともこれくらいはラノベ範疇に入るだろうという、限定された範囲を示しているだけだ。

何度か書いたけども、端的に言えば

ラノベレーベルだと認知されているレーベルから出版する作者は、その作品ラノベだと認識して書いた蓋然性が高い」

「本人がその意図である認識され、かつ明確な反証がない場合は、本人の意図通りラノベとして処理するのが常識的対応

という常識に沿った理屈を言っているわけ。

からもちろん、ラノベレーベルかどうかの判断に迷うような出版元は、ラノベかどうかの判断はできないし、

ラノベレーベル以外のラノベもあるだろう。

しかし、少なくともガチガチラノベレーベルだと認識されているところから出版されたものについては、ラノベと認めるのが妥当という話をしているだけだ。

https://anond.hatelabo.jp/20170621090729

一部被っているのと包括しているのとは全然違うぞ。

ラノベ児童文学かの判断が難しい作品があることで、ラノベ児童文学というカテゴリを包括しているなんてことになるわけがない。

先にも言ったが、網羅性を追求しすぎれば該当率が下がる。結果としてジャンル分けそのもの有効性がなくなる。

該当しそうな作品がいくつか見つかっただけでそのジャンル内包できるなら、ミステリなんかは世の中に出回っている小説ほとんど全てのジャンルカバーすることになる。

でもそれじゃ、「ミステリ」というカテゴリ自体機能しなくなるんだよ。


まあそういう話を置いといても、俺は現状「児童文学ラノベ」と世間認知されているとは思っていないし、君の中で「児童文学ラノベ」ならもう定義乖離しすぎていて、すり合わせる必要性すら感じない。

anond:20170620235535

少し前の自分もそうだった

と言うか対人恐怖気味にまでなってて、買い物一つするのも気を遣いすぎて疲れる程。

昔の嫌な思い出が蘇っては落ち込んだり怒りが湧く事もしばしばだった。

それをフラッシュバックと言うのかな。

そこから脱出出来たのは、とある本を読んだのがきっかけだったかな。

支配されやすい人々とかそんな感じのタイトルだった。

読んでいくうちに、他人軸で生きてる自分に気づいてきた

他人評価が全てだから、叱られる度に自分が悪い人間だと思ってしま勘違い

でも本当は自分軸で生きるのが正しい事らしい。

他人評価って間違えてる事が多いから、自分軸で生きるとぶれなくなると。

そう言う認知の歪みに気づいたのが第一段階だった気がする。

そこから他に気づく事がワラワラ出てきて

例えば他人神格化し過ぎていた事とか、そこまで他人軸にするほど相手価値のある人間なのか

自分はそんなに価値がないのか?相手と同程度じゃない?

なぜ奴隷みたいに従属してんの、私?とか。

ノート自分の悩みを書き出して、読み返してみると自分客観視出来る事にも気づいて

それを繰り返してるとまたどんどん認知の歪みに気づいていった。

他人の悩みは的確に考えられるってよく言うけど

ノートに書くことで他人の悩みを考える時同様に考えて見ることが出来た

こう言うのを繰り返して、少しずつ楽になっていって

対人恐怖みたいなのも消えて行ったと思う

インフルエンサー増田

さっき消費者庁RSSフィードを見てたらこんな記事があったんだ。

岡村消費者庁長官記者会見要旨(平成29年6月14日(水))|消費者庁

記者

消費者庁の重大事であるとか、非重大事であるとか、注意喚起であるとか、そのウェブサイト認知度を聞いたところ、

80%から90%が知らないという回答だったと。

例えばリコール対象製品であったとしても、重大事故は年間100件前後で発生していることであるとか、先程の健康情報についても、

食品安全情報にしても、今日スタートされますけれども、どういう内容であるかということは関心が高まると思うのですが、

何よりもこのウェブサイト認知度を上げるため、つまり社会的共有を図るためにどうしたら良いのかということについての検討とか、

委員会に任せるだけではなくて、消費者庁としてはどのような思いでしょうか。

長官

例えばエンターテインメント系のインフルエンサーの方たちにこの消費者庁サイトを知っていただくこととか、少しこれまでと違ったアプローチも含めて

考えたいと思っており、今、工夫をしようとしているところです。どうぞ皆様方のアイデア・ご教示大歓迎いたしますので、よろしくお願いいたします。


エンターテイメント系のインフルエンサー」だとよ。

分かるよな?これはまさに増田の事だ。

国会まで轟く「日本死ね」を皮切りにインフルエンサー増田歴史は始まったと言っても過言ではない。

良いネーミングだよ。インフルエンサー増田

メガドライブみたいに90年代ギラギラした野心を感じる名前だ。

良いじゃないの。ご教示してやろうじゃないの。

なんて言っても大歓迎されてるしね。

まずは俺から提案

なんちゃってインフルエンサーに高い金を払うのはやめろ。

それは税金だぞ。

本物のインフルエンサーなら良いが、その本物はまずどこにいるんだよ。

そうだよ、俺達しかいない。

俺たちで出来ないならもういっそクジラックスにでも依頼すれば良い。

さあ他の増田たちも続け。お前たちのクソ汚い白濁としたインフルエンスを発射するんだ。

2017-06-20

https://anond.hatelabo.jp/20170620224253

んー、それは独立ではないよ。

ラノベレーベルから出す」という態度は、これはラノベですよ、というコードを守っていると判断される。

なので、その3つはもともと不可分の話。

ただし、ラノベ歴史よりも長くトップクラス作家をやってきた筒井みたいな作家パブリックイメージは、さすがにラノベコードよりも優先される。これは作家らしさ、というより著名人形成してきた独自コードの話だな。

この辺は、小野不由美ラノベ認知されにくい話に近い。

https://anond.hatelabo.jp/20170620205631

俺としては「作家がどう思ってようが俺がラノベと思えばラノベ」というところに重心があるんだけどな。

いやしかし、MW文庫から出している作家自作ラノベだと思っているのか?

MW文庫がなんと言おうが俺はラノベのつもりで書いているよ」という作家想像やすいと思う。

それなら逆に「電撃文庫ラノベと思われてようが俺はラノベを書いているつもりはないよ」という作家がいるのも想像できるよな。

もちろんMW文庫が読者からラノベレーベル認知されているかにも議論余地があるけれど。

https://anond.hatelabo.jp/20170620184622

ま、ヴィジュアル系バンドが、自らをヴィジュアル系ではない、という例はあるしな。

まあブランドコンセプトととしてラノベを名乗らないようにするのは理解できるけど、やってることは「ラノベらしいもの」の出版じゃん。

ただこの場合、話の重心が違う。

電撃がそう名乗っているいないにかかわらず、電撃はラノベレーベル認知されている。そのラノベレーベルから本を出す作家は、ラノベのつもりで出していると認めるのが妥当だ。違うか?

https://anond.hatelabo.jp/20170620123209

「誰もが認める名作」ってのは、「今更一個人否定したところで、評価が覆らないくらいに肯定的評価確立されたもの」って感じの意味でしょ?

人の好き嫌いはさておいても、どうあれ認めざるを得ない評価というものはある。

からこそ、まったく興味ないクラッシックも「誰もが認める名曲」として認知するし、何が良いのか分からない絵画に対しても「誰もが認める名画」として処理できる。

どうでもいいが、前者ならスレイヤーズハルヒよりも優先してSAO禁書が挙がってくるだろ。

スレイヤーズハルヒ時代象徴として挙げられるものであって、作品単体で名作かと言われると「?」がつく。

重要作品」ではあるけどね。

https://anond.hatelabo.jp/20170620115715

拘っているというか、元増田のお題も普通に成立しているだろうに、成立していないという話をされたら、おいおいそれは違うだろと言いたくはなる。

それだと「誰もが認める」は成立しないんだよなあ。認める人間多寡考慮するなら売上のほうが妥当

みたいなことはなくて、さほど売上がたってなくても、名作として認知されているものはある、っつー話。

https://anond.hatelabo.jp/20170620102910

んなこたーねぇよ。

実物を見たことがなくても名画と呼ばれるものは名画だし、読んだことがなくても名作は名作として認知されている。

罪と罰」を名作だと認める人間のうち、何割が本を読んだことがあると思う?

「名作だという評判」はそれ自体が独り歩きするんだよ。

年上の部下、男のプライド

既婚子無しロスジェネ女の、ある種のグチ。

実力を買われ、数年前からプレイングマネジャーとして「部下」が数十人いる。「部下」の半分は年下、残り半分は年上の社員だ。世間でもブラック認知されている業界なので、多くの女性は耐えきれず、年齢とともに離脱していく。なので業界歴の長い年上の社員たちは、大半が男性だ。

私の年上の「部下」たちは、団塊ジュニアからバブル世代まで。正直なところ、ついこの間まで先輩だった彼らの「上司」として振舞うことに、初めは馴染めず、戸惑っていた。しかし、人間は慣れる。最近は、相手に年長者として一定の敬意を払いつつも、こちらの要求ははっきり伝える「コツ」みたいなものを身に付けた。もちろん、慣れたのは私だけではない。「部下」の方も、自分を追い抜いていった小賢しいブスを「上司」として扱う忍耐を身に付けた。プライドの一部を犠牲にし、会社員として組織の決定に従った。当たり前のようで、なかなか辛い事だったろう。彼らには、その点で感謝している。

問題は、最近加わった「年上の部下」である。「自分より若い女」に追い越されたという実体験を持たずに、女がリーダー組織に後から付け足された若めのオッサンである。彼らは、もれなく「年下の女上司」を舐めている。あからさまな態度でなくても、彼らの潜在意識から「年下女の言う事なんて聞いてられるか」という嘲笑が滲み出してくる。厄介なことに、彼らは女を蔑視しているつもりは全くない。ごく自然に悪意なく「女の言う事に聞く価値はない」という態度を垂れ流してくる。

そんな態度を取られては正直残念だが、業務に支障がないなら私も我慢できる。私のミッションはチームの業績を上げる事だから、多少腹が立つ態度でも、結果を残してくれるのなら何とか目を瞑ろう。しかしながら、「年下の女上司」の忠告を聞かないオッサンは、顧客ニーズを汲み取るのも下手だ。人の言う事も聞かず、人に尋ねることもせず、顧客に的はずれな提案をして白けさせた挙句が「教えてくれないから」とはどういう事か。何か、お前のその下らないプライドを慮って私に上手く立ち回れと言うのか。

まあ、私は業績が大事から上手く立ち回って、オッサンのクソみたいなプライドを真綿に包むようにしておだて、何とか上手くやれるように気を使ってやる。オッサンが私のお陰で上手くやれて、それをあたかも自らの実力と機転かのようにふれて回るのも、黙って生温かく見守る。オッサンが何の役にも立たないプライドをギンギンに膨らませて気持ち良く仕事が出来るように、あくまでも目立たず、さりげなく、頭下げて這いつくばって地ならしをしてやる。

でも、オッサンがニヤついて些細なお手柄に酔ってる間に、彼らには出来ない大胆で繊細な決断を下してビジネスを牽引するのは、オッサンより若くて優秀な女の私だ。奴らより稼いで若手を養い、経営を安定させ、雇用を増やし、業界を良くするのは私だ。

私にとって出世はもはや、ミソジニーに対する復讐みたいなものだ。彼らが絶対に追いつけない所まで行ってやろうと思う。そして、邪魔なだけの彼らのプライドを、いつか根元からへし折ってやりたい。はるか上の方から、小さな石を投げる。石は小さいが、重力で加速し、想像を超えた破壊力生まれる。オッサンプライドに当たると簡単にぽっきりと折れ、オッサンは二度と立ち直れない。そんなシーンが見られる日を楽しみにしている。

2017-06-18

推し言葉、どこまで信じてます

若手俳優アイドル、なんでもいいけど推しがいる人に聞きたい。

推し言葉、どこまで信じてる?実際。

この前の接触で、いつも見に来てくれてありがとう手紙嬉しいよ、と推しに言われた。

(顔と名前が一致する程度には認知されています)

あの役のことよく理解してくれてありがとう。あの場面もわかってくれてありがとう。いつも手紙返せなくてごめん。

接触自体が数年に一度しかない推しから、私が書いた数年分の手紙にちゃんと返事をしようとしてくれたんだなと思って、純粋に嬉しかった。

手紙なんて私の自己満で送り付けてるだけで、自分でも書いた内容を忘れかけてるくらいなのに。

でも、推し言葉をまるっきり信じていいのかなとも思った。

私の推し俳優だけど若手ではない。

キャリアはそこそこ長いから古いファンはついているけど、全通したり遠征したりするガッツはいないし、今後新規がつく可能性も薄い。

私は全通こそしないものの、たぶん彼のファンの中ではかなり通っている部類に入るんだろうとは感じている。

その状況でこのファンサは営業かな、とも思っちゃったんだよね。嬉しかったけど。

接触ではファンに手をさわさわされても笑顔で話してるし、チェキ普通に肩を抱いてくるし、ただでさえ推し営業力が高い。

そんなデキる推しからこそ、本当はその役について私が推し本人と異なる解釈をしていても、分かってくれてありがとうって言ってくれたのかもしれない。

本当は気持ちいくらい細かい手紙をもらうこと自体迷惑だけど、気を遣って嬉しいって言ってくれたのかもしれない。

次はこれに出るよって教えてくれたのも、そこそこ通う私へのダイレクトマーケティングだったのでは。

そういえば出るとは言われたけど来てねとは言われなかったもんなー。細かいところまで見ててくれるよねってのも嫌味だったのかなー。厄介手紙野郎だと思われてんのかなー。あーーーーー。

推しはとことんいい人だから本心で言ってくれてるのかもって気持ちと、本当はこんなオタクに気を遣わせてしまってるのかもって気持ちと、両方ある。

みなさんは推し言葉、どこまで信じてますか。

参考までに教えてください。


追記だけど推しが晴れの舞台結婚発表しちゃったオタクは強く生きてくれな。

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