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2021-05-10

転売が困るチャンプル理由

 世の中の人間のほとんどには予算ってものが設定されているわけ。メガ金持ちでもない限りは「今回のイベント使用できるお金の上限」というものが設定されてるのね。

 例えば「今回のイベントには20,000円まで使える」という人間がいたとする。チケットが定価5,000円だとするじゃろ?だとしたら残りの15,000円はまぁ、移動費とか食費とかにも充てられて残りが「グッズ代」になるわけじゃよ。

 今日日よ、音源じゃペイペイしないかイベントやってグッズ売ってナンボな世界なわけ。だからタオル作ったりティーシャツ作ったりタオル作ったりタオル作ったりタオル作ったりするわけ。タオル中国工場で安くて適当ロットで作れるからジオススメ。だもんでマジでコロナイベント打てないのヤバい宇宙ヤバいバンドマンバイトしようにも飲食も小売りも死んでてさらヤバい

 それはおいておいて、20,000円のうち5,000円がチケ代で5,000円が移動食費でグッズ代が10,000円だったとして、このチケット正規値段で入手できなくて10,000円になったとする。

 もうわかるじゃん。みんな苦労して移動費を削ったり移動先の食費を削ったりはするけど、限界がある。その先は、そう「グッズ代の削減」になる。「大タオルと小タオルとアクキー買おうかな」と思ってた子が「今回はチケット高かったから大タオルだけにしとこうかな」となる。ファキュファキュファキュファキュファッキュー!あかーーん(宮川大助)

 

 つまりこれよ。

 どの誰とも知らん腐れ転売屋が利ザヤとしてポッケにないないした金のうち、全部とは言わんけど一部は間違いなくアーティスト含めた業界関係者の手元に行くはずだったんだよ。それをあいつらはインターセプトしてんの!やめて!ホンマにやめて!

 インターセプトされた結果、イベントの実入りが少なくなって次に開催できるイベントの規模が小さくなっていく可能性は十分にあるし、グッズやチケットそもそもの値段が上がっていく可能性もある。あいつらの存在業界を委縮させていくといっても過言。

 

 他の業界は知らんけど、予算という概念人類存在する以上、ほぼすべての業界で同じことが起きてるはず。

 ゲーム業界ではハード転売されて25,000円で買えるはずのものが50,000円でしか買えなかった場合差分の25,000円はソフトカバーとか付随するパーツになった可能性があるのにどっかのハゲポッケしまい込んだ結果、その可能性が消失する。

 オタ業界でグッズが転売価格販売された結果、差額で別のグッズを購入した可能性が消失する。

 なるほど、機会損失じゃねーの。

 お願いだから転売やめて。で、できたら転売屋から買わないでそのお金は直接なんかこう、いい感じに業界に流して。わかるよ、転売屋から買わなくていいくらい流してくれればいいって思うのは。でもさ、いや、余らせたら余らせたでキツいのよ。赤字がさ。

 それは、ごめん。

anond:20210510045059

運動方程式F=maに則るなら、負の質量を持った物質は、加えた力の方向と逆の方向に加速するということであるが、それは軽いという概念とは大きく異なってやしないか

弱者男性です。なぜ理解のある彼くんが叩かれたのかを書いてみます

anond:20210509075626

あなたの大嫌いな弱者男性です。

KKOとまではいきませんが、とっくに成人しているのにいまだ交際ゼロ人間ですから恋愛弱者としては上等かと思います

自分で言うのもなんですが、顔の造形の悪さには自信があります

性格の悪さにも同様に自信がありますが、性格が悪いゆえに仕事をする上で取り繕える程度には困っていませんし

それも自称しかないので、実態がどうなのか、それで生活が本当に上手くいってるのかはご想像におまかせします。


弱者男性に随分と憎しみを向けられていたようですが、真摯文章を読ませていただきました。

読んでいるうちに、以下の2点が頭に浮かびました。

・「理解のある彼くん」をあげつらって批判していたのは弱者男性だけに限った話ではない

そもそも理解のある彼くん」持ちは非難されても仕方のないことをしでかしている

今回は「望むところだ」ということで、後者を重視して書いてみます

あくまで、「理解のある彼くん」持ちとハンデを持つ女性は完全に同一では無いという見解であり、

以下はハンデを持つ女性全てを批判しているものではありません。

これから記載している内容に反論がありましたら遠慮なくご指摘ください。


理解のある彼くん」は当事者エッセイ漫画から可視化された

理解のある彼くん」は、何も最初から障害病気のハンデを持つ女性攻撃するために産み出された単語では有りません。


それは障害病気のハンデを持ちながらもそれらに向き合いながら生きている、ということを綴った女性達のエッセイから概念発見されました。

ネット複数の作者の漫画の「理解のある彼くん」が登場するページを1枚にした風刺画像を見たことがあるでしょうか?

まるで判を押したように展開が同じなのです。

エッセイということは実体験でしょうから、細かいところは省いたりフェイクを挟んでいる可能性があるとは言えど大筋はノンフィクションでしょう。

「なんだかみんな展開が似たりよったりだぞ??」と気づかれだしました。


この指摘については、何も弱者男性だけから発信されたわけではありません。

女性作家からカウンター的にエッセイ漫画で指摘されているものでもあります

この指摘で耳が痛かったならば、弱者男性だけを敵視するのは誤りであると言えるでしょう。

あなたがたが敵に回す範囲軽蔑すべき範囲本来もっと広いはずです。

それをすることができない、いや認知しようとしないのは何故でしょうね。


理解のある彼くん」そのものが、ハンディキャップ持ちの女性でも人生がイージーだと決めつけたわけではない

全ての女性が「理解のある彼くん」を得られるとは思っていませんし、

理解のある彼くん」を得ることが誰であっても簡単だとも思っていません。


今度はそのエッセイ漫画前後のページに問題がありました。

すぐキレる、情緒不安定になり周囲に当たり散らす、それらが病気障害によるもので苦しんでいる――――――。

いかにハンデを抱えて生活することが大変か、という点で綴られていましたが、

自分」が大変である、という視点のみで描かれていることが多いという感想を持ちました。

健常者視点で思いやりもへったくれもなくて大変恐縮ですが、

綴られているケースのうち、同情すべきものももちろんありましたが、

いくつか幼稚過ぎて理解できない行動も含め、都合よく正当化されているように見えました。

(それだけ的確な判断力を持ち合わせられないぐらいに根深病気である、というのを私が理解できなかったのかもしれません)

しかしながら、作者は過去のことを反芻しエッセイに仕立ててるうちに、再考して思うところがなかったのかなと考えています

ウソを書けということでなく、ぼかすなり内省の補足をするなりあるはずです。


上記は私個人の感想ではありますが、エッセイ漫画を通して「女性はハンデ持ちでもイージー」というネット上の共通見解が得られたのは、

私と同じような感想を持った人が多かったのでしょう、と勝手に推察しております

理解のある彼くんがいるから」ではなく、「理解のある彼くんだって出来る上に、そもそもこんな認識で生きているから」と思っているのです。


「私が弱者男性故に対象女性というだけで色眼鏡で見ている」、そう思われるかもしれませんが、

他で消化器系を長く患われている女性作家さんのエッセイではその苦労や辛さに深く同情し、何一つ批判的な感想を抱きませんでしたし、

精神を患われている女性作家さんでも「理解のある彼くん」に疑念を持っていた方のもの

特に前後でも病気理由にした問題行動の正当化を感じる部分もありませんでしたので、

やっぱり「理解のある彼くん」の登場があるエッセイ作家さん達だけが悪目立ちしているように見えました。


本来努力し、助け合い、思いやりを持ちつつも懸命に生きるハンデを持った女性たちという

決して揶揄物笑いの種にすべき存在ではないものについて、これだけマイナスイメージを持たれてしまったのは、ここにあります


ここでは「理解のある彼くん」に絞って女性の話をしていますが、

もちろん「甘ったれ男性」がいることも否定しませんし、弱者男性の中にそういった部類の人間がいることも承知しております

同じく非難されてしかるべきでしょう。


漫画のせいにするのか?という疑問もあるかと思いますが、

ハンデを持った女性リアル理解する上で、当事者の知り合いがいるという人もなかなか少ないでしょうし、

そもそも当事者はむやみやたらに打ち明けることは無いでしょう。

自分病気のことを顔を合わせる周囲の人間にベラベラ喋ることがありますか?

そんな「リアル」で認知されることが少ない状態では、ネットの発信力が強い現代において、

エッセイの「悪い意味で最もキャッチーな部分」によって認識を悪い方向に塗り替えられてしまった、というのが今の状況かと思います


本当に恨むべきは誰か、理解してきましたか


同情

それでも、結果的に「女性はハンデ持ちでもイージー」という結論

十把一絡げにして非難対象になってしまった「まともにハンデと向き合っている女性」への誤った非難があったことは否定しません。

大変不快な思いをされたことでしょう。心中お察しします。

何故止めなかったのか、何故助けてあげなかったのか。何故咎めなかったのか。

貴方が、貴方達が弱者男性を助けなかったのと同じ理由ですよ。

でもそれは「過去に助けてくれなかったから、同じように助けなかった」ではないです。

そもそも、「弱者男性を助けなかった理由」でなく「〇〇を助けなかった理由」というべきでしょうか。


ですから、「弱者男性精神障害女性サンドバッグにしてきた」という結論

十把一絡げにして非難対象にすることも咎めきれないですね。

それが誤った非難であるのか、今からでも再考するかは貴方自由にしてください。

ここまでで弱者男性だけへの恨みの炎が更に燃え上がったとしても、それも一つの結果かと思います

anond:20210510005018

寿命平等になんかする必要がない

何でも平等とか言ってる頭悪いリベラルおかしいだけ

必要なことはやって、必要でないことはやらなくて良い

年金そもそも負担するとかい概念おかし

負担必要なのはその時々の若年層の労働力であり、全ての人から金を集める制度おかし

2021-05-09

anond:20210509234048

これローカルアカウントという概念存在しないのでネットがないと文鎮になる

中身はCeleron3350 32GB eMMCとかの○ミ

Windowsとは設計概念がまったく異なる

さすがに全てをGoogle大先生裁量次第に置くっていうのは一般企業では難しいと思う

中国共産党とズブズブだからなあ

anond:20210509175157

中止という概念がない。

陸上競技大会をできないりゆうがない。

無観客なら余裕

すでに満員でなければ若干の観客でも余裕

現実にある分断は上下であり、左右などという分類は為政者が下々を争わせるために作った概念にすぎない

anond:20210509145403

右翼左翼なんてあいまい定義であって解釈次第で同一人物がその都度に左右にフラフラ移動する程度のものしかない

そろそろ土日祝日みたいな概念を無くすべきでは?

土日が休日なのはキリスト教安息日から来ているらしい。

今のコロナ下で国民全員が同じ休日でうろちょろするのって、百害あって一利なしじゃない?

社員それぞれが自由休日を設定するようにして、人の移動を分散するべき。

anond:20210508225508

影響力がある・覚悟を持て・ずるい

この辺の意味曖昧言葉ジャグリングして加害の道具にしている。

なぜ覚悟を持つ必要がある? なぜ、ずるいとダメ

議論なし・説明なしで圧力をかけて人を動かそうとするのはハラスメント的な振る舞いだ。

代わりに“責任”という概念を使うべき。影響力があるだけでは責任は生じない。「こういう理由責任がある」と説得するために、ある程度の理屈をつける必要が出てくる。

2021-05-08

刑務所とリーマンと家庭のコピペできた

弱者男性前世の中、勝ち組とされる家庭のコピペできたよー!!!

刑務所/さらりいまん/家庭

-

労働時間  8時間厳守 /大体10時間以上 /左記以外全部

-

始業時間  7時50分 /8時30分〜9時/ 朝起きた瞬間

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終業時間  16時30分 /21時〜24時 /夜寝るまで

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通勤手段  徒歩数分 /満員電車時間 /起きた瞬間始まる

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昼食     食う /食えない日がある /家族の機嫌による

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夕食     食う /食えない日がある /家族の機嫌による

-

夕食後    テレビ読書など自由/ 仕事 /掃除洗濯、皿洗いにゴミまとめ

-

残業     全くない /ない日がない /残業という概念がない

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残業代    残業がないから無い /残業あっても無い場合がある /残業代という概念がない

-

報酬     絶対ある /普通会社ならある /報酬という概念がない

休憩     午前午後それぞれ15分/上司次第 /家族次第

-

土日祝    確実に休み /出勤する日もある /確実に稼働

-

年数     刑罰に応じる /自動的に40年 /自動的死ぬまで

-

これがエアプじゃなく、共働き家庭の実情だから夢がない

2021-05-07

anond:20210507202435

それな

でもおじさんTRON過大評価され過ぎと思うんだよね、たぶん普通の人はWindows10とかMacOS XみたいなOSがあったと思ってるだろうが実際はPOSIXみたいな概念からな。

anond:20210506234730

わざと主語デカで煽ってるのかと思いきや、この増田を支持してる人気ブコメとか見てると、

どうやら必要条件十分条件という論理学の基本概念理解していないっぽい

バカのフリしてるのかと思ってたけど、この界隈、本当に頭が悪いのがいるんだな

anond:20210507113426

横だけど、「指向」と「嗜好」に概念的な区別はあると思うけど、それは「指向差別されてはいけないが、嗜好は差別されてもいい」という話ではないよ。

例えばゲイ権利というのは単に「男が男を好きになる権利」のことではなく、もっと物理的に「アナルセックスをする権利」なども含む。欧米なんかではそれこそがまさに法律(ソドミー法)で禁止された行為であって、それこそがゲイ差別象徴でもあった。「男同士で手を繋いでデートするのも素敵でいいと思うけど、アナルセックスなんて不潔。後者法律禁止するのは差別じゃなくて区別」なんて通らないわけで。

まあ元増田はアホ過ぎてしんだほうがいいと思うけどね。相手にしない方がいいよ。

はてフェミって基礎的な集合の概念理解してなさそう笑

弱者女性精神障害者男性サンドバッグにしてきたことについて

anond:20210506234730を読んで、書いておこうと思った。

弱者女性を名乗る人々が精神障害持ち男を「でも理解のある彼女さんが」と、積極的に叩いて来たことは忘れないし、いくら弱者女性が辛そうにしていても「所詮弱者女性自分の不幸を理由に人の不幸(精神障害)を軽んじ、嘲笑する人間性からな」と思い続けるだろう。

そして今現在の心境としては、弱者女性いくら辛そうにしていても絶対に手を差し伸べたくないと思っている。

思っている、というよりは

思ってしまうようになった、というのがより適当だ。

わたし普段生活において、「人に親切にしよう、人に気を配ろう、(いくらかの定型発達の人々が無自覚にするような)人を追い込むような真似はやめよう」と積極的に気をつけて生きているつもりだ。別に、不幸な人々を負け組嘲笑し生きるような人柄ではない。しかし、弱者女性を名乗る人々の言動を見るうちに、「弱者女性は、こんな言動をしていたんじゃ差し伸べられる手も差し伸べられないだろうな」という感情が「誰が手を差し伸べるか」という気持ちに変化していた。

正直なところ、わたしは手を差し伸べられると、差し伸べるほどの余裕や能力があるとは言い切れない。だからわたしがどう思おうと関係のない話かもしれない。

 

弱者女性には弱者女性なりの辛さがあるのだろう。それは、男性であるわたしには男性なりの辛さがあって、発達障害であるわたしには発達障害なりのつらさがあるのと同じだろう。わたしの辛さが弱者女性に完全に理解できるものだとは思わないし、わたしもまた弱者女性の辛さは理解できない。

弱者男性たるわたしと、弱者女性どちらが辛いかはわからない。測り、比べられるものだとも思えない。

しかし、弱者女性たるあなたがが辛いのだと主張すれば、辛いのだろうなと思うことぐらいはできる。「そうなんですね」程度の相槌は打てるだろう(それがわたしコミュニケーショ能力限界だ)。

これがわたしの線引きだ。これ以上はもう手を差し伸べたくない。

 

わたしが男だからか、は知らぬが「理解のある彼女さん」を作ろうと思えば作れるだけの性的価値とやらはあったかもしれない。

だがアセクシャル、アロマンテイックの自分にとって、理解のある彼女さんは不要だった。欲しいと思えなかった。

高校時代に鬱で心療内科にかかり、(ずっと怖くて診断を避けていた)発達障害の診断を受け、障害を受容し、社会で人並み程度に働けるようになるまでには多大な苦しみと努力があった。

わたし普通には働けないのではないか障害者雇用を選ぶべきではないかそもそも社会に出るべきではないのではないか、周囲が言うようにわたし女性に養われるべきなのか、そのために好きになれない異性相手理解し難い恋愛感情偽装結婚するべきなのだろうか……

からすれば大したことのない悩みかもしれないが、わたしにとっては生涯を通して付き纏うだろう悩みだ。

結婚という逃げの選択肢があるだけマシ」と言われるかもしれないが、その選択肢を負わねばならない人間にもそれなりの辛さがある。

結婚したくもないのに、結婚しなければ嘲笑される。養われたくもないのに、養われれば良い、養われるべきだ、養われないなんて、選べるのにこれを選ばないなんてバカだ、選べたのに選ばなかったなんて大バカだ、と謗られる。その風当たりは歳を取れば取るほどきつくなるのかもしれない。

辛いことだ。

弱者女性の「でも男は理解のある彼女さんが」は、大変不愉快で腹立たしく、そして不安気持ちにさせるものだった。誰に対して言ったわけでもない、自嘲混じりの嘆きだったのかもしれないが、実在個人に当たる弾だったのだ。

 

わたしは、許さない。

 

わたしのようにアセクシャルでない障害男性にとっても、失礼な言葉だと思う。

女性から恋愛対象に該当するような男性になることは、フリをすることは努力必要だ。金も服装も、正しい話題選びも、普通男性らしいふるまいをすることも、普通男性らしいコミュニケーション能力を身につけることも、とても困難な男性はいる。普通男性に、普通に価値がある」男性に、擬態する努力は何も異性から好かれるためではない。人並みに扱われるために不可欠な努力だ。「理解のある彼女さん」も「性的価値」も男ならば必ず初めから手に入るものではない。努力あってのものだ。

 

理解のある彼女さん、に好かれ、関係を維持している障害持ち男性は、自分努力を語るにも周囲への感謝を欠かさない素晴らしい人だろう。

(正直な話、わたしだってアセクシャルとして、恋愛脳の異性愛者は結局「彼女さん」か、とうんざりしていたし、理解のある彼女さんに頼る甘えたバカ男のせいで自分の辛さが矮小化されるわけで恨みしかないわけだが、)理解のある彼女さん持ちの障害者男にとっても「お前らは理解のある彼女さんがいるからいいよな」は不快言葉だったろう。

 

さまざまな精神障害認知され、発達障害を持っていても療育によって働ける男性は増えていくだろう。異性に頼らずに生きる障害だって、この世にいるのだ。

 

あなたがたは、ーーーあなたではないかもしれないが例えそうだとしても、弱者女性の名で、精神障害持ちの男性にたいして発してきた言動は、無かったことにはできない。

弱者女性の辛さを、弱い立場男性を叩く正当化材料したこと自分の辛さを人への加害の理由にする、品位の無さ。

弱者女性論を歪めてきたのは誰か、よく考えて欲しい。

弱者女性は、弱者女性を名乗る幾人かの言う通り、ごく一部の自称弱者女性がそうした言葉を発しているだけなのかもしれない。

弱者女性に寄り添う顔をして、(※フェミの反対の概念がない)叩き男叩きに興じる悪がいるだけなのかもしれない。

しか弱者女性が、はっきりと、それを否定批判しているは見たことがない。

 

例えたった1人でも、過去の(あなたもしくは弱者女性を名乗る他人の)発言批判するならばわたしも考えを変える努力をしようと思う。

 

それでもやはり、あれらの発言絶対に許さない。

2021-05-06

男性蔑視男性へのヘイトスピーチって概念が広まったら

ブクマとかだとやり辛くなるから、やっぱり増田に集まるんだろうな

ミソジニスト、ミサンドリストを含めたあらゆる差別主義者が増田にごった返すと思うと嬉しいよ

コロナ禍だけどキンタマ手術してもらってきた

コロナ禍の今、俺の金玉を手術してもいいのか問題

https://anond.hatelabo.jp/20210114141729

この後日談です。コメントトラバくれた方ありがとう!もし分らんとことかあればできるだけ答えたい。

金玉病気だった

上の投稿の後、意を決して近所の泌尿器科金玉を診てもらった。やはり典型的精索静脈瘤だったようで、3段階あるグレードの中でもガッツリ一番上のグレード3らしい。あとから調べるとグレード3の基準怒張した血管のでこぼこが陰嚢の外から見えるか、というものなのだけれど、正直まったく病気だとは思っていなかった。てっきりみんな左側の金玉にはうどんがついているものだと思っていた。

先生に「薬もなくはないけど、治したいなら基本的に手術やね(概略)」と言われ、手術ができる大きい病院に紹介してもらった。

金玉の最新治療できる人少ない問題

紹介された大病院に行き、CTその他の詳細な検査を受けた。再度エコーでも見てもらったが、若い先生2人に「あ~怒張してるね~」とか言われながらゲルでぐりぐりされて、なぜ俺はこんなくだらないことで笑いを堪えているのか、かつなぜこんな真剣に診てもらっているのに息子は反応しかけているのか、二重に失礼で低俗自分に悲しくなった。あとこの病気あるあるらしいのだが、左の睾丸が7割くらいの大きさに委縮していた。大きなデメリットはないそうだが何故か悲しくなった。

検査も終わり、よっしゃいよいよ手術だと意気揚々先生からの話を聞くと、どうも手術できないことはないのだけれど、ここだと出来る術式が限られてしまう※1とのこと。生意気にも自分でも色々ググったりしていたので、できればより良い方法がいいと、その術式が可能な別の病院を再度紹介してもらうことにした。

※1 このページ(https://www.lab.toho-u.ac.jp/med/omori/repro/patient/man_sterility/day_varicocele_surgery.html)の"精索静脈瘤手術の比較"の表で言う2番目の「腹腔鏡精索静脈瘤手術」になるとのことだった。自分が最終的に受けたのは一番下の「顕微鏡精索静脈瘤低位結紮術・ナガオメッソッド」と全く同じ術式(一括結紮法ではない)だけど一応の入院あり。この表もすべてを網羅しているわけではなく、一番下と同程度のリスクに抑えられるもののすこし上の部位で結紮するタイプの術式(microsurgical high inguinalアプローチ)等もあったりする。

混沌としている精子関連の情報

しかしその病院、かなり遠く、都会に立地していた。逆に言えばその「最新の術式」を確実にできる人が全国的に少ないらしい。もっと言えば、この精索静脈瘤治療の大半を占めると思われる男性不妊治療自体最近ようやく注目され始めてきた分野のようで、それに伴って技術を持つ一部の先生需要が集中してしまっているようだった。

加えて、割とダイレクトに「精子の質」とかそういう不妊治療関連のセンシティブ概念に繋がる病気なだけに、検索で出てくる数少ない情報も「他院の手術と違ってこんなに高い技術で丁寧にやります!」的なのが多くて面倒だった。一応大学病院サイトやそこに引用されてる論文とかを主に見るようにしていたが、正直正しかったのかはわからない。「最近増えてる不妊治療専門クリニックはよくわからんとこが多い」とか、そういう話もちらっと先生から聞いたが、不妊治療の闇みたいなものにはあまり踏み込まないことにした。

手術

紹介後の順番待ちはそれなりにあったが、手術が決まってからは早かった。術式は顕微鏡精索静脈瘤低位結紮術の全身麻酔入院あり、保険適用だった。ありがたい。

事前検査を受け、入院し、おいしい病院食を食べ、24時間程度の断食のあと手術を受けた。手術は寝ている間に終わっていた。

経過

直後

傷跡は2.5cmくらいでとても小さく、何も問題なく終わったよと伝えられた。ありがたいことこの上ない。手術後は陰嚢がむくむ、と言われていたがその通りになった。冬のすずめみたいだった。退院するころにはむくみもほぼ引き、傷の痛みもなくなっていた。金玉の痛みも消えていた。すごい。

一週間後

今まであったうどん消失していた。たしかに太くなった血管はそこにあるのだが、どんな状況でも怒張しなくなっていた。プラシーボかもしれないが、今までの陰嚢の暑さが急に改善されたせいか逆に股間が寒く感じる時が多くあり感動した。あと余談だが、玉袋がちょっとツートンカラーになったのは面白かった。基本的に陰嚢は温度が高いときに長く伸び(垂れ下がり)、低いと小さく締まる。自分治療前でもそんなに垂れ下がっているほうではないと思っていたのだが、術後、寒くなると今までにないレベルで玉袋が締まり、今まで玉袋のまわりにあるだけだった皮膚まで玉袋役として引っ張り出されたせいで、元々玉袋だった少し暗い色の皮膚とくらべて明らかに明るい新玉袋領域ができていた。書いてて思ったけどめちゃくちゃどうでもいい情報だ。

その後

傷口も毛でほぼ見えなくなり、消えたうどんと締まった陰嚢以外の見た目は元に戻りつつある。

感想

偶然コロナ感染者数が一度少なくなったタイミングでの入院となったが、もちろん病院はどこも厳戒態勢といった感じで、それでも関わってくれた先生たちをはじめ医療関係者の方々はみな本当によくしてくださり、感謝してもしきれない。

今のところ違和感も無く、とても快適な生活を送っている。

強いて言うなら、入院前に自分で精液検査キットを買って使って変化を観察していれば面白かったかなとは思うが、もともとの目的ではなかったのでヨシとする。

男性の15%は精索静脈瘤がある(問題が出ない場合も多いらしい)ということで、皆手術しよう!とまでは思わないが、もう少し周知され研究治療の普及が進んで、不妊や痛みに悩む人の選択肢が増えて負担が減ればいいなと思った。

anond:20210506110410

から社会の変化によって現れた新しい概念だっつーの。

anond:20210506175150

日本に共有財産って概念はないよ

夫が稼いだ財産は夫のもので、それを妻の口座に移せば妻への贈与となって贈与税がかかるし

夫が死ね相続となって妻以外の相続人がいればそちらにも行くし相続税もかかる

現実庶民が動かす程度の額ならどっちみち控除範囲内だから問題にならないだけ

から金持ちは色々税金対策してるだろ

anond:20210506144958

弱者男性がここまで訴えなければその強者男性という概念もなかったよね。

今までずーっと男性強者として扱ってきたのはフェミニストだよね。

誰か「弱者男性」という概念が発生した経緯について、まとめてくれ

俺は無理だけど、俺の認識は以下の通り。

たぶん、フェミニスト反論する人達によって、発生した概念が元々だったような気がする。

それとも、フェミニスト関係無い?

2021-05-05

日本史中国史ロシア史(各国史)を読んだ。全部合わせて552+480+438=1470ページ。

ある程度、通史を読む目が鍛えられたような気がする。


通史を読むうえで大事なことは、まず顔を本から適度に離して読むこと。また、明るくて、静かな場所で読むこと。

こうすると、より本の内容が分かるようになる。


顔を本に近づけすぎると、今集中している一行に意識が向かいすぎてしまう。

私の場合、ある一文にあまりにも集中し過ぎてしまうと、その文の文脈失念してしまう癖がある。

通史の本というものは、5ページ前に一行だけ紹介された人物が、突然、歴史重要人物(かつ、既知の人物)として躍り出てくることがときどきある。

本に顔を近づけたまま、目の前の一行に集中し過ぎてしまうと、そういう突然出てきた人や突然出てきた話題に面食らってしまってついていけなくなり、

やがて今読んでるトピック主題や章全体の流れを根っこからつかみ損ねてしまって、

あとはただ目を通すだけか、あるいは章の最初から読み直さないといけなくなる場合がある。


そのため、本から適切な距離を置き、視界を広く保つこと。

かに本に顔を近づけて読むより物理的な視界は広がっているのだが、重要なことは、本を適切な距離で眺めると、書かれた内容に対して客観的視点を持てるようになる。

また、適度に明るい光の下で、静かな環境で読めば、ゾーン的な感覚が得やすくなる。

すると、今読んでいる一文を含むトピック意味、章全体の中での一文が占める位置、その歴史的事実を記述する一文に連なるいくつかの文脈

といったものが整理しやすくなり、大量の登場人物や、矢継ぎ早に出てくる諸概念の整理と関連付けが楽しくなってくる。


次はドイツ史を読む。

人生のやる気がないなら恋愛はやめておけ

大学ときうっかり恋愛をやってしまい、それがヘンに成功して彼女ができてしまったせいでいま死ににくくなってる

さっき、人生キッツイなあ、これなんのためにやってんだ…?っていうのをいつも通りなんとなく考えてたら、頭に「自殺」の概念が閃いた

メチャクチャ魅力的だった

ちょっと苦しいのに耐えるだけで、仕事健康金も将来設計もなにもかも全スルーできる

ベルトもタオルもあるし、家の中を探せばそれを掛けられるところもありそう

明日起きて弁当詰めて服着て出勤して……っていう一連の流れ単体とすらどっこいどっこいのレベルに楽な、ベルトで首を括るっていう行為だけで、今後の苦役を全部投げ捨てられる

たぶん彼女の顔が頭に浮かばんかったらやってた

やって解放されてた

でも、いまやってしまうと、彼女がかわいそうすぎる

俺も突然彼女と連絡つかんくなって、あとから自殺してましたって聞いたら相当キツイだろうなと思うもん

まあ多分その場合スッと後を追うだろうとは思うんだが、それにしたって一瞬はめちゃくちゃキツかろう

彼女は後追いなんてするタイプには見えないし、今のところ仲は良好だから、とにかくいま俺が死ぬとすげえ強い呪いを残すことになりそう

俺は死んでんだからいっさい関知するところではなーい!といえばそうなんだが、そんな割り切り方ができるんならこんなウジウジ悩んでねえ

ああ

大学時代に戻れたら、俺は彼女出会わず、ずっとウジウジしてシュッと自殺したいぜ

DQNなら死んでも自業自得

立入禁止場所キャンプして川で溺死したというニュースがあった。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/articles/74f43643716ec34a5ad16cca805d97ecbfd88424

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20210504/1000063967.html

立入禁止区域に立ち入ったということで概ね被害者DQN判定して、自業自得という評価をしているようだ。

しか立入禁止区域に入っただけで溺死することが応報であるはずはない。

刑法的には精々過料である程度だろう。

だが立入禁止の禁を犯す人間を「DQN」と属性付与し、

DQNであるなら死んでも誰も悔やまない、といった罰を与えている。

これはいかにも不釣り合いで、DQNという属性差別に当たるのではないかと考えられる。

だが問題DQN定義ではなくて、「こいつは悪いやつだ」と感じたなら、

そいつ」に「悪い」という属性付与することが、どれだけ差別的なのかを検討すべきではないのか。

DQNという属性付与されると、ただ単に立入禁止区域に入ること以外の、様々な「悪い」要素がもれなくセットで付いてくる。

今回の被害者普段は善良でたまたまハメを外してキャンプをしただけかもしれない。

だけれど立入禁止区域に入るような「ヤカラ」は「DQN」に決まっているという「悪い」判定をして、

立入禁止以外の様々なカルマを背負わせ、溺死もやむなしという判決に至る。

判定した人の「悪い」概念が、個々人の事情を全く無視して悪人に仕立て上げられるのだ。

個々人の一要素(この場合立入禁止区域への立ち入り)が、

DQNという様々な「悪い」概念と結びついて、

DQNという概念の持つ様々な悪さが全てこの個々人に還元されるという現象がここに見て取れるわけだ。

この不釣り合いが「差別」なのではないか?ということ。


さらもっとはてなっぽメタ視点提供するなら、

このブクマ群の中で

若者の命が失われたことへの哀悼反省に思いが至らない社会」に対して「悪い」という属性付与しているコメントが有る。

この悪い判定は差別なのかいなか?という視点検討してみて良いと思われる。

相手を悪いと思ったところから差別の種は蒔かれる。

悪い相手には打擲の力が暴走やすものだ。

そして悪い判定自体にも「バカというヤツがバカ論法で際限なく増える。

弱者男性論議が喧しいが、弱者男性が悪いか否かという視点と併せて、検討してみたいところだ。

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