「吉田茂」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 吉田茂とは

2022-09-27

吉田茂国葬は当日までは盛り上がってたのに実際のセレモニーの評判が悪くて一気に盛り下がったらしいが

2022-09-16

anond:20220916201009

言うて吉田茂ときは事前には賛成ムードやったのに終わってから「つまんね〜」ってなったらしいやん。

政教分離宗教色を排除せんとあかんからあんまり豪華なセレモニーができなかったとかなんとか。

2022-09-15

太平洋戦争終結安倍晋三暗殺まで80年弱もの長きにわたって

「お天道様は見ているんだから権力者は一線越えてはいけない」



的な教訓やメカニズム通用しなかったの絶望だわ。



そのあいだ、岸信介とか吉田茂とか白洲次郎とか池田勇人みたいなのが偉人にされてるし。

2022-09-08

安倍ちゃん国葬に相応しいと思う理由

国会ワイドショーネットで散々議論されているけど、私は誰も指摘していない点を挙げてみたいと思う。

1.教育基本法改正2006年12月)

簡単に言うと、学校教育愛国心といった戦後70年間タブー視され続けてきたものを復活させた。

2.安全保障関連法案成立(2015年8月)

自衛隊集団的自衛権戦後70年間認められてこなかったが、安倍ちゃん野党の反対にものともせずに成立させた。

どうだろうか?

この二つだけでも安倍ちゃんの功績は吉田茂以上に大きいものだと思う。

歴代自民党政権細川政権民主党政権は70年間この問題放置し続けていた。

愛国心教育や集団的自衛権スパイ防止法特定秘密保護法北方領土問題、そして憲法9条改正といった「戦後問題」は、いずれ誰かがやらなければならない。

集団的自衛権愛国心には民主党共産党は反対していたが、そいつだって与党になったら「集団的自衛権必要だ」と言い出したはずである

民主党政権交代成功して与党になった途端に、「沖縄海兵隊必要だ」とそれまでの主張をひっくり返した前科がある。

なのでサヨクから嫌われていたかどうか、は関係ない。

やっぱり安倍ちゃん国葬に値する偉大な政治家だったと思うよ。

2022-08-29

国葬」とは何か?

戦前には「国葬令」にもとづく国葬があった。

これは「国家に功績ある臣下が死去した場合天皇が指示して行う葬儀」のことであった。

しか国葬令が廃され、天皇主権者ではなくなった以上、戦前の「国葬」と戦後の「国葬」のあいだには断絶がある。

戦後の「国葬」については、まず吉田茂が亡くなったときに行われた「国葬」がある。

もちろん、これは国民要請したわけでも、天皇が指示したわけでもない。

当時の総理大臣であった佐藤栄作の「強い意向」により決定されたもので、

あくま自民党がやりたいからやったものである

しか自民党はその行事を「国葬」と自称することで、

たか戦前国葬のような壮大な国家行事のように装ったわけである

そもそも戦後の「国葬」の正式名称は「国葬儀」であり、「国葬」とは敢えて呼び分けている

その佐藤栄作が死去したとき吉田茂と同じく「国葬」が検討されたという。

しかこちらは退任後3年しか経っておらず総理大臣としての評価が定まっていないことや、

国葬法的根拠がないこと、野党の反対などもあって「国民葬」という形となった。

国葬」と「国民葬」の違いは何か。

いずれも法律に基づく行事ではないので明確な定義は無いだろうが、

簡単に言えば「国葬政府がすべての費用税金で賄うが、国民葬には自民党国民有志も金を出している」という違いだ。

しか佐藤栄作の「国民葬」の費用の大半は「国葬」と同じく政府負担しており、

「やっていることはほとんど同じだが名義だけ変えて誤魔化した」という感は否めない。

そして大平正芳が急死したときに、

「現職の総理大臣として亡くなったから」という理由で、

内閣自民党合同葬」という形で葬儀が営まれた。

これは政府自民党が金を出しあって行ったものである

国民葬」との違いは「国民有志」は金を出していないということだろうか。

以降、歴代自民党首相経験者の葬儀を「合同葬」で行うことが慣習化したという。

こうして見ると自民党は、

「(自称国葬からすべて国家予算負担する」

「(自称国民葬だから一部を国家予算負担する」

「現職の総理大臣葬儀から一部を国家予算負担する」

首相経験者の葬儀から一部を国家予算負担する」

と徐々に範囲をズラしながら国家予算支出正当化してきたように思える。

たとえば不謹慎仮定だが、民主党政権時の総理大臣経験者がたったいま亡くなったとして、

岸田内閣が(「国葬」でないにしても)その葬儀国家予算を出すことはありえないだろう。

国葬」「国民葬」「合同葬」などはどこまでいっても「自民党セレモニー」でしかない。

しか政権与党自民党からと、それらを閣議決定を通して国家行事のように装うことで、国家予算を流用しているのである

今回の安倍晋三の「国葬」も、岸田総理の「強い意向」で決まったという。

自民党がやりたいだけなのであれば自民党の「単独葬」をやればいい。

あるいはクラウドファンディングなどで支援を募れば、真の「国民葬」が実現できるかもしれない。

何の法的根拠もなく政治的位置づけも不明な「国葬」などにこだわる必要はないのではないか

anond:20220829102539

自分の国の歴史も知らんのか

皇族

1903年 彰仁親王 元帥 陸軍大将 参謀総長

1912年 明治天皇 天皇 大喪

1913年 威仁親王 元帥 海軍大将 軍事参議

1914年 昭憲皇太后 皇太后 大喪

1919年 李熈 李太王(元韓国皇帝 高宗

1923年 貞愛親王 元帥 陸軍大将 内大臣

1926年 李坧 李王(元韓国皇帝純宗

1927年 大正天皇 天皇 大喪

1945年 載仁親王 元帥 陸軍大将 参謀総長

1951年 貞明皇后 皇太后 大喪儀(事実上国葬、準国葬

1989年 昭和天皇 天皇 大喪の礼

その他

1909年 伊藤博文 公爵 内閣総理大臣 元老

明治政府の中心人物

初代内閣総理大臣

大日本帝国憲法制定の中心人物

安重根狙撃されて暗殺される

1916年 大山巌 公爵 元帥 陸軍大将 内大臣

最初陸軍大臣

大日本帝国陸軍の父

日露戦争では陸軍総司令官活躍

国歌君が代」の制定に関わる

1922年 山縣有朋 公爵 元帥 陸軍大将 内閣総理大臣 元老

第3代内閣総理大臣

陸軍卿となり、参謀本部の設置、軍人勅諭の制定に深く関わる

日露戦争時は参謀総長として作戦指揮にあたる

伊藤博文なきあとは最大の発言力をもつ元老として軍や政界に重きをなす

1924年 松方正義 公爵 内閣総理大臣 元老

第4代内閣総理大臣

日本銀行の創立、金本位制度の確立など維新後の財政指導者として功績を残す

明治天皇から「導入の是非を巡る議論は難解でよくわからぬが、これまで松方が財政に関して間違ったことをやった例はなかったから導入を裁可する」とまで言わしめた

日本赤十字社社長

伊藤博文山縣有朋らの死後は元老を主導する立場となる

1934年 東郷平八郎 侯爵 元帥 海軍大将 連合艦隊司令長官

省略

1940年 西園寺公望 公爵 内閣総理大臣 元老

家塾として立命館立命館大学)を創設

中江兆民らと『東洋自由新聞』を創刊

伊藤博文の腹心、立憲政友会旗揚げに創立委員として参画

松方正義が死去した後は、「最後元老」として大正天皇昭和天皇を輔弼、実質的首相選定者として政界に大きな影響を与えた

1943年 山本五十六 元帥 海軍大将 連合艦隊司令長官

省略

1967年 吉田茂 内閣総理大臣 国葬

省略

2022年 安倍晋三 内閣総理大臣

内閣総理大臣として戦後最長の在任期

以上

anond:20220829102222

そもそも戦前国葬」や「大喪の礼」と現在の「国葬儀」は別もの

国葬儀」の前例吉田茂葬儀しかないと考えるべき。

吉田茂国葬儀が批判を受けたか

微妙自民党出資して「国家予算100%ではないですよ」と言って誤魔化すようになったのが「合同葬」。

成り立ちからしてクソだよ。

国葬反対、内閣自由民主党合同葬で十分

安倍晋三国葬に反対する、なぜなら国葬の重みが下がるからだ。

20世紀に行われた国葬は以下の通り。

1903年 彰仁親王 元帥 陸軍大将 参謀総長

1909年 伊藤博文 公爵 内閣総理大臣 元老

1912年 明治天皇 天皇 大喪

1913年 威仁親王 元帥 海軍大将 軍事参議

1914年 昭憲皇太后 皇太后 大喪

1916年 大山巌 公爵 元帥 陸軍大将 内大臣

1919年 李熈 李太王(元韓国皇帝 高宗

1922年 山縣有朋 公爵 元帥 陸軍大将 内閣総理大臣 元老

1923年 貞愛親王 元帥 陸軍大将 内大臣

1924年 松方正義 公爵 内閣総理大臣 元老

1926年 李坧 李王(元韓国皇帝純宗

1927年 大正天皇 天皇 大喪

1934年 東郷平八郎 侯爵 元帥 海軍大将 連合艦隊司令長官

1940年 西園寺公望 公爵 内閣総理大臣 元老

1943年 山本五十六 元帥 海軍大将 連合艦隊司令長官

1945年 載仁親王 元帥 陸軍大将 参謀総長

1951年 貞明皇后 皇太后 大喪儀(事実上国葬、準国葬

1967年 吉田茂 内閣総理大臣 国葬

1989年 昭和天皇 天皇 大喪の礼

------------------------------------------------

いずれも皇族歴史的人物だけである

賛否があった吉田茂も、サンフランシスコ平和条約によって日本独立と第2の建国を達成した実績がある。

これらの偉人たちと安倍晋三が並び立つことが可能なのか?

否。断じてである

日本国の国葬の重みが下がるだけである

そして外交儀礼云々が必要ならば内閣自由民主党合同葬で十分だ。

よって安倍晋三国葬には反対だ。

2022-08-27

安倍元首相国葬に納得いかない分からず屋に説明してやる

安倍元首相吉田茂以来の国葬ということになる。つまり吉田茂以降の首相はいずれも安倍元首相より格下ということでないと説明がつかない。本当にそうなのか、改めて検討してみよう。

以下に有名どころの歴代首相とその功績をリストアップしてみた。

吉田茂以降の素晴らしい実績のある首相リスト

池田勇人

任期間1960-1964。所得倍増計画を掲げ、これを実現する政策を次々と実施。実際に7年で国民所得は倍増、日本経済高度成長期の基盤を作った。

佐藤栄作

任期間1964-1972。日本経済高度成長期を持続。外交面では沖縄および小笠原諸島返還を実現。ノーベル平和賞受賞。通算在任日数歴代2位。

中曽根康弘

任期間1982-1987。国鉄電電公社専売公社民営化を実現。また日米の経済面・安全保障面での関係改善を実現。

安倍晋三

任期2006-2007および2012-2020。アベノミクスにより経済成長を実現したものの、国民所得は横ばい。2度の消費税引き上げ実施(5%→8%→10%)により国民の実質所得はむしろ低下。外交面では北方領土交渉を後退させた。通算在任日数が歴代1位となった4日後の2020年8月28日に辞任を表明。

改めて安倍元首相凄さを見ていこう

改めて見れば戦後歴代首相よりも安倍元首相が優れている点は明らかだ。通算在任日数歴代1位の一点突破。本当にわかやすい。ニュースなどを見てもそれ以外の説明を見たことがない。在任日数に入院していた時期が含まれることを考えると歴代1位というのも怪しい記録のような気がするが、記録は記録だ。

それ以外に何が評価ポイントなのか、歴代首相より何が優れているのかは判然としない。

経済面の功績というなら池田勇人の方が優れていると言わざるを得ないだろう。

外交安倍」などという異名もあるようだが、わかりやすい成果を作れなかっただけでなく、北方領土交渉では大きな失点を記録している。

安倍元首相国葬閣議決定だそうだ。「とにかく1位は偉いんだ!」「そうだそうだ!」といった会議の末に決まったのかもしれない。非常に知的議論であり、安倍元首相亡き後も美しい国日本は安泰である

2022-08-23

在日スパイ中〇人「国葬ガー!」

安倍元首相国葬参列は6400人 吉田茂氏を上回る規模産経新聞

岸田文雄首相は9月27日に東京北の丸公園の「日本武道館」で営む安倍晋三元首相の「国葬」(国葬儀)の参列者数について、6400人とする方向で最終調整に入った。複数政府高官が23日、明らかにした。憲政史上最長の8年8カ月にわたって政権運営を担った安倍氏の功績や各国の首脳級が多数訪日することを踏まえ、昭和42年の吉田茂元首相の国葬を上回る参列者を受け入れる。

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6436524

せっかくアンケート結果とかチョロまかして世論変えようとしてんのに効果ないのか

2022-08-01

国葬反対、内閣自由民主党合同葬で十分

安倍晋三国葬に反対する、なぜなら国葬の重みが下がるからだ。

20世紀に行われた国葬は以下の通り。

1903年 彰仁親王 元帥 陸軍大将 参謀総長

1909年 伊藤博文 公爵 内閣総理大臣 元老

1912年 明治天皇 天皇 大喪

1913年 威仁親王 元帥 海軍大将 軍事参議

1914年 昭憲皇太后 皇太后 大喪

1916年 大山巌 公爵 元帥 陸軍大将 内大臣

1919年 李熈 李太王(元韓国皇帝 高宗

1922年 山縣有朋 公爵 元帥 陸軍大将 内閣総理大臣 元老

1923年 貞愛親王 元帥 陸軍大将 内大臣

1924年 松方正義 公爵 内閣総理大臣 元老

1926年 李坧 李王(元韓国皇帝純宗

1927年 大正天皇 天皇 大喪

1934年 東郷平八郎 侯爵 元帥 海軍大将 連合艦隊司令長官

1940年 西園寺公望 公爵 内閣総理大臣 元老

1943年 山本五十六 元帥 海軍大将 連合艦隊司令長官

1945年 載仁親王 元帥 陸軍大将 参謀総長

1951年 貞明皇后 皇太后 大喪儀(事実上国葬、準国葬

1967年 吉田茂 内閣総理大臣 国葬

1989年 昭和天皇 天皇 大喪の礼

------------------------------------------------

いずれも皇族歴史的人物だけである

賛否があった吉田茂も、サンフランシスコ平和条約によって日本独立と第2の建国を達成した実績がある。

これらの偉人たちと安倍晋三が並び立つことが可能なのか?

否。断じてである

日本国の国葬の重みが下がるだけである

そして外交儀礼云々が必要ならば内閣自由民主党合同葬で十分だ。

よって安倍晋三国葬には反対だ。

2022-07-22

anond:20220722213326

吉田茂国葬佐藤栄作国民葬中曽根康弘合同葬安倍晋三国葬と並べると、だいぶ違和感場違い感があるな

吉田茂安倍晋三が同格だと確信してる人間はいるだろうけどごく一部だろう。不慮の事件で死んで可哀想補正右派への阿り補正以外の何物でもない

2022-07-18

2000年以降の総理大臣記憶

自分党派性はできるだけ抜きにして、当時世間でどのようなイメージだったかを思い出して書く。

小渕恵三

前期

内閣の集合写真の真ん中に知らないおっさんいるぞ」

平成の板を掲げてたおっさんじゃん。政治家だったのか」

第一印象はそんな感じだった。

実際には自民党の重鎮なのだが、しがないサラリーマンが何かの間違いで総理大臣にさせられてしまったような印象だった。

後期

最初は「頼りない」というイメージが先行していたが、それが後半では「親しみやすい」に変化した。

当時人気だったコメディ番組笑う犬の生活』で小渕総理を主役にしたコントがあり、その印象が強かったのかもしれない。

森喜朗

前期

小渕総理が急死し、その後何だかよくわからない形で森喜朗総理になった。

「このとき既に脳死していたのでは?」と思われていた病状の小渕総理から遺言(?)で首相代理が決まり密室森喜朗総理になったことで『簒奪者』という第一印象スタートした。

後期

森政権は最悪からスタートしたが、森喜朗は数々の失言さらイメージを悪くしていった。

日本天皇を中心としている神の国」と発言し、世間ドン引きさせた。今でこそネトウヨはたくさんいるが、当時は圧倒的少数派だった。

小泉純一郎

前期

「この人は何か変えてくれそう」というイメージがあった。

ITを「イット」と読んだ森喜朗と違い、この人はメルマガ配信していた(当時はそれが最先端だった)。

とにかく何か変えてくれるらしい。それは郵政民営化で実現するらしい。郵政民営化でなぜ世の中が良くなるのはよく分からなかった。

でも変えてくれるのなら何でも良かった。

民間人から大臣になった竹中平蔵も期待の星だった。

中期

だんだんと「こいつ中身空っぽなのでは…」という疑念が膨れ上がった。

郵政民営化しか言わないし、郵政民営化でなぜ世の中が良くなるのかよく分からない。

後期

衆議院解散し、郵政民営化に反対する議員公認せず死角差し向けるという大勝負に出た。

「こいつは男だ。勝負師だ。改革のためなら何でもやる奴だ」という印象で好感度うなぎのぼりになった。

郵政民営化でなぜ世の中が良くなるのかは最後までよく分からなかった。

安倍晋三

前期

ハンサムで若々しかった小泉純一郎の後継は、もっと若い安倍晋三だった。

なんと祖父総理父親自民幹事長というサラブレッドらしい。

このあと福田麻生鳩山と父/祖父総理シリーズが続くので今となっては珍しくもないが、当時はポシティブなブランドだった。

大臣経験内閣官房長官内閣官房長官総理大臣というヒラ議員から5年で総理就任という斬新な後継指名で新鮮味があった。

後期

就任してすぐメッキが剥がれて「こいつ駄目じゃん」という空気になった。

ネット上では当時から既に統一教会との繋がりが叩かれ、『安倍壺三(統一教会は高価な壺を売る宗教から)』というあだ名で呼ばれ、アスキーアート2chに大量に貼られていた。

当時増えつつあったネトウヨからは、とにかく嫌われていた。

福田康夫

前期

小泉政権で長く官房長官していた福田康夫は『執事キャラ』のようなイメージだった。

冷静沈着で淡々としたイメージで、無能晒した前首相と違い安定感があった。

後期

思ったより煽り耐性がなくキレてやめた。

国民我慢限界より、福田総理我慢限界のほうがはるかに早かった。

麻生太郎

前期

吉田茂という歴史教科書にも載ってる大首相の孫で、その輝かしい経歴の割にはヤンチャなとこもあり、漫画も読むという親しみやすイメージだった。

後期

よくよく見るとただの口の悪いおっさんだった。

でも麻生太郎のイメージ悪化して退陣したというよりは、リーマンショックをどうにかして欲しいという思いがあり、それには政権交代必要だと思っていた。

鳩山由紀夫

前期

祖父自民党創設者元総理という自民党サラブレッドでありながら、民主党を率いて政権交代を成し遂げた鳩山由紀夫はスターだった。

世の中変えてくれるような期待があった。

後期

なんか色々グダグダだった。

政権交代したところで不況がどうにかなる訳ではなかった。

リベラル的な政策も、いろいろ頓挫することが多かった。まだ未熟な政党与党にしてしまった。

菅直人

前期

野党だった頃に既に党首になり、いろいろあって党首の座を降りていたので最初から新鮮味はなかった。

中期(311直後)

「おいおいしっかりしてくれよ~」という場面が多々あったが、逃げ出さな姿勢はよかった。

後期

震災から5ヶ月後の退任。誰が首相でも辞めるしかなかったと思う。

「もう民主党政権は長くないな…」という空気感だった。

野田佳彦

前期

感情で動く菅直人に比べれば安定感があった。

しかし「つたないながらも変えようとする民主党」というイメージからはかけ離れ、昭和自民党政治家のようなイメージだった。

後期

この人は結局消費税を上げただけだった。

郵政民営化にこだわる小泉政権に感じた「その情熱はどこから来るの?」という印象に近いものを感じた。

ただ郵政民営化と違い、消費税増税は「よく分からないけど、それで世の中が変わるなら試しに変えてみよう」と思えるようなテーマではなかった。

安倍晋三

前期

「この人途中で辞めた人じゃん。大丈夫なの?」という印象。

中期・後期

第一安倍政権ではあんなに安倍首相売国奴呼ばわりしていたネトウヨが手のひらを返して称賛しだした。

このころ既に世の中は右と左に分断されていたので、「世間はだいたいこんな感じに思っていたはず」という文章を書くことはもう出来ない。

菅義偉

前期

左右の分断により評価は分かれていたが、「実務能力は抜群」「安倍政権はこの人のお陰で成立していた」という印象は左右両方にあったと思う。

後期

「この人何もできないお爺ちゃんだったのか…」という衝撃を受けた。

安倍政権時代意図的コミュニケーション遮断して記者会見コントロールしているように見えていたが、実は単に受け答えができないだけだった。

無敵の官房長官は実はカカシだった。

岸田文雄

前期

森内閣から20年続いた自民党タカ派総理の流れ(麻生太郎はもともと保守本流だが)を断ち切る、久しぶりの穏健保守総理として「お、自民党も変わるのかな」という期待を少し匂わせた。

しかしその実態安倍首相操り人形の側面が強く、岸田文雄の押しの弱そうな印象も加わって、「大丈夫なのかな、この人」という不安も覗かせる。

2022-07-16

なぜ安倍さん国葬にしたいのか

そこがまず疑問なんだよな。


国葬を行うのが適法なのか」みたいな話も重要なんだけど、まず国葬賛成派閥の人たちは、何をもって「国葬にふさわしい」と考えてるのか教えて欲しい。

国葬」に付すってことは、要するに戦後直後の日本を率いた吉田茂レベル歴代総理中でも最高レベル政治家だったということになるだろうか、端的に言ってそこまでじゃあなくないですか。と


自分としても安倍さんは在任時期も長く、内外で功績があった人だとは思う。


でも、沖縄返還を成し遂げノーベル賞をとった佐藤栄作も、所得倍増計画を成し遂げ高度経済成長を推進した池田勇人国葬じゃなかった。

だとすると安倍さんの実績の何が「それ以上」になるのか。それを教えて欲しい。

アベノミクスは(少なくとも当初の理念は)評価されるべきだと思うけど、じゃあ所得倍増計画より凄かったのか?


ちょっと無理があると思うんだよな。平仄が合ってないよ。


あと、「外国から賓客がたくさん来るから」的な理由はかなり多く見るけど、だったらなんで今までの総理葬式国葬じゃないんだよ。

大平さんとか小渕さんとか、現職在任中に死んだ人もいるけど国葬じゃなくても対応出来てたじゃん。

anond:20220716081326

国葬って言われると、う~~~ん????なんだけど

国葬令は1947年に失効してるから国葬など存在しないんだ」って言われると、

いやいや吉田茂昭和天皇1947年より後に国葬になったがな、って言いたくなっちゃうんだよな

でもそれ言ったら安倍信者に見られるんだろうな

2022-07-14

国難級の問題が起きると毎度体調不良になって二度も逃げた、平時しかまらない安倍ちゃんのどこに吉田茂レベルの業績があるのかさっぱり分からない。

殺されなかったら間違いなく国葬にはならなかったよね。山上君のおかげだよ。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん