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2020-05-30

anond:20200529124907

MLPはよくプリキュアに擬えられるけどちょっと違うと思う。

プリキュアニチアサ文化ってものベースにあってそれありきで支持されてる。

一方MLP80年代ブームを起こし定着したのち(この頃から何度もアニメ化はされてきた )、だんだんマンネリ化し一時下火になったものの、

2010年から始まったアニメ、「〜トモダチは魔法〜」シリーズがその骨太ストーリーキャラクター造形から幅広い層から支持され空前絶後の人気となった。

ネトフリのドキュメンタリーシリーズ「ボクらを作ったオモチャたち」のマイリトルポニー回を見てもらうのが手っ取り早いだろう。

無理やり日本コンテンツに例えるなら、

昭和に一斉を風靡し何度もアニメ化されつつ、平成に入ってからは全く存在感のなかった「おそ松くん」を、

とっつきやすキャラクター設定、練り込まれサブカルネタが炸裂するギャグセンスで「おそ松さん」としてリブートし、腐女子という、今までの赤塚不二夫作品には見られなかった新たなファン層を獲得した事例に近いのではないだろうか。

「〜トモダチは魔法〜」の作風自体は強引に言ってけものフレンズに似ていると思った。

2020-05-28

ミリオンライブにおけるチュパカブラの件

運営は、GREEのころからトンチキテキストイベント)書いてたので驚きはない。

ない、がしかし、実装される曲ならきちんとゲーム内でもアンケートを取ってほしかった、って人は多いのかもしれない。

イベントの即応性はそりゃ大事かもしれないがそれのみで私たちチュパカブラですとかいわれてもなんだ、その、困る。

とはいえGREE版で私たちアイドルじゃなかったとか繰り出す運営なのでといわれたらそれまでである

このあたりの微妙なすべり具合については、妙な既視感がある。

昔「PBM」という遊戯があった。

今は「PBeM」というかたちで細々と残っている。

プレイヤーテキストキャラクターの行動を送り、運営マスターと呼ばれる)がそれを物語にする、という遊戯である

アナログMMOみたいなものだ。

あの世界を経ていると今のなろう系のスタンダードになったスキルやらポイントやらランクやらというのは、なんだか二週目の世界を見ているようでむしろ懐かしい。

なんでPBMの話をしたかというと、運営の手先であるところのマスター、つまりシナリオライター複数いて、当然作風というものがそれぞれある。

シリアスものコメディもの恋愛もの

色々あるけれど、何故か必ずトンチキなシナリオナンセンス系?)を書くライターがいた。

一定需要があるから首にならずに置かれているのだが、そのトンチキさはどうにも寒いな、と常々思っていた。

思っていただけで済んでいたのは、どこのシナリオライターが書いているお話に参加するか、はプレイヤーが決めることができたのだ。

からトンチキシナリオが嫌いなら、避ければよかった。

嫌なら見るなというやつである

だがトンチキシナリオを書くライターは速筆のひとが多いのか、やたらあちこちで見かけるのだ。

恐らく発注から無茶振りにもある程度のレベルテキストを書いて応えているため重宝されたのだと思われる。

だんだんトンチキシナリオが持てはやされるようになり、参加する場所が少なくなり、苦痛になってやめたゲームはいくつもあった。

長い前振りだが、ミリオンライブのトンチキ具合は、このPBMで見たトンチキシナリオテイスト無茶苦茶するのだ。

なんでだろうなぁと長らく考えていたのだが、ドラマCd仕事一覧、みたいな公開しているWEBサイトがあって、そこで事実を知った。

トンチキ感が共通するのは当たり前で、あの当時のマスターやってたシナリオライターのひとたちが、外注ライターで参加しているのだった。

あの当時PBM企業からライター料を貰ってトンチキシナリオを書いてるひとたちが、今もミリオンライブのトンチキシナリオを書いているのである

さもありなん。

とはいえPBMならば避けられたものが、ミリシタではプレイヤー箱推しをさせられているので(劇場担当アイドルを呼び出すとかそういう機能をどうしてつけてくれないのだろうか?)寒いこのノリを黙って受け止めるしかないのだ。

歌詞の後半部分はそれっぽいのになんかもったいないと思ってしまう。

歌い分けの貴重な曲をあのトンチキさで消してしまっているような気がする。

そんなトンチキさで新規を釣っても長居はしてくれないと思うんですがどうですかね。

・・・ところでPBMつながりでFGOレクイエムコラボイベントシナリオを書いているのが茗荷甚六というひとで、このひとはPBMでは無茶苦茶面白いマスターで当たりマスターだったのだが、FGOのこれは全然面白くはなかった。推測すると突貫で書き上げざるを得なかったのではないかと思われる。星空めておというひとは、エロゲシナリオライターの前はPBMマスターグランドマスターGM監督みたいな立場)のひとだったのだが、面白いお話をかくけどただひとつ欠点があり遅筆、ということなのであった。

ヘルプで呼ばれたのだろうか。

今のソシャゲの中で、もう滅びたPBMを支えていたひとたちが書いている。

懐かしいしうれしいのだが、トンチキシナリオは避けられるようにしてほしい。

無理か。

無理だろうな。

anond:20200527200624

よくわかったな。まさに児童文学出身というか、本が大好きだったのに大人向けの小説に馴染めないままこの作風になった感じだ。

しかしたら出会えてないだけで同じ作風の人結構いんのかな。増田は物知りだな。もっと早くここで相談してればよかった。

異色っつーのは要は「慣れるまで読むのがしんどいからまれないんだろうな」って意味だった。「馴染みがない」とかにすればよかった。

やっぱり賞がおすすめなんだな。そうしてみる。いいアドバイスもらった。

2020-05-27

anond:20200527042032

まあだいたい「異色」とか自称される作品は異色ではない。

増田が言うような作風も「ああいうやつね」とピンと来てしまう。

そういう作品は綺麗な景色のようなもの

ふと目にすれば誰もが見惚れるだろうけど

毎日通って見に行くようなものではないということ。

増田が真の天才である可能性もあるけど、それならなおさら賞に応募すべきだね。

児童文学オススメ

anond:20200527194818

小説を書くってのがあって、たまたまなろうを選んだだけだろ。

なろうの作風に合わせるのも一つだが、あんものジャンルのごくごくごく一部だ。

ついでに言うと「なろうはこういう作風から」ってのに合わせろと粋がってるのは馬鹿じゃない?とすら思うな。

追記小説が読まれない

なんか、みんながカチンとくるようなこと書くけど、多分色々ブーイングくるだろうけど

小説書き続けるのがキツくなってきて、何か手がかりがほしいので書かせてくれ。

自分小説を書く能力があるんだと信じてた。

から時々ネット小説をあげていた。

20歳の頃は自サイトにあげてたのだけど、それを見てくれたチャット仲間の人から「○○さんすげえ」とぼそっと言われた。

mixiにあげてた時は、好きな人から天才とはその人を通じて別の世界が見え隠れするような人のことだと思った」と言われた。

会社の同僚たちに小説アップしてた裏垢知られた時は「これがtwitterじゃなければいいね連打したい」「芸大試験ってフィルターがあるからこういうかっ飛んだ本物の人とは会えなかった」と言われた。

twitter投稿してる時はいいねすらつかないけど、後日オフで会った時は「あの小説面白いと思う」とか言われることもパラパラあった。

から書いた。書いて小説サイト投稿した。エブリスタと小説家になろう。

でも、全く読まれない。

作風は、なんとも言えない。意味ありげおとぎ話や詩の世界を長文化したような作風

イケメン美女恋愛すらほとんど出てこない。

ほかの作品を見ても自作は異色だと思う。

世の中字書きは多い。小説も山程あふれてる。

読む側からしても異色のものを読むのは気力がいるし、同じような作品を慣れた感覚で読めるほうが楽だろう。

しかし、じゃあ、小説ダメなんだろうか。

もっと数こなして何本も書ききって色んなコンテストに応募すべきだと思うのだけど、気力が弱って力が出ない。

信じる力が足りないのだろうか。これしかできないのに

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追記

みんなありがとう

書く、賞に出す、感想がもらえる場所を探す、児童文学でやってみる。

冒頭にあんなことを書いたけど私は才能とかはあまり考えてなくて、作家会社員と同じく書いては評価されてを繰り返して筆力をあげていくものだと思っているので、その鍛錬の場がなくて弱っていた。

webで読まれない私が賞なんて…」と尻込みしてたけどもっと貪欲感想もらいにいってみよう。がんばるよ

2020-05-26

[] #85-13「幻の10話」

≪ 前

「まあオレが何も言わなくても、放送局広告代理店にマトモな奴が一人でもいれば、そこでストップはかかっていただろうがな」

「でも今こそ向き合ってみませんか、この“幻の10話”と。頑張って作ったものが日の目をみないなんて、クリエーターには残酷なことでしょう」

父が“幻の10話”をリリースしようと言い出したのは、関わったスタッフたちへの贖罪もあったらしい。

「幻を現実にして、本作に関わったスタッフたちに感謝を……」

その感傷的な語り口調に、場は決定へと傾きつつあった。

「わっはっは! オレはどうやら学級会に迷い込んだらしいな。ヴァリオリは子供向けかもしれんが、作ってるオレたちは大人の筈だぞ?」

しかシューゴさんの露悪的な笑いは、その空気を一瞬で掻き消した。

「作ったものが日の目を見ないことなんて、この世界じゃあ日常茶飯事だ。世に出たとしても、不十分で満足できないことだって珍しくない。それに日の目を見ないことよりも、もっと残酷なことがあるだろう?」

「え……?」

「“反響”だよ。もちろん悪い意味でのな」

この10話をリリースすべきでないことを、シューゴさんは何度も説明した。

浮ついた作風一貫性のないキャラクター

非常に重たくて、手間のかかるデザイン

そうして頑張って作っても視聴者評価してくれず、誰も得しない。

“客にとっては目の前に出された料理が全てで、厨房の裏事情など知ったことではない”のだと。

最近この業界は優しくなったが、打たれ弱いアニメーターも増えた。そのくせ“世間から評価”という残酷さはそのままだ。いや、そういった意見現代の方が可視化されやすいから、むしろ酷くなってるかもしれん」

酷評されること前提で語るのはやめてください。そうならないように作るのだって我々の仕事でしょう」

「ほぅ、“コレ”を俺たちで手直しするのか? するってぇと、最終的な出来は、この資料とは掛け離れるだろうな。原形ないものを世に出して、それで関わったスタッフたちへの感謝になるとは思えんがな」

主張は乱暴でありつつも、現場最前線に立つシューゴさんには説得力があった。

上役を幾度となく説得してきた父のエモーショナルな語りも、彼の前では形無しだ。

「今さら寝た子を起こして結果が散々だったら、それは“感謝”という名の“公開処刑”になるんだぞ」

シューゴさんの言葉を聞きながら、新旧スタッフは“幻の10話”の資料を読み返した。

そして、これを基に自分たち制作する姿をイメージをする。

彼らはたまらず身震いをした。

その生理現象は、何よりの結論だった。

「奴らの努力無駄にしたくないってんなら、それこそ“無駄のままにしてやる”のが、せめてもの温情……ってオレは思うけどなあ~」

結果として、彼らのいう“激動”は、何も変わっていないまま終わった。

だが、そこには“変わろうとする跡”が確実にあったんだ。

何も変わっていないからこそ、“激動の跡”がより鮮明に見えるってことさ。

…………

……と、まあ、それっぽくはまとめてみたものの、この話には残念な点がある。

実をいうと、この出来事自体がどこまでが本当で、どこまでが嘘なのか分からないんだ。

「で、最終的にシューゴさんのタバコでボヤ騒ぎが起きて、資料は全部燃えしまい……」

「おい、話を盛るにしても、もう少しマシなこと言え! タバコなんぞ吸ったことねーわ」 

なにせ父たちが呑んでいた時、断片的に聞いた話だからだ。

その時に飲んでいたのが、悪酔いしやすい安酒だったから尚更である

シラフの時に尋ねても、コンプライアンスがどうとかで話してくれない。

なのでこの話はどこかが過剰か、或いは不足している可能性がある。

或いは“幻の10話”の如く、そもそも存在していたのかどうか。

(#85-おわり)

2020-05-23

[] #85-10「幻の10話」

≪ 前

そこからは、多くの有名コンテンツが辿る道だ。

コミカライズノベライズ、関連性のないゲームとのコラボなど。

様々なマルチメディア展開がなされ、ヴァリオリは“出せば売れる”存在となった。

募っても見向きしなかったスポンサー達は、今では頼んでもないのに「出資させてくれ」と言ってくる。

その場しのぎで作られた低予算アニメは、名実共にスタジオ看板作品となったんだ。


さて、話を現代に戻そう。

激動の中で生まれたヴァリオリという作品

そこに浮上した、「幻の10話」という余白。

それは一体なぜ“幻”となったのだろうか。

そのことを知らない新人スタッフたちは疑問に思った。

特に関心を集めたのは、脚本存在だ。

「この10話には脚本があるんですね」

「珍しいな~」

彼らは脚本があること自体に驚いていた。

「というより初めてじゃないですか。ヴァリオリに脚本なんて」

現在でも、このアニメリーズ脚本なしでストーリーを作られている。

それは当時、工数を削減するために行われた苦肉の策だった。

しかスタジオが大きくなった現在でも、基本的制作スタイルは据え置きである

可能な限り自社で作る」、「脚本なしでストーリーを考える」ことがヴァリオリの作風を支えるとされているからだ。

そこにきて、この“幻の10話”には脚本があるのだから、気になるのも無理はないだろう。

シューゴさんも脚本を書いたことあるんですね」

「オレに脚本なんて書けるわけねーだろ」

「え、じゃあ誰が書いたんですか。ムラタさんとか?」

「違う、書いたのはモトマスだ」

新人スタッフたちは首を傾げた。

トマスという名前に聞き馴染みがなかったからだ。

次 ≫

2020-05-17

鬼滅の作者が女性で驚いた

いやちょっと待てよ

女性からジャンプ購買層の中心である腐女子嗅覚にヒットした作品が書けるんだぞ

女性だったかジャンプ作風が違いすぎて打ち切られそうだったんだぞ

(そこから順応したのは大したものだけど)

女性からやけに台詞周りが独特というか変なんだぞ

女性から情景をやたらと地の文説明したがるんだぞ

女性から女性キャララインを間違えてフェミに叩かれるんだぞ

女性から突然変なネズミみたいなご都合舞台キャラ出してくるんだぞ

女性から爆発とか死ぬ気の精神描写が多いんだぞ

女性からラスト相手が自滅する形で斃れるんだぞ

女性から能力キャラを序盤に噛ませで出しちゃって後々から評価されるきっかけを作るんだぞ


ここまで書いてどれもジャンプ大御所作家と部分部分で一致してることに気がついた

女性とか関係なかったわ

売れる漫画家性質を程度に差こそあれ幾つか持ってただけだわ

2020-05-15

anond:20200515072424

ゲイビデオ現実ゲイは、ヘテロ向けAV現実女性と同じくらいかけ離れたものだし

そもそもゲイ向けだろうがヘテロ向けだろうがAVってのはファンタジーだが

AV現実区別がつかない人か

田亀源五郎エロ漫画ネットミームになったかと思えば一般誌で社会派路線に走ったりしている

作風変えてるだろ

エロ漫画ファンタジーだが、社会派路線漫画リアル寄り

違うジャンルだと分かった上でそれぞれのジャンルに合わせた作風にしているからどちらでも受け入れられるわけ

現実人間エロ漫画だのAVだのの描写を一緒にする感覚やばい

2020-05-14

anond:20200514182044

水島努って最近何やってるか知らんけど

昔の作風を思えば、今だとトランプ習近平安倍あたりを馬鹿にしてそうだよね

2020-05-10

anond:20200510222912

ボタンからシャツが取れた』的作風は20世紀で終わったよオジイチャン

辛口批評をしたがっている人の思い違いまとめ

○「最近くだらない作品が多いのは、辛口批評が少ないからだ」などという事は無い。単純に「(言うところの)くだらない作品のほうが売れるから」に他ならない。どんなに辛口批評が出回ってても、売れるのなら業界はそれをよしとするし、評価自体は高くても売れないと判断すれば業界は売らない。また仮に批評が功をそうしたとして、「くだらない作品が減ったから、くだらなくない作品が増える」とは限らない。どちらも売れるならどちらも売るし、どちらも売れないならどちらも売らない

○またそのうち、今の市場作風が飽きられ硬派な作品が日の目を見る時代が来るかもしれないが、それはそういう作品に関わった(あるいはこだわった)制作者やそれを支えたスポンサーの功績であり「批評がそれに少しでも貢献した」等という事はありえない

辛口批評をする人々はたいてい理論派で自分批評の正しさを疑わない。しかし、そんな辛口批評の大体は、料理に例えると「カレーハンバーグパスタあんなに美味しいんだから、全部混ぜ合わせれば美味しい物が作れるのに、何でしないんだろう」という素人意見程度の物でしか無い。殆ど作品には、ほんのわずかでも良い点があるはずで、そういったものも含めた全体的なバランスを見ずにその作品の悪いところだけを叩くような批評は、所詮その程度の物でしかない。辛口自称する人々は、作品をべた褒めする人々をけなす傾向にあるが、見る人が見ればどちらも同じ種類の存在しかない

○(辛口に限らず)批評制作者の制作活動に直接役立っている。なんて事はあまりない。少なくとも「(自分から批評をお待ちしておりますと明言しているわけではない、あるいは、そういう場に書いているわけでもない)制作者が批評を見て自分作品欠点を把握して自分作品に反映させる」なんて事はまずない。普段から意見を求めていないのにインタビューでそう言っている制作者がいたとしたらそれはファンへのリップサービスである。多くの制作者は批評を参考にするどころか見る事すらしない。なぜならメンタルをやられるから最初批評上等としている制作者も殆どが最終的に見なくなる

○「批評が無いか業界ダメになるんだ」と思っているのなら、大きな勘違いをしている。批評、というか「作品評価役」は存在する。それはスタッフの中にいたり、あるいは直接指名作品について外部の立場から意見を言ったりする。その枠組みに入っていない人は、つまり全体から見てその程度の存在しかなく、そんな人のする批評もその程度の批評しかない

○「良い作品を作るには辛口意見必要なんだ」というのはその通りだが、「褒める人間が多いか自分はけなしておこう」等という状況は、前述の通り著しくバランスを損なっている。一人の人間がきちんとバランスを取って一つの作品を『評価』するか、せめて褒める人と討論をする形式になっていないと価値はない。(ただし、仮にそうやって価値が出たとしても前述の通りそれが参照される事は基本無い)

2020-05-08

anond:20200508051230

漫画アニメに出てくる父親キャラって作者の世代による父親像が反映されてると思うんですよ。

波平さんは「ザ・頑固オヤジ」だし、ちびまる子ちゃんの父はいつもヘラヘラして何の仕事してるかわかんないし(実際は八百屋だったらしいけど変えてしまたから作者が「父親仕事姿」を想像できなかったんではないかと思う)野原ひろしは平日は毎日クタクタ。土日は家でゴロゴロ

平成に入ってからは、作者が「父親仕事でいつも家にいなかった」世代が増えてきたからなのか父親不在の家族も出てきた。これは高橋留美子作風の影響が大きいけど。

もちろんどれも魅力的な父親キャラではあるけど、現代父親を見てるとギャップを感じてしまうのは無理ないかなと思う。

共働きの親に育てられた作者が増えてくれば仕事家事もするし空気にならない父親も増えてくるんじゃないでしょうか。

2020-05-07

anond:20200505133956

今季は「球詠」のOPを見るんだ。

足の筋肉と肩幅がすばらしい。

本編だと腹筋もみれるぞ!

名作OPEDはたくさんある

単純に映像が素晴らしいのもあるけど、それだけじゃなくて、いろいろな切り口で名作たりうるので、リストとして上げていくのは難しい。

たとえば、プリキュアEDCGダンス)は好きな人がたくさんいる。プリキュアEDCGダンス評価されるのは単純にその映像のもの(もちろんすばらしい!)だけでなく、プリキュアシリーズとしてCGダンスを描き続けて、進化をしてきた結果でもある。

単体でみるのではなくプリキュアというシリーズ一気通貫にみることができるからこその評価という側面もある。

これはプリキュアにかぎらずジャンルとして、ロボットものとか、きらら系とか、アクションものとか、それぞれにそれぞれの文法があって、その中(あるいは外)で評価される。

歴代プリキュアEDダンスTVシリーズ劇場)をチェックするだけで一日充実した時間を得られるだろう。

あるいは前クールバンドリ3期のEDやプリチャン(プリパラ)のEDのように本編を補完(あるいはもっとつの妄想掻き立てるイラスト構成されたEDもある。

アニメとしての)映像としてみればものたりない。なんせ動かないしバンドリに至ってはイラスト一枚だ。しかEDとしてだめなのかいうと当然そうではない。

1枚(ないし数枚)のイラスト構成されたEDの名作は数々あって、有名なのは神無月の巫女」だろう。(当然上記2つも)


梅津泰臣映像が好きなのであれば、本編とはまた違った魅力を表現してくれるOPEDがある。

この方向だとよく知られているのは鈴木典光で、主にボンズED担当している。

鈴木典光で有名なのは、なんといっても「ちょこッとSister」がある。

本編とは違ったテイストEDが描かれることはままあって、最近では「アイカツシリーズ」が当てはまる(本編とは作風の違うイラストオンリーCGでのチャレンジと両方あって興味深い)。

まとまりはないが、何が言いたいのかというと、名作OPEDはたくさんあるから、発掘する価値があるということだ。

2020-05-04

anond:20200504234212

蛸壺屋は、艦これ戦争暴力モノを連発しだしてから本当にワンパターン薄っぺら作風になって残念

あれだけ続編が出るってことは彼のファン史実トレース凡庸戦争モノを支持してるんかな

生活がかかってるのもわかるし、同人誌ネタにして話題にできるような作品が少なくなったのも理解する

だけど、あったかものドン底まで突き落としてくれるような挑戦的な作品を出してくれることを期待してる

anond:20200504104340

一生日陰者でいろとは言わないが一般で描くなら最低限タッチ作風は変えて欲しい・・

最近一般誌は過激すぎる

2020-04-22

anond:20200421165733

真面目で素朴な作風リスペクトしていた先生が、性欲に溺れて女性アシスタント暴力を振るう色情魔だった

あれはもう同じ気持ちで読めない

anond:20200422115600

繊細で自分世界を持った作風だったのに糊口を凌ぐために流行り物(FGOとか)のやたら露出多いグッズを作っていたり(しか原作への愛も萌えフェチも無さそうな)

ここは当人勝手だろ……

お前の願望を他人投影するのはやめた方がいいよ

若いころに好きだった作家が落ちぶれているのTwitterで知ると辛いね

若いころに模写しまくって自分の絵柄を構成する一部になっているレベルで大好きだった作家人生上手くいっていない姿をTwitterで知るのは辛いね

繊細で自分世界を持った作風だったのに糊口を凌ぐために流行り物(FGOとか)のやたら露出多いグッズを作っていたり(しか原作への愛も萌えフェチも無さそうな)、仕事が無くて暇なんだろうけど量産型ネトウヨやアベガーやツイフェミになっていたり。

同じように今はもう表に出る仕事はしてなくても、良いSNSの使い方している先生もいるのでなおさら

過去代表作の思い出話をちょっとした落書きを付けて語ってファンを喜ばせてくれたり、子供と一緒に最近アニメぶつ森を楽しんでいるほのぼの家族漫画を上げていたり、そういう良い歳の取り方をできている人たちとは何が違ったのだろうか?

好きだった漫画家が漫画家辞めてた(辞めてない)

https://anond.hatelabo.jp/20200421165733

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