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はてなキーワード: 都電とは

2019-09-06

踏切を作るなって法律作ったらどうか

道路線路が交わる時は道か線路、どちらか高架か地下通トンネル鉄道を建てる時に必須にする

最初から鉄道会社が負担をする

都電死ぬ

2018-04-24

手帳持ちの発達障害者ですが手帳を持ってもあまり良いことはありません

特典は特にない

発達障害者はだいたい精神障害者保健福祉手帳の3級をもらうことになると思うのですが、

特に支給される手当はありません。

自治体によっては交通費助成があったりします。例えば東京都だと都電乗り放題です。

ですがほとんどの自治体にはそんな素晴らしい助成は無く、あったらラッキー程度なのであまり期待しない方が良いと思います

映画ちょっと安くなりますけど、そんなに頻繁に映画なんて行きませんよね?無いよりはマシですが。

年末調整障害者控除がありますが、それくらいですかね…

 

ちなみに医療費を抑える自立支援制度手帳を取得とは別(手帳を持っていなくても制度を利用出来る)なのでメリットに入りません。

障害者雇用は安すぎる

障害者雇用で就職するとかなり給与水準が低いです。場合によっては生活もままならない場合もあります

それでも特別な手当や年金の類いはありません。厚生障害年金手帳3級程度程度ではなかなか受給出来ません。

そのため経済的に自立が出来ません。

クローズ(一般枠)で入れば配慮なんてしてもらえません。どちらに進んでも地獄です。

場所がない

福祉施設のどこに行っても自分よりも遙かに自閉度の重い当事者常連で、

自分はそういった方の支援に回る側になってしまます。つらいです。

気を遣うのにものすごいエネルギーを使う自分普通社会以上に気を遣わなくてはいけないので気持ちも張りっぱなしです。

2018-02-21

anond:20180220163818

千葉モノレール沿いに住んでたことあるけどクソでしたね。

都電と変わらないクオリティのクセして運賃が異常に高いんです。

モノレールで移動する距離くらいなら自転車で移動できるしほんとクソでしたよ。

モノレールの駅もどこで降りようが全部田舎なんです。

なんの夢もない。田舎から田舎への移動ってなんか意味あります

東京から千葉に移り住んだので余計そう思えたのかもしれませんが、まあひどいところでした。

2017-09-19

anond:20170919051244

~104km

駅名よみ距離(km)県1県2
守山もりやま104愛知県滋賀県
なぎさ100長野県岐阜県
大谷おおたに99.5滋賀県和歌山県
せき98.2岐阜県三重県
平岸ひらぎし96.6北海道赤平市北海道札幌市
小野おの96.6京都府兵庫県
船津ふなつ94.9三重県紀北町三重県志摩市
赤坂あかさか91.9東京都山梨県
大久保おおくぼ91.1京都府兵庫県
桜川さくらがわ90.7滋賀県大阪府
立野たての89.9佐賀県熊本県
追分おいわけ83三重県滋賀県
古市ふるいち79.4大阪府兵庫県
五条ごじょう79.1京都府奈良県
木津きづ78.1京都府兵庫県
曽根そね73.8大阪府兵庫県
十日市場とおかいちば73.2神奈川県山梨県
赤池かい72.6岐阜県愛知県
卸町おろしまち72宮城県福島県
霞ヶ丘かすみがおか69.5兵庫県奈良県
橋本はしもと69京都府和歌山県
小川町おがわまち67埼玉県東京都
黒沢くろさわ64.4秋田県横手市秋田県由利本荘市
桜井さくら58.7大阪府奈良県
下島しもじま52長野県伊那市長野県松本市
入谷いりや48.9東京都神奈川県
九条くじょう46京都府大阪府
東山ひがしやま45.2京都府奈良県
長田ながた44.7大阪府兵庫県
霞ヶ関かすみがせき43.5埼玉県東京都
さくら42.2愛知県三重県
栄町さかえちょう40.8千葉県東京都
九条くじょう39.2京都府奈良県
明智あけち38.6岐阜県可児市岐阜県恵那市
平野ひらの32.8大阪府兵庫県
柚木ゆの31.6静岡県富士市静岡県静岡市
九条くじょう31.4大阪府奈良県
住吉すみよし30.5兵庫県大阪府
平和台へいわだい27.1千葉県東京都
足柄あしがら24.6神奈川県静岡県
小野おの24.2滋賀県京都府県境を越えるもので最短
日比野ひびの17愛知県愛西市愛知県名古屋市
小杉こすぎ16.9富山県富山市富山県射水市
高井田たかいだ14.5大阪府柏原市大阪府東大阪市

同一市町村

駅名よみ距離(km)会社名1会社名2
春日井かすがい5.3JR東海名鉄
志井しい2.8JR九州北九州高速鉄道
野々市ののいち2.7JR西日本北陸鉄道
尼崎あまがさき2.5JR西日本阪神
白石しろいし2.2JR北海道札幌市営地下鉄
長田ながた1.8神戸電鉄神戸市営地下鉄
市場いちば1.6JR西日本神戸電鉄
西宮にしのみや1.3JR西日本阪神
御影みかげ1.3阪神阪急
平野ひらの1.3JR西日本大阪市営地下鉄
石川しか1.2JR東日本弘南鉄道
芦屋あしや1.1JR西日本阪神
早稲田わせだ1東京メトロ都電
塚口つかぐち1JR西日本阪急
白島はくしま1広島高速交通広島電鉄
味美あじよし1名鉄東海交通事業
伊丹いたみ0.9JR西日本阪急
宇治うじ0.9JR西日本京阪
城野じょうの0.9JR九州北九州高速鉄道
嵐山あらしやま0.9阪急京福電気鉄道
十条じゅうじょう0.9近鉄京都市営地下鉄
住吉すみよし0.9JR西日本神戸新交通阪神
琴似ことに0.85JR北海道札幌市営地下鉄
郡元こおりもと0.85JR九州鹿児島市電
今里いまざと0.85近鉄大阪市営地下鉄
浅草あさくさ0.8東武地下鉄つくばエクスプレス
吹田すいた0.75JR西日本阪急
野田のだ0.75JR西日本阪神
春日野かすがのみち0.7阪急阪神
谷山たにやま0.7JR九州鹿児島市電
弘明寺ぐみょうじ0.5京急横浜市営地下鉄
中津なかつ0.5阪急大阪市営地下鉄
堀田ほりた0.45名鉄名古屋市営地下鉄
福島ふくしま0.35JR西日本阪神
黄檗おうばく0.3JR西日本京阪
朝倉さくら0.3JR四国とさでん交通
甘木あまぎ0.25西鉄甘木
草薙くさなぎ0.25JR東海静岡鉄道
伊野いの0.23JR四国とさでん交通

2017-02-19

幻の品川駅北品川駅よりも南に存在した

京急電鉄前身京浜電気鉄道線の開業時の品川駅北品川駅よりも少し南に存在した[要出典]。少しといっても南に30m[要出典]。こちら本当の品川駅である[要出典]。都電との乗り入れを解消した際に駅を移転し、30m北に移ったので、北品川と改称した[要出典]。現在品川駅として通用している駅は東京都港区高輪三丁目にあり、品川駅と名乗りながらも実は品川区存在すらしない図々しさである。よって、品川駅高輪駅に改名することが望ましいと考えられている[要出典]。このため、北品川駅は、現在品川駅の南にありながら北を名乗るという矛盾を抱えながらも、品川駅に復帰する日を待っているのである[要出典]。

http://anond.hatelabo.jp/20170219120954

2016-12-04

SMAPに関するたたき合い

12月になった。

SMAP年末を持って解散するという。

SMAPのことを語ることは、すでにちょっとしたタブーとなりつつある。

事情も知らない部外者がなんか言ってるんじゃない」という批判を受けるからだ。

この初めて使う匿名ダイアリーも同じように怒られてしまうかもしれない。

  

署名運動が盛んになったり、新聞掲載都電ばんえい競馬TV局へのメッセージなどいろいろなところで何とか解散しないようにと活動するファンがいる。

彼女たちの活動に関して批判するわけではない。

自分の好きなアーティスト活動もっと見たいという署名

彼らが出演するメディアへのメッセ―ジ。窓口が設けられている以上悪くはないと思う。

ただ、「彼らが解散したくないといっている」「事務所解散させられる」「これはパワハラなんです」

こうなるとちょっとどうだろう?申し訳ないが気持ち悪さを感じてしまう。

それは事実かもしれないし、事実ではないかもしれない。それを憶測だけで書くのはどうなのか。ここは間違っていると思う。

「彼らの発言をみればそんなことを考える人ではないことがちゃんとわかる」

人の気持ちは変わるし、気持ちだけではどうにもならないこともある。そして、他人気持ちは変えられない。

彼らがもし、「解散したいか解散します」と発言したならば納得する人も多いかもしれない。

それがはっきりと示されていないことで混乱を招いたのはよくわかる。私の好きなもの活動が終わるとして、こんな終わり方で納得できないのもわかる。

もし彼らが本当に「解散したいんだ」と思っていたとしたら、存続を願うことは酷ではないだろうか。

でも「彼らが本当に解散したい可能性」を取っ払って考えたら、暴走ちゃうよなぁ、と思う。

  

一方でこうしたファンツイッターで裏アカウントだの愚痴アカウントだのを作ってたたいている人。

こちらも気持ち悪さを感じる。

グループファンを名乗りながらそのような発言をすることでファン自体、またタレントマイナスイメージが付くことがわからないのだろうか?

(こうしてここで匿名で書く私も同じかもしれないが、何をどこで書いてもたたかれるので。

私はSMAPファンでも、そのとあるほかのジャニファンでもないが、インターネット上でたたき合いをするいい大人たちのよくわからない争いは、もう見るに堪えない。)

何をしても事務所のせい、何をしてもI氏のせい。どちらもしていることはおなじではないか

もちろん良識あるファン存在することも知っているが、タグをつけてつぶやいたり、

プロフィール応援する人の名前を書いているということがどういうことなのか今一度考えてほしい。そういう人の発言が、一番目に留まりやすいのだから

  

私はとあるグループファンだった。

事情は違えど、彼らは唐突事実上解散した。解散というのは、メンバーが全員揃っていないこといいたい。

数名はグループ名を変えて活動した。国内国外いろんなところで。

残りの数名はグループ残留するかたちをとり、以前と同じグループ名で活動した。

ただ純粋に彼らの音楽を、彼らを応援していた人たちは突然スタンスの違いで攻撃あい、二度と分かり合えないような状態になった。

どちらも応援する人。

どちらかだけを応援するひと。

どちらかだけを応援して、もう一つのグループのことはファンタレントも徹底的に批判する人。

過去の姿が好きだっただけで、今はもう応援していない人。

そして、元のメンバーでの活動を望む人。

望まない人。

過去楽曲について、過去グループについて語ることはできなくなった。

当時の曲をいいよねといえば、「いまだに全員での活動を望んでいるお花畑一生懸命活動している彼らに失礼だ」と攻撃を受ける。

皆ただの一ファン芸能人にとってのなんでもない。過去楽曲を聴こうと、彼らの作りだしたコンテンツひとつにすぎないのだからいちファン糾弾されるのもおかしい。

事実上まだ作品流通しているのだからいいじゃないか

スタンスの違いなのか、いったいなんなのか。

私は心底疲れてしまい、彼らのことは全く応援しなくなった。たまに過去楽曲聴くが、名曲ぞろいだったなと思う。

  

話がそれたがSMAPファンも今こうなりつつあるのではなかろうか。

年末までの活動と割り切って応援する人。

そもそも一人のメンバーしかきじゃなかったという人。

5人でのグループ存続を信じて活動する人。

活動する人を否定する人。

25年も活動してきて、名曲もたくさんある。

当時の楽曲について話せなくなるのはおかしいし、5人または6人の話をする人は皆復活を望むお花畑だとたたかれないでほしい。

曲に罪はないし、過去に罪もないのだから

存続を願って活動する人。

それを批判する人。

どちらも今一度冷静になってほしい。

メディアに踊らされているのにメディアに頼る矛盾に気付いてほしい。

何の生産性もないたたき合いに何の意味もないことに気付いてほしい。

単なる一般人の私だが、SMAP報道が出た夜中にはびっくりしてしばらく眠れなかった。

当たり前にテレビに出ていた人にも当たり前はないのだと。

  

泣いても笑っても、おそらく今月末までというのは変わらないのだろう。

この残された一か月ですべきことはたたき合いだろうか?それとも根拠のない陰謀論を流すこと?同じCDを買いあさること?

本当に彼らのために何かをしたいと思うのならば、すべきことは何だろう?

2015-08-30

フェイスブック満載な飲食店は、ジモティに受けない

★先日、前から気になってた東池袋メゾン青樹・RoyalAnnex」の外観見た。

 そこの2階に「都電テーブル」という「いかにもイシキタカイ系のオーガニック定食屋」があった。

 男性一人だけだと気恥ずかしくて入れない雰囲気だが、たまたま女性同僚もいたので入った。

 2階の店内に入ると、予想通りの店内レイアウト。配管は「わざと」剥き出しで、テーブルも椅子も木製。

 BGMジャズで、あちこちに店のコンセプトの案内とか、街づくり書籍とか、「クラウドファンディング募集中!」とかの案内が。

★なんか「こだわりの食材無農薬定食」を1000円で食べたが、味音痴自分は、それが1000円の価値があるだけの美味しさなのかどうか、わからなかった。

 因みにヘルシーなボリュームなので、早くも3時頃にはお腹が空いた(笑)

★因みに1階に「なか卯」があり、ガテン系男性が連れだってなか卯に入って行って盛況だった。

 「都電テーブル」の方は空いていた。1階と 2階の立地の差、値段の違い、ボリュームの差、でもそれだけじゃないと思う。

★一番の「差」は、都電テーブルの

 「私たちオーガニックでイシキタカイです、フェイスブックで応援お願いします」な雰囲気が、ガテンワールドと「対極」だからなんだと思う。

 値下げしても、ボリューム増やしても、あのガテン人達は、あの雰囲気の店は「入りづらい」。

 港区とか渋谷区とかなら、この手の「イシキタカイお店」は「地域に馴染んでいる」が、

 豊島区という立地だと、「イシキタカイお店」は「地域から浮いている」んだよね。

 メゾン青樹のコンセプトは「街づくり」で、都電テーブルはメゾン青樹オーナー肝いり案件

 だが、結果的には「地域から浮いている」

★突き詰めれば、フェイスブック文化が似合うのは渋谷区とか目黒区であり、豊島区には似合わないということ。

 豊島区でも、ラーメン店は単価1000円でも客はワンサカ来る。だから、「値段の問題ではない」

 これ、サンシャインに新コンセプト店「リンガール」を出店して、見事にズッコケタ、リンガーハットと同じ失敗だよね

★「私たちフェイスブックしてま~す」な店って、(遠くに住んでる)フェイスブックの友人100人を来店させる動機にはなるが、

 フェイスブックをしない周辺地域住民10000人にとっては、「なんか、お高くとまっていて、入りづらい」と思われてしまうだけ。

 日本におけるフェイスブックの普及状況って、丁度「イシキタカイ系」と「イシキタカくない系」の境目あたりだからなあ。

 フェイスブックが「イシキの高さのアイコン」の役割を果してる現状では、フェイスブック普及率の低いエリアで、「フェイスブックしてま~す」な店を開店しても、地元民の反感買う

 フェイスブック系のお店を、フェイスブック文化根付いてないエリア開店しても、最初のうちは「御祝儀」で遠くのフェイスブック友人が来店してくれるから

 「ああ、順調な滑り出しだ」と錯覚する。

 でも、遠くのフェイスブック友人は、次第に来店しなくなり、閑古鳥が鳴くようになる

★だから飲食店を「継続」させるには、フェイスブックに頼らずに、地道に地元根付いた、泥臭い営業をするのが、急がば回れで近道だと思う。

 チラシ巻きとか、地元事業所への挨拶回りとか。

 「都電テーブル」は、そのような地元どさ回り営業を、キチンとやったのか?

★これって、単に飲食店だけの話じゃない。

 いわゆる「街おこし、地域おこし」も、電通崩れなエセコンサルタントの作文に乗っかって、フェイスブックで完結するようなエセプランに終わってるようでは、早晩行き詰まる

辛口エントリ書いているのは、逆に言えば、メゾン青樹の青木氏や都電テーブルに「期待」してるからなんです。

 期待してるからこそ、安易フェイスブックワールドの殻に閉じ籠るのではなく、ガテンな人も含めた地元民を「巻き込んで」欲しい。

 もともと都電テーブルは、子連れママの行き場所確保を目的としている、と聞いている。

 その志は良いのだから、「子連れママとガテンなオジサンとの交流」という高い目標チャレンジして欲しい。

 今のままだと、自分みたいなオジサンは、気後れして、入店したくても入店できない

 まあ、あの辺の大家である青木氏としては、

 「これを機に、イシキタカイ系の人達が、目黒区辺りから豊島区、あわよくば自分マンション引っ越して来てくれたらもうけもの」ということなんだろうな

★この辺のフェイスブックなお店って、マスター側もお客側も、トシでも40歳台、まあ普通は30歳台が殆ど

 50歳台60歳台の客は殆どいないし、仮に興味ある60歳台がいても、「なんか若い人ばかりで、入りづらい」と感じる

 (四捨五入したら50歳な自分も、入りづらかった)

2014-10-28

遅番

昼も夜も関係なく働く人たちをウェブシステムから支える自分会社には早番、遅番という規則がある。

9-18が就労規則で決められた普通の勤務時間なら、遅番は13-22という感じに変則的な勤務時間になる。

アプリケーションの大きな更改時期に、アプデに付き物のクレーム、問い合わせに

ソフトウェアの開発側として、運用チームさんの側でサポートにあたるのが大きな仕事だ。

大抵は何もないので、昼過ぎに来た眠い頭は一度も切り替えられないまま、ペン回しに専念して終わる。

最近は遅番が月一でやってくる。

ソフトウェアリリース直前は大抵暇である

人事を尽くして天命を待つほどの悲壮感はない、気だるい雰囲気

自分残業時間が60hを今月も超えていることを、つかの間だけ忘れさせてくれる。

から今日は前回のリリースからちょうど一カ月ぶりに定時に帰った。

明日昼過ぎの出社だ。

事前にわかっていたことなのに、やっぱり今回も空いた時間の使い方が分からない。

ほぼ毎日が21時過ぎに退勤していたつい先日の慌ただしさにも

休日が週一ということまでセットになった規則正しさがあって何も考えなくてよかった。

今はただ訳のわからない隙間に不安だ。

年末調整の紙を書いて、モヒートの空き缶を片付けて、後何をしていよう。

雑司ヶ谷の文字がちらっと車窓から見えた。

学生の頃は、大学から都電沿いに歩いて途中で著名人のお墓に手を合わせるだけで

残りの半日はなんとなく幸せだったのに。

今は先が知れてることをもったいなく感じて、足が進まない。

今ここで電車を降りたらなんか変わるかもしれないのに。いや変わらないかもしれない。

なんとなく困ったときは、ニコニコ動画だ。今決めた。

ちょうどシフト予約していたごちうさを6話ぐらい見て寝よう。

としあきなりすましてもいいのかも。

酒を煽りながら、誰かの言葉に目をすませていたい。

まらない大人になったかはわからない。

一人は好きだと言っていたかつての自分想像できた今からそう外れてないから

ただ、こんな持て余した感情までは分からなかった。

その事実が、仕事が終わるたびにぶり返す腰痛よりも加齢を感じさせる。

2014-04-12

豊島区エルサレムと『雑司ヶ谷R.I.P.

樋口毅宏小説さら雑司ヶ谷』は、東京都豊島区雑司ヶ谷舞台にした小説ゲリラ豪雨幼なじみとの恋、やたら強い中国人との愛憎入り交じる関係オザケンタモリなどがごちゃごちゃになって、一気に読めてしま楽しい(←人による)話だった。主人公の祖母は大きな宗教教祖なんだけど、続編の『雑司ヶ谷R.I.P.』では教祖だった祖母が亡くなり、後を継ぐことになった主人公に大きな困難が降りかかるという話だった。

主人公が継ぐことになる宗教は、雑司ヶ谷に本拠地がある「泰幸会」。都電庚申塚駅(新庚申塚だったかも…)の近くに「泰幸会スーパーアリーナ」という大きな宗教施設を持っているという設定。ちなみに庚申塚駅というのは「おばちゃんの原宿」で有名な巣鴨地蔵通りの終点にある駅。ここを読んだとき、なるほど!と思った。雑司ヶ谷から庚申塚都電で行けるということだけではなく、巣鴨のまわりには大きめな宗教施設がやたらとたくさんあるからだ。

巣鴨駅の近くには創価学会東京戸田記念講堂、三田線の隣駅である千石の閑静な住宅街にはパルテノン神殿のような天心聖教の本部聖堂巣鴨大塚の間くらいには真如苑大塚支部、西巣鴨というか西ヶ原四丁目には天理教の大きな教会。大きくはないけど、大塚にはサイエントロジー東京もある。もちろん、地蔵通り商店街にはとげぬき地蔵で有名な高岩寺もある。巣鴨宗教施設がたくさんある理由はよくわからないんだけど、これだけの集まっているのはある意味すごいと思う。

そういえば、『さら雑司ヶ谷』が大きな影響を受けているであろう『池袋ウエストゲートパーク』がドラマ化された際、長瀬智也演じるマコト実家池袋果物屋だった。東京で暮らすようになって、池袋駅北口にある小さな果物屋さんをみつけたときには「あのマコト実家だ!」と感激したものだった。『雑司ヶ谷R.I.P.』に出てくる「泰幸会スーパーアリーナ」が庚申塚にあることを「ありそう!」と感じるのは逆だけれども。

夕暮れの巣鴨地蔵通り、とげぬき地蔵の前で、メイドさんが呼び込みをしているというカオス風景を見て、そんなことを思い出した。

2014-04-01

井の頭線以外に住む東大生上京組)の人脈は広い?

春は新居探しのシーズンである

18歳で大学上京する人は昔よりは減ったが、まだまだ多い。

上京する学生は、東京40キロ圏の各駅について「交通利便性」「家賃水準」「物価」「お洒落度」などの基礎知識を持ちあわせていない。

しかも家を探す時間は少ないので、街探しも「急いで、妥協した結果」に終わりがちである

例えば東大生だと、大半は(駒場東大前と同じ沿線の)井の頭線に群がる。

一本で通える点は魅力的ではあるが、家賃水準は安くない。木密エリア井の頭線沿線存在しないから家賃が高止まりしている。

一方、敢えて池袋辺りに住んでた東大生自分は知ってる。

なかなかアタマがいい、と感心した記憶がある。

あの辺り、古いアパート現存してるから家賃は安い。物価も安い。バイトも便利。

何より本郷キャンパスに行きやすい。(中期的には駒場キャンパスへの利便性より本郷キャンパスへの利便性重要

井の頭線東大生は友人も東大生に片寄りがちだが、池袋とかだと、同じアパート早稲田とか立教とかもいる可能性があるから

人脈が多様化するメリットもある。

というか、「東大生蛸壺化している」井の頭線沿いに住むより、人脈の多様性を拡げる意味で、

井の頭線「以外」に住んだ方がいいような気がする。

江戸川橋の「和敬塾」にいた東大生もいた。

駒場キャンパスにも本郷キャンパスにも中途半端に行きづらい立地だが、早稲田生とかと人脈出来たんだろうなあ。

和敬塾都電時代には、それはそれで便利な立地だったのかも。

例えば「東大生がどこに下宿するか?」って、学生課や大学生協データ化してると思うが、

さらに「井の頭線下宿者」と「井の頭線以外下宿者」の将来の人脈の差異、というのは、立派な社会学テーマだと思う。

2014-03-26

中高一貫校偏差値は、鉄道網の発展や人口重心移動に左右される

自分ツイート転載編集。読み苦しいかもしれませんがご容赦を。

★近年池袋にある豊島女子中は女子御三家匹敵する偏差値にまで上昇しているが、

 「池袋湘南新宿ライン副都心線が乗り入れたか偏差値が急上昇」した、という説がある。

 大宮浦和川越志木武蔵小杉東横線横浜・・・辺りから通学しやすくなったから、一気に偏差値が上がった

 (他の「御三家」はターミナルにないので通い辛い)という説。

開成歴史は詳しく知らないが、千代田線(常磐緩行線)が西日暮里開業して、一気に偏差値が上がった、ということはないか?

 というか、山手線京浜東北線西日暮里駅自体が、千代田線に合わせて作った新駅だからなあ。

 それまでは開成日暮里又は田端から歩いてた、陸の孤島だった。

 西日暮里駅開設で、山手線京浜東北線千代田線で「集客」できるようになったから、開成偏差値が上がった説。

男子御三家の中で武蔵が低迷してるのは、立地が山手線の外で、北西方面の中学生以外からは「通学が不便」だからでは?

★灘が名門になった背景には、京阪神間の鉄道インフラの充実が確実に影響している。

 灘は住吉(国鉄JR)、魚崎(阪神)、岡本(阪急)が使える。昔は阪神国道線(路面電車)も利用できた。

 ライバルの甲陽は、阪急以外は使いづらい。この辺も影響して偏差値格差

 昭和40年代神戸高速鉄道開業し、山陽神戸電鉄沿線の子供も灘に通いやすくなった。

 灘が東大合格者数が1位になった時期がそれと一致するのは、単なる偶然か?

★灘は90年代になって交通アクセス的に便利になった

 (住吉快速停車、魚崎快速急行停車、岡本特急停車)

 その分偏差値もアップしないとオカシイのだが・・・

近鉄阪神なんば直通運転で、従来なら東大寺学園を目指した奈良秀才が、灘を目指すようになったらしい。

 徐々にその効果が出てくるのでは?

★80年代開成が灘を抜いたのは、「開成が上がった」というよりは「灘が落ちた」というのが正しいのでは?

 70年代関西の繊維とか商社とかがダメになり、本社東京流出が目立ちはじめ、アッパードルの親が東京流出したのも大きい気がする。

名古屋圏御三家や灘クラスの難関中学を生み出さない理由の一つに、

 「優秀な生徒を効率良く集めるインフラがない」、つまり鉄道網が首都圏関西圏より貧弱」という理由もあるのでは?

日比谷高校凋落の一因は、確かに制度改革の影響が大きいが、

 他にも「アッパードルクラスが、従来なら都電エリアに集住してたが、

 高度成長以降、郊外にも分散居住するようになり、学区内のアッパードル数が減った」影響も無視できない。

筑駒が躍進した一因に「アッパードルクラス人口重心日比谷付近から渋谷付近に、南西に移動したから」

 という要素はないか?

★「アッパードルクラス人口重心が、中高一貫校難易度に影響する」仮説が正しければ、

 湾岸エリアのタワマン大量供給は、中高一貫校偏差値を左右する力はある。

開成の躍進は「アッパードルクラス人口重心西南移動」に反するが、

 あれはやはり埼玉常磐エリアアッパードルクラス一網打尽にしたんだろうな。まさに西日暮里駅効果

★こうみると、アッパードルクラス人口重心から超然としているラサールって、異質だな。

 ラサール歴史は知らないが、ひょっとして敗戦時に「日本キリスト教化しよう」と開校したのか?

 戦前に、保守権化のような鹿児島キリスト教学校設立が認められたとはとても思えない。

 鹿児島って廃仏毀釈を徹底して仏教すら否定した土地から、そういう土地キリスト教を容認するとは信じられない・・

 ラサールが「アッパードルクラス人口重心論」を無視して、今でも東大合格者数が上位なのには敬意を表する。

 これは、ラサールキリスト教信心が強いことを証明している。

 逆に言えば、そこまでして頑張らなければならないほど、鹿児島保守が強いことを逆説的に証明している。

 多分、地元鹿児島県鹿児島市役所鹿児島銀行鹿児島新聞などは、昭和30~40年辺りは「鶴丸高校閥」が強固で、

 ラサール出身はいくらアタマが良くてもなかなか出世出来なかったんだろうな。だから福岡東京を目指すしかなかった。

 ラサールの開校は1950年。つまり長老OBでも79歳以下。だから政界への影響力は鶴丸には遠く及ばない

 あえて書くと、「逆説的だが、ラサール高校鹿児島保守性のお陰で東大進学校に成長できた」

久留米付設は孫正義を生み出したが、久留米付設が優秀な背景には、

 筑豊三池関係で優秀なアッパードル層があの辺りに存在した影響もあると思う

 (はてなー自分は、「はてな」というサービスを生み出してくれた近藤氏そして京都大学感謝している)

日本私立中文化が、日本の高度な鉄道インフラを前提としてるのは紛れもない事実で、

 例えば都市公共交通が未発達なアメリカだと、「公共交通で通学なハイスクール」は成立しない。あるとしたら寄宿舎型?

 イギリスとかは寄宿舎型の私立スクールとか盛んですが、あれは都市交通首都圏ほど発達しなかった裏返しかもしれない

鉄道インフラの進展と私立中高校レベル推移について、交通社会学?が専門な原武史先生論文書いて欲しいもの

サピックスの配置は街の年収知的民度可視化している説。

 デベロッパー的には「サピックス教室がある駅の土地を買ってマンション供給すれば、

 質のいい(高所得な)住民がマンション買ってくれる」から、「サピックス教室があるかどうか」が用地買収の目安になる。

2011-07-28

いったいどこのテレビ局なんだ(怒)

休日の昼間のテレビで「このお店やすーい」「このお店美味しい」「この遊園地おもしろーい」・・・


全部東京の話ばかり!!

ここは東京でもないし、関東でもないぞ!


アド街ック天国!?一地方の一商店街の話題を全国放送する必要あるかっ

ディズニーランドのお得情報!?東京千葉)まで行くのにどれだけ交通費かかると思ってんだっ


いや、在京キー局が作った全国向けの番組なら宣伝でもまだ堪えられる(アド街は週遅れ放送という訳分からん形態だけど)。


平日夕方のローカルニュース枠にまで東京が進出してきやがった。

ここは地方局が地元地域情報を流す時間枠だ。

地元の安売り情報」「地元のおいしいお店」「地元観光情報」を流せばいいんだよ。


なぜに地方局のスタッフと経費使って都電沿線のおいしいお店の情報はとバスツアーのお得情報を放送しなきゃならないんだ。

地方局のアナウンサーに「都電沿線のお店のコロッケ、美味しそうでしたねぇ」って言わせてどうしようってんだ。

そんなもん別の時間帯の在京テレビの全国番組でいくらでも同じ内容流してるだろ。

ローカル枠まで進出してくんな!


東京うぜー

地方局に寄生してんじゃねーよ


地方局!お前はどこの県のテレビ局と思ってんだ!

2009-06-07

蛍の名所を教えます

昨日の夜、椿山荘庭園に蛍を見に行った。

雨上がりということもあり、無数の蛍の飛ぶ様は、幻影的でさえあった。

この蛍、実は椿山荘無料で開放している。

昨日は土曜だったので、さすがに人が多かったが、ここの庭園は狙い目である。

椿山荘交通の便の悪いところがメイン入り口になっているが、実は下にも入り口があり、ここは都電早稲田からなら5分、東西線早稲田からなら10分、有楽町線江戸川橋から10分程度。

門番のおじさんがいるが、にっこり笑って入れば、お咎めはない。

2007-11-22

精神障害者保健福祉手帳効用

免罪符になると思っているのか?

持っているだけでなにか金銭的な優遇措置が受けられるのか?医療費以外で。


税金が安くなります。親と同居なら親の所得税住民税自動車税が合計で年間10万以上安くなり、

その友人の年間のおこづかいが10万増えます。

携帯電話代が50%割引になります。

自治体の公共交通(都電都バス都営地下鉄のようなもの)にタダで乗れるようになります。

そして

ああもうわかったからとっとと入院してください。

そんなつまらんことで入院して健康保険の原資をムダにしないでください。

2007-02-11

http://anond.hatelabo.jp/20070211181911

Wikipedia秋葉原>略史)

2006-12-17

AKIBA FUTURE -オタサイト秋葉原

はじめに

秋葉原現在もっとも注目される街の一つである。IT・ハイテク技術聖地として、あるいは現在国が推進するソフトウェアコンテンツの見本市として、またはサブカルチャー文化が生まれる一観光地として、政府である『官』やソフトウェアハードウェアを生産する『企業』、そして秋葉原を目指す『個人』の視線がそこに集中し、ひとつのムーブメントを作り出している。

この記事は、秋葉原歴史については軽く触れる程度にとどめ、主に90年代後半??今後の秋葉原について参照し、今後秋葉原がどういった発展を遂げるかについて将来像を探るものとする。

1 電脳都市秋葉原誕生

電気屋街としての秋葉原歴史は、終戦直後に作られた露天市までさかのぼれる。戦前秋葉原にも山際電気現在ヤマギワ電気の前身)なども存在はしたが、当時電気屋の主流であった「電気材料卸商」(電化した工場設備に必要な部品を販売する商店)の中心的な場所ではなかった。戦後焼け野原になった秋葉原で近隣の電機工業専門学校(現東京電機大学)の学生ラジオを組み立て販売するというアルバイトをしたところ、これが大繁盛。その結果、他の露天商も品物を真空管などラジオ部品の販売に転向、その上電気に詳しい露天商の参入もあり、120軒あった露店のうち約50軒が電器商という、まさに電気屋街の前身ともいえる様相を見せた。

この初期の秋葉原の発展について、近くに工学専門の学校があったという地理的要因のほかに、交通の便のよさというのが上げられるだろう。終戦直後にできた闇市で活況を見せたのは、上野新橋渋谷など国鉄の乗降客の多い駅の周辺にできたものだった。秋葉原国鉄都電が通るアクセスのよさは、そういった「人の流れの結節点」となって、秋葉原に人を留める要因になったと思われる。

その後、GHQにより道路拡張工事を行うため、露天撤廃令が施行され、露天商は国鉄秋葉原駅ガード下で営業をはじめることになる。これを秋葉原電気屋街の原型とし、以後日本高度経済成長とともに、電気屋街は拡大していくことになる。この成長を支えたのは家電だった。人々は豊かな生活を追い求めるため、「三種の神器テレビ冷蔵庫洗濯機)」に代表される電化製品を求め、家電が安い秋葉原に足を運んだ。しかしその人の流れは昭和50年代後半で終わることになる。家庭に普及した自動車郊外型の家電チェーン店に向かうといったライフスタイルが定着し、それまで主要客層だった家族層が秋葉原に足を向けなくなる。また、昭和60年代のAVブームと高級家電のブームの反動による家電不況などもあり、秋葉原は新規顧客層の開拓と、それに伴う主力商品のシフトを図ることになる――「情報家電」。昭和にはマイコンとよばれ、現在パソコンと呼ばれるマルチメディア機材である。平成6年、電気街の売上においてPC関連商品が家電商品を上回って、名実ともに秋葉原電脳街となるのである。

2 オタク層の流入??趣都の誕生

秋葉原の主力製品となった情報家電は、アニメゲームを愛好するオタクたちと親和性が高い。アニメを見るためのTV、エアチェックする為のレコーダー、ゲームだけでなく、ファンとの交流を図るコミュニケーション・ツールとしてのPC――しかしそれだけが、秋葉原を「オタク聖地」としたのではないと、建築学者である森川嘉一郎は言う。

秋葉原に点在する「まんだらけ」や「海洋堂」、「ゲーマーズ」などの同人誌アニメグッズ、ガレージキットフィギュア)専門店はそれまで秋葉原になかったものであり、それらは秋葉原移転するまで吉祥寺渋谷新宿などに点在して存在していた。しかしそんな専門店が97年以降秋葉原に集中するようになった原因を、森川は『趣都の誕生 萌える都市アキハバラ』において、(株)海洋堂宮脇修一専務のインタビューをヒントにこう記している――アニメ新世紀エヴァンゲリオン』のヒットと、それに付随したサブカルチャー・ブームにより未曾有のバブルに沸いたサブカルチャーショップが、その勢いに乗り秋葉原への出店を促したのだと。確かにこの時期、東京ビッグサイトで行われたコミックマーケットの入場者数が25万人(95夏 90年からこの人数が横ばい)から35万人(96夏)、40万人(97夏)へと急激に膨張するなど(ちなみにこの後入場者数は横ばいになる)、この時期サブカルチャー文化への大幅な人口流入があったという見方もできるだろう。しかし、アニメマンガ界隈において、エヴァ以降現在に至るまで、エヴァと比肩し得るヒット作は生まれていないのが現状である。しかしサブカルチャー産業は萎むことなく、拡大し続けているのが現実である。エヴァ現象によってサブカルチャー文化に入ってきた人びとは何を飽きずに摂取し、そこにとどまり続けているのか。まずこのことを明らかにしてから、秋葉原の現状について考えてみたい。

3 社会最適化されたオタク??個のオタクから公のオタク

批評家東浩紀によれば90年代以降、アニメ物語よりもそこに登場するキャラクターや設定などの断片を愛好するオタクが増えたと、著書『動物化するポストモダン』で述べている。東浩紀によれば「オタクたちは、物語メッセージなどほとんど関係なしに、作品の背後にある情報だけを淡々と消費している」と指摘し、そのことを「キャラ萌え」している(この言葉はやや古くなった感があるが、そのことについては触れないでおく)と表現した。1960年生まれのライターである竹熊健太郎氏も、「オタクとは何か? What is OTAKU? | Web草思」において、まず自身の立場を「(アニメ作品などにおいて)トータルで作品は見るべきだという思いがどうしても強い。」と表明し、「もちろん心の深いところでは、キャラ萌えのような感情はあるんですけどね」としながらも、かれらについて「でもそれを外部に表明するのは、自分はバカですと言ってるのと同じで、とてもできないわけですよ。」と違和感を語っている。しかし、その中で竹熊はこうも語っている。曰く、キャラ萌えという衝動は「アニメブームの頃、中高生ミーハー女子が「シャア素敵??」って黄色い声をあげていたのと同じ」であると。

東はオタクの嗜好が変わった原因を大きな物語の凋落に求め、結果大きな物語に付随する「小さな物語アニメにおけるキャラクターロボットなどの一要素)」を単独で摂取するようなオタクが現れた、と前述した著書で述べている。このことについて東はインターネットの世界を例に挙げてうまく説明しており、少々長くなるがここに引用したい。「すべてのウェブページを規定するような隠れた大きな物語存在しない。(中略)インターネットにはむしろ、一方には符号化された情報の集積があり、他方にはユーザーの読み込みに応じて作られた個々のウェブページがある、という別種の二層構造がある。この二層構造が近代のツリー・モデルと大きく異なるのは、そこで、表層に現れた見せかけ(個々のユーザーが目にするページ)を決定する審級が、深層にではなく表層に、つまり、隠れた情報そのものではなく読み込むユーザーの側にあるという点である。」「ポストモダンデータベース型世界では、表層は深層だけでは決定されず、その読み込み次第でいくらでも異なった表情を現す。」

この件について森川も同じくインターネットを紐解き、インターネットにおける「地縁血縁に因らない趣味や関心の共通性に基づいたコミュニティコミュニティ・オブ・インタレスト」が、秋葉原の構造の変化を促した、と記している。つまり、「パソコンを好む人は、アニメの絵柄のようなキャラクター好み、そうしたキャラクターが登場するアニメゲームガレージキットも愛好する傾向がある」というオタク趣味の構造が、現在秋葉原を形成したのだと。しかし私は、この変化を趣味の変化や世代の変化ととらえるのではなく、技術進化趣味の構造の変化をもたらしたのだ、と主張したい。

オタクについて、まずかれらについて、サブカルチャー文化を愛好するものたちだと捉えよう。サブカルチャー文化はメインカルチャーにたいするカウンターである為、自ずとその文化を愛好するものはマイノリティとなる。そしてマイノリティである為、常に外部から奇異の視線に晒され(宮崎勤事件を参照されたい)、それに対抗するためオタクたちは様々な我流の理論武装を施し、それによって更にオタクオタクとして、孤立、タコツボ化を極めた(こういった空気は、ガイナックスの元社長である岡田斗司夫が記した『オタク学入門』(太田出版)を参照されたい)。そしてオタクはまた、サブカルチャーの知識を深めるための仲間を必要とし、オタク仲間に出会える場所を強固に求めた。漫画家篠房六郎氏は、かれ自身にとっての同志が集う場所であった武蔵野美術大学漫画研究会について、「かつてはクラスの隅っこにいた痛々しい孤独連中が、自分と同じものの見方を持っている人がいると知って、救われる場所がここだった。」と表現している。

しかし技術の発展が、限られていた場所を無数に生み出すことになる――具体的に言うと、ネットに生まれた「コミュニティ・オブ・インタレスト」である。

秋葉原が「趣都」となった97年以降、PCインターネット整備網、そして文化は急激に発展し、一般家庭に普及していった。オタク情報家電親和性は「2 オタク層の流入??趣都の誕生」の冒頭で述べた通りであり、また、Windows95以前もニフティサーブパソ通などで、一部のオタクBBSを通じて他のオタクとのコミュニケーションを図っていた。その後インターネット人口が拡大するにつれ、オタクたちはかつて無い数の「同志」と出会うことになる。現実世界では「距離」によって出会えなかった人々と、モニター越しに交流することができ、どんなにニッチ趣味でも「仲間」を見つけることができるようになったのだ。

「仲間」と「コミュニティ・オブ・インタレスト」を形成できるというのは、前述したような「我流の理論武装」をする必要がなくなったことを現す。なぜなら形成したコミュニティを安定維持するため、構成員の視線は外部より内部に向かうからだ。よって仲間同士、理解しやすく、されやすくするため、お互いにとって理解しやすいものを求めるようになり、その為表層と呼ばれているデータベースを、お互いのコミュニケーションにおいて重要視して使用するようになった。「巫女」や「ツンデレ」など、キャラクターの要素をあたかも服装の組み合わせによる着こなしように消費し、コミュニケーションのための文法とするオタク。作品から好みの要素切り離して楽しむことができるからこそ、エヴァンゲリオン以降ヒット作に恵まれなくとも、オタクたちはサブカルチャー文化を愛好し続けることができたのだ。

4 個の聖地秋葉原??インタラクティブ都市としての発展

秋葉原の今を見つめるブログとして、アキバbloghttp://www.akibablog.net/)というサイトがある。このサイトは毎日秋葉原の店先をチェックして、物品の販売価格のほかに、店員が作る個性的なPOPを“ネタ”として紹介することをメインコンテンツにしている。このサイトを眺めていて目に付くのは、店が掲げるPOPに書きこまれた“ネタ”はマスメディアが流布したイメージよりも、インターネットから生まれたジャーゴンである場合が圧倒的に多いということだ。普通の店なら「○○という番組で紹介された??」という文句を掲げるはずのものが、ここではネットジャーゴンを絡めて、連帯感を出して売られている。また、匿名掲示板群である2ちゃんねるから生まれたキャラクターグッズを売るショップもあり(因みに同じ2ちゃんねるで話題になったのまネコFlashとそのキャラクターがAVEX資本で商品化されたときには非難が集まり、秋葉原発のグッズショップにはなんら実害を及ぼさなかったこの対比は興味深い)、現在秋葉原オタク文化というマスではなく、ネットというマスに向けて情報を発信していると言えよう。話題になったドラマ「電車男」も、触れ込みは「オタク発」ではなく「ネット発」とうたわれていたのも思い出させるし、そもそも秋葉原名物となったメイドも、(始まりこそあるアニメコスプレ喫茶として生まれたものの)オタクたちが共有イメージとして持っていた「メイド」を現実化したものであり、特定のアニメ作品というマスメディアから生まれたものではないことも記しておこう。

高度成長時代、メーカーにとって秋葉原とは、特例的な値引きを許し、かつ消費者の反応をフィードバックさせるための実験場であり、社員の技術者が新製品とともに、専門知識を備えた販売員として小売店へと配備された場所だった。今秋葉原では同じように、ネットから生まれた文化を貪欲に取り込みそれを街の貌とする実験場になっている。インターネットの発展により、個の集合体があたかもマスコミュニケーションのように総体として機能し始めた現在。「趣味の構造が場所を変えた」都市に加え、「既存のマスメディアだけでなく、個々が生んだネットメディアと交流をとる」最先端の都市として、現在秋葉原は評価されるべきだろう。

参考文献

「週間大衆:昭和54年8月9日号」焼跡のバラック問屋街を『世界のアキハバラ』に高めたガンコ一徹

http://www.shimura-musen.co.jp/home_2/kiji_02.htm

秋葉原歴史

http://www.akiba.or.jp/history/index.html

オタクとは何か? What is OTAKU? | Web草思

http://web.soshisha.com/archives/otaku/index.php

伊藤計劃:第弐位相 - 学園祭の話

http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20061029#p1

秋葉原におけるメイド喫茶コスプレ喫茶歴史

http://sotokanda.net/his_cafe.html

註:ちなみにメイド喫茶が爆発的に増えたのは、私の記憶によればドラマ「電車男」以降のはずである。

コミックマーケット30’s ファイル 発行:(有)コミケット 発行人:米沢嘉博

カーニヴァル化する社会 講談社 著者:鈴木謙介

動物化するポストモダン 講談社 著者:東浩紀

趣都の誕生 萌える都市アキハバラ 幻冬舎 著者:森川嘉一郎

 
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