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はてなキーワード: 安易とは

2018-09-19

金を稼げない奴は切り捨てていい

当然だよな?

俺たちはずっとそう考えて生きてきた。

もしもそうじゃないなら、ブラック労働の結果を享受し続けて平気な顔でいられるはずがない。

原発作業員に向かわされる人間達を「断るほどの財力、原発作業なんて仕事を選ばないだけの能力、そういった者がない奴らなんだから仕方ない」と送り出してきたから今の日本がある。

金を稼げないなら人間扱いしなくていい。

必死に金を稼ごうとするならようやく人間扱いしてやる。

それを繰り返して繰り返して今日までやってきた。

辞めるための準備は全く進んでいなくて、誰もがまだまだこの生活を続けようとしている。

悪いのは金を稼げないやつだ。

無能経営者だ。

無能労働者だ。

金を稼ぐ力に乏しい奴らが苦しむのは自己責任だ。

そうじゃないと言うのなら、自分の周りぐらいは救おうとしたらどうだ?

ああ俺には無理だね俺は被害者で攻め込まれる側で俺は自分を守らなくちゃいけなくて大変でお前らにそうやってボコボコにされている側でお前らに殴られないように自分の身や心を守らなくちゃいけないし安易に誰かを助けようとして寄りかかられても自分が持たない全くもって金も力もありやしない搾取される余裕なんて残されてないだから俺には人を助けるなんて絶対無理だ蹴落としてだって自分の居場所を守る必要があるお前らがやるんだ大言壮語をさんざん吐き散らして気持ちよくなってきたお前らがその言葉の後始末として切り捨てられた連中をちゃんと救うんだ当たり前だろう偉そうにポエムだけ撒き散らして全部終わりだって言うならこれはポエムですって文章中にちゃんと書いておきゃいいんだ文句があるなら金を稼いで世の中を救ってみろ金を奪い取るんじゃなくて価値想像して世の中を良くしてみろそうして手に入れた富で奪い合いをするしかない弱者同士が切り捨てあったものを救ってみせろやれるのかやれないだろうどうせお前に出来ることだって奪いあうことだけだ何かを作れるのか本当に生み出せるのか金を稼げないクズから切り捨ててもしょうがないと幼い頃のお前らが蔑み切り捨て今度は突然感情移入を始めた可哀想人達らしき何かと貴様の間にどんな違いが有ると思っているんだ勘違いしやがって右から左へ物を流すだけの奴隷として躾けられているだけの自分が立派なことをしていると思ってやがる人に鞭を叩き込むことも叩き込まれることも何一つ人間として立派な奴なんて育てやしねえのに俺の鎖はこんなに擦り傷だらけで冷たい輪っかのおかげでこの部位は壊死しかかっているんだと自慢するのが関の山だろうそれが社会において何の意味があるんだ

2018-09-18

欧州がなぜインターネット規制しようとしているのか

はてなではこの辺の話を全然わかってる人がいないようなので少し書こうと思う。

まぁ大した話じゃないので聞いてくれ。


EU一般データ保護規則(GDPR)やリンク税の推進など昨今EUインターネット上における様々な法案日本国内でも取りざたされるようになってきた。

はてブ内では批判的な論調大勢を占めるが多くのコメントを見ていてもなかなか大局的な指摘をするコメントが少ないように見える(もちろん知っている人もいるだろうけどあえて言っていないような気がするんだけど気のせい?)


これらの法案はざっくりまとめると以下のような法案だ。

GDPR

 EU域内において個人情報を扱うモノは規則にしたがって個人情報を扱わなければならない


リンク税(副次的著作権法

 リンク先のサイト著作権管理下に置かれたものだった場合リンクを張られた側は著作権料を請求できる。


また、ここまで大きくないところでも配信事業者一定自国コンテンツ流通させるようにする話も出ている。

これらの規制に関して着目すべき点は「インターネット国境などない」という点に非常に自覚的である点だ。

特にGDPREU域外企業にもEU域内データを扱う場合規則を課すというのは決定的な点である

またリンク税に関しても一定の規模以上のサイトGAFA etc...)と限定した点からも伺える。

アメリカに端を発するWWWはあらゆる国境をなくし、自由電子世界標榜してきた。

こういった、カリフォルニアン・イデオロギー的な態度は現インターネット内で大いに力を奮ってきた。

世界中の人々の情報を共有し、伝達速度を限りなく0に近づけ理想的世界を目指してまい進してきた。

しかし、近年そういったカリフォルニアン・イデオロギー、つまり新自由主義的な態度が果たしてインターネット及び現実世界によい影響を与えているのだろうか?

という疑義が巻き起こってきている。

Twitterはてブを使っているはてな民諸氏には最早言うまでもないだろうが、インターネット差別罵詈雑言、他クラスタに対する憎悪を溜め、社会を徐々に分断していった。

そういった事態は徐々に現実世界侵食し始め、極右政権の台頭やナチズム歴史修正主義の台頭を促してしまった側面は否めない。

ガンダムいわく、誤解なく分かり合える人々として定義されたニュータイプであったが、他者の真の感情理解してしまったニュータイプはむしろ憎悪つのらせ戦争プロパガンダの道具となってしまった。

インターネットはまさに同様の現象引き起こし共感歓喜を生むと同時に人々を分断する道具になってしまったと言うことだ。

EUはそういった事態認識し、今まさにインターネット上におけるカリフォルニアン・イデオロギー破壊しようとしている。

おそらく当初この事態で想定されていたのは中国である

中国の急速なAIテクノロジー進歩中国国民個人情報データ化による社会コントロールの有様を見て最早猶予余地はないと判断したように思える。

国境のないインターネットを介しての中国の影響力を回避しようとしたわけだ。

しかし、事ここに至っては想定しているのは最早中国だけではない。

近年のメインターゲットはアメリカである

英語圏の影響力が強すぎる日本インターネット圏に生息している場合気づきづらいが、インターネット社会全体が明らかにアメリカ人だけの影響を異様に受けるようになりつつある。

英語圏での主義主張ネット上に拡散させ多国間でその生息域を拡大しつつある。

先日行われた全米テニス選手権における報道で気づいた方も多いと思われるが、アメリカで行われた報道に影響される日本人が増大している。

しか事件のあらましをよく精査せずにそのままアメリカメディア)の思想を垂れ流していると言ってもいい。

これは明らかに危険兆候である

インターネット社会は各国の事情をまったく意に介さずに全てアメリカ規準物事を見てしまうのだ。

こういったアメリカ思想を全て正しいものとし、全世界に拡大することを私は"アメリカイデオロギー"あるいはより限定的に"ユナイテッド・ステーツイデオロギー"と呼ぶ。


テニス選手権の話以外にも、近年であればMeTooの事案が記憶にあたらしいだろう。

フランス女優安易MeTooに苦言を呈した話だ。

批判を受けて一部謝罪しているが、根本メッセージは変わっていない。


これは日本例外ではない。

例えばヴィーガン欧米流行し始めているが、この思想日本流行した際に発生するリスクがやはりある

日本人であれば誰でも思いつくと思うが「部落差別復興である

もちろん文脈の違う部分からおこった思想であり単純に現ヴィーガン過去日本思想比較することは出来ない。

しかしだからしてより危険なのではないかと考えられる。

部落差別であるという批判をあっさりすり抜けて肉食業者に対する過剰な批判が巻き起こる可能性があるからだ。

現在日本では比較的穏健なベジタリアン等が多いし、かなりのマイノリティの為に特に問題は起きていない。

しかし先日フランスで発生したヴィーガン肉屋襲撃を見れば想定されるべき事態は深刻である

日本では部落出身者に対する差別が横行し、戦後漸進的にそれを解消して行った。

いまだその差別は消えはしないが多少はましになったと言える。

それをアメリカイデオロギーによって再興されては困るのだ。

現代日本肉屋テロリズムを仕掛けることなどあってはならないことだ。

アメリカインターネット上の議論を見ても、ネイティブアメリカンと重ねあわされることが多いアイヌ米軍基地存在し、中国と関連してくることの多い沖縄についての議論は時たま発生しているように見える。

しか部落差別欧州はともかくアメリカではむしろ忌避すらされているのではないかとすら思える。

これは明らかに利害衝突が発生するからだ。


ともかく我々ネット住民及び日本国民、いや世界は岐路に立たされているのだ。

EUのこれらの規制はこういったアメリカ思想の過剰流入を食い止めようとしているように見える。

真っ先にコンテンツ規制があがるのもそういった思想を過剰に拡散されては困るからだ。

しかし、日本ではそのような議論がまったく巻き起こらない。

唯一そのような主張をしている人をただ一人知っているがあまり賛同は得られていないようだ。

私自身も完全にグレートファイアウォールネットを分断しろとまで言うつもりはない。

しかし何らかの形でインターネット構造再考を迫られているのは確かだ。


ちなみに私は専門家でもなんでもない。

単なる素人である

よってこの文書怪文書の類として読んでもらっても構わない。

どのような行動をとるかはあなた次第だ。

Mastodon憶測を解く

Mastodon話題で語られがちな"憶測"

Mastodon話題では頻繁に"憶測"が飛び交う。

これを"思い込み"と表現しても良いし、他には"勘違い"だったり、過激表現を使えば"無知"と言って良いかも知れない。

それは別にTwitterユーザはてなユーザだけでなく、当のMastodonユーザですらMastodonというSNS認識へ対して憶測を話してしまうことがある。

今回はその憶測を解いていこうかな?と思う。

Twitterより自由

これはYESであり、NOである

もちろん開発がオープンで行なわれており、そういった自由さはTwitterよりもある。

しかし、言論の自由Twitterよりもあるのか?と言われると「インスタンスによる」としか言いようがない。

なぜなら中央集権ではないMastodonルールは、そのインスタンス管理者法令に背かない範囲で定めるからだ。

Mastodonでは独裁体制を築く自由すらあると考えなければならない(インスタンス登録ユーザがついてくるかは別として)。

Twitterのような心的ストレスが少ない

これもYESであり、NOである

現在はTwittetよりも圧倒的にユーザ数が少なく、そのため話題バリエーションTwitterよりは抑えられているという傾向はある。

しかし、もしTwitter並のユーザ数となる未来を想定した場合の心的ストレスはそこまでTwitterとは変わらないことが予想できる。

個々のユーザ自分発言に対して責任を持たなければならないのはTwitterと全く同じで、責任の重さから来る心的ストレス絶対にある。

コミュニティ形成やす

これはYESである

Mastodonはいわゆる"テーマインスタンス"と呼ばれるインスタンス存在する。

Twitterにはないローカルタイムライン存在し、まるでチャットのようにコミュニケーションをすることが可能なので、コミュニケーションには他のユーザフォロー必須Twitterよりはコミュニティ形成やすい。

しかし、これによって一部のMastodonユーザの中でMastodonというSNSへ対して誤解が生じる原因にもなっていたりする。

これについて語っていこう。

Mastodon特定テーマコミュニティとするローカルタイムライン

これがMastodon運用するにおいてイメージやすい前述したテーマインスタンスである

テーマを絞り、参加するユーザ趣味趣向を近付けることによってコミュニケーションをするローカルタイムライン派。

ローカルタイムラインによってコミュニケーションを行なう場合ユーザフォロー必須でない。

そのインスタンス登録しているユーザの公開書き込みはすべてローカルタイムラインへ公開されているのでフォローする理由に乏しいのだ。

しかし、Mastodonにはホームタイムライン派と呼ばれる層も居て、自分の使い方がMastodonすべてでの使い方だと勘違いしてしまうと、考え方の違いによって衝突する可能性が出て来てしまう。

MastodonTwitterのように運用するホームタイムライン

例えばユーザ数が数万も居るようなインスタンスではローカルタイムラインの流速は物凄く速く、人間では読むに堪えない。

そのためユーザ数が数万も居るようなインスタンスではTwitterのように気になるユーザフォローしてホームタイムラインをメインとして運用する手法スタンダード

こういう使い方では単にユーザ数の少ないTwitterしかないので、Twitterをヘビーに使っているユーザからするとつまらない可能性が高い(面白そうなユーザ絶対数も少ないため)。

垣根を飛び越えられることへの慣れ

ローカルタイムライン派は基本的フォロー機能価値が低く、その発言自身所属するコミュニティーへ向けて発信されていることが多い。

逆にホームタイムライン派はフォロー機能価値が高く、Mastodonは他のインスタンスユーザフォロー可能なので、ここで認識の違いが生まれる。

ホームタイムライン派はインスタンスを飛び越えてコミュニケーションを取ることへ慣れているので、インスタンスを飛び越えてコミュニケーションを取ることへ慣れていないローカルタイムライン派へ何らかのアプローチを仕掛けてしまうことがある。

その際、ローカルタイムライン派は困惑した状況へ陥ってしま可能性が高い。相手へどのようなノリで返信して良いのか判らないからだ。

更にはより閉じたコミュニティーであれば他のインスタンスからアプローチを仕掛けられること自体不快であると感じてしまうことすらある。

しかし、こういうローカルタイムライン派へ「そう思うのであればMastodonを使うこと自体が誤りじゃないか?」とアドバイスしても、単にそれは「お前の中ではそうなんだろ、お前の中ではな」という話にしかならないので無駄

これはそれぞれの価値観の話でしかなく、不快かそうでないかは話し掛けられた方の主観しかないので話し掛けられても良い気分のときもある。それは人間から仕方ない。

想像力の逞しいはてな民であれば、ココまで説明するとココからどんな問題が発生するか?という想定はいくつも出来るだろう。

Mastodonはそういう意味ではTwitterよりもコミュニケーションが大変になる可能性はなくもない。

インスタンスにはそれぞれのルール文化があるからこそ非難拒否できる自由がある(場合もある)

どんなに社会通念上の倫理観非難すべき発言であれ、そのインスタンスが「当インスタンスでは、この系統発言は許容されている」と非難されるべきユーザを庇う可能性がある。

その際、非難した側のユーザは身を引くか、更に広く社会へ訴え出て、庇ったインスタンス非難を表明するかのどちらかになる。

これはもはや現実世界国家個人非難を浴せる、もしくは国家紛争と変わりなく、MastodonとはそういうSNSなのだ

これを認識せず「MastodonTwitterよりも気楽」と安易に考えてしまうのは早計である

Mastodonとは国である

であるからこそ、それぞれの思想によって自由国造りをすることが可能

であるからこそ賞賛非難を浴びることがあるし国家間同士の連携紛争が起きる。

それをTwitterよりも良いと捉えるか悪いと捉えるかは個々の自由である

ヤバいエロが読みたいかゾーニングはして欲しい

 ゾーニング論争はエロ嫌いvs.エロ好きの戦いではないし、さらに言うならオタク嫌いvs.オタクの戦いでもない。少なくとも私にとっては。

 何故ならエロ好き&オタクの私もゾーニング派だからです。

 エロ絵そのものはいいんですけど、エロ絵を日常に持ちこむ人、それを当り前だと思っている人の感性が怖いですよね。たとえば猫虐待してる絵が表紙の本が本屋にずらっと並んでたらどうですか。ツイッターで「猫いじめさいこー」とか盛り上がってる人たちがいたらどうですか。猫の飼い主、怖くならない?

 以下、個人的な話なんですが参考までに読んでみてください。

 私はかつて小学生だったときネット彷徨い偶然エロテキストサイトをみつけてしまい、最初はあまりの衝撃に速攻ブラウザを閉じたけど徐々に好奇心が湧いてきて一通り読み漁ったという過去があります

 ここで良かったのは私が元々本好きでフィクションに慣れていたので、『これは架空物語であり特定欲望を満たすための都合のいい展開である』ということを認識できたことと、文字媒体なのでどぎつい描写モヤモヤ~とした映像しか頭に浮かばなかったこと。

 小学生が明らかに18禁小説を読むのはよろしくないことですが、ともかくそんな感じで私は『女性性的に辱められる』『極端に男性に都合のいい設定』『とにかくエロだけを追求した話』『びっくりするほど下品であけすけな隠語』というもの嫌悪感はなかったのです。だってそれはそのサイトいかなければ読めないものだったし、自分が読みたくないときは読まなければいいのだし。

 それは刺激的で、斬新で、背徳的で、ジャンクフードのような中毒性がありました。普段は見ないけど、たまにひたすら頭の中の興奮ボタンを連打したくなったときに一気読みして、はー楽しかった、終わり、ってすっきりしてました。

 しかし同時に、私はネットでしばしば予期せずでてくるエロ広告嫌悪していました。私はあくまで刺激が欲しい時にエロ摂取したいのであって、いきなり飛びこんでくるエロはお呼びでないのです。むしろ「女を都合よく辱める創作を女に見せつけてもいいと思ってるんだ」と屈辱的な気持ちになりました。

 おわかりになるでしょうか? 「私が見たい時だけでいい、あとはいらない」と言うとわがままのように思う方もいらっしゃるかもしれません。

 これも本音なんですが、本質はもうちょっと深いところにあります

 エロテキストサイトとどこにでも湧くエロ広告の違いは、受け取り手能動性の差です。

 エロテキストサイトを見る場合、私は「荒唐無稽現実離れしてる刺激的なエロい文が読みたい」と意識してからサイトを開きます。私がそう思って行動しない限りサイトは開かれません。そして、サイトにはエロい話ばかりが集まっていますエロくない話の中に騙し打ちのようにエロい話があるわけではないので、そもそもこれはエロくてヤバい話を読みたい人向けのサイトだとわかります。つまり、「今から読む話では女性人権が滅茶苦茶に蹂躙されてるけどみんなこれが架空だってわかった上のお遊びだから大丈夫」という安心感があります

 ところがエロ広告は、求めてもいないのに突然バン!と現れますしかも絵なので防ぎようがありません。日常なかに現れたドギツい描写こちらは面くらい、そして、「こんなヤバいエロ日常なかに放り込むなんて、この発信者もしかしてヤバいエロ日常を別枠だと思ってないのでは?」という恐怖を味わいます

 まぁ、今思うとエロ広告はむしろ不意打ちをこそ狙ってるんでしょうね。エロなかにあれば目立たないエロも、日常なかにあれば目立ってありがたがられますからね。ジャンプ過激化するお色気系漫画とかもそうなんでしょう。エロ漫画としてはそこそこでも少年誌の枠内では超エロ、っていう。

 でもね、人間、慣れるんですよ。

 嫌がってる人はなかなか慣れませんが、好きな人特に気にしてない人は普通に慣れますロリコン公言とかハイエースとかね、最初は「俺たち過激なこと言ってるぜ」っていう昂揚感、ヤベー奴スゲーみたいなとこから始まって、今ではすっかりネットミームでしょう。

 小学生恋愛対象に想定するタイトルとか、女の子がめちゃくちゃ露出してるとか、そういうのがありふれ過ぎて、日常浸食している。意図せず目に入ってくる。そういう状況は怖いです。

 ラノベは昔からエロ絵あったとかい意見もわかりますが、さすがにここまで多くも露骨でもなかったですよ。ホライゾンの表紙はラノベの中でもわりと異色だったように思います。少なくともエロい絵として喜ばれるぐらいには。今、特にオタクの中で話題にならないじゃないですかエロい絵の表紙。もう当たり前になっちゃったんですよ。

 露出の多い女の子が恥ずかしそうにしてるとか、乳首が浮いてるとか、パンツ見えてるとかの絵、女の子性奴隷に、だの、ロリがなんちゃら、だのいうタイトル、が『女性性的に辱められる』『極端に男性に都合のいい設定』であり、『日常とは隔離された架空のおままごとである』という認識が薄れてきていますだって日常にあるんですもの

 大人になってから触れた人はまだいいですよ。それなりの分別はあるでしょうし、もし影響されて何かヤバいことしたとしても本人の責任です。それが大人ってものです。

 でも子供のうちにあれが日常と地続きにある環境は確実に問題があります。ただでさえ子供のうちは架空現実の境目が曖昧なんです。自分で言うのもなんですが私は特殊例で、ヤバいエロに触れるずっと前に親から子供の生まれ方や性的に気をつけなければいけないことを教わっていましたし、架空物語との付き合い方をわかっていました。だから女性人権が滅茶苦茶に蹂躙されているエロ』という箱を脳内に作り、これは日常とは絶対に交わらないものとして区分けできたのです。

 でも無視できない程度に日常ヤバいエロ浸食していくようになるにつれ苦痛を感じるようになりました。エロ広告ぐらいならまだ対処しようがありました。ネットを使って行くうちに、なんとなくエロ広告が出そうな場所を察知するようになり、それを避ける術を身に付けたので(もちろん取りこぼしはあります)。

 でもアニメ漫画ラノベツイッター動画サイト、ありとあらゆるところに蔓延ヤバいエロ思想オタクをやってると避けて通れない、どころか今やオタクじゃなくても目に飛び込んでくる数々の女体エロ絵。

 かくして私は『女性人権が滅茶苦茶に蹂躙されているエロ』を読めなくなりました。もはやそれは日常の地続きにあるからです。「お話の中ではとことんヤバいけど私は安全」とは思えないからです。

 何故ヤバいもの日常に持ちこみたがる人がいるのか、私にはわかりません。まぁ彼ら怖くないんでしょうね。女体持ってないから。でも、自分達にとって『日常にあっても怖くないし楽しいもの』が他人にとって『日常にあったら怖いもの』だということはわかって欲しいです。

 言われそうなので先に書いときますけど私は少女コミックとかもどうかと思ってます。今は知りませんが数年前に読んだときは「え~……?」と思いました。エロ描写自体はたいしてないですが、安易に性行為突入する展開が多く、さすがに注意書きとかレーティングとかがいるのでは、と。あれは表紙は無難なのでその点はラノベエロ表紙よりはましですが。

 BLの表紙も、扇情的すぎるのはキツいです。中身はエロくていいから表紙はやめてくれ。私はBLも嗜んでるんですがやっぱり日常に現れるエロは嫌です。エロ広告とかも最近はたまにBL系のやつをみかけることがあり、エロ広告の常として過激なとこを抜き出してくるので無理矢理描写とかが多いんですよね。日常人権無視思想を入れて来ないで欲しい。私は心構えをして、人権無視した話が読みたいと思って、自分で専門の場所にいったり専門の書籍を買い、そして初めて人権無視創作を楽しみたい。

 要は「これは人権無視している」という認識を確かに持った人々が愛好する人権無視創作じゃないと、「ひょっとしたら人権無視だと思わないでこの創作を楽しんでいるのでは?」という恐怖に苛まれるんです。被害妄想じゃないですよ、私結構な数の「ロリとつきあって何が悪い」って言ってる人見ましたからね……思い出すだけでキッツい。

 だからゾーニング(○歳以下禁止、表紙にエロやら辱められてる人間やら未成年との恋愛示唆する内容は出さない、コーナー作る)したいんですよ。日常とごっちゃになってるのほんと無理。殺人事件の本はあるじゃんとか言いますけど、本の表紙が首絞められてるとことか眼球に針刺されそうなとこのアップとかだったらぎょっとするでしょう?

 しかも今のネットだと「人の眼球刺すのすげぇいい」の場合

「え、刺したことあんの?(こいつヤバくない?)」

マジレスやめろよ、あくまフィクションだって

「えぇ……(大丈夫かな)」

 でしょうけど

小学生エロい、さいこー」の場合

「わかる」「それな」「JCBBA

かになりかねないわけで、この人らが内心「もちろん冗談だけど」という気持ちだったとしても字面だけ見れば既に倫理崩壊してるんですよ。正直眼球刺されそうな絵より可愛らしい絵柄の「ロリが俺のこと好き」みたいなタイトルの本の方が怖いです。これ(https://twitter.com/traductricemtl/status/1039259936453283841)の「今日から俺はロリヒモ」ってやつ、さすがに萌え絵エロ本かと思ったらMF文庫でヒィッってなりました。マジか……。

 元ラノベ読みなので別にラノベみんなこうなわけじゃないのは知ってますが、各社サイト行くと恥ずかしそうな顔で露出したり胸と股強調された服の女の子の絵ほんと多いなぁと思いますMF文庫特にヤバいな。

 露出過多で恥ずかしがってる女の子可愛いって言うのぶっちゃけいじめっ子の感覚だし、纏足して足が小さくなったせいで転んでしま女の子可愛いって言ってるのと同じですよ。

 頼むから皆さんヤバい思想には自覚的に向き合ってくださいね……。

 私はなんの心配もなくヤバいエロが読みたいです。

2018-09-17

ドラマ版「この世界の片隅に」素晴らしい作品でした...「この世界の片隅に」でさえなければ

この世界の片隅に」のドラマ版が今週日曜最終回を迎えた。自分にとっては呉旅行に行く前日に見てドハマリし道すがら原作コミックも買い、舞台となった街を散策できた思い出深い作品だった。

 映画版では尺の都合から削除せざるを得なかったリンさんとの物語もしっかり描かれ、さら原作であまり描写されなかった近所の人々にもしっかり焦点が当てられ、よりボリュームのある物語に仕上がっていたと思う

 各話も緩急を付けて見どころを設けすずさんと周作さん、二人の関係性も深く描くことに成功していた

 アイスクリームのシーンは二人の仲睦まじさが伝わり絆が深まる姿を丁寧に描いていて「砂糖の配給が停止になって、闇市で配給の50倍の金額取引されてる時期にアイス食うのはいくらなんでも不自然すぎる」という違和感もまぁ気にならないレベルに収まっていたと思う

 いままで現代編については否定的意見もあったが、最終的には今現在そこにいるすずさんを描く形に集約し映画とは違った余韻のある良い最終回を迎えたと思う

 途中どうしても見ることができなかった回はあったが

 概ねドラマとして大成功の部類だろう。ネットでの評判も上々でツイッタで感想検索しても「泣いた!」「感動して目が腫れ上がった」「ラストにはほっこりした」と大絶賛だ

 実に素晴らしい作品になったと思う

…これが「この世界の片隅に」でなければ

実のところ第一話が始まってから猛烈な違和感を感じてこれは本当に「この世界の片隅に」なのか疑うくらいだった

最初違和感は兄洋一の出兵が決まったシーンでの家族のやり取りで母親であるキセノが涙を流したことだった、ここで泣くのは「この世界の片隅に」としては違和感があった 

それ以降でも北條家へ嫁ぐことが決まった前日に不安母親に漏らし泣き始めるすず

2話以降でも、広島産業奨励会館前で周作が子供の頃ばけもんに誘拐されたとき一緒にいた少年だったことに気がついてすずは涙を流し

それ以降も母親との別れを告げるすずの甥に当たる久夫が帰り道涙を流し、洋一の戦死の報を受けて石一つしか入ってない骨壷を抱きかかえて母親号泣

毎話毎話何かにつけて涙を流していた

自分にはこれが猛烈に違和感に移り最終話前の話まで見るのを止めてしまった

原作で涙を流したシーンはギャグとしてオチに使った空襲で義父円太郎がすずさんと晴美さんを庇ってそのまま寝てしまった回を除けば

晴美さんが亡くなった時限爆弾の回と終戦ときだけでそれは意図的にそうしているのだ

戦中においては、自分たちが正しいことをやってるからこそ理不尽暴力には屈しないって共通した考えがあったからこそ人前で泣くことはせず(時代的に人前で泣くと反戦を疑われてしまうって事情もあった)

その日常を支えていた信念が飛び去ってしまい、自分たちの耐えてきた日々が誰かを犠牲にした上に成り立っていたことに気がついてしまたからそこで涙を流し

戦後は居なくなっていった人たち会えない人のために自分笑顔の入れ物になりたい、なによりも泣いたら勿体無いという気持ちから泣くことを止めるのだ

それは作中物交で漁村に向かう帰りの道すがら刈谷さんと話す中で

「生きとろうが死んどろうが もう会えん人が居って ものがあって うちしか持っとらんそれの記憶がある

うちはその記憶の器としてこの世界にあり続けるしかない」

「晴美さんとは一緒に笑った記憶しかない じゃけえ笑うたびに思い出します」

「泣いてばっかりじゃもったいない 塩分がね」

という会話でも明らかで

このセリフは「この世界の片隅に」のテーマだと思う

辛い時代の中戦中耐えてきた理由、それが飛び去った後また泣くのを止めた理由

そこは物語を描く上でいちばん重要ポイント原作を読んだ人や映画を見た人なら違えることはない

翻ってドラマ版だ

ドラマは泣く、事あるごとに泣く、誰もが皆辛い時には涙を流す

ドラマで泣いて泣いて泣く理由一般視聴者向けにわかやす表現にしたから、とか実写にするにあたって原作映画の通りだと不自然に見えるからという改変なら良かった

脚本担当原作をあまり理解していなくて、分かりやすドラマに組み直した結果だったのなら許せたかもしれない

脚本家は原作の内容を理解してそのテーマもわかった上でそれに対してダメ出しして改変したのだ

最終回をすずさんと義母のやり取りでこんなセリフがあった

「泣いてええよ、我慢せんでええ、ここはあんたの家なんじゃけえ、我慢したらおかしくなるよ」

原作のやり取りとは真逆セリフ

ここで理解った

脚本家はテーマを違えてたわけでも、分かりやす安易な改変をしたわけでもない

テーマについて理解したうえでそのテーマに、「この世界の片隅に」が「この世界の片隅にである根幹にノーを叩きつけてるのだ

はっきり言えば脚本家は「この世界の片隅に」が嫌いだったのでは無いかとさえ思う、少なくとも作品重要ファクターの一つについて否定的だったのは間違いないだろう

結果的に見ればドラマ大成功の部類で多くの人の心に残る名作となった

でもこれは「この世界の片隅に」ではないし、「この世界の片隅に」を否定する物語

もちろんそれが必ずしも悪いわけではないし原作好きな人にもドラマ版に満足してる人もいるだろう

ひょっとしたら原作が嫌いだったかドラマ版の改変でようやく自分の求めてるものが出てきたって人もいる

少なくとも真逆のことをやって多くの人の心をうった名作を作った脚本家の実力は極めて高い

からこそ原作否定するのならオリジナル戦争ドラマ勝負すればよかったと残念でならない

おそらくそちらのほうがずっと名作になったのだろうから

2018-09-16

ゾーニングについての会話2 表情とかポーズ

露出について基準を決めた後で)

「うーん。露出問題ないけど、扇情的ポーズや表情も気になる」

「そのあたり難しいな。駅乃みちかみたいな炎上事例もあるしね。じゃあ個別議論しよっか」

「おけ」

「じゃあさっそくだけどなんでこのキャラはこういうポーズしてるの?それには必然性あるの?」

「このキャラはこういうキャラでな。このキャラ特に作中とは関係いかな」

「それならこっちのキャラはいいわ。でもこのキャラはそうする必要もないのにやらせてるからダメ

「確かにそうやな。ちょっと安易にそういう表情にしちゃったかも。じゃあこっちはやめとく」

「うんそうして。

 こっちだって無差別ダメって言ってるわけじゃないよ。

 キャラ内面によらずに表紙だけ見て無差別エッチなのはダメなんていうと行き過ぎなのはわかってる。

 でも売るためだけにエロくしておけみたいなのをやめてほしいだけだよ」

「わかってるわかってる。というかスマホエロ動画エロ漫画見放題の時代に微エロ要素なんて大して効果いから」

冗談で言ってるのはわかるけど、そういう問題じゃないだろ。ふざけてる場合じゃないぞ。

 実際にソシャゲーだったら、自分の好きなキャラ水着になっただけで喜んで大金払うやついるんだから

 作品キャラクターに売上目的目的エロい格好させてるって話は全然ありえるでしょ」

失言だったわ。ごめん。でも本当にソーシャルゲームだとファンユーザーしかいないかあんまり問題にならないんだよな。

 本って相変わらず書店に並べないといけないからなにかとチェックが厳しいってのは意識しないとな」

電子書籍化も進んでるけどまだまだだしね。」

「というよりネット広告ネットマンガの方は自由にやってるよなぁ。広告とかも結構際どいもの平気で流してくる。

 あれのせいで、読んでもいないのにライトノベルとかマンガにすごい偏見持ってる人生み出してる気がするんだよな。

 こっちはい迷惑だよ。書店員さんは大変だな」

ネット絡みでなにか縛り始めたら自分たちにも被害が及ぶかもしれないかあんまり文句言わないんじゃないの?知らんけど」

「さっきのFGOもそうだったけど結局自分が関心のないところだけ厳しいってだけかよ。」

「そういうもんだってananとかは表紙が全裸でも問題ないっていうような連中もいるんだし気にしたら負けだよ」

「話は変わるけど、売上目的のために不必要エロってのがダメってのは分けるけど。

 エロからダメって考えはないからね。これからエロ要素も頑張るからね」

「お、ご時世に逆らっていくのか?」

「ご時世も何も。辞める理由がない。

 保守的な人は嫌がるかもしれないけど、そういうひとに合わせて性的な要素を完全に排除すようとすると

 逆に、女性保守的な人が認めるようなイメージしかさないっていう抑圧になると思ってるんだ」

「ああ、性的消費とか性的搾取とか言ってる人がぜんぜん考えてないやつね。

 女性自分イデオロギーのためにモノ扱いしてるのは誰だよって話だよね。」

「そう。ワンパターンキャラしか出さずに望ましい女性像を固定することのほうが問題だと思ってるから

 性的な要素を匂わせるようなキャラクターは今後も登場させていくよ」

「その心がけはわかるけど、そういうのやりたいならR15とか指定つけて棚分けるようにしたりしたらいいんじゃないの?」

「そういうのはありかもしれないね。まぁ15歳にもなって胸がちらっと見えるくらいのことで大騒ぎするのもなんだから

 12歳とかに配慮するとかはあってもいいと思ってるよ。

 そういうレーティングしたほうがレーティング守ってれば好きにできるからね。」


「そうだよ。ゾーニングしろって言ってる人、一部の過激な人除いたらそんな感じだよ。

 過激な人は無視して普通の人の感覚には配慮するんだったら、そういう考えでいいんじゃない?」


簡単に言うけど、ゾーニングってむっちゃ大変なんぞ。

 各出版社合意も要るし、それこそ行政との折衝もやってそのレーティング正当性も認めてもらわないと。

 そこまでやったところで、どれほど売上が変わるんだって話だし。

 けものフレンズ製作委員会なんかよりはるかに大変なのに、どこが主導してやりたがるんだよって。」

「でもそれが嫌なら、やっぱりエロ自重するとか、ジュブナイルポルノみたいな方向で行くしかないんじゃない?」


「いやいやー。さすがにそれは極端すぎるでしょ。じかに性交に関するような生々しい話じゃなくて

 青少年時代ほのかエロスみたいなもの表現するのってそこまで規制されなきゃいけない話か?」


「内容についてじゃなくて表紙だけの話なんだから、面倒なら表紙だけ自重すればいいじゃん」

「あー、まぁそれはあるな。表紙だけの問題なわけだし。というかさ。

 でも、全くエロくない表紙で中身エロい話ってのも、それはそれでどうなんだよ。今度は読者が怒るだろ。」


「まぁどうやっても文句言う人はいからな。どっちを取るかって話になるな」


「そんなの読者をとるに決まってるじゃん。なんで本を買いもしない人にそこまで配慮しなきゃいけないんだって話だよ。

 不買運動でも、書店に行かない運動でも勝手にしてくれって話だよ。書店にいったって普段ラノベコーナーなんか見もしないでしょどうせ」


「あれもうほとんど純血主義みたいな極端なこと言ってる人いるよね。

 そもそも二次元女性キャラが表紙になってる時点で何言っても怒る人いるからね」

人工知能学会の話は嫌な事件だったね……もうあれから4年経つんだな」

「そういえば、批判された次の号はそれに答えるような上手な表紙やったんだけど、

 批判してた人はとっくにそのこと忘れててろくに反応なかったんだってさ」

「まじかよ。あいつら本当に無責任に騒ぐだけ騒いで後始末もせずに去っていくよな。イナゴかよ」

「表紙でしか判断できない人だからしょうがないよ。

 基本的に知性のないイナゴ相手にしてるつもりで、イナゴにどう対処するか考えないとね」

あいつらの行動特性ランダムで目についたものについて騒ぐってことを考えたら

 最終的にはこっちにくるなーってお祈りするしかないんじゃない?」

「ははは。なんだか文明レベル原始時代にまでさかのぼってるな」


続きます

当選するたびスーツ新調30万円 町議会が補助取りやめ』←町議給料を見ろよ

副業しないとやっていけないか現場が工夫したもの安易批判するのはどうなんですかね。

市議会区議会ではないのですよ?

anond:20180916005659

女子高生添い寝サービスは既にある。1時間2万円とかでバカ高かったはず。「セックス無くていいから安く気軽に済む」って安易に考えちゃうけど、性交提供するより癒やしを提供する方がよっぽど大変なんだよ。

2018-09-15

ラノベ表紙エロ過ぎる件についてラノベ作家が思う事

作家つったって一作だけ偶然に書籍化されただけだが。

 

その一作が書籍化されたので嬉しくて、多くの書店自分書籍がどんな感じで発売されてるのか見に行ったわけよ。

ジュンク堂とかあまり大手場合エロあんまり目立ってなかったように思うんだけど、地元地域大手書店レベルだとすごかった印象の記憶がある。

えー? ラノベってこんなエロ表紙ばっかりな世界なの?ってマジ思った。

まー、おいらがラノベ世界を全く知らずにテケトーに書いた作家からだけかも知れないが、まじでこれは「知らない世界」だと思ったね。

私の作品ちょっと大人向けラノベって感じのレーベルだったので、その界隈からは少し外れたところに平積みだったり一冊だけ置かれていたりしただけだけど、あまりエロくはない表紙だったので、却って目立つかなと、こそっと一冊だけ自分のを置いて見たりとかしたけどなw

すごい世界なんだなぁ、と実感はしたね、確かに

出版社としては売らないと商売にならないので、もちろん意図はわかるんだけど、ラノベに期待されているものって結局はエロなんだと思うと悲しくなったのも事実

個人的にはそんなのは書く気もないし、表紙をそんなのにされるのは作者としてはゴメンだって思ったり。

でも、ちょっとだけ親しい知り合いの作家はその手の作品を書いていたりするので複雑な気持ちもありますが、やっぱ売れないとねぇ。確かにおいらの作品はまるで売れませんでしたしねw

何せ、初版で五十万円前後しか印税は入りません。書籍化されるだけでもラッキー世界の話です。出版社にしてみれば売れなくても五十万前後は作者に払わんといけないし、その他諸々数百万は軽く吹っ飛ぶ世界

からこそ、表紙でエロインパクト与えて買ってもらう人を惹きつけるという安易な策もそれなりに効果的なのでしょうなぁ。

思い出したけど、K社の担当者からも「エロ要素はあった方がいい」みたいに言われましたね。

出版産業は右肩下がりだから、致し方ない部分もあるのでしょうし、私も多少はそれに従いましたが、内心は抵抗感ありました。作者としては、微力ながらも話の面白さを前面に押し出してましたし、そっちの方に随分と頭捻ったので。

でもまだまだ、購買層に対してはエロが強いのかなぁ、と。でもそれだと、ラノベっていつまでもそんなもんだとしか思われない感じもします。

ラノベって、気楽にささっと一日二日あれば一冊読むくらいできるのが利点なのであって、エロが売りなわけじゃないと思うんですけどね。

anond:20180915000040

それは思います

定義曖昧な「性的消費」なる言葉が使われているのは問題だと)思います

なんで急にこんな言葉をまるでみんな理解してるかのように使いだしたのか謎です

どうして定義曖昧なまま使われているのに指摘する声が少ないのは謎です

が、それは欧米流行安易日本人らしいパクリから来てるんだろうなって思いました。

ノイズ

「どこまでがパワハラなのか」「何がセクハラなのか」的な、まだ新しいカタカナ語意味理解していないうちに

海外でも皆がそれぞれ独自解釈で新しい用語を使って混乱する事が過去にもありましたが

それで問題になる現代日本で同じように起こってるのがその性的消費だと思いました。(終)

日本でも「性的消費」という言葉で同じような現象が起こってるようです。

あってる?

2018-09-14

anond:20180914235152

それは思います。なんで急にこんな言葉をまるでみんな理解してるかのように使いだしたのか謎ですが、それは欧米流行安易日本人らしいパクリから来てるんだろうなって思いました。「どこまでがパワハラなのか」「何がセクハラなのか」的な、まだ新しいカタカナ語意味理解していないうちにそれで問題になる現代日本で同じように起こってるのがその性的消費だと思いました。(終)

ラノベエロいエロくない問題

安易規制危険だと正論を言ってるハズの人達

正しいと思うのに

こんな事で必死になってキモいな~これがオタクキモいな~と

思っちゃうの悲しいな

悲報フェミによって「毅然として純潔を保つ女性キャラ」がフィクションに出せなくなる

今回のエロ表紙の件。

もちろんフェミの皆様は、表層的な絵柄や露出だけを見て、安易拒否反応を示しているのではない。

イラストに描かれたキャラクター本質、および、そこに反映された作者の意図のものを、深い洞察によって見抜いたうえで否定しているのである

ということを理解した上で、問題とされた『境界線上のホライゾンXI(中)』の表紙を飾る葵・喜美というキャラクターについて見てみよう。

「喜美には皆、頭上がらないんです。」

基本的自分中心主義であり、「女」であることに対し独自の持論と誇りを持つ。

容姿スタイル名前さえも自分にとっては「飾り」として服などと同一の存在と見ており、その認識故に蜻蛉切の割断能力が通じなかったこともある。

「私は、負けない女が好きよ」

「負けない男も好き」

「負けない私が最高に素敵」

「高嶺の花は、そこに至れる者にしか姿を拝ませないわ。そしてそれを枯らさず持ち帰る事なんて出来やしない。だから高嶺の花は孤高に咲き続け、その山の"不可侵"であり続け、高き場所に至れる者達の共通崇拝となるの」


でもま、こういうキャラが「女性支配したいという男性の願望が反映されている」として糾弾されてるんだからしょうがないわなー。

これからは地味な外見で男性に隷属して誰彼構わずヤリまくるビッチを出していこうな。

そうでないと「性的消費」「性的搾取」で「差別」で「加害」だと言われてしまうんだから仕方がないよ。

2018-09-13

3月のライオンイジメ描写は素晴らしかった

ハグプリの最新話は主人公はなが過去受けた虐めがテーマだった。

友達が虐められていたので庇ったらはなが虐められるようになってしまったが、友達はいじめが怖くて助ける事が出来ず、はなは孤立引きこもり寸前まで追い詰められたと言う話だ。

はなは友達を恨んでおらず、余計な事をして友達に嫌われたかもしれない事を気に病んでおり笑顔友達を許した。

私は過去虐められた事もあり、こういう描写を見るたびにモヤモヤする。

虐められっ子が虐めを恨むのは美しくないし、少なくともプリキュアには相応しくないが、美しい物語は傷つけられ苦しんだ虐められっ子に人一倍タフで美しい心を求めがちだと思う。

聲の形にしても、主人公イケメンの受けた虐めの傷は赤裸々に書かれるが、美しいヒロイン主人公からいじめを「自分に踏み込んできてくれた」と喜んでおり、猛烈に虐めた主人公を虐めから庇おうとする。

色々な作品を思い出してると、虐めに怒り許さないと言う当たり前の心を美しく書いた3月のライオンのような描写何気にしかったのではなかろうかと思い至り、ひなちゃんのように優しく正しい娘が安易に虐めっ子を許す展開にしなかった事は素晴らしかったんだなと思った。

虐めっ子のケアも描かれるが老練な教師によるもので、虐められっ子に虐めっ子のケアなんて重い物は背負わせなかった。

作者の親戚が受けた虐めをモデルにしていただけに、そのリアリティは譲れなかったんだろう。

こういうのに名前つかないの?

田中圭一連載:ゼビウス編】ゲーム界に多大な影響をもたらした作品創造者・遠藤雅伸は、友の死を契機に研究者となった。すべては、日本ゲームのために──【若ゲのいたり】

http://news.denfaminicogamer.jp/manga/180913

ゼビウスの人の記事なんだけど、「日本人のゲームのやり方は禅に通じる」的なところから一気に胡散臭くなる。

こういう現代事象過去日本文化と結びつけて語るのってたまにあるけどなんか名前つかないの?

ヴィジュアル系ルーツ歌舞伎!」とか

萌え起源浮世絵!」とか

オタク江戸町人文化継承者!」みたいなさ。

あと「金田伊功狩野派継承している!」とかさ。

似ているってだけで因果関係がまるでないし、「日本人の遺伝子には……」とか言い出すと明らかにトンデモ

しかも言っている人には「すごい発見をした」みたいな興奮が感じられてうんざり

こういう疑似科学でもない、何ていうの? 疑似人文科学? にズバリ名前をつけてほしい。

「それ○○だよ」って言っておけば終わりみたいなの。

けっこう安易に「そうだったのかー!」と受け入れる人いるのが怖いのよ。

いやいや、似ているだけだから、っていう。「英語Road道路起源でつまり日本語と英語は同祖」って言っているのと変わんないから。

どうにかしてくれ。

2018-09-12

anond:20180912114756

うんちを安易に使っている時点で

興ざめする。

うんち

2018-09-11

大手SIer取引したい

大手の優良事業会社って、大手SIerに自社システムの面倒見てもらってるよね

まりIT系ベンチャーが行きつくべきところは、大手SIerとの取引

ある程度事業規模が大きくなったら自社の社内SEだけでシステムの面倒は見れなくなるし、かといって安易に安いソフトハウスWeb会社外注しても、その会社が居なくなったら誰も保守出来ない怪しいシステムが乱立するだけだ

弊社もその例に漏れず、ソースドキュメント状態システムが多数乱立している。このままでは良くないと、最近ブログで目立つ「日本一残業の少ないIT会社」がそういう「他の会社が見捨てたシステムの面倒」を見てくれるとあったので発注してみたら、実際は「日本一仕事しないIT会社」だった。半年契約を打ち切った

高いけど、大手SIerに頼るしかないのか

いじめ復讐を妻子に

するのは「幼稚」とか「視野が狭い」とかっていう奴おるけど、安易ヒューマニズに囚われてる方がよほど視野が狭いよね。

てかさ、いじめ報復に「広い視野」とか「大人である事」とか必要ないよね。

重要なのは相手いかに最大限痛めつけるか」であって、妻子への攻撃かそれに適合するんなら当然するべきだろう。

それこそが初志貫徹、意志の強さでしよ。

「やり過ぎるといじめられっ子自身復讐対象に」って言い出すやつもいそうだけど、それはそれで良いんじゃね?終わった後だし。

もしくは復讐も出来ないほど心を折る「殺一警百」方式か、復讐者も残さず潰すか。

これもまた強さといえよう。

少なくとも、いじめっ子への憎しみから逃避するよりはよほど強い。

2018-09-10

anond:20180910111336

>なぜ「性犯罪者」だけを選択しまたそれが「男性である可能性だけを警戒するのか。

はいー??今ずっと性犯罪の話を私とあなたでしていたの忘れた?

急に他の「犯罪」についても加味しろってこと??横暴過ぎない?

>いいえ、病気です。

なぜなら「男性犯罪を起こす割合」は低いから。

そうですか、では性犯罪女性に対して行っている男性はいないんですね?

犯罪全体の割合の話してんじゃねぇんだよ

性犯罪に絞って今まで話してきたのに急に何言ってんの?あん病気か??

てか低いからなに?低いものでも、何が起こるかわからないものに備えるのは普通だろ。

あん北海道あんデカ地震来るって思ってた??

理解できないからと言って安易差別に走っていいとでも?

そっくりそのまま返すね。

女性気持ちをわからないあなた

それを一方的病気扱いするのも差別だと思うけど??

anond:20180910105631

では性犯罪被害に合われた方は、その人が性犯罪者と事前に分かっているにも関わらず

結果被害に合ったということでしょうか??

ザ・ストローマン

誰が性犯罪者かお前にわかるのか?わかってれば皆避けるんだよボケ

それがわかんねぇから男性を警戒するのが病気??笑わせんな

男性全体における犯罪者比率は極めて低い。また、女性にも犯罪者はいる。

なぜ「性犯罪者」だけを選択しまたそれが「男性である可能性だけを警戒するのか。

これすなわち男性差別思考の結果に他ならない。

事実性犯罪を起こす割合男性が多いんだよ。揺るがない事実なんだよバカ

それを警戒するのは当然だろ

いいえ、病気です。

なぜなら「男性犯罪を起こす割合」は低いから。

大半の男性犯罪者ではありません。

お前そんなこと言ってるけど、

もし事件が起きたら「警戒しない女も女だろ」って叩くタイプだろ。

帰ってきたストローマン

性別が違う以上、理解できる問題でもないような気がしますが

それを踏まえてもそんなくだらないこと言うならてめぇが行ってこいよカスww

理解できないからと言って安易差別に走っていいとでも?

2018-09-09

anond:20180909184616

しろフィクションポリコレ安易に結びつけようするのはどんどん加速してないか

アカデミー賞ノミネート作品なんて、伝記映画ばっかりになってしまった

ポリティカルアクションなんて、一時期落ち込んでまた増えてる気がするよ

ディズニーが元気すぎるからそう見える向きもある気がするが

あくまで肌感覚的にだが、米国ポリコレフィクション相関関係について煮詰まっている気がするなあ。

しろフィクションポリコレ安易に結びつけようとする向きを忌避する傾向もあるようだし。

最近だと、CrunchyrollっていうサイトオリジナルアニメPVが、ポリコレ意識しすぎたせいで顰蹙を買って炎上してたのが記憶に新しいか

けもフレ2期の炎上理由とかは理解するのが簡単だけど、件のCrunchyrollについては「そういう理由炎上するのかあ」って思ったし。

anond:20180909174619

から日本安易ガールズパワーとか、騒げば騒ぐほど

理想からさらに遠のいて変な使い方されるの目に見えてるんだよな

貴方左翼ですか?では韓国が好きですね?」の韓国みたいな使われ方すると思う

2018-09-07

anond:20180907093428

わたしエロいおっさんエロエロ大好きなんだけど、

未成年の子供、性に対して潔癖症の人の権利を守るのも必要だと思うわ。

それにエロエロ広告でムラムラしてエリートリーマン街道から脱落してしまった友人もいるし。

エロエロアンチエロ共存するにはゾーニング安易だわ。

電車エロエロラビアも対象になるのかな。ってとこ。

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