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はてなキーワード: 1980年代とは

2018-11-17

anond:20181117113403

いや?一番求められてきて、実際に使われたのは富裕層減税と法人税減税だろ?

それに、医療福祉はもっぱら社会保険料の増額で賄ってるぞ。国庫負担率はむしろ下げてるぞ。

消費税と違って、社会福祉に使うと言って実は富裕層減税、法人税減税に使うなんてことできないしな。

少なくとも税制1980年代以前のケインズ主義時代に戻すべきなんだよ。

そうすれば教育費もまかなえる。

1980年代頃は大学進学率4割になってたのに、学費数万円で済んでた

ただ、金周りを落とすのが問題から賃金増や、設備投資や、ふるさと納税富裕層カタログショッピングだろうが消費に使う分については減税してもいいと思ってるがな。

2018-11-15

anond:20181115154428

それはその通りだと思うな。これは俺も反省しなきゃいけないかも?

そもそも1990年代以前と2000年代以降以降のオタクは別種と言って良いほど違うから

1990年代以前のオタク保守的になってしまったというのは事実だと思う

なぜなら1980年代後半に起きた例の事件以降、自分たちを守るためにオタクは潜伏しなきゃいけなかったか

1990年代サブカル2000年代オタク小中学生ときコロコロホビーを買い支えてくれたお陰で維持されていたもので、その小中学生2000年代へ入ると中高生となり、KADOKAWA京アニブームを支えていくことになる

1990年代以前の主力となるオタクはどうなったか?と言えば、いわゆるロスジェネ世代であってサブカルを支えるほどの経済力を持てなかった世代

そしてこれは俺の予想だけれどフェミニズム支持者の女性の多くはこのロスジェネ世代

男ですら就職難にあった時代に女の就職率なんて目もあてられないのは想像に難しくないわけで、それが解消した2000年代以降の(ロスジェネ視点から見ると)苦労を知らない世代オタクは、感情的に言って気持ちのいい存在ではないわな

子供の頃から玩具を親から買い与えられて、就職できて、よく理解できないサブカルミーム熱狂して、どんどん購買していく連中

楽しく過ごせなかった自分たちロスジェネと、理解の追いつかない楽しみを見出している現代オタクはわかりあえないだろうね

増田にたまに登場するKKOの女版がおそらくは現代フェミニズム支持者だよ

anond:20181115152551

ん〜・・・1980年代後半に起きた例の事件以降のオタク叩きから比べれば、フェミニズム支持者との議論が出来ているからまだマシだなぁとは思うわ

1990年代サブカル事情右派から左派からもやっかみを受けて、そもそもオタク議論に参加できるという機会がなかったからねぇ

もちろん俺はオタクから自身クリエティティ制限をかけようとするフェミニズム界隈の動きは不快だけれど、俺も歳食って結婚して子供できてと人生を歩んできた中でフェミニズム支持者の言葉理解を示せなくもないくらいの心持ちは獲得できた

俺があと10歳若かったらクリエティティ制限を掛けようとする過激フェミニズム支持者へ思いっきり噛み付いていただろうなというのは想像に難しくない

この辺りの話は隣接するIT系オタクの同年代とも話すんだけれど、フェミニズム支持者はオタク理解が甘いとは感じているし「その制限を掛けようとする果てに何があるのか?」というのを理解していないのではないか?という印象を持ってる

何でここまでオタク界隈とフェミニズム界隈が衝突しまくっているか?を考えると、たぶんフェミニズム界隈は俺と同年代なんじゃないかな?と感じてる

まりオタク界隈は若く、ちょっと年上のフェミニズムお姉さんとやり合っている状況で、若者文化理解が追いつかないフェミニズムお姉さんが炎上させてしまっている状況なんじゃないか

表に出てくるフェミニズムお姉さんが30代以上なのはそういうことなんじゃないかな?ってね

フェミニズムお姉さんはもうちょっと若者に目を向けるべきなんじゃないかな?なんて思いながら俺は静観してるって感じだねぇ

anond:20181115151234

キライなやつは個人的主観から置いとくわ・・・

サブカル系ダンスパーティってコスプレダンから派生した文化からパーリーピーポーサブカル侵食してどうのっていうジャンルじゃそもそも無いんだよ

しろ1990年代に例の事件の影響で潜ってしまったジャンルで、2000年代以降に復活しただけなんだわな

これはある意味で運が良く、1980年代は隣接していたパーリーピーポーダンパイベントからドラッグ文化が入りかけていたのだけれど1990年代に断絶したお陰でサブカル系ドラッグ文化に侵されなかった

2000年代以降に「オタク脳内麻薬ハイになる」ってミーム1980年代の状況があって生まれたもんなんだな

2018-11-12

anond:20181112171709

2013/4/520:59:18

以前、某映画(時代劇)の(馬)監督の知人から聞いた話です。

アメリカの西部劇の転倒シーンは、馬の肢(アシ)にワイヤーやロープを結び人為的に転倒させている。

両前肢にワイヤーを結び走らせれば、ある地点で頭から前のめりで転倒。

…頚の骨の骨折即死したり、肢の骨折安楽死という馬が殆ど

日本は馬の頭数が少なく出来ないが、アメリカではその手法

近年 動物愛護法整備により、行われなくなりました。

稀に馬術競技でも転倒して廃馬になる馬がいます

その知人は、馬を横に倒す調教を長時間掛けて行いました。…1980年代。(日本初かと)

方法は、馬の身体構造 本能等を利用します。

ただ、現在その知人以外の方も実際に撮影場所を想定して砂や土の上で調教しているので、handsamv9さんが書かれているエアーマットや段ボールは知りません。(海外事実なら一度見たい)

倒れている馬…大河ドラマで多頭数の馬が横たわっているシーンでは、弱い麻酔薬使用。…獣医は大儲け。

NHK撮影は同じシーンを角度を変えて何度も撮るので、人馬共に大変。

私?…安過ぎてやる気がしません。

映画なら考えますが…。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14105072534

2018-11-11

anond:20181110112828

経済規模って

金の量(マネーサプライ)×金の回転数(資金流通速度)

安倍になって金の量を対策してちょっとましになったが、新自由主義消費税増税フリーハンドの累進所得税減税、法人税減税で金の回転数が駄々下がりなので効果を発揮できない。

ため込むところに税金を高めにするのが良い。それをやってたのが1980年代以前のケインズで、高累進課税、高法人税

ただし、金の回転数を上げるのが良いので、使ったら減税と併用するのは良いと思う。当然使ったら減税、ため込めば増税の差が大きければ、使ったら減税をとにかく使おうとする。

法人税に対して所得促進税制や、設備投資減税、累進所得税に対してふるさと納税。その他各種使ったら節税の項目なんかね。

本体の累進所得税法人税1980年代以前に戻す方向にしたほうが良い。そうすれば増収になる。

2018-11-03

anond:20181031155313

うん、そうだとおもう。

とにかく消費税周りは嘘、ごまかしが多い。

最近は「過去消費税借金返済に回っている!」とか言ってるが、資金過不足統計(国全体の資金調達と貯蓄の統計)を見れば、未だ政府資金不足=資金調達側。

まり、今現在借金は増やし続けている。

だいたい「全額社会保障に使う」んじゃなかったっけ?

実際の使いみちは累進所得税減税と法人税減税。で、ガッツリ溜め込まれて、金回り悪くして不景気になったがな。

消費税導入と新自由主義と失われた30年ははともにあるが、失われた40年が見えてきたな。

ケインズ主義1940年代1980年代まで成長してたが、新自由主義1980年代-2010年代まで景気落としっぱなし。明らかにどちらの理論が正しくて、どちらの理論が間違ってたか示されてるな。

2018-11-02

anond:20181102222033

1990年代前半はコロコロホビーブームからのバトルホビー系アニメ制作が一挙に増えているよ

1990年代後半に入るとポケモンそして遊戯王が登場する

1990年代サブカル買い支えたのは、ここで議論している「オタク」ではなく実は小中学生なんだよね

これが2000年代へ入ると深夜アニメブーム平成ライダーシリーズが登場するわけだ

ここから判ることは、成人したとき不景気であるキャプ翼世代(1980年代)以前と、成人したときに景気が持ち直すコロコロホビー世代(1990年代)以降は世代交代が起きているということ

もちろんコロコロホビー世代の親はバブル景気時に就職した世代であって、減収したとは言え子供玩具を買える経済力はあったと見るべきなんだ

バブル崩壊で最も煽りを食らったのは当時の20代前半〜30代前半であり、当時の小中学生の親世代である30代後半以降には玩具を買える金があったんだよ

アニメ市場規模コミケ入場数の増加はコロコロホビー世代が参入したことによる増加だ

平成終期はオタクフェミの戦いだったなぁと

西暦で言えば2015年以降だろうか?

東京埼玉連続幼女誘拐殺人事件(宮崎事件)もあり1980年代後半から1990年代へ掛けて行なわれた、社会から向けられたオタクバッシング時代2000年代へ入ると世代交代が起きたのか終息へ向かう

2000年代には2ちゃんねるニコニコ動画深夜アニメブームと共にオタク市民権は復帰する

この2000年代は一部のオタク右派思想が合流し積極的政治活動をするオタクも現れ始め、ここで左派思想と衝突する機会が増えはじめる

1980年代パソコン通信時代オタクと言えばGNU思想日本パソコン通信界隈での普及に合わせ、左派思想(主に自由主義)が席巻していたが、宮崎事件以降のオタク右派左派双方からバッシングされる事態となりオタクは潜伏する必要性に迫られた

実名主義だったホームページコミュニティハンドルネームという匿名主義が主流となり、氏名や住所などの個人情報掲載などが控えられるようになる。電子掲示板コミュニティでも存在していた実名ユーザが極端に減る現象が起きるというオタクにとって悲しい時代だった

2000年代へ入り、一部のオタク右派思想と結び付くが、独自研究になるが決定的だったのは2002年日韓共同開催によるFIFAワールトカップにあると思う

何故なら、いわゆる「キャプテン翼世代」のオタクは連載・放映当時は未成年であったが2002年では成人している者が多く、成人の発言力と行動力を獲得していたと予想できるから

サブカルに詳しい者であるなら「キャプ翼」のオタク界隈での様々な「ジャンル」での人気は理解していると思う

その想いを持つ層が成人しているところへ正直言って少々強引であった韓国による日本が開催権を得たFIFAワールドカップへのアプローチは、その世代を刺激するには十分であったことが予測できる

牽引力のあるキャプ翼世代嫌韓思想を支持しオタク界隈で席巻、オタクによる政治活動過激化してしまい、人権意識の高い左派思想対立するに至ってしま

過激化する右派と合流したオタクに引き摺られ左派過激化し、いつの間にか右派と合流したオタク左派対立材料韓国から人権へ移ってしまい、人権論で殴り合うようになる

韓国側の政治混乱もあり対立材料韓国が挙がることも少なくなった中で登場したのが左派によるジェンダーフェミニズム対立材料とする議論

しかし、オタクと合流した右派自身宮崎事件以降に距離を置いたことには言及せず、左派が誤ってオタク貶める発言をした際に宮崎事件以降のオタクバッシングを持ち出して、左派攻撃するようになる

歴史的事実であるオタクバッシングには左派反論できず、人権論戦はオタクを抱えた右派が有利に進んでいるのが現状だ

一部の左派は「左派オタクを守っていた」という意味不明な弁明をしているが間違っている

正しくは「オタク右派左派双方から距離を置かれ、社会全体からバッシングされ、潜伏していた」だ

オタクであることを表明せず潜伏している者をどうやって守ることができるのか

それは現在合流することのできた右派ですらそうであり、オタクは潜伏することで社会から無視されるように努めたのだ

社会から居ないものとして扱ってもらった方が気が楽だったのだ。見付かればバッシングされたのだから

宮崎事件以降は潜伏したオタク右派左派対話チャンネルは断絶しており、オタク独立してオタク文化独自に発展させた

オタクは潜伏したことにより、バッシングされることがなくなって外部から文化評価がされる機会もほとんど失なったのだ

今まさにジェンダーフェミニズムの者達が見ているオタク文化の背景には潜伏した時代があり、もし今のオタク文化ジェンダーフェミニズムにとって脅威であるのならば、それは過去ジェンダーフェミニズムが潜伏したオタク文化放置した結果である

オタク反省を促すのであれば、ジェンダーフェミニズム、そして左派、更には右派もまた宮崎事件以降のオタクバッシング反省しなければならない

今のオタク文化があるのは右派左派が潜伏するオタク放置してくれたお陰であり、今の左派ジェンダーフェミニズムが不利になっているのはオタクを取り込めなかったからだ

そしてあろうことか一部の左派オタク敵対属性としているので、そのままでは決して多くのオタク左派と合流することはないだろう

次の元号では左派とも和解をし仲良くオタクコンテンツを楽しめたら嬉しく思う

次の元号に備え、左派論客オタクコンテンツ好意的レビューでも書かせてはどうだろうか?

anond:20181102014055

萌え絵の始まりは〜」の話をするとき1980年代以前になるからじゃない?

ことぶきつかさあらいずみるい最初萌え絵を描いたわけじゃないという意味話題にならないみたいな。

2018-10-17

セブンコーヒーマシンについて

anond:20160822214301

この記事コメントで相変わらず佐藤可士和馬鹿にされている。おれも以前はセブンコーヒーマシンを多少なりとも馬鹿にしていた。

しかし、コンビニコーヒーについて少し調べてみたら考えが一変した。実はこれも計算づくだったのではないかと思えてきたのだ。

いま、なんだ信者戯言かよ、と馬鹿にした人がいたでしょう。でも、いったん待っていただきたい。

よくよく考えるとあんな出来そこないみたいなデザインと、セブンカフェの大規模な成功が結びつかないのだ。

まず、俺は勘違いしていた。あれだけ叩かれたのだからセブンカフェのコーヒーシェアは言うほど高くないのだろうと。

そして、コンビニで出来たてコーヒーを出せばそりゃ売れるだろう、デザインもクソも関係ないアイデア勝ちだなと。

しかし違った。セブンカフェのシェアは6割超の独り勝ち。圧倒的な人気で売れ続けているのである

そしてアイデア勝ちなんてとんでもない。日本コンビニは、1980年代からコーヒーマシンを導入しようとして、2013年まで30年間ずっと失敗し続けてきたのだ。

2000年代にも売り上げが伸びずに、セブンだけでなくファミマローソンあきらめた事例もあるようだ。セブンの試みも5回目の挑戦らしい。2013年セブンカフェのために開発に2年もかけていたようだ。

こうなってくると事情は変わる。

今やスタバドトールなどの売り上げを抜くほどコンビニコーヒーが浸透したという記事も見た。こんな成功を納めるきっかけになった事業が偶然のわけがないし、一番肝心なマシンデザイン適当仕事で済ませるわけがない。


佐藤可士和というデザイナー簡単に触れると、シンプルデザインを手がける事の多い人だ。

Tポイントカード今治タオルデザインがわかりやすいだろう。

そしてシンプルインターフェースコーヒーマシンでボロクソに叩かれた。

シンプルというのは、要素が限られるということだ。右や左、上と下という感覚はその中でも大きな基準になる。

佐藤可士和どころか全デザイナーにとって当たり前のことだが、左右とLRという表記が逆になっていたら使い難いことくらい、気づかないわけがない(素人だって気づく)。文化大革命時の中国で「赤信号が進め」になりかけたみたいな話だ。

コーヒーマシンのようなプロダクトデザインが出来上がるまでには、長いプロセスがありテスト使用だってある。

身近な家電製品が出来上がるまでを想像してもらえれば早いが、市場調査企画デザイン機械の調整など、様々な検証がされた末に製品化される。

当然、あのコーヒーマシンが使いにくい事は、プロセスの途中で関係者全員がわかっていたはずだ。

それなのに、絶対成功させなければいけない30年越し5度目の挑戦でああいデザインにしたのは、わざととしか思えない。

普通ならば失敗を何としてでも避けるため、左右のわかりにくさなど、いの一番に潰すミスだ。

佐藤可士和が無理に推し進めたにしても、絶対セブンの偉い人からストップがかかる。だって悲願のコーヒー販売のために開発に2年もかけてるんですよ。意図がなければリスクは取らないはずだ。

ではその意図はなんだったのかというと、「使いにくいことそのもの」ではないかと思うのだ。

ここからは、乏しい想像力による推測というかほぼ妄想しかないために一気に話が飛躍するが、堪えていただきたい。


日本人には、行列に並びたがる性質がある(らしい)。飲食店での紹介には「行列」は欠かせない文句だ。

あの使いにくいマシンはそうした「行列効果バンドワゴン効果)」と、「炎上商法」そして「学習した事はやってみたくなる」という効果を狙ったのではないかと思う。

客が店内に入ると、レジ近くの目新しい機械の前でモタモタしてる人がいる。客はセブンコーヒーを売り始めたというニュースを思い出す。店内にはコーヒーのいい香りが漂い、コーヒーマシンの前に並ぶ人も増える。

しかし実際使ってみると、非常にわかりにくくて混乱する。行列も増える。なんじゃこりゃ、誰が作ったんだこんなマシンテプラが貼られてたぜ、酷いデザインだなとネット上では炎上気味に話題になる。

しかし、たかが左右の使い分けくらいは一度使えば覚える。いやむしろ、覚えるというアクション自体ユーザー体験になるし、セブンに行くたびにその事を意識する。なんなら汚く貼られたテプラ記憶に残る役割を果たす。

コーヒーは習慣性のある飲み物だし、人間はわざわざ覚えた事は実践してみたくなる生き物だ。それに実際飲んでみると、低価格とは思えない程度には美味しい。

そうやってリピートしてみて、スムーズ操作出来る自分と、コーヒーの味に満足感を覚える・・・

と、こういう画が描かれていたのではないかと思うのだ。もちろん、セブンカフェの成功トップシェアという結果があるので、いくらでも後付けで正当化できる。

しか佐藤可士和マシンデザインだけではなく、セブンイレブンのブランディング自体担当し、セブンカフェの細かいアイテムデザインも担っている。

そしてこのアイテムの内、カップデザインこそ、あまり話題にならずに見落としがちだが、他のコンビニとの差別化の要因になった強力な武器と言われているのだ。

コーヒーホットで注がれても熱くなりすぎることがなく、手のひらの中でちょうどいい温かさを得られる。

環境にも配慮し、低コストながら保温性も実現。

滑り止めがついていて扱いやすいし、手触りも抜群に良い。

RのカップでLを押し間違えても、ぎりぎり収まるサイズにも設計されている。(内容量についての詐欺説は悪質な嘘なので注意)

間違って蓋をつけたままマシンに入れてしまっても、ちゃんコーヒーが注がれるように注意を払ったデザインが蓋には施されている。

他のコンビニと比べ、これだけこだわったデザインカップに施した人が、マシンについてはただの無頓着だったとはやはり考えにくい。(マシン自体カップを斜めに設置しないようにスペースが工夫されていたりするらしい)

上記解釈が正しいかは別として、消費者の行動を踏まえた何らかの戦略があったことは違いなく、だからこそ30年も失敗し続けてきたコンビニコーヒーの導入に大成功したのだ。

繰り返すが、あの「使い難いコーヒーマシンからコンビニコーヒーの躍進が始まったのだ。そして2015年には、コンビニコーヒー総務省消費者物価指数に加えられるまでの巨大市場に至ったのである

以前の俺は違うデザインマシンならセブンコーヒーももっと売れただろうにと上から目線で思っていたが、こうした事実を知ると間違っていたのは俺のほうだった気がしてくる。

佐藤可士和の全仕事が素晴らしいとは言わないし、セブンコーヒーマシン意図も正確なところはわからない。だが、馬鹿にするだけでは見えないこともある。

コンビニ業界の悲願の達成、日常の消費をここまで変えた商品という結果はやはりすごいことだし、その一部は佐藤可士和の手によるものだ。

過剰に意味見出しすぎかもしれないが、彼を馬鹿にしている人も、そのことはほんの少しだけでも覚えていてもらいたい。

俺も馬鹿にしてたんだけど、これを調べてころっと評価が変わってしまった。


個人的妄想の類の文章だが、もし似たような事を先に書いてる人がいたら悪しからず。

例のドラゴンボール記事に対する反論

>このような主人公キャラクター設定には、高貴な身分から落ちてしまったという悲劇、そしてその境遇に立ち向かい栄光を手にするというサクセスストーリー、といった読者の心を掴む要素があるのではないでしょうか。



ベジータの話じゃんそれ。悟空にはそんな要素無いだろ。

そもそも栄光をつかむ話じゃねえし。

>これといった目的やゴールもなくストーリーが進んでいくので、主人公応援したい気持ちになれず、

ただ淡々物語が進んでいくように感じてしまいました。

いきあたりばったりな書き方は、「奇想天外物語」を作ることはできても、「物語の奥深さ」を作り出すことはできないのではないでしょうか。


これは全巻一気読みの弊害というか、物語通して一つの目的が無い、終わりをチラ見しながら読んでたらそういう感想になるのも百歩譲って分かる。

ただ、「サイヤ人」「フリーザ」「セル」「魔人ブウ」など時々の目的あるじゃん

っていうか奥深さって何よwアクションエンタメ漫画に奥深さを求める意味が分からない。

>例えば上記に挙げたヒット作品などでは、非現実的で独特の世界観を前提にしてストーリーが作られています

魔法界や大海時代など、それぞれの作品でそれぞれの世界観を作り込んでいるのです。


サイヤ人とかナメック星とか、後付けで徐々に独自世界観を作りこんでるじゃん。

最初からカッチリルールが設定されてないとダメタイプなのか。

ストーリーに関しても、当時はまだ「黄金パターン」のキャラクター設定採用している作品がそこまで多く世に出ているわけではなく、

さらに作者の「いきあたりばったり」な書き方も相まって斬新な物語だと感じた読者が多かったのではないでしょうか。


ただの想像の上に大間違い。

男塾北斗の拳キン肉マン聖闘士星矢みたいな「王道黄金パターンで行き当たりばったり」な作品は当時から山ほどある。

なんならBLEACHみたいに今でもそういう作品はある

>そしてもう一つ、インターネットがまだ普及していなかった1980年代後半の余暇の過ごし方は、

スマホで当たり前のようにゲームができる今ほどに選択肢が多くなかったのではないかと思うのです。


選択肢が今ほど多くないのは事実だが、今もそのスマホゲームや数多くの映画の中からドラゴンボールがヒットしてる理由説明にならない

ジジイ相手商売ならまだしも、外国人子供も楽しんでるんですが

果たして1992年に生まれ21世紀を生きてきた私にとって、これらの「よかった点」は通じるのでしょうか。



そもそも良かった点が見当はずれなので通じるもクソも無い

しろ中学生時代に大量のPS2ゲームに触れてる世代ですあなた世代

ドラゴンボールを全巻読んでみて、当時ドラゴンボールがヒットした理由が少しわかったような気がしました。

そして、当時子どもだった先輩方にとって衝撃的で感動的な漫画だったのだろうと感じました。



最後最後に「黒船を見た江戸時代の人はさぞ驚いたでしょう」みたいな逆マウンティングかます姿勢がクソ

クリエイターなら見ろ!」と言った先輩以上にキツイ

というか、「個性豊かなキャラクター」「みんなが真似した必殺技」みたいな要素を魅力として感じれなかったのは好き嫌い以前にマズいだろ

2018-10-15

anond:20181015210025

https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/a03.htm

これで、1980年代から3-4年程度でならしてみてみなよ。

消費税が上がるにしたがって所得税法人税が下がってる、

で、全体としての一般会計税収合計は50兆円程度ですが。

所得税回復所得税最近だけちょっと上げてるから

anond:20181015180405

1980年から離れるに従ってどんどん悪くなってるということだろう。

まり1980年代以降に転換した新自由主義諸悪の根源

2018-10-12

anond:20181012094032

方言はいくつかの要素が挙げられるが、重要な要素の一つが発音だと思う

ズーズー弁」などはその代表例だ。鼻にかかった発音フランス語のように聞こえなくもない。

最近お笑い番組和歌山のご婦人が「ダ」行だかなんだかを、

「ダ、ディ、ドゥ、デ、ド」としかいえないというのを見たが、

50音を教科書通り発音しない人は結構多かったはずだ

上野発の夜行列車内で車掌が「つぎはメト、メトに停まります」と放送したのを聞いたとき

軽い衝撃を受けたが、行った先ではもっとひどかった

東北の人の会話がまったく聞き取れないし、語彙も未知なものばかりだった

1980年代でこうなのだからテレビラジオ以前の活字メディア時代はなおさらだろう

幕末維新期の志士たちが「ばい」とか「ぜよ」とか語尾につけるだけで、

方言いっちょ上がり」みたいな感覚なのだろうが、安直な発想だ

小説なら発音イントネーションは隠せるが

映像や音声になるとうそくさい

実際には、おそらく互いに「は~、こいつ何しゃべってんだ、全然わかんねぇ」とか思っていたのではないかな?

松本清張砂の器」により、東北弁に似た発音出雲地方の一部でも見られることが知られるようになったと思うが、

21世紀の、発音平準化した現代ではむしろその意味するところはわかりにくいだろう。

同じひらがな、かたかなで書かれているからといって、日本語話者全員が同じように発音するわけではないのは、

同じラテン文字を使っているからといって、同じように発音するわけでないのと似ている

2018-10-04

30年くらい前の食玩

30年くらい前の食玩でどうしても名前が出てこないものがある。同時期にはネクロスの要塞なんかも流行っていた気がする。1980年代

キャラクター主人公側と敵側に分かれていて、主人公側は人間塩ビでできた2.5頭身くらいの人形に、プラスチックヘルメット武器を取り付ける形。

敵側はモンスターで、言葉説明するのが難しいが塩ビでできた頭だけの人形に、後頭部からプラスチック部品をツッコむ形。押し込むと目玉や舌が飛び出すというギミック

何弾か出ていて、後期では主人公側は塩ビ人形に、同じく塩ビバイオメカ?のようなものを背後から被せる形だった記憶がある。

すごく好きだったはずなのに、どうしても名前が思い出せない。

2018-09-27

同人グレーゾーン論いつまでやるんですか

クッパ姫任天堂公認させようとかい意味不明な話が流れてきて、あー海外発だとコンテンツ評価が付いたらビジネスとして盛り上げなければいけないという話になるからそうなるよね、と思って見てたわけですが。同人公式の黙認で成り立ってるからやめろって反対が起こるわけですよ。文化的背景から言えばそりゃそうだ、やめろ、と思うわけですが。

公式の黙認」ってなんだよと。同人は若手が勝手に絵を描いてプロになる下積みとして機能しているわけじゃないですか。お前ら公式はどこから来たの? と。1980年代には宮本茂死ぬ思いでマリオゼロから創作たかもしれないし、手塚治虫ディズニーの丸パクリから全く新しい世界を築いたかもしれないし、彼らはPixiv版権絵をうpして絵を覚えたわけではないだろうけど、今の中の人同人作家ばっかりじゃん。お前ら古巣同人界に戻ってきてフリーライドしてるじゃん。

同人黙認システム機能してるのは公式絵師苦痛に思うからではなくて、既に「内容は把握しているし想定通りだし何も問題ないけど版権処理がめんどくさいから」「原作者以外のステークホルダーが睨んで止めるから」に切り替わってるよね。なんで止まるかって損するかもしれないからっていう反ビジネス的発想のせいだよね。オポチュニティ喪失ですよこれは。川上稔なんか自作オンリーに申し込むんだぞ何買ってるのか知らないけど。

販売する予定はないし、版権元にライセンスする気もないし、どこにも痕跡を残す予定もない。だから消せ。配るな。売るな。儲けるな。わたしを干せ」という主張は、不正著作権の主張だ。著作権ってのは中世欧州において出版社割れを売り捌く現象が多発したせいでできた権利だ。印刷所が薄い本勝手再生産して勝手に薄い書店に卸し著作権者が印税を干されて死ぬような事態が横行したか何かだ。そのために著作権者がまず正当な印税収入を確保するための出版物の独占的な発行権、つまり著作権を得て、金銭収入保護されることになった。もちろん現代では無尽蔵に拡大されて著作物の配布まで制御できるようになりそして同人黙認や同人誌のDMCA取り下げといった機構提供するに至っている。だが、著作権金銭収入保護のための権利だ。原理主義的には金銭収入社会的地位を得ない方向への制御目的外の利用だ。「望まない形で公開されると盛り上がりが薄れる」はOKだが「盛り上がりすぎると困るので控えろ」は著作権概念精神に反していて必ずしも保護される意志ではないのだ。

同人黙認グレーゾーン機構は、その核心に「このコンテンツビッグにしたくない」という自死願望を組み込んで動いているために、現実的には機能しているが理論的に破綻しているのだ。このグローバル化時代にあって(いつの言い回しだ)は早晩崩壊を免れない。それが日本から始まるのかコミケ海外コンベンションに規模と薄い本の質で負けて海外から輸入されてくるのかは分からないが、いい加減になんとかならんのかこれ。

2018-09-22

anond:20180922134510

1980年代以前がうまく言ってて、1980年代以降が失敗なんだったら、何を変えたかをまず考えるべきだろ。

ケインズ主義から新自由主義に切り替わってて累進低減、法人税減税、消費税増加をした。

新自由主義は金の量も金の回転も両方見ない。自由放任であればうまくいくという無責任思想

時代の流れ?世界2位3位の経済大国で、大半が内需なんだから、流れなんざ自分で作っていくもの

その流れを金の量、回転数ガン無視で、破壊たからの不景気だ。

anond:20180922122137

さっきお前「開かれた国じゃないかアメリカに全部奪われなかった」とか言ってなかったっけ?

で、その反論で、ニュージーランドオーストラリアの例を出したのだが?

そしたら「日本英語圏じゃないから成長しないんだ」というのなら1980年代までの日本の成長は何。1980年代まで日本英語圏だったのか?

まり、外的要因がどうたらじゃなくて、単に1980年台にケインズの高累進所得税、高法人税から

消費税、低累進、低法人税新自由主義に切り替わって日本が金の量と金の回転数についてガン無視だったのが悪かったの。

anond:20180922115153

1980年の一人あたりGDPランキングトップに行くまでの経済運営が正しくて、1980年代以降の一人あたりGDPランキングダダ落ちのとき経済運営が間違っているからでしょ?

もちろん、貸しはがしも大失敗だったな。更に消費税増税法人税減税、累進所得税減税も大失敗だったな。

フリーハンド法人税減税はむしろ設備投資を下げる効果があるな。

指標は金の回転数、すなわち貨幣流通速度。これを上げないとならない。貨幣流通速度を上げるには、企業富裕層から税金で金を巻き上げるか、自ずから使うか、どちらかを迫らないとならない。

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