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2018-02-24

エンジニア裁量労働

裁量労働制がすでに導入されている、エンジニア

入社後ある程度年数が経過しないと適用されないために、私自身は、まだ、対象外だ。


しかし、傍目に見ている限り、裁量労働者に「裁量」なんてない。

計画はすべて修正され、スケジュールは上の言いなり。

ときに、管理職がありえないくらい長い時間会議資料作りに費やすよう、指示し、拘束している。


本人の同意がないと、裁量労働者にはされないというが、集団同調圧力の中、拒否は許されない。

拒否した場合には、会社にいる限り厄介者扱い、会社を辞めるしかない。


最近、働き方改革でようやく、まともな時間?(20-21時)に帰るようになったが…

今後どうなるかはわからない。


理論通用するはずの、エンジニアですらこの有様だ。

正直、適用要件を緩和すると、労働が原因の自殺者、過労死が一気に増えるだろう。


日本式のやり方で、裁量労働を持ち込むのは、さんざん人を殺しながら、見て見ぬ振りをしてきた過去反省する気がないと見える。

2018-02-23

なろう系小説熱狂的な信者プロファイリング増田の傾向が似ていると思った

いじめられっ子弱肉強食論や自己責任はいわれ続けられた過去があるため、普通創作でも味方や主人公サイドがそういう主張だと傷がえぐられて見ていられない

→同様にいじめ経験がある場合は、割とかなりリスキーだったり、明日は我が身で一歩間違えたら自分もそうなるということを学ぶので、おいそれと言えないようになる

→同様に陰キャに感情移入とか絶対に無理なのでまずそういうのは好まない(福本作品最強伝説黒沢の作中の名言評価が二つに分かれるのと同じ)

wiki情報すらマトモに理解できてない自称エリート様、意識高い系が多い、技術持ってるつもりでも技術的な深い話は一切できずにマウンティングに走り始める

頭が悪い悪くない以前に、空気が全く読めない上に訳の分からないところで変に偏執的に意固地で、間違っていることは例え死んでも認めない勢いで発狂する

本質的には陰キャであることは間違いないが、あまりにも他人に対して上下か損得みたいなステータスしか関心が向けられない、人間関係理解できない

いじめに参加するだとか、いじめられたことすらないほどウザがられて無関心なので、空想的な弱肉強食論が大好き、人の立場機微が全く自分本位しか理解ができないので自己責任しか理解の処理ができない

・異常なまでの承認欲求

→周りから関心を持たれたことが一切ないことが、マウンティング必要人間関係友情恋愛の様なステータスは足りないことは理解しているので、異常に(特に恋愛や男女の性愛に関して)執念深いほどの関心を向ける

上下関係大好き、というより対等な関係というものが利害の一致レベルしか理解できない、恋愛関係においても上か下かでしか理解ができない

最初は使い勝手が良いので、割と人がすぐ辞めるブラック職場には適応やすいが、当然軌道に乗ればブラック化の原因となるので捨てられてブラックの中にしか生息できない、永遠に同じところには居付けないので、転職や回転率が異常に高い、例えばフリーランス派遣、そしてweb業界をやたら好む(というよりそこ以外に生きる場がない)そんなパイロットフィッシュの様な存在

→実は技術的な本質は全く低いので、海外はいったが通用しないまま枕を並べて討ち死にするか、そうなるのはわかっているので国内外資で我慢する、という傾向が強い

・いうことや言い回しが異様に似通る、ジャンルテンプレを好む

他人から見た成功像やリア充像やエリート像といった、理想しかから評価される基準がない、多種多様性が全く持って理解ができないので、学歴年収技術、人脈自慢が、人数から平均値に至るまで奇跡的に法則や以上に重なる

まぁ、増田のいうことが本当なら仕事だけは出来るみたいだから仕事がなくて生きていけないとか、お金に困ることはないんじゃあないかな…

羨ましいかどうかは置いといても

資格を持っているだけでは絶対人生好転しないということ

厳しいようですが、今の時代資格を持っているだけでは絶対人生好転しません。

かに資格を持っていれば、持っていない人に比べては有利になることもあります。けれども、資格だけではまだまだ足らないのも事実

どのような資格かにもよりますが、これから時代資格よりも個人の力をつけること。

そのためには一体どうすればいいのでしょうか。

資格を持っていることを自慢しない



あらゆる資格を取得しては自慢している人がたまにいます

自慢するのは自由ですが、人生好転させるためには自慢などしている場合ではありません。

たくさんの資格を持っているのであれば、それを活用して生きていきたいものです。それにたくさんの資格ブログ等で取得経緯を書けば需要もありますね。

その資格を取得するために頑張ってきたことや実行してきたことを自分言葉で書いていくのです。その資格に興味がある人は必ず読みます

アドセンス等を貼れば、それなりにブログ収入も得られます一石二鳥ですね。アドセンスよりも資格うんぬんの転職アフィリエイト広告もいいかもしれません。


資格取得は通過点であってゴールではない




資格取得をゴールにしている人がたまにいますが、ゴールではありません。

その資格活用して人生をよりよく生きることが目的

からこそ、資格取得に生き甲斐を感じてはいけません。趣味資格を取得するのは自由ですが、何のために資格を取得するのかを考えたいもの

時間は有限ですので、あまり意味のないことに時間は使いたくないですからね。

通過点を楽しむのもアリですが、やはりゴール後の人生を楽しみましょう。


人生好転させたいのであれば資格を取らない




極論をいえば、人生好転させたいのであれば資格のものを取らないこと。

変な感じですが、これが私なりの答えです。資格よりも大切なことは冒頭でも書きましたが、個人の力(スキル)をつけること。

そのためにはまず何ができるかを考えること。

ブログ収入を得ることも個人の力ですし、会社の力に頼らずにお金を正当な方法で得ることも個人の力。

とにかく今の仕事場が潰れても生きていける力を身につけるということ。

そのためにも今までの常識世間体を消すことが大切。いつまでも同じような時代や考え方は通用しませんからね。

資格を持っているだけでは絶対人生好転しないということのまとめ



別に無理してまで資格を取得する必要はありません。

どうしてもやりたい仕事でその資格必要であれば取得しましょう。

人生を楽しむために資格必要であれば、今すぐにでもそれに向けて頑張るべき。とにかく何のために資格必要なのかをまず考えること。

持っているだけで満足する人生は本当に虚しいだけ。

人生好転させるためにも今できることをドンドンと試していきたいものです。


意味のない資格自慢から卒業しましょう!

anond:20180223003646

そうかなあ、俺っちの田舎ではまだ通用するよw

2018-02-22

anond:20180222191531

モータースポーツなら日本でも十分通用するし一般認識もある

e-はまだ浸透してないだけで慣れてないだけだろう

2018-02-20

英語こそ丸暗記科目だよな

よくある場面別の会話と受験必要トピックの例文を200くらいまとめて

暗唱できるくらい丸暗記させれば、誰でも世界通用する英語を身につけることが出来る

事実、俺はこの方法でTOEIC430点を叩き出してる

思考が短絡的すぎてコピペアレルギーになる人達

吉野家の話はしません

コピペ絶対悪だと思っている人種一定数いる。

かに学生時代コピペ絶対悪とされていただろう。

学ぶには手を動かすことが有効であり、とにかく手を動かすためにはとりあえず写経するのが手っ取り早い。教える側もただ写経しろというだけでいいし、教わる側も知識もない内から必死に考えたふりをする手間を減らせる。つまり、多くの学生教師にとっては写経はとても効率的であり、写経の機会を奪うコピペはとりあえず絶対悪という事にしても問題がなかったのだ。

だが、それが通用するのは学生時代までだ。

インプットからアウトプットステージが移っている状況でコピペアレルギーの如き反応を示すべきではない。

私は「学生気分」という言葉は嫌いだが、アウトプットする事を本業としている状況とインプットする事を本業としている状況でスタイルを全く切り替えられない人間無能と言うしかない。

コピペメリットがただ「楽」だけだと思っている人間はいよいよ持って無能どころか害悪である

まず「早い」。

これは非常に重要だ。

1人の人間が1人分の仕事ができるはずの状況で、「拘りのスタイル」を発揮しすぎて1/2人前の仕事しかしないのならば、それは社会全体にとっての損失であろう。

そしてコピペの何よりのメリットが「間違いが減る」事だ。

コピペタイピングなら絶対コピペの方が間違いが少ない。

選択範囲を間違えたり、元々の文章が間違えている事は確かにある。

かにあるのだが、それらはコピペする時にカーソル周りをよく見ていれば防げる。

だが、コピペすればいい文章手打ちしようものなら、元と入力先の両方の間で目を動かす必要がある。

そうすると一点を集中してみているときよりもミスが増えるのは間違いない。

チェックする事に集中してからパっとコピペするのと、ダラダラと文章を読みながらタイピングしているのとでは、ミス発見精度に差が産まれるのは当然だろう。

かにコピペする事で失敗することはある。

だがそれらを「コピペしなければ起こらなかったミス」だと考えるべきではない。

なぜならそれらは「コピペで済ませたことで浮いたはずの時間の半分でもチェック作業に当てれば防げたはずのミス」だらけなのだから

コピペを憎む人間の多くは根本的に怠惰なのだ

怠惰からコピペで済ませたあとにチェックをせず、そうして生まれミス責任自分にあると認められないかコピペのせいにするのである

さあ、今一度君たちに問いたい。

コピペは「絶対悪なのだろうか?

2018-02-19

anond:20180219070454

なるべく多くの人に見てもらって情報、反応、反論等欲しかったので煽り気味に書いてるところはある。そこが気に障ったのならすまん。

まあ私の文章煽りや売り言葉に買い言葉がないとは言わないのでそこはお互い様ということで。仲良くマサカリ投げあいましょう。

あくま自分見方を紹介しているだけで理系のやることが全て正しいとも思ってない。ただ理系では日本が一流研究をしていると誇る分野が数多くある一方で、文系の多くの分野で全体としては日本学会は二流という嘆きが聞かれるのも確かだ(もちろんどんな分野にも日本人の一流研究者はいるだろうが)。

これ[要出典]ってタグ貼るべきところ? 私は最初増田anond:20180217012945)で(1つだけだけど)実例挙げたし、体験談ベースの話でよければ私の見た限りでは日本外国研究ってけっこうレベル高いと思うんだけど。外国語に訳されても遜色ないモノグラフがたくさん出てる。

理系では著書でオリジナル発見研究成果を発表する奴はまずいない。いるとしたらほぼトンデモだと思って間違いない。文系増田が挙げてる怪しい医学博士とか。

文系では違うのか。正直文系ガチ研究書は見たことがない。三浦瑠麗の著書も調べてみたが、タイトルや値段を見る限り一般向けだろう。大学書籍部や図書館を探せばあったんだろうか。ただ(博士論文出版等は除いて)著書で最新の研究を発表するというやり方は、どの部分に新規性があるのかの表明や議論双方向性等に問題がないのだろうか?新規研究成果なら第三者査読を経て論文にするのが正統なように思えるが。数学証明のように検証可能性が極めて高ければホームページで発表とかでもいいんだろうけど。

そこからか。何のために研究雑誌Book Review欄があると思ってるんだ……(和文だろうが欧文だろうがたいていのメジャー学術雑誌にはBook Review欄はあるし、場合によっては書評査読がつくよ)。ていうか普通、序章とか第1章とかで先行研究の整理をするし(一般向けも混在するレーベルだと編集に嫌がられることもあるらしいけど)、そこで自分オリジナリティについても言及するよな。

あくまで一例だけど、先日出た研究書の目次はこんな感じ→http://www.unp.or.jp/ISBN/ISBN978-4-8158-0871-6.html適当なUniversity PressのHPを開いて適当新刊をチョイスしただけなので、内容については何も言わないし、言えない。なぜなら私は読んでないからだ。あくまで「ちゃんと章立てに先行研究って入ってるでしょ」というサンプルとして受け取ってほしい。目次で明示されてないだけでちゃんと先行研究の整理をしている本もあるので気をつけて。それはそれとして面白そうな研究だと思うんで余裕があったら読んでみたい)。

駄目な研究は本として出版したってロクに引用されずにアカデミアから消えていくだろうし(もちろんあまりマニアックすぎて引用するひとがいないという悲しい状況も有り得るのだがそういう場合学術雑誌書評でちゃんと良い研究ですよって言われてるからな。おべっか書評がないとは言わないけど、むっちゃ辛辣書評も見かける)、まともな研究書なら議論典拠は明示してあるんだから議論双方向性に問題はないでしょ。

三浦瑠麗の著書、内容(https://www.iwanami.co.jp/book/b261983.html)を見る限りでは研究書ということでいいと思うけど。文系は割と凝ったタイトルつけるひと多いかタイトルだけで研究書じゃないと即断することはできないし(『想像の共同体――ナショナリズム起源流行』も『〈日本人〉の境界――沖縄アイヌ台湾朝鮮 植民地支配から復帰運動まで』も立派な研究書です)、値段についても、うちの分野の研究書の半額くらいの値段で売れて羨ましい限りと思うけど、それが研究であることを否定する材料にはならない(ていうか一般書だとしたら3000円以上ってクソ高では)。国際政治学一般理論みたいに需要がある分野ならそれなりに廉価でも採算取れるよね。研究書は別に専業研究者けが読むものではないので、政治学者以外の教養人にも売れそうだと判断たらこのお値段になるのは別に不思議じゃない(逆にマイナー分野では……お察し下さい。売れない→高い→売れない→高いの悪循環でございます学術成果刊行助成でなんとか刊行できてる研究がたくさんあるんだよなぁ)。気が向いたら図書館で実物見てみるわ。

何度も言うけど、中身は知らない。ひょっとしたらダメダメな内容かもしれない。でもそれは、査読通ったちゃんとした学術論文でも中身がショボかったりオリジナリティ希薄だったりすることがありうるのと同じで、ダメダメから研究業績にカウントされないということにはならない。たとえそれがサラミ論文であったとしても、英語で書かれた査読つき論文だったらそれは業績としてカウントされるべきだよね。公募採用されたり学術界で優れた研究者として認知されるためには内容が優れてないといけないし、こんなサラミ論文しか書いてないやつがなんで○○大の講師なんだ! という批判はされていいと思うけど、それはあくまで内容を見た上での話であって、形式だけを見て業績じゃないと言うことはできないはず。今回の元増田批判が内容を見た上での話なら『シビリアンの戦争』を未読の私は何も言ってないし言う資格がないけど、理系増田も読んでなくて、ここではあくま形式の話をしてるんだよね。形式の話をするなら彼女学術業績としてカウントされるべき本を書いていますしか言いようがない。

一般論からすると著書はオリジナル研究業績であり得るが、逆も然りで著書は必ずしもオリジナル研究業績とはみなされないというべきなのでは。門外漢は著書数もオリジナル業績数とみなせという主張は言い過ぎだろう。

「著書はオリジナル研究業績(でありうる)」「研究書は立派なオリジナル研究成果」と私は書いてるよね? それで前段へのアンサーになってると思うし(そのうしろでちゃんと「一般向けの本」と「研究書」を分けて記述してるよな)、そもそも私は最初増田anond:20180217012945)で「新書2冊はおいといて」って書いてるので、“すべての著書”がオリジナル研究業績なんて端から主張してないってことは読めばわかってもらえると思ってたんだけど(オリジナル研究書籍化したものを「研究書」と呼ぶわけだから、“すべての研究書”はもちろんオリジナル研究業績です。一方で著書のすべてが研究書というわけではないので、“すべての著書”が研究業績というわけではありません。こう書けばわかるかな?)。

後段、著書はオリジナル学術業績とはみなされないという理系ローカルルール持ち出して他人を業績が少ないと批判する方が言い過ぎでは。いやもちろん他分野の常識に詳しくあらねばならない必然性はないけど、他人を「業績が少ない」と批判する以上は他分野の「業績」の基準も知っておくべき、って、そんな無茶な主張? 文学でも歴史学でも政治学でも社会学でも教育学でも文化人類学でも哲学でも法学でも、おおよそメジャー文系研究分野ではだいたい研究書はオリジナル研究業績としてカウントされるんだから(これは英語圏でも変わらないと思うよ。少なくとも私の専門分野や隣接分野では英語だろうがフランス語だろうがドイツ語だろうが韓国語だろうが研究書はオリジナル研究業績です)、文系からするとその常識通用しない方が非常識ですよ。理系ローカルルール勝手学術界の一般ルール敷衍するのやめてもらえます

院生だろうが単著論文を発表するのがふつうの分野の人間からすると、理系では指導教授論文の著者に名前を連ねるのか、変わった慣行だなぁ、って思うけど、それは理系慣行なんだなとして受け止めてるし、この研究者自分学生論文名前を連ねて論文数稼ぎしてる! なんて主張しないよ(もちろんギフトオーサーシップ批判されるべきだけど、理系では自分指導してる学生論文の共著者になるのはギフトオーサーシップではないんだよね? このへん詳しくないので間違ってたらごめん)。分野が違うと業績のカウントの仕方も違うんだなぁ、って受け取っておけばいいじゃない。

その上で現在日本語地位が低い分野や日本語でやる意義がまるでない分野まで、日本語で最新の論文を書いてもよい、あるいは日本語地位を高めていこうなんていう理由がよくわからない。例えば挙げてくれた西洋古代史の最新論文日本語で書くことに何の意味がある?日本全然関係ないのに?解説書や教科書は別だ。日本語で多くの人が学べることには意味がある。でも論文なのだとしたら欧米研究者が読まなければ学問進歩に乗らないんだからただの自己満足だろう。アマチュア研究者だとしたらそれでもいいんだが、大学研究者プロだろう。国から研究費貰って英語が中心の分野で日本語しか書かないのは国民が納得しないだろうから税金泥棒しか言えない。

将来英語が中心じゃなくなることもありうるだろうという論を挙げているがそれは詭弁だ。理系だってラテン語から現代語への変化やドイツ語フランス語凋落を経ているが、最新の論文を主流の言語で書かない理由はない。(欧米科学力を中国が圧倒的に上回ることは考えにくいが)将来中国語になるんだとしたらそれもいいだろう。もし仮に日本がその学問分野で覇権国家になるプランがあってそのためのリソースを投じているっていうなら別だけど、そうじゃないなら英語に圧倒的に負けてる分野はさっさと降伏して英語ベースにしたほうが世界中学者のためになるし日本人世界に認められる学問的成果をあげるためにも効率的だと思うんだけど。国際政治学についていえば英語圏研究が中心だという知識増田にもあって、反米主義だったり日本世界覇権を夢見ていたりといった特殊思想的背景があるわけでもない研究者英語論文を書かないのだとしたら、怠慢あるいは研究先進性の不足の誹りを免れないであろう。

これ最初にも書いたけど、主要国のアカデミアでは文系研究の多くの部分を自分の国の言語でやってます。たとえそれが自分たちとは縁遠い地域のことだとしてもね。日本語英語以外の言語で書かれた日本学論文なんて日本人研究者はあまり読まないんじゃないかと思うけど、たとえばポーランド人ポーランド語日本学論文書いてるし(https://ci.nii.ac.jp/naid/120006355425。ちなみに、このポーランド人みたいに、日本人外国研究者がその国の言葉日本での研究状況を紹介するっていうのは既にあちこちでやられてます)、それは日本アカデミアで読まれていないとしても日本学の発展に寄与ポーランドアカデミアを豊かにしていて、仮にポーランドで極めてオリジナリティが高い研究が出てきたら日本人日本学者も何らかの方法でそれを読まないといけないだろうと思うわけですよ(別に自分で読む必要はない。他人に読んでもらえばいいんだから翻訳ってそういうことだよね)。ポーランドアカデミアは当然ポーランド固有の問題意識を持っているし、その土壌から日本にはない新鮮な日本観が生まれてくるかもしれない、という点で、色々な国のアカデミアがそれなりに独自の発達を遂げていることは重要だと思うけれども。

当たり前だけど西洋古代史の論文日本語で書いてあっても最新の研究動向は反映されているわけ。書いてるひとは西洋諸言語読めるわけだしね。向こうがそれを読めない、または読もうとしないからといって先進性がないわけではない。読まれる/読まれないという尺度研究先進である先進的でないという尺度は別だよね? 混同すべきじゃない。そこにはちゃんと研究蓄積というもの存在しているんだよ。明治期以来、主要文系分野では日本語の分厚い研究蓄積がある。もちろんそこには西洋猿真似だったり「横のものを縦にした」だけの研究もたくさんあるかもしれないけど、それらは日本アカデミアを間違いなく豊かで質の高いものにしてきたと思う。

で、哲学の本場はドイツとかフランスとかイギリスとかだと思うけど(イメージ貧困すぎたらごめん。正直哲学のことはよくわからないんだ……)、日本人哲学者が優れた哲学書を発表すればそれはちゃんと英訳されてオックスフォード大学出版から出版されていたりするのね(https://en.wikipedia.org/wiki/Kojin_Karatani)。これは日本語圏で外国人に読まれない研究を積み上げていても、良いものを書けば「日本研究者面白いことやってんじゃん。翻訳して読んでみようぜ」ってなる実例なんじゃないかと。

根本的な話をするなら、「国際政治学」という分野の標準言語英語である必然性はどこにもないわけだよね。それは英語圏で優れた研究が積み上げられてきた帰結であって、英語圏の人が自分たち言語研究成果を積み上げた結果それが参照されるべき言語になっているだけの話。要するに彼らは先行者利益を得ているわけ。現代思想の分野でフランス語大手を振って歩いているのも、フーコーやその他の人たちがフランス語で優れた成果を書いてきて、それが受け入れられてきたか英語日本語フランス語の文献が訳されまくっているという現状がある。日本語がこの高みを目指してはいけない理由はないよね。

私はここまで書いてきたような理由日本語論文を書くのも重要営為だと思う(加えて、執筆言語自国であることは東アジア欧米の主要国の文系アカデミアとしての標準に則っているので、ことさら日本アカデミアだけが批判される謂れはないよな、とも思う)。ただ理系増田がそれにどうしても同意できないなら、それを説得する言葉を私は持たないなぁ、とも思う。私の論拠はだいたい言い尽くしたので、執筆言語問題についてこれ以上理系増田に答えようとは思わない。なんと言って終わらせればいいかからないけど、とりあえず、お互い研究頑張りましょう。

論文不正事件以後の早稲田

小保方氏がSTAP細胞に関する論文やらかしから4年、博士号取り消しの処分が決定してから2年以上の歳月が流れた。

小保方氏がメディアを悪い意味で騒がせていたちょうどその頃、僕は東京大学受験したものの点数が足りず、合格を貰っていた早稲田大学の某理系学科への進学が確定的となっていた。

世間マスコミは小保方氏と早稲田をぶっ叩きまくっていた。ガバガバ博士論文を通した早稲田はクソ、コピペ改ざんの小保方氏はクソ、STAP細胞存在しない!( ー`дー´)キリッみたいな感じで、受験に失敗した結果早稲田への入学が決定していた僕にとっては追い打ち、死体蹴りでなかなかの真顔案件だった。

「うるせぇ有象無象共!このまま早稲田が叩かれまくって僕が就職するときに『ええ?あの小保方さんの早稲田?』みたいなこと言われて不利になったりしたらテメェら責任取れるのかクソが!!」と大いに荒れていたことを今も覚えている。

話の本流からは逸れてしまうが、バッシングの果てに尊い人命が失われているし、人権侵害級の話もあったのでそのあたりについては壁に手をついて俯いた猿のごとく反省して頂きたいとは思う。とはいえどうせ反省を促してもマスコミ絶対反省しないで今後も似たようなことを繰り返すし、叩いた民衆自分が叩いた自覚を持って無くて全く反省しないだろうから無意味だとは思うが。炎上している誰かを叩いているとき、それはそれはきっと気持ちがいいのだろう。大義名分自分にあり、多数のうちの一人であって責任ほとんどない。さぞ楽しかろう。そういう奴が無自覚に人を殺し、人生を壊したりする。

あの事件個人的な話だが、僕にそういう教訓を与えてくれた。

話を本筋に戻そうと思う。

あれから4年間を早稲田大学で過ごしたが、小保方氏の事件はまあそれなりに早稲田反省を促したように感じた。

いつ頃だったかは忘れたが、小保方氏の学部時代所属学科である応用化学科の実験レポート剽窃発見され、かなりの人数が罰則を受けたと噂で聞いた。

理系における実験重要度は他の講義の比ではなく、実験単位を1つ落としてしまえばその他全ての単位をきっちりと取っていても5年生コース早稲田では4年生を2回というようなことは無く、『留年』すると5年生とか6年生になる)が余裕で見えてくる。剽窃発覚だと半期の単位取り消しと停学がセットでひっついてくるので、ほぼ確実に留年である

応用化学科は小保方氏以来、随分とそのあたりが厳しくなったという話だったが、それを裏付けるように大量BANの話が出てきたのでなるほどなぁと思った。

卒業論文を提出する段階で知ったことだが、早稲田大学では過去早稲田内のレポートや様々な論文類似度を数値化し、ちゃんと自分の手で書いたレポートかをチェックするシステムが稼働しており、インターネット越しの提出窓口から提出すると自動でそのチェックがかかることになっている。このシステムに引っかかってしまうと随分まずいことになるらしいが、実際どうなるのかは分からない。ただ研究室教授が相当めんどくさそうに言っていたので、まあそれなりにやばいことになるんだろうなと思う。早稲田なりの再発防止策、なのかもしれない。実際いつ頃から稼働してるシステムなのか知らないので断定はできないが、今の早稲田では剽窃はなかなかにハードルが高い状態になってると思う。

データじゃなければなら余裕で剽窃できるという話はあるが、実際に応用化学科の実験レポート(基本紙で提出)で剽窃が発覚してる例もあるし、その後も似たような話をちらほら聞いているので、抱えるリスクと得られるリターンをまともに考える頭があれば剽窃はしないという結論に至るような状況だとは思う。

コピペ博論通った件も、「科学における論文」というのが多分に性善説的に構築されているところがありその穴を突かれた感じなので、今のように定期的な見せしめBANと性悪説的なシステムを稼働させて威圧するというのは効果的だと一学生としては感じている。

ただまあ、学生の間では過去レポが出回っていることは事実だしそれを参考にして文言や順序を大きく変えて要旨を保つという方法ならシステムには引っかからないようなので、もう何かNARUTOの中忍試験編であった「カンニングするならバレないようにやれ」の試験みたいになってきている感じがしないでもない。こういうのはもう原理的に防ぎようが無い。早稲田に限らず慶応だろうと京大だろうと東大だろうとムリだ。まあ自分言葉で再構築できる程度に理解してるならOK感がしないでもないし、難しいところだと思う。

今はもう存在しない器具名をレポートに入れてしまう、文言が同じ、データが完全に同一、誤字脱字のタイミングが同じ。そういう頭湧いてるレベルのアホみたいなことをやる奴は少なくとも排除されて、それなりに労力をかけた人が馬鹿を見るような状況ではないので、まあ良いのかなと個人的には思う次第。

早稲田は随分と頑張ったと思う。

追記2018/2/20

コメントを見て、大事なことを書き忘れていたことに気付いたので追記を。

あの事件を受けて学生剽窃パージに怯えつつ暗く沈んだ学生生活を送ったかというと全くそんなことはなく、この事件を時折ネタにしつつたくましく生きていた。

狩野英孝の「スタッフ~~~~!」のネタになぞらえて「スタップ~~~~!」と叫んだり。

明治大のサークル愚か者が酒に薬を入れてやらかした件や東大愚か者女性下劣暴行を働いた件などの折、「さーて、どこまでマスコミで騒がれるでしょうか!!目指せSTAP超え!!」などと騒いでみたり。

論文を読んで英語で発表するという課題で、STAP細胞やその後の懸賞論文を持ち出してきて発表してみたり。

STAP細胞コスプレをした者も居ると聞いた。上記の若干寒い内輪ネタの数々ならまだ理解できるが、こればかりはあまりにも意味不明過ぎて首をかしげたことを覚えている。

「小保る」等という謎の単語が生じていたが、どうも意味は「剽窃がバレて大学から罰則を食らう」という意味らしい。

その他にも、話の流れの中で自虐ネタとして使われたりもしていた。

かのスーパーフリー事件早大生「あー・・終わったー・・」捜査官「終わってねぇよ」で有名な早大生による大麻栽培摘発などと並び、早稲田の恥ずかしい歴史に名を連ねてしまたこ論文不正事件だが、『きちんと真面目に剽窃などせずレポートを書いている学生』にとっては話のネタ程度のもので終わりそうだ。

早稲田大学当局反省した。しか学生反省していない。当たり前である。一部を除き大多数の学生は丸ごと剽窃等というアホみたいなことはしないか関係のないことだ。僕に限れば、自分したことではなくかつて同じ学び舎に居た誰かと大学過去にしでかした件のせいで、大学以外の帰属コミュニティで多かれ少なかれ色々言われたことで、薄いながらもむしろ反感のような感情すら持っていた。「は? 僕関係ないんだが。自分入学した時点でとっくに卒業していた奴の話なんか知らんがな」という感じである現在に至っては特に何の感情も伴っていない。「そんなことあったね」と微笑みつつ日本酒を飲むだけだ。

帰属する組織やそのかつての構成員のうち何人かが何かをしでかしたことで、組織のみならずその組織人員までもが色々と悪様に言われたりする事例は枚挙に暇ない。

「そういう人間を育てた大学なんだから、お前もそういう風に見られて当然」と言う人が居る。

恐るべき暴論である。つまり早大生は全員スピリタス女性を酔わせ強姦大麻栽培革マル派に属し論文コピペで提出する人間として見られることを受け入れろということである。他の大学も同様に、例えば東大生は全員所属組織の講堂を実力で占拠し全員女性局部ドライヤーをあてる人間として見られることを受け入れろということであるし、慶大生は集団女性強姦父親を刺殺する人間として見られることを受け入れろということである名大生はもっと凄い。同級生タリウムを盛り女性を斧で殺害する人間として見られることを受け入れろということである。頑張れ名大生。

悪質な組織所属しているからその構成員が悪影響を受けるというのは、一部は正しい。暴力団ブラック企業というのはまさしくそ典型であろうし、もっと卑近な例で言えば毒親が居る家庭というのもその1つだろう。

大学はどうか。日がな一日遊び倒すような人間が育ったり一部のアホ共が増長する程度には大学名による謎の権威があることは否定できない。だからこの面で大学の悪影響というのは認めるところであるしかし、全員がそうではない。

暴力団を辞めて反省必死正業で生きていく者が居る。ブラック企業を辞め、新たなブラック企業を生み出しかねない染まりきったブラック企業思考を改めて新しい環境邁進する人が居る。毒親反面教師として良い親であろうと心がける人が居る。

大学も同じことで、愚か者テレビを騒がせる一方、真面目に勉強して真面目に研究して、世界通用する成果を生み出す人や、大きな企業就職して働いて社会に貢献する人や、新しいサービスを考え出して会社を起こし、新たな価値雇用創造する人が居る。

当たり前のことではあるのだが、人や組織が何かをしたとき、それだけがその人や組織の全てではない。良い面も悪い面も持ち、多面性を持つものだ。

かつて何かしらやらかし早大の名に傷を付けた人も居るが、長期的な目で見るとそんなことを歯牙にも掛けない程に早大の名に(結果として)箔を付けてくれた先人達が居て、今の早稲田がある。

早大生は今日も元気に学んで研究して、アルバイトして税金を払って、遊んで色んなところでお金を使って経済に小さいながらも貢献し、そして高田馬場ゲロを吐いて地域ネズミと鳩をせっせと育てるのである

スマホを活かしたアニメが増えてる気がする

たぶん3年前〜5年前くらいに開始した漫画原作なんだな

 

携帯出た時も、いろんなストーリーが書きづらくなる一方でいろんなストーリーが書けるようになった

スマホでも似た感じのことが起きているのかもしれない

最近漫画読んでないからわかんないなー

 

時期的にまだガラケーアニメもあるのがちょっと面白い

少し前までは「学生から」で通用したと思うけど

そろそろ所持率的に厳しい

 

そういえばcitrusスマホが作中で徐々に進化して最終的にiPhoneになってるのワロタ

大変だな

2018-02-18

anond:20180218165907

そう

自分は何もしないが周りが配慮してほしい、などというのが通用するのは幼児か老人か身体障害者だけ

anond:20180218074436

括弧を考えるなんていう高尚なことは、字義通りにしか受け止められない人には通用しない。彼らはコンテキストを彼らの心情で固定してるからね。

2018-02-17

anond:20180216193037

強さのインフレ問題本質ではなく、それに伴う描写表現インフレが悪いんだと思っている。

最初普通の格闘漫画だったのに強さを表すためにコンクリにヒビを入れるようになり、今度はそれが通用しないキャラが出てきてそれはおかしくないかってなるみたいな。

からどんどん強いキャラがでてきても、コンクリにヒビを入れるような描写を避けていればあまり気にならないはず。

この件でncc1701さんには失望したんだよなあ

ncc1701 これが女性専用車でなくプロレスラー専用車だったら絶対やらないだろう。所詮その程度の連中だよ。



この男性客らに対する批判はどんどん出ていいと思うが、

やらない「だろう」とか勝手イメージ付けて貶めるってやり方は卑劣じゃないのか???

こないだの町山のタブロイド紙批判もそうなのだが、

批判熱量が過ぎるあまり筆が滑って差別的意識をそこに込めてしま左派があまりにも多すぎる

また、女だけのコミュニティ問題でも似たようなケースであった

男を潜在的暴力リスク要因であると措定して、

予防拘禁的な対応策もやむなしとする思想

そして〆には「権力勾配」でこの矛盾を強引に解決する

これさあ、

はてな村しか通用しない掟だよね…

anond:20180217043552

リモートワークは感情を伝えにくいから難しいとかアホか

からチャット顔文字を使おう!とか。いかにもジャップ

仕事なんだからむし感情排除する方向に向かうべきだろ。ビジネスなんだから。結果を出すんだよ。遊びじゃないんだから

同僚は友達じゃない。仲良しこよしである必要はない。感情というノイズにとらわれ効率を落とすよりも、純粋に良い仕事をすることで尊敬し合うべきだ。「人間なんだから感情パフォーマンスに差が出る」なんて奴はプロじゃない。お子様だ。いい加減ジャップはそこら辺わかれよ。ガキは世界通用しないんだよ。

特定研究者を叩くのはいいけど他の研究者への流れ弾はやめてほしい

当方文系若手研究者

https://anond.hatelabo.jp/20180215032409

英語論文出してない「国際政治学者」って大丈夫か?

それとも日本で言うところの国際政治学ってやつはあくま国内政治の一研究分野なのか?

国際分野なのに英語論文発表してないことが最大の違和感。必ずしも三浦瑠麗を叩きたいわけじゃなくて、日本国際政治学全体のレベルが低い?あるいは政治学者仕事世界に向けた学術研究発表よりも国内政治ご意見番をすることのほうが重要っていう認識業界一般的になってるならそれも受け入れる。

著書「シビリアンの戦争」は博論出版したものって理解でよいか文系博論は分厚くて書くのが大変とは聞く。でもグローバルな表題なのに世界では通用しない研究(少なくとも英語でないので読んでもらえない)って考えると悲しい。


こういうの勘弁してほしい。三浦瑠麗を叩くならどんどんやればいいと思うしやってほしいけど、叩く対象限定してくれ。

文系では和文でも立派な研究業績になる。最近の若手研究者積極的外国語論文書くようになってるし、私だって欧文論文の1本や2本あるけど、仮に査読論文和文しかなくても質が高いものを書いていて博士号もらってれば立派な西洋史研究者英文学者/アメリカ政治研究者etc.だよ。そういう世界なんだ……。

「ちゃんとした雑誌に載せてる論文が3つしかない」っていうのもどうかと思う。業績リスト見たら、まあ新書2冊はおいといて、それなりに専門的っぽい本を分担執筆してるよね。その本を読んでないから何ともいえないけど、雑誌じゃなくて本(アカデミック論文集)の1章として学術論文を発表することはあるし、それはふつう業績としてカウントするよな。繰り返すけど中身は見てない。中身はメチャクチャレベルが低いのかもしれないし、その場合「この程度の論文しか書いてないじゃないか!」っていう批判は正当だと思う。けど共著を業績にカウントせずに「業績が3本しかない!」っていうのはやめてあげて。

私も、さすがに学振PD持ってて日本Ph.D.獲ってるのにこの業績数はショボいだろ……と思うけど、博士号取得に際して論文数の要件がなければ(少なくとも私の出身大学院では存在しない)、とりあえず雑誌投稿とかしないでひたすら博論執筆するっていう研究スタイルもアリだと思うし、一概にそれが駄目とはいえない(単に茨の道ってだけで、制度不可能ではない)。あと一部の国では「博論に既発表論文を大幅に組み込むのは禁止(=博論は書き下ろせ。既発表論文切り貼りは不可)」っていうルールがあったりするから、そういう国に留学してた人は博士課程のあいだに出した論文数がどうしても少なくなっちゃう。

和文で書いてればレベルが低いっていうのは誤解。そりゃレベル低い和文論文もたくさんあるだろうけど、質の高い研究はたくさんある。もう15年以上前のことだけど、日本西洋史研究者研究対象の国のひとたちと論文集を出した時は、日本参加者レベルの高さが評価されたりしてたし(https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/39022/1/50-013.pdf)、それらは「外国研究者から読んでもらえない」かもしれないけど「レベルが低い」わけじゃない。

何が言いたいかっていうと、三浦瑠麗の言説の酷さは都度指摘すればいいし、彼女研究問題があるなら存分に批判すればいいと思うんだけど、業績リストだけを見て和文しかないとか批判しだすのは他の文系研究者に流れ弾あたってるからやめやがれください。ていうかやめて(自分の業績リストを泣きながら握りしめる)

『シビリアンの戦争』は、彼女博論タイトルそのまんまだから博論書籍化という理解でいいと思う(https://ci.nii.ac.jp/naid/500000550395)。私はどちらも読んでないので違ってたらごめん。博論書いてそれを本として出版するのは、文系研究者としてはよくあること。

せっかく質が高い研究してても読んでもらえないのは悲しいってのはその通りで、日本語文献が読むべき先行研究として通用してる分野は日本東アジアにかかわる研究くらいかアメリカ人でも前近代中国史やってたら日本語読むことを要求されると思う。中東研究する日本人フランス語要求されるみたいな感じで)。これの解決は難しいけど、欧文で和文文献のレビューをするとか、欧文で良い論文書いてその中で和文文献引用しまくるとかして、「日本では面白そうな研究をやってるんだなぁ」と認知してもらうことがまず必要なんじゃないかと思ってるんだけどこれは三浦瑠麗とは関係ないので措いておく。

ていうか、欧米日本学だって英語仏語独語日本についての博論書いてるんだから日本人イギリスフランスドイツに関する研究日本語で発表してもいいよね。日本だけじゃなくて、ある程度歴史と規模のあるアカデミアがある国では、文系博論論文自分らの言葉で書くことは結構あると思うんだ。

あとこれな。

https://twitter.com/chutoislam/status/963834829723729920

https://twitter.com/chutoislam/status/963834833360248832

これも、一般人デイリーメールを端から信用しないのは処世術としてはいいんだろうけど、時にはそういうソース依拠することが必要なこともある研究者もいるんだから、「デイリーメール引用してる」って理由だけで叩くのはやめて、って話だと私は理解した。余計なところに流れ弾を飛ばされると「それは違うでしょ」と三浦瑠麗弁護みたいな立ち位置にならざるを得なくなるというか。私だってこんな記事書いたけど三浦瑠麗学者としての資質は相当疑っている。ただ流れ弾を撒き散らさないでほしいだけなんだ……

追記

vkgofboston 査読の有無は和文英文に関わらず業績として見なす上で肝だと思うが、それに関しての考えを聞きたいね

三浦瑠麗が書いた雑誌のうち、『レヴァイアサン』は知らないけど『年報戦略研究』は査読あるよ→http://jsss.sakura.ne.jp/PDF/jsss-1507-tokokiteiyoko.pdf(当時もあったのかは知らん。『国家学会雑誌』はどうなんだろ。あってもなくても不思議じゃない。でもあそこ連載論文とか載せるからないのかなぁ)。ていうか和文の主要な研究雑誌にもそりゃ査読はあるし、だれも査読重要性は否定してないんですけど……(ただ、査読がなくても良い論文なら業績として扱っていいんじゃない、とは思う。査読つきの良い業績を積み上げてる人が一番評価されるべきなのは当然として、いちおう査読はされてるけどクソつまら研究と、査読されてないけど面白い研究だったら、一概に前者の方が業績として立派とはいえないんじゃない? 当たり前だけど公募では業績を提出させるわけで。まあわたし査読無しの媒体にはあまり書きたくないけどね)。

2018-02-16

https://anond.hatelabo.jp/20180214205828

pixiv以降の絵描きは小綺麗な人が多いな。

雑誌を丸パクリして何も考えてないのと違って、色相環を考えて配色おいて、シルエットに気を使って……と自分で組み立ててる感じ。

脱オタファッション!みたいな話が持て囃された時が、一昔前にあったと思うが、あの時のような、ブランド名を挙げてコレみたいなアドバイスは今は通用しないだろう。

当時も通用はしてなかったと思うが、情弱を騙すことは出来てた。

anond:20180216121753

あの本持ってるよ

これでフォントに迷わない!と思ったけど全くそんなことはなく

現実フォントはどれも尖りすぎててああい普通カテゴライズができなかった

 

あと日本フォント選ぶときにあの本だと通用しないんだよね、難しい

デザイナーとかフォント好きな人はどうやって見つけて、どうやって選定してるんだろう不思議

買い物に便利な街の無意味

住まい系のウェブサイト有名人が街を語る記事がよくある。

ネット通販でなんでも買える時代、街の特色として「買い物に便利」というのは通用しないと思う。逆に、この点郊外が有利になっていけばいいと思う。

anond:20180215032409

[追記2]

国内論文3つについてブコメで指摘があったので確認した。自分研究発表メインの論文は1本もなくて全部レビューなのか?

著書「シビリアンの戦争」は博論出版したものって理解でよいか文系博論は分厚くて書くのが大変とは聞く。でもグローバルな表題なのに世界では通用しない研究(少なくとも英語でないので読んでもらえない)って考えると悲しい。

そのブコメを書いた者です。

おっしゃるとおり、論文業績として挙げられている3点は全部レビューです。

著書は博論https://ci.nii.ac.jp/naid/500000550395)です。

ちなみに指導教授藤原帰一氏は、東大法学部で長年国際政治学を教えていた坂本義和氏の弟子ではありますが専攻は比較政治学で、国際政治の講座を継ぐことになった経緯は不明です。

国際政治教科書啓蒙書的な本は書いていますが、国際政治学の分野で世界通用する研究はしていない筈です。

専門が違う人間が有力大学の講座を占めていることで、適切な研究指導がされないまま政治力アカポスに送り込まれしまったのが三浦氏であると言えなくもありません。

マスコミや論壇で利用するために三浦氏アカポスに就けるよう藤原氏サジェスチョンした(藤原氏より上の立場の)誰かがいるのかどうかは不明です。)

2018-02-15

匿名ダイアリーを書くようになって思ったこ

匿名ダイアリーを書いたり、人の投稿コメントしたりしているうちに、自分がどういう行動や性格キライだと思うかよくわかるようになってきた。若い頃は「友達なんだから否定しちゃいけない」とか「同期なんだから仲良くしなくちゃ」と黙っていたけれど、どうも納得いかないと思っていたことは20年以上経った今もしつこく記憶に残っていて、ここに書くことでだいぶすっきりする。

自分常識他人にも通用して当然だと思っている人がキライ。自分と違う価値観を認められない人もキライ。

○裏表の使い分けが異様に上手く、私の前では調子の良いことを言っていても陰で全然違うことを言うような人がキライ。

自分の期待していることを相手が察してくれて当たり前だと思っている人がキライ。

自分コミュ力が低く、空気を読んだりするのが苦手なことを差し置いてもなお、上記のような人々に心を許せない。裏表の使い分けが上手くて、空気に応じて全然違うことを平気でいえる人が世の中を上手く渡っていくんだろうと思うけど、自分バカ正直でかつ考えていることが顔に出やすタイプだけにそういう連中にイラっとする。

たぶん父方の祖母コミュニケーション方法を見て、反発を覚えたのが最初なんだろうなと思う。最近流行りの自己啓発書とかコミュニケーション指南書を見ると、祖母のやり方は正解だったみたいなんだが、きわめて外面が良く、口先だけの褒め言葉が得意で、自分本音関係なく相手が喜ぶであろうセリフを平気で口にすることができた。

実家はやたらもらいものが多く、必ずしも祖母や我々の好みに合わないものも届いたんだが、祖母はしゃあしゃあと「○○ありがとう!これ美味しいのよね」などとお礼の電話をし、自分一口も食べずに家族押し付けていた。せめて「○○どうもありがとう」までで止めておいてくれれば、次の年は別のものに変わったかも知れないのに、まるで自分がその贈り物を好物であるかのように言うから翌年も同じものが届いて我々家族迷惑した。私は好みに合わない贈り物をもらうぐらいなら自分お金自分の好みに合うものを買いたい。

あと、私はさほど親しくない人との飲み会食事会で何となく雑談をする…みたいなシチュエーションが苦手で、何をしゃべっていいかからなかったし、話の振り方や相槌のうち方もどうすれば良いのか分からなかった。コミュ力が高い人は「何となくうなずいて話をつなげればいいんだよ」と簡単にいうけれど、私はいまだにそれが上手く出来ない。

前半と後半で話の内容が変わってしまったけれど、学歴とか職業の違いよりもコミュ力の差で人生には大きな差がついてしまうのだなとしみじみ実感している。

三浦瑠麗の業績が思った以上にショボい

山猫日記」これまで割りと楽しく読んでたんだが、最近炎上してる例の発言の釈明に使った引用デイリーメールだった件が気になって調べてみた。発言のものについてはここでは議論しない。

http://pari.u-tokyo.ac.jp/people/596/Lully_Miura/

東京大学政策ビジョン研究センター講師肩書政治学者を名乗っているんだが、ちゃんとした雑誌に載せてる論文が3つしかない。しか英語論文ゼロ

英語論文出してない「国際政治学者」って大丈夫か?

それとも日本で言うところの国際政治学ってやつはあくま国内政治の一研究分野なのか?

それから今の政策ビジョン研究センターセンター長が三浦大学院指導教授藤原帰一

アカデミック界でのコネが必ずしも悪いとは言わんが、こういう場合肩書がそのまま実力を意味しないって見られても仕方ないと思う。

もし同じ分野に所属してる増田がいたら、学会での評判なんかを教えてほしい。



[追記]

前提として増田理系

国際分野なのに英語論文発表してないことが最大の違和感。必ずしも三浦瑠麗を叩きたいわけじゃなくて、日本国際政治学全体のレベルが低い?あるいは政治学者仕事世界に向けた学術研究発表よりも国内政治ご意見番をすることのほうが重要っていう認識業界一般的になってるならそれも受け入れる。

ブコメにいくつか反応しておく。

学振DC2とPDは強力な教授の推薦状があるとかなり通りやすいらしいからな。これは審査員全員が顔見知りみたいな狭い領域一般で言われることだけど。藤原帰一教授から信頼されてるってことはわかるが。PD2015年まででここでの成果を論文にしなきゃいかんと思うんだが文系論文通るの遅いらしいからまだってことなのか。

講義はキレッキレだったのか。教員としては悪くないのか?そもそも講師地位がどの程度なのかわからん

[追記2]

国内論文3つについてブコメで指摘があったので確認した。自分研究発表メインの論文は1本もなくて全部レビューなのか?

著書「シビリアンの戦争」は博論出版したものって理解でよいか文系博論は分厚くて書くのが大変とは聞く。でもグローバルな表題なのに世界では通用しない研究(少なくとも英語でないので読んでもらえない)って考えると悲しい。

2018-02-13

まらなく不安になった

当方下請けSIerに勤めるシステムエンジニア7年目。

業務について上司と話していときに、「ハッシュ値」という言葉が通じないことに気がついた。

その場は、適当説明して流したけど、帰り道でずっともやもやしていた。

そりゃ誰だって知らないことはあるよ。でも、このケースは、それで納得していいのか?それともあれか?俺が、たまたま知ってる言葉を知らなかった相手をあげつらってるだけの、勘違い野郎なのか?

まあ分かってたよ。うちは技術で食ってる会社じゃないよ。人売りだよ。人並み以下の俺でも、7年もいればいい加減分かるよ。だからニッチ知識なんていらないよね。

ハッシュぐらい知ってろよ。ググれって言いそうになったわ。

うちはサビ残もないし、ネットで見る話と比べるかぎり、SI業界の中まだ恵まれてる方の会社だと思う。

でも尊敬できる人間がいないことが、辛い。独学で勉強しても、現場レガシーなやり方じゃなんの役にも立たないし。自分努力と思ってることが、ただの空回りなんじゃないかと感じる。

最近自分が腐ってるのか周りが腐ってるのか分からない時がある。転職しようにも、こんな環境にいた人間が今更通用するとも思えない。

なんだかどうしようもない気分になったので、ここに書かせてもらいました。

2018-02-12

ネトウヨって愛されたことなさそう

核心を付くと日本が衰退してるのは日本人ブサイクから

生存戦略的に嘘でレバレッジかけないと自分必要のない存在なのは意識的にも無意識的にも重々承知してるんだと思う。

SNOWとかプリクラ盛るのもある意味嘘でしょ。

昔だと知り合いにマジ強え人が居るとか、物知りとかそういうのが通用たかもしれんが情報社会崩壊

日本凄いは俺凄いだし。凄くないからそういうことする。自信がない。まあ自身を持てって言っても自身根拠になるものもない。こんな良いとこがあるよとかいう奴思ってもないこと言うなよ。言う方もブサイクで傷の舐めあいキモすぎる。

嘘を付く人と付かない人の最大の違いは、嘘を付かなくても受け入れて貰えるかどうか。

嘘って面白いじゃん。嘘って指摘してくれる人が出てくれば寂しさも紛れる。

ネトウヨ孤独だし付きたくなくても仕方なく嘘を付き続けるしかないんだよ。

ネトウヨは居場所を主張しないと生きていけない。他に何もないから。

逆もそうだからね。ネトウヨないわって言ってる方も焚き付けて争いたいだけ。争いは孤独を忘れさせてくれる。

お互い共通してるのは人生面白くなさと孤独。衰退の原因になってる日本人の全てはニコ生喧嘩凸してる奴等と大差ないというかその延長。

愛される人達喧嘩凸しない。愛してくれる人がいるし、孤独じゃないし寂しくないから。愛されるのは愛される容姿をしてるのが最大の理由橋本環奈喧嘩凸するの想像できないだろ?

ブラックが絶えないのも労働に打ち込んで忙しさの中でそういった寂しさを感じないで済むようにしてるから。嘆いてる奴は働いてるやつらがなぜ長時間働けるのか理解してない。口で嫌だと言いつつ無意識では忙しさの中に身を置き続けたいって思ってるからそいつらにいきなり休み与えても何してよいか分かんなくて呆然としてるのよく見る。

何が言いたいかって言うと日本衰退の最大の理由日本人身体的魅力がなくてお互いにお互いを愛せないからだし、情報化社会がもたらした自然淘汰圧

anond:20180212092431

元増田に文面そのままで「そういう指導はどうかと思うよ、そういうところが良くないんじゃないの? 部下だからいままで怒らなかったけど、きみ、同僚にもいつもそういう態度だよね?」って説教通用しそうだよね

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