「高度経済成長」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 高度経済成長とは

2018-07-26

anond:20180726111833

70年はぎりぎり高度経済成長時代から悪くはなかったぞ。

73年にオイルショックがあったけど一過性で結局は安定成長期。

非正規雇用で将来の見通しが立たない、といった事態にはなっていない。

2018-07-25

今まで一億総中流自体が実現したことが無い

1990年代前半のバブル崩壊によって日本は長期に渡って経済が停滞し続けている。

その間の期間は失われた20年とも、30年とも呼ばれていて、日本では中流ボリュームゾーン消失し、日本経済のものが縮小し続けていることになっている。

今の若者たちは皆、経済力が無いので結婚して子供を作ることができず、人口再生自体が危ぶまれている。

しかし、今までの約70年間の戦後歴史の中で、本当に一億総中流が実現したことがあったのだろうか。

1980年代バブル経済期にしても、国全体のGDPは増えているけど、実質的経済成長率はそれほど高くはなかったし、国民1人1人の所得も増えていない。

その証拠に、バブル期非婚化や少子化は進んでいたではないか

現在(2018年)の日本人の大半は、1980年代前半の時期の日本人の豊かさと大して変わっていないのではないか

格差社会化と言っても、高度経済成長期の時代から経済格差は存在していて、最近になって現れた問題ではない。

多くの日本人は昔からずっと下流のままであり、一億総中流中流世代消失自体最初から存在していなかったと思う。

2018-07-19

かつて高度経済成長期に日本にたくさんあった雇用が今は見る影もなく少なくなってるやつ。

別に日本の女が奪ったんじゃなくて(無いとは言わんが)、ちょっと前だと韓国とか中国だったり最近だと東南アジアあたりに奪われてるんだと思う。

2018-07-11

団塊の世代連合赤軍氷河期世代オウム

高度経済成長後の豊かな社会に生まれ氷河期世代シンパシーを感じるのがオウム真理教だと仮定してみる。

では、戦後貧困の中を生きている団塊世代シンパシーを感じていたのは連合赤軍だということになるのではないか

団塊の世代青春期を送っていた1950・60年代は、戦後の混乱と高度経済成長期となっていて、団塊の世代少年たちはひたすら右肩上がり経済成長社会を目の当たりにして生きていた。

日本西側世界なので資本主義経済議会民主主義の仕組みのもとで経済成長を成し遂げていたが、当時の若者たちの中には共産主義社会主義の方が優れているのではないか、と考えている人達一定数いた。

の子たちが学生運動原動力となり、連合赤軍などに参加する若者となっていった。

オカルトに嵌った氷河期世代が、オウム思想に惹かれていくように。

オカルトブームが始まったのは高度経済成長が終わりつつある1970年代前半だと言われていて、それ以前の1950~60年代は何がブームだったのだろうか。

それは、鉄腕アトム代表されるような「科学ブーム」だったのだ。

その科学ブーム自体は、高度経済成長大阪万博の終わりを境に、見事に終焉を迎える。

1973年の石油ショック以降は日本不景気が続き、これから経済的な豊かさより精神的な豊かさを求めるべきだというような論調が出てくる。

そのことと、科学ブーム終焉オカルトブーム黎明期が見事に重なっていることは、偶然ではないはずである

2018-07-08

「今オウムがあったらキモカネ40代吸い取るよね」みたいなのは無理だと思う。

それが可能だったら赤木智弘もっと先鋭化した活動家になってる。

単純に現金がないので「オウム」という組織を維持するのが無理だし、麻原が今30代だったら生活保護を受けてるのではないだろうか。

原題過激派新興宗教テロを起こすとしたら、いきなりドカンと行くと思う。加藤とかこの前のHagex刺した人とか。

それだけ社会に関わるだけの「組織」を作るのは、金が無いと非常に難しい。投資受けて起業というのが今の流れかもしれにあ。

革命も終末も高度経済成長好景気時代の甘い夢だったと思う。強烈な宗教体験がない日本人だとなおさら

2018-06-24

anond:20180624173840

俺は原発がいつから稼働してるか

知らんから戦争の影響が無く

原発存在しない戦前

ベンチマークとしたんだぞ

まー、調べてもいいが

終戦直後比較対象にならないし、

高度経済成長期に原発

稼働したのだろうから

原発が無い時代とは呼べないだろうな

2018-06-23

高度経済成長以降の日本国家って嫌われまくりだよな

 俺らアラサーが生まれた前は勝っててみんなから好かれてたんだろうが、

俺らが生まれたころには既に最悪だったし、アラサー世代にとっちゃ真の神は

まれた時から民間に移っていて、今の国家権力は、デザインしかいか

淫乱美少女オナニーとかだろ

最近になってようやくやつらのやってることが分かったわ

でもそんな趣旨じゃ、みんなから嫌われるのは当たり前やろ

もう日本国家は最悪やな。原則としてはデザインしかない時点で、絶望

anond:20170922053438

そもそも日本が「技術大国」で躍進してきたってのが幻想だったのではないかと考えている。

ただ日本他所発明を改良、組み合わせで発展してきたにすぎない。

技術大国」で理系の力で成長したきたわけじゃなくて、手間かければ誰でもできる改良を持ち前の丁寧さ、ブラック根性で行い、高度経済成長を迎えてきたわけ。

そしてそのブラック社会を推進してきたのは結局文系たち。経団連幹部みればわかるよね。理系は昔からこき使われる立場だったってことだ。

2018-06-22

anond:20180622231340

戦後~その直後生まれたベイビーたちが育ちあがるころは戦争で死にまくった後で若い男が少なかったからとにかく男(稼ぎ手)ってだけで大事にされたんじゃないか

そのままの意識高度経済成長期まで来る→経済低迷&男女個体数安定(むしろそれまでの環境なら自然淘汰されたような弱い個体医療進歩によって生き延びる)→気が付けば少子化男女同権社会

そんな感じでおっさんが『あれ…?なんか俺たちが若いころ見てた光景と違わないか』と気づく層とそんなこと全く気づかずにいけいけどんどんで突き進む層に分かれてるとみている

2018-06-18

自分選択した結果と向き合いたくない「日本国民

民主党政権を取って、その後自民党政権を取って、日本国民選択する事の責任を背負うのに疲れてしまったんだと思う。

人口減少が確定している以上、過去に類を見ない高度経済成長をしなければ日本の景気が上向くことなんかあり得ないってことを

薄々みんな感づいている。自分決断がいい方向に向かうことがかなり難しいという現実ホントはみんなわかってる。

けど、選択をしてしまうとまた自分選択の結果と向き合わなければならない。

だったら選択をしなければいい。現状維持問題先延ばしにすればいい。

その結果どんなに土台が腐っていっても、土台が崩れ始めるまでにはまだ時間があるからだ。

それまでに逃げ切れる世代も居るだろう。逃げ切れない世代もいるだろう。

何があっても、代表として政治家いくらかの責任はあるにせよ、結局選んだ有権者(投票に行かない人間も含む)の責任なんだ。

2018-06-12

失われた20

「失われた20年」なんてワードを聞くと、あたかも過ぎ去った歴史のような捉え方をしてしまいがちですが、「失われた10年」のときも同じようなこと言ってたなって思います

これは、高度経済成長バブル景気経験した人たちの戯言である若い世代はみんな気づいてるわけですが、日本はそのような思想を持った年配者が多数を占める構造となっているので、日本全体としては瞑想している感じに仕上がってると感じます

過去成功体験に引きづられて勘違いすると、必ずといって没落するのが世の常ではないでしょうか。

2018-06-09

anond:20180609160820

どうだろ

よくも悪くもこれだけ大きい国土人口なのに日本国民っていう概念は幅広く定着した感じあると思う

国民国家がこんなにうまく成立した場所ってないんじゃないかなあ

高度経済成長期のテレビ国民中流みたいな感じがでかかったのかもしれない

2018-06-04

田端氏と高須院長の炎上コインの裏表である

ここ最近Twitter話題になった2つの炎上」。

かい経緯は省くが、高須院長は「自分たち世代若いころすごく頑張り、そのおかげで今の日本がある」、田端氏は「過労死自己責任」みたいな意見tweet炎上した。

いずれの意見もかなり極端に聞こえるが、これらをもし、諫言または励ましとして受け入れるなら、いかなる人も逃れることができない二つの事実を思い出させてくれる。

すなわち、

未来予測できない

人生は有限である

まず高須院長に対するの反論をみてみよう。主なものは「昔の高度経済成長期と、不景気が長引いている現代を一緒にするな」という一見もっともなものだろう。

しかしそれはあくまで結果の話であって、高度成長期日本人の誰一人として、その好景気が続き日本が発展することを「知って」いた人はいないのだ。

高度成長期の初期ですら、戦争やらインフレやら、10年後の日本がどうなるかは誰にも予測できなかっただろう。

好景気に沸く周りの人達にならってモーレツに働いたとしても、再び焼け野原生活に戻ってしまうかもしれないという不安を、杞憂と切り捨てることはできなかっただろう。

だが結果的には、モーレツに働いた人はモーレツ生産し稼いだし、道路建物破壊されることなくいまも国土の礎となっている。

これらの礎を作り上げた人々は素直に尊敬されるべきであるし、そもそもそれを我々が称賛できるということは幸運以外の何物でもないのだ。

未来は予想できないのに、今の状況に絶望して、あきらめて何もしないのは賢明とは言えない。

また実利的な見地から言っても、好景気ときに最も利益を得るのは不景気のころからすでに動いていた人々である。これはどこか投資哲学みたいだ。

次に田端氏の意見について。

あえて一言で言い換えてみるするなら上述の「未来投資しろ」に対して、「自分が何を投資しているか把握しろ」ということではないだろうか。

若いうちは特にそうだが、自分の体力、気力はいくらでも湧き出てくると勘違いしがちだ。大間いである。

今頑張れば将来は楽しいことが待っていると考える。大間いである。

たとえホワイト企業に勤めていてリア充で素晴らしい日々を送っていても、職場に何日も泊まり込みで働きづめでも…

我々は明日には死んでるかもしれないのである

病気にかかるかもしれない。Gウイルス感染するかもしれない。歩いてたら後ろからスピードのプリウs…(話がそれそうなので省略)

自分人生リソースがどのぐらい残っているかはなんとなく把握できても、最初に言ったとおり未来予測不能なのだ

何に対して自分人生をつぎ込むかは自由なのである。今の日本なら、自由にできる選択肢は控えめに言ってもかなり広い。

個人的事情自由制限されている人はもちろん大勢いる。ただその中で何を優先するかは、自分で決めていいはずだ。自分で決めるべきだ。

逆に言えば周囲がいくら心配して助けようとしても、勝手にやめさせることはできない。

嫌なことでも、逆に好きでしょうがないことでも我々は人生リソースを確実に消費しているのだ。

でもそれを誰かに言われたとおり、まるで家畜のように消費し、いざ請求書がきたところで「こんなはずじゃなかった」と後悔しても誰も何もしてあげられない。過去は変えられないからだ。

タイトルにしたがってまとめると、両氏の意見は「未来投資しろ」と「自分が何に投資しているか把握しろ」という、向いている方向は反対でも、同じことを言っているのではないか

それはつまり自己決定についての異なった二つの側面、「自分のことは自分で決めろ」の両面なのだ

それは誰に対しても当てはまるアドバイスである。彼ら自身にさえも。

2018-05-28

anond:20180528200656

高度経済成長期とは人口構成がまるで違うので同列に語るべきでは無いと思う

2018-05-26

https://anond.hatelabo.jp/20180526214049

それはそうだろう戦争反省もしてないのだから

高度経済成長一時的に変な行動しててもなんとかなっただけだろうね

とりあえず我々の青年期は無駄になったので若い人も滅私奉公お願いします。

2018-05-21

歌に見る高度成長期経済停滞期の格差

数日前に亡くなった西城秀樹の「ヤングマン」の歌を久しぶりに聞いてみた。

「さあ立ち上がれよ

今翔びだそうぜ

もう悩む事はないんだから

ほら見えるだろう

君の行く先に

楽しめる事があるんだから

この曲がリリースされたのは1979年のことである高度経済成長も一段落して、石油ショックアクシデントから省エネ経済への転換期の日本

この10年後に発生するバブル経済に向けて、国民全体が更なるギアチェンジをふかそうとしている元気のある日本の姿がよく現れていると思う。

経済も、文化の発展・成熟右肩上がり時代であり、誰も後ろ側を振り向いていることは無かったのではないか

そして、バブル崩壊後の1996年にリリースされた近藤真彦ミッドナイト・シャッフル歌詞を読んでほしい

マイナーかもしれないが、この曲こそ低成長時代象徴していると思うので例にしています

「強そうに生きてゆくよりも

本当に強くなるために

屋上すみっこで傷ついた

その羽を震わせて見上げてる

冷たい夜空を」

バブル崩壊と低成長時代への突入という事態に対して、自信を無くしつつある日本人の心情をよく表現していると思う。

そもそもバブル自体が、日本人が世界第二位経済大国になったという幻想だったのではないか

この歌がリリースされて約20年経過したが、今の日本は当時よりも更に悪くなっている。

経済の縮小、人口の減少、過疎化高齢化東京一極集中格差の拡大などの課題先進国日本はこれからどこへ向かうのだろうか。

2018-05-20

少子化の真の原因は選択肢の多さ

伝え聞く話なのであまり真に受けないで下さい。

少子化の原因として子育て世代貧困が挙げられています

これとは違う原因が存在しているようです

このあたりはバブル期でも少子化が進展していることと

都道府県出生率トップ沖縄都道府県別所最下位でもあります

まり所得出生率は逆相関の関係すらあるのです

また社会普遍的

都市出生率が低く地方出生率が高い」

という大原則があり

これ以上の東京への集中を防ぐのが一助かと

例として

日本全体:東京よりも

都市への人口集中が激しい北海道では

道民540万人中札幌市民は195万人

札幌市民195万人中

面積で最大の南区人口は14万人

残りの180万人、つまり道民の1/3は

東京23区より狭い面積に居住している

北海道内でも札幌市出生率

ほかの地域と比べて低く

札幌市人口流入すればするだけ

北海道全体の出生率が下がっていく

東京一極集中問題視される東京ですが

その東京でも所得子育て支援でリッチな区部よりも

しろ貧弱な島嶼部で出生率の高い傾向が見られます

そして真の問題経済的理由ではありません

経済的問題にしてもファクタに過ぎず

実は「選択肢の多さ」が成婚率を狭めています

男5女5程度の小集団で、男女ペアを作らせる

それぞれの人気はトップの2人に集中する

これを10人ごとグループでやっているのが地方

東京場合、男100女100の集団になる

人気が集中するのは、やはりトップの2人

男98人と女98人は不本意ペアを強いられる

地方の5人ずつグループから東京人間が吸い取られる

5人ずつのグループが歯欠けし、地方でもペアが作りにくくなる

これが現状。地方でもペアは作りにくくなっている

かりに100人を語るとしても

地方だと「10人の小集団×10

人気が集中するのは20人獲れるわけですが

都市圏だと「100人の大集団×1」で人気が集中するのが2人

頑張ったとしてもせいぜい5で、20人には到底及ばず

10×10よりマッチング率が低いんです

本当に少子化をなんとかしたいのなら

地方分散するべきですが、肝心の雇用がなく

ますます出生率の低い都市への転出捗るという悪循環

これはエシャラン(梯団)の定理といいまして

この場合結婚に対するありとあらゆる要素

(収入学歴身体的特徴etc.)に応用できます

集団は小集団よりも選択肢が多いように見えます

より近似の需要要素が比較されるので、結局のところ選択肢が狭まります

もう一つ注目すべき点は堕胎です

第1次ベビーブーム(と呼ばれる)

戦前の高出生率の残り香」直後の急減で

この時期にあったのが

中絶解禁(優生保護法恣意的運用 経済的理由による中絶)

じつに出生数の7割が中絶されました

なぜ中絶が解禁されたか

農村社会普遍的出生率が高く

衛生状態などにも左右されるが「都市1:農村4」前後

この状況で農地改革を行うと

農地改革土地を投げ与えられた元小作人

小規模自作農は、農村の高出生率を背景に

継代によって営農継続困難なほど土地が細切れになってしま

これを防ぐために、中絶解禁が実行された

それでも父母が存命である限り

農地という雇用環境限定される

そこで、農地改革によって土地を得た

小作人の子弟たちは「農地によらない雇用先」

出生率の低い都市を目指すこととなった

彼らこそが「金の卵団塊世代

そして「金の卵団塊世代人口移転こそ「戦後繁栄

地方人口都市集約し、都市の限られたリソース(土地)を

とりあいさせることによって生み出された「高度経済成長」と言う名のバブルなのです

高度経済成長期以前、地方供給1に対し需要0.8~1.2

都市供給1に対し需要前後だったわけですが(流入人口比)

それ以後は人口移転がありまして

供給1に対し(各地方から吸い取った)需要前後が積みあがり

地方価値は下がり、都市価値高まることとなりました

価値は、需要が過集中することで生み出されるもの

需要の過集中には人口移転必要、ところが地方カラッポ

移民ぐらいしかアテがないのが現状の日本です

地方はすでに人口都市に吸い取られつくしているので

景気拡大に必要人口移転

それに伴うバブル駆動する能力が不足しており

今後考えられるのは

現在残り火の残っている地方都市から

東京人口を吸い取りあげ

東京のみで駆動するバブルを実現するぐらいでしょうね

実際 公示地価価格推移を見るに

すでに「東京のみが生き残る」フェーズに入っているかと考えられます

もっとも 大規模災害が起きた際に

そうした東京果たして無事でいられるのか?と言った点からは目を背けているのですが。

2018-05-11

anond:20180510235719

残念ながら高度経済成長バブル経済混同するのはゆとりあるある

なお残念なことにそれ以外の世代でもしばしば見られる

2018-05-08

anond:20180508004011

彼らが一体、高度経済成長の何に貢献したというのかしら。

もちろん大して貢献してないよ。1960年の時点で未成年だしね。

高度経済成長に貢献したのはもっと上の世代だね。

なお、1945年まれが今年で73歳。大学紛争世代すなわち団塊の世代高齢者になる時代がやって来たわけだ。彼らはビートルズ世代でありフォークソング世代なんだよね。

パソコンに慣れてるのはもっと下のバブル世代新人類世代)あたりからでは? 早く始めた人達でも今60代くらいが上限だと思う。(例外的人達はいるけど)

30代で年収千万達成して10年経った

結婚して子供は二人。妻は専業主婦都内の持ち家に住んでます

旅行は年に平均3回。国内2回、海外1回。

いかにしてそこに至ったかの話に興味はありますか?

よほどの物好きでなければ読みもしないでしょうが、よほどの物好きのために書き起こします。

3人兄弟末っ子

少し年の離れた兄が2人。

父親高度経済成長期に鉄くずで一山あてて、わたし物心ついた頃には外車を乗り回して手広く商売を始めていたいわゆる実業家だった。

兄たちは私立高校に通うも大学には行かずに親が与えた飲食店のそれぞれのオーナーになった。

すぐ上の兄から5つ離れた自分はその頃はまだ中学生

学校が終わると遊びに出かける友人たちを尻目に店を手伝わされる毎日

日付が変わる頃家に帰ることもあって遅刻常習犯。授業中も居眠りが基本。

ところが与えられた商売がうまくいくはずもなく、飲食店はいつも閑古鳥

それをいいことに給料はろくにもらえず、そのくせ毎晩の様に遊び歩く兄を見てフラストレーションを貯める毎日だった。

エスカレーター式で高校に行くも、そんな生活サイクルでは勉強がうまく行くわけもなく高2で単位をとれず留年せずに中退

ところが世はまさにバブル崩壊直後。

手堅い商売だけを続けていればいいものを、株式投資に手を出した父親は持ち家から事業の全てを一瞬にして失う。

兄たちの飲食店も当然のように廃業兄弟それぞれがそれぞれに肉体労働を始める。兄弟とはこの頃に絶縁状態になった。

自分は親戚の工務店職人として就職

修行期間という理由でボロアパートの一室を与えられた以外に、給料は3万円のみ。

朝5時に迎えが来て、夜20時に帰宅する毎日

免許を持っていなかったので現場までの移動はかろうじて眠ることが許された。

ところがこの仕事も、1年後に職人がこぞって夜逃げしてしまったために職人部隊のみ解散

退職金(とはいっても今まで手渡されてなかった自分給料だが)を80万受け取って、補償もなしに家を追い出される。

財産を失ってから口を利かなくなった両親が住む葬儀場のようなアパートに身を寄せるも、口を開けば喧嘩が始まる両親に挟まれることが限界になり自室に引きこもる。

その時、退職金で当時まだ高価だったパソコンを一式購入。

ダイヤルアップテレホーダイインターネットを始めて昼夜の生活が逆転する。

引きこもりを始めて1年。夜間の日雇いで食いつないぎつつも20歳になったとき貯金が底をついてしまったために日中就職を考える。

まだ個人パソコンを持っているのが珍しい時代だったために、ハッタリだけでソフトウェア系の会社入社

アルバイトとは言えはじめてのまともな就職だった。

プログラマーではなく営業職だったために、そこでタイピングから文書作成などの基礎をみっちり教わる。

しかし務めていくうちに社長キャッチセールスソフトウェア抱合せ販売就職斡旋詐欺)方向に傾倒しはじめ、会員からの指摘で警察が介入する事態になりあえなく倒産

22歳にて再び露頭に迷う。

その後再び1年間引きこもり。フレッツISDNが始まった頃で、起きたいときに起き、寝たいとき眠る生活をするうちに日にちの感覚を失う。

その後、パソコンを使えるという話を聞きつけた親戚(工務店とは別の親戚)からちんこ事務を頼まれる。

急遽事務員が長期間入院をすることになり替わりの人間を探しているとのこと。

当時、ぱちんこのものを見下してはいたが、寮を与えられ正社員として採用してくれるという言葉に心が動いた。

一日でも早く家を出たかったし、高校中退引きこもり自分正社員として働ける日がくるとは思ってもいなかったからだ。

入社して早々にわかたことは、会社全体としてかなり管理杜撰ということ。

オーナーものすごく人がよいのだが、その人の良さにつけ込んで働いている人間かかなり好き勝手やっている状態だった。

一応引き取ってもらった恩があるのでできることから少しずつ改善を始めるも、当たり前のように古参と衝突した。

効率化されると働いてないのがばれるからだ。

人は人、自分は自分精神で、自分の受け持った仕事だけはきっちりと無駄なく効率化した。

当然働いているふりをしていた人間はそれが明るみになり、オーナーも少しずつおかしいことに気づき始める。

入社して1年で事務周りの全てを見直して最低限度の効率化を達成。

それと同時に働いているふりをしていただけの人間勝手に居場所を失いいなくなった。

その頃には自分がいなくても事務が回るようになっていたので、その実績を買われてか今度は店舗に異動。

20店舗近くのチェーン店を持つグループ企業の、旗艦店リニューアルがあるということだった。

いざ入ってみるとここも上から下まで相当腐敗していることがわかる。

ちんこ業界としては最も隆盛の頃で黙っていてもお金がどんどん入ってくるような時代だった。

はいっても競争が激化してきていることもあり、そのままでは当然おいていかれてしまう状況だった。

リニューアルを目前にして、やらなければならないことは山積みのまま。

オープン直前の2週間は職場で数時間の仮眠を取るだけの生活が続いた。

リニューアルはなんとかうまく行ったものオープン後も課題は山積みのままで誰よりも早く出社して誰よりも遅く帰る日々が続く。

そんな時、突然古参数名が一度に退職を申し出る。

当時はなんて無責任な!と憤ったものだが、今思えば働いているフリをしていれば守られていた地位が突如脅かされたのだから当然のことなのかもしれない。

ここだけの話だが、教えられる相手もいないまま手探りでぱちんこの釘を担当することになったことで、この旗艦店ではしばらくの間、全くの素人が釘を担当していた期間が存在する。

当然毎月の利益は破茶滅茶で、リニューアルの人気だけで売上が保たれていたような状況だった。

ただ、そのせいで、今度はとうとう休みすらまともに取れなくなってしまった。

毎日出社して数百台の釘の打ち替え、勤務日はホールシフトに組み込まれしまうため、事務作業は公休日に行った。

(一応断っておくが、釘の打ち替えは直ちに違法ではない。無承認変更にならないために適正を維持することもホール義務といえるからだ。)

広告の手配から店舗販促、部備品発注からセキュリティまで事務作業のほぼ全てを一人で行っていた。

休み無し、一日の労働17時間を超える日が3年ほど続いた頃、とうとう身体を壊した。

その頃には店舗ナンバー2まで歴代最速で上り詰めていたが、逆を返せばまったく後戻りができない状況に追い込まれていた。

その後は一ヶ月間自宅療養になった。

絶対に休めないと追い込んでいたのは自分だけで、休みから明けてみると(満足できるか出来ないかは別として)業務ほとんどは滞りなく行われていた。

それをきっかけに、部下を信じて、6割の完成度でも容認できるようになったことで、やっと休みを取ることができるようになった。

そのさらに1年後、28歳のときに新店舗立ち上げのリーダーに選ばれた。

準備期間を経て新店オープン直前の1ヶ月から1年間、再びまともに休めない生活が始まったが、以前のように一人で背負い込むのはなく、部下たちにうまく割り振ることで精神的な負担はうまく分散することができた。

営業も安定したオープン2年目、十分に下が育ったと実感できた31歳のとき本部に異動になり店舗業務から外れ、グループ全体のマネジメント担当することになった。

そこで私生活を見直す時間が出来、その2年後33歳で結婚

家族手当や住宅手当などを含めて初めて年収が一千万円を越えた。

ただ、結婚するまで貯金はなかった。ほとんどが部下たちとの交際費で消えてなくなっていた。

自分上り詰めると同時に居場所をなくした上司達が次々に辞めていったために、今では親族役員を除けば実質社内で1番の地位本部長を務めている。

ただ、ぱちんこ業界の先行きは暗く、今のままではこの収入を維持することは難しいだろう。





ここまで目を通してくれた物好きな方はお分かりの通り、わたし人生から学べることなんてものはない。

学歴なんてものは持ち合わせていなかったし、かと言って中退後に真面目に働いたわけではなく、むしろ社会と断絶した生活を送っていた。

成人した後、必要に迫られてがむしゃらに働いた時期はあった。しかし、今思えばそれは行き過ぎていたし、実際に身体を壊す直前には死ぬことばかりを考える毎日だった。

今の生活なんて、結局は運の結果でしかないということだ。

あの時、ぱちんこを見下したまま誘いを断っていれば、今の自分絶対存在していないだろう。

こんな人生でも羨ましいと思うなら、それはもう個人勝手だ。

ただ、自分の後にも先にも、この会社でこんな働き方をした人間は一人としていなかった。

それが自分生き方他人の模範にはならなかったことを端的に表していると言えるのではないだろうか。

言いたいことは一つ。

どんなに成功していようとも年寄りの話なんて良くも悪くも半分も聞いていれば十分だということだ。

なぜなら、彼らは努力の結果生き残ったのではなく、生き残った結果、自らを肯定しているだけだからだ。

どんな道を進もうとも、そこには必ず運がいたずらをする瞬間が存在する。

そのちょっとしたいたずら次第で、人の人生なんてもの簡単に変わってしまものなのだ

努力はその運をすこしだけ左右してくれるものしかない。

努力無駄とは言わないが、努力に見返りの約束を求めることだけは無駄だと断言できる。

ただ、もし付け加えるなら、何かの選択を迫られた瞬間、それが自分にとって燃え上がることのできる選択かどうかを考えて欲しい。

その覚悟がなければ、運によってもたらされた結果に後悔を繰り返す人生になってしまうからだ。

自分にしてみれば、今の生活がどうであれ、青春時代を親兄弟台無しにされたことが今でもくやしくてならない。

あの時あの瞬間しか味わえないものはいくらお金を積み上げようとも買い戻すことはできないからだ。

なぜあの時にもっと兄弟と戦わなかったのか。その結果が例え無駄だったとしても、戦うという選択をしなかったことだけが今でも一番の後悔として自分を苦しめ続けている。

他人関係ない。自分がより輝ける選択を続けられることが、辛くても苦しくても、例え早々に死を迎えることになったとしても、幸せと言えることかもしれない。

老人のパブリックイメージ昭和で止まっている件

2018年時点での75歳は1943年まれからね。

大卒時が1965年コンピュータ仕事や家庭に入って来たのを1985年とすれば、その時、42歳だから

さすがに「コンピュータ苦手です」が通用する年代ではないだろうよ。

昭和の時の老人、意地悪ばあさんみたいなイメージで老人観が止まっているんじゃないだろうか。

「うちの倅は満州戦死しました」

みたいな。

東京物語」で言ったらよ、笠智衆どころか、その孫世代ね、団地で走り回っているような子供が今の年寄りなんだから

彼らが一体、高度経済成長の何に貢献したというのかしら。

2018-04-30

anond:20180429124710

そら大正浪漫なのは明治は新国家建設戦争(汗臭い・泥臭い)、昭和前期は貧困戦争(陰惨)、昭和中期は高度経済成長成り上がり)で、浪漫ぽくないからだろ

平成? 貧乏と衰退しかイメージがねえな(←当然、在位中の皇帝キャラとは無関係

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん