はてなキーワード: 南方とは
大人なんて相当前からろくでもねえ奴ばかりしかいないよ。写真記録が家に全くないから特に昭和50年代については知りようがないが、昭和天皇が死ぬ前の大人でうちの母親によこしてきた
手紙なら存在する。平成に入ってからの大人についての感想だけど、近所におばさんがいただけでなんという感想もない。南方小学校には30年前に禿散らかした校長とか色々いたけど、
平成8年頃になるとなんていうんですか、 もう枯れすすきだろ。社会自体があるのかどうか分からない状態。井上修二は延岡市内のきれいな一戸建てに住んでいて、なんかお高く止まっている
クソ野郎という感じだったが平成11年頃の井上修二はまだ十分に英語教員という感じで大人びていたというか、まあその当時に、今のような正体を出そうものなら若者から抹殺されたいたから
あんな感じだったんだが基本的に教員なんか近寄ってはいけないのが常識だったんで、社会なんてあってないようなものだった。菊池正太郎でも知ってるけど若者はみんな、Nintendo64で
遊んでいたし、社会なんてその当時からスカスカ。 ではその平成の社会一般が何を生み出したかというと何も生み出していない。 ライフは平成9年に東京を中心にできて、マツモトキヨシは
松本人志の貢献で相当後にできたと思うんだけど、食べるものとかあって当たり前だったので、それから、霞が関ですが平成7年にサリンをまかれていて若者から極めて印象が悪いので平成を通じて
誰も近寄っていない。千代田区や港区の官公庁を含む会社はマスコミが中心だったので、サリンをまかれたこともあって、平成17年までは、千代田区霞が関なんか誰もいかなかったし上皇も、
平成17年以前は皇居にひきこもっていたので、それ以前のことは話せない。かすみがせきは、悪改造といわれて平成18年から悪人の東大卒を入れて犯罪組織化したし、今の東京地裁だと
ほとんど事件を作っているので有名な犯罪者の書記官の羽賀秀博とか、かなりな犯罪者の根城になっている。
平成17年以前の霞が関はマスコミの成功で100%黙っていないといけなかったので、そもそも社会から排除され、警察官が遊んでいる人に手を出してすらいけなかったが
平成18年以降の安倍政権では霞が関はなんでもやっているから、事情が違う。
これを任介辰哉についてみると、ただの悪人で、 平成17年以前は、マスコミが繫栄していたから、零細企業で黙っていただけのゴミ。他方で、家令和典は、ノリノリの裁判官で有名だった。
近藤広子は静岡地裁で、死にかけの女性として有名、 森脇勝は、延岡簡裁判事。ブリーフ裁判官は、行橋の裁判所時代にボツネタをしていた。
前の最高裁判事は、大谷直人だが、平成10年に、ICQで、ネカマをしていた。
それ以外に特に中央官庁に言及すべきことはない。平成17年以前は悪質で、全く資料が残っていない。 判決書自体は残っているが今のようにまるっきりウソではないにしても
ガラクタのように平板に書いているし、東京地裁がどんなだったのかも誰も知らない。安倍政権以降は、 テロを起こされるので警戒態勢を敷いているが、H17年以前は、誰もいかなかったし
近くの古墳の整備事業が終わって出土品などの展示が行われていましたの
解説は古代の土岐のことをカタカナでトキと書いていて飛鳥時代のトキは飛鳥トキですの?
馬が足りませんわ
でも、土岐よりも七支刀を連想させる刀支の方が縁起がよく見えますわ
縁石によって規模が分かりやすくなっていました
小さい円墳の段尻巻古墳の被葬者一族は大きな方墳の乙塚古墳の被葬者一族の右腕的な存在だったのではないかと
展示では書かれていましたわ
円墳の方が方墳よりも権威的には上らしいので、段尻巻古墳の被葬者は中央から派遣されてきた人間で
公的な地位は乙塚古墳の被葬者より高いけど、乙塚古墳の被葬者の方が現地での実力は上だった関係を
想像してみましたわ
東海地方に前方後方墳が多いのも乙塚古墳が方墳なことに関係があるかもしれませんわね
市街地南方の丘陵地帯で大規模な道路工事が行われていて谷間の湧水湿地を潰していそうで
心配になりましたわ
ほとんど雑木林ですから高い部分を削るだけなら被害は少ないと思いますけれど…
https://toki.cloudgis.jp/urban/ の都市計画道路をみるとルートがわかりましたわ
縄文人の言語がアイヌ語系って誰が想定してるの? 縄文人のルーツは南方の比重が高いし アイヌは比較的新しい時代に極東シベリア沿岸から渡ってきた人たちでしょ
アイヌが縄文時代の「原日本人」とルーツを同じくしてることは誰も疑っていない。 「ネトウヨのアイヌ民族否定論」というのはアイヌはオールドカマーの移民であり国連の先住民の定...
その論文からひいたなんて言ってないが。 論文はざっと目を通したよ。感情むき出しのはずかしいエッセイ+出土人骨からアイヌが縄文人にルーツを持つという話だよね。 だからそれは...
高校のころアイヌに興味持っていろいろ読んだんだよね。 もう20年も前になるけど。 砂澤さんとか。神謡集なんて覚えるくらい読んだし、萱野さんの公演聞きに行ったことも。 アイ...
大友克洋の全集が刊行されているのを、近所のヴィレッジヴァンガードで見かけた。それで思い出したことがあるから、ここで書き留めておく。別に誰かを責めたり批判する目的ではない。
大友克洋の初期短編で、こんな作品がある。ファンの人ならば、知っている人も多いはずである。
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主人公である現代の日本人サラリーマンは、家の寝床で眠る時や、通勤列車内での居眠りしている時、或る夢を見る。
その夢の中で主人公は、決まって、太平洋戦争末期の、南方戦線に従軍している旧日本軍兵士である。夢の中での戦況は、良くない。物資も衛生環境も、上官の質も。
それらは、日増しに、眠りに就く度に、悪化していく。夢の中の主人公は、窮地に追いやられて行く。
終に主人公は、夢の中で敵兵の銃弾に身体を貫かれ、地面へ仰向けに倒れ込む。
物語のラストは、事切れて仰向けに倒れた、旧日本軍の兵士としての主人公の「会社の上司に作成を命じられた書類を、明日までに仕上げなければ……」というモノローグで幕を閉じる。
そのラストの画面となる大きなコマは、仰向けに倒れた主人公を、横から撮影したカメラアングルになっていて、広角レンズで撮影したように地面が湾曲している。
そして、それ以上に決定的なのは、主人公が横たわる地面がコマの上(天)側に、青い空がコマの下(地)側に描かれていることである。
現実と思っていた現代人のサラリーマン人生こそが夢であり、戦時中の旧日本軍兵士の身こそが現実なのであった。
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次に、個人的に好きなラテンアメリカ文学作家の一人である、アルゼンチン出身のフリオ・コルタサル(Julio Cortazar)を紹介する。このコルタサルの邦訳題名が『夜、仰向けにされて』という短編小説がある。こんな話である。
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現代人の主人公は、市街地をオートバイで走行していた時に転倒事故で負傷し、病院に入院することになる。
その夢の中で主人公は、決まって、アステカの人狩り戦士たちに追われて密林の中を逃げ惑う、原住民の男である。もしも戦士たちに捕まれば、人身御供として神殿の祭壇上で、生きたまま心臓を抉り出されて太陽神に捧げられる。
夢の中での状況は、良くない。日増しに、眠りに就く度に、悪化していく。アステカの戦士たちによる包囲網が、どんどん狭まって、夢の中の主人公は、密林の中で逃げ場を失い、追い詰められていく。
昼間、病院の医師に悪夢のことを相談しても、怪我の精神的なストレスと言われるだけで、毎晩の悪夢を見ることは止められない。
終に主人公は、アステカの戦士たちに捕らえられて、神殿地下の石牢に閉じ込められる。祭壇に運び上げるのに備えて、生贄専用の御輿に、大の字の仰向けに拘束された状態で。
主人公の番がやって来た。神官たちが、主人公の御輿を担ぎ、神殿の急勾配の階段を登り始める。主人公の足を上に、頭を下に向けた状態で。
主人公は、必死に夢から覚めようとする。主人公は、夢から目が覚める。主人公は、病院のベッドに仰向けに寝ている。
しかし、水平感覚がおかしい。頭が下で、足が上になっているように感じる。
気がついたら、やはり主人公は、御輿に拘束された状態で、神殿の頂上へ向かって運び上げられる真っ最中である。
主人公は、物語の冒頭を思い起こす。五月蝿い羽音を立てる金属製の蜂に跨り、大きな石造りの建物の間を高速で移動していた時のことを。
あれこそが、夢だったのだ。この生贄にされようとしている今が、現実なのだ。
御輿は、神殿の階段を登っていく。主人公を仰向けにしたままで。
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作品の発表年は、コルタサルの方が大友克洋よりも早いようである。しかし「胡蝶の夢」形式の現実と夢の逆転物語は、古今東西、枚挙に暇がない。フィリップ K. ディックほか、多くの作家が書いている。したがって、大友克洋の短編がコルタサルの短編を元ネタにしているとは、簡単に断定できない。とはいえ、物語の締め括りが、仰向けになった主人公、天地の逆転というところが、酷似しているようにも思える。
もう一度言っておくが、批判したり責めたりする目的ではない。単に、ふと「過去に、大友克洋はインタビューとかで『元ネタはコルタサル』と明言していたっけ?」と思っただけである。そして、例えば石ノ森章太郎の『サイボーグ009』のラストは、レイ・ブラッドベリの『万華鏡』であるとか、藤子・F・不二雄の短編『流血鬼』の元ネタは、リチャード・マシスンの『地球最後の男(I AM LEGEND)』であるといったような、オタク好みの由来話を知りたいと思っただけのことである。
大友克洋は既に有名なので、ここではフリオ・コルタサルの方を宣伝しておこう。岩波文庫から短編集『秘密の武器』『遊戯の終わり』『悪魔の涎/追い求める男』が出版されている。特に『悪魔の涎/追い求める男』は、堅苦しい文学作品として捉えなくとも、ホラー・怪奇ジャンルが好きな人にはエンタメとして楽しめると思うので、気軽に手にとって試しに読んでみて欲しい。
10月17日(月)午後5時50分頃、宝塚市鹿塩2丁目3番付近の路上において、声かけ事案が発生しました。
徒歩で通行中の女子中学生に対して、学校名を尋ねた後「何喋ってんの?坂きついよね、さみしいよ。」と声をかけたもので、女子中学生が無視していたところ、南方向に立ち去りました。
声をかけたのは、40〜50歳位、身長160センチ位、小太り、白髪交じりの短髪、赤色チェック柄長袖、青色長ズボン着用、青色エコバック、透明ビニール傘所持の男です。
https://www.gaccom.jp/safety/detail-965123
https://www.gaccom.jp/img/safety_avatar/965/965123/965123_avatar_detail_1666006549874.png
季刊誌「Yaponesian」第4巻なつ号
ことばめぐり
言語学は何ができるのか?
最初、この科研に参加した時からこの分野における言語学の貢献の可能性については疑問を感じていた。
文献や記録がない限り、過去の言語のことは知りようがなく、日本語については古事記・日本書紀・万葉集の時代(8世紀)以前のことは基本的にわかりようがないのだ。
卑弥呼や古墳時代の言語はもちろん、縄文などとなればもうお手上げである。
基本的に無文字言語で、現在の諸方言のデータしかないツングース諸語を専門にしている私は、内的再建に頼らざるを得ない面が多々ある。
しかし日本語とアルタイ諸言語の関係、のような巨視的なレベルでこの手法を使うことはまずもって無理だ。
ただ万葉集には東歌・防人の歌というものがあり、方言差の記録もある。しかも現代もなおその特徴を維持している方言がある。
そこで何とかならないだろうかと、去年の言語学会のワークショップのためにいろいろ勉強してみた。
そうしているうちに、言語学・日本語学側の問題点(偏見?)や視野の狭さというものにいろいろと気がつくようになった。
そしてそれに対してごく最近、これまでの殻を破った核心的な研究も現われてきた。このことについて以下に4つの問題点に分けて記す。
学生と話していると、中国には中国語、ロシア語にはロシア語、韓国には韓国語だけが話されていて、過去にもずっとそうだったと思っている者がたくさんいる。
方言も同様で、彼らは最初はもう日本全国ほとんど標準語なんだと思っていて、そこで青森や鹿児島の方言を紹介すると、今度は47都道府県に47の違った方言があると思い込んでしまう。
蝦夷征伐の時代、(アイヌだったのかもしれないが)蝦夷の人々とは通訳が必要だったのに、百済とのやりとりは全く通訳不要だった。
白村江以前、朝廷にとって朝鮮半島は取り返すべき本拠地で、他方東国は全くの異国の世界だった。
そういうことを考慮に入れていない日本語研究者の方がほとんどであると思う。
私も勉強してみるまでは、現在と同じように大河川の河口には広い土地があって、山国の日本にあってはもっぱらそこで大昔から稲が育てられてきたんだと思っていた。
しかし大河川の河口の平野はかつては治水がままならず氾濫すればすぐ水浸しになり、大湿地帯も多かったという。
さらに富士や阿蘇は噴火していたし、火山による黒ボク土は稲作に適さなかったんだという。
決して現在の水田地帯すべてに弥生人が広がって今と同じように稲作をしていたとは言えないのだ。
これまでの日本語アクセント研究では、平安時代の類聚妙義抄(11c-12c?)に記されているかなり複雑な体系のアクセントに近いものが祖体系であると考えられてきた。
これには「理由なく分裂することは比較言語学の方法論上、慎まなければならない、だから複雑な体系こそ祖体系で、だんだん簡単になり、無アクセントは「なれの果て」である」という金田一春彦先生以来の考えが金科玉条のようにみなされてきた。
一方で文献のない時代の日本語の起源について、南方の言語(オーストロネシア)に北方のアルタイ系が被さったんだとか、インドのタミル語が関係あるとか、眉唾な説を怪しげな音対応で説明する者がいろいろあって、多くの日本語研究者は文献以前の日本語に心を閉ざしてしまったようだ。
そしてもっとも古いアクセントの記録(の一つ)である類聚妙義抄の体系がより神聖視されたようにも思う。
(中略)
ところがつい最近(今年の春の言語学会のワークショップ3で)、すばらしい発表があった。五十嵐陽介氏の「2音節名詞第4/5類に対応する琉球祖語B類は改新であるとする仮説」である。
これは本土と琉球で異なるアクセント類に分けられている諸語群について、それぞれの語群への分裂が①狭母音か非狭母音か、②かつて複合語であったか否か、という条件によって説明できることを提案したものである。
つまりは日本語アクセントにおける声調発生論がついに登場したのだ!! したがって祖体系はもっと簡単なものになる可能性が出てきた。
他の学問分野も多かれ少なかれ同じかもしれないが、言語学はますます細分化していて、扱う言語の違いよりも方法論の違いの方が大きな距離を感じるほどになっている。
そして、ある一言語しか扱わない、とか、文法、それも受身しかやらないとか、音声、それもアクセントしかやらないとか、そういう研究者も多い。
いわゆる蛸壺状態だ。しかし上記の五十嵐さんによるような研究成果はアクセントと共に子音や母音の配列や、語構成、琉球諸言語と本土諸方言の音対応などを総合的に考察していないと到達することはできない。
日本語学は寺村秀夫の出現で1970年代に活用重視の国語学から脱皮し、最近は琉球諸方言の「体系的」研究の進展などによって再び新たなステージを迎えようとしているように見える(、だといいんだけど)。
なぜポリコレを許さないかというと、俺としては「ポリコレだからダメ」なのではなく「ポリコレとしてダメ」なんだよな。
だから「◯◯はポリコレを入れたからダメになった」と騒ぐネトウヨはもちろん論外だが
それに対して「それはポリコレだから良い」的な「反論」で「論破」したつもりになってる偽善者リベサヨをも俺は許さない。
俺は指輪物語なんか原作も映画も見た事ないんで何も知らないんだけど
ガチ勢の話によると指輪物語においてエルフは「自分たちは高貴な種族であると傲慢に思いあがって他の種族を見下しているのだが、話が進むにつれ、その考え方は間違っていた事に気付き、かつて見下していた他の種族と協力していろいろ頑張るようになる展開が、胸アツ」って事らしいじゃん。
繰り返すが俺は原作も映画も見てないんでガチ勢の言う事を信じるしかないのであり、これらが間違ってたかガチ勢の独自解釈にすぎないとすればそれは俺が騙されてただけであり、
キリないんでここからの全ての話は「ガチ勢が言ってる事が正しいとすれば」を前提にした考察でありもし間違ってたらそれまでの話にすぎないのだが
とりあえずもしガチ勢の言うとおりだとすれば
「指輪物語のエルフは断固として白人でなければならない。以上。」で終わりなんだよ。
それ以外は何も言うべきではない。
それでもポリコレ信者の偽善者リベサヨがうるせーから論破を続けるしかないんだけど
ガチ勢の言うところによると、指輪物語においてエルフは「多様性が無いから衰退した種族」として描かれてもいるらしい。
ならばやはりエルフに黒人もいる事になったら設定ブチ壊しであるばかりじゃなく、作者が作品に込めたメッセージもブチ壊しになってしまう。
ガチ勢の言うとおりだとするならば、エルフはあきらかに「白人のメタファー」として描かれた存在であり、「絶対に白人でなければならない」としか考えられないのだが。
反ポリコレ勢は「作品にポリコレを入れるとダメになる」と主張し、ポリコレ信者は「ポリコレを入れると良くなる」と主張するが、これはどちらも間違っている。
ポリコレを入れる入れないではなく、「最初からポリコレだった」のである。
(しつこく繰り返すが、「ガチ勢の言う事が本当に正しいとすれば」の話だからな)
反ポリコレで騒いでるネトウヨキモヲタの場合は「ポリコレそのものが気に入らない」のだろうが
俺の場合は「ポリコレ自体は正しい」としたうえで、「昨今の風潮で「ポリコレ」とされているものは真のポリコレとは程遠い偽物にすぎないから許さない」なのである。
と、いくら言ったところで「我々の絶対的に正しいポリコレに逆らう奴はただちにネトウヨでレイシスト」という固定観念が強固に植え付けられたポリコレ信者どもにとっては、みんな雑に「同じこと」なのだろう。
だが昨今のポリコレ信者どもがいかに傲慢で思い上がっているか、それは、自分たちが全人類の歴史ではじめて「差別反対」とかそういう真実に目覚めた偉大な世代であるとか勘違いしてちょうしこんでるから許さない。
反ポリコレのネトウヨキモヲタは「ポリコレとかいう政治的思想をゴリ押しされて作品がダメになる」と信じてポリコレ叩きし
偽善者リベサヨのポリコレ信者は「過去のあらゆる作品にはポリコレなんかいっさい無かったから俺たち新しい目覚めた世代がポリコレを入れて改変しなければならない」とかいう勘違いした使命感に燃えているのだろうが、
どちらも間違っている。
最初からポリコレだったのに、最初からあったポリコレを、勘違いした「ポリコレ」の名のもとに潰したから、ダメなのである。
反ポリコレのキモヲタネトウヨは「コンテンツに政治的主張を入れるのがクソ」と思ってるのだが俺なんかむしろ全てのコンテンツは政治的プロパガンダの道具だと見てちょうどいいと思ってるくらいなんだよ。
ていうか俺がどう思うかじゃなくそもそも全てのあらゆるコンテンツは好むと好まざるにかかわらず政治的プロパガンダとして機能してしまう宿命から逃れられない。
政治的思想いっさい無しのお気楽コンテンツさえ「いっさいの政治的事象から目を背けよ」という「政治的プロパガンダ」として機能してしまうのである。
だったらいっそ、「差別をなくそう」とかいう、誰がどう考えてもいっさい間違っていないにも関わらず誰がどう考えても難しすぎて無理っぽい政治的改革路線を起動に乗せるには
「大衆の支持を集めやすい娯楽コンテンツに「差別をなくそう」という政治的プロパガンダを刷り込む役目を背負わせる」という作戦が「ベスト」なんだよ。
というなら俺はポリコレ信者になってもおかしくないはずなんだが、俺はポリコレを許さない。
それは「ポリコレだから許さない」のではなく「ポリコレだと言いながら全然ポリコレじゃないから許さない」のだ。
人気作品に便乗して「差別をなくそう」という政治的プロパガンダに利用しようとするなら、作品の内容自体にそういうメッセージを込めたりするものだろう。
それをキャスティングでやろうとするのがクソなんだよ。
てきとうに「何の役でもいいからとりあえず黒人を出しときゃいいだろ」なんてのはとうてい真面目に「差別をなくそう」と考えてるとは思えない。
主に原作ファンが「勝手に設定を改変するのは原作にリスペクトが無い」と怒っているのだが
「こいつらチョロいからテキトーに映画に出してやれば差別が無くなったと信じて喜ぶだろ」とバカにされてんだよ。
ガチ勢の言うとおりだとすれば原作者は「エルフという種族は他の種族を見下して多様性も無いから衰退した」としてるわけでこれでもう既にポリコレ的な政治的メッセージ足りうるわけだよ。
反ポリコレ勢は「原作の世界観を壊したから許さん」と言うのだが、ならば俺に言わせれば「原作のポリコレ的メッセージを壊したから許さん」というわけなんだよ。
(自称)ポリコレが(真の)ポリコレを破壊したというのが全ての真相だと思うんだよ。
あとまたガチ勢が言うのが事実だとしたら、エルフを無理やり黒人にしなくとも、話が進めばそのうち南方の種族とかも出てきて、それはべつに肌が黒いとはされてないが南方の種族なんだから黒人が演じても世界観を壊す事にはならないらしいんだよ。
オズワルドの畠中が、母校の思い出として、
「平和すぎて事件がなかった。トイレのウンコが流れていない...ことに激昂した校長が、全校集会を発令してその便器の様子を見せるくらいだった」
と話していて、自分も似た話を思い出した。
市の北方は新しめの住宅地で大人しい地域だった。在学中に特に事件はなかった。
自分が通っていた最北の中学校は、変な若手の先生と、定年間近の先生が多かった。
集合の遅さに、3年の学年主任の先生がめちゃくちゃ怒っていた。
タバコでも見つかったのかな?イジメの現場がバレた?など、怒り度合いから原因予想をしていた。
「ナンデ!!!!ガッコウニ!!!!コンナモノガアルンダ!!!!!」
紙切れ?を掲げた先生。
後方からは何も見えなかった。前の方から伝言ゲームで教えてもらった。ミルキーの袋らしい。
あまりの怒声に女子が泣いていた。全員飴を持ってきていたのかな。
ミルキー片手に騒ぐおじさんの怒号と、たぶん雰囲気で泣いている女生徒の嗚咽。
そういえば、確か定年間近だった当時の部活の顧問は、北でも問題がありすぎたのか、2年で南に戻された。
彼は元気かな。二度と会いたくない
(中央公論平成26年9月号に戸部良一・帝京大学教授が「日本は何のために戦ったのか 戦争の理念と『政治戦』」と題して、大東亜戦争について書いておられます。とてもいいと思いました。
開国以来日本外交は英米という二つのアングロ・サクソン国との関係を基軸に、これら二国との関係を調整することを基本にして、外交政策をつくってきました。東アジアから欧米諸国を駆逐し、自分が東アジアの盟主になるというような政策をとったことは、一度もありません。日本の歴史や外交史を読めば、簡単なことです。
では、「あの大東亜・太平洋戦争は?」 となるかもしれません。「自衛の戦争」と無理してこじつければ、そう言えない部分もないこともないでしょうが、しかし、ろくな外交をしないでおいて、つまり戦争を避けるような外交をしないでおいて、追い込まれ、「ハイ、自衛のためです」の主張には、賛成しかねます。 かと言って、アメリカは完全に日本との外交交渉に誠実であったとはいえません。
極東軍事裁判の判決のようなアメリカの言い分が100%正しいわけではありません。連合国側が広めたこの理屈が世界に流布していて、こまります。かといって、日本が100%正しかったという主張にも、うなずけません。もし、軍部とくに陸軍があれほど政治に横槍をおさなかったなら、日本の外交はアメリカと戦争などをしていないでしょう。中国問題をかたずけていたでしょうし、ドイツとの同盟なども結んでいなかったでしょう。陸軍は自己のメンツのために日本を犠牲にしたのです。
故リチャード・ストーリという有名なイギリスの日本史家は、「日本外交は明治以後優秀であり、軍部が口出ししていなかったら、あんなことにはなっていない」と言っています。こうした国際的規模の大きな誤解のもとは、ナチ・ドイツと日本を同じものとして考えるからです。
日本は中国と戦争をする意思はなく、また昭和12年に偶発し拡大する中国との争いをやめ、中国から兵を引きあげたかったのです。ましてや、アメリカとの戦争などは、ぜひとも避けたかったのです。アメリカもドイツとは戦争がしたく、それゆえ当初は日本との戦争を避けたかったのです。
日本は大いなる野望ともち、まず中国との戦争からはじめていき、やがてその野望達成の必要上ナチ・ドイツと同盟を結び、ドイツは欧州を、日本は東アジア全部を支配するため戦争をした。日本については間違いの解釈をしています。アメリカは正義の保安官で、町の秩序をみだす日本という悪漢を二丁拳銃で打倒したという西部劇です。
専制全体主義国家は暴力と脅迫と大虚偽宣伝にみちあふれていました。日本は違います。)
日本の「鬼畜米英」は戦争が始まってから言い出された言葉で、最初に鬼畜米英の考えがあって、その考えにしたがって政策目標が作られ実行されたわけではありません。国民の間には英米への強い好意がありました。東アジアでは、日本がもっとも英米への好意が強かった国でしたし、今でもそうではないかとと思います。
昭和12年(1937年)7月7日盧溝橋での偶発的些細な事件では、日本も中国も拡大する意図はなく、そのまま停戦して終わりにしたかったのです。しかし、日中双方の停戦の意図にもかかわらず、拡大し、大げんかになり、ついにアメリカとの戦争になりました。
アメリカとの戦争になるまで、つまり昭和16年12月まで、4年と5か月もあります。アメリカと戦争したければ、もっと早く、対中戦争で体力を消耗するまでに始めています。なぜそんなに待つ必要があったでしょうか。また、もしそうならば、対米衝突を避けるために、日本が提議して日米交渉などする必要もありません。日本は中国全土を占領しようとか、東アジアから英米の勢力を駆逐するというような、大それた考えや予定などもっていませんでした。東南アジアの植民地を解放しようという崇高な考えで戦争をしたのではありません。対米関係が悪化し、アメリカから経済的に締めつけられ、南方の天然資源のほうに眼が向いていったのです。最終的に南方の天然資源確保のために英米仏蘭と戦い、これらの地域から英、仏、蘭を追い払いました。その結果、戦後これらの国々がふたたびその植民地に支配者として帰ろうとしましたが、東アジアの人々の激しい抵抗にあい、不可能になりました。
もし、こうしたことがなかったなら、アジアの国々の解放は、フィリピンは別かもしれませんが、ずっと遅れていたのは間違いありません。
ライシャワーも「ザ・ジャパニーズ」で書いていますが、日本は東アジアにあって他の国々と違う国なのです。理由は歴史的経験の違いです。東南アジアの国々と、歴史上たえず専制国家であった中国とそれを手本とした朝鮮・韓国と、封建制度を発達させた分権的な、しかしながら、統一された社会としての日本という経験の違いがあります。また西洋帝国主義の挑戦にいちはやくうまく応じて独立を維持した日本という違いがあります。また明治以後日本だけ豊かになり、敗戦後もいちはやく日本だけいちはやく復興しそのうえ豊かになった日本という違いがあります。また戦後一時的な占領をのぞくと、西洋諸国の植民地になったという経験ももちません。ヴェトナム、インドネシア、ビルマなど、植民地になった国々と人々がどんなにみじめな政治や生活を強いられたかという、経験をしたことがありません。
日米交渉において、アメリカから経済的に締めつけられと書きましたが、こう書くと、「じゃあ、悪いのはアメリカだ」という意味でもありません。そこには交渉過程における相互のやり取りというものがあります。アメリカとしては、そうでなかったら取りにくかっただろう強硬な手をうつことができたからです。
イギリス、フランス、オランダとしては、日本に負かされ、かつ植民地を失い、大変不愉快だったでしょう。
なお、日本は南方の天然資源確保・・・といいましたが、ナチは東欧とソ連に一方的に襲いかかりました。日本はそんなことしていません。万一アメリカからの資源買いつけに支障が出た場合にそなえて、事前にオランダと商業ベースでの購入をのぞみ、交渉をしています。この交渉はまとまりませんでした。
万が一のインドネシアへの進出のため、また英米の中国援助の道を封鎖するため、フランスとはヴェトナムへの進駐を考えて交渉します。この交渉には軍事的圧力をちらつかせ貫徹しますが、これにたいしアメリカは石油の輸出禁止と在米資産の凍結という厳しい手段でこたえます。このアメリカの予想外の反応に近衛はびっくり仰天。そこでルーズベルト大統領との直接会談を提案します。それは軍部が対米交渉の障害になっているから、軍部の頭越しに話し合い、交渉をまとめよう考えたからです。この直接首脳会談には、アメリカはハル国務長官などが強く反対し、この提案を拒否します。
さて日中戦争ですが、これが中国で拡大し、英米との雲行きがあやしくなり、対決を避けようとして、対米交渉を提議し、日米交渉がワシントンで開始します。その交渉がまとまらなかったのは、日本にも大きな責任があります。しかし、「それは日本だけの責任だ。アメリカは悪くない」と一般に考えれていますが、これは大間違いです。ハル国務長官の態度にもみられるように、アメリカにも大きな責任があります。ハル国務長官には、アメリカの学者にも同じ意見がありますが、「だいたい戦争を避けるため、日本との交渉をまとめるつもりがあるのですか」と言ってもいいぐらいのところがありました。
日本は昭和にはいると、右翼的国粋主義の風潮も強くはなりますが、ドイツとは違い、多くの組織が併存しており、どの一つの組織も他の組織を圧倒するとか、ましてや他の組織を滅ぼしていくということはありませんでした。そのときそのときの事情や都合で、ある組織あるいは政治勢力の意見が強まったり弱まったりしていました。日本の場合は、偶発戦が拡大していくにつれ、その戦争遂行上戦時体制ができ、陸軍の要望が聞き入れられていき、陸軍が威張ったのです。決して陸軍は他の組織を吸収したわけではありません。一部の軍事費をのぞくと、法案も予算案もすべて国会を通過しなくてはなりませんでした。そういう意味で国会は機能していたのです。意外だと思われるかもしれませんが、軍部は議会や世論を気にしていたのです。
陸軍に反対したからといって、消されるとか、強制収容所おくりになるということはありませんでした。強制収容所もないし、ゲシュタポなどの恐ろしい暴力警察もありませんでした。日常生活については、もっと具体的なものを当時の新聞とか記録とか小説などで、実際の日本人の日常の暮らしを知る必要があると思います。(たとえば田辺聖子の小説や思い出。向田邦子の小説。芹沢光治良の「人間の運命」も面白い本です。)
日米交渉の難点の一つは、中国からの撤兵問題でした。陸軍も東条も中国から撤退はするが、それには二、三年は必要だと言い張ったのです。ナチと違って、中国全土を占領するとか、中国国民を奴隷化するというような主張は、100%ありません。アメリカは二、三年の期間は不満で、二、三か月の以内の撤兵を主張しました。ここに陸軍の横暴があるのです。すぐ撤退しては、陸軍の印象が悪いのです。負けたようで格好よくないというわけです。
大東亜共栄圏思想ですが、日本が中国全土を占領するとか、中国人を奴隷化するというような考えではなく、日中戦争が拡大したから、その説明の一つとして喧伝されたのであり、日中国民の平和友好といったムードがその本質であり、具体性のないものでした。当時もやはり、日本人は根底に日本人の中国にたいする「シナ(中国)コンプレックス」をもっていたのです。
東条は陸軍の「行進」の先頭で旗をもっていましたが、「俺についてこい」と陸軍を引っ張っていたのでなく、陸軍というおみこし担ぎ運動で、その集団行動行進で、たまたま旗手をつとめていたにすぎません。もちろん、それで得意になっていたわけですが。といって、東条に責任がないわけではありません。
日本の場合、いくら東条などでもある一定以上の文化・教養があったわけです。それを、ナチも日本も一緒にしてもらっては困ります。
この教養の差は、例えば敗戦の受けいれかたにも、大きな違いとなって表われます。日本の場合は、これ以上の負担を国民に強いるのはいけないという、コンセンサスがありました。ポツダム宣言の受託については、その内容の具体的な確認とか、「これでは国体が守れないではないか」といった意見の違いで、受諾がおくれただけであり、基本線は敗北やむなしでした。
東条でさえ対米交渉の妥結を希望をしていました。彼は10月中旬近衛に代わって総理大臣になりますが、東郷という、軍部の考えに抵抗した、超ハト派の、言葉をかえれば「強硬なハト派」の人間を外務大臣にして、交渉を継続します。(東郷は昭和20年4月成立の鈴木内閣という敗戦・終戦のための内閣で、外務大臣として、敗戦・終戦のために尽力します。彼は東京裁判では有罪。禁固二十年の判決。)
東条は反英米主義者でもありませんでした。中国との戦争で泥沼にはいってしまい、戦線を縮小する勇気、そこから撤退する勇気、をもたなかったのです。これがため、大事になってしまいました。昭和7年から大平洋戦争勃発までの駐日アメリカ大使のジョセフ・グルーという人は、知日家、親日家でしたが、日記で「日本人は何か困難があると、(それを解決しようとしないで)回れ右をしてしまう」と書いています。
日本は「勝った、勝った。悪いシナを懲らしめた」という形にもっていけなかったわけです。戦線を大幅に縮小する勇気が必要でした。
中国も内部に大問題をかかえており、また、日本を一方的に大陸から追い出すほどの力をもっていませんでしたし、また、英米もそこまで中国を援助する必要は感じていなかったのです。中国が協定を守らないので困っているという点では、英米も日本と同舟でした。
陸軍は英米と大平洋方面で戦うための軍隊ではなく、大陸での権益を守るため、(ということは、間違いなく、日本の帝国主義的政策と関係しますが)、の軍隊であり、その対象は一貫してソ連でした。
また、よく誤解されることは、「日本は日清戦争とか、日露戦争とか、あるいは満州事変のあとから、大規模な軍隊を中国大陸に駐屯させていただろう」ということです。これもよくある誤解で、昭和12年の日本と中国の偶発的事件が拡大するまでは、中国大陸に少しの軍隊を駐留させていただけです。
つきまとい事案の発生(8月12日・東灘)
8月11日(木)午後7時30分頃、神戸市東灘区深江南町2丁目12番付近の路上において、つきまとい事案が発生しました(警察認知〜8月11日)。
徒歩で母親と通行中の男子幼児に対して、「かわいいねぇ」と声をかけ頭を撫でながら約20メートルつきまとったもので、不審に思った母親が幼児とともに立ち止まったところ、南方向へと立ち去りました。
つきまとったのは、40〜50歳位、身長170センチ位、あご髭、眼鏡、キャップ帽、上衣半袖、オレンジ色のハーフパンツ着用の男です。
https://www.gaccom.jp/safety/detail-926984
https://www.gaccom.jp/img/safety_avatar/926/926984/926984_avatar_detail_1660256222266.png
これでロシアの当初の目標であっただろうドネツク・ルハンシクの2つの国家の主張する領土がロシアの支配下におかれるわけで、「特殊軍事作戦」、つまりロシアとウクライナの戦争は完全にウクライナ側の敗北と言っていい結果に終わったと見ていいだろう
いくら経済制裁をやろうが、軍事支援をしようがウクライナは負けるということだ
経済制裁は痛み分け以上のダメージを全世界に与えているし、ロシアとウクライナの人口は倍以上の差があり、軍人の数は10倍以上の差、軍備の差は計り知れないほどあるのだから軍事支援も焼石に水としか言いようがないし、結局ウクライナ人の命と世界の富をすり潰すだけの無駄な労力なのだよなー
それを応援していたのがお前ら。つくづくバカでしかないよな。しかも表現の自由だ猛暑だのどうでもいいことにうつつを抜かしてる間にそれが決定するという滑稽さといったらないね
kingate 頭プーチンの動いたゴール成立を見て「露助勝利!」って相当なバカか頭プーチンの同程度のキチガイでしかないので。この増田は高血圧からの心不全で半身不随で長生きしてね!俺は「嫌いな奴は死ね」というタイプ。
この異常な攻撃性が頭反プーチンのキチガイにありがちな愚かさなんだよね。冷静な指摘に怒り狂ったところでウクライナの劣勢は覆りませんよ?
ネトウヨは根っからの親プーチンの安倍ちゃん(開戦後も「プーチンのNATO拡大が不安だった気持ちは理解する」くらいのニュアンスのことは普通に言っちゃう)にはだんまりのくせに、ウクライナが不利ですよ?って言われたら現実を直視できずに発狂する。「だからこそウクライナをもっと支援しなきゃだめなんだろ!」くらいのことすら言えないんだよね。
Barton 占領したけど、その後持つのかね。ウ側としては南方を取り戻してクリミア側から押し返しそうな気もするが。実際蛇島から撤退させたし。
スネーク島はロシアが放棄しただけでウクライナか押し返したわけではないのにそれを例に出すのはどうなんだ?
filinion いや一日たりとも無視したことなんかなかったですけど。/ドネツク・ルハンスクが当初の目標なのに開戦劈頭キーウ方面に新鋭機甲部隊を投入して5ケタ人の戦死者を出すとかロシア軍支離滅裂すぎでは。
1日たりとも無視してないのに3月4月の話をし続けるってのはちょっと笑っちゃうな
jaguarsan ご立派に高説を垂れる増田がどうやってウクライナに貢献しているのかとても興味ある
LethalDose 増田はなにかしていたのかな。見守っていた?
我々は何もしてませんがって自己紹介が先だろ?w