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はてなキーワード: 試行錯誤とは

2018-10-21

yahoo乗換案内改悪されて切った件

当方、「田町武蔵小杉」を多用している。

通常は品川駅横須賀線乗換だと思うのだが、比較的空いてる大崎駅乗換湘南新宿ラインで帰りたい。

いつもはyahoo乗換案内で両経由が表示されていたのだが、ごく最近表示されなくなった。態々経由駅に「大崎」を入れないと結果は出ない、当然経由駅に「大崎」を入れると品川乗換の時間は表示されない。

問題であるyahooインターフェイスが気に入っていたがポンコツになった、他のアプリを色々試したが多くはyahooと同じとなった。検索エンジンを共用しているというか、yahoo大本に乗っかってたのであろう。

試行錯誤の結果、「駅探」になった。駅探インターフェイスが最悪だ、検索における手数が多いし、一覧も見難い、大変。でもyahoo他を利用するよりましか

両者改善を求む。

anond:20181020065941

俺は楽になったか

20代試行錯誤してきたことが実になってきた感じ

でも20代で何もしてこなかったら変わらんかも

2018-10-18

学校ってなんで批判しかされないんだろうか

ふと思っただけなんですけど、ネット見てると"学校"ってボロクソ言われすぎだと感じるんですよ。

授業だめ、教師だめ、組織としてだめ、そんな話ばかり。確かにそれらが実在するのは本当だと思う。

自分経験したことあるし。

からといって塾や予備校のほうが断然マシというのもちょっと違うと思うんだよな。

そもそも学校と塾予備校性格が違うものだし。大学研究機関の側面が強いので置いておくとして、小中高は知識を得るためだけの場所ではなくて、人間としての在り方を試行錯誤するための場所なんじゃないですかね。

多種多様人間が一堂に会して、体当たりでぶつかって、ある程度の失敗が許されるのって、小中学生までじゃないですか。

そこで失敗することで、ひとつひとつ精神的な発達をしていくんだと思う。

もちろん、度を越した言動児童生徒がしたときには教師指導する必要があると思う。

その部分に関して言えば、大抵の塾や予備校では指導されないですよね。

あと、小中学校までは義務教育で、高校義務教育ではない。すなわち、中学校卒業した段階で社会人とも言えると思ってて。

からこそ、中学卒業するまでにはある程度の人間ができているような、学校はそんなふうな教育をする場であるんじゃないんですかね。

もちろん家庭がするべきこともあるが、例えば集団としてどうするべきかだとか、教科の枠には収まらない教養的なものだとか、そんなものを学んでいく場なんじゃないですかね。

言いたいことこんがらがってきたが、要は学校というものが余りにもボロクソに言われすぎだと感じるから、少しくらいは擁護する意見だってあっていいんじゃないの、という話でした。

2018-10-17

演出スキップに見るゲームにおけるユーザー思考/操作の介在度数

FGOの次回アップデートにおけるサーヴァント別宝具演出再生速度設定を宝具スキップ設定と勘違いするユーザーが多発したことを発端として、

FGOに宝具演出スキップ機能必要かどうか」という議論ネットのあちこちで噴出しているようだ。

FGOの宝具演出とよく引き合いに出されるのはスパロボαから実装された戦闘アニメーションON/OFF機能であろうが、

FGOスパロボゲーム性もっと言うとユーザー思考して操作する範囲の違いも意識しなければならないのではないか

パーティ編成や装備(FGOなら礼装、コマンドコードスパロボならパイロットや強化パーツか)の試行錯誤にかかるところは共通であるとして、

実際の戦闘パートにおける戦略操作の違いはこの両者には非常に大きいものがある。

スパロボにおける戦闘戦略性はユニットをどのマスにどの順番で配置するか思考し、精神ポイントエネルギー、残弾数などを考慮してどの武器選択するか、

また敵から攻撃回避/防御/反撃どれを選択するかと比較的多岐に渡るのに対して、

FGOに置いてはスキル選択攻撃ターゲット選択コマンドカード選択操作する箇所は大雑把に3つしかなく、

こちらの攻撃も敵から攻撃も基本はそのまま受けるだけで選択余地はない。(スキル回避/無敵状態になることはできる)

FGO場合スマホという制約の中でのゲームプレイ考慮して操作できる範囲をあえて狭めているのだろうと想像しているが、

ここに宝具演出まで削ぎ落としてしまうと、ゲーム性が著しく失われてしまうのではないか危惧しているのが宝具演出スキップ反対派の主な主張なのではないだろうか。

特に宝具連発して3Tで周回するようなガチ勢においてはすでに思考する余地がほぼ失われており、宝具演出を削ぎ落とすと効率を追求するには目を離す暇もなくボタンタップし続ける労働と化すことを危惧しているものと思われる。

とは言え、まだ多くのプレイヤーは3T周回が常識というレベルには到達しておらず、宝具演出を毎回見ることがプレイフィールを損ねているというすれ違いは発生しているのだろう。

どちらが正しいというわけではなく、ゲームにおける取り組み方によるすれ違いなのでこればっかりはもうどうしようもないのかなとは思う。

増田プログラマー養成講座 その5 オブジェクトとは何か?

今回は、手続プログラミングの後半となる「オブジェクト指向プログラミング」(OOP)について学ぼう。

OOPは内容が多いので数回に分けて説明してみます。(説明が下手だったらフォローお願いしますw)

 

オブジェクトとは何か?

オブジェクトobject)はオブジェクト指向プログラミングにおいて、プログラム上の手続きの対象抽象化する概念である

 

オブジェクト指向プログラミングパラダイムでは、関連するデータを束ね、代入、演算手続き(関数メソッドなど)を介した受け渡しといった操作対象にでき、またメッセージ受け手になれる実体オブジェクトと呼ぶ。

多くの場合オブジェクトは他のオブジェクトを要素として格納することができ、複雑なデータ構造表現できる。

 

Wikipedia説明は分かりづらいね。(初心者だったときの私が読んだら意味理解できないと思う)

 

増田プログラマー養成講座 その2 https://anond.hatelabo.jp/20181016164341説明した「プログラム構成要素」を思い出して下さい。

プログラムは、

  1. データ
  2. 「処理」

の2つから成り立っている。

プログラミング歴史は、この「データ」と「処理」をどうやって使いやすくするか?の試行錯誤になってる。

 

Java入門書にも、データ構造について説明があっただろ?

 

構造体の発展=オブジェクト

複数データをまとめて入れておく箱は便利な道具なので、だいたいどのプログラミング言語でも用意されている。

この講座では、複数データをまとめて入れる箱を「構造体」と呼ぶことにしよう。

 

構造体の各箱には、普通データ」を入れておくんだけど、データだけじゃなくて「処理」も入れておけると便利だ。

データ」も「処理」も保管できるように拡張した構造体に、「オブジェクト」という名前を付けた。

オブジェクトとは、言い方を変えれば、「データ」に「処理」をくっ付けたものなんだ。

 

このWebページ最初の方に「図: オブジェクトフィールド(データ)とメソッドを一つにまとめたもの」という説明図があるだろ?

この図で、オブジェクトの中に、いくつか箱があるけど、

なんだ。

オブジェクトそれ自体特別ものじゃなくて、ただの箱でしかない。データ構造一種であることが分かっただろうか?

今の段階では、難しく考えなくていい。

ややこしくなるのはこの後だ。オブジェクトを使うときに「なんでそんな使い方するの?」という段階になってからだ。(気を緩めないように、ちょっと脅しておこうw)

 

クロージャ

が「オブジェクト」なら、その反対に、

もあるんじゃないか?と思ったそこのキミ。正解!

「処理」に「データ」をくっ付けた仕組みもあって、「クロージャー」と呼ばれてる。

 

クロージャ(closure)、関数閉包はプログラミング言語における関数オブジェクト一種

いくつかの言語ではラムダ式無名関数で実現している。

引数以外の変数を実行時の環境ではなく、自身定義された環境(静的スコープ)において解決することを特徴とする。

関数とそれを評価する環境ペアであるともいえる。

オブジェクトインスタンス変数とは、オブジェクトインスタンスではなく関数の呼び出しに束縛されているという点で異なる。

この説明文読んで、クロージャーの仕組みがスパッと理解できる初心者っていねーだろ?(いたらビビるw)

Wikipedia説明は「何言ってるか分かんない」状態だけど、サンプルを動作させてみれば、仕組みは簡単に分かります

 

第1級オブジェクト

ここまでの説明で、「プログラミング言語は、機能自由拡張できる」と分かっただろう。

から、「データ」と「処理」の扱い方を工夫する歴史の中で、「オブジェクト」という仕組みを閃いちゃった奴がいたんだねw

 

オブジェクトの特徴をもう一度振り返ってみよう。

普段は「データ」をぶち込んでおく箱の集合体に、処理も入れられるように改造しちゃったのが「オブジェクト」だったね?

…ってことは、処理とデータ水と油みたいに別々のものじゃなくて、実は処理もデータと同じように扱えるものだってことになるよね?

そうなんです!

実は「データ」と「処理」は全然別なものじゃなくて、同じようなものとして(扱おうと思えば)扱えるんです!

それで、このデータとして扱えるような「処理」に名前を付けてあげて、「第1級関数」とか「第1級オブジェクト」と呼んでます

(「第1級データ」という呼び名が使われてないのは、データデータとして扱えるのは当然なので、わざわざ第1級データという呼び名を付ける必要がないから)

 

第一オブジェクトファーストクラスオブジェクト、first-class object)は、あるプログラミング言語において、たとえば生成、代入、演算、(引数戻り値としての)受け渡しといったその言語における基本的操作制限なしに使用できる対象のことである

ここで「オブジェクト」とは広く対象物・客体を意味し、必ずしもオブジェクト指向プログラミングにおけるオブジェクト意味しない。第一オブジェクトは「第一データ型に属す」という。

言語によって異なるが、第一オブジェクトは概ね次のような性質もつ

上記説明文の中で「制限なしに使用できる」って部分が重要

 

第一関数(first-class function、ファーストクラスファンクション)とは、関数第一オブジェクトとして扱うことのできるプログラミング言語性質、またはそのような関数のことである

その場合その関数は、型のある言語では function typeなどと呼ばれる型を持ち、またその値は関数オブジェクトなどになる。

具体的にはプログラムの実行時に生成され、データ構造に含めることができ、他の関数引数として渡したり、戻り値として返したりすることのできる関数をいう。

上記説明文の中で「データ構造に含めることができ、」って部分が重要

 

フリーパスでどこでも入れちゃうVIPみたいだからファーストクラス(第1級)と称されてるんだね?

ドラえもんの「オールマイティーパス」を持ってる奴みたいなのが、「第一オブジェクト」「第一関数」ってわけ。

ドラえもんオールマイティーパスは、どこでも入れる通行証です。

これを係員に見せるだけで、どんな交通機関でも無賃乗車できて、どんな有料施設でも無料入場できます

通常なら入ることの許されない立ち入り禁止区域でさえ入れます

 

 

オブジェクトまとめ

 

混乱するようなら、上記説明で、クロージャー以降の話はとりあえず無視してください。

 

参考

オブジェクト説明をどうしようか?と考えるとき、参考にしたページも紹介しておきます

 

 

次回、オブジェクトの使い方=オブジェクト指向プログラミングについて学びましょう。

 


anond:20181015215004経験からプログラマーなんだが全然からない

anond:20181016015826 増田プログラマー養成講座 その1 パソコンの用意

anond:20181016164341 増田プログラマー養成講座 その2 プログラムデータ+処理、プログラム言語の種類

anond:20181016180059 増田プログラマー養成講座 その3 構造プログラミングの基本(順次、反復、分岐

anond:20181016193144 増田プログラマー養成講座 その4 子ども向け教材「Scratch」で構造プログラミング練習

anond:20181017161003 増田プログラマー養成講座 その5 オブジェクトとは何か?

anond:20181017191404 増田プログラマー養成講座 その6 OOPの種類、PHPの準備

anond:20181019181549 増田プログラマー養成講座 その7 OOPの仕組み(前半)

anond:20181020230044 増田プログラマー養成講座 その8 OOPの仕組み(後半)

2018-10-16

増田プログラマー養成講座 その2 プログラムデータ+処理

プログラムとは何か?

プログラムは、コンピューター電子計算機)に与える指示書のこと。

人間プログラムコード)を書いてコンピューターに与えると、コンピュータープログラムに書かれている命令を実行する。

 

コンピューター電気仕掛けの召し使いだ。いくらコキ使っても誰にも文句を言われない。パソコンを10台持っていれば部下が10人いるようなもの。こいつらに仕事やらせれば人間様は遊んで暮らせる。どうだ?命令してみたくなっただろう?

しかし、こいつらはアホだ。正確に命令を出さないと、ほんの少しでも間違っていれば、間違ったなりの動作しかしない。融通が利かない頑固者だ。命令するときバグ(間違い)がないように注意しよう。(命令するのも一苦労なんだよな~w)

 

プログラム構成要素

プログラムは、

  1. データ
  2. 「処理」

の2つから成り立っている。それ以外の要素はない。基本はたったの2つだけなら、シンプルで分かりやすいだろ?

 

問題は、この「処理」をどうやって書くか?なんだ。

「処理」の書き方を巡って、人類試行錯誤を繰り返し、いろんな書き方を編み出して来た。

現代の主な書き方(プログラミングパラダイム)には、主に2つの流派がある。

 

命令型と宣言

  1. 命令プログラミング - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%BD%E4%BB%A4%E5%9E%8B%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%B0
  2. 宣言プログラミング - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%A3%E8%A8%80%E5%9E%8B%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%B0

 

さらに細分化すると4つある。

  1. 手続型:C、Javaなど
  2. 関数型:LispHaskellなど
  3. 問合型:SQL
  4. 論理型:Prolog

 

手続型は命令型に属する。関数型、問合型、論理型は宣言型に属する。)

これら4つは見た目がちょっと違うけど、「チューリング完全」と言って、計算できることは同じと保証されている。(同じ計算能力がある)

頭の悪いプログラマーはそれぞれの優劣を論じて宗教戦争をやってるけど、賢いプログラマー必要に応じて全部使えるようにしているので、どれを使っても問題ない。

まずは、直観的に分かりやすい「手続型」で練習してみよう。その後、問合型(データベースの操作)、関数型(参照透過性の活用)を練習してみよう。


(ここまでの話は、歴史用語、全体を俯瞰した地図の話だから、今の段階で理解できなくてもOK

 

手続プログラミング言語学習項目

次の2ステップに分けられる。

  1. 構造プログラミング - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A7%8B%E9%80%A0%E5%8C%96%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%B0
  2. オブジェクト指向プログラミング - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%96%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88%E6%8C%87%E5%90%91%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%B0

 

この2点を理解したら、Javaコードを書ける。

次回、この2つを見てみよう。

 


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anond:20181016164341 増田プログラマー養成講座 その2 プログラムデータ+処理、プログラム言語の種類

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anond:20181016193144 増田プログラマー養成講座 その4 子ども向け教材「Scratch」で構造プログラミング練習

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anond:20181017191404 増田プログラマー養成講座 その6 OOPの種類、PHPの準備

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anond:20181020230044 増田プログラマー養成講座 その8 OOPの仕組み(後半)

anond:20181016124015

プログラマーが怖気づくのは、自分にできないことをやれ!と言われた時。

出来るかどうかなんて最初からわかってたら簡単だしやる意味すらない

試行錯誤しながら作り上げて最終的になんとかするのが仕事

2018-10-14

絵が描けないか小説を書く

二次創作をする文章書きの常套句だ。

かく言う私もそのうちの一人である

最初は絵を描いていた。

自分の頭の中にある妄想を、どうにか表現出来ないか試行錯誤した。

でも描き続けることは出来なかった。姉のほうが、私よりも絵が上手くてセンスもあったからかもしれない。そもそも絵を描くことが好きじゃなかったかもしれない。

とにかく絵は諦めた。今も全く描いてない。

次に手を出したのは小説だ。

最初に書いたものは、とても小説とは言えないものだった。

地の文に何を書けばいいかからなくて、誰と誰が話しているか曖昧な会話ばかりが増えていく。

語彙が乏しいから同じ表現しか出てこない。

登場人物がどこにいるのか判然としない。

オチワンパターンで終わった気がしない。

欠点を探し出すとキリがないくらいだ。

小説を書くのは難しいと思い知った。

今でも小説を書けているのか全く自信がない。

思い通りのものが書けなくて、書こうと思っても何も浮かばなくて、書きたいもの自由に書けない自分が腹立たしい。苦しい。辛い。悔しい。

反対に、作品を書き上げるのはとても楽しい自分妄想表現するのが心地よい。いつもオチに困るのは、自分の中に広がる世界に終わりがないからだ。

そんなことすら思ってしまう。二次創作オタクの分際で。

書くのは楽しいし、書けないのは辛い。出来るならずっと書いていたいし、いつか書けなくなる日がくるのが怖い。

このサイクルをもう十年も繰り返している。

絵は諦めた。上手く描けなかったから。

小説はまだ書いている。上手く書けないのに十年も。

ここまでくると、本当は小説を書くほうが好きだったのかもしれないとすら思う。きっかけが、絵が描けないからというつまらないものだっただけで。

単に二次創作をしたいだけなら、他にたくさん方法がある。

でも小説を書いている。諦めて次にいくこともせずに。

今も書けなくて、でも書きたくて、エディタを閉じたり開いたりしている。

結局書けないのでここにきた。自分の心象なら書けるかもしれないと思ったのだ。

しかし書けない。ようやく捻り出したのはこれだけだ。

もっと書けるようになりたい。というか、何故書けないのかが知りたい。

2018-10-12

男性機能の低下が甚だしいという話

高校時代童貞だけ投げ捨てて早幾年

ちんちんは元気なのだろうかとソープランドに行ってみたんだけれども

腰の振り方がわからなくて俺もう人間として駄目なんだなって感じました

必死いか効率的ちんちんに刺激を与えるか色々試行錯誤してるのを何も言わずに付き合ってくれた子に静かに感謝をしようと今思った。

名前も覚えてないけど。

ごくごく個人的な、キズナアイが巻き込まれ騒動のまとめ

キズナアイの件、だんだん疲れてきたので自分見解をまとめることにする。

文章化しておかないと区切りがつかなくて永遠に頭の中グルグルしそうなので。


論点は二つあった。

  1. キズナアイの格好はNHKに出せないくら性的かどうか
  2. ジェンダーロールの再生産になっていないか



1. キズナアイの格好はNHKに出せないくら性的かどうか

1. は個人的には問題ない。というか、フェミニストから批判してはいけない部分だと思ってる。




2. ジェンダーロールの再生産になっていないか

2. が今回の主戦場

年代階級普段二次元表現VR界隈に触れているかによって感覚が違っているようだとは感じた。

批判側の意見としては、男性講師役・女性が生徒役という枠組みが旧来のジェンダーロールを再現しており、女性を萎縮させるとのこと。

世の中が完全に男女平等になっていれば、たった一つの例に目くじら立てないが現実はそうなっていないという意見を見た。


なんとなく納得できそうなところと、でもなーというところとあり、未だに整理できていない。

このくらいのことで、本当に女性は萎縮してしまうのか?と思ってしまうが、それは自分があまり抑圧を受けずに育ってきたからかもしれないし。

公的性格が強い媒体ではポリコレに則って多様性配慮した表現をするべきだ、という理屈はある程度納得できなくはないんだけど、

などなど疑問点や不安な点がいっぱいある。

そもそもそういう表現公的場所から狩ろうとすることは、長い目で見るとポリコレに反する表現絶滅させることに繋がるんじゃないか?という懸念が拭えないわけで。

ポリコレに反するから隠す。存在自体が許せないのではない、悪ではないが場所をわきまえてやれ」

これが、容易に

「隠されるものは悪いもの。悪いものは細々と裏で楽しむべき→悪いものはなくなるべき」

に変わっていくんではないか?大多数の人は「存在自体が悪い訳ではない」と思ってくれるのか?

多様性配慮した表現も大好きだけど、多様性クソ食らえ!な表現も大好きなんだよ。

男性向けも女性向けも、エロも非エロも。

でも、社会の大多数に認められにくいのって後者じゃん?

ポリコレ絶対を突き詰めていく先に、多様性クソ食らえ表現が狩られる未来しか見えないんだよな。

そこまで社会の理性を信じることができない。だから怖い。

本当は楽観的でありたいんだけれども。


規制しろとは言ってない、ゾーニングだ、という人がいる。

でも、ゾーニング規制だし、ゾーニングのやり方によっては容易に表現の場が失われてしまうこともある。

からゾーニングって簡単にすることができない。


個人的理想としては、ある表現をなくして目立たなくするのではなく、自分がいいと思う表現をどんどん作ったり推したりしてそれらの存在感を上げていく方向が建設的でいいと思う。

子どもができたら「これは良くないから見るな!」って言うより、「こっちにはこういうのもあるよ」って接したい。

その上で、親が眉を顰めるようなものに触れてしまうのも当然だしそれは成長の一部だと思う。

親が全部管理なんてできやしねぇしするべきでもないし。

全部ひっくるめて子ども当人人生で、自分自分がよいと思うものを選び取れるようになってほしい。

結局は私も根拠のないお気持ちでこう主張するわけですがね。


そして今回、一番衝撃だったこと。アカデミックフェミニズム側がジェンダーロールの再生産を非常に問題視しているという点。今更なんですが。

今回、1.の論点重要視してるかどうかでフェミニズム側は分かれていたように思う。前述したようにこれをフェミニスト自称する人が問題視するのはどうかと思うので、ここでだいぶフェミニスト側を分類できた。しかし、性的だとはしない/もしくは問題視しない人々でも共通していたのは、あれが旧来のジェンダーロールの再生産であり若い女性を萎縮させる、ということだった。個人的に、アカデミックフェミニストの中で信頼がおけると思っていた人も、ここは強く問題視しているようでかなり衝撃を受けた。

かつて自分が被ってきた女性差別を生々しく思い出して重ねてしまう傾向が一定年代以上の人や女性差別が酷かった業界の人には多いということなのかもしれないが、それ以上にフェミニズムの中で長らく重要視された観点っぽい。そこまで確固たる共通見解となっていたというのが驚きというか。それを各種表現にここまで簡単に当てはめることに躊躇がないんだな、と。

個人的にはうなずける部分もあるが、女性差別のみを特に重要視して男性に対するジェンダー的な抑圧を無視する傾向がある気がするし、私が育ってきた中では幸運にもひどい女性差別を受けては来なかったこと、そして自分ジェンダーロールの再生産になりそうな作品もそうでない作品も両方楽しんで育ってきたことなどから、そこまで切迫感を持つことができない。私とそういう人たちとの間に断絶がある。

女性差別って私が想像する以上に酷いものがまだまだあると思うし解消に向けて動くべきだし動きたいんだけど、私は上記理由からこの方向の活動にはどうしても同意できないな…。この方向で頑張ることによって、そういう酷い女性差別改善していくとは思えない。


おまけ1 VR界隈について

ちなみにVtuberVR界隈に対しては、既存ジェンダー観でははかれない技術革新がもたらした今までとは違うジェンダー観が存在すると思っている。キズナアイも見た目は女性だがAIという設定で性別はない。ガワと中の人性別が違うなんてざらにあるし、自分が望めばなりたい性別セクシュアリティになれる・それを当たり前のように受け入れてもらえるという土壌がすごくいいと思っている。

まりVtuber界隈詳しくなくて今回初めていろいろ調べてみた程度なのであまり語れないんだけど。バ美肉とかは、すごい革新的すぎて興味持っている。みんなもっとチャレンジしてジェンダーの壁を軽率に越えるべき。

参考:おじさんを美少女化したテクノロジー 先端心理学が語る「VR世界

https://withnews.jp/article/f0180401000qq000000000000000W00g10701qq000017020A



おまけ2 社会学等の研究成果評価システムについて

1~2の派生で、千田氏の炎上から社会学などの研究成果評価システムにまで話が発展したのは大変興味深かった。

というあたりか。それぞれの分野に合ったシステムがあって、外野から簡単に口出せるものではないと思うが、若手の方々がより良い方向を目指して試行錯誤されているらしい、ということは分かった感じ。

参考:社会学では査読論文より著書を重視する文化でそれで学術クオリティが保たれるシステムもあるらしい?という話。

https://togetter.com/li/1274988

2018-10-10

昔のインターネットは良かった

ただただ楽しかった。ワクワクした。家に帰ってネットをするのが待ち遠しくて仕方なかった。

でも今のネットにはそれがないと自分はもう何年も感じていた。そしてなんとか昔の面白さを取り戻せないかとそれなりに試行錯誤してきた。でもダメだった。

インターネットは人でできている。面白くない人だけが・・・コピペにあるように結局のところ面白い人のコンビネーションがなければダメなのだ

そしてかつてインターネットにいた面白い人たちはもうほとんどいない。かつてのインターネットにくるような面白い人はもうインターネットに来ない。

では、そういう人たちは何処にいるのか。何処に行ったのか。よくよく考えていたら、その場所にたどり着くことができた。本当にすごく楽しい

そこが何処なのか何なのかは、今のネットのようにつまらなくしたくないので、まあ時間問題かもしれないけど、せめて抵抗はしたいので、はっきりとは書かないけど、キーワードは、「ソコトラ島」「牛乳瓶」「焼きそば小」

かつてのインターネットを楽しんでいた人は、よくよく考察してもらえればこのキーワードからたどり着くことができるはず。

絵の練習してるけどなかなか上手くならないです

私小さい頃からお絵描きが大好きで、それはもう幼稚園の頃から好きで、小学生の頃も中学生の頃も高校生の頃も、家でも授業中もお絵描きしていたわけですよ。

下手な漫画自由帳に何十冊も描いて妹に見せていたわけです。

それはとんでもない数になり黒歴史として私に襲いかかったので処分しました。大量の自由帳を古紙回収に出すため紐で縛っていた時、ずいぶん暇だったんだなと思いました。

でも絵の練習をしたのは大学になってからです。

それまで私は上手くなろうと思って絵を描いていなかったんです。ただ、楽しいから、好きだから自分の好きなことだけを描いていたんです。だから下手だった。すごくたくさん描いていたけど下手だった。

そんでようやく絵が上手くなりたいって思って練習し始めました。

周りに同人誌を出している子がいて、私もやって見たいと思ったのもあります

あとTwitter自分イラスト漫画投稿したいと思いました。

ルーミスの優しい人物画を買いました。それを模写したり漫画を模写したりしました。pixivの講座を見て模写しました。DAISOで買った練習ノートは2年半で15冊くらい描きました。多くはないけど全然やってないほどじゃないかなと思います。分からないけど。

左向きを封じたり、手癖で描くことを封じたり、興味ない筋肉質のおっさんの裸や興味ないグラマー女の裸も描きました。

さすがにここまでやれば一応上達はしました。

まあまあ上手くなったやんって思いました。

なのでこれから練習あるのみです。挫けることはないです。好きなので。

でもTwitterpixivで見る絵はみんなとてもうまいです。正直、このレベルになれるイメージができない。でもなりたいです。

何度も「絵 練習法」「絵 上手くなる方法」を検索したので大体の方法は知ってます。考えて、模写。

でもなかなか上手くならない。Twitterで回ってくる絵みたいに上手くならない。友達の絵みたいに上手くならない。

シワも、骨格も不自然。棒立ちはかけてもちょっとでも動作がついたら座ったりすると不自然。あと背景もかけない。背景も描けるようになりたい。

練習あるのみです。実際、昔よりは上手くなってる。1年前の絵を見たらヤバって思うくらいには成長してる。

でも本当にあんレベルまでなるのかな?本当に上手くなれるのかな?成長はしてるけど、あんレベルまでなれる気がしない。

あいう人たちはわたしよりもっともっともっと練習してて、小さい頃からどうすれば上手くなるのか考えて、試行錯誤してやってきてるんだと思います

わたしが今こんなレベルで、いつ追いつけるんだろう。。。

正しい方法練習すれば上手くなる、わかってはいるけど不安です。だからって描くことは絶対やめないけど、いつになったら上手くなるんだろう。もう成人してるのに………。


ぐたぐた書きましたけど、上手くなるか不安だったけど上手くなった!って人いるのかな。

上達してはいるのかもしれないけど、本当にあのレベルまで…っていうのが最近不安。超スローペースの上達だし、手癖で描いた途端、昔とそう変わらない絵になります不安だけどお絵描きは好きなので。もっともっとお絵描きが好きになりたいから、もっと上手くなりたいです。

バカマツタケの"完全人工栽培"は偉業なのか

先日、加古川肥料メーカー多木化学バカマツタケ(Tricholoma bakamatsutake)の完全人工栽培成功を発表した。それを森林ジャーナリスト田中淳夫氏がyahoo!ニュースで取り上げた記事は、多数のブクマを集め話題さらった。

http://archive.is/fdyLb 

ただ記事の内容には不正確な情報や、やや解説が不十分と感じる点があったので補足したいと思う。なお増田は単なるきのこ愛好家に過ぎず本稿は信憑性に乏しいが、ブクマカのきのこへの興味と深い理解一助となれば幸いだ。

冗長になってしまったので、概要だけ知りたい方や長文が苦手な方は、先に下部の【まとめ】を読まれることを推奨する。

以下該当記事の一部を引用するかたちで解説

バカマツタケマツタケの近縁種。名前名前だけに、マツタケより劣るように思いがちだが、実は姿もよく似ているうえに味と香りこちらの方が美味しくて強いと言われるキノコである

マツタケよりも香りが強いというのは一般に言われるが、マツタケよりも美味しいという話は聞いたことがない。野生下ではマツタケよりも相当に貧弱で、発生時期が早く暖かいこと、一般湿度の高い広葉樹林に生えることからマツタケよりも柔く品質劣化がはやい(一般的にきのこ寒冷地・痩せ地に生えるほど日持ちが良く高品質ものを得やすい)ことが関係すると思われる。近縁で姿がよく似ているというのは本当で、素人目には見分けがつかない。増田にも発生場所情報なしに個体だけで同定できる自信はない。

別名がサマツ早松であるように、マツタケより早く8~9月に発生することから名に「バカ」がついてしまった。

バカマツタケサマツと呼ぶ地域は確かにあるらしい。しかし必ずしもサマツバカマツタケではない。きのこ地方名は極めて多様で曖昧世界だ。その証拠に「サマツ」といっても梅雨時期に少量発生するマツタケを指すこともあれば、モミタケオオモミタケ等を指す地域もあるようだ。

マツタケの人工栽培がなかなか成功しない中、バカマツタケの方が環境適応やすいか栽培もしやすいのではないかと注目する研究者はいた。実は昨年には奈良県森林技術センターが、人工培養の菌を自然にある樹木に植え付けて発生させることに成功している。

『人工培養の菌を自然にある樹木に植え付けて』という表現は正確ではない。菌に感染した苗木を人工的に作り出し植樹することで自然下で発生させた、とするのが正しい。既に自然化で定着している樹木に植菌を施すのと、無菌状態の苗木に植菌するのとでは似て非なる技術だ。(ところで同様の研究マツタケでも行われており、無菌培養の松苗木の感染には成功しているものの、植樹後のマツタケ発生については再現性に乏しい。理由としては自然環境化においてマツタケ菌が他の害菌に負けてしまうこと、マツタケの発生にはまとまった菌糸量とそれを支える大きさの松が必要なことが挙げられる。例えば自然下でマツタケが生えるためには一般20年生程度の松が必要とされる。)補足になるが、奈良県森林技術センターバカマツタケ栽培研究農水省委託事業で、2015年より森林総合研究所(国立)との協働で進めている。要するに国策が3年の歳月を経て文字通り実を結んだかたちだ。今年の2月頃に、はてブでも話題にのぼった。しかし本件とは全く関係のない別個の案件であり、おそらく情報の共有などもされていなかっただろう。奈良県森林技術センターが松の苗木を利用するのに対し、多木化学は菌床を用いた完全人工栽培に取り組んだ。研究テーマアプローチも全く異なり、時期も多木化学のほうが先行している。

これがバカマツタケ栽培の第1号で、今年も継続発生させて実用化に一歩近づけた。ところが多木化学は(中略)木クズなどによる人工培地(菌床)で培養から生育までを室内環境で完結させたのだ。これは画期的なことで、キノコ栽培常識を覆す大発明かもしれない。

菌根菌(樹木との共生関係を結ぶ集団)とされるバカマツタケで『人工培地(菌床)で培養から生育までを室内環境で完結』、つまり”完全人工栽培"に成功したというのは実に画期的なことである。この成果は偉業と言っても差し支えないものであると思う。三重大学の菌学者白水先生も、

とその成果を讃えている。

しかし本文にある『キノコ栽培常識を覆す大発明』というのは誇張にあたる可能性が極めて高い。なぜなら「菌根菌の完全人工栽培成功」という点においては既に先行研究があり、実はとうに商品化もされているのだから。例えばホンシメジの人工栽培がこれにあたる。

とくにマツタケ類は、植物との共生必須と考えられてきた。これまでマツタケ菌糸の培養成功した例はいくつかある(私もその度取材に行って、いよいよマツタケ栽培成功か、と期待していたのだが……)が、子実体(傘のある姿のキノコ)を出すことに成功していなかった。だが多木化学は、とうとう菌糸から実体を出させるシグナルを見つけたのである。この研究成果は、これまでの定説を破るものであり、学術上も大きな成果だろう。

繰り返しになるが、多木化学の成果が学術上も大きな意味を持つ可能性は高い。しかし、その成果がどのレベルかという点については当該記事では説明不十分なので、詳しく補足する必要がある。一般きのこ栽培はざっくり以下の工程をたどる。

a. 優良品種の選定・組織分離

b. 菌糸の培養

c. 原基形成

d. 原基の成長肥大

e. 子実体きのこ)の発生

ごく簡単に一連の流れを説明する。はじめに野生のきのこをたくさん採ってきて、それらの中から有望そうな株の組織(胞子ではない)を切り取って培養する。具体的には寒天培地というデンプンなどの栄養素を添加し固めたものを使う。きのこ組織を切り取り培地に置くだけで(コンタミを防ぐ必要はあるものの)、比較的容易にクローンである「菌糸体」を得ることができる。無事目的の菌糸体が得られたら、それらを培養して増やす必要がある。従来は木くずの他に、米ぬか、フスマなどを添加し水を加え固めたもの(=菌床)を用いる。菌糸体は、適切な温度、水分、光などある条件が重なると原基(きのこの基)を形成する。原基は一般に、低温、水分供給、切断などの刺激により成長をはじめ、十分な菌糸体の量と栄養供給を伴って肥大し、きのこの発生に至る。

ここで問題になるのは、b. 菌糸の培養、c. 原基形成、d. 原基の成長肥大という三つの工程それぞれに、全く違ったメカニズム存在することであるマツタケを例にとると、これまで少なくとも半世紀以上もの研究蓄積(野外での観察研究の記録を遡ると実に70年以上)がある中で、c,dについては再現性に乏しく、bについてもまともな成果はあがっていない。マツタケ栽培の難しさにして最大の課題は実はここ《b. 菌糸の培養》にある。とにかく菌糸の成長が遅い上に、どのようなメカニズムで菌糸が栄養素を取り入れ増殖するのかということがほとんど未解明なままなのである

理由は当該記事にあるとおり、マツタケ樹木共生関係を結ぶ「菌根菌」であることが大きい。マツタケ菌糸の生育には生きている樹木必要で、実験室での再現ほとんど不可能といっていい。それではなぜバカマツタケは完全人工栽培可能だったのか。

マツタケなどの樹木共生する菌根菌に対し、シイタケナメコなど、倒木や落ち葉などを分解し、栄養源とする菌類は「腐生菌」と呼ばれる。腐生菌の多くは菌床による栽培可能で、多くが一般に出回っているのは既知のとおりである。実は菌根菌は、腐生菌が進化過程樹木共生する力を獲得し、腐生的な能力を失った集団だと考えられている。ところが菌根菌の中には、完全に腐生的な能力を失っておらず、腐生と共生、いわば両刀使いが存在するのである。その代表ホンシメジであるホンシメジは「香り松茸、味しめじ」と言われるように、我が国における代表的な食用である。菌根菌とされるホンシメジ栽培は、マツタケ同様に長らく不可能と考えられてきた。しか系統により極めて強力な腐生的な能力を備えるもの発見された(研究により、これまで同種と考えられてきた本種が実は様々な系統もしくは別種に分けられることがわかってきた)。1999年タカラバイオなどにより菌床による完全人工栽培法が確立され、その後商品化もされており、少量ながら現在一般流通している。

多木化学バカマツタケ栽培は菌床を用いた完全栽培なので、上記ホンシメジ栽培成功と同様である。つまり、本件はバカマツタケの中から腐生的な能力を持つ系統を選定し、培養から実体を発生させるまで成功したということだ。リリースにあるとおり、今後は栽培の安定化と供給体制の構築が図られ、数年後にバカマツタケ食卓に並ぶことの実現性は極めて高い。それではマツタケ栽培への応用についてはどうか。

勘の良い方には察しがつくと思うが、前述のc〜eの工程については応用が効く可能性が高い。他のきのこ栽培でも成功しているように、十分な菌糸体と栄養を確保することさえできれば、原基形成〜子実体に至るまで管理可能なことを初めてマツタケ類においても示したことは大きい。ただし、最大の課題である《b. 菌糸の培養》については、ほとんど応用が効かない可能性が高い。なぜならマツタケにおいては既に膨大な先行研究があり、当然ホンシメジバカマツタケ同様に”両刀使い”が存在する可能性も、その系統選びも、菌糸培養を促進する成分や菌糸の栄養源についても、少なくともバカマツタケよりは遥かに詳しく調べられているかである。それをもってしてもまともな菌糸培養に至っていないのが現状なのだ

つまるところ、多木化学による本研究の主な成果は以下の二点にまとめられる。

繰り返すがこれらが偉大な成果であことに疑いの余地はない。一方でマツタケや他の菌根菌の人工栽培を実現するには、それぞれの種類において腐生菌的能力もつ系統の発掘と培養法の確立必須となる。その意味において本研究の応用範囲限定的となる。田中淳夫氏は今回の研究結果により、さも菌根菌の栄養吸収のメカニズムが明らかにされ、あらゆる菌根菌の人工栽培可能になるかのような書き方をしているが(あるいは本当にそう思っているのかもしれない)、残念ながらそうではないことはここまで読んでくださった聡明ブクマカ殿にはご理解いただけたかと思う。

菌床栽培なら、植物共生させないので培養期間が短く、室内の環境を調整することで季節を問わず生産できる。また室内栽培から虫の被害にあわず収穫時も混入の心配がない、収穫も簡単……などのメリットがある。

逆にデメリットを挙げるとすれば、野生のものとは全く異なる味わいと食感になることである。つまるところ、野生の品と菌床栽培のものとでは全く別物と考えるべきである養殖ブリと天然ブリの味わいが全く異なるように(それでも近年の養殖技術進化は素晴らしく、季節によっては天然物を凌駕するものさえある)、それぞれの美味しさと楽しみ方があると増田は考える。今回の成果によりバカマツタケ普通に食べられるようになったら嬉しいし、美味しければ普及すると思う。ただし、仮にマツタケの完全人工栽培確立されたところで、天然松茸価値のものは今後も揺るぎのないものである消費者がどう捉えるかはさておき)。

菌根菌のキノコの中には、マツタケ類だけでなく、トリュフポルチーニホンシメジタマゴタケなど高級キノコが多い。今回の成功が、これらの人工栽培技術もつながるかもしれない。

トリュフポルチーニは、日本におけるマツタケ同様にヨーロッパで盛んに研究がなされているが、今のところ菌床での栽培成功したという話は聞かない。ホンシメジは前述のとおり既に栽培法が確立されており既に商品化もされている。

これらの菌根菌の人工栽培可能にするには、ひとえに”両刀使い”の系統発見と、それらの培養方法確立である。ちなみに本家マツタケにも、実は”両刀使い”の存在示唆されており、引き続き研究が進められている。また、マツタケ類は世界中に似たような種が多数存在しており、マツタケ(Tricholoma matsutake)の中にも、例えば中国の山奥には広葉樹共生する系統があり、更にはそれらが日本ナラやカシと共生関係を結ぶことがわかっていたりもする。種の中にも多様性があり、それらをしらみつぶしに調べていけば、そのうち栽培可能ものに出くわさないとも限らない。その点はトリュフだろうがポルチーニだろうが同様である。ただし、その研究がどれほど途方もなく根気のいる仕事なのは間違いない(ちなみにトリュフポルチーニ国産種が知られており、積極的に狙うマニアが相当数いる)。ところで、遺伝子組み換え技術により、これらの菌根菌に腐生菌的能力を付加することも可能とする研究者もおり、そのうち遺伝子組み換えマツタケの完全人工栽培実験レベル成功する日も来るかもしれない。

まとめ

参考文献

https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakaatsuo/20181006-00099530/

http://fs.magicalir.net/tdnet/2018/4025/20181003413938.pdf

http://www.kinokkusu.co.jp/etc/09zatugaku/mame/mame04-3.html

https://www.ffpri.affrc.go.jp/pubs/bulletin/424/documents/424-1.pdf

http://www.jsmrs.jp/journal/No31_2/No31_2_167.pdf

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjom/50/2/50_jjom.H20-07/_pdf/-char/ja

トラバブコメに反応

見た目 味も 香りも 同等以上なら 偉業

あくまで野生産同士の比較なら、やや下位互換という感じではないでしょうかね。栽培バカマツタケは食べてないのでわかりませんが、うまくすればそこそこ美味しいものができる可能性はあるかなと。ただ、マツタケって単体で食ってそんなにうまいものじゃないと思うので、一般家庭での調理には手を焼く気がします。炊き込みご飯するにも炊飯器臭くなるしね。料亭とかでマツタケ代用品として普及する可能性はあるかもしれない。<

2018-10-03

仕事で詰まる

試行錯誤して解決はするんだけど

5000円の仕事に7時間以上かかってるし、しかもまだ終わってない

うーん・・・

技術不足ととるか手間がかかるととるか

前者ならスキルアップのためと思って飲み込む?

後者なら手間代再請求

うーんうーん

2018-09-29

anond:20180929165823

私が囲碁を学んだ過程を基に、どのようにして最低限囲碁を成り立たせれるレベルにまで向かうのかを書いてみたい。

囲碁ルールと実際の対局での手筋の間に、深くて暗い谷があるのではないかと思う。

ルールをどれだけ読んだとしても、対局時にどのような手を打つべきかを、ルール論理的に教えてくれない。

なのでルールを知っているのは前提だけれども、わからないなりに対局をこなすしかないような気がする。

うちではじいちゃんに教えてもらったのだけれど(正確にはじいちゃんが撮りためたNHK囲碁番組ビデオルールを学んだ)

じいちゃんルールや定石などについては何も教えず、ただただ「対局しよう」とだけ言って、私はわけわからんなりに囲碁を打っていた。

たまに「それはいい手やな」と言ってくれるのが嬉しかったのはよく覚えている。

囲碁では置いた石でより多くの陣地を囲むことが必要だが、交互に同じ数の手を打っていく以上

より広い陣地をより手を抜いて確保することが必要になる。

ルールとしては単純な話ではあるが(常人では)ルールの延長からどのような手をうつべきか知ることはとても難しく、

試行錯誤の末にあの手はよかった、あれはまずかったと身をもって知ることがまず最初の一歩ではないかと思う。

例えば走り幅跳びの飛距離を伸ばしたいとしても、物理法則から足の動かし方を考えることはしないだろう。それと同じ話。

陣地をより少ない手で確保するため手を抜くことも大切なのだが、囲碁は対戦競技であり相手攻撃することができる。

相手の石を全て囲うことで、石を取ることができる)

数が多ければいい、というわけではないが、基本的には数の多さは強さに繋がる。(石の厚み、というのはこの強さに関係している)

うまく手を抜くことで、石は広い範囲を覆うことができるが、手を抜いた石は弱い。

下手をすると、手を抜いた石は相手攻撃に耐えきれず、すべて相手に奪われてしまう。

囲碁をより広い家を建てたもの勝利するゲームと考えると、プレイヤーが序盤で外壁の塗装に手数をかけることは良い戦略ではなく、

まずは空き地に家の基礎となる柱を立てて家の骨格を築いていくべきだろう。囲碁は碁盤という限られたスペースで戦う。

あなたが1軒の家の外壁を固めている間に、相手が3軒分の基礎を固めてしまっているならば、もうそこで勝負はもう決まっているだろう。

どこまで手を抜けるか?というさじ加減が重要で結局は実践の中でしか身につかないのかと思う。

その強さが話題になったAIが強いのも、結局膨大なトライエラーを経ているから。

これらの勘所をまとめたものが「定石」と呼ばれる。どのように打つことが効率的であるかは、すでにある程度定型化されている。

囲碁のとっかかりがつかめない人に向けて書いたつもりではあるが、何か分からないようなそんな記事になった。

また質問があれば答えたい。

anond:20180929165823

私が囲碁を学んだ過程を基に、どのようにして最低限囲碁を成り立たせれるレベルにまで向かうのかを書いてみたい。

囲碁ルールと実際の対局での手筋の間に、深くて暗い谷があるのではないかと思う。

ルールをどれだけ読んだとしても、対局時にどのような手を打つべきかを、ルール論理的に教えてくれない。

なのでルールを知っているのは前提だけれども、わからないなりに対局をこなすしかないような気がする。

うちではじいちゃんに教えてもらったのだけれど(正確にはじいちゃんが撮りためたNHK囲碁番組ビデオルールを学んだ)

じいちゃんルールや定石などについては何も教えず、ただただ「対局しよう」とだけ言って、私はわけわからんなりに囲碁を打っていた。

たまに「それはいい手やな」と言ってくれるのが嬉しかったのはよく覚えている。

囲碁では置いた石でより多くの陣地を囲むことが必要だが、交互に同じ数の手を打っていく以上

より広い陣地をより手を抜いて確保することが必要になる。

ルールとしては単純な話ではあるが(常人では)ルールの延長からどのような手をうつべきか知ることはとても難しく、

試行錯誤の末にあの手はよかった、あれはまずかったと身をもって知ることがまず最初の一歩ではないかと思う。

例えば走り幅跳びの飛距離を伸ばしたいとしても、物理法則から足の動かし方を考えることはしないだろう。それと同じ話。

陣地をより少ない手で確保するため手を抜くことも大切なのだが、囲碁は対戦競技であり相手攻撃することができる。

相手の石を全て囲うことで、石を取ることができる)

数が多ければいい、というわけではないが、基本的には数の多さは強さに繋がる。(石の厚み、というのはこの強さに関係している)

うまく手を抜くことで、石は広い範囲を覆うことができるが、手を抜いた石は弱い。

下手をすると、手を抜いた石は相手攻撃に耐えきれず、すべて相手に奪われてしまう。

囲碁をより広い家を建てたもの勝利するゲームと考えると、プレイヤーが序盤で外壁の塗装に手数をかけることは良い戦略ではなく、

まずは空き地に家の基礎となる柱を立てて家の骨格を築いていくべきだろう。囲碁は碁盤という限られたスペースで戦う。

あなたが1軒の家の外壁を固めている間に、相手が3軒分の基礎を固めてしまっているならば、もうそこで勝負はもう決まっているだろう。

どこまで手を抜けるか?というさじ加減が重要で結局は実践の中でしか身につかないのかと思う。

その強さが話題になったAIが強いのも、結局膨大なトライエラーを経ているから。

これらの勘所をまとめたものが「定石」と呼ばれる。どのように打つことが効率的であるかは、すでにある程度定型化されている。

囲碁のとっかかりがつかめない人に向けて書いたつもりではあるが、何か分からないようなそんな記事になった。

また質問があれば答えたい。

会社勉強会

自分たちで好きな技術とかテーマ決めて勉強するやつ

使ってるのはとある製品の試用版

市販技術書をベースに進めている

毎回講師を決めて進める形式

かに書かれた手順に従い操作を真似るだけなのだけれど

何だかんだつまづくところが出てくる

製品参考書の書かれた時期から微妙バージョンアップしてUIが変わっていたり

進める上で使う関連サービスgithubDropboxなどの挙動も時期や環境によって若干違っていたりする

十分に知識があれば たぶんこうだろうと察する事も出来るかもしれないが

大半はそうではない

あるいは熱意があればあれこれ調べて解決に繋げられるだろう

けど大半はそうでもない

そういうつまづきが、何人か集まってやる事で乗り越えやすくなるものだなと今回参加して思った

からない事を知っている人に聞くのはもちろんだ

さらに皆でつまづいた場合も、問題を共有しあれこれ皆で試行錯誤し進める 事が出来る

一人でやっていたら早々に辞めてしまうところだ

2018-09-27

素人社会人になってからDTMを始めてアルバムを3枚作った話

https://anond.hatelabo.jp/20180923171114

上のエントリを書いた者であるDTMパソコンさえあれば始めるのにお金はそんなにかからないし、頭を使っている感じがして生きている実感が湧くし、作品として形が残るし、趣味として結構優秀なのではないかと思っている。

この話は「素人自己満足アルバム3枚を作った話」であり、間違っても「素人DTMを始めてプロデビューした話」ではない。とにかく楽しんで何らかの形になるものを作ったということ。プロにすればゴミみたいな作品群だと思うけれど、自分としては満足しているし、人に聴いてもらうと「すごい、よく作ったね」くらいの評価はもらえている。お世辞かもしれないし、そもそも音楽を作ることってかなりハードルが高く思われているから「作った事自体がすごい」ということかもしれない。

 

バックグラウンド

音楽素養はない。ピアノを習っていたわけでもないし、学生時代ギターをやっていたわけでもない。完全なる素人

ただ、学生時代はいろいろな音楽を聴いていた。CDは最終的に1000枚くらい持っていたのではないかと思う(今は全てパソコンに取り込んで売った)。ジャンルは主に洋楽ロック系が好きだけれど、クラシックから民族音楽から流行りの曲まで分け隔てなく聴いていた。

自分で曲を作ってみたい」とずっと思ってはいたけれど、何をどうすればできるのかがわからなかったので手を付けていなかった。コードとやらを覚えなくてはならないらしいし、パソコンで何らかのソフトを使わなくてはならないらしい。何より、自分の下手くそな歌を録音するのかー。うーん、ハードルが高いな。と思って時が過ぎていった。

 

■初めての曲

きっかけというきっかけは特にない。社会人4年目くらいで、仕事絶望していた時だったと思う。

学生時代の友人の中にいじられキャラの人がいたのだが、突然に「そうだ、あいつの歌を作ろう」と思い付いた。まずはアルバムリリース特設サイトを作った。もちろんそんなサイトは誰も閲覧しない。単なる自己満足であり「おもしろそう」というのが唯一の動機だった。

で、曲を作り始めた。どこからそんな情熱が湧いてきたのか今でも疑問なのだが、とにかくそれっぽい曲を打ち込みで作った。コードなんてわかんないか適当に音を重ねていった。たくさんの曲を聴いていたのでなんとなくの引き出しは豊富だった。作詞作曲編曲全て自分歌謡曲みたいな2分くらいの曲ができあがった。

Windowsであった。製作工程dominomidiを打ち込み、SoundEngineで波形編集audacityミックスと手間のかかる作り方をしていた。全て手探りなのでそのやり方しかからなかった。その歌謡曲みたいな曲はUTAUボーカロイドに歌わせた。1曲作っただけだったが達成感があった。ここまでかかったお金ゼロ円(もともと持ってたパソコン代除く)。

後に引っ越しを期にMacに乗り換えてGarageBandで作るようになる。

 

■本格的にDTMを始める

本格的に、と言っても高い機材を買ったりしたわけではない。継続した趣味としてハマったということであるコスパの良い趣味が好きだ。買ったものは下記(Mac除く)。

マイク 最寄りの電機屋さんで一番安かった2000円のもの

ギター ハードオフジャンク品 2000円くらい

ベース ハードオフジャンク品 2000円くらい

インターフェイス アマゾンで4000円くらい

いまだにこれ以上買っていない。投資額たったの10,000円でかれこれ5年以上遊べている。カラオケ2〜3回分の投資額で数年ものあいだ熱中できるってすごくないか。もちろん、沼にハマるといろいろ欲しくなったりするらしいけど、今のところこれだけでなんとかなっている。

 

アルバム作成

曲作りにおいて苦労した点は特にない。自分が作りたいものを作っているからだ。煮詰まる時とか、アイデアが出てこない時とか、ギター全然上手に弾けない時とか、歌が下手過ぎてがっかりする時とかあるけれど、全てが楽しくて充実した時間である

アルバムと言ってもコンセプトがあるわけではないし、誰に頼まれているわけでもない。10曲くらいできたら1枚にまとめる感じ。アートワークとか歌詞カードも作って、自宅のプリンタ印刷する。空のCDケースとブランクCDを買ってきて、裏ジャケと歌詞カードはめ込みCDを焼けば世界ひとつだけのアルバムの出来上がり。

で、再び趣味として曲を淡々と作って、アルバムを作る、というのを3回繰り返していたらアルバムが3枚できていた。

 

■どんな音楽作ってるの?

もともと洋楽オルタナティブロックが好きということもあってそういうのに寄りがちな作風になってしまう傾向にある。ただ、1曲作り終えると「次は違う感じのを作ろう」と勝手に思っている自分がいる。なので、振り幅は大きいと自分で思っている。最近EDMみたいなのも作った。

自己満足とは言えど、架空の誰かに聴かせるのを前提に作っている姿勢はある。なので、自分なりにこだわっているつもり。1曲の中で飽きさせないことを最大の目標にしている。まーでも結局は自己満足だな。

 

ボーカルの録音

最初のうちはクルマで山奥やイオン駐車場の端っこに出かけて窓を閉め切った車内で録音したり、自宅で布団をかぶって怯えながら録音したり、カラオケで録音したりしていたが、面倒になって昼間の自宅で堂々と声を張り上げて録音するようになった。特に近隣住民から怒られたことはない。

DTMを始めてから明らかに歌が上手になった実感がある。カラオケでも下手くそだったのが、今では高得点が出る。作っている最中自分の声を何百回と聴きながら編集するので、知らぬうちに聴こえの良い歌い方みたいなものを会得したのかもしれない。DTMを始めて自己満足以外の良かったことだ。

 

ギター

DTMを始めると同時にギターを弾き始めた。と言っても、ライブをするわけではないので、特に練習を積み重ねているわけではない。曲を作っている中で「こんなフレーズが欲しい」というのを下手くそなりに弾いて、あとは編集でなんとかしている感じ。なので、いまだに「コードをなんとか押さえられる程度」である。ただ、良く問題となる「F」のコード練習して押さえられるようになった。

ベースも買ったが、録音してみると音の粒が全然揃わないし、タイミングが少しでもずれると散々なことになることがわかったので、打ち込みでやっている。

DTMをやる上で必ずしもギターベース必要ではない。自分も全ての曲にギターを入れているわけではない。

 

曲作りのコツとか

最初暗中模索理論も何もない。例えば「ベースバスドラムはなるべく合わせる」とか「コード」とか「コード進行のルール」とか全くわからずに全て適当にやっていた。最初に作ったものを今聴いてみるととにかくめちゃくちゃ。だけど、そのめちゃくちゃさに味があって、あんものは今は作れないなとも思う。音楽自由だ。恐れるな。

プロミュージシャンインタビューを読んでいると「◯◯みたいな曲をイメージした」とか「この曲の元ネタは◯◯という曲」と言っているのを結構見かける。なので、私たちも「自分の好きな◯◯みたいな曲を作ろう」というスタート地点でいいと思う。

曲作りはいろいろなアプローチの仕方があると思うけど、私は「メロディーから作る」派であるメロディーに各パート伴奏を乗せていく。メロディーを思い付いたはいいけれど、それに合うコード進行がわからないということが結構あって、大変に悔しい。コードメロディーを乗せていく逆のやり方もチャレンジしてみたことがあるけれど、私には無理だった。向き不向きがあるのだと思う。

1曲の中で「ここは◯◯みたいな感じが欲しい」と思い付いたらYouTubeでその曲のその部分を繰り返し聴いて参考にすることがある。それが自分オリジナルになる。ウェブで調べればコードも出てくるので、それを参考にすると思った通りの雰囲気になって「すげぇ」とかなり感心する。それがオリジナルになる。音楽パターンの組み合わせでできたパズルみたいなものだと思う。

そういう経験を重ねていくと「このパターンはこれ」「こう来たら次はこう」とわかってきて捗るようになるし「これじゃありきたりだから別のパターンが欲しい」なんてことも発想できるようになってくる。楽しい。何だこの曲すごいな、という曲に出会うと制作意欲が湧いて楽しい

なんて偉そうに書いてるけど、いまだにコード進行はよくわかっていないし、よく使うリズムパターンも貧弱である。だけど、最初の頃よりはあらゆる点において格段に進歩している実感がある。それらをほんの少しずつでも習得していく過程楽しい

 

歌詞

伝えたいことなんて何もない。ただ、歌モノにしたいので歌詞を書かざるを得ない。「韻を踏む」「陳腐にならない」「メッセージ色が強くなりすぎない」を心がけている。音楽以上に言葉自由だ。好きにやるのが一番。

歌詞がどうしても思いつかない時には、歌詞なしのめちゃくちゃ語で押し通すこともある。最近はいよいよ書くことがなくなってきているのでめちゃくちゃ語が多めになっている。だけど、歌詞を考える時間も好きだ。

 

■まとめ

とりとめのない話になってしまった。まとめるとDTM楽しいってことになると思う。没頭すると1日が余裕で潰れる。1曲が1日で完成することもあるし、半年かかっても納得いかずに悶々とあれこれ試行錯誤することもある。それら全ての時間が愛おしい。沼にハマらない限りコスパも良い。

音楽自由だ。世界ひとつだけの音楽がそこにある。とりあえずやってみようぜ。

2018-09-26

anond:20180926192404

雑誌を出すには読者1万人程度では赤字なんだよ

赤字を出す上に出版社に傷をつけて作家達との関係悪化させたのでは

https://www.huffingtonpost.jp/2018/09/25/shincho45-kyu-kan-explanation_a_23541450/

取材に当たった所太郎氏によると、新潮社からは「『新潮45』の実売数は1万部前後が続いており、雑誌単体では赤字という状況があった。部数の落ち込みを回復したいという焦りが生じ、試行錯誤の中で無理を積み重ね、編集文言ひとつひとつ確認が甘くなったのではないか。今後そうした点を見直しいかなければいけない」との説明があったといい、きょうの取締役会佐藤隆社長編集担当取締役に対し10%の減給3か月の処分が決定したという。

2018-09-21

[]鍋に塩をいれるタイミング

一番最初か一番最後

途中で入れると、煮詰まったときにしょっぱくなってしまう。

これは、人の育て方でも、さまざまなまプロジェクトでも共通のものを感じる。

途中でなにかが足りないと思って、あせって「打ち込み」をしたり、

あれこれレシピにない独創的な試行錯誤を途中で繰り返すと、

たいていろくでもない結果になる。

料理が下手な人は、たいてい、レシピをみない。

途中で手を加えたくなるひとだ。

ある一定時間をただ待つってことができないんだろう。

2018-09-20

anond:20180920221614

あ、他の返信も見てて思ったけど…増田へのプレゼントって線は?

増田発見されることをあえて狙って残してた可能性も。

もしそうなら、聞いても本音を答えてくれないかもしれない。

男性と付き合ったことがないなら、こういうのが嬉しいのかな?って試行錯誤してたりして。

anond:20180920104402

殆ど母親料理教室なんか行く暇もなく本見ながら試行錯誤して作るんだから

同じように本見てやればいいだけじゃ。

それとも料理出来ると言っても本やレシピ見てその通りに作る事は出来ないメシマズタイプか?

2018-09-15

ASIAN KUNG-FU GENERATION特にきじゃない曲

はてな匿名ダイアリーアジカンの話を持ちだすヤツというと昔聴いてたザコと政治のザコしかいないみたいな感じだと思うんですけど(探してないので知りません)、後藤正文に対する最近番頭にきたことが「アジカンからのお願いとだけ書いて子連れライブ参加云々の記事投稿すんな解散か休止かと思うじゃねーかこのアンポンタンメガネ野郎である頭お花畑ファンアジカン特に好きではない曲の話をします。悪口です。

他所アーティスト記事に感化されたの丸出しだけど、書く場所が無かったので。

・青の歌(崩壊アンプリファー

これ聴きたいとか言ってるヤツどう考えてもライブでやらない崩壊補正じゃねーの?って思うくらい興味ないし聴いてない。(楽器のことは全くわからないけど)キーボード?っていうかムーグ?みたいな音が入ってるのは現在への伏線っぽくもあるけど、特に曲として特徴があるかといえばそうでもない。

初期アジカンにおける「前のめりor哀愁漂うマイナーコード」のどっちでもないし、歌詞も含めて一辺倒な青春ソングの色合いが強いからかもしれない。あと「I still love you you love me now?」が初期であることを鑑みても結構キツい。Hold me tightは逆になんとも思わないんですけど。

・夜の向こう(ソルファ

特筆すべき事項が殆どない。ソルファ歌詞は「発し手=僕/受け手=君」の距離感キモであり、一番売れたこアルバムとそれらの対比が図らずしも美しくなっているんだけど、この曲は初期~中期アジカンアルバム一曲はある超無難歌詞みたいな印象が強い。それを考えると真夜中と真昼の夢とかはよくできているんだなと思う。この曲は再録でも全く印象がなかった。

サビの韻の踏み方は気持ちいい。

路地裏のうさぎファンクラブ)

アジカン史上最も完璧な流れを持つファンクラブというアルバムにおいて唯一飛ばす曲。後藤が「アジカンっぽい速くて声を張り上げる曲」を意識して作ろうとすると死に至るという定説があるのですが、これもそれに近い。

歌詞における色の使い方とかも作為がすぎる上に面白くもない。あとワールドアパートで意を決して「ビルに虚しさが刺さって」というセンシティヴな比喩を使ったその口で「心の奥で白いミサイルが弾けた」って言うのはどうかと思う。新世紀のラブソングに対するスヌーザー批判はこっちにこそ当てはまるのでは?

その辺、のちの後藤が夜を越えての「瓦礫」に躊躇する感性のほうが100倍は納得できる。

・嘘とワンダーランドフィードバックファイル

シングルc/wから許された曲。単純に歌がうまくないしそれを許容できるほど喜多個人が好きでもない。曲としては喜多の毛色が丸出しになっていて、ライブアレンジなんかはおっと思わされるんだけど、やっぱりボーカルの力は大きい。

近年の喜多ボーカルちょっとは上手くなったとは思うけど、それでもカラオケの上手いおっさんという感じ。コーラス最適化された声だと思う。

・トラベログワールド ワールド ワールド

何も思いつかない。

サイエンスフィクション(未だ見ぬ明日に)

先のツアーで大盛り上がりだったのを一人ポカーンと眺めてしまったのですが、これそんな人気ある曲なの?「取るに足りないゴミクズー!」で叫べるから?確かにゴミクズって叫んだら色々な意味気持ちよさそうな気はするが。

未だ見ぬ明日に収録作はサウンドしろ歌詞しろサーフ前の苦悩と試行錯誤がみてとれる気がするし、テーマ的にも「いつか死ぬ僕ら」の色が濃く統一されているんですけど、こいつだけなんか場違いなんですよね。融雪もちょっと違うけど、融雪は許す。

双子葉(マジックディスク

「種を蒔こう」「いつか芽を出そう」はマジックディスクにおける重要テーマの糸口ではあると思うんだけど、合わなかった。喜多クレジット個人的に合う曲と合わない曲の差が激しい気がする。

N2ランドマーク

アジカン政治的(社会的言及を孕む曲には常に思っていることなんですが。別にテーマとして社会批判なりそこに対する願望なりを盛り込むのはいいし、その内容が「核武装して東アジアをぶっ潰せ」だろうが「天皇制解体して共産主義革命起こせ」だろうがいいんだけど(もちろん後藤はそこまで極端には振れないし露骨ものは書かないという信頼はあり、外野勘違いをしてもらっては困る)、それをストレート表現したら作詞家として何の芸もない。やるなら今までの世界観の延長線上で、捻って気取った言い回しでチクリと風刺してくれ。

そういう意味で「夢のように『安全だ』ってコール」「資本主義火葬場」までくるとしんどいランドマーク自体震災の影響もあり社会的な毛色の強いアルバムなので、単に合わないと言われたらそれまでだけど(でもアネモネの咲く春にはアジカントップクラス名曲だし、それでは、また明日における皮肉とそこから帰結するテーマは非常に良かった)。

こっちは好きな曲だけど、1980の「出鱈目プライムミニスター」とかも芸がなさすぎるんだよな。

この手の話だと、現代語訳ともいえるLoserのあの当て歌詞は好きだけど、「海辺燃え続ける夢の切り札」をどういう意味か推測しながら聴いてくれみたいにドヤってたのはえぇ…と思った。流石にわかるだろ。

あとN2は単純にサウンドが好きじゃない。ランドマークって曲構成の面でも結構実験的なんですよね。アジカン後藤に求めてるのはやっぱり最終的にはポップネスなので。

ゆずRADのアレとこの曲を比較して「アジカンだって言ってんじゃねーか!」って言う輩見るけど、アジカンもボロクソ批判されてるというところには誰もが目をつぶるの面白いですね。結局右と左が争ってるだけ。そういう状況を是非風刺して欲しいけど、独り善がりになりがちな後藤には無理だろうなとも思う。

スローダウン(フィードバックファイル2)

印象が薄い。震災テーマっぽいのに。

オールドスクールフィードバックファイル2)

歌詞も曲もアジカンっぽい曲を作ろうとして死に至るパターン山田クレジットにしては本当に虚無。

パラレルワールド(Easter/復活祭

まさしくゴミの山であるソバアフィブログに「レイシストなんてろくでもないさ」という歌詞をボロクソ叩かれたことも記憶に新しいですが、でも確かにここ安直すぎ。

レイシストなんてろくでもないと思うのは結構なんだけど、それをストレートに言うならストレートでなくてはいけない意味を付加してほしいし、そうでないならストレートに言わないでほしい。「場当たりの歴史観論破して~」とかも皮肉としての鋭さが皆無。ツイッターツイートしたほうがたくさんRTしてもらえると思うので歌詞にしないでそうして欲しい。

タイムマシン比喩後藤にしては本当に安直すぎて涙が出てくる。もっとやればできるんだから頑張ってください。それほど言いたいことが大きかったのかもしれないが、アジカンは言いたいことが大きすぎると作詞によくないタイプバンドであることがよくわかる。

曲に関しては伊地知クレジットなだけあってこれまたストレート。印象に残らん。

・Prisoner in a Frame/額の中の囚人(Wonder Future)

Wonder Futureに関しては難産だったんだろうなとはわかるけど、本当に好きな曲と嫌いな曲の差が激しすぎる。印象が殆どない。あと批評へのアンチテーゼというテーマが掘り下げきれていない気がして、それも印象の薄さに拍車をかけている。それこそそこをストレート一言だけでぶった斬った新しい世界インパクトがあるので。

お祭りのあと(荒野を歩け)

これ以上カラオケおじさんの話をしなくてはいけないのか?



ここまで長ったらしく羅列してみて、好きではない曲、ひいては好きな曲の傾向が見えてきたので、意外と価値のある作業なんだなと思いました。

自分アジカンに求めているのは「歌詞の上手いこと言い」と「曲のポップネス」であり、さらに「ストレートアジカンらしいものを作らないで欲しい」なのかなと。

その点、新曲ボーイズガールズはとても良かった。今後ともクソバアフィブログのことは無視して頑張っていただきたいです。

2018-09-13

anond:20180913171008

プラットフォームができてから試行錯誤して〜って考えると数十年くらい欲しくなるな

文化的経験値が違いすぎる

anond:20180913103511

そうだよ。舌の動かし方、頭を振るリズム、痛くない吸い込み圧、腰を動かすリズム

終わった後の掃除の仕方

逝くときは逝くということ

ラブホテルの照明スイッチオンオフ

風呂の溜め方、そのタイミング


ぜーんぶ、先生に習っている。


同級生元カレ試行錯誤して、上手くいかないなりに工夫したならまだ納得できる。腹立つ)

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