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2017-09-15

大森靖子ヨギーのことで思ったこと

今年はベイキャンプに行かなかったので実際に見たわけではないので気になったので書く。一個人意見なのでふーんで読んでもらえれば。

音楽魔法発言について

煽るつもりで言ったならまだしも(それでも大森靖子激怒すると思うけど)、特に悪意はありません!ごめんなさいってそれ逆にやばいんじゃないかな。

ツイッター見てるとMCでいつも言ってるし!っていう人とボーカルが言いそうなことだなあ〜って言ってる人に分かれてて事実どっちなんだよって思う。いつも言ってるならタイミングが悪くてかわいそうだなって思うけど当日初めて言ったんならちょっとなあ…って思うよね。ましてや大森靖子の魂こもったステージを見たら言えないと思う。

大森靖子ツイッター引用する

ヨギー批判しちゃったのは良くなかったけど引用くらいならいいんじゃないかなと思ってしまう。引用された方のトラウマになったらどうすんの!とか言う人いたけど意見を発信するならある程度覚悟して言ったんだと思うから自己責任なんじゃないかな。

でもヨギーを傷つけるようなこと言っちゃいけなかったよね。

怒ってる時はカッとなって言っていいこととわからないことあるけど、さすがに悲しくなる。

③お互いのファンがお互いを批判する

大森サイド

ヨギーのことダサいとか言っちゃいけないよ。盲信的になってる部分もあるし、大森靖子を信じてるからと言って傷つけたヨギーは敵!って批判したり度を越した発言したりするのは良くない。

ヨギーサイド

割とこちらも盲信的だなと感じた。やってることそんな変わらないと思う。傷つけられたか大森靖子は敵!で殴り合ってても仕方ないよね。ヨギーのこと悪くいうな!って言って大森靖子とそのファンメンヘラとか言ってバカにしてる時点で両者変わらないじゃないか

謝罪について

謝罪の焦点そこでいいかベース借りました、発言に起こってるのその時は知りませんでした。リハも被ってたみたいで仕方ないと思うけど、状況を把握していたら失礼に当たるため楽器は借りませんでしたって、まず失礼だと思うなら借りる前に謝罪するとか別の方法があったよなあ。

あと大森靖子が本当は魔法だと言いたいと思ったから言ったんだみたいなのツイッターで見かけたので探して見たけどよくわからない。謝罪の中にあったかな?頭悪いから読み取れてないだけかもしれないけど、もし本当に言ったならそれこそヨギーをかわいそうと思う心はない。本当ならね、もう喋るのやめたほうが賢明だと思うレベル

楽器のこと

準備してきてください。楽器でもいいしスペアの弦でもいいし、持ってきてよ。これにつきたい。なんか貸し借りの部分は大森サイドも連絡取れず貸しちゃうし、ヨギーサイドも借りちゃうあたりお互い様かなというところも見えたけど楽器借りて弦の交換してもらうとか子どもじゃないんだからさらに他のバンドから弦もらうとか。なにしにきたの?

これに関してはヨギーが嫌いとかそういうことじゃなく、自分楽器やってるのでこんなことされたらブチギレ案件

ロック死ね発言

他人否定するだけのロック死ねであって、ヨギーみたいなロックバンド死ねではないのにヨギー死ねって言った!って怒ってる人は落ち着いて欲しい。

あと汚い言葉使ってるから大森靖子は悪!みたいに言ってる人も落ち着いて欲しい。怒ってる時に言葉汚いのなんか仕方ないじゃんって思う。

あとヨギー大森の出番逆でお互い魔法発言してもヨギーは怒らないみたいなこと言ってるけど、多分逆ならヨギーは言わないと思う。勝手イメージだけど、謝罪からそんな感じする。普段から言ってたとしてもあの場で言わなそう(あくまイメージ)。

どちらも悪いことには変わりないけど、やっぱりファン相手方を悪く言ったりしちゃいけないと思う。別に自分の好きな方を悪く思えないのはいいと思う。だからと言って大森メンヘラ被害妄想って言ったり、ヨギーダサいって言ったりしていいものではない。お互いにお互いの良さがあるし認められないならそれまででいいと思う。純粋評価としての批判ではなく今回のことをフィルターをかけて悪意のある批判しかできないのであれば結局その人はそれまでで、バンドのことも個人のことも考えられない人なんだなあと自分は思う。

この騒動のためだけにツイッターアカウントを作っている人もいる。意見を発信するためならいいけれど、バンド側に悪意と皮肉を伝える為だけのアカウントがある。すごいバイタリティですね。もっと別のことに使ったほうがみんな幸せになれそう。

ブログでこのことについて書いているヨギーファンの方もいた。ヨギーは煽ってないしベースのことも尾ひれをつけて大森が話した、と書いてあった。

本人に煽るつもりがなくても、あのタイミングで言えば煽りしかならないしボーカルピースフルとか言われてもいや知らないよ…としか思わない。

尾ひれをつけた〜ということに関しては若干の否めなさはある。ベースのえらさんには無断でギターの人が貸してしまった(であってる?はず)のは確かに本人の無断ではあるけれどギター許可してしまうというなんとも言えない流れがある。

これらをイラついてるからいちゃもんと言われても仕方ないことは仕方ない。でもファンじゃないと見えない部分があってそれをさも共通認識であるかのように言うのは違うと思う。それは大森しかり。

なんか色々書いたけど言いたいことはこれに尽きる。

サンプラザ中野じゃありません!!!!!ピエール中野です!!!!!しか大森靖子旦那でもありません!!!!!

2017-09-14

研修会参加のダメージは本人が想像するより大きかった

参加のダメージについて

ダメージ結構大きかった。

疲労困憊した。何に疲れたのかわからんけど。

一日は移動日で実質2日だけやけど。

準備に伴うダメージ

準備は俺にとっては嫌なことで嫌々やってた。

本当にやりたいことを

我慢しながら準備作業するっていうのが結構ダメージなんかな?

反省

終了後がっつり有休とればよかった

ソロキャンプするとか( ^ω^)・・・

土日はのんびりしてたんだけどな 、然回復にならんかった

かつてもこんなことあったな


そういえば10年位前、○○と○○を兼務してたことろ激務で

廃人のように疲れてて何もする気が起きなかったのを思い出した。

そういえば5年ほど前職場椅子にしなだれかかるように座っていたな。

疲れ果てて座り込むっていうか体のだるさがたまらないというか

なんかこう慢性疲労症候群っぽい。

しかも空腹感

とりたてて何もしてないのに空腹感。なんなんじゃ?

帰宅しようかな?

2017-09-12

anond:20170911002527

思ってることと言ってることが違くて人を傷つけている

どうしたら相手を傷つけずに意思疎通できるんだろう。

ここに的を絞って書く。

相手感情・想いに応答する

相手「なんか手伝えることあったら言ってくれ」

  • 手伝えることがあれば手伝うくらい、積極的に参加するつもりがある
  • その内容は選ばない、協力的
  • 気安く言ってくれていい、というおおらかさ

などなどから相手キャンプの予定に前向きなのは分かる。元増田も楽しみにしていたようだし、応答の感情として「感謝」「同調」の言葉を加えていきたい。

従って、入るワードとして

の要素が入ってくると、感情の交換ができる。

元増田の応答「手伝ってほしいことは沢山あるぞー 笑 働かざる者食うべからず! 当日は〇〇と△△をよろしく!」には、「笑」しか感情の要素が乗っていない。特に、多くの人は喜怒哀楽の「喜・楽」などのポジティブ表現は鈍く、「怒・哀」などのネガティブ表現は過剰に強く受け取る傾向があるので(元増田もそう。相手の楽しみよりも、相手不快感を強く受け取っている)、ポジティブ感情こそ強く乗せていかないと受け取ってもらえない。

友人相手なら、自分感情は多めに文面に乗せるべし

対面なら表情や声の調子で伝わることが、文字でのやり取りでは伝わらない。文面でのコミュニケーションの弱点を理解して、それを埋め合わせるように文章を組もう。会話と同じように言葉を選んでも、同じようにはうまくいかない。

意味感情を分ける

日本語構造では、文章(正確には句)が伝達する"意味"と、語が表現する"感情関係性"が分離している。例えば、

  • 手伝ってほしい
  • 手伝ってもらいたい
  • お手伝いいただきたい
  • 手伝ってくれると助かる
  • お任せしたい
  • 引き受けてもらいたい
  • やってもらいたい

などは、伝えたい"意味"は「委託」で近似しているけれど、感情関係性の面で差がついていることがわかる。つまり意味をチョイスできているだけでは表現としてはひと押し不足していて、できるだけ「感情関係性」もセットで調整したい。

実際に手伝ってほしい具体的な依頼がある

相手は「なんか」と曖昧限定しかしていないので、ここですれ違いが発生する可能性がある。

手伝ってほしいことがいろいろある場合は、誤解を防ぐために

  • 実際の内容を軽く選択肢として投げてみる

もしくは、「つもり」を共有するために

  • 手伝ってほしいことはたくさんあるけれど、主体はその内容ではなく、一緒に汗かこうぜ!と伝える

などの手段がある。

例えば実例

  • 買物がある / 現場の準備はけっこう大変 (作業負荷の共有)
  • 準備も楽しみのひとつだ (作業への前向きさ表明)

のような内容が考えられる。これをやっておくと、相手の考え違いを防げる。

想定応答

  • 「なんか手伝えることあったら言ってくれ」
    • ありがとう、助かるわ! やりたいこと沢山あるし、当日は遊びも準備も全力で楽しもう」
  • 「なんか手伝えることあったら言ってくれ」
    • 「そう言ってもらえて少し気が楽になった。事前の買い物とか、当日は器具の準備とかもけっこうあるだろうから、良かったら相談させてほしい」
  • 「なんか手伝えることあったら言ってくれ」
    • 「当日は○○と△△を頼みたいと勝手に思ってたから、そっちから言ってくれてありがたい! 俺も頑張るから、準備で思いっきり腹減らそう」
  • 「なんか手伝えることあったら言ってくれ」
    • 「じゃあ○○と△△頼むわ(笑) 逆に何か要望とかあったら教えてくれ、当日までよろしく」


 まとめ


最後

言葉って本当に難しい。増田のやり取りのように、ほんの少しのうかつな発言で思いもよらない形で人を傷つけたり、誤解されたり、発言した自分のほうが驚いてしまうこともあるよな。自分も日々精進してるから増田も少しずつうまく使えるようになっていけますように。どうかあんまり落ち込まずに……今後の良きコミュニケーションを祈ります

2017-09-11

言葉って難しい。

キャンプの時の話

8月は雨ばかりで夏っぽいことができなかった。

9月になると晴れの日も多くなり、まだまだ暑いのでキャンプへ行きたくなった。早速友人に声をかけたら快くOKもらえた。やったね。

誘った後、「なんか手伝えることあったら言ってくれ」とLINEがきたので、「手伝ってほしいことは沢山あるぞー 笑 働かざる者食うべからず! 当日は〇〇と△△をよろしく!」と返した。

そしたら「そんな言い方しなくても働くよ!誘われたからって何もしないわけないだろ!」との旨の返信がきた。

またやってしまった

自分では、「キャンプだし一緒に沢山遊んで準備で汗かいた後にメシ食って楽しもう!」みたいな意味で送ったつもりだった。怒ること言ってなくね?とは思った。でも、自分ではそう思っていても、相手が傷ついたり怒ったりしたのならば自分言葉問題があったということ。

何だか最近、思ってることと言ってることが違くて人を傷つけていることが多いなぁ......

働かざる者食うべからず

落ち込みながら一人反省会。調べたら「働かざる者食うべからず」は、

If any would not work, neither should he eat. 「働こうとしない者は、食べることもしてはならない」

という意味だそうだ。

まり、友人が「何かしようか?」と声をかけてくれたのに、俺が「何もしないつもりだったのか?何もするつもりがないのなら飯食うなよ」って言ったということ。親切にしてくれたのにマウント取って殴った感じ。

そりゃ嫌な気分になるわな......友人には本当に申し訳ない......。

言葉選びの難しさ

今回もだけど、自分では良かれ・いい意味として言っているつもりでも、相手に伝わってなかったり、知らない間に傷つけていたりするのはすごく悲しいし辛い。

昔、「言葉がきつい。人を見下したような喋り方だ。」と注意されたことがある。それを聞いてとても落ち込み、極力強い言葉を言わないようにし、丁寧な言葉を選ぶようにした。誰からも注意されなくなったので治ったつもりでいた。治っていなかった。もう呆れられているのかもしれない。今回も、実は違うところが悪いのかもしれない。「だぞー」が見下してるようで良くなかったのか。「よろしく!」が上から目線だったのか。

どうしたら相手を傷つけずに意思疎通できるんだろう。

この文章も、俺が意図した意味文章になっているのだろうか。誰かを傷つけていないだろうか。分からない。

2017-09-05

anond:20170905164557

キャンプ帰り風の少年達がルンペンみたいな匂いでキツかった。バスから降りてほしかった。

多分その匂いを思い出してイライラしてたんじゃないか

非常識だ。

タトゥーが入っている増田が通ります

タトゥを彫った時期:20歳(今から15年前)

彫った場所:右足腿から下全てと左手二の腕全て

見た目:鬼太郎に出てくるサラリーマンみたいな感じです。


仕事について】

スーツを着れば見えないので、就職活動で困ったことはありませんし、就職後も特に問題ありませんでした。

銭湯温泉

自宅にお風呂がありますが、たまに銭湯に行きます。その銭湯に事前で電話したことがあるのですが、

別にいいわよ!いらっしゃい!」と言われて以来ずっとそこに通っています

(ただタトゥが入っているというだけで、威圧的に感じ気分を害してしまう人もいると思います

温泉に関しては、基本部屋に露天風呂があるところにしか入りません。

ただ友人とキャンプ登山に行った帰りによる大きめの温泉に行く場合申し訳無さそうにササッと入浴しちゃうことがあります

なので最近は聞いてOKなら入浴し、駄目なら諦めています

ルール違反ではありますが…)


個人的感想をいえば、日常生活を送る上で差別されたり困ったことはありませんが、

他人からしてみたら、「嫌だなぁ」と不快感を与えているかもしれません……。

2017-09-04

六星占術もなかなかバカにできない

しくじり先生森本稀哲見ててふと調べてみたら

西部キャンプ参加年が種子、その前3年が大殺界

いやー怖いね

2017-08-31

所感。

話題の「真木よう子コミケ参戦表明→炎上→辞退→クラウドファンディング中止」の一件についてツイッターぼそぼそやっていたところ相互フォロワーから「こんな荒れた話題俺は見たくねーんだようるせえ!」と空リプが来てやりづらかったので此方にまとめる。

別に批判をしたいわけでもなければ攻撃をしたいわけでもなく、ただ自分の中で感じたことを吐き出してまとめたいだけである

◆全体的に

個々の問題自体はそれほど大事ではないが、どれも元々コミケが抱えていた問題であり、それをよく思っていなかった人々からの不満噴出にも繋がったのだと思う。

些細な引っかかりでも、積み上がれば大きな不安となる。

コミケルールについて

コミケと言うのは、よく言われる通り「全員が参加者」という前提のイベントである

販売者顧客という立場ではなく、サークル参加者と一般参加者だ。要はイベントに参加した全員で作り上げるもの、という意識が強い。

そして、この大イベント薄氷を踏むような、あるいは綱渡りをするような危うさでこれまで続いてきた、という認識の人が多い。

一つでも対応を誤れば、二度と開催ができなくなる可能性もある。

忠告するコミケ参加者側に対して「運営でもないくせに」「そんなにえらいのか」という指摘もあったが、だからこその忠告だろう。

写真について

また参加表明の際に出回った画像に、コミケ開催中にビックサイトの内部で撮られた写真があった。

「あれは撮影禁止区域での撮影ではないだろうか?」「周囲に写っている人へ了承は取ったのだろうか?」という疑問が呈されていた。

混雑していない場所だった為恐らく明確な撮影禁止区域ではなかったろうが、そうだとしても周囲へ写っている人への了承は得られていない可能性が高い。

その上クラウドファンディングという大金を集める告知と共に出回ってしまった為、「営利目的での使用」にかかる可能性もある。

それを持ってしてまず、「ルールをよく知らない、影響力の大きな人が来てしまった」と言う認識が広がってしまったのだろう。

クラウドファンディングについて

クラウドファンディング自体は悪いものではなかったと思う。

前例があるのは知らなかったが、それなら尚更問題はなかっただろう。

ただ、800万円と言う目標金額は大多数の参加者には大金大金だ。

それだけ集めるなら会場費も込みにして、別のところで別のイベントを開いた方がお互い幸せなんじゃないか、という疑問も湧くのは仕方のないことに思う。

◆会場について

キャンプファイアにて公開されていたクラウドファンディング募集した金額の使い道には雑誌制作費・支援者へのリターンにかかる費用という文字はあっても、当日会場で係る経費や混雑対策費などの文字はなかった。

コミケ普段来る層と、真木よう子写真集を買いに来るファン層はほぼかぶらないだろう。

となれば単純に真木よう子ファンの分だけ来場者数が増え、その分列を作るスペースが必要になる。

周りには列で正面を潰されるサークルも出てくるだろう。

しか交流をしたいと言うことは、ともすれば本人が手売りをする可能性もあり、手法として嫌われる牛歩にもなりかねない。

列の整理や混雑対策も持ち出しと(一応)考えるならば、尚更コミケでわざわざ狭いスペースを間借りするメリットは、会場の面から見るとない。

写真集について

自分が初めてコミケへ行った時、既にコスプレエリアは大盛況だったが、まだコスROMへの風当たりは強い時期だった。

三次元人間被写体の「写真集」は、コスプレをしていてさえオタクには馴染みの薄いものだったのだろう。

現在、以前よりコスROMへの当たりは柔らいだろうが、そうでない生身の人間の「写真集」となると、抵抗があるのもわからなくはない。

交流目的と言うのもコミケルールに明確に反してはいないだろうが、それでもサークル参加者は自分の作った「創作物」にこそエネルギーを注いでいる人が多数のはずだ。

そんな中写真集は作るがどんな方向性かも決まっていない、と言われてしまっては「そんな、やりたいことをやる場所へ来て、やりたいことがわからなくて進路が決まらない学生みたいなこと言われても……」という話である

ツイッターでのやり取りについて

本人はよくファンともツイッター上で交流していたようであり、もしかすると一番厳しげな意見に返事をすることで、やんわりと忠告してくれていた人々への解答にしようと思ったのかもしれない。

だが結果的には、これまたネット上では嫌われている、同情心を誘い自分は手を汚さず周囲の人々に攻撃させるファンネルと化してしまった。

果たして悪意があったのかなかったのかまでは推し量ることが出来ないが、悪手であったことは確かだ。

ツイッター上で散見された意見について

「いやなら見るな」と言っていた人がいたが、テレビと違い現地に行ってしまえば見る見ないの話ではなく、上記した「会場について」の問題に直面することになる。

真木よう子一人の為に真木よう子ファンが増え、その分会場は狭くなり、移動に支障をきたすかもしれない。

そう考えるととても「いやなら見るな」で片付く問題ではなさそうだ。

◆辞退・中止が発表されて

案の定オタクは心が狭い」だの「そう言ってオタクを貶す人々には来てほしくなかった」だの対立が発生している。

叶姉妹並みの対応をしてほしかった訳ではなく、様々な疑問点を解決すれば、受け入れられた部分もあったとは思う。

大体書きたいことを書いたのですっきりした。

おしまい

がんばるほど追い詰められる日本終焉

一方米国は3ヶ月(6〜8月)でサマーキャンプ行きつつ楽しんでるという。https://anond.hatelabo.jp/20170831114808

にほんのしょうがくせいってかわいそうなんだよね。せんせいのじゅぎょうのすすみのおそさのせいでおやすみがおうべいの1/3以下になってる。がんばるわりにGDPはせんしんこくでもあんまりさえないおばかさ。アホなの?

2017-08-30

真木よう子コミケ参加表明するまでの流れ

コミケ公式コスプレ写真撮影イベントをやっていた鈴木心が今回の企画キャンプファイアの利用を真木よう子提案

キャンプファイアから予想以上に高額の目標提案される。ここで北尾修一が関与?

真木よう子の知らないうちにいろいろと話が進む。

https://future-free.com/entertainer/actress/6515/

真木よう子の件

キャンプファイア北尾氏と太田出版北尾氏が何らかの血縁で、「独立したいけどカネがない、信用状態がマズくまともな金融機関に金が借りられない」と借りるつもりで相談したら「じゃあ誰か自己顕示欲強くて頭弱い芸能人立ててインパクトある本作る前提で企画してうちで集金すれば?多めに見積もって募っておいて、本作って売った経費の残りと売上を運用資金にしたらいいじゃない」で真木よう子に白羽の矢が立って「今までOK出なかったやつ集めて本作ろうよ!コミケなら内部に顔が利く奴がいるか芸能人待遇シャッター前の枠取ってくれるし、叶姉妹やら小林幸子にすりよるくらいだし、オタクなんかちょっと優しくすればチョロいからボロ儲けだよ、資金クラウドファウンディングがあるから大丈夫!」って唆してTwitterアカウント持たせてこまめにリプさせてたなら地獄しかないな

2017-08-29

喘息話題になると思うこと

羽生くんの喘息の話が話題になっていて思ったこと

重度ではないんだけど、少し走ったり、朝早くに活動したり気候が悪いと症状が出ちゃったり…などの中程度な喘息の人はどう健常者に混じって生きていけばいいのかわからないなぁ、と思う。

どちらかというと、どうしたら健常者と同等の社会生活が送れるのか?ということ(大げさかもしれないけど)

中程度というのは、発作が起きても、頓服を飲んだり自宅で気管支拡張剤のネブライザ吸入したり、病院処置とかしたらその日のうちにおさまるレベルの人の想定。

自分も含め周りの喘息患者から聞いた中で、体を動かさな仕事でも労働に支障が出る一例として書いてみようと思う。

まず、中程度となると本当に体が悪い人のような社会的に手厚い保障は受けられない。

梅雨とか冬場にはどうしても発作が起きるから遅刻することが頻繁になってしまう。

発作で息苦しくて薬吸って電車の乗り降りを繰り返しているうちに落ち着いてきて、デスクに着く時間にはチアノーゼも治って見た目が健常者だから(ちょっと顔が白いくらい?)周りに仮病だと思われてしまう。

俗に言う自治体ぜんそく認定が認められる企業というのは聞いたことがない。

発作が起きてしまうと午前中は薬で手が震えて頭はぼーっとして眠気があって、の状態で使い物にならない。

頻繁に休むからもちろん上司に嫌われ評価が下がって賞与も下がる。

喘息ってストレスの蓄積で自律神経が乱れて大きい発作が起きるので、仕事が過度に忙しいことはもちろん、上にあげた例による精神的な重圧で余計に体調が悪くなる。

こう羅列していくと悪循環しかない気がする。

実際、自分も発作が起きて遅刻するのが怖くなり眠れなくなったことと、自律神経の乱れのおかげか知らないけど軽い鬱になった。同じような人は多いと勝手に思っている。

それでも自分救急車で運ばれても経過観察とかでその日のうちに帰れるレベル。幼少期は入退院ばかりで、人生の全てを喘息と生きている。体が大きくなるにつれて今の具合に好転してきた。それでも自己管理できるほど軽くはならない。

主治医からはこの歳できちんと治らないのだから付き合っていくことを考えよ、とのこと。幼少期に喘息患者向けキャンプみたいなもので知り合って未だに親同士の付き合いのある友人も同じことを言っている。

自分の体と仕事スピードが追いつかないんだろうか。

言い訳や甘えだって口にされてしま病気なのだから、やはり普通社会で働けているだけ、言い訳しかならないのかな。

ゲーム好きの夢

最初は新しいゲームアイディアか何かのように思った。だから書き記さなければいけないと感じた。

自分は広大なマインクラフトのような世界にいる。多くの建造物が様々な地形に埋もれているが、全体的にはどうやら東京のような現実都市のようである。いたるところから様々なサブ空間ワープできて、それはクラブハウスだったり、学校家庭科室だったり、着ぐるみみたいな青年が一人で乗っている宇宙船だったりした。ゲームのようにそれらは気軽にトライでき、そしてハマってもいつでもリセットすることができた。さながらゲームのように何度もそのクエストを遊ぶのだ。クエストの中身はいたって平和な内容で、砕いたチョコレートを溶かして型に流し込んだり、レゴブロックのようにばらばらになった部品からバギーを組み立てたりするものだった。そこにいる人たちはすべてリアル人間様相だった。フィールドと思しき空間マインクラフトのようにけっこうおおざっぱなつくりだ。しかマインクラフトのように単調な世界というより、ビルダーさんが頑張って作り込んだ世界のように、機械的に生成されたマップではなく、ちゃんとした一つの作り込まれ世界であった。この世界マインクラフト世界と違ったのが、頻繁に地震が起こることだ。地震が起こると空間に裂け目ができて、今までなかった場所に入り込めるようになる。そうやって空間の隙間隙間に潜り込むように冒険し、ビルの隙間からマグマが噴き出る地底に入ったり、アスファルトの裂け目からピラミッド古代遺跡のような空間に入っていった。そこでは様々なアイテムも手に入れた。先ほどのバギーもその一つだった。中でも印象的だったのは、あるリュックサックに入った缶詰だった。この缶詰を開けることになったのは、ひときわ大きな地震が起きた後だった。その地震によって今まで冒険していた世界の半分以上が崩れてしまい、今まではたまにしか出会うことのなかった着ぐるみのような生きものとか、赤いゼリーのような色をしてバギーに乗ったパンダとか、クレヨンで描いたような雑なホビットなんかがいたるところに表れていた。この崩れてしまった世界がどうやら新宿だったらしいこともこのころ知った。地震の際には必ずどこからアナウンスが流れてくる。地震を警告しているが、何らかの啓示のようにも聞こえる。断片的で意味深なことをいう。ゲーム的にはヒントのような存在なのかもしれない、と考えて、地震を避けつつも新たな空間に入り込んで探検を続ける。そんな中で、天井の高さが1mほどしかないが、体育館くらいの大きさの空間の中でリュックサックを見つけた。見つけたときは食料でも入っているかと期待したらしく、どうやらこの世界にも空腹の概念があるらしい。でも入っていたのはジップロックのように密閉された袋がひとつ付属メモに、開けるには「缶切り」が必要であることが書かれているほかは特に情報がなかった。このかばんを拾ってからしばらくして、大地震から逃げ延びた数十人が集まるキャンプに立ち寄った際、「缶切り」を持っている人から借りて、その袋を開けた。密閉されたポリ袋を何回も開けた先には、真空パックのように密閉された、はんごうのような形をした、手のひら大の容器だった。缶切りが必要だと書かれていた割には、単に引っ張れば開けられそうだったので、そこで缶切りは持ち主に返した。取り出した容器を思いっきり引っ張ってスポンといい音を立てて開けたら、中からスポンジが溢れてきた。溢れるなんてもんじゃない、元の容器の50倍くらいのサイズに大きく膨れ上がって、それはカピバラ二足歩行しているようななりをした生き物になった。彼曰く、この世界をこうしたのはある魔術師が原因らしい。そしてこの容器を開けてしまった自分は、魔術師呪いがかけられることになってしまった。それからしばらくすると、自分世界からまず音がなくなった。今まで冒険してきた様々な空間が、今まで以上に脈絡なく連鎖するようになっていった。ここまでに見てきた世界は、奇妙ながらも親しみが感じられる世界ではあった。”洞窟物語”とか”undertail”のように、仲良くなれそうな世界の温かみがあったのだが、それが途端に失われていったように感じる。新宿の奥底にある溶岩に囲まれ遺跡から一人暮らしの心優しい青年が旅している宇宙船内に移動したあと、船内の男子トイレの隣にある脱出ポッド勝手作動させて宇宙に放り出された。全くの無音が耐えがたい。魔術師呪いなのか。自分魔術師だったのか。よくわからないがこの冒険を終わらせたくなったが故の行動だろうと思った。感覚が失われつつもどんどんと左手に圧迫感を感じ始める。この感覚は良く知っているいつものアレだ。自分は寝相が悪い。よく変な方向に曲がった腕の痛みで目が覚めるのだ。

そうして目が覚めて、先ほどまでの夢の中での冒険譚を書き記そうと思い、ケータイで飛び込んできたミサイルニュースを横目にしつつ、忘れないようにこの文章を書いた訳です。詰まるところこの話は夢オチである。がしかし、今の自分にとってこの物語創作ではなく、れっきとした自分の夢で起こったノンフィクションだった。

自分は物書きではないが、ビジネス上の文章を1日にそこそこの文字数(この文章の5~10倍くらい)で書くことが多い。しかしこの文章では普段とは全く違う方法で書いた。「一切書き直しをしないで一気に書く」という方法だ。そうでもしないとどんどん薄れ消えゆく夢の内容を正確に書き残せないと思ったわけです。

最低限の誤字脱字は直したもの・・・我ながらひどい文章である。夢の記憶が薄れた今読み返しても、この記述が正確であるかどうかはもはや判断できないのだが、怒涛の展開があったという雰囲気はまぁとらえているような気がする。たぶん。

そして書き出してみると、昨晩自分がやっていたゲームとかの影響がちゃんと出ていて興味深い。夢は脳が記憶を整理する過程を見ているものらしいと昔何かで聞いた気がするが、確かにこの物語自分の夢だとよくわかる。だが支離滅裂にいろいろな要素が組み合わさっていて本当にカオスであるしかし夢というのは混沌とした塊ではあるが、非常に強烈な創造性も持っているのがよくわかる。

また今日みたいに、書き記したいと思ったら、また書いてみよう。

2017-08-20

無理して楽しんでる扱いされるのはよくわからない

普通に楽しいからやってる身として思うんだが

キャンプ飲み会旅行とか過大評価ってか期待しすぎなんじゃ・・・

別に一生に一回の一大イベントじゃないし敷居が高いわけでもない

楽しすぎて気が狂いそうみたいなのは中高では有るけど

20過ぎてから普通に楽しい普通に楽しんでる感覚

2017-08-18

黄色い大きな会社

子供の頃キャンプへ行く時に必ず通る道があり、その途中に黄色い大きな建物が沢山ある場所があった。

私はそれが凄い怖くて毎回わんわん泣いていた。

高校生になり、その建物産業用の機械を作る会社だと知る。

ほんの少しだけ尖っていたので、「んなだせぇ名前会社で働きたくねーよ」

なんて意味もなく言っていたが、大学生3年の時「ここではいくら逆立ちしてもそこで働けないなと」肌身で感じた。

そして大人になり、久しぶりにキャンプへ行った時その建物を見た。

中途で入社したいと思ったが、条件を見て無理ゲー確信

2017-08-17

ソロキャンプしたいという心性

ソロキャンプしたいよっていう心と

レストラン美食グルメしたいよっていう心とは

矛盾するものなのだろうか

妥協しあうことのないグループなのか

ソロキャンプラブな人は、オートキャンプ場ですら

否定するし( ^ω^)・・・

美食グルメしてからソロキャンプなんって

考える人なんて世の中には皆無絶無???

ハンモックソロキャンプ

都会でうまいもの+ソロキャンプ

都会でうまいもの+ソロキャンプという両方の欲求を満足させる

ために以下のようなプランを考えてみたが、どうもダメ( ^ω^)・・・

夜中の登山なんて怖くて

女じゃないからそういう意味では大丈夫だろうけど( ^ω^)・・・

やてん湯へGO実践した女が車中泊している間に殺された事件

あったよな→九州地方だったっけ?

繁華街で夕食 → 近郊型電車で移動 → 

登山 → どっか適当場所ハンモック設営 → 

睡眠 → 朝になったらコーヒーをコッヘルで → 

下山 → バスに乗車 → 帰宅

長距離バス大都市に出向きおいしいものを堪能したあと

どっか近くでハンモック睡眠。朝を迎えたい

読書日記】 一人を楽しむソロキャンプ

書名 一人を楽しむソロキャンプ

著者 堀田たかゆき

テントの代わりにハンモックで野営(睡眠)→ 目ウロコ

自分の好きなことを極め貫き実行する」ってな感じのことが巻末に!!!

感動

振り返って自分場合なにがやりたいことなんだろう???

長距離バス大都市に出向きおいしいものを堪能したあと

どっか近くでハンモック睡眠。朝を迎えたい

夜中の登山なんて怖くて

繁華街で夕食 → 近郊型電車で移動 → 

登山 → どっか適当場所ハンモック設営 → 

睡眠 → 朝になったらコーヒーをコッヘルで → 

下山 → バスに乗車 → 帰宅

2017-08-15

https://anond.hatelabo.jp/20170815115856

理不尽かね?

世間普通サラリーマンとかと休み合わせて

子ども連れてキャンプ行ったり実家帰ったりするの普通だろ

労働者権利いいじゃねえか

ブラック企業みたいに無理やり働かせるみたいなのはよくないだろ

おとなしくチェーン店行っておけばいい

2017-08-12

おばさんに公園名前を聞かれた

都内、家の近くの小さな公園で一人で作業をしていた。

100㎡ほどの、滑り台と砂場、ベンチが2個あるだけの小さな公園。他には誰もいない。

キャンプ道具を新しく買ったので、キャンプで使う前に使い方をマスターするために、作業をしていた。

ちなみにテントタープの組み立てではない。

すると、自転車に乗ったおばさんが公園前に立ち止まり、話しかけてきた。

「この公園名前ってなんですかね?」

特に名前も気にせずいつも使っていたので、知らなかった。なので、

ちょっとからないですが、そのあたりの看板に書いてないですか?」

と返した。するとおばさんは看板のほうへ向かって歩いていった。


やり取りが終わったあとに、なんで名前なんか気にしてたんだろう、待ち合わせとか?、と思いを巡らすも、「これだ!」という明確な回答が思い浮かばない。

一通り作業が終わったので、帰る前に公園名前が書いてないか確認してみた。

すると公園入り口に石のプレートがあり、○○児童公園と書いてあった。

児童公園? 大人は使っちゃダメだったのか? と思い、注意事項の掲示板をみると

児童公園ですので、子供が遊ぶのを邪魔してはいけません」と書いてあったが、大人は使うなとは書いてなかった。

深読みしすぎかもしれないが、あのおばさんは、

児童公園子供が遊ぶ場所なので大人は使うな」

ということを遠回しにいいたかったのか、という考えに至った。

誰もいない公園で、誰にも邪魔しないように作業してるだけなのに。

大人が使っていると、子供が近づきにくいからという、電車優先席に座らない健常者みたいな配慮が求められるのか? 今時の公園は。

これは自分深読みしすぎならいいのだが、本当に公園の利用でこんな配慮をしないといけないのなら、なんて生きづらい社会になったものだと思う。

ソロキャンプ

昨日はソロキャンプという貴重な体験

出発前虫さされ忘た以外ハok

場所迷ったのも休日ならではのご愛か?

一人でテントを張り、バーベキュー。羊骨付肉うまかった。新発見。火おき悪くかなりあせる。湿けた炭か?10時に就寝

雨降た。小雨よかった。3時過ぎに目が覚めた。5時間睡眠 よしよしヾ(・ω・`)

脳みそを休ませることができただろうか?

2017-08-10

酒粕呪縛

酒粕は捨てよう!今度キャンプ場で捨てよう!肥料にはなるだろう

2017-08-01

https://anond.hatelabo.jp/20170801081411

レベル上げは従来の物より簡単な気がする…

意識してレベリングせずともそれなりに上がっていくし

あと、PS4だとシンボルエンカウントなのが気持ち的に楽かな

ダンジョンとか探索中に敵を避けれるし、たまには戦ってやるか~

ってこっちから相手してやる気持ちの余裕ができる

移動とバトルはDQ10に慣れてるのでめんどくさく感じないけど従来のと比べると確かに時間かかるのかもね

キャンプで朝とか夜とか時間を調節できるから時間を気にした事はないな

2017-07-30

家族の思い出

 風呂掃除をしていてうっかりゾーンに入った。

タイルの目地を狂ったようにタワシで磨く行為を1時間程続けていたのだ。汗が眼に入った。脇から流れた汗がTシャツを通って腰に伝った。今日はよく晴れていて、風呂の窓からは蝉の声がシャーシャー聴こえてきた。頭の位置を変えたら酷い立ちくらみがして、大きく長い息を吐いた。

普段まったく家事をしない。必要に迫られないとしない。そして「必要に迫られている」と感じるのが人よりだいぶ遅いようで、自分でも呆れる位、家事をしない。

今日、年に何度か訪れるこのうっかりゾーン最中、あることを思い出した。

以前、同居人がいた。2年と少しくらい一緒に暮らしていた。

同居人家事全般、とりわけ料理が得意だった。事情があって一緒に暮らしはじめ、事情があって家事はあまり分担せず同居人が一手に引き受けていた。家事が好きだから、好きな方がやればいいじゃない、と同居人はよく言った。色んな事情があったので、バランスを取るために自然とそうしていたのだと今では思っている。そして実際うまく機能していたと思う。

それでもたまに、何から何まで申し訳ないなと思うことがさすがにあった。そんなとき今日のように風呂タイルの目地を磨いたりしていた。家事が苦手な人の特徴なのか、自分の特徴なのかは知らないが、いったんやり始めると今日のようにうっかりゾーンに入る。一時間や二時間、平気でタイルを磨いていた。

そんな時よく同居人背中から声をかけてきた。「お茶のみませんか」「居酒屋さんごっこしませんか(揚げ物とビールを準備しているとき)」「お蕎麦屋さんごっこしませんか(日本酒卵焼き、板わさを準備しているとき)」。

背中から鬼気迫るものを感じていたのだろう。無理にとは言いませんけど、区切りませんか、そんなニュアンスだった。そんな時はたいていハッと引き戻されて「するする」と犬のように尻尾を振ってタワシを投げ出して、いい匂いを嗅ぎながらタオルで濡れた身体を拭いた。

今日タイル磨きをやめるタイミングを掴み損ねて、立ちくらみを味わいながらそんなことを思い出した。

 かつての同居人とは、何故かあるタイミングでお互いの事情が一致して暮らし始めた。

行為は付かず離れずしていたが、恋人ではなかった。友だちとも違った。同じ家で暮らして、一緒に起きて、一緒に食べて、一緒に眠る人だった。子供ができたらいいね、と年に何度か言い合うことがあった。動物として自然の流れでそうなったらいいね、という意味だ。自分同居人も、お互いについての感情は「たまたま一緒の檻になったライオン」のような温度だった。

恋愛感情が無かったわけではなくて、持っていた頃も多分あった。お互いそうだと思う。ただいろんな事情理由があって、結婚選択肢に入らなかった。それぞれが別の異性と遊んだりすることもあった。「浮気してくる」「異性と交遊してくる」と言って出かけることもお互いあった。気をつけてね。何時に帰るの。お互い自分自身をそんなに素晴らしい人間だと思っていない同士、そんな生活に不満は無かった。一緒に暮らし続けた。

 もちろん人間感情はそんなに陶器のようにツルンとしてないようで、色んな諍いはあった。お互い思った事を口に出す人間では無かったので(悲しいことだと今では思う)、喧嘩にはならなかった。言い争いの代わりに、子どもや猫のような抗議をお互いよくした。突然夜中に居なくなったり、家に帰らなかったり、メールに返信せずに心配させたり、寝たふりをして返事をしなかったり、料理をしなかったり、料理を食べなかったり。そんな小さいギザギザは数ヶ月に一度あった。それでも同居人とは同じ檻同士、基本的に信頼しあっていた。お互い求められた通りの心配をした。夜中の公園真冬に探し回ったり、帰ったら好きなお酒料理音楽が準備されていたり、心にもない優しい言葉をかけたりした。どうせ仲直りするのはお互い分かっていた。早くしたいとお互い思っていたのだ。諍いに限らずあらゆる事が、始まり方は子どもでも終わり方は大人だったと思う。

 一緒に暮らしから色んな事が変わった。そして、これは自分にとって驚くべきことなのだが、色んな事を学んだ。

まず、健康になった。皮膚や髪の毛の質、睡眠の質が変化した。これは食事がガラッと変わったので当たり前なのかも知れないが、自分には驚くべき事だった。風邪を引いたり、一日寝て過ごす事も減った。同居人が酒好きだったので、自然自分の飲む量は減った。酔っ払いが二匹居ては収集がつかないと思ったためだ。伴って体重も減った。

趣味世界物事視野も広がった。同居人にとって当たり前のことは、初めて知る事ばかりだった。色んなモノが世の中にはあること、それぞれの用途のこと。野菜ジュース野菜代替にならないこと。直火炭火焼きの違いのこと。季節の食べ物のこと。いろんなお酒が世の中にあること。いろんな方言のこと。悲しいとき運動をするといいこと。泣きながらご飯を食べられないこと。スーパー鮮魚を買うと捌いてくれること。沖縄本州で畳のサイズが違うということ。島の暮らしのこと。革製品の手入れのこと。

そして、自分にとって当たり前のことにも興味を示された。テクノエレクトロニカのこと。色んな漫画や本のこと。映画や芝居のこと。旅行海外のこと。色んな動物のこと。身体の変化のこと。変な服のブランドのこと。仏教イスラム教ヒンズー教のこと。お互いの好きな物を教え合ううちに教えられた方が詳しくなって、それが原因で諍いになることもあった。ばかっぽい。村上龍キャンプについてはそうだった。だいたい土日の昼間に料理を作っている同居人の周りをチョロチョロしながら様々な話をした。自分がこんなに話をする人間である事や、甘えたがる人間である事、そして人間に救われる人間である事。ある業界仕事をしていた時期から人間を信頼することは自分とあまり関わりがないと思っていた自分にとって、これは大きな発見であり変化であった。アルキメデス浮力発見した事に次いで偉大な功績だった。ユリイカ

そんな暮らしの中であっても、人間は変化する生き物なのだった。自分にも、変化のスピード生活を合わせたいと思う時期が訪れた。それで、同居はやめた。自分が変化したのは同居人との暮らしのお陰だった。それはとても辛かった。それでも、時間が経った今はあの決断をした自分は偉かったと思う。偉大な功績だ。ユリイカユリイカとして、正しいか死ぬ時まで解らない。

 多分ここまで読んで、同居人との関係性について嫌悪感を示す人もいるだろうと思う。我々は少しネジの緩んだ同士だった。誰にも理解されないような、子ども同士の暮らしみたいな生活が好きだったのだ。毎日親がいない家みたいだった。ヘンゼルとグレーテルのようだった。一般的理解できないものを受け入れることが、わりあい得意な人間同士だったんだろうと思う。人間は変化するので、多分いま暮らしても同じふうにはならない。でも、かつての同居人は今でも家族のような感じがする。かつての同居人もそう思っている気がする。うまい言葉が見当たらないが、belongしあっているという感じ。今でもたまに顔を合わすと、たまに会う親戚のような顔をされる。元気にしてるの、ごはん食べてるの、ちゃんと洗濯してるの。言葉にはしないけれど眼から発信されてくる。

 先日、会社女性に「彼氏同棲しようかなって話してるんです」と言われた。相談ではなく背中を押して欲しいだけなんだと表情から伝わった。なので、「同居はいいよ」と無責任なことを言った。こいつの責任を持つ筋合いはない。「同居はいいよぉ、まいンち、楽しいことしかないよ」。

 同居はいいよ。毎日楽しいことしかないよ。

 家族になるっていいよ。

 同居をやめたのは、今日みたいな夏の暑い日だった。突然ひとりにした。突然ひとりになった。「素直に言ってくれてありがとう」という言葉。「がんばったね」。依存しあうものが無くなったあの開放感と、途方もない悲しさ。同居人が見えなくなるまで距離を取ってから階段でめちゃくちゃに泣いた。部屋に入るまでもたなかった。汗と涙と鼻水がごちゃごちゃになった。蝉の声がシャーシャー聴こえてきた。鼻の奥がずっとツーンとして、酸欠になって頭がくらくらした。一人にしないで一人にしないでと布団の中で喚いた。相手のほうが思っていただろうと思う。だから相手には言えなかった。血縁上の家族以上に大切だった。人工の家族だった。相手可哀想から、という感情共依存だと知っていた。お互いの変化を阻害すると知っていた。だから行動に移した。自分のために手放した。相手理由にするのは相手を一番傷つけると知っていた。対等な人間関係でありたいと願う、自分に残った唯一の正義だった。

何を見ても同居人連想する日々が続いた。何をしても楽しくなかった。食事の質が落ちたせいで体調も変わった。それでも不思議と、死んでしまいたいとは思わなかった。悲しい事に集中すると、他の事に集中しすぎずに済んだ。なんていうか色々捗った。ロボットのように仕事食事や人付き合いをこなした。こんな辛いことを乗り越えたのだから、何があっても生きていけるだろうと、直感理解した。悲しいとき運動をした。泣きそうになったらご飯を食べた。あれからだいぶ時間が経った。何かを見て同居人を思い出すことは、今では殆ど無くなった。

それで今日風呂場でうっかりゾーンに入って思い出した。

人間記憶はすべて熱量だと思っている。同居をやめてから、変化に対応していくなかで、たくさんの記憶熱量エネルギーに変換して生きてきた。変換したら消えていく。記録と事実は残るが、涙が出るような、胸が痛むような熱量は、失ったら二度と戻らない。

あらゆる事について、もう少し若い頃はこの「失っていく感覚」「燃えていく感覚」を怖いと思っていた。なるべく残したくて、よくテキストにしていた。いつからかそんな執着は無くなり「燃えているな」「もう二度と会えないんだな」とまっすぐに見つめるようになった。何かを決断した自分が得た変化の一つだ。燃えエネルギーを、これから別のなにかに注ぐ事。もう二度と出会えない分だけ、新しい事が入る余地が出来るんだろう。望むと望まざるに関わらずだ。

もう思い出す種火が少なくなっているのかもしれない。タワシを洗いながらそう感じた。消える前の焚き火を思い浮かべた。少しくらい残したっていいだろう。それくらい愛していた。自信をくれたのだ。自分で作った人工の家族の思い出の事。嘘は一つも書いていないが、自分同居人性別や年齢や重要なことは書かない。

同居はいいよ。毎日楽しいことしかなかったよ。

2017-07-27

雷怖い

幼少期、親に連れられいったキャンプで近くに雷が落ちる経験をして以来、完全にトラウマになりました…。

父は雷が平気なので、外は目を開けてられないぐらいまぶしいし、

明らかに光った瞬間に車が揺れたりするぐらい激しい雷なのに普通に外に出ていくので

父が死ぬのでは、と思って余計怖くてそれもトラウマで…

小学校に入っても中学高校出ても、社会人になっても一向に治る気配なし。

一番ひどい時は雷がなるだけで過呼吸になってたりしたけど

最近はましになったとはいえ、家の中にいる時は耳栓をつけて布団にもぐらないと、正気を保てない感じがします…。

とにかく怖い。

心療内科に通ったら、日常生活が送れる程度になったりするのかなぁ…

耳栓して震えながら「あれは花火だ…花火の音は平気じゃないか…雷だと思わなければ大丈夫…」と自分に言い聞かせては

目開けてみて光を見てしまってギャー!!!って悲鳴をあげる日々です。

雷平気になったよって方がいらっしゃったらぜひ対策教えてください。

っていうかこんなに化学が発達しているんだからそろそろ雷なくせないのかな??

偉い人頑張ってほしい。

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