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2021-04-27

[]GeoGuessr日記7

無料版。シングルプレイヤーマップは「The World」。時間は無制限

1問目

だだっ広い平野に似たような三角屋根住宅コピペしたように建ち並んでいる。

これだけとんがった三角屋根だと雪が降るような地域だったりするのかな。

雰囲気的にヨーロッパだと思うけど、標識とかは英語じゃないなあ。フランスかな?

初期地点は「RUE des LEPTURES」という道路らしい。

標識。「D164」は道路番号かな。「LES TOUCHES」「TEILLE」「ANCENIS」といった案内が。

地図で探してみるとフランス北西部・ナントの近くにD164号線を発見

道を辿ってLES TOUCHESを見つける。となると初期地点は「Ligne」という町かな。

「RUE des LEPTURES」も発見したので解答ボタン

誤差は3m。5000ptだった。

2問目

だだっ広いところに道一本。建物も見当たらない。

南西に向けて進む。道路標識に「Pratoleva」とある

またしばらく進むと「MONTEFIASCONE」「VITERBO」「ORVIETO」といった案内標識

イタリアっぽい…か?

ORVIETOの方に進む道は「A1」らしい。

さらに進むと「BAGNOREGIO」「VITERVO」といった標識

いったん初期地点に戻って東のほうへ進んでいくと、

「VITERVO」「GRAFFINGNANO」「CELLENO」「ORVIETO」「CIVITELLA DAGLIANO」「BAGNOREGIO」といった標識

どれかの地名に引っかかれば…と思って地図を眺めていたけど、ローマの北のほうで「VITERVO」を発見

うーん、地名はわかったが初期地点の具体的な場所がわからないな。諦めるか。というわけで適当に解答。

誤差は3.5km。4988ptだった。

3問目

大草原にまっすぐに道が通っている。建物は見えない。連続でこういうタイプか。つらい。

とりあえず西に進む。「Hope Town」「Lake Lascelles」という標識が。

まっすぐ行くと「B200 Warracknabeal」。右に行くと「C247 Patchewollock Walpeup」。引き返すと「B200 Mildura」。

何語だ。いや基本的には英語圏なんだが。この道がB200だということは分かった。

英語圏でこの広さってことはまたオーストラリアなのかな。

あ、カンガルー標識オーストラリアだな。

というわけで地図にらめっこしてアデレードメルボルンあいだくらいにB200の道路ホープタウンを発見

で解答。誤差は2.7km。4991ptだった。

4問目

ちょっと歴史のある感じの小さな町。と思ったら大通りに出るとめちゃくちゃでかいな。

なんか国会議事堂みたいな立派な建物があるけどあれはなんだろう。

店のウェブサイトドメインが.uyだ。どこだ。Uruguayとかか。

おっ、国旗が掲揚されている。本当にウルグアイじゃないか

この規模の都市だとモンテビデオかなあ。

と思ったらPuerto De Montevideoがあったので本当にモンテビデオだった。

通りの名前から初期地点を割り出して解答。

誤差は5m。5000ptだった。

5問目

真っ先に目に飛び込んできた景色だけで言うけど、これタージマハルじゃね?

間違いないよ、タージマハルだよこれ。よく見る構図のやつだよ。

ストビューでこんな綺麗に見えるもんなんだな。ありがたや。

いや、ちょっと待て。タージマハルってインドのどこにある?

どこだっけ。東の方じゃなかった?

外にも出られねえしもうわかんねえな。

最後に罠だなあ。もう適当に行くか。

ぜんぜん東じゃなかったな。真ん中ちょっと北めのAgraという町だった。

誤差は1,010 km。2540pt。

結果

トータルスコアは22519ptだった。

というわけでGeoGuessr日記は今回が最終回でした。

一週間の集中連載でしたがご愛読ありがとうございました。

また世界のどこかでお会いしましょう。

2021-04-23

[]GeoGuessr日記3

無料版。シングルプレイヤーマップは「The World」。時間は無制限

1問目

ちょっと古びた住宅街。パッと見では日本かと思ったが、看板文字中国語

標識に「育徳路」「新吉路」と書いてある。その交差点が初期地点だ。

とりあえず大きな建物が見えるほうに進んでみる。

やはり住宅のつくりが日本に似ている。ちょっと親近感が湧く。

大通りに出た。これが「樹考路」というらしい。

すぐ近くの店名に「香港」と付く店が2軒、「台中」と付く店も2軒。

この街香港/台中なのか、それとも香港/台中本店があるチェーンだったりするのか。

とりあえず香港台中で「樹考路」を探してみるか。

香港の道は「〜〜街」とか「〜〜道」という名前が多いかもしれない。

「〜〜路」が多いのは圧倒的に台中だ。というわけで台中市に絞ろう。

道の名前けがヒントなので意外に手間取ったが、何とか「樹考路」を見つけた。

そこから辿って「育徳路」「新吉路」の交差点

誤差は14.1m。5000ptだった。

2問目

わりと広い道の交差点信号機そばアメリカ国旗が掲げられている。

間違いなくアメリカ国旗好きだなおい。

国道番号として「201A」と「2」が書いてある。もう少し進むと高速道路番号「95」。

アメリカはわかりやすくてよい。

高速道路95号線はアメリカ東海岸縦断する道のようで、

北東部まで辿っていくと国道2号線と並走するようなところがあった。

その周辺を探ってみると「201A」も発見

201A号線と2号線が交差する「ノリッジウォック」のあたりで解答ボタン

誤差は144.5m。5000ptだった。

3問目

南北に真っ直ぐに伸びた閑静な並木道。どこまでも森の中という感じ。

なにかの建物(表札などはない)の門前が初期地点だが、その他に建物があるようには思えない。

とりあえず北に向かって進んでみよう。

最初標識。出たぞ、キリル文字だ。「БОРОДИНСКОЕ」かな。

他の地名と照らし合わせて解読してみよう。

Бは「B」、Рが「R」、ゴルァの口が「D」、Иが「I」、Нが「N」、Сが「S」か。

というか「КОНДИНСКОЕ」という地名を見つけた。

これの読みが「コンジンスコエ」なので、БОРОДИНСКОЕは「ボロジンスコエ」と読むのだろう。

この「〜〜スコエ」という地名は他にも見られる。なにか「〜〜山」とか「〜〜川」みたいな意味なのかもしれない。

ロシア地名によくある「〜〜スク」の変形とか?

そしてロシア中南部あたりに集中している気がするのでボロジンスコエもそのあたりにあるかもしれない。

でもそれ以上は分からん

ロシア広すぎんよー。

北に進みまくっても何もなかったので出発点に戻って南へ行く。

あっさり小さな町(というか村?)があった。

その町の入口看板に「ATTENTION! ZONE OF THE BORDER CONTROL!」と英語で書いてある。

ロシア国旗が掲げられているのでやはりロシアなんだろうと思うが。

Border Controlというのは国境かなにかだろうか。国境付近?

ここらへんで諦めてロシア南部、オムスクのあたりで解答ボタンを押した。

うーん、ぜんぜん違った。

国境というのは合っていたが、南ではなく西、フィンランドとの国境付近だ。

サンクトペテルブルグの北西に「ボロジンスコエ」という町はあった。

残念。誤差は2675.1km。832ptだった。

ロシア広すぎんよー。

4問目

けっこう大きめの街。看板が多くて助かる。言語英語っぽくない。

「MERCAMA'S DOMINICANA」という店があったのでドミニカなのかな。

ドミニカってドミニカ国とドミニカ共和国と二つあるんだっけ?

道路標識があったが色褪せていてほぼ読めない。

大きな橋があった。やはり色褪せていて読みづらいが「REGRESA PRO…」と書かれた標識が見える。橋の名前だったらいいけど。

なんか大きめの胸像みたいなものが見えるな。「DR. JOSE FRANCISCO PEÑA GOMEZ」と書かれている。あとで調べてみるか。

うーん、だいぶ探したが案内標識のたぐいがない。街の名前がわからない。

看板の上のほうにちょろっと「SANTO DOMINGO ESTE」と書いてるんだよな。やはりドミニカなのか。

あと「SAN VICENTE DE PAUL」というのが道の名前らしい。

でもサント・ドミンゴエステサント・ドミンゴとは違う地区らしい?)に絞って探したけどそれらしい道や橋は見つからない…

諦めてサント・ドミンゴエステの真ん中で解答ボタンを押した。

誤差3.8km。4987pt。意外と惜しい。でもストビューの印象と地図がぜんぜん違うな。

「José Francisco Peña Gómez」さんはドミニカ共和国の有名な政治家で元サント・ドミンゴ市長だったらしい。

5問目

住宅街。見たこともない文字が見える。どこだここ。

大通りに出てみる。なんか急に日本語で「ねぎらーめん」って書いてある店があるぞ。

あと「づぼらや」の写真日本人の店なのか。「Negi Ramen Trang」とアルファベットで書いてある。

なんとなく東南アジアっぽいな。

ここのストリートビュー歩道視点なんだが。自転車で走ってる?

「Trang」という文字列をよく見かける。町の名前なのか?

看板に「ASIAN DELIGHT」「THAI TASTE」って書いてある。

タイだといいなあ。タイ語ってこんなんだっけ。

標識に「Trang City Hall」とある。やはり「Trang」という街なのでは。

地図で探してみるか。あった。タイ南部の町・トラン。

まっすぐ南北に走る広めの道からねぎらーめん」を探す…おお、見つけた。

解答ボタンを押す。誤差は5.7m。5000ptだった。

結果

トータルスコアは20819ptだった。ロシア問題がつらかったな。

2021-03-28

電話死ぬほど怖い

 電話が苦手だ。掛けるのも受けとるのも。メモしたのが本当に合ってるのか分からない。あと大抵緊急性があって悪い知らせのが多いかトラウマだ(レンタルビデオ屋の延滞、その日ないと思ってたバイトが実はあった、等) 苦手な理由を三つにまとめてみた。

①確実性がない

③「今」である

②聞き取れない

 一つ目は「確実性がない」ということ。メール文章に残るし、いつでも確認ができる。相手の都合もあまり考えなくて良い。電話は難しい。メモしたとしても間違っている可能だってある。

 二つ目は「今である」こと。電話ing現在進行形だ。電話しながら予定を聞かれると困る。スケジュールスマホ管理しているため、電話しながら予定が見れない。トイレ入ってるときとか出たくないし。こっちの予定を考えてくれない。いつ掛かってくるか分からない電話のために、常にスケジュール帳を持ち歩くほど几帳面ではない。

 三つ目は「聞き取れない」こと。家で一人のときじゃないと掛けられないし受け取れない。これは個人差が大きいだろう。雑音が混じると途端に混乱して、何も聞こえなくなる。ファミレスバイトしていたときから電話対応が本当に苦痛だった。あそこは雑音の巣窟である。客のお喋り、キッチン調理音、ガチャガチャと皿を洗う音、大通りから車もブンブン鳴る。あと電話向こうの声が小さすぎて全く聞こえない。向こうは静かな家から掛けているから小さく話すのだろう。しかこちらは雑音に囲まれて聞き取れないのである。お店に電話するとき威圧しない程度に大きな声でお願いします。

 メールというありがたい確実な連絡手段があるのに、わざわざ電話を使うのは生産的じゃないなあと思う。それを使わなければならない所がたくさんあるのは分かるのだが、電話は嫌い。咄嗟言葉出てこないし、おかしいと思ったところも上手く突っ込めない、質問できない。早く電話切りたい、という気持ちが先行するから

 歯医者さんはLINEで予約できるところに通っている。サンキュー

 電話必要ない職種ってなんだろう。エンジニア無知です

2021-03-22

D坂

それは九月初旬のある蒸し暑い晩のことであった。私は、D坂の大通りの中程にある、白梅軒はくばいけんという、行きつけのカフェで、冷しコーヒーを啜すすっていた。当時私は、学校を出たばかりで、まだこれという職業もなく、下宿屋にゴロゴロして本でも読んでいるか、それに飽ると、当てどもなく散歩に出て、あまり費用のかからカフェ廻りをやる位が、毎日日課だった。この白梅軒というのは、下宿から近くもあり、どこへ散歩するにも、必ずその前を通る様な位置にあったので、随したがって一番よく出入した訳であったが、私という男は悪い癖で、カフェに入るとどうも長尻ながっちりになる。それも、元来食慾の少い方なので、一つは嚢中のうちゅうの乏しいせいもあってだが、洋食一皿注文するでなく、安いコーヒーを二杯も三杯もお代りして、一時間も二時間もじっとしているのだ。そうかといって、別段、ウエトレスに思召おぼしめしがあったり、からかったりする訳ではない。まあ、下宿より何となく派手で、居心地がいいのだろう。私はその晩も、例によって、一杯の冷しコーヒーを十分もかかって飲みながら、いつもの往来に面したテーブルに陣取って、ボンヤリ窓の外を眺めていた。

 さて、この白梅軒のあるD坂というのは、以前菊人形きくにんぎょうの名所だった所で、狭かった通りが、市区改正で取拡げられ、何間なんげん道路かい大通になって間もなくだから、まだ大通の両側に所々空地などもあって、今よりずっと淋しかった時分の話だ。大通を越して白梅軒の丁度真向うに、一軒の古本屋がある。実は私は、先程から、そこの店先を眺めていたのだ。みすぼらしい場末ばすえの古本屋で、別段眺める程の景色でもないのだが、私には一寸ちょっと特別の興味があった。というのは、私が近頃この白梅軒で知合になった一人の妙な男があって、名前明智小五郎あけちこごろうというのだが、話をして見ると如何いかにも変り者で、それで頭がよさ相で、私の惚れ込んだことには、探偵小説なのだが、その男の幼馴染の女が今ではこの古本屋女房になっているという事を、この前、彼から聞いていたからだった。二三度本を買って覚えている所によれば、この古本屋の細君というのが、却々なかなかの美人で、どこがどういうではないが、何となく官能的に男を引きつける様な所があるのだ。彼女は夜はいつでも店番をしているのだから、今晩もいるに違いないと、店中を、といっても二間半間口の手狭てぜまな店だけれど、探して見たが、誰れもいない。いずれそのうちに出て来るのだろうと、私はじっと目で待っていたものだ。

 だが、女房は却々出て来ない。で、いい加減面倒臭くなって、隣の時計屋へ目を移そうとしている時であった。私はふと店と奥の間との境に閉めてある障子の格子戸がピッシャリ閉るのを見つけた。――その障子は、専門家の方では無窓むそうと称するもので、普通、紙をはるべき中央の部分が、こまかい縦の二重の格子になっていて、それが開閉出来るのだ――ハテ変なこともあるものだ。古本屋などというものは、万引され易い商売から、仮令たとい店に番をしていなくても、奥に人がいて、障子のすきまなどから、じっと見張っているものなのに、そのすき見の箇所を塞ふさいで了しまうとはおかしい、寒い時分なら兎とも角かく、九月になったばかりのこんな蒸し暑い晩だのに、第一あの障子が閉切ってあるのから変だ。そんな風に色々考えて見ると、古本屋奥の間に何事かあり相で、私は目を移す気にはなれなかった。

 古本屋の細君といえば、ある時、このカフェのウエトレス達が、妙な噂をしているのを聞いたことがある。何でも、銭湯で出逢うお神かみさんや娘達の棚卸たなおろしの続きらしかったが、「古本屋のお神さんは、あんな綺麗きれいな人だけれど、裸体はだかになると、身体中傷だらけだ、叩かれたり抓つねられたりした痕あとに違いないわ。別に夫婦仲が悪くもない様だのに、おかしいわねえ」すると別の女がそれを受けて喋るのだ。「あの並びの蕎麦屋そばやの旭屋あさひやのお神さんだって、よく傷をしているわ。あれもどうも叩かれた傷に違いないわ」……で、この、噂話が何を意味するか、私は深くも気に止めないで、ただ亭主が邪険なのだろう位に考えたことだが、読者諸君、それが却々そうではなかったのだ。一寸した事柄だが、この物語全体に大きな関係を持っていることが、後になって分った。

 それは兎も角、そうして、私は三十分程も同じ所を見詰めていた。虫が知らすとでも云うのか、何だかこう、傍見わきみをしているすきに何事か起り相で、どうも外へ目を向けられなかったのだ。其時、先程一寸名前の出た明智小五郎が、いつもの荒い棒縞ぼうじまの浴衣ゆかたを着て、変に肩を振る歩き方で、窓の外を通りかかった。彼は私に気づくと会釈えしゃくして中へ入って来たが、冷しコーヒーを命じて置いて、私と同じ様に窓の方を向いて、私の隣に腰をかけた。そして、私が一つの所を見詰めているのに気づくと、彼はその私の視線をたどって、同じく向うの古本屋を眺めた。しかも、不思議なことには、彼も亦また如何にも興味ありげに、少しも目をそらさないで、その方を凝視し出したのである

 私達は、そうして、申合せた様に同じ場所を眺めながら、色々の無駄話を取交した。その時私達の間にどんな話題が話されたか、今ではもう忘れてもいるし、それに、この物語には余り関係のないことだから、略するけれど、それが、犯罪探偵に関したものであったことは確かだ。試みに見本を一つ取出して見ると、

絶対発見されない犯罪というのは不可能でしょうか。僕は随分可能性があると思うのですがね。例えば、谷崎潤一郎の『途上』ですね。ああした犯罪は先ず発見されることはありませんよ。尤もっとも、あの小説では、探偵発見したことになってますけれど、あれは作者のすばらしい想像力が作り出したことですからね」と明智

「イヤ、僕はそうは思いませんよ。実際問題としてなら兎も角、理論的に云いって、探偵の出来ない犯罪なんてありませんよ。唯、現在警察に『途上』に出て来る様な偉い探偵がいない丈ですよ」と私。

 ざっとこう云った風なのだ。だが、ある瞬間、二人は云い合せた様に、黙り込んで了った。さっきから話しながらも目をそらさないでいた向うの古本屋に、ある面白い事件が発生していたのだ。

「君も気づいている様ですね」

 と私が囁くと、彼は即座に答えた。

「本泥坊でしょう。どうも変ですね。僕も此処ここへ入って来た時から、見ていたんですよ。これで四人目ですね」

「君が来てからまだ三十分にもなりませんが、三十分に四人も、少しおかしいですね。僕は君の来る前からあすこを見ていたんですよ。一時間程前にね、あの障子があるでしょう。あれの格子の様になった所が、閉るのを見たんですが、それからずっと注意していたのです」

「家の人が出て行ったのじゃないのですか」

「それが、あの障子は一度も開かなかったのですよ。出て行ったとすれば裏口からしょうが、……三十分も人がいないなんて確かに変ですよ。どうです。行って見ようじゃありませんか」

「そうですね。家の中に別状ないとしても、外で何かあったのかも知れませんからね」

 私はこれが犯罪事件ででもあって呉れれば面白いと思いながらカフェを出た。明智とても同じ思いに違いなかった。彼も少からず興奮しているのだ。

 古本屋はよくある型で、店全体土間になっていて、正面と左右に天井まで届く様な本棚を取付け、その腰の所が本を並べる為の台になっている。土間の中央には、島の様に、これも本を並べたり積上げたりする為の、長方形の台が置いてある。そして、正面の本棚の右の方が三尺許ばかりあいていて奥の部屋との通路になり、先に云った一枚の障子が立ててある。いつもは、この障子の前の半畳程の畳敷の所に、主人か、細君がチョコンと坐って番をしているのだ。

 明智と私とは、その畳敷の所まで行って、大声に呼んで見たけれど、何の返事もない。果して誰もいないらしい。私は障子を少し開けて、奥の間を覗いて見ると、中は電燈が消えて真暗だが、どうやら、人間らしいものが、部屋の隅に倒れている様子だ。不審に思ってもう一度声をかけたが、返事をしない。

「構わない、上って見ようじゃありませんか」

 そこで、二人はドカド奥の間上り込んで行った。明智の手で電燈のスイッチがひねられた。そのとたん、私達は同時に「アッ」と声を立てた。明るくなった部屋の片隅には、女の死骸が横わっているのだ。

「ここの細君ですね」やっと私が云った。「首を絞められている様ではありませんか」

 明智は側へ寄って死体を検しらべていたが、「とても蘇生そせいの見込はありませんよ。早く警察へ知らせなきゃ。僕、自動電話まで行って来ましょう。君、番をしてて下さい。近所へはまだ知らせない方がいいでしょう。手掛りを消して了ってはいけないから」

 彼はこう命令的に云い残して、半町許りの所にある自動電話へ飛んで行った。

 平常ふだんから犯罪探偵だと、議論丈は却々なかなか一人前にやってのける私だが、さて実際に打ぶっつかったのは初めてだ。手のつけ様がない。私は、ただ、まじまじと部屋の様子を眺めている外はなかった。

 部屋は一間切りの六畳で、奥の方は、右一間は幅の狭い縁側をへだてて、二坪許りの庭と便所があり、庭の向うは板塀になっている。――夏のことで、開けぱなしだから、すっかり、見通しなのだ、――左半間は開き戸で、その奥に二畳敷程の板の間があり裏口に接して狭い流し場が見え、そこの腰高障子は閉っている。向って右側は、四枚の襖が閉っていて、中は二階への階段と物入場になっているらしい。ごくありふれた安長屋の間取だ。

 死骸は、左側の壁寄りに、店の間の方を頭にして倒れている。私は、なるべく兇行当時の模様を乱すまいとして、一つは気味も悪かったので、死骸の側へ近寄らない様にしていた。でも、狭い部屋のことであり、見まいとしても、自然その方に目が行くのだ。女は荒い中形模様の湯衣ゆかたを着て、殆ど仰向きに倒れている。併し、着物が膝の上の方までまくれて、股ももがむき出しになっている位で、別に抵抗した様子はない。首の所は、よくは分らぬが、どうやら、絞しめられた痕きずが紫色になっているらしい。

 表の大通りには往来が絶えない。声高に話し合って、カラカラ日和下駄ひよりげたを引きずって行くのや、酒に酔って流行唄はやりうたをどなって行くのや、至極天下泰平なことだ。そして、障子一重の家の中には、一人の女が惨殺されて横わっている。何という皮肉だ。私は妙にセンティメンタルになって、呆然と佇たたずんでいた。

「すぐ来る相ですよ」

 明智が息を切って帰って来た。

「あ、そう」

 私は何だか口を利くのも大儀たいぎになっていた。二人は長い間、一言も云わないで顔を見合せていた。

 間もなく、一人の正服せいふくの警官背広の男と連立ってやって来た。正服の方は、後で知ったのだが、K警察署の司法主任で、もう一人は、その顔つきや持物でも分る様に、同じ署に属する警察医だった。私達は司法主任に、最初から事情を大略説明した。そして、私はこう附加えた。

「この明智君がカフェへ入って来た時、偶然時計を見たのですが、丁度八時半頃でしたから、この障子の格子が閉ったのは、恐らく八時頃だったと思います。その時は確か中には電燈がついてました。ですから、少くとも八時頃には、誰れか生きた人間がこの部屋にいたことは明かです」

 司法主任が私達の陳述を聞取って、手帳に書留めている間に、警察医は一応死体の検診を済ませていた。彼は私達の言葉のとぎれるのを待って云った。

絞殺ですね。手でやられたのです。これ御覧なさい。この紫色になっているのが指の痕あとです。それから、この出血しているのは爪が当った箇所ですよ。拇指おやゆびの痕が頸くびの右側についているのを見ると、右手でやったものですね。そうですね。恐らく死後一時間以上はたっていないでしょう。併し、無論もう蘇生そせいの見込はありません」

「上から押えつけたのですね」司法主任が考え考え云った。「併し、それにしては、抵抗した様子がないが……恐らく非常に急激にやったのでしょうね。ひどい力で」

 それから、彼は私達の方を向いて、この家の主人はどうしたのだと尋ねた。だが、無論私達が知っている筈はない。そこで、明智は気を利かして、隣家時計屋の主人を呼んで来た。

 司法主任時計屋の問答は大体次の様なものであった。

「主人はどこへ行ったのかね」

「ここの主人は、毎晩古本の夜店を出しに参りますんで、いつも十二時頃でなきゃ帰って参りません。ヘイ」

「どこへ夜店を出すんだね」

「よく上野うえのの広小路ひろこうじへ参ります様ですが。今晩はどこへ出ましたか、どうも手前には分り兼ねますんで。ヘイ」

「一時間ばかり前に、何か物音を聞かなかったかね」

「物音と申しますと」

「極っているじゃないか。この女が殺される時の叫び声とか、格闘の音とか……」

「別段これという物音を聞きません様でございましたが」

 そうこうする内に、近所の人達が聞伝えて集って来たのと、通りがかりの弥次馬で、古本屋の表は一杯の人だかりになった。その中に、もう一方の、隣家足袋屋たびやのお神さんがいて、時計屋に応援した。そして、彼女も何も物音を聞かなかった旨むね陳述した。

 この間、近所の人達は、協議の上、古本屋の主人の所へ使つかいを走らせた様子だった。

 そこへ、表に自動車の止る音がして、数人の人がドヤドヤと入って来た。それは警察からの急報で駈けつけた裁判所の連中と、偶然同時に到着したK警察署長、及び当時の名探偵という噂の高かった小林こばやし刑事などの一行だった。――無論これは後になって分ったことだ、というのは、私の友達に一人の司法記者があって、それがこの事件の係りの小林刑事とごく懇意こんいだったので、私は後日彼から色々と聞くことが出来たのだ。――先着の司法主任は、この人達の前で今までの模様を説明した。私達も先の陳述をもう一度繰返さねばならなかった。

「表の戸を閉めましょう」

 突然、黒いアルパカ上衣に、白ズボンという、下廻りの会社員見たいな男が、大声でどなって、さっさと戸を閉め出した。これが小林刑事だった。彼はこうして弥次馬を撃退して置いて、さて探偵にとりかかった。彼のやり方は如何にも傍若無人で、検事や署長などはまるで眼中にない様子だった。彼は始めから終りまで一人で活動した。他の人達は唯、彼の敏捷びんしょうな行動を傍観する為にやって来た見物人に過ぎない様に見えた。彼は第一死体を検べた。頸の廻りは殊に念入りにいじり廻していたが、

「この指の痕には別に特徴がありません。つまり普通人間が、右手で押えつけたという以外に何の手掛りもありません」

 と検事の方を見て云った。次に彼は一度死体を裸体にして見るといい出した。そこで、議会秘密会見たいに、傍聴者の私達は、店の間へ追出されねばならなかった。だから、その間にどういう発見があったか、よく分らないが、察する所、彼等は死人の身体に沢山の生傷のあることに注意したに相違ない。カフェのウエトレスの噂していたあれだ。

 やがて、この秘密会が解かれたけれど、私達は奥の間へ入って行くのを遠慮して、例の店の間と奥との境の畳敷の所から奥の方を覗き込んでいた。幸なことには、私達は事件発見者だったし、それに、後から明智指紋をとらねばならなかった為に、最後まで追出されずに済んだ。というよりは抑留よくりゅうされていたという方が正しいかも知れぬ。併し小林刑事活動奥の間丈に限られていた訳でなく、屋内屋外の広い範囲に亙わたっていたのだから、一つ所にじっとしていた私達に、その捜査の模様が分ろう筈がないのだが、うまい工合に、検事奥の間に陣取っていて、始終殆ど動かなかったので、刑事が出たり入ったりする毎に、一々捜査の結果を報告するのを、洩れなく聞きとることが出来た。検事はその報告に基いて、調書の材料書記に書きとめさしていた。

 先ず、死体のあった奥の間の捜索が行われたが、遺留品も、足跡も、その他探偵の目に触れる何物もなかった様子だ。ただ一つのものを除いては。

「電燈のスイッチ指紋があります」黒いエボナイトスイッチに何か白い粉をふりかけていた刑事が云った。「前後事情から考えて、電燈を消したのは犯人に相違ありません。併しこれをつけたのはあなた方のうちどちらですか」

 明智自分だと答えた。

「そうですか。あとであなた指紋をとらせて下さい。この電燈は触らない様にして、このまま取はずして持って行きましょう」

 それから刑事は二階へ上って行って暫く下りて来なかったが、下りて来るとすぐに路地を検べるのだといって出て行った。それが十分もかかったろうか、やがて、彼はまだついたままの懐中電燈を片手に、一人の男を連れて帰って来た。それは汚れたクレップシャツにカーキ色のズボンという扮装いでたちで、四十許ばかりの汚い男だ。

足跡はまるで駄目です」刑事が報告した。「この裏口の辺は、日当りが悪いせいかひどいぬかるみで、下駄の跡が滅多無性についているんだから、迚とても分りっこありません。ところで、この男ですが」と今連れて来た男を指し「これは、この裏の路地を出た所の角に店を出していたアイスクリーム屋ですが、若し犯人が裏口から逃げたとすれば、路地は一方口なんですから、必ずこの男の目についた筈です。君、もう一度私の尋ねることに答えて御覧」

 そこで、アイスクリーム屋と刑事の問答。

「今晩八時前後に、この路地を出入でいりしたものはないかね」

「一人もありませんので、日が暮れてからこっち、猫の子一匹通りませんので」アイスクリーム屋は却々要領よく答える。

「私は長らくここへ店を出させて貰ってますが、あすこは、この長屋お上さん達も、夜分は滅多に通りませんので、何分あの足場の悪い所へ持って来て、真暗なんですから

「君の店のお客で路地の中へ入ったものはないかね」

「それも御座いません。皆さん私の目の前でアイスクリームを食べて、すぐ元の方へ御帰りになりました。それはもう間違いはありません」

 さて、若しこのアイスクリーム屋の証言が信用すべきものだとすると、犯人は仮令この家の裏口から逃げたとしても、その裏口からの唯一の通路である路地は出なかったことになる。さればといって、表の方から出なかったことも、私達が白梅から見ていたのだから間違いはない。では彼は一体どうしたのであろう。小林刑事の考えによれば、これは、犯人がこの路地を取りまいている裏表二側の長屋の、どこかの家に潜伏しているか、それとも借家人の内に犯人があるのかどちらかであろう。尤も二階から屋根伝いに逃げる路はあるけれど、二階を検べた所によると、表の方の窓は取りつけの格子が嵌はまっていて少しも動かした様子はないのだし、裏の方の窓だって、この暑さでは、どこの家も二階は明けっぱなしで、中には物干で涼んでいる人もある位だから、ここから逃げるのは一寸難しい様に思われる。とこういうのだ。

 そこで臨検者達の間に、一寸捜査方針についての協議が開かれたが、結局、手分けをして近所を軒並に検べて見ることになった。といっても、裏表の長屋を合せて十一軒しかないのだから、大して面倒ではない。それと同時に家の中も再度、縁の下から天井裏まで残る隈くまなく検べられた。ところがその結果は、何の得うる処もなかったばかりでなく、却って事情を困難にして了った様に見えた。というのは、古本屋の一軒置いて隣の菓子屋の主人が、日暮れ時分からつい今し方まで屋上の物干へ出て尺八を吹いていたことが分ったが、彼は始めから終いまで、丁度古本屋の二階の窓の出来事を見逃す筈のない様な位置に坐っていたのだ。

 読者諸君事件は却々面白くなって来た。犯人はどこから入って、どこから逃げたのか、裏口からでもない、二階の窓からでもない、そして表からでは勿論ない。彼は最初から存在しなかったのか、それとも煙の様に消えて了ったのか。不思議はそればかりでない。小林刑事が、検事の前に連れて来た二人の学生が、実に妙なことを申立てたのだ。それは裏側の長屋に間借りしている、ある工業学校の生徒達で、二人共出鱈目でたらめを云う様な男とも見えぬが、それにも拘かかわらず、彼等の陳述は、この事件を益々不可解にする様な性質のものだったのである

 検事質問に対して、彼等は大体左さの様に答えた。

「僕は丁度八時頃に、この古本屋の前に立って、そこの台にある雑誌を開いて見ていたのです。すると、奥の方で何だか物音がしたもんですから、ふと目を上げてこの障子の方を見ますと、障子は閉まっていましたけれど、この格子の様になった所が開いてましたので、そのすき間に一人の男の立っているのが見えました。しかし、私が目を上げるのと、その男が、この格子を閉めるのと殆ど同時でしたから、詳しいことは無論分りませんが、でも、帯の工合ぐあいで男だったことは確かです」

「で、男だったという外に何か気附いた点はありませんか、背恰好とか、着物の柄とか」

「見えたのは腰から下ですから、背恰好は一寸分りませんが、着物は黒いものでした。ひょっとしたら、細い縞か絣かすりであったかも知れませんけれど。私の目には黒無地に見えました」

「僕もこの友達と一緒に本を見ていたんです」ともう一方の学生、「そして、同じ様に物音に気づいて同じ様に格子の閉るのを見ました。ですが、その男は確かに白い着物を着ていました。縞も模様もない、真白な着物です」

「それは変ではありませんか。君達の内どちらかが間違いでなけりゃ」

「決して間違いではありません」

「僕も嘘は云いません」

 この二人の学生不思議な陳述は何を意味するか、鋭敏な読者は恐らくあることに気づかれたであろう。実は、私もそれに気附いたのだ。併し、裁判所警察人達は、この点について、余りに深く考えない様子だった。

 間もなく、死人の夫の古本屋が、知らせを聞いて帰って来た。彼は古本屋らしくない、きゃしゃな、若い男だったが、細君の死骸を見ると、気の弱い性質たちと見えて、声こそ出さないけれど、涙をぼろぼろ零こぼしていた。小林刑事は、彼が落着くのを待って、質問を始めた。検事も口を添えた。だが、彼等の失望したことは、主人は全然犯人の心当りがないというのだ。彼は「これに限って、人様に怨みを受ける様なものではございません」といって泣くのだ。それに、彼が色々調べた結果、物とりの仕業でないことも確められた。そこで、主人の経歴、細君の身許みもと其他様々の取調べがあったけれど、それらは別段疑うべき点もなく、この話の筋に大した関係もないので略することにする。最後に死人の身体にある多くの生傷についてPermalink | 記事への反応(0) | 22:40

赤い部屋

異常な興奮を求めて集った、七人のしかつめらしい男が(私もその中の一人だった)態々わざわざ其為そのためにしつらえた「赤い部屋」の、緋色ひいろの天鵞絨びろうどで張った深い肘掛椅子に凭もたれ込んで、今晩の話手が何事か怪異物語を話し出すのを、今か今かと待構まちかまえていた。

 七人の真中には、これも緋色の天鵞絨で覆おおわれた一つの大きな円卓子まるテーブルの上に、古風な彫刻のある燭台しょくだいにさされた、三挺さんちょうの太い蝋燭ろうそくがユラユラと幽かすかに揺れながら燃えていた。

 部屋の四周には、窓や入口のドアさえ残さないで、天井から床まで、真紅まっかな重々しい垂絹たれぎぬが豊かな襞ひだを作って懸けられていた。ロマンチック蝋燭の光が、その静脈から流れ出したばかりの血の様にも、ドス黒い色をした垂絹の表に、我々七人の異様に大きな影法師かげぼうしを投げていた。そして、その影法師は、蝋燭の焔につれて、幾つかの巨大な昆虫でもあるかの様に、垂絹の襞の曲線の上を、伸びたり縮んだりしながら這い歩いていた。

 いつもながらその部屋は、私を、丁度とほうもなく大きな生物心臓の中に坐ってでもいる様な気持にした。私にはその心臓が、大きさに相応したのろさを以もって、ドキンドキンと脈うつ音さえ感じられる様に思えた。

 誰も物を云わなかった。私は蝋燭をすかして、向側に腰掛け人達の赤黒く見える影の多い顔を、何ということなしに見つめていた。それらの顔は、不思議にも、お能の面の様に無表情に微動さえしないかと思われた。

 やがて、今晩の話手と定められた新入会員のT氏は、腰掛けたままで、じっと蝋燭の火を見つめながら、次の様に話し始めた。私は、陰影の加減で骸骨の様に見える彼の顎が、物を云う度にガクガクと物淋しく合わさる様子を、奇怪なからくり仕掛けの生人形でも見る様な気持で眺めていた。

 私は、自分では確かに正気の積りでいますし、人も亦またその様に取扱って呉くれていますけれど、真実まったく正気なのかどうか分りません。狂人かも知れません。それ程でないとしても、何かの精神病者という様なものかも知れません。兎とに角かく、私という人間は、不思議な程この世の中がつまらないのです。生きているという事が、もうもう退屈で退屈で仕様がないのです。

 初めの間うちは、でも、人並みに色々の道楽に耽ふけった時代もありましたけれど、それが何一つ私の生れつきの退屈を慰なぐさめては呉れないで、却かえって、もうこれで世の中の面白いことというものはお仕舞なのか、なあんだつまらないという失望ばかりが残るのでした。で、段々、私は何かをやるのが臆劫おっくうになって来ました。例えば、これこれの遊びは面白い、きっとお前を有頂天にして呉れるだろうという様な話を聞かされますと、おお、そんなものがあったのか、では早速やって見ようと乗気になる代りに、まず頭の中でその面白さを色々と想像して見るのです。そして、さんざん想像を廻めぐらした結果は、いつも「なあに大したことはない」とみくびって了しまうのです。

 そんな風で、一時私は文字通り何もしないで、ただ飯を食ったり、起きたり、寝たりするばかりの日を暮していました。そして、頭の中丈だけで色々な空想を廻らしては、これもつまらない、あれも退屈だと、片端かたはしからけなしつけながら、死ぬよりも辛い、それでいて人目には此上このうえもなく安易生活を送っていました。

 これが、私がその日その日のパンに追われる様な境遇だったら、まだよかったのでしょう。仮令たとえ強いられた労働しろ兎に角何かすることがあれば幸福です。それとも又、私が飛切りの大金持ででもあったら、もっとよかったかも知れません。私はきっと、その大金の力で、歴史上の暴君達がやった様なすばらしい贅沢ぜいたくや、血腥ちなまぐさい遊戯や、その他様々の楽しみに耽ふけることが出来たでありましょうが、勿論それもかなわぬ願いだとしますと、私はもう、あのお伽噺とぎばなしにある物臭太郎の様に、一層死んで了った方がましな程、淋しくものういその日その日を、ただじっとして暮す他はないのでした。

 こんな風に申上げますと、皆さんはきっと「そうだろう、そうだろう、併し世の中の事柄に退屈し切っている点では我々だって決してお前にひけを取りはしないのだ。だからこんなクラブを作って何とかして異常な興奮を求めようとしているのではないか。お前もよくよく退屈なればこそ、今、我々の仲間へ入って来たのであろう。それはもう、お前の退屈していることは、今更ら聞かなくてもよく分っているのだ」とおっしゃるに相違ありません。ほんとうにそうです。私は何もくどくどと退屈の説明をする必要はないのでした。そして、あなた方が、そんな風に退屈がどんなものだかをよく知っていらっしゃると思えばこそ、私は今夜この席に列して、私の変てこな身の上話をお話しようと決心したのでした。

 私はこの階下のレストランへはしょっちゅう出入でいりしていまして、自然ここにいらっしゃる御主人とも御心安く、大分以前からこの「赤い部屋」の会のことを聞知っていたばかりでなく、一再いっさいならず入会することを勧められてさえいました。それにも拘かかわらず、そんな話には一も二もなく飛びつき相そうな退屈屋の私が、今日まで入会しなかったのは、私が、失礼な申分かも知れませんけれど、皆さんなどとは比べものにならぬ程退屈し切っていたからです。退屈し過ぎていたからです。

 犯罪探偵遊戯ですか、降霊術こうれいじゅつ其他そのたの心霊上の様々の実験ですか、Obscene Picture の活動写真や実演やその他のセンジュアル遊戯ですか、刑務所や、瘋癲病院や、解剖学教室などの参観ですか、まだそういうものに幾らかでも興味を持ち得うるあなた方は幸福です。私は、皆さんが死刑執行のすき見を企てていられると聞いた時でさえ、少しも驚きはしませんでした。といいますのは、私は御主からそのお話のあった頃には、もうそういうありふれた刺戟しげきには飽き飽きしていたばかりでなく、ある世にもすばらしい遊戯、といっては少し空恐しい気がしますけれど、私にとっては遊戯といってもよい一つの事柄発見して、その楽しみに夢中になっていたからです。

 その遊戯というのは、突然申上げますと、皆さんはびっくりなさるかも知れませんが……、人殺しなんです。ほんとうの殺人なんです。しかも、私はその遊戯発見してから今日までに百人に近い男や女や子供の命を、ただ退屈をまぎらす目的の為ばかりに、奪って来たのです。あなた方は、では、私が今その恐ろしい罪悪を悔悟かいごして、懺悔ざんげ話をしようとしているかと早合点なさるかも知れませんが、ところが、決してそうではないのです。私は少しも悔悟なぞしてはいません。犯した罪を恐れてもいません。それどころか、ああ何ということでしょう。私は近頃になってその人殺しという血腥い刺戟にすら、もう飽きあきして了ったのです。そして、今度は他人ではなくて自分自身を殺す様な事柄に、あの阿片アヘン喫煙に耽り始めたのです。流石さすがにこれ丈けは、そんな私にも命は惜しかったと見えまして、我慢我慢をして来たのですけれど、人殺しさえあきはてては、もう自殺でも目論もくろむ外には、刺戟の求め様がないではありませんか。私はやがて程なく、阿片の毒の為に命をとられて了うでしょう。そう思いますと、せめて筋路の通った話の出来る間に、私は誰れかに私のやって来た事を打開けて置き度いのです。それには、この「赤い部屋」の方々が一番ふさわしくはないでしょうか。

 そういう訳で、私は実は皆さんのお仲間入りがし度い為ではなくて、ただ私のこの変な身の上話を聞いて貰い度いばかりに、会員の一人に加えて頂いたのです。そして、幸いにも新入会の者は必ず最初の晩に、何か会の主旨に副そう様なお話をしなければならぬ定きめになっていましたのでこうして今晩その私の望みを果す機会をとらえることが出来た次第なのです。

 それは今からざっと三年計ばかり以前のことでした。その頃は今も申上げました様に、あらゆる刺戟に飽きはてて何の生甲斐もなく、丁度一匹の退屈という名前を持った動物ででもある様に、ノラリクラリと日を暮していたのですが、その年の春、といってもまだ寒い時分でしたから多分二月の終りか三月の始め頃だったのでしょう、ある夜、私は一つの妙な出来事にぶつかったのです。私が百人もの命をとる様になったのは、実にその晩の出来事動機を為なしたのでした。

 どこかで夜更しをした私は、もう一時頃でしたろうか。少し酔っぱらっていたと思います寒い夜なのにブラブラと俥くるまにも乗らないで家路を辿っていました。もう一つ横町を曲ると一町ばかりで私の家だという、その横町何気なくヒョイと曲りますと、出会であいがしらに一人の男が、何か狼狽している様子で慌ててこちらへやって来るのにバッタリぶつかりました。私も驚きましたが男は一層驚いたと見えて暫く黙って衝つっ立っていましたが、おぼろげな街燈の光で私の姿を認めるといきなり「この辺に医者はないか」と尋ねるではありませんか。よく訊きいて見ますと、その男自動車運転手で、今そこで一人の老人を(こんな夜中に一人でうろついていた所を見ると多分浮浪の徒だったのでしょう)轢倒ひきたおして大怪我をさせたというのです。なる程見れば、すぐ二三間向うに一台の自動車が停っていて、その側そばに人らしいものが倒れてウーウーと幽かすかにうめいています交番といっても大分遠方ですし、それに負傷者の苦しみがひどいので、運転手は何はさて置き先ず医者を探そうとしたのに相違ありません。

 私はその辺の地理は、自宅の近所のことですから医院所在などもよく弁わきまえていましたので早速こう教えてやりました。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点ついた家がある。M医院というのだ。そこへ行って叩き起したらいいだろう」

 すると運転手はすぐ様助手に手伝わせて、負傷者をそのM医院の方へ運んで行きました。私は彼等の後ろ姿が闇の中に消えるまで、それを見送っていましたが、こんなことに係合っていてもつまらないと思いましたので、やがて家に帰って、――私は独り者なんです。――婆ばあやの敷しいて呉れた床とこへ這入はいって、酔っていたからでしょう、いつになくすぐに眠入ねいって了いました。

 実際何でもない事です。若もし私がその儘ままその事件を忘れて了いさえしたら、それっ限きりの話だったのです。ところが、翌日眼を醒さました時、私は前夜の一寸ちょっとした出来事をまだ覚えていました。そしてあの怪我人は助かったかしらなどと、要もないことまで考え始めたものです。すると、私はふと変なことに気がつきました。

「ヤ、俺は大変な間違いをして了ったぞ」

 私はびっくりしました。いくら酒に酔っていたとは云いえ、決して正気を失っていた訳ではないのに、私としたことが、何と思ってあの怪我人をM医院などへ担ぎ込ませたのでしょう。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点いた家がある……」

 というその時の言葉もすっかり覚えています。なぜその代りに、

「ここを右の方へ一町ばかり行くとK病院という外科専門の医者がある」

 と云わなかったのでしょう。私の教えたMというのは評判の藪やぶ医者で、しか外科の方は出来るかどうかさえ疑わしかった程なのです。ところがMとは反対の方角でMよりはもっと近い所に、立派に設備の整ったKという外科病院があるではありませんか。無論私はそれをよく知っていた筈はずなのです。知っていたのに何故間違ったことを教えたか。その時の不思議心理状態は、今になってもまだよく分りませんが、恐らく胴忘どうわすれとでも云うのでしょうか。

 私は少し気懸りになって来たものですから、婆やにそれとなく近所の噂などを探らせて見ますと、どうやら怪我人はM医院の診察室で死んだ鹽梅あんばいなのです。どこの医者でもそんな怪我人なんか担ぎ込まれるのは厭いやがるものです。まして夜半の一時というのですから、無理もありませんがM医院はいくら戸を叩いても、何のかんのと云って却々なかなか開けて呉れなかったらしいのです。さんざん暇ひまどらせた挙句やっと怪我人を担ぎ込んだ時分には、もう余程手遅れになっていたに相違ありません。でも、その時若しM医院の主が「私は専門医でないから、近所のK病院の方へつれて行け」とでも、指図をしたなら、或あるいは怪我人は助っていたのかも知れませんが、何という無茶なことでしょう。彼は自からその難しい患者を処理しようとしたらしいのです。そしてしくじったのです、何んでも噂によりますとM氏はうろたえて了って、不当に長い間怪我人をいじくりまわしていたとかいうことです。

 私はそれを聞いて、何だかこう変な気持になって了いました。

 この場合可哀相な老人を殺したものは果して何人なんぴとでしょうか。自動車運転手とM医師ともに、夫々それぞれ責任のあることは云うまでもありません。そしてそこに法律上処罰があるとすれば、それは恐らく運転手の過失に対して行われるのでしょうが事実上最も重大な責任者はこの私だったのではありますいか。若しその際私がM医院でなくてK病院を教えてやったとすれば、少しのへまもなく怪我人は助かったのかも知れないのです。運転手は単に怪我をさせたばかりです。殺した訳ではないのです。M医師は医術上の技倆が劣っていた為にしくじったのですから、これもあながちとがめる所はありません。よし又彼に責を負うべき点があったとしても、その元はと云えば私が不適当なM医院を教えたのが悪いのです。つまり、その時の私の指図次第によって、老人を生かすことも殺すことも出来た訳なのです。それは怪我をさせたのは如何にも運転手でしょう。けれど殺したのはこの私だったのではありますいか

 これは私の指図が全く偶然の過失だったと考えた場合ですが、若しそれが過失ではなくて、その老人を殺してやろうという私の故意から出たものだったとしたら、一体どういうことになるのでしょう。いうまでもありません。私は事実上殺人罪を犯したものではありませんか。併しか法律は仮令運転手を罰することはあっても、事実上殺人である私というものに対しては、恐らく疑いをかけさえしないでしょう。なぜといって、私と死んだ老人とはまるきり関係のない事がよく分っているのですから。そして仮令疑いをかけられたとしても、私はただ外科医院のあることなど忘れていたと答えさえすればよいではありませんか。それは全然心の中の問題なのです。

 皆さん。皆さんは嘗かつてこういう殺人法について考えられたことがおありでしょうか。私はこの自動車事件で始めてそこへ気がついたのですが、考えて見ますと、この世の中は何という険難至極けんのんしごくな場所なのでしょう。いつ私の様な男が、何の理由もなく故意に間違った医者を教えたりして、そうでなければ取止めることが出来た命を、不当に失って了う様な目に合うか分ったものではないのです。

 これはその後私が実際やって見て成功したことなのですが、田舎のお婆さんが電車線路を横切ろうと、まさに線路に片足をかけた時に、無論そこには電車ばかりでなく自動車自転車や馬車や人力車などが織る様に行違っているのですから、そのお婆さんの頭は十分混乱しているに相違ありません。その片足をかけた刹那に、急行電車か何かが疾風しっぷうの様にやって来てお婆さんから二三間の所まで迫ったと仮定します。その際、お婆さんがそれに気附かないでそのまま線路を横切って了えば何のことはないのですが、誰かが大きな声で「お婆さん危いッ」と怒鳴りでもしようものなら、忽たちまち慌てて了って、そのままつき切ろうか、一度後へ引返そうかと、暫しばらくまごつくに相違ありません。そして、若しその電車が、余り間近い為に急停車も出来なかったとしますと、「お婆さん危いッ」というたった一言が、そのお婆さんに大怪我をさせ、悪くすれば命までも取って了わないとは限りません。先きも申上げました通り、私はある時この方法で一人の田舎者をまんまと殺して了ったことがありますよ。

(T氏はここで一寸言葉を切って、気味悪く笑った)

 この場合危いッ」と声をかけた私は明かに殺人者です。併し誰が私の殺意を疑いましょう。何の恨うらみもない見ず知らずの人間を、ただ殺人の興味の為ばかりに、殺そうとしている男があろうなどと想像する人がありましょうか。それに「危いッ」という注意の言葉は、どんな風に解釈して見たって、好意から出たものしか考えられないのです。表面上では、死者から感謝されこそすれ決して恨まれ理由がないのです。皆さん、何と安全至極な殺人法ではありませんか。

 世の中の人は、悪事は必ず法律に触れ相当の処罰を受けるものだと信じて、愚にも安心し切っています。誰にしたって法律人殺しを見逃そうなどとは想像もしないのです。ところがどうでしょう。今申上げました二つの実例から類推出来る様な少しも法律に触れる気遣いのない殺人法が考えて見ればいくらもあるではありませんか。私はこの事に気附いた時、世の中というものの恐ろしさに戦慄するよりも、そういう罪悪の余地を残して置いて呉れた造物主の余裕を此上もなく愉快に思いました。ほんとうに私はこの発見に狂喜しました。何とすばらしいではありませんか。この方法によりさえすれば、大正の聖代せいだいにこの私丈けは、謂わば斬捨て御免ごめんも同様なのです。

 そこで私はこの種の人殺しによって、あの死に相な退屈をまぎらすことを思いつきました。絶対法律に触れない人殺し、どんなシャーロック・ホームズだって見破ることの出来ない人殺し、ああ何という申分のない眠け醒しでしょう。以来私は三年の間というもの、人を殺す楽しみに耽って、いつの間にかさしもの退屈をすっかり忘れはてていました。皆さん笑ってはいけません。私は戦国時代の豪傑の様に、あの百人斬りを、無論文字通り斬る訳ではありませんけれど、百人の命をとるまでは決して中途でこの殺人を止めないことを、私自身に誓ったのです。

 今から三月ばかり前です、私は丁度九十九人だけ済ませました。そして、あと一人になった時先にも申上げました通り私はその人殺しにも、もう飽きあきしてしまったのですが、それは兎も角、ではその九十九人をどんな風にして殺したか。勿論九十九人のどの人にも少しだって恨みがあった訳ではなく、ただ人知れぬ方法とその結果に興味を持ってやった仕事ですから、私は一度も同じやり方を繰返す様なことはしませんでした。一人殺したあとでは、今度はどんな新工夫でやっつけようかと、それを考えるのが又一つの楽しみだったのです。

 併し、この席で、私のやった九十九の異った殺人法を悉ことごとく御話する暇もありませんし、それに、今夜私がここへ参りましたのは、そんな個々の殺人方法告白する為ではなくて、そうした極悪非道の罪悪を犯してまで、退屈を免れ様とした、そして又、遂にはその罪悪にすら飽きはてて、今度はこの私自身を亡ぼそうとしている、世の常ならぬ私の心持をお話して皆さんの御判断を仰ぎたい為なのですから、その殺人方以については、ほんの二三の実例を申上げるに止めて置き度いと存じます

 この方法発見して間もなくのことでしたが、こんなこともありました。私の近所に一人の按摩あんまがいまして、それが不具などによくあるひどい強情者でした。他人が深切しんせつから色々注意などしてやりますと、却ってそれを逆にとって、目が見えないと思って人を馬鹿にするなそれ位のことはちゃんと俺にだって分っているわいという調子で、必ず相手言葉にさからたことをやるのです。どうして並み並みの強情さではないのです。

 ある日のことでした。私がある大通りを歩いていますと、向うからその強情者の按摩がやって来るのに出逢いました。彼は生意気にも、杖つえを肩に担いで鼻唄を歌いながらヒョッコリヒョッコリと歩いています。丁度その町には昨日から下水工事が始まっていて、往来の片側には深い穴が掘ってありましたが、彼は盲人のことで片側往来止めの立札など見えませんから、何の気もつかず、その穴のすぐ側を呑気そうに歩いているのです。

 それを見ますと、私はふと一つの妙案を思いつきました。そこで、

「やあN君」と按摩の名を呼びかけ、(よく療治を頼んでお互に知り合っていたのです)

「ソラ危いぞ、左へ寄った、左へ寄った」

 と怒鳴りました。それを態わざと少し冗談らしい調子でやったのです。というのは、こういえば、彼は日頃の性質から、きっとからかわれたのだと邪推して、左へはよらないで態と右へ寄るに相違ないと考えたからです。案あんの定じょう彼は、

「エヘヘヘ……。御冗談ばっかり」

 などと声色こわいろめいた口返答をしながら、矢庭やにわに反対の右の方へ二足三足寄ったものですから、忽ち下水工事の穴の中へ片足を踏み込んで、アッという間に一丈もあるその底へと落ち込んで了いました。私はさも驚いた風を装うて穴の縁へ駈けより、

「うまく行ったかしら」と覗いて見ましたが彼はうち所でも悪かったのか、穴の底にぐったりと横よこたわって、穴のまわりに突出ている鋭い石でついたのでしょう。一分刈りの頭に、赤黒い血がタラタラと流れているのです。それから、舌でも噛切ったと見えて、口や鼻からも同じ様に出血しています。顔色はもう蒼白で、唸り声を出す元気さえありません。

 こうして、この按摩は、でもそれから一週間ばかりは虫の息で生きていましたが、遂に絶命して了ったのです。私の計画は見事に成功しました。誰が私を疑いましょう。私はこの按摩を日頃贔屓ひいきにしてよく呼んでいた位で、決して殺人動機になる様な恨みがあった訳ではなく、それに、表面上は右に陥穽おとしあなのあるのを避けさせようとして、「左へよれ、左へよれ」と教えてやった訳なのですから、私の好意を認める人はあっても、その親切らしい言葉の裏に恐るべき殺意がこめられていたと想像する人があろう筈はないのです。

 ああ、何という恐しくも楽しい遊戯だったのでしょう。巧妙なトリックを考え出した時の、恐らく芸術家のそれにも匹敵する、歓喜、そのトリックを実行する時のワクワクした緊張、そして、目的を果した時の云い知れぬ満足、それに又、私の犠牲になった男や女が、殺人者が目の前にいるとも知らず血みどろになって狂い廻る断末魔だんまつまの光景ありさま、最初の間、それらが、どんなにまあ私を有頂天にして呉れたことでしょう。

 ある時はこんな事もありました。それは夏のどんよりと曇った日のことでしたが、私はある郊外文化村とでもいうのでしょう。十軒余りの西洋館がまばらに立並んだ所を歩いていました。そして、丁度その中でも一番立派なコンクリート造りの西洋館の裏手を通りかかった時です。ふと妙なものが私の目に止りました。といいますのは、その時私の鼻先をかすめて勢よく飛んで行った一匹の雀が、その家の屋根から地面へ引張ってあった太い針金に一寸とまると、いきなりはね返された様に下へ落ちて来て、そのまま死んで了ったのです。

 変なこともあるものだと思ってよく見ますと、その針金というのは、西洋館の尖った Permalink | 記事への反応(0) | 22:33

反応

ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。

 ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。

 ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。

「今晩は、」ジョバンニは叫びました。

はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。

「何のご用ですか。」

今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」

「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。

「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。

「そうですか。ではいただいて行きます。」

「ええ、どうも済みませんでした。」

「いいえ。」

 ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。

 そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。

 ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。

 ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ

「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。

「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。

 ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。

 その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。

 河原いちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。

「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」

「どうして、いつ。」

「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」

「みんな探してるんだろう。」

「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」

 ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。

 みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。

 下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。

 ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。

 けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から

「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。

「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」

 ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが

あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。

 ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。

あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。

「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。

「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」

 そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。

 ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。

2021-03-08

マルクス主義フェミニズムのことも知らずに上野千鶴子DISってたってマジ?

https://togetter.com/li/1678496

今まであれだけ上野千鶴子についてわかったような口をきいてたのにマルクス主義フェミニズムのことも知らなかったってマジっすか!

上野千鶴子Wikipediaにはっきりと載ってるし代表的著作マルクス主義フェミニズムって名前書いてるのに。

マルクス主義フェミニズムのことすら知らんと、今まで上野千鶴子の何をしったつもりになってDISってたん?

https://twitter.com/search?q=from%3Atm2501%20%20%E4%B8%8A%E9%87%8E%E5%8D%83%E9%B6%B4%E5%AD%90&src=typed_query

まりにもマヌケすぎでは?


黙ってれば知ったかぶりできたのに、「マルクス主義フェミニズム」知った喜びが抑えきれなかったんやな。

人の話を聞かないくせに自分王様のように勘違いしているマヌケ

おだてながら偽りの外套かぶせると全裸大通りを歩くかのような愚行。

2021-02-20

正義チンピラになるよりは孤独でも優しく生きたい

差別冷笑は良くないって言ってる人間がどんどんチンピラみたいにわかやす正義を見せつけるように振り回して

いじめリンチをするいじめっ子の論理まわりがそれをよしとしてるのを見ると悲しい。悪は残酷だけど正義はそれ以上に人間暴力のタガを外すのだろいたと思う


まだ孤立しても学校社会の隅で世の中を嘆いて、自分他人を許しながら内心ちょっと優しく生きていたいと思う

それは私が差別されたり、いじめられて生きてきたか

から大通り他人を正しさでいじめる人になるよりはせめて悲しみをつぶやいていきていたい

2021-02-14

皮肉とわからないリテラシーの低いやつは相手にしない」が許されてたのっていつまでなんだろう?

少なくとも、物語という概念がこの世界に生まれて以降は、「この物語フィクションです」と最初に語られていた(聖書のような嘘っぱちを本気で本当だと思ってる連中が読んでた神話の類は除くが)。

とはいえ今でも京都のような民度ゴミクズ地域では「こんな皮肉もわからないの?お前が馬鹿なんだぞ?」はまかり通ってる。

じゃあインターネットはどうなのかというと、御存知の通り既にそんなものツイッターのような狂人大通りレース会場ですらアウトになってる。

要するに、京都みたいな時代遅れ間抜けが100年単位加齢臭がキツい言動を振りまいてるような所以外ではとっくに「皮肉がわからないやつが悪い」は通用しなくなってるわけだ。

でも今なおそういった態度を取る奴らが大勢いるってことは、どこかの時代までは皮肉が通じない方が悪いことにしてよかった時代があるはずなんだよ。

どこの時代までそうだったんだろうか?

ちょっと検索してみたんだが全く正解にたどり着けん。

2021-02-11

anond:20210211152546

「好き?」と聞かれて「あんまりきじゃない」「興味ない」「嫌い」と答えることはおそらく問題がない。問いがあり、答えを用意した。本心場合もあるし、忖度する場合もあるだろうけど、その場の判断がありキャッチボールが成立した。

増田が想定してあるのは、こういう会話の中のキャッチボールじゃない「嫌い」の表明、ほとんどネット上での独り言に近い言葉のことだと思われる。独り言で言ったのになんで注意されなきゃならんの?という。

それはきっと独り言ではなくて、人が行き交う大通り掲示板に貼られている情報から。煌びやかな広告や、メンバー募集張り紙の横に「おまえが嫌い」と貼ってあったら、ドキッとするし嫌な気持ちになる人がいるから。

つのまにか孤独ハードルは上がり、独り言を言うことは難しくなっていた。

2021-02-08

anond:20210208211032

これほんとそうおもう

日本じゃ無いけど海外じゃ下記のような事件もあったりするので頭の良さと関連付けたくは無いけど

(厳しい状況の時こそ安易自由制限する主張に対してはしっかりと声を上げなければならない)

下記の ツイートフィレンツェマスクをしていなかった男性警察官乱暴逮捕される様子の動画

Florence Italy, a guy is savagely arrested for not supplying details after being caught without a mask.

The Police are off their heads in Italy, any force needed is acceptable. We are fighting evil here people, we must unite, as times nearly up.👊

https://twitter.com/riseupmelbourne/status/1323405372309164033?s=21

 

文責は無いので100%信じて良いかはわからないが、イタリアではマスク都市部大通り義務化されてから(現在は全国で自宅以外は室外含めて義務化)、

マスク未着用者への些かやりすぎ感のある警察官対応、逆にマスクルールを徹底させようという警察官へ対するの嫌がらせ暴行が多かったそうな

[The Local] Italian police report rise in attacks on officers enforcing mask rules

https://www.thelocal.it/20200827/covid-19-attacks-increase-on-italian-police-enforcing-mask-rules

 

まぁ9割は単なるアホだろなって思ってる

   

アメリカ社会人種ではなく“知能”によって分断されている

https://anond.hatelabo.jp/20200919222828

2021-02-03

フェス

毎年、夏にもフェスに出たり、フェスに出れたりしている。

小康時代ランドセルを背負ってコンサートで歌っていた場所は、喜劇劇場ケープタウンのすぐ裏。古い町並みの中を走る国道沿いの大通りで、5時間に1本のペースでフェスを開催する。町中から中へ国道160号線に向かってその小ささなく大きな通り沿いの町のわけを、40分くらい歩く。市内から県道に乗るので、道路沿いも歩く道幅も23くらいある。

さて、初めはいかにHIPHOPバンド。とは言え、重厚感はない。当時、二十代だった私は、若いながらも、威圧感のない、個性のあるバンドが好きだった。して、そんなバンドが、50代になり、また今年、60代になった。

実は思うに、21歳くらいの時からロックフェスに足を運んでいる。

今や、「美」をテーマにしたフェスという基本の中の言葉を飾ってのフェスであるそもそもフェスに行く時には、「美」というテーマを取るバンドがここだったのだが、ノスタルジックで美しいフェスというゲーム存在する限り、何を1曲として伝えるのか、異端として映るフェスはない。

そんなときには、先月、60代を迎えたばかりの界隈の若手バンドと、30回目のさかえとで見比べてみる。ロック好きの目から見ると、他のフェスと比べて、ロックの熱は薄いように思う。

もちろん、他にはロックフェスにも、パンクパンクロックヘヴィロックパンク色の濃いフェスがある。では、60代のロックフェスには、どんな意味合いがあるのだろうか。間違いなくそれが分かる。もしも、70から80年代前半、80年代アイドル80年代クラシックを、ロック解説してみたい。HIPHOPは一時代を通して、1980年から80年代にかけて爆発的に拡大した。その変遷は、令和の時代になってからも変わらない。毎年、夏、そして9月のどこかに出かけた時に、その熱はまだまだ冷めないのが目に見えた。

だが、今年、ノスタルジックになって、なおかつ、熱気に溢れんばかりの方が、画的にも、参加しているバンドも、ロックフェス育ちのオヤジたちは、新社会人になって、そして、新天地ロックフェスを楽しんでいる。今年が半世紀もの時を経て、フェスでお会い出来るというのだ。

最新作の数々、みじんも予想していなかった60年代ロックフェスが、60代の初夏になり、令和2年、令和2年になる。さらに、30年、60年という節目を記念するイベントも多数開催予定で、その一つになると言っても過言ではないと思う。ロック民族楽器演奏で、ぶっつけ本番で、ロックフェスを楽しむのが海辺のまちなのだ

なお、今年のフェスでは、ビーチにバーベキューバーベキュー外遊びをする以外にも、パーティーフェスというユニークな形で開催が予定されている。(本稿は今年のフェスで話したいと思う)さて、今年のフェスに、一本だけでも、何本かある。まだ1本も見たことが無い方々は、ぜひ、観てきて欲しいと思う。とはいえ、40周年、60周年、このタイミングに合わせ、バンドバンド同士の交流は、今の倍以上になりそうな気がする。まだ出たばかりなので、今年のフェスにも足を運ぶ予定があるのは、それからなのだ

バンドはいつも、誰もが自由解釈や曲、サウンドを奏で、そして、唄い、演奏しながら、声を張るという音楽世界を行っている。それは、30周年を迎えたバンドにとっては、非常に大きなことだ。音楽性も、そして、時代によって雰囲気もどんどん変わってきている。いま、時代と共に周りの環境も大きく変わってきているが、それでも、時代に取り残されている音楽というのが、ロックフェスの特徴なのだ。60年以上も前からロックフェス世界にいて、私たち世代の憧れのバンド。どこかで見たような、ラテンっぽい、レトロな、EDM風なサウンド。独特のサウンド。そんなロック自慢の音楽が、20年、30年も、世界に多くのオーディエンスを誘って、地球の裏側で、フェスを行うことになる。

そして、令和2年も、今年で60周年。20年を超えるのに、すでにロックフェスで、しかも、60年を超える必要がある。70、80年のミックスアップ、98年のドック、96年の超結婚。そして、その超絶必勝の方程式

今後も、ロックフェス成功は続くことだろう。ロック好きな大人が存分にロックを楽しんではいけまい。

2021-01-22

anond:20210122103219

通り魔に刺殺された仲間たちにも、お前は運が悪かったから、秋葉原大通りで、刺殺されたんだというか? おれは言わない

2021-01-19

anond:20210117210615

プロパンガスは「きちんと大通りに面しているんだけど、なにかよくわからない技術理由都市ガスが引けない」という場合もあって面倒である

anond:20210119011712

街の中心部なら大丈夫ですよー。

最近は夜でも明るいし強盗殺人なんて滅多に聞かないし。

コロナ終わったらぜひぜひ観光来てくださーい。

※歩ける距離にあるホテル、道を覚えている、大通りを歩く、という前提で書いています。当然ながら路地の中や中心地から離れれば危険場所はあります

2021-01-18

ご飯の記録をすることにする まとめ

現役の看護師さんが語る「みんな死に幻想を抱きすぎている」という話 - Togetter

このtogetterを見た。背筋が凍った。特にこのツイートだ。

健康寿命が短く「何で俺こんな身体で生きなきゃいけねえんだよ」と泣きながらズルズル生き続ける人の特徴で意外なのは自炊が多い』こと。金を節約して美味いものを食べようとして外食ではまず考えられない化け物カロリーのものを食っている(だから病院食は残すしカップ麺を隠れて食って怒られる)— 梶本 時代 (@uni_iga_iga) January 17, 2021





最近食生活が乱れている。一人暮らし仕事ストレスフラストレーション食べ物にぶつけている。お酒を控えて、筋トレ運動を始めている。だからこそご飯快楽を求めていた。

この土日の主な運動食事は↓みたいな感じだ。

土曜日

 朝:納豆モズク、チャーハン唐揚げ

 昼:なし

 16時にふと外を出たとき、家の近くの大通りを見て「この道をまっすぐ行ったらどこに行くのだろう」と思い90分歩く

 夜:歩いているときに見つけた牛角食べ放題を食べる

 ※帰りはバス

日曜日

 朝:白米、納豆モズ

 昨日のぶらり歩きを気に入って、別の大通りを120分まっすぐ歩く

 昼:歩いているときに見つけたロッテリア(二人前のセット)

 ※帰りは電車

 リングフィットアドベンチャーを40分

 夜:アマゾンプライムおジャ魔女どれみを見ながら作った肉豆腐野菜たっぷり入れた味噌汁ご飯二杯


ちなみに、30歳の184センチ、86キロだ。

健康的に生きられないと思う。こわい。 忘れない限りご飯を書いていく。

※3/14以降、どれみの感想[どれみ感想]おジャ魔女どれみの感想を書く まとめでまとめる。

追記:返信に書いてあった「あすけん」を始めた!できる限り続けていく!ありがとう

(1/19,20)ご飯の記録をすることにする

(1/21,22)ご飯の記録をすることにする

(1/23,24)ご飯の記録をすることにする

(1/25,26)ご飯の記録をすることにする ハウスジャックビルト どれみ#2,3

(1/27,28)ご飯の記録をすることにする

(1/29,30)ご飯の記録をすることにする 感想:おジャ魔女どれみ#5話

1月30日の朝時点での体重:84キロ

(1/31,2/1)ご飯の記録をすることにする 感想どれみ#6話

リンク制限があると聞き2代目を作ったが、はてな匿名リンクはいくら貼っても良いっぽいので削除。

(2/2,3)ご飯の記録をすることにする

(2/4,5)ご飯の記録をすることにする

2月6日の朝時点での体重:82.4キロウエスト:88cm(1月初めの時点で確か90cm)

(2/6,7)ご飯の記録をすることにする 感想 どれみ#7,8話

(2/8,9)ご飯の記録をすることにする

(2/10,11)ご飯の記録をすることにする

(2/12,13,14)ご飯の記録は休む

2月13日の朝時点での体重:85.4キロ

(2/15,16)ご飯の記録をすることにする 感想 どれみ#9~12話

(2/17,18)ご飯の記録をすることにする 百円の恋を見た まるまる一か月!休んだ日もあるし、体重は減ってねーけどなかなか続いてるじゃねーか!

(2/19,20)ご飯の記録をすることにする クローム拡張、切腹ピストルズ、

2月20日の朝時点での体重:83.5キロ

(2/21,22,23)ご飯の記録をすることにする 感想どれみ#13話~15話

(2/24~28)ご飯の記録をすることにする 感想どれみ#16話~18話

2月27日の朝時点での体重:85.2キロ

(3/1~3/13)ご飯の記録は休む

3月6日体重は測っていない

3月12日の夜時点での体重:82.2キロ

[ごはん、運動記録]3/14

[ごはん、運動記録]3/15,16

[ごはん、運動記録]3/17-21

3/20体重:81.8kg ウエスト:89cm

2021-01-16

アキバ人多すぎ

自宅が近いのでさっき自転車大通りを走ったんたけど人多過ぎだろ。

これはもう毎日500人ぐらい死ぬとこまで行くだろうと確信した。

アキバだけじゃなく渋谷新宿池袋も同じような状況だろうね。

道には人がごった返していてソーシャルディスタンスどころじゃないし

メイド喫茶客引き女の子たちが1020じゃきかないぐらい立ってる。

あれだけ店に行く客がいるってことだよね。いないか客引きしてんのか?

自分あんまり真面目じゃないのでひとりで外食したり近所を出歩いたりするし

他人の行動に口出すことはないけど、これは引き返せないとこまで来てるなと実感した。

2021-01-11

anond:20210111180521

まずなNHKからでて原宿方面に行け、で、大通りで1回曲がれ。

そうすると美容室がある。じつはそこは、隠れ芸能人の名所というぐらい有名店だ。

そこで、髪の毛を・・・

いやうん。染めろといえば、今ならこの色になる。

オーシャントリコベタベタにつけていけ。それでわかってもらえる。

言葉が話せるやつはそれでもいいが、言えないやつのために

オーシャントリコベタベタにつけて、染めてくれといえばいい。

あとはこっちでやる

2020-12-22

人間ってギリギリじゃね?

一歩踏み出せば全然即死世界が広がってるのに大体誰も死なないのなんでなん?

駅のホームから一歩踏み出せば轢かれて死ぬし、大通りの赤信号を無理やり渡ればすぐ死ぬだろうし、なんなら料理中に持ってる包丁自分他人もどうにかなる

危険溢れすぎだし人間我慢強さヤバくね? なんか急に気持ち悪くなったわ

2020-11-23

anond:20201122214755

フェミニスト気取ってる連中と付き合いが無いのでよく分からんけど

創作BL腐女子として活動していて思うことはナマモノうぜぇに尽きるかな

https://nanos.jp/dlovenet/bbs/2/list?ThreadID=38&viewType=thread

オリジナルナマモノでいつも衝突する掲示板

ナマモノ耐性ついてないんならBL見に来んなとか言い出す始末

大手を振って大通りを歩けるつもりでいるのが本当に不思議

ナマモノ存在を知った時がこの時だったんで

個人的恨み100%以外の嫌悪感が出てこない

他の人らの議論を興味深く読んでるよ

2020-11-15

ソシャゲやめろと言ってる人ってどうやって資金回収すればいいと思ってるんだろう?

買い切りゲーム出しても割れだけじゃなくて中古購入とかセール待ちとかの売上を脅かす要素はいくらでもある。

ぶつ森ぐらい圧倒的な知名度を持って「今この瞬間にプレイしなきゃ!」を競わせるような形になれば確かに凄く売れるかも知れない。

でも多くの買い切りゲームはそうはなれない。

一度に有名になるゲームは頑張って3つだ。

だって農業ゲーが話題になっているけど、他のゲームはその影に隠れてしまっている。

大通りブームにはならなくて隅っこで話題になっているという状態が起こせても、熱狂的なファンお布施をする方法なんて書いきりだったらDLCスキンを少し買うぐらいだ。

というか隅っこで話題になるのがまず厳しい。

ソシャゲならその壁を破れる。

凄い狭い小さなコミュニティゲームの中だけで生み出せる。

そして、それにとことん嵌った者たちが毎月数万円お布施するような機会を、お布施に対する記念品を添えて提供できる。

ソシャゲというやり方は全て間違っている何ていうのは、ゲームバランスやプレイの快適さを人質にとってユーザーの財布を無理やりこじ開けることばかり考えているゲームのせいだ。

悲しいことに大手ゲームメーカーが苦し紛れに出したソーシャルゲームほどそういう傾向が強い。

強いキャラクターがいなければゲームを楽しめないように作られていて、強いキャラクターを手に入れて手にするのはようやく完成形になったゲームという終わりのない賽の河原の徒労感ばかり。

そうでないソシャゲだって無数にあるのに。

無数にあるクリア手段との偶然の出会いの中でそれぞれのプレイヤーだけの経験が生まれるような作りがある。

あのキャラクターとあのキャラクターを一緒に使いたいという気持ちを煽るのは確かにアコギかも知れないが、それはゲームゲームであることを人質にしているのではなく、それぞれのプレイヤーの体験に味付けをしているものだと捉えるべきだ。

まずゲームが既にあって、そこにどう向き合うかがユーザーに委ねられていて、偶然が絡み合い、もう一つの人生生まれる。

遊んで楽しくお金を入れれば新しい出会いが生まれる素敵な賽銭箱の出来上がりだ。

いいソシャゲは誰もが幸せになれる。

金儲けのためだけに生まれた不幸なソシャゲが無数にあるだけ(そして、悲しいことに大手ゲームメーカーが目先の金目当てにそういうのをたくさん作るのだよ)

2020-11-06

anond:20201106192819

無限にわきでるもの相手をしても仕方ないか

それにつけても日本平和だなって

海外だとマスクしてないだけで警察官数人に取り押さえられるとかあるぞ

Florence Italy, a guy is savagely arrested for not supplying details after being caught without a mask.

The Police are off their heads in Italy, any force needed is acceptable. We are fighting evil here people, we must unite, as times nearly up.👊

https://twitter.com/riseupmelbourne/status/1323405372309164033?s=21

 

文責は無いので100%信じて良いかはわからないが、イタリアではマスク都市部大通り義務化されてから(現在は全国で自宅以外は室外含めて義務化)、

マスク未着用者への些かやりすぎ感のある警察官対応、逆にマスクルールを徹底させようという警察官へ対するの嫌がらせ暴行が多かったそうな

[The Local] Italian police report rise in attacks on officers enforcing mask rules

https://www.thelocal.it/20200827/covid-19-attacks-increase-on-italian-police-enforcing-mask-rules

2020-11-05

ネットホームページのように他人領域に入り込んでるUI復活させた方がいいのでは

平成の間にフラットになったと感じてる。

有名人一般人メディア金持ち貧乏人もTwitterでは単にアカウントを持って発言していて、

見に行こうと思ったら見に行ける。

日常生活での個人観測範囲には居ない人に対して、わざわざ見に行っている。

自分コントロールできる範囲でどうするかが重要なはずなのに、他人をどうにかできると信じている。


これも他人領域に踏み込んでいるという意識を生まないUIが悪いのではないだろうか?

ホームページで注意書きがあり、テンプレ化していたとはいえ他人領域に踏み込んでいるという認識はあったのではないか

Twitter大通り発言していいことしか発言してはならない、といってるが、もう覗いているという感覚はないのではないか

冬の匂い

よく晴れている。

ご飯を買いに外に出ると、冬特有の土の匂いがした。

ちょうどよく冷たい風が顔に当たり気持ちいい。

気分よく歩いて、駅近くの大通りにたどり着いてやっと気が付いたが、マスクを忘れていた。

2020-11-03

[] 日本って「Goto」するわ「空港でのウイルス検査不要」にするわ「それ国際学会で言ってみて?」な発言するわな国だけど、なぜか自由平和な国だなって

下記の ツイートフィレンツェマスクをしていなかった男性警察官乱暴逮捕される様子の動画

Florence Italy, a guy is savagely arrested for not supplying details after being caught without a mask.

The Police are off their heads in Italy, any force needed is acceptable. We are fighting evil here people, we must unite, as times nearly up.👊

https://twitter.com/riseupmelbourne/status/1323405372309164033?s=21

 

文責は無いので100%信じて良いかはわからないが、イタリアではマスク都市部大通り義務化されてから(現在は全国で自宅以外は室外含めて義務化)、

マスク未着用者への些かやりすぎ感のある警察官対応、逆にマスクルールを徹底させようという警察官へ対するの嫌がらせ暴行が多かったそうな

[The Local] Italian police report rise in attacks on officers enforcing mask rules

https://www.thelocal.it/20200827/covid-19-attacks-increase-on-italian-police-enforcing-mask-rules

 

そこに来て日本は本当に自由平和な国だなって。何故なんだろうね。

要らんことばっかやってる国なのに不思議でならないわ

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