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はてなキーワード: 正反対とは

2018-01-19

ほほえみをいくつ数えても

二人は二人のままでバランスがとれない。

まるりょはどうしてこうなんだ?

ド担だし、にしきどさん絡みのコンビは好きだ。

年上の人は優しいまなざしがありがたく、タメ以下はあったか空気がありがたい。

まるやまさんは、にしきどさんをリラックスさせてくれるから好き。

でもたまにつれなくされるから、私の心の中の中指が立ってやまないときがある。

悪態ついちゃうということは、手離したくないという意思のあらわれで、つまり私はほほえみに執着している。

他のコンビならもういいやってなるからね。

ほほえみ、いいよね。きらめいているよね。

でも、他のコンビにはありえない特別な絆がデフォルトで成立する...なんて大層な運命も背負っていないと思う。

(この見方は他のほほえみ好きさんの受け売りなんだけども)

近年は、にしきどさんからまるやまさんへのアプローチが増えているのかな?

なんでかはわからない。

それがまるやまさんを好んでいる気持ちからやってることなのかどうかも、よくわからない。

ただ、にしきどさんはまるやまさんを手離しがたそうに思える。

にしきどさんにとってリラックスは是だと思うから

でもたぶん、まるやまさんにとってそこは必ずしも是ではないんだな。

自分のあり方にこだわりがちな二人において、自分がどうあるべきかって感覚がなかなか真逆

他にも内面外面問わず正反対なところが多いコンビなのは言わずもがな

からこそ尊敬しあえる...なんて言うこともできるのかもしれないけど、どうなんだろう、

それがすんなり成立するなら安心だけど、実際かなり体力要らないかなあ。

この純真コンビとも言われる(言われてる...よね?)二人に、

私はどうしてキレイじゃないもの邪推してしまう傾向にある。

ド担だししょうがない。

ド担はきっときりがないんだろうと思う、そういうの。きっとね。

新規壁打ちファンです。

一応は、好き勝手邪推しないように気を付けてる。

私の不安当事者二人にとって有用かといえば、全然そんなことはないわけで。

あと、私はオタクでどうしても『どういうこと?』って考え巡らせちゃうけど、そういう態度も必ずしも有用じゃない。

オタク時間なくなってるから趣味変えよ』てなるより、『時間いか時短きわめよ』のほうが、自分に合うときもあるだろう。

理由を探すより、真実を見つけるよりも、暮らす手立てを試すこと。

「まるりょはどうしてこうなんだ?」ってオタクの戯れ言を、打ち消しつつ受け止めてくれるようなありようも、二人っぽいではないですか。

強引だね、そうだね。

彼らの関係の実際は別にして、私がほほえみに惹かれる理由など考えた。

・相容れなさそうなのに二人の世界ができるギャップ

・不意にすごく近づく

・互いの理解コミュニケーションが困難だけど、あぐまずにやろうとする

これだけ邪推のどうの言ってて結局、

別に仲良くなくてもエンドに落ち着いた。

オタクカルマ...業深い...

(個人的には、真逆でも尊敬しあう二人が好きです、というか最低限そうやってると思うからこそのほほえみ好きです)

(めちゃくちゃ逸れたけど、このポスト書いたのはキャンジャニアフタヌーンでの陽水さんと錦子の絡みめっちゃ好きやんって言うためです)

(うわああ夜更かし!)

2018-01-18

結婚が怖い

長くなるが、書き殴る。本当にチラシの裏のようなくだらない話。

5年付き合った彼にプロポーズをされた。

長年、遠距離恋愛を続け、ようやく掴んだ幸せだ。そんな彼にプロポーズされ、幸せだなと思うと同時に、恐怖を感じる。

私と彼は何もかも正反対だ。

から愛情を受け、自分卑下することなくすくすく育った、人に愛される彼。

一方私は、所謂毒親に育てられ、生きている価値がないと言われ続け、死ぬ気で大学を出た。

幼い頃から転勤だったため、長く付き合いのある友人もほとんどおらず、新卒で入った会社病気退職し、今の職場では同年代の人がいない。結婚式に呼べる人はもちろんいない。

彼は親のため友人のため、盛大な結婚式を挙げたいという。披露宴に呼びたい人は友人だけで80名を超えるという。

私は呼べても10名もいない。お酒が飲めない子が多く、二次会は皆たぶん不参加である

親も親族もあまり呼びたくない。体裁のため呼んだとしても、感謝手紙なんか読めるわけもなく、ただ席を埋めてもらうだけになりそうだ。

友人代表スピーチを頼める友人がいない。結婚式に話せるような友人とのエピソードがない。流せる写真もない。

その時その時をそれなりに生きてきたとは思うが、人と長期の関係を築くのを怠ってきたツケが回ってきたとしか思えない。

彼は子供が欲しいという。だが、私は子供が欲しくない。両親が私にしてきたことをしそうで怖い。子供笑顔で笑っている自分が全く想像できない。ヒステリックに怒鳴りつける自分しか想像できない。

子供は欲しくないと彼に伝えたが、「そのうち変わるって、子供可愛いよ」と本気で取り合ってくれない。

外面のいい両親を見て、なんでそんなにトラウマを抱えているのかわからないと言われた。

まれてこなければよかったのにと毎日言われ、一人で暮らそうとすると自殺未遂をされる私の苦しみは彼には一生わからないと思う。

わかって欲しくないとも思う。私は彼の屈託のない、誰も疑ったり、誰かに怯えたりすることのない、自由な姿に憧れたから。

ただこの先、この違いを受け入れたり、乗り越えたりしていけるのか自信がない。

マリッジブルーと言われたら、それまでだけど今の私の気持ち

2018-01-11

anond:20180111152027

そうやって特定の状況にいる人を頭ごなしに異常者扱いをするのは非人道的だし差別的だよ。

レスをまともに読んでいないようだけど、ひとを救う気がないんじゃなくて正反対で、ニートを含めあらゆる人を救おうという論旨なんだよ。

ニートでも実際に、企業社会とは離れた分野だけれど、ひとの役に立ったり感謝されたりするコミュニティに出入りしていて、精神的・社会的充足感を得られているのであれば、人間として問題はないでしょう。生きている枠組みが違うだけで。

そして、働かない人は、社会保障が得られずいつ野垂れ死にするかも分からないことを受け入れた上でそういう生き方を選んでいるんだよ(それを理解せずにニートやっている人間なんていない)。

かにドロップアウトした結果、常人には理解したがい長い葛藤の末に、自分で考えて自分生き方を決めるという重い決断をしたニートに対して、侮辱混じりのうすっぺらいパターナリズム押し付けてきたって、説得することはできないよ。

ニートニートなりの善き生き方をしようと模索しているところに、理解のない人が「普通生き方」のための更生を押し付けてきたとして、ニートや鬱になるような特性をもった人間に対して明るいビジョン提示できるというの?

平均的な働ける人にさえそれを提示できない現状で。

政府の優秀な人達でもよい方策をなかなか導けずにいる社会問題を、傲慢にもそうやって個人的解釈で、病院につれてけば解決みたいに捉えて、強引に解決を図ることは、不幸な犠牲者しか産まないと思わない?

いきなりブクマを読まなくなった。

以前ははてぶを見て、ざっと気になる記事をながめて、気になるもの最初からブクマだけ読むようにしていた。

そうするとタイトルスターが多くついたブクマだけで何となく記事概要がわかるので、時短も兼ねてそういう使い方をしていた。

あるときふと思ったのだが、他人の正しく見える意見スターの多くついたブクマばかり見ることで、

ある記事ニュースに対して「自分がどう感じたか、どう思ったか、どう考えたか」というプロセスが一切抜け落ちていることに気づいた。

たぶんこれには弊害があって、ものごとに対して正しそうな正論っぽいことは言えても、自分で考えていないので、言葉に力がないというか説得力がなくなってしまうんじゃないかと思う。

あと、自分の考えてもいない方向に無理やり思考矯正?されてしまっていたのかもしれない。わからんけどね。

から最近記事を読んでもいきなりブクマを読まなくなった。自分正反対意見ブクマがついていたら、「ふーん、そういう考えもあるんだ」くらいに思うようにしている

みんな、これ真似していいからね。

anond:20180111125436

こう考えて見て欲しい。

これはただの嗜好の問題なんだ。

自分がこんなに強く「ハゲとは付き合いたくない、デブとは絶対ムリ 」と思っている以上、

この世界には、正反対に「ハゲしか付き合いたくない、そのうえでデブがいい 」と思っている人が必ずいるはずだ。

から、どんな子供が生まれようと、ふさわしい相手がみつかるだろう。

2018-01-10

同性もイケメン無罪の考え方になってしまものなのか

今朝のワイドショーは、どの番組カヌースプリント競技鈴木康大選手の薬物妨害問題を取り扱っている。カヌー競技の詳しい説明や、騒動の渦中となっている鈴木選手のことについて詳しく報じていて、色々勉強になった。鈴木選手顔写真映像が何度も流れていたが、私個人的には非常に好印象で爽やかなイケメンだと思う。こんな悪人には見えないイケメンが、ライバル選手飲み物に薬物を混入して自滅させたというのは、本当なのだろうか?と何度も考えてしまった。

そこで私は我に返ったわけだ。これは男が常々女に対していつも批判している「イケメン無罪」と同じ考え方ではないかと。同じ男でも、鈴木選手のようなイケメンを見てしまうと「この人は悪人には見えない」と思ってしまものなのか。

テレ朝羽鳥さんの番組をずっと見ていたが、右側に座っているコメンテーター陣の中の一人の女性が、「オリンピック選考という重圧の中で、魔が差ししまったのではないか」と鈴木選手擁護するような言い回しコメントをしていた。その女性は、いつもは鋭く権力批判をしているではないか、とツッコミを入れるところであるが、私は妙に納得してしまったのだ。

男は女に対しては「美人無罪」が当たり前に発動するのと同じように、同性に対しても「イケメン無罪」は起こり得るものなのだね。鈴木選手正反対位置にいるのが横綱白鵬だ。私も羽鳥さんの番組大相撲話題になると、「黒幕白鵬だろ。こいつが日馬富士をそそのかして殴らせたんだろ」と常に白鵬を心の中で批判し続けてきたわけで、その意味では白鵬可哀想だったかな。それとも、白鵬のあのふてぶてしい態度や表情はわざと作っているのだろうか。

2018-01-08

anond:20180108203524

元増田じゃないけど。

そこは話がビジュアルについてじゃなくて一般化されてるんだと思う。


暗黙の前提として「アイドル声優の良し悪しは演技力で決まる」というのがあって

よって「アイドル声優の良し悪しをルックス評価する人々」は「本質とは別の部分を求める人々」ということになる。

なので

【A】アイドル声優の良し悪しはルックスで決まると思ってる人種同類か?

  • 本質とは別の部分を求める人々」と同類か?

【B】自分じゃ全く正反対だと思っているのだろう

  • 自分は「本質とは別の部分を求める人々」とは正反対だと思っているのだろう

【C】俺から見りゃ全く一緒だね

という論理展開なんだと思う。

anond:20180108115738

映画についての楽しみ方は様々なので特に文句ないんだけど、声優の例えだけよくわかんないので解説して。


【A】アイドル声優の良し悪しはルックスで決まると思ってる人種同類か?

【B】自分じゃ全く正反対だと思っているのだろう

【C】俺から見りゃ全く一緒だね




【B】→【C】は繋がる気がするのけど【A】→【B】がつながらない。

アイドル声優の良し悪しはルックスで決まると思ってる人種ではなくて、演技力で決まると思ってる人種か?」【A】はこういうことかな?

なんか論理展開が繋がらなくて気持ち悪いので、もし誤字とかだったら修正して。

映画ストーリーを求めるやつは小説を読め

映画レビューで「映像は素晴らしかったがストーリーが」とか「最高の感動ストーリー」とか「人生の学びが」とかを見るとコイツら頭おかしいだなと確信する。

映画に求められるのはいだって映像凄さだよ。

火薬を沢山使っていることやCGバリバリであることだ。

アバターに対して要約したら「最新技術を使っていることは凄いがそのためだけに雑な舞台設定をしていて映画界の未来絶望すらした」となるようなレビューをしてる奴が10人に1人ぐらいいたけど、ああい人種は何しに映画館に来てるんだろうか。

映画なんてのは最新映像技術博覧会で何の問題もないんだよ。

あれか?アイドル声優の良し悪しは演技力じゃなくてルックスで決まると熱弁して年何十回もサイリウム振り回してるような人種同類か?自分じゃ全く正反対だと思っているんだろうが、俺から見りゃ全く一緒だね。ペッ

2018-01-06

「ブス」の呪い

母方のおばあちゃんから、母の話を聞いた。頭がとてもよくて、とても足がはやくて、部活試合では毎回表彰され、学校内で様々な賞に選ばれるとか、とにかく表彰されまくっていたらしい。母からよく大学時代とかの話を聞くんだけど、とにかく成功体験っていうか、そういうのが多い。そういう思い出ばかりを覚えてるだけなのかな?って思ったけど、その思い出を聞くだけでも私とは多分歩んでる人生正反対だし、友達だったら仲良くなってねえな、と思った。私は私のままに振舞って受け入れられた経験はあまりないし、親からもそれはおかしいと言われ続けてる(もう慣れた)けど、私を認めてくれる場所はもうないのかもしれないと思った。母は母のままに振舞って、周りから評価を得てきて、父は父のままに振舞って評価を得てきていて、すごく羨ましいなって思った。きっとブスだからって理由で塩をかけられたり、足が大根みたいに太いってバカにされたり、したことないんだろうな、羨ましいなって思った。

呪われたことないんだろうな。

私は高校生のころ、聞こえるすべての笑い声が友達わたしの並んだ足を比べて、私の足の太さを笑ってる声に聞こえていて、後ろでヒソヒソ話す声は私の足が太いことを笑ってるんだ、と思っていて、そんな声が聞こえた時は、辛くて、トイレに籠ってこっそり泣いていた。それが本当だったのか、私の幻聴だったのか今となってはわからないけど、これが私の呪いで、今どんなに痩せていたとしても、私は一生この呪いから解放されないと思う。

母の前で、私ブスだな、辛いな、って言ったことがある。母は「こんなにかわいく産んであげたのに」って怒ってたと思う。私だって私のことこんなにブスだって思いたくなかった。ずっとかわいくありたかった。でも私の周りの環境はそれを許さなかったし私に「ブス」だっていう正当な評価を下してきた。私だってブスになりたくなかった。環境が私をブスにしたんだよ。わかる?お母さんは、ブスだって言われた経験がないから、そんな風に思えるのかもしれないけど、まわりから評価自分価値っていうのは決まって、自分自身自分自身価値をしっかり認めることは難しいことだと思う。私はブスって評価されたからブスになっただけ。よかったね、歯並びがよくて、よかったね、顔がかわいくて、髪の毛が直毛で、身長が高くて、よかったね、よかったね、よかったね

呪いはこれからもずっと解けないのかなぁ

2018-01-05

自主性はない

自分目標を立てるのは苦手。理想を描くのも苦手。

テスト勉強は得意だった。部活試験休みに入ったら定期試験範囲試験までの日数で割って勉強計画を立て、1週間計画通り勉強した。家庭科だって保健体育だってきちんと勉強した。定期試験の成績は良かった。たまに行われる試験範囲の無い実力テスト定期試験より順位が落ちた。いわゆる「大して勉強しなくても頭良いやつ」に負けた。

別に詰め込み教育のせいでこうなった訳ではないと思う。親に勉強しろと言われたことはない。生まれつきの性格がやりたいことをやるよりやるべきことをこなすことに向いていたのだろう。日本学校自主性を重んじる教育方針だったら落ちこぼれていたかも。司馬遼太郎小説無能官僚として描かれるタイプ坂本竜馬とは正反対

理想目標提示され、それが納得できるものであれば、そこへ辿り着く方法自由に選ばせてほしい。今の職場はそんな自分には向いている。別に仕事自体は楽しくはない。大量の事務をこなすの結構楽しいんだけど。ストレス無く働ければそれで十分だ。

でも自分の子供には自分のやりたいことを見つけてほしいと思ってる。ストレスは無いけどすごく楽しいわけでもないんだ。自分に似ていたら無理かもしれないけど、希望としては。

2018-01-03

anond:20180103150416

元増田は桜ルート好きな人間なので、俺とは正反対だと思った

当時も桜ルートが一番嫌われていたと思う

からこそ今まで映画化されなかった

原因は増田の言うとおりで、セイバー編、凜編で士郎が主張してきたことを、桜ルートで全部壊したってのがなんだか嫌だった

それもルートの一つとして認めるが、「それをトリにもってきてこの順番でないとクリアできない」んだよねあれ

士郎のバカみたいな理想を、それなりに見てきたユーザー最後にそれを捨てる士郎を見せられるってのは、複雑だった

2018-01-01

アニメランク付けする意味ってなんだ?

この時期になると結構な頻度でアニメランクを付ける奴らが現れる

奴らのやりたいことが俺には理解できない

エンターテイメント、ましてやジャパニメーションのような幼稚な作品には芸術性なんてほとんど存在しない

そこにあるのは視聴者が見ていて楽しいかどうかだ

序列をつけようにもそれは個人好き嫌い以外ではつけようがあるまい

極端な話をすれば濃厚な同性愛描写が売りの作品が合ったとすれば、同姓愛描写を嫌う人間と好む人間とでは評価が真っ二つに割れて然るべきであろう

それに対して、私は同性愛であるがこの作品同性愛描写のヤバみ以外は大したことないので駄作だと抜かしたり、

私は同性愛は嫌いだがこの作品は濃密な同性愛に至る過程吐気がするほど丁寧に練り込まれているので名作だなどと抜かすのならば、

そんな奴らの作ったランキングに何の意味があるんかと問うしかない

アニメランク付けに意味などない

意味があるとすればそれはせめて1個人自分感性のみでランク付けをし一切の客観的視点を捨てた場合だけだ

その場合感性の近い人間、または感性正反対人間にとっては役に立つ表になりうるのやも知れない

まかり間違ってもアニメセイバーメトリクスの如き指標存在してそれを適用できるなどとのぼせ上がるという愚行だけは犯してはいけない

去年見た映画

「SING」がすごいよかった。

まったく期待せず、人の付き添いで見に行ったのが最初で、そのあと1人で2回見に行った。

主人公コアラの声が内村光良だと気が付かなくて、エンドロールを見たとき驚いた。

MISIAにも驚いた。歌以外のセリフのところ。気弱な象の女の子MISIA個人的イメージとは正反対だったので、驚きだった。

長澤まさみの歌もよかったし、山寺宏一宮野真守などのベテラン声優が脇をしっかり固めていたか安心感があった。

それよりなにより選曲がよかった。懐かしのナンバーアニメから子供向けなんだ、と思ってた自分を恥じた。

2017年最後に見たのは「Destiny 鎌倉ものがたり

とにかく豪華なキャスティングだった。みんな主役級の俳優

堺雅人もかっこよかったし、高畑充希も可愛らしかった。

でもどうしても早送り感があってイマイチ楽しめない部分があった。次の話へどんどんどんどん進んでいくので、途中からどこに感情移入していいかわかんなくなって、置いてきぼりにされる寂しさがあった。

たぶん、いろんなことを詰め込みたくて、でも入りきらなくて、止む無く急な展開で話を進めていくしかなかったのかな…?とか考えた。

でも、そんなことはどうでもいいと思わせるほどかっこよくて愛らしい安藤サクラ演じる死神と、宇多田ヒカルエンディングテーマ…なんかもうそれだけで充分見てよかった!って思えた。

あけましておめでとうございます

2017-12-30

昔は社交的だったが、最近はめっきり

小学生中学生の頃は友人もいたし明るく社交的で皆といることがとても楽しかった。

しかし今では全く正反対

とにかく人と付き合うことを避けている。

なぜそうなってしまたか

思い出せば高校の頃から変わった気がする。

通学していた高校DQN校

そこまで深刻ではないにしろ、不良がちらほらいる高校だった。

自分はその不良からは目を付けられていなかったけど、でも時たま絡んでくる奴がいて、そういう時、そいつはボディーランゲージとばかりに小突いてきた。

体育の最中なんかいきなり人のハーフパンツをずり下ろしてきたりした。

自分はその頃もやしな体型だったこともあり、ハーフパンツをずりおろされて棒のようななまっちろい足を見られるのが嫌だったし、ましてやそれが女子が見ている前でされた時は最高に屈辱だった。

多感な時期でもあったし、ひどく傷つけられた。

中学までは自分クラスの中でも中心的な明るい人間だったこともあって、高校でそういう扱いをされたことは非常なる屈辱だった。

それから内向的になった気がする。

人と関わりたくない気持ちになっていったし、避けるようになった。

本来ならば自分は明るい人間で人前で何かをやりたがり、注目されたい人間だったはず。

でもおそらくだが、そいつのせいで性格が変わってしまった。

そいつことなんてもう何十年も前のことだから諦めているが、でも昔の明るい社交的な性格は取り戻したいと思っている。

そこでクリニックに行ってみようかと思っている。

少ない人生時間

昔の明るい自分に戻りたい。

2017-12-21

anond:20171220223819

すごくよく分かる。自分他人から褒められたくて、褒められるために頑張った。褒められそうなことは、他人仕事を奪ってでも自分でやり、褒められることを独占しようとすることもあった。地道にコツコツやって偉いねと褒められたこともあるが、褒められるためにやっているのだから当然なのだ

逆に、褒められなさそうなことは、全く興味がなかった。誰かに褒められること、誰かに凄いと言ってもらえること、誰かに羨ましがられること、そういったものを追求してきた。別にその道を極めたいわけじゃない、いったん褒められれば目的達成で、褒められなくなったり、誰かが上を行くようなことがあれば、あっさりとやめてしまう。

から、色々な趣味みたいなものや、ボランティア活動みたいなものにも手を出した。褒められるためだけに頑張るので、けっこうすぐに褒められるようになった。でも付け焼き刃みたいなもので、自分が本当にやりたいと思ってやっていることではないから、じきに飽きてしまったりして疎遠になってしまう。

そんなことを繰り返していると、本当に自分がやりたいことは何なのか?自分が好きなものは何なのか?がわからなくなってしまった。物事判断基準が褒められるかどうかなので、ふと「こんなことして何になるのか?」という疑問が湧いてきても、押し殺して「褒め」の獲得に邁進してしまう。心の奥の遠くのほうで「本当はこっちなんじゃないの」という声が聞えたような気がするが、そんなものは当然無視、目先の「褒め」が最優先だった。自分意志なんかより、周囲の期待、周囲の羨望がとにかく大切なものだった。周囲から期待されなくなったら自分は終わりだと思っていた。

「褒められる」「凄いと言われる」「羨ましがられる」ことが目的ということは、自分でも他人を羨ましがっているということだ。

最近羨ましいと思うのは、人から褒められもせず、馬鹿にされながらも、自分の信念を貫き、地道にコツコツと積み重ねてきた結果、才能と努力が大きく花開き、金メダルなどの成果を残したり、テレビ等で自分の才能を発揮していたり、芸術などで世界に認められるような人だ。こういう人たちはきっと、目先の快感に惑わされず、自分意志を大切にして、時を重ねてきたのだろう、これまでの自分とは正反対人生を歩んできたのだろうと思う。

これまで自分は、「自分を大切にする」という言葉意味が全くわかっていなかった。卑怯手段を使ってでも「褒め」を独占し快感に浸ることが自分のためだとさえ思っていた。しかしそれは自分を大切にしていないのではないか、そんな気がするようになってきた。今では自分の心の奥の方から声が聞こえなくなってしまったが、心の声を聞いたほうが良いのではないか、そんな気がしている。

2017-12-18

anond:20171218133039

祖母一周忌に出先で不思議体験たことを増田に書いたら「一周忌墓参りしないなんてあり得ない」とか「おばあちゃん子な自分一周忌忘れるなんて考えられない」とか少数のブクマカからボロクソに叩かれたことがある。

祖母一周忌忘れてたなんて書いてないし、一周忌当日にはどうしても墓参り出来なかった事情があるんだっつーの。

でも逆にこの記事にはあのときとは正反対立ち位置から娘さん寄りのコメントばっかりついてるし、何なんだろ。

結局ブクマカなんて賢ぶった顔して、大方決まった方の流れに辛口コメント付けて悦に入ってる馬鹿ばっかり。

「おちんぽみるく」が気持ち悪い理由

ふと気になった

おちんぽみるくは何故気持ち悪いのだろう

そして何故気持ちいいのだろう

 

まり男の汚い部分を「お」「みるく」という装飾語により子どもに受け入れられるような言葉にしたことで却って発話者の汚さを露呈してしまうということだ

例えば小汚いおばさんと、セーラー服を着た小汚いおばさんでは、より後者キツイのと同じだ

ギャップによりその汚さが際立つの

 

じゃあなぜ話者は気持ちいかと言えば

小汚い部分を脳内から消去するのに成功するから

失敗すると気持ち悪くなる

おっさん自分赤ちゃん言葉を発した際、大抵は居た堪れない気持ちになるだろうが、それが失敗のケースだ

 

1.汚いものかわいい表現することでより汚くなる

2.汚いものかわいい表現することでかわいくなる

これは同じ試みなのに効果が人によって正反対にでてしま面白い例だと思う

おちんぽみるくという言葉は非常にギャンブル性が高い単語なのだ

2017-12-16

anond:20171216183020

変わったか変わっていないかという事に言及したのでは無く、変える流れの中でフェミ意見がほぼ正反対だという辺りに面白みを感じたという話

2017-12-13

そもそもbad guyで「イケてるやつ」みたいな意味になるし。

日本語だって「こいつやべー」の意味文脈依存正反対になるので、そういうのはどの言語も同じ。

二重人格じゃないけど言動の一致性がない

二重人格みたいにもう一人異なる名前が出て来る訳ではないが、その日や体調によって今まで嫌がっていた、他人が使っていても嫌がっていた物を突然積極的に使い始めたり、数ヶ月前とは全く正反対言動をしたり。

こういった人物と一緒に暮らしているとめちゃくちゃ疲れるのだがこれは何という症状?

例えば自分場合だと疲れたくらいでは突然嫌いな物が好きになったり、好きになった物が嫌いになる事はないが、上記症状の人はそれがコロコロ変わる。

もう何を言われても動じないというか、スルー力が高まってしまい「私の話を聞かない」と怒られる事多し(笑)

2017-12-10

自身性的魅力がないから、金を溜め込む

最近母親中華を食べた。

エビチリが美味しかったのだけれども、隣のテーブルでは見てくれのいい大学生らしきカップルが話していた。

10年後はわからないが、とにかく今はセックスには困らない。

肌も綺麗だし、顔も小さかった。

彼らの話が聞こえてくるのだけど、自分も通うレベルに低い大学学生っぽかった。

近くのテーブル白人の子供を可愛いとか言っている。

なんでか、母親もつられて可愛いねとか自分に言いだした。

自分人種差別的だと母に怒った。

別に人種差別なんかどうでもよかったのかもしれない。

ただ、自分容姿の特徴とは正反対白人のガキの顔が褒められていることに嫌気がさしたのだろう。

すごく気分がわるくなる。

隣には、普段大学で歩くと目につくような見てくれのいい人間がいて、色々と精神的に追い込まれる。

母親が察したのか、「みんな、お金がないか大丈夫」と息子を宥め始めた。

ただ、我が家小金持ち程度だ。安心なんかできるわけがない。

最近感じることであるが、経済格差がなくなっても容姿格差は無くならないのではないか

例えば、我が家小金がなくなったらカップルが有利になるだろう。

容姿の醜い自分は最下層民ということになるのだ。

経済格差についての本を読んでいるが、比較的金があるとされる年寄りが金を分配したがらない理由には容姿があると思っている。

年寄り自分性的価値の無さを知っているから、金を溜め込んで何とか立ち位置を維持しようとしているのではないか

お金があるから容姿が悪くても大丈夫」という気持ちになりたいのではないか

若い女や子供を大切にする価値観というのは現状のところ、年寄りを大切にするのと対になっているイメージがある。

これは、若い女や子供に見出す価値年寄りにはないということだ。

その根本的なもの性的魅力だろう。

別に個人的に金には執着する気持ちはない。

深いニキビ跡だらけの肌や、大きな顔やらが嫌だし、やっぱり嫌われるのだ。

ただただ容姿が良くなって、あんカップルみたいになりたい。

こう、生の充実というのか、承認というのだろうか。

しかし、現状持病のために免疫抑制剤を飲んでいて、美容整形門前払いだ。

しかしたら、免疫抑制剤を切れるかもしれないし、色々な治療に期待できるかもしれない。

そんなこんなを考えると、経済的格差というのは性的魅力の格差差別から始まっているのではないかとは思う。

2017-12-08

anond:20171208153643

大阪人です。

 

結論からいうと

大阪バッシングしてるのは大半が関東平野に住む非・東京ネイティブ出稼ぎ労働者たちです。

「なぜ?」

いから。

 

「なんで憎い?」

大阪人大阪で生まれ

大阪仕事して

大阪死ねから

よしんば大阪人でなくとも周りの他県は大阪に住んで大阪で働けるから

これができるのは北海道県民くらい。

でも北海道には仕事がない。

よく大阪だって仕事ねーよとか

本社東京だろとか言われるけど

それは下層の話であって中央区オフィスビルでは

バリバリ仕事してるサラリーマンだらけです。

特に輸入輸出関連の商社は規模に関わらず高利益待遇が多いので魅力的です。

東京から転勤候補として一番多いのも大阪です。

ふつーに仕事あります

お金にもなるし、人が足りないくらい。

 

「なんで非・東京人は住んで仕事できないの?」

東京家賃高杉。

安くても人間が住むような環境じゃないのしかない。

東北仕事がなさすぎて永遠に東京に集中し続ける出稼ぎ労働者

その人たち全員に住処を与えるのは広い関東平野でも無理。

結果、糞みたいな条件で近場で住むか、

遠い遠いベッドタウンで寝に帰るだけで通勤ラッシュに神経すり減らして消耗していく。

ところが大阪では通勤時間15分圏内とかザラな上に、

なんなら自転車でどこにでもいける環境

通勤にいちいち消耗したりしないし、遠かったら勤務地近くに引っ越すのは当たり前。

もちろん東京でも解決できます

金で。

大阪は金なくても通勤に消耗しません。

なので自分らは故郷から出稼ぎにきたのに

さらベッドタウンで寝泊まりして通勤毎日消耗しているというのに

大阪人ヘラヘラして生きているのを見て毎回ストレスをため込むわけです。

大阪人常識的生活を送るだけで非・東京人からの印象は悪くなる一方です。

これは出稼ぎ労働者たちが勤務地≠居住地である問題解決できない限りは収まりません。

 

「じゃあ、大阪に住めばいいじゃん」

ところがそうはいかないわけです。

根本的に文化が違うので大阪文化が非・東京人にはまるで合いません。

関東平野のようにストレス社会だと何も事を荒立てずにおくことが美徳とされます

大阪では毎日さな楽しいことを探すことを無意識に行っており、

仕事で役に立たないことや世間話や笑いを共有しようとしてきます

これが非・東京人には余計なストレスになり不真面目な人間であるレッテルが貼られます

一方、大阪人からは非・東京人のつまらなさやユーモアの無さに愛想を尽かします。

お互い歩み寄れない文化的問題があるわけで、

これが非・東京人である出稼ぎ労働者たちが大阪にやってこれないファイアウォールとなっています

彼らが大阪を憎み大阪の悪評を書き続けるほど

大阪東京化されるのを阻止する働きになります

でも非・東京人がこうなってしまうのも仕方がないことで

毎日ごみの中に混ざっていれば余計な情報ばかり入ってきてしまう。

なのでストレスから身を護るための殻が必要になるというのも当然の流れだと思います

 

「でも大阪田舎で不便なんでしょ?」

全く違います

しろ東京で手に入るもの大阪でもほぼ手に入ります

所詮東京にあるもの典型的日本人であれば商機のあるようなアイテムしか並んでいません。

そういったものは規模の大きい都市ならばどこででも手に入ります

工芸品や珍しいものであればむしろ神戸の方が皮産業が盛んであったり

観光目的でも京都奈良四国から近い大阪の方が圧倒的に有利です。

東北は何もありませんし。

沖縄北海道には飛行機で行くので結局同じです。

そして一番の特徴が東京クオリティが低くても商売が成り立つという点です。

成り立つというと語弊がありますが、ようは買い手の人口が多いので売るという観点では非常にイージーモードです。

しかし売るだけでやっていけるかというとそういうわけでもなく、

糞高い土地代で自転車操業をしているところが大半です。

新しい店は多いが潰れていく店もまた多いのが東京の特徴です。

一方、大阪土地代が比較して安いですが買い手が少ない上に地域に密着しているケースが大半です。

そのためクオリティの低い店と認識された時点でその地域でそれ以上の売り上げを伸ばすことはできません。

長く続いた店が安く美味いのは地域住人から愛されるだけの創意工夫をしてきた結果です。

から愛されない限りは大阪ではやっていけず話題性を重視する東京とは正反対です。

例え老舗でも味の変化に利用者は敏感で、簡単に客が減ります

 

以上のことから大阪が憎まれ理由

・住みやす

東京ストレス社会との文化の違い

であり、この2点において劣等感を持ち続ける非・東京人たちに永久コンプレックスを与え続ける存在になっています

なお、京都人名古屋人、九州人、北海道人は故郷プライドを持つだけの要因が多いので

大阪比較する理由が少なく大阪コンプレックスを持つことは少なくなります

 

PS:

と、まあ一方的大阪がいいかのような言い方をしましたが、

やはり仕事の数という点では東京が圧倒的に多いです。

利益率は置いておいて。

ですので暇な時期は東京仕事を取ることが多いです。

ただ仕事の数が多いだけに、そこからおいしい仕事を選ぶだけの労力というのも当然あります

仕事の数が多いだけで無条件に幸福になれるなら出稼ぎ労働者たちはここまで大阪コンプレックスを持たなかったと思います

2017-12-05

BL規制

よく女性向けは規制されてないと言う人が居ますがむしろBLは狙い撃ち状態です

中国ではBL作家が数多く逮捕され

韓国でもアチョン法で一年で2200人逮捕されその中の相当数が女性です

日本二次元規制が本格化したら他人事ではありません

議事録などから一部コピペしてみました

ポルノ被害と性暴力を考える会」「ECPATストップ子ども買春の会」の金尻和也氏による発言

ボーイズラブ漫画男性同性愛の人が読む事もあるでしょうが、多くの読者層は異性愛者であって「面白おかしく、見世物的に」読むものだと思います

百合姫レズビアン同性愛漫画)もそうでしょう。

女性同性愛の人たちも読むでしょうが多くはヘテロ女性だと思います

AVと同じくそこに当事者性が欠落するほど楽しめるからです。

男性向けAVと同じ論理で考えれば、その自由権によって同性愛差別平等権人格権生存権)がさらにひどくなると思います

同性愛を隷属的で自己主張せず、少女的・幼さや未熟さを前面に押し出し性的描写されていれば、私たちの主張するポルノとして扱われるべきだと思いますし、子ども権利擁護する観点から一定制限されるべきだと思います

第685回 東京都青少年健全育成審議会 議事録

○H委員 いずれも区分陳列等をし ていただくべき図書だと思います

なお、4誌目が、自主規制団体からの聴き取り結果によると、指定非該当という意見 が著しく多いようでありますが 、改めて見ましても、私 の感性からは、ほかの4誌と変わらないというふうに思います

自主規制団体の方は、業界の方なので、ご覧になる部分が 、ちょっと違うのかもしれませんが 、一般成人の私からすれば、4誌目の図書も変わらないというふうに思います

○J委員 はい。5誌の中では一部修整がなされているものもありますけれども、全体的にや はり内容が卑わいであり、性描写が多いということもありまして、青少年健全な育成を阻 害するということが認められますから、ぜひ指定該当でお願いしたいというふうに思います

5誌ともお願いしたいと思います

○F委員 私も5誌とも不健全図書で。

それで、思いとしては、H委員と全く同じで、4誌目の『つぐなわれ』だけ指定非該当が 多いんですけども、やはり自主規制団体の方々の非該当と思われるところと、私が思うのと は、やっぱり正反対なのかなと思う部分がすごく多いです。全誌該当ということでお願いし ます

○A委員 本当に、前回、K委員から修整の話がありましたが、やはり局部を消すだけでなくて、行為のものを本当に少なくというか、消してほしいという感じでおります

本当に全編卑わい感を出し過ぎていて、本当に露骨ですし、もう本当にそのものだけだ、 と感じます人格否定もありますし、暴力的表現もありますし、全誌とも指定でお願いいたしま

○C委員 私も5誌とも指定で、区分陳列でお願いします。

1誌目、2誌目、ピアスシリーズというのは、前にもあったと思うんですけれども、こち らのほうも、同じような自主規制団体の方からほとんど同じコメントだと思うんですけど も、修整の配慮が見られ、という意見や、あと、設定にリアリティーがない、ということが 意見としてありますけども、リアリティーがある、ないに関わらず、やっぱり人格否定があ ったりですとか、その卑わいなシーンがあるということに対しては指定に値すると思います

それで、3誌目のムーグコミックスピーチシリーズというのも、前にもあったと思うんで すけれども、こちらも、デフォルメがすごくされていて、女性を何か蔑視というか、そうい う感じにどうしても捉えられるのではないかなと思うんですね。やはり人格否定もあります ので、かわいいタッチということもあり、青少年が手にとりやすいなというところも、何か よくないと思いますし、指定と非該当が、二つに分かれているような感じがありますので、

どういうように自主規制団体の人が考えていらっしゃるのかなというところが、ちょっと不 安な気持ちになります

4誌目のムーグコミックスのほうも、やはり皆さんが言っているように、非該当が12名と いうところで、この男性女体化している設定ということでリアリティーがなく、卑わい感 がないというんですけども、私も女性なので、女体化しているというところが、何か女性と してばかにされているような感覚がどうしても感じられますし、人格否定もありますので、やはりこれも指定でお願いします。

最後の5誌目ですけれども、修整が甘いというよりも、修整しているようには思えません ので、これも指定でお願いいたします。

以上です

○K委員 今回、5誌というのは、ちょっと私がここに参加してもう3年近くになりますけど 初めてなんで、驚いたんですけども、『かべアナ』というマガジン・マガジンの2誌は、こ の2誌ともが、やはりBLのエスカレートしたパターンなんですね。というか、この帯に書 いてありますように、「陵辱調教の餌食」とか、「肉体の限界を超える性調教」とか、誰が されたいかと思うんですけど、こういうふうに学園の中での何かストーリーエスカレートちゃうと、もうとめどもなくなるんで、それだったら、もう成人マークをつけて、区分陳 列しておくべきだと思うんです。

これに関しては、BLものを読まれる読者の対象が、皆さん、ご存じと思うんですが、「腐 女子」と言って、腐敗の腐に女子と書くんですね。婦人の婦じゃなくて、腐女子というネッ ト上の言葉がありまして。この腐女子の中には、池袋東口をご覧になれば分かると思いま すけれども、今、ジャンルとしては、確立されているいうか、一定程度読まれているものな んですね。

それで、そういう腐女子の層をちょっと調べたところ、やっぱり女子中学生とか高校生ベルでご興味を持つ方もいらっしゃるんですね。

ですから、やはりBLものというのは、こういうふうにエスカレートしていって、何か現 実社会では、こういう男が男を攻めまくるような社会になっているんじゃないかというようなちょっと誤解もあるんじゃないかと。男が読んでも、全く何も感じないこういう世界を、書いていらっしゃる方も多くが女性なんですね。担当されている方も、編集者女性が多い。

それで、やっぱり今回のように挙がってくると、私たち出版倫理委員会では、このことに関しては、東京都健全育成審議会でもこういう意見が出ているということは、伝えたいと私は、思っております

それで、ほかにも、あと3誌、まず、『カーストBL』。このカーストというのは身分差 別、やはり人種差別といいますか、この階級に準じて男性男性を攻めるシーンが、この修整もあんまりされずに、ちょっと露骨に出ております

それから、もう一つ、『つぐなわれ』も、実は、女装した男性女体化しているのを無理 やり強制的に犯すようなところもございまして、何となくコミカルには描かれているんですけども、これも、区分陳列でやむを得ない。

それから、この3誌目。これもコミカルには描かれているんですけども、これをやはり非該当にするには問題があるなと思うのは、女性を陵辱して、性的になじませて、要するに、 性的に未熟な女性に対して、性義をもって、自分に従わせるような妙な陵辱感があります

これは、やっぱり指定はやむを得ないんじゃないかと思います

5誌とも、私も指定でお願いしたいと思います

以上です

○K委員 今回、5誌というのは、ちょっと私がここに参加してもう3年近くになりますけど 初めてなんで、驚いたんですけども、『かべアナ』というマガジン・マガジンの2誌は、こ の2誌ともが、やはりBLのエスカレートしたパターンなんですね。というか、この帯に書 いてありますように、「陵辱調教の餌食」とか、「肉体の限界を超える性調教」とか、誰が されたいかと思うんですけど、こういうふうに学園の中での何かストーリーエスカレートちゃうと、もうとめどもなくなるんで、それだったら、もう成人マークをつけて、区分陳 列しておくべきだと思うんです。

これに関しては、BLものを読まれる読者の対象が、皆さん、ご存じと思うんですが、「腐 女子」と言って、腐敗の腐に女子と書くんですね。婦人の婦じゃなくて、腐女子というネッ ト上の言葉がありまして。この腐女子の中には、池袋東口をご覧になれば分かると思いま すけれども、今、ジャンルとしては、確立されているいうか、一定程度読まれているものな んですね。

それで、そういう腐女子の層をちょっと調べたところ、やっぱり女子中学生とか高校生ベルでご興味を持つ方もいらっしゃるんですね。

ですから、やはりBLものというのは、こういうふうにエスカレートしていって、何か現 実社会では、こういう男が男を攻めまくるような社会になっているんじゃないかというようなちょっと誤解もあるんじゃないかと。男が読んでも、全く何も感じないこういう世界を、書いていらっしゃる方も多くが女性なんですね。担当されている方も、編集者女性が多い。

それで、やっぱり今回のように挙がってくると、私たち出版倫理委員会では、このことに関しては、東京都健全育成審議会でもこういう意見が出ているということは、伝えたいと私は、思っております

それで、ほかにも、あと3誌、まず、『カーストBL』。このカーストというのは身分差 別、やはり人種差別といいますか、この階級に準じて男性男性を攻めるシーンが、この修整もあんまりされずに、ちょっと露骨に出ております

それから、もう一つ、『つぐなわれ』も、実は、女装した男性女体化しているのを無理 やり強制的に犯すようなところもございまして、何となくコミカルには描かれているんですけども、これも、区分陳列でやむを得ない。

それから、この3誌目。これもコミカルには描かれているんですけども、これをやはり非該当にするには問題があるなと思うのは、女性を陵辱して、性的になじませて、要するに、 性的に未熟な女性に対して、性義をもって、自分に従わせるような妙な陵辱感があります

これは、やっぱり指定はやむを得ないんじゃないかと思います

5誌とも、私も指定でお願いしたいと思います

以上です

会長 はい、わかりました。

私も、この『つぐなわれ』という、自主規制団体の方の意見聴取では非該当のご意見が多 かったものも含めて、5誌とも区分陳列指定判断すべき図書ではないかというふうに思い ます

それでは、委員の方、いずれも条例規定に該当し、今後、指定やむなしというご意見で ございます。そのように答申させていただきます。よろしゅうございますでしょうか。

第685回 東京都青少年健全育成審議会 議事録

https://t.co/EaGvtkxbTe

会の最後委員退任の挨拶

議事録を読んで驚いたのが、挨拶の中で「BLは本当に許せない、店頭に置くのもやめてほしい」と言っていたのに、まるっとカット。載せたらマズイと判断されたか

青少年に与える影響としては男女より男と男のラブストーリーの方が法律的には良くない」 「同性愛奨励するのは日本法律としてどうなのだろう」(東京都青少年健全育成審議会2010年9月13日

第 682 回東京都青少年健全育成審議会

○D委員 まず、1誌目に関しては、これはラグビー部の男同士の性的関係が表紙を開けて最初から出てくるんです。

男同士が性的関係に陥るということに関して、それ自体問題だというふうに思われているのかもしれないんですけども、LGBTの市民権が認められる今の時代性的にその人が異性を愛するか、同性を愛するかということに関して、そのことがもう犯罪のような言い方をされると、それは違うと思うんですね。

レズビアンとか、ゲイとか、バイセクシャルとか、トランスジェンダー(心は男性だけれども体は女性、逆に体は女性だけども心は男性)などの性があり得るということは、今の時代ではもう認められつつあると思うんですね。

まぁそれはさておき、この作品のものは、ラグビー部部員同士の一見コミカルに見えるような性描写なんですけども、ちょっとゲイの人たちをからかっているような描写が多くて、それで、しかも絵がやはり修整はなされてても、もうそれと分かる性描写のものです。

修整というのは何かというと、性器を修整すればそれでいいのかということではありません。

例えば性器は修整されているけども、性行為露骨表現場合は修整とは言わないと思う

んですね。

私は、修整するんだったらストーリーも含めて考え直したらどうかみたいなことをよく言うんです。

ところが、やっぱりそういうことも考えると、これは男同士の性を扱うにしては、余りにもずさんで、ゲイの人をからかったような部分はやっぱりちょっとまずいと思いますので、そういう意味では、読みたい大人が読むような区分陳列には、すべきだと思います

平成23年度 第2回宮崎県青少年健全育成審議会概要

A 委員

これらの本は、粗暴性や残虐性は少し影を潜めていて、性的感情を刺激する内容がほとんどで、その中で女性男性リードする描写が多く、それをもし青少年が読んだりすると、女性はそういうものを望んでいるんだといった偏った価値観を植え付けるのではないかと思います

また、女性リード型の描写が進むとホモセクシュアル的な傾向が出てきて、心理的ノーマル性交渉が難しくなるんですね。

男性意識の中で、自分リードできないんじゃないかと考え、一概には言えないと思いますが、ホモセクシュアルの方にいく傾向が強くなるといわれています

まさに今日の本の中では、その傾向が出ていたので、青少年の目につく形で普通の本と混在しているのはとても危険だなと思いました。

B 委員

こういう傾向は時代を反映しているのでしょうかね。私には、それが分からないんです。

というのは、昔、同性愛というのは、特殊環境の中でそうなると聞いたことがあったのですが、一般にはこういうのがあるのかなと思いますね。

昔は、男性が求めたけれども、現在女性が求めるようになって、これは、時代を反映しているのかなと思って驚いています

A 委員

男性がすごくリードする内容だと残虐性や粗暴性を描く内容が主になってくるんですね。

それが不思議な感じがします。

誰かが評価されているということは、誰かが評価されていないということ

誰かが評価されているということは、基本的差別しているということなのだろう。

母親食事をしていた時に、隣の見てくれのいいカップル白人の子供を可愛いと言っている。

これは、白人の子供とは正反対の特徴を持つような自分は見てくれで評価されないということだろう。

色々と考えている時に、自分基本的製品は別として人間評価しているときプラス意味ではない。

基本的格差を感じているときである

持たざる者として、どうすれば持てるかを嘆く。

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