はてなキーワード: 市街地とは
最近免許取ったので自転車もよく使う地方都市の人間として自転車はもっと車を邪魔して社会問題にしてしまえと思うよ。
「自転車専用通行帯」東京23区で134路線整備も8割余に違法駐車 | NHK
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20230529/k10014082151000.html
正直車に乗ってると車道の自転車はクソ邪魔で死ねと思うけど、警察がクソルール整備した以上は従うしかなくクレームが多発してルール改正される方がいいと思う。
自動車は自転車に対して「安全な間隔」を取る義務があります。安全な間隔を取れない時は車は徐行して後ろを走るんだぞ。狭い道の脇を通る車の方がルール違反です。
交通弱者で保護されてる自転車様が通ってるんだが?という態度でいこう。
自転車専用通行帯が路駐で走れないなら、車の通行帯に出るしかないね。
ドア開けが怖い?ドアが開いても大丈夫な安全な間隔を取ろうね。車線の真ん中くらいまで出る必要があるかな?当然だけど、車道に出る時は進路変更の安全確認しようね。
そしたら車さんは通れないね~。でも車が邪魔な問題の責任は車が取ってもらおうね。
自転車乗りのせいじゃないからね。そうやってクソ邪魔なほうがルール改正されると思うよ。
遅い自転車は車道にはみ出して追い越していいので、車線変更して道路に出よう。ただ車線変更は安全確認しような。
車は車道を通行しててクソ邪魔な自転車を追い越していい(間違いなく対向車線に出ないと抜けないが)自由があるので気兼ねするな。
自転車の逆走、多いよね。その対策を交通ルールを遵守しつつやると地獄絵図になるので
是非ともやって欲しい
ダルすぎるので誰もやってない。
・道路を横断して右折
自転車は車と同じように横断していいので、道路を渡って反対側へ行ってから順走しよう。
実現したら地獄絵図だよね。
あらゆる交差点やコンビニ、スーパーから真横に自転車がヒュンヒュン通る光景を。
市街地で車乗るの止めたくなるわ。
交通ルールを遵守したらめちゃくちゃ地獄になるのが見えてきたね。
半端に歩道も走る現状ではなく、自転車が車道走ったら邪魔でもっと社会問題だってなったほうがいいと思うよ。自転車側も今のルールは危ないし。
近くの古墳の整備事業が終わって出土品などの展示が行われていましたの
解説は古代の土岐のことをカタカナでトキと書いていて飛鳥時代のトキは飛鳥トキですの?
馬が足りませんわ
でも、土岐よりも七支刀を連想させる刀支の方が縁起がよく見えますわ
縁石によって規模が分かりやすくなっていました
小さい円墳の段尻巻古墳の被葬者一族は大きな方墳の乙塚古墳の被葬者一族の右腕的な存在だったのではないかと
展示では書かれていましたわ
円墳の方が方墳よりも権威的には上らしいので、段尻巻古墳の被葬者は中央から派遣されてきた人間で
公的な地位は乙塚古墳の被葬者より高いけど、乙塚古墳の被葬者の方が現地での実力は上だった関係を
想像してみましたわ
東海地方に前方後方墳が多いのも乙塚古墳が方墳なことに関係があるかもしれませんわね
市街地南方の丘陵地帯で大規模な道路工事が行われていて谷間の湧水湿地を潰していそうで
心配になりましたわ
ほとんど雑木林ですから高い部分を削るだけなら被害は少ないと思いますけれど…
https://toki.cloudgis.jp/urban/ の都市計画道路をみるとルートがわかりましたわ
こういうの見ると辛い。文体が違うから元増田じゃ無いと思うけどな
東京きて日本にもエスタブリッシュメントが存在しているんだなを実感したいなら
松濤とか行くといいと思うよ
エリートリーマンがFIREがどうたらって言ってる横で、40億の家が売られてたりするし
■面積約235.75坪の広大な土地
2沿線以上利用可、土地100坪以上、スーパー 徒歩10分以内、市街地が近い、システムキッチン、浴室乾燥機、陽当り良好、閑静な住宅地、前道6m以上、整形地、トイレ2ヶ所、2階建、東南向き、温水洗浄便座、都市近郊、アイランドキッチン、IHクッキングヒーター、都市ガス、小学校 徒歩10分以内、平坦地
そもそもこういう桁違いなの抜きにしても、永住前提の邸宅グレードのマンションは最低4億からだし、
エリートリーマンや高級官僚や勤務医やインハウスローヤーや町弁程度の収入じゃ無理っすね
あと、高給住宅と地方民に認識がない住宅エリア、武家エリアや文京区の高台や渋谷区や目黒区や中央区のあたりには、
開業医でも厳しめの家建ってるぞ
↓
いや本当に、年収数千万でまったく無理だよね。その手の高級住宅地も高級ホテルも。
庶民が思いうかぶ「金持ち」のイメージがまさに「エリートリーマンや高級官僚や勤務医やインハウスローヤーや弁護士」だけど、そんなの所詮は「高級な労働者」で、
本当の上流階級ってのは労働から離れたところにいるんだろうね。
↓
いやだから会員制のホテルは会社の福利厚生ほかで泊まれるぞ。一般人でも割と泊まる
起業してれば桁違いの金持ちじゃなくても税金対策で買うこともあるよ
ただ、40億の家はフツーに無理でしょうね。鳥山先生ならイケる?レベルの家がフツーに売られてる日本恐ろしい
ケタひとつ外して永住できる(資産価値が暴落しない)邸宅グレードの家(4億以上)も
https://togetter.com/li/2120670
飛行機が市街の近くにある福岡が異常、とかそういう話では無くて
そもそも飛行機を中心街近くに作るっていうのは都市計画上ありえない
五月蠅いし危ないし高層建築できないし良いこと一つもない
福岡の発展を妨げている原因の一つに空港があるといっても過言ではない
ついでにいうと高速道路も郊外に降ろすべきで首都高とか阪神高速とか異常
そのせいで景観もへったくれもなくなってしまったが、逆にネオトーキョー的に東京の景観になってしまった
鉄道も郊外に作るようになっていたが大阪とか名古屋とか逆に駅周辺が発達してしまうっていうね
東京きて日本にもエスタブリッシュメントが存在しているんだなを実感したいなら
松濤とか行くといいと思うよ
エリートリーマンがFIREがどうたらって言ってる横で、40億の家が売られてたりするし
■面積約235.75坪の広大な土地
2沿線以上利用可、土地100坪以上、スーパー 徒歩10分以内、市街地が近い、システムキッチン、浴室乾燥機、陽当り良好、閑静な住宅地、前道6m以上、整形地、トイレ2ヶ所、2階建、東南向き、温水洗浄便座、都市近郊、アイランドキッチン、IHクッキングヒーター、都市ガス、小学校 徒歩10分以内、平坦地
そもそもこういう桁違いなの抜きにしても、永住前提の邸宅グレードのマンションは最低4億からだし、
エリートリーマンや高級官僚や勤務医やインハウスローヤーや町弁程度の収入じゃ無理っすね
あと、高給住宅と地方民に認識がない住宅エリア、武家エリアや文京区の高台や渋谷区や目黒区や中央区のあたりには、
開業医でも厳しめの家建ってるぞ
以下のくだりが、とても印象的だった。
その時にわたしの出身地の名産が好きで、通販でたまに買って食べてるんだけど美味しいよね、とさりげなく話題をそらしてくれた年配の男性がいた。
その人が後から「あの人、悪い人じゃないんだけどごめんね、自分も神戸出身でさ」と言われた。
恥ずかしい話、「神戸出身だから」と言われて私は何も分からなかった。
私は自分が地震と津波の被災者で、東北で育った私たちが一番の被災者で、今後数十年はわたしたちが一番のかわいそうな立場だという感覚を持っていた。
「なぜ急に神戸?」とポカンとして「はぁそうなんですか…」と雑に返した気がする。
その後、関東に戻ってしばらくしてから、何がきっかけか覚えていないがオウム真理教の話になったとき、
上司が「あの年は神戸で大震災もあって、オウムの事件もあって日本は終わりだと思った」と言ってて
やっと気づいた。
ひとの災害経験というのは、ほんと様々で、一概にかわいそうな被害者としてのっぺらぼうな面をみるわけにはいかないよね。
自分だけが被害者面していたかも、という気づき。こういうちょっとワンクッションおいて、時間が経って考えること、こういうのが大切なんだと思う。
ただ、被害者という言葉で共通項を見出したとしても、阪神淡路大震災を経験したひとと、東日本大震災を経験した増田がこうして、何かのきっかけでお互いの体験の共通部分に触れようとしたときでさえ、お互いが経験したものの奥行や背景は全く違う。でもそれは、もっと言葉を交わさなければみえてこないもの。
多分、増田は上記の言葉を交わしたとき、その手前でふと立ち止まって考えたんだと思う。
ひるがえって自分の親戚の話。自分語りをトラバに混ぜるのはなんだかな、と思うところもあるが、テーマの性質上書かせてもらう。津波から数日後、東北のもっとも大きな漁港のひとつで、親戚が経営していた漁業関連会社と生産工場が全滅したとの一報を受けた。一方、杜の都に住む息子娘世代は全員無事だったという朗報にほっとしたことを思い出す。
しかし、それよりも震災から半年くらい経って、父が一言つぶやいた言葉のほうが忘れられなかった。
他界した親戚一家は、さかのぼると、昭和8年の津波の前から漁港で生計を営んでいた。1933年の津波で多くの財産を失った親戚は一から再建する際に、同じ場所でやり直すのはやめるべきだと再三にわたって、周囲から助言されていたという。しかし、結局、同じ場所で人生をやり直し、次世代が引き継ぎ、そして次第に事業規模が大きくなり、津波の記憶が遠ざかっていくなかで、そのまた次世代の方々が財を成し、地元の名士として羽振りよく、親族のなかで存在感を持つに至る。そんななかで、半世紀以上前、東京に出て行った東北の令嬢が結婚前の父と出会う。
大切な令嬢(大地主の長女)をどこの馬の骨ともわからないよその県の小作人の末っ子風情に嫁がせるわけにはいかない、という大反対の嵐。本家筋からなにから親戚中の冷たい目線。結局、結婚は許されて、父は母の家系に婿として入ることになるのだが、その時に受けた屈辱を忘れられないらしく、東日本大震災で全滅した親戚に対して、天罰、という言葉で自身のつらみを含ませて表現したのだった。
父にとっては、かわいそうだね、では決して片づけられない感情。
個人的には、なにより、貧しい者も栄華を誇った者も等しくなぎ倒した大津波の、客観的な、物理的な力に圧倒せざるを得なかった。
たとえ、誰と震災の経験の話をするとしても、このようなパーソナルヒストリーの違いによる温度差は避けることができない。そう思っている。
震災を経験していようがいまいが、あるいは同じく焼け出された隣人でも同じではない。大地震大津波の破壊力を前には、あの家は無事だった、無事でなかった、そういうさまざまな経験がそれぞれにあるにすぎない。
こうしたファミリーヒストリーな視点でそれぞれの思いがある一方で、
上司が「あの年は神戸で大震災もあって、オウムの事件もあって日本は終わりだと思った」と言ってて
やっと気づいた。
という上司の言葉。そして、「やっと気づいた」という言葉。このつながり方は、大変興味深い。「あの年は~」というのは個々の経験の違いを超えた、歴史を振り返った俯瞰的な総括を含んでいるからだ。1995年という時代、そういったマクロな視点での気づきをもたらすのも災害だ。
そして、それが何かの理由で、自分自身のファミリーヒストリーや神戸出身者とのちょっとした会話と結びついたのだとすれば、それは自分のある意味「かわいそうな」私的な思いを、歴史の一コマのなかに着地させようとする、そういう覚醒だったのかもしれない。
実をいうと、よりマクロな視点で、それぞれの災害にはそれぞれの社会的な背景があり、その脆弱性が被害を増幅させている、という視点を最初に提起したのは、阪神淡路大震災だった。
1990年代以前は、災害被害者というのは、災害管理の文脈で救援対象として、比較的ステレオタイプに捉えられていた。しかし、その認識を大きく変え、都市の社会構造の脆弱性に関心が高まったきっかけが1995年の震災だった。こう書くとなにやら上から目線風だけど、阪神淡路大震災が自分が仕事として防災の世界に入るきっかけを作った。
神戸の都市としての成り立ちは、明治の初め、神戸港が開港された時から始まる。以降、港湾労働者が多く流入、低所得層が脆弱な埋め立て地や条件の悪い内陸部へ集住するようになる。他方で、20世紀の鉄道の時代に入ると、阪神間の交通網が充実し、六甲山ろくに高級住宅地が開発されるようになる。高度経済成長期には六甲の開発で切り崩した丘陵地に住宅地を建設、その残土で海岸が埋め立てられ、工場用地や港湾建設が進められていく。おりしも公害問題が深刻化した時代、都市の生活環境はますます深刻化していった。そんななか、オイルショックを契機に産業構造の転換という時代の変わり目を迎え、神戸の産業のシンボルであった造船、鉄鋼は停滞してゆく。それは関連する神戸の零細地場産業を苦境に陥らせ、今度は人口流出が起こり都市部の空洞化が始まった。都市部に残っているのは、流動性の低い層つまり高齢者、低所得者ばかりとなった(インナーシティの形成)。
これに対して1980年代、神戸市の政策的な対応としては、財政問題の打開が先行した。バブル前の当時の考え方では、大規模開発こそが地域経済の再生をもたらすと信じられていた。埋立地の利用による、ポートラインラド、六甲アイランド建設、物流機能強化のための明石大橋建設、最先端技術産業の誘致、ニュータウン建設など、新たな付加価値の創出が事態打開の切り札だった。
その一方、社会の脆弱層への支援、行政による市街地の再生は後手に回っていた。
オイルショック後の産業構造の転換で取り残された低賃金労働者の町、老朽化の進んだ木造住宅密集地域、長屋建ての住宅の占める割合の多い市街地(長田区のスラムのようなオールドタウン)は新陳代謝が進められなかった。地震対策の上でも洪水対策の面でも取り残された街となった。どのような地域であったかは番町地区で検索をしてほしい。
このような経済格差や脆弱性が生み出された、マクロな構造変動のなかで襲ったのが1995年の大地震であり、被害が社会経済的に脆弱な人々に集中した。暴力団員が懸命に救助活動していたエピソードを覚えている人もいるだろう。そういう街だった。
社会学的な視点でみれば、この地震の教訓として、被害が高齢者、低所得者に集中したのは、ある意味、歴史的必然だ。格差が生み出された背景などのマクロな政治的・経済的な動向と切り離せないということだ。
そして、このような格差や脆弱性という切り口でみる構造分析は先月発生したトルコとシリアの大地震でも、当てはめることができる。
このように、可哀そうな存在というのを社会学的に脆弱性として構造的にとらえる、ひとつのきっかけは、やはり他の災害を知るということであるし、昔の災害を知るということだと思う。
パーソナルヒストリーとしてお互いに触れあうことで、お互いに違うバックグラウンドにあることがうすうすわかってくる、それもまた、大切な気づきなのだと思う。
また、パーソナルなコミュニケーションが、例えばまさに「通販でたまに買って食べてるんだけど美味しいよね」みたいな会話、これが実はマクロな特性を知るうえでも、その人のパーソナルヒストリーをしるうえでに、もっとも重要なエントリーポイントだったりする。仕事上、ひとから話を聞くときにいつも気に留めていることでもある。
だから、トルコとシリアで現在進行形の震災について全体状況を大きな視点理解している国際機関よりも、よりミクロな視点で、特定の家族や地域の人たちにコンタクトがとれる小規模のNGOや支援団体に私自身は微力ながら支援金を送付している。たまたまシリア難民支援をしている人と知り合いの知り合いくらいの関係でSNSでつながっていたのがきっかけだ。アサド政権が物資を止めてしまう現状も現地の声としてより関心を持つようになった。そのほうが確実に、受け取った人の顔がみえ、困っている状況がミクロにもマクロにもわかってくる。自分が支援したお金が支援先の一家族あたりの支援額(しかも第一バッチ)の1/4にも満たないことを知る。こういうことも大切だと思う。
そのように、何かをきっかけに、他の災害に対して接点を持つ機会を大切にしたい。
というのは、居酒屋のトイレの洗面所とかで何気なくかわす会話、とか想像していたのだけど、そういうのが大切だよね。そういうのが心の残って覚えている、ということがさ。もちろん完全にひとのことを理解するなんてことはどんなに会話を交わしてもない。でも覚えてさえいれば、そのなぜか覚えていた思いを何かにつなげることができる。その「きっかけ」というのはとても大切に思う。
災害を忘れない、というのはそういうことだと思うので。
今のままじゃいつかはダメになるけど、今の所しばらくは大丈夫そう。今の構造に苦しんでる人はいるし、気の毒ではあるけど結局他人事。自分はそうならないとでも思ってるのかなんて脅されても、実際今まで無縁だったし、これからも多分そう。だから今の自分の生活が大切っていう素朴な保身を手放しに非難できるのか。
今現在苦しんでるけど、どうせ変わらないだろうし、そんな事考える余裕なんてないしという無力感を叱るのは傲慢じゃないか。
社会を良くするのは「誰か」ではなくて一人一人なのだから、アンタらがそんな有様じゃ困るという憤りも、ヘラヘラと開き直る姿への苛立ちも分かる。
でもそれただをあー冷笑野郎だわー。目先の事しか見えないバカだわー呆れたわーと揶揄するなら、冷笑野郎はどっちなのかという。
優しく穏やかに、自ら歩み寄るべきだとは言わない。
人の事言えるほど利他的な人間なのか?なんて邪推はしないし、そういう人間にしか非難する資格がないとも思わない。利他的であった所で、他人にそれを押し売りしたり、「正しい側」から非難しまくるのもどうかと思う。
社会を変える事は大事だけど、腰を上げ楽な位置から離れるコストを皆が嫌う囚人のジレンマ状態。無関心な者と変化を望む者の分断。
社会を変えようとする人間を暇人と笑うのも、目の前の生活を生きる人間を愚か者と笑うのも、等しく傲慢だ。
素直に思うけど増田の勘は鋭いと思うよ
飲み屋街の託児所付近の市街地広告が是正されるべきものとされるなら、その是正が及ぶ範囲はおそらく飲み屋街だけでは済まなくなる
広告規制に関して何らかの思う部分がある人なら飲み屋街の市街地広告には悪影響があるという主張は認めることが出来ないと感じる
飲み屋街に託児所が存在することは付近を往来したことのある方々ならばその大半の方々は知っていると思うが、そこ付近へいわゆる「子供が居る場所での不適切な市街地広告」という要素を加えると色々と何とも言えない、まぁハッキリと言ってしまえば正しいのか正しくないのかよくわからん状況に陥る。
例えば新宿や池袋の飲み屋街エリアなんてのはその最たるもの、代表例だと言っても過言ではなく、何でそんなところに託児所があるのか?と言えば、飲み屋や性風俗に務める方々に自身の子供を預けたいという需要があるためであって、飲み屋街エリアの託児所は非常に存在意義が大きいものであるのは間違いない。
しかし、一部の言説に拠れば、子供が居る場所では市街地広告の内容に配慮がなされるべきという主張が存在するため、何とも言えないような状況が出来上がってしまっている。
親がそれを受け入れているならば仕方ないことなのではないかという考えも存在するだろうけれど、元の言説の子供に悪影響があるという主張は親が許容していれば解消するものなのか?と言えばそうではないと言えるだろう。親の認知許容の仕方で子供の影響度合いが変わるなんて全くもっておかしいのは明らかだ。
では逆に、あなたたちの子弟が通う施設の前や付近にデカデカと一部で不適切とされる市街地広告が設置される予定があり、それが何ら法律や条例に違反しないことが明らかとなった場合、あなたたちはそれを許容すべきなのか、それとも拒否すべきなのか。
これは飲み屋街の託児所付近の広告という現実に存在する事例を考慮すると、おそらくきっとたぶん、答えは出ない。自分を含めた多くの人々にこの問いへ"正しい答え"を示せる能力はない。
ある意味で、自分自身の無力さ、無能さと折り合いを付けながら生きていくしか無いという"答え"を見付けることのできる問いなのかも知れない。
1月末日をもって、北海道帯広市にあった百貨店「藤丸」が閉店した。
創業は明治33年で、122年間経営したことになる。このあたりではよくあるパターンで、開拓地で呉服商で立身し昭和初期にデパートへと展開してきた地元の百貨店だった。
例えば釧路市の丸三鶴屋や野付牛(北見)の丸い伊藤と系列は異なれど同じような環境で、開拓地の百貨店として成長してきた。
諸賢ご存知の通り、百貨店などという業態は今日び全く下火となっている。
北海道の田舎においては高度経済成長期以降、郊外に新興市街地が伸長し、多くの人が自動車で移動する時代になった。
そして平成10年の大規模小売店舗法の廃止、大規模小売店舗立地法の制定が運命を定めた。
この20年、みんな車で郊外の大規模店舗に行く。「中心市街地」の意義は消えた。
1月に入ってから藤丸は連日客でごった返し、最終日には閉店後まで人々が店に集っていた。
藤丸に入っている店の常連だったり日常的に地下食品街で買い物をする人ならわかる。
あるいは藤丸に実際に働き、藤丸と共に生涯を送った人も惜別の念を抱くだろう。
藤丸は文化催事も多かったから、藤丸で展示や展覧会をした人々も特別な思いがあるだろう。
藤丸を外部から支える市民団体もある。そうした主体的に取り組んできた人たちはさぞや残念だろう。
けれども、そうじゃない人が大半なのではないだろうか。
なぜなら、如上のような日常的に中心市街地に赴き消費や活動をしている人が本当に十分に多ければ、
そして当然閉店などとならなかったはずだ。
閉店間際に賑わいを演出した人々は、普段は自動車で郊外の広い駐車場のあるヨーカドーやイオンに行っている。
そんな人たちがマスコミの取材に答えて「残念です」とか「寂しいです」とかは、決して言ってはならないセリフなのではないかと思う。
言葉と態度が噛み合っていない。私はここに大変な違和感を覚える。
出てくる思い出は子供の頃の昭和や平成初期のキラキラした思い出ばかりで、例えば110周年120周年の話題はほぼない。
これは、この人たちが長じてから藤丸で思い出を残してこなかったからに他ならない。
よく子供の頃の思い出だけをいけしゃあしゃあと言えたもんだ、と思う。そしてそれをありがたがるマスコミの脆弱な報道イメージもおかしい。
近頃の思い出がないというのが問題の本質であると思うし、そもそも昔のことしか話さない人は藤丸の傷口に塩を塗っているように思える。
なぜ、この20年くらい、平成の後半まるまんま藤丸はそこに間違いなくあったのに、そこで思い出を残さなかったことに無自覚なのか。
そしてその無自覚さでなぜ「藤丸がなくなって残念です」と言えるのか。
地元出身のフリーアナウンサー安住紳一郎が以下のように述べている。
https://news.yahoo.co.jp/articles/433f558335f529f99b35f767731703687434e508
「ネットショッピングや郊外のお店が便利でお客さんがそちらに流れていることはよくわかります。私たちも便利とか安い以上に自分の残したいお店は、ちゃんと不便でも高くても買いに行く消費行動がこれからきっと自分たちの理想とする社会の実現に関わってくるんじゃないかなと思います」
なぜ他の百貨店と比べて十分な時間的猶予があったのに、地元の人間は藤丸を存続させるような消費行動をしてこなかったのか。
そして、なぞそうであるのに(直接携わってきた人は別にして)、「残念です」「ありがとう」などと安直に言えるのか。
この点を、本当に「残念」と感ずるならば20年くらい考え続けてこなければならなかったはずで、「残念」と言語で言える人は、少しでもそのような事柄に携わってきた人だけなのではないだろうか。
普段イオンで買い物してるくせに「残念」はおかしいのではないか。
だから私は、この期に及んで藤丸がなくなってしまって残念とは思えないし寂しいとも思う資格がない。
なぜなら私はイオンで買い物しているからだ。身体が残念がっていないのだ。
中心市街地をどうするかは各地域で本当に難しい課題で、実際のところ商工会や経済界の人々が何年も策を講じながらも充分な成果を挙げられていない。
こんな難しい課題を、藤丸がなくなっただけのこのタイミングでどうにも論評などできないのだ。
だから浅薄な「昭和の思い出」や「従業員の裏話」的なものばかりが踊る。
実はマスコミも20年間、中心市街地の活性化の話題を見ているようで見てこなかったのではないか。
結局は自分には関係がないから、人々がどこでどう買い物しようがそれを報道すればいいだけの話だから、充分なコミットをしてこなかったのではないか。
藤丸がなくなったのは1月31日だが、問題は20年間継続しており、以降も続いていく。
藤丸がなくなっただけのタイミングで急に問題を一夜漬け的に取り上げても、いずれも浮ついた論にしかならないのだろう、と諸報道をみて思う。
無料版。シングルプレイヤー。Classic Mode。マップは「World」。時間は無制限。
「МАРIУПОЛЬ」は「MARIUPOLY」か。おお、最近よく聞く地名だな。
「НОВОАЗОВСЬК」は「NOBOAZOVSYK」?
「ЗАПОРIЖЖЯ」は「ZAPORIZHA」。原発があるとかいうところだよな。
まずマリウポリとザポリージャは大きな都市なので見つけやすい。
マリウポリの近くに「НОВОАЗОВСЬК」も発見。NOBOAZOVS'Kみたいな表記になってる。
西に進む道路で「左折するとマリウポリとザポリージャ」と書いてあるんだから、北のドニプロのあたりか?
幹線道路にやたら広告が多いのが面白い。道の上までせり出してきている。
街の名前っぽいゲートがある。
「ДОНЕЦК」は「DONETSK ドネツク」か。それだともっと東だな。
「ЛЕНИНСКИЙ РАИОН」は「LENINSKIY RAION」?
他にも「〜〜 РАИОН」がたくさんあるから「なんとか区」みたいな意味なのかな?
ЛЕНИНСКИЙ РАИОНを見つけたので初期地点を探して回答。
誤差は2m。5000ptだった。
アメリカの国道22号線だ。どうも南に進むと22号、東に進むと156号らしい。
じゃあ22号線をひたすら辿っていくか。辿ってみたけど156号見つからねえ。
こういうときってぜんぜん見当違いなところ探してたりするんだよな。
というわけで改めて周辺を探してみたところウィスコンシン州の「Embarrass」という町が近くにあることが判明。
そこから地図を探してみるに22号と156号は国道じゃなくて州道らしい。
ウィスコンシン州の州道のマークってちょっと飾りがついてるんだな。紛らわしいよ。
その交差点を見つけて回答。誤差40m。5000ptだった。
荒れ果てた感じの町。目の前にコンクリの壁がある。道は舗装もされてない。
この看板の文字はなんだろ。またキリルか。URLが.ruドメインなのでロシアだな。
木の植生的にはそれほど北の方じゃない気がするんだけど。
道路標識「M55」「ШЕЛЕХОВ」「УЛАН-УДЗ」「МЕДВЕДЕВА」。
「ШЕЛЕХОВ」は「SHELEKHOV」。
「УЛАН-УДЗ」は「ULAN-UDZ」。
「МЕДВЕДЕВА」は「MEDVEDEVA」。
うろついてたらマジで大都市に突入した。でかいビルが建ってる。
ロシア南部の大都市を中心に地図を見ていたら「УЛАН-УДЗ」を発見。
少し離れたところに「ШЕЛЕХОВ」も発見。
イルクーツクのあたり。バイカル湖付近。モンゴルにも近いところだなあ。
「M55」は発見できてないけど、とりあえずШЕЛЕХОВで回答してみるか。
うーん、イルクーツクの端っこだったな。
やや寂れた小さな町。少し進むと市街地に出た。道路標識がある。
Piletas Parque Alem
Complejo Turistico
Costa Alta
Puente
Rosario -Victoria
広告のURLのドメインが「.ar」だからアルゼンチンでスペイン語か。
なんかアメリカとロシアと南米を周回してないかGeoguessrくん。
アルゼンチンの地図を見るとわかりやすく「Rosario」という都市があったのでここかな。
「Portal Rosario」という大きなショッピングモールを目印に初期地点を割り出して回答。
誤差は25m。5000ptだった。
草原。あんまり起伏がなくて遠くまで見晴らせるけどずっと緑色だな。
ただ舗装はしっかりしてるのでそんな絶望的な辺境ではないのかも。
すれ違ったタンクローリーの車体にテキサス州の地図が描かれてる。ラッキー。
少なくともその周辺であるとは思いたい。
標識や看板から察するに「BLACK JACK」という町が近くにある?
あとRockdaleにある店の広告?
地図のほうでテキサス州Rockdaleから伸びる908番の道路を辿っていくとBlack Jack消防署やBlack Jack教会があった。
908番道路は基本的に北西から南東に斜めに伸びてる道なんだが、初期地点は完全に東西になってる部分なんだよな。
無料版。シングルプレイヤー。Classic Mode。マップは「World」。時間は無制限。
出てみると「Beach Cities RV STORAGE」っていう看板があった。
他にもクソでかいショッピングモールみたいなのが建ち並んでいる。
道路名の標識に小さく「Costa Mesa」って書いてある。街の名前かな。
なんとなくフロリダとかカリフォルニアみたいな南部の海沿いの雰囲気。
道路標識に「San Diego」とある。高速道路405号。しかし地図を見るとサンディエゴの周辺に405号は無いな。
ロサンゼルスに近いあたりにコスタメサを見つけた。ハーバー・ブルーバードを辿って適当なところで回答。
誤差は100m。5000ptだった。
なんもない平野に道路だけ通ってる。こういうパターンほんと嫌だな。
かなり進んで小さな町に到着。
看板の言語は中南米っぽい。ウェブサイトのドメインが「ar」だからアルゼンチンかな。
町中の道路標識がこんな錆び錆びで読めないのすごいな。
うーん、初期地点がひどいのでたぶん正確な地点はわからんのだよな。
いくつかわかる地名(Cordoba・Rio Tercero・Hernando)からするとこのあたりかな、というところで回答。
誤差16kmで4946ptだった。意外に外してなかったな。
パーキングエリアっぽい感じだけど何故か道路とつながってないな。どうやって行くんだろ。
道路の番号は422。このワッペンみたいなデザインはアメリカの国道だな。
北西に向かって進んでいくと「Sanatoga」という案内が。
南東に向かって進んでいくと「Linfield」という案内が。
なんかやたら自動車店が多いな。トヨタ・スバル・ホンダ・ジープ・ヒュンダイ。
アメリカで自動車と言えばデトロイト…と思ったら本当にデトロイトの近くで422番を見つけた。
そこからずっと南に辿っていってフィラデルフィアのあたりでサナトガやリンフィールドを発見。
回答して誤差は600m。4998ptだった。
また広めの道路。だが周囲は木々に囲まれていて市街地からは離れているようだ。
標識に「23」「Queanbeyan」「Cooma」などとある。
この盾みたいな番号の書き方はカナダじゃなかったっけ。と思ったけどオーストラリアかもしれん。
カナダは右側走行でオーストラリアは左側走行だっけ。ここは左側走行だなあ。
と思っていたら看板に「Canberra」とあったのでオーストラリアだ。
Queanbeyanも発見。でもCoomaはかなり離れている。距離感覚がわからん。
「Adelaide Ave」という道路を探してみるとキャンベラのど真ん中にある。
それで「街から遠い」と勘違いしただけで、むしろ街の中心だったわけか。
誤差15m。5000ptだった。
看板に「Килифарево」と書いてある。
Google Mapの他の地名表記から考えるに「Kilifarevo キリファレヴォ」みたいな読み方のはず。
標識に「Гурково」「Я∧ово」と書いてあり、おそらく地名だろう。
「Гурково」は「Gurkovo グルコヴォ」という感じか。
「Я∧ово」は…「∧」が「л」のことだとしたら「Yalovo ヤロヴォ」?
って下の看板にまんま「YALOVO」って書いてあるな。
「ワイナリー」と書いてあるからそんな寒冷な地域ではないのか。
というわけでロシアの南西部、ウクライナとの国境付近で回答してみた。
誤差は1253km。2159pt。致命傷は避けたか。
東京きて日本にもエスタブリッシュメントが存在しているんだなを実感したとかならまだわかるがな
40億の家が売られてたりするし
■面積約235.75坪の広大な土地
2沿線以上利用可、土地100坪以上、スーパー 徒歩10分以内、市街地が近い、システムキッチン、浴室乾燥機、陽当り良好、閑静な住宅地、前道6m以上、整形地、トイレ2ヶ所、2階建、東南向き、温水洗浄便座、都市近郊、アイランドキッチン、IHクッキングヒーター、都市ガス、小学校 徒歩10分以内、平坦地
そもそもこういう桁違いなの抜きにしても永住前提の邸宅グレードのマンションは最低4億からだし
インフラ攻撃は戦時国際法違反の戦争犯罪だから、そんなことプーチンみたいなキチガイじみた指導者の国しかやらないし、国際法ガン無視のキチガイじみた指導者だったら原発なくても市街地無差別爆撃して非戦闘員を虐殺しまくると思う。
みたいのをさ、
何のソースも確認せずに「0じゃないからアウト~~~~。0とか思ってる奴はばか~~~~」って藁人形論法だけかまして調子づいてる人見るとレベル低すぎて本当辛くなるよね。
そこは、
を調べて
②電気自動車を1km走らせるのに必要な電力を火力発電で産み出した時のNOX排出量
を比較しないと駄目じゃん。
「②が0だと思ってる奴頭悪すぎwwwwww」みたいな事言われても「それはそうですが、ソースも調べずに感想言ってるだけでひろゆきに論破されるレベルの貴方だって令和においては小学生未満ですけど?」でしかないやろ。
そもそも、「市街地で排ガスモクモク」と「工場地帯で排ガスモクモク」だと近隣住民の被害だって違うわけで、このへんはオンボロトラックが排ガスやばすぎて超ウザイ経験をした記憶とか思い出せば簡単に想像がつくのではと。
馬鹿でも殴れるレベルの超オオバカを想定して、ソイツを殴って見せることで自分の賢さアピールって、逆に「私はこの程度のレベルの人までしか馬鹿にできない程度の馬鹿なんですよ」ってアピールしてるだけだって気づいてくれよ。
本当ゲンナリするわ。
かつてアーマードコアの二次創作コミュニティーはファンにとって分かりやすい構造になっていた。
どこか有名どころのサイトにアクセスすれば、そのサイトから別の有名どころへとアクセスできるネットワークが発達していた。インターネットってそういうものよね。古き良きインターネット。
当初はそのような「有名どころ」について幾つか紹介しようと思っていたのだが、あんまり面白くなさそうなのでやめた。結局、ある一つの有名なAC小説について語ることにする。
タイトルは『人間の世界』である。今はもう削除されてしまっているが、ネット上のアーマードコア二次創作フリークの中にはこの小説を目にした者も多いであろう。冒頭で説明した通り、AC小説の有名どころに当時は簡単にアクセスできるようになっていたからだ。『人間の世界』が掲載されていたサイトもまた、そのような有名どころの一つだった。
小説『人間の世界』は、とあるアマチュア小説家によって書かれたアーマードコアの二次創作である。
主人公は黒人男性で、かつては妻子を儲けていたが今は独り身である。また、アーマードコアを操る"レイヴン"を生業としている。彼はある任務のブリーフィングにて、同じく黒人の、若い女性レイヴンと待機室で出会う。
レイヴンには人格破綻者が多く搾取主義的な人間も多いことから、二人は出会うなり警戒心を抱き、一触即発のような状態になる。しかし、最終的に主人公の次の言葉が、二人の諍いを鎮めることとなった。
あんたは俺の妻に似ている。
毒気を抜かれた女性レイヴンは、彼が今回の任務で市街地に潜伏したテロリストを殲滅する二人のレイヴンの片割れであることを知り、改めて協力関係を構築しようとする。二人はブリーフィングを経て、ACを輸送するキャリアに搭乗すると、任務が行われる当該地域へと移動することとなるのであった。
この小説の特徴は、死人が出る度にその数をカウントすることである。
例えばこんな具合だ。男のACの肩部からナパーム性の弾頭が発射され、検問の詰所に直撃した。加熱された半固体状の燃料を浴びて、検問所にいた二人の男性が死んだ。といった具合に。
男と女はそれぞれのACを駆り、テロリストの陣地奥深くへと侵攻していく。ACは作中世界――『大破壊』と呼ばれる破滅的戦争によって文明の恩寵を大きく失い、地下へと追放された人々によって構築された黙示録的世界――における最強の戦闘兵器であり、その前に立ちふさがった者は次々と死んでいった。老齢の戦士、二人の手練れのパイロット、若い兵士、女性、子供。それらが死ぬ度に作者は死者をカウントしていく。"MT(ACの廉価版兵器)に乗ったパイロットが二手に別れ、一方が囮としてACの背後に回り込もうとするものの、ACのパイロットである男はその目的を悟っていた。男は冷静に正面に立ちふさがるMTを破壊する。その後、回り込もうとしたもう一体のMTを破壊した。二人の男が死んだ。”といった具合に。
最終的に、二人はテロリストの陣地の最奥部へと侵攻する。その時二人が見たものは、ゲートの前に立ちふさがる複数の子供と女性たちであった。手には旗を掲げ、『Don’t fire !』と文字を書きつけている。
それに対して男は淡々と答える。
『レイヴンだろ、お前も』
『テロリストを排除するのが仕事だって聞いていたのに、こんなのって』
繰り返し攻撃を打診する男性レイヴンに対し、女性パイロットは否定の言葉を連ね、最終的にこう告げていた。
『こんなこと、人間のすることじゃない!』
その瞬間、男は溜息を吐き、突如として女性レイヴンの駆るACへと攻撃を開始するのであった。
男は逃げ惑う四脚型ACのフロート部位に攻撃を集中させ、ACの回避行動を停止させる。もう逃げることのできなくなったACを前に、男はゆっくりと距離を詰めていく。女性レイヴンは絶叫する。
私はあんたの妻に似てたんじゃないの
しかし、それに対して男は冷たく答える。
男は女性の駆る四脚ACを破壊する。作者はその淡々とした描写に更に付け加える。女が一人死んだと。
そして、男は周囲一帯にナパーム弾頭をばら撒き続ける。男たちが暮らす地下世界において空気循環は最重要インフラである。男は炎の巡りが十分であることを確認すると、ACでゲートを突破し、区画の最奥部にある空気循環装置を破壊する。男は全ての仕事を終え、燃え盛る地下区画にてACを停止させた。
男はかつて妻と娘がいたが、一緒に暮らすにつれて妻は男に対して憎悪を抱くようになってきた。妻はレイヴンである男を憎んだ。あんたみたいな男は人間じゃない、と。
叫ぶ妻を前に溜息を吐くと、男は妻を殺害し、ガレージの土壌がむき出しになった部分に埋めた。
更に年月が経ち、娘は男に対して反抗的になってきた。
ある時、男はふとしたきっかけで娘を殺し、再び妻を埋めたガレージの一角に娘を埋めることになった。男は溜息を吐いた。また一人になってしまった、と。
そして、物語のラストシーン。再び男のACが炎上する町に佇んでいるシーンに合流する。そして、次のように語られる。
街が炎に包まれていた。
30679人死んだ。
そこにACが佇んでいた。パイロットは暫く死ぬ予定に無い。その男は優れた人間だからだ。そしてその男は世界中の全ての愚者を嘲っていた。
これはあくまでフロムソフトウェアの手を離れた創作であり、あるいは、フロムソフトウェアの作品であるACの世界観とは、直接何の関係も無いと、そう断じることもできると思う。しかし、フロムソフトウェアがACという作品を通じて描こうとしていたテーマに、底無しの悪意があるということは明らかである。
市街地を襲撃して護衛の兵器を破壊する任務。鉄道インフラを襲撃しモノレールを破壊する任務。多数の民間人の乗る航空ユニットを破壊する任務。
それらのゲーム中の要素はフロムソフトウェアが二十年以上前から描き続けてきたテーマであった。つまりは悪だ。
人間は容易に悪になることはできない。ある種の人間にとっては、それは息の詰まる事実である。そこで、フロムソフトウェアはその息苦しい現実に僅かばかりの空気穴を設けようとしてくれたのである。それは、例えば有名なソウルシリーズにおける、聖女アストラエアを自殺に追い込む一連のストーリーなどがそれに当たる。
崇高な目的を以て活動する聖女の、護衛役である男性を殺害し、その事実を告げることで女性を自殺に追い込むというストーリーがデモンズソウルには存在している。このように、フロムソフトウェアは明らかに暴力や悪意や、煎じ詰めれば悪そのものを描き、時にそのテーマをプレイヤーたちが演じられるように取り計らってさえくれているのである。
先日発表された最新作、アーマードコア6の副題は『ルビコンの炎』である。つまり、かの英雄カエサルが渡ったルビコン川の存在を、象徴的に用いている。
そして恐らくは、そのタイトルは原初の戦火を、つまりは暴力の始まりを指しているのであろうと推察される。
先日公開されたティザームービーでは、凍結し白化した地球の映像と、人工の構造物の映像ばかりが流れる中で、川や森といった自然の造形物は映し出されなかった。一方で、過剰なほどにクローズアップされていたのは、ACの頭部に映ったカメラアイの赤い光である。
人間を模した頭部の、瞳を模した部分に絶えず映り続ける、赤い光。暴力を目的とした兵器の頭部に映り続ける、赤い炎。
恐らく、ルビコンの炎とはそれのことだ。人の瞳の奥底に映る、仄暗い暴力と、憎悪と、悪意を秘めた炎。
古代における戦争の端緒は、兵器にあったのではなく、人間のそのような悪意にあったのではないだろうか。ルビコンの炎とは、我々の中に巣食う原初の悪意と暴力を名指しているのではないだろうか。そのような印象は、前作タイトルAC5のキャッチコピーが、『全てを焼き尽くす暴力』であったことからも無理なく推察できると思われる。
我々人間は悪意を時に成す。我々の瞳の奥底には仄暗い炎が灯っている。それは、いずれ戦火の発端となるだろう。この世界のどこかでは、そのような炎は未だ燃え広がり、人を殺し続けている。
灰の最後の一片に至るまで燃やし尽くす、暴力と悪意の火を焚べること。それが、AC6の描こうとしているテーマであろうと私は推察している。
こんな愉快な記事がったんだが
コンパクトシティー阻む「縦割り行政」 見えぬ成功例:日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE248CG0U2A121C2000000/
これが全く住民の目線が無くて嗤える。そりゃ失敗するに決まってんじゃん。
本文よりコメントプラスのほうがより分かりやすくて、例えば斎藤氏(日経論説委員)
市街地を広げないことが地価を維持
(…)
大切なのは人口が減る中で地価を保てる地域をどう残し、そこが生む利益(…)車を手放したお年寄りが移り住んで地価が下げ止まる
とかコメントを出している。つまり、彼らの目的は地下を下げず、不動産収入を維持するという事なんだよな。
敢えて言おう。知ったことか!
下々の者はお殿様が開いた都に高くても住むべし、みたいな江戸時代の身分制度をそのまんま持ってきているようなイメージすらある。
元気な老人も含まれるんだが、若い人ににとっては土地の価格が下がることはよいことなんだよ。
移住してくる人が何を望んで地方に来るかというと、多くは自然であったり、広い家にすめるとか、周りに何も無い広々とした住まいとか、そういうことを求めてやってくる。
彼らにとって、土地の値段が値崩れ起こしてタダ同然になることに何の問題がある?安けりゃ安いほどいいだろう。
人口減少が起きたら困るという人もいるが、裏返せば一人あたりが占有できる土地面積が広くなると言うこと。
これは移住までいなかくても、田舎で幸せに暮らすマイルドヤンキーだって同じこと。まぁマイルドヤンキーは旨いこと大企業の地方工場にでも入り込まない限り低賃金労働者なので、土地が安くないとそもそも家が建てられないという事情もある。
裏を返してコンパクトシティ。
ちょっと郊外に出ればだだっ広い土地が広がっているような土地であっても、そこの昔からある市街地、とても土地の価格に似合うだけの利益を上げそうにも無いような価格が未だに付いている。と言うか、そこに住んでいる人が頑なにこの価格で無いと売らないとがんばていると言い換えてもよい。
そんな所に何故か金を出して高層マンションを建てるディペロッパーがいたりする。よくよく話を聞くと御上の政策でコンパクトシティだからと助成金をもらって計画し、その低層階に市役所を入れたりなんかしている。
だが、だからと言って便利な交通機関があるわけでも、時刻表を見ずにふらっと駅に行っても電車にすぐ乗れるような環境があるわけでもないので、通勤通学には車が必須だ。
結果として、ディペロッパーが建てた都会水準の高額物件にぎゅうぎゅう詰め込まれつつも、働くには車がいるから最大の時には一家で駐車場を4台借りてその費用がかさむ。
こんなの、都会と田舎の悪いところを足したような住まいじゃないか。なんでこんな所に住まなければいけないの? え?地価の下落を防ぐため? 冗談櫻井よしこさんやぞ。
これを全部同じ言葉ですまそうとするなと思う。
インフラ維持が無理になってくる限界集落の住人を、中心市街地の狭っ苦しいアパート住まいにしようなんて事はできないし、都会に無いものを求めてやってきた若い人を東京の劣化版のような所に押し込めたって嫌気がさすだけだ。
日経の記事では、イオンなどの大資本を入れて、大規模な郊外型ショッピングモールを開発すると言う事がコンパクトシティに反する事例として扱われているが、実際には逆だろう。
郊外型ショッピングモールを中心として、安い土地に宅地を開発し、そこを新たな中心街とすればよい。そうしていけば旧市街はだんだんと人がいなくなって土地の値段が安くなる。だんだんと間引かれてくるから、そこで再開発をすればいいんだよ。
大友克洋の全集が刊行されているのを、近所のヴィレッジヴァンガードで見かけた。それで思い出したことがあるから、ここで書き留めておく。別に誰かを責めたり批判する目的ではない。
大友克洋の初期短編で、こんな作品がある。ファンの人ならば、知っている人も多いはずである。
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主人公である現代の日本人サラリーマンは、家の寝床で眠る時や、通勤列車内での居眠りしている時、或る夢を見る。
その夢の中で主人公は、決まって、太平洋戦争末期の、南方戦線に従軍している旧日本軍兵士である。夢の中での戦況は、良くない。物資も衛生環境も、上官の質も。
それらは、日増しに、眠りに就く度に、悪化していく。夢の中の主人公は、窮地に追いやられて行く。
終に主人公は、夢の中で敵兵の銃弾に身体を貫かれ、地面へ仰向けに倒れ込む。
物語のラストは、事切れて仰向けに倒れた、旧日本軍の兵士としての主人公の「会社の上司に作成を命じられた書類を、明日までに仕上げなければ……」というモノローグで幕を閉じる。
そのラストの画面となる大きなコマは、仰向けに倒れた主人公を、横から撮影したカメラアングルになっていて、広角レンズで撮影したように地面が湾曲している。
そして、それ以上に決定的なのは、主人公が横たわる地面がコマの上(天)側に、青い空がコマの下(地)側に描かれていることである。
現実と思っていた現代人のサラリーマン人生こそが夢であり、戦時中の旧日本軍兵士の身こそが現実なのであった。
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次に、個人的に好きなラテンアメリカ文学作家の一人である、アルゼンチン出身のフリオ・コルタサル(Julio Cortazar)を紹介する。このコルタサルの邦訳題名が『夜、仰向けにされて』という短編小説がある。こんな話である。
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現代人の主人公は、市街地をオートバイで走行していた時に転倒事故で負傷し、病院に入院することになる。
その夢の中で主人公は、決まって、アステカの人狩り戦士たちに追われて密林の中を逃げ惑う、原住民の男である。もしも戦士たちに捕まれば、人身御供として神殿の祭壇上で、生きたまま心臓を抉り出されて太陽神に捧げられる。
夢の中での状況は、良くない。日増しに、眠りに就く度に、悪化していく。アステカの戦士たちによる包囲網が、どんどん狭まって、夢の中の主人公は、密林の中で逃げ場を失い、追い詰められていく。
昼間、病院の医師に悪夢のことを相談しても、怪我の精神的なストレスと言われるだけで、毎晩の悪夢を見ることは止められない。
終に主人公は、アステカの戦士たちに捕らえられて、神殿地下の石牢に閉じ込められる。祭壇に運び上げるのに備えて、生贄専用の御輿に、大の字の仰向けに拘束された状態で。
主人公の番がやって来た。神官たちが、主人公の御輿を担ぎ、神殿の急勾配の階段を登り始める。主人公の足を上に、頭を下に向けた状態で。
主人公は、必死に夢から覚めようとする。主人公は、夢から目が覚める。主人公は、病院のベッドに仰向けに寝ている。
しかし、水平感覚がおかしい。頭が下で、足が上になっているように感じる。
気がついたら、やはり主人公は、御輿に拘束された状態で、神殿の頂上へ向かって運び上げられる真っ最中である。
主人公は、物語の冒頭を思い起こす。五月蝿い羽音を立てる金属製の蜂に跨り、大きな石造りの建物の間を高速で移動していた時のことを。
あれこそが、夢だったのだ。この生贄にされようとしている今が、現実なのだ。
御輿は、神殿の階段を登っていく。主人公を仰向けにしたままで。
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作品の発表年は、コルタサルの方が大友克洋よりも早いようである。しかし「胡蝶の夢」形式の現実と夢の逆転物語は、古今東西、枚挙に暇がない。フィリップ K. ディックほか、多くの作家が書いている。したがって、大友克洋の短編がコルタサルの短編を元ネタにしているとは、簡単に断定できない。とはいえ、物語の締め括りが、仰向けになった主人公、天地の逆転というところが、酷似しているようにも思える。
もう一度言っておくが、批判したり責めたりする目的ではない。単に、ふと「過去に、大友克洋はインタビューとかで『元ネタはコルタサル』と明言していたっけ?」と思っただけである。そして、例えば石ノ森章太郎の『サイボーグ009』のラストは、レイ・ブラッドベリの『万華鏡』であるとか、藤子・F・不二雄の短編『流血鬼』の元ネタは、リチャード・マシスンの『地球最後の男(I AM LEGEND)』であるといったような、オタク好みの由来話を知りたいと思っただけのことである。
大友克洋は既に有名なので、ここではフリオ・コルタサルの方を宣伝しておこう。岩波文庫から短編集『秘密の武器』『遊戯の終わり』『悪魔の涎/追い求める男』が出版されている。特に『悪魔の涎/追い求める男』は、堅苦しい文学作品として捉えなくとも、ホラー・怪奇ジャンルが好きな人にはエンタメとして楽しめると思うので、気軽に手にとって試しに読んでみて欲しい。
ジョルジューッス
本日は日本におけるおしぼりの日、手袋の日、和服の日、そしてホームビデオ記念日となっております。
昨今ではいろんな場所にカメラが仕掛けられており、YouTubeなどでも著名な観光地、もしくは市街地などを生配信している様子が散見されると思います。
有名なところで言えば、ドライブレコーダーが付いてることで解決された恐喝的な事案が複数見掛けられることです。
歩行者や自転車が自分からぶつかりに行って被害者ぶって恐喝、なんて事態が減りつつある、ということですね。
そう考えると車が出来て、車に関する法律と罰則が生まれて、そしてその上で必要な道具としてレコーダーが作られての間に頻発しうる出来事なのかもしれません。
道具が便利になって、そこから更に流通した道具で事件や騙し合いみたいなことが発生するというのはなかなか興味深い話なのかもしれません。
つまりレコーダーやスマホの録音録画機能をちゃんと使ったほうがいいってことかもしれませんね。
ということで本日は【物事の記録よいか】でいきたいと思います。