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2017-11-23

anond:20171123190832

天才仕事をしない

秀才仕事を減らす

・凡人…言われた仕事をそのままやる

馬鹿仕事を増やす

2017-10-14

若くして死を悼まれニュースになる程の事をしている人間が恐ろしい

若くして死んだことを悼まれニュースになるためには、20代や30代のうちに十分な結果を出している必要がある。

そのためには10代や20代のうちに既に芽を出しているから、20代の頃に急激に結果を出し始めているかしなければならない。

恐ろしいね

自分は10代の頃何者でもなかった。

社会に出て10年経った頃ですら、ようやく仕事を覚えてきたけど人並みが精一杯だった。

入社して1年目の人間には負けなくても、優秀な人間は3年もすればこちらに比肩し始める。

恐ろしい。

優秀な人間こちらがモタモタしている間に結果を出して追い抜いていく。

そういった人間存在しているおかげで今のレベルまで人類進歩してきたのだろうし、社会も回っているのだろう。

それでも恐ろしい。

天才秀才が結果を出すたびに自分存在価値が問われているようなプレッシャーに襲われる。

まだ実家にいた頃、親が同年代スポーツ選手として自分を比べてくるのがたまらなく嫌だった。

なんであのレベルに達していることを安易に求めてくるのかに苛ついた。

そうさ、本当に恐ろしいのは、優秀な人間じゃなくて、優秀な人間と凡人を安易に比べて平気な顔して人の存在意義否定しようと煽りにかかる大多数のその他大勢共の浅はかな人間性だよ。

畜生が。

いつか人類みんな殺してやる。

死んでしまえじゃなくて殺してやるだ。

でも無理だな。

そんな事が出来るようなのは有能な奴だけだ。

人類をみな殺しにしようなんて思っても、通り魔になって10人轢くのが限界だろう。

あほらし。

運悪く天才には生まれつかなかった自分の惨めさを、運の悪い10人の人間にぶつけた所で虚しいだけの同族殺しだ。

俺が殺したいのは、運良く優秀だった奴も、運悪く無能だった奴も、まるっきり含めて人類全員なんだからな。

畜生

いつか殺してやる。

無理だけど。

2017-10-02

かに実名前提ウェブは、書き込みづらい。

それフェイスブックじゃん

facebookには、無職ってカキコみずらい。

  

でもさー、東大卒秀才女史でも、爆弾投下してたよね。

facebookで。

現役の国家議員豊田さんの過去を振り返っていたでしょう?

  

2017-09-29

[]柳本光晴「きっと可愛い女の子から」全1巻

いろんな男子高校生女子高校生女教師恋愛模様を描く短編

関口さん

陰キャだけどやさしくしてもらった男子にほれてしまって自分と彼以外滅びないかなとか中二病考える

でも男子には彼女いるんだって知る

から告白はせずに、おすすめの本だけ渡す

でも泣いちゃう

男子のほうも察して、明日までに読んで感想いうといってくれる

どこまでもイケメン男子と、陰キャな女子ギャップがすごくつらい話

教師と生徒の正しい恋愛

一年ときにオカタイ女教師告白した男子

卒業するまでダメと断られ、自分はもてるのに断りまくる

卒業式後、ようやく女教師OKして自室に招待してお酒のむと、お堅いおんな教師がすごく弱気にふにゃふにゃになる

もう三十路前だし自分に自信がなかった女教師を見て男子ますますかわいいと思う

そんで同棲することになる

保健室にて

リア充男子とつきあってる地味なメガネ女子

でも男子リア充女子と楽しげに会話をしているのに嫉妬する

保健室に逃げてしまってメールを待つが来ない

休み時間になると男子保健室にやってくる

男子は察して、もうほかの女子とは一切話さない、というが、

メガネ女子はそこまでしなくていいという

そのかわりに「他の女子と話した後は私が満足するまで好きといって」と言う

男の子はあまりにもそれをかわいく感じて抱きしめる

教室に戻ると、また男子リア充女子が話しかけてきて話をする

しかし会話の後、男子はほかのクラスメート面前メガネ女子に「好きだ」と言ってしま

女子男子に「みんなのまえでいうな」というが実はうれしかった

裏編として、実はよく男子に話しかけてた女子男子が好きで、好きだ事件のあと、

どうでもいいと考えつつ未練たらたらでちょっとかわいそう

図書館LOVER

ギャルと地味黒髪ロングメガネ女子図書館で本読んでる

でも実の目的は、メガネ女子図書館にいる男子をのことが好きだからギャルが付き合わされてる

ギャル女子に、自分から行動しなきゃだめだと伝えて、告白させる

でも男子には彼女がいたから断られる

でもギャルは見返してやればいいといって女子力を教えるようになる

ギャル女子男子彼女街角出会ったときギャル女子に、「男子に対して好き勝手いってやれ!」とけしかける

慣れてない女子かわいいあっかんべーをするのだった

ギャル子さん

大学進学の勉強秀才男子に教えてもらうことになったギャル

ギャル男子にいろいろモーションかけるが、男子ヘタレなせいでろくに何もしてこない

最後卒業式の日、最後からギャルから告白して男子もそれに返すが、ギャル男子に、男子から告白してほしかったといってさよならを告げる

でも男子ギャルを追いかけて付き合うことになるのだった



感想

再読

★5だなあ

めっちゃ好きだわ

短編クオリティがそれぞれで漫画1冊分くらいあってもいいくら

百合的なのもあるし、もどかしさ、安心失恋などおっさんが読んでも傷つかない程度にほほえましい話で、

すごく好み

小説家になる方法の作者だったのか

あっちは読んだことないけど読んでみようかなあ

絵柄が少しこんちきににてる

あとギャルかわいい

中二病、陰キャの失恋からリア充のはなしまで幅広い

1冊の満足感がすごく大きい

最後後日談が書き下ろされてるのもすごくサービスあってうれしかった

時間おいて何度でも読み返したくなる漫画

心の本棚入りだわ

2017-09-25

自分の力だけで生きていけない人たちをどうするか問題

自活できてない人たちっているじゃん。

ホームレス要介護老人生活保護世帯、治る余地がなく機械や手間なく生きていくことができない病人身体障害者知的障害者、などなど。

この人達はいわば社会お荷物なんだけど、現在法律では放置殺処分もできないんだよねえ。

じゃあどうやって生かす?

生かすというか生きていけるように社会でめんどうを見るということか。それが福祉か。

やっぱりお荷物じゃないか。その福祉に使う金は健常者が働いたなかから出た税金なんだから

働けるやつは働かせればいいのか?刑務所みたいな施設作って強制労働させるか?そのために福祉より金がかかったとしたら?

そもそも自活している状態ってなんだ。

金持ち貧乏人も秀才低能も男も女もみんな産まれた時はおぎゃあと泣くことしかできない。

その意味では自分の力だけで生きてる人なんていないじゃないか

冒頭に挙げた人たちだって好き好んでそういう状態になったわけじゃないし(好き好んでホームレスやってる人はいるかもだけど)。

しかしそうした全ての人を満足させられる福祉はこの国には存在しない(外国にあるかどうかわからないけど)。


さあどうしたものか。

2017-07-22

田舎の虐められてる学生よ、書を手に取れ、都会に出よう

田舎の町で育って、小中高と虐めを受けてきた。

田舎って、クラス替えがないんだよね人がいないから。

から虐めのターゲットにあると何年も続く。

小学校の時、中学校の時、高校の時、死ぬことしか考えてなかった。

そんな自分の救いは図書室。

図書室は静かにするところなので、いじめっ子は入ってきて自分暴力を振るうことが出来ない。

虐める奴らは本を読まない奴らが多いので、図書室に偶然立ち寄ることもない。

休み時間になると走って図書室に行って、図書室にある本をカウンターの下で隠れて読む生活

田舎すぎて図書室には誰もいない。

高校はさすがに人がいたが、小中は、本当にほとんど誰もいなかった。

学生生活いかに「人が来なくて来ても隠れられるところ」「気づかれないようにその場から消える術」を学んだと言ってもいい。

虐められないためには接触しないのが一番である

暗殺教室で、虐めに遭っている女の子が、テストだけ受けに来て終わったら速攻帰る、とやっていたが、あれは正しい。

 

お金問題で、高校までは地元に拘束される田舎者も、都会に出るのを許されるのが大学だ。

もうこんな狭い人間関係はまっぴらだったので、高校はひたすらひたすら勉強した。

とにかく地元を出たかった、国立の金の掛からない大学に行きたかった。その二点が勉強意欲だった。

自分は塾にも行けなかったので(行けばいじめっ子がいるので虐められるだけ)学校の授業がすべてだった。

 

高校教師というのは、やはり素行がよく、頭のいい生徒を可愛がる。当然だと思う。教師勉強を生徒に教えるのが仕事なのだから

休み時間に聞きに行ってもいいか、と先生によくアポイントを取った。

休み時間がつぶれるというのにどの教師も喜んで応じてくれた。

この作戦休み時間に人をどこかに連れて行って虐めようとしている奴らにも効果がある。

先生約束していて職員室に呼ばれている」その言葉が出るといじめっ子もそれをバックレろとはいえない。

 

学年一位、市内一位を取るレベルになると、先生の態度が変わった。

先生の態度が変わると、いじめっ子が関わってこなくなった。おそらく私に手を出したら分が悪いと思い始めたのだろう。

いじめっ子の中には秀才と呼ばれる奴がいて、この人達は、少々悪いことをやっても先生に疑われないので、影でいろいろやらかしていた。

だが、私の方が成績を上回り始めると、引き落とそうと嫌がらせエスカレートしてきて、先生にも気づかれるようになってしまった。

怒られたのはいじめっ子の方だ。これには驚いた。昔なら、なぜか虐められた私の方が注意されていて終わっていただろうに。

ああ、学校は成績がすべてなんだ、と痛感したのはこのときだ。

 

最終的に、偏差値70クラス大学に行った。学校では私一人だった。

お金がないが口癖だった親も、さすがにこのクラス大学に行くとなると、頑張って入学金を用意してくれた。

大学生活は天国だった。

そして金持ちの子供が多かった。

金持ちの子供って歪まないんだね。いい人が多かった。友達もたくさん出来て、楽しかった。

同窓会手紙が何度か来ていたが、全部無視した。

 

二十年くらい経って、地元に戻った。祖母調子が悪く、もう長くはないからだ。

会える間に、会える距離でなるべく楽しいことをしてもらいたいと思った。

一応ニートもなんなので、地元開業してみたが、未だに地元カーストのまま話しかけてくる人が多いことに気づいて面白い

この人達は、地元人間が都会に出て行くまでのカースト脳内が固定されていて、それから脱却できないのだなと気づいた。

都会で住んでいたのが二十年以上の人間が、二十年以上前と同じメンタリティ田舎に戻ってくると思っているのだろうか。

こいつらの中では、まだ自分はいじめられっ子で、覇気がない子分なんだろうなあと思うとしみじみする。

かばかしくなってきたので、店を閉めたら、慌てた人たちが飛んできて、なぜ閉めるのか、困る。と訴えられたので、

「いやー、さすがにカネ持ってんだろ、くれよ、とか、息子連れてきて、息子に色目使ってないわよね、あん変態から、とか言われたら

心折れますわ……」と今回は素直に言ってみたら、何か長老会の闇のパワーが働いたようで、それも驚いた。

闇の長老会パワーで、まず、店まで来てあれこれ言ったもといじめっ子と親が謝りに来た。隣には謎の老人が目を光らせていた。

過去のことを許してくれ悪かったと謝罪されたが、意味不明だったので、いや、顔を見せないでくれたらそれでいいと言ったら、そしたら

困ると言われたのだが、困る相手になんであん言葉を言うのかと問い返せば黙った。謎の老人が一喝していた。誰だおまえ。

次にいじめっ子の女(既婚パート)がのきなみパート先を解雇されたらしいと聞いた。

後日、もう奴らは店に来させないから、再度開業して欲しいと老人数人が頭を下げに来た。来させないとか、そんな権限君らにあるのか。こわい。

しかし長い田舎者だったので、田舎では長いものに巻かれるのが最適だと学んでいるので再度開業したら、本当に変な客がいなくなった。

長老会ぱわーすごい。

 

 

田舎で虐めに苦しんでる子供達は、とにかくひたすら勉強して、都会に脱出することをおすすめする。

田舎権威に弱いので、カースト上位にさえ上り詰めれば、こちらが勝てる。

いじめられて、しくしく泣いていた自分が、今や、虐めを食らっても、鼻でせせら笑って「こいつバカじゃないの」と思えるレベルになるのだ。

メンタルも強くなるしおすすめ

2017-07-21

https://anond.hatelabo.jp/20170718212402

ああ、それなら養護学級の方がいいわ

普通学級送りにされても周りのスピードについていけず必要学習が遅れるだけで

子どもの知りたいことはその都度子どもに合わせて教えてやればいいし

言語理解個人差で遅いだけだと思って焦らずに時間と共に上げていけばいい

もし普通学級に行きたいという希望が本人から出て第三者目線で行けそうなら応じてみてもいいんじゃない

その段階になって実際に戻るのは不可能だと思ったら養護学級にした選択は正しかったし

もしすんなり普通にいける状態なら養護学級で鍛えた成果だと思えばいい

 

あと地球誕生がどうとかは俺もその歳で親に聞いてたりしたか子ども特有のなぜなの?だぞ

科学者の卵でもなんでもないからそこは思い込みないように

伸びのいい分野も子どもの興味欲求が伸ばしてる状態ブーストかかってるようなもんだから

その分野の天才になるかもとかは親が思う共通点からそれもスルーしたほうがいい

人形規則正しく並べてるだけで数学に強いかも!とかいう親もいるからな

本当の天才ブースト状態ですぐ覚えられるというより「枯渇」状態

もし算数数学が好きなら今も問題を探して徘徊してるはずだし

自分問題作って解いたりしてるだろうけど、今やってる?

いつみてもそういうことしてる子どもが圧倒的な時間をその分野に注げるから勝手天才になる

から教えられてとか人より覚えるのが早いとかは自発性のない秀才であって自動型の天才ではない

常々いうけど個人差と天性を分けて判断しないと親馬鹿フィルタは外せない

2017-07-15

https://anond.hatelabo.jp/20170715020318

でも実際は人口が増えるほど秀才天才の出生確率統計学的に高まってくるんだから魂の総数に絶対量はないはずなんだよ

えーと何が言いたいのか分からないけど

脳が欠損したら当然意識障害記憶喪失になるから細胞が魂の構成要素になってるのは明らかで

単に俺たちが観測できてない暗黒物質のように魂も物質的に見えない観測できない粒子で構成されていたとしたらどうだ?

それなら生命誕生したのにも理由説明つくはずだ

まり魂が先か肉体が先かヤングジャンプの嘘食いという漫画で問いがあったが俺の答えは同時だと思う

肉体が形成されていく段階で観測できない意識粒子が魂を生成するから肉体と魂は切り離せないし肉体が消失すると魂も構造を保てなくなり破壊される

からあの世はないと考えていてどこまでも物理的な世界帰結するのではないかと思っている、この仮説はどうか?

からウィルスにはウィルスとしての魂があると考えられるし生きていると生物であると俺は思う

2017-07-09

稲田防衛大臣は即刻メガネを外すべき

いや、比喩表現とかそういうことではなくて、物理的にメガネを外すべきという話。

稲田大臣ってメガネあんまり似合ってないよね、という声は多い。(当社調べ)。

メガネというのは、うまく使えば知性や愛嬌アピールできるアイテムのはずなのに、どうも稲田大臣場合は、そういう方向に生かされていない気がする。

で、理由を考えてみたのだけれど、あの人、メガネ微妙にずれたままのことが多い気がするのだよね、ニュースとかで見る限り。

聞けば、あれは「伊達メガネなのだという。

落下傘候として福井県に乗り込み、選挙区メガネフレーム生産で有名な鯖江市を抱えているため、地元産品のアピールのために伊達メガネをかけはじめたのだという。

視力が悪くてメガネをつかっていれば、ずれると気になる。

から、すぐ直す。

メガネを直すしぐさ」というのは、メガネかけた秀才キャラパロディなんかでもよく見かけるところだが、あれは必然性があってやっているのだ。

ま、しょっちゅうずれる人は、サイズや調整があってないので、早くメガネ屋にいったほうがいいが。

Jinsとかの安い眼鏡でも、自社の商品であれば、どこの支店でもやってもらえる。


稲田大臣コンタクト裸眼なのかはしらないが、メガネを外してもかけても視力が変わらない状態なので、メガネがずれても、視力や視界という意味では、それほど気にならないのではないか

から微妙にずれても、直さない。

から、なんとなくメガネが似合ってない。

レンズの中心と黒目の中心があってなかったり、フレーム位置が不自然なことが多いので、何とも言えないすわりの悪さを感じる。

当然、全体の印象も悪くなる。

別に、「伊達メガネ」だからいけない、ということではない。

メガネでおなじみ」のキャラクターでも、実は伊達メガネという人は結構いる。

古くは、大橋巨泉が「コンタクトして伊達メガネ」だったし、ナイツ土屋キャイーン天野伊達メガネだ。

テレビタレント場合は「レンズの入ってない伊達メガネ」を使っている人も多いらしい。

レンズの反射を気にして。

ただ、そういう人たちは、フレームデザインサイズも厳選して、きちんとかけているのだと思う。

著名人稲田大臣ほど違和感を感じるメガネの人は、少なくとも自分は知らない。



メガネ歴四半世紀以上の身として言わせてもらうが、ちゃんとかけないんだったら、メガネはやめたほうがいい、てか、やめていただきたいと切に願っているのだが、メガネの本場、鯖江有権者はどう思っているのだろう?

2017-07-07

個人的やれやれ系は追い詰められてもやれやれ系のままでいて欲しい。

ただし、天才でなんでも余裕でこなせるのはダメだ。

鼻につき過ぎる。

基本的に有能だけど秀才まりで死にそうな所まで追い詰められるが、機転で主人公到着まで時間稼ぎをするくらいが調度いい。

2017-06-20

とりあえず今日の日付けを言ってみて

すぐ言えた人は、凡人

すぐ言えなかった人が、秀才

でも、たまに言えたり言えなかったりの人だけが世界を変えている

理由は、自分で考えろ

数秒だけやるから

突然、こうしろと言われて真剣に考えたやつのことを、アホというのだそうですよ

2017-06-12

http://anond.hatelabo.jp/20170612100202

東京一工クラス卒業生居住地分布を取ると、明らかに東京等の都市部に偏る

のは、金銭的な問題東京での一人暮らし生活費を出せない)もあるのでは

地方秀才って東大行くより地元医学部目指したりするよね

その方が無理に東京大学行くより実家から通えて学費生活費も安くて将来安泰だから

2017-06-05

体育の時間しか楽しみがない子もいるんです。

うちの子は、勉強が苦手。人前でしゃべるのも苦手で、吃音もあるので本読みを当てられるのが大嫌い。手先も不器用なので図工も苦手。クラスに貼り出してる全員が描いた絵をみると切なくなる。

そんなうの子の唯一の楽しみは体育。今日学校で何あった?って聞いたら、いつも体育の授業があればそれだけを答えてくれる。

勉強は苦手、当てられて答えられない姿を親にみられたくないから参観日は来ないでっていうけど、運動会だけは絶対見に来てっていう。

親の私は体育が苦手でマラソン大会なんてなくなれって呪ったぐらいだけど、勉強はできたから授業中は生き生きしてた。手をあげるたびに、すごーい、っていうクラス視線を感じてた。

だけど、お勉強では劣等感をずっと抱えてるうちの子にとって、体育だけが唯一自分に自信を持てる時間らしい。

体育なくせ、みたいな声があるけど、一週間のうち、学校の体育なんて3時間程度。それ以外の時間はずーっと教室でお勉強の得意な子達のキラキラした姿を眺めるしかないうちの子に、たった3時間くらい、生き生きときらきらとする時間をあたえてくれてもいいんじゃないか、と思う気持ちもある。

能町さん(東大)にしても、ヒャダイン(大阪星光→京大)にしても、秀才高学歴。体育の時間は辛くても、きっとそれ以外の授業ではその優秀さで存在感ありまくりで、みんなの視線も集めてただろう。

ならば、普段教室で居心地悪そうに座ってるしかできない子が唯一大好きな体育の時間にその存在を主張できる機会も大事に思ってくれてもいいんじゃないかなと思った。

体育が悪いんじゃない、レベル分けをしてくれたらいいんだ、という声もあるけど、授業ではそんなにきっかレベル分けされてる訳じゃないよね。

だって上手下手お構いなしに掲示してるし。体育以外の授業ではおもいっき劣等感を味わってる側からしたら、お勉強ができる子達には、体育の時くらい形見狭い思いを味わってみたら?という気持ちもあるのは事実

2017-05-30

ADHDは穴の空いたロジックを作りやすい説

自分ADHDなんじゃないかと思ってる東大理系卒。

周りの秀才議論していてよく思うのは、ADHD自分は穴の空いたロジック、スキのあるロジックを作りやすいということだ。

その理由はこうだ。ADHDは、ワーキングメモリが少ない。つまり、ある結論を満たす論立てを一つ考えると、そちらだけでワーキングメモリを使い切ってしまう。他の道筋から、その結論に対する反証が出てくるとかが、反射的に思い浮かばない。そして、1つの論で頭が一杯になってしまうので、複数反論でつつかれても大丈夫な論を導き出すのに、一つ一つ検証がひつようになるので、ものすごい時間がかかる。

東大にいたのでわかるのだが、頭のいいやつは、反射的に反証反論を思いつく。そして、複数反論に耐えられる論を見つけ出すのも瞬時。おそらく、ワーキングメモリが広いので、複数反論を一度に頭の中に入れて、同時に検証できるのだろう。

結論として、同じ東大卒でもADHD出ないやつの方が優秀。ADHD遺伝するので、俺の子よりも、定型発達の子供のほうが社会的価値が高い。

学歴みたいな努力ごまかしが効く指標でなく、ワーキングメモリの量とかでキチンと知能を測って、政府責任を持って優秀な奴の精液を回収し、女性に配るべきだ。そうすれば、俺みたいな東大卒だけど遺伝子悪い奴が、後世に迷惑かけずにすみ、皆幸せ社会が実現される。

2017-05-19

三一権実諍論(さんいちごんじつ の そうろん)は、平安時代初期の弘仁年(817年)前後から同12年(821年)頃にかけて行われた、法相宗僧侶・徳一(生没年不明)と日本天台宗の祖・最澄767年 - 822年)との間で行われた仏教宗論である。「一三権実論争」「三乗一乗権実諍論」「法華権実論争」などとも。

目次 [非表示]

1 概要

2 平安初期の仏教

2.1 法相宗と徳一

2.2 天台宗最澄

3 論争の経緯

3.1 論争の発端について

3.2 著作応酬

4 最澄激昂の理由

4.1 最澄孤立

4.2 南都教団への対抗

4.3 中傷者徳一に対する怒り

4.4 蝦夷征討との関係

5 その後

6 注・出典

7 関連項目

8 参考文献

概要[ソース編集]

「三一権実諍論」の「三一」とは、三乗一乗の教えのことであり、「権実」の諍論とは、どちらが「権」(方便真実理解させるための手がかりとなる仮の考え)で、どちらが「実」(真実の考え)であるかを争ったことを言う。一乗三乗の「乗」とは衆生を乗せて仏の悟りに導く乗り物であり、天台宗根本経典である法華経』では、一切衆生の悉皆成仏(どのような人も最終的には仏果(悟り)を得られる)を説く一乗説に立ち、それまでの経典にあった三乗一乗を導くための方便と称した。それに対し法相宗では、小乗声聞乗・縁覚乗)・大乗菩薩乗)の区別を重んじ、それぞれ悟りの境地が違うとする三乗説を説く。徳一は法相宗の五性すなわち声聞定性・縁覚定性・菩薩定性・不定性・無性の各別論と結びつけ、『法華経』にただ一乗のみありと説くのは、成仏の可能性のある不定性の二乗を導入するための方便であるとし、定性の二乗仏性の無い無性の衆生は、仏果を悟ることは絶対出来ないのであり、三乗の考えこ真実であると主張した。このように三乗一乗のいずれが真かをめぐり真っ向から対立する意見の衝突が行われた。

ただし、徳一と最澄の論争は三乗一乗の争いのみに留まらず、教判論(数ある経典の中で釈尊の考え方に最も近いものを問う)における法華経正統性を問うたものでもあるから「法華権実論争」と呼ぶべきとの考えもある[1]。この論争の間、最澄は『守護国界章』『法華秀句』など大部の著作執筆しており、これは徳一から批判への反論の書として書かれたものである。一方の徳一側の著書は、真言宗空海774年 - 835年)への論難である真言宗未決文』以外現存していないため、詳細は不明である。しかし、徳一の主張は最澄側の批判書に引用される形で部分的に残存しており、ある程度の復元が可能である

いずれにしろ論争は著作応酬という形式で行われ、実際に両者が顔を合わせて激論を交わしたということではない。

平安初期の仏教界[ソース編集]

奈良時代興隆したのは、法相宗華厳宗律宗などの南都六宗である本来南都六宗教学を論ずる宗派で、飛鳥時代後期から奈良時代にかけて日本に伝えられていたが、これらは中国では天台宗より新しく成立した宗派であった。天台宗は後述の如く最澄によって平安時代初期に伝えられたため、日本への伝来順は逆となったわけである

この時代日本における仏教は中国と同様、鎮護国家思想の下、国家の管理下で統制されており、年ごとに一定数の得度を許可する年分度者の制度施行され、原則として私度僧は認められていなかった。このことは逆に仏僧と国家権力が容易に結びつく原因ともなる。実際、奈良時代には玄昉(? - 746年)や道鏡(700年 - 772年)など、天皇の側近として政治分野に介入する僧侶も現れていた。桓武天皇737年 - 806年)が平城京から長岡京平安京遷都した背景には、政治への介入著しい南都仏教寺院の影響を避ける目的もあったとされる。新王朝の建設意識していた桓武天皇にとって、新たな鎮護国家宗教として最澄天台宗に注目・支援することで従前の南都仏教牽制する意図もあった。

法相宗と徳一[ソース編集]

日本での法相宗は、南都六宗の一つとして、入唐求法僧により数次にわたって伝えられている。白雉4年(653年)道昭(629年 - 700年)が入唐留学して玄奘三蔵(602年 - 664年)に師事し、帰国飛鳥法興寺でこれを広めた。

徳一は一説には藤原仲麻呂恵美押勝とも。706年 - 764年の子といわれるが疑わしい[2]。はじめ興福寺および東大寺で修円に学び、20歳代の頃に東国へ下った。東国布教に努め、筑波山中禅寺(茨城県つくば市)・会津恵日寺(福島県耶麻郡磐梯町)などを創建したという。

前述のごとく、徳一の著作ほとんど現存していないため、その生涯は不明な点が多い。

天台宗最澄[ソース編集]

天台宗は法華円宗、天台法華宗などとも呼ばれ、隋の智顗(538年 - 597年)を開祖とする大乗仏教の宗派である。智顗は『法華玄義』『法華文句』『摩訶止観』の天台三大部を著して、『法華経』を根本経典とし、五時八教(仏教理解度の5段階に合わせて記された経典のうち、法華経を到達点とする)の教相判釈(経典成立論)を説く。

最澄ははじめ東大寺で具足戒を受けたが、比叡山に籠もり、12年間山林修業を行った。さらにそれまで日本に招来された大量の仏典を書写し研究する中で、南都六宗の背景にある天台教義の真髄を学ぶ必要を感じ始め、親交のあった和気氏を通じて桓武天皇天台宗学習ならびに経典の招来のための唐へ留学僧の派遣を願い出た。これを受け、桓武天皇最澄本人が還学僧(短期留学の僧)として渡唐するように命じた。こうして延暦24年805年)の遣唐使船で最澄は入唐を果たす。予定通り天台山にのぼり、台州龍興寺において道邃(天台宗第七祖。生没年不明)より天台教学を学び、円教(天台宗)の菩薩戒を受けて、翌年(806年帰国した。

帰国後、最澄桓武天皇に対し従来の六宗に加え、新たに法華宗を独立した宗派として公認されるよう奏請、天皇没後には年分度者の新しい割当を申請し、南都六宗と並んで天台宗の2名(遮那業・止観業各1名)を加えることを要請した。これらが朝廷に認められ、天台宗正式に宗派として確立。これが日本における天台宗のはじまりである最澄さらに同じく入唐した空海師事して、密教への理解を深める一方、六所宝塔院(比叡山寺(後の延暦寺)を中心とする)の造立計画を立て、弘仁5年(814年)には九州へ、同8年には東国へ赴くなど精力的に活動する。最澄の悲願は大乗戒壇設立であり、大乗戒を授けた者を天台宗菩薩僧と認め、12年間比叡山に籠って修行させるという構想によって、律宗鑑真(688年 - 763年)がもたらした小乗戒の戒壇院を独占する南都仏教既得権益との対立を深めていた。

論争の経緯[ソース編集]

論争の発端について[ソース編集]

論争の発端となったのは徳一が著した『仏性抄』であるとされる[3]。この書における一乗批判法華経批判に対して最澄が著したのが『照権実鏡』であり、ここから両者の論争が始まった。

ただし、そもそも徳一が『仏性抄』で論難したのは中央仏教界の最澄ではなく、東国活動していた道忠(生没年不明)とその教団であったとする説がある[4]。道忠は最澄が入唐前の延暦16年以降、あらゆる経典の写経を行った際、東国からはるばる駆けつけて2000巻もの助写をしたほど親交があり、東国における最澄の盟友的存在であった。道忠自身鑑真弟子で、律宗僧侶であったが、戒壇が設けられた下野薬師寺との関連か[5]東国に住し、広く弟子を持つ僧侶であった。最澄東国へ下った際には、すでに道忠は没した後で教団は広智(生没年不明)が率いる状態であったが、後に天台座主となった円澄(771年 - 836年)や円仁794年 - 864年)・安慧(794年 - 868年)らは、もともと道忠の弟子もしくは孫弟子(広智の弟子)であり、道忠との縁から最澄に入門したなど、道忠は初期の天台教団の中で、非常に重要役割果たしていた存在であった[6]。

筑波山を開山し、会津拠点とした徳一が標的としたのは、むしろ地理的東国において布教を行っていた道忠教団であった可能性が高い。徳一の『仏性抄』の存在最澄に知らせたのも道忠教団であったと見られる[7]が、異論もある[8]。

著作応酬[ソース編集]

三一権実諍論に関する著作としては、

≪徳一側著作

『法華肝心』2巻

『法華権文』1巻

『中辺義鏡』20巻

『慧日羽足』3巻

『遮異見章』3巻

『義鏡要略』7巻?

法相了義灯』11巻

『通破四教章』1巻

最澄著作

『照権実鏡』1巻

『依憑天台集』1巻

守護国界章』9巻

『決権実論』1巻

『通六九証破比量文』1巻

『法華秀句』5巻

などが挙げられる[9]。論争の主要な流れとしては、

徳一の『仏性抄』(成立年不詳)に対し、最澄が『照権実鏡』(弘仁8年(817年)成立)で反論

徳一の『中辺義鏡』『慧日羽足』に対し、最澄が『守護国界章』(弘仁9年(818年)成立)で反論

最終的な結論として、最澄が『法華秀句』(弘仁12年(821年)成立)を著す。

となっている。なお諍論の前期において、最澄が『照権実鏡』で徳一の『仏性抄』を批判したのに対し、徳一の『中辺義鏡』では最澄反論に全く答えていない。そのため『中辺義鏡』の批判対象としては、書名のみ残っている最澄の著書『一乗義集』ではないかとする説[10]、もしくは道忠教団によって書かれたと思われる『天台法華義』とでも称すべき書であったとする説がある[11]。続いて『守護国界章』下巻における三一権実論に対する徳一の反論として『遮異見章』『慧日羽足』が書かれたと思われ、それに対して最澄が『決権実論』で反論結論の書として『法華秀句』を撰述したと見られる[12]。

一連の論争の内容は難解で、一乗三乗の権実のみならず、教判論における法華経天台三大部の正当性、天竺・震旦の先哲による教義解釈の是非など広範囲に及ぶ。しかし一方では、最澄の教法に対する価値論に対し徳一は仏法理解先天的素質論を述べており、両者の論争の焦点があまり噛み合っておらず、議論のものも詳細というよりは瑣末的であり、時折相手側への罵倒に近い表現も見られる(後述)など、すれ違いの印象も与えている。

天台宗側では『法華秀句』の成立をもって論争の終結とする(翌年に最澄は入寂)。論争の歴史を天竺や中国の仏教史まで遡って述べたもので、『法華秀句』の書名は、智顗による天台三大部の『法華文句』を意識したものと思われ、最澄の論争決着への決意が現れている。ただし、これは最澄側の一方的な論争打ち切りであり、徳一側からは決着がついていないとも言える[13]。なお徳一は天台宗のみならず密教に対しても問題視していたと見られ、真言宗空海に対しても『真言宗未決文』で批判している(なお、これが徳一の著作として現存する唯一の史料である)。

最澄激昂の理由[ソース編集]

下記は、取り立てて、最澄の書き物に怒りは表明されていないが、法相宗派の学者の何人かは、そのようにとらえているようである。その理由をあえて挙げるとすれば、次の事柄をあげられるが、これも、特にここに特記すべきほどのことではない。参考までに、法相宗派側の意見を以下に述べる。 最澄は、しばしば非常に激烈な表現を用いて論敵を攻撃しており、たとえば『守護国界章』において最澄は、非難の対象である徳一のことを「麁食者(そじきしゃ。粗末な食べ方をする者、半可通のこと)」「謗法者(ほうぼうしゃ。賢しらに法を曲げる者)」「北轅者(ほくえんしゃ。南に行こうとして牛車・馬車の轅(ながえ)を北に向ける者。方角もわきまえぬ者)」などの蔑称で呼び、本名の徳一で呼ぶことは一切ない。どちらかといえば秀才肌で生真面目な感のある[14]最澄が、これほどまでに攻撃的な姿勢で論争に臨んだ背景として、いくつかの原因が考えられる。

最澄孤立[ソース編集]

最澄は入唐求法から帰国する直前、越州に寄り、密教を龍興寺の順暁(密教の法灯においては傍流に属する。生没年不明)に学び、灌頂を受けている。帰国後も最澄の密教への関心は高く、自身より年少で僧としての地位も低いながら、正統的な密教を学んで帰国した空海師事することになる。

最澄と同じく804年の遣唐使で入唐した空海は、真言八祖の一人恵果(746年 - 806年から正統的な密教を学び、大量の経典・法具を携え、最澄よりやや遅れて大同元年806年)に帰国していた。最澄空海の招来した仏典を借り受けて密教を本格的に学びはじめ、弘仁3年(812年)には弟子の泰範(778年 - ?)らとともに空海高雄山寺において灌頂を受け、正式空海弟子となっている。さらに泰範らを空海の下に派遣して密教の奥義を学ばせようとしていた。

しかし、弘仁4年(813年)最澄が『理趣釈経』(『理趣経』の解釈書)の借用を空海に申し出たところ、空海が密教の真髄は文章修行ではなく実践によってのみ得られるとして拒絶したため、両者の仲は悪化する。さら最愛弟子であった泰範が、最澄の再三の求めにもかかわらず比叡山への帰還を拒み、空海の下での修行を望んだことなどが重なり、両者は義絶するに至った。真言宗側では、これをさかんに吹聴するが、『理趣釈経』は、いわば、後世、淫靡宗教と結びついたものであり、空海がそれを見せたがらなかったのは、故あることであったようである。つまり密輸入書物とも言えるものであり、かえって、見ないほうがよかったのではないかと思われている。

天台宗に密教の要素を取り入れ、新たな宗派としての地位を高めようとしていた最澄にとって、泰範・空海との訣別により孤立感が深まったことで、南都諸宗に対してより敵対的姿勢に駆り立てられたともいわれる[15]。なお天台宗最澄の死後、本格的に密教化することになる(→台密)。

南都教団への対抗[ソース編集]

最澄が論争相手とした徳一自身は、若年から東国拠点を移して活動していた地方僧であったものの、彼が所属する法相宗自体は、当時の仏教界においては主流である南都六宗の中心であった。後世に天台宗の方が興隆していったため、三一権実諍論全体としては、新興宗派の総帥である最澄が、古い法相宗代表する徳一を退けたという印象が残るが、実際には当時においては法相宗の方が主流派に属していたのであり、最澄はむしろ挑戦者であった[16]。前述のごとく年分度者の割当を勝ち取り、大乗戒壇設立など、天台宗確立して南都仏教に対抗しようとする最澄にとって、法相宗理論である徳一を説き伏せることは、天台宗南都六宗への優位を示すことにも繋がるため、より攻撃的になったと、現代法相宗派の学者は考えている。

中傷者徳一に対する怒り[ソース編集]

徳一の『仏性抄』は最澄にとって看過しがたい法華経批判の書であり、この法敵に猛反論しなければ自宗の存在意義のものが危うくなる。しかしまた徳一にとっても、天台法華宗や密教の擡頭は、彼自身の属する法相宗にとっても、また従前の仏教体制秩序にとっても、異端なのであって、これを徹底的に論破しておく必要があった。徳一は『中辺義鏡』において法華教説や最澄に対して「凡人臆説」「顛狂人」「愚夫」などと悪し様に罵倒している[17]。最澄が『守護国界章』で徳一を「麁食者」「北轅者」と呼んだのはこれに呼応するものであり、互いに自宗派の存在意義をかけた真剣な論争であったがゆえに、ともに中傷めいた表現までもが用いられたともいえる。

蝦夷征討との関係[ソース編集]

宮原武夫(1933年-)は最澄と徳一の論争がここまで大きくなったのは、最澄が当時の朝廷が進めていた蝦夷征討に徳一が「非協力」的とみなしていた政治的問題にあったとする説を唱えている。

最澄東国に下った際に活動拠点としていたのは亡き道忠が活動拠点としていた下野国と隣の上野国であったが、両国は当時朝廷が推奨していた蝦夷征討の兵站基地となっており、更に下野上野両国から陸奥出羽両国に対しては国司から課役を逃れるための逃亡や朝廷による移住政策によって多くの人々が移り住んでいた[18]。蝦夷討伐には徳一の法相宗を含めた南都六宗東国鹿島神宮香取神宮も征討の成功を祈願したり、寺院神社を建立するなどの積極的な協力を行ってきた[19]。朝廷から天台宗公認を得たばかりの最澄東国における蝦夷征討を巡る様々な動きに直面して関心をもったと考えられ、この時の最澄東国行きに随行した弟子円仁下野出身)も立石寺など東北から北関東にかけて多数の天台宗寺院が建立したと伝えられており、最澄とその門人は下野上野両国を足掛かりに奥羽の人々に対する教化を進めようとしたとみられる[20]。

これに対して徳一の方は会津地方から越後方面への布教活動を進めており、蝦夷征討への協力や蝦夷がいる会津以北の奥羽への布教を示す史料は残されていない。宮原最澄は『決権実論』の中で「北轅者常に迷ひて、分明の文を指さしめ、南、越の方に向はしむ」と記しているが、これは自分達や南都六宗と違い、蝦夷征討に対して祈祷<

2017-05-12

国の繁栄と、係累の繁栄について

http://anond.hatelabo.jp/20170511170337

自分の背景とか前提みたいなもんなんだけど、今自分外資で働いてて、同僚に日本を案内とかしたりして結果仲良くなって外国友達できてんだよ。アメリカ人とか、インド人とか、中国人とか、韓国人とかね。タイ人には自分仕事分野の大家がいて、その人師匠だと思ってる。大事友達、知り合い。だからかわからないけど日本って国にこだわりすぎるのは良くないって感じている。ピンキリあるけど、世界のいろんなところに自分より優秀な人がいたり、優しくしたい人がいっぱいいるっつうことに気付けた。

一方、日本で暮らす自分の子々孫々の繁栄を考えるんであれば、日本が国として成り立つために必要教養レベルを保ちつつ、かつオリジナリティがある程度必要だとも感じていて、それを保ち続ける仕組みがないと、国として弱ってきて他国の後塵を拝することになるって感じている。学力で言えば東大に入るより難しい大学タイにあるし、東南アジア秀才たちがロボコンなんかの大会の上位にグイグイ食い込んでる。こいつらに勝たないと、子供達の財産ってどんどんなくなっていっちゃうと思うんだ。

思うんだけど、自分の係累だけ裕福になってこういう基礎教養オリジナリティが創出し続けられる環境を作れるかっつうとそうではないんじゃないかな。ある程度日本の多くの人が教養を持ち、かつ多様な価値観自由に持って、様々な行動を起こす環境には、ある程度、富の再分配を行う仕組みが必要なんだと思う。多様な価値観をもとに、多くの人が様々な行動を起こして、いくつかは目がでないけど、そのなかでいくつかは目が出てる。それを連綿と続けられるっつうのが大事で、その先に繁栄とか、裕福な未来っつうのがあるんじゃないかな。重ねていうけど、そういう土壌がないところは、どんどん衰退していって、結局貧しくなるんだと思う。

自分も、自分の子大事から財産残してやりたいって思う。そしてその子の子供や、さらにその子供達へもね。でも、係累だけに継承させていったら、結局ジリ貧になるので、再分配になるような税金とかは積極的に払うし、払っていきたいと思う。

どうっすかね。

2017-04-23

http://anond.hatelabo.jp/20170423081650

自分世代的には初期の氷河期世代だけど、「これ、のんびり4年制大学なんか卒業してたらバブル崩壊して就職できなくなるに違いない」と思って大学行かずに就職した。

それなりの大企業にすべりこむことができた。

数年後、予想通りバブル崩壊して、同年代秀才ピーピー言ってたが、世の中の情勢を見極める事が出来なかった時点で自業自得と思った。

もっとも、最後バブル入社組だったので、入社後だれも後輩が入ってこず、5年間ずっと会社の中で一番下っ端をやるはめになったけどな。

 

で、5年ぐらい経ったところで、「あ、この会社、この先10年ぐらいは何とかなるだろうけど、自分40歳ぐらいになった時には絶対ヤバいことになってるわ」と確信したので辞めた。

案の定、今では消えてなくなっている。

 

現状を嘆いていても仕方が無い。

自分なりに社会情勢を見極めて、数年後、数10年後を予想して行動することが必要。必ず要る。

 

http://anond.hatelabo.jp/20170423081650

自分世代的には初期の氷河期世代だけど、「これ、のんびり4年制大学なんか卒業してたらバブル崩壊して就職できなくなるに違いない」と思って大学行かずに就職した。

それなりの大企業にすべりこむことができた。

数年後、予想通りバブル崩壊して、同年代秀才ピーピー言ってたが、世の中の情勢を見極める事が出来なかった時点で自業自得と思った。

もっとも、最後バブル入社組だったので、入社後だれも後輩が入ってこず、5年間ずっと会社の中で一番下っ端をやるはめになったけどな。

 

で、5年ぐらい経ったところで、「あ、この会社、この先10年ぐらいは何とかなるだろうけど、自分40歳ぐらいになった時には絶対ヤバいことになってるわ」と確信したので辞めた。

案の定、今では消えてなくなっている。

 

現状を嘆いていても仕方が無い。

自分なりに社会情勢を見極めて、数年後、数10年後を予想して行動することが必要なのだ

 

2017-03-27

就活によって虎にメタモルフォーゼしてしまった先輩の話

サークルの先輩になるが、就活中にいろいろと思い悩んだ結果、とうとう発狂して虎にメタモルフォーゼしてしまった男がいた。

彼は極めて優秀な男で、幼少期からご近所でも評判の秀才だった。

大学も一流国公立に現役合格

なので、彼自身としてもエリート意識というか、周りの奴らとはひと味ちがうんだよなーみたいな気分があった。

そんな彼だったのだが、就活をしている最中に突如失踪し、そのまま行方不明になってしまったのである

失踪一年後。

飲み会帰りで酩酊状態にあったわたしは、軽くリバースしようと思って路傍の植え込みに近づいた。

すると、そこから一匹の虎が何の脈絡もなく登場。

虎はガオーとわたしを威嚇したので、ビビった。

しかし、そのガオーをよく聞いてみると、そこには往年の先輩を思い出させるような音色が多分に含有されていたため、わたし勇気を出して話しかけてみた。

すみません。ひょっとして、先輩じゃないっすか?」

すると虎先輩は悲しそうに縞模様を震わせながら、

「如何にも自分は先輩である

と答えた。

以下は本人が語ったところの、彼が虎になってしまった経緯である

先輩は順風満帆人生を送っていた。

講義最前列で聞いて教授お気に入りだったし、サークルでも部内の恋愛事情などによく精通していたし、ツイッターフォロワーもかなり多かった。

しかし、就活が始まってみると、困難に直面した。

自分アピールポイント」と言われても、はっきり答えることができなったのである

もちろん彼は自信家だったし、自分教室後方に跋扈するアホより遙かに優れた人間である確信していた。

だが、いざアピールポイントなどと真正から切り出されると、臆病な自尊心というか尊大羞恥心というか、フォロワーが増えるに従って加速度的に複雑化した自意識が、イージーな解答を阻んだ。

その結果、彼の答えは謙虚を装いつつも隠しきれぬプライドが透けて見えてくる、ウザい感じのものになりがちだった。

それに対し、彼が平素よりバカにし続けていた学生はどうだったか

彼らは、先輩基準では凡庸しか思えないようなアピールポイントを堂々と答えた。

先輩はそれを内心バカにしていたが、彼らの堂々と答える姿が妬ましくもあった。

そして、蓋を開けてみれば、内定をよりゲットしていくのは彼らだったのである

周りが東証一部上場企業内定を続々奪取してゆくのを見て、彼は思い悩んだ。

その挙句、ある企業面接中に発狂して部屋から逃走した。

丸の内面接会場から横浜辺りまで猛ダッシュしていると、両手を地面に近づけたい欲求だんだんと生じ、小田原辺りに至ると全身がむずむずして毛の生えてくる感覚があった。

正気に戻ると、虎になっていた。

一息つくと、先輩は続けた。

「お前に最後の願いがある。

これはオレが考えた最後ツイートだ。

オレの代わりに投稿しておいて欲しい。

このまえ聞いた、高校生くらいの雌虎が餌場で話してたことを元にしている。

140字に収めるにはかなり苦心したよ。

自分で言うのもなんだが極度に面白い

今までにないリツイート数になるだろう。

これを公開せねば死ぬ死ねん」

わたしは必ず投稿すると約束した。

「もうそろそろ時間だな……。

あそうそう、うちのオフクロ、多分けっこう心配してると思うから、元気にやってるって伝えといてくれ。

じゃあまたいつかな!」

そう言って先輩はしっぽをぶんぶんさせながら、遠くへと走り去っていった。

先輩のツイート世界中で評判となり、相当なリツイート数を誇った。

やはり先輩は優秀だった。

しかし、母親に対するメッセージ最後に0.05ツイート分ってのはどうなんだろうか。

我が子の失踪を大いに心配し、町内に迷子貼り紙までしていたのに。

先輩はやっぱりちょっと自己中な奴だったな、と最近は思ったりもする。

2017-03-10

http://anond.hatelabo.jp/20170310204039

『お願い。ADHDの人と残業原則反対派は一呼吸置こう』からの続き。

ここに出ている疑問および答えの一部は、残業問題に関する一連のエントリの内容・コメントから私が拾い上げたものです。

しかしながらこれは私個人見解として記載するものであり、残業に反対する皆さんの総意を示すものではありません。それぞれの質問も別個で繋がりはなく(一つの質問から連想して私が作っています)一律規制反対派の総意ではありません。

Q1. あなたの言う「残業反対」とは「例外を認めず、労働者全員の残業にすべて反対する」という意味ですか。

A1. はい、そうです。

ただ、多種多様環境で実際に全員が残業なく帰宅するなんてことは当然不可能です。何を言いたいのかというと「赤信号は視覚障碍者であれ例外なく止まる必要がある」の例で出たように、原理原則として残業は一律禁止と考える。原則を守らない会社には罰を与える。例外は「原則」ではなく「補足」で個別検討する」という"認識"を皆に共有してもらいたいんです。

原則禁止」であれば、補足を使って大幅に改悪を行うと「さすがにそれは原則に反するからダメです」とストップをかけることができます。逆に「原則抜け道を作る」とその抜け道を縛る根拠を持ちませんので反論しにくくなります。ですので「原則禁止」にしておくべきなのです。

Q2.「原則禁止」と「一律禁止」は似たような言葉ですが、どう分けていますか。

A2.「一律禁止」をしない場合、例えばADHDの人は除くなど。ここで危惧するのはその例外を正しくない方法で使われることです。

「おまえ全然仕事できねーな。障碍者かよ。そうだお前みたいなやつは障碍者だ。だから長時間仕事をさせられても仕方ないのだ」

こういう論法を使ってくる会社が必ず出ます役所調査に来たら本人に障碍者手帳を無理やり取らせるくらいのことはするでしょう。だから原則として、(ADHDの人も含めて)一律禁止」にしておく方が安全なんです。

Q3.「残業原則禁止」なんて今現在もそうでは?役に立っていないのでは?

A3. そうですね。今でも基本は「1日について8時間を超えて、労働させてはならない」です。しかし今の原則には抜け道があります。なので現実的には「今ある抜け道を塞いでいく」という進み方になると思います

例えば労働基準法32条で1日8時間、週40時間という上限を設けていますが、同時に36条が抜け道となっています(36協定特別条項を付けることで一月に120時間残業することも可能)。ですので「もう少し厳しく、せめて月100時間にしましょう」という話が進んでいます

また38条・41条を使い、裁量労働者・管理者等の規制を緩めることができます裁量労働制コアタイムはうまく使えば多様な働き方を提供でき有用ですが「名ばかり管理職」として悪用もされていますので、対応を考える必要があります

抜け道を完全には塞げないかもしれませんが、小さくしていく努力必要です。労基法より厳しい国際基準であるILO条項が一つの目安になると思います

繰り返しますが「一律でどーん」となんて非現実的な気はします……。それでも「やっぱり抜け道ダメ」「原則禁止」という”考え方” ”認識”をなるべく多くの人が共有してくれることが大事なんです。今はまだ「一律禁止という考え方そのものが正しくない」との認識も少なくありませんので、「やっぱり一律禁止がいい、なぜなら」と理屈をつけていってる段階です。

残業禁止」という原則を全員が意識し直せば「別に仕事はないけど周りがまだやってるから帰りにくい」という人たちを帰宅させやすくなります日本人には「建前」「お膳立て」が結構有効です。帰るに帰れない人たちは決して少なくありませんので、それだけでも随分違うはずです。

Q4. ギリギリ適法抜け道どころか、そもそも法なんて守る気がないブラック企業はどうするの。やっぱり法律守らない会社が勝つだろ。

A4. どうしよう…。破ったら罰則を与える基準が厳しくなることは、意味があると思います弱気)。訴えやすくなりますし。(回答不足です。引き続き考えていきたいです。ボソッ)誰か助けて

個人意識社会意識含めて、あらゆる手段でそれに対抗する必要があります。今回の残業規制もその一つです。法律ギリギリでかいくぐるブラック会社社員が集まらなくなるなど綻びが出始めている現在、法をかいくぐる、法を守らない会社フルボッコにする気概を持ちましょう。(我ながら曖昧すぎる。回答不足)

残業規制ADHD排除の論理なわけないじゃん - bottomzlife’s diary http://bottomzlife.hatenablog.jp/entry/2017/02/27/031107

産業革命後の労働者改革について触れてくれています子供が働かなければいけなかった時代から、そうでない時代への移行がありました。日本でも昔は12時間労働が当たり前にありました。そこから多くの社会運動により徐々に改善していったんです。

交通規則でも「信号を守らない人はいるけど、その人に合わせてルールを破るよりはルールを守っていた方が結局自分利益になる」という認識ができています。やりようはあるはずです。

現実に即した法と、皆が考える理想はズレが出ます。それは別に悪いことではありません。身近で実現可能目標を立てるというのも大切ですが、同時に、理想・目指す方向というのは分かりやすい方がいいんです。「残業禁止だけど、こういう会社とかこういう人とかあれとかこれとかはセーフ、を目指す」と言われても腰が上がらないでしょう。

■ ■ ■ ■ ■

Q5. 中小企業は潰れるのでは。

A5. 中小企業を10年ほど経営したことがあります現在バトンタッチして転職)。一概には言えませんが、そもそも一人分、家族分の食い扶持を稼ぐだけならなんとかなることが多いんです。小さな会社代表の私だけ夜遅くまで残業しまくっていても労基署にバレるわけがありません。自由残業できます

しかし、ここで欲が出ます。「あー、1人で(または夫婦で)残業残業はさすがにしんどいわ」。もうすこし大きな規模なら「二店舗目、三店舗目を出せば、自分オーナーとしてゆっくりできるかも」ITベンチャーなら「スケールアップして上場したい」等々。

人を雇おう。これは良いことです。そして雇った人に8時間働いてもらって給与を出す。すばらしい。しかし、そこから社長の俺が働きまくってるんだからお前も働け」となるのは社長わがままです。(やはり回答不足です)

Q6. 「残業が多くてもいいから働かせてくれ」と言われたから雇ったんだ。そして現実問題としてそのような人たちを多くの中小企業が少しずつ雇うことでかなりの雇用を生み出しているはずだ。それがなくなってよいのか?

A6. 違う。社員に沢山働いてもらわないと自分しんどいからそうしたんだ。社員に沢山給与を払うと自分会社がつらいから時給900円にしたんだ。その責を社員に負わせるな。

このように管理者としての責任を果たさず、会社としての責任を果たさず、その責を巧妙に働く側に擦り付けてくる輩がいるからこそ規制必要になる。(回答不足)

Q7. 私は二世社長だし、規模がある程度大きくなってしまった現在、急に縮小はできない。そういう会社が大半だろう。

A7. これには役員社員だけでなく、関係会社もろもろみんなの意識を変える必要があります。「やらなくていいことはやらない」「80%の完成度を目指す」などです。(ズレた回答だな…)

「私のところは100%クオリティーだからこそ競合他者渡り合っていけるんだ、手なんか抜けるか」等が問題になるか…。Q13でも追記します。

Q8. 少子化ストップがかかるの?

A8. 少子化ストップをかけるには出生率2.1は必要だと言われており、それは残業規制だけでは成しえないでしょう。ただ、次の例を考えてください。

「ウフフ、今日も二人でイチャイチャ// のつもりだったけど疲れた…。今日は寝る」そうでなくとも「お気に入り動画でウフフ」なんて考えるどころじゃないくらい働いた日があなたにもあると思います

終電が満員になる社会で子は増えない」https://togetter.com/li/997974 にも多くの同意が寄せられているように「疲れ」は性生活に大きく負の影響を及ぼしています

■ ■ ■ ■ ■

Q9. 私は沢山働いて自分を高めたい。

A9. 会社員を辞めて独立する自由もあるし、空いた時間で副業をする自由もある。残業規制には個人自由時間を縛る力はないんです。自分を高める時間を8時間以上取りたいのであれば、溢れた部分は家でやりましょう。仕事の話ではありませんよ。自分さらに高めたい人についてです。

Q10. 元ゲーム屋だが。多分月30時間~くらいは普通に楽しくて残業してる。いい企画の時はホントは土日もやりたい。ブコメ。家に持ち帰る?家に開発環境揃えろと?お金かかるよ?とてつもなく。(or「私は沢山働いて会社に貢献したい」)

A10. 家でやりましょう。趣味四畳半シスコルーターラックマウントサーバーだけに使ってる人も沢山いるんです。

冗談です。会社が「在宅ワーク」を指示したのであれば、それに必要な機材は会社にそろえてもらいましょう。またはリモート接続許可してもらいましょう。

会社の指示ではなく「自分のために会社の機材を使いたい」のであれば「会社ルール」に従う必要があります会社ルールは「社会ルール」に沿って作られます。よって会社資産を使いたいが社会ルールには従いたくないというのは通りません。

社会ルールはフェイルセーフ、安全側に寄って作られる必要があります。つまり能力のある人にはもっと会社で働く自由を」ではなく「働きたくないのに働かされてる人を守る」方が選ばれます

Q11. ゲーマーリリースを待ってくれているんだ。

A11. 無茶な要求は聴かないようにしましょう。これには顧客側の意識改革必要です。でも大丈夫です。残業が減って、皆がいつよりゲームをする時間が増えれば、必然今よりも多くのゲームプレイし、一つのゲームに集中する必要もなくなるからです。待ってくれるようになりますよ。

Q12. 会社が俺の力を必要としてるんだよ。

A12. それはもう「働く側を守るルール」ではなく「会社を守るルール」です。

そうはいっても色々あるでしょう。ですので「原則」ではなくて「補足」で、そのような人たちについて考えましょう。繰り返しますが、この場合の補足は主に「原則例外を設けていく作業」となります。これは容易に「抜け道」とされますので十分に注意が必要です。

■ ■ ■ ■ ■

Q13. 前回最後の一文『「仕事ができない人はクビになる」と怖がってるけど逆だよ。現状「周囲に助ける時間的余裕がないから、仕事ができない人に厳しい」んだよ。全体の残業が減って時間的余裕がある世の中の方ができない人へも優しいよ』は正しいか

A13. 次のような経験を例に出します。同僚「〇〇さん、ここが分からないんですけど、教えてくれませんか?」と聞かれた。しかし私はそのとき他の案件で手が離せず(うー…とりあえず…)「こうこうこうすれば動きます。」と回答をした。確かにその場はしのげたが、これでは同僚はなぜそのようにしたら動いたのか理解はできていないだろう。後でフォローする時間がないなら尚更である。みんなにも似たような経験があると思います

ADHD職場で苦労している借金玉氏のブログでも「部下がミスをした」「私が怒られた」「上司の指示が足りなかったせいなのに…」とはいったものの「そもそもそんな時間も心の余裕もない」からであり仕方がない。と、似たような事例が発生していますhttp://syakkin-dama.hatenablog.com/entry/20170218/1487428178

時間の無さは、誰かを助ける余裕を即座に奪っていきます。夜22時まで自分も働いているのに、その中に仕事が遅い人がいて後2時間くらいかかりそうだとなったら助けに回れるでしょうか。逆に17時定時がいつものルーチンと分かっていれば、助けようと思う人がきっと出るでしょう。そもそもなぜ仕事ができない人が皆が仕事を終えてもさらに2時間も仕事をする羽目になるのかというと、終わりが決まっていないからです。好きなだけ残業をできるから会社も好きなだけ残業をさせる気だから、帰れないんです。残業禁止であれば、わざわざ残って助けるまでもありません。次の日に回すんです。(「締め切りがあるんだよ!!!」に反論できないのですが……)

そして、この時間の余裕は上司パフォーマンスにも影響を与えます上司が個々の能力に合わせてうまく仕事を振れないのも、上司自身に全体を見渡す余裕がないからです。中小企業であれば、人を雇うのにまず「時間的余裕」が必要になります社長ワンマン採用をこなす場合も多いので、社長が「人は欲しいけど、今自分のことでいっぱいいっぱい。もう少し時間が取れたら考える」となると、雇われる人が仕事ができるできない以前の問題で止まるんです。採用第一歩に入りすらしない。

現在かなりの人手不足です。大抵の会社は首を切ってる場合じゃないんです。「忙しい」→「人員逃げる」→「さらに忙しくなる」の負のスパイラルを逆回転させるなら今がチャンスです。(それでもやはり中小企業しわ寄せがくる→日本企業ほとんどは中小企業である不況に逆戻り。等、不安は尽きませんが)

以前、「テキパキしてない人、愛想も要領も悪い人はどこへ行ったのか?」http://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20141114/p1 というエントリが話題に上がりました。

誰がこんな社会をつくったのか?もちろん、こんな社会をつくったのは「私達」だ。システムと「私達」の二人三脚が、現在をつくりあげた。

テキパキしてない店員は御免蒙りたい・愛想の悪い窓口対応にはクレームをつけよう・融通の利かない同僚とは働きたくない--そういった私達の欲望が寄り集まり競争社会個人主義流儀に基づいて具現化したことによって、社会全体を覆う淘汰圧となって私達自身に跳ね返ってきたのだろう

テキパキしていない人、愛想も要領も悪い人が働く場が排除されることで成立するような社会は、たとえ便利で快適でも、理想社会と呼んではいけないように私は思う。どこかで、新しいかたちで、揺り戻しがあって欲しい。

こんな社会をつくったのは「私達」だ。だからこそ、私たち意識が変われば、社会意識が変われば、もう少し誰にとっても生きやす社会を作ることも可能だと思う。(回答不足)

米国では「完ぺきではない配送方法を受け入れる」という転換がありました。「日本もそうしろというわけではない」と書かれていますが、とても参考になりますhttp://news.mynavi.jp/column/svalley/697/

一連のエントリの中にこういうコメントもあった。

世界中から秀才が集まるわけでないし人口も減っている環境下において「有能が揃わないと勝負できない」では話にならないわけで、多様性を受け入れパフォーマンスアップを模索する議論高まるのは「希望」だと思う。


最後

なるべくならルール規制なんて少ない方がいいんだよ。子供じゃないんだから自由にさせてくれってのも分かる。だけど、もうずいぶん長いこと自由やらせてもらって来たんだよ。ここからhttp://anond.hatelabo.jp/20170225005434 から引用なんだけどさ、

なにより、皆「自分で好きに決めたい」と言うくせに「自分では決められない」のだ。

社員は「今日は早く終わった…でも周りが残ってるから…」と流される。

管理者は、部署には能力のある人・ない人どちらもいる。それを管理し全体としてうまく回すという役割放棄し「できない奴が悪い」と社員責任転嫁する。または権限があるのに「でも社員が頑張りたそうだから…強く言って嫌われるの嫌だし」と流される。

会社役員は「社員過労死なんてさせず、文化的生活可能給与を与える」という基本的なことができない。「社員のことを考えたいが、ある程度もうけを出さないと株主面子が立たない」と株主のせいにする。

これは仕方のない面もある。人は「社会」というもの存在する世に生まれたがゆえに、乳飲み子のころからあらゆるルールに縛られて成長してきた。あれやっちゃダメ。これやっちゃダメ。だからいざ「自由にしていいですよ」と言われても困ってしまうのだ。日本人特に

からルールで決めてしまう」のが多数の幸福に繋がると思う。そして「効率だけを考えるとひずみが~」というが、何も一日3時間で帰れるように効率しろなんて言っちゃいないんだよ。毎日12時間13時間じゃなく、せめて8時間で帰れるようにしようぜって言ってるだけじゃない。

個人事業主として、または中小企業社長として、自分のところは現状「残業ダメは厳しいなー」と思うのは仕方がないけど、だから国全体も一緒に不幸なままでいてよってのはないでしょ。

確かに、一律で決めるのは難しいのは分かるんだよ。でもそうせざるをえないくらい現状がダメダメなんだよ。「優良企業」「大企業」が本当に優良で社員のことを考える社会だったらここまで仕事時間に批判は出ていなかっただろう。

でもそうじゃなかったんだよ。結局規制をしない限り会社社員過労死しようが意に介さず、日本のそうそうたる企業が「できる社員」を次々潰していく。

中小企業社員の命を奪っても「会社が潰れたら社員も困るだろ?職がなくて自殺するよりいいだろ?」が通る。社員自身自分意志より周りの空気自身健康より会社健康を優先する。怒られたって仕方ないでしょ。

もう20年以上「がんばれば日本はなんとかなります」って、聞き飽きたんだよ。それよりも「数千万人の余暇時間を毎日1時間増やしますのでがんばってください」の方がよほどやる気になるよ。

回答の正しくないところ、さらなる疑問、多々あると思いますが一旦これで終わります

2017-02-23

寝る前の妄想ネタが尽き果てたかネタ提供してくれ

深夜ラジオ天才

フェスの出演キャンセルバンドの代わりにライブやって世界的に有名になるのと

高校時代にいろんな部活に在籍していた常識に囚われない秀才ピッチャー

北海道の冬の信号機になっていろんな物語狂言回しになるのと

貧乳バンドマンの下着になる

これらで5年くらいがんばったけどもう無理だ

なんかい妄想いか

2017-02-03

中学受験を終えて

教える側としては受かる受からないは一期一会

両親がどれだけ知識と知性を持って良心的に子供へ接しているか合格率が段違いに上がる。

田舎天才と言われてても都内ハイスペック天才様には太刀打ち出来ないのは事実

まりは片田舎天才と、都内秀才の潰し合いなのだ

都内というか23区内だな。

  

だってそりゃ苦労してるけど、苦労の方向が違えば意味ないしそれは子供にも現れる。

住むところに妥協してないということは、親がそれだけで強い。

  

そんなことはどうでもいいとして給料がどうにも安いので俺は妥協して退職する。

教え子たちが大きくなってから搾取するのはどうにも耐えられん。

2017-02-01

http://anond.hatelabo.jp/20170201085501

大学受験から逆算して幼稚園までたどり着いてしまうのか

庶民には分からない世界があるのか

例え有名私立に行っても努力秀才を維持していくためには塾併用もやむなしとか

学歴コンプレックスの親が子供を使って見栄を張りたいのか

色々考えられる

2017-01-30

中学受験をする予定の娘の親の日記 入塾の事前説明会

1 ざっくり言うと

(1)中学受験視野とするため、今年の4月から小4になる長女を入塾させることにした。

(2)入会金を払い、父親である私が1月に行われた事前説明会に参加した。

(3)いざ説明会を聞くと、これから学習がかなり大変に感じられ、

  漠然とした中学受験イメージが、リアリティを伴った不安感に変わった。

2 塾選び

  とある全国チェーン展開をしている塾の入塾テストを受けて、娘は合格をしていた。

  家族会議の結果、新小4から入塾させることになった。

  この塾を選んだ理由は、以下のとおりである

 ・中堅クラスの進学実績は悪くない

  あんまり地頭の良い子ではないため、桜蔭女子学院等のような高望みはせず、

 中堅クラス中学を目指すことができれば御の字であると考えた。

  また、あんまり高望みをして、レベルの高い塾に行くと、周りの秀才に気圧されて

 くたびれてしまい、良い結果を生まないことが考えられた。

 (私の娘は負けず嫌いである。ただし、勉強はできる方ではない。)

  そこで、サピックスのような進学実績トップクラスの塾ではなく、

 あえて中堅の進学塾である、この塾に入れてみることにした。

 ・結構近い

  徒歩で5〜6分で行ける。

  小学4年生とは言え、塾がおわって家に帰り着く時刻は

 夜8時近くになるので、できるだけ近い方がいい。

  他にもっと近い塾はあったが、進学実績がイマイチだったのでこの塾にした。

 ・小学4年からやらないと間に合わない

  中学受験特殊であることは前から知っていたが、その範囲も膨大である

  例えば社会一つをとっても

 塾では小4で地理、小5で歴史、小6で公民を教わることになる。

  塾を途中から始めるとなると、自力地理歴史勉強しなければならない。

  

3 入塾説明会

 ・ほとんどお母さんが参加していた。夫婦で参加している人もいたが、父親は2〜3割くらいであった。

 ・先生が、1時間まるまる喋りまくりであった。逆に言うと、それだけ情報量が多い説明会であった。

 ・山のようなテキストを見て、「うわぁ、娘のテキスト多すぎっ・・・!」と思った。

 ・3月には合格実績発表会等が予定されており、ほぼ毎月何かしらの保護者向けのイベントがあるようであった。

4 所 見

 ・この教室には、基本クラスと応用クラスの2クラスがある。

  娘の入塾テストの際は、基本クラスという案内を受けていたのに

 びっくりしたことに、応用クラスになっていた。内心は嬉しかった。娘も喜んでいた。

  が、入塾テスト国語60算数48という偏差値であり、いか算数を向上させるか、

 今後クラス落ちさせないかポイントになると思った。

 ・テキストがめちゃくちゃ多い。しかも難しい。

  娘は勉強をする習慣があまりついていない。そこそこの量をパパッとやって

 すぐにゲーム漫画に移ってしまう。

  今までの娘の進研ゼミに対する姿勢なんかを見ても、放置していれば、

 おそらく絶対にやらないだろうから、かなり親が関与する必要があると思った。

  塾の先生も言っていたが、勉強する習慣とサイクルを半年から1年かけて醸成

 する必要があり、これが最初の一番の山場なんだろうと思った。

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