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はてなキーワード: 秀才とは

2018-06-11

安易医療学校に入ってはいけない

看護師理学療法士診療放射線技師などの養成校に就職目当てで軽い気持ちで入るのはやめた方がいい。

特に発達障害の傾向が少しでもある人には絶対にやめろと言いたい。

具体的には先延ばし遅刻癖、コミュ障のうちどれか一つでも当てはまったら別の道を考えるべきだ。

私はこれで20代前半の貴重な時間と金を失った。

7年、8年通った挙げ句卒業できず去って行った人を何人も見てきた。目的意識の高いはずの社会人学生ですら挫折した人が複数人いた。

ストレート卒業する人は約半分だ。

華々しくホームページパンフレットに飾られる国試合格率就職率の裏にどれだけの留年者・中退者がいることか。

コメディカルに向く人は、与えられた課題をコツコツやるのが苦ではないが、秀才になれなかった人だろう。

医療保健学学問ではないと思う。学問とはきつさの中にも面白さがあるものだろう。

医療保健学職業訓練以外の何物でもない。もし入学するならば、それこそ学生になるのではなく軍隊に入隊するのだというくらいの覚悟必要だろう。

やりたいことが見つからない高校生浪人生社会学科(社会福祉学科ではない)に行けばいいと思う。もちろん興味があれば哲学科だろうが数学科だろうがそこに行くのが一番いいが(哲学科に関して言えば、生きる意味といった人生哲学的なことをやりたいのなら慎重になったほうがいい。あそこは半分ドイツ語学科フランス語学科である)。

社会学科は卒論的な意味で潰しが利くと思う。アニメゲームや性産業まで研究対象になるから、在学中に何か興味の持てる対象が見つかりそれを研究に生かせる可能性は他学科より高いはず。

いかいかはわからないが、元AV女優東大院に入って本を出したなんていうこともあった。

コツコツ型でない人間が何よりも避けなければならないのは、中退である

就職云々の前にまずは卒業しなければ話にならない。

コメディカルを勧める人は口を揃えて「資格を取れば食いっぱぐれない」と言うが、ある年齢以上から給料は伸び悩むし、コスパが良い選択とは言い難い(看護師夜勤をやれば結構稼げるだろうが)。

もし人体に興味があるなら、それこそ医学科に行かなければ間違いなく後悔する。

どんなに研鑽を積んでも、制度新米医師にすら敵わないというのは非常に精神的にきついと思う。

しつこいようだが、就職目当てでコメディカル養成校に入っても得をするのは学校経営者のみである。既に泥沼に足を踏み入れてしまった人は、一留が決まった時点でなるべく早く撤退すること。

2018-06-05

メンヘラだった。

大学の時にメンヘラになった。

周りが天才秀才美男美女だらけで焦りと自己否定が止まらなかった。

泣きながら友人に電話して死にたくなる助けてくれなんて言ったりして迷惑をかけた。

今は自分限界を認めてそれなりに落ち着いて普通に働いてる。

死にたいって気持ちもない。趣味もある。家族もできた。少ないけど友達もいる。

ただ、当時の友達には迷惑かけてしまたから声をかけにくくて卒業以来連絡をしていなかった。

ふと思い立って、ツイッターで当時の友人をフォロー申請してみた。

申請は通った。だけどこちらをフォローされることはなかった。

やっぱり微妙距離になってしまったんだなと寂しくなった。

2018-06-04

anond:20180604230807

高学歴秀才は、定型ルーチンワークに最適な人材(それ以外ではあまり使えない)

2018-04-25

田舎育ちの想像力、そしてインターネット

底辺校出身田舎者が、東大に入って絶望した理由

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55353

という記事を読んで、少し自分語りをしたくなった

自分大学に入ったのは20年ほど前。

自分四国県庁所在地出身で、県内では進学校に属するが、当然ながら首都圏進学校とは比べ物にならないところ出身

成績の良い理系学生ほとんどは医学部薬学部歯学部を目指し、教師もそれを勧めていた。

東大に受かるのは年に数名程度といった感じで、高校としても東大なんか行くくらいなら医学部にいった方がいいと公言していた。

おそらく多くの地方都市でそのような状況が今も続いていると思う。

東大入学者の首都圏割合が増加していることを鑑みると、その傾向は更に進んでいるかもしれない。

田舎もの東大に入って驚くのは、こちらは受験勉強でひぃひぃいいながら過ごして、

やっと大学に入って新しいことを学ぶぞーという気分なのに、

既に大学レベル勉強高校時代からしていた怪物にいきなり出会うことだ。

大体、どのクラスにも数人は「こいつはやべぇ」と思う人間がいて、

それはガリ勉などとは異なる3シグマ外れた人間ということが凡人としてもわかる。

これは東大の良いところだ(そして、それ以外の大半は進化した凡人である

このあとは様々な人生設計がありえて、3シグマ外れた天才に食らいついてでも付いていく、

凡人出身秀才の極みを目指す、一流ではないがすべてにおいてオールマイティな才能を身につける、

天才秀才通訳役を目指すなどが一般的である(それに応じて職業就職先が分かれていく)

ここで、東京出身者は相対的オールマイティ型か通訳型になることができるが

地方出身者は秀才型になりやすい。

それは社会資本文化資本だけでなく、高校時代や塾でのネットワークが大きい。

とにかく街を歩いていると知り合いに会い、声をかけられるのが彼らである

(誤解がないように言うが、東京出身者は地方出身者に比べて、

オールマイティ型か通訳型になることができるだけで秀才型が少ないというわけではない)

そんなわけでいろいろな面で東京出身者・首都圏出身者と田舎者の違いを感じることがあるのだが、

観察者の視点から一つ面白いと思ったのが彼らのコミュニケーション技法である

首都圏進学校コミュニケーション文法マウンティングが基本である

しかし、そこでのマウンティングセンスや格好良さのマウンティングである

日本人ラッパー界隈が高学歴であることは周知の事実だが、ラップDJにおける何を今、流すと格好いいかダサいかという

ハイコンテクスト文脈こそが彼らの持ち味であり、金や知名度とは直接的には結びつかない。

たとえば、就職先がトヨタよりもマッキンゼーの方が格好いいが、

マッキンゼーから内定が出たのに「あえて」鹿島建設に行けば、その「あえて」感が格好いいという風な。

これは普通鹿島建設に行きたくて鹿島建設に行くのとは違うようだ。

自分を着飾るためのある種のブランディングとでも言おうか、

ストーリー性や箔のようなものを大切にする。

大人になってわかったがシリコンバレーベンチャー界隈も結構このノリで

このハイコンテクスト共通性面白かった。

これらのハイコンテクスト性は彼らが生まれながらに会得した一つの参入障壁のようなもの

地方出身者が簡単に真似をできるわけではないだろう。

例えば僕がマッキンゼーから内定が出たのに「あえて」ドコモ就職先に選んだとしたら

ダサいと言われるに違いない


この内輪ノリとも思える東京文脈

おそらくインターネットが容易に乗り越え、全世界に運べるものではない

何が格好いいのか、何がダサいのかを決める上流にいるということが

東京の(そして、その中の限られたコミュニティの)一つの階級になっているのかもしれない

2018-04-08

anond:20180408200826

仕事勉強ができない人は、ガリ勉型→秀才型→天才型にスタイルを変えていった方がいい。

日本人が全員天才になってくれると俺も楽ができて助かる。

みんな、よろしく頼むぜ?

anond:20180408193651

知性の発達

ジャン・ピアジェという心理学者子どもの成長を研究した。

 

知的活動の3段階

人間知的活動レベルには、

という3段階がある。

 

知識」=ある事柄についての情報情報の内容が正しいかどうかを確かめ方法があれば知識で、なければ空想知識がある人を「ガリ勉」という。

「知能」=知識を組み合わせて使いこなす才能。事務処理能力などが知能にあたる。知能がある人を「秀才」という。

「知恵」=知識や知能によっては得られない真実を見抜く能力。知恵があれば、誰も知らないことでも発見できる。知恵がある人を「天才」という。

 

日本学校教育で与えられるものは、上記(1)と(2)の知識と知能だけであって、(3)は得られない、という認識がなければ、すでに知恵がない=無知ということになる。

 

知恵を磨く方法

  1. 観察:物事を観察する。(木からリンゴが落ちる様子を眺める)
  2. 思索現象の背後にある法則性検討する。(地球リンゴの間に「万有引力」が存在しているかも?)
  3. 記憶発見した知識を基にして、次の発見に利用する。(「F=ma」という公式を、リンゴの落下以外の他のことでも利用できる)

 

仕事職場でも、まず最初は「観察」から入るべし。

2018-04-06

今日教育格差とかが相変わらずブクマ大人気っぽい

教育は機会均等でも結果の均等は現実的に誰も保証できない。

まり、出来る親と出来ない親という結果の違いを次の世代に波及させないことが機会均等の実現には必須となる。

子供が歩けるようになったら国が預かって就職するまで親元に帰さない。

その期間の面会は認めても、支援とみなされる物品や情報提供禁止

残念ながら教師の質もピンキリなので、親から隔離するだけでは機会均等とはいかない。

幸いなことにAIがだいぶ進歩してきたので、あと半世紀も待たずに教師役はAIに任せられるようになるのでないだろうか。

人間でなければできない小さい子供の世話も担当者によって差が出ないよう短期間でローテーションさせる。

なんか「理想郷」のイメージが見えてきましたよ。

さら進歩して完全にアンドロイド任せにできるようになれば、0歳児からアンドロイド親に任せて完全に親世代の影響を排除できるね。

あくまで均等なのは機会のみなので、勉強の進行は個人差に合わせてAIが細かく調整する。

天才天才として、勉強に不向きなら最低限の読み書きと労働者向けの社会知識教育といった具合に。

親はその後の負担が無くなるので子供大量生産してもいいし、カップルを解消して違う相手を探してもいい。

当然、ここまでに結婚制度なんて無意味になってる。

少子化は解消するし、天才秀才活躍も期待できるのでおそらくベーカムも実現している。

教育結果が凸凹になった親世代から子供への影響を断ち切ると、なんだかすばらしい理想郷を実現できるようです。

2018-04-01

anond:20180401233919

大学院進学は学歴ロンダリングのチャンスだから有名国立大学を狙うのも一手?

東大って、大学入試は全国の秀才が集まるから大変だけど、大学院入試なら倍率も高が知れてるから入りやすいよね?

2018-03-30

anond:20180330192504

学校は頼りにならない、と信用してあげよう。

見方が変わるかも。

自民党としては全体教育する場として学校ますます活用する方向だけど、学問の場としてはネット上にもご近所にも秀才は沢山いるし、塾のほうが教えかた上手いし、学校は要らなくなるかもね。

2018-03-21

anond:20180321113545

後天的努力天才になれる。まずは天才定義をしよう。

  1. 天才タイプ:「知恵」がある人。観察によって未知の法則性発見できる。前提知識がないところから正しい知識を作り出せる。アイザック・ニュートンのようなタイプ
  2. 秀才タイプ:「知能」が高い人。=知識を組み合わせて問題解決する才能。官僚弁護士など事務処理能力が高いタイプ
  3. ガリ勉タイプ:「知識」がある人。暗記力が高く、多くの情報を知っている。知っていれば解決できる問題に強い。

 

この3分類で、賢い人達分析してみてください。

知恵のある人が知能のある人を使い、知能のある人が知識のある人を使えば、万事うまく行く。

物事ありのままに見つめる訓練、観察する訓練から始めたら、全ての人が天才になれる。

[] 増田の育成=日本人材供給

はてな匿名ダイアリーは、日本秀才たちが集まるサイトですね?

増田知的水準を引き上げて、次世代日本リーダーを育てましょう。

 

まずは「議論」について、学んでみませんか?

詭弁」についてよく知り、活用したり、見破ったりできるようにしましょう。

 

他にも学んでおいた方が良い帝王学があれば、随時推薦してください。天才の皆様、よろしくお願い致します。

2018-03-20

休学して気づいたこ

略歴

小学校中学校田舎で育ち、高校はその地方トップ校へ進学した。

大学受験では東大に落ち、そのまま早慶のある文系学部へ。

海外で22歳の誕生日をそろそろ迎える。

休学をしたか就活来年

海外生活のいいところは仕事をしつつ、現地に駐在する社会人や志を高く持った学生と容易に会え、自分時間も多く持てることだ。

休学をしなかったらどうなっていたんだろう、とよく考える。

日本大学文系学部賛否両論あるし、人それぞれだろうが、基本的に居心地が良い場所だと思っている。

サークルゼミバイトインターンボランティアテスト前に勉強

そんな環境から抜け出してみようと思ったのは3年生になる前の春休みだった。

就活そして休学

インターン選考就活が迫ってくると大体の学生上記のことを考えざるを得ない。自分もその1人だった。

大学受験までは受験勉強学校での生活以外に外に出ることなんて殆どなく、大学に入ってからは新しい環境や刺激のオンパレードだった。

新しく買ったiPhoneFacebookTwitterを開くとあふれんばかりの情報流れる

僕はその波に飲まれていた。

手元のスケジュール帳にはびっしりと詰まったサークルバイトと授業、そして遊びの予定。

スマホを開くと魅力的に見える情報起業家ビジネスマンといった輝いて見える人たちによる指南

そうして情報摂取し、目の前のことをやり続け、僕たちは意味もなく、価値もなく、満足していく。

満腹中枢を刺激され続けるそんな大学生活を送っていたら、あっという間に就活と言われる時期に突入する直前になっていた。

就活のための準備を3年生の前期から活動の合間を縫って少しずつ進めていた。

からない。

フィールドは広がったもの高校の延長線上で生きていた大学生活毎日それなりの充実感もあり、就活で自信を持ってアピールをできるような部分もあった。

だけど自分欲望がわからない。

目の前のキラキラしたものを追い求めていただけだったんじゃないのか?

いやでもそれが欲望だったんじゃないのか?

でもそれはただ誰かに作られた欲望だったんじゃないのか?

ここで自分の甘さに気づいた。

僕は泡の中に生きていた。自分で作った何重もの泡に囲まれて、泡に反射した社会や人々を見ていた。そんな風に感じるようになった。

僕はストレート卒業することをやめた。逃げなのかもしれないけれど、逃げた。自分欲望がわからないまま生きていくのが嫌だったから。

そして休学届けを出した。

割れ出した泡

休学をして海外に出た僕は小さい組織でインターンをし始めた。

当時自分が一番やりたいと感じていた分野でのインターンだった。

仕事の内容はそんなに楽しくなかった。やる気をなんども失うこともあって、そんな時はノート自分のことを書いたり、日記を書いたりしていた。

環境時間配分も変わった。自分を包んでいた泡はこんなにも屈折した解釈自分にさせていたのかと自身メタ認知するようになった。

そしたら泡が少しずつ割れ出した。

そして虚無に陥った。

画面の向こうにいるあの起業家成功の裏にある日常は全く異なる。

世界は思ったより広い。優秀さの軸は更新されていくばかりだ。

そんな情報に惑わされ影響される。人間意思は移ろい易く、弱い。

仕事はそんなに大きいインパクトを与えられるものばかりではない。

これから

泡はバイアスとも言い換えられるのではないだろうか。

バイアスなく物事を見ることができる人間はいないと思う。

そして誰しもがそのバイアス認識している/していないにせよ、それらを通して解釈をしている。

そのバイアス気づき、虚無感を覚えたこと。

そして大学という物語仮想現実を疑い始めた。そんな海外生活7ヶ月目。

良くも悪くも地に足がついた。とても遅かったと思う。

受験秀才だったかもしれないけれどスマートではない自分

そんなことを考えながら、今日も虚無の中を前向きに突き進む。

2018-03-19

anond:20180319122942

Wikipediaの「天才」をみてみたら雑で笑った。

知能指数(IQ)の高さは必ずしも天才性(創造性など)とは結びつかない。ただ単に、知能指数(IQ)が高いのを秀才と呼ぶ。

誰が書いたんだよこれwww

2018-03-17

いい男がいないのではなくて、そもそも

いい男かどうか判定の対象にする男が少なすぎるのではないか?という話。

勤め先でめちゃくちゃ好きな彼氏が出来てから気付いた。私の初恋はYくんだった。

小学生の頃の話だ。

ずっと茶髪で足が速くて、反抗的なのに教師に気に入られていて、喧嘩ドッジボールも強くて、愛嬌と言える程度にバカで、誰とでも仲が良かったMくんが、私の初恋だと思っていた。

当然Mくんはものすごくモテた。

あらためてアルバムを見ると言うほど綺麗な造形だとも思わないが、イケメン!と女の子みんなが言っていたし、私も思っていた。女の子が5人集まったら3人はMくんが好きだった。

もう1人Nくんという弁護士を両親に持つ秀才運動もでき、教師の覚えもめでたい子がいた。5人のうち2人はNくんが好き!と言っていた。その2人で人気を大体2分していた。(余談だが、Nくんはアルバムで見ても美少年だった。人づてに1000万はかたい大手就職したと聞いた。Nくん派だった子達は見る目があると思う。)

さて話を戻す。私はYくんが好きだった。

Yくんは、Mくんの右腕的な子で、バスケをやっていた。とてもお調子者で面白く、気遣いもでき、優しく、よく食べ、話題に上がらない程度には勉強をこなす、とても愛嬌のある子だった。

みんなYくんのことが大好きだったし、ムードメーカーとして欠かせない存在だった。

でも、びっくりするほど恋愛的な人気がなかった。バスケチームのコーチ方針少年野球みたいな、ほぼ坊主みたいな髪型をしていたが、ブスでもデブでもなかった。

Yくんは言わば2番手の男であった。男の子女の子も、みんなYくんのことを「いいやつ」として評価し、分類していた。でも恋愛とか、付き合うとか、そういう対象として見る相手ではなかった。

社会性が未発達だったメスの私は、みんなが恋愛対象として評価していない男の子を好きだと認めるのが恥ずかしかった。失礼な話である

から手近で、恋愛対象としておおいに評価されていて、そこそこ仲が良かったMくんへの羨望を、初恋だと思うことにしたのだと思う。

Yくんのような、2番手で誰からも愛され、ルックスも悪くない「いいやつ」は他にも何人かいた。

ご近所付き合いで母の聞いてくるところによるとMくん派の急先鋒だったHちゃん中学に上がってSくんとお付き合い、時にお突き合いをするようになったらしい。HちゃんはずっとSくんが好きだったそうだ。私がSくんなら「は?」って感じだ。

お受験を乗り越え、無事女子校こじらせ女に成長した私には小学校のことまでしかからない。

ただ、原始的集団では、初めから恋愛対象になれるオスが決まっているか特定のオスにメスが群がるのかな、と思った。

うちの彼氏休日バンドマンで、バンドマンしてる時はすごくモテるらしい。動画を見せてもらったがきゃーイケメン、と騒がれていた。が、勤め先ではお調子者のムードメーカーさん、だ。つまりモテない。10くらい下の女子大生バイトさんにおちょくられたり、小馬鹿にされている節がある。

対して、モテ女の子比較分散している気もする。人気者のAさんやSちゃんだけでなく、男女問わないそこそこの人数からいじめられていたKちゃんやNちゃんもひそかに告白されていたらしい。アルバム確認すると、2人とも顔が可愛かった。(それこそモテ男の子がKちゃん告白していたそうだ。振られたらしいが。)

男の子の、その、好きだ!を忠実に実行出来る感じ、ほんとうに感動する。羨ましい。

2018-03-14

増田生活は本当に病むから気をつけたほうがいい

増田を書き始めると、せっかく匿名日記なのに返信が気になるのは、当たり前です。

なんせ、そこらのブログより見られる回数が多いのです。

せっかくメモ程度に始めたのにもかかわらず、いつの間にか反応を求めています

誰もそんな恥ずかしいことは口にしませんが、そうやって自分のせいで人間不信になって、はてなに来れなくなったり仕事をさぼって解雇になる給料泥棒は何十人もいます

 

それでも、匿名という、同列のスタートラインを信じて四六時中日記を書く増田は、病むほどにアクセスします。

だってブコメがついてるかもしれないもん。ブコメがついたら頃合いを見計らってセルクマしたり、誤字確認します。

病むほどに訪問回数は上がります。病むほどに日記を書かないと、おもしろい奴らには太刀打ちできないのです。

東北の某校で無敵を知られたクラスの人気者も、九州男子を蹴散らし女子人気をかっさらった彼女も、ここではただの増田

そんなレベルは、ブクマカ御三家(誰?)のツッコミにたじたじになるのです。

 

はてブから出てきた増田は、匿名ダイアリーというものに強い憧れを抱いていたんですね。

特にホッテントリで見る増田はとても面白くてギラギラしてて・・・

ブコメがいっぱいに乗った日記、お洒落表現とかドラマで見るドロドロ恋愛ネタに、ただ漠然といいなぁ素敵だなぁと胸にトキメキを馳せておりました。

ところがどっこい、現実はそんなキラキラしていません。

自信を持って投稿した長文はスルーされ、気軽な発言には罵詈雑言適当なこと言った時に限って伸びるブコメ

増田という街は、そういうところなんですよね。

実際、はてな匿名ダイアリーに対しても大きな憧れを抱いていました。その理由はやはり「バズったら注目されるから」というのがあったと思います

そういう理由でここにきてしまったので、憧れの理想現実の差に髪が抜けました。

書いたからと言って自分日記ホッテントリに入るわけでは無かったからです。

大切なのは自分が将来何になりたいかであって、増田は通過点でしかないということを身にしみて感じています

 

これを書いているのは、はてな歴15年のおっさんです。

この年になるといろいろなものを見てきました。

キラキラしていた増田が、国家公務員試験を上位で合格し、某省で組織防衛に身も心もさいなまれたという暴露日記スルーされる姿も。

誰もがかなわないと思った研究者が、研究に疲れ果てたタイミングで引っ掛かった男に身も心も搾取され、売春でその彼に貢ぐようになってしまったという日記炎上したのも。

勉強ができたから、当然のように理学部物理学科に進学しあるいは司法試験に受かったのに、その後漏らした報告をした増田の姿も。

 

18歳の時に初投稿した増田が、そういう風にして、堕ちていく姿をたくさん見てきた。

きっと彼らも、キラキラして見えたけど、増田にいた四年間に何か病むことがあって、そうして社会に出たときに、ブコメしか追求することができなくて、不幸せになっていったんだと思う。

 

下には下がいる。

そして、一つの物差しで「下」を計ろうと思うと、全体として自分が如何にあればブコメをもらえたのかということが分からなくなってしまうのだと思う。

日記面白かったがゆえに、ブコメ物差し人生幸せになれると思い込まされる。

そして、自分よりバズってる数多の秀才出会ったが故に、もっと下に行きたくて投稿して、結果、はてなへの過剰適応で世の中に適応できない若者を量産する。

 

 

それがはてな匿名ダイアリー

MIT卒業生が書いたエッセイを探しています

日本秀才たちは、大学に進学して自分よりも優秀な人間出会って、自信なくすっていうのをよく言ってる気がする。

でもそうじゃないだろと言いたい。

自分よりも優秀に見える人間は、自分よりも訓練を積んだ人間だ。訓練次第で人間は強くなれるはずなんだ。

 

MIT(だったはず)の卒業生がそんな内容のエッセイを書いていたはずで、それを紹介したいのだけど探しても見つけることができないので、誰か知ってる人がいたらリンク張ってくれませんか。

和訳したものが誰かのブログに書いてあったような記憶です。

内容は、MITの寮で一緒になったやつがめちゃめちゃ頭よくて自分絶望したけど、その彼に勉強を教えてもらって卒業できるようになった、卒業する頃には寮の仲間に勉強を教えるようになっていた、というような内容だったはず。

専攻は数学だったような気がする。

よろしくお願いします。

anond:20180314032917

途中で出てくる秀才たちの話は全部妄想ってこと?

京大学生生活を送っていたとき、病まなくなるために編み出した方法

これらのエントリに影響されて書きました。

東京藝術大学の学生生活は本当に病むから気をつけた方がいい | 画家・棚村彩加

東大の学生生活は本当に病むから気をつけたほうがいい

ただのつまらない自分語りです。このエントリの内容を要約すると、周りの人間と比べても良いことはなにもないのでやめましょう、ということになります


タイトルの通り、京大理系学部に10年ほど前に入学しました。

京大日本トップクラス学力を要している学生が集まります

一学年3000人ほどの学生数で、変人が多いと言われる大学です。実際入学してみてもその通りでした。


私自身は、小さいこから特に勉強には不自由せず、全国有数の中高一貫校から京大入学しました。

そういった自負もあり、「京大入学しても簡単に授業についていけるだろう」、「秀才と言っても大したことないだろう」、と思っていましたが、京大秀才レベルは違いました。

私が1聞いて5を理解するレベルだとすれば、彼らは1聞いて100くらいを理解するレベルです。

同じ問題を解いていても、どこからそんな発想が出てくるの、というレベル天才がたくさんいたんですね。

大学受験では限られた範囲内の解法や方針を駆使すれば大体の問題は解けるようになっていますが、大学数学物理は解法や方針に際限がありません。

彼らのような天才と私みたいな凡人の差はどんどん開いていく一方です。


そんな彼らと自分を比べ、大きな挫折を味わいました。

というわけで、せっかく大学受験という厳しい門をくぐり抜けたのにも関わらず、一回生の後半から大学ほとんど行かなくなりました。

授業を受けても劣等感を強く感じるようになり、勉強面白さが全くわからなくなってしまったのです。

学校に行かなくなってからは、毎日10時間から12時間寝て、バイトに行き、家で読書をしたりネットゲームをし、たまに友だちとお酒を飲む、ということの繰り返しが始まりました。


そんな生活を1年ほど続けた後、2回生後期がはじまりました。

1年間ほとんど勉強してないわけですから、立派な馬鹿が出来上がっています

必修である統計の授業に出て、友だちに「expって何の記号?」と聞いて呆れられたのを覚えています

そんな折、3回生からコース配属が行われることを知り、コース配属の基準が専門・教養の平均点であるということを知りました。

もちろんこんなことは1回生最初から何度も言われていることでしたので、それすら知らないということはよっぽど何も聞いていなかったということです。

元々「ある分野を勉強したい」という動機があってその学部入学したのですが、成績が悪いとそのコースに配属されないということもそこで知りました。

自宅に帰って急いで自分の成績を見直し、「このままじゃやべぇ」ということをようやく理解しました。


秀才たちには全くかなわないものの、元々勉強自体は得意だった私は過去問を読み込み、授業にもちゃんと出席して傾向と対策を練りに練ってなんとか志望コースに配属されました。

そのコースでは同じ学部から洗練された更に秀才たちが集まっていたのですが、1回生とき経験から彼らと一緒にいると苦痛を感じると思っていた私は自宅や図書館で1人で勉強をするようになりました。

ようやく学校にもちゃんと行くようになり、なんとか研究室にも配属され、卒業することができました。

その後、色々な縁があり、今では欧米大学研究をしています

今になって思うのは、昨日の自分と比べて今日自分が成長していれば良いじゃないか、ということです。周りと比べる必要はありません。


というわけで、周りの人間と比べても上には上がいるので、劣等感を感じるだけです。良いことはなにもないのでやめましょう、というエントリでした。

東大学生生活は本当に病むから気をつけたほうがいい

東京藝術大学の学生生活は本当に病むから気をつけた方がいいを読んで思うところがあったので書きます

皆さんは東京大学を知っていますか?知っていますよね。

百数十万人の同い年に生まれ子供のうち、3000人くらいしか入れない大学です。

そこに入るには、日本トップクラス学力を要するといわれています

芸術よりも、お勉強の道を選ぶ人は多いので、まあ、入学するには最難関の大学の一つですね。


東大に入ると、せっかく東大に入ったのに自信がなくなるのは、当たり前です。

なんせ、駿台模試とか東大オープンとかで、自分の点数(440点満点で220点くらい)から見ると理解困難な点数(330点とか)を取っていた秀才リアルに目の前にいるのです。

人の学力をけなすような低劣な人格だったらまだ溜飲が下がるってもんですが、そういうのに限っていいやつなんだな。

そういう秀才を目の前にして、ひがんで屈折してしま自分の、人格的な弱さと、その根底にある学力の弱さに涙した東大一年生は何百人もいるはずです。

誰もそんな恥ずかしいことは口にしませんが、そうやって自分のせいで人間不信になって、大学に来れなくなったり第二外国語をさぼって放校になる駒場生は何十人もいます


それでも、学力という、偏差値という唯一の物差しを信じて人生18年生きてきた東大生は、病むほどに勉強します。

だって進振りがあるんだもん。教養の平均点を偏差値に置き換え、平均点の優劣で人生が決まると思って勉強します。

病むほどに点数は上がります。病むほど勉強しないと、同級生秀才たちには太刀打ちできないのです。

東北の某県で無敵を知られた秀才君も、九州男子を蹴散らし英語無敵を謳われた彼女も、ここではただの一東大生。

そんなレベルは、男女御三家(武蔵を除く)やツッコマには掃いて捨てるほどいるのです。


田舎から出てきた東大生は、東京というものに強い憧れを抱いていたんですね。

特にテレビで見る東京はとてもお洒落キラキラしていて・・・

クリームがいっぱいに乗ったパンケーキ、お洒落ブティックとかドラマで見る東京恋愛に、ただ漠然といいなぁ素敵だなぁと胸にトキメキを馳せておりました。

現実は、そんなキラキラしていません。

実験し大教室に通う毎日と、倒しても倒しても出てくる自分より賢い同級生の前にひれ伏す毎日を過ごします。

東京という街は、そういうところなんですよね。

実際、東京大学に対しても大きな憧れを抱いていました。その理由はやはり「日本トップ国立大学から」というのがあったと思います

そういう理由大学にきてしまったので、憧れの理想現実の差に心を痛めました。

日本トップの授業があるわけでは無いし、合格たからと言って自分学力日本トップになるわけでは無かったからです。

大切なのは自分が将来何になりたいかであって、東大は通過点でしかないということを身にしみて感じています


これを書いているのは、40代おっさんです。

この年になるといろいろなものを見てきました。

キラキラしていた秀才が、国家公務員試験を上位で合格し、某省で組織防衛に身も心もさいなまれ書類の書き換えの何が悪いと言い放つ姿も。

誰もがかなわないと思った研究者が、研究に疲れ果てたタイミングで引っ掛かった男に身も心も搾取され、売春でその彼に貢ぐようになってしまった姿も。

勉強ができたから、当然のように理学部物理学科に進学しあるいは司法試験に受かったのに、それらの職が本来求める対人調整能力がなかったがゆえに、人生で唯一得意な受験勉強で食ってくために予備校講師になった姿も。

18歳の時に知り合ったキラキラした秀才が、そういう風にして、堕ちていく姿をたくさん見てきた。

きっと彼らも、キラキラして見えたけど、東大にいた四年間に何か病むことがあって、そうして社会に出たときに、単に幸せを追求することができなくて、不幸せになっていったんだと思う。


上には上がいる。

そして、一つの物差しで「上」を計ろうと思うと、全体として自分が如何にあれば幸せになれたのかということが分からなくなってしまうのだと思う。

勉強が出来過ぎたがゆえに、勉強物差し人生幸せになれると思い込まされる。

そして、自分より勉強ができる数多の秀才出会ったが故に、もっと上に行きたくて勉強して、結果、勉強への過剰適応で世の中に適応できない若者を量産する。


それが東大

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