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2017-06-22

https://anond.hatelabo.jp/20170621235655

ただ人の感情有意義もクソもないと思うから

正しい

感情は一切有意義で無い

なんかちょっと誘われてその誘い方が気に入らないということで感情スイッチが入る

その感情に導かれたグルグルした思考が始まる、それが妄想であり疲れの元ということ


書いた内容も経験談から妄想じゃないんだ…ごめんな…。

妄想」で指しているのは「そういう誘いがあった事実」ではなく「事実に対する感情的思考の一切」のほう

具体的にいうと

誘い

があった、これは事実

を断ると数回に一回は「えーノリ悪いんだけどー」と電話の向こうから機嫌の悪そうな声が聞こえる。

いや、当たり前じゃない?なんでこっちがお前の都合に合わせなきゃいけないの?と思うくらいには私は性格が悪い。

というよりもなんで誘われた側が悪者扱いになるのかがわからない。

朝起きて今日帰って来たらあれしてこれして、これもやっておきたいなぁと計画をたてる。

起床した時点で私の一日のスケジュールはできているしこれはなるべく崩したくない。

趣味は一人でするタイプのもので、タイミングが合えば友人と話しながらすることもある。

私にとって一人で黙々と打ち込める趣味時間はすごく大切だし、人生の休憩ポイントだ。

趣味のために一日頑張る日だって少なくない。いやほとんどそうかもしれない

一人で過ごす時間有意義で楽しくて楽で大切。その時間をノリで奪うの楽しい

友人から誘いを受けるのは嬉しいし、なるべく断りたくない。

けれどもう家にも着いて一人の時間が始まっているタイミングで急な誘いをされると困る。

「もう家に着いてるから」と言うと「いいじゃん今からおいでよ」と言う。

何が良いの?私は良いこと一つもないよ?

人と会うとものすごく体力を使う。

これはもう体質でしかないと思うけど、友人でも上司でも知り合いでも一緒。

誰かと一緒にいることが好きな人もいれば、それで疲れちゃう人もいるじゃんね。

もちろん友達といる時間は好き。でもそれはお互いに思いやる気持ちがあってこそ。

相手の予定を全部無視して今から会いたいなんて恋人かよ。

そんなワガママが通っちゃうのはマメベタ惚れの人だけだよ。

なんで自分の突発的な思いつきで人を振り回してるのがわかんないんだろ。

相手のことを思うなら明日会いたいんだけど予定どう?の一言くらい言えないのかな。

急な誘いで新しい出会いが生まれるとか人生が豊かになるとか確かにあると思う。私にもそういう経験はある。

だけどね、急な誘いは相手時間を奪うこと前提じゃん。

それを断ってノリ悪いとか言われるとさすがに何言ってるの?ってなる訳ですこっちは。

「前も来てくれなかったじゃーん」って、いやいや次も行かないよ?

試されてるのかな?って思う節もある。特に仕事関係では。

から急な会議をしたいを言われたら、何も思わない。

でも急に飲み会を開くことになった来いよ!って言われると、は?って思う。

昔働いていたところで急に誘ったものに来ないやつは使えないってよく言われていた。

それって何?使いたいときにいない駒はいらないってこと?

実際入社したての私にも急な用事をよく頼んでくる上司はたくさんいた。

あー試してるんだろうなって率直に思ってた。でも仕事上の話だからしょうがないよねとも思ってた。

試されてるってことは期待されてるのかな?頑張ろうって思ってた時期もあったし。

でもね、特別理由もなく人を試す人なんて本当にろくな人がいないんだよ。

こいつは俺の言うことをどれだけ素直に聞くかって思ってるだけ。

気付いたときには奴隷になってるよ。素直で素早く動く奴隷

部下じゃないの。奴隷なんだよねそれは。

炎上していた人の理論で言うと誘いを断った人に対してこいつ仕事できねーなって思う訳じゃん。

行きたいけどごめんねって言った人が裏ではあいつ俺たちの会に参加しなかったか仕事できねーわって言われてるとか思うとおぞましい。

あいつノリ悪いわーあんな奴仕事もできねーだろうしもう呼ぶのやめようぜってなるのが目に見えてしまう。

それちょっとさすがにやばすぎない?理解が追いつかないわ。

本当に相手のことを思うなら相手スケジュール聞いてから誘うでしょ。

それこそ敬意を払ってたら今から少し良いですか?お時間ありますか?って聞くだろうし、断られたとしてもノリ悪いわーって言わないでしょ?

そういう感情になるってことは相手のこと見下してるんだろうなって性格悪い私は思っちゃいます

それも無意識に。一番タチが悪いタイプ

ちょっと前に仕事電話してくる人は時間泥棒みたいな議論があったけどこれは違うのかな?

この話にも賛成派と反対派(反対派って言うかはわかんないけど)がいて色んな人がいるなとつくづく思った。

ノリで生きてる人の方が目立ちやすいから余計に発言拡散されてるところもあるんだろうな。

ここまで書いててもう人種が違うんだなってことで私の頭の中は落ち着いてる。

ただ私はノリと勢いで家を飛び出すタイプの人とは上手くやっていけないだろうな。

世の中は目立つ人の意見に引っ張られやすい。説得力を感じる人の意見正義にされやすい。

出会ったことのない人たちの中に私みたいな考えの人がいれば良いな。

そしてこういう考えの人もいるんだよって知ってくれたら良いな。

匿名で書いてる私もネット界の繊細チンピラとか言われちゃうのかな?

あいっか。それは事実だし。

これ全部が妄想

ハッキリ言うけど病的

全く無駄な、事実に基づかないグルグルした思考

これが妄想


書き忘れてた!コメントくれてありがとう!嬉しかった!

うん

でも無理して言ってると思う

ちょっと誘われただけであれほど感情が荒れ狂う人が

突然ネットダメだしっぽいこと言われて「ありがとううれしい」なんてシンプル感想を持つわけない

表面を取り繕うのに内心でグルグルする癖しみついてる

モヤっとしたから書いただけなんだけど、ネガティヴな奴の頭ん中はこんな感じになってんだなーって参考にしてくれると多少有意義?かもしんない。

内容的に全然有り触れてる

ちょっと妄想が長いけど普通の人

ほんとはみんな妄想しててみんな病気

からみんな疲れる


でも特に人と合うとどっと疲れるとかいタイプ妄想癖が濃いし

文章見ても妄想パートの長さとグルグル感はかなり強い

全くなんの役にも立たない思考である自分クールに読み返してみてほしい

それをやめたら全然疲れなくなる

はっきりいうと自分疲弊させてるのは自分で、急な誘いを変えてくる友人じゃない

自分自分をくたくたにしている

2017-06-21

https://anond.hatelabo.jp/20170621215506

誘いにどう対応するかとかは好きにするのがいいんだけど

人と会うとすごい疲れるとかいう奴は勝手に気を回しすぎてるだけなんだよね

気を回すっていうといいことみたいだけど、要は脳内無駄妄想思考してるだけ


文を自分で読み返したら良いけど、有意義ことなんか1個もいってない

役に立つ思考ゼロ

あいつが悪いとか私が正しいとか私の性格がとか常識はこうとか、何の意味も無いくだらない思考

なんか誰かに話掛けられたりするたびにそういうくだらないことずーーっと考えて、

その相手が目の前からいなくなってもまだ思い出してずーっと感考えて、たまにまだ起きてないことまで考えて、だから疲弊する

実はそういう性質自分では思慮が深いとか神経が細やかとかまんざらでもなく思ってるんだけど

誰の役にも立たない無駄妄想思考しかない


妄想しない人はどんな感じなのか?

誘われたら何も考えずに飛んでいってあー楽しかったって返ってくる

やることがあって無理なら無理ですごめんねーって断って電話切った瞬間もうその件は終了してて思いかさな

現在事実だけに向き合って生きる

から疲れない

2017-06-16

人生ほぼ諦めた

あれだけ頑張って「お勉強」してきたけど、社会に出たら何の役にも立たなかったし、疲弊してエネルギーがなくなった。

もう頑張ることができない。

疲れた

キャリアなど無い。

誰にでもできる仕事をして生きて行こう。

2017-06-14

https://anond.hatelabo.jp/20170614193532

恥ずかしいのは個人感覚から別にどうでもいいが

こんなものを売り物にしなきゃ立ち行かない位国が疲弊衰退した責任を上の世代に問いたいとは思う

2017-06-13

金縛り幻覚幻聴現実とのつながり

とりあえずWindowsから培ってきたマルチタスク癖で精神的に死ぬというもの恨み節は置いておくとして、10年ぶり2回目の体験である金縛りの詳細は軽躁状態であるうちに記載しておこう。

10年前はあんまり公にしたくないオイタをしでかしてしまい非常に頭がハイテンションになりすぎ脳が疲弊してしまったあとに金縛りが起きたわけです。ベッドで目が覚めると全く体が動かない、そうすると凶器を持った人間玄関からのっそりとやってくる。おれは動けない。恐怖が絶頂に達したときにわっと起き上がる。部屋にはは何もない、誰もいない。ただのマンションの一室がある。

研究で解明されているようなのだが、金縛りというのは非常にリアリティのある夢を見ている状態らしい。自分の部屋で寝ており、そこで動けないという現実を脳が作り出しているに過ぎないということ。だから実際は起きて動けていないわけではなく、浅く眠り続けたまま現実トレースした夢を見ているだけらしい。そんなのは当人にとって知ったことではないけど。

今年起きた理由は、普段やっている仕事範疇とは大きくかけ離れたテンションを上げざるを得ない作業従事を命じられたためだった。別に嫌ではなかったが、仕事を終えたあとは憔悴しきっていたものの、それとは別の企画書を一気に作るくらいのテンション作業をしてしまった。

今回はそれほど大きなクライシスが起こったわけではないのだが、10もの年令を重ねたこともあり自分限界を超えたテンションに身を包まれ眠れなくなり、無理やりアルコールで寝たことが最大の原因だと思われる。また、朝の起き抜けに神経痛を穏やかにする鎮痛剤を飲んでふわふわしたことも大きい。

朝6時半頃起床。家を出るのは8時半頃。7時までにシャワーを浴びて換気のために窓を開ける。胃の調子が悪いので野菜ジュースのみの朝食。その後、頚椎ヘルニアの痛みを抑える神経痛の薬を飲む。出勤まで時間が少しあるので布団で横になりながらスマートフォンネットニュースを読む。痛み止めのせいでぼんやりとしており眠るか眠らないかの浅い睡眠状態でいきなり幻聴が始まる。

NHKラジオ想像してもらえればいいのだけど、あの淡々としたニュースの語りが突然頭の後ろから聞こえ始める。もちろんラジオなんてつけていないから、それは幻聴だとすぐに分かる。しかも、日本語である認識できているにも関わらず内容の理解は全くできない。何かしらの言語を喋る、聞き覚えのある声が頭の後ろからAMラジオの音質で聞こえてくる。あーこれは幻聴だ。体も動かないし完全に金縛りだ。一度経験はあるのでそれはわかる。どうせ大したことはないし目が覚めればそれまでだろうと思っていたのだが、突然首や胸に見覚えの痛みが走る。シェアハウスに住んでいたとき、猫に噛まれた同様の痛みがチクッとする。見えない猫がおれを襲っている。大した痛みはない。大したことはないがそれはそれで。あれ。

その直後に誰かが体をまさぐり始める。腹を、胸を、手のひらが性欲を掻き立てるように優しくなでつける。気持ち悪い。はじめは交際相手かとも思ったが、こういうことをする人間ではない。痛みは何もないが見えない人間と見えない猫がおれを噛み、まさぐっている。

感じたことのない恐怖が浮かび上がる。おれの体を犯そうとするやつが居る。

10年前の金縛りも、殺人への恐怖が布団をはねのける動力源だった。

体をまさぐられながら吐息のような唸り声を聞いた瞬間、布団をめくり上げて初めて金縛りから解き放たれる。

金縛りに合いながら同時に聞こえていた音が聞こえる。道を走る車の音、冷蔵庫駆動音。布団の感触がする。毛玉でざらついたシーツ感触自分の臭がする枕。

明確に死をもたらしに来た殺人鬼妄想から10年、何故か反抗するペットやいやらしく体をまさぐる何かの手が脳に宿っていた。わかりやすくおれは快楽を求めているのか、それとも人間に対する意識が変容しているのかはわからないんだけど、とりあえず知らない人間に体をベタベタ触られるのは怖いよ! 痴漢痴女もだめ! マジで気持ちいからやめろ! 男だっていからな、変な人間ベタベタ触られるの!

そんなことを今回の金縛りで思いました。

2017-06-12

幼馴染を開放したい

当方27歳女。

相手27歳(数え)男。

同級生小学一年生からの幼馴染である

その昔いにしえの小学生時代クラスの連中から冷やかされるようなあまずっぱい関係だった。

わたしはその頃の気持ちがずーっと忘れられず、中学に上がり彼に彼女ができても、高校に上がり彼と進路を別っても、大学に上がってお酒やいろんな楽しいコトを覚えても、心の片隅に居座る消えない懸想に引きずられて生きてきた。

卒業後も、彼の誕生日は毎年メールを送った。たまにクラス同窓会では顔を合わせた。それだけのかすかなつながりの中でも好意が薄らぐことはないどころか日増しに増していった。きっとこの人以外に心奪われることはない、そういう人生なんだろうと開き直っていた。われながらアホすぎる青春の浪費である

そんな彼と、就職後に再会した。

お互い就職した業界が偶然にも近かった。そのことを人づてに知ったわたしは、それを口実に彼を夕食に誘った。

そしてその晩、初めて彼に抱かれた。

ここまでド純情っぽい文章を書いておいてなんだが、彼以外に恋できない人生だと開き直ってからは、わたしも相当奔放に生きてきた。来る者拒まず去る者追わず。どうせ心から求める人とできないなら同じことだと。そういう欲望が強いという自覚もある。

彼を夕食に誘ったのもそういう下心込みだったので、うまく誘って結果としては上々だった。

でもこの晩ばかりは、(この人とこうできるとわかっていたら、とっておいたのにな)と感傷的になって少し泣いた。

まりにもピュアな長年の片思いと、心を置き去りにした奔放な生活アンバランスさに、すっかり疲弊していると自覚したのもこの時だった。

それからもう4年になるけど、相変わらずわたしたちは抱き合っている。

この4年間で、ただ漠然と思い続けていた17年間とは比べ物にならないほど彼と対話し彼を知った。

進路を別ってからのこと。ずっと執着心にも似た恋心を抱き続けてきたのに、知らないことばかりだった(当たり前だけど)。

就職してからのこと。職場のこと。業務のこと。心のこと。

うれしいことや悔しいこと、悲しいことがあったら自然に飲みにでかけた。

たからみてると危なっかしいくらいの彼の仕事への愚直さに、改めて惚れた。

この四年間の間にわたしは随分強くなった。

心と身体乖離へのジレンマから解放された。

私を縛り付けていた偶像片思いは消えた。

今まで注ぎたくて仕方がなかった行き場のない愛情を、他でもない彼に(曲がりなりにではあれど)そそぐことができた。

今まで空想し続けた彼の声を聴くことができた。触れることもできた。

それだけのことに相当癒された。

彼には感謝してる。

このまま永遠にそばにいてほしい。

だけどそろそろ彼を開放してあげたい。

世界一好き。

だけどそれだけで引き止めるわけにはいかない。

実は四年間の間にも、彼はなんども別れようとしたり迷ったりを繰り返していた。

一年近く会わない期間もあった。

いつも結局、惰性だか怠慢だかわたしに根負けしたんだか、最後のところでわたしのところに戻ってきてくれたけれど。

彼はきっと、今後もわたしを拒絶はしないけれど、わたしを選ぶこともない。

今夜、ずっと避けてきたその"本題"について話すつもり。

結婚交際が男女のすべてじゃないとはわたしも思う。

いやそう自分に言い聞かせて生きてきたけど、この春27歳になって、綺麗ごとも言ってられなくなってきた。

わたしが27歳ということは、彼ももうじき27歳。

わたしはこのまま売れ残るけど、彼はまだ間に合う。

からでも、20代のお嫁さんと、彼が30歳になるまでに結婚できる。

彼はだらしがなくて優しいから、わたしが終わりにしてあげる。

それが、わたしが彼に唯一してあげられることなんだよね。

2017-06-11

まさか私が…」突然の発覚から3年、絶望から這い上がった私の乳癌

40歳の節目。私は乳がんになった。

素朴だけど優しく私を愛してくれる夫と2児に恵まれ、幸せな人生を手に入れてそれなりに満足感のある日々だった。

幸せな日常を一瞬にして真っ暗な絶望に追いやった乳がんの発覚。

乳がんは罹る人も多い病気負担はあるけど、治療なんてさほど難しくないと思っていた。

でも全然カンタンではなかった。

家族、友人、そして自分自身多くの人を深く傷つけ、心身共に疲れ果て全てを失う寸前まで追い込まれた。

判断ミスもあり、軽度とは言えない状態までいってしまった私だが、良き出会い、周りの人の支えに助けられたことは幸運だった。

手術、抗がん剤治療を行い私は今、再発の不安は抱えながらも元の幸せな生活を取り戻すことができた。

今思えば、「知らないこと」が理由で失ったものが沢山あった。

もっと早く気づくことができれば・・・
「あの時あの治療選択していれば・・・
「友人家族もっと接するべきだった・・・

いろんな後悔が今も心に残っている。

こんな思いをする人を一人でも減らせたら。そう思って私の体験を伝えてみたくなった。

興味があったら読んでみて下さい。

ピンク東京タワー、突然の不安

ほんの些細なこと。

10月1日、夫と食事に出かけた帰りに見かけたピンク色にライトアップされた東京タワーだった。

私:「綺麗だねー。今日はなんでピンクなんだろうねー」

携帯検索をする夫。

夫:「今日ピンクリボンデーらしいよ。乳がん認知を上げる目的だって
私:「乳がんねー。」

その時は何も思わなかったが、少しだけ「乳がん」という言葉が頭をよぎった。

それから1ヶ月が経った頃、

朝、着替えの時に左の胸に固い感触を感じた。

???

違和感を感じ指でふれた。コロコロとした1cm程度の小さなしこりを感じた。

まさか。。。乳がん?」

ピンク色の東京タワーピンクリボン、その記憶が私にそう思わせたのかもしれない。

ただし、その日は家事に忙しいこともあり、夜にはしこりのことは忘れていた。

夜の入浴時にもう一度触ってみた。朝のしこりはもちろん、あと2個程度小さなしこりを指先に感じた。

大きな病気をしたことが無い私は些細なことでもすぐ心配になるタイプだった。不安かられ、髪も乾かさずインターネットで幾つかのサイトを調べた。

しこりがある=乳がんというわけではない。40歳未満の場合は良性のしこりの方が多いらしく乳腺線維腺腫の可能性が高いと書いてあった。

人間不安ときは都合のいい方の考えに飛びついてしまものだ。

私は、

「なんだ大丈夫だ。良かったー」

と勝手に安心し、「こんなものはそのうち消えてなくなる」なんて、根拠もない解釈をしながら、眠りについた。

翌朝、しこりは消えていない。やはり気になる。「もしかしたら」が再び頭をよぎる。

考えないように過ごそうと思ったが、家事が何も手につかない。

今まで感じたことの無いものが私の胸に存在している。その事実から目をそむけることができなくなっていた。

一刻も早く安心したい。その一心で私は病院を探し始めた。乳がん検査してくれるのはどこか?今まで考えたこともなかったか検討がつかない。

よくわからないが、とにかく近くの産婦人科に行ってみることにした。

サイズも小さいし、しこりも動くから問題はないと思いますよ」

そういって若い女性医師は近所の外科への紹介状を書いてくれた。

その翌日は外科の診断へ。私は一日がかりで色々な検診が行われることを想像したが、触診だけだった。

診断は

「乳腺線維腺腫」

違和感があった日に確認した見解と一致していたため、その診断を疑うこともせず飛びついてしまった私がいた。

乳腺線維腺腫は放っておけば3ヶ月程度でしこりはなくなってくるとのことだった。私は安心して、日常生活に戻った。

大丈夫でしょう」という自分安易判断と、夫に相談せず自分で納得してしまったことがあんなことを引き起こすなんてこのときは思いもしなかった。

大いなる油断、取り返しのつかないミス

それから2年、私はしこりことなどすっかり忘れて平穏な生活を続けていた。

日々の家事、娘息子の世話、当たり前のことを当たり前にこなす。傍からみれば退屈かもしれないけど、愛のある満たされた毎日

その日もいつもと何一つ変わらない一日だった。

しかし、その夜、全てが一変する出来事が起こった。

夫と同じベッドで寝ていると、寝返りをうった夫の手が私の胸に当たった。すると夫が「え?硬っ!」驚いた様子で声を上げた。

暫く自分の胸に意識が向いていなかった私は自分の胸を触り、全身から血の気が引き、突然得も言われぬ恐怖感が襲ってきた。

しこりが大きくなっている。。。」

私がもらした一言を聞いた夫の青ざめた顔が今でも印象に残っている。

夫はすぐに「明日会社を休むから、一緒に病院に行こう」と言ってくれた。

とにかく早くということもあったが、2年前にいった病院は割けるため、隣町の女性クリニックへ診断に行った。すると「確かにしこりがありますね。技師が3日後に来るのでエコー取りましょうか」

との回答。

しかし、今すぐにどうなっているか知りたい。不安が募りの募った私達夫婦は待つことができなかった。

乳がん専門医でなくてはわからないのでは?」と夫の意見採用し、インターネットで調べ最も近くにあった乳腺外科のある病院へ行った。

大学病院では当日は難しいため個人病院だった。

まずは触診。先生の無表情さが不安掻き立てる。その後針生検へ。これは正直かなりの痛みがあり、辛かった。

終了後、先生は「結果は一週間ほどで出ます検査結果によっては大きい病院を紹介する形になります。」と。

もはや1週間を待てる心理状態ではなかった。一刻もはやく白黒を知りたい。先生にお願いをして大学病院への紹介をすぐにもらった。

幸いにも大学病院ではすぐに乳腺外科の診断ができた。

視触診
マンモグラフィー
乳腺エコー
CT
血液検査
マントーム生検

これらの検査を一気に検査を行うことができた。これで自分乳がんなのかそうではないのか、ハッキリと分かる安心感はあった。

「これらの検査結果は来週に」と先生。

この一週間は今まで感じたことのない長さだった。

死への恐怖心
来ることが当たり前に思っていた未来が来ないかもしれない喪失感
気を使わせてしまっている夫、子どもたちへの罪悪感
不安なく健康暮らしている人たちへ理不尽嫉妬心
色々な感情が目まぐるしく移り変わり心身ともに疲弊していた。

加えて、2年前、なぜしこりが気になった時点でもっと詳しく調べなかったのか、夫に相談しなかったのか、激しい後悔にも襲われた。

神さまはいないのか・・・

疲れ切った私たちにやってきた結果は優しいものではなかった。

「左胸に3cmの悪性腫瘍。99%の確率乳がん

診断結果を聞かされた瞬間、私は頭が真っ白になった。

先生が言っている言葉は聞こえるが頭に入ってこない。隣の夫も呆然としていた。同じ状態だったのだろう。

何も考えられない、何も声発せない状態が3分は続いただろうか。

我を取り戻した私は、

「どうすれば治りますか」と先生に聞いていた。

結論は手術。

私は家族と一日でも長く幸せにくらしたい。その思いが人生の最優先だと強く認識した。

女性として葛藤もなかったと言えば嘘になるが、全摘選択した。

その日から長い闘病生活が始まった。

入院の前に待っているもの

医師から告知を受けると今度は身内や親しい人に話をする必要が出てくる。

まずは娘と息子に12歳の娘、10歳の息子。

ともに私が大変な状況にあることは理解してくれたようで、神妙な顔つきをしていた。こんな状況だが「泣いたり喚いたりせず立派だな」と成長を感じ少し嬉しい気持ちもあった。

次に両親へ説明をした。福岡に住んでいるのでまずは電話で話をした。母が出た。

母とは昔から何でも話し合える仲だ。あまり回りくどく説明しても仕方がないと思い、率直に「乳がんになった。手術をする」と伝えた。

母は言葉を失い、暫く無言が続いたあと母自身を責めた。

「ごめんね・・・、ごめんね・・・、ごめんね・・・

と私に声をつまらせながら何度も何度も謝った。

親の前ではやはり自分子供に還るのだろうか、今まで必死に堪えていた恐怖心や悔しさ、絶望感があふれ、私も涙が止まらなくなった。

でも悲しみのスパイラルに入るわけにはいかない。

絶対に治すから

できるだけ不安を与えないように力を込めてシンプルに伝えた。

友人関係の難しさ、心無い一言、ひび割れ関係

仲の良い友人にも伝えておく必要があると私は考えた。

私のこの考えは安易だったのだろう、結果闘病前に友人関係で心のダメージを負うことになった。

仲が良いと思っていた主婦仲間、ママ友に告知をすると

「大変ね~、大丈夫??本当に心配だわ」

という反応。

「え?それだけ?」

特に親身になって欲しいとかそういうわけじゃない。何が欲しいのかもわからないけど、何か嫌だ。そんなダダっ子みたいな自分も嫌になった。

更に追い打ちを掛けたのは「親友」だった。

中学校からの友人、由美とは今でも週に一度は会う仲で、何でも話せる間柄。

私と由美はまるで姉妹のように、同じような進路を辿り、同じようなレベル男性結婚し、同じように幸せな家庭を育んでいった。

から進路の話、異性の話、結婚してからはお互いの家庭の話、旦那愚痴家族ぐるみでも付き合える最高の友人だった。

由美になら何でも話せる。親兄弟よりも私の気持ちをわかって親身に寄り添ってくれるそんな勝手な期待をしてしまったのだろう。

由美にも率直に

乳がんになった。これから長い治療に入る。手術は正直こわいけど頑張る」

と伝えた。

ただ、由美にだけは同じ女性、同世代ゆえに全摘によって片胸が失われることに関しての悲しさがあるという話をした。

するとA子は

「なにも腕や足がなくなるわけじゃないんだから胸くらい良いじゃない。」

と言い放った。

彼女は明るい性格だ。彼女なりに私を励まそうとしたのかもしれない。

死を意識する日々、あまりに多くのものを失っていく毎日、私があらゆるものに敏感になりすぎていたのかもしれない。

ただ、この一言はどうしても受け入れることができなかった。

私が置かれていた状況は私の平常心を奪っていたんだろう。滅多に感情的になることがなかった私が怒りを抑えきれず、由美に対して激しい言葉をぶつけてしまった。

これまで長年にわたり育んできた暖かな友情に大きなヒビが入ってしまった。乳がんはまた一つ私から大切なものを奪ってしまった。

遂に手術

家族不安、両親の涙、友人との離別、多くのネガティブ感情を抱えながら私は手術に挑む。

スケジュールが出た。

手術は診断結果が出た日から20日後に決定。全摘選択したために術前の化学療法はなし。

手術2日前から入院となった。前日から食事も取れない。当日は朝から各種検査を行い以異常がなければ全身麻酔をして手術開始。目を覚ませば手術が終わっている。

手術は予定よりも2時間遅れて終了。遅れた理由リンパ節への転移が見られたから。麻酔が切れて朦朧とした中で、病室で夫がずっと手を握ってくれていたことは記憶の中にうっすらと残っている。

乳がんが発覚し自分の信じていた世界が全て崩れてしまったと思っていた。

でも夫だけはどんな状態の私も暖かく包んでくれていた。こんな時だからこそ夫の愛情を強く感じることができた。手術が終わった安堵感と、愛を感じられたことによる充足感か、そのまま深い眠りに就いた。

翌朝の目覚めは心地よかった。起きたら包帯でぐるぐる巻きだ。まあ夢ではない。現実だ。左のおっぱいないよなー。と思って触ってみるとやはり・・・ない。

わかっていたけど、現実を突きつけられると涙がこぼれた。

術後に体内にたまるリンパ液や血液を出すためのドレーン管が二本入ってたが。ここから液がでなくなれば退院だ。

7日後、遂に退院が出来た。退院時の値段は50万円だった。私はがん保険には入っていなかったので正直この金額は厳しいものがあった。備えあれば憂い無し。

そんな言葉が頭をよぎったが、今は無事に退院ができたことの喜びの方が勝っていた。

抗がん剤治療・・・これから始まる本当の治療

左の胸がなくなってしまったことへの喪失感はあった。お風呂に入るときなど自分身体から目を背けたくなる時期もあった。

でも、疑似おっぱいの性能が以外と良く、服の上からでは見た目にわからない状態になった。そこからはだいぶ気分が楽になった。

気分は元に戻ってきたが、治療はまだ終わりではない、手術から30日経過した時点で今度は抗癌剤治療が始まった。

期間は3週間を1クールとして、8クール複数抗がん剤を組み合わせての実施

抗癌剤治療と言えば、ドラマでも度々その様子が描かれる。そのためわずかに恐怖心があった。でも生きるため。

ここでも家族存在が私の心を強く支えてくれた。

抗がん剤治療想像していたよりはキツくはなかった。最初の一週間は特に異変もなかったけど、8日目辺りから吐き気貧血が出始めた。割りと調子が良くなってきた17日後に遂に髪の毛は完全に抜けてしまった。「あー、やっぱこうなるのねー」と思った。

覚悟は出来ていたので、思っていたよりはショックは少なかった。

クール目は特に問題なく過ごすことができた。まあ抗がん剤の点滴の際は気が重いくらいかな。

クール目に入る前にはかなり抜け落ちてきた髪が目立つので、ウィッグを買いに行った。季節をまたいでの治療なので冬用と夏用を両方買った。

それにしてもケアグッズも高い。

まり大きな声で言う人はいないと思うが、乳がん治療以外にかかる金銭負担も大きい。

クール目に差し掛かる頃には髪の毛は全て抜け落ちた。髪だけでなくまつげ、眉毛、体毛全てが抜け落ちた。顔色も悪く自分を鏡で見るのがちょっときつくなった。

いつも看病してくれる。夫も私の姿をみてどう思っているのかな。。。と少し気になる時期だった。

こうして、長かった化学療法も遂に8週で無事に終わりを迎えることができた。もう吐き気に悩まされることもないと思うとかなり気が楽になった。

楽しい時期は2ヶ月なんてあっという間だが、治療となると1年間のような長さに感じる。

抜け落ちた髪も徐々に生えてきて、昔に戻れるのかな-と淡い期待を抱かせてくれた。

化学療法を無事に終えた私は最後治療放射線治療に入ることになる。

永遠に続くと思われた治療・・・遂に・・・

放射線治療は、全部で30回。毎日通院が必要で、一ヶ月半ほど平日は病院通いが必要になった。経済的負担も引き続き大きかったが、仕事の調整をして一緒に通院してくれた夫に負担をかけているという罪悪感も多くあった。

放射線治療にも副作用がある。軽い火傷のような症状だ。熱い、かゆい、痛い。放射線を当てている患部は赤黒くなってしまい、見るからに痛々しい感じだ。

ただ化学療法と違い体外的な副作用しかなかったので、辛さで言えば全然問題なかった。

手術をしてから半年が過ぎて、ようやく私の乳がん治療は全て終了した。

毎日毎日通った病院乳がん発見してもらった病院にそのままお世話になって本当に良かったと思う。

検査ときは無表情で怖かった先生も病に真剣に向き合って時には優しく、時にはハッキリと私が不安にならないように、また過剰な期待を抱かないように上手に説明をしてくれた。

この先生に出会えたことは私の幸運だったと思う。

お陰で私は現実と向き合い、治療目的を正確に理解しながら集中して治療を受けることができた。先生本当にありがとう

「これでがんは完治」

そう言えればどれだけ幸せだろうか。

がんとの戦いはここからが始まりといってもいいかもしれない。

一般的ながんは5年再発しなければ完治と呼ばれるが、乳がんは10年後20年後も再発の恐れがあるために、ほぼ一生に渡って再発の恐怖との戦いになる。

「一生がんに怯えて生きていく」

こんな人生を送ることはまっぴらごめんだ。

「がんをうまく扱って生きていく。」

家族献身的な支え。そして我慢我慢を重ねた闘病生活

そのなかで私の心は強くなっていた。がんを再発させないように生活改善していけばいいじゃないか。そうポジティブに捉えることができるようになっていた。

最初からこの心があればなぁと今では思うけど、

乳がんによって手に入れられたこともあるのかなと思うと、最悪なことばかりではないかと思った。

がんで失ったものを取り戻す旅

手術が終わって一年が経った。本当に激動の一年だった。

今の私の生活はどうなっているか

幸いといっていいかな。見た目以外は正直、乳がんが発覚する前とあまり変わらない状態だ。

リンパ節を取った左手は、日常生活にはなにも支障はない。

抗がん剤副作用だった爪の異常や関節の痛みも治まった。

ただ髪の毛はやはりなかなか生えてこずまだ5cmほどしかない。出かける時、来客のとき帽子を被るようにしている。

左胸がないことにはさすがにもう慣れてしまった。残念に思うのは大好きだった温泉に行きたくなくなっちゃったことかな。

胸のコンプレックスが薄くなった今なら親友言葉も笑った受け流すことができたのになーと思うと少し心が痛む。

変わった事と言えば、食生活生活習慣が改善したこと。

以前は特にお肉が大好きでカロリーは紀にしながらも好きなものを食べていたけれど、今は野菜を中心とした食事抗酸化作用の高い食品をメインにしている。

そのおかげもあってか、再発は今のところなく、検査結果も良好。適度な通院も生活リズムを整える意味で意外と気に入っている。

家族との結束は乳がんによって以前より固まった気がする。長女は14歳になったが私の身体を察してか、家事積極的に手伝ってくれるし、反抗期の気配もない。12歳になった長男もだいぶ私を労って自分のことを自分でやるようになった。時々一緒にお風呂に入るが胸のことには触れてこない。なかなか優しいやつだ。モテる男になるかも。

夫は病気の前から優しい人ではあったが以前に比べて、私を心の底からいたわってくれている。先週末、酔って帰ってきた時に話していたが、乳がん告知の際、私を失うかもしれないと思った時に本当の愛が溢れてきたそうだ。

先日からかったら、覚えていないと本人は言うが、どうだかは知らない。

親友との関係は残念ながらまだ修復には至っていない。先日スーパーで顔を合わせたが会釈程度で終わってしまった。今の精神状態なら素直に私から謝ることができる。彼女との関係修復は今の私の一番の課題だ。

こんな感じで意外と悪くない日常を過ごすことができている。

「私から全てを奪った乳がん

手術前後治療中は頭の中にはこの考えしかなかった。

でも、今こうして、振り返ると悪くないことも多いなと思うに至った。

あなたには絶対に「この後悔」はしてほしくない

どうしても後悔はある。それが今回私が体験談を語ろうと思った理由。いまでも本当に後悔していることは一つ。

乳がん発覚の2年前、最初に気になった時点で乳がん早期発見の機会を逃したこと。

もしここで、私の治療をしてくれた大学病院までたどり着くことができていたら・・・

早期発見というくくりの治療となり切除も再発のリスク存在しない状態治療が終わっていたと思う。

親友との離別も家族への過度な負担。これらも起こることはなかっただろう。

私の弱さゆえの判断ミス。これに尽きる。

10月1日ピンク色に染まった東京タワーを見た時にもっと深く乳がん自分ごととして考えられていればな-なんてことまで思ってしまう。

乳がん女性の12人に1人がなる病気と言われている。確率は高い。あなたもなる可能性が十分にある。正直発生自体を防ぐことは生活習慣などにもよるし、生活習慣を気をつけていても病気はいつ襲ってくるかわからない。

ニートから会社員になったら心が楽になった

ニートだった頃は社会に出たら今よりもっと苦しくなると思っていたのに。

形の見えないタイムリミットに追われる毎日よりも、形のある納期に追われる毎日の方がマシだ。

仕事疲弊する方が、自分自分を傷つけて疲弊するよりもマシだ。

何もしないで金が減っていく毎日よりも、少しは金が増えていく毎日の方がマシだ。

よく分からない恐怖から逃れるためにネットでよく分からん事書いたり調べたりしてた頃よりも、今のほうが趣味に使う時間があるような気がする。

なんてこった。

ブラック企業で働くのでもなければ、ニートとして暮らすほうが社会人より過酷だったのか。

なんでこの事に気づかなかったんだろう。

2017-06-06

http://anond.hatelabo.jp/20170606000316

確かにこれから日本社会ビジネス面でも優位性はないし、社会面では老人介護疲弊していくだけだしで急速にしぼんでいくから、外に出ていく手段は身につけないとやばいかもね。自動車業界特にやばいし、連なってる関連会社倒産し始めたらと思うと怖すぎる。

2017-06-04

6月4日

もう10年以上前になるのか。

2006年就職が決まった俺は、帰国することにすこし不安を覚えていた。

日本人他者に対して排他的だ。

身内と見られれば良くしてもらえるが、異物と見られればつつかれる。

本人たちは意識していないだろうが、日ごろから差別的対応をされたり

差別的対応をしないように注意を払いながら「ガイジン生活」をしていた俺には、

差別的だと感じてしまう。

仲間に入るためには、言い換えれば、信頼を得るためには、いろいろな規制を受ける。

郷に入っては郷に従え。なるほど、結構なことだ。

では、郷が保障する自由とはどのようなものか。

結果的には自由はなかった。

帰国してから生活は、俺にとっては罪悪感のあるものだった。

うまくアダプトするまでに時間がかかったことや、”ご迷惑をお掛け”したことは

個人的対応能力の無さなので何も言えないが、

個性的な「よその人」たちを傷つけるような敬意の無い対応をせざるを得ない

郷の掟に関しては、再考を進言したい。

俺が帰国してきてから見て経験した日本生活は、

言動だけではなく思考にも規制をかけるような自由しか保障されてない。

丁寧だ勤勉だと郷のすばらしさを誇るのは、逆に言えば

それがない人を排除することにつながっている。

それぞれの個性尊重され、社会内包されることこそ、

自由であり、福利である

ある国では、自由を求めることが政治的闘争となり、悲劇的な結末となった。

国を追われた人たちは自由を求めて西側諸国亡命した。

それから20年後自由を求めた彼らは「08憲章」を発表した。

帰国して疲弊していた俺は感銘を受け、「郷」の中で生き残るための勇気をもらった。

自由とは戦って勝ち取るものだ。

ただし、身を削るような戦いであってはならない。

誌士幽人莫怨嗟、古来材大難為用。

6月4日自由を祈念する日に書いた、現在個人的自由考の備忘録

2017-06-03

コミュニケーションつかれる

アポイント取りと、旅行準備の役割分担と、頼まれごとのお断りと、調べごとのお願いを3時間ほどかけて同時並行でこなした。

小さい頃から人を遊びに誘うことも苦手だった人間には負荷が大きかったみたい。

面倒なことに巻き込まれたと思われてるんじゃないかとか、使えないやつだと思われてるんじゃないかとか、自分勝手なやつだと思われてるんじゃないかとか。

脳と精神疲弊しきってさっきから膝が震えてる。

こんなんじゃ今後の人生やっていけないから、疲弊しながらもなんとかこなしたけど、辛い。

2017-06-01

産休育休の穴埋めは誰がすべきなのか

産休育休の人が出ても補充がない。

4人チームのうち1人産休で1人時短。

しか業務量(目標値)は変わらないどころか増える。

効率化でカバーできるのは微々たるもので、4人中1.5人分戦力が落ちてる現状からするとカバーしきれない。

人事も産休育休の人員補充はしないスタンスだし、経営者サイドも産休育休で人が少なくなっていても営業目標値は変えないスタンス

せめてどっちかは緩めてくれないと現場疲弊してしんでしまう。

これでマタハラすんなとか言われても無理がある、妊娠さえしなければ、流産さえしてくれれば、その人たちは仕事量も増えず残業もせずさっさと帰ってプライベートを楽しめるのだから

自分立場は4人チームのうち時短でも産休中でもないフルタイム正社員のうち1人で、仕事が増えてる人間だが、流石に限界なので仕事が終わっていなくてももう帰るようにしている。

他人妊娠なんてどうでもいい、私はプライベートで遊びたいんだよ。

その分もう一人のフルタイム正社員仕事量がやばいことになっていて、時短の人をイビったりしているのを横目で見ている。

私も悪いんだろうけど、他人プライベートのために自分プライベート犠牲にする義理はないわ。

これ以上頑張ったらそれこそマタハラしてしまう。

頑張っている人ほど、負担をかけられている人ほど、マタハラしてしまうんだろうなと真面目なもう一人の人を見ていると思う。

2017-05-30

今日自覚したんだけど、思ってたより疲労が溜まってる。

メンタル的に疲弊してたと思ってたけど肉体的に疲労が溜まってたのかなと自覚した。

ウォーキングとかして体使わんと血流滞ってゾンビになっていくんだなと想像した。

2017-05-29

筋肉は鍛えると強くなるけど、臓器は鍛えると疲弊するだけらしい。

脳はどっちなんだろう

2017-05-27

http://anond.hatelabo.jp/20170526223943

こういうのを見るたび、うちの会社に来たらいいのになあと思う。

やりたいことなんか、ないのが普通じゃないの?

自分結果的に跡取りの立場に収まってるけど、大学ときは跡継ぎたいとも思わなかったし、かといってほかにやりたいこともなく、

それこそ学歴のおかげで、ろくに就活もせずになんとなく全然関係のない会社就職できた。

その会社では、勉強になったこともあれば辛かったこともあったけど、そういうことって、やりたいこととかあってもなくても関係なかったし。

就活疲弊する学生がいる一方で、うちみたいな田舎の零細下請にはさっぱり人が来ない。

自分がろくな就活してこなかったせいか採用する側になってもどうやったら応募が来るのかもわからん

意識低い系の就活マッチングサイトみたいなもの、ないもんかね?

2017-05-26

英単語は暗記してはいけない

さて、今回は私の英語学習法の核心、「英単語の暗記をしない」ということについて語ってみたい。

英単語を覚えた」とはどういう状態

http://anond.hatelabo.jp/20170524213622

ここで前回リスニングについて語った内容には、凄まじい反響があった。私は1500というブクマ数にoverwhelmされてしまった。

いきなり何を言ってるのか、と思われるだろうが、私の感覚の中では、1500ブクマという気分を一番表せるのは、日本語の「圧倒された」ではなく、英語の"overwhelm"だ。

この単語はただ「圧倒された」だけでなく、「圧倒的な力に晒されて、疲弊してしまった」という感覚がある。もしこれが増田でなく普通ブログだったら、プレッシャーで何も書けなくなっていたかもしれない。

他にも、前回の「英語をあるがままに受け入れなければならない」という結論の部分は、最初は「英語をあるがままにembraceしなければならない」と書いてあったのだが、伝わらなさそうなので書き直した。embraceは「抱擁するように受け入れる」というような感覚だが、日本語で書くと何のことやらわからない。

英単語を覚えるということは、こういった単語に伴う感覚を一つ一つ身につけていくことだ。そうすれば英単語自分のものなり、ライティングスピーキングでも自然単語が湧いてきて、自由に使うことができるようになる。

英単語それぞれに固有であるこの感覚をどう身につけるのか、というのがここで語りたい話題である

日本語訳語を覚えるのは有効

英語学習世界で良く出て来るスローガンに「英語英語のままに理解しなさい」「日本語に訳して理解してはいけません」というのがある。

しかし「英語英語のままで理解しろ」と言われても、初心者には何のことか分からず、何か魔術的な、自分には絶対にできない思考法によってしか英語理解できないのではないか、という気にさせられてしまう。私も高校生の頃に、このスローガンを聞いて、そんな絶望感に襲われたことがある。

日本語しかできない日本人にとって、言語思考する際に使える唯一のツール日本語だ。英単語意味を知りたいなら、日本語訳語なり、日本語で書かれた説明によって理解するしかない。

日本語訳語を当てはめ、文法ルールに従って語順を並び替えて、並び替えた日本語から文意をつかむ。ノンネイティブである学習者はそこからスタートするしかない。そして大学受験レベルになっても、難関校を受験するのでなければ、その方法論で通用するだろう。

そのレベル英語力が欲しいならば、訳語を覚えることは有効だ。

ただ、「英単語を覚えるぞ!」と単語帳を開き、そこに記された訳語や例文を見たり、書いたり、発音したりしてみても、それで記憶できるのは記憶力がいい人だけで、普通は無理だ。

そしてそのレベルの、日本語訳語並べ替えるような英語力では、現実世界にあるほとんどの英文は読めず、あまり役に立たない。日本語英語はあまりにも違いすぎるので、逐語訳、直訳はほとんど通用せず、日本語訳語をそのまま適用しても英文理解することは出来ない。

なので、受験関係ない大人にとって、日本語訳語による英語理解は、目指すべき目標にはなりえない。

英英辞典を引くのは有効

「『英語英語のままに理解しなさい』か。ならば英英辞典を使って英語意味を覚えよう!」と考えるのは自然な発想だ。しかし、これもうまくいかない。

日本語を介して英語理解する段階を超えるには、英単語の持つ固有の感覚を覚える必要がある。

英単語から日本語訳語が想起されるようではいけない。それと同様に、英英辞典に書いてある語の定義が想起されるのも、その隣に書いてある同意語が想起されるのもアウトだ。そういった余計なものが出て来るようでは、リスニングはできるはずもないし、リーディングにも苦労を伴うことになる。

日本人にとっては、日本語単語が持っている感覚を想起するのは容易い。一方、英語から感覚を想起するのは難しい。英単語感覚を結びつけるという意味では、日本語訳語を介したほうが早い。

しかし、日本語訳語英単語では、意味に違いがある。日本語訳語を介して英単語理解しても、不正確な理解しかならない。しかしそれは、英英辞典に書いてある定義にしても、同意語にしても同じことだ。同意語といっても、単語が違う以上はニュアンスの違いがあり、辞典の短い説明でそれを完全に言い表すことは出来ない。

なので、単語を覚えるために英英辞典を使うべきではない。(*1)

英単語の本当の意味

英和辞典英英辞典では、英単語が持っている本当の感覚を掴むことはできない。

英単語の本当の意味は、その単語が実際に使われたシチュエーションの中にあり、その中にしかない。その単語を発した人の感情であったり、伝えたいメッセージがその単語の中に込められる。それを感じ取ることが出来れば、その単語の本当に意味するところが伝わってくる。

もちろん人によって、単語に込める意味には多少の違いがあるし、一度や二度その単語出会っただけで、その感覚を本当に自分のものに出来るかはわからない。その単語に何度も出会い修正を重ねながら、感覚を確かなものにしていく必要がある。

いずれにしても、実際にその単語が使われている生の英語を、深く理解し、言葉を発した人物気持ちシチュエーションをしっかりと読み取ることで、そこに出てきた単語の本当の意味を掴むことが出来る。辞書定義や、ぶつ切りにされた例文からでは分からない。

小説映画を介して英単語を学ぶ意味

小説映画シチュエーションを深く感じ取って理解し、記憶の中に蓄積していくことで、そこで出てきた英単語イディオムといった英語表現意味を、実感を伴って理解することが出来る。やがてその英語表現自分身体の中に染み込んで、感覚的に使いこなすことができるようになる。

http://anond.hatelabo.jp/20170522214348

私が以前ここに書いた学習法では、「辞書を引きながら小説を読む、映画英語字幕を一時停止しながら解釈する」といった事が勧められている。それは小説映画が、人物の心情があり、シチュエーションがある生の英語の塊だからだ。そして「自分が楽しめるものを見る」ことを勧めているのは、そうでないと登場人物の心情に寄り添ったり、シチュエーションハラハラすることが難しくなり、英語感覚的に深く読み取ることができないために、著しく学習効果が落ちてしまうからだ。

ここで使う辞書はもちろん英和で構わない。ただし辞書記述はヒント程度にとどめ、単語の本当の意味作品の中から感じ取ることが重要だ。辞書から単語感覚理解することは出来ず、実際に使用されたシチュエーションを蓄積することでしか単語自分のものとすることは出来ない。

英語英語のまま理解する

単語イディオム等、全ての英語表現は、小説映画実体験などから記憶の中にその表現使用されたシチュエーションが蓄積されることで、その表現に固有の感覚が醸成されていく。

そのシチュエーションが印象深いほどに、感覚はより明確になり、記憶への定着率も上がる。そしてシチュエーションの数が増えるほどに、感覚はより正確に、記憶はより強固になっていく。

シチュエーション自体は時とともに忘れてしま場合が多い。しかしその表現に染み付いた感覚は、シチュエーションを忘れた後も残っている。

そして英語表現からその感覚が直接想起されるようになれば、日本語を介さず「英語英語のまま理解する」状態に至ることができる。その状態に至れば、その英語表現感覚的に理解し、適切な時に適切な形でアウトプットすることも出来るようになる。

作品を味わうために必要英語

そうはいっても、「私の英語力では小説映画もとても歯が立たない。それは語彙力が足りないからだ。まず単語を覚えなければ」と考える人は多い。

そして単語学習のあまりのつまらなさ、記憶の定着しなさに絶望して諦めてしまうというという人が後を絶たない。しかしそれは根本が間違っている。

辞書というものがある以上、英語解釈するのに語彙力は必須ではない。テスト問題を解くためには、辞書なしで英語を読み解く力が必要かも知れないが、小説映画を味わうために必須ものではない。

単語を調べるためにいちいち辞書を引いていたら、話が先に進まず、読書体験がぶつ切りになるので楽しめない」という考え方もあるだろう。しかし私は「辞書を引きながら頑張って読んだからこそ、心に深く残る読書体験になる」と考えている。

通常の母国語読書では、立ち止まり辞書を引き、文法構造を考え、熟考しながら読み解くというような作業はまず行わない。学習者が文章理解するために行うそれらの作業は、文章を深く読むことにも役立っている。

最初に読んだ一冊、私の場合は"There's a Boy in the Girls' Bathroom"という児童書だったが、当時の私には非常に難しく、何度も立ち止まり辞書を引き、検索し、英文法に立ち返り、悪戦苦闘した。ただ、これは本当に素晴らしい本で、読む価値があると思えたから頑張ることができた。登場人物の心情に寄り添い、シチュエーションハラハラしながら、苦しいながらも素晴らしい読書体験をすることが出来た。

一冊目を終えれば二冊目はずっと簡単に読めた。三冊、四冊と進むに連れて英語力がぐんぐんと増していき、読書から苦が減り喜びが増していった。やがて「ゲームの達人」のような大人向けにも手が出せるようになり、刑事ハリーボッシュシリーズにハマる頃には映画英語字幕で存分に楽しめるようになっていた。

そして今はKindleがある。単語を長押しすれば辞書が引ける、検索も直ぐに出来る、洋書はなんでも安くダウンロードでき、スマホに入れて持ち運べる。これは英語学習のために存在するような素晴らしいツールだ。

Kindleがあれば語彙力は読書障害にはなりえない。ただし、児童書レベルでも英文を読むためには、ある程度の文法力が必要だ。そのためには受験参考書活用してほしい。日本受験英語界には素晴らしい文法解説がたくさんある。

日本語訳使用してもよいのか

日本語を介してしまうと英語を深く感じ取れないため、基本的日本語訳は使うべきではないと考えている。

ただ、どうしても理解できない英文出会うことはある。いくら時間を費やしても理解できない、そういう時には、日本語訳を見る。日本語字幕であったり、訳書であったりだ。プロフェッショナルの訳からは、独習では得難いものが得られることも多い。

作品から単語を覚えるのは非効率ではないか

世の本屋には「基本単語1000」とか「TOEIC必須単語3000」といったような、頻出単語とその意味を並べた参考書が大量に並んでいる。

英文に登場する単語の90%は1000語に含まれる、だからこの基本語をまず暗記して、それから英文を読むのが効率的だ」などと言う人もいる。しかしこれはほとんどデタラメである

英文に登場する単語の大半が基本語なのは確かだ。しかし500ページそこそこの参考書に1000個も意味が書けるほど、基本語の内容は浅くない。私は今でも日常的に、基本語を辞書で引いている。そしてその単語のさまざまな使い方を見て、基本語の奥深さを噛み締めている。

英語は読むにしても、書くにしても、聞くにしても、話すにしても、基本語は身体の一部になるぐらいまで深く理解する必要がある。実際の英語の中で気が遠くなるほど何度も遭遇し、使用シチュエーションを蓄積し、自分でも使ってみる、そういった積み重ねの中でしか、その本当に意味するところは分からない。参考書レベルで基本語を分かった気になっても、少し派生的な意味で登場しただけで分からなくなるのがオチだろう。

そして英語の語彙の中で特に難しいのは、基本語の組み合わせによって発生する熟語イディオムであるイディオム意味単語意味するものから大きくかけ離れていることが多く、故にイディオムと呼ばれるわけだが、この知識参考書ではほとんど得られない。このように、90%とされる基本語の中にも、参考書に含まれていないものが大量にある。

「それでも、頻出単語基本的意味だけでも抑えておくのは重要ではないか小説などでランダムに出て来るのに任せたら、時間がどれだけかかるかわからない」そう思う人もいるだろう。

しかし、頻出語は頻出するから頻出語と言われる。基本単語1000ぐらいなら、小説を1冊読む頃には否応なく頭に染み付いているはずだ。それも単語参考書で得たものとは違って、単語から想起される感覚を伴った、生きた英単語として身についている。

TOEIC3000語も、何の本でも数冊読めばほぼ頭に入っているはずだ。3000語を感覚的に理解できるようになれば、その3000語で構成された文は、日本語を介さず感覚的に理解できるようになり、「英語英語のままで」理解できるようになる。そうなれば読書スムーズに進むようになり、インプットスピードが上がり、それが英語の上達を加速させる好循環に入ることができる。成長の実感は英語学習モチベーションを高め、それがさらに成長を加速させる。3000語を感覚理解できる頃には、英語学習にドハマリして抜け出せなくなっているはずだ。

高難度の単語

高難度の単語は出現頻度が低くなるので、そういった単語網羅的に学習するのは、小説映画ばかりを偏って見ているノンネイティブには難しいかもしれない。英語上達完全マップによると、多読などの自然方法に任せると二万五千~七千程度で語彙力は伸びなくなるという。

現在私の語彙は2万5千~7千と思われますが、多読などの自然ボキャビルにまかせると、この当たりで語彙の伸びは止まるようで、ここ10年くらい同じレベルにとどまっていますhttp://mutuno.o.oo7.jp/05_training/05_training06.html

それ以上の高難度の単語網羅的に学習したい場合は、単語参考書を使うのは有効だろう。高難度の単語なら基本語のように意味派生したりイディオムになったりということは少なく、参考書レベル理解でもなんとかなるかもしれない。

ただ、参考書による単語学習はやっても覚えられないので、私はやらない。無数にある見たことのない単語の予習に励むより、知らない単語が出てきても、話を追い続ける力を磨いたほうが現実的だと考えている。

自分がやるべき学習法とは

何の学習法でも言えることだが、自分が今やるべきでない学習法、自分に合ってない学習法は、やってみると身体本能的に拒否する。そういう学習法は、無理にやっても身が入らないのでやらないほうが良い(もちろん私の勧めている学習法も含めて)。

気持ちよくて、クタクタに疲れられる学習法と出会ったら、それをやるべきだ。疲れているということは脳が働いているということで、気持ち良ければずっと続けられる。

そのうちに慣れると疲れなくなってくる。トレーニングしても疲れていない場合、上達は見込めない。そうなったら学習法をアレンジし、負荷を上げて、気持ちよく疲れられるところまで調節する。誰かに教わった学習法でも、こうして自分の今のレベルに合った形にアレンジすることで、効果を高めることが出来る。

追記:

長くなりすぎてしまった。ここまで読んでくれてありがとう

 *1 しか英英辞典自体は、それを使いこなせる英語力が身についた後ならば、英語学習の強力な武器になる。
 私は普段オックスフォード英英辞典を使っている。グーグル使用言語英語にして単語ググると、一番上にオックスフォード記述が出てくるので、まずこれを見る(出てこない場合検索語にdefinitionを加える)。Kindle無料でついてくる英英辞典オックスフォードだ。
 オックスフォードでは、英単語をより難しい英単語説明している。その単語辞書で引くことで、際限なく難しい単語出会えるため、いくらでも語彙を増やすことが出来る。単語定義も難解で味わい深く、その文章に触れること自体英語力を向上させてくれる。

大人ADHDスクリーニングのための質問項目

わずか6問で、大人ADHD発見 米国研究グループが簡便な検出ツール作成

http://kenko100.jp/articles/170523004319/

1、④(頭に入ってこない、メモも出来ない。メールでお願いしたり、音声レコーダーを使う)

2、③(衝動貧乏揺すりという行為で押さえ込んでいる)

3、④(余暇をとると余計に疲れる、「寝る」という行為余暇らしくする)

4、④(社会人になって周りに注意され、以後つねるなど痛みで衝動を抑えている)

5、⑤(未だ治らないので、いろいろ模索して対策を重ねている)

6、⑤(判断に両親を識者として頼るため、これは依存といえる)

他人のことが解らない。空気読めない。聞き取れない。

顔と名前が一致できず、覚えられない。漢字イメージを書こうとしても出てこない。

子供の頃テストの成績だけ優秀だったが変態扱い、いじめ対象。でも心までも鈍感で痛くない。

しかし、それが他人を傷つけることに、大きな事になるまで、自分が異常と気づけなかった。

普通になりたくて、好きなことに集中することを、普通になることに集中するように暗示掛け。

学生から社会人へ、普通になること続け、疲れ果て、うつ症状やパニック障害社会不安まで併発。

抗うつ剤を飲んでからうつ症状以外に今まで困難だったことまでもが改善されつつある。

周囲から精神が壊れた人扱いだけれど、自分は求めていた何かを得られつつある。

はいえ、疲弊しているし、薬がないと何も出来ないので、先が見えない。

2017-05-24

上司仕事上の問題を打ち明けたらボコボコにされた

仕事の俺タスクスケジュールが遅延してる。

先輩に遅延の報告をして「じゃあ、何日までならできる?」って聞かれて、伸ばして貰った。

それもまた遅延した。初めてやることで正確な見積もりができない。

なんとかタスクを先に進めようとしてるんだけど、俺のアウトプットへの先輩の指摘が細かくてなかなか進まない。

でも、細かい指示があるかと思えば、曖昧模糊で答えがなく、OKかどうかは先輩のさじ加減みたいなところもあったりで困る。

指示出してる本人も答え持ってないんじゃない? みたいな。

まあ、元々は俺の能力が低いし、作業スピードが遅いのが原因なんだけどさあ。

もっと能力あればその曖昧な指示も拾えるし、曖昧から具体的な何かを引き出すこともできるだろう。

そこで困っている所を少し匂わせたら別現場上司が俺にヒアリングをしにきてくれた。

俺が主因で起きている問題なわけだから、なかなか話しづらかった。でも、今の状況をざっくり話したら

「いや、それ君の勉強不足でしょ」

一刀両断。(もうちょっとブラードには包まれていたか。。)

「いやあ、まあそうですよね〜、そういう回答帰ってきますよね〜、確かにそうですからね〜」

って感じ。

ただなんつーか、なんつーか。。。

もうちょっと手心というものがあっても。。

みたいな。言わなきゃよかった〜〜〜。評価下がったよなあ。。。。。。

毎日終電精神疲弊し、もう正常な思考存在しない。

自分能力の低さも嫌だし、この文章を読んで分かるだろうけどつい人のせいにしてしまう糞みたいな自分もやだ。

明日も遅延したスケジュールの報告に行く。怖いよ。寝たくないよ。

早く首にしてほしいんだけど。辞める勇気いから。

2017-05-23

恋人必要ないと言われた。

まずかなり反社会的関係から始まったことを書いておきたい。そしてそこら辺は書かない事をご了解頂きたい。

俺は独身

いわゆる不倫から始まった彼女(仮にAとする)との関係10年位経った頃、通っていたあるサロン的な文学講座に同じく通っていた別の既婚女性(Bとする)に惚れたと告白された。数度は好きな人は他にいるから、と断ったのだが休日に遊びましょう、とかなんやかんやあってついBとキスしてしまい、そこからズルズル付き合うというか適当距離をもって付き合うことになった。俺には好きな人がいるのでやっぱりよそう、望まれても身体関係しか持てないぞと、半ば脅しのようなことも言ったのだが、それで構わないと言われてどうしようもなく、これも数回あった。ところがBは嫉妬深かったようで、同じ講座に在籍していたAが俺の恋人である事をついに突き止め、俺とAを呼び出して弾劾したのだった。その場は「俺には恋人がいる事は納得済みであり、それを了解していたわけだから、Bにも責任のあることだ」で収めたのだが、この経緯にAはまったく面白くないようで(当たり前の話ではあるが)別れようと言ってきた。それだけは勘弁してくれと平身低頭してこちらも収めたのだが、徐々に距離を置いていかれるように感じてきた。

もう嫌われてしまったのだろうかと思い詰め、それを聞いたところ好き嫌いではない、必要でないだけだ、と言われた。

好き嫌いなら理解できるが、必要でないというのは理解できない、と数回聞いたが答えは同じだった。

好きだから必要、嫌いだけれど必要、ならば理解できる。好きだけれど不必要、という事はあり得るのだろうか。嫌いだから必要、ならば十全に理解できるのだが。理解できるだけで納得はしないが。

取り敢えずこの件は現在進行形で、疲弊するのはもう止めたいなあ。と思っている。

http://anond.hatelabo.jp/20170522230500

余った皮を切るだけの簡単な手術と思いきや、三日後にはまた同じかそれ以上に皮が余ってくる。切っても切っても先の見えないあまりの皮の回復力に、次第にBJ患者疲弊し、皮はなおも積みさなっていくーーー

「のびる!!」

2017-05-21

次元狭間

今でもたまに思い出しては腸が煮え繰り返る思いがするので、

吐き出すために以下書き留めておく。

もう2年ほど前の話だが、

一言でいうと僕らは渋谷とある箱に酷いぼったくり方をされた。

道玄坂の上のとある箱だ。

イベント前日

僕は当時そのイベント主催者ではなく

呼ばれたアーティストなのだが、

主催者と仲が良かったのと、初めて行く箱だったのもあり打ち合わせに同行していた。

普通イベント前日ともなればある程度メールなりなんなりで主催と箱の店長くらいの間では連絡をしているはずだが、

から聞いた感じ連絡するのも初めてといった状況だった。

この時点で危ないな、と思うべきだったのかもしれない。

イベント当日

イベントのリハで早めに入ったあたりから

他の箱ではないような話をチラチラ聞くようになった。

証言1)

店員から指定されたキャッシャーの位置でお釣りの準備をしていたら、店長が無理やり通路を押し入ってきてドアに挟まれた。

一言、そこはドアの邪魔になるからやめてとか言えば良かったんじゃないの?

証言2)

DJブースで機材を広げるため、横の空いてそうなスペースに一時的に置いたらものすごい剣幕でそこはつかうから置くな、と怒鳴られた。

機材を移動するまで異常なまでに睨まれ続けた。

証言3)

イベント中、店長が「今日ドリンクが穿けないからこのままだと箱代を別途もらうかも」といったニュアンスのことを主催に告げた。

もともと今回のイベントは箱代無料という話で主催オーナー(店長ではない)と話がついていたはずなのに。

証言3あたりからだんだん怪しい流れになってきた。

イベント中にドリンク購入を促すアナウンスをする主催

自身このイベントは何度も出演しているが初めてのことだった。

イベント

ここからが本当の地獄というやつだった。

店長が箱代の追加徴収をしたいと申し出てきた。

店長の言い分としては



というものであった。

確かに、イベント中出演していたアーティストCDを売るブースを設けていたのだ。

事前の打ち合わせで物販の話を何もしていなかった点は主催側に落ち度があったかもしれない。

しかし、主催側はドリンク代をどの程度保証する、なんて話は一切していなかったはずだ。

その後店長主催で話し合うも、話は平行線

主催がもともと詳細を連絡していたオーナーとも連絡がつかず。

痺れを切らして店長がこう言った。

「物販の売り上げの3割で手を打ちませんか?」

主催や僕らも早くこの場を立ち去りたかったので、

その話を呑んだ。

店長が売り上げの3割にあたる領収書を書き、

主催名前の記入を促した。

そして、物販の売り上げが3割戻ってきた。


…あれ、主催に7割売り上げが戻ってくるんじゃないの?

よくよく主催領収書見直してみると、

名前を書いた欄は、僕らがよく見る領収書で言うなら、"上様"とか書く方ではなくて、飲食店名が書かれている方。

僕らが領収した領収書になっていたのだ。

これは本当にしてやられたと思った。

しかし、主催もこの時点でかなり疲弊していて

そのままここを立ち去ることとなった。

最近聞いた話だが、

この店長はその後も色々トラブルを起こしたらしく、

今は別な店長になっているらしい。

僕はあの日から

この店長名刺をこっそり忍ばせて

都内イベントに出演したり遊びに行ったりするようにしている。

また嫌な思いをしないために。

2017-05-20

労働人口が減り続ければ待遇も良くなっていく

これ言い続けてもう何年経ったんだろう?

一部の上級公務員や超優良大企業様は給料もアップしてブラック率も減っていってるのかもしれないけどさあ

いつまでもこんなうわ言垂れ流し続けて疲弊して気付けば取り返しのつかない年齢で心も体もボロボロですよ

そもそも戦前戦後も人を酷使し続けてきた国がこの先変わることなんてありえるの?

もう二度と看護師はしない。二度と正社員で働きたくない。

退職するまで希望有給なんか使わせてくれたことなかった。3月いっぱいで退職させてほしいっていっても、「新人指導で人手がたらない」とか意味不明理由退職させてくれなかった。

新人も夏くらいにはある程度一人立ちするだろうから、それを目途に師長に退職希望の話をしたら、

「でも有給は使わせられないから。」だって

は?

なに言ってんのこいつ。なんなの。

使わせられないと思うってなにお前。

お前に有給どうこうする権利あんのか。

有給って法律でどんな制度になってるか、しってんのか。

6月なら退職できるかも、ってボーナス直前かい

わざとか。

部長ダメっていうと思うから」って、

看護部長神様か。あほか。



希望休みもロクにとれない環境で、

じゃあい就職活動するんだよ。

退職前くらい有給使わせろや。

退職金もロクにないくせに。

これまでも有給まりすぎて消えていったのに。返せ。労基チクってやろうか。


ほんで師長はしっかり連休とりまくり。えー、引くわー。

病院ほど福利厚生クソな環境ないんんじゃないだろうかって思うくらい労働環境地獄すぎる。


看護師不足とか医者不足とかいうけど、

こんなクソみたいな労働環境で誰が働き続けたいと思うの?バカじゃないの?



看護師不足で看護師やす対策とかしてるけど意味ないよね。

潜在看護師60万人くらいいるのに。

なんでみんなが臨床を続けられないのかってしっかりアセスメントしろよ。


賞与も減らして、何あほみたいに金かけて求人ばっかだしてんの?

人材大事にしないから人が定着しないだけだろお前ら幹部あほ

離職率数字にしてみてみろ。匿名労働環境アンケートとってみろ。改善点がクソほど出るわ。

改善したら離職率絶対下がるわ。

職員の声を聞けない職場は全部つぶれればいいのに。


看護師責任は重いからね、

医療裁判なっても知らないからね、

でも休みあげないからね、

サービス残業してね、

賞与さげるからね、

って、死ねって言われてるに等しい。ほんとにあちこち体も悪くなった。

看護師無理。続けれないわ。


一般企業ならあり得ないブラックさが当たり前すぎて怖い医療系。

白衣の天使とか都市伝説レベル白衣の鬼が正しい。

あほみたいなサービス残業も、

有給希望休みもとらせてくれない労働環境クソ。

人に厳しくて自分に優しい上司クソ。

サービス残業だらけの職場クソ。

給料もでない、休みだけ奪われる看護研究だとか地域ボランティアかいイベントもクソ。


二度と看護師なんかしない。

絶対しない。


どうせわたし世代年金もたいしてもらえない。

正社員っていっても病院ってブラックが多いし、退職金たいしてないとこもザラ。

疲弊して頑張るほうが無駄


もういつでも辞めれる休みやすバイト適当に生きていく。

もう看護師はやめよう。正社員で働くのはよそう。

2017-05-19

どの会社に行っても技術負債を解消してる気がする

解消して疲弊して死にそうになって辞める

その繰り返し

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