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2020-05-22

anond:20200521175300

仕事プログラムを書くけれど、プログラミング生業としているかというとちょっと抵抗があるな

結局、ご縁があったとしか言いようがないな。自分で選んできたというよりも神の手に導かれたというほうがしっくりくる。

物心ついたときには家にパソコンがあった。

計算なんて人間がすることじゃないというのがそのころの主張だったので、プログラム宿題やらせることを思いつき、計算はそちらでやるようにする。

プログラムばっかり書いてないで勉強しろと言われ、勉強する。

大学に入ったら、ほかの科目がからきしダメで、唯一使い物になったから、でもしか情報系の学科に進む。

一時期数学系に行こうかとした瞬間もあったけれど、人気研究室にお試しで面接を受けに言ったら合格と言われ、流されるままに情報系の研究室へ。

ただプログラムを漫然と書くのが嫌なんだと主張すると、指導教官から研究の為にプログラムを書いていると宥められ、学位を取って就職

当時の職場パワハラされていたとき友達に誘われ、転職し今に至る。

2020-05-17

自分性格の弱さを克服したい

私は物心ついた時からクズだったように思う。

小学生のころは習い事サボる方法ばかり考えていた。このころから学校に馴染めず私は欠席がちで、中学生になると体育の長距離走がつらく風邪をひいたことにし何度も休んだ。親のお金で通った塾も頻繁にサボった。

高校受験勉強うんざりし、入るのが簡単私立高校入学することを決めた。(結果的にその高校生活は充実し大切な思い出になったのだが)

大学受験も、好きな教科の勉強はよく頑張った気がするが、嫌いな教科からはとことん逃げた。

こんなふうに、嫌な何かから逃げたりズルをしたエピソードを山ほどもっている。

私はクズだ。昔からズルくてかっこわるい出来ない奴だった。一方で、厄介なことに自己愛プライドだけは人一倍高く…そんな自分がめちゃくちゃ嫌いで最近また悩んでいる。

自己愛プライドが高いといえる私の性質をいくつか並べてみよう。

私に非があるのに少し叱られただけでかなり凹む。叱られたことは、環境が変わるまで(その人と関係が切れるまで)何度も何度も思い出してしまう。

他人からよく思われようと振る舞う。人の顔色を伺う。嘘をつくこともある。

ありのまま自分に自信がない。

怒られる、呆れられる、恥をかくのが怖くて、ひとに対して不誠実でズルい対応をしてしまう。

私が他人を傷つけたことは何度もあるはずなのにさっぱり覚えていない。代わりに傷つけられた意識けが強く残っている。

恥ずかしい自分の姿を指摘されるのがちょっと不快

自分、マジ最低である。書きながら自己嫌悪が止まらない。

こんな性質もつ私は、今までどうにか生き残れたものの、社会通用しないのは目に見えていた。

犯罪おかした訳じゃないんだし別にいいじゃんって開き直るのも一つの手だけど、周りの目を気にする自分には出来ない。

から克服するしかない。正直に生きたい。

実はこんな自分でも、最近まで「私は優しい人間である」と自惚れていた。

コンビニレジ係の人に必ずありがとうございますと言う。他人に過剰に親切にする。社会犯罪者を批判することはなく、彼らなりの事情があったのだろうと慮る。

馬鹿みたいでしょ。それは優しさじゃなくて、自己保身とただの無関心だっつーの。中身のない自分を「優しさ」で武装していた。

ほとんどの人間意識せずして正直に生きているのだと思うけど、それってすごいよ。嘘をついている自覚がないだけなら、せめてすこしは気持ちが救われるのに。

いつか本当に痛い目に遭う前に、誰かに迷惑をかける前に、治さなくてはいけない。

相談先は心療内科でいいのだろうか。こんな人生相談をするために、心療内科なんて行って迷惑にならないかな。

生きるのってちょっと大変だ

2020-05-10

都会人と自然

都会に住む人々はどうやって自然環境と触れ合うのだろうか?

田舎まれの私は少なくとも物心つく前から山に登ったり、海で泳いだりしていた記憶があるし、実家には山があっていつでもそこで遊ぶことができた。

幼き頃の私にとっての自然五感を最大限に刺激する一種アトラクションみたいなもので、視覚だけでなく聴覚嗅覚にも大いなる刺激を与えてくれたものだった。

それでいてどこか安心感を与えてくれるのだ。

今でも自然の中にいると実家に帰ってきたかのような安心感を覚える。

そんな私にとって自然を忌み嫌う都会人が一定数いることはかなり不思議なことに思えるのだ。

ああ、あの山が恋しい。これが「ゆかし」というものか…

2020-05-07

男性役割から降りても救いはない

山形さんの記事とかバンクシー記事についたコメントとかを見ていても、要するに思想上の左右を問わず「俺はお前より頭いいぞ」「俺はお前より上だぞ」とマウントとりたいだけの人がたくさんいるということがよくわかる。そういうの見てるととても疲れる。だから自分はそういう男性社会から降りて障害者になった。障害者になって8年目だ。現在年収100万程度で将来もどうなるかわからないけどとりあえず生きている。簡単事務仕事をして、食べて寝て、ネットをしてゲームをして本を読んで、毎日薬を飲んでたまにカウンセリングに行く、そういう当たり前の生活

男というのは物心ついたときから男性社会競争さらされる。出会った男たちは、最初に顔を見合わせた瞬間に私を値踏みして、「俺の方が上だ」という態度を出してくる。そんな人たちがほんとにたくさんいた。「増田くんって変な顔だよねw」という。そんなことが幼稚園の年長から高校1年くらいまで断続的に続いた。

幼稚園の年長で東京引っ越してきたとき、すぐに自分はいじめられ始めた。なんでだかはよくわからないが、群れた男たちが執拗攻撃してくる。自分はいつも女の子たちに助けてもらっていた。それは今でも変わらない。ということもあってか、今の職場女性ばかり。そういう職場を選んだ。男はめんどくさい。男は私を見るとまず最初に「俺の方が上だ」とアピールしてくる。こっちはそんなことまったく興味ないのに。障害者になってさすがにそういう面倒な場面はあまりなくなってはきたけど。とにかく競争から降りるに限る。ただ、そこに救いがないということは言っておきたい。

ジェンダー関係意識の高い人たちは男性役割から降りていいんだよと無責任にいう。降りた私は障害者になった。障害者雇用で働いている。年収100万だ。男性役割から降りると年収100万になってしまう。別に障害者になれとは言ってないというだろうけど、男性社会でやっつけられてしまった私みたいな男というのはトラウマを負っている。障害者手帳を取るかどうかは別の問題だが、障害者相当のコミュニケーション能力の人は多いだろう。

私が障害者になってしまったせいで妹の結婚もだいぶ遅れてしまった。幸い、理解のある人と出会えて結婚できたので良かったけれど。でもそれもたまたま運が良かったからだ。妹は私の存在友達にも話せないと泣いていた。女社会でもやはりマウントの取り合いというのはあるのかもしれないとふと思った。

とにかく私が男性役割を降りて障害者になったことで良くなったことは何もない。収入が増える見込みはないし。世の女性たちが求めているのは強い男性だ。男性社会で勝てる男が求められている。そういう現実がある中でジェンダー関係意識高い人たちが男性役割から降りてもいいのよと無責任にいったところで誰も聞きやしないだろう。そういう無責任なことをいうひとたちは年収100万の障害者として生きていくということがどういうことだかおそらく何もわかってはいない。つまり、彼らは実質的存在しない選択肢をあたかもそれが選ばれるべき一つの有効選択肢として存在するかのように偽装している。これはとても不誠実な議論だ。

年収100万の障害者でもいいじゃない! それが多様性よ!」という返事はありうる。でもそれを世帯年収1000万以上の既婚者がいうのは何かおかしい気がする。自分にはそういう感覚がある。売れてる作家テレビ局アナウンサータレントジャーナリストなどが貧困問題を語っているのも何か滑稽に見える。彼らは何も知らないだろう。年収100万の障害者として生きることが机上の空論によって肯定されてしまっても困る。「きみたちは永遠にそこに甘んじていれば良い」といわれているようにしか聞こえない。彼らは言論ゲームに勝ちたいだけで弱者の声になんか興味がないんじゃないか。あるいは弱者の味方として自分イメージを作って金儲けに利用したいか

男性役割から降りるということはジリ貧人生になるということだ。それは人によっては死んでるのと同じだと思うかもしれない。絶望して自殺する人もいる。そういう状況をジェンダー関係意識高い人たちは簡単肯定してみせる。「それでもいいじゃない! それも人生の形よ! 多様性よ!」本当にそうなのだろうか?

2020-04-25

父に「煙草やめない?」ともう言う必要がなくなった

物心ついた頃から常に言い続けてきた気がする。自分も一時期吸っていたので禁煙の辛さは知っていた。

安くないニコレットを買ったり厳しく言ったり優しく言ったりしていつかきっとやめてくれると思っていた。

そんな父が肺がんを宣告されてあっさり煙草を辞めてしまった。案外そんなもんかもしれないと思う。

から「もういいから優しくしてあげて」と言われたので何も言わない。でもなんとなく言いたい。

「どうすれば煙草を辞めてくれたんですか」って。

んで

「辞める気がなかった」

って言ってほしい。いや、言ってほしくない。

2020-04-15

anond:20200415122141

物心つく前くらいの幼児にとっては普通なんだな

たぶん世界的にそう

2020-04-12

政治失望し続けたミレニアルとして

物心ついた頃から国会では揚げ足取りやっていた印象で、小渕さんから総理大臣はころころ変わり、うっかり小泉さんに期待してしまったり、国民がそりゃ今回は民主党に入れるでしょみたいなノリで流されてしまったり、3.11メルトダウンしたり(未だに夢だったと信じたい)、オバマさんが羨ましかったり、日本の政治に期待しちゃいけないとこれでもかとゴシゴシ擦り込まれて生きてきた32歳(童貞)。

政治には期待できないかリーマンショックから脱して日本が元気になるには会社で頑張ろうと思ってやってきたけど、やっぱりそれも僕個人として間違いだったのかねえ。

アメリカは状況として酷いけど、それでも柔軟で対応策が毎日ニュースで届く(あのトランプトップでも!)、韓国は初めはPCR検査を大量にやって感染者数の統計が爆発的に増えたけど、今は本当に落ち着いているし、検査をしている国だから数字が信用できる。行動履歴の追跡もあっという間に実現していてその対応の早さに驚く。

関係ないけどサムスンとかLGのアグレッシブさが改めて裏付けされて、日本会社社内政治で話が進まず、いつも他社が先に出してからようやく上からお許しが出て商品が出せるのと一緒かもしれない。開拓しないとゆっくり会社として死ぬのにあと数年逃げ切りたいマネジメントは短年での失敗を逃げ切ることで頭が一杯で粗探ししかしないんだよね)

国民性として多数決すると日本右往左往し続けて何も決められないのかなあ。それはやはり戦争軍部暴走憲法深い反省として刻み込まれている呪いみたいなものなのかなあ。

からって改憲したいって訳じゃなくてまたこから戦時様相を呈してくるのであれば他国主権暴走し始めるような気もして、何が正解かはわからないだけど

2020-04-07

婚活モチベって何?

マジでからない

人を好きになったことはある、結構ある、っていうか彼女いるか恋愛感情がわからないってことではない

しろ恋愛感情以外で結婚を求める気持ちが分からない

俺にとって恋愛結婚ってものは「好きな人がいる→その人と付き合いたい」の順番で起こるもので、「誰かと付き合いたい→好きになれる人を探す」って順番のものではない

俺は惚れっぽいからわりと物心ついてからレベル身の回りにだれかしら好きな人がいたけど、正直無駄精神をすり減らすばかりだし誰も好きじゃない状態になりたいと常に思ってた

出会いがない」ことを嘆いて、結婚目的として異性を探すという行為が本当に理解できない 他人と暮らすのなんて基本的にめんどくさいだけだし、一人の自由度って本当にすごいじゃん 絶対一人暮らしのほうが楽しいじゃん

そういう理屈破壊してくる恋愛感情というものに引っ張られてひとは付き合ったり結婚したりするんじゃないのか?

自分から追い求めてまでやりたいほど恋愛とか結婚がいいものだとは思えない

世間的にも未婚が市民権を得てきてる感じあるし…

2020-04-03

乳幼児って大事か?

親が命をかけて乳児を守って感動!みたいな展開映画とかで良くあるじゃん

乳幼児って価値低くない?大人の方が再生産に時間かかるやろ

1歳児とかほぼ人格ないし、2年足らずでまた作れるじゃん 別にセッティングすげえ凝って作るわけでもないランダム生成みたいなもんだしさ

先がないし知恵も肉体労働力もない老人とかよりはさすがに価値あるけど、基本的には相当どうでもいい存在だろ

また産んだらええ、その通りですよ 

まあすげえ才能を秘めてる可能性もあるけど、それを言うなら見殺しにしてその分また産んだ子供がすげえ才能を秘めてる可能だってあるわけだし 

物心つく前のガキを大切にする風潮がいまいち理解できない 雑に扱って死にまくると良くないだろうけど、大人より大切ってことはないよなあ

2020-03-31

志村けんが亡くなっても、正直 特に思うことが無い。

ドリフ志村けんの笑いで育つことができたギリギリ世代(現在20代)で、ドリフが好きだったし志村けんも好きだった。自伝本も買って読んでいた。

しかし亡くなったのを知った時「ふぅん…」程度にしか思えなかった。

残念であると言える事実ではあるけれど、特に悲しいとも悔しいとも思わなかった。

Cドライブクラッシュした時の方が、まだ悔しいし焦燥感が強い。

志村けんに限らず、自分自分が好きなどんな著名人大事に至っても思いが湧き出ることが無いんだろうか。

ちなみに、いかりや長介が亡くなった時は物心がまだ付いていなかったせいか、当時心当たりが無く、数年後に亡くなった事実を知っただけに過ぎない。

インフレって結構きついのね

まれ物心ついたときバブル景気の時だったので、今まで低成長期のデフレ経済しか経験していない。

供給需要増に追い付かないインフレ社会というものに憧れていたのであるが、実際になってみると結構きつい。

例えばマスク消毒薬が今インフレになっているけど、「モノがない」というのがこんなに苦しいとは思わなかった。

コロナ騒動以前は、コンビニが多すぎるとか神様気取りの客がウザいと思っていたが、そっちの方がまだマシなのかな。

2020-03-30

志村けんで笑った記憶が正直ない

物心ついた頃に活躍してたのはウッチャンナンチャンダウンタウン

この二組にはすごく楽しませてもらって記憶あるけど、志村けんにはない。

懐かし映像とかで見ることもあるけど、何が面白いのかわからない。

から志村けんが死んだと言われてもなんとも思わない。どの世代が懐かしがっているんだろう。

80年代10歳だったやつってもう50越えてるぞ……。

2020-03-27

もう日本は駄目なんじゃないか

自粛と中止を繰り返して、物資は買い占め奪い合い、この国は何処へ向かうのか。

物心ついた時から不況不景気だと言われて生きてきたけど、もう破滅では

2020-03-25

anond:20200325210831

自分も悪い意味ピタゴラスイッチ作動する人生を歩み続けてきたタイプだけど先回り思考お勧めする。

例えば、入社式当日の朝に電車乗る前に「あ~はいはい、どうせ門出の日だから痴漢冤罪でも吹っ掛けられて全て失うんでしょ。知ってた知ってた」と自分に言い聞かせるとか、

そういう魔除け的なことを物心ついた頃からやってきてた。

おかげで私の不幸と言ったら、NTR婚約破棄網膜剥離無精子症くらいで済んでる。

2020-03-22

リスク回避として選んだこと

かつてやったことだが。

経済的に困ってると思われた身内がいたので、私も他の身内も物心両面で割と少なくない援助をした。

そしてその助けた結果、そいつがやったのは経済的自立に見せかけて、言ってしまえば犯罪行為疑惑物証出てきて確信ということで。

一応、証拠提示し、最後のチャンスとしての選択を与えたら逆切れしたので…

支援は丸ごと引き揚げて絶縁したな。

その後は逮捕こちらに身元引き受け人の依頼らしいものきたけど「ふざけるな」の一言電話は切った。

お彼岸墓参りに行ってきたら、そんなことを思い出した。

2020-03-20

死にたい

家庭崩壊

モラハラ父は怒鳴ったり物音を出したりして家族威圧するアスペルガー

母親はそんな父の数十年来の行為ストレスまりまくっているが離婚せずに不倫

同居の兄弟夫婦は母にいつも子供の面倒を見させてお金無心する

存命の同居の祖母認知症と診断されるまで長い間やりたい放題

自分パラサイト就活する気がおきずにいつも死にたい親の金で過食する寄生虫

とりあえず家族イライラは全て私へとぶつけてくるサンドバッグ人格否定容姿を貶されまくりそれで暗い性格になったと反論したが家族はまだそれはお前自身のせいだという

でも逃げられないお金がないバイトもする気もない

自分物心ついた時から家族毎日喧嘩ばかりで怒鳴りあい暴言暴力ばかり、だったのでそういうのが大嫌いな穏やかな性格になったと言う自覚があるが

家族は未だに暴言暴力モラハラ大好き

学習能力が低すぎて呆然とする

別に家族に大きい声を出したりは少ないと思うけどでも家族はみんな自分を罵る

血縁者は大事にしなければ、育ててくれた恩がすごくあるので返さなければならないのはわかるが

今は正直生きるのがつらい

一番は稼いでなくて家での地位低い

ここから抜けるには仕事をして家に金を入れなきゃいけないのにやる気がない

働いたとしてもまた家族から結婚子供を作れ、とかい要求

正直重荷

死にたいのに自殺は嫌

コロナ死ぬのも嫌とか本当に

腑抜け死ぬのにも贅沢言って

本当はただ穏やかに生きたいだけなのに

①いい稼ぎをして日本脱出海外移住なるべく家族との縁をうすくする

これが一番理想だし自分が楽しく生きられそうでも自分能力がない自信がない稼げないから無理そう

②耐えつつお金いである溜まってスイスに行き安楽死

こんな理由じゃ安楽死として認められなさそう

もっと精神的肉体的つらい人たくさんいるでしょう?この程度で死にたくなってるなんて弱すぎる

ただふつうに静かに暮らしたい

怒られることもなく

罵られることもなく

暴力暴言から離れて

毎日ちゃんとおきて

仕事をして

帰ってゆっくり風呂に入ってご飯食べて

ベットに入る

そんな普通生活

それには今耐えてお金を稼ぐしかない

たくさんお金があったら全然離れられるのに

こんなに家族にしてもらってるはずなのにしんどくてたまらなくなる

でも全然理解できないんだろうな自分がどれだけ恵まれてるか分かってないと言われるんだろう

死んだら手っ取り早くあいつらにダメージ与えられるのかな

年齢気にしてたら本当に何もできん

20代のうちにそこそこ成功しないと駄目みたいな風潮

新しい事始めるのも20代のうちがギリギリみたいな風潮

あるけど

プロスポーツ選手とかプロ音楽家とか

もう幼少期から何かしらのトレーニング始めてるじゃん

からね、物心ついたらもう遅いの

1020代の内とかもう遅すぎるレベルなの

からね、もう何か始めるのに歳とかどうでもいいんだよ


のんびり行こうぜ

2020-03-17

anond:20200317232156

物心着いてから20年以上ずっと不安に苛まれ苦しんでるけど誰も助けてくれない

この世は地獄

2020-03-16

「どうせ人間は一人で生まれて一人で死ぬ」にモヤっとする

いや、生まれときは一人じゃないでしょ……。

母親医者ががんばって産んだのになに言ってるんだ。

物心つくまで親の庇護がないと生きていけないくせに。

しかも俺って達観してますよみたいな感じで言うので余計モヤる。

2020-03-15

30年間ずっと運動が嫌いだと思っていた

物心ついた時から足は遅いし自転車はなかなか補助輪が取れないしバスケの授業ではヘイパス!ヘイパス!って声を張り上げてるだけの置物になるしでとにかく運動が苦手で嫌いで、なので社会人になってから運動から距離を置いた生活を送っていたんだけど、こないだ縁あって川にカヤックをしに行った

そしたらあれだけどんなスポーツをやっても箸にも棒にもかからなかったのが嘘みたいに、何故かこれだけは上手く出来た

すんなり船に乗れたしどう足を突っ張っていれば転覆しないか感覚で分かったしどうパドルを動かせば進みたい方向に進めるかも考えなくても分かった 自分でも本当に不思議だけど

何よりも嬉しかったのはインストラクターのお姉さんが「センスありますね!」と言ってくれたこ

その時は滅相もないと否定したんだけど、現金ものでこの日を境にあれだけ運動を嫌いと思っていた気持ちがかなり和らいだ

それで運動に対するハードルが下がったのか、それからパーソナルジムに行き始めた

誰と比べられることもなく自分のペースで体力づくりが出来てすごく楽しかった

他に何か運動してるんですか?ってトレーナーのお姉さんに聞かれたので「カヤックやってます」って言ったら「運動好きなんですね!」と言われてとてもびっくりした

そんなこと言われたの生まれて初めてで、というか人生のほぼ全てを運動なんて嫌いと思って生きてきたので

でもそう言われて、「あー私運動好きって思っていいんだなー」って、大袈裟に言うとなんか呪いみたいのから開放されたような気がした

というか私が嫌いだったのは運動ではなく体育の授業とか、明るくて運動出来る子の隣で自分のどんくささを突きつけられて心がぺしゃんんこになるあの惨めな気持ちとか、そういうことだったのかなーって思った

もっと早く出会ってたかったなー

今も相変わらずカヤック以外のスポーツはさっぱりだけど、それでも体を動かすことは楽しい

2020-03-14

子宮頸がん検診で処女がバレた

ずっと前の記憶だけど、悔しくてたまらいから書かせて。

29歳まで処女だった。

物心ついた時から太っていたので恋愛とは縁がなかった。社会人になってからも、興味もなかったし単純に機会がなくずっとSEXを知らずに大人になったが経験のなさが社会的立場に影響を及ぼすわけではないので普通に生きていた。

その中で、訪れたのが会社健康診断だった。診断項目に、子宮頸がん検診があった。

子宮頸がん検診について無知だった私は、当日、問診票の「性交渉経験がある」の欄に「いいえ」と答えた。

すると、診断の際に医師から子宮頸がんは99%性交渉が原因なので経験がないのであれば検査する必要はない」と言われた。

では検査しなくていいのか、と聞くと「しなくていいが、検査をしなかったことは会社に報告される」と言われ、であればしてほしい、と言うと「出血危険性もあるし、推奨しない、こちらも検査が困難」とやんわり断られたので仕方なく検査はしなかった。

弊社の総務はワイドショーみたいなオバサンだ。どんな印象を持つのだろうと憂鬱気持ちになったが、まあ個人のことだし言いふらしはしないだろうと諦めた。

だが、しばらくした後、同僚の男性社員が酔ったときに下卑た笑みを浮かべながら知ってるぞ、と言ってきたときに全てを悟った。オバサンは言いふらすよな、そりゃ、と。

20代後半にもなって処女。格好のネタだったろう。

悔しくて悔しくて情けなくて未だに覚えている。わたし処女であることの何が面白かったんだお前らは。

30手前のとある日、わたし処女を捨てた。相手の男は驚いていた。

その年、健康診断子宮頸がん検診を受けた。またネタにしたんだろうな。アイツ処女捨てたぞって。

2020-03-13

anond:20200313130404

物心ついた時には既に閑散としてたので

ネットオークションネットフリマがメインになる前の時代

フリマをやっていてそこに買いに行く時にしか行ってなかったからなぁ

2020-03-10

皆の毒親ってどんな感じ?うちはこう!

うちのは自己投影型の理想追求スタイルで、昔笑えないほど貧乏可愛い洋服とか買ってもらえなかった母親ピンクフリルスカートカワイイ♡を押し付ける感じ。

これも笑えないのは僕がFtMだってこと。物心ついた頃からショートカットを譲らず粗暴な言葉遣いを心がけていた(幼少期から色々あったけどここは割愛)けど、買ってこられる洋服上記のようなフェムみ溢れるやつ。更に最悪なのは母親に騙されて(ここも割愛ね)私立女子校入学させられたこと。その頃はまだ性自認曖昧だったから近所の学校に行く気の合う男友達たちと離れ離れになるのが心底嫌だった。年の近い女の子友達として話すのが大変に苦痛だった。

地頭も良かった僕はクラス委員長やらクラブ活動部長やらになって人望を集め、女の子を従えることで自分の中の違和感払拭していた。男友達馬鹿をやっていたかった。母親アコガレに付き合って、大変な選択ミスをしてしまった。

現実と本当の精神とのギャップについていけずついになにかが壊れ、不登校になってしまった僕はネットに逃げ道を作り、長いこと引き篭もった。勿論精神科も通った。

母親の中でのギャップの方が大きかったらしく、自分が辛いうえに彼女毎日ヒステリーを起こしていた。「そんな風に育てた覚えはない」「息子を産んだ覚えはない」何度言われたことだろうか。

書いていて過呼吸起こした。馬鹿みたいにフラッシュバックするよな。

父親父親で、僕に就職の世話をするとか言って期待していたら反故にされたり、まぁ、他人に期待を寄せちゃいけないと教えてくれたのは両親だったな。そこは感謝しないといけない。ちなみに高校中退して高卒認定を取った。勿論一発合格だった。

絶望絶望を繰り返して、自立して実家を離れないとどんどん人間が腐っていくなと自覚したあとからもまた地獄だった。コントロールしたがりの親の目を盗んで生計を立てる目処をつけなきゃいけない。

幸いバイトしろとは言われていたので何度も吐きながら過呼吸起こしながら少しずつ働いていった。最初は週に3時間とかからでもまず外に出るのがキツかった。段々増やしていって、貯金をして、引っ越し代がたまったらすぐに家を出た。それからもまた大変だったが、親の声を聞かずに1日を過ごせるというのがなにより、なによりも幸せだった。

話は変わるが父方は裕福で、母親はそれを利用している上で憎んでいた。最低だ。

祖父母相続税がかかるものを少しずつ生前分与してくれていた物品を、僕のその引越しドタバタの中、母親が盗んでいた。問い詰めたら換金した結果大した金にならなくて期待外れだったわとまで言った。

大切な祖父母が床に伏している中、頂いた大切なそれらがもう手元に戻ってこないことは彼らには言えていない。死ぬまで忘れない恥だと思う。一生呪っている。

最後のこれが書きたくて勢いだけで書いたこ文章が、どうかあの女の目に留まりませんように。

2020-03-09

物心ついた時から頭がおかしかったか

あの頃に戻りたい

あの時ああすればよかった

と思ったことがない

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