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はてなキーワード: 物心とは

2021-05-05

物心ついた時からずっと女に叩かれて育ったからなぁ

大人子供をこうも積極的攻撃することってあんまないよな

2021-05-04

ジェンダー平等弱者男性問題もどっちも解決したい

弱者男性マップ

https://anond.hatelabo.jp/20210503222547

私も弱者男性問題解決したいと思ってる一人です。

中々バズりませんが、継続は力なり。

はてなジェンダー問題が訴えられるたびに、この考えを発信していこうと思います

タイトル問題意識と、結論を導くための下記の前提は、はてなでは広く共有できるはず。

連日の、弱者男性による必死の主張で、確かにその存在は認められたのかもしれません。

しかしそれの解決となると、女性の権利侵害しかねない方法だったりで、結局のところどうすればいいのかはわからないままでした。

女性子供といった弱者権利を守りながら、弱者男性問題解決する策は、果たして存在するのでしょうか?

悩んだ末に、一つの答えに辿り着きました。


「産み分けを日本でもできるようにする」

です。

これは実質、産まれてくる男性が減ることと同義です。

なぜなら、現状の社会では「女児が望まれている」からです。

子ども性別女の子がいい」という社会の闇① ~自由主義女の子がお好き?~|いとよ|note

こうしてみると、1人の場合1987年を境に女児選好が強まり2015年には69.8%が女児希望している。また、3人の場合では、1992年を境に、女児のほうが多い組み合わせへの選好が強まり2015年には58.2%が女児のほうが多い組み合わせを希望している。

https://note.com/itoyo/n/n3af43b8f54f0

あるいは「男児が望まれていない」としたほうが正確かもしれません。

男の子の半数はまともな大人に育たない

もし産み分けが金も手間もかから簡単に確実に出来て、産み分けする事への心理的抵抗も全くない世の中になったら

出生率が上がったりしてね(女の子ばかりが増えるけど)。

https://anond.hatelabo.jp/20140402083933

海賊Aska(わきまえない人)

·

2019年2月4日

フェミニストと「男児の母」の両立がすごい難しいという事に最近気づいて珍しく(?)メンタルやられてる。男児間引くべき、までは行かなくても物心ついているかどうか区別なく、幼児まで犯罪者予備軍として扱われているの本当に辛い。他の男子育てているフェミニストママさん達どうしているんだろう…

https://twitter.com/1moresmartwoman/status/1092098082085326848?s=20

さて、産み分けの導入が男性の減少に繋がることは確認できましたが、

男性の減少が社会にどのような影響を与えるのでしょうか?

以下のようなことが考えられます

女性社会進出の促進、男女平等

ルワンダにおける女性活躍の状況〜オンラインイベントルワンダ女性活躍現場から考える」より | Africa Note

1994年ルワンダ虐殺によって男性人口が減少してしまったために女性活躍の推進が活発になったとのことでした。

実際のところ現場女性たちはどう感じているのでしょうか?以前インタビューに応じてくださった小学校校長(当時)は、”Rwandan women have confidence for everything.(ルワンダ女性はすべてに自信をもっている)”と力強く答えてくださいました。

https://rwandanote.com/2020/10/29/globis/

治安の向上

乱射、放火世界の「凶悪事件」の犯人は、なぜ「男性」ばかりなのか(橘 玲) | 現代ビジネス | 講談社(1/4)

真のリスク要因は「若い男」と「中年の男」だ。それに対して女性子ども高齢者は大量殺人を行なわない。「どのような犠牲を払っても二度とこのような事件を起こしてはならない」というのなら、真っ先に監視され排除されるべきなのが「20代~50代の男」であることは間違いない。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66819?page=1&imp=0

③男女の需給バランス改善

340万人が一生結婚できない?いま「未婚おじさん」が増えているワケ(荒川 和久) | マネー現代 | 講談社(1/3)

まり日本全国の未婚女性がすべて結婚したとしても、340万人の未婚男性には相手がいないということです。もっとも、未婚女性全員が結婚するわけではありませんから、実際にはもっと多くの男性が余るという計算になります

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/68893?page=1&imp=0

このように、

男性の減少は社会に益をもたらし、あらゆるひとの幸福に繋がる

ということが確認できます

それでは、産み分けの導入に問題はないのか?

ということを考えていかなければいけません。以下のような問題があるようです。

男女産み分けも!?不妊治療 新しい検査あなたはどう考えますか?〜|サイカルジャーナルNHKオンライン

学会は「男女の産み分け」を目的受精卵の検査を行うことを学会倫理規定禁止していますが、法律上罰則はありません。これまでに一部のクリニックが「着床前スクリーニング」で男女の産み分けを行っていたことが明らかになり、問題視される事例が起きています

https://www.nhk.or.jp/d-navi/sci_cul/2017/12/story/news_171222/

現状、産み分けを合法的にできる国はキプロスだけだそうです。多くの国では、生命倫理

観点禁止されています

着床前診断で男女を産み分けたいカップルが行く島、キプロス | クーリエ・ジャポン

https://courrier.jp/news/archives/171699/

しかしそれでも、このアイデアは、

複数問題解決する

あるいは、

複数ジェンダー問題を「生命倫理」という一つの問題に落とし込む

という点で、この解決不能に思われる問題にとって、一筋の光明となるように思われます

馬鹿げた発想なのかもしれませんが、ジェンダー界隈の議論を受け入れると、このような結論に至るとしか思えません。

ぜひ、様々な方の意見を伺いたいです。

2021-05-03

anond:20210503013933

生きがいなんて何もないけど

物心ついた頃から友達なんて一人もいなかったし

行きたい学校には不合格だったしやりたい職業にはつけなかった

死ぬのが怖いからイヤイヤ生きてるだけ

2021-04-25

ジェンダー平等弱者男性問題もどっちも解決したい

中々バズりませんが、継続は力なり。

はてなジェンダー問題が訴えられるたびに、この考えを発信していこうと思います

タイトル問題意識と、結論を導くための下記の前提は、はてなでは広く共有できるはず。

連日の、弱者男性による必死の主張で、確かにその存在は認められたのかもしれません。

しかしそれの解決となると、女性の権利侵害しかねない方法だったりで、結局のところどうすればいいのかはわからないままでした。

女性子供といった弱者権利を守りながら、弱者男性問題解決する策は、果たして存在するのでしょうか?

悩んだ末に、一つの答えに辿り着きました。


「産み分けを日本でもできるようにする」

です。

これは実質、産まれてくる男性が減ることと同義です。

なぜなら、現状の社会では「女児が望まれている」からです。

子ども性別女の子がいい」という社会の闇① ~自由主義女の子がお好き?~

こうしてみると、1人の場合1987年を境に女児選好が強まり2015年には69.8%が女児希望している。また、3人の場合では、1992年を境に、女児のほうが多い組み合わせへの選好が強まり2015年には58.2%が女児のほうが多い組み合わせを希望している。

https://note.com/itoyo/n/n3af43b8f54f0

あるいは「男児が望まれていない」としたほうが正確かもしれません。

男の子の半数はまともな大人に育たない

もし産み分けが金も手間もかから簡単に確実に出来て、産み分けする事への心理的抵抗も全くない世の中になったら

出生率が上がったりしてね(女の子ばかりが増えるけど)。

https://anond.hatelabo.jp/20140402083933

海賊Aska(わきまえない人)

·

2019年2月4日

フェミニストと「男児の母」の両立がすごい難しいという事に最近気づいて珍しく(?)メンタルやられてる。男児間引くべき、までは行かなくても物心ついているかどうか区別なく、幼児まで犯罪者予備軍として扱われているの本当に辛い。他の男子育てているフェミニストママさん達どうしているんだろう…

https://twitter.com/1moresmartwoman/status/1092098082085326848?s=20

さて、産み分けの導入が男性の減少に繋がることは確認できましたが、

男性の減少が社会にどのような影響を与えるのでしょうか?

以下のようなことが考えられます

女性社会進出の促進、男女平等

ルワンダにおける女性活躍の状況〜オンラインイベントルワンダ女性活躍現場から考える」より

1994年ルワンダ虐殺によって男性人口が減少してしまったために女性活躍の推進が活発になったとのことでした。

実際のところ現場女性たちはどう感じているのでしょうか?以前インタビューに応じてくださった小学校校長(当時)は、”Rwandan women have confidence for everything.(ルワンダ女性はすべてに自信をもっている)”と力強く答えてくださいました。

https://rwandanote.com/2020/10/29/globis/

治安の向上

乱射、放火世界の「凶悪事件」の犯人は、なぜ「男性」ばかりなのか

真のリスク要因は「若い男」と「中年の男」だ。それに対して女性子ども高齢者は大量殺人を行なわない。「どのような犠牲を払っても二度とこのような事件を起こしてはならない」というのなら、真っ先に監視され排除されるべきなのが「20代~50代の男」であることは間違いない。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66819?page=1&imp=0

③男女の需給バランス改善

340万人が一生結婚できない?いま「未婚おじさん」が増えているワケ

まり日本全国の未婚女性がすべて結婚したとしても、340万人の未婚男性には相手がいないということです。もっとも、未婚女性全員が結婚するわけではありませんから、実際にはもっと多くの男性が余るという計算になります

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/68893?page=1&imp=0

このように、

男性の減少は社会に益をもたらし、あらゆるひとの幸福に繋がる

ということが確認できます

それでは、産み分けの導入に問題はないのか?

ということを考えていかなければいけません。以下のような問題があるようです。

男女産み分けも!?不妊治療 新しい検査あなたはどう考えますか?〜

学会は「男女の産み分け」を目的受精卵の検査を行うことを学会倫理規定禁止していますが、法律上罰則はありません。これまでに一部のクリニックが「着床前スクリーニング」で男女の産み分けを行っていたことが明らかになり、問題視される事例が起きています

https://www.nhk.or.jp/d-navi/sci_cul/2017/12/story/news_171222/

現状、産み分けを合法的にできる国はキプロスだけだそうです。多くの国では、生命倫理

観点禁止されています

https://courrier.jp/news/archives/171699/

しかしそれでも、このアイデアは、

複数問題解決する

あるいは、

ジェンダー平等弱者男性問題もどっちも解決したい

複数ジェンダー問題を「生命倫理」という一つの問題に落とし込む

という点で、この解決不能に思われる問題にとって、一筋の光明となるように思われます

馬鹿げた発想なのかもしれませんが、ジェンダー界隈の議論を受け入れると、このような結論に至るとしか思えません。

ぜひ、様々な方の意見を伺いたいです。

anond:20210425002022

こういう安易で奥行きのないこれっぽっちも笑えない改編エントリーが必ずブクマ3つ以上ついて新着入りして、下手すりゃバズるのははてな匿名ダイアリーで毎週必ずくらいに見られるけど、

まあやっぱここにいる人みんな物心ついた頃から筋金入りの「つまらない奴」だったんだろうなあとしみじみ納得出来る。

俺もそうだったか確信を持って言える。

替え歌がやたら好きだったなあ俺。

2021-04-24

anond:20210423191759

おまえは俺か

物心がついた時から攻撃性が高くて珍獣扱いで

俺が完全におかしくなったときうんこじゃなくて奇声あげてたな

あの時周りに住んでた人にはマジで申し訳ない・・・・・

薬を出されただけで手帳はもらえなかった

年を食うごとに段々マシになってきて、今も騙し騙しやってる

相対的に「マシ」であって相変わらず珍獣扱いだが

十分生きたし行けるところまで行く

2021-04-21

酸素のない水

普通とは何なのだろうか。

普通でいることが善なのか、はたまた悪なのか。

よく「量産型」という言葉を耳にする。

個性的で、長いものに巻かれる。それは当たり障りない人生というテンプレートをなぞっていくような言葉にも感じられる。

しかし。

先天的発達障害(ASDADHD、DCDのトリプルコンボである)を抱えて生きてきたわたしには未だに今ひとつ普通」「没個性」というものがピンとこないのだ。没個性を目指してもなれない、普通を求めても手に入らない。最初約束と違ったことを言われたり、イレギュラー要求をされるとそれを「普通」にはこなせないし、0か100かしかないので50を求められても相手の思うように返せない。

その発達障害20歳になるまで見つけられることがなく、いわゆる定型発達の子どもたちと混ざって幼少期から常に「変な子」「面白い子」と揶揄されてきた。その度に普通でいることのハードルの高さを感じさせられた。

かに物心ついた頃から子ども特有の目のキラキラ感がなかったことも自覚はしているし、どこか冷めているというか物事純粋に楽しめなかった。その上父方の家庭が自分たち価値観の型にはめていく教育方針だったこからそれに当てはまれなかったわたしはそこでの居場所も失ったこともその後の成長過程に大きな影響を及ぼしていると思っている。幼稚園小学校に行っては大人にとっては「ちょっと変だけど元気で明るい子」を演じ続け、帰ったら帰ったで本ばかり読んでいた。そして当時月に2回ほど行っていた父方の祖母の家((今はもう6年ぐらい行っていないので祖母も叔母も元気にしているかどうかすら知らない))では、わたしを連れて行っていた父親含めほぼ誰にも話しかけられることはなかったのでずっと2階の広い部屋に引きこもってポケモンを捕まえ続けた。常にいい子でいなければ死ぬ、という感覚はこの頃からあるし、過干渉されると怒るくせに愛されたい願望が変に強いとにかくめんどくさい人間になった。

いわゆる「普通の子」との疎外感からわたしは気がついたら常に死にたいと思うようになっていた。記憶の限りではおそらく小学校に入る少し前ごろからだっただろうか。でも大人にそれを言うとまた色眼鏡で見られることや世間体を気にされることは子どもながらに理解していたので、誰かにそんなことは言えないでいた。何なら今の今でも誰かに言ったことはないので、ここで初めて誰かに気持ちをぶつけている。

死にたいという感情を悟られるまいと思い必死にその時その時に全力で自分の生きる意味を探した。特にこれといった特技もなく、決して健康子どもでもなかったのでその度に壁にぶち当たったし器用に生きられなかった。し、今でも器用に生きられないでいる。

そして小学校高学年からだんだん学校に行かなくなった。気がついたら中学入学後、完全な不登校になって1週間寝つくことがないまま夜を過ごしたりその間に考えるべきでないことばかりを考えるなどした。その頃から心療内科カウンセリングを受けるようになり、良くも悪くもならないままこの前気がついたら干支が1周していた((むしろここ半年仕事などの過労から抗鬱剤を飲む生活を送っているので正直悪化している、けれど新しい病院開拓するにも腰が重い))

高校受験の時だって、「普通の子」になりたくて偏差値部活の活発さも平均的なそれこそ「普通」の高校を選んだのに周りからは「もったいない」((無駄論理力だけがずば抜けていて他が壊滅的なIQであるために、自分で言う話でもないが中途半端に成績だけは良かったので同級生保護者たちからはあまりまれ子どもではなかった))「もっと上の学校に行けばいいのに」と批判された。この時ほどにわたしの追い求めていた普通否定された経験は後にも先にもないように思う。

その後その高校入学し、不登校経験した上での高校生活での目標に「皆にとっての当たり前の日常」を掲げた。しか高校2年生の頃に病気が見つかり、当たり前の日常はおろか出席日数もギリギリクラスでは孤立しながら廊下からすぐのいちばん後ろの席で生活した。こんなはずじゃなかったのに、と何度も思ったけれど、どこか仕方ないと思って諦観している自分もいた。

大学でも2年生修了時に高校時代からの持病が悪化し中途退学。自分人生の中で比較的イケていた時期だと思っているが、学校生活「すべて」を謳歌したことは一度もない。その結果通信制大学編入し、単位まったりまったりと取りながらズルズルとマイペース学生という身分を続けてしまっている。

20代も半ばとなった今でも時に日常会話で「普通に」とか「常識的に」と自分の中で繕った普通をぶった切られることもある。最初は何とも思わないが、それを同じ相手から何度も何度も言われることで自分の中での普通はまだ全然普通ではなくて、むしろまだまだ程遠いところにいると感じてしまう。そして「普通」という名の相手感情の押しつけに嫌悪感を抱くし、「あなたが言う普通だってあなた個人価値観だよね」と言ってしまうので感情的にカッとされることも少なくはない。((カッと、ということで余談だがリストカットなどの自傷行為に走ったことはほぼない。その時間無駄だと思ってしまうしもっと具体的でもっと苦しいものを選びたくなるしいつもそれを考えているうちに過呼吸になっている))

この普通適応できない息苦しさはいつまで続くのだろうかと思うと過去記憶フラッシュバックしてくることも頻繁にあるし、それで過呼吸を起こすことだってある。結果身近な人が迷惑を被ることになる。いつまで経っても身近な人の立場からしたらわたしは最高にめんどくさくて、普通には到底なれなくて、どこまでもまっすぐに生きていけないとても厄介な存在なのだ

からこそ交友関係もどんどん希薄になっていくことには慣れているし、距離を置かれていくことを察するようにもなった。自分から誰かと接するということも積極的にできないし、むしろ入られたくないゾーンに入られたら精神の平静を保つべく全力で拒むようになってしまった。自分友達だと思っている相手からしたらわたしという存在は知り合いないしは顔見知り程度なんだろうなと斜に構えてしまう。iPhoneアドレス帳なんて家族含め3人しか登録されていない始末だ。でも別に特別広い交友関係を持っていてもメリットもないし、むしろ自分に相応しくないように思えてきてしまうしそれを悩む時間無駄だなと思う。

結局ひとりぼっちでいることしかできないし、結局誰かに頼る強さを得ることもできない。いつまで経っても弱くて、いつまで経っても自分自身のことを好きになることができない。常にコンプレックスに直面している。

アポンプのない酸素の薄い水がたっぷりと入った広い広い水槽で、必死に呼吸をする魚のような感覚だ。

いつかひょんなことからこの文章を見つけた未来わたしが、少しでも笑ってこれを見られますように。

そして、今よりも生きることを楽しんでいる「普通の人」に近づけていますように。

いじめ問題には体罰必要

以前に私自身の実体から体罰必要であるというエントリを書いたことがある。反対意見をいくつかもらった。

体罰必要子供もいること

https://anond.hatelabo.jp/20190522140232

今、旭川イジメ事件などの記事を見ていて、改めて体罰必要なんだと主張したい。

いじめ快楽だ。悪いことだからやめろと言われても、あの強烈な快楽の方が勝ってしまう。ダイエットに励む人が成功する前に食べてしまうのと同じだ。

ネット誹謗中傷最近はやめた人が多いと思う。私もやめた。

なぜやめたかと言えば罪悪感などではなく、社会問題化して訴えられるリスクが高まったからだ。

攻撃する楽しさより、訴えられて社会的責任を負うリスクの方が私にとって大きい。

リスク抑止力になる。だが、子供いじめなんて加害者になってもさほどリスクがない。いじめ快楽の方が勝るからいじめ続ける。

から体罰必要だ。

いじめときに圧倒的な暴力を浴びることになれば、デメリットメリットの図式が体に根付いていく。

私は人が泣いて苦しんで恥ずかしがってみじめで痛んでる姿を物心ついたときから好きだった。性欲も絡んでいた。

その好きを実行しないようになったのは父親から体罰人間関係における力の剥奪だった。

いくら正義子供に説いても、その子供の好きなことを変えることは出来ない。それよりは苦痛を与えた方が犯罪いじめも起きないと思う。

2021-04-17

弱者男性問題解決する方法弱者権利侵害しない形で)

皆さんの意見を募ります

連日の、弱者男性による必死の主張で、確かにその存在は認められたのかもしれません。

しかしそれの解決となると、女性の権利侵害しかねない方法だったりで、結局のところどうすればいいのかはわからないままでした。

女性子供といった弱者権利を守りながら、弱者男性問題解決する策は、果たして存在するのでしょうか?

悩んだ末に、一つの答えに辿り着きました。


「産み分けを日本でもできるようにする」

です。

これは実質、産まれてくる男性が減ることと同義です。

なぜなら、現状の社会では「女児が望まれている」からです。

子ども性別女の子がいい」という社会の闇① ~自由主義女の子がお好き?~

こうしてみると、1人の場合1987年を境に女児選好が強まり2015年には69.8%が女児希望している。また、3人の場合では、1992年を境に、女児のほうが多い組み合わせへの選好が強まり2015年には58.2%が女児のほうが多い組み合わせを希望している。

https://note.com/itoyo/n/n3af43b8f54f0

あるいは「男児が望まれていない」としたほうが正確かもしれません。

男の子の半数はまともな大人に育たない

もし産み分けが金も手間もかから簡単に確実に出来て、産み分けする事への心理的抵抗も全くない世の中になったら

出生率が上がったりしてね(女の子ばかりが増えるけど)。

https://anond.hatelabo.jp/20140402083933

海賊Aska(わきまえない人)

·

2019年2月4日

フェミニストと「男児の母」の両立がすごい難しいという事に最近気づいて珍しく(?)メンタルやられてる。男児間引くべき、までは行かなくても物心ついているかどうか区別なく、幼児まで犯罪者予備軍として扱われているの本当に辛い。他の男子育てているフェミニストママさん達どうしているんだろう…

https://twitter.com/1moresmartwoman/status/1092098082085326848?s=20

さて、産み分けの導入が男性の減少に繋がることは確認できましたが、

男性の減少が社会にどのような影響を与えるのでしょうか?

以下のようなことが考えられます

女性社会進出の促進、男女平等

ルワンダにおける女性活躍の状況〜オンラインイベントルワンダ女性活躍現場から考える」より

1994年ルワンダ虐殺によって男性人口が減少してしまったために女性活躍の推進が活発になったとのことでした。

実際のところ現場女性たちはどう感じているのでしょうか?以前インタビューに応じてくださった小学校校長(当時)は、”Rwandan women have confidence for everything.(ルワンダ女性はすべてに自信をもっている)”と力強く答えてくださいました。

https://rwandanote.com/2020/10/29/globis/

治安の向上

乱射、放火世界の「凶悪事件」の犯人は、なぜ「男性」ばかりなのか

真のリスク要因は「若い男」と「中年の男」だ。それに対して女性子ども高齢者は大量殺人を行なわない。「どのような犠牲を払っても二度とこのような事件を起こしてはならない」というのなら、真っ先に監視され排除されるべきなのが「20代~50代の男」であることは間違いない。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66819?page=1&imp=0

③男女の需給バランス改善

340万人が一生結婚できない?いま「未婚おじさん」が増えているワケ

まり日本全国の未婚女性がすべて結婚したとしても、340万人の未婚男性には相手がいないということです。もっとも、未婚女性全員が結婚するわけではありませんから、実際にはもっと多くの男性が余るという計算になります

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/68893?page=1&imp=0

このように、

男性の減少は社会に益をもたらし、あらゆるひとの幸福に繋がる

ということが確認できます

それでは、産み分けの導入に問題はないのか?

ということを考えていかなければいけません。以下のような問題があるようです。

男女産み分けも!?不妊治療 新しい検査あなたはどう考えますか?〜

学会は「男女の産み分け」を目的受精卵の検査を行うことを学会倫理規定禁止していますが、法律上罰則はありません。これまでに一部のクリニックが「着床前スクリーニング」で男女の産み分けを行っていたことが明らかになり、問題視される事例が起きています

https://www.nhk.or.jp/d-navi/sci_cul/2017/12/story/news_171222/

現状、産み分けを合法的にできる国はキプロスだけだそうです。多くの国では、生命倫理

観点禁止されています

https://courrier.jp/news/archives/171699/

しかしそれでも、このアイデアは、

複数問題解決する

あるいは、

複数ジェンダー問題を「生命倫理」という一つの問題に落とし込む

という点で、この解決不能に思われる問題にとって、一筋の光明となるように思われます

馬鹿げた発想なのかもしれませんが、ジェンダー界隈の議論を受け入れると、このような結論に至るとしか思えません。

ぜひ、様々な方の意見を伺いたいです。

2021-04-11

弱者男性問題解決する方法弱者権利侵害しない形で)

連日のようにはてな弱者男性問題が訴えられています

議論は大きな盛り上がりを見せている一方、出口の見えない論争に辟易している人や、女性の権利侵害しているとしか思えない意見に恐怖を覚えた人も居るでしょう。

女性子供といった弱者権利を守りながら、弱者男性問題解決する策は、果たして存在するのでしょうか?

悩んだ末に、一つの答えに辿り着きました。


「産み分けを日本でもできるようにする」

です。

これは実質、産まれてくる男性が減ることと同義です。

なぜなら、現状の社会では「女児が望まれている」からです。

子ども性別女の子がいい」という社会の闇① ~自由主義女の子がお好き?~

こうしてみると、1人の場合1987年を境に女児選好が強まり2015年には69.8%が女児希望している。また、3人の場合では、1992年を境に、女児のほうが多い組み合わせへの選好が強まり2015年には58.2%が女児のほうが多い組み合わせを希望している。

https://note.com/itoyo/n/n3af43b8f54f0

あるいは「男児が望まれていない」としたほうが正確かもしれません。

男の子の半数はまともな大人に育たない

もし産み分けが金も手間もかから簡単に確実に出来て、産み分けする事への心理的抵抗も全くない世の中になったら

出生率が上がったりしてね(女の子ばかりが増えるけど)。

https://anond.hatelabo.jp/20140402083933

海賊Aska(わきまえない人)

·

2019年2月4日

フェミニストと「男児の母」の両立がすごい難しいという事に最近気づいて珍しく(?)メンタルやられてる。男児間引くべき、までは行かなくても物心ついているかどうか区別なく、幼児まで犯罪者予備軍として扱われているの本当に辛い。他の男子育てているフェミニストママさん達どうしているんだろう…

https://twitter.com/1moresmartwoman/status/1092098082085326848?s=20

さて、産み分けの導入が男性の減少に繋がることは確認できましたが、

男性の減少が社会にどのような影響を与えるのでしょうか?

以下のようなことが考えられます

女性社会進出の促進、男女平等

ルワンダにおける女性活躍の状況〜オンラインイベントルワンダ女性活躍現場から考える」より

1994年ルワンダ虐殺によって男性人口が減少してしまったために女性活躍の推進が活発になったとのことでした。

実際のところ現場女性たちはどう感じているのでしょうか?以前インタビューに応じてくださった小学校校長(当時)は、”Rwandan women have confidence for everything.(ルワンダ女性はすべてに自信をもっている)”と力強く答えてくださいました。

https://rwandanote.com/2020/10/29/globis/

治安の向上

乱射、放火世界の「凶悪事件」の犯人は、なぜ「男性」ばかりなのか

真のリスク要因は「若い男」と「中年の男」だ。それに対して女性子ども高齢者は大量殺人を行なわない。「どのような犠牲を払っても二度とこのような事件を起こしてはならない」というのなら、真っ先に監視され排除されるべきなのが「20代~50代の男」であることは間違いない。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66819?page=1&imp=0

③男女の需給バランス改善

340万人が一生結婚できない?いま「未婚おじさん」が増えているワケ

まり日本全国の未婚女性がすべて結婚したとしても、340万人の未婚男性には相手がいないということです。もっとも、未婚女性全員が結婚するわけではありませんから、実際にはもっと多くの男性が余るという計算になります

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/68893?page=1&imp=0

このように、

男性の減少は社会に益をもたらし、あらゆるひとの幸福に繋がる

ということが確認できます

それでは、産み分けの導入に問題はないのか?

ということを考えていかなければいけません。以下のような問題があるようです。

男女産み分けも!?不妊治療 新しい検査あなたはどう考えますか?〜

学会は「男女の産み分け」を目的受精卵の検査を行うことを学会倫理規定禁止していますが、法律上罰則はありません。これまでに一部のクリニックが「着床前スクリーニング」で男女の産み分けを行っていたことが明らかになり、問題視される事例が起きています

https://www.nhk.or.jp/d-navi/sci_cul/2017/12/story/news_171222/

現状、産み分けを合法的にできる国はキプロスだけだそうです。多くの国では、生命倫理

観点禁止されています

https://courrier.jp/news/archives/171699/

しかしそれでも、このアイデアは、

複数問題解決する

あるいは、

複数ジェンダー問題を「生命倫理」という一つの問題に落とし込む

という点で、この解決不能に思われる問題にとって、一筋の光明となるように思われます

馬鹿げた発想なのかもしれませんが、ジェンダー界隈の議論を受け入れると、このような結論に至るとしか思えません。

ぜひ、様々な方の意見を伺いたいです。

anond:20210411162112

50年とかくっそ長くて草

いま物心ついてる人間にとってほぼ人生の全てやんけ

anond:20210411160441

正直ゴミの捨て方とかも分からないんだよね。指定ゴミ袋あるっぽいからそれ買って突っ込んでいけばいいのかな

ものを触って、紙とかプラとか判別するのも苦手で……分別とか正直全く分からいんだ。本当に何もわからなくて。物心ついたときからゴミ屋敷だから掃除する意義とかも良く分からなくて、やる気も起きにくくて。ごめん。

でもデカめのゴミ袋買ってちょっとやってみます。正直そんなので済むゴミの量じゃないんだけど。ありがとう

首にものが当たると発狂しそうになる

発狂は盛ってるんだけど本当に無理なんだ

首回り狭い服も苦手でよくひっぱったりするけどイヤホンの紐が首に触るとゴキブリがでたような反応で振り払ってしまうし美容院ケープ地獄すぎて年一も行きたくない

物心ついたときからそうだからキーキー音が苦手とか虫が苦手とかそういうレベル特性と思ってたけどYouTubeの首回りストレッチ真似してたら顔を上に向ける動作が出来ないことに気づいてびっくりしてしまった

出来なくはないんだけど筋肉が引っ張られた首が気になって気になって怖くなってきてしまう(とれそうな感覚というか…)紐が当たったときと同じ恐怖だと思う

これなんか欠陥あんのかな…

2021-04-10

子供のことなんてどうでもいいって認めろよな

「我が子が一番大事」「命に代えても守りたい」「この子さえ生きてればいい」「生まれてきてくれてありがとう」「幸せになってくれればそれでいい」

こういうの、すげー腹立つんですよ

確実にウソから

そのかわいいかわいい「子」が36歳のデブニートになって、部屋に閉じこもってメシだけ要求するようになったとき、同じこと言えるのか?ってことだ

絶対言えねえ

絶…………対言えねえ

早く死なねえかなとか、どこで間違えたんだろうとか、産まなきゃよかったとか、そういうことを言い出すに決まっている

夏祭りでキンギョ買って、3日で飽きる小学生とやってることがホントにまったく同じなんだよな

赤ちゃんかわいい〜😍欲しい〜❤️❤️」

「なんか思ってたよりデカくなったし、懐かないし、もういらな〜い」

クズやんけ

どう考えてもクズやんけ

36歳のデブニート被害者やんけ

というか、すべての子供(=人間)は被害者なんだよな

個人的には加害側に回った時点で被害者ヅラする資格が失われると思ってるので、「子どもを持たない全ての人間被害者」というのが俺の主張になる

「にんげんの赤ちゃんかわいい😍欲し〜い💕」と思ったアホがいなけりゃ生まれてくる必要もなかったし、働く義務もなかった存在被害者以外のなにかであるハズがないんだ

いつまでも親の脛を齧って情けない…」じゃないですよ 本当に情けないのはどっちだ?

こういう話をしてると、「自然界の動物は3年もせずに親離れする」みたいなことを言ってくる野生派の人たちがいて、本当に恐ろしい

そりゃあなた本能に任せて暴力振るいまくり・殺しまくり・犯しまくり・盗みまくり楽しい人生を送ってるかもしれないが、俺たちは法治国家暮らしているので、人間はそのへんのケモノとは違うってことになってるんですわ 文化が違う!

とにかくだ

とにかく、「子供を愛するオレ・ワタシ」に酔ってる層、ホントに気色悪すぎる

エゴを認めてる親はまだわかるというか、腹はたつが、仕方ないと思えなくもない

自分人生を楽しむために子供を巻き込んだ、申し訳ないとは思うが、所詮他人だし、まあええやろ!」みたいなことを言ってる人がいると、この野郎〜!!とは思うものの、そこ止まり

「僕の人生はこの子を守り育てるためにあるんだと思う」みたいな謎のフカシをやってるカスをみるとガチでぶっ殺すぞという強い気持ちが腹の底から湧き出てくる

かわいい時期の"子供"だからそういうこと言ってるだけで、その子40歳の息くっせえ超醜い性格も最悪のオバさんと成り果てた暁には「子供と親は違う人間」「成人は自分の面倒を見ないといけない」「干渉しすぎてはいけない」みたいな理屈にサラッと鞍替えするに決まってる

干渉しすぎてはいけないのはそうかもしれないが、じゃあ黙って金だけ渡し続けりゃいいだろ

金、選択肢しかなりえないだろ

甘やかしすぎると親が死んだ後に野垂れ死させてしまう、だから突き放す必要もある!とか言うのかな

じゃあ産むなよのひとことで完封できてしま

30歳の段階で、独り身で、寿命80年のリクガメなんかを飼い始めるやつがいるか

いません

なぜいないか

自分が死んだら連動して死んでしま可能性が高い生き物」を発生させるのは罪深いからだ

人間には自活能力があるからいい!みたいな話ではない

じゃあ自活能力がある生き物はいくらでも捨てていいのか?って話だ

責任を取りましょうよってことだ

平均寿命80年の生き物をわざわざ生み出して、たかだか20年少し面倒を見ただけで責任を果たしたことになると思うなよ、ということだ

気の利いた保育園児でもわかるような、あたりまえの責任の話だ

わかってないやつがとんでもない数世の中に溢れていて、暗澹たる気分になる

俺の両親も実際わかってない

仕方ないから働いてるが、どう考えても俺は被害者なんだよな すげえ可哀想ですよ

何も悪いことしてないのに、勤労の義務なんか押し付けられてさあ!

権利享受してんだから義務を果たせ、じゃねえんだよ

物心ついてないころから強制的権利の上を歩かされて、権利なしじゃ生きられない身体にされちゃってんだよこっちは

マジで非道だよ ヤクザまがいのやり方だよ

ホームレス拾って3ヶ月面倒見た後、恩を着せまくって10年コキ使うみたいなことじゃん

ひでえよ

助けてくれよ

2021-04-09

anond:20210409230517

物心ついた頃から気がついたらいつでも普通でない側(別に良い意味ではなく普通に虐められたり陰キャになる)になってしまう俺みたいなタイプからすると、そこまで「普通」を渇望する感覚というのが想像し難いものがある。なんなんだろうな。脳内分泌物のバランス全然違うのか。

2021-04-08

死にたい」ではなく

本題を書く前に書いておくが増田メンヘラお気持ちヤクザである精神科通いもも10年を超えた。なおかつ主治医には「少なくともあと15年はかけてゆっくり治していかないといけないね」と宣言されている。ちなみにこの文章精神科病院の消灯されて暗くなったベッドで書いている。

本題。

私は物心ついた頃からずっと『自分死ぬべきだ』と思いながら生きてきた。決して死にたい訳ではなく、ただただ『自分は生きているべきではない』と思っている。自分が生きていることに違和感があった。

少なくとも保育園の頃には既に『他人の役に立たない自分に生きる資格はない』と思っていた。自分が生きているのは離婚したばかりの母にとって邪魔しかないだろうと思ったからだった。だから母の役に立たなければ、父に似ている私は父と同じように母から嫌われ捨てられるのだろうと思っていた。

から何でもできる自慢の子になろうと思った。何でもできるすごくて優しい人になれば、死ぬべき人ではなくなるかもしれないというのと、理想自分になればきっと自分死ぬべきだと思って死んだ時に惜しんでもらえると思った。

そんな状態で過ごしているうちに、頭の中で声がするようになった。一人の声だったり会話だったり様々だったが、大抵いつも私に対して責める声だった。

「こんなこともできない奴はこの世に必要無い」

だとか、

他人にこれ以上迷惑をかける前に自分死ぬべきだ」

みたいな声たちである

不思議なことに、その声に対して反論するどころか納得する気持ちしかかばなかった。

保育園の頃から今に至るまで、それなりに色々あったが、常に変わらず私の中には『自分死ぬべきだ』という考えが中心にあるままだ。

とても些細なことでも死ぬべき理由になる。

日常で、迷惑をかけてしまった、会話の時の言葉選びがうまくいかなかった、うまく笑えなかった、とか、そういう感じ。

自分の行動全てが、自分の中にある『こうあらねばならない』という理想からズレていて、そのたびに『生きていてはいけない』という気持ちが湧くのだ。

これが思春期や厨二のような頃だけならまだ良かったのにと思う。残念ながら生まれてこのかた今に至り今なおこの考えなのである

物心ついた時から自分死ぬべき人間であると考えながら死に損ない続けてこの歳になったが、この考えが生活思考を占めたまま生きるのはとても辛いのだと最近気が付いた。自分言動思考の全てが自分解釈違いで、良かったことすら粗を探して槍玉に上げてしまう。自分自分が認められない許せないか他人から貰った気持ちも行動も大切にすることができなくて申し訳ない、そんな自分が無理で死ぬべきだと思う。24時間365日ずっとそんなループ

まれてこのかた状態異常のデバフが常にあるのに頭をおかしくしきってしまうことすら出来ず、暴れ倒したりおかし言動をしたりとかをすることも出来ず、突発的に死のうとすると中途半端な理性が

自分でその辺で死ぬ葬式とか書類とか大変なんだよ、また迷惑かけるの?」

と囁きかけてくる。お前は天使と悪魔、どっちなんだろうな。

私の人生は『死ぬべきである』『これ以上かける迷惑が増える前に死なねばならない』という強迫観念と『死に方がうまくいかないと迷惑がかかる』『せめて身辺整理が終わってからしろ』という理性が天秤でぐらぐらしている。死ぬ理由と直ぐに死なないための理由を天秤に乗せているのだ。だから直ぐに死なないための理由解決してしまったら、きっとその時は死ぬのだと思う。

残念ながら『生きたい』だとか『将来○○をやりたい』みたいな希望観測できなかったし一筋の光すら見えてこない。

この『生きたい理由』ではなく『直ぐに死なないための理由』を根拠に死に損ないながら生きるのはとても苦しくて辛い。

日常を過ごしていると『死ぬべき理由』の皿へは幾らでも重りが乗るのに『直ぐに死なないための理由』の皿へは殆ど重りが増えないのだ。

日常の中で、死のうと思い立っても良い理由を探しながら過ごすのは、何もかもが苦痛で圧迫感があって、死ぬという赦しを得るために生きているようで、気が狂いそうになる。

ここまでダラダラと書き連ねておいて今更宣言するが、私は死にたいわけではない。だけど生きたい理由があるわけでもない。同時に、「自分死ぬべきだ』と考えている。ただそれだけのちっぽけな一人の人だ。

かに同情されたい訳でもなければ「死なないで」と言ってほしくて書いたわけでもない。なんとなく、いまのうちに書いておこうと思った。どうかチラシの裏落書きだと思って流してほしい。

最後に、ここにこうやってこんなことを書いている自分解釈違いなので死ぬべきだ、と思う。

2021-04-07

妊娠したいけど子供はいらない

妊娠してみたい。妊娠すると体がどう変化するのか体験してみたい。

出産ちょっと怖い。痛そう。無痛分娩ならいいかな。

子供絶対にほしくない。子供なんかいたところでいいことなんか何一つない。私にとっても、子供にとっても。

私のもとで育てられる子供なんか不幸に決まっている。

本来ならば産まれないことが一番幸せなのだが、残念ながら私は妊娠してみたいのだ。

代理母も考えたが、外国しかも経産婦でないとなれないらしい。私は経産婦ではないので無理。

私の弟は重度のアスペルガーだ。幸いまだ犯罪を犯していないだけのアスペルガー。本当の意味でのサイコパス

極度の非常識他人気持ちへの想像力の欠損、全く筋の通らない自分なりの理論をふりかざして自己正当化

両親は共働き、父は単身赴任なので家には母しかいないが、忙しさから弟のことはほったらかし。

愛情はあるのにネグレクトみたいな状態だった。

弟が何をしても甘やかすばかり、弟がひとたび暴れれば「私が悪いんだから」などと言って問題本質放置。こんなので「人間」が育つはずがない。

私は異父姉で歳も13歳離れており、弟が物心つく頃には実家九州を出て名古屋にいたので弟の教育には関わっていない。

祖父介護もあり、昨年4月実家から通える場所転職したが、久々に見た弟の姿はまさに化物だった。

化物であっても、弟が可愛いことに変わりはないが、しかして化物は化物である

子供を産んだらこうなるかもしれない。弟ならまだしも、自分の産んだ子がこうなったらどうしよう。

アスペルガー遺伝するかもしれない。私は一人目の父親に今でも傷跡が残るほどひどく虐待されて育ったし(その時も母は「私が悪い」と言うだけで何もしなかった)、虐待連鎖すると言う。

教育を失敗して公的機関病院でも矯正できなかった場合社会に、他人に、危害を加える前に自分の手で我が子の始末を、それが何であれつけられるだろうか。

でも、妊娠はしてみたい。滅茶苦茶を言っていることは分かっている。

子供人生を考えたらやらないという選択肢をとると思うけれど、赤ちゃんポストってこういう理由で利用してもいいものなんだろうか?

あるいは赤ちゃんポスト以外で、何かこういうことができる場所を知っている人いませんか

2021-04-05

絶対に道を譲らない女

ある日、女はふと思った。

どうしていつも私ばかり道を譲っているのだろう。

ほとんど同時に回答は出た。なめられているのだ。

女は平均よりも小柄である。手足も比例して短く、肥るとすぐにずんぐりした印象になるので、体重が増えないように気を使っている。

毎日男達がやり取りする過程で生まれる大量の書類を、送付状をかけて三つ折りにしたり、封筒に入れて宛名シールを貼ったりして得た、お小遣い程度の給与で買えるペラペラの服に身を包み、年老いただけで責任の伴う出来事を経てこなかった人間特有の、実年齢の割にのっぺりと奇妙に幼い顔にドラッグストアで買った化粧品おざなりに塗っている。

電車座席などに女が座っていて、二つぶんのシートを開けてまた別の乗客が座っている場合など、次の停車駅で乗り込んできた新たな客は決まって女の隣に座る。

女の隣の座席のほうが余裕があるからだ。男の客などは左右の座席にはみ出すほど股を広げていたりするが、女は一人分の指定シートの範囲にすっぽりと収まっている。

車内がやや混み合っているときなど、女の、男の客より体格が劣るぶんだけのゆとりのあるスペースを見つけた乗客は、半ばほっとしたような顔つきで尻を滑り込ませる。

同じ調子で、人々は、道をすれ違うときもごく自然体躯のいい男を避けて女のほうに寄ってくるのだ。女はさらに彼らを避けるために、体の小ささのぶん狭い歩幅で右に左に細かく蛇行しながら道を歩く羽目になる。物心ついた頃からその繰り返しである

道路は譲り合って、ぶつからないように歩きましょう。

道いっぱいに広がって、他の人に迷惑をかけないようにしましょう。

幼稚園だったか小学校の頃だかの「交通マナー教室」でそんなことを聞いたような気もするし、少女時代にはそれを守っている「マナーのいい」自分をどこか得意に思っている節もあったけれど、いつの間にやらそんな物分かりよく振る舞っているのは自分だけのようだった。

しろ、男の集団というのはまず道を譲らない。

それどころか得意満面で横一列に肩を並べて笑いあいながら歩くのが当然である

これは男子中学生高校生でも、スーツ姿のビジネスマンでも、中高年になっても同じなのが女には不思議でならなかった。

「あれは群れの序列を示していて、一歩後ろに下がると集団での地位が低いと見られるので、横一列にならなくてはいけないのだ」という言説をインターネットで見かけたが、本当なのだろうか。

女は男の集団に入ったことがなかった。彼らとぶつからないようにふらふらと漂いながら机を拭いたり、ゴミを捨てたり、他の女たちと話し合ってバレンタインデーチョコレートを買ったりしていただけだった。

自分家族恋人とも頑なに並んで歩こうとする男も珍しくない。

他人に道を譲る思いやりのないところを大切な人に見せつけたいというのはどういう心境だろう、それならベタベタ腕を組んで引っ付き合って道の端に寄っているほうがまだマシではないかと考えてから、実際女は交際していた男と連れ立って歩いていて、他人とすれ違うとき自分が男の後ろに下がっていたことを思い出した。

女は昨年、仕事帰りに転倒して脚を痛めた。

体のほんの一部を怪我しただけで、これまで何でもなく行ってきた日常動作が困難になるストレスは大きく、女は半ばヤケクソのような気持ち松葉杖をつき、歯を食いしばりながら片足を引きずって歩いた。

すると、どういうわけか、これまで当たり前に女が道を譲ることを期待して反対側から歩いてきた人々は、女の杖や引きずった脚に目を留めるとバツの悪そうな顔で避けるようになったのだ。

彼らは、怪我人を思いやる程度には善良なごく普通の人々であった。

そのことに思い当って、女はますます腹を立てた。

平時でも体格のいい人間とぶつかったら、私のほうが転んだり怪我をする可能性が高いことには変わりないのに、松葉杖のようなわかりやすい目印がないときは、彼らはそんなことは気にも留めないのだ。

道端に転がっている小石や落ち葉をいちいち気にしないのと同じだ。軽んじられているのだ。なめられているのだ。

思えば、どんな場面でもそうだった。医者も、タクシーバス運転手も、市役所の窓口の職員も、女を見るといつもよりぞんざいで、「そんなことも知らないのか」と言わんばかりの態度で、時にはため口を利く。女は当たり前のようにそれに敬語で従ってきた。

あるときは、さほど狭くもない道で、わざととしか思えない角度で急接近してぶつかってこられたこともあった。自転車ですれ違った男が、気づくと引き返してきていて、追い抜きざまに女の胸を掴んで走り去ったこともあった。

軽んじられているのだ。どんなふうに扱ってもいい存在だと思われているのだ。

女の中で怒りがとぐろを巻いて大きくなった。

おかしいじゃないか

松葉杖車いすなら道を譲るくせに。もっとわかりやすくおばあさんなら道を譲るくせに。私が男だったら道を譲るくせに。

私が女じゃなかったらそんな口を利かないくせに。ぶつかったり体を触ったりしないくせに。

どうして私には何をしてもいいと思ってるんだ。おかしいじゃないかおかしいじゃないかおかしいじゃないか

そういえば、女がまだ小学生中学生だったころ、叔母と一緒に歩いていたら対向から若者集団が歩いてきたが、叔母はまったく道を譲ろうとしなかった。

叔母とぶつかりそうになって寸でのところで若者は避け、忌々しそうに「クソババア!」と罵ったが、叔母は涼しい顔で歩き続けた。

思い返せば、これまでにすれ違った数多の人々の中にも、決然とした目つきでまっすぐに道を歩いてくる女たちがいた。

彼女たちは「絶対に道を譲るものか」といわんばかりの、睨みつけるような顔をしていた。

 

叔母も、あの女たちも、ある日こんなふうに気づいたのだろうか。

「なぜかいつも私ばかり道を譲っている」と、腹を立てて、「もう道を譲るのはやめよう」と思ったのだろうか。

女は心に決めた。

私も譲られるのが当たり前みたいな顔をしている人に譲るのは、もうやめよう。

ぶつかって転んでけがをするかもしれないけど、そのときは怒ればいい。「女だからなめてんだろ」「わざとぶつかっただろ」と。

腕を掴んで引きずられてでも絶対に許さない。スマホ動画も撮ろう。これまで譲ってきたぶん蓄積された怒りを噴出させるのだ。

こうしてここにまた一人、絶対に道を譲らない女が生まれた。

2021-04-04

コロナ失職したアラフォーおっさん自作WEBサービスを公開するまで

(2021/4/5 15:00 追々記)


https://twitter.com/pakeura

各所でいただいたコメントの返信手段に困り途方に暮れたので、Twitterアカウント作成しました。コメントはすべて目を通しています。励みになります

直近の開発予定や、アクセス状況とアフィリエイト収入などの数値についてつぶやく予定なので、よければフォローいただけると。

ただしベースが筆不精なためまったく更新しない可能性も大いにあります。何卒ご了承のほど。


(2021/4/5 2:00 追記


ブコメも含め、反響があって嬉しい。拙文を読んでいただきサービスも使っていただいてありがとうございますコメントはすべて目を通し、より実用的なサービスにしていきます

取り急ぎ気になったコメントへの返信を。

パッケージ引用について】
著作権知的財産権を含む権利関係FANZA担当部門確認し、アフィリエイトのためのPR目的であれば使用問題ないことを確認済みです。


ーーー 以下もとの本文


当方独身アラフォー、去年の秋口までは貿易関連の零細企業に勤める、しがないサラリーマンおっさんだった。

当時世間的にもなかなか話題になったが、コロナウィルス蔓延の影響の一環で海運用コンテナ価格が暴騰した。そのアオリを受けた私の会社でも流れる仕事の量が激減し、私個人も暇を言い渡される運びとなった。話の本筋から逸れるので詳しくは触れないが、最終的に雀の涙程度の退職金と引き換えに、40を目前に控えて職を失うことになった。

これまで趣味らしい趣味も持たず給料の大半を貯金に回して生きてきた。そのため一生を生き抜くにはとても足りないが、向こう数年間は食べていくのに困らない程度の貯金が手元にあった。それにあわせて、無限とも言えるような暇な時間を得たのだった。


何をするにも自粛自粛で気が滅入る日々だったが、しばらく心身を休めたことで若干の活力が湧き、貿易実務に関連する資格勉強なんかを始めてみた。

しかしこれがどうにもピンとこない。退職した企業に勤めていたのも、もともと新卒時代就職活動の失敗に端を発することであったし、仕事内容に魅力を感じていたわけでもなかった。


そんなときにふと、前々から「こんなサービスがあったら絶対使うのに」と温めていたアイデアがあったことを思い出し、WEBサービス開発というものに手を出してみようと思い立った。

が、しかしそのために必要知識はまったくと言っていいほど持ち合わせていなかった。数年前にちょっとしたホームページを作ろうと、 HTML/CSS/Javascript/PHP やらの、本当にさわりを学んだ程度だ。

HTMLCSSについてはなんとかかんとか「書いたものを画面に出せる」程度まではいけたが、JavascriptPHPについては当時その存在意義も含め、トンと理解できなかった記憶がある。


そんなこんなで自分の作りたいものについて調べるうち、どうやらクローラーやらWebスクレイピングやらについて学ぶ必要があり、それにはPythonという言語についてある程度詳しくある必要があるらしかった。

サラリーマン時代エクセルで本当に簡易なマクロを書いていたが、当時からPythonマクロ上位互換というイメージを抱いており、いつかは勉強してみたいと思っていたので、これは幸いだった。

入門書を数冊購入し、Udemyというオンラインスクールで入門講座を受講した。かなり漠然とではあるものの、なんとか最低限の知識を身につけることはできたようだった。たぶん。

サービスの開発を志してからここまで一ヶ月ほどだっただろうか。平日休日を問わず毎日PCには触れるようにし、風呂場やトイレで「Qiita Python tips」とかググって出てきた記事に目を通していた。

(余談だがこのころに受講した https://www.udemy.com/course/python-beginner/ というコースは、PC環境を整えるところからまり制御構文やファイル操作など、自分が欲する知識について体系的に学ぶことができ、コストパフォーマンスが非常に良かった。特に回し者ではない)

さらに余談だが、最初ネット上の記事適当にあさって環境構築してしまったため、いまだにPyenvだのAnacondaだのPipだの、Pythonが動く仕組みについて全然理解できないまま今に至っている)


閑話休題

さてクローラーとはWEBサービス提供するうえで主役ではなく、そのために必要データを集めるツールにすぎない。主役にあたるアプリケーション開発については(ここまで読んでいただいたうえで大変申し訳ないが)私にはシステムエンジニアとしてフリーランスバリバリに働いている姪っ子がおり、強力なサポートを受けることができた。

姪っ子いわく「いまは基本的Javascriptがわかっていればサービス提供できる。さらに言うとJavascriptクローラーWebスクレイピングを行うことも可能」らしく、結果的Python学習時間をかけたことは不要であったらしかった。

それどころかPythonJavascriptメソッド名前微妙に違っていることなどで詰まることが度々あり(特に配列へのappendとpush)、害悪と言っても過言ではなかったように思う。


その後は結局姪っ子に促されるがままにGoogle提供するFirebaseというサービスと、Node.jsという言語について同じく入門書Udemyの講座で学習し、なんとか自分が望む機能を持ったサービスを動かすことができた。姪っ子のサポートを受け始めてから4ヶ月ほど経過していた。


本題となるそのサービスこちら。

その名を パケ裏.com (https://pakeura.com) という、アダルトビデオパッケージ裏面を延々と眺めていられる、人類の夢がパンパンに詰まった代物であるスマートフォンでの閲覧を想定して作った。


「結局エロかよ」と思った諸君ブラウザバックは早計だ。人類技術進歩を支えてきたのはいだって戦争エロなのだ。まずは開発の動機について語らせてほしい。

自分物心らしきものがつき、色を知りはじめたこから常々思っていたのだが、AVパッケージというのはオモテ面と比べ、ウラ面のほうが遥かにエロいと思わないだろうか?

なんらかのオトナの事情があるのかもしれないが、オモテ面には美少女が斜に構えて微笑んでいる写真や、クソデカフォント商品タイトルがババーンと大部分を占めているものが大半である


それに比べてウラ面には、そのAVのなかでも特にエロいシーンの切り抜きが多々あったり、性欲を煽ってやまない官能的な文句がこれでもかと並んでいる。パケ裏にはエロさという概念が所狭しと集っているのである。そんなパケ裏を延々と眺めることができたら…これは私にとって長年の悲願であった。


物理店舗AVを購入することのない私にとって、FANZAでいちいち商品ごとにパッケージ画像クリックし、裏面を覗いていくのはなかなかに面倒な作業である

その点 パケ裏.com を使えば、条件にマッチしたジャンルのパケ裏を無限にしゃぶりつくすことができる。作りたいサービス要件が私の中でかなり明確だったこともあり、思った以上に短い期間で理想的サービスを形にすることができた。


少し大仰な物言いではあるものの、こうして自分にとっての積年の夢を叶えることができた。

趣味というか、金銭の発生しない範囲プログラミングに触れることはとても楽しく、少しずつサービスが形になっていくなかで自分の成長も日々感じることができた。システムエンジニアとして生きていくことは今後もないとは思うが、コロナ禍のおかげで人生でもなかなか得難い、貴重な時間を過ごすことができたように思う。人間万事塞翁が馬とはよく言ったものだ。


最後にくどいようだが、この パケ裏.com(https://pakeura.com)、主観だがかなり実用的なサービスとなっていると思う。ぜひ使っていただき感想をいただけるとありがたい。

また事前に断っておくと、FANZA商品ページへのリンクアフィリエイトになっている。このサービスを通じてパケ裏の偉大さに気づく人が増え、さらに私の懐にちょっとした小遣いが入ってくれば、望外の喜びである

2021-04-03

音大卒業してずっとフリーターやってる

たまに音楽の教える仕事くるけどそれだけ

別に音楽関係ない仕事してる


ちょっと最近精神的に参ってしまってて

今日仕事休んで家でゴロゴロしたり楽器触ったりした

実家に住んでるけど



実家の隣は物心ついたときからオッサンが一軒家で一人暮らししてる


子供のころ数回挨拶したくらいで

目がギョロっとしててちょっと怖かった思い出

職業はよく分からないけど個人タクシーが一時期留まってたかタクシー運転手を長くやってたのかなと思う

夏はカーテンもない部屋でタンクトップ一枚でお酒飲んでテレビ見てゴロゴロしてるのが見える

普通オッサン


そのオッサン趣味クラシック鑑賞

二階のブラインドのついた部屋に暖色の照明が灯って大音量クラシック隣家のうちまで聴こえてくる


正直子供の頃はギョロっとした目で笑いもしない一人暮らしオッサンの家からクラシック音楽大音量で聞こえてくるのが不気味だった


そのオッサンの家に子供の頃に遊びに行ってそれが私と音楽との出会い

なんて映画みたいなストーリーがあったら面白いけど

そんなストーリーはない

オッサンは私の演奏する音楽を聴いて何か思ったりしてるのかな

オッサンオペラが好きみたい

たまに交響曲



大晦日は第九

去年は私も負けじと第九をかけてみたりした

私と音楽の好みはちょっと違うけど

暖かくなってきたし

こんな夜は窓を開けて隣家から漏れてくるオッサン選曲に耳を傾けるくらいがちょうどいい

2021-04-01

自分には何もない

自分は頭の出来が周りより多少良かった。

物心ついた頃には父親はおらず、親族には大学に進学したものなど1人もいないような家庭で育ちながら、不思議学校の成績は特段の努力もなくトップ層にいられた。

自分能力を信じて疑わなかったので、そこらの大学に甘んじることを潔しとせず、地方で一番の、予備校やなんかでデカデカ合格者数を載せるような大学に行くことにした。

結局まともに勉強などしてこなかったツケを浪人で払うことになったが、辛くも合格地元を離れた。

苦労して大学に入ってみても、やはり素の能力だけで言えば、誇張でもなんでもなく大抵の学生より自分の方が優れていると感じた。

必修単位を落として留年した。

期日までにレポートを出すこと、試験日には試験範囲の内容を記憶時間内に解ける程度まで問題を解き慣れておくこと、これがどうしても出来なかった。

小中高と一般的学生であれば当然身に着けてきたであろう習慣が、スペックだけでゴリ押ししてきた自分には備わっていなかった。

就活は奮わなかった。

何より、人事という人種に不遜な態度を取られることが我慢ならなかった。

大学推薦を使って落ちた後は、志望動機を聞かれない企業を選んでさっさと切り上げた。

そして就職して数年が経った今、自分には何があるか。

能力は伸び悩み、キャリアは停滞している。

まともに人と関わってきていないので、対人スキル特に指示を与えて人を動かすスキルは劣悪である

もはや自分には期待できるものが何もない。

道端でKKOに出くわしたら優しくしてあげたい。

きっと彼らの中にも、自分のように僅かばかりの才能を空費してしまった者がいるだろうから

2021-03-30

鈍すぎて気付くのが遅かった色々

物心ついた頃には、耳掃除で右耳左耳で聞こえる音が違うことに気がついていたが、右が先天性か1才未満で完全に失聴していると分かったのが20才。就学時健診は「多分ルールがわかっていないんだと思う」学校のは不運にも病欠してた。

保育園に鼻水垂らして廊下をふらふら歩いてる子がいるとか、足が変な方向に曲がってる子がいるなあと思っていたが、それを障害(者・児)と呼ぶと知ったのが小1。

本来読まないような読み方の、変わった名前同級生がいるなあと思ってたけど、小4の時ソウルオリンピックがあるまでその子韓国人なことがわからなかった。

在日コリアン存在を知ったのは中2になってから

・中1の入学式小学校同級生がいない理由を人に聞くまで、小中学校にも私立があるのを知らなかった。

とある高校に行きたいと小学生の頃から思っていたので、自分が住む市内も含めて、他の高校名前場所を一切知らないまま志望校に入ったので今も知らない。

同和問題小学生の時学校で教わったが、自分の市にあるのは知らなかった。どうもみんなは知ってるらしいと気付くのは成人してから

これだけ物知らずってか常識知らずでも40代まで生きられるから、みんなも心配せず社会レリゴー

2021-03-24

クリト○スの皮がむけない

伏せ字にしたほうがいいのかわかんないけどとりあえずした。

とにかく皮がむけない。

物心ついた時からオナニーが好きで、特にクリにはめちゃくちゃにお世話になってきた。初めてシャワーでイった時は、ちょっと触るだけで気持ちよくてビクビクして自分がそういう体質になったんだ!!!ってマジで嬉しくなったのを覚えてる。(少ししたら治まったのでがっかりした)

イライラしたらローターでイって、暇だったら電マでイって、クリ責めのAVエロ漫画を漁るみたいな生活をしてきたんだけど、どうやらクリにも皮があるらしいと気付いたのが大学生の時だ。

え!マジで!?なんかエロ漫画でよくむいてる!むいて直に当てると気持ちいいみたい!そうしたい!!と思って、自分で鏡を見ながらしてみたけどなんかもう全然うまくいかない。ていうかほんと改めて見ると男性器より全然グロくて鏡で見てるの萎える。

餃子の耳のとこみたいな感じで二つ折りっぽくなってる皮?が刺激すればかなり大きくなるけどむける感覚全然ない。

指をVの字にして引き上げるように、とか綿棒でどうのこうのとか色々やってみたけどマジで全然からない。自分の豆の進化系が全く見えない。

包茎ってやつなのか?だとしたら余計に洗いたいんだけど??そうは思うけど皮がむけない。

大体性器モザイクがかかってるので、クリ責め系のやつを色々見たけどやっぱり分からない。

無修正AVとか見たら分かるのかな。

ナカイキのがいいとかポルチオがどうとかなんか色々あるっぽいけど、そうじゃなくて自分のまだ見ぬクリを見たい。気持ちいいならやってみたい。それだけなんだけど。

あともう挿入なしでエンドレスでクリだけいじってるAVも見たい。

電マを抱いて今日眠る

2021-03-22

孤独

当時私は二十五歳の青年で、丸まるの内うちのあるビルディングオフィスを持つ貿易商合資会社S・K商会のクラークを勤めていた。実際は、僅わずかばかりの月給なぞ殆ほとんど私自身のお小遣こづかいになってしまうのだが、と云ってW実業学校を出た私を、それ以上の学校へ上げてくれる程、私の家は豊ゆたかではなかったのだ。

 二十一から勤め出して、私はその春で丸四年勤続した訳であった。受持ちの仕事会計の帳簿の一部分で、朝から夕方まで、パチパチ算盤そろばんだまをはじいていればよいのであったが、実業学校なんかやった癖に、小説や絵や芝居や活動写真がひどく好きで、一いっぱし芸術が分る積つもりでいた私は、機械みたいなこの勤務を、外ほかの店員達よりも一層いやに思っていたことは事実であった。同僚達は、夜よな夜なカフェ廻りをやったり、ダンス場へ通かよったり、そうでないのは暇ひまさえあればスポーツの話ばかりしていると云った派手はでで勇敢で現実的な人々が大部分であったから、空想好きで内気者うちきものの私には、四年もいたのだけれど、本当の友達は一人もないと云ってよかった。それが一際ひときわ私のオフィス勤めを味気あじきないものにしたのだった。

 ところが、その半年ばかり前からというものは、私は朝々の出勤を、今迄いままで程はいやに思わぬ様になっていた。と云うのは、その頃十八歳の木崎初代が初めて、見習みならいタイピストとしてS・K商会の人となったかである木崎初代は、私が生れるときから胸に描いていた様な女であった。色は憂鬱ゆううつな白さで、と云って不健康な感じではなく、身体からだは鯨骨くじらぼねの様にしなやかで弾力に富み、と云ってアラビヤ馬みたいに勇壮うそうなのではなく、女にしては高く白い額に左右不揃いな眉まゆが不可思議な魅力をたたえ、切れの長い一ひとかわ目に微妙な謎を宿し、高からぬ鼻と薄過ぎぬ唇が、小さい顎あごを持った、しまった頬ほおの上に浮彫うきぼりされ、鼻と上唇の間が人並ひとなみよりは狭くて、その上唇が上方にややめくれ上った形をしていると、細かに書いてしまうと、一向初代らしい感じがしないのだが、彼女は大体その様に、一般美人の標準にはずれた、その代りには私丈けには此上このうえもない魅力を感じさせる種類の女性であった。

 内気者の私は、ふと機会を失って、半年もの間、彼女言葉も交わさず、朝顔を見合わせても目礼さえしない間柄であった。(社員の多いこのオフィスでは、仕事共通ものや、特別に親しい者の外は、朝の挨拶などもしない様な習わしであった)それが、どういう魔(?)がさしたものか、ある日、私はふと彼女に声をかけたのである。後になって考えて見ると、この事が、いや私の勤めているオフィス彼女入社して来たことすらが、誠に不思議めぐり合せであった。彼女と私との間に醸かもされた恋のことを云うのではない。それよりも、その時彼女に声をかけたばっかりに、後に私を、この物語に記しるす様な、世にも恐ろしい出来事に導いた運命について云うのである

 その時木崎初代は、自分で結ゆったらしい、オールバックまがいの、恰好かっこうのいい頭を、タイプライターの上にうつむけて、藤色セル仕事着の背中を、やや猫背にして、何か熱心にキイを叩たたいていた。

HIGUCHI HIGUCHI HIGUCHI HIGUCHI HIGUCHI ……

 見ると、レタペーパの上には、樋口ひぐちと読むのであろう、誰かの姓らしいものが、模様みたいにベッタリと並んでいた。

 私は「木崎さん、御熱心ですね」とか何とか云うつもりであったのだ。それが、内気者の常として、私はうろたえてしまって、愚かにも可成かなり頓狂とんきょうな声で、

樋口さん」

 と呼んでしまった。すると、響ひびきに応じる様に、木崎初代は私の方をふり向いて、

「なあに?」

 と至極しごく落ちついて、だが、まるで小学生みたいなあどけない調子で答えたのである彼女樋口と呼ばれて少しも疑う所がないのだ。私は再びうろたえてしまった。木崎というのは私の飛とんでもない思違おもいちがいだったのかしら。彼女彼女自身の姓を叩いていたに過ぎないのかしら。この疑問は少しの間私に羞恥しゅうちを忘れさせ私は思わず長い言葉を喋しゃべった。

あなた樋口さんて云うの? 僕は木崎さんだとばかり思っていた」

 すると、彼女も亦またハッとした様に、目のふちを薄赤くして、云うのである

「マア、あたしうっかりして。……木崎ですのよ」

「じゃあ、樋口っていうのは?」

 あなたのラヴ? と云いかけて、びっくりして口をつぐんだ。

「何なんでもないのよ。……」

 そして木崎初代は慌あわてて、レタペーパを器械からとりはずし、片手で、もみくちゃにするのであった。

 私はなぜこんなつまらない会話を記したかというに、それには理由があるのだ。この会話が私達の間にもっと深い関係を作るきっかけを為なしたという意味ばかりではない。彼女が叩いていた「樋口」という姓には、又彼女樋口と呼ばれて何の躊躇ちゅうちょもなく返事をした事実には、実はこの物語根本こんぽんに関する大きな意味が含まれていたかである

 この書物かきものは、恋物語を書くのが主眼でもなく、そんなことで暇どるには、余りに書くべき事柄が多いので、それからの、私と木崎初代との恋愛の進行については、ごくかいつまんで記すに止とどめるが、この偶然の会話を取交とりかわして以来、どちらが待ち合わせるともなく、私達はちょくちょく帰りが一緒になる様になった。そして、エレベーターの中と、ビルディングから電車停留所までと、電車にのってから彼女巣鴨すがもの方へ、私は早稲田わせだの方へ、その乗換場所までの、僅わずかの間を、私達は一日中の最も楽しい時間とする様になった。間もなく、私達は段々大胆になって行った。帰宅を少しおくらせて、事務所に近い日比谷ひびや公園に立寄り片隅かたすみのベンチに、短い語らいの時間を作ることもあった。又、小川町おがわまちの乗換場で降りて、その辺のみすぼらしいカフェに這入はいり、一杯ずつお茶を命じる様なこともあった。だが、うぶな私達は、非常な勇気を出して、ある場末ばすえのホテルへ這入って行くまでには、殆ど半年もかかった程であった。

 私が淋さびしがっていた様に、木崎初代も淋しがっていたのだ。お互たがいに勇敢なる現代人ではなかったのだ。そして、彼女容姿が私の生れた時から胸に描いていたものであった様に、嬉しいことには、私の容姿も亦また彼女が生れた時から恋する所のものであったのだ。変なことを云う様だけれど、容貌については、私は以前からややたのむ所があった。諸戸道雄もろとみちおというのは矢張やはりこの物語重要な役目を演ずる一人物であって、彼は医科大学卒業して、そこの研究室である奇妙な実験従事している男であったが、その諸戸道雄が、彼は医学生であり、私は実業学校の生徒であった頃から、この私に対して、可成かなり真剣な同性の恋愛を感じているらしいのである

 彼は私の知る限りに於おいて、肉体的にも精神的にも、最も高貴ノーブルな感じの美青年であり、私の方では決して彼に妙な愛着を感じている訳ではないけれど、彼の気難しい撰択に適かなったかと思うと、少くとも私は私の外形について聊いささかの自信を持ち得うる様に感じることもあったのである。だが、私と諸戸との関係については、後に屡々しばしば述べる機会があるであろう。

 それは兎とも角かく、木崎初代との、あの場末ホテルに於おいての最初の夜は、今も猶なお私の忘れ兼かねる所のものであった。それはどこかのカフェで、その時私達はかけおち者の様な、いやに涙っぽく、やけな気持ちになっていたのだが、私は口馴れぬウィスキイをグラスに三つも重ねるし、初代も甘いカクテルを二杯ばかりもやって、二人共真赤まっかになって、やや正気を失った形で、それ故ゆえ、大した羞恥を感じることもなく、そのホテルカウンタアの前に立つことが出来たのであった。私達は巾はばの広いベッドを置いた、壁紙にしみのある様な、いやに陰気な部屋に通された。ボーイが一隅の卓テーブルの上に、ドアの鍵と渋茶しぶちゃとを置いて、黙って出て行った時、私達は突然非常な驚きの目を見交わした。初代は見かけの弱々しい割には、心しんにしっかりした所のある娘であったが、それでも、酔よいのさめた様な青ざめた顔をして、ワナワナと唇の色をなくしていた。

「君、怖いの?」

 私は私自身の恐怖をまぎらす為に、そんなことを囁ささやいた。彼女は黙って、目をつぶる様にして、見えぬ程に首を左右に動かした。だが云うまでもなく、彼女も怖がっているのだった。

 それは誠に変てこな、気拙きまずい場合であった。二人とも、まさかこんな風になろうとは予期していなかった。もっとさりげなく、世の大人達の様に、最初の夜を楽しむことが出来るものと信じていた。それが、その時の私達には、ベッドの上に横になる勇気さえなかったのだ。着物を脱いで、肌を露あらわすことなど思いも及ばなかった。一口に言えば、私達は非常な焦慮しょうりょを感じながら、已すでに度々たびたび交わしていた唇をさえ交わすことなく、無論その外の何事をもしないで、ベッドの上に並んで腰をかけて、気拙さをごまかす為に、ぎこちなく両足をブラブラさせながら、殆ど時間もの間、黙っていたのである

「ね、話しましょうよ。私何だか小さかった時分のことが話して見たくなったのよ」

 彼女が低い透き通った声でこんなことを云った時、私は已すでに肉体的な激しい焦慮を通り越して、却かえって、妙にすがすがしい気持になっていた。

「アア、それがいい」私はよい所へ気がついたと云う意味で答えた。

「話して下さい。君の身の上話を」

 彼女身体を楽な姿勢しせいにして、すみ切った細い声で、彼女の幼少の頃からの、不思議な思出おもいでを物語るのであった。私はじっと耳をすまして、長い間、殆ど身動きもせずそれに聞き入っていた。彼女の声は半なかば子守歌の様に、私の耳を楽しませたのである

 私は、それまでにも又それから以後にも、彼女の身の上話は、切れ切れに、度々たびたび耳にしたのであったが、この時程感銘かんめい深くそれを聞いたことはない。今でも、その折の彼女の一語一語を、まざまざと思い浮うかべることが出来る程である。だが、ここには、この物語の為には、彼女の身の上話を悉ことごとくは記す必要がない。私はその内から、後にこの話に関係を生じるであろう部分丈けを極ごく簡単に書きとめて置けばよい訳である

「いつかもお話した様に、私はどこで生れた誰の子なのかも分らないのよ。今のお母さん――あなたはまだ逢わないけれど、私はそのお母さんと二人暮ぐらしで、お母さんの為にこうして働いている訳なの――その私のお母さんが云うのです。初代や、お前は私達夫婦が若かった時分、大阪川口かわぐちという船着場ふなつきばで、拾って来て、たんせいをして育て上げた子なのだよ。お前は汽船待合所の、薄暗い片隅に、手に小さな風呂敷包ふろしきづつみを持って、めそめそと泣いていたっけ。あとで、風呂敷包みを開けて見ると、中から多分お前の先祖のであろう、一冊の系図書けいずがきと、一枚の書かきつけとが出て来て、その書きつけで初代というお前の名も、その時丁度ちょうどお前が三つであったことも分ったのだよ。でもね、私達には子供がなかったので、神様から授さずかった本当の娘だと思って、警察手続てつづきもすませ、立派にお前を貰もらって来て、私達はたんせいをこらしたのさ。だからね、お前も水臭い考えを起したりなんぞしないで、私を――お父さんも死んでしまって、一人ぼっちなんだから――本当のお母さんだと思っていておくれよ。とね。でも、私それを聞いても、何だかお伽噺とぎばなしでも聞かせて貰っている様で、夢の様で、本当は悲しくもなんともなかったのですけれど、それが、妙なのよ。涙が止めどもなく流れて仕様がなかったの」

 彼女の育ての父親が在世ざいせいの頃、その系図書きを色々調べて、随分本当の親達を尋たずね出そうと骨折ったのだ。けれど系図書きに破けた所があって、ただ先祖名前や号やおくり名が羅列られつしてあるばかりで、そんなものが残っている所を見れば相当の武士さむらいの家柄には相違ないのだが、その人達の属した藩はんなり、住居なりの記載が一つもないので、どうすることも出来なかったのである

「三つにもなっていて、私馬鹿ですわねえ。両親の顔をまるで覚えていないのよ。そして、人混みの中で置き去りにされてしまうなんて。でもね。二つ丈け、私、今でもこう目をつむると、闇の中へ綺麗きれいに浮き出して見える程、ハッキリ覚えていることがありますわ。その一つは、私がどこかの浜辺の芝生の様な所で、暖かい日に照らされて、可愛い赤あかさんと遊んでいる景色なの。それは可愛い赤さんで、私は姉ねえさまぶって、その子のお守もりをしていたのかもしれませんわ。下の方には海の色が真青に見えていて、そのずっと向うに、紫色に煙けむって、丁度牛の臥ねた形で、どこかの陸おかが見えるのです。私、時々思うことがありますわ。この赤さんは、私の実の弟か妹で、その子は私みたいに置去りにされないで、今でもどこかに両親と一緒に仕合せに暮しているのではないかと。そんなことを考えると、私何だか胸をしめつけられる様に、懐しい悲しい気持になって来ますのよ」

 彼女は遠い所を見つめて、独言ひとりごとの様に云うのである。そして、もう一つの彼女の幼い時の記憶と云うのは、

「岩ばかりで出来た様な、小山があって、その中腹から眺めた景色なのよ。少し隔へだたった所に、誰かの大きなお邸やしきがあって、万里ばんりの長城ちょうじょうみたいにいかめしい土塀どべいや、母屋おもやの大鳥おおとりの羽根を拡ひろげた様に見える立派な屋根や、その横手にある白い大きな土蔵なんかが、日に照てらされて、クッキリと見えているの。そして、それっ切りで、外ほかに家らしいものは一軒もなく、そのお邸の向うの方には、やっぱり青々とした海が見えているし、その又向うには、やっぱり牛の臥た様な陸地がもやにかすんで、横よこたわっているのよ。きっと何ですわ。私が赤さんと遊んでいた所と、同じ土地景色なのね。私、幾度その同じ場所を夢に見たでしょう。夢の中で、アア又あすこへ行くんだなと思って、歩いていると、きっとその岩山の所へ出るに極きまっていますわ。私、日本中を隅々まで残らず歩き廻って見たら、きっとこの夢の中の景色と寸分違わぬ土地があるに違いないと思いますわ。そしてその土地こそ私の懐しい生れ故郷なのよ」

ちょっとちょっと」私はその時、初代の話をとめて云った。「僕、まずいけれど、そこの君の夢に出て来る景色は、何だか絵になり相そうだな。書いて見ようか」

「そう、じゃあもっと詳しく話しましょうか」

 そこで、私は机の上の籠かごに入れてあったホテルの用箋ようせんを取出して、備そなえつけのペンで、彼女が岩山から見たという海岸景色を描いた。その絵が丁度手元に残っていたので、版にしてここに掲かかげて置くが、この即席そくせきのいたずら書きが、後に私にとって甚だ重要な役目をつとめてくれ様などとは、無論その時には想像もしていなかったのである

「マア、不思議ねえ。その通りですのよ。その通りですのよ」

 初代は出来上った私の絵を見て、喜ばしげに叫んだ。

「これ、僕貰もらって置いてもいいでしょう」

 私は、恋人の夢を抱いだく気持で、その紙を小さく畳たたみ、上衣うわぎの内ポケットしまいながら云った。

 初代は、それから又、彼女物心ついてからの、様々の悲しみ喜びについて、尽きぬ思出を語ったのである。が、それはここに記す要はない。兎とも角かくも、私達はそうして、私達の最初の夜を、美しい夢の様に過すごしてしまったのである。無論私達はホテルに泊りはしないで、夜更よふけに、銘々めいめいの家に帰った。

anond:20210322004743

男に性欲ある現状でも家族以外の男性から物心ついたときからゴミみたいな扱いですわ

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