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2018-01-23

親友女の子が好きだった女

から数えて、もうすぐで10年になるとは思う。

当時中学生だった私は、親友である女の子が好きだった。

たぶん、確実に初恋だった

恋愛なのか依存なのか憧憬なのかは分からないし、正直どちらでもいいとは思うが親友がとかく好きだった。

一緒に帰りたい思いだけで、自分の家とは真逆である親友の家まで送ったし、お小遣い制でもないしさして裕福でもない家庭であるのに、たまに祖母からもらうお小遣いをやりくりして、親友誕生日にあの子が好きそうなテディベアを送ったりもした。6000円くらいだった。

親友が他の友人と話すのも嫌だったし、一時期女子中学生らしくグループがごたついたとき親友が私のそばから離れることが嫌すぎて何度か家で吐いた。

自分が男だったら親友告白していただろうし、親友が男だったとしても私は告白していた。

親友とずっと一緒にいたかったし、親友の子供も欲しかった。

思い返しても、恋愛なのか依存なのかよくわからない。

ただ、あの時の私は本当に親友を好きだった。

親友と私が出会ったのは10歳の頃。

転校生としてやって来た親友は、はじめクラスの中でもパリピ寄りの女に囲まれていたのだが、生来そこまで明るくもない親友は結局、クラスでもオタク側であった私と何人かの男女のいるグループで落ち着いた。

彼女は要領の悪い性格で、あまり頭も良くはなかった。

運動もさして得意ではなく、同じく運動ができない私と二人で逆上がりできない組として先生に面倒を見られていたりもした。

勉強のほうは、私は少しばかり得意だったのもあって親友割合計算を教えたり、並列と直列の問題を教えたりとなにかと面倒を見たりしていた。

運動勉強も苦手な親友だが、絵は格段に上手かった。私もちょっとは得意かもと思っていたのだが、親友の絵を見たときにあっさりと打ちのめされた。そして一気に彼女に興味を持ったのを覚えている。

思い返そうとしても、思い返すだけのエピソードなんてなかった。

自転車で山まで走り回ったり、海に行ったり、桜を見たり、祭りに行って花火を見たりした。

中学生のころに目覚めた恋愛感情は、いつしか友人として親友の隣に居られたらいいに変わる。高校生となって親友と別の進路を選び、私は県内大学へ、親友は県外の絵を学ぶ専門学校へ行くことになってからは、あの子が健やかに幸せに生きててくれたらいいと思っていた。

こんな話を思い出したのも、今日で私が彼氏と付き合ってから三ヶ月が経ったからだ。

親友のことを思っていたのもあり、元からメンヘラなのもあり、顔も性格もブスな私は思春期に【同性を好きになってしまった】ことから段々とメンヘラが加速していった。

女神行為をして承認欲求を満たしたり、セックスまでは結局できなかったが出会い系で知らないおじさんに処女を捨てようとしたこともある。おっさんと付き合ってテレフォンセックスして、突然LINEで送られてきたおっさんちんこにびっくりしたりもした。

まともな恋愛遍歴が一切ないまま20歳を越えて、なぜか、今の彼氏出会って、惚れられた形で付き合った。彼氏上記のことをすべて知っている。それでも好きだと言ってくれる。なんでこんなクソ女を好いてくれるかは全く分からない。

たった三ヶ月、されど三ヶ月。

ちゃんと顔を知っていて、会ったことがあって、まともな職に就いていて、向精神薬を飲んでもいなくて、未成年セックスしたりしようとしたこともない人と、こんなメンヘラが付き合えたのは本当にすごいなあと思う。

この時期が一番いろいろあるんだよ、などと言われたりもしたが付き合う前に、お互いの弱い部分や私の過去なんかも話してあったために、今はまだ大きな壁なんかにぶち当たったりはしていない。

それどころか付き合いだした当初、好きとか分からなかったのに今じゃ同じだけの熱量彼氏に対して思っているのだから、恋ってすごいなあとも。

親友よ。私の一番大好きで、大切だった親友

私はあの時、あなたが一番好きだった。

上から目線で最低な女だけど、何もできない君がかわいくて大好きだった。勉強運動もできないのに、心を動かすような素敵な絵を描くあなたが大好きだった。

いまはもう、遠く離れていて会うこともできない親友。私はあなた幸せであることを、今だって願ってます。ごめんね、勝手に願われても面倒だよね。大丈夫だよ、一生君には言わないから。

私はずっと、彼氏のことを好きでいながらも心のなかに親友の影が残っていた。この問題、分かんないよと並べた机の向かいで聞いてくる親友がずっといた。

けど、ここで話せてようやく親友の幻影にお別れできそうである

今までありがとう、これからは本当に友達として仲良くしてほしい。

それから結婚おめでとう。

私の大切な親友へ。

ここ路面凍ってるから自転車から降りろやとキレぎみに警官から注意される

そんなに怒らんでもええやんと思いながら自転車を押していたら靴が滑ってこけそうになった

おまわりさん正しかった

anond:20180123093622

でも最近の子供積載可能自転車って子供シート前(と言うか籠とサドルの間)にあるしタイヤは太いし

転んだとしても抱きかかえたまま転べば子供助かる仕組みだし

※危ないのはカスタムで後ろに子供シートつけてる自転車だろうな

雪道を子供を乗せて自転車に乗ってる人が居た

自殺行為じゃないか?親を選べないって可哀想

田舎ニートだけど人生詰んでる

職歴なし、自動車免許なし、貯蓄なし、親元暮らしの29歳(今年で30)

25から3年ほど近所のコンビニで勤めてたが親に唐突バイトを続けられない少し離れた土地引っ越しを決められる

このとき最初は反対というか家を出ようとしたが「お前の収入じゃどうせひとりで暮らせないから一緒に来なさい」と言われて同行したのが運のつき

あのとき多少無理してでも家を出るべきだった

引っ越し先は山奥の田舎でまわりに働けるような場所がない

あたたかいところなら自転車で多少遠方にも行けたかもしれないがあいにく雪国で遠いところもいくつか行ける限り面接受けたが冬場雪道を片道徒歩2時間以上の場所では当然採用されず。

バイト時代貯金奨学金の返済などで尽きた

バイトでもニートでもいいけど都市部生活で親元パラサイトしてるやつ、今のうちに早めに家を出るんだ

バイトすらできない環境になったらどうしようもない

自殺する度胸もないしゆるやかに真っ暗な未来へおちていくだけ

帰宅指示で町並みから人が消えた

時刻は23時過ぎ。

普段より格段に本数が減った電車の車内はガラガラ

駅を降りると、まさにゴーストタウンのように人が歩いていない。

24時間営業飲食店は、ところどころ営業を終了している。

時々通り過ぎるコンビニでは、蛾が自動販売機の光に集まるかのように、人影が見える。

いつも車が行き交う大通りは、シンとしている。

雪の轍には、スタッドレスタイヤの跡が残っている。

しばらく誰も押していないであろう押ボタン信号機が青に変わる。

大通りから脇に入ると、かつての足跡は新しく積もった雪によって消されようとしていた。

自宅の前には、近所の子供達が作ったであろう雪だるまが、もとの大きさより縦に大きく成長して鎮座している。

からここまですれ違ったのは1人、いや2人か。

当分使えないであろう自転車サドルには、20cm近い雪が積もっていた。

2018-01-22

anond:20180122183340

ふと見ると自転車サドルに30センチ以上積もってるんだよなあ

妹の話

https://anond.hatelabo.jp/20180120165046

https://anond.hatelabo.jp/20180121053851

https://anond.hatelabo.jp/20180121003607

これを読んで。

妹は今17歳、特別支援学校に通っている。子供の頃から少し変わった子だと思っていたが、小中と学年が上がるたびにそれは顕著になり、中2の1月から特別学級に行くようになり、高校特別支援学校を選んだ。

病院では一応病名(?)が診断されたようだが、あまりよく知らない。自閉症アスペルガーではないみたいだけど。

小中の頃はやはりしんどいものがあったのか朝全く起きられず、不登校気味になっていたが、中学の時の担任先生がとてもいい人であれこれ手を尽くしてくれた上、特別学級に行っても気にかけてくれて立ち直り始めた。

中学校の頃は毎日のように車で送ってやらないと登校できなかった(その上遅刻)のに、今では自転車、雨の日はバス毎日自分ひとりで登校できているという。嬉しいことだ。

私は彼女が小6の頃から実家を出ているので、妹の普段生活はよくわからない。

またLINEとかしてもFGOでどの鯖が出た~とか今日やってたテレビで~~とか、もしくは実家ネコ写メしか送ってこないのでさっぱりだ。一度「先輩に告白された」と相談されたときは姉として真摯に乗ってやらねばと思って気合が入った。

それでも、両親のしんどさはわかる。度々妹の愚痴を聞いてきたし(中学校のころは学校へ行ってくれない、言葉の受け答えがいまだに幼い、時計が読めない……などなど)、二十歳を過ぎて母と二人で飲みに行ったとき、母が少し涙目になりながら「妹を産まなきゃよかった」と言った時はものすごくショックを受けた。けれどそういう母の気持ちもわかるので何も言えなかった。父も始めの頃は病気を認めず、「現代の贅沢病だ」と切り捨てていたが、妹の様子から段々そう言ってられなくなり、父なりに妹への接し方を少しずつ変えていった。基本自分しか興味のない父には大変なことだっただろう。私が子供の頃とは想像もつかない変貌を遂げた。

私はもうすぐ20代後半へ足を突っ込む。春から結婚を考えている恋人同棲を始める。周囲もどんどん結婚出産していく。そんな中で自分出産するときのことを考える。

母の「妹を産まなきゃよかった」はいまだに心に突き刺さっていて、もし自分の子供が障害児(身体的にも精神的にも)だったら愛せるだろうか、母のように「産まなきゃよかった」と言ってしまわないだろうか、とまだ妊娠すらしてないのに思うときがある。

他にも三月ライオンアニメを見ていて、「自分の子いじめ加害者被害者になった時、親として対峙できるだろうか」とかめちゃくちゃ思ったし、最近始まった深キョン松ケンドラマを見て「私も生理周期安定してないタイプだし、不妊かも」とか、とにかく考えることが増えた。

まだ影も形もない自分の子供だけでなく、妹の将来だって不安だ。私が今住んでいる地域地元新幹線で行くような距離だけど、今後両親が妹の世話を焼ききれなくなったらその役割わたしにやってくるだろうし、そもそも両親を介護しなきゃいけないかもしれない。

私は私でまだ人生でやりたいことがたくさんあるし、でも限りある時間・体力のリソースをどこまで家族に割けるか正直好きなことしかしていない今ではわからない。年末帰省した時には両親にちらっと、妹をいっそ私がいる地方就職させてしまおうかという話をされたが、どうなるんだかまったく実感もわかないし予想もつかない。そもそも本人一応大検受けて進学したいって言ってたし。

勉強してないし勉強できないみたいだけど。もともと生物系が好きで研究者になりたいって言ってたか応援はしてやりたいんだけどな……。ただ特支の子大検に受からせて大学に通わせるってそれもそれで経済的・体力的にすごい労力だし。

どんな子であろうとその子の一生を背負う覚悟ができる奴だけ子供産めっていうのは分かるし、当然のことだけど、私も母のような言葉どれだけ酔っぱらおうと口にしたくないし、そう思うと妊娠出産って本当にある意味選ばれた人しかできないことのように思ってしまう。

それでも自分家族を産みたいって思う人は、どうしたらいいんだろ

※ちなみに母は「生まなきゃよかった」と言いながらも妹とは仲良くやってるしたまにヒス起こしつつも愛情もって接してます

別に嫌いなわけじゃない、憎んでるわけじゃないけど、酔ってぽろっと出てしまった言葉なんだろうな、と。妹の場合養育手帳もらうのが中学3年生と遅かったのもあって、両親もなかなか受け入れられない期間が続いていたので……。

私は適度に妹と距離がある分、病気の部分も個性と思って面白おかしく接しつつ仲のいい姉妹できてるけど、もっと距離が近かったら母と同じだったかもしれない、それなら自分の子だってどう思うかわからない、と思います。大体障害とか病気とかなくたって、馬が合わなかったりDVになったりとかそういう可能性もあるわけで、そういう可能性全部ひっくるめて愛する自信と覚悟持つなんてやっぱ子供を持つってこわい。

anond:20180122035458

毎日排便していた息子が今は3日に1回しか排便できていないんだ。自転車も乗れていたのに今は乗れなくなったんだ。

2018-01-21

腰痛

腰椎狭窄症と診断され、MRI撮影したら二か所狭窄していた。

取り合えず薬で対処療法。なかなか効果のある痛み止めが見つからない。

リリカはふらついて副作用がつよくて駄目。

トラムセットを2錠飲むと効果が出た。それでも効き目の持続時間はせいぜい3時間と言ったところ。

夜寝る前に飲めといしゃが言ったが不眠の副作用があって2錠も飲むと全く眠れ素徹夜状態

3日も眠れない日が続いたので止めて朝飲むようにしたら眠れるようになった。

腰椎狭窄症は腰痛ではない、姿勢によって足が痛くなって歩けなくなる、立っていられなくなる。

前かがみにお立つ、前かがみに歩くと痛くないが、姿勢を良くすると激痛が走る。

自転車に乗ると痛くない。自動車運転も少し前かがみで運転すれば痛くない。

問題は歩く時だ。寝ている姿勢では上向きでも横向きでも痛くないのでこれは助かる。

前かがみに歩くのは腰の曲がった爺様みたいでカッコ悪い。

ポケットからこぼれ落ちた手袋が戻ってきた

1ヶ月以内に2回もやってるからよっぽどどこかへ行きたいんだな

何年か前は自転車の鍵を3回落として3回とも戻ってきた

ちょっと変わったキーホルダーがついてたから戻ってきたんだと思ったけど、今回の手袋は目印になるものもなかった

よかったー

今年はかなりツイてるし、うまくいけば人生の中でもかなり大きな人間関係の変化がある

このままツイてる状態を維持したい

消防士さん

3歳の次男はいからか「消防士さんになりたい!」「消防士さんになって消防車に乗る!」と言うようになった。

服もはじめてのパンツ靴下ズボンのつぎあても見事に消防車でそろえた。

お出かけといえば消防博物館

消防署を見かければ大騒ぎ。

とにかく消防士消防車に夢中なのだ

長男がそういった小さい子にありがちな夢を口にしなかったこともあって、次男消防士への熱い憧れがなんだか不思議だし、ほほえましく思っている。

自転車で走っているとき消防車に遭遇すると、もう大興奮。

チャイルドシートから落っこちるんじゃないかはらはらするくらい必死ぶんぶん手を振る。

そんな時、消防士さんたちは、窓を開けて手を振りかえしてくれる。

もう何十回もそんなことがあったと思うが、少なくとも次男がすれ違った消防士さんたちは、手を振るだけでなく、毎回必ず窓を開けてくれるのだ。

それがどれだけ次男を喜ばせることか。

消防士さんはやさしい!」「強い!かっこいい!」とますます憧れを強くしている。

次男のように消防士にあこがれている子どもはたくさんいると思う。

消防車で走っていればそういった子どもに手を振られることも少なくないだろう。

そして、そうした子どもを見かけるたびに窓をあけて、熱い思いに応えて手をふり返しているのだと思う。

そう思うとなんだか胸が熱くなる。

そういえば、ホーム子ども二人が電車に手を振ると、最後尾の車両車掌さんが手を降ったり敬礼したりしてくれる。

旅行先で車掌さんが自分かぶっていた帽子子どもかぶせて一緒に写真を撮ってくれたこともあった。

タクシー運転手さんが特製のシールをくれたこともある。

ボタンを押したいと言って泣く長男特別ボタンを押させてくれたバス運転手さんもいた。

育児孤独感に苦しむことも少なくないけれど、ほんの一瞬触れ合ったそんな人たちの想いに慰められたり励まされたりしているなぁと感じるのだ。

次男今日消防車柄のパンツトイレトレーニングに励んでいる。

電動自転車,略して電車

国民体育大会,略して国会

経験済み,略して経済

銀座に行く,略して銀行

歩行者自動車ルールと強弱。

今日、車とぶつかりそうになった。

横断歩道を横断中のことだった。

歩行者信号完璧に青!目盛も半分以上残ってて逆立ちしたって青に違いない。

そこを当然の如く横断しようとしたところ進入してきたのが先方のお車ですよ。

いや、先方と言っても実際にはぶつかりそうになっただけでぶつかってないしもめ事にもなってないし運転手の顔なんか見ても無いんだけどもさ。

とにかくそいつが何のためらいもなく左折しようとしてきた!

しかしだね、こちらとて時には自動車運転手横断歩道では歩行者が優先に決まってらあ、免許取った人間ならここで一時停止するはずだと堂々たる足取りを止めなかったが相手の車も止まらん。全然止まる気配なし。

このまま行っても無益にケガするだけだから譲ったけど納得いかいね

これ、一時停止違反から明らかに車が止まらないのが間違っているわけじゃないですか。救急車パトカーじゃないよ?普通軽自動車

しかし我々歩行者は車の方が止まらないと察するや道を譲るしかない。なぜなら、人間身体よりも鋼鉄自動車の方が強いからではないか

車は人をはねたら勢いによっては多少凹むかも知れないが、人は車にはねられたら最悪死ぬ

から我々歩行者自分たちの方が明らかに正しいと知っているのに、間違っている車に道を譲ってしまう。間違いを容認してしまう。

私は大変に悔しい。私の身体が車より堅固で強かったら横断歩道傍若無人に進入してくる車に道を譲るなんてこと絶対に無いだろう。

私は近頃このような出来事人生とはこんなものだ……としみじみ感じていたのですが、急に書きたくなったので記事しました。

車道を走る自転車が車の信号で止まらないのも大変危険迷惑ですが、それはまた今度書きます

2018-01-19

夜道

人気のない道を1人で歩いてたら、向かいから警察官自転車に乗って走ってきて、何事もなく通り過ぎたんだけど、ものすごくビビった。

別に悪いことしてないのにおまわりさんと遭遇すると変にビビってしまうのって僕だけじゃないよね?

小学生声かけしている不審おっさん

今朝犬の散歩をしていたら、登校中の小学生の男女二人組に、ママチャリに乗った全身黒づくめのおっさんが馴れ馴れしく話しかけているのを見かけた。「おはよー!」「その靴、花がついててかわいいなあ」「そのランドセルシールギラギラでかっこいいなあ」「毎日、家に帰ったら大人の人が家にいるか?」など聞いていて、小学生は「いないよ!夜までいない!」と答えるなどしていた。田舎で、全く人気のない道だった。俺がその道を通ったのも、犬が気まぐれを起こしてこの道に来たからだった。おっさんテストの点数を聞いて褒めちぎりはじめた。あやしすぎる。これいわゆる不審者ってやつだよなあ……あとで小学校にそれとなく伝えたほうがいいのかな……と考えていた、その時のことだった。

「それじゃまたあとでね~!校長先生!」

なんと、黒づくめの怪しいおっさん子どもたちの学校校長だった。たしか校長なら、子供が一人で留守番してるのを気にかけるのは全く不思議じゃないし、女児の靴や男児シールテストの点を褒めながら朝に自転車を漕いでいても、全く不思議じゃない。校長は俺にも挨拶してくれていたが、俺は猜疑心MAXだったのでめちゃくちゃ無愛想に答えてしまった。怪しいと思ってチラチラ男と小学生の方を見ていたていたので、むしろ怪しい男は俺の方だったはず……。あの道は人通りが少ないからあえて通勤路にしているのかもしれない。すまない校長

習字教室

同じアパートに住んでた幼馴染、Aちゃんと妹のBちゃん

めちゃくちゃ可愛くて大好きだった。本当に好きだった。Aちゃんがだいすきだった。

Aちゃんのおばあちゃんが習字教室をやってて、そこに一緒に通わない?って誘われて、幼稚園の時から行くことにした。毎週土曜日、13時くらいから15時くらいまで。AちゃんとBちゃんが前の席、私は後ろ。

よく考えなくても当たり前だけど、私だけ他人。AちゃんBちゃんは大好きなおばあちゃんから教えてもらえて、楽しそうだった。私にとっては知らない人だから、すごく緊張した。けど行き始めたし、Aちゃんが大好きだったから通い続けた。

おばあちゃんからしたらそうなるのは当たり前だけど、私よりAちゃんBちゃんをよく見て、指導して、ひいきした。私は放置が多くて、おばあちゃん!増田ちゃんもみてね!とかAちゃんが言ってた。でもしょうがないよね、先生から見たらAちゃんBちゃんは可愛い孫、私は他人なんだよなって子どもながらにぼんやり思った。

習字教室は学区外にあった。通い方は、私は鍵っ子だったので自転車で来て帰る。雨の日は1時間とかかけて歩いて行く。AちゃんBちゃんはお母さんによる車での送り迎えがあった。

初めは気にしていなかったけど、小学校6年間それが続いたのはけっこうつらかったんだと思う。

AちゃんBちゃんは小学校入る前くらいに大きな一軒家に住み始めた。庭のある大きくて綺麗なおうち。おとうさんの趣味だという豪華なキャンピングカーなんかもあった。お金持ちだ。

対する我が家は当時はかなり珍しい共働き。ずっと鍵っ子だった(クラス鍵っ子は私だけだった)。しばらくアパート住まいだったけど、お金が無くなったり色々あって、恐ろしいほどぼろぼろな平屋に引っ越した。風が吹き込み、トイレのドアは薄くて変な木で出来てて勝手に開いた。毎日サバイバル生活ができる家だった。狭くて、二段ベッドの上しかパーソナルスペースがなかった。でもその家は好きだった。夏休み毎日庭でひまわりと一緒に過ごせたから。

普段遊ばない友達が家に来たいというのであげたら、その子は偵察部隊で、うちのボロ屋をたくさん観察して、帰ってお母さんに報告して、私のぼろぼろのおうちの話は一気に広まった。そんなことするひともいるんだなと思った。

AちゃんBちゃんはすごくかわいい。本当に可愛くて、いい子で、大好き。おばあちゃんにも愛されてて、習字の後の筆もお湯で洗ってもらえる。私は他人から洗ってもらえなくて、たまーにAちゃんが増田ちゃんの筆も洗おうよって言って、洗ってくれた。でもほんとうに申し訳なかったから、大丈夫だよ、家で自分でやるよって断ってた。家はお湯が出なくて、水で洗うからたかった。

雨の日、かさをさして歩いて帰るけど、小学生には習字道具が重かった。AちゃんBちゃんは車でばいばーいって私に手を振ってくれた。家の方向が真逆なので、私も手を振って別れた。早く帰らないと寒いし、重いし、冷たいし、風邪を引いてしまう。雨はしとしと降り注いだ。

おばあちゃんの家にはおじいちゃんもいて、そのおじいちゃんは明らかに私に気を遣ってくれた。帰り際、私にだけこっそりぽたぽた焼を渡してくれたり、ある時はナイショで自転車の後ろに乗せて家まで送ってくれた。すごく優しかった。

Aちゃんは私にもいつも声をかけてくれて、優しくて、可愛くて、お菓子もくれて、きをつかってくれてた。おばあちゃんも、きちんと習字を教えてくれた。そのおかげで今綺麗な字を書けている。おじいちゃんも、ほんとうにすごくやさしかった。

そのはずなのに、その頃のことを思い出すとぼろぼろ涙が出てしまう。大好きなAちゃんとの思い出がたくさん詰まってるのに。いろんなお話も出来て、楽しかったはずなのに。

帰路、なんであんなに泣きながら帰ったんだろう。

Aちゃんちはお母さんがむかえに来て、お休みの日は家にお父さんもいたけど、なんでうちはお母さんの休みの日はなくて、お父さんは週に一度、木曜日20から10分、宅配仕事の合間にしか会えなかったんだろう?

しかたないじゃん。お仕事なんだからさ。

がんばっておしごとしてたんだからしかたないじゃん。お父さんのせいじゃないでしょ。私ががんばって我慢すればよかったじゃん。全然会えなかったけど、どこにも出かけられなかったけど、みんな休み明けにお土産くれる中一度もおかえしできたことないけど、仕方ないじゃん。グアムお土産とか貰いっ放しだったけど、夏休みは家と近くの公園を行き来してたけど、しかたないじゃん!

誰も悪くないよ!だれもわるくない!習字のせいにするのやめろ!悪くないじゃん!悪くないのに

そうやって人のせいにする

そういうところ よくないよ

あなた自己肯定感は全くない、もしくは著しく低い。最近、そんなことを言われた。

みんな悪くないのに、この話が原因かもなんて思ってしまう。今思い出しても涙が止まらなくなる。悪いのはこういう解釈しかできなかった私。みんなごめんなさい。元気になローソン

2018-01-18

anond:20180118222414

最初から完璧ものなんて作れないよ、自転車一発で乗れるようになる人そうそういないでしょ

趣味小説書くけどガーッと書いて捨てるものなんて山ほどある、いっぱい作っていっぱい試行錯誤するしかない

ラフからブラッシュアップしていくんだ!理想が見えてるなら上達も早いよきっと

2018-01-17

anond:20180117184919

ある日、暴走族自転車に乗ったサラリーマンを追い掛け回していた。

からパトカーが来て「止まりなさい!」と警告してたけど、縦横無尽路上を駆け回る暴走族に巻かれていた。(使えないw)

 

近所の住人や通行人傍観して、誰も止めに入らない。

仕方がないので「助けてやろう」と思い、暴走族を追いかけた。

 

集まってる場所に追い付くと、自転車ごとサラリーマンが消えていた。

暴走族たちもキツネにつままれたような顔をしていた。

引田天功脱出マジックが使えるサラリーマンだったのかも?(謎)

付き合えなかった男の話

もう結婚してて、それなりに幸せ暮らしてる主婦

それでもたまに思い出してしまう人がいる。

その人は、元カレでもなんでもない、告白したら振られてしまった人。

でも今まで付き合ったどんな元カレよりも印象深く、忘れられない人だ。

彼とは同じバイト先で、私はフリーター、彼は学生

4つくらい年下の彼のことを、最初は真面目で謙虚好青年だと思っていた。

バイトで同じ内容の仕事をしているのもあり、そのうち彼とは自然とよく話すようになっていった。

私は当時よくバイト仲間とお酒を飲みに言っていた。男の子と飲むことも多々あったけど、あくまでもバイト仲間としてワイワイするだけで、誰のことも異性としては全く意識していなかった。

彼は、いつ誘っても忙しいからと断ることが多かった。同じ周りのバイト仲間の学生たちも、「○○くんは謎が多いから」「○○くんは真面目だから」と、一線を置いていた。私自身も何度か断られているうちに、きっとお酒の席やワイワイしてる空間が苦手なんだろうなと思うようになっていった。

その日のバイトは彼も私も17時上がり。(彼は日中講義のない日だった)予定もなかったので、私はダメもとで彼を飲みに誘ってみた。

すると、彼はこう言う。

今日は、他の人は一緒じゃないんですか?」

私は、もしかすると二人きりだと嫌なのかな?と思い、ああ、じゃあ誰か呼ぼうか?と提案した。けれど、彼はこう言う。

増田さんと、二人きりなら行きます

それを聞いて、思わず私は目が点になってしまった。

二人きりなのは、もちろん構わないのだけど。

どうしてなのか、それ以上の意味はらんでいる気がする。

その当時、私には彼氏はいなかったのだけど、恋愛対象として見るつもりの全くなかった彼に、まだ働いてる時間なのに不意打ちでそんなことを言われ、(誘ったのは私からだが)少しだけ舞い上がってしまった。

結果、じゃあ、二人きりで行こうか。と、いう流れになった。

はいえ、この時点では全く好意を持ってるとかそんなんではなかった。

なんだか緊張するので、店は個室居酒屋かい雰囲気場所ではなく、バイト仲間の野郎どもと良く行くタイプの、焼き鳥日本酒ビールしか出てこない、常に親父がテレビ野球中継見ているみたいな雰囲気大衆飲み屋へと連れていった。普通、男女のカップルでは絶対に行かないタイプの店だ。

彼は、「僕、こういう雰囲気の店、好きですよ」とにこにこしていた。こうやって二人で飲みに行くまで知らなかったけど、きれいめのファッションがよく似合うおしゃれな男だった。正直、ファッションセンスはとても、ものすごく好みだと思った。

とりあえずビール枝豆乾杯する。飲んでる彼のことを初めて見た。酒が苦手だと勝手に思っていたので、ビールガンガン空けていく彼にものすごくショックを受けた。こんな話、聞いてない。知らない。そんなに飲めたんだ?と聞くと、「酒は好きなんですよ」と、いつもはしないタイプのにこやかな笑顔で笑った。

酒が進むにつれ、彼はどんどん饒舌になっていった。

普段飲み会を断るのは、本当の自分とのギャップに周りがびっくりしそうだから、というのが一番の理由らしく、真面目そうに見えるが実はお調子者で、どんな相手でも絡んでいってしまうので敢えて避けているとの事だった。

また、普段は気をつけているが、そこそこ口が悪いらしく、友達の前だとくだけた口調で話すらしい。

これは、内緒ですよ。なんて口に指を当ててしーっとするジェスチャーをされて、不覚にもどきっとしてしまった。

なんだか、開けてはいけない扉を開けてしまった気分だった。

一軒目の店を出て、そこそこ酔いも回っていたけれど、なんとなく解散ムードにはならなかった。

「もう少しだけ、一緒にいません?」

なんて聞かれて、正直ちょっといい気分だった。

二軒目は、普通に個室居酒屋に連れていかれてしまった。もうどこでもよかった。もうすこしだけ、二人きりで話がしたかった。

そこでした話は、今ではもうほとんど覚えていない。でも、向かい合わせでも座れるのにいつの間にか隣に座ってて、彼が

「酔った増田さん、全然バイトの時と印象違ってかわいいです」

「これ食べます?あーんして」

なんて感じであやされているのは記憶にある。久しぶりに、ものすごく、女として扱ってもらえて、すごくドキドキした。その日の夕方までなんとも思っていなかったはずの彼が、信じられない位かっこいい男の子に見えて、つい、私も、普段隠してた自分の女っぽい部分をさらけ出し始めた。

「このままじゃ帰れないです。責任とって…」

なんて、わかりやすく甘えて。

彼は、そのままタクシー自分の家まで私を持ち帰って、その夜は、最後まではしなかったけれど、それなりにエッチなことを沢山した。

夢みたいな時間だった。

それまで、自分はあまり自分のことを女だと思ってなかった。それなのに、彼は、たった一晩で私の女の部分をこじ開けた。

あんなに真面目そうに見えたのに、どうして。

別に今まで私のこと好きだったとかそんなんじゃないのに、どうして。

家にコンドームがないからと最後のそれは断ったくらい遊び慣れてなさそうなのに、どうして。

たくさんの「どうして」で胸がいっぱいで、でもなんだか嫌ではなかった。

結果、彼とどうなったかというと、このあと彼のことを好きになった私は、次のデート約束を取り付けるものの、そこでふられた。

理由は、「増田さんは僕と似すぎてるからダメ」で、今思い出してもなんじゃそりゃって感じだ。ふられた直後はショックで顔も見たくなかったけど、バイト先で会う手前平然としていなければならなかったし、他のバイト仲間は私たちにそんなことがあったなんて誰も知らない(知ってても困る)から、この期間が一番きつかった。

やがて彼と私は、バイトの中でもお互いに違うポジション仕事担当するようになり、一緒のシフトに入っても、休憩時間さえ被らなければ、顔を合わせることもめったになくなった…………はずだった。

彼は、あの夜以降、なぜかよく飲み会に顔を出すようになった。

今まで真面目で通してきたキャラが一転、女の子大好きキャラになり、女の子からは嫌がられていたもの男の子から面白いと絶賛され、バイト内での友達も増えたようだった。

それを別の輪の中から見ながら、(元気そうでなによりだな)と思っていた私だが、しばらくは彼と会話をする気にもなれず、半年くらいはずっと無言か、業務上必要な会話も明らかに塩対応だったと思う。

年下にいいように遊ばれたな、というのが正直な気持ちだった。そんな自分が恥ずかしくて、なるべく早く次の恋がしたかった。

そんなある日だ。

閑散とする時間だったので、自分ポジションを私一人で回していたとき、急に彼が私のところへ来たのだ。

お久しぶりです」

なんでもないような感じで普通にしかけてくる彼に、私は全身から警戒オーラを放っていたと思う。すると彼は、近寄ってきて、急に手を取って私の手になにか握らせる。

びっくりして中を覗くと、クッキーだった。

「一人で頑張ってたから、ご褒美……」

困ったみたいに言う彼に、なんだかおかしくなって私は大笑いしてしまった。ありがとう、って言ったら、彼は、

「やっと俺に笑ってくれた」

と嬉しそうに笑うので、すこしだけ、やっぱこの人のこういうとこ、スキだな…と思った。

それ以来、つきあってるわけではないのだけど、バイト中に遊びに来たり、一緒に食事に言ったり、バイト帰りに自転車二人乗りでどこかに行ったりと、私がバイトをやめるまでよく遊ぶようになった。

彼は、バイト先では絶対に言わないが私のことを増田さんではなく名前で呼ぶようになり、慣れ親しんだ友達に接するみたいに私をぞんざいな態度で扱うようになった。でも、たまに○○さんの名前かわいい。なんて言いながら頭撫でたりするので油断ならなかったが。

私も、彼のことを好きだったのかどうなのか、思い出してもわからない。けれど、ものすごく一緒にいて楽だった。あの日以来、キスも何もしなかったけど、彼の前では無理せずに、女の子でいられた。女扱いされてなかったのに。

今思えば、お互いに、別に理想相手でも付き合いたい相手でもなかったんだと思う。

ただ、どうしようもなく、性癖に刺さる相手だった。

それはきっと、うぬぼれでなければそうだと思う。

だって、当時こっそり覗いた携帯メモリー、女の名前は私だけだったから。

それがすごく、嬉しかった。

まぁ、彼女じゃなかったんだけどね。

というわけで、私が県外に就職し、3年もしたら別の男とあっさり結婚したのでこの件はわたくしだけの思い出話なのだけど、何が恐いってつい最近私は一方的に知ってしまったんだよね。彼、今わりと近くに住んでるっぽい。偶然見つけてしまった。

なんでなんだろう。

県外も県外、行き先も何も知らせてないのに。

どうやら今は向こうにも相手がいるみたいだし、私も太って誰だかわからなくなったので大丈夫だと思うけど。

でも、今が幸せから願う。どうか、出会いませんように。

たぶん彼がまたあんなふうに仕掛けてきたら、どうなってしまうかわからないなととっさに思った自分がいた。

こんなこと、誰にも言えない

そのくらい、どうしようもない恋を、してしまたことがあるんだ。

2018-01-16

おそ松さん進撃よりヤバイ弱虫ペダル

かつては円盤が安定して5000枚以上売れていた人気作。しかし3期NEW GENERATIONは1300枚付近をふらふらしている状態

単純に自転車漕いてるだけで飽きた、他の作品に移った、見ている人が減ったので見るのを止めたのイナゴ思考から来る負のスパイラルか。

終わりどころが見えずだらだら続く作品にどこまでファンはついていくのか。

4期GLORY LINEからも目が離せない!

牛丼屋でおっさんに絡まれた話

この前、お昼ご飯作ってる時に姑とめちゃくちゃ言い争いになり、とうとう我慢できなくなったので、作ってたご飯放置して子供抱えて外に出た。

最悪の気分で子供と近所をウロウロして駅の方まで行ってしまったんだけど、子供お腹すいたというのでもうなんでもいいと思ってすき家に入った。

すき家、私はあまり食べたいとは思わないが、子供CMとかで見てて行きたがるので、子供と二人だけの時はたまに入る。

旦那旦那母は絶対に入りたがらない。前にみんなでお昼行く時にすき家いいんじゃない?と言ったら旦那母にものすごく馬鹿にされたのでもう誘うこともしないけど。旦那は飲んだ帰りとか一人でよく行くらしい)

マックよりはマシかなーという感じ(栄養とかの面で)

牛丼はお持ち帰りして公園とかで食べようと思って、子供用のやつとサラダだけ頼んだ。

注文待ってたら旦那からラインが入ってて、適当駅前すき家にいるよって返したら電話がかかってきた。

席離れて電話に出たら、いきなり不機嫌な声でなんで昼飯作らんの?とか、早く帰ってきて昼飯作ってとかいうので、死ねって思ったけど、お母さんと喧嘩してちょっと居づらいとかの話をした。子供が後ろで騒ぎだしたのも聞こえてるし、ていうか子供牛丼なんか食わすなよとか言ってくる。

マジでもう無理だこれってなってバーカっつって切ってしまった。

席に戻ろうとすると、突っ立ってたおっさん子供を指差して「ここは公共の場からかにさせなさいよ」とか言うのでマジで死ねって思ってうっかり「何言ってんだバーカ」って言ってしまった。おっさんの表情が変わったのでやっちまったと思ったけど、カウンターで食べてた人がおっさん子供がうるさいのぐらい我慢しろよって言ってくれて、それでおっさんは黙ったので事なきを得た。

子供は私が大きい声を出したので黙ってしまった。

なんで私は我慢ができないのだろう。

なんでちゃんとご飯も作ってあげれてるわけでもないのに、怒ったりどなったりしてしまうんだろう。

泣きそうだったけど、牛丼を受け取って公園子供と遊んであげようと思った。

 

牛丼から出て公園まで子供と歩いている途中、牛丼屋で絡んできたおっさん自転車ロードバイクみたいなやつ)で追いかけてきて、なんか説教を始めた。

おっさんに対しては、暴言を吐いてしまったと歩いている間に申し訳ない気持ちになっていたんだけど、

わざわざ牛丼からいかけてくるとかやばい人では?と思って怖くなったし、無視して子供を抱っこして人通りの多い道に早歩きで行こうとした。

そうしたら、おっさんはまだ後から付いてきて喋ろうとするので、「うるせーよバーカ」ってめっちゃ言って小走りで逃げた。

それ以上追いかけては来なくてほんとによかった。怖かった。

私が怒鳴るので子供もかなりびびっていたし、公園に着いても遊ぼうともしない。牛丼あんまり食べてくれなかった。

もう本当に最悪の中でも最悪で、ご飯もまともに食べさせてもらえないし、ママは怒ってばっかりいるし、パパにも誰にも遊んでもらえてないし、子供が一番かわいそうだ。

ほんとうに辛くて、公園で泣いていた。

しばらくすると、子供砂場で遊び始めてくれた。

 

子供の残りを食べたけど、すき家牛丼はやっぱり好きじゃない。

家に帰った後、おしっこ匂いすき家牛丼匂いになってると感じた。

なか卯和風牛丼が好き。

2018-01-15

朝が寒すぎる

この季節だとまだ日が昇ってないうちに家を出なきゃいけなくて寒い。寒さによるダメージが大きすぎる。今は

1. 着る毛布を着たまま寝て、そのまま寝床を出る

2. ヒーターをつける

3. 服をヒーターの前に持ってきて、温める

4. 湯を沸かす

5. 軽い運動(壁腕立てとか)をする

6. インスタントコーンスープを入れて飲む

7. 服を着替える

8. 貼るカイロを貼る

9. 水筒に茶を入れる

10. 炊飯器のご飯を食べる。時間がなかったらおにぎりにして電車で食べる

11. 自転車で駅まで行く

という手順だが寒い。とにかく寒い。なんか暖まる方法あったら助けてくれ

2018-01-14

anond:20180114142453

女叩き 止めない

政治叩き 止めない

マスゴミ叩き 止めない

電通叩き 止めない

ゆとり叩き 止めない

氷河期叩き 止めない

老害叩き 止めない

ソシャゲ叩き止めない

満員電車叩き 止めない

自動車叩き 止めない

自転車叩き 止めない

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