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はてなキーワード: 空洞化とは

2021-05-11

anond:20210511061102

罰則付きのロックダウンが出来る様に、必要なら憲法改正してください。日本型変異ウイルスが出た時に、出来る出来ないでは変わりますよ。

これな。あと国内だけじゃなく非常時条項もつくってIOCゴーホームできないもんかね。

国内でのワクチン臨床試験不足の問題対応してください。急いだ結果、副反応で死者がある程度(AZ製よりは少ない程度は)出るくらいの覚悟を決めてください。

これはすぐには無理やろなぁ。囚人のうち希望者に打ってもいい司法取引とかしないと。献血有償時に乞食貧血死するまで殺到した過去があるやん?日本なんて人口たかが知れててそんなにたくさんの囚人もおらんしな。その意味でも中国とかすげーわ。住みたくないけど。

主に飲食業など、雇用を支えてる業種への支援をしてください。コロナが収まっても、働く場所がない上に潰しがきかない飲食関係者があぶれたら悲惨です。

ワクチン接種に医師を狩りだせるように、一般病床削減は強力に推し進めるべき。今後の医師労働環境改善にもなります

潰しが効かないのは鳥インフルだのコロナ休校しまくった新卒学生もおなじやで。

というかすでに産業空洞化があるからせめて巨大な単一イベントであるオリンピックだけでもとしがみつくんやろうな、ボランティアじゃ本末転倒だが。

バブル時代の「箱物行政」とおなじ。まとまった人数に口に糊することのできる産業がそういうのし政治家は思いつかないし、

まとまった人数でやるような仕事って今本当に内燃機関コンピューターにおきかえられてしまって存在しない。

福祉子育て飲食業ユーチューバー、どれも個別サービス業やな。

2021-04-22

anond:20210422014901

そらそうよ

急には実効性のある制裁なんかできない

時間をかけていく必要があるから、5年くらいを想定している

2020/12/8 「オーストラリア州政府の「一帯一路合意破棄可能に-議会が新法」

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-12-08/QL04SXT0G1KX01

から

2021/4/22 「豪、州政府中国一帯一路」参加協定を破棄」

https://www.afpbb.com/articles/-/3343302

て感じで段階的に進んでいく

中国が態度を変えれば止まるだろうがね、どうなるだろうね

ところで

"アメリカ経済中国依存してるから貿易赤字が生じた結果起きただけのことなので"

これは誤りだと思うよ

市場を持つ国は強い、市場大事、だからこそ安倍首相の輸出管理強化が批判されるわけで

工場なんてどこでも作れるんだよ、米国にとってはホンジュラスメキシコベトナムインドネシア

日本からいっぱい工場出ていって産業空洞化したの見ればわかるだろ

2021-04-14

anond:20210412141123

 私はここ二十年ぐらいに共●党に投票している。ただし党員でもないし、積極的に支持しているわけでもない。一人の市民として「反・新自由主義」の立場ものから、それを意思表示しようとすれば他に選択肢が無いので、仕方なくそうしているというだけのことであるしかし、これは私個人選択と行動であって、何も他人押し付けるつもりは全くない。

 リベラルまたは左派政党/政治家に対する「弱者からの支持が伸びないことについて考えた、n=1の私の個人的な意見を述べる。

 結論から先に言えば、政党政治家のものよりも、その応援団を務めるマスメディア知識人が悪い意味で目立ち、ネガティブイメージ有権者に植え付けたことが大きな要因だと思う。簡単に言えば「あん人間たちが支持しているということは、その支持対象である政党/政治家も信用できないな」という素朴な不信感である

 不信感の全てを列挙することは私の能力では不可能だが、いくつか例を挙げる。

= = =

(1) 自民党から民主党政権交代が起きる直前の頃には、テレビ新聞で盛んに「年越し派遣村」の話題を取り上げていたように記憶している。

 しかし、民主党政権樹立を果たした年の年末には報道も下火となり、「年越し派遣村」の場所は非公開となり、利用者の姿や肉声もほとんど報道されなかった。

 今でも当時と変わらない境遇で苦しんでいる人たちがいるはずなのに、あれから年末テレビ新聞も「年越し派遣村」あるいはそれに類する活動を、自→民政権交代前ほどには報道しなくなった。

 マスメディア知識人にとって、庶民貧困問題は、自→民政権交代の起爆剤としての利用価値しか無かったのだろう。そのような不信感を抱かせてしまった。

(2) 鳩山政権は「最低でも県外」を合言葉にして、沖縄県米軍基地負担を減らすことを明言した。当時、東京拠点にする大手マスメディア知識人もそれを支持した。

 しかし蓋を開けてみれば、それは「九州離島基地負担を打診する」という「沖縄県以外の地方負担押し付ける」内容だった。「鳩山由紀夫公約を守れるように、東京(あるいはメディア関係者知識人居住地)に米軍基地を誘致して応援します」と言ったマスメディア関係者知識人はいなかったと記憶している。

 沖縄県以外で米軍基地負担している県の負担は「存在しないもの」として扱い、沖縄県以外の県には負担押し付けても構わないとする、大手マスメディア知識人欺瞞が明らかになった。

 念のために言っておくが、私の居住地米軍基地負担している。

(3) リベラル左派が、庶民からの支持を集められたかもしれない機会が、過去に一度だけあったと思う。

 それは、某俳優が「テレビ韓流コンテンツばかりだから自分は見ない」と発言して、世間マスメディアから猛烈にバッシングされた時である

 あの時、某俳優に対する反論の主流は「テレビ局が韓流コンテンツを流す理由は、制作費/人件費コストを安く抑えられるから」というものであった。これは、おそらく事実であろう。

 しかし、それは国内労働者雇用喪失国内産業の空洞化を招く道筋である労働者雇用考える人や団体ならば「民族差別には与しないが『国内労働者雇用を守る』という意味でならば、私(たち)は某俳優問題提起に賛同する」と意見表明をするべきであった。反・権力左派支持の態度を普段はとっている芸能界関係者も、某俳優発言当時は「国内労働者雇用を守れ」とは言わなかった。

 あの時は排外主義者たちが某テレビ局前でデモをしたようだが、もしも同じ頃にあれに負けないぐらい「国内労働者雇用を守れ」というデモを展開できていれば、左派存在感をアピールできたのではないだろうか。しかし、そうはならなかった。

 「普段は、マスメディア知識人は『反・権力』や『左派思想の支持』を訴えているが、いざとなれば労働者の味方になってくれないのではないか?」と、根深い不信感を植え付けてしまった。

 実際、その不信感を裏付けるように、コロナ流行演劇業界ブラック労働環境搾取実態が白日の下に晒された。

= = =

 はてなブックマークでは、リベラル左派批判する声に対して「どうせ野党には投票しないくせに」と言われることが多いように思う。だから野党投票している人間の一人として書いた。

 自民党の独り勝ちでは健全ではない。そういう意味では、まともな政権運営能力のある野党が育つことが望ましいことには同意する。しかし、だからといって野党やその支持者への疑問や不信を飲み込んで黙り込むのも、同じくらい不健全であろう。

 私自身はリベラルとも左派とも自認してはいないのだが、それでもリベラル左派の考えや意見を読み聞きして、学ぶことも少なくない。(もちろん、リベラル左派からでなくとも、学ぶことは多々ある。)学んだことのうちで、重要なのは対話可能性を諦めない」「他者に対するミニマムな信頼感を捨てない」といったこである

 これを目にした野党支持者が何を考えて、どう行動するかまで私がコントロールする訳にはいかないが、何処かの誰かに届いて何らかの良い影響を齎してくれればと願う。

2021-03-30

anond:20210330175810

なるほどその呪い都内出生率を下げて空洞化を狙っておるのか、策師よのぉ

半導体材料日本からなくなり空洞化するか

米国半導体国内に引き戻そうとしている。

軍用に使われているチップリスト化を行ったり、TSMC工場米国内に誘致したりしている。


台湾TSMCに関しては日本でも言われるが、米国からすると日本中国距離が近いので避けたいだろう。

日本TSMCのような先端ロジックプロセス工場はないが、材料をいくつか担っている。

韓国カードを切ったら韓国国産されたというニュースを見た人もいるだろう。

それが韓国だけでなく米国へも起こるか、だ。


TSMC圧力をかけて米国内に工場を作らせたのだから日本材料を作っている企業にも作らせるはずである

サムスンのように工場だけでなく開発拠点も作らないと許されないかもしれない。ノウハウを持ったのがアメリカ人でなければ許さないとなればするだろう。

アメリカ人が購入したもの利益を上げたのであれば米国還元するべき、と考えているはずである


日本は結局どうするのだろうか。

今慌てふためいているのは、自動車ヤバいからという理由で国は右往左往している。

あくま自動車であって、半導体産業復興させたいわけではない。

2021-03-16

自動車無償化か一部の金額負担はよ

ガソリン税消費税かかる二重課税おかしいけどもう一歩踏み込んでほしい

先日Twitterで車の維持費で家計が苦しい〜系の話題言及してるTweetを見ていたら、地方住まいですら年収が〇〇万円以下の場合なら公共交通機関を利用してという話をしていて驚いた

私は今はマイカー通勤だけれど、夜勤や早朝勤もあるから公共交通機関は利用できない

運転必死でしてるし、わずかな収入を減らさないように節約節約の日々

ところで私は運転がやや苦手だ

ゴールド免許なのをいいことに速度超過は控え目になるんだけど、エンジンオイル代をケチって不調だけどあと数千キロは交換しないとか、気温が低い日でも丸一日エアコン使用しないとか大変な環境で過ごしてる

公共交通機関が貧弱だとマイカー関連の出費がある分、生活費の減りが都会住まいより多いと思うと腹が立つ

別に都会住まいに当たり散らそうとは思わないのだが、通勤などは通常の生活をしていると自力運転するしかないもの

こういうサポートがないことが地方空洞化に繋がるんじゃないかとすら思う

「〇〇に生まれなくてよかった」とか「〇〇に生まれなければよかった」とか思わずに済む日が来ますように。

(※〇〇=地域、都会、地方田舎、など)




anond:20210315233847

2021-02-21

扇風機の換気方向を山向きに変えた

腹痛が多少癒えた

埋め立て地近くの海風難しい

防風林も無くて舞うプラス玄関目の前駐車場プラス壊れたトイレプラス高度に空洞化した社会プラス……

2021-02-14

都市の衰退の特徴メモ

価値創造の土台としての都市

都市の過密化は、日本を売る、生産力に背景があったとすると

グローバル化した社会において、それは、いつの間にか意味を失って空洞化した。

都市という箱があるのに、価値を生み出せないジレンマバブル崩壊後に経験し、その後やがて

箱がなくても価値を生み出せることに気が付かないまま、箱のある日常価値を生むと信じる時代がつづいた。

箱のなかにいることで感染が広がるコロナになって、狭苦しい箱のなかで3密回避を強いられ、ようやく都市という過密な箱の価値見直し始めた。

満員電車に乗って、都心高層ビルに通う価値がわからなくなってきた。

おそらく古今東西都市というのは、本来、そういう閉塞的なものではなくて

外に開かれ、多様な価値交錯する場所だっただろう。路地裏があり、道を外れれば新たな発見があった。

しかし、日本都市にはそういう機能は失われていて、

たか中学校教室空間のような状態になっている。

巨大だけども、同じ箱のなかで似たような人が似たようなことを考えている。

どこにいっても似たようなものを売っていて、郊外イオンがある景色が同じだ。

どんな価値創造するか

何を売るか。その命題もまたモノからサービスへとテーマが移っていった時代に、あいまいになり

明確にとらえることを怠ってきた。ブランドとして売るべき価値をしっかりとらえるようになってきたのは

ここ10年の話。しかし、それでも「日本すげー」的なナルシシズムへの囚われから脱却できないどころか、ますますまり込んでいる傾向がある。

価値創造動機

かつての日本プロダクトアウトの発想でモノを売れた。市場価値グローバルスタンダードは自社が確立し、人々を自社製品をとりこにさせる意気込みがあった。

70年代後半ウォークマン世界を席巻したソニー典型だ。

このマインドが亡霊のように世代成功体験として引き継がれ、さまよい続けた結果、マーケットイン(あるいはゼロベースから

スタートする設計思想がはぐくまれない世代が全世代蔓延した。

明治期には世界とりわけ西洋文明に対する学びの動機付けは強烈なものであったが、それによる成功体験財産となるにつれ

徐々に失われ、渋沢栄一時代の渇望はもはや存在しない。世界で何が起ころうと関心がない。先進国コロナワクチン占有され、途上国必要インフラリソースもなくあえいでいるというのに、オリンピック開催にまい進しようとしている姿は森元というより、日本社会自体老害化を象徴している。

かりにもSDGsオリンピックを謳うのであれば、途上国へせめて超低温冷蔵庫無償プレゼントくらいしてアピールしてやるべきだが、外務省国際協力実態としては

インフラ輸出などさまざまな分野においてここにきて、世界各地で中国オセロの白黒をひっくり返されているのが実情だ。

端的にいって、日本国際協力ニーズのつかみ方が根本的に間違っている。日本式ありき、であり、自分が思い描いた「日本すげー」「日本式」が売れることがとにかくプライド

それがいかにも押しつけがましい。しかもそんな態度が煙たいのに本人気が付かない鈍感さがセットで。

それは無自覚プロダクトアウトであり、状況の変化に鈍感でニーズを何も学ばない老害だ。

都市というのは、そういう老害ウイルスにあふれていて、都市にいればいるほど、人間ダメになる気がするほどだ。

コロナ危機が立ち止まらせたもの

コロナ危機というのは、幸いなことに、過密への忌避都市への忌避を通じて、都市がこれまで生んできた価値への反省を呼び起こす、とてもいい機会になった。

郊外地方、あるいは場所を選ばないグローバル社会バックグラウンドとしての価値、ということだけではなくて、

何を価値創造するか、売るか、ということにも立ち止まって考える機会を与えたと思う。

また、東京という超過密な箱のなかで行われるオリンピックというイベントをめぐって、さまざまな欺瞞矛盾が浮き彫りになった。

なにより浮き彫りになったのは、都市の箱の価値無自覚に信じつづける自分たち自身日本社会全体の老害化だったと個人的には思う。

森元っていうのは、その意味で、象徴しかなくて。

メモなので。適当におわります

2021-01-30

電通ビルを3000億円で売るとか言ってるけど、そもそも売れるの?

電通などコロナで広がる本社売却 進む都心オフィス空洞化外資触手

https://news.yahoo.co.jp/articles/c27d81e0f5773343f439e07bc196a638e861e986

日通オフィス売るとか言ってて、へ~そういう時代なんだと思ってふと我に返ったけど、

そもそも、売れるのこれ?

3000億円って、一社簡単調達できる金額じゃないよね。テレビでも言ってたけどそもそも日本企業は3000億円もキャッシュでポンと払える企業なんて見当たらないか

外資企業が多分手を伸ばしてくるだろうとか言ってるんだけど、外資企業が買うってこれただのトラたぬだよね。

ってかキャッシュで3000億円なんて多分どの会社も出さないか銀行から3000億円借りて買うことになるんだろうが、

そもそも銀行汐留土地建物担保に3000億円なんて本当に貸すのだろうか

電通上場企業から固定資産がどれだけキャッシュに変わったかは四半期短信で全世界に公開されちゃうけど、これ東京土地の本当の価値バラちゃうことにならんか?

半年以内に電通オフィス売却契約できなかったら、それこそこれがトリガー都内土地資産バブル崩壊するんじゃないだろうか

2021-01-28

anond:20210128162510

アメリカは22歳で「文系理系か決めろ」といわれる。

日本は16歳。

なぜかというと、大学生の数を減らすために国策でこうしていた。

そしたら、都民からどんどん勉強しなくなってしまった。

仕方がないので、どんどん数学物理からカットしようという流れになった。

今や国公立大学でも三科目と共通テストだけで入れるのがある。

どうしてこうまですかすかにするのか。

首都に流れ着いた田舎者勉強をしない」ということを、どうしても認めない人が多い。

今一番勉強しているのはイオンファミレスもない街の田舎受験生や、オーケストラもなければピアノリサイタルすらないという地方受験生だけ。

この国は空洞化する。

こうまですっかすっかになれば、もう18歳で「こいつこのレヴェル」とか、いえないのではないか

2035年以降の日本は、いまのアメリカと同じく、22歳からが本番という流れになるだろう。

2020-12-15

anond:20201215234810

まれ変わりがない人なら沢山いる

空洞化させなくても力にあたって勝手空洞化してるひとが山程

anond:20201215232736

これは空洞化してる方

中身が下の方に吸い込まれてゆく

2020-12-14

anond:20201214060940

なんかいっぱいブックマークがつくのは予想外なので、返信をしてみようと思います

>>日本一億総貧困時代突入たからこれからピアノなんて誰も弾かなくなる。スラムピアノなんて無いのだ。それが日本人の選んだ未来。>>

その割にはポップカルチャーに多くピアノの音が出現したような気がしますね。かつては全くと言っていいほどありませんでした。

>>難しいピアノが弾けてなんぼって本当芸術家は頭悪いな。人間に弾けない楽譜だって機械はいくらでも演奏できる。では機械にできず人間にできることは?と考えるのが道理だろう。>>

難しい曲が弾けなくてもいいじゃないか、こうしていったんフランスピアノ業界は25年以上にわたる低迷期が訪れましたが、近年はなんだか復活したみたい。

>>エリザベート国際音楽コンのノルマが減ったのは過密日程で第一次予選から音源配信があるからでしょ。>>

ノルマが減りだしたのは河村尚子さんが入選した時からかな。

>>自分表現したいもの技術がなくてできなかったり、技術がついたか発見できた表現もある>>

その通りですよ。

>>これは凋落ではなく揺り戻しだと思う。>>

ノルマを減らすコンクールの出現とともに、増やすコンクールも出たんですが、それはまたのちのエントリで。

>>ピアノの良し悪しはピアノかじらんとビタイチわからん>>

今はスマホで楽に聞けますので、理解する人は増えそうですよ。

>>ゆとり教育ガー>>

ヨーロッパ版。

>>ピアノアカデミアってのが何を指すのかわからないけれど、難しい曲を弾くことなの?>>

妥当な難曲ですね。今でもピアノアカデミアって、易しい曲も難しい曲も、両極端は流行らないんですよ。

>>アカデミアの空洞化が知らん人間としては直感にわかりにくい>>

これからまた別のエントリで。

>>学校音楽を学ぶこともコンクール評価軸とする事も必要が無いピアニストもいるのです>>

最近コンクールをやらない「コネ」系ってのは、賞味期限が短くなったような気がします。聴衆が進歩したので。

>>ピアノ演奏技術はそうならなかったの?>>

1990年代限界でしょうね。

>>好きな曲は「Circus Galop」だ。>>

この作者は1990年代地獄の直前の世代ですね。

>>迷ってたけど読んだらなんかめんどくさくなった…>>

理系数学より簡単ですよ。

>>ハッタリもここまで読ませれば芸術の域>>

事実を申したまで。

2020-12-12

ピアノっていつの間にかポップカルチャーになってきたが、アカデミアの中のピアノは日に日に薄くなる一方だ。

ピアノっていつの間にかポップカルチャーに…」というエントリもあるので実体から書いてみようと思う。

1990年、まだバブル崩壊の恐怖を味わってなかったころ、日本ピアノブームは少々は残存していた。かつて労働者層が輸入楽譜を購買することはなかったのだが、1990年の段階では普通に買うようになっていた。園田高弘さんのような堅物も残っており、横山幸雄さんがショパン国際ピアノコンクールで第3位を得たと同時に、日本田舎地方は一斉にピアノ熱が高まったといっても過言ではないだろう。

その1990年代、今の韓国中国がやっていたことと、全く同じことを日本がやっていた。マイナー国際やローカル国際は、あっという間に日本勢が技術力で占拠してしまうので、コンクールになりえないとまで言われた。ただ、現代音楽ピアノ演奏ハードルが高すぎたのか、ブライアン・ファーニホウさんのLemma-Icon-Epigramの日本初演は1992年と遅れた。しかし、近代音楽シマノフスキさんからバチェヴィツさん、バルトークさん、バーバーさん、メシアンさん、果てはパンチョ・ヴラディゲロフさんに至るまでほぼ全部を掌握しつつあった。とにかく技術力があって調性音楽なら、もう日本人に弾けない曲はなかった。こんなことを言うと、「サムイル・フェイベルクは弾けなかったじゃないか」といわれそうだが、あれは楽譜が手に入らなかっただけである。もしも手に入っていたら、あっというまに全クリしていたに違いない。

2000年代に入ると、韓国勢の時代になったが、まだ日本勢は団塊ジュニア馬鹿力で踏みとどまっていた。しかし、「もうこれ以上課題曲を難しくすると、出来レース八百長もできない」といわれていた。事実課題曲難易度を極度に上げたおかげで、予想外の脱落者の数は増え続けていた。そのために、なんと、アジア人以外の審査員は「もう少し余裕をもって演奏させるのがよいじゃないか」と言い始めたのである。もちろん、アリエ・ヴァルディ教授などの強面おじいさんがこんなことを言うはずがない。白人の某審査員が、白人ピアニストミスの多さに堪りかねて、つい、言ってしまったのである

2010年代から、「もっとかに音楽的に弾いてほしい」という声に負けて、どんどん課題曲は易しくなった。かつてヴィオティ国際音楽コンクールピアノ部門課題曲は中レヴェルであった。ところが2019年はどうだろう?イタリアで最も困難な国際メジャーになってしまったのであるブゾーニ国際だろうが、あきれるほどにスカスカで、これでは1990年代に受験させられた人がかわいそうである。これは、古典ソナタベートーヴェンじゃなくてもいいよ、などという救済措置に原因があるのではないかと思われる。

かつてのエリザベート国際音楽コンクールピアノ部門は、それなりにハードノルマで知られていたが、今や第1次予選は25分以内、第2次予選は35分以内プラスモーツァルトさんの協奏曲で、もうこれでファイナル進出である。これはいくらなんでも少なすぎではないだろうか。どうしてこうなってしまったのだろうか。それはピアノアカデミアは体育会系本質的には全く一緒で、ルール時代によって変わるのだ。でも、ルール時代によって易しくなりましたなんてことは数学では聞いたことがない。明らかにピアノアカデミアは空洞化が始まった。

東大1990年が頂点なら、東京藝大も1990年が頂点ではなかったかと考えることが多くなった。ブゾーニ国際ピアノコンクールの予備切りでも国内ではスターなのだから、誰も何も言わなくなってしまっている。中国だと国策テコ入れしてくれるのだろうが、日本にそんな国策はない。したがって、堕ちる一方である日本にはどうやら堕ちてもいいという思想存在するようだが、ピアノ演奏でこれをやってはいけない。なぜなら、堕ちた人が教鞭をとってしまうからである

そう思うと、私を含めた海外の精鋭たちは、それなりに保守的伝統的な修練を無理やりやらされて、結果を出した人物ということになるのだろう。おかげで、どこの国に行っても、誰とでも私は話が合う。どうやら、非常識であろうが同じノルマに耐えると、人間は分かち合えるようである。私は、「あの国人間と組んで思い切りむかついた」という経験がない。ヨゼフ・レヴィーン教授のように「岩の上で戦う」というのも2020年代通用する正論なのだ

ところが、2030年代以降のピアノアカデミアは、課題曲を難化させる傾向をほぼなくしているはずである。すかすかになったノルマとすかすかのアカデミアから、いったいどのようなピアニズムが生まれるのかは不明だが、私がクリアした楽曲が再クリアされることはないみたいである。ちなみに、私がクリアした曲のある一部分は、常人には難しいのか、少なくとも12年以上再演されていない。

2020-11-30

anond:20201127095330

もう空洞化しているが不潔な痰壷的なものが弱く漂う状態

気配すら残してはいけない

いずれにせよ全盛期の力は微塵も感じられない

2020-11-29

anond:20201129112706

これは空洞化してない方だったはずだが

急速に空洞化しててつかみにくい

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