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2017-06-27

自分がしてはいけないことを相手にしてはいけませんという幼稚園の教えが守れない人が多いので米軍基地はいつまでも首都圏占領しているべきだ

初恋女の子が家の近くに越してきた

最近といってもおそらく2年くらい前から、家の近くに初恋女の子引っ越してきた。

彼女社会人なので、通勤のために実家から通っている。僕の方は取りこぼした単位を拾う為に今期から真面目に1限に出席するようになって、そのおかげで朝の電車が同じになることがたまにある。今までは1限なんかにとてもじゃないけど出席することもなかったから、まさか1限に出ることで同じ電車のしかも同じ車両になることがあるなんて思いもしなかった。

確かに地元は一緒だったし、なんだったらどの辺に住んでいるのかも知っていたから、僕の最寄り駅にも自転車を使えば通えないこともない。彼女大学高田馬場から東西線で一駅のところだったか車両の一番後ろに乗ることを知っていて、僕の方は西武新宿で乗り換えて中央線に乗っているので、一号車に乗る。だから思いもしなかったっていうのはさすがに言いすぎかもしれない。ただ同じ車両になるというのはひどく窮屈だ。緊張しさえする。こちらとしては彼女の姿をこの目に収めておきたいのに、羞恥心邪魔をしてしまう。職場青山にあるというので大江戸線に乗りたいのだろう、彼女中井で降りる気配を感じる。夏目漱石こころiPhoneインストールしているkindleで読み直しているけど、様子が気になって内容がちっとも入ってこない。

こんなことになるなら、引っ越すとしても元の家から徒歩で15分くらいのところじゃなくて、もっとこう"シティ"な感じのところにしてくれたら良かったのに。パパが僕たちの地元を大変お気に召しているのだろうけど、大したもんはココにはない。ジョギング中の夫婦が「ヨーロッパに来たみたい」なんて言っていたのを聞いたことがあるけど、僕は地元に"ヨーロッパらしさ"を感じたことは一度もない。ヨーロッパらしいってしかアフリカっぽいと同じレベル感なのがグッとくる。フランスドイツスイスフィンランドも"ヨーロッパっぽい"のだろうか。

それにしたって彼女は気まずくないのだろうか。もしかしたら彼女の方は全く気にしていないどころか、僕なんかに微塵も興味を感じていないのかもしれないけど、それにしたって不都合だ。朝の通勤時間小説ビジネス本を読むような彼女には東横線か、あるいは田園都市線がお似合いだと思う。青山広告代理店パリッとクリエイティブ仕事をしているのなら、意外と二子玉川武蔵小杉なんかも良いかもしれない。トレンディがある。そんな彼女住まいが閑静なローカル線住宅街で僕の家から走って2分だなんて。


初恋女の子が僕の通っている小学校引っ越してきたのは4年生の時だ。

学芸会の準備で役を決める際に視聴覚室か何かに学年で集まる機会があって、僕はその時三組だったから、二組に転校してきたその子を見かけるのはそれがはじめてのことだった。僕は一目惚れをした。

控えめにいって、ものすごく可愛かった。もしかしたら可愛くないのかもしれないとかそういうことを思うことなんか一切ない。疑いのない可愛さ。とにかくものすごく可愛かったのだ。広末涼子のような清涼感にしかしどこか影のある、もしかしたら深田恭子かもしれないようなミステリアスさ、とまではいかないけど、こう、幸の薄そうな、アンニュイな佇まい。目が合っているようでどこか僕よりも遠くを見ているようなそういう雰囲気のある女の子。きっと心臓に包帯を巻いているに違いない。

そんな少女の横顔を偶然にもあの場で拝んでしまったその日から、僕の好みの女性タイプ確立してしまった。確実に言える。初恋というのは実に恐ろしいものだ。

僕は地元の公立中学に進学することを決めていたし、彼女が日◯研かどこかの塾に通っていてそれで女子中学校受験するというのは友達から聞いていたから、中学に上がったらこの思いも終わってしまうんだなと思っていた。金輪際のお別れになるんだろうなって思った。なんでかわからないけど、また会えることを期待したお別れであったり、悲しさのようなものを感じないまま中学生になった。今思えば、そういう感情が終わってしまうということが当時の僕にはよくわからなかったのだと思う。小学生の頃の僕たちはただ誰が好きだ誰と両思いだとかそういう秘密を"バクリョー会"と名付けたなんだかよくわからないグループでこっそり共有しあって、それでその子廊下ですれ違うたびに肘で突き合うといった交友関係を楽しんでいただけだったのかもしれない。一度も話したことのないにも関わらず、これは初恋なんだって確実に言えるそれは小学校卒業と共にお別れしたかのように見えた。


高校1年生のとき、僕たちの間で前略プロフィール流行った。

僕もその当時ノリノリでプリクラプロフィール写真に設定し、好きな異性のタイプのところに「幸薄い子」って書くくらいにはエンジョイしていた。

今でいうTwitterのようなタイムラインは「リアル」と呼ばれていて、幼稚園同級生だったモデル女の子は「りさのりある」とかいって人気を博していた。

「ぼくのりある」もささやかな人気を誇っていて、"ねっとりとした"自分語りますだおかだ岡田のような芸風がウケて意外にもいろんな人に見てもらえていた。

ゲストブックというのが前略プロフの中の機能にあって、そこに知人がコメントを残すことが出来るようになっている。そのときに現れた nさんが話題になった。彼女は僕のゲストブック=足跡ミルクキャラメルが欲しいと言った。

僕が高校にあまりいかず(行ってなかったことはしらないだろうけど)近くのコンビニバイトをしていたことを彼女は知っていた。

彼女の言うミルクキャラメルがうちのお店にあるかどうかの話を聞かれて、多分あるとかい適当な返信をしていたのを覚えている。そのうちみんなが僕とnさんのやりとりに興味を持つようになって、学校に行くと「あのn ってだれ!?ww」とか言われるようになった。

僕とnさんとのやりとりが130件を越えたあたりで、nさんはバイト先に来た。

僕は度肝を抜いた。まさかこんなことがあるのだろうか。あの女の子だった。

バイト中にも関わらず連絡先をその場で交換した。夜勤のお兄さんと一緒に夕勤に入っていたのだけど、事情説明したら怒られなかった。むしろ茶化された。

そこから僕たちは小学校卒業してから今までの4年弱を埋めるかのようにメールをした。

当時の携帯は文字数制限というのがあり、1万字を越えると入力ができなくなるのだけど、僕たちは文字数いっぱいになるメールを1時間半かけて50~100つのトピックを会話した。

たとえばニコ動面白いとか、彼女御三家クラス女子校に通っていたので、自然とヲタ趣味を持ちやすいのだと思うけど(偏見)、時かけMADがあーだとか、あるいは東京事変だどうだとか、そういう話もした。彼女軽音部で、家にはドラムセットが置いてあって、透明人間コピーしたりしていたらしい。椎名林檎が好きな女の子だった。高校1年生にしては早熟しているという感想がある。


次第に僕達の仲は縮まっていき、バイトから上がって、電話がかかってきて。僕は彼女から気持ちを伝えられた。僕はそれには返事をしないままデートに誘った。





正直にいって、僕は彼女に対して劣等感があった。先程も言ったとおり、羞恥心なのだ彼女は1時間半かかるメールをしながら、僕が必死入力している時間勉強をしていたのだ。大学入学に向けて自主的勉強をしているような子だった。

僕は偏差値が50もない都立高校に進学して、あまつさえ学年ワースト10の人間だったから、そういう天上人の姿を目の当たりにして惨めな思いがした。

勉強なんて、くだらない」

「どうせやったって役にたたない」

学校先生馬鹿に見えて仕方がない」

僕はみんなが僕と同じようにそう思っているに違いないと思っていたから、ボイコットと言えるような授業態度を取ることもあったし、それがきっかけで停学になることもあった。そういう人間なのだ。そういう貧困家庭文化資本の微塵もない人間が彼女のような幸福に溢れる少女と関わるなんてこと、あってよかったのか。

僕は気持ちに応えたかった。けど、自分の無様な境遇を誰よりも理解していたからこそ、彼女気持ちに応えることもなく、返信を止めてしまった。


「あの時いったこと、なかったことにしてください」

これが彼女から送られてきた最期言葉だった。







そういう経緯もあって、高校二年生にあがって、ひょんなことで自分大学進学ができることを知ってから、たまら勉強をしてみたくなった。

早大学院が家の近くにあって、その高校に幼馴染が進学していたこともあって、高校に行っていなかった時はもっぱら学院の子たちと遊ぶようになった。

もう一人、学院にいったバスケ部の友人が僕に言ったことがある。

「ココにはお前みたいなやつがいっぱいいるぞ!」

僕の居場所はきっとこっちなんだろうなって思った。

僕は変に尖っていたから、東大は無理だけど早慶ならやればイケると思っていた。だから学校で受けることになっている模試志望校には早稲田法学部慶應法学部を必ず書いた。当時の僕は文系最難関は法学部だと思っていた。偏差値は30台だった。

僕が勉強に対してひどいコンプレックスを抱えていたのは、進学した環境へのミスマッチもあったけど、それよりも大きかったのはきっと彼女へのコンプレックス勉強に向いていたからだと思っている。僕はそうやってここまでやってきたのだ。

幼馴染いわく、彼女はAO推薦で早稲田国際政治学科に入学したと聞いた。

ものすごくモテるけど、性格が奇抜らしく、恋愛に発展することはそう多くなかったらしい。

彼女は3年生になって、イェール大学に1年間留学した。留学費用は親から借りて、社会人になった今、親に返しているって言っていた。

そして今、外資系広告代理店に努めている。

彼女はきっと大学ケインズハイエク勉強するような感じではなかっただろう。

きっとホロコーストに関心を持って西欧政治史勉強していたのだろう。ハンナ・アーレントのようなそんなイメージがある。"アンシュルス"という響きが彼女形容する。留学ではどんなことを学んだのだろう。

僕の方はどうだっただろう。

見えない格差に悩まされないことはなかったし、この断層をどうにかして上り詰めてやろうと思った。もしかしたら届かなかったかもしれないし、もしかしたら届いたかもしれない。

でも、ある種の上流に来て思った。僕は平面的な世界しか見ていなかった。ここには奥行きがあって、階層が同じになったように見えても、生きる世界が交わることがないのだと。

彼女の生きてきた歴史を僕が覗くことが出来ないことが、たまらない不安となる。彼女の見える世界と僕の見える世界ブラウン管に映るカサブランカと最新液晶で見る君の名はくらい違うに決まっている。


努力というのは貧しいもの必要とされるものであってほしい。

まれた家庭に生まれ、愛され、そうして社会になんの疑問を抱くことなく生きてきたのであれば、どうかそのまま幸せになってほしい。

社会人になって、通勤中にビジネス本を読んだり、コピー勉強をする必要なんてきっとない。いつかきっと、おそらく今も付き合っているであろう彼氏や職場の人と結ばれて、2児の母になって、幸せになっていってほしい。

彼女のそれはエリートに他ならないではないか

彼女政治経済学部に進学したように、僕も政治経済学を学んできた。

彼女広告代理店就職したように、僕も卒業したらネット広告生業とするだろう。

どこかで交わってもよかったはずの世界が、どんなに類似共通する点があっても交わることのないこの世界の片隅で僕はまこと勝手に息苦しさを感じている。



おそらく10月までに引っ越すことになるだろう。

僕が24年間生きてきた思い出深い地元を出た時、僕と彼女を結ぶ共通点がついに無くなる。

それは小学生ときにはわからなかった別れのような感情を僕に芽生えさせるのか。

あるいは僕の眼前を照らす原動力として、ずっとこころのどこかに仕舞われたまま生きていくことになるのだろうか。

国境の南、太陽の西という小説がある。あの主人公気持ちが分かるような気がしてしまう。もし30歳とかそのくらいの年齢になって、島本さんのように現れてしまったら、僕はどうすれば良いのだろう。

一度空いた穴が塞がることはないのだろう。

僕も彼女に穴を空けてしまったこと、もう一度ゆっくり話してみたい。

夫が息子を叩く

6歳の息子が「パパに叩かれるのがいや」と涙ぐみながら訴えてきました。

私が見ていないときに、言うことを聞かなかったりして何度か叩かれたそうです。

夫は普段は子煩悩でおとなしいけれど、プライドが高く
ちょっとしたきっかけでかっとなりやすタイプ。

息子はしばらく前から幼稚園友達の影響で言動生意気になってきました。
感情コントロールが苦手で興奮しやすかったり、相手の反応おかまいなしに
不快言動を繰り返すことがあります。
ちなみに3歳の時にアスペルガーと診断済み。

私もそんな息子に手を焼いていらいらしてしまうことが少なくないし、
思い切り叩きたい衝動かられたことも何度もあります。
だから夫の気持ちが全く理解できないわけではありません。

だけど、そこは踏みとどまってきました。
幼い頃2年間療育にまで通わせて、少しずつ積み上げてきたもの台無しに
なってしまう気がしたからです。

息子は叩かれたことに傷つき、悔しさと夫への不信感でいっぱいになっていました。
「大人子供に「お友達を叩いてはだめ」というのにどうしてパパは叩くのか」
と言うのです。
叱られた内容はさておき、大人理不尽さがどうしても許せないようでした。

そこで私は息子に、

 ・パパは○○(息子)にわかってほしいという強い気持ちがあったんだと思うよ。
  それを上手に表せなくてつい叩いてしまったんじゃないかな。
 ・だけど、大人からって叩くのはよくないよね。それはパパに伝えておくよ。

と伝えました。そして夫に

 ・叩くことがしつけだと考えているのなら効果があるどころか
  逆効果になっているから今すぐにやめてほしい。
 ・叩いたことは、感情的暴力に過ぎないと自覚してほしい。

とメールしました。口頭だと口下手な私では考えが整理できないし、
お互いに感情的になってけんかになってしまうからです。

夫からは「今後気をつける」とだけ返信がありました。

息子は物事をあまり引きずるタイプではないので、すぐにいつも通り
明るく元気になり、夫とも良い関係に戻ったように見えました。
それが半月ほど前。


ところが、一昨日、夫はまた息子を叩いてしまったようです。
それも私が見ていないところでだったので、息子の訴えで知りました。

夫は息子を叩く心理的ハードルがすっかり下がってしまっているように感じます。
毎回私の見ていないところで手をあげるということは、多少の罪悪感が
あるんだろうか…。

夫に「とにかく叩くことはしつけにはならないからやめてほしい」と言うと
「わかったから!!」と大声でどなり、その後は一切会話できなくなりました。
メールにも返信がありません。

叩くといっても、身体にあとが残るほど強く叩いているわけではないし、
昔なら「しつけ」で済んだ話。おおごとにする必要はないのかもしれません。
だけど子供が叩かれる姿も、夫が叩いている姿も、想像するだけで胸が痛くなるし
こんなことが続くのは耐えられないです。

けれど、夫のプライドを傷つけず、息子がこれ以上叩かれずに済む方法が
見つかりません。


※これまでの経緯と自分の考えを整理したくて初めてここに書いています

結局今朝病院

子供幼稚園児。

昨日は風呂でやけど。

救急外来に行った結果今朝も連れて行かなければならない。

大したやけどではないけど、まあ念のため。

最新式のお風呂でなぜ火傷?不思議でならない。

2017-06-26

好きなものを語る時に嫌いなものの話をするのやめろ

https://anond.hatelabo.jp/20170625161522

その人が何を好むかは別に自分が口を出せる領域じゃないのでどうでもいいけど、

好きなものを語る時に嫌いなものの話をするのはきのこの山たけのこの里のどっちが好きかを話す時に「私はたけのこの里が好き! だってきのこの山って形がちんこじゃん」みたいな物言いをするのと同じくらい不毛なのでやめようね

追記 18:36

短文トラバブコメがつくと思わず軽薄にもきのこたけのこ論争を持ち出してめちゃくちゃ突っ込まれてるので追記しとく

きのこたけのこ論争という例示が明瞭さに欠けていたのは最早否定しようがないので何も言わないけど

自分が言いたいのはこのトラバトラバトラバトラバトラバ(なんのこっちゃ)に書いた

https://anond.hatelabo.jp/20170626155733

個人の嗜好でしかない話で他者(や他者属性)を貶める必要は全くないよねってこと

以上でも以下でもない

政治論争のような“どちらに合理性があるか”という話でなく、単に個人主観や嗜好の表明に過ぎない“好き”を語るときに「“好き”に該当しないものが何故嫌いか」を説明する必要性はまったくない。なぜなら“好きであること”に合理的理由や“好きでないもの”という比較対象必要なく、合理的理由がなくとも、合理的理由があることを説明できなくとも“好き”であることに変わりはないから。ましてや好きでないものを持ち出したところでそれは“好きである理由”たり得るわけがないし、そんなものを持ち込むだけ不毛なのでやめようねって話

ときのこの山はちんこじゃないし、たけのこの里包茎じゃない。自分ちんこ幼稚園児並じゃないし、髪の話も別にしてない。きのこたけのこ論争もこれで終わり、いいね

2017-06-24

ギャル

https://anond.hatelabo.jp/20170624093754

・黒ギャルオタクゴミだと思っている

まあたしかにあまり相性はよくないかもしれない。

俺はオタクだし、黒ギャル友達はひとりもいない。

でも黒ギャルに関する思い出ならいくつかある。

幼稚園児の頃。横浜デパートで両親とはぐれて迷子になった時、黒ギャルに助けてもらった。

ギャルは泣いてる俺の手を引いて、お客様案内所まで連れて行ってくれた。

両親が迎えに来るまでの間、黒ギャルが俺の隣に座って一緒に待ってくれた。

ギャルは俺にノートペンを貸してくれた。俺はそれに絵を描いた。

ギャルがその絵をやたらと褒めるもんだから、俺はうれしくなって、すっかり泣き止んで、得意気に絵の解説をした。

別れ際に黒ギャルが俺の頭を撫でた。とてもいい香りがしたのをはっきりおぼえてる。ココナッツオイル匂いだったのかな。

浪人時代。俺は大学受験に失敗して落ち込んでいた。

11年飼ってた猫が行方不明になったり、父親会社が傾いたり、いろんな不幸が重なって、最低な時期だった。受験勉強なんて一切してなかった。

まりに金が無かったから、短期アルバイトをすることにした。夏だった。高田馬場でチラシ配り。資格専門学校のチラシだった。

現地で学校職員と待ち合わせて、ペア仕事をするんだけど、そこに現れた職員が黒ギャルだった。一応スーツは着てたけど、どう見ても黒ギャル学校職員なのに黒ギャル。意外過ぎた。

もっと意外なことに、黒ギャルは始業後すぐに郵便局に行って、大量のチラシを自分の家に郵送してしまった。

処分しとくよ」黒ギャルはそう言って笑った。

そのまま黒ギャル運転する社用車湘南の海に行った。黒ギャル私服に着替えた。ふたりで浜辺にビニールシートを敷いて、寝転がりながらいろんな話をした。

あの日は一体何だったんだろう。思い返すと、まるで現実感が無い。

もちろん黒ギャルがやったことは最低だ。それに従った俺も同罪。そんなことはわかってる。でも、めちゃくちゃ楽しかった。どん底の時期だったけど、すごく気分が上がった。

翌日から猪瀬直樹みたいな不機嫌そうな顔の職員に見張られながら、炎天下、ひたすらチラシを配った。地獄だった。

ギャルとは二度と会えなかった。あん調子だったから、とっくにクビになってるかも。いや、意外とうまくやってるのかな。

俺はあの日を境に真面目に受験勉強をするようになった。大学生になれば、もっと楽しいことがたくさんありそうな気がしたのだ。あの黒ギャルは俺にとって希望象徴だった。とにかく輝いて見えたのだ。やってることは最低だったけど。

これはけっこう最近の話。どうにか大学生になった俺はネットカフェバイトしてるんだけど、うちの店、夜勤ワンオペなんだ。

狭い店だから普段はひとりで充分なんだけど、その日は急に体調が悪くなり、窮地に陥った。

まともに立ってられないほどつらかった。午前3時過ぎ。真夜中だ。代わってくれるスタッフもいない。

吐き気はするし、なんだか視界も歪んできた。頭が割れそうに痛い。これ、なんかヤバイ病気なんじゃねえか? 

やっぱり誰か呼ぼう。それしかない。そんなことをぼんやり考えながらカウンターでしゃがみこんでたら、客が来た。

ギャルだった。たまに来る客だ。たぶん近くのガールズバーに勤めてるんだと思う。仕事終わりに店に寄り、始発を待って帰ってるんじゃないかな。

俺はこの黒ギャルが苦手だった。いつも不機嫌そうだし、金の払い方も乱暴。たまにめちゃくちゃイカツイ男と一緒に来ることもあって、単純に恐いというのもあった。

でもその日の黒ギャルはいつもと違った。俺を見るなり「なんか顔色やばくない?」と話しかけてきたのだ。それまで会話なんてしたことなかったのに。

「いやあ、かなり具合悪くて」と俺が言うと「休んだ方がいいよ」と心配してくれた。

代わりのスタッフがいないからどうすることもできない、俺は黒ギャルにそう説明した。

そしたら黒ギャルが言ったんだ。

「私が店番しようか?」

一瞬、耳を疑った。何を言ってるんだ。冗談にもほどがある。でも、黒ギャルは真顔だった。どうやら本気みたいだ。恥ずかしいけど、ちょっと泣きそうになった。

はいえ、バレたら一発でクビだ。カウンターの様子は防犯カメラに録画されてる。万が一、店長にチェックされたら終わり。

「体調が悪かったので、お客さんにレジを代わってもらいました」

そんなバカな話、通用するはずがない。

でも俺はあまりにしんどくて、朦朧としていて、まともな判断力を失ってた。

われながらどうかしてたとしか思えないんだけど、俺は黒ギャルに店番を代わってもらった。つらすぎて半ばやけくそになってたのかもしれない。とにかく少しでも横になりたかった。

俺は黒ギャルレジ操作説明して、入店と退店のやり方を教えて、空いてるフラットルームで寝かせてもらった。

それから朝まで、黒ギャルが店番をしてくれた。平日の深夜だから客の動きなんてほとんど無かったけど、それでもありがたかった。三時間ぐらい寝たら、頭痛吐き気も治まった。

俺は黒ギャルに何度も礼を言い、どうして助けてくれたのかたずねた。なんか死にそうな顔してたし、この店よく使うし。黒ギャルはそう言って笑った。

ギャルが帰って、交代のスタッフが来て、俺は退勤後すぐに病院へ行った。ただの風邪だった。

後日、知人にこの話をしたら、窃盗リスクを考えた方がいいと言われた。それは大丈夫と俺は応えた。根拠は無いんだけど。

とりあえず黒ギャルに何かお礼がしたいんだけど、あれからいちども店に来ない。

以上が俺の黒ギャルに関する思い出。こうして振り返ると、ずいぶん黒ギャルに助けられてきたんだな。

色々ぶっとんではいるけど、俺にとって黒ギャル天使みたいなもんだ。黒い天使

安倍総理から籠池へ100万円について。 郵便局での振込用紙の件で「まったく物証にならない。」という人がいるが、それはおかしい。

安倍総理から籠池へ100万円について。 郵便局での振込用紙の件で「まったく物証にならない。」という人がいるが、それはおかしい。

確かに刑事事件としては物証にはならない。

だが、この100万円を渡したかどうかというのは、刑事事件ではない。もちろん違法性もない。一方、籠池がこの振込用紙を見せて100万円をもらったと証人喚問で言った場合、籠池を偽証罪に問えるか。 答えはNOである

検察警察)はもし籠池の偽証罪を問うなら、100万円をもらって「いない」物証を出さなければならない。

この振込用紙がまったくの偽物であり、振り込んだ100万円が安倍とは関係ないことを証明しなければならない。しかしこの振込用紙には、安倍晋三と書いて消した跡がある。これは安倍総理を貶めるためにやったという安倍自民党支持者がいるが、 籠池は「安倍首相がんばれ」と幼稚園児に言わせるほどの安倍応援団。2015年9月のこの時点で安倍をはめるために工作したとは考えられない。

同様のことを3月20日TBSのひるおびで政治評論家伊藤敦夫さんが述べている。

まり籠池の「安倍総理から夫人を通して)100万円もらった」というのは事実である可能性が高い

子供将棋に興味を持ってしまった

うちの長女(5歳 幼稚園年長)が「将棋を好きになっちゃったー!」とのたまっている。数日前に児童館中学生ちょっと教えてもらったのがきっかけだ。

横で対局の様子を見ていたが、長女に将棋はまだ早い様だった。

小さい子供基本的相手の身になって考えるとか相手思考先読みするという事が出来ず、それが出来る様になって来るのは5歳くらいかららしいんだけれど、長女はまだその域に達していないっぽい。

自分が指せば相手も反撃してくる、という事がわからないので、自分の歩と相手の歩が対峙してても取ろうとしない。

そんな感じなので、指せる大人がみていると滅茶苦茶もどかしいことこの上ない状態なのだが、相手をしてくれた中学生が辛抱強くて優しい子だったので、怒ったり急かしたりしないもんだから、長女はなんか楽しかったみたいだ。

長女はすっかり将棋に魅了されており、昨日テレビに藤井聡太君の特番CMが映る度にはしゃいでいた。

しかし私はこれをどうしたらいいかからない。

実は私も長女と同じ年頃に父から将棋を教わったのだが、その頃の私には早すぎだったし、父も、私に将棋をやって欲しいとは思っておらず、ただ私の弟に将棋を覚えて欲しくて私をサンドバッグ役に仕立て上げただけだった。

当然だが私は将棋が大嫌いになった。

いくら本人が興味を持ったとしても、与えるのが早すぎれば簡単挫折するし、教える大人気質や思惑によっては子供に大層な悪影響を与える、というのを私は身をもってしっている。

長女の将棋への興味には、今は知らんぷりしておいた方が良いのだろうか?

でも、折角だから子の好きなものは伸ばしてやりたい、好きなだけやらせてあげたいという気持ちもある。

だが私自身が長女を潰す原因になるのが怖い。私が直接手を下さずとも、私が長女を将棋教室などに行かせたせいで将棋を嫌いになったら?と考えてしまう。

じっさい、習い事なんて一部の天才の為にあるようなものでありあとの生徒はただの授業料搾取要員だ。よほど何か閃く物を持っていなければマトモに扱われないものである

……と考えて、長女に将棋を教えるのをやめる、というのも長女を潰す事になるのでは、なんてぐるぐると悩んでしまった。

ちなみに、私は将棋のやら何やらで色々と父から口出しされるのが嫌になったので、大人になってから父が何故か絶対手を出さな囲碁を、自力で覚えて楽しんでいる。たぶん一生涯の趣味になる事だろう。

【追記】

https://anond.hatelabo.jp/20170624075344

「頭の悪いボンクラ」なんてひどい!と思ったけど、まあそう言われてみればそうだし、役に立つかどうかや得るものがあるかどうかというよりも、やりたいかどうか、好きかどうかが大切だろうね。

やりたいっていうんだからやらせてみればいいか、と思って取り敢えず娘を図書館に連れて行った。娘は子供向け入門書自分で選んでニコニコしていた。

私用にも少し詳しい目の本を借りた。あとスマホアプリインストールしてみた。将棋盤と駒のセットも買う。

入門書パラパラ見てみたが、詰ませ方とか守り方の図を見て、こんな複雑な事を父がやってるの見たことないな、と驚いた。ただ駒をぶつけあって飛車角をぶんぶん動かし玉を逃げまどわせるだけが私の知っている将棋だったが。

入門書を読むだけで父への逆襲が果たせそうだ。

あと詰将棋おもしろいwwwwww囲碁で頭が疲れた時に気分転換にやろう。

ずっと毛嫌いして避けていたけれど、気が少し軽くなった。

https://anond.hatelabo.jp/20170623154241

元ネタは何だろうと思ったらこれね。

https://anond.hatelabo.jp/20170622071604

近所の保育園土曜日子供が居るところがあるのだけれど、そういう保育園ほとんどないんだろうな。

認可保育園にやるのの何倍もお金がかかるプレスクールにやっている親が、保護者面談こちらの自由時間にできるところや、そのほかのメリットがあるのでたとえやすくても他にやるつもりは無いと言っていたけれど、そういうのもあるんだろうね。

土日対応して欲しいなら、それなりに金払えということなのかもしれない。

小学校になると、授業参観日を土曜日にして、月曜は学童保育で朝から預かってもらうというパターンがあるようだけど幼稚園保育園はそういうのないね

2017-06-23

学校幼稚園保育所って当たり前に親を平日の昼間に呼び出すんけど、ほんとやめてもらえないものなのかね。働いてたら無理だってことくらい自分だって働いてるんだからわかるでしょうに。

保育園先生一言に落ち込んでた増田へのshufuoさんのこのぶこめひどい。

先生たちに残業または休日出勤しろと言っているのか…。

それこそ働いていたらそういう対応をすることがきついとわかるでしょうに。

2017-06-22

精神健康的な大人でないと、子育てつらい

私は精神年齢が低い。

(ちょいメンヘラ自己肯定感が低い、人と比べる、嫉妬する、自分感情コントロールできない、健康的な生活をおくれない等)

ただ、子供を持ってないときは「健康的な生活をおくれて」なくても、「精神年齢が低く」ても、

周りも完璧な人はそういないように思えたし、多かれ少なかれみんなそういう部分を持ちながら

生活しているように見えていたので自分のそういった部分をそこまで気にしてなかった。

でも、子供産んだらこういう点は乗り越えていないと厳しいなと思った。

精神年齢大人になれていない人にとっての子育ては「産むが易し」ではなかった。

やっぱりか、という感じでなかなかつらい。

健康的な精神で、健康的に子供を育てる」ってなんて難しいんだろう。

自分一人の時でも「健康的な精神健康的に生活をおくる」ということは難しかったのに、こどもができたらそれがますます難しい。

こどもがいる分しないといけないことは一気に増えるのに。

前以上に人と比べてしまうし、気にしてしまう部分も出てきたし、

現実をそのまま受け入れられていない自分に気づいた。

未来心配しすぎて今目の前のことに手を動かせないことも多い。

だれも幸せにならないってわかっていても、

自分感情や行動をコントロールできていない。

ネグレクトはしないけど、してしまった人の気持ちがわかるような気がしてる。

自分やこどもを人と比べたり、自分以上に手がかかる幼い子供を「見たくない」となってしまったとかあるんじゃないだろうか。

この気持ちをこじらせていくと「毒親」になっていくのかなとも思う。

それは自然な流れに思えた。


そんな私が願うことは、保育園に全員が入れるようになってほしいということです。

専業主婦がいける人はそれをえらんだらいい。

無理な人は(私が思うにそういう人のほうが多いと思う)、すぐに保育園にいれて、

日中子供保育士プロ)と楽しく過ごし、親は家事なり仕事なり、自分生活をしたらいい。

こういう大人になれてない親と子供を二人っきりにさせないほうがいいよ。

仕事していないと保育園には入れない」は厳しい。

幼稚園まで待って、という意見もあるけど、2年でも1年でも、独身の人からしたら大差ないかもしれないけど子育てしてる身からすると遠いよ。

幼稚園いれられる数年までなんか待てない人もいるよ。

本当に、お願いします。



私は『親になる人は、精神年齢が高くないと・人として大人でないと子供を産んではダメ』というのは

厳しすぎだし、そこまで言わなくてもいいかなと思ってる。

私自身、今大変だけど子供を産めてよかったなとも思うし、これから楽しんでいけたらと思っている。

成長せざるを得なくてだろうけど、自分も成長している部分もあると思うしそれは嬉しいことだ。

これからもきっと核家族だけでは子育て大変なのじゃないかなとおもっている。

ねがいします。

こどもを育てるのを、どうか手伝ってほしいです。

(書いて思ったけど、これ「介護」にもいえることなのかなと思えた。)

2017-06-20

https://anond.hatelabo.jp/20170620184640

100万円をもらって「いない」物証を出さなければならない。

っていうなら

これは安倍総理を貶めるためにやったという安倍自民党支持者がいるが、 籠池は「安倍首相がんばれ」と幼稚園児に言わせるほどの安倍応援団。2015年9月のこの時点で安倍をはめるために工作したとは考えられない。

工作したとは考えられない証拠を出すのが先だよね。

安倍首相がんばれと言わせてたのが証拠だというのであれば、それが工作の一環ではない証拠を出してね

安倍総理から籠池へ100万円について。 郵便局での振込用紙の件で「まったく物証にならない。」という人がいるが、それはおかしい。

安倍総理から籠池へ100万円について。 郵便局での振込用紙の件で「まったく物証にならない。」という人がいるが、それはおかしい。

確かに刑事事件としては物証にはならない。

だが、この100万円を渡したかどうかというのは、刑事事件ではない。もちろん違法性もない。一方、籠池がこの振込用紙を見せて100万円をもらったと証人喚問で言った場合、籠池を偽証罪に問えるか。 答えはNOである

検察警察)はもし籠池の偽証罪を問うなら、100万円をもらって「いない」物証を出さなければならない。

この振込用紙がまったくの偽物であり、振り込んだ100万円が安倍とは関係ないことを証明しなければならない。しかしこの振込用紙には、安倍晋三と書いて消した跡がある。これは安倍総理を貶めるためにやったという安倍自民党支持者がいるが、 籠池は「安倍首相がんばれ」と幼稚園児に言わせるほどの安倍応援団。2015年9月のこの時点で安倍をはめるために工作したとは考えられない。

同様のことを3月20日TBSのひるおびで政治評論家伊藤敦夫さんが述べている。

まり籠池の「安倍総理から夫人を通して)100万円もらった」というのは事実である可能性が高い

頭の回転

幼稚園小学校中学校高校

ずっと通知表に書かれていた言葉がある。

「頭の回転が早い」

自分ではよくわからない。

しかし友人にも親戚にもよく言われる。

ついに会社の人事評価シートにも書かれ、面談でも言われる。

これは一体何なんだ。

ここまで毎回書かれると悪口なんじゃないかという気がしてくる。

自分で頭の回転が早いと思ったことがないし、空気も読める方じゃないし、人付き合い下手だし、人付き合いめんどくさいし、何よりコミュ障だし。

ネットとかにある頭の回転が早い特徴、は、早口くらいしか思い当たるフシがない。

「頭の回転が早い」と相手に言う場合褒め言葉じゃないとしたらどういう意図なんだろう。

自分がそんないいものだとは思わないので、絶対何かしらの悪意があると思うんだが…

安倍首相、もういじめないで下さい」 籠池氏の妻

朝日新聞2017年6月19日23時48分

 森友学園側への大阪地検家宅捜索は19日夜、学園の関連施設で断続的に行われた。午後7時すぎ、学園事務所がある塚本幼稚園大阪市淀川区)に係官約10人が入った。通常国会閉会を受けた安倍晋三首相の会見のテレビ中継が終わって30分もたっていないタイミングだ。

森友学園事務所など家宅捜索 大阪地検特捜部

 同じ頃、同市淀川区にある関連の「高等森友学園保育園」にも係官3人が着いた。だが、保育園は施錠してあり、なかなか中に入れない。園の関係者が到着し、係官が入ったのは午後8時45分ごろだった。

 梅雨の合間の蒸し暑い夜。幼稚園には50~60人、保育園には約20人の報道陣が集まった。

 午後9時ごろには、大阪府豊中市にある籠池泰典・前理事長の自宅にも、係官約10人が入った。当初は、門の前で「こんばんは」などとあいさつして係官を招き入れた泰典氏の妻。詰めかけた報道陣約40人にも妻は一礼した。

 だが、捜索が進むにつれ、雰囲気は変わっていく。自宅2階のベランダに姿を見せた妻は報道陣に向かって訴えるように叫んだ。

 「安倍首相、もういじめないで下さい」

 「お父さんは詐欺なんかしていません」

 泰典氏の長男は、捜索が続く自宅に報道陣を招き入れようとして、係官に制止された。

http://www.asahi.com/articles/photo/AS20170619004971.html

なに係官制止してんねん報道陣入れてやりんさい

取り調べの可視化セットにしたんやで共謀罪

犬が写真にいるぞひゃー

2017-06-19

https://anond.hatelabo.jp/20170619195006

それは発達障害についてえらい勘違いしてるよ

黒柳徹子トム・クルーズ発達障害なのよ

のび太ジャイアンも発達的な特徴があるし

私達世代は発達でもスルーされてただけでクラスの中で落ち着きがないとか、友達を作れないとか、鈍臭いとか、忘れ物が多いとか、空気の読めない人二名程度は今の基準で行けば発達だと思う

幼稚園に一クラス二名程度居るから

森友学園捜索

学校法人森友学園」が大阪府や国の補助金不正に受け取ったとして告訴告発をされた問題で、大阪地検特捜部はまもなく詐欺などの疑いで学園の関係先を捜索し、強制捜査に乗り出すものと見られます特捜部は今後、籠池泰典理事長刑事責任の追及に向けて捜査を進める方針です。

森友学園」の籠池前理事長(64)をめぐっては、学園が運営する幼稚園教職員の数や障害がある子どもの数を水増しし、大阪府補助金不正に受け取ったとして詐欺の疑いで告訴されたほか、小学校建設工事金額が異なる契約書を国に提出し5600万円余りの補助金不正受給したとして補助金適正化法違反の疑いでも告発され、いずれも大阪地検特捜部受理しています

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170619/k10011023041000.html

国会閉会→森友捜索→国会議員逮捕

か?

国会を延長しなかったのは、捜索して国会議員逮捕するためか?

当たり前に思っていた母の料理スキル

がめちゃめちゃ高いと改めて認識したのは実家出てからだなと改めて

一般的な水準と比較してもかなり高いと思う

それは認識していたけど、そのすごさが身にしみて分かったのは己でやるようになってからだな


なんでこんなこと急に言い出したかというと、自分味噌汁に入れた大根の切り方が雑だったからということなんですけどもね

一般的はいちょう切りだよね。だから私もいちょう切りにしたんだけど、ちょっと太いし、なんかいまいちで

作るときはそういうの全然思い出さなかったんだけど、食べたときにそういえば母は全然違う切り方だったなって不意に思い出した

母の切り方の方が食べやすいからそうしたいんだけど、その切り方にしようとすると意外と大変だってことに今更気付いた

母のすごいところは、幼稚園児とかの私が「ひとりでできるもん」とかに影響されて作り出したあまり美味しくない料理も、いい感じって食べてくれたことにあると思う

やってるときは見守ってくれて、食べた後に、次するときはこうするといいよと教えてくれたので

次横で教えてって言えば教えてくれたし、何も言わなければただとりあえず見ていてくれた

やってるときに口出されると嫌になるだろうからってことなんだと思うけど、ああいうのってなかなか出来ないよね…

あと、絵本とかに出てくる料理作ってみたいという私に嫌がらず付き合ってくれたことも多数

ダヤンスープとか、こまったさんとかわかったさんとかをよく読んでは作っていた

今も割と覚えているのは、わかったさんドーナツを作ったことで、それ以降しばらくお菓子作りブームが来て、休日母親を巻き込んで結構大掛かりな作業をしていたこ

お菓子作りという普通料理よりも圧倒的に面倒なことを、しか普段働いてる母親休みの日なんて休みたいだろうに毎度付き合ってくれたんだなと思うと頭が下がる

おかげさまで、生きてきた中で料理が嫌だと思ったことがない

夜いつも帰るのは21時以降だからめんどくさくて自炊の回数自体は多くないけど、料理が嫌いなわけではない

休みの日とか早く帰れた日は楽しく料理してる


つの間にりんごの皮むきできるようになったか考えてるけど全然思い出せないし

保育園くらいの時には卵焼きつくるのに目覚めて日曜の朝早起きして家族の分の卵焼き作ってたし

小学生高学年くらいの時には一通りの料理できるようになってたから、母親が、私の自主性に任せて見守ってくれたお陰なのかなーと

いつも夕飯時には手伝いと称して母親料理してる様子を見ていたから(もちろんちゃんと手伝いもしてたけど)そのへんもあるのかも

母親風邪で寝てたとき、代わりに夕飯を作ることになり見よう見まねで作った味噌汁が、母親のとほぼ同じ味だったことは今もはっきり覚えている

作業的にはいつも味噌を濾すことしか手伝ってなかったから飲んでみて自分が一番びっくりした

何で出汁とってるかとかちゃんと見てたんだな~と

ちなみに出汁煮干鰹節、選んだ具材白菜だったのでその時は切り方に関しては問題なかった


あと、母親自由料理する人だなと改めて

名前のハッキリしている料理より、適当な、ありあわせの材料で作るもの圧倒的多数から

レシピ見ながら作る様子を見たことがない

家には料理本とかも特になかったし

大根の葉っぱとツナを煮て卵でとじたやつとか、大根に焼き目を付けた後みりんが効いてる醤油ダレで煮てちょっとだけ一味振ったやつとか、ジャガイモ鶏肉の煮たやつとかそういう感じ

きんぴらとか肉じゃがとかカレーとかハンバーグとかも出たし美味しかったけど、そういうなんでもない感じのやつが美味しいんだよな~

さいころは何食べたいって聞かれると、明確な名前のある料理リクエストしがちだったけど、今、実家帰って何食べたいって聞かれたらそういうのが食べたいな~と思うけど、リクエストしづらい

季節とか、その時家にあるものが大いに影響するせいで

最近そういうのを思い出して、自分晩酌のアテとか常備菜として作ってみてる

近い味にはなるけど母親のほど美味しくないから、次帰ったときにはああいうのどうやって作ってるかちゃんと聞いておこう




久々の有休にちゃんとごはん作って食べてたらなんかそういうどうでもいいことばっかり思いだしたり考えたりしてしまった

疲れてんのかな

2017-06-17

https://anond.hatelabo.jp/20170617083434

おかしくねその記事

幼稚園付近屋台が爆発したというのに幼稚園が爆発って書いてるのおかしくね

幼稚園前の屋台のガスボンベが爆発

ああ

あっという間の人生だった

今思い出せる最初記憶幼稚園の時の記憶

あの頃は何をするにも全力でただ目の前の出来事のみを楽しんでいた。

幼稚園の送り迎えはおばあちゃんがしてくれていた。

やがて小学生になり少しずつ目の前の事以外にも目を向けられるようになったのはこの頃だろうか。

両親が共働きなので、平日の夕飯は殆どおばあちゃんが作ってくれた。

不味いなんて一度も思った事はない。

何もしないで目の前に並べられた夕飯をひたすら口に運んでいた。

そして、中学高校と進むにつれ次第に大変そうに母が考えた献立通りにご飯を作ってくれていたのを覚えている。

大学に進学すると共に状況し一人暮らしを始めた。

自分料理をするようになって初めてその大変さを知った。

やっとその時気がついたのである

あの時もっと夕飯を作る事手伝えばよかったと。

その思いを何処かで抱えつつ今日まで生きてきた。

自分の言うワガママも全て受け入れてくれていたおばあちゃん。

何をするにしてお節介だったおばあちゃん。

嫌だと思っていた時もあった、そうじゃなかった時もあった。

でも、そういうのも含めて全部思い出だ。

そして、いつまでもずっと元気で生きている世界が続くものだと何故か思っていた。

勿論そんな筈はなく、次第に弱っていく姿を見てなんとも言えない気持ちになった。

何れ自分もこうなってしまうのだろうか、両親もこうなってしまうのだろうかと考えてしまった。

こういう考えをしていつも思う、もっと優しく接してあげればよかったと。

いつも後悔してばかりだ。

あの時手伝えばよかった、そんなに怒る必要も無かったと。

昨日から地元に帰って、あの頃と変わらない場所に行った。

自転車に乗せてもらって、ガチャガチャやらせて貰った店。

その帰り道、後ろに乗りながら急なカーブにいつも危ないと思ってたこと。

そんな何気ない出来事が今では本当に大切な思い出だ。

そんなおばあちゃんの葬式今日に控えながらこの文章を書いている。

直接面と向かっては恥ずかしくて言えなかった。

ごめんなさい。

ほんとに今までありがとう

今頃何してんだろうなぁ。

ロリコンは最も労力かけずに愛してくれるのが誰だか知っている

年齢ヒトケタや10代の内は、学校幼稚園とその派生するコミュニティ世界の全てだった

そこで好きになる人はとても特別存在に思えて、この人を一生好きでいられそうだと思っただろう

モテないやつは総じて労力かけずに愛されたいと思っている、いわば自分優位の不平等条約を結びたいと思っている

そしてモテないやつは自分子供の頃に同様の経験を経ているから、年齢ヒトケタや10代の女の子自分を好きになってくれれば、

お金や身なりを整理しなくても、特別存在として扱ってくれると思っているのだ

そこでモテないやつはロリコンになる。自分が精一杯人を愛そうともせずに、ただその無垢感情だけを向けてほしいと思うようになる

実際には…言わずもがなの結果になっていると思われるが、対処は一つだけだろう

それは愛されるよりも先に愛してしまうことだ。

場合によっては、あなた理想を超えた人の側にいられるかもしれない

まずは身近な人を愛すことから始めたら良いと思う。

思ったよりもあなたのことを見ていて、思ったよりもあなたと向き合ってくれるのが分かってくるはずだ。

2017-06-15

エンジニアプログラマーだが、英語がつらい

英語がつらい。

やっぱり辛い。

たぶん幼稚園英語でなんかやってたみたい+中高6年間+浪人自体英語特訓+大学英語+趣味業務での英語学習.....ずっとやってきたけどつらい。

英語を読むのが辛い。俺は理系なんだが、文法問題とか、すごく得意で、毎回高得点を取れるので、英文法はできると思うんだが、単語が覚えられない。いや、中学高校単語帳に乗ってるようなものは覚えてるよ。けど、英語でさ、技術系の論文読むときに、わけわからない単語が出てくるんだわ。そのさ、その時に辞書引くじゃん? 今は、んでさ、調べている間に、読んでた内容がすっとんじゃうわけ。

もっとつらいのは、知ってる単語、その文の主語とか文法は分かるんだけど、その一文の意味がさっぱり分からない時があって、それもつらい。その時ってのは、その文自体が、なんか特別言い回しだったりするわけ。まんま、なんか流行ってる言い回しなら調べたら解決する場合があるから、良いけど、ちょっと捻ってるのわからない。どうすりゃいいんだ。

もっとつらいのは、英語の聞くときだ。本当にわからない。いろんな方法を試したんだけど、ほんとうにダメ。無理。ほら、TEDやら5分のニュースあるだろ?あれ、僕全然持たないんよ。その最初は、頭の中で、英語の文をつくる感じになるじゃん? そして、日本語にすんの。なんというか、英語の音=>英文=>日本文=>意味みたいな流れをずっとやってるわけじゃん? あれできるやつどうやってんの? 大分負荷が高いよね? 1分ぐらいで頭が沸騰するんだよ。

いや、もうだめ。英語。ほんとダメ。同僚はすごくできるのに。いくら日本語で書かれた難しい技術理解できたってダメだと思うんだけど、もうね、ダメだと思う。

「型システム入門」「分散システム」「On Lisp」「ガウディ本」「メイヤーオブジェクト指向入門本」....いろいろ日本語の本であるならば、全然読めるんだよ。けど、英語が読めねぇんだよ。

なんで、こんなに英語ダメダメでも、いろんなライブラリ使えてきたかって、実装を読めば分かるじゃん。英語ドキュメントは読めないけど、コードを読めば、どう動くか分かるじゃん。だから、なんとなってるけど、限界を感じてきたんだよ。なぜかって、仕様なのかバグなのか分からないんだよ.......だから英語仕様読むしかないんだけど.....本当につらい。

英語つらい.....英語つらい.....英語つらい.....

政治宗教の話をすべきでないたった一つの理由

「難しいから」

一般人の知能レベルでは政治宗教の話をしても難しすぎてまともな議論にならない

幼稚園児が頭を寄せ合って数学問題を解こうとするのに等しい

前提知識すらロクに分かってない人間同士の議論偏見詭弁応酬しかならない

はてな政治カテゴリを見ればそのことは明らか

はてなーですらこのレベルなのだから日本人の9割8分はまともに政治宗教を語れないと思っていい

ゆえに絶対にまともな意見交換が成立しないものとして双方が同意した状態でもなければ、絶対政治宗教の話をすべきではないのだ

2017-06-13

不倫活動

最近若い女の子をたぶらかそうと、真面目に不倫活動に勤しんでいるのだが、連戦連敗である結婚生活にはそもそも不満はなく妻と幼稚園の子供はとても大事存在だ。ただ、男の子から他の女の子セックスしたくなるのはしょうがない。若い子に美味しいご飯を食べさせて、雰囲気のあるバーに連れて行って、もちろん全部払って、いい感じになってアクションを起こすと拒否られる。なんでですか?

美大に行けなかった女

祖父画家だ。

美大卒業してすぐに専業画家として独立

その道の人が喉から手が出る程欲しがる賞なんかも受賞して、

から見ると画家として順風満帆人生を送ってきたように見えると思う。

しか祖父プライベートでは周囲にかなり迷惑をかけてきた。

戦争で家が燃え盛る中、貴重品には目もくれず画材だけ持って逃げたり、

駆け出しの頃余裕のなさからちょくちょくヒステリーを起こしたりとか、

そういう話はよく祖母とその息子(=私の父)から聞いたし、

画業が軌道に乗るまではかなりの貧乏暮らしをしていたらしい。

そのせいでうちの家系アート関係仕事に対して風当たりが強い。

父が美大ではない一般大学を出、一般企業サラリーマンとして就職した際は

一族からまともな奴がでた」と周りが泣いて喜んだという。


孫の私は小さい頃よく祖父の家に預けられていた。

(私も祖父都内住みなので、母が忙しい時、面倒を見てもらっていた)

父が幼かった頃はまだ生活に余裕がなく、祖父子供の面倒を見る事はなかったが、

絵が売れるようになってからできた孫の私の事はかなり可愛がってくれた。

祖父は私にお古の画材をくれ、好きに絵を描いていいと言ってくれた。

仕事をする祖父の近くに陣取り、見様見真似で絵を描き始める。

幼稚園児の絵なんてプロの目から見なくても下手くそだし、祖父から絵を褒められた事は一度もない。

それでも下手な絵を量産し続ける私を見る祖父の目がとても優しかったのは覚えている。

やがて私は外で鬼ごっこをするよりも絵を描く方が楽しいと思うような子供に育った。

近所に住む幼馴染の友達も絵を描くのが好きな子で、

放課後はその事一緒にスケッチブックを持って公園に絵を描きに行くのが定番コースになった。




そんな私に家族はいい顔をしなかった。

小学生の頃、近所のお絵かき教室に行きたいと何度頼んでも全部無視された。

でもテレビでみかけた新体操選手を見て一言可愛いと言った次の日には新体操教室を探してきてくれた。

数学が苦手だとぼやいたらすぐにそろばん教室に行かないかと勧められた。

家族は私が絵を描く事以外に興味を持ってほしかったのだと思う。

一回だけ口を滑らせて「美大とか美術専門学校に行きたい」と言ってしまった事がある。

父は大激怒あん鬼のような形相をした父親を見たのは後にも先にもあの時だけだ。

親戚中に言いふらし、それから何人もの親戚から連日の様に

「お前に祖父のような才能はない」

美大に行くような奴はそれしか生き方を知らないろくでなしだけだ」

「お前は絵の為だけに人生を棒に振れるのか、そうとは思えない」という電話がかかってきた。

安定した仕事に就いてほしいという彼らの気持ちもわかる。

でも「美大楽しそう」は中学に入ったばかりの小娘の言葉だったのだ。

それからずっと絵を描くのが好きだという気持ち封印し、

隠れてノートに絵を描いてはいものの、普通大学に入って普通にOLとして就職をする道を選んだ。

それでも社会人になっても絵を描きたい欲が抑えきれず画塾に通い始めた。

美大の夜間コース金銭的にも時間的にも無理だった)

この頃になるともうこれから芸術の道に進む事はないだろうと安心したのか、家族から白い眼で見られる事もなくなったし、

祖父コネでもらった展覧会チケットも興味があるのなら、とくれるようになっていた。

画塾に通い始めた事も「社会人になって趣味を持つの大事な事」と肯定的な目で見てくれるようになって、少し認められた気がして嬉しくなった。

ただ一言「お前、絵描くの好きだったんだな、知らなかった」と言われるまでは。

あぁ、幼稚園小学生の頃あんなにお絵描き教室に行きたいと頼み込んだの覚えていないんだ。

後、大学一人暮らしを始めてから同人漫画も描き始めた。もちろん家族には言っていないけど。

同人イベント金銭のやり取りをするようになってから、絵一本で祖母、父、そして父の妹を食わせ、大学まで行かせた祖父のすごさを再認した。

親戚が私に才能がないと言った気持ちもわかる。私は祖父になれなかった。なろうとする事すらおごましい。

でもこの趣味出会った友人達には美大とかアート系の専門学校に通っていた人も多くて、やっぱり羨ましくなってしまう。

そしてその人達ほとんどは家族の言う「芸術の道に進むしか能がないろくでなし」ばかりではないし、

卒業普通OLとして社会人をやっていけている人にもたくさん出会った。

デザイン系の仕事をして会社に雇われている人もいれば、

祖父自営業画家として生計を立てていたように、フリーランスとしてやっている人もいる。

何より皆、人より絵を描くのが得意な「社会常識のある普通の人」だったのだ。

美術系の学校に進む人は全員頭がおかしいという親戚の言葉は、

美術を専攻するとOLという道は閉ざされるから絶対に稼げないという親戚の言葉

嘘だった。

そして思ってしまうのだ。

正直言ってしまうと同人誌はそこそこ売れているので、私に絵の才能が全くなかった訳ではないと思う。

もし美大に行けてたら…祖父の様に専業画家として大成功する事は無理でも、デザイン系のOLとかで生活できる程度に稼ぐ事はできていたのかな…と。

甘い考えだってのはわかっているけれども。

父の口癖はこうだった。

「本当に何かをやりたい人はどんなに反対されても勝手にやる。祖父は家が燃え盛る中、泣きながら画材を持ちだして死にかけた。手塚治虫戦争中、絵の具がなかったか自分の血で絵を描いた。芸術の道に進むというのはそういう事だ。」

きっとそうなのだ

私が本当に美大に行きたかったのなら、親戚中に反対された中学の時点で家出でもすればよかったのだ。

バイトをできる年齢になったらお金を貯めて、学費自分で賄えばよかったのだ。

そうしなかったのは心の底から美大に行きたいと思っていなかったからなのかもしれない。

ないとは思うけど、明日北朝鮮ミサイル東京に降ってきたら、私は真っ先に通帳とか印鑑とかを持って逃げると思う。

そして、足腰が弱ってあまり歩けなくなってしまった祖父は、それでも若かった頃と同じようにパニクりながらカンバスと絵の具を持って避難するだろう。

そういうところなのだ、親戚が「芸術家ろくでなしだ」と言うのは。

通帳は全部祖母に任せて自分画材だけ持って逃げるから

明日おまんまがなくなって、家族全員打ちひしがれていても、スケッチブック燃えなかった事を泣いて喜ぶような人だから

本物のミサイルなんてそうそう見れるもんじゃないと喜び勇んでスケッチを始めるかもしれない。

因みによく一緒に公園スケッチに行ってくれた幼馴染は高校から画塾に通う事を許され、無事美大合格卒業後は有名なゲーム会社就職した。

彼女ものすごい努力をしていたのを私は知っているし、就職の報せを聞いて私も嬉しかった。

でも北朝鮮ミサイルに対して彼女はどういう行動をとるだろうか?

私が趣味世界出会ったデザイン系の仕事に就いている人達は?

紙と鉛筆を持って逃げるだろうか?

幼馴染とは今でも仲がいい。

同人活動を通じてできた友人の中にはジャンルが変わっても付き合ってくれ、一緒に旅行に行くような仲の人もできた。

積極的美大とか専門の話はしないけれども、そういう話題になっても自分の知らない世界の話を聞くのは単純に楽しいし、新刊ネタになるかもとワクワクすることもある。

でも嫉妬心を全く覚えないと言ったら嘘になる。

日本火の海になった中で、紙と鉛筆でなくて通帳と印鑑を持って避難するような人だったとしても、彼女達が美大進学を許された特権階級である事は変わりないのだ。

そう思うと何だかもやっとしてしまう。





一時期このもやもやから逃れたくて、絵を描く事を伴わない趣味を探した事がある。

スポーツをしてみたり、美味しいご飯屋さんを探してみたり。

このスポーツ団の制服可愛いから模写したいとか、肉の「照り」の部分を絵の具でどう表現しようかとか気付くと考えてしまっていたけれども、頑張って思考の外に追い出していた。

そんな中、某韓国アイドルにハマった。

お気に入りだったのが音大出身で抜群の歌唱力を売りにしている子。

彼の美しい歌声に乗った異国の言葉は心地よくて、生まれて初めて海外アーティストの曲を買った。

ある日、彼が番組企画ファンの為にイラスト色紙を書いてくれる事になった。

その日の彼は機嫌が良かったのか、普段はあまりしないプライベートな話をしながら色紙を書いてくれた。

小さい頃から歌う事が好きだった事。

母親に勧められて合唱団に入った事。

歌手を目指し挫折した経験を持つ母が、音大合格した時泣いて喜んでくれた事。

色紙を書き終えた彼はそれを満足そうにカメラに見せ、言葉をつづけた。

「歌も好きだけど…絵を描く事も好きです。上手くはないけどね。僕の従姉妹がこの絵を見たら笑ってしまうかも、彼女美術大学に通っているんだ。」

頭を鈍器で殴られたような感覚がした。

今までアイドルと言うのは自分とは全く別の世界に住んでいる人間だと思っていた。

この世に存在しないくらい見た目が美しくて、スタイルが良くて、歌やダンスが上手で。

からどんなにイケメンアイドルを見てもこんな人と付き合いたいとか、

どんな美人アイドルを見てもこんな風に美しい女性になりたいとか、そういう気持ちが湧いてきた事はなかった。

自分人生と関連づけられなかったのだ。

特に彼は外国人だったので、そうした傾向が強かったんだと思う。

でも彼の口から美術大学」という言葉がでてきた瞬間、一気に身近な存在になってしまった気がした。もちろん悪い意味で。

音楽芸術だという当たり前の事を思い出し、生まれて初めてアイドルに対して悔しいという気持ちが湧いてきてしまった。



彼は芸術家になる事を親から応援されてきたんだ。従姉妹さんも美大に通っているという事は、きっと一族の大半が協力的なんだろう。

羨ましかった。私も応援されたかった。

美大に行きたいという言葉を発した時に、罵詈雑言を浴びせられるのではなく、彼の母親の様に応援してほしかった。

彼が歌うのが好きだと気付いた母が、彼を合唱団に入れてくれたように、お絵かき教室に行きたいとせがんだ私の事を父に認めてほしかった。

本当は新体操選手なんかに憧れてはいなかったんだ。

お絵描き教室が駄目なら新体操も駄目だろうと思って発した言葉だったのに、すぐに新体操教室を探してきてくれた親に対してショックを覚えたんだ。

美大コンプレックスから離れる為に始めた趣味だったのに、またもや同じ気持ちを味わったあの日、結局このコンプレックスはどこに行ってもついてくるんだなという絶望感を覚えた。

もちろん、高校から画塾に通って美大進学をした幼馴染、趣味を通じて知り合った美大出身友達

皆親を説得するために苦労をしたんだと思っている。

そしてただでさえ狭き門である芸術系就職活動成功させる為に、

反吐を吐く様な努力をして作品ポートフォリオを作り上げたんだろう。

きっと私には想像もつかないような辛い道のりだったに違いない。

大好きなアイドルと彼の従姉妹だって日本よりさらに厳しい学歴社会と言われる韓国音大美大進学を決めるのには相当な覚悟があったはずだ。

音大合格して彼の母が泣いたのだって、その一悶着があったからという事もあるかもしれない。

でも。本当に悪いけど。その内誰だって祖父レベルに達しているとは思えない。

祖父の様に絵の神童と呼ばれていたという話も聞かない。

祖父彼女達と同じ年齢だった頃に描いた絵を見ると、素人から見ても月とすっぽんの差がある。祖父の様な天才じゃなくても美大に行かせてもらえる彼女達。特に幼馴染は「本当は美大に行きたかった母親が大賛成」してくれて、祖父の様な絵に対する執着心もないのにすんなり画塾に通わせてもらえて、本当に羨ましかった。

もし、私の祖父画家じゃなければ。天才じゃなければ。

しかしたら説得できたんじゃないかって思ってしまう。

家出なんかしなくたって、絵の具の代わりに血を使わなくたって、北朝鮮ミサイルが降り注ぐ中、愛用の画材を泣きながら探し回らなくたって。

しかしたら、私にも美大に行かせてくれと説得できたのかもしれない。

彼女達が本当に羨ましい。泣くほど羨ましい。

祖父の様に絵を描く事しかできないわけでもなく、(少なくともデザインOLをやれる程度のコミュ力はあって)、でも祖父の様な並外れた才能があるわけでもない彼女達が

家族から美大進学を許されたのが、本当に悔しい。

祖父天才じゃなければ。数回頭を下げただけで私も美大に行かせてもらえたかもしれないのに。


祖父の事は聞かれない限り他人に話してはいない。父の職業ならまだしも祖父の事を聞かれる事は稀だし、自分から言いふらすような事でもない。

でもごくたまにある。お祖父ちゃんは何をしている人なの?と聞かれる事が。

そして答えると大抵「だから増田さんも絵が上手いんだね!」と返ってくる。

(もちろんお世辞だ。私は下手ではないと思っているけれども、上手くもないと思う。ただ、そういう仕事をしていない限り社会人になってまで絵を描いている人は案外少なく、相対的にそう見えるだけだ)

そんな時自分がどんな顔をしているのかはわからない。

絵を描く楽しさを教えてくれたのは祖父

お金にならないのに、今まで絵を描き続けてこれた情熱を持てたのも、祖父遺伝なのかもしれない。

でもそれを仕事にしなかったのも間接的には祖父が関わっている。

そして何より、私には祖父ほどの才能がなかったのだ。

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