「起爆剤」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 起爆剤とは

2021-06-01

有効求人倍率が、去年はコロナで1.04あたりが常識だったけど

https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/covid-19/c07.html

今年に入って1.09から1.10に回復してきているね

あと少し 起爆剤がほしいだろうね ローゼン麻生が、ここは大島優子だ!とか お金を突っ込んで起爆させてほしいところと

責任

優子がなんとかすんだろ

2021-05-20

anond:20210519214122

不幸中の幸いとして優秀なITボランティアが集まりやすくなるだろう

俺ならもっといいものを作れるという考え方が若年層を中心に広まれIT強国への起爆剤となる

隗より始めよ故事でいうなら続々と優秀な人材が集まるフェーズに入っているといえる

2021-04-14

anond:20210412141123

 私はここ二十年ぐらいに共●党に投票している。ただし党員でもないし、積極的に支持しているわけでもない。一人の市民として「反・新自由主義」の立場ものから、それを意思表示しようとすれば他に選択肢が無いので、仕方なくそうしているというだけのことであるしかし、これは私個人選択と行動であって、何も他人押し付けるつもりは全くない。

 リベラルまたは左派政党/政治家に対する「弱者からの支持が伸びないことについて考えた、n=1の私の個人的な意見を述べる。

 結論から先に言えば、政党政治家のものよりも、その応援団を務めるマスメディア知識人が悪い意味で目立ち、ネガティブイメージ有権者に植え付けたことが大きな要因だと思う。簡単に言えば「あん人間たちが支持しているということは、その支持対象である政党/政治家も信用できないな」という素朴な不信感である

 不信感の全てを列挙することは私の能力では不可能だが、いくつか例を挙げる。

= = =

(1) 自民党から民主党政権交代が起きる直前の頃には、テレビ新聞で盛んに「年越し派遣村」の話題を取り上げていたように記憶している。

 しかし、民主党政権樹立を果たした年の年末には報道も下火となり、「年越し派遣村」の場所は非公開となり、利用者の姿や肉声もほとんど報道されなかった。

 今でも当時と変わらない境遇で苦しんでいる人たちがいるはずなのに、あれから年末テレビ新聞も「年越し派遣村」あるいはそれに類する活動を、自→民政権交代前ほどには報道しなくなった。

 マスメディア知識人にとって、庶民貧困問題は、自→民政権交代の起爆剤としての利用価値しか無かったのだろう。そのような不信感を抱かせてしまった。

(2) 鳩山政権は「最低でも県外」を合言葉にして、沖縄県米軍基地負担を減らすことを明言した。当時、東京拠点にする大手マスメディア知識人もそれを支持した。

 しかし蓋を開けてみれば、それは「九州離島基地負担を打診する」という「沖縄県以外の地方負担押し付ける」内容だった。「鳩山由紀夫公約を守れるように、東京(あるいはメディア関係者知識人居住地)に米軍基地を誘致して応援します」と言ったマスメディア関係者知識人はいなかったと記憶している。

 沖縄県以外で米軍基地負担している県の負担は「存在しないもの」として扱い、沖縄県以外の県には負担押し付けても構わないとする、大手マスメディア知識人欺瞞が明らかになった。

 念のために言っておくが、私の居住地米軍基地負担している。

(3) リベラル左派が、庶民からの支持を集められたかもしれない機会が、過去に一度だけあったと思う。

 それは、某俳優が「テレビ韓流コンテンツばかりだから自分は見ない」と発言して、世間マスメディアから猛烈にバッシングされた時である

 あの時、某俳優に対する反論の主流は「テレビ局が韓流コンテンツを流す理由は、制作費/人件費コストを安く抑えられるから」というものであった。これは、おそらく事実であろう。

 しかし、それは国内労働者雇用喪失国内産業の空洞化を招く道筋である労働者雇用考える人や団体ならば「民族差別には与しないが『国内労働者雇用を守る』という意味でならば、私(たち)は某俳優問題提起に賛同する」と意見表明をするべきであった。反・権力左派支持の態度を普段はとっている芸能界関係者も、某俳優発言当時は「国内労働者雇用を守れ」とは言わなかった。

 あの時は排外主義者たちが某テレビ局前でデモをしたようだが、もしも同じ頃にあれに負けないぐらい「国内労働者雇用を守れ」というデモを展開できていれば、左派存在感をアピールできたのではないだろうか。しかし、そうはならなかった。

 「普段は、マスメディア知識人は『反・権力』や『左派思想の支持』を訴えているが、いざとなれば労働者の味方になってくれないのではないか?」と、根深い不信感を植え付けてしまった。

 実際、その不信感を裏付けるように、コロナ流行演劇業界ブラック労働環境搾取実態が白日の下に晒された。

= = =

 はてなブックマークでは、リベラル左派批判する声に対して「どうせ野党には投票しないくせに」と言われることが多いように思う。だから野党投票している人間の一人として書いた。

 自民党の独り勝ちでは健全ではない。そういう意味では、まともな政権運営能力のある野党が育つことが望ましいことには同意する。しかし、だからといって野党やその支持者への疑問や不信を飲み込んで黙り込むのも、同じくらい不健全であろう。

 私自身はリベラルとも左派とも自認してはいないのだが、それでもリベラル左派の考えや意見を読み聞きして、学ぶことも少なくない。(もちろん、リベラル左派からでなくとも、学ぶことは多々ある。)学んだことのうちで、重要なのは対話可能性を諦めない」「他者に対するミニマムな信頼感を捨てない」といったこである

 これを目にした野党支持者が何を考えて、どう行動するかまで私がコントロールする訳にはいかないが、何処かの誰かに届いて何らかの良い影響を齎してくれればと願う。

2021-02-23

https://anond.hatelabo.jp/20210222233810

1.MMT信奉者ではないか

MMT論者なら、五輪賛成もありだろう。公共投資リソースに余裕があるなら五輪もありだ。

MMTは行ける証拠ダメ証拠もない、ゆるふわ仮説段階の経済理論というのが自分認識。今やるなら大博打になる覚悟必要だ)


2.公共投資としてやや筋悪だから

建設投資自体別にいい。だが五輪のような一過性イベントへの建設投資は、日本の現状では優先順位が低い。

承知の通り、五輪は一地域、一時に需要が集中する。需要自体はいいが、こういう需要増は中長期的な効果投資額の割に低い。

一気の需要増では建設コストが高くなるので作られたインフラコスパが悪く、一時の特定需要に合わせたインフラである以上、流用すれば無駄ではないにせよどうしても効用が落ちる。

同じ額の建設投資をするなら、日本全国津々浦々の老朽化インフラの中期的な修繕整備に廻した方が、フロー乗数効果ストック効果も高いはずだ。

衰退国家必要経済政策は絶えざるデフレ圧力需要減少の中で軟着陸するための撤退戦戦略

「強力な需要喚起で、そこを経済成長起爆剤に!」みたいな考え方は成長過程では妥当政策だが、ファンダメンタルマイナス気味の国家では通用しない。


最も重要な「経済成長」を達成する手段がもはやない、「不幸の中でマシなものを選べ」というのが、日本経済政策選択肢の現状、という認識が前提。

ゆえに財政出動としての効率の悪さから、開催決定前から五輪招致自体に反対している。

緊縮は自殺行為だが、五輪開催のような根底に「どこかに低成長脱出経路があるはずだ」という夢想がある政策も、延命治療リソースを減らす寿命を縮める行為に変わりはない。

本邦には「プラスからいいじゃん」というような余裕はない。限られたリソースを最適に運用しなければ、衰退まっしぐら崖っぷち国家なのだ

(繰り返すが、もしMMTが正しければ、という点に一縷の望みがあることは認める。)

2021-02-12

anond:20210212014323

別に一発アウトで排除されたわけではないでしょ。

組織会長として、あるいは首相時代なども含めての今までの行いを見て、国民の多くが「こいつは国を代表する立場にいちゃいけない人間だ」と思ったか排除されたんだよ。


ポリコレ系の話題にうるさい社会活動家気取りの勢力だけじゃなくて、そういうのに興味ない人からも森排斥論は上がっていた。

というか逆張り大好き匿名ネット民以外で森をかばってる人とか見たことない。


女性蔑視と言われるあの発言起爆剤になっただけで、そもそも森は民衆から拒否されていたんだよ。

2021-01-24

anond:20210124120907

実際、マットアッシュ乃木坂が、もう1つの顔で参戦

おれたちノラも、もう1つの顔で参戦

いいとおもう。わかりやすいし。

ただ、そんなにシュリンクやす業界とは思えないし

いわゆるWebアフィリエイトは、テレビ広告下請け

いままで、

テレビ広告量販店

だったもの

テレビ広告アフィリエイトショップ

というふうに、最初ショップに行く前に、調べていから行くというところに、ニッチにささるのがアフィリエイト

起爆剤テレビという役割分担がはっきりしてきている

100万人未満なんて、テレビでは、かなり小さなパイになるし

逆に

100万人以上はネットでは、大きすぎるパイというのは、歴史証明している

 

1万人が、深夜番組大手ネットサイト分水嶺 フォローしている数が違う

2020-12-15

anond:20201214053722

現代アップデートした設定を考えればいいんだな?


吉良の名台詞は「派遣風情が、身の程を知れ!」で決定だな。(吉良は「田舎侍が!」って言ったというのが忠臣蔵の設定。)

もともと「偉そうな幕府の高官がぶち殺された」というネタ起爆剤なのだとすると、「赤穂はパソナを通した孫請け」とかにするのがいいのかもしれない。

だとすると、吉良の立場は「パソナ人間」というのがいいのか。

2020-11-16

ミリオンライブターゲットから外れた

タイトルの通りだ。私はミリオンライブ顧客として想定しているターゲットから外れた。それを強く実感している。

新曲は刺さらないし、アニメ化は今更感しか感じなかったし、パチンコ化も結局ミリシタの流用かつ既存曲のみで起爆剤になりえないと感じる。ミリシタの展開の仕方にも魅力を感じられないし、これ以上触れていて楽しめないなと思わされることばかりだ。

ターゲットから外れた要因は、ミリオンライブが年々弱くなっている点とそれ以上に単に私がコンテンツ顧客として必要とされていない、変化についていけなかったのが大きいだろう。

私は、2016年くらいかミリオンライブに触れていた。当時は高校生課金などできず、グリマスはほぼやらなかった。今思えば無課金範囲でもやっておけばと思うことがある。

その後、ミリシタが出て私も大学生になったことでライブに行けるようになった。CD高校時代からしづつ集めていたが、大学生になってから更に買うようになった。課金バイト代範囲でして、担当アイドルイベントでも200位以内くらいまで走ったりもした。5th6thは(ライブビューイングも込で)参加できて本当に嬉しかった。

ミリオンライブが大好きだったので花ざかりWeekendでミリシタがバズって勢いが増したときはようやく報われた、これから更に楽しくなると思っていた。

私は(これは広く言われていることだが)ミリオンライブ楽曲ライブが高い評価を受けていたコンテンツだと思う。私自ミリオンライブに惹き込まれ理由楽曲にある。MTGも様々な方向性楽曲が出て毎月楽しみだった。その後も更に強い曲が出て盛り上がるはずだと信じていた。

ミリオンライブというコンテンツ自体がここ数年停滞している、むしろ落ち目なことは明らかだろう。グリマス終了時の落ち目からミリシタ1周年辺りまでの伸びは中々目を見張るものがあったと思うし、実際ミリシタ1周年(実際は花ざかりあたりか)の頃はコンテンツの規模として最盛期だったと思う。当時はシンデレラガールズ程ではないにしても、勢いのあるコンテンツとしてこれからやっていけるのでは無いかと期待した。

その後ゆるやかに、そして確実に規模も勢いも落ちて行って1周年以降特に大きくハネたことはなかっただろう。MTGシリーズは出揃ってみると中々良かったシリーズだったと言えるが、現行のMTWシリーズには魅力を感じられずにいる。これが私がターゲットから外れたということなわけではあるけど、しかし私の周囲も現在ミリオンライブの展開について満足している人はほとんどいない。元は私と同じようにミリオンライブを楽しんでいた人たちなので悲しい。

今年のライブが無くなったことも大きい。ここ数年ミリオンライブライブは"新曲披露会"や"大規模リリイベ"などと揶揄されるほど新規楽曲披露に枠を割いていた。1年分新曲披露がなされなければこれ以降ライブが再開されても、新曲ばかりの面白みのないものになってしまうのが残念だ。1年に1度大きなライブがあったことでつなぎ止めていたファン層がだいぶ流れたのではないかと思う。

クロノレキシカが悪いとは言わないが、これをミリオン版のアンティーカと言っているオタクを見た時は頭が痛くなった。それほど強くはないだろう。そもそもミリオンライブがある程度各々のソロスポットを当てていただけに、ミリシタ以降のユニット推し(ユニット展開ばかりになった)自体にも疑問がある。MTGはともかくその後MTWでもユニット展開しかしないというのは、さすがに飽きが来るところもある。また、楽曲制作に色んな人を起用して新しい風を入れようとしているのは評価するが、完成物がそこまで強くない(個人的に刺さらない)。これは予想というか、ほぼ妄想の類だが、ミリオンライブ楽曲制作においてのディレクション方向性自体が大きく変わったことが理由だと考えている。えいちPがいなくなって以降(MTW以降)、目立って私や周囲のオタク楽曲が刺さらなくなったと感じている。ミリオンライブ楽曲に感じていた良さは変更前のスタッフによって生み出されたものだったのだなと勝手に考えている。本来の魅力だった楽曲方向性が変わっていって、変化についていけなかった層はだんだん気持ちが離れてしまったのだろう。

ただ、現状でも楽しんでいる層が一定数いることはTwitterを見ても分かるので、やはり私はミリオンライブターゲットから外れたのだなと結論づけている。実際もうCDを買っていないので文句を言う権利はあまりいかもしれない(購買意欲が起きない曲を出すのが悪いとも思うが)

また、ミリシタ(グリマス時点から場合すらある)初期からイベランを継続している層もいるし、それに関して私はよくもまあそこまでのやる気が続くものだと(これは皮肉揶揄抜きに)心底感心してしまう。

彼らがいる限りはコンテンツとしてまだやっていけるのだろう。

2年近くモチベが低いままミリオンライブに触れ続けてきてしまったが、現在放送中のアイドルアニメ気持ちを切り替えて思い切りがついた。これからミリオンライブは私にとって昔好きだったコンテンツとして思い出に変わっていくのだろう。

今は放送中のアイドルコンテンツを楽しんでいる。かつてのミリオンライブと同じくソロ展開が中心で、各話丁寧にキャラクターが描かれていて素晴らしいと感じた。最初は「ミリオンライブで見たかったものが全部そこにあった」なんて冗談めかして言っていたが実際そうだった。

ミリオンライブにとって顧客になりえない私はそろそろ袂を分かち、別のコンテンツに行くべきなのだろう。お互いのためにも


最後に、パチンコになることでコンテンツとしてもう一度勢いを取り戻すことを期待していたのだが、今回の新情報によってもう期待が持てなくなった。

私自身、パチンコでもなんでも新展開によってもう一度好きになりたいと思っていたが新曲が無いと言うならもう訴求する部分はないだろう。

アニメ化にも期待していたが本当にタイミングが遅い。今更感しか感じられなかった。(おそらく)フルCGであるというのも反応に困る。フルCG絶対に嫌とは言わないが、フルCGの方がいい!とはならないだろう。アイドルコンテンツであるから余計にアニメにおいては手描きで可愛いアニメが見たかった。これは単に残念だなと思っていることだ。

私みたいなオタクが一応ミリオンライブのことを気にかけつつももほとんど距離を置いている現実があるのは確かだ。この層を失うことがコンテンツとしての損失かどうかは知らないが、新規ユーザーも増えない中昔からの層がだんだん消えていくのはコンテンツとして大丈夫なのだろうか…。

ともかく、ミリオンライブには数年間本当に楽しませてもらいました。大好きでした。

私が今のミリオンライブに向いていなかったということが分かった、それだけの話でした。

2020-11-13

推しへの愛の形を間違えて、後悔した話

承認欲求って本当に厄介だと思う。

それに囚われてしまうと、方向性を見誤って、気づけば推したちへ顔向けできない。なんてことになっていたりすることもある。

二次創作をしていて、自分かい推し推し解釈をより多くの人に見てもらえる。というのは中々脳内麻薬の出てくる甘美なものなのではないでしょうか。

勿論、「全て推し自分のため。誰に見てもらわなくても構わない。」というスタイルの人もいるだろう。正直めちゃくちゃ憧れる。かっこいい。

けれど私はそんな風になれなかった。

最初幸せ推したちを描いて満足していたはずなのに。その内、推したちは私の承認欲求を満たす道具になってしまっていた。

そのことに気がついた時、私はもう推したちへ顔向けできない。そう思った。普通にショックだった。そうしたのは自分だったのに一丁前にショックを受けていた。

この日記は、そんなふうに推したちへ顔向けできなくなった底辺絵描きオタクの後悔日記である。ちなみに国語の成績は常に赤点ギリギリだったのでめちゃくちゃ文がとっ散らかっていると思う。


私はある日、○×△のカプにどハマりした。

それまではROM専アカウントで神々の作品を見させてもらって萌えていただけの私が、突然○×△専用のアカウントを作って、道具を揃え、小学生の時以来お絵描きをし始めていた。

下手くそでも何かしらの情熱を感じてくれたのだろうか。少しずつではあったが、フォロワーさんが増え、○×△について語り合える人が増えてきた。

絵茶やもくりにも参加したりして、どんどん仲間が増えてきた。嬉しくて楽しくてたまらなかった。

一番○×△へ、純粋に愛を捧げていたのはこの頃だと思う。

だんだんと増えていった相互さん達は、絵の上手い人、素敵な小説を書く人がたくさんいた。可愛い絵。かっこいい絵。キュンとする話。切ない話…その人たちの作品はどんどんいいねつくしRTもされる。

人との交流が増えるたび、だんだんもっと自分作品を見てもらいたいな。という欲求が増えてきた。

そのくせ、私は努力もせず描きやすい角度だけ描いて、絵の勉強もしなかった。

「どうせ今更練習したって、世の中にたくさんいる絵の上手い人たちの様になんてなれやしない。」

そうやって努力したってどうにもならなかったときに傷つきたくないから、言い訳して上手くなる努力をしなかった。だからフォロワーさんが増えたといっても、普段反応をくれるのはその中の半数もないくらいだった。

見てもらえるわけがないのだ。そんな愛のない、手を抜いたもの。優しくしてくれる人たちと、推しの上で胡座を描いていたのだ。

でも私はそのことに気がつかない。

推したちの幸せを考える日々は、いかに人に描いたものを見てもらえるか。しか努力せずに。にシフトしていった。

たくさんの人に見てもらうにはどうしたら良いか

それは勿論素敵な作品をかきあげることだろう。

けれど底辺絵描きの私には中々遠い道のりだ。すぐに!今すぐに見てもらいたい!どうしたら良い!?

そこで私が手を出したのが、エ□だ。

創作界隈において、エ□というのはちょっとした起爆剤役割を果たすんじゃないかと思っている。

(ちなみに私は作者さんの愛のあるエ□は大好きだ。決して否定しているわけではない。きちんとした努力を積み重ねられて、愛を込めてかかれたエ□は本当に素晴らしいものです。)

案の定普段はそこまで見てもらえない私の絵も、ほんの少し肌面積が多いから…という理由でワンクッション置いて注意書きをつけるとあら不思議。途端に普段の二倍の反応をもらうことができる。お手軽おバズりアイテムだ。

(ちなみにこの時もらった感想は、「やばー!エ□〜!」とか「たまらんー!」というエ□作品へのテンプレ構文みたいなものばかりだった。そりゃそうだ。だってそこには推しへの愛も絵に対する愛もないんだから。他にコメントしようがないってやつだ。感想くれるだけフォロワーさんは本当に優しいと思う)

これに味をしめた私はちょいちょいR18絵を描く様になった。そしてその場限りの反応が欲しくて投稿した。

そうすると私はエ□もいける口だと思われ、次第にTLでの会話や絵茶、もくりなんかでもそうした話題を振られるようになる。

そしてオタクの良くないノリで時々あげられる、どこまでえぐいエ□話ができるか。ノリ良く話せるか。みたいなエ□チキンレースが始まる。馬鹿か。話を振ってくれた人たちもドン引きしている。何度も言うがそこに推しへの愛なんてない。イキったオタクがいるだけだ。

そんな風な独り相撲は、いつまでも続かない。

次第にエ□絵を描いても反応が貰えなくなってきた。

なんでだろう?もっとガッツリ描かなきゃダメ何が悪いの?

そう思って、この時初めて客観的画像フォルダをみた。

もう、醜悪。その一言に尽きる。

ただでさえ絵の基本のキも出来ていない人間の、ちょっとでも反応が欲しいだけの愛のないエ□絵がずらっと並ぶフォルダ

醜い。気持ち悪い。

私はこんな風に推しを描きたかったのか?

違ったはずだ。○×△にハマったばかりのあの時、2人の幸せな姿を見たくて、描きたくて絵を描き始めたはずだ。下手くそでもいいから、少しずつ描ける表現を増やしていこう。そうしていつか、心から「あー!やっと理想の表情を2人にさせることができたよー!幸せになるんだぞー!」って、推したちと共に喜びたい。祝福したい。そう思って描き始めたんじゃないのか。

うそからは本当に恥ずかしくって、推したちをそんな風に描いてしまった自分へ対しての怒りが収まらなくて、フォルダの絵を全部消してアカウントの絵も全部消し去った。

アカウントは、私生活が忙しくなったから。そう一言残し、暫く経ってから消した。

これもまた最悪だなと思う。けれど、あの時の私の気持ちをダラダラとTLに流されてもフォロワーさんも困っただろうと思う。

それから私は○と△の絵が描けなくなった。いくらペンを握っても、いくら描くぞと気合を入れても、かけなかった。

描く資格がないと思ってしまうのだ。

今、私は昔の様にROM専で、色んな方のかかれた、推したちへの愛に溢れた、キラキラと輝いている作品を見させてもらうだけの日々に戻った。

今私はものすごく幸せで、心穏やかに過ごせている。

けれど、時々純粋に2人へ対して愛を持って創作していた頃を思い出して寂しくなることもある。

全部自分が浅はかだったせいで、押しに向き合えなくなってしまった私は本当に馬鹿だった。

もし今、創作活動をしていてモヤモヤしている人は、どうぞ原点を振り返り推しへの愛を思い出して欲しい。

そしてどうぞ、素敵な創作ライフをお送りください。

(ちなみに私はエ□を否定するつもりも承認欲求否定するつもりもありません。

上にも書きましたが、愛の込められているものはとても素晴らしいですし、何かを生み出す人にとって承認欲求っていうのは大切な意欲の源だとも思います

ただ、どちらも私が間違った方法で使ってしまったというお話しです。)

2020-07-16

観光業で働く人間が考えるGoToトラベルキャンペーン

今回のパンデミックにおいて、各対人コンシューマ向け事業は大きな打撃を受けた。

僕の働く会社例外ではない。

交通系観光系が混じった会社に勤めている。

1番のインパクト緊急事態宣言による人の移動の停止である

これにより、売上は流れる滝のように落ち崩れ、フリーキャッシュでなんとか凌いでいる状況である

緊急事態宣言が明け、多少の回復はしたが感染症対策にかかる費用や、ソーシャルディスタンスの影響によりまともな売上は見込めない。

ただ、徐々に回復傾向にあった中での、第二波と思われる東京大阪での感染者拡大である

首長意見は様々だが、今GOTOを行うのは観光業で勤める人間からしても避けたいと考える。

もちろんGOTOによる売り上げの回復や、収益改善は見込めるであろう。

しかし、それよりもこの国難をどう乗り切るか真面目に考えないといけないのではないか

GOTOトラベル予算確保をしているのであれば、参画する事業者に予算を配り、まずは、厚生労働省主体の元、安心旅行や移動を行える環境作りから行い、お客様を万全の態勢で受け入れることのできる前提を作る。

また、感染を全国に広げないため、エリア日本全国ではなく近場の観光スポットからスタートし、全国レベルでの感染拡大を防ぎながら、改めて地域としての観光資源の見直しを行うなど、行える手段はあるはずだ。

やり方次第では、新たな事業も見つけることができると考えるが、政府の考えは楽観的すぎると考える。

しかし、このタイミング起爆剤を投入しないと、日本観光産業の一部は壊滅してしまうところも出てしまうことは確かである

から、目先の利益や、決めたことだからといった考えで、公共事業を動かしたり、それをあてにすることはやめてほしい

2020-07-13

プリティーリズム・レインボーライブを見てください

anond:20200713195127

ウソップ主人公ワンピース」を求めてる増田に勧めたいのはプリティーリズム・レインボーライブ

少し前の女児向けアニメだけど、女児アニメ抵抗がなければ是非見てみてほしい。(抵抗があっても騙されたと思って見てみてほしい)

プリティーリズム・レインボーライブは、女児向けのキラキラ・オシャレでコーティングされた、スポ根青春群像劇だ。

インキャラは7人の中学生女子と、それを取り巻く3人の高校生男子、3人の大人男性、1人の少し年上の女性

この14人が、「プリズムショー」という架空スポーツを通して、互いに影響し合い、家族や様々に纏わる因縁解決し、成長していく物語だ。

主人公の「彩瀬なる」は、プリズムショーのどしろうとの中学生中学校職業体験プリズムショーに纏わる店に関わったことでプリズムショーに触れ、プリズムショーや音楽を志す同級生や、プリズムショーのエリート選手養成機関に通う生徒たち、その中でもトップエリートの「蓮城寺べる」らと出会いプリズムショーを通して成長していく。

ネタバレになるが、作中で、主人公のなるは恋をする。しかし、その恋は実らず、意中の男子友達女子と付き合ってしまう。

また、物語クライマックスプリズムショーの王者を決める四年に一度の大会なのだが、そこでもなるは結果を残すことはできない。

なるは陽気でお気楽人物だ。終始、周りの人物に関わり、事態を引っ掻き回したり後押ししたりしている。そんななるが起爆剤になったり、ならなかったりしてさまざまな登場人物が関わり合い、物語は進展していく。

作中では、女児向けアニメにも関わらず、裏切りネグレクト毒親交通事故遺族の問題など、終始ヘヴィテーマが繰り広げられる。そんな事態に、時には明るく首を突っ込み、時には友人たちのために奔走するのが主人公のなるなのだ

あとは騙されたと思って見てみてほしい。

本当に全人類に見てほしいアニメです。

2020-07-01

リアル女の子と 話できちゃった!とか

10年ぶりに 手を握ったぜ!とか

それが オタクなんですけど

オタクコンテンツとかよくいうよなってそういうこと

ないよりは、あったほうがいいけど

それが経済起爆剤とか

ラブホ作れば、ウハウハだぜのなんつーんだろうね

お一人様用ラブホ作れば、ウハウハだぜというのが、オタクビジネスの原型なんだけど

少子化してるよという現実もみてもらって、12年もやったら 生涯独身という単語もよく聞いてもらって

本気で50になると 美少女コンテンツいるから、これでいいやと思う

2020-01-05

anond:20200105161024

日本警察司法中世と変わらぬ野蛮さのままな事が少しずつ知れ渡り始めた

ゴーン氏には是非とも日本の異常さを世界に発信し、

この国を正常にする起爆剤になってもらいたい

今のままでは警察のきまぐれ、または安倍政府の思惑で白でも黒にされる

2019-08-06

表現

個人的には、表現不自由完璧表現したという意味で、今回の展示は完成したといえる。

完全に自由表現など存在しない。立場制限はもちろんだか、メディア限界も、技術限界もあるわけだ。

そして、あらゆる不自由と向き合うことこそ、表現進化させる起爆剤だったことも事実

寓話隠喩神話がなぜ存在してきたか、それは政治言葉制限を乗り越えるためにあったはずだ。

権力を持ったアホや、暴力しか表現出来ない単細胞に勝つために、表現存在するよね。たぶん。

2019-06-17

怠慢育児教ちゃちゃこ正直クソババアお母さんとNO科学者に箸を、いや

箸の持ち方やマナーに関して何やら揉めているようだが

こんなもので大騒ぎになる事自体不思議でならない。

ちゃちゃこ正直クソババアお母さんという下品ハンドルネームの女や

もじゃもじゃ頭のNO科学者が「持ち方の自由」を主張している。

だが、騒ぎの本質は「正しい」という表現への脊髄反射。それだけ。

これが子供ではなく、いい歳した大人の態度というのだから驚きだ。

動作操作に関しては「適切なフォームポジション」が存在する。

私は筋トレ趣味だが、いわゆる「正しいフォーム」というのがあり

その「正しいフォーム」とは「数多の先人達による膨大な試行錯誤経験則から

「平均的、あるいは好ましいフォーム」として定まったと解釈している。

そして「正しいフォーム」は自ずと美しく見える。

もちろん平均から外れる人もいる。私も種目によっては正しいフォームが合わない。

しかし、それは大抵微調整で済むレベル

「正しいフォーム」を頭ごなしに否定自由で良いんだと言うのは

一時的かつ一面的しか物事を捉えていない脊髄反射人間だ。

無粋で無責任で無作法で無節操

結局「使いやすければどんな持ち方でも良い」を突き詰めれば

必ず、前述した「数多の先人達による膨大な試行錯誤経験則」の繰り返しになる。

箸の基本形状と構成は変わらないのだから当たり前だ。

フォームポジションというのはそういうもの

「正しい」とされるに至るプロセスを辿らず表面だけ見ているとそんな事にも気付けない。

料理下手が陥るのもこのパターンだ。

基礎を禄に学ぼうとしないのに「なんとなく」「雰囲気で」調理する。

そして「アレンジ」を加えて「独自性」を出そうとする。

満足しているのは自分だけ。

こんなのに料理を出された方はたまったものではない。




ただ「正しいとされたきた」全てを肯定しているわけではない。

例えば「下半身強化には走り込みが常識」という主張には反対だ。

走り込みというのは有酸素域の運動であり

それは「過負荷の原則」及び「漸進性の原則から外れ

筋力が上がるどころか下がるリスクの方が高いというの学んだからだ。

強化の観点からすれば走り込みは裏付けのない根性論しかないとわかる。

ちゃちゃこ正直クソババアお母さんとモジャモジャNO科学者

マナー・エチケットフォームポジションなどをご破算にし「自由」の行使を主張するなら、

今後、他者無礼や無作法を「自由」の名のもとに受け入れる覚悟があるということか。

どうせ立場が変われば批判対象と同じことをやらかすだろう。

お前が言うな」と嘲笑されても甘んじて受け入れるか見ものだ。

従来の正しさを葬ったところでまた独自の正しさを押し付けてくるのは明らか。

それが予想できないペラペラ人間には、モジャモジャ毛の生えたハートに箸を、いや釘を刺して

「いっぺん死んでみる?」と言ってやりたくなる。

こいつらは、なぜ過去からの積み重ねを検証せず

現代に生きる自分が必ず最良の選択していると勘違いするのだろう。




私は、恥ずかしながら食事所作をまともに教わった事がなく

中学生時代スプーンの持ち方を同級生非難された。

「親の躾がなっていない」と。私は酷く憤慨した事を覚えている。

今思えば憤慨は恥ずかしさを隠すためだった。

20代前半、付き合っていた女性が箸で簡単に豆を掴んだり

魚や肉を綺麗に切り分けたりしているのを見て

同じ箸を使っているのにどうして自分にはできないのだろう、

そんな疑問が浮かび訊いてみた。

答えは簡単あなたの持ち方がおかしいのよ」。たったそれだけ。

私は愕然とした。持ち方が違う?まさか

それから懸命に持ち方と動かし方を真似て練習。するとどうだろう。

今まで何となく不便を感じていた箸がまるで最適な道具になったかのよう。簡単に物を掴める切り分けられる。

米粒でも豆腐でもツルツルした煮豆でも容易く掴むことができた。

正しいフォームを反復練習するだけで、こんな大きな違いになるのか、

自分なりに使いこなそうとしていたのはなんだったんだと、己の視野の狭さと浅はかさに唖然とした。

今、私は中学時代同級生と当時の恋人感謝している。

フォームポジションの大切さを教えてくれた恩人。

そして何より箸を考案し正しい持ち方までも無償提供してくれた昔の人にありがとうと思った。

ちゃちゃこ正直クソババアお母さんという女、ちらっと見ただけでも

浅い、煩い胡散臭い、あつかましいなど、何拍子も揃う。

子育ての大変さを軽く見積もっていたくせに

その覚悟もなく子作りをした結果、子育てに窮し不平不満を爆発させ

ブログSNSで当たり散らしているというのが実態だろう。

どうせ子育てについて「正しさ」「適切さ」に反発して碌な情報収集勉強もせず

「己を犠牲にしない自由育児」なんてアホなお花畑思考だったのではないだろうか。

この女は悪知恵も働くようだ。

子育てしている主婦なら誰でも直面する不安を不平不満に転換させ肥大化正当化を煽る。

悪いのは夫だ!親だ!環境だ!社会だ!と責任を他に求めるよう誘導

あなたは一人ではありません、私のサロンで仲間と学び人生謳歌しましょうと

思考麻痺した人から金を搾り取る。弱みにつけこむ強欲女。

夫のことを平気で「旦那」なんて呼べる品の無さと

「正直さ」と「あつかましさ」を履き違えたデリカシーの無さは見苦しい。




ネットで消耗している暇があれば家族に全力出せ。




こんなのがチヤホヤされているのを見ると

未だに橋下や堀江を有難がっている人がいるのも頷ける。

「正しい持ち方」は効率的使用法の情報提供に過ぎない。

どうした訳かそれを突っぱね修正アップデートもしない。

これが現代人のやることなのか?

何の検証考察もせず、既存価値観概念否定したり壊せば

明るい未来が待っているなんて幻想しかない。

それも過去から学べるはずだが。

箸の持ち方ひとつとってもこの有様なのだから

まともな日本人の皆さんは危機意識を高めたほうが良いと思う。

おかしな輩が暴走したら取り返しがつかない。




【対案を出せ!】中野剛志改革バカをぶった斬る【大阪都構想

https://www.youtube.com/watch?v=EduqZb9Xf0o&feature=youtu.be&t=79

西部邁

論理性をなくす背景に、新しいこと、普通改革と言われている「Change」

「New Change」は何か良い事をもたらすはずだという漠たる…

中野剛志

変化を恐れるなとかですね。

西部邁

それがずっと続いているんですね。

中野剛志

セリフ同じなんですよ。

起爆剤!!」とか「突破口!!」とかですね。

お前起爆してやるっていうw




西部邁ゼミナール戦後日本の自滅願望【1/2】

http://www.nicozon.net/watch/sm20102492

17:42~

佐藤健志

そしてこれまでが全部悪かったんんだ、これまで全部否定して良いんだと言って始まった人達

行き詰まってくると、またそれをやりたくなる。

これ言葉があるんですよね。

英語では「The Myth of the Clean Slate」って言うんですが

日本語で言いますと「ご破算で願いましては神話」。

今のシステムチャラにして1からやり直すのが一番良いという発想です。

これをやりだすと大変なことになる。

今あるシステム全部壊すことなんです。

で、壊すと言うことは何やら「現状に風穴を開ける」ということで

それだけで自分達が建設的なしているという錯覚に浸れると。

2019-05-03

anond:20190503002940

茶化してるけどこれ、本質捉えてると思う

エロが普及の起爆剤になると言ってもターゲット恋人のいない独身男性だけではニッチすぎるし、それでもニッチ開拓したらしたでVRモテない男のエロアイテムイメージになってますます一般に受け入れられなくなる

VR元年を迎える前に滅亡の道に片足突っ込んでるよね

2019-01-09

anond:20180414194428

同じような状態に陥ることが多々ある。頭がずっと冴えないみたいな。どうやったら脱出できるのかは、模索中。

元増田がその状態に対して、焦りや不安や罪悪感や苛立ちや面倒臭さがごちゃまぜになった気持ちが湧いているなら、自分でよくやる対処法をおいていくので、良ければ参考に。

・すこしでもできたことを頭の中でじぶんを超褒める。米がたけたら超すごい。これでめし代がういたぜ!って褒める。陳腐でも良い。トイレに行けた!っていうので褒めたっていい。

自分が今どんな感情になっているか自覚する

おかし自動思考が湧いてないか自覚する。湧いているなら頭の中でワード連想させないこと、残さないこと。(自分希死念慮がよく湧いてくるので、鼻から単語を出すイメージをして散らしてる)

・罪悪感をかんじないように開き直る。

不安が強いときは、ホットミルクを飲むこと、ゆーーっくりと息を吐くこと(※吸うのは通常でもよい)、ホットアイマスクをつけること

シャワーざっと浴びる(面倒だろうから洗わなくて良い。浴びるだけ)

・寝たまんまヨガは良い

・なんらかの強い刺激を得ること。難関。「なんらかの」が割とない。自分仕事だけれど、仕事は強烈なストレスに長時間晒されるから本当は起爆剤にはしたくないなと思ってる。ストレスから動き出せるときもあるけれど、ショック療法みたいなもんだし、微妙かも。

・休むんだと思って横になること

できないときも多々あるけれど。ぜんぶ馬鹿馬鹿しく感じるときとか、やらなきゃとおもってもほかにきになることがあって全然集中できないとか。

置いといた対処法は何かを面白く感じられるレベルにまでは多分達せない。

すこしだけ気分が落ち着く程度かと思う。

遭難してるみたいな状態を脱して、お互い何か楽しくて楽しくて仕方がないことに出会えるといいなぁ。

2019-01-05

承認欲求が薄くて困っている

承認欲求がない。マジで社会生活に支障を来すぐらい薄い。

会社での評価を得るための起爆剤が無いので、社会人一年目にしてなかなかの危機を迎えている。仕事が頑張れない。

からどうしたって話かもしれないけど、私としてはかなり深刻な問題で、以下自分語りしかないんだけど、昔からまり褒められる方ではなかった。し、それで周囲の評判を全然気にしない子供だったので、そのまま成長してしまった私は今更周りの評価を得たいとは思えないままここまで来てしまった感がある。

仕事自体は好きだし、したい仕事従事できてるのは嬉しい。けど、日々の業務プラスアルファの部分で周りとの差ができていることが辛い。しかもそれが評価を得られないことに対してではなく、上司や先輩に対してこんな私であることに申し訳なさを感じて辛い。

なんのために仕事をするかについては散々就活期に考えたけど、なんのために評価を貰うかなんて考えてなかった。お金が欲しいわけじゃないし、誰かに承認してほしいわけでもない。こんな私が働いているのが間違っているような気がして、心苦しい。

結局、どの会社でも実績を評価されるのだから、私は社会的生活を辞めたほうがいいんじゃないか。徒然と文章を書きながら思うんだけど、仕事を辞めたい理由がそれって周りに納得してもらえるかな。数ヶ月間ほぼ毎日泣き通しなので、そろそろ打開しないと心が死んでしまう。

2018-12-08

入管法改正について。

 結論から書きます

 事業者の"わがまま"と被雇用者の"わがまま"。お互いの"わがまま"を許容できるマッチングシステムをつくるほうが先で、移民(に準じるシステム外国人を受け入れること)はそれからじゃないかとぼくは思っていました。

 でもこのタイミング外国人を受け入れることが、ぼくたちの苦しめてきた精神を壊す起爆剤になるかもしれません。

 残念なことに、日本はいまだに「働かざる者食うべからず」の精神根付いていて、それはずっと日本人に刷り込まれ続けています

 無職であることを無意識非難し、生きていることさえ否定してしま自虐思想は、いま働いている被雇用者たちや、働かせている事業者たちにすら、「四六時中働かないといけない」というふうに、大きなプレッシャーをかけていないでしょうか。

 このプレッシャーは、いずれ受け入れる移民にも悪影響を与えると思いますもっというと、先の外国人実習生の失踪気持ちの裏側だと思います。もしぼくが外国からやってきたとして、日本人が「食うべからず」の精神で迫ってきたなら、拒絶するし、必死に逃げます。そしてやりたいことをして暮らすと思います

 ぼくはいじめや成績不良から学校を二度も(高校大学で)ドロップアウトして、引きこもりになってからずっと、「どうして自分ダメなのか」ということばかり考えてきました。

・・・もっと真面目に人と接したら良かったのかとか、成績が落ちてももっと頑張れば良かったのかとか。皆よりも劣っているかダメだったんだろう。そんなぼくに生きている価値なんてあるのか。・・・

 あるとき、こんな思考大本が「働かざる者食うべからず」にあると気づくのです。働けない者を、社会は許さない。

・・・この『社会』とはなんなのか、よくわかりません。そしてこの価値観がどこからやってきたのかもわかりません。でもなぜか、『働いてないのだからダメだ』というふうに仕向けるのです。自分のまま、"わがまま"に生きることを許さない。ただ「働け」と。金を稼げなくても働け。身体ダメになっても、死ぬまで働け。・・・

 そうして好きでもないことに自分を働かせ、気づいたら身体ボロボロになっていて、一度は選んだはずのパートナーからは冷たい目で見られ、離れ、しあわせからはほど遠い場所にぽつんといる自分がいるのです。

 本当のぼくは、いったいどこにいるんでしょうか。

・・・どうやら、"わがまま"に生きたいようだ。休みたいとき休みたい。昼寝したい。好きな人といちゃいちゃいたい。遊びたい。自由で、ありたい。子どもの頃のように。思うままに。"わがまま"に。・・・

 いまの日本はそんな"わがまま"を実現できるシステムをこしらえているでしょうか。もしそんな精神的な余裕のあるシステムを実現するなら、きっともう少し笑顔の数が増えるはずです。『お金がない』ひとたちですらしあわせを感じられるはずです。

 お金がないひとたちは、お金がほしいのではなく、"わがまま"がほしいんです。お金は"わがまま"を叶えやすくするツールですけど、となりのひとに"わがまま"を聞いてもらえたら、お金なんていらない。でも『きっと』"わがまま"が認められないと思うから、違う何かにすがろうとする。その一つがお金です。

 だから、いっそのこと、"わがまま"を許容する。たとえ無職のままであろうと、明日したいことに転職しようと、国家資格無視しようと、公務員をしながら副職しようと、今日だけパートナー仕事を交代しようと、一ヶ月推しライブツアーのためにずる休みしようと、"わがまま"であることを一切許容して、ひとの"わがまま"を実現する方向にフォローする気持ちをつくるところから、はじめませんか。

 やることはとても簡単なことです。あれはダメ、これはダメ、と思っていたことをひとつずつオッケーするだけ。なかには許せないと思っていることだってあるでしょうが、許せない自分だって"わがまま"のひとつなんですから、そこからオッケーする。

 上に書いてあることは「ダメ」だとされていることばかりだけど、だからこそオッケーする。オッケーしたからといってするわけではないので一切犯罪ではありませんよ。ただ自分なかにおいて"わがまま"を裁こうとしないだけです。まずは、そこからはじめる。

 いずれは人を殺したいと思う自分も、万引きしたい自分も、放火したい自分も、おかす/おかされる自分も、すべての分野において範囲を広げていくわけです。ちなみに、許せる範囲自分の受け取れるものの大きさに反映されるので面白いです。普通の人が気づかない『愛』を感じる感性も強くなります

 さて、話を戻します。人手不足っていうんですけど、それは事業者の"わがまま"と被雇用者の"わがまま"がマッチングしていないからだと思うんですよ。

 「いま働きたい」でも「明日は働きたくない」「休みたい」、「あの人の下につきたくない」「我慢したくない」「発表するのが嫌だからスピーチ役を回して欲しくない」とかの被雇用者の"わがまま"を、事業者はきっと受け入れないと思っている。

 反対に事業者も「給料払いたくない」などの"わがまま"を聞いてもらえないと思っていて、もう仕方がないか外国人に頼ろうとするけれど、きっと外国人も同じ"わがまま"な反応を示す(日本人よりももっと"わがまま"に生きる)と思います

 つまり外国人を入れたところで結局同じ問題にぶつかるはずです。これはぼくたちの"わがまま"を受け入れるまで続く問題です。

 お互いの"わがまま"を許容できるマッチングシステムをつくるほうが先で、移民(に準じる、外国人を受け入れるシステム)はそれからと書きましたけど、システムをつくるとは、そもそもぼくたちの意識が"わがまま"を許せるようになることです。

 ぼくたちが変わらないと、システムは維持できないし、そもそもまれない。"わがまま"をダメだと思っているうちは、うまくいかないでしょう。

 だからこのタイミング外国人が入ってくることで"わがまま"に生きる外国人を見て、日本人の意識が変わるのを期待するというトップの考えなら。どうして「このタイミング改正するのか」の真意が、分かってくるかもしれません。

2018-09-25

国というのはトップ以外は越されていくものだと思う

経済成長という起爆剤ボーナスステージなんだよ

それが2000年に来たら、2000年2050年くらいまで世界の上位に躍り出る

1900年に起こったら、1900年1950年くらいまで世界の上位に躍り出る

でもそのあと越されていく

徐々に身動きが取れなくなっていく

2018-09-23

全部この暑かった夏のせいにしたい

大学卒業後、ソフトウェアエンジニアとして数年働いてきた。

特にここ数年は、仕事も順調。

休みの日も触れたことのない技術を触ってみたり、知り合いとご飯を食べたり、充実した日々を送っていた。

だが、その糸は唐突にぷつんと切れてしまう。

やる気が出なくなってしまったのだ。

正直、この年齢にしては色々なことをやってきたと思う。

これ以上のないチャンスと幸せを噛み締めて生きてきた。

そうして、いよいよやることがなくなってしまった。

きっと一時的ものだろうと離れてみようと思っていたが、そもそも休日にやることがなかった。

そう、のめりこめる趣味がなかったのだ。

そうこうしているうちに出版社から執筆の依頼が来た。

本でも書けば気がまぎれると思った。休日にやることができたのだから

しかし、本の執筆というのは、人の心を蝕んでしまうことをこのときは知らなかった。

一週間やれば終わるものではない。数ヶ月は心の片隅に本を書くことを置いておく必要があった。

休日せっかく予定が入っても本のことが頭から離れない。

出版社から出る本となると、読んでくれる人のことを想起せざるを得ない。

ようはプレッシャーになるのだ。

プレッシャーは、時に筆を進めるための起爆剤となるが、弱ってる人間に対してはまったくの逆効果だった。

本を書いている間もSNSを眺めて、各々が趣味に打ち込む様子を見てきた。

楽しそう。

そうして、筆を止め、友人と遊びに出かけたこともあった。

友人と遊ぶのは本当に楽しかった。

しかし、この人は、休みの日はこんな楽しそうにしているのかと思うと、自分は友人を楽しませられているのか、なぜこの友人のように過ごせないのかと自分貶めるような思考に至ることもあった。

その友人は人に好かれるので、常に人が周りにいた。

ご飯に誘っても、先に誘いがあるからと断られるようなこともよくあった。

一方自分の周りには、会うたびにすごいと言ってくる人たちはいたが、心から友達と言える存在は数えるほどしかいなかった。

「すごい」という言葉は、相手との距離を取る言葉だ。

「私とは釣り合わないですが、すごくできる方なんですね」と聞こえてくる。疲れる。

それを聞いてしまうと、一緒には過ごせないと思ってしまう。こんな思考から友達も少ないのだろう。

友人はそんなこと気にもせずに自分と関わってくれる。とてもシンプルだ。楽しければそれでいい、と。

話を聞いていてもいつも面白い

自分の知らない世界をたくさん知っていた。お金を払ってでも知り得ないような世界だった。

自分純粋に新しい技術に触れているときは楽しかった。

きっとこれから技術者として、新しい技術に触れたり、とき自分が生み出すのだろうとキラキラしていた。

でも、もうその光は自分からは失われつつある。

ある人に言われた。それは自己満足からだよ。と。

そうして合点がいった。

あぁ、自分がこれまでやってきたことは自己満足だと。

そして自分がほしかったのは承認欲求だったと。

人にちやほやされたかった。

でも、今はそうじゃない。

こんなこと書いてる自分に対して、

「ほんとお前はしょうがないやつだなぁ」「休み付き合ってあげるから楽しいことしようぜ」

といってくれる友達がほしい。

私が誘う側ではなく、誘ってほしい。

新しいところに飛び込んでみたい、でもそんな元気はないのだ。

いや、あのちやほやされている友人が、そんな自分に気づいて、そう言ってほしいんだ。

そうこうしているうちに、技術へのモチベーションを取り戻して、色々触れたいし、還元したい。

この夏は、そういうことを考えさせる程度には暑かった。つらかった。

先の未来に、何かい趣味が見つかるように。

もしこの増田を読んでる方々のまわりにこういう人間がいたら、面倒かもしれないがどうか構ってあげてほしい。

たった一言声をかけてもらえるだけで、きっとその人は報われると思う。

2018-08-22

anond:20180822114216

嫉妬というか不条理感はかなりあったと思う

・元々俺が作った(?)劇団で、そのみんなで作って俺らでずっとやっていた物語だった

・だけどその劇団は客が集まらずに解散してしまった

劇団員でもない人間がその大切な台本影響を受けてオマージュ的なものを作った(そこらへん表記なし)

・「(そのオマージュ物語が)面白い、この監督すごい」と、その劇団員でもない人間が大絶賛され、一気に金持ちルートクリエイターとして一人格上げ

・元の劇団でそぼそぼと何年間もやっていた作者達をさしおいて、元ネタにした人への敬意も無しに表記も無しになぜか「(元ネタがあるとも一般人はほぼ知らず)面白い」と褒められて不義理名誉を手にする

・なあなあと勝手原作的な関わりは全部否定されてなんの権利も持たない原案でほぼ一方的おしまいっぽくされた(書類で)

表記無いオマージュ勝手名誉を手にし、なんの権利も無い原案におさめようとするようなところどころに存在する不義理起爆剤になってるんやろな感

2018-06-14

本当に数の多いCPしか見てこなかった人間って逆だなんだで落ち込みすぎて弱いな。

こちとらそっちのメジャーCP公式が押してきてる感が強くてゲームでも劇場版でもアニメでも

何もかもそこは目に入れないようにしてんだよ。だからお前もスルースキルつけろよ…。

結婚式ドレス云々でいちいち落ち込んでんじゃねーよ。

あと口が滑っても公式推してくるCPとか目の前で言ってくんじゃねーよ

そもそも劇場版ゲームストーリーで、今回はゲームストーリーなんやけど

驚く事なかれ、もともと展開していた劇場版スタッフストーリーじゃねーんだよな、今のゲームストーリー

劇場版劇場版国外に展開するにあたって、自分の国の事情にそぐわないからっていちいち突っかかってくる奴もいるし

かに最初投稿説明としては論理的だし完璧なのかもしれないんだが、それが起爆剤になって感情的攻撃的な投稿もすげえ多いじゃん。

日本コンテンツから見るなとは言わないが、あまりにも感情的投稿が多いのには閉口するわ。何がしたいのかわからない。

今後の展開が純粋不安だわ。

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