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2017-11-22

メリケンパーククリスマスツリー、いいじゃねえか

http://buzzap.jp/news/20171120-xmas-tree-kobe/

また、野暮な連中が野暮に文句を言ってる。

お前らは、あれだな、

盆踊り荻野目洋子ダンシングヒーローなんて」

って言うタイプの連中だな。

別にいいじゃねえか。

楽しく踊ってるんだから

別にいいじゃねえか。

世界一クリスマスツリー

地方の小さなイベントを、少しでも盛り上げようと、

山師の思い付きに、

あいつは山師だなあ」って思いながら、

みんなで乗っかって、

楽しくやろうとしてるんだよ。

やろうとしてる。

やろうとしてるんだよ。

神戸市役所はさ、もともと8階建だったんだよ。

それが、震災で6階部分が崩壊して。

普通、建て替えるじゃない?

でも建て替えなかった。

6階以上を撤去して、

5階建の建物として再利用した。

お金がなかったからね。

仕方ないね

で、そのあと。

震災から20年以上経った今も使っているんです。

今でも。

怖いですね。

お金がなかったからね。

仕方ないね

ちなみに、今年の初めに建て替えが決まりました。

ようやく。

世界一クリスマスツリー

いいじゃねえか。

軽薄なイベント

からいいんだよ。

軽薄なイベントに、軽薄に予算がついて、

軽薄に盛り上げれるようになったんだよ。

ようやく。

息子は、震災を知らなくて。

結婚した妻も、知らなくて。

学校の校庭が避難所だらけになったこともないし、

体育館教室避難してきた人たちであふれることもない。

隣の家が火事になったこともない。

自転車で川沿いを走る通学路は、

新しく舗装されてとてもきれいで、

でも、沿道は空き地駐車場だらけで。

部活帰りにふと、

「きっとこの空き地でも誰か死んでるんだろうな」

と思うこともない。

必死の思いで大阪駅まで通勤したら、

みんな普通に働いてて、

そっちのほうがびっくりしたよ」

って親父に言われることもない。

それがいいんだよ。

そりゃあ、まあ、俺も、

最初ニュースで見たときは、

正直趣味が合わないと思ったし、

ダサいと思ったし、

率直に言ってあんまり好みじゃねえよ。

でも、赤いボールシャボン玉を持って、

いつものようにメリケンパークに行き、

早朝降った雨が乾ききっていない芝生の上で

はしゃぐ息子の相手をしながら、

しろに大きなあすなろの木が立っているのを見ていたら、

まあ、いいんじゃないかな

って思ったんだよ。

いまは結構、たのしみにしている。

2017-11-21

私の息子が産まれときの話

10:00

この日段階で予定日を10日過ぎていた。これ以上は延ばせないということでクリニックに入院開始。診察中に破水先生方慌てるものの嫁は平常心。

診察の途中から私も参加、促進剤についての同意書にサイン入院部屋に行く。

部屋はワンルームをやや狭くしたくらいの場所

3人部屋だがカーテンで仕切られており、なにより今は私ら夫婦しかいない。

窮屈さはないし清潔感あって居心地悪くない。

入って早々地元訛りの助産師さんから説明、促進剤の点滴開始。まずは20mlから

 

11:00

10mlずつ増加させるものの変化なし。

自体は当面は動きそうにないので、ここで一人散歩に出かける。薬局マスク買ってファミレスカツ煮定食を食す。アラサーカツ煮定食コスパに感動。

途中で胎児心拍低下による促進剤停止という事態があり飛んで戻る。

 

12:00

ランチ野菜カレーカレイの揚げ浸し、スープサラダパイナッポー。目を閉じ多幸感に包まれながら食事を楽しむ嫁。

まりに美味し過ぎたためか完食した嫁、お腹いっぱいになりすぎその後やや後悔したようだ。

 

13:00

Toco値(なんの値かよくわからなかったが出産までの進行度合いと解釈した)を注視してみたが高い値になっても「生理痛よりはマシ」とのこと。

やはり痛覚は個人差あるのかな。

入院開始時は前駆陣痛が5〜7分間隔だったものがこの時点で3分間隔に。まだまだ笑顔。この時点で促進剤60ml。

 

14:00

2度目の外出。動けない嫁に雑誌を買おうと近くのコンビニを探す。

地元で有名な産科が近いからか出産関係雑誌が1角を占める。澤穂希表紙が目立つ。

めぼしい雑誌はなくクリニックに戻ると駐車場から車が消えていた。どうやらこの日は通院する人が少ないようだ。

 

15:00

促進剤追加。現在100ml。

痛みが生理痛をやや超えるレベルになってきたとのこと。

Toco値がMAX127なのは何か意味があるのだろうか。

本日中の出産可能性低そうだと看護師さんと会話する。

 

16:00

本日3度目の散歩。最寄り駅まで歩いてみる。

その間嫁は昼寝しながらラジオリラックスできている。

 

18:00

嫁と食べ物縛りしりとりをしたりアキネイターごっこをしたりして穏やかに過ごす。

 

20:00

面会時間が終わったためお義母さんに送ってもらい一時帰宅明日再度促進剤投与をする方針になった。

 

21:32

から電話胎児への負担考慮して急遽緊急帝王切開を取ることになったと嫁。

一時的心拍がかなり下がったこともあり無理はできないという医師判断だった。

急行

ハンカチある?ないなら貸すね。何用かって?出産後に感動した時用よ」とお義母さん。ハンカチを受け取る。

 

22:00

オペの説明を受けて嫁は早速手術場へ。

元々立会い出産希望ビデオカメラを持参していたが、使うこともなさそうだ。

廊下オロオロしながら歩き回る昔ドラマでよく見た典型的なパパっぽい感じになる。

 

22:17

手術開始。手術室前のロビーにてお義母さんと二人。時間永遠に感じる。

 

23:20

手術が終わったらしく先生から説明を受ける。

手術は成功。嫁の出血も少なく終わった。

しか胎児への負荷が大きかったようで、胎児に呼吸器をつけてなんとか酸素補給をしている状態とのこと。

状況によっては緊急搬送もあると説明される。

 

23:50

赤ちゃんに会いますか」と看護師さん。

手術後の胎児に対面する。

顔が青ざめており、ひゃっくりのような小さな呼吸をかろうじてしている状態

我が子への最初の声掛けは「頑張れ」だった。

 

24:10

産後の嫁に付き添う。労いの言葉胎児の容態が気になりトーンダウン。もうここは祈るしかない。

しばらくして先生から緊急搬送を取ることにしたと説明救急車で隣町の大型病院へ。

 

25:30

大型病院到着、胎児の無事を待つ。

義母さんの運転が優秀だったのか、救急車より早く着きすぎる。書類記載して提出。

緊急病院の待合室は独特のピリピリ感があって苦手だ。

この日はなぜかオカマさん(顔以外は限りなく女性に近い)がいて視線を奪われる。

 

26:23

係りの方に呼ばれる、NICUがあるエリアへ。

胎児の容態についてネガティヴ思考が強まっていった時間帯。

 

26:33

カンファレンスルームへ。ここからどれくらい待っただろう……時間永遠のように感じられた。

部屋には山ほどの赤ちゃん関係の本が。その中には「赤ちゃんの死を乗り越える」というタイトルのものもあり思考ネガティヴループが加速する。

気づいたら私もお義母さんも文字通り祈るポーズをとる。ただただ生きていてくれ。ネガティヴモードを振り切ろうと廊下散歩する。

 

27:30

病院看護師さんに呼ばれて私一人でNICUへ。熱を計り徹底的に手を洗い清潔な状態で入室。

 

胎児は全身を管に繋がれながらもさっきより顔色のいい状態スヤスヤ寝ていた。なんと可愛い寝顔だろう。

全体的にむっちりしていて丸顔で。天使ってほんとうにいるのだなと確信した。

「触ってあげてください」と看護師さんに促され頭を撫でる。剛毛で真っ黒でややパーマ。これはお母さん似かな。

よく頑張ったねと声が自然と口から漏れた。看護師さんも笑顔だ。

 

息子は「胎便吸引症候群」により体に強く負荷がかかり、更に肺炎を併発させて窒息ぎりぎり手前状態だったという。

クリニックの先生の緊急搬送判断(別のお母さんがその時間に手術予定だったが、我が家を繰り上げで対応して下さったよう。感謝しかない)、

大型病院のベッド空き状況/立地……などなど様々な幸運が重なったことによって生きることができた息子。

まだ頑張るところだがまずは人生スタートラインに立てたぞ。本当によかった。

 

27:50

NICU責任者先生から契約書類説明を受けサイン。息子の名前を初めて書面に記す。出生届よりも先に書くことになるとは。

「**(名前、産前にもう決めていた)っていい名前ですね!私の親友が同じ名前なのですよ。いいやつでね……」と先生。この人は信頼できるとなんとなく感じた。

具体的な検査結果は翌AM11時に説明させてくださいと先生先生寝る時間ほとんどないじゃないですか……おつかれさまです。

看護師さんから書類を受け取ったのち「忘れてた!」と息子の写真を渡してくれた。

処置中は目を開けてて「ここはどこなんだろー」って周りをキョロキョロしていたんですけどねー」と目をつむった胎児写真説明する看護師さん。

ここにいる人はみんな味方だ。

 

28:30

一通り手続きが終わり、お義母さんと一緒に里帰り先に帰る。

気持ちハイになっているのか眠気は全くない。

安心感からか涙が滴り落ちる。自身がめちゃくちゃ強張っていたことにやっと気づく。

iPhoneを起動、嫁と使っていた妊娠/出産情報管理アプリを開くと表紙が親子3人になっていてまた涙。

ハンカチ、ここで使うべきなんですかね」と涙を拭いた。

 

 

 


上記は息子が産まれときメモとして残していた日記

その後息子2ヶ月弱の入院を経て帰宅、順調に成長し、障害もなく元気に育ってる。

先日1歳の誕生日を無事迎えた際に懐かしくなったのと、コウノドリで近い例のお話があったので……増田投稿してみた。

出産にはこんな例もありますよってのを知ってもらえれば。

2017-11-19

「成長」って何なのだろう?

昨日は日没後、自転車駅前図書館に行ってきた。

田んぼの間を走って県道に出て、古びたスーパー駐車場を横切り高校周辺の路地に入る。

ランニングしている野球部員がふざけて追っかけてきて、少し気持ちがほぐれた。まだ自分高校生ぐらいに見えるだろうか。

駅の裏に自転車を止めて、地下道を通る。貧乏そうな老人が一人横切り、私の前を歩く女子高生

勉強しないとああなっちゃうんだよ」

とか話してる。

何となく自分が笑われたような気持になって、早足で彼女たちを追い抜いた。

芥川の「河童」を借りた。少女終末旅行に出てきたので物語と何か関係があるのか気になった。

  

高校通信高校に通っていたことがコンプレックスで、実際高校生活ってどんな感じなのかなって思って色々想像したりした。

行きたいなら努力して行ってみれば良いのだけど、自分のやりたいことに対して何も自信が持てなくて、自分が活かされる場所を求めようともしない。

厳しい環境に晒されて、自分の形が崩れてしまう恐怖があって、

案外不幸になっても平気で生きてしまって、でもある日大切な人からあなたはそれで満足なんだね」って言われたら

「本当はやりたいことも、欲しいものもあった。でも諦めるしかなかったんだ、こうするしかなかったんだ」

って叫びたくなるのだと思う。

絶望どん底でやっと楽になったのに「損だ」「得だ」と囃したてられるのが堪らなく苦痛で、

でも決して現状に満足しているわけではなくて、でも何で何もしないのかよく分からない。

「成長」って何なのだろう?

  

スーパーにも学校帰りの高校生がちらほらいた。しばらく店内を徘徊してアーモンドチョコナタデココグミを買った。

それほど食べたいとも思わなかったが買っておいたほうが得なのかなと。

帰ってから買ったお菓子を食べたが一度に食べてしまい苦しくなってしまった。

  

夢に小学生の頃のいじめっ子が出てきた。逃げようとする彼の胸ぐらを掴んで

「これから度々、心の中の後ろめたい気持ちが、後ろ暗い過去が、チクチクと顔を出して、お前を苦しめ離さない」

と言ってやった。

2度寝して起きたのが11時半。

今日履歴書は書かなかった。

2017-11-15

anond:20171115161053

マジレスすると昼勤務の警備員だな

日焼けで異様に黒くなる

駐車場の照り返しで両面焼き

紫外線しわしわになる

低賃金

使い捨て

最悪の仕事

2017-11-14

ローソンのしゃり蔵っていうあられ菓子が美味い

犬の散歩がてらローソンに立ち寄り、犬のリード駐車場黄色い柵?にくくりつけて待たせて、今ハマっている「しゃり蔵」っていう煎餅あられ菓子缶チューハイを買った。しゃり蔵は100円なのに歯応えのある濃い塩味の小粒あられたっぷり入っていて美味い。買うのはしゃり蔵と缶チューハイで充分だったのだがそれだけだとあまりにもやもめ感が出すぎてしまうから、欲しくもない4個入りチーズスフレも買ってみた。

ローソンを出ると犬はすごい嬉しそうに待ってた。帰宅して、加湿器ガンガンに焚いてるから暖房入ってないけど充分暖かい家でしゃり蔵をつまみ缶チューハイを飲んで幸せチーズスフレは甘いものが好きな家族にあげよう。

2017-11-13

昔は食べることができたけど今は難しいもの

というとメーカーのおいしかったラーメン飲み物

イルカクジラ生レバーなどを思い浮かべる方が多いと思うけどこの場合はそうじゃなくて

かつて、とはいえ、21世紀にはまだ食べることはできたのだけど、夫婦2人でやっている中華料理店がありました

住宅地にあり駐車場も2台がせいぜいのところ

ここの名物餃子

注文を受けてから棒状の粉を固めたものを出し、それを薄く切って綿棒で延ばして1枚1枚皮を作って、それで餃子をまいて焼いてました

人生で食べた餃子で1番美味しいものでした

こういうの

作っていく肯定で省略されたり簡素化されたりより便利で効率のいい手法にかわりなくなってしまった調理法材料使用したもの

そういうのなんかないですか?

超たくさんの果物でつくる喫茶店ミックスジュースとか

米粒をそろえてた白飯の玉子かけご飯とか

真冬怪談 消えた愛車

今日の昼、天気も良いし久々に漏れの愛車に乗ろうと思い立った。

レッドのお洒落な愛車。

駐車場に降りてみると、愛車が無い。おかしい。狐につままれた気分。

 

仕方がないので昼寝した。

 

さっき起きて警察に行くかと思い始めていや待てよと駅前駐輪場へ向かった。

 

なんと漏れの愛車があった。駐車料金500円なり。何泊したのか知らないが、

綺麗なままで帰ってきたので良しとよう。真冬怪談

2017-11-09

家を買った

関東郊外中古戸建を買った。もともと住んでいたところのすぐ近くだ。郊外だし子育てのためなのでマンションという選択肢はなかった。職場が近いので、わざわざより都市部に住むという選択肢もなかった。年収子育て世帯の平均所得よりも少し良いくらい。妻は専業主婦子供は二人だ。

預金はほぼなし。生命保険学資保険保有証券等は300-400万円くらい。

頭金がないので、住宅ローンは諸費用込みのフルローンを組んだ。

FPさんに相談したところ、子供たちの教育費等を考えると、増田年収と年齢で頭金なしの場合、無理のない予算は4000万円まで、ということだった。

ただ、増田は今までは借り上げ社宅に住んでおり、家賃負担駐車場代を含めて2.5万円だった。人生最大の固定費である住宅ローンが過大になるのは避けたいと考えた。

家に対するこだわりみたいなもの特になく、新築がいいとか、リビングは何畳以上とか特段の条件はなかった。

ただ、将来的に夫婦別室で家族それぞれの居室が持てるように間取りは4LDK以上、郊外なので駐車場は2台分以上という条件で探した。

結局増田中古戸建を買ったらわけだが、その経験が誰かの役に立てば、ということで、子供スイミングの待ち時間チラ裏してみる。

半年ROMってろ

2chで有名なこの名言ですが、半年とは言わないが不動産購入も具体的に動きだしてから3ヶ月は買わない方がいいだろう。

不動産は売れてしまったら同じものは2つとないので焦って決めたくなるし、煽ってくる営業も多いが、まだ相場観も基本的知識もない状態物件を決めるのはカモになる可能性高い。

3ヶ月くらいは不動産ジャパンやアットホームスーモライフルホームズを見て、また実際に不動産屋を複数回って物件見学し、自分相場観を養うとともに信頼できそうな業者を探そう。

勉強しよう

増田住宅を購入しようとしてすぐに、駅近で立地が良い割には価格が安い建築条件付土地に飛びつきそうになった。

逆ひな壇の旗竿地道路側の土地はすでに売れていたがまだ更地状態で、上段は駐車場だったので、その状態では日当たりも良かった。

ただ、旗竿地なので道路側と上段に家が建ってしまえば日当たりの全くない四方を家に囲まれ土地だ。

それを納得の上で購入するなら良いかもしれないが、この物件旗竿地だということを考えれば価格的にも全くお買い得ではなかった。

不動産購入にあたっての基礎知識をまとめたサイトはいくつもあるし、本もいろいろあるので勉強しよう。

また、そういったミクロな部分の知識だけじゃなくてマクロ知識もつけておこう。

老いる家、崩れる街」なんかを読めば、間違っても市街化調整区域なんかに家を買おうとは思わなくなるだろうし、郊外に購入する住宅資産価値を求めるのはこの人口減少社会では無理だということもわかるだろう。

無理のない予算で、少しでも資産価値の落ちにくい物件を買おう。

増田が住んでいるような郊外でも、駅から遠い更に郊外郊外へと新しい分譲地ができている。そんなところはこの人口減少社会の中では資産価値の著しい減少だけでなく、将来的なインフラの維持も厳しくなると考えるべきだ。

あとは、住宅ローン減税に関してとかな。新築中古で違うし、中古は条件あるし、新築も長期優良だと5000万円までとかあるしな。

人生最大の買い物をするんだから勉強するのと慎重に行うのは必須な。

・家は20年で無価値になる。

軽量鉄骨は25年だっけな。いくら立派な家でも建物はいずれ無価値になる。車みたいなものだ。しかし、土地は違う。どちらに比重を置くべきかは明白だよな。

ハウスメーカーの家は確かに良いものだよな。安全安心。ただ、プレミアムが乗りすぎだ。セキスイダイワで建てられるのはベンツレクサスが買える層だけだ。

パワービルダーだって耐震等級3の良い家が建ちますよ。まぁ、施工業者による出来上がりの差が〜とか言う人はハウスメーカーで軽量鉄骨建ててください。

建築条件付き土地は割高

建売ってさ、売れないとどんどん値段下がるんだよね。あと、分譲地にまとめて作る分安くできる部分もある。

でもさ、建築条件付き土地ってずっと同じ値段でカモを待ってる。

滅多に物件が出ない品川区の人気エリア新築じゃなきゃ嫌だとか言うなら仕方ないけれど、郊外建築条件付き土地はなぁ…

土地を買って、その地域建築業者さんを選んで建てるのはありだと思う。土地探しの難易度高いけど。

ハウスメーカーは割高だし、不動産屋が自社で建築もやりだしたみたいなところは大抵評判悪い。

住宅ローン

ネット銀行審査が厳しい。増田は諸費用分が満額通らなくて減額承認になってしまったので仕方なく地銀で組んだ。そのネット銀行給与振込口座のメインバンクにしていて、申し込んだ金額住宅ローンが組める限界の半額程度だったので、よもや通らないなんて考えていなかった。なので仲介業者保険として審査を出してくれていた地銀でローンを組むしかなかった。

組めるんだったらより低金利の方が望ましいわけで、ネット銀行系の審査は2-3出しておいた方がいいだろう。出し過ぎも何か通りにくい理由があるのではと勘ぐられるのでやめた方がいたけど。

家を買うなんて普通の人は一生に一度のことなので、経験を積めないんだよね。だから難しいんだけど、ある程度勉強して、相場観をつけて納得価格で買えるといいよな。

森友学園の校舎でラーメン共和国的なのやればいいと思うんだけど

赤い外壁が「中華料理屋みたい」って言われてるし

全国の有名ラーメン店を誘致して

札幌ラーメン共和国みたいなのやるといいと思うんだけど

校庭を全部駐車場にして

かなりいい感じで集客できると思うんだけど

めっちゃいいアイデアだと思うんだけど

どうかな

2017-11-07

駅前歩行者が強く、郊外は車が強い

そんな諺があるのかは知らないけれど、仕事で車を使うようになってそう思うようになった。

当たり前の話かもしれないが、駅前は駅やデパート、その他商業施設が充実しており歩行者が多い。

歩道が広く作られていて、車の交通量も多いことから自然と車もそこまで速度を出せない環境になっている。

そうすると集団心理のなせる技か、まあ信号無視をする歩行者が目についてしまう。歩行者絶対数が多ければマナー違反を行う人も比率として増える事が考えられる。とは言え、決して少なくないように思えてしまうのは運転者目線故だろうか。

信号無視は以ての外でこちらの認識が遅れれば本当に事故に繋がりかねないし、車の平均速度が低いことを前提に横断歩道すらない所を当たり前に飛びだしてくれたりもする。

それでイヤホンつけてスマホ見ててくれてるんだからもうクラクション鳴らしたくて仕方ない。

ゆっくり近づいて渡っていくところをじーっと見ていると、何だこの野郎くらいに睨み返してくれてますけどこちらには後続車がいるんですよ。

あとは横断歩道が点滅してる時に走って向かってくる人。

これはまあ人間心理だろうからしゃーないんだと理解する。

でもさー、信号点滅中、横断歩道までは走ってくるのに、横断歩道に出た瞬間から、赤信号になろうが歩行者権利としてゆっくり歩く人もいるんだよね。

そりゃそうなんだけど、歩いたっていいんだけど、減速しないでそのまま小走りで渡ってくれてもいいんじゃないの…と思ってしまう。そこまでは走れたんだからさぁ。お年寄りならそんな風には考えないからさぁ。

極めつけとして、駅徒歩数分のところに住んでいる今、これも仕方ないんだけど路駐してお出迎えをしている車が沢山いる。仕事を終えて家の駐車場に右折で入ろうとすると、見事に駐車場入口を塞ぐように車が停まっていることが少なからずある。バリケードですかね。

クラクションを鳴らすのも嫌なので、駐車している車に近づいてみると、スマホぼんやり見ている運転手さんがいたり。

突っ込みそうな距離で止まっている対向車に気づいて睨みつけてくる人もいて、指でチョチョイと駐車場を指差したら慌てて去っていく。

そちらは稀な経験かもしれませんがこちらは2週間に1度くらい経験してるんですよ。

せめて睨まないでほしい。

少し話題がズレました。

これが郊外だと車の平均速度がもっと出ていて、歩行者の数も相対的に減るからなのか、信号無視をする人を見かける機会は大分減る印象がある。

かに国道クラス道路信号もないところを渡ろうとする歩行者もいないでもないけど、そういう人は車がいないタイミング安全マージンを取って?小走りで渡っていく気がする。気がするだけか?

書いてて思ったが、駅前通勤時間に、郊外日中に車で走っていることも関係あるかもしれない。

まあそんなこんなで、次に配置転換があった際は駅近を避けるのも良いかもしれないと最近は思っている。車通勤だしね。

休日に駅まで歩くことを考えると、徒歩10分くらいがいいかなぁ…。

缶のコンポタ変色が嘘松じゃなかったってニュースで、本当だと思ってたみたいなブコメ見て、うざと思ったけど、

このニュース個人的いちばん気になったのは、店の前の駐車場道路歩道?にコンポタどばどばこぼした後始末について誰も触れてなかったこ

あれぜってーそのまま放置して帰ってるだろ掃除せずに

訳あって戸建てに一人暮らししてるんだけど

手にあまるから賃貸に出そうと思ってる。いくらなら借りる?

物件スペック

新宿まで乗り換えなし35分

最寄り駅徒歩5分

築5年

2階建

敷地面積 110㎡

床面積 80㎡

庭付き一戸建て

駐車場あり

私の貯蓄額は470万でした

大学の頃から20代折り返しの今までコツコツ貯めて今年の冬のボーナスで貯蓄額500万行くな!とウキウキしてたら独り身の血縁者が突然病に倒れた。健康診断をきちんと受けていなかったこ親族、病状が悪く行政制度を利用しつつもそれなりに高額な医療費が掛かった。親族でこの医療費出資出来るのは貯蓄のある私だけだったので、貯金から払った。今後も通院が続くというのでお金を少しでも親族の手元に残させる為に、退院親族会社に持って行く菓子折り代も払った。借りているという駐車場代も払った。そういえば病院で使うタオルパジャマ、下着、洗面用具その他全てに掛かる費用も払ってる。

父親祖母が死んだ。幼少期散々母や私を虐げて来た祖母に対し払う金は鐚一文ないと思っていたが、祖母と一緒に私を虐げて来た父親は「俺の給料から天引き祖母葬式代を出す。嫌なら家から出て行け」と母に宣った。父親給料から月々祖母葬式代を出すと家計費は一万円しか残らない。母も働いているとはいパートタイマー、そう高い稼ぎは望めない。葬式代を払い終えるまでの二年間、母の支援の為に生活費を払う。

私には10歳上の姉と2歳上の兄、一つ年下の妹がいる。それぞれフリーターニートフリーターという肩書き実家寄生しており生活費けが掛かる。収入源にはなり得ない。家計は上記の通りなので生活費を払うが、私が必死に働いた金がこいつらの衣食住になると思うとこんな静かな夜なのにとても穏やかではいられない。

貯金残高がみるみる減っていく。今年中に500万到達なんて夢のまた夢だ。しんどいお金が減ることではなく「自分に原因がないのに、苦労して築いたもの他者によって崩されること」が苦しい。何で私がこの理不尽を負うのか?という気持ちが拭えない。私はケチなのか?金の亡者なのだろうか?ちゃんとした人は病気親族を労わり亡くなった方を悼み兄弟を我が身のように想うものなんだろうか。どれにも当てはまらない自分自己中心的なのだろうか。

今後も貯金残高が減ることが予想されて気が滅入る。こんなことのために貯めたんじゃないのに。自分の為に貯めたのに。

お金の話だしこんな内容だし、友達にも誰にも言えなかったからこうして吐き出せて良かったし反応まで貰えて嬉しかった。ありがとう

姉は以前外で借金作って、ヤクザ引き連れて母の職場に乗り込んできた前科持ち。借金作って借金取りに追われるまでの流れをもう数回繰り返してる。兄は母から貰った大学教科書代や定期代を全部趣味にぶっこみつつ、大学に通ってるフリを一年か二年し続けてその間母からずっと「教科書・定期代」を貰い続けてた。大学中退三十路間近の今までヒキニートニートだけど飯と風呂は人並み以上。

妹は就活時代説明会で頷いてる奴ら全員赤べこww馬鹿みたいwww」とイキッた結果フリーター。全員いつ他所様に迷惑を掛けるか分からんから監視下に置いておくというのが母の方針座間市の件が全く他人事じゃない、この三人は何をしでかすか分からない。生活費が足りなくなった母親キャッシングに手でもしたらそれこそ後が厄介なので足りないお金は私の貯金から出すのが一番平和ルートとして確立されてしまっている。本当は出したくない。でも職場に乗り込まれたりするのはとても困る。

父も姉も兄も妹も全員明日辺り不慮の事故で死んで欲しいと願わずはいられない。

こうしたあまりに不出来な親族は本当に、本当に呪いだと思う。私は前世放火殺人レベルの重罪を犯した罪を今償わされているのか?と思ってしまう。他にも更に苦労してる人は沢山いるだろうけど今夜くらいは苦労人としてその頭数に入れて欲しい。

増田達の家族ってみんなまともな人ばかりなんだろうか。自分もまともな親族に恵まれたかった。兄弟の人数だけは多いし、心強さを感じてみたかったな。

2017-11-06

anond:20171106110721

出すやつは出すよ

アパート大家の娘がすぐ前の駐車場で遊んでんのにものすごい嬌声上げられてまいったこととかあったなあ

喜ばせようとしてかAV勉強しすぎて淫語付きで演技するやつもいる

そうかと思うと演技しない女はこっちが気づかない間にイッテたりするらしい

anond:20171106104344

つーか教習所の駐車の教習って目印教習で済まされるし

あれだけで一般駐車場に駐車できる気がしないんだけど世間の人はどこで練習するんだろう。

駐車場付きの戸建てならともかくマンション駐車場練習なんかしてたら迷惑だろうし

駐車ができないと車に乗ってどこに行くこともできないか

かなり重要なはずなのになんであん適当な教習で済まされるんだろ

2017-11-04

anond:20171104080207

俺が見たことのある 分かりにくい地図を書く人たち

  • 目的地の方角を向かないと書けない。
  • 必ず現在地を下、目的地を上にする。
  • 道路の幅に関わらず、全て同じ太さ。
  • 通らない道にある 特徴的な建物を 目印にする。
  • チェーン店や ありふれた物 を目印にする。
  • 動くかもしれないもの駐車場の車、飼い犬、工事など)を目印にする。



たぶん2番目のルールに従っているのだと思う。

2017-10-31

anond:20100629182750

転勤族だけど、都会に配属になったら車処分する人が多いな。

今は車がないと生活に困る田舎なので夫婦で1台ずつ持ってるけど、駐車場代なんて微々たるものだ。

エリートキャリア形成で都会ナンバーの車持って異動してくることもあるが、雪道経験ないし寒冷地仕様車でもないしで冬場に詰むんだろうなーと思ってニヨニヨしてる。

まあ金持ってるからさくっと買い換えるんだろうけど。

2017-10-28

不動産屋風に書いてみる

・駅近「徒歩2分」の最寄駅から

‪ 都心への軽快なアクセス※1‬

‪ 「池袋」まで20分‬

‪ 「東京」まで22分‬

‪ 「新宿」まで28分‬

‪・敷地駐車場有※2‬

‪・2DK 家賃62,600円‬

‪※1 平日昼間、乗換時間含まず‬

‪※2 満車の場合有‬

‪多少心揺れた。‬

モチベーションを下げる人々

作業効率を妨げる人は多い。

(1)母親

至ってマイペース自分の都合だけで行動する。

時間ルーズで、遠方だった大学入学式以外、入園入学式はすべて遅刻した。

(2)夫

子どもが生まれからマイペースに輪がかかり、一緒にいるだけで苦痛

どうでもいいことを先にやり、必要なことをしない。

酒を飲む氷の音にイライラする。

常に夕食は自炊しようとし、食器類を洗わないにも関わらず、夜食別に食べる。

その「2度食べ」がストレスのもとだとわからないのか。

(3)別の部署の細かい人たち

産休育休取得中に半分くらい人員が入れ替わり、今の同僚の大半は、休業中に後から入社した人。

業務の要を把握していた自分と、その業務を引き継いでいた人が退職した状態

手探りで継承したのは大変だったと思う。

はいえ、新たに決まったルールは細かすぎて当初は戸惑った。今も納得できない点は多い。

もし、子どもを授からなければ、または0歳ですぐに復帰していれば、

現状は違っていたかもしれない。

まり、世の中にもっと有益情報を発信できていたかもしれない。

ヒントはここ数年でリニューアルしたWebサイト

しかし、多すぎて絞りきれないはず。

ここ数年、全体的にPVが減少傾向で、ひっそりと消えたサイトも多い。

要求されるPVを満たすには、コンテンツが足りず、

解像度対応スマホ対応アプリ対応必要で、割に合わなくなっている。

(4)別の部署の考えの合わない人たち

何人かは、育休取得前から勤務している人が残っている。

一部の大手企業ブロガーを重視している。

同様にSNSを中心としたファン化やオーブンデータ化重要、と訴えても伝わらず。

しかし、文句を言われながもしつこく訴えていた一部については

認めてくれたため、独自にやっていたことが部署全体の方針になっていた。

いなかった後継者も、ついに誕生した。

ただ、それが逆にモチベーションを下げる。

私がいなくとも代わりはいる。ずっと主張し続けていた見方は、

部署方針になり、後継者自分の代わりに書いてくれる。

自分は要らないね……

(5)イヤイヤ期の子ども

気に入らないと、食事食器を投げる。モノを投げて散らかす。

寒いのにパジャマを着ようとしない。マイペースな夫とともにテレビを見る。

時間関係なく、保育園玄関に座り込んだり、駐車場で踊ったりする。

そしてよくわからず泣く。2~3歳の間は我慢するしかないのか。

モチベーションアップダウンはつきものはいえ、今回は下がりすぎた。

正社員フルタイム勤務にも関わらず、

自分と夫の年収は、30代後半の個人年収の平均以下だと知っていたけれど、

会社資料を見たら「30歳相当」の職位・役職だった。

かつ今は時間に制約のある勤務(残業ゼロ)であり、上がる見込みはない。

昇給・昇格できれば、世代相応の年収は得られたはずで、要は自分無能なのだ

逆に夫は正当に評価されているにも関わらず、昇給しない給与体系なので、

自発的残業ほぼゼロの現状だと、永久に平均には達しない。

国の「働き方改革」「少子化対策」は、やはりいびつだと感じる。

一部の高スキルの高所得共稼ぎパワーカップル一馬高所得者優遇し、不妊治療をさせても何人も産ませ、

同時に経済観念に乏しいカップル時間を与えて産ませ、少子化に歯止めをかけようとしていることは確かだ。

そのどちらにもあてはまらない中途半端な層、独身者を切り捨てている。

捨てられた氷河期世代は、呪詛ネット上に吐き出すしかない。

その吐き捨て先も、もう、ここしかない。

掲示板文化も廃れてしまった。リアルに友人のいない身にとって

同じ思いを感じている人が集まるかつてのインターネットは救いだった。

モチベーションが下がっても、書き込みを見れば再び前を向いて、がんばろうと思えた。

いまは下がったテンションは、どうすれば上がるのだろう。

いや、あげるために書いているのだけど。

スマートスピーカーが普及すると、ますますブログ口コミ価値は下がる。

読み上げて美しい言葉、聴いていて耳障りのいいサウンド主体リッチコンテンツ時代になる。

日本語はその全世界的なトレンドに取り残され、「歌」しか残らない気がする。

2017-10-27

プリウス暴走爺をはじめて生でみた

車がスピードあげながら近づいてくると動けなくなるな

コンビニ駐車場を車数台に掠りながら加速

敷地内に置いてあった看板を木っ端みじんにして

段差を飛び越えバウンドしつつ

そのまま車道に出て中央分離帯の柵にぶつかってやっと止まった

乗ってる爺さんは白目むいたまま走ってたよ

奇跡的に物損だけで済んだろうから点数はひかれないな

これが人の多い場所で起こったらと思うと・・・

2017-10-24

[]2017/10/24

上司に、なぜメンタルが持ち直したのか、と聞かれて、

仕事をやめると決めたらあと半年は頑張ってみようと思えるように前向きになれたからとは言えなかった

結果としてメンタル持ち直したってことでもう少し頑張れるかなと思って、やめるとは言ってない

どこまで頑張れるかな

帰りやけに駐車場で人が猫の鳴き声真似してニャーニャー言ってるなあと思ったら本物のnekoだった

なんかやけに偽物っぽい鳴き声でずっと同じ超えでナーオナーオって言ってたから人が言ってるおんかと思った

砕かれた鏡

(この日記は、「副業風俗レポを連載していたのだが、」https://anond.hatelabo.jp/20171023190844を「俺が編集者ならこう書き換える」という内容に無断で編集したものです。)

お久しぶり~。とにかく更新が滞りがちなこの連載。今回はちょっと趣向を変えて、生まれて初めてアジアンエステに行った日のことを書くぞ。もう六年半も前の話だ。僕のドスケベオイルマッサージ道はこの日から始まったのだ!

某月某日、夜。駅前商店街を歩いていると、妖しく点滅する立て看板が目に入った。

中国式マッサージ 60分¥6000

インターホンを鳴らすと、異様に背の低い白髪の老婆が出てきた。待合室に通され、メニューを渡された。メニュー表には複数コースが書かれていたが、婆さんは大きな目をさらに大きくして90分一万円のコースゴリ押ししてきた。僕は気圧されて、よくわからないまま一万円を払った。

部屋に案内されて、ベッドに腰かけていると、小柄な女の子が入ってきた。名前はナナちゃん。第一印象はツンとして見えるが、笑うと一気に表情がやわらぐ。かわいい! 大きな目に長いまつげ。ピンク色のぽってりした唇が印象的。髪は長めで、えり足がスッキリとまとめられている。あらわになったうなじセクシーしかし、何より目を引くのはオッパイ。かなりでかい! 上着がパンパンに膨れあがってる。そして、むき出しになった太もも。僕が太ももフェチになったのは、この日がきっかけかも。ミニスカートからのびる二本の素足。た、たまらん....。

ナナ「初めてですか?」

僕 「はい

ナナ「先にシャワー浴びますか?」

僕 「あ、はい

ナナ「じゃあ、脱いで待ってて」

ナナちゃんが部屋を出ていく。言われるままに服を脱ぐ僕。上半身裸になったところで、ナナちゃんがバスタオルを持って戻ってくる。いたずらっぽい笑みを浮かべながら、僕のズボンベルトを引っ張る。脱ぐように促しているのだ。恥ずかしながら、僕はすでにビンビン。ナナちゃんがそれを見て、キャッと笑う。腰に白いバスタオルが巻かれると、腹部がふくれあがり、その形状はまるで雪山

一緒にシャワールームへ。ナナちゃんが全身をやさしく洗ってくれる。「後ろ向いて」「はい、前」「もう一回後ろ」ころころと向きを変える僕。後ろ向きになると、ナナちゃんの手首が僕の足のつけねを通って、さわ~、と尻の穴を通過。最高だ...。タオルで体を拭いてもらい、部屋に戻る。紙パンツを渡されたが、明らかに小さい。無理して履いてみたが、思いっきハミ出てしまう。ナナちゃんがそれを見てウフフと笑う。

ナナ「うつぶせになれますか?」

僕 「あ、はい・・・

ナナ「・・・やっぱり、あおむけでいいよ。うつぶせ、痛そうだから

うつぶせだと、いきり立ったモノが圧迫されて痛いと判断されたらしい(笑)それで急遽、あおむけの態勢から始めることに。ナナちゃんが僕のひざの上にまたがると、太もも感触がじかに伝わる。う~ん、たまらん!

まずは首筋のマッサージ。ナナちゃんが前かがみになると、はだけた胸もとから谷間が見える。膝を動かすたびに、スカートの中もちらり。これってわざと!? そして、ここから先は怒濤の展開。まだ序盤なのに、ナナちゃんが僕の全身にオイルを塗り始めた! 本来うつぶせでじっくりと肩や腰をもんでから、ようやくあおむけになり、オイルが登場するのは後半なのだしかし、ナナちゃんは通常のセオリーをすっ飛ばして、大暴走。おそらく僕の興奮が伝わり、一気にスパークしたのだ! 奇跡フュージョン国籍を越えた魂の交感。ナナちゃんの指先が、僕の体の上を縦横無尽に滑走。そのなめらかな滑りは、ロシアフィギュアスケーターユリア・リプニツカヤ選手のようだ。僕はあっという間にフィニッシュ。開始からわずか30分。瞬殺だった...。

本来、こういったマッサージは焦らしてナンボ。ナナちゃんの施術はあまりトリッキー過ぎた。でも僕は大満足! 最高のアジアンエステデビューであった。

🌑

これは、ある風俗系のサイトのために書いた原稿である。そのサイトが突然閉鎖してしまい、行き場所がなくなった。自分で言うのも何だが、本当に下らない。僕は二年近く、こんな文章ばかり書いていた。この記事は、新しい店を取材する時間が無かったので、苦しまぎれに昔話を書いたのだった。結果的にこの原稿は陽の目をみなかったわけだが、書きながら当時のことを色々と思い出した。

あの頃、実は僕はドン底の状態だった。親から継いだ会社倒産させた後だったのだ。単なる地元中小企業だったが、そこそこ歴史のある会社だった。古参幹部裏切り横領大手の参入、理由を挙げればキリがないが、結局は僕が無能だったのだ。すべてを失った。恋人も仲間も、みんな去って行った。絵に描いたような転落人生だ。酒びたりの日々。毎日、目を覚ます頃にはすでに日が暮れかけていた。時計を見るのもつらかった。起きるとすぐに冷蔵庫を開けて、安い缶酎ハイあおり、またベッドに戻る。酒が切れたらコンビニに行って、缶酎ハイカップ麺を大量に買い込む。そんな生活が何ヵ月も続いていた。

いよいよ金が尽きてきたので、警備員バイトを始めた。まわりは爺さんばかりだった。地元では警備員仕事高齢者の受け皿になっていた。爺さんたちと一緒に働いているうちに、まだ20代後半だった僕も、老後みたいな気分になっていた。

件のエステに行ったのは、そんな時期のことだった。前述の通り、僕は30分で果ててしまった。そのあとどうしたかというと、ずっと彼女とお喋りをしていた。彼女は色々な話をしてくれた。まだ来日して三年足らずで、日本語ジブリアニメ勉強していると言っていた。なぜか子供の頃の写真を持っていて、それを見せてくれた。山村風景を背にして、薄汚れたシャツを着て立っている、仏頂面の少女が写っていた。それが彼女だった。話を聞いてみると、彼女は非常に貧しい家に生まれて、家族を支えるために、日本出稼ぎに来ていたのだった。

僕も自分のことを話した。地元中小企業の二代目社長社員は26人。趣味スキーテニス、車はベンツを2台所有。どれも過去には本当のことだった。でもすべてを失っていた。僕は彼女に、会社経営の苦労や、幹部に対する不満を、現在進行形の悩みとして語った。彼女の前では社長でいたかった。悲しい見栄だ。話しているうちに、自然と涙が流れてきた。彼女がそっと抱き寄せてくれた。僕は彼女の胸に顔をうずめて泣いた。しばらくのあいだ泣き続けた。あのとき彼女はどんな気持ちだったのだろう。異国で、初対面の男が、いきなり泣きだしたのだ。理由もわからなかったはずだ。かなり戸惑ったにちがいない。

ナナちゃんと話した翌日から、僕は仕事で新しい現場に入った。美術館の警備スタッフだ。スタジオジブリレイアウト展覧会だった。そこでマズイことが起きた。彼女が客として入場してきたのだ。どうやら彼女は一人で、オレンジワンピーススニーカーを履いて、髪はポニーテールにまとめていた。相変わらずちょっとツンとしていて、喋らなければどこからみても普通若い女性だった。僕はあわてて顔を伏せた。見られてはいけない。彼女の中ではまだ僕は社長なのだ。警備服を着ているはずがないのだ。彼女は食い入るように展示物を見ていた。僕は帽子限界まで目深に被り、ばれないようにした。

午後になって、今度は外の駐車場ですれ違いそうになり、あわててトラックの背後に隠れた。警備員なのに、僕の挙動は完全に泥棒だった。彼女は僕の前を通り過ぎて、その先の角を右に曲がっていった。彼女は僕の視界から消えた。

数日後に、地面が揺れた。これまでにないぐらい、大きく揺れた。巨大な津波が来て、あらゆるもの破壊した。そう遠くない場所で、原子力発電所が爆発した。日常が奪われ、何日も、何週間も、不安状態が続いた。

僕はやることもなく、ふと思い立って再びあの店に行ってみた。当然のように閉まっていた。インターホンを鳴らすと、ゆっくりドアが開いた。中からあの大きな目の老婆が顔を出して、「やってませんよ」と言った。

僕 「いつごろ再開しますか?」

老婆「もうやらないよ。おしまい

僕 「・・・

老婆「みんな中国に帰ったよ」

僕 「ナナちゃんは?」

老婆「ナナも帰った。モモも帰った。サクラもユキもみんな帰った。日本は危ないから」

当たり前だが、ナナちゃんとはそれっきりだ。僕はほどなく上京して、小さな広告プロダクション就職した。その後、仕事で知り合った風俗関係者に請われ、メンズエステ体験レポを書くようになった。

最初のうちは、アジアンエステ取材する度に彼女のことを思い出したものだが、最近はすっかり忘れてしまっていた。女性の胸に顔をうずめて泣くなんて、あの夜が最初最後だと思う。

地震で粉々に砕かれた鏡の上に今は別々の人生が映し出されている。ナナちゃん、元気だろうか。

2017-10-23

副業風俗レポを連載していたのだが、

諸般の事情サイトが閉鎖されてしまった。原稿が一本無駄になってしまったので、はてな匿名ダイアリーに放流する。

🌑

お久しぶり~。とにかく更新が滞りがちなこの連載。今回はちょっと趣向を変えて、生まれて初めてアジアンエステに行った日のことを書くぞ。もう六年半も前の話だ。僕のドスケベオイルマッサージ道はこの日から始まったのだ!

某月某日、夜。駅前商店街を歩いていると、妖しく点滅する立て看板が目に入った。

中国式マッサージ 60分¥6000

インターホンを鳴らすと、異様に背の低い老婆が出てきた。待合室に通され、メニューを渡される。メニュー表には複数コースが書かれていたが、婆さんは90分一万円のコースゴリ押ししてきた。僕は気圧されて、よくわからないまま一万円を払った。

部屋に案内されて、ベッドに腰かけていると、小柄な女の子が入ってきた。名前はナナちゃん。第一印象はツンとして見えるが、笑うと一気に表情がやわらぐ。かわいい! 大きな目に長いまつげ。ピンク色のぽってりした唇が印象的。髪は長くて、えり足がスッキリとまとめられている。あらわになったうなじセクシーしかし、何より目を引くのはオッパイ。かなりでかい! 上着がパンパンに膨れあがってる。そして、むき出しになった太もも。僕が太ももフェチになったのは、この日がきっかけかも。ミニスカートからのびる二本の素足。た、たまらん....。

ナナ「初めてですか?」

僕 「はい

ナナ「先にシャワー浴びますか?」

僕 「あ、はい

ナナ「じゃあ、脱いで待ってて」

ナナちゃんが部屋を出ていく。言われるままに服を脱ぐ僕。上半身裸になったところで、ナナちゃんがバスタオルを持って戻ってくる。いたずらっぽい笑みを浮かべながら、僕のズボンベルトを引っ張る。脱ぐように促しているのだ。恥ずかしながら、僕はすでにビンビン。ナナちゃんがそれを見て、キャッと笑う。腰に白いバスタオルが巻かれると、腹部がふくれあがり、その形状はまるで雪山

一緒にシャワールームへ。ナナちゃんが全身をやさしく洗ってくれる。「後ろ向いて」「はい、前」「もう一回後ろ」ころころと向きを変える僕。後ろ向きになると、ナナちゃんの手首が僕の足のつけねを通って、さわ~、と尻の穴を通過。最高だ...。タオルで体を拭いてもらい、部屋に戻る。紙パンツを渡されたが、明らかに小さい。無理して履いてみたが、思いっきハミ出てしまう。ナナちゃんがそれを見てウフフと笑う。

ナナ「うつぶせになれますか?」

僕 「あ、はい...」

ナナ「あおむけでいいよ。うつぶせ、痛そうだから

うつぶせだと、いきり立ったモノが圧迫されて痛いと判断されたらしい(笑)それで急遽、あおむけの態勢から始めることに。ナナちゃんが僕のひざの上にまたがると、太もも感触がじかに伝わる。う~ん、たまらん!

まずは首筋のマッサージ。ナナちゃんが前かがみになると、はだけた胸もとから谷間が見える。膝を動かすたびに、スカートの中もちらり。これってわざと!? そして、ここから先は怒濤の展開。まだ序盤なのに、ナナちゃんが僕の全身にオイルを塗り始めた! 本来うつぶせでじっくりと肩や腰をもんでから、ようやくあおむけになり、オイルが登場するのは後半なのだしかし、ナナちゃんは通常のセオリーをすっ飛ばして、大暴走。おそらく僕の興奮が伝わり、一気にスパークしたのだ! 奇跡フュージョン国籍を越えた魂の交感。ナナちゃんの指先が、僕の体の上を縦横無尽に滑走。そのなめらかな滑りは、ロシアフィギュアスケーターユリア・リプニツカヤ選手のようだ。僕はあっという間にフィニッシュ。開始からわずか30分。瞬殺だった...。

本来、こういったマッサージは焦らしてナンボ。ナナちゃんの施術はあまりトリッキー過ぎた。でも僕は大満足! 最高のアジアンエステデビューであった。

🌑

自分で言うのも何だが、本当に下らない。僕は某風俗サイトで二年近くこんな文章ばかり書いていた。先の記事は、新しい店を取材する時間が無かったので、苦しまぎれに昔話を書いたのだった。結果的にこの原稿は陽の目をみなかったわけだが、書きながら当時のことを色々と思い出した。あの頃、実は僕はドン底の状態だった。親から継いだ会社倒産させた後だったのだ。単なる地元中小企業だったが、そこそこ歴史のある会社だった。古参幹部裏切り横領大手の参入、理由を挙げればキリがないが、結局は僕が無能だったのだ。すべてを失った。恋人も仲間も、みんな去って行った。絵に描いたような転落人生だ。酒びたりの日々。毎日、目を覚ます頃にはすでに日が暮れかけていた。時計を見るのもつらかった。起きるとすぐに冷蔵庫を開けて、安い缶酎ハイあおり、またベッドに戻る。酒が切れたらコンビニに行って、缶酎ハイカップ麺を大量に買い込む。そんな生活が何ヵ月も続いていた。

いよいよ金が尽きてきたので、警備員バイトを始めた。まわりは爺さんばかりだった。地元では警備員仕事高齢者の受け皿になっていた。爺さんたちと一緒に働いているうちに、まだ20代後半だった僕も、老後みたいな気分になっていた。

件のエステに行ったのは、そんな時期のことだった。前述の通り、僕は30分で果ててしまった。そのあとどうしたかというと、ずっと彼女とお喋りをしていた。彼女は色々な話をしてくれた。まだ来日して三年足らずで、日本語ジブリアニメ勉強していると言っていた。なぜか子供の頃の写真を持っていて、それを見せてくれた。山村風景を背にして、薄汚れたシャツを着て立っている、仏頂面の少女が写っていた。それが彼女だった。話を聞いてみると、彼女は非常に貧しい家に生まれて、家族を支えるために、日本出稼ぎに来ていたのだった。

僕も自分のことを話した。地元中小企業の二代目社長社員は26人。趣味スキーテニス、車はベンツを2台所有。どれも過去には本当のことだった。でもすべてを失っていた。僕は彼女に、会社経営の苦労や、幹部に対する不満を、現在進行形の悩みとして語った。彼女の前では社長でいたかった。悲しい見栄だ。話しているうちに、自然と涙が流れてきた。彼女がそっと抱き寄せてくれた。僕は彼女の胸に顔をうずめて泣いた。しばらくのあいだ泣き続けた。あのとき彼女はどんな気持ちだったのだろう。異国で、初対面の男が、いきなり泣きだしたのだ。理由もわからなかったはずだ。かなり戸惑ったにちがいない。

この話には後日談がある。翌日から僕は仕事で新しい現場に入った。美術館の警備スタッフだ。スタジオジブリレイアウト展覧会だった。そこでマズイことが起きた。彼女が客として入場してきたのだ。どうやら彼女は一人だった。僕はあわてて顔を伏せた。見られてはいけない。彼女の中ではまだ僕は社長なのだ。警備服を着ているはずがないのだ。彼女は食い入るように展示物を見ていた。僕は帽子限界まで目深に被り、ばれないようにした。午後になると、今度は外の駐車場ですれ違いそうになり、あわててトラックの背後に隠れた。警備員なのに、僕の挙動は完全に泥棒だった。

数日後に、地面が揺れた。これまでにないぐらい、大きく揺れた。巨大な津波が来て、あらゆるもの破壊した。そう遠くない場所で、原子力発電所が爆発した。日常が奪われ、何日も、何週間も、不安状態が続いた。再び店に行ってみると、当然のように閉まっていた。インターホンを鳴らすと、ゆっくりドアが開いた。中から背の低い老婆が現れて「やってませんよ」と言った。

僕 「いつごろ再開しますか?」

老婆「もうやらないよ。おしまい

僕 「・・・

老婆「みんな中国に帰ったよ」

僕 「ナナちゃんは?」

老婆「ナナも帰った。モモも帰った。サクラもユキもみんな帰った。日本は危ないから」

当たり前だが、ナナちゃんとはそれっきりだ。僕はほどなく上京して、小さな広告プロダクション就職した。その後、仕事で知り合った風俗関係者に請われ、メンズエステ体験レポを書くようになった。最初のうちは、アジアンエステ取材する度に彼女のことを思い出したものだが、最近はすっかり忘れてしまっていた。女性の胸に顔をうずめて泣くなんて、あの夜が最初最後だと思う。ナナちゃん、元気だろうか。

2017-10-22

選挙行かなかった

特に予定もなかったし今回は行こうかなーと思ってたが結局めんどくさくていかなかった。

車でランチを食べに行き、夕飯の材料を買いに行ったが、選挙会場には駐車場がなかったので、一度帰宅して車をおいてからまた歩いて選挙会場に行くのが面倒だったというのが理由である

投票しないのは他の人が選んだ人でいいです」「みんなが選んだ結果でいいです」という意思表示だと言われるが、まさに自分意思はそんなもんなので投票する必要もないかなと追う。

そして自民が大勝する結果を見て「ああこの結果で良かった、他の皆さんにおまかせしてよかった」と納得しながら夕飯を食べる。

自分が望んでいた結果が大体の趨勢と言われているとき選挙行く必要はないな。

自民がやばくなる予測が出てるときは行こうかな。それがいつになるのかわからないけど。

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