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2021-05-11

男性は女性の2倍も死亡数が多いらしい

https://www.news24.jp/articles/2017/03/23/07357179.html

12年~16年の間に死亡した子供のうち、小学一年生では男子死亡事故女子の2倍以上だったそうだ。

これは、女子にはない、男子だけに特有社会の歪みによるものだろうか?

それともジェンダー規範押し付けによる重圧からくるものだろうか?

個人的感想としては、男子は確かに女子に比べて、高いところに登ったり、道路チャンバラしたりと

死につながりやすい遊びをよくしているから、それが原因なんだろうなと思う。

全ての男子がそうではないし、そういう遊びをする女子ゼロだとも思わないけど、

実際に目にする範囲では男子の方が多いんだろうな、それが原因で死亡事故が2倍にもなるんだろうな、と感じる。

男性寿命女性より短いという点についても、個人的感想としては、男性のほうが二郎ラーメンを汁まで飲んだり、

BBQで酒を飲んで川に入ったり、線路に入って写真を撮ったり、死につながりやす生活をしているように思える。

全ての男性がそうではないし、そういう生活をしている女性ゼロだとも思わないけど、

実際に目にする範囲では男性の方が多いんだろうな、それが男性平均寿命が短い原因の一端なんだろうな、と感じる。

小学一年生男子は、フェミニストのせいで死んでるのか?正直そうとは思えない。

男性特有のつらさで死んでる人ももちろんいるだろうけど、小さいころから男性女性に比べて死にやす性質があるように思える。

男性特有のつらさが無いとは言わないけど、周りを見ていると平均すれば女性の方が長生きするのは当然ではないか?と感じる。

2021-05-10

埼玉東京だと思った話

俺は新潟田舎もんなんだけど、

10ちょっと前にとある事情で初めて東京へ行くことになった。

いや、厳密に言えば一度だけディズニーランドに行ったことはあったんだけど、

幼いころのことだからあんまり覚えてなかったし、ディズニーランド千葉だし。

とにかく、当時高校生の俺は親に連れられて初めての東京へ行ったんだ。

早朝に着きたかたこともあって、車ではなく夜行列車選択した。

当時まだ普通に運行していたムーンライトえちごだったかな。電車は詳しくないからよくわからん

固い座席で寝心地は悪かったけど、どこでも眠れる自分はそれでも寝ることができた。

電車に揺られて数時間

夏の朝日差し込んできて、眩しさと暑さで目を覚ますと、そこは東京であった。

何線もある線路、街を覆う雰囲気、そして車窓からバカかい建物

これは東京だ。そう確信したね。

初めての東京お上りさんらしく興奮し、寝ぼけ眼も一気に覚めた。

親と用事を済ませたら大学野球を見に神宮球場へ行く予定だ。

そんな色々なことを考えてウキウキしていると、ちょうど駅を通り過ぎるところだったので表示を見てみる。

さいたま新都心

埼玉じゃん。

車窓から見えたバカかい建物さいたまスーパーアリーナだった。

埼玉じゃん。

埼玉テンション上がっちゃったよ、新潟ボーズは。

つーかこれで埼玉埼玉ってださいたまって言われてるとこじゃねえの?

全然ださくねえじゃん。かっこいいたまじゃん。もはや東京じゃん。

こんなのがあってださいたまとか、それ自虐というより行き過ぎた謙遜じゃん。

かっこいいたま名乗れよ。お前ら今日からかっこいいたまな。

2021-05-07

じゃあ、JAXA男性弱者男性になって

手帳をもらって

撮り鉄に目覚めて

線路侵入して写真撮ったら

誰が悪いの?

2021-05-05

トロッコ問題の悩みどころがよくわからんのだが

線路切り替えないで5人轢き殺してる間に別の分岐の1人は自分の手で殺した方が並列で殺せて効率良くない?切り替えに迷う必要がよくわからん

anond:20210504220508

戦場カメラマンも一人柔和な人がめだっているだけでのこり99%はみんなこんなんだろうなとおもった。

でもまあ戦場カメラマンなら必須コミュをとれないやつはすぐ巻き込まれて死んでしまうんだろうな。

撮り鉄も「線路内に写真などのため意図的侵入した人は入念に轢き殺した上で賠償3倍法」とかつくればいいよ

男性弱者性ってつまり社会に背を向けすぎってことなんだろうね

さんざん小さいころから注意してこっちむけっていっていた社会に頑固に背を向けておいて

自由満喫した上でいざこまったらおい救済がとどかねえぞ!社会どうした!差別差別ぅ!ってえらそうに喚くのどうにかしてほしい

anond:20210505130050

車内で大声上げたり線路に立ち入ったり中学生ぶん殴って重傷を負わせたり線路周辺の木を切ったりして、かつ飛び込み事故写真撮ってたらスルーしないんじゃない

anond:20210504220508

線路内立ち入りとかあからさまな触法行為なんだから動画撮影しながらガンガンしょっぴいていいと思うんだよね

anond:20210504220757

「駅の敷地の外で撮影しろ線路フェンスから十分に距離をとって撮影しろ」とは言わず

いかにして撮り鉄悪者にし、差別一般乗客憎悪で彼らを排除できるかに鉄道員らが躍起になっている

安全対策なんて本当の目的ではなく、単に撮影されるのが嫌なだけだろうね

正直に言えばいいものを、ええかっこしいで弱みを見せたくないか

「恥ずかしがり屋さんで撮影が気になるから撮影をやめてほしいんです」と口に出すのが難しいやうだ

2021-05-04

家族や友人などに「問題撮り鉄」が周りにいる方へ

特に家族問題撮り鉄がいらっしゃるならぜひ読んでいただきたいです。

https://anond.hatelabo.jp/20170503040457

4年前こんなことを書いた、とある会社中の人であり撮り鉄だった人です。

昨今、撮り鉄という文字が悪い意味トップニュースをかけめぐることが多くなりました。

正直嘆かわしいし、あと仕事的に見れば迷惑、そして迷惑しかない。

ただこの問題はもう撮り鉄同士で解決できるものではなくではないと同時に感じています

問題を起こしている撮り鉄にはコミュニケーション能力の欠如があり、当事者同士での解決など図れない状況が見えています

個人所感だと、問題撮り鉄本人を基準してみたとき、その問題撮り鉄本人の迷惑行為を防止できるのは、その問題撮り鉄本人の家族の人たちで本人締め上げてもらわないといけないレベルになってきました。

記憶に新しい例として、撮り鉄同士でもめ事を起こしているときに、その行為撮影した撮り鉄がいて、さらトラブルに発展し、最終的にけがを負わせることになってしまったという話です。

このニュースを見ても改めて思ったのは、コミュニケーション能力が無いってところですよ。動画を回し始める人も別の意味問題がありますが、手を出した本人は本当に手を出すしか最終手段なかったのでしょうか?

本題に入ります

問題撮り鉄がご家族や親しいご友人にいらっしゃるみなさん。

本当に申し訳ないのですがご協力をおねがいします。問題撮り鉄を締めてください。

もう我々良識ある撮り鉄だけでは限界です、現地で顔を合わせるだけの赤の他人では口を出すだけで、人によっては威嚇する対応をされ、もうどうしようもないのです。

問題撮り鉄本人は「出来ているつもり」なのでしょうけど、ほぼ確実に日常的な会話や雑談、ある程度の世間での話題ができない人が多すぎて困るのです。

鉄道のことになれば、とびっきりうきうき話すくせに、それ以外ができない人が多い。

端的に、偏った表現で言えば「友人少ないんだろうな」、みたいな人なのです。

まわりに撮り鉄しか友人がいない、TwitterなどのようなSNS自分の都合のいい世界しか出来上がってない、好きやつ同士でしか付き合っていない世界

その結果、鉄道に対する情熱が熱すぎてファインダー液晶画面しか見えてなく、線路際での撮影(一部の撮り鉄では乱入表現したります)だったり、最初撮影禁止にするつもりもないのに警備する駅員に撮影邪魔からと心無い言葉を飛ばすことも。

また、マナーがあり、コミュニケーションにも問題がないような撮り鉄勇気を出して問題撮り鉄本人にやわらかく注意をしても、コミュニケーション能力がない問題撮り鉄自分目的を達成できないための邪魔認定をして反抗し、挙句の果てには喧嘩や手を出すようなことをする。

注意されても自分の置かれている状況がわからなかったり、反省すらできなかったりするのですよ。

ましてや明らかにダメなことを注意したもの偽善者扱いしだす始末。これがニュースに乗るような迷惑行為を行う問題撮り鉄を無くせない大きな点なのです。

日本語を話しているのに日本語が通じないのです。

しかしたら、こんな状況が日常でもありご家族やご友人でもあきらめているケースは多いかもしれません。

ご友人っていうよりはご友人の関係を切られてる方もいるとは思います、こんなコミュニケーション能力じゃ付き合っていられないと。

どうか、ご協力をお願いします。

2021-04-28

anond:20210428133415

時刻表通りに決まった線路の上を走るから

「予定通りに動く」のがいいんだって

予定外が苦手だから

2021-04-27

anond:20210427102608

時計回り反時計回り」と「左回り右回り」は上から見た場合と下から見た場合で反対向きになる。

大半の人が上から見た図を想像するけど、ホームへの階段を登るときは下から線路を見上げるから、反対に解釈してしまう人がまれにいるらしい。

anond:20210427094740

普通男児電車以外に車とかロボとかも好きな事が多いが発達障碍児は電車に偏る子が多い、と言われてる

電車線路の上を規則的なダイヤに従って動くから

数字とか規則性が好きな自閉症スペクトラム障碍者がそこに惹かれるのではないか、って説がある

anond:20210426200111

私は東西が苦手です。

いつも西ドイツ東ドイツ地図を思い浮かべて、北に向かって左が西だなと判断します。大変効率悪いです。

山手線は、二重円を思い浮かべて左の線路がどっちかを見れば、「外」がどっちで「内」がどっちかすぐ分かります

2021-04-25

anond:20181002235244

パワハラ野郎のせいで情緒不安定になったときに「俺も辛いが、なんとかやってきた。お前のストレス耐性が低いのが悪い。努力しろ」って言われたときは、線路に飛び込んでやろうかと思った。

甘えだろうがなんだろうが、辛いもんは辛いんだよ。

2021-04-22

[]GeoGuessr日記2

無料版。シングルプレイヤーマップは「The World」。時間は無制限

1問目

電車が見える。駅のようだが壁も改札もない。

しかし規模的にはかなり大きくていくつも線路が並んでいる。

ホームがそのまま道路に繋がってる感じだ。どういう仕組みなんだろう。

ホーム電光掲示板に「Trondheim」と書いてある。電車の行き先か。

駅の近くの看板には「Oslo Sentralstasjon」とある

オスロだ。他の単語は「セントラルステーション」か?

というわけでオスロ中央駅で解答ボタンを押した。

誤差は356.7m。4999ptだった。

2問目

田舎の細道という感じ。道の両脇が草木で埋もれている。

さらにその向こう側には緑の平原が広がっていてぽつぽつと建物が。

ヨーロッパ農村っぽい雰囲気

標識がないので早く大きな道路に出たいが。

というわけでちょっと進むと先ほどよりも広い道に出た。

標識に「CORK」「COBH」と書いてある。

どうもイギリスあたりじゃないか

さらに進むと水辺に出た。向こう岸が見えるが川なのか海なのか。

歩きまわっているとさらなる標識。「BALLYMORE」。

この町の名前は「COBH」で間違いないようだが、地図で見ても探しきれない。

おっと、最悪だ。

イングランド地図を見ているときに解答ボタンミスタップしてしまった。

Cobhはアイルランドの最南部にある町らしい。

誤差は418km。3776ptだった。

3問目

路上販売の店が並ぶ猥雑な通り。こんな狭い道をストリートビューの車もよく通ったものだ。

看板文字が明らかにインド語とかああいう系の言語だ。まったく読めない。

少し広い道に出た。

道の両側に屋台が立ち並んでいて、自転車に牽かれた人力車が走っている。

道路標識くらいは英語が添えていないか…と思ったら看板の社名のところに「Bangladesh」とあった。

ここはバングラデシュなのか。

ようやく二車線のかなり広い舗装路に出たが標識が本当に無い。

案内標識どころか制限時速や止まれ標識なんかも無いんじゃないか

この国の人々はいったいどうやって運転しているんだ。

これ以上は無理かと諦めて適当ダッカあたりを選択して解答ボタン

正解は「クルナ」というダッカの南西にある町らしい。

誤差は141.8km。4546ptだった。

4問目

美しい庭園のようなところ。

屋外ではあるが敷地内で、おそらく観光客向けの説明書きが置いてある。

そこには「REAL ALCAZAR SEVILLA」とある

ということはセビーリャにある王宮か何かなのだろうか。

スペイン観光地に詳しければピンと来るのかもしれない。

セビーリャの地図を拡大してみると…すぐに「アルカサル」を見つけた。

象徴的なムーアルネサンス様式王宮」だそうだ。

から調べたが世界遺産らしい。そりゃあ知らないほうがダメだ。

誤差は57.7m。5000ptだった。

5問目

どこかの町。舗装されていない道。

あたりを見回すと遠目に大きな建物が立ち並んでいる。大都市郊外といったところか。

張り紙文字キリル文字っぽい。読めないか難易度が上がるんだよな。

都市部に出た。

けっこうあちこちCTOП」みたいな標識が立っていて街の名前っぽいのだが…

地図で他の地名を見て推察するかぎり「C=S」で「П=P」だから「STOP」…止まれってことか?

ふざけやがって。

諦めてロシアの真ん中あたりで解答ボタンを押した。

ノヴォシビルスクという街だったらしい。

誤差は643.6km。3248ptだった。

結果

トータルスコアは21569ptだった。

2021-04-19

anond:20210419053737

大学を辞めたことの損害なんて金と時間ぐらいだ。長い人生の中で取り戻せる。ひっそりと生きてもいいしガンガン生きてもいい。線路は続くよどこまでも。

2021-04-18

エヴァンゲリオンを乗り越えて、あるいはその手前で

 お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ。という言葉が、自分身体を上から下に駆け抜け、僕はそれで、頭から血が抜けていったように感じた。その言葉は、ある意味では間違っていなかった。けれど、間違っているといえば、全面的に間違っていた。

 目を凝らしても見えてくるのはパソコンの画面と荒れ果てた部屋しかない。右手の小指と薬指がその付け根にかけて少し痺れている。特にキーを叩いていたわけではない。パソコンの画面をつけて、何をしようかと思っていただけだ。すると、僕に言葉がやってきた。それは僕が望んだ言葉ではなかった。この暗い部屋は、僕が望んで生まれものだった。この荒れ果てた部屋は、僕がどうしてか生み出したものだった。あの言葉は、ただ、とても嫌いな言葉だった。

 望む、望まないなんてことを考えたことはほとんどなかった。あるといえば、望まないことばかりだ。いろんなことが嫌だ。特に、望むことは何よりも嫌だ。自分が何かを望んでいると思うだけで気分が悪くなってくる。自分が何かを望まなければ生きていけないのだとしたら、死にたくなる。何も望みたくない。何も望まれたくない。そうして僕はこの場所を作った。僕が今望んでいること? それには答えられない。ただ一本の煙草が吸えたらいいと思っているだけだ。それが望みなんて大きなものに含まれるのだとしたら、今すぐにでも僕は首を吊ってやる。セブンスターソフトは残りわずかだ。一本取り出して、口に咥えた。火を付けずにパソコンの画面を見た。

 さっきまではTwitterホームが映っていたが、僕はもう少し孤独になりたくて、ウインドウを閉じた。デスクトップ画面には、雑多なファイルが、まるでこの部屋みたいな雑駁さで並んでいる。それの後ろには描かれた美少女アニメ美少女なのかどうかはわからない。インターネットで見つけた、絵の美少女だ)が憂鬱げに体育座りをしている。彼女右手には安全剃刀が持たされている。左腕にリストカットの痕はない。安全剃刀は文字通り安全なのだ少女の足元には薬瓶が転がっていて、その転がる移動を堰き止めるように、本が置いてある。フェルナンド・ペソアの本らしい。表紙の白い部分には血痕のようなものが伸びている。

 灰を落としてみると、煙草の1/3はなくなっていた。僕は考えごとをする前に、なにかと準備運動必要みたいだ。考えるべきことというのは、僕の身体を駆け抜けて行った言葉についてだ。

 僕は「望む」なんていう大掛かりなものが嫌いだ。望むとも、望まざるとも、嫌いなものは嫌いだ。だが、そこにばかり注目していては次の文がわからない。次に進む。すると、それがあらわれているという。

 それがあらわれている。それはお前が望んだものだ。

 というのであれば、僕はわかるような気がする。まずはじめに「あらわれ」があって、その説明、あるいは定義けがされる。これは、わかる。あると思う。いや、あるべきなのだ自分がいまどうして存在しているか? こうして暗い部屋で、食事に使って洗わないままで転がっている食器や、ゴミの類いが転がっている、この雨戸が閉められた部屋で、僕の身体は、パソコンは、煙草は、まず、「ある」。そして僕がその「あらわれ」を何らかの形で受け取る。受け取ったものには、それ相応の制限がある。それが説明であり、定義でもある。こうして抽象化すれば、わかる話だ。話がわからなくなっているのは、そこに「望む」という言葉が出てきているからだ。煙草を灰皿にすりつぶした。

「こうしていても埒があかない」

 そう呟いた。こう言ったところで、あの言葉が離れていくわけでもなく、これから行動をとったところで、あの言葉が離れていくわけではないだろう。精々気晴らしにはなるだろうが、自分の中にある嫌悪感がぢくぢくと膨れていくか、いつの間にか消滅しているか、そのどちらかだ。経験的に、後者の方がよくあることだ。いつの間にか消滅するには、原理的に時間必要から

 家を出ると小雨が降っていた。庇の外に左手をかざすと、ほんとうに細やかに、少ない量の水が手のひらに当たった。深い青空全国的に深夜であることを告げていた。振り返って家に鍵をかけてから、僕は肺にあるどんよりした空気を深い青の空気と入れ替えた。まるで僕の肺が一つの世界になっているみたいに青い深夜だった。その世界は二つあった。そのうちのどちらかに、隣部屋のお風呂匂いが流れ込んできた。歩き出した。傘はいらないだろう。煙草お菓子を買ってくるだけだ。

 思った通り、雨ざらし階段はそれほど濡れていなかった。足を滑らせる心配はなさそうだし、きっと降りはじめてすぐなんだろう。階段を降っていくと、

「お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ」

 という、声がした。言葉ではなく、声がしたのだ。階段を降りている感覚が薄れて、ゲシュタルト崩壊してしまった。階段構成する線と線の繋がり、それがなす直角と、段差、線の全てが空白もしくは混沌世界に放り込まれた。ポケットに入れていた鍵は、僕の拳から飛び出すことなく、音を立てることもなかった。目を閉じた。「うわあ」と思った、その頃にはもうすでに階段の一番下まで辿り着いていた。でも服は汚れてしまった。階段から転げ落ちたのだ。頭の裏、腕の曲がらないところ、脚の曲がるところ、何より腰が傷んだ。それから遅れて左手に妙な感覚があった。座り込んだまま、左手を開いてみると、家の鍵を強く握りすぎたからか血が出ていた。鍵に何かキーホルダーをつけていたわけではないから、純粋に鍵で傷ついたのだ。親指の付け根に小さな切り傷が付いていた。思ったより血が出てくる。なんとなく、右の人差し指中指でそれを拭い、右の頬に付けてみた。この、なんとなくの一連の動きは、シネマスコープの中に映し出されているといいな、と思った。身体中が痛かったけど、おもしろかったから、よかった。僕は立ち上がることにした。雨は本当に少しだけ降っている。

 ここからコンビニに行こうとしている。それなりに汚れてしまったが、仕方がない。自転車を見た。自転車に乗って行こうか、いや、この程度の濡れ具合で滑って転んだのだ(たとえ変な声が聞こえてしまたからといえど。またあの変な声が聞こえないとも限らない)、大事をとって、あと気晴らしのために歩いていくことにしよう。自転車を金網越しに見た。僕は歩いてコンビニに向かう。決めたからだ。ぶらぶらさせていた右手を鼻の前にかざして、匂いを嗅いだ。鉄くさく、砂っぽかった。これでコンビニに向かおうとしているのだから、笑えてくる。いや、これは気晴らしにすぎない。コンビニ店員も、適当事情を察してくれるだろう。コンビニ店員は本当に飲み込みが早いから、わかってくれるはずだ。

 そんなことを考えていると、下には列車が通る小さな橋に辿り着いた。水色の塗装ははげかけているが、子供が手すりで遊んでいて怪我をするほどではない。おしゃれみたいに朽ちている。その下では電車が通る。橋の真ん中に辿り着いて、ここから落ちたら死んじゃうだろうと思った。いや、生きちゃう? 電圧注意と書いてあるから、落下して骨が折れたり、死んじゃう前にびりびりっと身体破壊されてしまうかもしれない。それにいま僕は濡れている。電気はよく通ることだろう。でも、痛そうだ。さっきの落下でさえ痛く、血を流してしまったのだ。僕というのは風船みたいに壊れてしまときには、弾けるように壊れてしまう。そして、壊れてしまうと、びっくりするし、うるさい。毎度この橋を通るとこんなことを考える。死ぬことはないだろうとは思うが、死んでいいかもしれないと思う。そして、橋の真ん中で線路を眺めるのをやめ、先に進もうと体勢を変えると、昼間子供達がよく遊んでいる公園が見えてくる。深夜の公園だ。いやらしいことを考えないわけではない。でも、重要なのは、いやらしいことを考えたその時には、もうすでに水色の手すりから離れて、コンビニに向かって歩きはじめていることだ。

 公園に面した道路を進むとコンビニがある。だからコンビニに向かうまで、橋の上、橋の下り、道路、と少なくとも三つの視点から公園を眺めることになる。意図して見ないときもあるが、この場所から見た公園をその時に考えてしまっているから、大体いつもみているようなものだ。道路に面している側には遊具はない。公衆トイレがあって、それを二本程度の灯りが照らしている。公衆トイレほとんど立方体の形になっていて、二つの光源から伸びるそれの姿は、三つの視点、どこからみても美しい。道路から見たとき前景に公衆トイレがあると、その後景にブランコがあって、その間くらいに滑り台がある。ジャングルジム砂場公衆トイレに隠れてしまう。

 今日こうして家を出てきて、コンビニに向かっているのだけれど、いつもは見かけない、変な影が三つの視点全てにあらわれているのを見た。人影というには小さく、あまり動いていない。でも横に長いわけではないから、犬や猫の類いではないと思われる。霊でも無さそうだ。霊に影があったら、僕はその霊と仲良くできるだろう。

 よくわからないその影は少し揺れているだけで、歩いたりしている様子ではない。ブランコ周辺でただ揺れている。こういうのはあまりない。不審な影を見かけることはよくあるが、それはその人物不審から影も不審に見えるのであって、影が独立して変な雰囲気を纏っているのはなかなかない。それに、徹底して影の主が見えてこないというのも、変な話だ。影しか見えない。特に怖がることはなかったが、

「変だなあ」とは思っていた。そのまま、コンビニへ向かった。

 その前に、円柱状の灰皿に吸い寄せられていった。右ポケットには忘れずにセブンスターソフトと、ジェットライターが入っている。ジェットライターは素晴らしい。片手で着火できるというだけで、なんだかカッコいい感じがする。喫煙にかっこよさを求めたことはないけれど。客観的にそう思う。絵になるというか。

 セブンスターを咥えて、右ポケットからジェットライターを取り出して、先端に火を付ける。ゆっくり吸う。強く吸うと美味しくない。けれど今は若干の湿気があるから、どちらにしろ美味しいのかもしれない。

 煙草を吸っていると、気分がいい。家から出てすぐ深夜の空気を吸ったように、身体の中の空気を違う空気で入れ替えているように感じる。手軽に自由を手に入れてるような気がする。これが自分の望んだものなのだと言われたら、認めてしまうかもしれない。この一本の煙草が僕の自由に繋がっているなんて、ちょっと詩的だ。けれど……

 お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ。

 これはどういうことだったんだろう。

 こと?

 あれははじめ、「言葉」として僕の身体に降りかかってきた。「言葉」が身体を貫くような感覚は、実はよくあることでもある。だからそれはいい。問題はその「言葉」が「声」になって聞こえてしまったということだ。「声」になって聞こえたということは、誰かがそれを喋ったのだ。あのとき、僕の近くには誰もいなかったから、僕の「言葉」が「声」に聞こえてしまった(?)ということなのかもしれない。つまり幻聴のようなものだ。幻聴ということは、幻? 幻には思えなかった。なぜなら、まずはじめに「言葉」が降りかかってきたからだ。幻にふさわしいのは、何の予兆もなく、何の脈絡もない「声」が聞こえてくるということではないのだろうか。あるいは、僕を貫いた「言葉」は「幻の声」を予知していた、とか。ファンタジーじみてきた。同時に自分精神的におかしいと思われる(思われてしまう)ことを毛嫌いしていることに気づいた。言葉に則して物事判断している。まるで、そうしないと生きていけないように。セブンスターは半分になっている。そうしないと生きていけないということは、僕は「言葉に則して物事判断することを望んでいる」のかもしれない。それのあらわれとして、部屋があんなことになっているのかもしれない。数日間シャワーの浴びていない自分がいるのかもしれない。言葉に則して物事判断することを望むというのは、ここまで代償が必要なんだな、とひとりごちて、笑った。口から煙草の煙が飛び出た。

 コンビニでは煙草お菓子を買った。煙草はいものセブンスターお菓子適当チョコ、なんだか寝付きが良くなるらしいチョコがあったからそれと、イカのゲソを買った。ゲソを買うとビールに手を伸ばしそうになる。でも僕はビールはあまり好きではないから、好きなのはゲソとビールという組み合わせだけだから、やめることにする。結構そこで戸惑う。けど、ビール自分には必要のないものだ。煙草チョコイカのゲソは、自分必要ものだ。

 帰り道、公園が見えてきた。あの影はまだ居るだろうか? 僕としてはいないほうがいい。帰りは行きと違って、目に入ってくる視点が二つなくなっているからだ。橋の下りと、橋の上では、振り返らない限り公園の姿を捉えることができない。公園の姿を素で確認できるのは、今、この公園に面した道路でだけなのだ。だからこそ、ここでしっかりと、あの影がまだ居るかどうかを確かめ必要がある。そうしないと、公園を背にしてからが怖い。

 立方体公衆トイレが二つの光源に照らされて伸びる影の先には、ジャングルジムがあり、わずかながらジャングルジムの影も砂場に広がっている。幾何学的な影は、砂場の凹凸に習って、あまりユークリッド幾何的ではない形になっている。ブランコにはあの小さな影はなく、滑り台にも影はない。灌木を含め、公園全体を見渡してもあの小さく、揺れていた影は見当たらなかった。僕は一安心して、煙草を口に咥えた。少しだけ、雨が強くなってきた。火をつける。

 とりあえずは安心てところだろう。もともと霊とかは考えていなかったから、特に恐れることはなかったのだけれど、一応だ、一応の確認必要だと思ってだ。それから公園から目を離して歩いてみた。なぜかまた右手の小指と薬指が痺れてきた。コンビニで買ったもの左手で持っている。右手煙草を吸うために放っている。それにしてもあの影はなんだったんだろう。影があるのだから、影の主はいるのだろうが、僕はそれを見ることができなかった。するとやはり、影は独立したまま存在し続けるのかもしれない。僕の中でも。世界の中でも。

「お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ」

 という声があらわしていたものは、僕の考えていたように、ものごとの素朴な存在を認めろ、ということなのかもしれない。だからこそ、影にはその元があるとは考えなくて良いし、「声」のものも、「言葉」のように独立したツールとして、その元を探る必要はないのかもしれない。だが。

 そうしたことを伝えるのであれば、やはり「言葉」に留めておくべきではなかったのだろうか? 「声」でこのことを伝えるというのは、そのもの矛盾しているからだ。通常のものの考え方ではたどり着くことができない。「声」には人を必要とするという考えは、どれだけ複雑な回路図だったとしても、確かなものからだ。僕はそう思う。「声」独立して、僕に警鐘を鳴らしていたというのは、考えられない上に、警鐘ですらない。現状の説明を、何か「声」を使って説明する必要はどこにあったのだろう。必要? では「言葉」で表す必要はどこにあるのだろう。普遍的で、使いやすいのがキーなのだろうか。それが必然に関わっているのか。でも、こうしてみると「声」も「言葉」も大差ないように思える。すると、なぜはじめに「言葉」があり「声」が生まれたのか、が問題なのかもしれない。僕はあの言葉から逃れられていない。いまだに考え続けている。もうすぐ橋を渡り終えるというのに、家に帰ってもずっと考えてしまうのだろうか。橋の下階段に足を付けると、

「お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ!」

 明らかに声がした。それもあのときに感じた「声」ではなく、方角があり、ちゃんとした輪郭を持った声だった。だが、どこか浮世離れしている。それでも僕はびっくりした。何しろ深夜なのだ。僕は振り返った拍子に咥えていた煙草を落としてしまった。湿っていた地面に落ち、火が鎮む音がした。そこから煙が立ちのぼった。雨が止んでいた。

「お前がどう考えても何も変わらないが、お前はなぜか望むことができる。お前はそれを否定しているだろうが、それは、お前が望むことができてしまうことに勘づいていたからだ」

 橋を上ってくる音が聞こえる。人にしては軽い音だ。

「お前が何かを望んでいたとしても、それが叶うことはまれだ。まれということは、叶うこともある。お前はそういう能力を持っているのだ」

 橋の上に立って僕を心持ち見下してきたのは、高校一年生くらいの少女だった。それにしては身長が小さいし、逆光だからか影しかみえない。

 僕は思ったことを言った。

「でもそれって、僕以外の人にも言えることじゃないですか?」

 なぜか敬語が出た。

「そうなの?」

「たぶん」

 影の少女はため息をついた。マジで……と呟いていた。僕は聞き逃さなかった。

「お前が考えていることは、実は大切なことだ。これ以上ないくら大切なことだ。あまりそういうことを考える人はいない」

「そうなんですか。ちょっと煙草吸ってもいいですか」

わたしにもくれ」

 それにしてもこいつはなんなのだろうか。深夜に高校一年生くらいの少女と一緒にいて、通報とかされないのだろうか。僕は影の少女煙草を渡すために近づいたが、影の少女は、「少女」になることはなく、影の少女を保っていた。なんなのだろう?

ありがとう今日煙草が美味しい日だ。君が思ったことだよ」

「そうだったかもしれませんね」

「だが、お前には足りないものがある」

「なんでしょうか?」

 そこで少女は本当に長く時間をあけて、煙草を吸った。とても長い時間だったが、次に出てくる言葉がわからなかったから、僕は待っているという気分ではなかった。僕も僕で煙草を吸っていたのだ。

「お前は実は求められて、存在している」

「え?」

「お前はそれを拒絶している」

「そうかもしれませんが……」

「お前は求められているから、存在しているのだ。お前が求められなくなったら、存在しなくなる。死ぬとはまた違ったものなのだがな」

わたしはお前に求められて存在した。類を見ないほどひねくれたやり口だったがな」

 そういって影の少女は僕の手を取った。左手の血は止まっていて、傷になっていた。影の少女が、その手をぎゅっと握ると、傷はなくなった。影の少女は、影の少女にふさわしく、とても冷たい手をしていた。

「お前の考えていることは基本的に正しい。が、まずい考えでもある。それを警告しに来た。お前には知ってもらうことがひとつだけある。そのために来た」

 そう言うと、影の少女は地平線の向こう側に指を差した。何も見えない、と言うと、耳を澄ませ、と言われた。それに従って耳を澄ませていると、軽く、高いが地鳴りのような音が聞こえてきた。信じられないだろうが、線路中に列車が猛スピードで走ってきている。どの列車も見たことがない。ここは新幹線は通ってないだろうが、新幹線と同じくらいのスピードで走っている。だからか、電車にも見えない。謎の列車が猛スピードこちらに走ってきている。深夜なのに。どういうことなのだろうか。

「お前に足りないものは」

 影の少女は、橋の手すりに立った。そこで、影の少女少女になった。制服を着ていた。白いパンツが見えた。胸は小さく、確かにあった。ショートヘアだった。見覚えのある子だった。だが、会ったことはない。会ったことはないが、見覚えのある子だった。可愛い少女煙草を咥えたままだった。

 夜が静まりかえっていた。少女が決然と橋の手すりに立って僕を見下しながらも、夜空にはたくさんの星がきらめいていた。青い深夜は地平線見渡す限りに広がっていた。少女は僕を哀れむように見ていた。空間が張り詰めていた。それを揺らす列車の轟音。少女がふらっと動いた。

「圧倒的な喪失だ」

 制服少女は橋を飛び降りた。少女が地面にたどり着くころに、列車は飛び込んできた。衝突する。血が流される。さっきまで話していたあの謎の影は少女で、彼女飛び降り自殺をした。僕が手を伸ばした時点で、少女は見えなくなっていた。なにもかもわけがからない。僕は止められたかもしれなかったのに、影の少女から少女になったところで驚いて、何もできなかった。もしかしたら、なにもするべきではなかったのかもしれない。彼女は僕が求めたか存在したのだ。だが、彼女は自ら消滅することになった。ということは僕は彼女自殺を願ったのだろうか。彼女 Permalink | 記事への反応(0) | 11:49

2021-04-17

JR乗車拒否問題、「スロープがあっても階段を使いたい」は正義

まだまだ話題が続く伊是名夏子さんの「JR乗車拒否問題

色々考えていて、やっぱりこの件は

階段スロープが併設されているところで「階段を登りたいから手を貸せ」と言った

という案件だと思うのです。

若干今更感はありますが、思うところを書きました。

1.今回の件は「普通日常生活で遭遇した不便」ではない

私もバリアフリーのものに反対しているわけではありません。

例えばスーパーの出入り口から段差をなくすとか、日々の生活に密着した施策はどんどん推進していった方がいいと思います

ただ、「一応お客さんの出入りもできるようになっている」程度の裏口にまでそれを要求するのは正当なのか?とは思ってしまうわけです。

翻って今回の件ですが、SNSメディア等で色々議論はあるものの、個人的に腑に落ちないのは「なぜ熱海駅ではだめだったのか」ということです。

駅員に「熱海駅まででもいいですか?」と聞かれて断ったということは分かっていますが、その前段階、旅行計画を立てている時に、伊是名さんは「熱海駅ではなく来宮駅を選んだ」はずなのです。

旅行計画する時、特に目的地がある場合は、普通そこのホームページを見たり周辺の観光案内を調べたりしますよね。

目的地までのルートを調べない人はいないと思います

伊是名さんも当然調べたと思います

調べるのはとても簡単で、来宮神社ホームページにもありますし、来宮神社を紹介する観光サイト個人ブログを見てもいいと思います

そしてそのほとんどに来宮駅熱海駅からアクセスが書いてあるので、調べていて熱海駅からルートに触れなかったとは考えられないのです。

まり伊是名さんは「熱海駅ではなく来宮駅を選んだ」ということです。

もし熱海駅からルートを知らなかったのであれば、来宮神社から来宮駅だと思ったということなんでしょうか。

それは幕張メッセに行くのに調べないで幕張駅を使うような愚行なので、初めて行く場所でそんなことはしないと思います

(初めだったのかは分かりませんが、そうでなかったら余計問題なのでおいておきます。)

来宮神社まで、来宮駅からは400m、熱海駅からは1.6kmです。

ではなぜ、伊是名さんは熱海駅ではなく来宮駅を選んだのでしょうか。

単純に近いから。

かにそれはメリットです。

ただ、伊是名さんにとっては単純な距離よりも重要な要素がありますよね。

そう、電動車椅子での移動のしやすさです。

この点で来宮駅熱海駅の差は調べるまでもありません。

熱海駅は市の名前が付いているくらいですから利用客も多く、バリアフリー設備も充実しています

駅の利用は問題ないでしょうし、車椅子でも利用可能バスタクシーの手配もしやすいはずです。

一方で来宮駅は、少なくとも伊是名さんにとっては「調べても分からなかった」レベルです。

普通に考えて、この時点で熱海駅を選びませんか?

そして、熱海駅から来宮神社に行くことを考えたら、熱海駅から交通手段を調べますよね?

そうすれば今回のトラブルは起こらなかったんです。

(万一熱海駅が大きな駅だと知らなかったとしても、来宮駅を調べて熱海駅を調べないのは理屈に合いません。)

そのため、今回の件は「避けられたトラブル」と言うよりも、「ドラブルの起こりそうな方を選んだ」という印象が拭えないわけです。

意図的トラブルを起こすのは、誰がやっても問題行動です。

2.健常者でも熱海駅からの方が便利なのでは?

ところで、来宮駅来宮神社は徒歩5分程度と言われていますが、実は難所があります

来宮駅の駅舎は線路南側にあり、来宮神社北側にあるんですね。

そのため最短ルートを通るには来宮暗渠という短いトンネルを通るのですが、そこの歩道が細く、ガードレールもあるため車椅子では通れないのではないかというほど狭いのです。

伊是名さんはブログ特に触れていませんでしたが、果たして歩道を通れたのでしょうか、それとも車に待ってもらって車道を通ったのでしょうか…。

最短ルートを通らない場合は、1.5kmほどアップダウンが激しく歩道が狭い道を歩くことになります

時速2kmで45分かかるわけですから結構負担になるはずです。

伊是名さんは旅行先の条件として「移動距離が少ない」をあげていましたが、これは少ない範囲なのでしょうか。

来宮駅来宮神社間のルートは知っていれば迷う道理がないのですが、トンネルにある小さい看板を見逃して通り過ぎてしまうと熱海駅に行ってしまます(途中でおかしいと気付くかもしれませんが)。

一方、熱海駅からだとバスタクシー神社の目の前まで連れて行ってくれます

数百円でも節約したいとか、迷うのも旅の醍醐味だという人であればともかく、そうでなければ健常者でも熱海駅から行った方が間違いがありません。

安全ルートがあるのなら、そっちの方がよくないですか?

健常者であればスマホ地図を見ながら行けばいい、というのもあるんですが、車椅子利用者は「道はあるけど通れない」という事態に出くわした経験が少なからずあると思うんですよね。

電車なら駅員に相談すればいいですが、旅先の道路でそうなった場合リスク考慮するものではないのかなと思います

障がい者が気にせず外出できるのが理想だ」というのはその通りですが、現実リスク無視するのは違うと思うのです。

また真偽不明ですが、伊是名さんは来宮駅で降りた後、西にある熱海梅園に行ってから来宮神社に行ったと説明している人を見ました。

こちらの説であれば来宮暗渠を通っていないのは理解できるんですが、するとなおのこと、熱海駅から行かなかったのが不思議なんですよね。

来宮駅から熱海梅園は約600m。

しか来宮神社までの迂回ルートと同じ悪路です。

対して熱海駅からバスタクシーを使うと、熱海梅園の目の前まで連れて行ってくれます

車椅子での移動を減らしたいのであればバスタクシーを使うのが合理的です。

そもそも、最短ルートで直接来宮神社に行かないのであれば最寄り駅というメリットがなくなるため、来宮駅で降りる必要がないんですよね。

そこまでして熱海梅園まで歩きたかったのでしょうか?

3.「何を言ったのか」と「誰が言ったのか」の問題

紛糾しているのは、結局これだと思います

伊是名さんの言いたいことは「バリアフリーもっと浸透させてほしい」で、それ自体は正当だと思います

ただ、どう考えてもやり方はまずかった。

旅の計画段階で「合理的」な判断をしていれば起こらなかった問題なんですから、そこをフックにしてしまうと主張そのもの疑問視されてしまます

から、今起こっている事は「誰が言おうが正しいことは正しいのだ」と「言ってることは正しいがお前が言うな」の戦いなんですよね。

熱海市市議会では駅のエレベーター設置の議論が何年も続いており、その結果4つある無人駅のうち2つにエレベーターが設置されたそうですが、今回の論争、本当に必要でしたか

4.まとめ

要するに、熱海駅からバスを使えば来宮神社前ないし熱海梅園前まで行けるという「スロープ」があり、それは見えていたんです。

しかバリアフリー対応状況が分からない来宮駅という「階段」を伊是名さんは望んだ。

それがバリアフリー推進のためにあえてやったことなら、私は「言ってることは正しいがお前が言うな」と言います

もし素で準備不足の旅行だったのなら、社会常識を身に付けて下さいと言います

社会課題を世に問う目的であれは問題行動も有りだという考え方の先にあるのは、アメリカのBLM運動で起こった商店打ちこわしと略奪ですよ。

さすがにそんなものを認めるわけにはいきません。

スロープを作るために階段が狭くなるとか、遠回りになるとか、サービス料金が高くなるとか、そういったことは我慢しますよ。

からスロープがある時はスロープを使ってほしいな、と思うわけです。

2021-04-16

伊是名夏子さんの件でもやもやしている

もやもやしている

私は本当にもやもやしている。発端は例の伊是名夏子さんのこの投稿

http://blog.livedoor.jp/natirou/archives/52316146.html

バリアフリーは推進されるべきだ。その方向性異論はない。そしてバリアフリーを訴える目的はよいと思うし、その目的批判している人はほとんどいない。

でもこの記事最初に読んだ時、「これは炎上するな」と思った。

そして案の定炎上した。

私のこと

片目の視覚障碍

私は、きちんとした教育を受けそれなりの大学を出て、結婚もして家族もあるし、収入はそこそこあり持ち家にも住んでいる。

いわゆる「強者男性」に分類されるのだろうと思う。

私は自分社会的弱者というつもりは全くない。

ただ片目があまり見えない。病気というか、発達障碍というか、弱視という視覚障碍がある。ちなみに弱視というのは、眼鏡などで矯正しても視力がでないことをいう。

だが片目だけの視覚障碍なので、私は身体障碍者ではない。健常者だ。もっとも正常な方の目も、近視、乱視はいって矯正しないと0.5ぐらいなので、そんなに見えるわけではないけれど、視力矯正できるかできないか全然違う。

普段生活には全く支障はない。

もっとも、もしかすると両目がきちんと見える人よりも、遠近感の把握ができなかったり、視野が狭いのかもしれないが、両目見えていた経験がないので、違うのかは全くわからない。

視覚障碍があってよかったこ

不自由はないといいつつも、ほんの少し、両目が見えたらいいのにと思うことがある。例えばVRゴーグルをかけてみた時などにそう思うことがある。でもそれは総じて大したことではない。

逆に見えなくてよかったと思うこともほとんどないのだけど、ひとつだけ、心からよかったと思うことがある。

私は、健常者の目と、視覚障碍者の目と、2種類の目を持っている。社会を、健常者の目と、視覚障碍者の目と、2種類の目で見ることができる。それは本当によかったと思う。

視覚障碍の目で街を歩く

私は、時々、自分の健常者の目をつぶり、視覚障碍の目だけで街を歩くことがある。特に、今回は、もやもやし続けているので、いろんな場所で何度もそうしている。

通しでやったことはまだないが、眼帯などで健常者の目を隠し、視覚障碍の目だけで自宅から会社まで通勤するのは可能と思う。

記憶と音や他の感覚で補いながら歩く

なぜ可能と思うかというと、私は、自宅のドアを開けたところから会社入り口まで、健常者の目で何度も通勤しているので、途中の、道路通路の硬さ、すべりやすさ、段差、②曲がるときの角度、直線で歩くべき距離、③階段のおおよその段数やエスカレーターなどの位置、こういうものを覚えている。

見えないものは、記憶で補いながら歩く。ゆっくり歩けば、弱視の目でも歩くことができる。

そして音は重要だ。自動車が近づいてくる。こういうものは音で判断する。

自転車は、音が小さいから、怖い。電気自動車も、音が小さいから、怖い。

大変なのは情報を得ること

電車時間も、発着ホームも、だいたい覚えているので、目的電車に乗ることはできる。ただし、遅延などが発生し、行き先が違う電車普段とは違う時間にやってきたりすると、困る。

そういう時は駅員さんしか頼りにできなくなるだろう。

本当の視覚障碍者の人は、情報を得るのにとても困るだろうなと思っている。ホームに駅員さんがいれば聞くことができるのだろうけど、いつもいるわけではない。視覚障害者はそうたやすホームを歩けないので、同じホームに駅員さんがいても、距離が離れていたら聞くのは難しくなる。

少なくとも私は、視覚障碍者の目で歩くとき普段と違う状況になると状況を把握できず、いらいらする

声をかけて

私が、視覚障碍者の目で歩くときは、記憶と、耳と、手と、足の裏の感覚と、それ以外の感覚も総動員しながら、歩く。

から情報が少ないのを、全身の他の感覚で補おうとする。

集中しているので、いきなり肩や腕をつかまれたりすると、とてもびっくりするだろうと思う。怖いと思うかもしれない。

もし皆さんが視覚障碍者に何か情報を伝えたい、手助けしようと思ったら、白杖身体をいきなり触るのではなく、まずは声をかけてほしい。もし声をかけて手助けを断られたり、声をかけるのを躊躇するなら、見守ってほしい。

ホームの端が見えにくい

私の弱視は、光線の具合で、見えたり見えなかったりすることがある。

広い平坦な場所で、突起に気づかずつまづくぐらいなら笑い話かもしれないが、ホームの端がみえにくくて転落することがあれば、それは生命問題に直結する。((ホーム線路の彩色、彩度が似ていると、ホームの端がわかりにくい。))

その対策だが、蛍光色で10cmぐらいの幅のラインを描くことで、ホームの端の視認性はかなり上がる。これをCPラインというらしい。

一部、導入されつつあるが、まだまだ普及がすすんでいない。

https://ameblo.jp/milkyht2/entry-12244392124.html

ホームドアがあれば死なずにすんだ命も多い

CPラインよりももっと効果的な方策がある。ホームドアだ。

ホームドアは、視覚障碍者のためだけではなく、酔っ払いなど一般の人の転落事故も防止する。ホームドアがあれば死なずにすんだ命は多い。できる限りペースを速めて、設置してほしいと思う。

ネックは、ご存じの通り、多額の費用がかかることだ。

でも、生命にかかわることだから優先順位は一番高くていいのではないかと思う。

日本視覚障害団体連合ホームドアの設置を求め続けている。2020年7月の阿佐ヶ谷駅での視覚障碍者の転落死亡事故をうけて、同年9月にも国土交通大臣要望書を提出している。こういう働きかけは大切だ。政治企業への働きかけは、絶え間なく行わないといけない。

働きかけを行うべき先は、政治企業しかるべき権限もつ者=責任者であるべきだろう。「なんでホームドアがないんだ!」と現場で駅員さんに怒鳴っても、何も改善しない。

http://nichimou.org/notice/200923-jimu/

ホーム上の点字ブロック

歩道施設などの通路ホーム上にある点字ブロック日本発祥のものだ。これはよい発明だと思う。かなり普及しているのも評価したい。

また、2016年に近鉄大阪線河内国分駅ホームから視覚障害者が転落死した事件をうけ、対策として「内方線付き点状ブロック」設置を推進していたが、これはかなり進んだと思う。評価したい。

https://www.sankei.com/affairs/news/161017/afr1610170045-n1.html

でも、「なんでこうなった?」というような謎な点字ブロックも多々ある。そんな役に立たない点字ブロックや、かえって危険を作っている点字ブロックがある。

ホームなどの点字ブロックの配置についてはガイドラインがあるが、まだそれが守られていないことがある。2019年の京成立石駅視覚障碍者が転落死した事件は、規格外ブロック問題と指摘された。

https://s.mxtv.jp/mxnews/kiji.php?date=14s53i742ax788in6

ガイドラインに沿っていても、転落事故(死)が起こることがある。視覚障碍者は、目から情報が少ないため、点字ブロック認識しつつも、現在地と歩く方向を間違い転落することがある。

点字ブロックはとても有効設備だが、点字ブロックだけでは転落事故はなくせない。

https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/437710.html

次に、弱視から視点追記したい。

点字ブロックは、黄色のものが多い。(私も健常者の目で見た時はそう思うが)黄色ブロックは、色がガシャガシャして、うるさく感じないだろうか?

そこで、街並みをおしゃれにするため、点字ブロック歩道の色と合わせて設置することがある。最近増えた感じがする。

でも弱視者には、これがわかりづらい。

視覚障碍者全盲の人ばかりではないという認知もっと広まってほしい。

視覚障碍者は見えないのだから点字ブロックは何色でもいいのでは?」と思わないでほしい。

少ない視力を使って点字ブロックの上を歩きながら、足の裏の感覚などで点字ブロックの助けを得て歩く視覚障碍者もいる。

私には、色がガシャガシャしていても、黄色の方がありがたい。

白杖について

視覚障碍者は、道路交通法によって、白杖を持つこと、または盲導犬をつれることが義務づけられている。(第14条第1項)

また、視覚障碍者でなければ、白杖を持つこと、または盲導犬をつれることを禁止されている。(第14条第2項)

さきほども書いたが、視覚障碍者全盲の人だけではない。ロービジョンといわれるのだが、若干の視力はあるのだが日常生活に支障がある人がいる。白杖の使い方は、人それぞれだ。

ところで、視覚障碍者白杖を持つ理由は次の3つとされている。

https://nippokai.jp/wp/formembers/canes/

  1. 視覚障害を持つことを周囲に知らせる
  2. 触覚を通じて路面の情報収集する
  3. 路面上にある障害物を検知する

障害物もなく、路面が確かな場合ロービジョン視覚障碍者は、白杖を「視覚障害を持つことを周囲に知らせる」だけに使うことがある。つまり周囲の人に自分存在を知らせるために、白杖を動かさず抱えることがある。

それを白杖を使っていないと思わないでほしい。白杖で地面を叩いていないからといって、「こいつは視覚障害ではないのでは?」なんて思わないでほしい。

白杖を持つ人が近づいてきたら

点字ブロックの上や近くで立っていたり、荷物を置いていたりしていないだろうか?

いわゆる歩きスマホはしていないだろうか?

視覚障碍者は、器用にぶつからないようにしたり、避けたりするのが苦手だ。

視覚障碍者安全に歩くためには、健常者の人の協力が必要だ。

もやもやしているのはなぜか

伊是名夏子さんの投稿とその後の議論、動きなどみて、私がもやもやした理由は主に次の3つになる。

バリアフリーとは?

私が、ここに書いた話題は、全部が「視覚障碍者にとってのバリアフリー問題だ。

伊是名夏子さんの投稿は、さまざまな議論を呼んだが、その議論は、エレベーターとかスロープとか、「車いす利用者にとってのバリアフリー」だけしか議論されていないでは?と感じた。

かに伊是名夏子さんは自分自身の障碍のため、「車いす利用者にとってのバリアフリー」を問題にしている。それは当然だと思う。

でも、「バリアフリー」を必要としている人は、車いす利用者だけではない。視覚障碍者も、聴覚障碍者も、妊婦精神障碍者なども、「バリアフリー」を必要としている。

それぞれの障碍やハンディキャップが違えば、「バリアフリー」として求めるものは違う。でもそこまで広く捉えた「バリアフリー議論ほとんどなかった。

いつでもどこにでも自由に行ける自由はとても大切なことだと思うけど、毎日、命の危険を感じながら鉄道を使う人のことも思い出してほしい。

からもやもやした。

伊是名夏子さんの手法をもてはやすことは何を呼ぶか?

案の定、伊是名夏子さんの投稿炎上した。あの投稿批判的に見る人は、来宮駅を巡るトラブル作為性を問題にしている。作為性とは、バリアフリーを訴えるために、わざとトラブルを起こしたのではという見方だ。ご本人は否定している。しかし私も実は、作為性はあっただろうと思っている。

現場でのトラブルを、乗車拒否などの強い言葉を使った非難を行い、耳目を集める手法というのは、そのトラブル作為性を巡って反感を買いやすい。

伊是名夏子さんご本人が、それが戦いだとお考えになることは、批判できない。こうしなければ、耳目を集められないという気持ち理解できる。

しかし、何かバリアフリー課題改善したいと考えた時、この手法が一番効果的となってしまえば、他の障碍者も(少々作為性があろうと)トラブルを起こし、それを声高に訴えないといけなくなってしまうのではないか? 私は、そういう状況が本当のバリアフリー社会とは思えない。

そして、あの手法に反感をもつ人と、支援する人との分断は、更に広がったように思う。

分断されたバリアフリー社会とか、笑えないブラックジョークだ。

からもやもやが続いている。

個人攻撃している人にも協力を願う矛盾(心の中のバリアフリー

伊是名夏子さんの投稿に対しては、私も批判的だし、批判する人の気持ちはわかる。

一方、こういったネット炎上が生じると、その人の過去の行動を洗い出し、それらも併せて執拗非難するような行動がよく見られる。晒しと呼ばれる行為だと思う。

かに、伊是名夏子さんの過去の行動で、「それはよくないな」と思う事例はいくつか見つかった。

しかし、既に法的には時効を迎えたと思われる古い過去を、声高に非難する合理性はないように思う。

話は変わるが、視覚障碍者投稿を読むと、白杖を持って歩いている時に誰かとぶつかった後、その人から心無い言葉を浴びせられたという投稿がいくつも見つかる。

他の障碍者ハンディキャップを持つ人も、そういう経験をしているのだろうと思う。

そんな心無い言葉を浴びせる人は、たぶんその人の心の中に、障碍者への「偏見」というバリア障壁)を持っていると思う。

心の中のバリア障壁)は、目に見えるものではないので、取り除く=バリアフリーを作るのはとても難しいと思う。

インフラは整っているが、人の心の中はバリア障壁)だらけのバリアフリー社会って、何かのアイロニーだろうか?

今回、伊是名夏子さんの過去の行動を非難した人の心の中に、障碍者に対するバリア障壁)ができないことを願う。そして本当のバリアフリー社会を作るには、あなたの協力が必要だと訴えたい。

インフラけが整っても、バリアフリー社会にはならない。

たくさんの人の理解と協力が必要だ。

私はまだもやもやしている。

2021-04-13

追記(2021.4.13)→間違ってはいないがミスリーディングanond:20210412194236

何かソースを出せという人が多かったから出す。あと本旨があまり理解されてないっぽいのでそれも再確認する。

前の文の下に繋げようとしたらできなかった(長すぎたのかな?)ので、トラバの方にぶら下げることにする。

フィンランド場合

フィンランド鉄道については、元増田引用したソースの下の方で

"Most stations are accessible." (ほとんどの駅はアクセシブルです)と書いてある通り。

accessibleとは直訳すれば"アクセスできる"という意味で、バリアフリー文脈では障害等に関わらず利用可能状態であることを指す。

ノルウェー場合

ノルウェー鉄道場合、ありがたいことにノルウェー国鉄の全駅の情報が見れる。→https://www.banenor.no/en/startpage1/Search-for-stations/

ここにリストアップされている全336駅中、"Wheelchair access to platform"が無いのは34駅(有っても不完全な駅も含む。完全に無い駅に限ると23駅)。

Vakås駅のページにはアクセスできなかったので、23~34/335=約7~10%の駅が車椅子利用者にとって"not accessible"と言える。

これはド田舎まで含めたノルウェー全土の数値なので、ほとんどの駅でアクセシブルと言ってもいいだろう。「90%程度では"ほとんど"なんて言えない」と言う人は、まあ私と感覚が合わなかったということで一つ。

スウェーデン場合

スウェーデンのほぼ全ての駅に関する情報https://www.dinstation.com提供されている。

掲載されている124駅のうち、アクセシビリティの情報が書いてあるのは97駅、そのうち車椅子アクセスできないエントランスがあるのは12駅。

12%の駅(情報なしは除外して12/97)が車椅子ユーザーにとって"not accessible"である。ただし仮に情報が無い駅を全部"not accessible"とカウントした場合、それは約31%(="accessible"な駅は69%だけ)になるため"ほとんどの駅でaccessible"という私の見解が揺らぐことを、公平のために記しておく。

デンマーク場合

地下鉄エレベーター完備。列車の乗降口はプラットフォームと無段差。追加の支援必要場合列車プラットフォームにある呼び出しボタンが使える。→https://dinoffentligetransport.dk/en/customer-service/rules-and-guidelines/disability-access-conditions/

Lokaltog(地方鉄道の総括,123駅)についてはhttps://www.lokaltog.dk/kunde/handicaphjaelp/に書いてある。これは追記前にも言及済み。

曰く"Du kan som kørestolsbruger, spontant rejse med toget på alle Lokaltogs strækninger uden at aftale nærmere med Lokaltog på forhånd. På de stationer, hvor tog og perron ikke er i niveau, vil togets lokomotivfører lægge en rampe ud./車椅子利用者は、すべてのLokaltog自由事前連絡なしで旅行出来ます。もしプラットフォーム電車の乗降口に段差がある場合車掌スロープを設置します。"

ただし、Østbanen(デンマーク地方鉄道)のLille Syd線ではGadstrup、Havdrup、Lille Skensved、Ølbyの4駅についてはlevel-freeではないため、ここを利用したいなら事前(利用12時間前)にハンディキャップサービスに連絡が必要。そうした場合、最寄りのlevel-freeな駅まで送ってもらえる。

DSB(デンマーク国鉄)の駅に関する情報https://www.dsb.dk/kundeservice/stationer/でみられる。

ここではアクセシビリティとして階段エレベーターの有無が見られる。

リストされている317駅で"階段はあるがエレベーターが無い"駅は30である。またどちらもある駅が129、どちらもない駅(=平屋建て)が156

ノルウェーと同様、9割以上の駅が"accessible"である

「どちらもない駅がバリアフリーとは限らないじゃないか階段がないだけで段差だらけかもしれないだろう」という意見もあるかもしれない。

このリストにはLokaltogの利用駅も含まれており、それらがlevel-freeと見做されている以上、他の駅もそうだろうと考えるのが自然と私は考えた。

ただGadstrup、Havdrup、Lille Skensvedの3駅はLokaltogサイトで言ってる通り階段ありエレベーター無しだが、Ølbyは両方あることになってる。同名の別駅か、最近改修されたのか、情報が間違っているのか。

本旨の再確認

(1)元増田の紹介した例は"北欧でも/では身障者が駅を利用する場合事前連絡必要"という主張には不適切

氏の紹介した例は要予約のサービスであり、別に予約しなくとも駅は使える。

車椅子ユーザーにとって"not accessible"でありかつその支援サービス提供されている駅でのみ発生する事態なのだが、"not accessible"な駅自体が少ないことはこの追記で述べた通り。

なお駅が"not accessible"で支援サービスもない場合は諦めよう。駅員さんが賃金労働で助けてくれたりはしないぞ。

(2)北欧の駅のほとんどはaccessibleで、身障者でも事前に連絡する必要があることは稀。

これには特にソースを出さずに言ったため、疑問に思った人が多かったようだ。なので追記根拠ソースを出した。私としてはこれで十分と思うが如何に。

(3)北欧でも"not accessible"な駅はあり、事前の連絡が必要/事前に連絡してもどうしようもない場合は稀だがある。

(1)と若干被ってるか。事前連絡必要なケースは北欧の方が日本より少ないのは確かだが、無いわけじゃない。(あと必須じゃないがした方が得なので自発的に連絡する人は多い。)

なので"伊是名女史のケースは北欧でも事前連絡必要なケースに該当するかもしれない。"と書いた通り、「北欧なら伊是名女史は連絡なしで乗れたのに!日本は遅れてる!」という意見があるとすればあまり正しくない。

仮に伊是名女史がノルウェーのVieren駅(https://www.banenor.no/en/Railway/Search-for-stations/-V-/Vieren/)に行っても列車に乗るのは不可能だっただろう。この駅なら事前連絡しても無理だろうけど。

ついでに

北欧ではどうやってエレベーターとかきっちりつけてんの?金もつん?という疑問が見受けられた。その疑問に一部答えよう。

法律と金地の利である

バリアフリー化が法律義務付けられてて、駅や列車新築/新造や改修時に基準に沿ってないと許可下りない。

福祉国家故か高い税金分ジャブジャブ注ぎ込む。スウェーデンなんかは何年か前に250億くらい突っ込んでた気がする。

あと平屋建てが多い。エレベーターとかなくともちょっとスロープ付けるだけでなんとかなる。

ぶっちゃけるとド田舎ではプラットフォーム線路の脇を舗装/草刈りしただけとかもままあるため、特になんもしなくても車椅子で行けたり、手作り既製品スロープがポンと置いてあるだけなんてことも多い。

一方でそういう駅ではプラットホーム列車の間の段差はそのままだったりする。

元増田の紹介したサービスで"乗降車の補助"が多いのはそういう背景による。

日本列車プラットホームの段差は少ない(と思う)のでその点では北欧より進んでいるかもしれない。

2021-04-11

「ありがとう」

車いすユーザの人が「ありがとう」と言うのが辛くて云々と言う話がよく出ているけれど、私はこの気持ちがよくわかった。だが、世の中の反応を見ていると、ありがとうを言うなんて当たり前だとか気持ちよく利用するためにそれぐらいの言葉をかけるのは当然だし健常者だってみんな言っている、人として当たり前の行為なのにそんなことも言えないのかといった論調が目立った。

私は睡眠障害を持っている。不眠ではなく過眠の方。必要以上に眠る病気認定されている程度には眠る。は?誰だって眠いし寝られるんならいくらでも寝るだろ?甘えと言う方もいるが、「身内の葬儀中も寝る」と伝えると少しわかってもらえたりする。わかってもらうというよりはドン引きされるというだけだが。あと線路の上で意識飛んで寝そうになった。話盛ってるみたいでやだなあ。

会社勤めをしていた頃も、睡眠障害があった。睡眠状態に落ちるのはランダムで、あるときは息を吸って吐いた瞬間には意識を失っている。眠るといってもキーボードのところに枕を置いてグーグー眠るのではなく、いつもの姿勢で固まったまま、よく見ると目だけ白目をむいているか閉じているかして、そのまま固まっているような形。肩を叩かれたり、声をかけられるとこちらの世界に戻ってこられる。私の席の隣に座っていた同僚が、とんでもない気遣いの人で、こんな私に対しても毎回毎回声をかけてくれていた。大した事ではありませんから大丈夫ですよと言ってくれていたが、酷い時は5分に1度ペースである絶対に面倒で嫌な気持ちになっていただろうに、その人は毎度毎度丁寧に大丈夫ですかと声をかけてくれた。私はそのたびに謝罪し、ありがとうございますと心の底から感謝気持ちを伝えた。

多いときは5分に一度謝罪感謝を述べる生活。ただ生きたい。普通に生活がしたい。すみませんありがとうございます申し訳ありません。顔洗ってきます。がんばります。ご迷惑をおかけします。お手数をおかけしました。本当にごめんなさい。いつも本当にありがとうございます

全て心の底から気持ち。本当に本当にありがたいと思っている。毎回毎回毎回毎回とてもとてもとてもとても丁寧に対応してくださる。嫌な顔ひとつせず、いいんですよ、だってあなたのせいじゃありませんから。わざとじゃないんですから。どうしてこの人がこの世に生まれたのだろうと思う位、聖人の生まれ変わりなのかと思う位の対応をいつもしてくださる方だった。

そこのお前!やれることはやっているのか?そう思ったと思う。

指をつねる、頬を叩く、頭を引っ叩く、ブラックガムを食べる、カフェイン摂取する、病院に行く、十分な睡眠をとる、適度な運動をする、アルコールは飲まない、健康に良くない事はしない、眠くなりそうな時は寝てしまう前に席を立って少し体を動かす。それでもだめな時は勢いよく太ももペンを刺してでも起きる。

結果的には太ももペンをぶっさしたまま眠る人間誕生しました。まあ、大切な人間葬儀中に堂々と爆睡するような人間なので仕方ないけどさ。てへ。

申し訳ありません。ごめんなさい。いつもありがとうございます。体動かしてきます。顔を洗ってきますすみません。本当にごめんなさい。申し訳ありません。本当にいつもすみません。お手間をおかけしてごめんなさい。生きていてごめんなさい。本当にごめんなさい。ごめんなさい。

こういう頻度で人に感謝を述べていると、人は頭がおかしくなるので注意だ。ソースは私。でもこんなんでも睡眠障害ってよくわからんけど分類ごと行政放置?されてるから障害者ではないのです。手帳出ないのよ。イエーイ。

車椅子ユーザーの一部の方がありがとうと伝えたくないと書いていたのはこういう気持ちを綴ったものだと解釈しているけれど全然違ったらすいません。ここに書いた感じの気持ちなら分かるよ。そうじゃないならよくわかんないけど。

伝えたくないというか、めちゃくちゃ伝えたいんだけど、これを5分毎にずっとやってると「よし!自分、そろそろ死ぬか〜!」のスイッチ入りそうになっちゃうんですよね。いやありがとうって全然言うんですけどね。口ではありがとう、助かりました!って言いながらよーし死ぬか〜!!!ってなる。だからね、みんな健康に生きた方がいいよ。この文章車椅子云々の話何も否定肯定してません。おわり。

2021-04-09

痴漢の言いぐさが撮り鉄酷似

当方不運にも撮り鉄に関わる機会のあった者だけど、

https://anond.hatelabo.jp/20210408230226

があまりにも撮り鉄の異星人感と似通っているので衝撃を隠せない。

 

撮り鉄みたいに日本語話してるのに全く意志疎通不能人種他にいるの?」と思って今まで生きてきて

アイドルオタクの中のピンチケとか言われる特別マナー悪いクラスタが一番似てると思ってたけど

この増田痴漢掲示板まとめはもっと撮り鉄に似てる。

今まで探してきた集団の中で一番撮り鉄に似てる。

 

 

正義くんは嫉妬してるんだろう」「こういう奴に限って痴漢AVで抜いてる」と言いたい放題。「女の子OK娘で受け入れてるのに、偽善的な正義くんのお節介のせいで可哀想!」と認知が歪みきっている。

これ撮り鉄キセル行為を捕まえた駅員に対する撮り鉄達の反応と同じすぎる。

自分達は客だとか鉄道を盛り上げて協力してる存在なのにとか自由撮り鉄嫉妬してるとか

支離滅裂理屈だけど心から自分達の不法行為取り締まりに怒り狂ってる感じがそっくりすぎる。

特に突然出てくる嫉妬とか既視感ありすぎ。

  

 

一人称ワイの痴漢常習犯通称ワイさんが嬉々として度々「今日のレポ」と痴漢体験投稿している。それを「ワイさんさすが!」などと持て囃している。彼らにとって、大胆な痴漢ができるほど尊敬対象らしい。

これもまんま撮り鉄と同じ。

撮り鉄撮影のための大胆な位置取りや前衛的な手法を取るものほど尊敬される。

線路内に立ち入ったり私有地に入り込んだり勝手に人の物切ったり撤去したりすることに称賛。

誤解しないでほしいけどワルぶってるとか逆張りとかじゃなく純粋に称賛してると思う。

 

そういう行為について、悪いことしてるって感覚全くなくてむしろ権利意識が強い。

人の敷地勝手に入って「邪魔する枝」をきって撮影環境整えた撮り鉄が同じポジションに来た撮り鉄縄張り料というか整備料を要求することもある。

 

 

ただ一人だけ良心を見せた奴がいた。

「いつもOKだと思って痴漢してた子に抵抗された。ずっと嫌だったんだな。もう痴漢やめる。ここには来ない」と書き込みがあった。

だが、「また戻って来いよ」「OKだってたまには嫌がる時があるさ」と足を引っ張るレスが付いていた。

これもそっくり

撮り鉄はさんざん迷惑行為だって非難されまくってるのに、なんでか駅員にも一般利用客にも自分達は迷惑掻けてないし嫌われてないっていう認識がある。 

 

から迷惑行為に対して注意されたり嫌悪感を見せられるとも逆に激昂するし、仲間内で「被害報告」をして撮り鉄邪魔になった駅員や利用客を叩きまくって溜飲を下げる。

 

というかそもそも駅員や一般客のほうこそしばしば彼らの撮影ルーチンの邪魔になる危険因子であり(彼等は写真に人が入るのをウルトラ嫌う)、「邪魔をされた」ときめちゃくちゃ怒り狂うし、むしろ自分達の方が迷惑かけられてる側みたいな感覚が全員にある。

 

その痴漢の話読んでて独特の思考回路というか感性があまりにも撮り鉄に似てる。

 

  

撮り鉄に関わることあって唖然としてからしばらく調べたりやりとりしたりしてわかったけど、彼等は本当に何回嫌がられても、ネット批判を受けても、自分行為正当化する方向で認識記憶がネジ曲がっちゃう

 

これ、こういう風に書くだけだとあの異様さの半分を伝わらないかもだけど。人生で異常な人や集団に遭遇した経験ある人かそうでないか想像のしやす全然変わると思う。

 

 

こういう結論どうかと思うけど、あれなんていうか、理屈で説得したりわかりあったりするの無理だよ。

撮り鉄行為痴漢行為という自分のやりたい行為が先にあって、そこは絶対に動かなくて、理屈認知はあとからつじつま合わせてきに出てくる感じ。

虫っぽい。人間と話してる感じしない。

 

人間悪人じゃなくてなんか、慎重に言わないといけないことだけど、脳になんかある気がしてならない。

痴漢の話で「良心を見せたただひとり」って、良心があったというより他のに比べて症状軽いボーダーラインなんじゃないの。

撮り鉄でもたまにそういう「我に返った」みたいなの現れるけど回りと全く話噛み合わないまま見送られてる。

2021-04-08

もういいって

「お前のことはもう信用できない。これ以上は任せられない。引け。」

と言われてしまった。

こういうのって公式評価にはなぜか載らない。でも、噂として光の速さで伝播する。

どこへ行っても発車位置は後退し、線路も折れ曲がり、なんなら置き石までされるだろう。

終わった。

自業自得自己責任か。働くって厳しい…

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