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2019-02-23

anond:20190223150633

 どうしてそうなったかと言うと、戦後 公職追放戦前の優秀な先生たちが学校をやめされられたから。その先生たちは会社に入り新人教育や人事を担当した。そのおかげで会社レベルが一段上がった。パナソニック前身松下電器なんかもたくさんの先生を雇った。高度成長期、「会社に入ってから勉強すればいい」と言っていたのは会社の中に、元は先生の教えるのがうまい人たちがいたから。

 こうして会社の中に教育システムがある企業文化が生まれた。この企業文化企業海外進出したとき非常に役に立った。現地で雇った学歴の低い人たちにもカリキュラムに沿って丁寧に指導するのでみんな仕事ができるようになった。タイなんかでも日本企業が評判がいいのは、まるで学校のように意識改革から実践までを丁寧に教えてくれるから

 一方、優秀な先生が抜けてしまった学校の方はどうなったか。酷くレベルが落ちた。今でもレベルが低いままの学校がたくさんある。

2019-02-15

CS学士号通信制で取りたいんだけど、どの大学に行けばいいんだろ

自分高卒で、今はWEB系のエンジニアとして自社開発の会社で働いている。年齢は20代前半。

将来的に海外で働きたいなと漠然と思っていて、ビザ関係CS学士必要なんだなということを最近知った。

https://medium.com/@sakamoto.kazuki/2017-12-demystifying-us-visa-f596529701a3

もし自分が今後海外で働きたくなっても、学歴ビザで道が閉ざされるのは少しさみしい。そのため、若いうちに学士号だけでも取っておこうと思っている。また最近ホットエントリでも「文系でもエンジニアになれる」とか「エンジニア学歴関係ない」とか聞くけれど、やはり自分としては、これから何十年もソフトウェアエンジニアとして働くために基礎的な知識を一度付けておきたいと感じている(数学英語も含め)。

ということで、通信制で働きながら卒業できる大学を探している。夜間学校視野に入れたけれど、これから4~5年間同じ場所に住んでいるかは分からないし、もしかしたら遠方へ転職するかも知れないという理由選択肢から外した。

今のところ、通信制CS関連の学士号を取れる大学は3つほどあるらしい。

帝京大学 理工学部情報科学通信教育課程

 └学費は4年でおよそ80万円

 └スクーリングが少し負担だが、科目修得試験は隣の県で受験できるらしい

 └卒業率が一割程度と低いのが少し気になる

サイバー大学

 └学費は4年でおよそ280万円

 └スクーリング無しは魅力的

 └卒業率が76%らしいが、これは何を意味するのだろう

北海道情報大学通信教育

 └学費は4年でおよそ100万円

 └経営情報学らしいので「経営にも軸を置いている→自分CSをメインに学びたいから合わない」と判断している

懸念点①:学費

サイバー大学に関してはスクーリング無しで通えるという点が魅力だけれど、いかんせん学費が頭一つ抜けて高い。そもそも大学学費はこんなものなのか?(帝京大学などが安い理由が知りたい)。幸い貯金はあるので出せないことはないものの、将来的にアメリカ修士号を取る時に数百万円はかかると思われるので、なるべく出費は抑えておきたい。

懸念点②:学士号の種類

正直、学士号の微妙な違いが全く分からない。帝京大学工学学士サイバー大学IT総合学士なんて書いてあるけど、自分には何がどう違うのかがいまいち想像できない。とあるブログでは「サイバー大学で取得できるのはIT総合学の学士だが、自分工学学士が欲しい。」と書かれているが、工学でないと海外ではCS扱いされないとか、そういったものがあるのだろうか?。学士号の種類については、何で調べればいいのかも分からない、というレベルで路頭に迷っている。

一応、それぞれのカリキュラムが書かれたページリンクを載せておく。

[帝京大学](https://www.teikyo-u.ac.jp/faculties/correspondence/science_tech/subject/curriculum.html)

[サイバー大学](https://www.cyber-u.ac.jp/faculty/it_carriculum.html)

今のところ帝京大学に行こうか迷っているが、そもそも学士を取らないという選択肢もあるんじゃないかと頭によぎったりする。というのも、日本支社から海外にある本社へ転勤するパターンも珍しいがあるみたいで、そういった抜け道が今後数年で芽生えてくる可能性もある、という淡い期待も抱いたりする。ただおそらく正攻法としてアメリカCS修士を取ることになると思うし、そのためにはやはり学士必要になる。また日本大学だと、数学などは別として技術に関しては少し時代遅れ知識を詰め込まれるだけなのでは?という不安もあったりする。

とにかく一人ではこのまま一生結論を出せずにいそうなので、どなたかアドバイスを頂けると嬉しい。

2019-02-13

プログラミングスクール情弱ビジネス

ついにエンジニアとは関係ない趣味Twitterアカウント

プログラミングスクールに通うとか言い出す子が出てきた

ちなみに彼女バンド活動しながらフリーターやってる

正直「やめた方がいいよ」って言いたいけど

本人がやりたいって思ってるなら他人がどうこう言うのは違うから何も言えないけど

それでもプログラミングスクールが乱立してそれに通ってる人みてるとつらいよね

どれくらいひどいかっていうとHTMLCSS覚えればフリーランスになれると思ってるようで

さらに「差別化」でデザインWordPressマスターすればかなり稼げるらしい

たぶんそのスクール簡単LP制作を教えてできた気にさせてるんだろうね

良心的なところはRails簡単アプリを作らせるみたいだけど

それでも基本的なところも理解させないでやっぱりできた気にだけさせるんだろうね

教えてる人も一線で働いてる人は講師にはならないだろうからレベル低いだろうし

そんな状態だとフリーランスどころか何とか就職しても現場についていけるのは

たぶん10人に1人いればってかんじだろうね

経験的に職業訓練あがりの人はできない人多かったし)

知らない人からしたらちゃんとしたカリキュラムなのか判断できないし

普通エンジニアはそういうプログラミングスクールレビューとかしないか

こういう情弱ビジネスがのさばっていくんだよ

この記事が巡り巡って彼女の目に入ればいいなと思いながら

2019-02-09

大学に通っているが不安

僕はアメリカ大学Computer Scienceをundergraduateで専攻しています

大学自体レベルTOEFLスコアが80あれば入れるぐらいです。

今は2年次ですが各学期に専攻のクラスを一つ以上取っている状況です。

基礎教養に当たるクラスが60単位ほどあるのでそれと並行して進めています

先にアメリカ大学に入った経緯を話します。

中学高校とまともに学校へ通わずに、だけど高校通信制だったので欠席分の課題を何とか終わらせ無事に卒業しました。

大学担任に勧められるまFランに入ったのですが友達も作れず一年も続かずに退学しました。

それからフリーターしながらダラダラと生活していて、二十歳を迎えます

高校友達担任とその辺りのタイミングで再開した時に自分人生方向性を深く考えられました。

唯一英語だけは人生のいろんな場面で触れる機会があり、それを活かしたいとも考え留学に決めました。

両親に掛ける負担一般的学生に比べて半端ないと思いますし、それは一生を通しても清算できません。

なのでせめて、失敗だけは絶対にしないという心構えで取り組んでいます

話を戻します。

入学当時プログラミングに関して、僕はスッキリわかるjava入門を通読した程度で、他の知識は皆無でした。

今まで取ったコンピューターの基礎クラス2つはjavaが主で、試験選択+プログラミング問題(これは10行に満たない簡単もの)でした。

もう一つのソフトウェア開発はc++を用いて、後はlinux基本的なsyntaxを覚えました。

基本的にどの講義で習うこともネットで調べれば(geeksforgeeksなど)独学は可能で、

特に日本人なら良い日本語書籍に恵まれているので学費コストを考えたらUdemyでかなり節約できるだろうなと思いました。

それ以外の雑多なクラス(日本の基礎教養カリキュラムはあまりからないのですが、歴史生物学英語理系文系関係なく取らされます。)

も新しい知識を得られる意味では楽しいと思えるのですが、それが大学を出た後にどう自分を助けてくれるのかは想像できません。

Computer Science自体カリキュラムざっと眺めると高水言語からアセンブリなどの機械語に近いもの必須クラスで学び、

後はOS機械学習プログラミン言語のprinciples、など選択で取る流れになっています

これはどの講義でも言える事だと思うのですが、1セメスターで一つの内容に対する深い理解を得るのって時間的に厳しい所があります

上辺の理解でも試験対策さえすればAを取るのはそう難しくなく、そのまま次の学期に移行してしまます

僕が懸念しているのは、このまま卒業すると間違いなくただのジェネラリストになってしまうんじゃないかって事です。

自由時間を使って書籍なりUdemyなりで技術を身に付けるのが最善策ですが、要領よく課題と並行してやるのは難しいです。

まだコンピューターに対する理解が浅く、注力したい分野を定められていないのも不安を抱く要素なのだ理解しています

ただ、モチベーションの為にも現状の学業に対する認識を改めたいという考えが強くあります

最後まで拙い文章すみません

努力しない人にあわせる社会は衰退する(日本国も同じ)

僕の持論だけど、努力しない人にあわせる社会は衰退する。

身近なところでは高校運動部が手を抜く生徒にレベルをあわせていると強豪にはなれないし、

企業だって頑張っている人に報いる人事評価システムがなければ、人材流出したり手抜きや現状維持が横行したりしてしまう。

外発的動機よりも内発的動機重要、とはいわれるが、

普通の人は外発的動機や周囲からの刺激で努力を始めることが多いのだから

努力する人に有形無形の報酬を与えたり、ちょっとストレッチすれば届くところに目標を設定してあげて努力するように促すことは重要だ。

けれども、努力してなくてもやっていける。このような環境では創意工夫するインセンティブがなくなってしまう。

では日本社会はどうか。

ちょっと高い自動車電気製品が発売されたら、ネット上で「俺たちは金がないのに!」と怒る人たちがいて、そういう主張が普通に受け入れられている。

転職して収入を上げようという議論のほうが健康的な考え方だと思うが、そういった方向に話が進むことはあまりない。

昔、年金制度ができたときには日本人平均寿命が65歳、年金受給開始が60歳だった。ギャップわずか5歳だ。

今、日本人平均寿命は80歳に伸びたのに年金受給開始はそこまで伸びていない。つまり働かずに食っている老人が増えた。

65から年金受給して当たり前という雰囲気があるが(まあ、法的な意味では当たり前ではあるのだが)、その分現役世代負担が増えている。

まり働かない人にお金を与えて、はたらく人からお金を取るという構図が、昔よりも強化されている。

障害を持っていて働けない人や出産育児で忙しい人に再配分するのは当たり前だが、

働ける人には働いてもらおうというのが普通の発想だと思う。

働ける人をわざわざ定年で会社から追い出して、しかもその人たちにお金を配っているのはおかしい。

日本人は、僕を含めて、外国人よりも努力していないと思う。

社会人の勉強時間といった統計データもそうだし、実感としてそう感じる。

僕の職場にはアメリカ人ドイツ人中国人インド人などがいるが、みんな日本人よりも努力している。

社会人になってから努力もそうだし、

うちの職場は最低で修士号、3割くらいは博士号という感じなのだが、大学を出たばかりで入社してきた時点で日本人よりも優秀。

アメリカ中国を出てうちみたいな会社に来るくらいだから本国ではどちらかといえば落ちこぼれなはずだけど、それでも日本人よりは優秀。

大学には、カリキュラムの内容をもっと最新の研究の動向に合わせて更新していってほしい。

大学に行く余裕が無いので就職したという人がいるが、

大学学費生活費奨学金でまかなえるとして(そのようにすると僕みたいに大学を出た時点で何百万円もの借金を追うことになるが、それでも高卒で働くよりも裕福になれる)、

高卒で働かないと家族が食っていけないか大学には行かないという人がいるのが滅茶苦茶だ。

そのような親は親としての義務果たしていないと思う。もしくは、障害などで働けないなら国が障害年金支給すべきだ。

そんな貧乏な家庭の子供が大学に進んで努力したいという意思を持っているなら、国はそれを救ってあげないといけないと思う。

国民全員に100億円給付してもらって全員が大富豪になることができればいいのだけど、

あいにくと日本は失われた30年で没落し続けてきたし復活の見込みが無いのだから

誰にでも無限にばらまく訳にはいかない。努力する人をまずは支援すべきと思う。

ちなみに、努力じゃなくて結果に対して報酬を支払うべきだという話も多いけど、

僕の考えとしては努力と結果の両方に報酬を支払うのが当たり前だと思う。

努力が結果につながるまでは時間がかかるわけで、結果が出るまでの間もインセンティブを与え続けて努力を促してあげないとやる気を無くしてしまう人が社会には多い。

日本は30年後には中国征服されているだろうし、早くアメリカ永住権を取りたいなあ。

アメリカ世界中に軍を展開しているのに対し中国東アジアにのみ注力していればいいのでいずれ中国が優勢に立つし、核兵器を持つ中国に対して日本自衛隊はほぼ無力なので人民解放軍東京湾に来て「今日からここは中国領土だ! 日本人男性は去勢するし日本人女性は漢民族結婚させる!」と言ったら抵抗できないと思う)

結局、学歴がいい奴は仕事ができる

まず言っとくと、自分高卒

自分場合、学が無くても何とかやってこれたので、採用する側に立っても「学歴なんて関係ない」と思っていたが、過去採用を振り返ると、学歴が良い奴は仕事もできる傾向にあった。

中には学歴があっても仕事ができない奴も居るが、逆はずっと少ない。つまり学校が悪くても仕事ができる奴っていうのは、本当に少ない。皆無と言ってもいい。

仕事の出来不出来や成長度合いを決める最も大きい要素は、「努力する才能」だと思う。後は、精神と肉体のタフさ。

学歴っていうのは、そいつが少なくとも一時は努力したことを示しているし、勉強のし過ぎで精神や体を壊さなかったことを示している。

もちろん、ブラック労働なんてのはもってのほかで、精神にも肉体にもゆとりをもって仕事をするべきだと思っているが、良い学校に行っていた連中は「精神と肉体にゆとりを持ちながらフルマラソン完走する」みたいなタフさを持っていたりする。

逆に、そうじゃない連中は、ちょっとした負荷に耐えられずメンがヘラる。これは、各々が持って生まれ特性なので、弱いからって責められる言われは一つもないが、社会に出て大きな仕事を成し遂げることは難しい。

その辺のところを仕分けるのに学歴っていうのは良くできていて、粒を揃えるフィルターとしてうまく機能している。

うまく機能しているからこそ、ほとんどの企業がその機能に乗っかって採用を行っているんだと強く感じる。

受験制度改革して学校の在り方を変革させるのは構わないが、学歴社会学歴社会でうまくいっている部分もあるので、これを否定するのではなく、この便利な仕組みの上にもっと有意義機能を乗せていって欲しい。

具体的には、学生学部やその先で学んだことを企業が活かしていけるような仕組みになったら良いと思う。

これは、ぶっちゃけ企業が悪い。

専門分野を持った学生入社してきて大きな顔をされたくないというコス根性から学生に「無色」であることを求めた結果だ。

学校側もそれに忖度して、無色な学生を出荷しようと教育カリキュラムを練り直す。これを戦後70年間も繰り返してしまった。

今となっては、お互いがお互いを縛りあう呪いに化けてしまった。

今更これを変えるのは中々に骨の折れる仕事だとは思うが、何とか頑張って欲しい。

2019-02-06

anond:20190206140406

学校で十分な教育があるなら構わない

いまの日本カリキュラム上それで十分にはなってないでしょ(教師個人自由裁量で教えるケースはあるだろうけど稀)

2019-02-03

anond:20190203090555

電通大評価するよ。みかか官僚になるよりもっといいとこあると思うけど。

理科大・・・ハードカリキュラム卒業してきたのはわかるけど・・・早慶通らなくても地帝ならなんとかなったはず。どうしても東京にいたかったというなら君はほぼ文系です。

2019-01-23

バスに乗ってたら小学生(?)が大量に乗ってきた

いつも通りバス通勤してたら教員に引率された小学生(?)らしき集団30人弱が大量に乗り込んできた。

アポも無さげだったし人数と料金の確認をおっ始めるし。しかも大した距離も乗らずに降りていくし…!

何のカリキュラムかは知らんけどさ、世の中には9時台が出勤時間人間もいるんですよ…!


……そういえば電車通勤してたときも9時台に遠足っぽい集団に遭遇したな…

辞めろとは言わんけどもう少し時間を選んでくれんかな…

2019-01-20

なんとなく生きてきたけど

今までなんとなく生きてきた。

なんとなくでもそれなりにこなすのは得意だった。

ただ、それなりにこなすことができれば満足して、それ以上の努力はしてこなかった。

いや、努力が苦手だった。楽しいことだけを好んでやっていた。

漫画だと一夜漬けのシーンは数コマで終わるのに、学生時代に真似したところで一夜漬けを始めて1時間で眠りこけてた。

から将来の夢を見つけることもできなかった。

ただ、なんとなく生きていた。

小学校の頃は勉強しなくてもテストは満点近かった。

この頃から目立ちたがりだった気がする。

中学校では生徒会長もやっていた。

テストの点数は右肩下がりだったが、問題のあるレベルじゃなかった。別に焦りもしなかった。

面白そう、という理由総合学科高校入学した。

そこには確かな夢を持った同級生がたくさんいた。

きっと自分高校の3年間でやりたいことを見つけられるんだと信じていた。

3年間で彼女がいた時期もあった。自覚は無かったけど、所謂青春がそこにあったんだと思う。

ただ、将来の話題になると、具体的には何も思い浮かばなかった。

卒業前に題材自由ミニ卒論を完成させなければいけないんだけれども、題材を考える時間が一番長かった。

大して時間もかけずに、陳腐な内容で適当お茶を濁して終わらせた記憶が残ってる。

学科柄、就職を進路に決めている人が多い中、なんとなく進学を決めた。

成績も優秀では無く中の下に成り下がっていたので、推薦入試も使えなかった。

やりたい事がみつからいからこそ、少しでも有名な大学に進学しなければと考えていた。

そんな後ろ向きな目標必死勉強することも出来ず、受験勉強もなんとなくだった。

一般受験をする生徒は珍しいので、同級生先生応援してくれた。

ありがたかったけど、反面全然勉強してない罪悪感も辛かった。

結局第一志望のMARCHは落ちた。

現役時代ですらまともに勉強できないのに、浪人が出来るとは思えなかった。そのまま第二希望で1ランク下の大学入学した。

就職した同級生は皆輝いていた。何とかして自分も輝きたくて焦った。

でも、何となくで入った心理学科の授業はまったく面白くなかった。興味も持てなかった。

時間だけは沢山ある中、ネットゲーム実装されたばかりの対人コンテンツランキングに入ることが出来た。

ゲームのフレンドから賞賛された、知らないプレイヤーに声をなんどもかけられた。

そしてなにより、自分名前ランキングボードに載っている事が最高だった。

一度ランキングに載ってからはそれまで以上に時間を費やした。

ただ、それも長くは続かなかった。

コンテンツ人口が増え、コミュニティや戦い方が成熟し、要求されるスキルが上昇していくのについていく事が出来なかった。

声をかけられることもパタンとなくなり、かといって追いつこうと練習することもなかった。

ゲームですら努力はできなかった。

ランキング上位への熱意も冷め切って気づいた頃には、単位の全く取れてない留年確定の大学生がそこにいるだけだった。

留年して通学する貯金もなく、そもそも心理学への興味が一切なかったので大学中退した。

兎に角働かなければ食っていけない状況に追い込まれて、SIer就職した。

面接で「君と是非働きたい」なんて言われて浮かれたけど、今思えば誰にでも同じことを言ってるに決まってる。

最初に配属された現場プログラミングのプの時も無い倉庫整理だった。

中高と体育会系部活所属していたので、上下関係には慣れてたし、挨拶や体力に問題はなかった。

それなりにこなすだけで雇用元の社員にも気に入ってもらえた。

「直接雇いたいから連絡をくれ」と言われたが、22歳の自分にはこれからずっと倉庫整理で食っていくなんて考えられなかった。

何と言えばいいのか、変なプライドがあったんだと思う。

小中高と目立ちたがりだった自分がそんな誰にでも出来る仕事をこなして爺ちゃんになるなんて考えたくもなかった。

契約期間も終わり、次の現場通信系の検証業務だった。

プログラミングのプくらいはあるかもしれないが、

メインはExcelに書いてあるように操作して、PASSかFALSEをつけていくだけだ。

これもそれなりにこなすだけだったけど、最初倉庫整理よりかは給料がよかった。

今まで買えなかった漫画ゲームを買える経済的余裕もでてきて、

毎月の給料で今まで金銭理由で楽しめなかったコンテンツを味わって2年が経った。

ゲーム漫画楽しいけど、仕事は相変わらずそれなりにこなすだけだった。

それなりにこなして、小さなチームのリーダーにもなった。

といっても特段業務内容に変化は無かった。

このまま何となく勤続年数に応じて給料が上がっていき、何となく生きていくんだろうかと不安になったし、まあそれでもいいかと思うようになっていた。

けど、変わった。

年末山手線高輪ゲートウェイ駅開通のテレビCMを見たときに急に何かに気づいたような感覚に襲われた。

テレビCMを見てそんな感覚になったのは初めてだった。

「あ、これがやりたいことだ」と感じた。

これ、というのが簡潔にいうと「自分が関わったのがわかる形で"何か"を作り、残したい」だった。

言い換えれば、自分存在を認めてもらいたい、つまり承認欲求が溜まりに溜まったものなんだろうか。

から目立ちたがり屋だった事、ネトゲランキング名前を残すことに躍起になっていたこからも、人より承認欲求特に高いのかもしれない。

"何か"は別に高輪ゲートウェイ駅みたいに実体である必要もない。

なるべく多くの人にこれは自分が作ったんだといって見てもらいたい。

具体的ではないけど、夢に近いものテレビCMを見て気づいた。

義務教育プログラミングカリキュラムが導入されているこの時代スタートは遅いけど、まだ諦めるには早いのかもしれない。そう思った。

どうすれば「"何か"を作る事」に近づくことができるかを考えて、開発側の業務に移れるようPythonの勉強を始めた。

Progateでチュートリアルやった後に何に手を付ければわからなくて、既に壁にぶつかってる。

きっとここから努力するってことなんだろう。

特にスキルも身につけずアラサーを迎えたITエンジニアだけど、この気持ち言語化してみたくて書いた。

やりたい事が見つかったからなのか、敬遠していたFaceBookを見ることができた。

文化祭映像を作ってた友人はYoutuberになってたし、高校卒業前に惚れてた笑顔が素敵な女の子舞台俳優になってた。

Facebook自体がそういう場所から、というのはあるかもしれないけど、いまだみんな輝いている。

もし、何かみんながわかるようなものを作って残せたら、またここで報告したい。

2019-01-16

教師百姓は絞れば絞るほど出る

それがはてブの総意じゃなかったの?

教員の働き方がブラックすぎて、教育学部の倍率がヤバイことに。 - Togetter

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1309183

日本英語力は国際的に見ても壊滅的だから英検上級TOEIC高得点を持っている教師に低学年からの厚い教育を期待するんじゃなかったの?

情報理論時代遅れ知識ではなく、プログラミングの実務面にも明るい教師を求めるんじゃなかったの?

運動会で組み体操などの危険演目に走らずとも児童全員に見せ場を用意し、児童安全にも完璧配慮できる教師を求めるんじゃなかったの?

児童エスニックバックグラウンド多様性配慮して、日本語が拙い児童にも個別ケアし、場合によっては外国語しか話せない保護者の方ともコミュニケーションを取りつつ、誰もが劣等感を抱かず自分アイデンティティに誇りを持てる教室作りを目指すんじゃなかったの?

発達障害運動協調障害児童にも配慮して、誰もが自分のペースで学びを深め、体育の時間にも競技安易やらせて終わり、ではなく運動が本当は楽しいことを伝えるべき素質が教師に求められるんじゃなかったの?

糖尿病や重度身体障害知的障害児童特別支援校や特別学級へと排除するのではなく、適切なケア提供しつつインクルーシブ教育を推進するのが今の教師なんじゃなかったの?

家庭科では子供を持たない人生もあっていいことなど多様なライフタイル存在を伝え、ジェンダー平等の追求だけでなく性的少数者児童にも寄り添い、誰もが自分の性のあり方に誇りを持てる性教育実践家としての教師、じゃなかったの?

アルビノの生徒に髪を染めさせるような人権侵害言語道断として、そもそも無意味校則子供達を縛るのではなく、自主性を尊重した上で公共心を養わせ、自分達の手で自然ルール作りを行うことのできる場を教師提供すべきなんじゃなかったの?

さくらんぼ計算や掛け算の順序、漢字の瑣末な書き順といった意味不明カリキュラムに拘泥するのではなく、生徒の多様性教育本質理解し、かつ学びが速い生徒の能力尊重してカリキュラム外の高度な代数三角関数を用いた解法を用いた算数の答案にも合格点をつけられる教師21世紀のありうべき教師像じゃなかったの?

イジメを未然に防げるよう児童同士の関係性を日々気にかけて、それでも起きてしまったら迅速な関係児童へのケアと関連公的機関との連携さら社会へのコンプライアンスを全うできない教師は失格じゃなかったの?

何、あらゆる事態対処できる有能な人材は有限だとか、私生活のことも考慮すると教師一人一人の時間は有限だとか、トレードオフ構造を今さら理解しましたみたいに、皆しおらしくなっちゃってるのよ。

2019-01-15

anond:20190115145230

代アニなど専門はやりたいこともやれないし食えもしないから身内としては勧めないけど

能力とやりたいことに見合った進学先が専門学校ならそれを選べばいいじゃん

代アニ専門学校まりだが

漫画専門学部でいえば京都精華大学もある。

が、カリキュラム就職先見ても別に楽しそうではないから人気がない?

卒業生集英社採用されれば

東大文学部より難しくなるかもしれんよ

 

2019-01-14

anond:20190114184303

学部によって事情がかなり異なると思います法学部系であれば、地元公務員では最大派閥です。早慶なんか目じゃありません。教育学部も同じ。文学部系は学者になるのはちょっときびしいので高校先生をめざしましょう。理学部工学部学部勉強では旧帝大と遜色ないカリキュラムが受けられます。しっかり勉強して東大京大の院に行く人も沢山います駅弁大卒からノーベル賞を取った人が3人もいます私立大卒からは一人もいません。ただ、少し前に富山大企業社長県内出身者は採用しないと発言して物議を醸したことがあります地元が好きで地元に貢献したいというのは素晴らしいことですが、地元しか知らないというのでは比較対象がないので、成長に限界があります若いうちにいろんなところに言ってみましょう。その際、東京よりも世界を見てきた方がはるか勉強になります東京若者でも海外に行きたがらない人が増えているので、マウンティング仕返すことも簡単です。海外経験して視野が広がれば学歴マウンティングなんてどうでもよくなりますけどね。

anond:20190114184303

地方出身関東の有名私大卒で、地方出身地ではない)国立大教員工学部経験者です。

地方国立大には、地元出身者と、とにかく国立大学を目指して、偏差値ランクで入ってくる学生がいて、私がいた大学では前者の方が全体的に伸びしろが大きいイメージでした。

学力的な意味もあるし、都会の私立大学を中心に何を教えているのか分からない横文字学部が増える中で、地方大学は基礎的なカリキュラムを丁寧に教えているので、まじめに授業を受けている学生はその意味でも基礎力が付いている印象でした。個人的には、学生に対する評価は高いです。地元出身学生には、旧帝大や有名私立匹敵する学生も少なくなかったです。

では何が違ったか

それは、ここで出てきた「情報を調べてマウンティングする能力」に近いものかも知れません。

東京は、何かのレベルが高いというだけでなく「その価値観を、メディアを通してあたか普遍的もののように発信する」ことに長けたところです。東京にあるものや、東京の人が見たり食べたりするものを、あたかも全国で流行っているかのように発信します。そして東京の有名大学に行くと、マスメディアに勤めているなど、情報を発信する側に立った先輩と会う機会も出来ます。(卒業生東京で働いているので、距離が近いのです)

で、地方出身学生は、最初そういう状況にびっくりして、次に過剰適応しようとするわけです。山手線ゲームのために一生懸命駅名を覚えたり、メディアで紹介された店に行ってみたり(近いからすぐ行ける)、久しぶりに地元で集まったときに、同級生同士で東京あるある話をしてみたり。その中で、自分出身地は自分にとっての黒歴史のような気分になってくるわけです。

地方出身者が一度は通るはしかのようなものです。あまり気を落とさず、そういうものだと見てあげてください。

今は、インターネットもあるし、情報発信において東京の優位性は昔よりは下がっています東京で生まれ育った人には見えていない現実が沢山あって、地方からそういう実情を発信していく必要があることも私自身痛感しています。ただ一方で、大きな意志決定はたいがい東京で行われていることも事実です。なので私は学生には「一度は東京に出て、人やお金情報がどう動いているか見なさい、その後、地元で働くか東京で働くか考えなさい」と伝えていました。

地方が、自分価値情報発信の必要性に気付かずに、勝手コンプレックスを抱えて自滅していくのを、私なりにも残念な思いで見ていました。いろいろな経験を積んで、東京地方か、旧帝大駅弁か、みたいな価値観に縛られずに、広くフラット世界を見れるようになることを願っています

2019-01-08

三角関数

三角関数ネタがまた流行っている。このネタについて前に書いた文章なのだが,Haikuが消えるそうなので増田に転記しておく。

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100文字だと言いたいことが伝わらないような気がするのでHaikuで。

今回の県知事発言に対して「いやいや三角関数も役に立つよ」とか「確かに役に立たないけど進学には必要だよね」とか「〇〇も役に立つから教えるべきだよね」という意見は,全て正鵠を射ていない。

そもそも,「学校では役に立つことを教えよう」という考え自体教育をゆがめることになる誤った考えなのだ

理由はいくつかある。

一つ目の理由は,ジョブズの有名なスタンフォード大卒業式のスピーチ「点と点をつなげる」を読むとわかる。リード大学で学んだ「カリグラフの講義」という,おおよそ役に立つとは思えない授業で学んだことが,人生で大きな判断をするきっかけとなり,やがてそれが世界を変えることにもなった,という話だ。

人生において,学ぶことが役に立つか立たないかを,事前に判断することはできない。予想はえてして大きく外れるものだ。またある人の人生の役に立った知識が,ほかの人の人生に役に立つとは限りらない。あらかじめ役に立つと予想したものだけを学ぶことは,人生可能性を大きく狭めることになる。

二つ目理由は,基礎的な教科を学ぶ目的が頭をよくすることだからだ。

人は腕立て伏せ人生必要からやるのではない。腕立て伏せをすると,腕の筋肉が強くなる。強い体が欲しいからやるのだ。

数学のような「普通科カリキュラム」は,受験のため進学のために学ぶものではない。それは論理的思考を身につける訓練をするために学ぶものだ。思考対象モデル化し,抽象的な論理にそって展開し,結果を得るという作業は,極めて高い思考能力要求される。それを繰り返すことにより人間頭脳は鍛えられる。

複雑な運動をすると体と運動神経が鍛えられるように,複雑な思考をすると頭脳が鍛えられるのだ。

三つ目の理由は,効用目的とすると教育崩壊をうむからだ。これは私の考えではなく,内田樹が著書で述べていることだ。

たとえば,簿記知識人生必要だ。だが,それを得る手段選択肢としては「自分簿記を学ぶ」と「簿記専門家知識を金を払って利用する」の二つがありうる。効率を考えると,後者選択するほうが合理的だ。さら効率を追求すると「簿記専門家知識をただで利用する」方法模索するようにさえなる。

学問効用教育目的としてしまうと,いかに少ない労力でその効用を得るか,という方向に人間思考はむくものだ。たとえば大学卒業目的が「就職でのアドバンテージ」になると,いかに手を抜いて最小限の労力で卒業資格を得るか,に学生は腐心することになってしまう。そして,これは実際に多くの大学で起こってしまっている。

教育の場では,能力の向上そのもの目的とするべきだ。そうでないと教育機関はその役割を果たすことができなくなる。学校では,むしろ「そんなこと学んで何になる」というような浮き世離れした学問をやった方がいいくらいだ。役に立つ実学は,社会に出てからも学べるのだから

2019-01-07

出身校として馬鹿にされない大学ランクってどんくらい?

MARCH+Gは優秀だよね。

日東駒専は堅実さを感じる。

大東亜帝国。これは悩む。ネットではF欄と叩かれるが実際はDランクだったり、文系理系評価もかわるのかな。

社会人になってどこの大学出身なのか聞いてはいけない空気があり、個人的には大東亜帝国レベル大学なのでまぁ言っても、差し支えないって自分では感じてるんだけど。自分大学にどういう学部学科があって、どんなカリキュラムがあるか調べるのが好きで、まぁ大学オタなんだ。

学歴コンプって結構根深いのかもね。別にどこの出身でもそれで相手への評価が変わるわけじゃないからさ。

2019-01-06

大学実学を学ぶというのは間違いだ

anond:20190106123935

大学進学率が上昇したことだけみれば良いことのように思えるけど、「実学を重視」する最近の傾向には疑問を感じる。簡潔に言えば偏差値の低い大学ほど資格取得の為に通うといった、専門学校化が著しい。

しかし実際に実学が身についているのかというとそんなこともなく、資格を取ったり大学の専攻を活かした仕事に就く人は少ないのだ。知人は偏差値BF大学に通っていたが学科定員40人で入学しても、資格取得or合格したのは3人程度だと言っていた。ほとんどの学生カリキュラムに追いつけず、挫折してしまうのだという。そもそも自分偏差値でいける大学はどこか、という選び方をしてしまうためモチベーションの維持も難しいのだろう。

大学本来であれば学問を突き詰め知見を深めるためにあるのに、現代の流れでは就職のための通過点、職業訓練校のようになってしまっている。偏差値の高い大学ではもちろん学問に専念することは可能だ。そこで深めた知識を持ってそれを活かせる仕事に就くのが本来あるべき流れだと思うんだけどね。実学として就職に直結する情報学部理工系は人気なのも仕方ない状態になっている。

これからの時期になるとTVラジオコンビニとかで大学宣伝が始まるけれども、「実学が身につく!」と声高にアピールするのは大学本来の姿としては間違っているんじゃないかな。本当に実学を身につけたいなら専門学校の方が適している。日本大学供給過多になるほど増えすぎてしまったんだ...

2019-01-04

大学 3年次編入試験の思い出

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anond:20190103131014

高校時代

同じく地方出身者はなんとなくわかると思うんだが、高校は「地元では自慢できる」レベルのとこに通っていた。

県下一、というわけでもないけど、地元で一目置かれるようなそんなところ。東大学者を毎年1名出したり出さなかったりするような。

自分はというと文化系運動系狭間みたいな部活にがっつりのめり込みつつ、子供の頃から親の影響で続けていたとある楽器寺社仏閣が好きな、自他ともに認める「変わった子」であった。学力でいえば中学までは特に勉強しなくてもまあまあいい成績が取れる、中途半端に器用な子だった。

親は勉強については大してうるさくなかったが(むしろ楽器練習をしない方が厳しく怒られたし、数学10/100点をマークしようが音楽の成績が満点じゃない方が嫌な顔をされた)、お金には厳しく、「大学は国公立しかさない」と宣言されており、真に受けた私は私立すべり止めも一切受けなかった。だが高校3年間を部活に捧げた、数学テストで毎回赤点叩き出すような人間にそのルートは厳しかった。見事に滑りおち、進学先を失った。進学校に通っておきながらこの体たらく

これから1年浪人するしかない、と思ってふさぎ込んでいたが、そこで偶然にも某専門学校の「大学編入コース」なるものを知る。専門に2年通った後、大学へ3年次編入するというコースだ。ははぁ、よくできてるなあ、と思いながらも学校担任と両親に相談し、その専門学校へ進むこととなった。

専門に入る

正直入試はあってないようなものなので割愛する。学力レベルからペーパーテスト免除され、英語面接だけだった。まあまあ緊張したが絶対かると半ば解っていたので強気でいった。ちなみに高校時代苦手にしていた教科は数学英語だ。瞬間的な暗記力となんとなくで世界史及び国語高得点を叩き出す完全なる文系である。妙にコアな知識を植え付けてくれたラノベ推理小説たちとヘタリアには今も感謝してる。日本史文化史だけ異様にできた。

学校生活

身バレが怖いので色々伏せるが、駅チカでこぎれいなビルキャンパスだった。キャンパスと言っていいのか?

専門学校内での大きな学科のくくりとしては「英語学科」に属することになり、その中で「英語を使った仕事に就きたい人のコース翻訳通訳など)」と「海外大学に行きたい人のコース」、あと「大学編入したい人のコース」に分かれる。

なんで大学編入英語学科に属するかというと、ほとんどの大学編入試験の科目が「英語」「小論文」「面接」のみだからである。(学科によっては専門科目の試験がある場合もある)

授業は9割は英語の授業だった。ネイティブ講師日本人講師もいたが、とにかく英語リーディングリスニングライティングスピーキングの授業がそれぞれあり、それ以外に大学編入のための英語試験対策授業がある。少人数にこだわってて、基本の4つの授業はそれぞれTOEIC学内試験の結果から5段階にレベル分けされていた。私は入学時のペーパーテスト免除しか学費も一部免除特待生扱いで入学したので、「は~やっぱこの程度か専門」とか思っていたが、最初TOEICテストで300点台叩き出して5レベルあるクラスの下から2番目に入れられる。「出身校」の学力が高かっただけで「私」の学力はクソだった。ただ真面目に授業を受けていればクラスはすぐに上にあがり、最後は一番上のクラス所属していた。この基本の4つの授業は大学編入以外のコースの人もいた。

残りの1割は資格の授業(英検、ワー検、秘書検、漢検など好きなもの選択できる)の他、第二外国語小論文対策PC(というかOffice)など……まあ大学1年生の一般教養と似たような感じだろうか。選択教養の授業もあったが種類は2,3種類しかない。しかも大して面白くない。

大学1年生と違うのは、自分で授業を選ぶ幅がとても狭いところ。というのも学年によってどの授業を受けるか、カリキュラムが既に綿密に組まれており、「朝ゆっくりしたいから1コマくそ~」というのは全くできない。選択授業も「とってもとらなくてもいいよ」ではなく「この中からどれか選べ」という選択。なので学期はじめにコース人間全員集められてHRみたいなことをして、時間割を配られたりしていた。

学生

上記の通り様々なコース人間が入り混じって授業を受けていたので、通っている人は本当にいろんな人がいた。アンタこんなしょぼい専門いていいの!?っていうような頭のいい人から、クソほど簡単テストを「難しくてヤバかった~」という人まで、本当に様々。Lv.2→Lv.5まで駆け上がるといろんな人と話した。超絶パリピ野郎もいたし、内気で根暗で今にも引きこもりになりそうな人もいた。

同じ大学編入を目指すコースの中だと、まあまあ頭いいけど大学入試では一歩及ばなかった、みたいな人がほとんど。大体がプライド高くてそれを一度へし折られてしまった人、という印象。(私もだけどさ)すべり止め私大に受かってたけど行きたくなくてこっちを選んだ、という人もいるにはいた。あとは行ってた大学が嫌になってやめて再チャレンジしたいとか……。比較的頭のいい人は多かったけど、それでもやっぱ学力でいうと「まあまあできる」か「いまいちできない」のどちらかだった気がする。コース内で一緒に行動していた友達は国公立に受かっていった人から最後最後どうにか推薦で滑り込めた人までいた。

コース人間の数は結構多かった。高校の一クラスくらい……?もっと少ないと思って入学したので意外だった。やっぱり学力レベルでつるむグループが分かれる。男女比は男子の方が圧倒的に多かった。3分の2くらい。でも学年全体で見ると女子の方が多かった気がする。

あと意外といろんな地方から集まってた。やっぱり学校周辺の人が多いのだけど、隣県や新幹線帰省するくらい離れている土地から来る人もいた。私はかろうじて同じ県ではあるが学校までは通学に2時間かけていて、隣県出身学校近くに一人暮らししている友達がうらやましかった。

学費

高い。私大に2年行くとのかわらん。でも高校時代まあまあ成績取れてたら学費免除簡単に取れる。(模試の点数とかセンターの点数を基準学費免除とかしてくれる学校もあると聞く)

本来公立しか行かせてくれなかったはずの両親があっさり行かせてくれたので、絶対学費無駄にすまいと2年間は真面目に必死に授業や資格取得に打ち込んだ。その後まあまあ就活に有利そうな資格とかちょいちょい取れたので、短大とか他の私大行って仮面浪人するよかよかったなあ、と思った。けどその辺って結局当人努力次第なので、学校の授業の時間を使って資格取得や受験対策に打ち込める環境お金払ったと思っている。払ってくれたのは親だが。でも無利子の奨学金も2年次から勝ち取って少し貢献できた。と思いたい。今返済しんどいけど。

編入試験を受ける

編入試験

1年間みっちり英語を叩き込まれたあと、2年生からいよいよ編入試験が始まる。

3年次編入試験は多くの大学がやっているが、大学によって受けられる条件は様々。私が行きたかった大学は他の4大からの受入のみで、専門卒は受け付けていなかったので諦めた。(でもそういう学校の方が少ない印象)

編入試験の日程は学校によってかなりばらつきがある。早いところだと6月くらいで、遅いところだと2月くらい?私は全部で3つ受けたが、ひとつ8月で、残りのふたつは12月だった。やっぱ秋~冬にかけてが多い。

面接練習なども授業でしながら、それぞれの試験日に向けて準備を重ねていく。8月試験を受けたところが第一志望にして最難関の大学だったが、ものの見事に落ちてしまい、泣きながらそのあと友人らとカラオケに行った思い出がある。編入試験受験科目が少ない分やりやすいと言われるが、その門はかなり狭く、私が受けたところも倍率は5~10倍くらい(だったと思う、もう記憶あいまい)最終的に編入浪人の道を選ぶ人もいる。専門→大学編入のいいところは浪人などの1年のロスを出さずに大学卒業できる所だが、結局編入試験の壁が高くて編入浪人したりレベルを落としてD~Fラン大学に入ったりと、メリットが活きないことも多い。でも努力してそれが実ればいい大学に入れるのも事実なので、そこは編入チャレンジする人次第なのかな……とも思う。専門入って遊んでしまった人たちは上位クラスの人でも結局ランクの低い私大に行った人が多く、しっかり努力し続けていた人は国公立偏差値高い私大に進んでいった。英検1級取得したり、TOEICマックススコア出した人もいる。

あとTOEICスコア試験免除がある学校とかあって、TOEICマジもっと気合入れてやればよかったな、と思った。試験免除にならなくても入学後の単位に換算してもらえたりした。

試験対策

英語はもうとにかく授業をガンガンうけてガンガン問題解くだけ。喋る・聞くは捨てて、ひたすら読むにステータスを振り続けていた。(書くは申し訳程度にやった)9時半から15時まで授業を受けた後、18時まで学校に残り友達と多少ぐだりながらも勉強(というか課題)、家に帰ってから英語の長文読解とひたすら向かい合う日々。

小論文は書き方の作法を徹底的に叩き込まれ、あとは個人文章センス知識量がモノをいう感じだった。国語世界史、そしてラノベから影響を受けた文化史系に強かった私には最高の科目だった。

編入試験過去問も一応あって、見せてもらうためにその大学に足を運んだこともある。(コピーはさせてもらえないので、目で見て出題傾向を把握するのが精一杯だが)あと学校過去問を回収して過去問集みたいなのを作っていたので、行きたい学校が人気校ならそんなことしなくてもコピーできたりした。英語試験はどの学校も長文読解系が多く、TOEICをそこそこにして英検受けまくっていた自分にはありがたかった。

面接指導就活とほぼ一緒、だと思う。なんでこの大学に行きたいのかをはっきりさせろ!と言われ続け、「御校に在籍の〇〇先生研究室で●●について研究したいです!!理由としては!!」みたいな答えをガチガチに固めていった。これはのちの就活に活きたと思う。

試験

どの大学小論文は楽勝だった。8月に受けたところは英語で予想外の作文が出て動揺し、読解問題では時間が足らず、涙を呑んで不合格覚悟した。翌日即結果発表だったが、当然私の受験番号はなかった。

第二志望の大学の前に第三志望の国公立を受けにいったが、家から遠く深夜バスでの移動となった。しかバスからまた電車で移動するが乗換をミス試験遅刻。席に着くために荷物通路に置いたら試験管に怒られ、萎縮しながら受験したが英語は予想できたレベルでむしろしかった。1週間後には結果が開示され、無事合格

そして満を持しての第二志望。同じ学校から他にも2名受けることになっており、一緒に移動。英語試験はやや苦戦した覚えがあるが、それよりも面接がしんどかった。大学に、特にその学校に入りたい理由を述べ(行きたい研究室があるでゴリ押しした)、なぜそれに興味を抱くに至ったかなどを話したが、とにかく緊張して噛みまくり面接官に不審な顔をされ落ちたと悟った。しかしその試験当日、夜から私の受験期を中学から支えてくれた某バンドライブがあり、普通に間に合わなさそうだったので走って会場を後にした。ライブギリギリ間に合った。そして入試も無事にパスできていた。

大学編入

進学先が二つ用意されたわけだが、もちろん第二志望を選択。一応国立大なのと、高校時代から学びたいと思っていた専攻があったのが決め手だった。思う存分研究に打ち込めたと思う。嘘。2年では足りない。もっとやりたかった。でも取りたかった単位や聞きたかった講義はほぼコンプできた。

上記でも少し触れたが、入学時に専門学校の授業の単位大学単位へ変換してもらえるため、本来4年で取る卒業単位を2年間で全部とれ、ということにはならなかった。特に私は人文学系だったので、変換がスムーズにいったというのがある。法律経済系の学科は専門科目の変換が難しく、卒業単位を取れなくて留年した人が多かった。(と後に聞いた)

1年大学ライフ満喫したのちすぐ就活なのはきつかったが、興味のあったサークルにも在籍し2年間最初から最後まで活動できた。でもいくら単位変換してもらったとはいえ他の3年生に比べると圧倒的に単位は足りてない(その上私は卒業単位にならない資格系の講義も取っていた)ので、ほぼ毎日1~4コマ、そのあとサークルバイト!みたいな生活をしていたし、就活の時期は本当にしんどかった。英語資格TOEICスコア700前後英検準1級)と進級のために取らざるを得なかった数々の英語以外の資格、そしてあの日面接対策小論文対策が活きたのだろう……と思うと私はこのルートをたどってきてよかった。他の短大や4大出身編入生は就活で軒並み苦労していた。でも専門より大学の方が圧倒的に楽しかったです。普通に1年生から大学入りたかった。

大学編入後で一番しんどかったのは、3年生でありながら1年生に交じって体育やらされたことかなあ。


色々書いたけどあくま文系の話です。理系編入もっと大変と聞くし、そもそも専門→理系学部編入というルートが恐らくない。

東大京大に比べたら底辺もいいとこだけど、こういう抜け道もあるよっていう話をしたくて。でも根っから文系だった私だからこそうまくいった裏ルートみたいな感じではあるんだけどさ……。うまくいかなくってせっかく編入した大学やめて引きこもりになってしまった知り合いもいるし、正直この専門→大学編入というルートを誰にでもお勧めできるかというとそうでもないけれど。

あと社会人なってから編入大学入って、教員免許だけ取って中退した編入生の知り合いもいる。社会人なってから大学で学びたいという人で4年は長いという人にもいいんじゃないかな。あと大学とりあえず入ったけどつまんなくて他の学科行きたいとか他の環境行きたいって人。

私は本当は大学院に進みたかったのだけど、やっぱり学費関係で諦めて就職した。研究してた分野とも全然違う仕事をしているけれど、趣味としてまだその分野についての情報収集勉強は続けている。なお英語をかなり使う仕事だし専門時代に取った資格もそれなりに活かせてはいるので業務内容には満足している。

いよいよセンターが近づいてきて、不安受験生たくさんいると思うけど、どうかここだけが人生の決め手とは思わずに気楽に頑張ってほしい。案外人生どうにかなることの方が多い。

2019-01-03

京大までの受験の思い出(失敗編)

https://anond.hatelabo.jp/20190102063518

https://anond.hatelabo.jp/20190102174908

ダメだった身で恐縮だけど、見てたら俺も自分語りしたくなったので。

中学受験

小学校首都圏某県の公立に通っていた。長男にはありがちだと思うが、低学年のころより通信教材をさせられたり、あちこちの塾にお試しで通わされたりしていた。

中学受験も完全に親の意思によるものである勉強別に好きではなく、塾では机に落書きをしたりしてあまり授業を聞いてなかった。だから当然成績は振るわず、ある日テストで50点をとって(自分ではそれでも上出来と思っていたのだが)ブチ切れた母の命により、それ以来は学校が終わると直帰し祖母らの監視下で勉強強要させられる日々が続いた。志望校も全て親が決め、いざ受験期になっても明日どこの学校を受けに行くのかさえ把握していなかった。

とはいえ元来陰キャ友達も少ないことから自分だけ別の中学に行くことに未練はなく、また特段この学校を受けたかった!というのもなかったため親は恨んでいない。まあクラスメートからいいねと言われるのは気分が良かったし、(勉強は嫌だけど)親に怒られるのも嫌だからしょうがないか、ぐらいのもんだったと思う。むしろ中学受験は大なり小なり「させられるもの」だと長らく思っていたので、東大編の元増田や知り合いの子供が純粋自分意志中学受験をしたというのを聞いてびっくりしているくらいだ。結局(親の)第一志望の御三家は全く歯が立たず、第三志望?くらいの中堅校(中高一貫)に入学

中学高校時代

中学に入る前後から弟が病気で入退院を繰り返すようになり、親や祖父母はそれにかかりきりになった。お陰でこっちはこれまでと打って変わって完全放任。ゆるい文化部に入って暇を持て余した俺は、当時流行っていたMMORPGメイプルストーリーとかそういうやつ)にドはまりした。当然勉強は全くせず、テストは常に一夜漬け。成績は最下位スレスレ状態が高1の終わりまで続いた。相変わらずクラス友達はなく、図書室にこもっていたお陰か現代文だけは良かったが、文筆家になる気はなかったし歴史とかの暗記系が大嫌いだったので理系選択

高2になって、見かねた親が東大生の家庭教師をつける。俺が京大へ興味をもったのは、その先生の「京大単位が空から降ってくる(けど東大単位が逃げてゆく)」という言葉だった。折しも本屋大賞だかがきっかけで森見登美彦を読み始めた俺は、自由楽園としての京大への憧れを一気に膨らませた。当時の京大ホームページアクセスすると大学京都の町並みの影絵だけがボーンとあり、それを横にスクロールしていゆくと最後入口が出てくるといった具合で、他の「普通の」大学とは違うその作りに大いにワクワクした感覚を今でも覚えている(どこかに画像が残ってないだろうか)。

同時に両親とも激務で働く姿を見ていた俺は、会社員自由のない苦痛に満ちた職業というイメージ漠然と持ち始めた。そして自由自分のやりたいことのできる職業大学教授という安直な発想から研究者(当時は「研究」が何かも知らなかった)の道を志す。そのために必要要件も何人かの研究者の略歴を見て「早慶以上で博士課程まで行けばなんとかなる」という勝手イメージを抱き、結論として「京大に入る(滑り止め早慶)」ということだけを目標に高3に突入した。

大学受験(現役)】

再び受験生となった俺は、MMOを休止し何となく予備校に通い始める。当時クラスメートたちは進度の遅い高校カリキュラムを見限り、授業中も内職して予備校の教材をやっていた。だから自分もそんなもんかと思って高校課題は真面目にやってなかったのだが、5月定期試験で相変わらず下から一桁番目の成績だった俺は担任からこっぴどく叱られる。

「お前に学校予備校勉強を並行してやるのは無理だ。予備校を辞めるか、さもなくば学校を辞めて大検を取れ」

恐れおののいた俺はとりあえず担任の教科(数学)だけ予備校を外し、そこから漸く(自分なりに)真面目に勉強をするようになった。

学科は(高校の教科で言う)物理が好き&理屈ばっかりではつまらないという理由工学部物理工学科を選択首都圏学校だったので京大志望はクラス自分一人で、ちょっと一目置かれていた(単にハブられてただけかも)。しかし当然ながら、京大試験問題は難しい。特に積み重ねと言われる数学絶望的だった。でも当時はそこまで深刻には考えてなかったように思う。物理は高3になるまで運動方程式も知らなかったけど、一歩一歩ものにできている感覚があった。化学予備校の教材が奇跡的に分かりやすかった(何せ浪人時代予備校を変えたけど、化学はこっそり現役の時の教材で勉強していたくらいだ)。当時京大では理系でも国語二次試験があって、読書趣味から現文が感覚で解けてた俺には有利だった。元増田の通り、センター数学足切りしか使われないから出来なくてもノーダメージ。あとは英語センター地理を合わせて総合力で何とか、という作戦だった。

高校である教師が言っていた。

現役生はあらゆる点で浪人生より不利だが、唯一有利な点は『落ちたことがない』ということだ。

高3の俺は正にその状態だったと思う。模試でD判定をとっても、周囲が「E判定は良い判定」とか言い合ってるのを聞いて安心していた。試験前日も風邪リスクなど考えず、噂の折田先生像がいつすげ替わるのか番を張っていた(夜になって諦めたけど)。今から見れば完全にただの馬鹿だった。

そんな根拠のない自信は、試験帰りの新幹線慶応に落ちたことを知り、補欠だった早稲田にも繰り上がりはなく、そして3月10日を迎えて完全に打ち砕かれた。後日はがきで送られてきた俺の点数は、合格最低点に(全教科計1000点満点で)80点以上足りなかった。

大学受験浪人)】

私大早慶以外にも何校か受けており、そのうち1校には辛うじて受かっていた。浪人生活はとにかく苦しいと聞く。しかし極限まで肥大化した京大-自由楽園-への憧れと、早慶未満→研究は無理→会社員自由のない人生というイメージから俺は進路に迷った。結局家族で唯一理系だった祖父の「受かった大学師事したい先生がいるならよいが、そうでないならもう一年頑張ってみては」という言葉におされ、俺は浪人生となった。

もう現役のころのような希望はなかった。予備校京大クラスはそこにしかないため、満員電車を乗り継ぎ片道1時間半かけて都心の校舎に通った。中学受験ときは決まった休憩時間には遊べたが、浪人の間はあらゆる時間勉強に費やさなければならないのが本当に辛かった。趣味読書も一切禁じた。もし落ちたら奴隷のような一生しか歩めず、それだったらもう死ぬしかない。そう思いつめているせいか夜はなかなか寝付けず、自習時間や週末に眠り込んでしまうことも度々あった。クラスメートと一切話さず(結局誰一人名前も知らなかった)、昼休みは机に突っ伏していた俺は相当浮いていたと思う。

それでも振り返れば、この一年で俺の馬鹿は(お勉強の面では)だいぶ治ったと思う。物理は難度の高い問題をこなし、得点源といえる域になってきた。化学は詳しい理論(π電子とか)は理解できず丸暗記だが、現役時代と合わせて知識量はそこそこあるはず。国語感覚を廃した分析的な読みを一から勉強し、地理と合わせてセンターで大幅な特典増が見込めた。数学はやはりしんどいが、どうにか100/250点とれれば総合合格点に届く計算だった。

試験前日、俺はやっぱり眠れなかった。ホテルの有線音楽で聞いた『一年生になったら』がずっと頭の中を流れていた。興奮は当日になっても続き、寝不足による不調は感じなかったが、2日目の最後理科試験問題を開いて絶望した。物理が例年よりも簡単すぎる!差別化を図れる唯一の手段を封じられ、動揺した俺は同時に出された化学で手こずりまくった。絶望感とともに帰宅した俺は、迎えてくれた家族の態度から早慶に落ちたことを察し、今度こそ人生が終わったと泣いた。そこから3月10日までは後期(京大にはないので他所)の勉強をする気力も起きず、抜け殻同然の日々を過ごした。

ここでいつか使おうと思って、結局使えなかった話のネタを供養したい。俺は出願期間が始まって速攻で願書を出したから、京大受験番号は(学科を表す千の位+)8番だった。たしかその年の工学部の倍率は2.5倍くらいだった気がする。迎えた3月10日ホームページで見た合格者の番号は

1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 9, 11, ...

あの時同じ部屋にいたはずの10番は、今何をしているだろうか?

【その後】

結局俺は最低点には17点届いていなかった。そして死ぬだけの覚悟があるはずもなく、併願した某私大に進学した。この大学に現役で進学し、新歓の時期ばったり会った高校クラスメートの「一浪して○○大!?」という言葉が今も胸に突き刺さっている。

……とまあ、受験生を奮い立たせる目的ならこういう風にBad endで終わった方が良いのかも知れないが、どっこいこれもN年後の今では良い思い出である。あれから俺は京大とは別の国立大の院に進学し、今は民間企業への就職を控えつつ博士課程を終えようとしている。結局私大生活も十分すぎるほど自由だったし、現状研究者も中々自由が効かなそうだし、企業でも上手くマッチングすればかなりやりたいことが出来そうだった。後に残った傷といえば、森見登美彦が読めなくなったことぐらいである。

もちろんこんなのは結果論しかいから、これを読んでる受験生は悔いのないよう今の信念を貫いてほしい。しかしもし将来(受験に限らず)苦い思いをすることがあったら、それがどのようにして「良い思い出」に変わり得るかのヒントとして次の言葉を思い出してほしい。

人生には割と結果オーライな所があって、今の状態が悪いと過去の一つひとつがその原因のように思えてくるが、逆に今が良ければそれらにも意味があったんだと思えるようになるもんです。

これは今の大学である先生が仰っていた言葉だ。過去未来を決めるのでなく、未来過去意味づけるというとまるで(京大編の元増田の)「汗をかけ」へのアンチテーゼみたいだが、そうではない。大事なのはもし受験不本意な結果に終わっても、その後人生で「成功」するチャンスはまだまだ残されているよということだ。私大の院で着実に研究者への道を歩んでいる同期がいる。生涯の伴侶を見つけた後輩がいる。サークル趣味が高じてプロになった先輩がいる。俺だって京大に落ちなければ、今の研究(超絶面白い)には出会えなかっただろう。どんな道でもとにかく今が楽しいという状態にさえ持っていければ、きっと明日だって「落ちたことにも意味があった」と僻みなく言えるようになれるだろう。

全ての受験生と、かつて受験生だった皆が、新時代を迎えるこの年に「成功」出来ることを祈っている。

2018-12-27

anond:20181227014155

場所にもよるけど底辺高校は意外とカリキュラムが柔軟で朝起きれないやつとか毎日登校できないやつでも卒業はなんとかなったりするとこがある

2018-12-18

週4社会にして小学校8年やればいいと思う

登校も出勤も週4。それ以上は体力の限界だって

中1日休めればいじめがあろうが発達だろうが少し回復できるし、不登校が登校するタイミングもどさくさに紛れていい。

それでカリキュラムが遅れるなら初等教育を8年の余裕を持ち、義務教育の中卒が17才なら今より生き延びやすくなる。

楽だよ~この社会

2018-12-16

anond:20181216114519

外国外国教育カリキュラムなんか知らないのが普通だろ?

フランスイタリアスペインでそれぞれ何年英語教育やってるか知らないだろ?(別にウィキペディアコピペしてこなくていいからな)

2018-12-13

anond:20181213125829

勘違いしてるのが多いが、プログラミングという科目が新たに出来る訳でもそれで独立した評価がつくわけでもねえよ。

既存の科目の中に組み込むだけ。

小学校なら、例えば図工の中でプログラミングで動くロボットを作ろう!というキット(よくあるだろ)使うって程度だろうし

中学高校でも既存技術家庭(の技術分野)や情報の授業の中で少し触れさせるだけになるだろうと言われてる。

(勿論既存カリキュラムもある中で、プログラミングだけに長い時間を割くわけもない)

別にプログラミング言語を教えるのが目的でもなければ、プログラマー養成するわけでもないし

そんな時間もないだろう。

ジャンプ漫画の件もだが、何でこの界隈の人って

自分が口出せる分野がちょっと注目されるとすぐ過剰反応するんだろう。

興奮しすぎ。

あと自分名前漢字で書くと怒られるのは「他の子が読めないから」。

の子が読めなければならない状況でどや顔漢字で書くなってだけだ。

それも精々1年のうちだけ。

2018-12-06

anond:20181206230003

どんな女でも勃つように義務教育カリキュラムを組めないものか…。

移民も来てくれない、お年寄り少子化と滅亡と年金崩壊を許容してくれないとなると、意地でも勃つ性度を考えないと…。

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