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はてなキーワード: カリキュラムとは

2018-08-15

義務教育カリキュラムに「就活」を入れよう

高校偏差値インターハイのことしか頭にないから当てにならん

大学学問をする所だから就活予備校にしてもしゃーない

そんで社会人の面々は社員教育はしたくないと言ってる

こうなるともう義務教育しかないんや

義務教育中に教えるしかないんやほんま

名刺の渡し方とか電話の取り方とかエクセルワードの使い方を学ばせる機会は義務教育中にしかないんや

から義務教育でやるべきなんや

その分の時間道徳美術音楽と体育を削ろうか

こんなん別に学校でやることちゃうやろ

どうせ教える側も何をどう教えたらいいのか知らんやつしかおらんしな

それでいこ

そいじゃまあ教育委員会にかけあってくるわ

ななー

2018-08-08

[] #60-1「タメになった気の経営ごっこ」

俺の通っている学校は、特に公民カリキュラムに力を入れている、らしい。

その公民とやらは更に学部とか科目が分かれていて、選択制となっている。

だけど、そもそも公民」というもの漠然しか学生理解していないので、この選択に大して意味はない。

ちゃんと考えて選んでいるのは、一部の意識が高い奴らだけだ。

俺はというと意識が低いので、入っているのは……えーと……うんちゃら部の、メディアかんちゃら文化のなんちゃら項……

……とどのつまり正式名称が長すぎて覚えていない。

から、みんな「文化部」って言っている。

その程度の認識しかないものを選んだ理由簡単

授業内容が基本的に楽だからだ。

ドキュメント番組映画を観たり、漫画小説を読んだりして、それのテキトー感想を書けばいいだけ。

それで簡単合格点をくれる。

だが、半端に真面目な奴や、要領が悪い奴は苦戦するらしい。

そいつらに何度かコツを尋ねられたが、俺が言えることはいつも一つ。

「ああいものを通じて社会を分かった気になればいい」

正解のない事柄で正解するには、自分の正解を押し付けることだ。

もちろん「正解でしょ?」という顔をしながらな。

まあ、そんなわけでユルい選択科目なんだが、あくまで“基本的に楽”なんだ。

たまに面倒くさいことをやらされることがある。

しかも面倒くさいだけじゃないってのが、尚更ゲンナリするというか……。

ちょっと愚痴っぽくなるかもしれないが、今回はその時の話をしよう。


…………

文化部の授業は、視聴覚室で行われる。

他の教室より座り心地のいい椅子もあって快適な場所だ。

エアコン温度肥満の奴に合わせていることは少し不満だが。

その肥満代表格が、文化担任教師から余計にな。

「みんな、おはよう!」

そんな室内の冷え込みを中和するかのように、担任は暑苦しい挨拶を響き渡らせた。

「で、今日の授業だが、別のことをやりたいと思う」

続けて飛び出た不穏当な言葉に、室内が冷え込むのを感じた。

その冷え込みのせいなのか、クラスメートのカジマが震えながら担任に尋ねた。

「せ、先生。“別のこと”ってのは何スか?」

「『経営ごっこ』だ!」

まだ概要すらロクに分からない状態だったが、俺たちはこの時点で嫌な気配を感じ取っていた。

(#60-2へ続く)

anond:20180807205430

情報工学は何やってる学問なのか?ググって出てきた大学カリキュラムから適当抜粋すると

どちらかといえばあなたが使ってる「道具」を作る側の学問

から情報工学恩恵を受けてるのは、その道具を使って仕事してるあなたなんすよ

ちなみに情報工学英訳はだいたい「コンピューターサイエンス

2018-08-07

公立大に行きたい商業高校生(高一)

公立大に行きたい。特に理系偏差値50を切っているし普通科カリキュラムとは全く違う商業高校なのだから可能性は限りなくゼロに近い。高校の進路は就職もあるし進学もある、どのくらいの比率が忘れたけど。進学は推薦でGMARCHだとかの私立なら簡単に行けるがあいにく家庭に金が無いし行ける学部は全て文系だ。私立文系なんだかなぁという気もする。そんななら何故商業高校に入ったか聞かれそうだが当時の俺にはこの選択ベストだと信じて疑わなかったらしい。高校に入ってからやりたいことが出来た。勉強ができると自分に酔い始めたからでもあり、勉強以外に出来る事がないと気付いてしまたからだ。そのくせこの夏休みにまったく勉強していない。このままだと死ぬほど後悔する。いまだって後悔しているのに。予備校に入るべきだがそのお金だって親に負担させてしまう。そもそもできるはずのバイトだって時間がないからとか担任と会話したくないからとかの理由でしていないのは逃げ。

2018-08-04

女性医師を「単純に」増やせば間違いなく医療崩壊する、という話

前提

女性差別を推奨しようという投稿ではなく、女性医師を増やせば医療崩壊するシステム批判するものです。

・今回の東京医大の件は、男女比の調整を行うと示していなかったという点から肯定しかます

女性医師能力男性医師と同等であり、一般に期待できる高い共感力から、むしろ臨床的能力に優れているケースが少なからず有ります

・実際には妊娠出産育児を行わない女性医師存在することは承知の上で、男性医師比較した場合、そういったイベントが起こる可能性が高い、という観点から女性医師」とひとくくりに記述していることをご容赦ください。

本題

医師はいつでも「人手不足

医師仕事ひとつに、「当直」(=夜中に病院に泊まり込むこと)があります。皆さんが深夜に救急外来を訪れたり、あるいは救急車で搬送されても、適切な処置が受けられるのは、この「当直医」がいるからです。

よくかん違いされることですが、この当直は、いわゆる「夜勤」ではありません。

「当直」とは、

・朝から夕方まで通常の業務を行う

夕方から朝まで夜勤をする(狭義の"当直")

・翌日の朝から夕方まで通常の業務を行う

という一連の流れを指します。普通の業種であれば三交代にあたるところを、一人で行っているのです。

このようなクレイジーな働き方がまかり通っているのは、「人手不足」だからに他なりません。

女性医師人手不足を加速するか?

結論から言うと、加速します。妊娠出産育児を、「今までと同じ仕事量を」こなしながら行うのは、難しいです。これは、上に書いた医師業務ハードから理解していただけると思います

産後女性医師仕事に復帰できる環境を整えるのは非常に大切ですが、男性医師と全く同じ労働時間は期待できず、医師絶対的供給が不足することは避けられません。

パートナーの協力があれば良いのでは?と思われる方も多いと思いますが、女性医師結婚相手の半数は男性医師です。つまり、どちらが携わっても医療におけるマンパワーが減ることは避けられません。

では、医学部の定員を増やせば良いのでは?

ここが非常に難しい問題です。というのも、一言で言ってしまえば「医者一定以上の"頭脳"がないと務まらいから」です。

(裏口で入学した学生などは、いわゆる「外れ値」で、彼らが医学生の本流ではありません。また、彼らは医学勉強をする際にも、塾に通ったり個別指導をつけたりすることで、財力で地頭の悪さを補っていますので、医学において"頭脳"がないと断じることは難しいのです。また、今回の女子学生のような「本当は優秀だったのに入学できなかった」ケースは本当に気の毒ですが、しかしながら多少の増枠を行ったところで、入試担当者男子学生を採ったことでしょう。差別を生じさせないほどに枠を増やすことのデメリットは、以下に記します。)

現代医療は非常に高度で、その知識技術もまさに日進月歩です。医師国家試験難易度インフレは顕著であり、カリキュラムは常にギチギチ、テスト期間が始まれば一ヶ月間毎日試験医学部においては「春休みは一週間だけ」というのも当たり前です。医学部に入ったからには常に学び続けることが求められます

ここで単純に医師の数を増やしたからといって、同じレベル人材が確保できるかは疑問です。仮にも人の命を預かる職業ですから、この点を妥協するのは危険です。

また、医学部の定員は増加傾向にあり、さら現在日本人口は減少していますので、どこかの段階(厚労省の見通しでは2028年)で需要供給釣り合います。つまり、今人数不足で困っているからといってやたらと医師を増やしすぎると、今度は医師が溢れすぎる、ということです。

歯科医師が人数を増やしすぎた結果、「食っていけない」歯科医師が増え、その結果として患者本来不要治療を勧め、保険点数を稼ぐケースが多くなったことは、広く知られている通りです。

医者仕事を減らせば良い

医師になることを希望する女性を「女性から」という理由で拒むことは、断固許されません。しかしながら、上記のような問題存在することも、確かです。

では、どのようにして「女性医師が増えても医療供給が保たれ」「今の医師絶対数を急激に増加させることなく」すればよいのか。

それは、「医師仕事絶対量を減らす」ことに尽きると思います。まずは、「医師免許がなくてもできる仕事」を医師がしなくてもいいようにすること。医療秘書医療クラークの増員が求められます。また、AIによる画像診断の積極的な導入で、画像診断の労力を減らすことも期待できます

医師仕事内容を「選択と集中」することが、女性医師を増やす大前提となると思われます

2018-07-31

教師による生徒への思想教育はやめてほしい

元生徒です。

クラス不登校の友人がいたとき担任教師は「家に引きこもらないで外にでろ」「もっと前向きに生きないと将来大変だろ」と友人に言っていた。私は外に出ることを勧めることは納得できたけどなんで考え方まで教師指導されなきゃいけないのだろうと思った。

友人はフリースクールに行けるようになった。今では立派な社会人だ。確かにネガティブ思考になってしまうのはあるけどだからといって無理にポジティブになる必要なんてないと思った。私はその友人の思慮深いところが好きだしやはりあの担任教師声かけは違うんじゃないかと考えていた。

同級生教師として働いてる人もちらほらいるが、生徒の性格思想までを教師指導するものだと考えている人達の多さに驚く。性格思想なんてのは学校外も含めた生活の全てから本人が悩み苦しみときに喜び獲得していく尊いものだ。それを偶然であっただけの教師というだけの一個人がなんとかできると思っていることに恐ろしさを感じる。「この教師に教わりたい」と自ら志願する生徒がどれだけいるだろう。

あくま道徳倫理であれば教えてほしい。カリキュラムに入ってるし。でも生徒の人生価値まで貴方評価できるのか、責任が持てるといえる教師がどれだけいるのか。教師による生徒への思想教育ができるだなんて思わないでほしい。

2018-07-18

じゃあお前らに聞くけど体育の授業とかどうすりゃいいの?

夏休みまでずっと教室引きこもり続けたとしてその分のカリキュラムはいつ消化するの?

2018-07-12

anond:20180712135731

春も含めてトータル日数一緒じゃないとカリキュラム一定だとして公平にならないのでは

どこかで調整できてるとも思えない

2018-07-09

医療関係者モラル - 看護師倫理教育歴史

https://anond.hatelabo.jp/20180709055614

の続き

 ダニエル F.チャンブリス著、浅野祐子訳「ケアの向こう側 看護職が直面する道徳的倫理的矛盾

 この本は、病院フィールドワークを行い患者医療者に起こっていることを目の当たりにしたことをもとに書かれています目的は「ナース日常業務の中で倫理的問題をどのように捉え、対処しているかを、詳細に、かつ弁護できる程度の一般化をもって記述すること」です。

 第1章は、「ナース世界、すなわち病院は、一般社会とは全く異なる道徳システムを持っている。病院では悪人でなく善良な人がナイフを持ち、人を切り裂いている。そこでは善人が、人に針を刺し、肛門や膣に指を入れ、尿道に管を入れ、赤ん坊頭皮に針を刺す。また、善人が泣き叫ぶ熱傷者の死んだ皮膚をはがし、初対面の人に服を脱ぐよう命令する」といった衝撃的な言葉で始まり、「一般人にとって身の毛のよだつ残酷物語もここでは専門家商売なのだ」と続いています

 確かに病院一般生活とは異なる独特の世界がありますしかし次第にそれが普通のこととして「日常化」され、業務は「ルーチン化」されていきます。チャンブリスはこの「ルーチン化」とともにナース感情は平坦化し、そこで生じる出来事に対する感受性も失われていくと述べています患者さえもそのルーチン化に含まれていきます患者は人としてではなく、一つのケースとしてしか認識されないようになるのです。その結果、ナース患者に生じる多くの倫理的問題道徳的問題認知しなくなっていくのだと分析します。

 しかし、倫理的問題こそナース積極的に関っていくべき必要があるはずです。なぜなら、ナース患者擁護する立場にあるからです。アメリカでも、アメリカ看護協会(American Nurses Association )による「看護師の倫理綱領( Code of Ethics for Nurses)」にそのことが明記されています

看護歴史倫理に関する書籍の紹介

 こういった事実を知っているかどうかで、未来は大きく違ってくるはずです。まずは、女性から看護師だから、そういった犯行は起きない、という偏見先入観を捨てる必要があります

 それどころか、むしろ看護師という職にある限り、必然的モラル倫理的に気が付けば滅茶苦茶な様態になる職だと認識し強く自覚し、教育をしていくことが必要です。

歴史の浅い日本看護職、その虚飾


 根源的には人類共通の「死と病への畏れ」があり、日本においても仏教思想的な浄・不浄・穢れの概念から科学が発達していない時代に、やはり皮膚・血や体液・死を取り扱う医師助産師看護師、洗濯、理髪は賤業と見なされていた。(ヨーロッパでも同様に血を扱う理髪師兼外科医

 それゆえ、日本近代的な専門職としての看護の始まりにおいては、やはりナイチンゲールの「白衣の天使」というイメージを輸入し、キリスト教徒信心深い修道女禁欲規律使命献身と清純のイメージを全面に打ち出し、「聖**看護学校」「聖**病院」「**マリア病院」、はたまた教会修道女の誓い(神との結婚まり禁欲貞操の誓い)を真似た宣誓と戴帽式といった、実際には看護師はキリスト教徒でもなく修道女でもないのにも関わらずそのイメージ一般大衆に植えつけ印象付けてきた。

 中身と行動が伴っていない虚飾はまったくの茶番

 問題なのは日本看護はその上っ面のイメージ形式だけを輸入し、本質的な使命と人間性道徳教育倫理観を輸入し損ねたことだ。欧米文化圏では文化的に刷り込まれているキリスト教道徳価値観倫理観すらも持ち合わせていない日本で。。。

 そもそも現代日本看護教育は、戦時中軍隊式日赤十字従軍看護婦養成伝統をそのまま引き継いできてしまったものだ。

日本では戦後長らく,看護研究に関する倫理問題はおろか,「看護倫理一般についての空白期が1980年代初頭まで続いた.かつて日本看護師には,清楚さ,奉仕精神医師への従順さ,組織への忠誠,規律と秩序の維持等の,専ら内面的な美徳を備えた者であることが期待され,それに応答することが看護倫理であった.しかし,戦後民主主義が浸透し,経済的に豊かになる中で,過去看護師像に対する強い反発と反動日本看護界に広まり,抑圧された過去看護師像を想起させる「看護倫理」そのもの敬遠されたことが,この空白の背景にあるといわれる.その結果,米国では1960年代からすでに看護研究に伴う倫理的課題に対する積極的応答が看護界全体においてみられたのに比して,日本看護界における対応1980年代中頃になるまでほとんど皆無であった.

http://homepage3.nifty.com/cont/42_2/p519-30.pdf


この時期(1951-1966 年)の看護倫理に関する教育内容は、「ナイチンゲール誓詞」などの倫理規定のほか、看護師にとっての礼儀作法、心構え、守秘義務、対人関係など、戦前の流れを引き継ぎ美徳中心であったとされる。

1967 年の指定規則改正では、看護学が基礎科目と専門科目に分けられて体系化がはかられる一方で、「看護倫理」という独立した科目は削除された・・・

この時期(1967-1988 年)には、1967 年のカリキュラム改正前の看護倫理は、看護婦としての心構えや人類愛、使命感、奉仕などの精神性で貫かれており・・・

1989 年に指定規則改正されたが、このとき看護倫理を「看護概論」の中に含むという「注」も削除された。これによって、看護倫理に関する記述指定規則から全く無くなり・・・

1996 年の指定規則改正でも、看護倫理に関して独立した科目は設けられていない・・・

2002 年に出された文科省看護基礎教育の在り方に関する検討会報告「大学における看護実践能力の育成の充実に向けて」(文部科学省, 2002)の中では、人間尊重擁護方法について「看護職者は、対象者治療及びケアを受ける過程で遭遇する具体的な場面で、常に、その人の尊厳権利擁護する立場で行動できることが不可欠である」と述べられている。また、その教育方法についても「学生自身がその意味に深い関心を持ち、看護職者が対象者権利擁護者として機能することの意義を追求できるよう、具体的な看護事象を用いた演習を組むなど、学生同士の討論や患者などの対象者などから学ぶ方法採用することが大切である」とされている。さらに、人間尊重について「対象者立場に立つこと、個人文化背景・価値信条理解意思決定必要情報提供自己決定権人間としての尊厳人権尊重インフォームド・コンセント実践支援プライバシー保護個人情報の取り扱い、セカンドオピニオンの意義などについて」と具体的に言及し(た)

https://www.osaka-med.ac.jp/deps/dns/pdf/zasshi/09.pdf

 プライバシー尊重とか超超基本的倫理についてやっとここ数年になって看護教育の課程に組み込まれただけ、以前は全くありませんでしたとか、冗談かよ、な状態

 恐ろしいことに本来あったり前の守秘義務でさえ、看護師においてはほんの10数年前まで存在してなかったというお粗末さ。

秘密の保持に関する保助看法上の条文は法 制定当時にはなかったが、平成 13 年(2001) の法律第 87 号で第 42 条の 2 として新たに追加されたものである

今の30代以上の看護世代…そしてそういう世代から教わる今の看護師達。

日弁連日本弁護士連合会)も懸念表明

 ところが,我が国には,このような基本的人権である患者権利を定めた法律がない。

そのような中で,今日我が国医療は様々な場面において多くの重大な課題を抱え,患者権利が十分に保障されていない状況にある。

...

ところが,いまだ,患者権利に関する法律は制定されていない。

...

 日本医師生命倫理懇談会による1990 年の「説明同意」についての報告も,こうした流れを受けたものではあるが,「説明同意」という訳語は,インフォームド・コンセント理念を正しく伝えず,むしろ従来型のパターナリズムを温存させるものであるとの批判を受けた。

http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/organization/data/54th_keynote_report3_1.pdf

看護師=モラル高い人達」という幼稚な幻想や、看護師が何か問題を起こせば「環境による被害者」という風潮を、周囲やメディアも含めて、煽り過ぎている現状があります

 今日日本では、医療現場のみならず、世間一般の中にも無知蔓延し、患者の当然の権利を「モンスター患者」の一言黙殺しようとする風潮がある、とまで言える。

続く

https://anond.hatelabo.jp/20180709080702

2018-07-05

anond:20180705154955

実技の授業をレポート代替するのがおかしかっただけじゃん?

わざわざ夏休み先生時間を割いて正規カリキュラムを終えられるようにしてくれてるのに文句いうとか・・・

2018-06-28

anond:20180626180021

氷河期より後、ゆとり世代先生予備軍なんだけど、労働不適な人間を大量に輩出するようなカリキュラムだったと思う。お前らはみなトップ管理職の卵だ、労働者をアゴで使うしか能のない屑どもだ。お前らには振り返り学習以外は期待しない、みたいな。真に社会資本のある子はプロパガンダだと思って聞き流してて、真面目に飲み込むほど先生化して詰む感じだった。

ゆとり路線が切り戻されたのも、上流工程志向問題視されたのや文系が劣るとされたのも、この中間管理職養成偏重問題視されたんであって、知識がないとか下積みを嫌がるとか頭が悪いとかはそこから一段具体よりの話なんじゃないかなって思う。「ボクは正解のポジションに最終的には戻るんですよね?」って発想が共通してあると思う。

先生特別に異常だったというより、この世代としては普通で、ただ少し疑いなく粉ジュースを飲みすぎてしまったんじゃないかな。

2018-06-12

anond:20180427063410

シャンプーでどこを洗うかということより、頭皮をよくお湯で洗い流した方がいいよ

フケが出るのは、洗剤が残っているか、ゴシゴシ洗いすぎているかのどっちかだと思うよ

学校で教えないことに対する不満は同感

きょうび、ネグレクト家庭やいろんな家庭がある。大学でもメールの書き方を教えないといけない時代

生活の基本を保健とか家庭科で教えるようカリキュラム改善しないのは学校の怠慢

anond:20180612193130

まあ、公立以外ありえないんだけども、結構私立通信制って親心をくすぐってくんだよね。だから乱立してる。

前に、資料請求したらその次の日に家まで説明しに来たよ。営業の人が言うには

親としてはさ、子ども全日行かずに通信制ってのは、だいたい中学とき不登校とかやってるわけだし、それだけでも結構不安なわけで、アホみたいに安い公立(荒れてるとこも多い)に入れて、本当にちゃん卒業できるのか心配するんだろうね。

そういう親が、投資と思って私立通信制お金使ってるんだろうと思うよ。

まあ、うちは「そもそも制服着たくないし、わざわざ家に来た時点で引く、あの勢いで先生につきっきりで指導されたらウザい、そもそも学校行事で仲良しごっこするのが耐えられないか不登校になったんだし無理だろ」ってことで公立になったけど。

2018-06-09

プログラミング教育よりITリテラシー教育をやってください

ヘルプデスク運用に関わっている側からだとこれは切実、プロジェクトの財布を握るユーザー企業側の社内SEが「本番環境?なにそれ?」って言ってきた時はマジで頭を抱えた

企業教育機関官公庁ヘルプデスクでもwindowsパソコンと思い込んでる人に腐るほど出会う、そのレベルなのにプログラミング教育とか


何言ってんだコイツ


ぐらいにしか思わないわ、頼むからプログラミング教育よりITリテラシー教育をやってください お願いしま

義務教育ITパスポートやCompTIAレベルカリキュラムを組み込むだけでもだいぶ変わると思う

2018-06-05

anond:20180605120800

言うても運転免許だってちゃんこ講習受けて更新したりするべ

13歳未満は日本じゃちゃんとした性教育も受けてないし自立した性に関する学習もできてない状態だろう

もちろんカリキュラムとしてそれを教えるに適切かどうかもある

anond:20180605105747

プログラムカリキュラムとか計画とか意味があって文脈依存といえそうだが、通りが良いのは確かだな

IT建築用語をパクったのが多いから誤解は仕方ないか

2018-05-28

anond:20180528173349

あー、ごめんなさい。救急車が出るのは、狙った厳しさではなかったにしろ、かなりマズイです。書き忘れましたが、「本物の恐怖はこれでは足りない」みたいな原理主義者が出てきたときや、加減ができなくなったときは、先生の介入が必要だと思ってます自主性では多分止まりません。うちの高校では、ある危険競技過激になりすぎて、惜しまれながらも中止となりました。生徒会もかなり抵抗もしましたが、結果、無くなってよかったと思ってます

増田高校に戻って、風習を緩めてでも伝統雰囲気を残すか、前時代のものとして撤廃するかは増田含めた皆さん次第です。多分、OBOGに刺されることはありません。(どうしようもないOBOGに腑抜け扱いはされるかもしれませんが、気にしないことです。異常を放置するやつこそ腑抜けです。)。

しかし、こうしたイベントには隠されたカリキュラム性があり、決してこの風習は悪い側面だけでない、と思ってる人がいることを分かってもらえると幸いです。

ただ、もうこれは放置はできない段階に来てるんじゃ?と確かに思います。仲間を作り、あなたの母校をより良い状態で後輩に引き渡せるようがんばってください。

anond:20180527212910 「異常な風習」は大した話じゃない。

増田より、救急車が出るレベルだという補足がありました。それであれば、その風習は何らかの改善か、廃止必要だと思います。以下は「怪我暴力は無かったけど、怖かったし理不尽だった」筆者の高校の話と、大学生になってから解釈です。

(ここから

予防接種が痛かった、とか獅子舞に噛まれて怖かった、に近い話。

あとからきっと健康とかのご利益があるよ。

※最下部に「体育会系」と何が違うのか、如何ににメジャーイベントか、を追記しました。

https://anond.hatelabo.jp/20180527212910

この記事について思ったこと。

私も埼玉県の某校で同様の体験をしており、体験直後には増田と同じことを思いました。

が、これが「興奮した当事者」と「何も知らない部外者」によって考察なく語られることに危険を感じたので書きます

※筆者はこの風習肯定的評価していますが、「ネトウヨ」「セクハラ」「体育会系」は嫌悪しておりますあしからず

◎この「異常な風習」はお化け屋敷ドッキリでしかない

⇒誰しもドッキリの直後には怒りを覚える。筆者の義憤は間違っていない。

しかし仕掛ける側は、このお化け屋敷安全で、後々は楽しい思い出になることを知っている。

経験者の大半は、この風習は負の連鎖ではなく、正の連鎖と思ってる。だから続いている。

⇒1週間、おそくとも1年後には、この筆者も仕掛ける側を楽しんでいる。それでいい。

お化け屋敷は巧妙にコントロールされている

⇒こういうのが苦手な子は、事前に中学校先生から高校先生に申し送りが言っていて、個別ネタバレがされているか、当日こっそり欠席している。

主催側(応援団生徒会等)にも、「N組の●●君にはやらないで」や、「M組の彼はお兄さんから聞いてるからサクラができる」という情報が回っている。

⇒数年に一度、これらのセーフティーネットから漏れる子もいる。そこについては心から謝罪し、救済を行わなければならない。

軍隊ブラック企業とは同じようで、違う

⇒この風習の隠れたカリキュラムは「お化け屋敷陳腐な作り物で、お化けはいない」と学習することだ。

⇒一方、カルト軍隊ブラック企業のやってることは、実際の存在が見えない「お化け(敵国、弱い自分、無収入の恐怖)を倒せ」であり、アトラクションを本物と騙し続けることだ。

⇒(ちなみに表のカリキュラムは極限状態の共有による仲間意識の醸成と集団への歓迎だ。ここは軍隊共通している)

◎この風習ワクチン接種と同じ。

⇒これを体験した大半の生徒たちは、次に出会った「お化け」に対して、「ただのお化け屋敷かも?」と疑うことができる。

⇒この感覚は、カルトブラック企業洗脳に対する強力なワクチンである

ワクチンなので、副反応が出てしまう生徒もいる。ここに対する振る舞いは、確かに難しい。

⇒なので、いわゆるリベ・サヨの人は少しこの風習に対して寛容になってほしい。

◎この記事の筆者も実は途中から構造」に気づいている。

風習最中に、感情が「恐怖」から「怒り」に遷移した時点で彼は被害者ではない。ことに、みんな気付いた?

⇒(まあ強いて言えば、大きい声出させられ晒されたことは被害といえなくもないが・・・

⇒彼の、恐怖を感じるかもしれない同級生や将来の後輩のための義憤は間違いではない。

⇒が、果たして半年後も同じ感想だろうか。いまの感情のままネットで突っ走るのが正解か。

部外者は黙っていてほしい

客観的に見れば明らかに蛮習であることは2,3年生もOBOGも先生も、みんな分かっている。

⇒なんなら地域の人も割と知ってる。

⇒が、その上でなお、それにプラス価値を感じているから続いている。

◎まとめ

・これは、「安全に」「犯罪性がなく」「コントロールされた」極限状態未成年のうちに体験させるイベントだ。

・このイベントワクチンであり、ブラック企業研修カルト洗脳を「鼻で笑いながら脱出できる」耐性を獲得できる。

一見軍隊的なものであるが、しかし実は強烈な皮肉として機能しているので、リベサヨは少し冷静に。

・この隠れたカリキュラムに気づけるのは、体験した者だけで、しかもしばらく時間をおかなければいけない。

◎その他

・これを体験したのは各県の名門校出身証明から大学とか社会に出たときには共通話題になるよ。

男子校だけでなく、共学校でもこういう風習はあるよ。

・むかしは1週間これをやる、って感じだったから、実はかなり現代風にライトにはなってきてるよ。

大学で「異様な飲み会」とかに出くわしたとき雰囲気に飲まれ被害者になってるのは、これを体験してない人たちだよ。

・「こんな体験しなくても、口で説明すればいいじゃん」という人とは議論をする気はないよ。そう賢くないのが人間だと思うよ。

お祭りなどのコントロールされた汚れ、がこの世から減ってると思う。それで、カルトブラック企業など、ホントの汚れに出会ったとき、逃げ出せるのかな。

(追記部分)

・「体育会系」の関係は、「上下関係が、法・正義・実力よりも優先される理不尽世界」が、在学中はもちろん、卒業後も延々強要されるものです。

・この「異常な風習」は、入学後の1日(1週間)だけの通過イベントで、その後の関係性は1~3年生までフラットに「同窓生」です。

⇒なぜなら、仲間を迎え入れるための儀式儀礼であり、上下関係を植え付けることが目的ではないからです。

・「バンカラ 応援歌」等で検索してください。NHK映像が出てこないので、地元放送局か何かのをご参考に。(https://youtu.be/3MUCktbO0uQ

2018-05-27

プログラミングスクール活用が下手なやつ多すぎ

プログラミングスクールによっては、専任先生がついてスクールの生徒と1対1でビデオチャットする時間カリキュラムに組み込んでくれるんだけど、生徒はお金払っていると思っているからなのか深く考えずに、エラーの原因を先生にそのまま質問する、という人がたくさんいる。その蓄積の結果スクール受講期間を抜けると先生ありきのプログラミングしかできないので、就職なんてできるわけがない。

しかし、スクール宣伝はn週間でプログラミングスキルが身につきます!なんてマーケティングを行っている。

生徒の受講動機は、プログラマーとしてフリーランスで働きたいあたりが多いのだが体感で7割が挫折していてなんとかならんかな、と思っている一方で、3ヶ月で100時間も使っていないのにプログラミングができるようになる、と思い込んでいる人が多くて舐めるんじゃないよ、とも思っている。

まぁ、この数ヶ月でプログラミングの味見ができるなら安いもんかな。楽しいと思えるなら続ければいいし。

2018-05-15

anond:20180515171952

そりゃカリキュラムシラバスを見た上で大学を決めたんだろうし

必修になってる大学を選んだほうが悪いとしか...

2018-05-07

anond:20180507023713

「じゃあ」って何?

今話してるのは義務教育並びに高校学習カリキュラムにおいて普通課程を廃止してキャリア教育を徹底する、という文脈なんだよね?

何が「じゃあ」なの?

バカなんじゃないのお前?

とてもじゃないけどこんなゴミキャリア教育重要性を説かれても却って迷惑なんだけど?

わかる?

からないよね?

揚げ足取りでもないもの

揚げ足取りしか解釈できなかった程度のバカなんだから

2018-05-04

[] #55-2「代々大原則」

生徒集会で、副会長が開口一番に放った言葉だ。

「古い慣習を、“伝統”という言葉に摩り替えて庇護するのではなく、その時代に合わせて柔軟に変革する。それこそが生徒会、ひいては在校生に求められることだとワシは考えております

それに生徒会長が、穏やかな口調で意見を言う。

副会長……そういう崇高な理念結構だけど……先に要件だけ述べたほうが皆にも分かりやすいよ」

基本は副会長が前面に出て、会長はでしゃらばずにバランスを取るというのが、今年の生徒会の特色だ。

生徒会における活動副会長ほとんど掌握しており、なぜその立場に留まっているのか、疑問の声がよくあがる。

何らかの大きなトラブルが発生したとき人柱になる人間トップにしている、というのが俺たちの間での定説だ。

「では、単刀直入に申します。“大校則”の3項を修正することを提案します」

「あ……オレっちは反対したからね……一応……オレっち以外の生徒会メンバーは……みんな賛成していたけど」

生徒会長は、副会長言葉に被せるように、そう取り繕った。

“大校則

要は校則の上位みたいな存在だ。

学校設立当初からあったほど古く、かつ不可侵領域だった。

これを現代風にアレンジしたい、っていうのが副会長提案らしい。

各学級の代表たちがザワつき始める。

副会長提案した内容に驚いたからではない。

そもそも話の要領を得ることが出来た人間が、その場にはいなかったんだ。

校則の一部分をちょっと変えたくらいで、何がどう変わるのか分からなかった。

全ての校則を律儀に守っている生徒なんて一握りだし、破ったところで大した支障はないのが現状だったから、ほとんどの人間にとっては「あっ、そう」って具合だったんだ。

それは大校則においても変わらない。

「では反対意見特になさそうなので、その方向で進めますね」

副会長にとっては、みんなの関心の薄さが、むしろ好都合だったに違いない。



…………

俺たち無所属在校生に、大校則修正案の情報が届いたのは、それから数日後のことだ。

「大校則の3項? ふーん……」

はいっても、学級代表者と同じく、俺たちも大して関心はない。

最初は誰も気に留めなかった。

不真面目団たちも、これの意味するところが何なのか気づかなかった。

「確か3項に書かれている内容は……なんてことだ!」

真っ先に気づいたのは、ウサクであった。

ウサクはこういったことに勤勉な性格で、学校校則も把握しているんだ。

「愚かな。生徒会の彼奴ら、そこまでするか!」

話についていけず、俺とカジマは質問した。

「ウサク、何をそんなにテンパってるんだ」

分からんのか? これは貴様や、不真面目団にも大きく関係することなんだぞ!」

そう言ってウサクは生徒手帳を取り出し、その大校則が書かれている箇所を指差す。

そこには『学校でのカリキュラム行事に直接影響する場合のみ校則強制力を持つ』と書かれていた。

「これを修正すれば、不真面目団などの気に入らない者共を、容易に取り締まることが出来るってことだ!」

ウサクの言いたいことは、何となく分かる。

だが、俺の反応は鈍い。

取締りが厳しくなるってことなんだろうが、それは単に生徒会メンバーによる注意が、今よりもウザくなるってだけだ。

普段から守っている人間には関係ないし、よく注意を受ける人間は既に慣れてしまっているから大して意味がない。

あん関係ないっしょ。心配しすぎっすよ」

カジマの反応も鈍い。

それもそのはず、不真面目団は別に校則を破っているわけじゃないからだ。

単に生徒会メンバーが眉をひそめるような振る舞いをしているだけで、結局は取り締まれない。

“不真面目集団”への抑制目的としては、あまりにも弱い。

仮に取り締まられたところで、痛くも痒くもないだろう。

よくある、ウサクの過剰反応だ。

俺たちはそう思っていたが、どうも問題はもう少し複雑らしい。

「まだ分からんのか? 例えば生徒会の奴らが、『ピアスタトゥーなど身体に影響を及ぼすオシャレは禁止違反すれば厳しい罰則を課す』っていう校則を作ろうとしているとしたら?」

「いや、そんな校則は作れないだろ……あっ」

作れるかもしれない。

俺はその時、ウサクの本当に言いたいことが、やっと分かってきた。

(#55-3へ続く)

2018-05-03

[] #55-1「代々大原則」

ルールとは何だろう。

俺がその問いに回答するには辞書に頼らざるを得ないし、それ以上の答えは用意できない。

そういった概念について、漫然としか考えていないからだ。

知っているか、知らないか

守るか、破るか。

自分にとって都合が良いか、悪いか

それで十分だと思っていたし、実際それで何とかなっている。

でも、この世がみんな俺みたいなスタンスだと社会崩壊するだろうな、くらいの思考は働く。

今回の話の舞台は、俺の通う学校

俺とは違ってルールに繊細な人間たちによる奮闘劇だ。


…………

ちょっと待て! そのピアスはなんだ!」

門前で、登校した生徒にこのように絡んでくる奴らがいるのは珍しいことではない。

違うのは、絡んでくる人間教師ではなく、生徒会の奴らだけって点だ。

他の学校だと、こういうのは生活指導教員がやっているが、俺たちの学校では少し趣が異なる。

基本的に生徒たち主体で、秩序が保たれているんだ。

「勉学だけならば学校必要ない。社会教養を、日々の生活で育むことこそ、学校に求められる役割だ。その資本とは、生徒自身なり」というのが校長の弁である

要は社会性を学ぶのに、“生徒の自主性を重んじ”ているってわけだ。

まあ、これは名目で、実際には生徒の面倒を見切れない教師側が、仕事を減らすために作ったカリキュラムだったりする。

生徒の問題は、出来る限り生徒の間で解決してくれってこと。

このため俺たちの学校は、独特な社会形成されている。

「ジャラジャラとアクセサリーを……邪魔だあ!」

とは言っても、大半の在校生にとって、この差に大した意味はない。

取締役が“教師から生徒会”に変わったってだけだ。


大きな違いがあるとすれば、この生徒会に対抗する“組織”が存在することだろう。

「なんだ、そのピンク色の髪は!」

クラスメートのカジマが注意を受けている。

「いやいや、地毛っすよ」

見え透いた嘘だが、カジマは強気だ。

ピンク色の髪が地毛だというのか?」

アニメマンガとかでも、よくいるでしょ?」

「ふざけるな!」

「仮に染めていたとして、それが問題なんすか? 校則で『髪を染めちゃダメ』と書かれているとでも?」

「なっ……に。だが、風紀法には反するだろ!」

「風紀法には強制力がないっすよね?」

そのやり取りを、俺と、同じくクラスメートであるウサクは眺めていた。

「カジマのやつは、また“不真面目団”の活動か?」

「だろうな。じゃなきゃ、ピンクなんていう、悪目立ちするだけのカラーに染める必要がないからな」

“不真面目団”

要は不良の集まりってことになると思うが、一般的認知されているものとは少し趣が違う。

この集団は、生徒会のことを気に入らないと思っているメンバー構成されている。

そのため主な活動も、生徒会への当てつけであることが多い。

カジマみたいに、校則で罰することができない範疇で、生徒会が眉をひそめるような行為するわけだ。

しょうもない嫌がらせレベルのことしかしていないが、生徒会には効果的だった。

なにせ生徒会所属する人間は、ほとんどが自意識の高い、真面目さと柔軟さが反比例するような奴らばかりだ。

そんな生徒会にとって、取り除けない目の上のタンコブほど邪魔ものはない。

そして俺たちは、生徒会と不真面目団の小競り合いを横目に、ホームルームまでの時間を潰すわけだ。

これが、この学校での日常風景

ただ、その日はちょっとだけ様子がおかしかった。

「どうしたんだい。生徒会番号06」

カジマの小競り合いに、生徒副会長が割り込んできた。

普段はこういった活動には顔を出さないのに、どういった風の吹き回しだろうか。

「こいつが、髪を染めているのに、逆らってくるんです……」

生徒副会長眼光が、カジマに鋭く突き刺さる。

オーラでも出ているのだろうか。

さっきまで強気だったカジマが怯んでいるのが、傍目にも分かる。

「ふむ、通してあげなさい。校則違反はしていないのだし」

だが、生徒副会長から出た言葉は、意外にも穏当だった。

「さ、ホームルームに遅れてしまう。かといって走らず、自分教室に行きたまえ」

カジマはそう促され、おずおずとその場を後にした。

このときカジマは、その生徒副会長の物腰の柔らかさが、逆に得体が知れなくて不気味に感じたらしい。

「で、ですが副会長!」

「仕方ないさ。ワシらにはどうしようもない」

生徒副会長は、その後に続けてこう言った。

「今のところは、な」

そう確かに聴こえたと、カジマは語る。

その意味が分かるのは、それから数日後のことだった。

(#55-2へ続く)

2018-04-22

大学って

好きな講義を好きなように選んで聴講して、ガッツリ勉強したくないけどちょっと聞きたい講義モグリで聴講したりして、暇なとき図書館行ってとりとめなくいろんな分野の概説書読んだりして、また色々興味持ったりして。

そんな宝箱ひっくり返したような空間だと思ってる。

最近の3つのポリシーがどうのこうのでカリキュラムガチガチに組まれてるの、何かつまらない。必修もクラス分けとか。高校か。

シラバスも紙で配られないか余所学部シラバス見づらくてつまらん。

あれをめくるとこんなことが勉強できるのかとワクワクしたんだけども。

大学によって違うんだろうけどもね。

図書館は、やっぱり大学図書館大好き。

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